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「舌」舌というものは発声味食機能以外に諸種の働きを持つものだ。人の面前で長く出せば自ら嘲(あざ)ける滑稽の表示となり、人の背後で短かく出せば最も雄弁にその人の是非を評価したことになり、一寸裏表に返せば反復常なき人情を語り、或る微妙の作業に出づれば人心融合の絶対境に徹する。一枚を二枚にも三枚にも使用され、三寸を一尺にも又は一寸にも伸縮される。骨なくして巧みに硬直の骨を挫 (くじ) き、寸鉄を用いずして之を嚙切れば「憤死」の名を残す。舌、舌、舌、人間は畢竟(ひっきょう)この三寸の肉片に依って生殺興奪の天権を握られているのだ。
2026年02月28日
力を籠めて談話を持ちかけてもハアーとばかり何の弾力もない返答、その人の頭は今、明かに他の何等かを考えている反射作用としてハアーと伸びる。そんな時にはサアツと切上げて帰去来することだ。人の冷熱一言は巧みに訪問者を活殺するものだ。外交員は常にこの秘訣を胸に畳んで居ることだ。
2026年02月28日
阿呆はタラシ使い、年寄はオダテ、使うことだ。まことに御し易くして御し難いものを年寄と阿呆とする。而(しか)して今日の各社会、何ぞ阿呆と年寄のみ多きやと言いたい。
2026年02月28日
風鈴文楽短歌集誰もみな春待つ顔でお茶を飲み花粉情報まぶたに持ちて
2026年02月27日
成功の秘訣は蔭で人を賞めることだ。但(ただ)し此処で褒めて置けば此線伝って必ず目的の人の耳に達することを予測しての人徳蔭讃は詐術だ。詐術を見破られた時にその人の価を半減する。売込値段の暴落は之より始まる。
2026年02月27日
人は大抵小盗人なり。狐鼠 (こそ)つかざれば一日を送ることは能わず。舌の使い分け、首の振り分け、心の染め分け、さてさて忙しいことかな。
2026年02月27日
剪定の終わりて消えた鳥たちよ
2026年02月26日
物に相場のあるように「人」にも物の相場がある。外に相場の下ってることに気付いた時には唯(た)だ黙って内に自己を掘り下げるのだ。相場の下り坂に立ってヤキモキすれば益々下って終(しま)いに盛返しの機会さえ逸するに至るものだ。処世上の秘訣は常に自己相場に注意するにある。
2026年02月26日
世に誤解されて黙する人は貴く、正解されて尚尊辞を受くる人は苦痛なるべし。人は多く誤解を弁ず。実は正解さるれば困るもの十の八九、誤解の恩恵を謝せざるべからず。
2026年02月25日
すさみ切った人間は自己武装のために時に清廉(せいれん)硬直を売る芝居を見せんとする。その美しげなる清廉、その強げなる硬直、悉(ことごと)く見苦しい舞臺(ぶたい)姿だ。人の素直さは相対する時と第三者を混えた時とで異るべきものではない。之を横斜二三にするは即(すなわ)ち虚偽(きょぎ)人の芝居気に外ならない。
2026年02月25日
物は必ず「全身」で云わなければならぬ。然るに唇の上で云ったり舌の尖で云ったりするから決して他人を動かされないのだ。多年鬱積(うっせき)せる熱愛の火を放射する時には沈黙の儘が即(すなわ)ち全身の雄弁だ。
2026年02月25日
他の禍心(かしん)を看破しつつ平気に其人と語るは最も難かしき詐術(さじゅつ)なり。しかも渡世の居常(きょじょう)、絶えず之を実地に試みざるべかざるの苦痛に泣く。
2026年02月24日
自ら認(したた)むる書簡にても、故意に「随行」又は「執事」の名を署し、先生には左様仰せられて候(そうろう)なんかんは、人を馬鹿にしたるよりも自己の馬鹿を遺憾なくサラケ出したる大馬鹿者なり。
2026年02月24日
円き柱の裏には必ず細き溝を穿つ、此細溝ありて柱の円形初めて全し。若(も)し円満の人たらんと欲するものは必ず先ず心の背後に空虚の一線を引かざるべからず。抜け目のなき人は自ら身を破損するものなり。
2026年02月24日
身辺にまつわる紛糾一切を放擲 (ほうてき)して仕事一つに熱中する。昼夜を問わず働き抜く。それが直ちに一切忘却法だ。捨てたと云っても捨て難く、忘れたと云っても忘れ得ない。しかも忙殺は瞬間的にも気分の転換を呼ぶ。我等の今日此頃だ。
2026年02月23日
アア気の毒だ。あの人も実価以上に名声を博し過ぎたワイ。風袋の大きく持て過ぎた夕など当人嘸(さ)ぞ苦しかろうと察する。人物はキット正価販売すべきものだ。別に謙譲以上に割引するにも当たらないが、実価以上に売らぬことに平素心がけ置くべきだ。
2026年02月23日
