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★ 文 楽 俳 句 日 記 ★ #6 ♪ 秋の草 東京の風 さわやかに ♪ 秋がきて色んな草花が 美しく花ひらく季節である。 今わたしは、東京という大都会にいて 小さな秋の草をみつめている。
2005年09月08日
♪ 白 露 ♪ 今日は「白露」です。 秋も本格的に草葉に露が白く 見えるようになる頃だそうです。
2005年09月07日
♪ 名 月 ♪ 9月といえば名月でしょう。 今日9月6日は三日月です。 今日から十五夜の満月に向かって 月は満ちていくのだ。 9月11日は上弦の月です 9月17日が待宵(まつよい) 18日が中秋の名月(十五夜)・ 19日が十六夜(いざよい)で この日から月はじょじょに 欠けていくのです。 20日が立待月(たちまちづき)・ 21日が居待月(いまちづき)・ 22日が臥待月(ふしまちづき)・ 23日が秋分の日で更待月(ふけまちづき)・ そして25日は下弦の月となります。 名月を 取ってくれろと 泣く子かな(一茶) この俳句いいですねっ。
2005年09月06日
♪ 赤 ち ょ う ち ん ♪ 夕闇が街を覆いネオンが輝きだした。 ネクタイをしたサラリーマンが仕事を終え 列車に乗って家路につく時間帯となった。 淡い水色のネクタイをして黒いカバンを 右手さげた男がうすあかりの道をひとり 凛とした姿勢で歩いている。 背丈は175センチあるだろう。 みるからに高級なスーツに背筋をのばして 前方をまっすぐみつめて大股で歩くものだから うすあかりの中でもやけに目立つのであった。 あまりにも立派な格好で歩くものだから まわりの人間がいやおうにもみすぼらしく 心貧しく人目にうつるのであった。 男は、薄汚れたガード下の 赤ちょうちんをめざして歩いていた。 いつもの赤ちょうちんで今夜も世間の 生臭い風に吹かれるのが楽しみであった。 赤ちょうちんをめざしているのには もっと大きな理由があった。 ノボルという中学時代の同級生の 元気な顔を見るためであった。 もう2年くらいになるだろうか。 毎日ではないが週2回は必ず 赤ちようちんでいっぱいやって ノボルの顔を見て帰路に着くのが その男の癖になっていた。 男というより社長といった方が お似合いの呼び名といえるであろう・・・ 人格が男の顔に現れているから会社では なかなかの辣腕のすぐれた社長であることは 間違いない。 「やあ~いらっしゃいトオルちゃん!!」 赤ちょうちんの親父が大きな声をだして 男を迎えいれた。 いつもノボルにそう呼ばれて腹の中が よじれそうになる時があった。 いい年をした社長にむかって 「トオルちゃん!!」はないだろうとは 思ったが呼ばれているうちになんとなく この呼び名が可愛くてとても好きになった。 呼ばれると子供時代のなつかしい故郷が かすかに胸の中をよぎるのだった。 ノボルとトオルは家が近所で生まれてから 中学を卒業するまでまるでずーと一緒に生きて きた無二の親友であった。 全日制の高校にはいけず夜間高校をでたノボルと 高校をでてさらに大学に進んだトオルの人生の 航路には天国と地獄のような差があった。 しかしそういう暮らしの差をまといながらも 故郷でつちかった心の絆は切れずに今も あたたかく強く錆びないでこうして同期の 友情を育んでいるのであった。 関西芸人に「酒井くにお&とおる」という 兄弟の漫才師がいて弟が「トオルちゃん!!」 といつて兄貴を呼ぶこと・・・ それをネタにして笑いを買う。 そんな漫才師のことを思い浮かべる ことがあった。 ノボルはひょっとしたら俺の弟かも知れない? トオルはそんな気がしていた。 