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友人に宛てたハガキを投函しに、久々に街へ。案の定、郵便局はクローズ。そうだよね、冬休みじゃないの!ポストを探し投函。彼曰く、「このポスト、オーナメントかもしれないけど・・・」は???オーナメントって、飾り・・・?「投函するだけしてみれば」って。そんなぁ~!投函して届かなきゃ意味ないじゃん!しかし、あと一週間ちょっとでメキシコを離れる。もう、投函の機会ないかも・・・イチかバチかで投函してみる。 後で、ママに聞くと「あなたの方が先に日本につくと思うけど」って言っていた。私もそう思うよ、ママ。でも、無事に着けばいいの。 今日は彼の妹リディアの結婚記念日だというのでギジェ宅に招かれていた。ギジェ宅で暇そうにソファに座って遠くを見つめていた私に、彼は聞く。「疲れた?」いいえ。「お腹すいたの?」まさか。「退屈?」うん。 思えば朝からほとんど会話もなし。街に出かけた時に、「他に寄る所は?」と聞かれたけれど、まさか一家に一台の車を使って、たかが「カフェ」やたかが「ウインドーショッピング」などに行くなんてトンデモナイ話。「ノー」とシオらしく答えた私。 さすがに、彼も「僕も退屈だ」と言う。「僕ら二人には仕事が必要だね。」って。やっと分かったか!モントリオールにいた時から「私には仕事がないと腐っちゃう」と何度言ったことか!やっと理解してくれたのねっ!嬉しい!! 思えば語学学校も仕事も「キミには必要ない」の一言。私がず~っとあんたのそばに居れば、今みたいな状態になるのは目に見えていたのに! 朝から晩までず~っと一緒なんてそれも3ヶ月も続けて御覧なさい!会話なんてナイから!しかも、相方に会話の対象になる人々がいてTVも理解できて・・・!あぁ、また愚痴になってしまう・・・ 彼に「あと一週間、何とかレンタルビデオでも借りて頑張ろう」と言われたことが救いかな。メキシカンの彼でさえも退屈になってしまうこの生活・・・。私がどんなに・・・!いいえ、愚痴はもう・・・ 気を取り直して。 今日はリディアの結婚記念日。8年目だって!私と同い年なのに。今では二人のママだもんね。すごいっ! ポークとズッキーニ、とうもろこしをチリで煮たスープが今日のメイン料理。 食後みんなでベッドで横になってTVを見る。カーラお気に入りの私は彼女に腕枕をし足を絡められ、(大分?)薄い胸に頬を押し付けられる。痛いってば!・・・彼女も痛かったみたい。右側にジェシカ(14)、左にカーラ(9)、その向こうにアビガエル(6or7)が私の腕を腕枕にする。彼は向こうのベッドでおとなしくギジェ、ママ、パパとTVを見ていると言うのに。私はいつも子供側。なんでっ!? 午後八時半。ケーキとゼリーのお土産をもらい帰宅。 こ~んな何事もない、平和な一日。 あとぴっちり一週間。 ガンバ・・・るぞ!
December 29, 2004
昨日は彼の姪、カーラのバースディ。彼女、9歳になりました。通常はクリスマスの日に行う「ピニャタ」を割るイベントをこの家では26日のカーラのバースディに行う。 「ピニャタ」とは・・・本来は素焼きのポットに新聞紙を貼り付け色紙で飾り、円錐形の手足を(5・6本かな)星のような形にくっつける。中にはお菓子を入れておいて、たたいて割った後に子供達が群がってお菓子を拾う、という行事らしい。今ではおなじみのその形だけではなく、スパイダーマンやシュレックの形も売っていたりする。 家ではママが2つ、作っていた。私も初めてなので少しお手伝い。何だか日本の「張子」に似ている。 さて、ピニャタ。親戚中の子供達が集まって上は14歳から下は1歳3ヶ月まで総勢約11人。(ちなみに先月生まれた0歳児は入れないよ)3歳のアランからピニャタ割り。私の彼が吊るしたピニャタを上下に動かすのでそう簡単には割れない。6歳のアビガエル、9歳になったカーラ、ここから目隠しをするので更に難しくなる。一通り全員がたたき終わったら、今度は目隠しを取ってカーラ。無事ピニャタが割れてお菓子がこぼれ出すと、子供達がピニャタの下に群がる。初めて見たけどそんなに安全な行事ではない・・・。だってもし、目隠しをしたまま誰かがピニャタを割ったとしたら、当人はひたすらピニャタをたたき続け、子供達はその下に群がることになる。もし間違って子供を叩いちゃったらシャレにならないぞ。と、思うのは私だけだろうか・・・? そしてアクシデントは本当に起こった。二つ目のピニャタ。カーラお気に入り(?)のワタクシが最初。子供のお祭りだと思っていたから強く拒否したが、後から彼の妹リディアやギジェも参加。なんだ大人もやるのか。 目隠しをしてピニャタの回りを2週回り、更にその場でぐるぐる回され、棒でピニャタの位置を確認。私はすでに目が回っている。「ここぞ!」と思って叩くも、空振りばかり・・・ギャラリーも下だの上だの横だの言ってくれるがスペイン語は分からない。二、三回かすっただけであっけなく終了。カーラの「じゃー!じゃー!」(enough)が聞き取れなかったら更に棒を振り回して近づいてきた人たちを殴っていたところだ。 結局二つ目はアビガエルが目隠しを外して割った。そこに、我を忘れた(!)彼のパパ(つまりおじいちゃん)が乱入!その後を14歳のジェシカがお菓子を求めてプッシュ。・・・おじいちゃん、ひっくり返り際にカーラとアビガエルを引っかき転倒!終わってみればカーラもアビガエルもそれぞれ泣き喚き、ジェシカはママにしかられ、更に私の彼がジェシカのお菓子を引っつかみカーラへと渡したので彼女はご立腹。 