「もてる」と云うことは人間に一番危険なものだ。人間が人間に「持て」さえしなければ決して躓きも失敗もあり得ない。多くの蹉跌者は皆悉(ことごと)く「もてた」結果に禍されたのだ。苟(いやしく)も一代に産を造り又は一世に名を残さんとするには、「もてない」工夫をするのが第一の秘訣だ。至る処に一向もてない人間となる。その人は既に人間としての半以上を大成されているのだ。
2026年02月22日
要するに自己を持たないものに限って一にも二にも世間を恐れる。人の噂を気にする。 井戸端の陰口を聴いて悲喜の情に感激さされる。それではとても現代に生きては行けないと云うものである。
2026年02月22日
闘球に「打切」と云うのがある。中央の穴に入った敵球を打上げ、我球が代って穴に入った時だ。三百点も勝ち誇っている敵勢を一挙抹殺するの涼味云うべからず。その一番に於て全局面を打切って新更生に戻るのだ。人間の生活上にも時には「打切」を劃(かく)する必要がある。徒らに他人に興える習慣、理由なくして恵まれる式風、そんなものを一掃し去って不犯不求の新生面を打開するのだ。
2026年02月21日
感情一片に依って動く人ほど危険物はない。唯(た)一点、常に冷たい理性の冴(さ)ゆるものあって人生は初めて明るい。途上、行き過ぐる人に毛髪の乱れを笑わるれば忽(たちま)ち業火に燃えてその人を殺さんとし、同僚非難の陰口を聴いては熱狂復讐に夜の眼も眠らず、小庭に散り敷く落葉を憤りては、夢中千年の長樹を切り倒さんとする。こうなって来ると気の毒である。
2026年02月20日
左に悩める一人を救わんがために罪もなき右の一人を突き殺す。それを称して「任侠」と云うのか。蟲(むし)に大小あるとも殺さるものの生命に何の軽重があろう。任侠も「毒」に陥らぬ程度こそ望まし。若(も)し強(し)いて殺さざれば済まぬ時あらば先ず自ら殺すの雅懐(がかい)こそ。
2026年02月20日
よく咲いた梅見に時も止まりけり
2026年02月19日
饒舌(しゃべ)り過ぎる人は朗かではあるが、一事の以て托するには足らない。常に静黙の人は沈着ではあるが何となく近づき難い。「必要」以上を語らず、必要以上を黙らず、適時に語り、適当に黙ることは可なり難い。
2026年02月19日
「是は一個人の私情ですが」と前註を置いて徒らに遠慮する人がある。実は一個人の私情ほど嘘の混ぜぬ尊いものはないのだ。公平だの正大だのという文句ほど嘘で固められたものはないのだ。何事だって私情に徹して初めて真実の力が輝き、其処には「嘘のない公正」が生れ出るのだ。いらぬことに気を廻すの必要はない。ドシドシと正直に大胆に「私情の儘」を曝(さら)け出して語ることだ。
2026年02月18日
私情(しじょう)に徹した人で初めて公生活に意義を生み来るのだ。私情には善かれ悪かれ其処には嘘がない。公生活は常に嘘のヴェールに装われている。美しい私情を公生活に織込んで行くものを公私一如(いちにょ)の世界というのだ。
2026年02月18日
沈黙は力なれども常に三分の嫌疑を孕(はら)む。衆愚嫌疑のの下に座して静かに沈黙に入る。茲(ここ)に孤独の確信あり。
2026年02月17日
ウカと他人を信じそこなって我が臓腑を吐き出したことを愧 (は) づる時がある。ナゼ人間は自らその舌を監禁する力がないんだろう。口あいて五臓を見する蛙のように腹の底まで光風霽月 (せいげつ) も困ったものだ。
2026年02月17日
春めくや樹幹は動き鳥の声
2026年02月16日
相当の人物を捉えて我が門下から出た秀才だの、我が部下で養われた逸品だのと放言することは老骨の慎むべきことだ。少なくも其人の社会的声望を二三割方減殺するからだ。大家が漸(ようや)く老いぼれてツブシが利かなくなると第三者をコキ卸(おろ)して自らエラサの欠損を補わんとする。老廃人の苦衷(くちゆう)は察すべきも、他人の上に陰影を投げる儀は自他の損害を恥じねば相済まぬ筈だ。
2026年02月16日
人間の一生中には「頬被り」して渡らねばならぬ期間のあるものだ。自分の顔を人に見られるのを忌む場合と他人の動きつつある行為を見まいとする場合とがある。世をスネた時と、人を馬鹿にした時と妙に頬被りが必要視される。
2026年02月15日
死んだ後に家に巨万の財を遺(のこ)すものは最も疑わしい人格者だ。その妻、その子、それ等には唯(た)死後数年間細長く食うだけの用意を興えて置けば足る。それ以上に財を積み、金を死蔵して自力の大を誇るものは必ず数年ならずして抹殺される。余財を持たぬことは現代生活の安全道だ。
2026年02月15日