二人とも外見上の年恰好は同じであったが 社会的な地位や教養についてはずいぶんと ひらきがあった。 「どうだいノボル””今夜も商売繁盛だね~」 と励ましのつもりでそういってやると 「何をご冗談をトオルちゃん!! こんな場所で商売繁盛はないよ。」 そんな返事が返ってきた。 「いつものでいいんだね・・・ トオルちゃん!!」とノボルがいったので 「ああ~たのむよノボルちゃん!!」 社長も珍しくあっさりとそう言ったものだから ふたりは目を見合わせて、わははっと笑った。 「ノボルとトオルは、ほんといい同級生だよなぁ~」 なんて社長がいったもんだから・・・ ノボルは「そのとおりぃ~」とすっとん きょうな声をだした。 3メートル四方のスペースにお客さん用の 長イスが3台ノボルを中心に凹形で とり囲んだ小さな屋台であった。 左右にそれぞれ赤いちょうちんが 一つづつ赤い光を落としている。 この二つの赤ちょうちんは社長のトオルが 同窓の友としてノボルに贈ったものであった。 左のちょうちんには「笑顔一番」 右のちょうちんには「ノボルの店」と 太い墨字で書かれている。 長いす1台に3人座るとしていっぺんに 9人のお客さんをノボルは相手することになる。 9人満席になることはめったになく月に1回 あるかないかだとノボルはいうのだが・・・ トオルは今日最初のお客だった。 赤ちょうちんの親父ノボルはワンカップ大関と おでんの盛り合わせ一皿をいつものとおり 「あいよっ!!」といってさし出した。 「こんな汚いところで飲んで帰るよりトオル ちゃんにはもっとふさわしいお似合いの場所が あるのになぁ~」とノボルはいった。 「何をいうのかねぇ~ノボルの元気な顔が 見たくて来ているんだからなぁ~」 トオルはおでんの厚揚げを口のなかで ゆるやかに噛みながらこたえた。 お互いの名前については、子供の頃から 嫌なひとつの思いがあった。 ノボルの姓名は、「大杉 登」でトオルの 姓名は「木下 徹」といった。 子供心にも妙な名前だとは思っていたが、 高校時代になって自分の将来や進路を 考えるようになるとよけいにそれは顕著に なったのである。 ノボルは、人生という大きな杉の木には 登れないかもしれないと思い・・・ トオルは、人生という木の下を通ると 木の上から誰かに石を投げられるのではないか・・・ そんな思いを秘めながら思春期を過ごしたのであった。 もう少しいい名前をつけられなかったもんだろうかと 二人とも親を憎むことさえあったのだ。 トオルは、徹より藤吉郎とでもつけてくれたら よかったのにあぁといって笑うこともあった。 そんな嫌いな名前を抱きながら二人とも45年の 月日がながれたのであった。 電車が通過するとガタンガッタンと黒い天井がゆれ きしむような音がして二人は少しのあいだ沈黙した。 赤ちょうちんの酒に酔って世間の生臭い風に 吹かれるにはまだ少し早いトオルとノボルの つかのまの時間であった。 時刻は、午後7時10分であった。 はいストップ!! トオルとノボルは、中学校までいつも 一緒に過ごした無二の親友である。 赤ちょうちんでの語らいはさらに 二人の絆を強くすることでしょう・・・ さあ~ここからは、あなたにおまかせします。 あなたの手でこの物語を完結させて下さい。 よろしくお願いしますね。
2005年09月05日