彼のパパは私の彼に「なんであんなところに入っていったんだ!子供じゃないのに!」と怒られむくれ気味。 みんながみんな幸せじゃなかったピニャタの結末。 ほ~ら、だから言ったじゃない。危ないよ、ピニャタ、って。素焼きの壷を叩き割るところからして危ないよねぇ。日本人の発想かしら?しかも、その下に子供達が群がるなんて! メキシコではサンタクロースからのプレゼントはそれほど期待してない。みんな1月5日の夜に来る(らしい)3人のキングに向けて欲しいものを手紙に書くのだ。この3人のキングはキリストが誕生したあと、1月5日にそれぞれゴールド、パフューム、インセンス(お香?)を持参したという。 3人のキングではないが、私はカーラとTVを見ていた時に、カーラが興奮していた「my scene」のブロンドヘアの人形をプレゼントしたのだが、ジェシカが通訳してくれたところによると、同じブランドの違う人形を手紙に書いていたらしい。・・・ちょっとガッカリ。 ピニャタで引っかかれたカーラは泣き止んだ後、ずっと私の膝の上に座り、彼の妹リディアが皿にチップスを持ってくると子供達が私とカーラに群がる。カーラを膝に乗せ、子供達の食べっぷりにビックリしていると、未亡人ギジェが横で私を笑っていた。 彼の従姉妹、アイーダの3人息子達が異国人の私に興味津々。しきりに彼に「@#$%^って英語でなんていうの?」と聞き、私に話しかけてくる。二番目のホソエが「オマール(長男)がゲコ(私)のことビューティフルっていっていたよ」というとオマールは「ノー!no-!」なんですとっ!! 彼の体の調子がまだ良くないのでホドホドで引き上げる。部屋で「タイタニック」をスペイン語で見た。 こちらはまだまだ寒い。寒いくせにヒーターやストーブの用意がないのが不思議。私は寝る時にウールのカーディガンを着用しているくらいだ。彼の調子も良くならないのでしばらく早朝ピラミッドジョグもお休み中。私のストレス「外に出たい病」も爆発寸前。今日も一歩も外に出ていない。あ、洗濯物を干しただけ・・・ モントリオールに帰る日もあと10日を切った。やり残したこと?何だろう・・・もうこんなに長くメキシコに滞在することはもうないだろうな。でも、早く一人で外を歩きたい、これが実感。どんなに寒くて雪が何メートル積もっていようとも、早くモントリオールに帰りたいよ~! 「3ヶ月のメキシコ滞在、エンジョイするぞ!」と気負ったものの体重6kg減。食事があわない、言語が通じない、文化・風習が違うって結構大変だった。この次は2週間でいいからね・・・、とすでに弱気な私である。
December 28, 2004
メキシコの初クリスマスは最悪だった・・・。 朝起きると彼の病状は悪化。それでも約束の買出しに行く。赤ワイン3本を用意していた彼だが、夕食の魚料理にあわせ白ワインをゲット。ふらふらになって帰宅、仮眠を取るも症状は悪化の一途。 午後4時。「薬の時間」といっても、今日はワインを飲むから薬はもういらない、とのこと。 夕食は午後10時ごろだというので彼はサンドイッチを食べる。私は朝11時に気持ち悪くなるほどオムレツを食べたのでお腹がすかない。 いつものTVプログラムを見てから階下へ。8時ごろ、みんなぼちぼち集まっている。私はあまりの寒さにタイツをはきセーターを分厚いものに着替えに部屋へ戻る。コートもモントリオールにいた時使っていたものに代える。それでも寒くてヒーター(?)をつけてもらうが、こっちのヒーターってあったかくならない。正直、外はマイナス15度、16度に下がるモントリオールの家の中の方があったかいと思うよ。 部屋に戻ったとき、彼の症状が一向によくならないので「赤ワインはあきらめて薬を飲んで」というと、彼は「去年は病気(今より深刻な)で飲めなかったし、おととしは帰国できなかった。この日を2年も待ったんだ!僕らにとってクリスマスがどんなに重要かわかっているのか?」と怒りだす始末・・・ 頭で理解はできるけど、分からないなぁ。自分の体より飲むことが大事なんて。 険悪なムードで二人は階下へ。「寒い、寒い」と震えているとギジェがコーヒーかフルーツポンチ(こちらはホットで飲む)いる?と彼を通して聞いてくれた。もう甘いものも乳製品もいっぱいいっぱい!(コーヒーはホットミルクに砂糖とインスタントコーヒーを加える)お腹もすいていない。すべてを拒否しヒーターの前に座っていると彼が「部屋に戻るか?」と聞く。そうよねぇ、飲まない、食べない、踊らないじゃいる意味ないもんね。 部屋に戻りベッドにもぐりこむと彼が、寒いと震える私の布団とブランケットを引きはがし、「キミは僕の2年ぶりのクリスマスをぶち壊した!」と怒り出した。なんでよ、私は寒いから部屋に戻ってきた。あなたは家族と過ごしたんでしょ?下に戻りなさいよ!「それはできない。なんで僕の家族と一緒に過ごせないんだ?なんで食べない、飲まないんだ?」一緒にいたでしょうよ、ちょっとだけど。でもホンットに食欲ないんだよね。塩漬けの魚をポテトと一緒にトマトソースで煮たもの、なにやら黒いソースにチキンを混ぜたもの。彼が無理やり食べさせてくれたけど、味は確かに悪くない。でも、食べられない。拒食症かもよ・・・? どちらも二口食べてベッドに横になる。彼が寒くないか?と聞いてきた。ベッドにもぐりこんで大分落ち着いてきたけど、足がまだ冷える、というとバケツにお湯を張って持ってきてくれた。タイツから何から脱がなくちゃいけなくて面倒くさかったけど足浴の気持ちよさには代えられない。 彼がソックスをドライヤーで温めて冷えないようにお腹に抱えて、タオルと一緒に持ってきてくれた。怒っている割にはやることにソツがないんだよね。