誤解は一の興味だ。誤解なき人は興味なき人だ。誤解されることは当人に取って苦しいことではあるが、それが即(すなわ)ち生存価値だ。唯(た)だ細々察々として弁護するもののみ益々誤解を深める。黙って誤解される儘に放任して行く。それが誤解を晴らす最良の法だ。
2026年02月14日
地上に友なく、自ら生存に飽いたものは、書斎に隠れて死者と語るを第一とする。たとい今、現に生きている人でも、書中に隠れて来るものは決して抗争嫉視 (しっし) などしやしない。死者隠者(いんじゃ)と相語るは奥山の雑草に臥(が)して百花を見るよりも楽しいものだ。
2026年02月14日
人を理解せんとする努力よりも、余り理解せざらんとする苦心の方が幾倍辛きものなり。理解し過ぎたるものは故と理解せざる装いをなすものなり。達観者の前には差して要らぬ気苦労せぬが可(よ)し。
2026年02月13日
今の人は余りに他を顧み過ぎる。自他を比較し過ぎる。小さければ小さいなり、大きければ大きいなりに自分と云うものを持っていたい。人の顔色に生き、世の毀誉(きよ)に生きる人の今日一日は哀れにも悲しからずや。
2026年02月13日
一番に親しいものは一番に恐ろしい。「あの子かわいしこの子もかわい、そして我身がなおかわい」。この「かわい愛惜」が自他を滅ぼす仇なのだ。
2026年02月12日
石橋を叩いて、而(しか)して渡らざるものあり。朽ちたる木橋すら叩かないで平気に渡る人もあり。是非もなきは人の個性の差だ。何れが幸か禍かは自ら別問題とする。
2026年02月12日
自由人の生活は常に平調だ。「力一杯」の外に背景の光も声望の花もない。寧(むし)ろそんなものを必要としない。憐むべきは「明日の堕落」を知らずして高楼に栄華の夢を貪(むさぼ)るものだ。花に常春の時もなく、人に常住の色もなし。平凡の自由人は安いかな。
2026年02月11日
金に美しい無欲に近いような人は、他に対して自ら責任観念の希薄に流れ易い傾向を持っている。自他の間に起る権利義務の分域がハッキリしないようになるから注意を要する。
2026年02月11日
自分を成るべく大きく大きく吹き立てる者と、全く反対に小さく云い縮める者と人の性格に二様ある。彼は傲慢なれども薄くして罪なく、此は謙譲なれ共深くして恐ろし。
2026年02月10日
住んでいる街に積雪があった。屋根や車の上は雪で白かった。
2026年02月10日
子の取るべき新方向は、寧(むし)ろその頑冥の親や師匠に背くことだ。親は師匠は亦その子に頼らないで寧ろその子を突っ放すことだ。親の言うが儘に師匠の為す儘に随順していたら、何時新生面を打開する時が来るか。決して反逆を勧めるのではなく、常に首を回らし背を向けることを新生命とすべきを言うのだ。
2026年02月10日
乱世には乱に処する道がある。徒らに常道ばかり歩むものは自ら滅亡する。時として生活の異常転回を試みるは自衛の一つだ。
2026年02月09日
風鈴文楽短歌集これがまあドラマか知らね選挙戦今後みすえて動くぞ与党
2026年02月09日
自己の正常さを証せんとして他人を不正当呼わりをする。その発声自体がヨリ以上に不正当なるに気付かない程に功利的の自己だ。
2026年02月09日
浅いながらに汚い心の持主、それの名をスレッカラシと呼ぶ。斯(か)くすれば必ず斯く動いて行くぞと密かに推定して見ていると、果然、果然、寸分違わず推定の儘に歩んで行く。さあれスレッカラシを知るものはスレッカラシだと、寧(むし)ろ自ら耻(はず)かしくなる日がある。
2026年02月08日
興味を以て聞いてやれば大抵の人は云うことを二度三度繰り返して饒舌るものだ。
2026年02月08日
夜は既に十時を過ぎた。気の利いた狸は足を洗って穴に入る時分だ。「人間の狸」は見苦しくも今尚、狂い乱れて戸惑いしている。潔く後退せよ。 穴に入る刹那の美と汚とで五十年の価値が定まるのだ。
2026年02月07日
成功の秘訣などを人に問うものがある。それは冷暖自知の外はない。ただ一つ「時勢に乗る」ことが秘薬中の秘薬たることを忘れてはならない。 時勢に乗る。それは易きが如くして実は飛行機に乗るよりも難い。
2026年02月07日
天は二物を興えず。牙あるものには角なく、翼なきものは則(すなわ)ち四足、総合の才あるものには分析知識なく、数学に長ずるものに絵画の秀は見られない。頭か腕か、腕か頭か、二ツに一ツ何れかを選んで進むのだぞ。
2026年02月06日
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