♪ タクシードライバー ♪ 台風が接近して雨と風が強くなって 車のウインドウーをザーザーと たたきつける夜の街であった。 雨だけならまだしも風が強いから お客なんて一人もいない。 ああ~こんな日は、運ちゃんを降りて いきつけの居酒屋で「キューといっぱい やりてぇなー」そんなことが男の脳裏の なかでうずまいていた。 男は雨と風の音を聞きながら 退屈そうに目をこすった。 タクシードライバーになってまだ8か月という 新米のこの男の名前は、中道 卓志といった。 年令は38歳でこの業界では、数少ない 30代の若手ドライバーであった。 大阪でも有数のタクシー会社「花丸タクシー」 に就職したのは今年1月10日だった。 約2000人のドライバーがいるが 30代は30人程度だろうか・・・ 平均年齢は、50歳を超えているだろう。 20代は一人もいない。 いないというよりすぐにやめるから 希望者がいても採用しないだけの話である。 一時は、駅前などを拠点にしていたが売り上げが のびず、今では大阪北新地の歓楽街を拠点として 車を流しているのだった。 北新地といえば大阪一の高級クラブが 数多く立ち並ぶ大人の街である。 ホステスとともに酒を酌み交わす社用族や お金持ちなどのいわば遊興の街であった。 ところがクシー業界にとっては、北新地駅が 出来てからは、さっぱり売り上げがあがらず 閑古鳥がないているとか・・・ みんな最終電車で帰るからこの駅が出来て以降 タクシーの乗車率は半減したそうである。 卓志は、大阪生まれの大阪育ちだから 地理にはずいぶんと賢かった。 全国で大阪府と東京都では、タクシー運転手 になる前に地理試験が行われるようになっている。 ほとんどの人が2・3回までに受かるようだが・・・ 卓志は、100点満点をとり1回で合格した。 法務局はどこにあるか? 日航ホテルはどこにあるか? ○○橋は何区にあるか? など○×式の試験で95点以上が合格である。 大阪の街は、大阪城を中心に考えればいいのである。 運転している時は、いつも太閤秀吉さんのお城が どっちの方角にあるかを頭にいれながら走れば 大阪の街なんてすぐに覚えられるというのが この男のよくいう自慢話みたいなものであった。 ところがこの業界はそんなに甘くない・・・ 地理に賢いとか・うといとかは関係ないのであった。 地理については生き字引だと評判の男でも水揚げが 少なく生活が苦しくなってタクシードライバーを やめた人を卓志はこの8ヶ月で3人もみてきた。 また反対に地理にうとくても水揚げの 上位にいる仲間を何人も卓志は知っている。 要は、毎日いくらの水揚げがあったか なかったかの問題なのである。 一日に4万程度の水揚げがあって はじめて家計がうるおう給料だろうか。 売り上げの半分が自分の身銭になるのであった。 ところがこの4万円の水揚げを常にクリアー しているドライバーは数少ないらしい。 卓志も地理には賢い男ではあったが 4万円を獲得できなかった。 なぜこんな若さでタクシードライバーになったのか・・・ 話をすすめていくうえでそのことは 書かなければならないだろう。 5年前になるが卓志には美貌の妻と 2歳になる女の子がいたのだった。 中堅の企業ではあったがそこそこの給料を もらい将来を期待される一人であった。 縁とは、不思議なものである。・。・。・ ふとしたあるご縁によって社内で一番気立てがよくて 美人と評判の26歳の美和を結婚したのだった。 結婚した時卓志には資金がなく美和がいろいろと 資金を工面して都合をつけた。 卓志は28歳で美和とは二つ違いのお似合い 仲むつまじいカップルであった。 卓志は背も高く誰に対してもも人当たりのよい 好感度上位の男性だったために社内でも美形同士の 結婚ということでかなりうわさの種になったようだ。 それには、ひがみやねたみも多分にあった。 結婚して1年もしない間にそれは現実のものになった。 妻の美和に支店への転勤という話がもちあがった。 通勤できる範囲ではあったが片道2時間という 遠距離にある支店への異動であった。 共働き夫婦は、同じ職場内に勤務させない という会社の強い方針だったようだ。 いやそんなことより妻の美和を退職させようという 会社上層部の腹もあったようである・・・ だが結婚しても共働きをのぞんだ美和は転勤した。 