私だってここまで気が利かないよ。 そこまでやられちゃ、私だって素直にならないわけがない。「ごめん」と誤ると、「It's over」だって。泣けてきたよ。今回は初めてだったけど、二回目、三回目はもっと居心地よくなるようにしようよ、君がTRYしないで心の底からメキシコの文化に興味をもってくれるといいな。ニューイヤーはもっと楽しく過ごそう。パーフェクトとはいえないけど今日よりかは少し楽しくなるようにしようよ。 いつもこんな感じで仲直り。彼のほうが一回りも二回りも上なのよね。 そして25日の今日、メキシコシティの私の大好きな叔父と叔母が遊びに来た。 朝から彼が「クランベリー」なんか聞きながら朝食を作っていたけど、私はメイクしながら、ニュージーランドにいた時の最高に楽しかったクリスマスを思い出して泣いてしまったよ。 涙を拭いて(?!)彼と叔父さんと朝食。叔父さんはワインだけだけどね。私はやっぱり食欲なし。オレンジジュースと手作りヨーグルト、菓子パンを半分。そしてワインを少し。叔父さんと叔母さんが隣の親戚のうちに行った後、彼は私の髪を染めてくれる。メキシコだと黒髪も個性的だけどやっぱり私には重たすぎる。 さて、髪も染めてスッキリ。彼は何か食べたいというので付き合うことに。私はワインとチーズ、ドライフルーツのパンね。(食欲ないんだよ、これでも) 二人で食べていると続々人が集まってきた。叔父さんも帰ってきてワインで仲間入り。そして、お決まりのダンス。私はずぇ~ったい恥ずかしくって人前でダンスなんてできないからね!と彼に泣きついたものの今年の名物(?)は私。叔父さんがほっておく訳がない。 まずは、ダンス上手のイラパトの彼の妹リディア。叔父さんは「しっかりステップを見ておくんだぞ」とばかりに私に視線を送る。そんなぁ~、逃げたいよ・・・ 叔父さんは途中で腰を振ったり、可憐で余計なステップを見せたりして笑いを誘っている。 そして私。膝の上に乗っていたカーラも「シ、シー(yes、yes)」と盛んに私を送り出す。・・・逃げられない。覚悟を決めてみんなの前へ。ステップはそんなに難しくない。モントリオールにいた時、たまに彼と二人で踊っていたのだ。少し踊ると、ギャラリーから「ブラボー!」と拍手が。もう恥ずかしくって消えてしまいたいよ・・・ ダンスの後はまたワイン。叔父さんは彼と話しながら、リディア、ギジェは叔母さんと。それぞれがそれぞれに居心地がよいように過ごしている。なぁんだ、これが彼が言っていた家族と過ごすってこと?意外と心地よいじゃん。私はもちろんスパニシュが分からないので、回りの子供達を見て楽しんだり、叔母さんが親身になりすぎて涙を拭いているのを見たりして時間を過ごした。入るまでは難しいけど、入ってしまうと意外と簡単、確かそんな諺、あったような気がする。まさにそんな感じ。 というわけで今、飲みすぎて頭痛がする頭を抱えて日記を書いています。ワイン2杯ぐらいしか飲んでいないんだけどね~。食べてないからか?さすがに食欲がわいてきて、明日私の大好きなチョリソーのサンドイッチを食べに連れて行ってもらう約束を彼とした。そして、叔父さんと叔母さんとコヨアカン(私の大好きなジュエリーの町)へ行く時にまた会う約束も。 はっ!明日はカーラの誕生日じゃないか!またパーティか・・・ははは(汗)
December 26, 2004
日本のクリスマスイヴより一日遅れて明日がクリスマスイヴのメキシコ。 出かけるなら今日!と思っていたのに朝起きると彼は風邪を引いていた。ちなみに彼のパパも病気。今日、彼の姉未亡人ギジェがパパのお尻に注射していった。その後、パパは薬の作用かグッスリ。私も咳き込みだしたけど、注射は嫌なのでグッと我慢。乾燥のせいか? なので今日一日おうちでジッとしている事に。食料もそこをついていて買い出しに行かなきゃ行けなかったんだけどね。 だから今日の食事は大変!ひもじいながらも何とかおいしいものを、と考え、最後のハムを朝食に使い、昼は非常食のツナ缶をパスタに、そして9時。いつもの菓子パンもない。彼は「お腹すいた」と無邪気に言う。冷蔵庫には半分のトマト、腐りかけた(!)レタスと卵がいくつか。(他にもちろんサボテンだとかプロテイン(?)とかあるけどどうやって食べるかは分からない)食パンはまだいくらかあった。誰かのアボカドを拝借し、レタス、トマト、あつあつの目玉焼きを挟みサンドイッチを作った。 努力の甲斐あってか彼は「おいしいっ!」と言って食べてくれた。ほっ! そうそうメキシコ版「小公女セーラ」を見た。言っていることは全然分からなかったけど、内容は彼より知っていたので彼と話しながら結構楽しめたよ。 明日は初体験!メキシコのクリスマス!を書けるといいな。でも、すでに彼は赤ワイン3本を用意している・・・。酔いつぶれないといいけど。もちろん私が、よ。
December 24, 2004
昨日、二回目の「アレキサンダー」を見に行った。 前回は途中で出なくちゃいけなくって心残りだったのよね~。 上映時間約3時間10分(だと思う)。 彼の大工仕事が終わってから行ったから夜の7時。上映開始時間が5時半・6時半・9時15分・10時15分。9時まで待つか? 彼と他の映画館をチェックする。ここら辺で一番キレイで大きなデパートの中にあった。そこだと、9時50分。・・・いったい誰が3時間以上もある映画を平日の夜に見にくるんだ?終わるの午前1時スギだよ?私たちは明日もあさってもフリーなのでいいけどさ。 でもこのデパートでなら2時間くらい時間つぶせそう。一週間後に控えたカーラの誕生日のプレゼントを探す。一緒にTVを見ていたとき騒いでいた「my scene」の人形を購入。喜んでくれるかな? そしてレストランでまずいハンバーガーを食べながら、それでも久々のショッピング、嬉しかった。クリスマス前とあってデコレーションも鮮やか!何も買わなかったけど、私は香水をチェックして大満足。ちなみにブルガリの「テ ブランコ」(ホワイトティー?)がお気に入り! 9時50分。場内には20人ほどが。お腹もいっぱいだし、寝ちゃうかと思ったけど、最後まで見ちゃった。彼とも話したけど「すばらしい映画ではないけど、興味深いよね」私、日本に帰ったら「アレキサンダー」に関する本を読むつもり。 帰ってベッドに入ったのが2時。眠くて疲れちゃったけど、それでも今日はすばらしい日だった。何がって・・・。今日は彼も私も「彼の家族」に会わなかった。変な言い方だけど。というか私、彼が私の前で他の人にハグやキスをするの見ていられないんだよね。彼の家族でさえも。初めて彼が私の前で彼の義妹にハグしてキスするのを見た後、一人でこっそり泣いたもんね。彼らにとってはこれが普通だけど、慣れていない私には心が破裂するほど痛かった。私のいないところでやってくれ!って感じ。 こ~んな風に目の前で毎日、毎日、朝も夜もママやギジェ、カーラ、ジェシカたちとハグ&キス&ラブラブ状態を見ていたら気が変にもなるさ! ママがパパとキスしてハグしているのを見る分にはほほえましいんだけどね。 もちろん、私もたま~にママやギジェ達とハグ&キス、しますよ。でも、女同士、男同士なら許せるんだよね。私も彼が弟や義弟とハグするのはぜんぜんOK。男と女だから気になるのよね、いくら姉弟とはいえ。 だから、昨日はハッピーでした。彼が私以外誰ともキスやハグするとこ見なかったもんね。 文化の違いといえばそうだけど、これって慣れるの?私はメキシコには一生住めないと思うよ。人一倍やきもち焼きだから。
December 22, 2004
昨日からリディア一家が遊びに来ているので、ギジェ一家&リディア一家はギジェ家に行っている。なのでとっても静か...ふぅ。 彼は昨日から引き続き大工仕事。キッチンのバーカウンターの天井につけるグラスを収納するスペースを作っている。今日はジェシカもカーラもいないので私がヘルプする。というか、私がヘルプするつもりでカナダにいた時グローブまで買ったんだけどね。 2ヶ月もいると最初びっくりしたことが今は普通になってしまっている。例えば、バスルーム。トイレとバスが一緒なのはカナダと一緒だけど(もちろん、バスタブはなし)床がトイレまで地続きになっている。シャワーしていて、排水溝が詰まるとトイレまで水が溢れることになる。もちろん、そんなことはなかったけど最初は怖かった。 パブリックのトイレもちょっと異常。女子トイレだというのに女の子が座るあのフタがナイ・・・?自宅のトイレはあるのにスーパーのトイレ、ガスステーション、市民会館、ホットスプリングetc・・・フタを全部上げた状態で用を足すのだ。今ではもう驚かない。慣れって怖い。鍵が掛からない、ペーパーがないのは普通。だから、彼は日ごろからティッシュペーパーを持て!とカナダにいた時から煩かったんだ。日本だとどうにかなっちゃうもんね。鍵が掛からない?平気、平気~、もうぜんぜん気にしない。 混んでいるトイレでは、順番はなく空いたトイレに先に入った人が勝ち!慣れていない私はこちらの子供たちに先を越され随分待たされたっけ。子供たちは下から除いて、入っていないところに順に入っていった! ここでは、たくましくないと生きていけないのね。 今夜はパパもママもマリア一家とお出かけ。本当に静かなこの家。そういえば、今朝モントリオールの話を彼とした。私が戻るところの宿を確保してくれたのだ。(前と一緒だけど)そして英語学校に行くか聞かれた。もちろん、行きたい。たった3週間だけど1日2時間くらい行きたいなぁ。というと、彼が「フルタイムで行け」って。そうしたいけど、お金が、ねぇ・・・!
December 21, 2004
昨夜、彼が「明日は日曜日だしピラミッド、行かない」と宣言したので代わりとしてどこかに連れて行ってもらうことにした。彼が「映画に行ってお茶しようか?」というのですっかりそのつもりに。2ヶ月ぶりのデートじゃないの! ところが翌朝、彼のママ、パパ、姉の未亡人ギジェが車で買出しに。な~んだ、やっぱり外出できないじゃん...彼は彼で大工仕事に精出してるし。不貞腐れて泣いても前と同じ。開き直って家中の掃除を始める。もし彼らが帰ってきて夜にでも二人でお茶しに出かけられたらラッキーくらいに思おう。 適当に掃除をして彼の様子を見に行くと「ギジェ達が帰ってきたら出かけよう」と!なになに?やっぱり出かけられるんだ!顔には出さないが心はウキウキ!床のモップ掛けに精を出す。 4時過ぎ、ギジェたち帰宅。そして彼が聞く。「食事してから出かける?それともすぐ?」ええ~、帰ってきたらすぐのつもりでいたのにぃ~。「すぐ、スグ!」なんていえない雰囲気。この時間だし「どこに行くの?」と聞くと、「どこに行きたい?」昨日は映画とカフェって言っていたのに。聞いた私も素直じゃないけど。「昨日あなた映画とカフェって行ったじゃない!」と言うと、「じゃ、行こう。スグ?それとも食べてから?」そんなのあんた、決めてよ。キミが決めるんだ!結局、スグに出かけることに。だって食事って、2時間は掛かるよ、この家。 映画「ALEXANDER」を見た。もちろん、英語版。私の英語、かなりヤバかった。「very good」が聞き取れずスペイン語字幕「Muy Vien」で理解する始末。 