それは、元気なうちは多少の苦労もいとわない 美和の強がりな性格でもあった。 だが転勤後、1年をして美和は体に変調をきたし 会社に退職届を提出した。 妊娠に気づいた美和はやむなく退職を決意した。 退職後、女の子を授かったので卓志も 美和も本当にうれしくて心から喜んだ。 これからは、卓志とともに専業主婦として 生きて行こうと決心し、二人で相談して将来の 生活のために3LDKの新築マンションを購入した。 3000万円を30年ローンで支払う予定であった。 ところが話はうまくいかないものである。 話は幸せなことから一転、悲しい話となる。 本当は、書きたくない部分だが書かねばならないだろう。 その悲しみとは卓志が肝臓を患い 入退院をくりかえすようになったのである。 マンションを買って半年後のことだった。 人生の悲しみは、3人の家族に突然やってきた。 子供はまだ小さいところへ夫の入院が重なり 心労で美和も倒れるというハプニングもあった。 ましてや卓志は数値が下がらず長期入院となり 結局会社を解雇されてしまい定期収入が完全に 絶たれてしまったのであった。 優雅なマンションから二人で見た大阪の夜景や 大阪の街並も卓志が入院してからは一緒に 見ることはなかった。 愛しい我が家もローン返済がいきづまり しかたなく泣きながら手放すことになった。 それからは、美和と一人娘をも養っていくことが できなくなり妻と娘は妻の実家で生活することに なったのだった。 それからのことは、書かなくていいだろうか。 いや書くべきかとても迷うところなんだが・・・ とうとう美和と卓志は離婚したということだ。 幸せからどん底に落とされても またはいあがるのが男である。 あれほど肝臓を患っていた卓志も治療の かいがあってだんだんとよくなり数値も 格段と下がったのだった。 男が一度失ったものは とてつもなく大きかった。 それは、家族と仕事であった。 夢と希望にあふれ家族とともに未来に 羽ばたく仕事という羽根を失った 卓志には大空を飛ぶことはできなかった。 妻と娘と別れた卓志は一時は俺の人生は これで終わりだと思ったこともあった。 でも卓志の検査数値は不思議と下がり続け 奇跡的に正常に近い数値をかろうじて 維持できる体調にまで回復したのであった。 約2年の療養生活が過ぎていた。 これ以上のことを長々と書くこともないだろう。 一度離婚した家族はもう帰ってはこなかった。 二度と妻子と同居することはなかった。 退院はできたがとにかく妻子を養えない身であった。 定期収入が途絶えるということは愛する妻でさえ いとも簡単に去っていくことを身にしみて感じる こととなった卓志は人生のはかなさに涙をながした。 本題にもどして書かなければならない。 時間は午後の10時まわったところだが 3時間前に飲み屋のおかみさんを乗せたきりで いまだに一人も乗せていない・・・ 台風が来ている夜にお客がいないのは あたりまえであった。 情けない話だがお客さんが乗らなければ タクシードライバーはあがったりである。 雨は、一段と強くなってザァーザァと 車にあたりはじけて大きな玉となって 地面にながれ落ちた。 卓志は、それでも眠い眼をこすりながら 乗客を車内で待ち続けるのだった はいストップ!!ここまで・・・ 卓志は長い療養生活を終えて仕事が出来る 身となった。だがこの間の体力面の衰えは 自分が一番よく知っていた。 しかし自分の生活を切り開いていくには 働くしかなかったのである・・・ タクシードライバーとして働ける喜びを 感じながらも困難に直面していた。 これからの卓志の人生はどうなって行く のでしょうか・・・ このあとは、あなたが綴ってくれますか? あなたにおまかせしますからよろしく!!
2005年09月04日
♪ 戦 士 の 掟 ♪ なにを思ったのかふいに男はいなくなった。 行方不明なのである。 午前9時すぎに会社から電話があり・・・ 「ご主人さんが会社に出勤していないんですが・・・」 そう言われて妻のみどりは天地が ひっくりかえるほどびっくりした。 「今朝いつもどおり主人は7時前に 会社に行くため家をでたんですよ。 何があったんでしょうね。 結婚して今年で10年になるけど 欠勤なんてはじめてですわ!!」 連絡をくれた同僚にそういうと フゥ~とみどりはため息をついた。 何かしら胸騒ぎと不安がいっぺんに みどりの心をおそった。 みどりは33才で夫高志は42才であった。 恋愛結婚じゃなく父のすすめで 結婚したというべきである。 頑固な父がこう言った。 「いい人がいるから会ってみろ!!」 その一言でみどりはお見合いをしたのであった。 夫は32才のインテリ風の男にみえ、みどりは 23才のどちらかというと家庭的でまじめな女にみえた。 お見合いのあと知らない間に トントン拍子で話がすすみ結婚した。 恋愛感情も生まれないままに頑固な父(片井鉄男) のいうとおりにした結婚だった。 みどりはいつも自分が決めた結婚ではなく 父が決めた結婚だとひそやかに心の奥底に いつもふつふつと湧き出るマグマを抱いていた。 ふたりの間には子供はいなかった。 「ふたりとも厄年だねぇ~」なんていいながら 苦味のある表情をみせて笑った夫を思い出す・・・ あれは一週間前のことであった。 夫は「もう仕事をするのが嫌になったねぇ。 人生なんて何のために生きているのかわからない!! ふたりとも厄年だから何があっても 不思議ではないよ!!」そういった。 そのときの夫の顔はいまでも忘れられなかった。 1週間たっても夫高志の行方はわからなかった。 どこいいるとも連絡もせずに行方不明になった。 原因ははっきりしないままだ。 ひき逃げ・拉致・自殺・蒸発などいろいろと 考えたが夫にむすびつかなかった。 ただひとつだけ気になるのは、高志の言った 「ふたりとも厄年だから何があっても 不思議ではないよ!!」 その言葉であった。 でも会社にいく時の高志の姿はなんら 変わることなく普段どおりであった。 夫は今どこでどうしているのだろう・・・ 夫高志は真面目すぎるほど 仕事ひとすじの男であった。 とりたててこれという自慢すべき 趣味は何一つもっていなかった。 だだ仕事をするために生まれたような男であった。 会社のために骨身をけずって仕事に邁進する 企業戦士であった。 毎日の生活はなんら変化にとぼしく朝起きて 会社に行き帰ると風呂に入ってTVを見て 過ごす、これが高志のお決まりの暮らしであった。 もらった給料袋は明細書どおり毎月全額を みどりに手渡して自分の財布にはいくらの 金も入っていなかった。 お金には無頓着な男だった。 一日の小遣いはいくらだろう? 高志には一日1000円として 月はじめに3万円を給料から渡している。 結婚して十年間高志は妻にお金が足りないからと いったことは一度もなかった。 1000円亭主というわけであった。 みどりはときおり高志はお金の使い道を 知らないのではないだろうか? そんな疑問を抱くこともあった。 行方不明になったって財布の中身は それほど入っていないだろう・・・ 財布の中身を考えればそんなに 遠くへは、動けないないはずである。 心あたりには、ほとんど電話をしたり 訪ねたりと妻としてやるだけのことはやった。 会社の仕事仲間も心配して探してくれたが 一向に高志の居所はつかめなかった。 そろそろ警察に捜索願いを出さねばいけない!! そう意を決するとみどりは心なしか落ち着いた。 高志を捜し出すことは身内だけでは困難であった。 最終の方法として警察に頼むしかなかった。 はいストップ!! ここまで、。・、。・ 仕事ひとすじの真面目な男が行方不明になった。 捜索したが何のてがかりもつかめない・・・ 妻のみどりは、警察署に捜索願いを出すことにした。 さてと・・・ これからの展開はあなたにまかせることとしょう”” いいですよね!!よろしくお願いしますよ!!