ここでまた問題発覚。彼が「この映画何時間かなぁ、8時半にリディア(彼の妹)一家をバスステーションまで迎えに行かなきゃ行けないんだよ」って。あなた、時間制限付のデートだったわけ(怒)映画開始時間は6時半。だいたい2時間くらいでしょ?間に合うんじゃない?と私。ところがこれが長かった。何時間かは不明だが、とにかく8時半に映画館を出た。かなり興味深かっただけに彼もガッカリ。 リディア一家を車に乗せ帰宅途中、なぜか前に習っていた「お茶」の禅語を思い出した。確か「随時に主となれ」と読むが四字熟語は忘れた。意味は「人間、順調な時には誰でも人生の主人公となれるが、逆行のときにこそ主人公となれ」というようなことだったと思う。 何度も彼に「まず自分が幸せじゃないと人を幸せにできないでしょ。だから自分の幸せが先なの!」と言っていた私が恥ずかしい。 自分が幸せな時に人を幸せにできるのは当然じゃない?逆行のときこそ自分が主人公となるような生き方をしたいもの。 あと2週間、この逆行の中に身をおける幸せを実感し(健気すぎ?)、今日シネマに連れ出してくれた彼にも感謝。彼は申し訳なさそうに、次は最後まで見よう、といってくれた。
December 20, 2004
昨日、彼と大喧嘩。というより、もうここにいられない!モントリオールに一人で帰る!とスーツケースを持ち出し荷物を詰め始めた。だって、彼は昨日一日中寝てて起きれば彼のファミリーと話し、私は一人ぼっち!もう限界!!唯一カーラが一緒にテレビを見てくれたけど、会話!?そんなのないよ~!テレビを見たって分かるわけじゃなし。スペイン語の勉強?悪いけど今は彼との意思の疎通が先。英語の勉強が先なのだ。 結局、「帰るのなら別れる」と脅迫(?)され「頼むからここにいてくれ」と懇願され「もっと会話を増やすから」と約束させて解決。 でも今日も、ピラミッドに行き帰宅し朝食、シャワーを浴びてお昼寝。2時ごろ起きて彼はファミリーの食事を作りに階下へ。私はジェシカとTVゲーム。そんな年じゃないのにね。4時、みんなで食事。その後各自の部屋でテレビを見たらPCをいじったり...こんな退屈な毎日、もう私、腐りそう!彼ともず~っと一緒にいるから会話?何を話せというの(怒) ちなみに。危ないから、と徒歩5分のパン屋さんでさえ一人で行かせてもらえない。ここに来て約2ヶ月半。自宅からピラミッド以外の近所の道路を歩いたことがない。すべて目的地まで車だ。カフェ、本屋...なんて贅沢は言わない。(歩く距離にはないが)一人で食事の買い物にさえ行けないのだ。これがストレスでなくてなんなの! 彼は「キミは籠の中の鳥じゃない」というけど、本当かなぁ?
December 19, 2004
料理上手の彼が「ポテトと豆のスープ」&「チキンとサボテンのソテー」を作ってくれた。ママと彼の姉の未亡人ギジェ、その子供たちカーラとジェシカ、そして私の5人で頂いた。 カーラとジェシカ、飛び級制度のないこのメキシコで二人とも一学年上にいるという。通常6歳で小学校1年生なのだが、彼女たちは5歳でテストをパスし1年生にあがったという。 ちなみに未亡人ギジェの元だんな様は警察官。カーラの出産を1週間後に控え、彼は殉職というドラマのような話。カーラはパパを知らない。私の彼が言ってみればパパ代わりだった。最初はそんなカーラにヤキモチを焼いたものだが、今では彼より私になついてくれている。今日も彼女を膝に乗せテレビを見たりPCをいじったり...私がストレスで大泣きした時もカーラがずっと側について、意味も分からないスペイン語で慰めてくれていた。 その後、体の末端から麻痺し始め、病院に運ばれて大変だったんだけどね。ストレスって怖い... そして夕食のための菓子パンを、ギジェと彼と3人で買いに行く。街の小さなパン屋さんだ。2人もお客さんが入れば動くのに一苦労...彼は車で待機、ギジェと二人で中に入る。ギジェがいつもより長くお店のお姉さんと話している。彼の話によるとどうやらお姉さん、ピラミッドで私と彼に会ったらしい。残念だが私も彼も思い出せなかった。 ピラミッドに行くと、寒いのでみんなコートのフードや帽子をかぶり、マスクをしている人もいる。みんな同じような格好なので私は見分けがつかない。私も帽子とマスクは欠かさないのだが、外国人は目立つらしい。そしてみんな「ブエノスノーチェス(おはようございます)」と声をかけてくれる。 帰り際、この家にしばらく滞在しているギジェが犬に餌をやるというのでギジェ宅に寄る。この犬「ユキ」という。もらわれてきたとき、真っ白の仔犬だったためカーラが、日本語でsnowの意味の「ユキ」と名づけたい!と推したのだ。それ以来、みんな「ゆき、ゆき」と呼んで可愛がっている。 外国人に縁遠いこの街に私が滞在することになって、少しは日本や海外からの風が吹き込んだのかな?今日はギジェに少し日本語を教えた。ギジェは自分の名前から「お父さん、お母さん」「おはようございます」から、「こんばんわ」までノートに写していた。本当は私がスペイン語を習わなきゃいけないのにね... そうそう、「タコス」!彼によるとトルティーヤに塩をかけて巻いただけでも「タコス」というという。羊肉を巻いたものを「バルバコア」(タコスのひとつ)。なので通常はチキンやビーフ、ポークにアボカド、そしてサルサ(チリソース)を巻いて「おいしいタコス」というとのこと。そういえば今日、トルティーヤにとろけるチーズ(日本のだと裂けるチーズみたいなもの)を乗せ、半分に折ってチーズがとろけるまで鉄板で焼いたものを頂いた。「ケサディーヤ」というらしい。簡単なので日本でも楽しめるのでは?
December 17, 2004
先週末、世界遺産にも登録されているらしい「サカテカス」に行ってきた。まず、ママと彼と3人で「イラパト」まで行き、彼の妹の家に滞在中の彼のパパをピックアップ。ここから「イラパト」まで約4時間、そこから更に4時間で「サカテカス」だ。 「サカテカス」の石はピンク色をしているので「ピンクシティ」と呼ばれている、とネットで知ったのだが、メキシカンの彼は知らなかった…よ? さて「サカテカス」。週末とあってか閑散としている。銀鉱山へ向かう。カワイイ黄色のトロッコ列車に乗って鉱山を行くトロッコツアー、今回のメインだ。ところが、行ってビックリ!ただいま工事中。再開は来年の6月だそうだ、トホホ。 気を取り直して、「世界遺産」の街を見渡せる高台へ。おみやげ物や産を物色し、ミュージアムへ。1910年に戦争があったらしく、銃や大砲が沢山陳列されていた。そのほか、海外へ働きに出る人たち(出稼ぎ?)のメキシコ初の拠点となった街らしい。沢山の別れがあったんだろうなぁ。 ところで、ここで「ピタパン」みたいなものを食べた。「ゴルディータ」という。トルティーヤより少し小さくて、分厚い生地の上の皮を厚めにはいで中にミンチや牛タンを詰めて食べる。私はミンチと牛タン、パパとママと彼は他に、サボテンや羊肉を詰めていた。 ここで一泊と思ったが、あんまりにも面白くないので、イラパトとの途中にある「アワスカリエンテ」に行く。聞いた話では、「レオン」と街の美しさを競っていて、今のところ勝っているということ。うふ、楽しみ!「アワ」とは水、「カリエンテ」は熱いの意味。水道をひねるといつでも「熱い水」(温水?)が出てくるって、彼の叔父さんが言っていたけど、本当かなぁ?試してみた。嘘だった。 ちなみに。「アワスカリエンテ」は「レオン」とは比べ物にならないくらい普通の街だったよ。 ところで。「状況が読めない」って、とってもつらい。「アワスカリエンテ」で彼が言った。「ケレタロ」でお茶して帰ろう、って。「ケレタロ」は夜がとってもきれいな街。ウキウキしながらの車中、彼が「僕たちはイラパトに向かっているんだよ」という。「?はい?」彼の妹と姪たちをピックアップして帰るという。そんなのいつ決まったの?ケレタロには寄れないの?!突然、不機嫌になる私。「前にイラパトに寄ったとき、僕の妹がママと話して一緒に帰ることになったらしい」という。はい? 「イラパト」にて。彼が沈痛な面持ちで私に言う。「妹は今日は一緒に帰らないらしい」#$%@&*!?確かに一緒に帰りたい、とは言ったらしいが今日はまだ無理だという。ママもママで昨日電話していればよかったんだ。そして、更に彼は続ける。「もし、好ければここに一泊する?」なんですとっ!!!そりゃぁ、ママとパパは孫たちと一緒にいれてうれしいだろうけど!その上、パパは大病院の検査のアポが明日、入っているのだ。ママだって仕事でしょ?!どうして、こうメキシカンて...怒りを通り越して半分呆れながら、パパの病院のアポの重要性を力説。4時間ドラして帰ることに。 午前1時、無事帰宅。6時間ドライブした彼はぐったり。その上、朝にタコスとクッキー2コ食べただけで何も食していない。あの食いしん坊の彼が。。。眠くてフラフラになりながらサンドイッチを作ってあげる。 その夜、私は怒りで寝付けず、彼は疲れですぐに寝入った。 本当に、こんな事ばかり。彼のファミリーはいい人揃いだけど、話が分からないって辛い・・・知らないうちに、イラパトに一泊することになっていた時もある。彼に「いつ出発するの?」と聞いたら「明日」と言われたり!(私は、ただの休憩だと思っていた) 今朝も起きると、彼は姉の未亡人ギジェと楽しそうに朝食を作っていた。私より家族と一緒にいた方が楽しいのか?と思ってしまう。ちなみにいつもは、シャワーを浴びてからどちらかが作る。こんなことでイライラするってオカシイ・・・?
December 16, 2004
朝起きると、彼が「ピラミッドに行きたくない」という。なんで?「お腹いっぱい…」…寝ぼけてんのか?どうやら便秘がひどくて走りたくないらしい。じゃ、走らないで行くだけ行こう、そしてゴミを拾おう!とたたき起こす。 結局、行けば行ったで走ってしまう。 本日のピラミッド、ゴミがやたら多かった。そういえば昨日、車でチラッと通りかかった時、学生さんの団体がいたなぁ…なんて思い出す。ビニール袋2つじゃ足らない。ビニール手袋をした手にもゴミを抱える。 そこに「お寝坊ゴンザレス」登場。私の彼は明日、11時プレジデントとのアポを取ったらしい。(プレジデントといっても市長クラス)そして、ゴンザレスも月曜日からゴミを拾うと約束してくれたという。そして彼は知らないおばさんにも声を掛ける。何やらしばらく話したあと、彼は「ムーチャ、グラシアス」と礼を言った。どうやら彼女もゴミ拾いに参加してくれるらしい。え~!お金にも何の得にもならないこんなことを…と、わたくし、いたく感激。 彼のトークが上手いのか、それともここの人たちは並外れた温かい人たちなのか? ところで昨日、チーズケーキを作った。クリームチーズに生クリーム、お砂糖、小麦粉でできちゃう。カナダにいたときに友達に教わったチーズケーキだ。ところがここのクリームチーズ、250g入りではない。225gなのだ。そして通常のミニサイズ生クリーム200ccではなく、225cc入りだ。しかも、私が買ったのはイチゴ入りだった。思いもよらず「ストロベリーチーズケーキ」となる。 彼の家族は美味しい、といって食べてくれたが、どうしてカナダで作ったように上手くいかないのか?クリームチーズが溶けてない。細かくなったまま焼き上げられていた。作り方は一緒だったのに…?気温が違うのか?湿度が違うのか?今度こそ!と再トライを誓うわたしであった。
December 11, 2004