2005年09月03日
快 活 CLUB で 過 ご す 男 こういうところで過ごすなんて 夢みたいな話だよ” 本当になんていったらいいんだろう。 とりたててこれといったPCの知識が なくても日記を書く機能だけ覚えていれば 個室の中でゆったりと自分なりの プライベートタイムがもてるんだから これはいいですねぇ~ 男が疲れて駆けこむ隠れ家みたいなもんだなぁ~ 今日もまたネットの世界「快活CLUB」で 過ごしているんですけれど・・・ なんたってフリードリンクでしょう。 アイスコーヒーだって無料だから・・・ 無為に喫茶店にいってコーヒー飲むより ここの方が日記を書きつつコーヒーが飲める”” コーヒーを飲みつつ日記が書けるてなわけでさぁ~ 喫茶店にはいってコーヒー飲むよりずっと 有意義に過ごせるわけなんだ!! 個室で過ごすことは、とてもいいことなんですよ”” 今日の反省も明日の目標だって個室で一人で いるからできるんだよ。 たまには、こういう精神世界に ひたるのも必要だと思うなぁ~ 最初の30分間は210円でそのあとは、 15分間につき105円なんです。 なんで、はんぱな105円だぁ~(笑) ああ~消費税てなわけですかぁ~(苦笑) 1時間いれば420円なんですう。 3時間パックというのがあって1000円です。 ケータイのカメラ機能もデジカメの400万 画素機能も印刷機もスキャナーももっているのに よう使いこなさず宝のもちぐされにしていながら・・・ こんなところい来ている私のネット生活は、 進化しているといえるんでしょうか?
2005年09月02日
♪ 今 日 も ネ ッ ト カ フ ェ ♪ 今日もきましたぁ~ 最高にリラックスできるプライベートスペースです。 その名前は「快活CLUB」というんです。 喫茶店にいってコーヒ飲んですごすより ここのほうがずっといいですよ。 個室だからねぇ・・・ 「リラックスコンビニ」というそうですぅ・・・ 作家はホテルで小説を書く人もいてるけれど ここだったらいい気もちで書けるのではないかなぁ~ 快活CLUBは、お友達どうしで! リラックスしたい方に! 家族みんなで! 快活CLUBは、お一人またはグループで 静かに休みたい・気分転換したい方のためのリラクセーション 空間です。 これは、快活CLUBのチラシに書かれている言葉です。 今までいったインターネットのできる店のなかでは、 ナンバーワンの店ですね。 会員制だけど本当にすてきな空間ですねぇ。 ペアシート・マッサージチェア・シングルシート・ リビングルーム・ビリヤード・まんがコーナー・ リクライニングシート・ドリンクコーナーなどがあります。 ゆったりとしたお好みのコーナーで過ごすのも 悪くはないですよ。 じつはねっ・・・ ここの店はあの有名なみんな知っているでしょう。 はぐれ刑事や必殺仕置き人のTVスター「藤田まことさん!」 まことさんがやっていたお店を改造したんですよ。 「主(もんど)」という名前の店をやっていたのですが うまくいかずつぶれてそのあとに「蟹工房」という 蟹料理の店ができて・・・ その店もまたつぶれてしまった。・。・。 そして「蟹工房」のあとにこの店が誕生したんですぅ・ この近辺には、元プロ野球選手の掛布さんも住んでいるし、 もう少し北の箕面市にいけば西川きよし・ヘレンさんの 家もあるし、上沼えみこさんとか笑福亭仁角さんとかも 住んでいるんですよ。 いやっ 文楽はうわさで言っているんでね。・・・ きよしさんに会ったとかえみこさんの家を 知っているとかじゃないんですけれどね・・・ 文楽は、仕事終わってバスできたんです。 18:30分頃にきたからもう2時間も たったんですね。 その間にミラノ風ミックスピザと シーフードピラフを食べましたぁ~ そして書いた日記がクリックの 押し間違いで2回もどこかに消えて しまいましたぁ~( ううっ・・・涙 ) そんなんこんなんで23:00まで 過ごして帰りました。 帰りのバスがなくなってしまい タクシーでかえりました。 今日のネット使用料は、食事代もふくめて 2900円ほどでしたぁ。
2005年09月01日
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