いつものようにピラミッドで走り、ゴミ拾い。なぜか市長秘書ゴンザレスは現れず…彼と二人「寝坊だね」と話していた。 ここメキシコではランチが一番重要な食事。といっても、12時、1時に食べるのではない。3時から5時ごろ家族みんなが集まって2時間位かけて楽しむ。 昨日は私が寿司を作った。メキシカン「パラパラ」ライス、カナダで購入した湿気てしまった海苔、冷凍サーモンは生ではちょっと食べたくないので焼いてフレークにした。ニンジンの千切り、アボカド、レタス、ツナマヨ。これらを適当に組み合わせて巻いた。日本で寿司なんて手巻きしか作ったことなかったが、カナダで日本食レストランの職に就いたとき1週間「巻き寿司」のトレーニングを受けた。それが今、役に立つ。インスタントの味噌汁3人前を、6人前に分ける。 彼のママ、姉の未亡人ギジェ、その子供たち、カーラとジェシカ、そして彼と私。どうにかこうにか巻き寿司4本を食べきった。何ともいえない雰囲気。どうかこれが本物の寿司だと思わないでね。 そして、カナダで購入した「MOCHIKO」(もちこ)で白玉を作る。彼が「家族はこの食事に慣れていないので」というから一人一個(?!)蜂蜜をかけて食べる。ところが!これが何とも…粉っぽくてとっても食べられない!残りは捨てるというのに彼のママとギジェはなぜかお気に入り。ギジェは白玉のために明日ジャムを持ってくるという…。 ちなみに毎日の朝食と夕食は菓子パンとミルク。子供たちは学校にサンドイッチを持っていき、10時ごろ食べるんだって。夜の9時、夕食の時間。各自ミルクを温めて、ホットチョコレートを作ったり、カフェオレにしたり、ただお砂糖を加えたり。私、もう乳製品はいっぱいいっぱい…。ただのティってないんだよね、ここ。カモミールティにしてもらう。 最後に。メキシコでは、日本では普通にコンロについている「グリル」(魚焼き器?)に代わり、「トルティーヤ焼き器」がついている。デパートで見たときビックリした!これだけ「食」が違うのね…。
December 10, 2004
今朝は霧が降りていた。不思議なことに家の周辺ではなく向こうの畑から首の辺りくらいのところだけ白く煙っている。 ピラミッドで走る時、たまに彼が掛け声を掛けてくれる。私に気を使ってか日本語で「イチ、ニッ、サンッ!」とここまでは調子がいいのだが最後の「ヨン」を「ユンッ!」と気の抜けた掛け声…英語でいいってば… ゴミを拾いながら帰宅途中、一人の若い男が声を掛けてきた。彼とスペイン語で話している。内容はよく分からなかったが、どうやらこの拾っているゴミの話をしているようだ。立ち話にしては結構長かった。彼は最後に「ゴンザレス」と名乗った。 彼に何を話していたのか聞いてみると…。彼はこのテナンゴ市(市?)の市長の秘書をしているという。前にこのピラミッドでゴミ拾いをしている人の話を聞いたことがあるという。「へぇ」と他人事の私。「僕ときみのことだよ」あ、そうですか!そして、彼は他の国や、メキシコのほかの街を見てきたけど、ここは汚すぎる、我慢できない!と熱弁したらしい。その秘書ゴンザレス、「手伝えることがあればいってください、できる範囲で協力しますよ」といってくれたと言う。わぁお!市長秘書とのコネクションができるなんて!それで!それでっ!どうするの?!彼は語った。まずは、ごみ収集用のトラックを借りて、人も用意してもらって、町中をクリーンアップするんだ。そして、学校で少し時間をもらってゴミを捨てないよう生徒に話したい、と。へぇ~!なかなか…元から正義感は強いと思っていたけどまた少し見直しちゃった!日本じゃ稀有だよね。こういう人。私はちょっと嬉しい。
December 9, 2004
久々のピラミッド。今朝は特に冷え込んだようだ。そう、ここテナンゴはメキシコでも一番気温が下がるところ。早朝には気温はマイナスになる。日本の私の実家よりも寒いかも…と思いつつ畑を横切る。霜が降りていた。しかし、日本と違い湿度が低いので霜柱はない。白く凍った草の上をさくさく歩いていく。 ピラミッドにはビールの空き缶がちらほら。大人が遊びに来たのだろうか?ゴミを拾い帰り道、「ミュール」に出会う。 「ミュール」とは馬とロバの合いのコ。馬は早く走るけど力がない、ロバは遅いけど力持ち、それを掛け合わせて力があって早く走る「ミュール」という動物を生み出した。人間てすごい…でも、ミュールは繁殖できない。一代でオシマイ。何故だかは彼もわからないという。見た目はとても美しい。馬ほどごつくなく、ロバほどのほほ~んとしていない。きりっとした顔立ちだ。その美しい横顔に子孫を残せない寂しさを感じる。あぁ、切ない…そのミュールをいまだ作り出している人間の残酷さ。人間て、むごい…
December 8, 2004
昨日までの旅の疲れのため、今日はピラミッドはお休み…その代わり、彼がブレックファストを作ってくれる。彼は私が「マニュキュアをして料理をするのはちょっと…」というとじゃあ、僕が料理をするからマニュキュアをしてくれ、といってくれる稀有な人。ちなみに、今日はマッシュルームとベーコンのオムレツ、バナナ、キウイのスライス添え、フレッシュオレンジジュース。 車の調子が悪いからとガレージへ。なにやら部品が必要らしい。隣の大きな街トルカまで部品を買いに行くという。やったー!初バスだ!こちらのバスは40km制限を130kmで走る暴走バス。乗ってみたかったんだよね、一度。バス停で彼が「乗って」といったのはどう見てもタクシー。乗り合いタクシーらしい。こちらでは違法ではないという。しかし、後ろに大人が3人子供一人、前に一人。ドライバーを含め合計6人を乗せたタクシーは、いやバスは軽快にトルカへと走る。途中、バス停で止まる。でも、誰も降りる気配はない。まさか、と思ったらそのまさか。助手席におばさんが一人乗り込んできた。計7人を乗せたバスはトルカへと…ちなみに料金はバスと変わらず。 車の部品を買い(500ペソス、高い!)今度は本物のバスへ。130km出すだけあって中は、日本のバスよりいいかも。日本の観光バスだ。通路が細くてほとんど立っている人はいない。が、ほぼ満席。一番後ろに座る。扉は前と後ろに2つ。ドアが開くたびに砂埃とともに人が乗り込む。そして、たまにドアは開いたまま次のバスストップへ。(え?)後部の開いた窓から強風が吹き込む。帽子をかぶっていた私は飛ばされそうになるので帽子を取る。隣に座っていたおじさんが窓を少し閉めてくれる。「グラスィアス」と礼を言った。おじさんはニコリと笑い返してくれる。あったかいよね、こちらの人って。 結局、車の修理代1000ペソス(約9000円!)新しいの買った方がいいんじゃないの?
December 7, 2004
メキシコシティの彼の従兄弟マヌエルのお家に泊まった私たちは、叔母さん手作りのブレックファストを頂いてサチミコという街へ。叔母さんは元シェフだけあってシンプルだけど美味しいブレックファストを作ってくれた。その上、石が大好きだという私に、ネックレスをくれる。えっ、いいの~?!でも、嬉しいから「ムーチャ、グラスィアス」と素直に頂く。 サチミコで、船に乗る。屋根がついた手漕ぎの船だ。船のドライバーは若い青年。長~い棒を器用に操り川を渡っていく。驚いたことにスナックや焼きもろこし、ビール、お花などを小船で売りに来る。マリアチを乗せた船は音楽はいかが?と売って歩く。買った船に併走してマリアチは演奏する。川の水は相当汚かったが結構楽しめた。一つの船に可愛い民族衣装と帽子をかぶったおばあさんが乗り、「プルケ」という酒を売っていた。「かわい~」というと、叔父さんが「プルケ」を買ってくれるという。おばあさんは自分で船を操り近づいてくる。発砲スチロールのカップに卵色の液体。シナモンをかける。見た目はミルクシェーキ、ねっとりしている。味は…酸っぱい、私的には卵ヨーグルトみたいだと思った。あまり美味しいものではない。叔父さんに助けてもらって飲み干した。 約2時間、240ペソス。カップルだけの船もあれば2つの船をくっつけて、40人以上の団体がパーティをしている船もあり、楽しみ方は人それぞれ。船のドライバーのお兄さんも途中、スナックやジュースを買ったり、仲間と会話しながら舟をこいでいて、とってもリラックスした雰囲気だった。ただし、さすがメキシコシティだけあって川の上でも渋滞。6台の船が並んでしまった時は、どの船も動かず大変。船と船がぶつかって、汚い水しぶきが掛かることも。手は外に出さないよう、との注意があった。 船着場付近のお土産物屋さんを見て歩きコットンのワンピースとブレスレット、絵葉書を購入。しかし、全て叔父さん持ち。一銭も払わせてはくれなかった。叔父さんはリタイアしたばかりでお金はあるが使い道がないから、というとても気風のいい人。ちなみにワンピースの試着は、お店のコーナーに連れて行かれて二人で布を持って仕切る。また他のお店では陳列してある服の間に連れて行かれた。ここで着替えろ、と・・・?やりましたよ、着替えました!…そして、私たちは遅めのランチをとることに。 シティ内にあるシーフードのお店。えびのスープとシーフードのホイル包みを彼とシェアした。ホイル包みは絶品!白身の魚、海老、牡蠣、蛸、トマトとオニオン、そしてチリ。レモンをかけて食べる。あぁ、うまい!しかし、食べ方を知らなかった。ホイルをびりびり破いてしまったら、スープが滴りだして止まらない!お店の人に一回り大きなお皿をもらった。恥ずかしかった…でもそのスープが!美味しかった!また絶対に食べたい! 帰宅後、あぁ、とってもいい旅だった、マヌエルの家族もとても気持ちがよかったし、美味しいものもいっぱい食べた。大好きな石も買ったし…なんて感慨にふけっていたら、大事なヒスイのブレスレットを無くした事に気付いた。いいことがあれば…である。
December 6, 2004
いつものようにピラミッドで走り、ゴミを拾って帰宅。彼が従兄弟のマヌエルを訪ねるというので、メキシコシティに向かう。土曜日だけあって、比較的すいているというが、私にとっては相変わらずの渋滞。彼の日本人の友達が言っていたそうだが「東京は大きい街だし、車も人も多い。だけど、動いている」、メキシコは大きな街で、車も多いが動かない。「東京って不思議な街だ」と言っていたが、東京を普通と思っていた私にはメキシコが不思議。何で車が止まったまま動かないんだ?? マヌエルは3年前に6ヶ月ほどカナダに留学していただけあって普通に英語で話せる。メキシコに来て初めて通訳なしで会話ができた!感激!その後、マヌエルと彼と3人でcoyoacan(コヨアカン)へ。露店が連なる通りを練り歩く。宝石(というか石)が大好きな私はその店を見つけるたびに立ち止まって覗く。あるお店のおじさんにダメモトで英語で話しかける。なんと!英語で応えられた!!大感激!しばらく石の話をして、(しかも、彼とマヌエル抜き!)気に入ったペンダントヘットを購入。とっても嬉しい一時だった。 そして、カフェへ。キレイでセクシーだけど年のいったお姉さんが丁寧にメニューを説明してくれる。カプチーノとアプリコットとナッツのペストリーを注文。彼らはチョコラテとチョコペストリー!(しかも、2つづつだった)うえっ!また、石のお店を見て歩き、帰宅途中、マヌエルが聞く。「今日は泊まっていくんでしょ?パパとママが部屋を用意しているんだけど」ええ~ッ!なんと!彼が私にどうする?と聞く。着替えも化粧品も何も用意していないが、そんなことを理由に断るなんて女がすたる!と快くOK。 帰宅後、彼は叔父さんとマヌエルと日本について、私について、今後について熱弁。12時就寝。
December 5, 2004
ピラミッドに毎朝走りに行くようになってから約5日。あまりのゴミの多さに辟易!メキシコ人は平気でゴミを捨てるのだ。彼とビニール袋を持ってゴミを拾うことにした。たま~に、学生が団体で訪れるこのピラミッド。飴やガムの包み紙、ペットボトルがあちこちに転がっている。ちなみにペットボトルは150ccからなんと3リットルまである!二人で2袋分のゴミを拾った。こんなこと日本でもしたことないのに…ははは。でも、いい事するって気持ちい~い! 汗だくで帰ってきたのに、水がないからシャワーができないという。昨日は電気が使えないので朝食を作るのに苦労した。もう、慣れたけどね…そのまま、彼の姉、未亡人ギジェと従姉妹のアイーダを訪ねる。 アイーダは床の掃除中だった。「コーヒー?アワ?」と聞かれる。「コーヒー」というと、カップに熱湯だけ出される。あとはインスタントコーヒーの粉と、お砂糖、ミルク。自分で作れ、ってわけだ。なので「アワ(水)」とリクエスト。アワ、とはジュースのこと。案の定、何がいい?と聞かれた。レモネード?ストロベリー?パイナップル?さっぱりしたのが飲みたかったので「レモネード」にした。美味しかった! テーブルの端にビンに入った、ミルク色のポップコーンのようなものを発見。「ヨーグルトの菌」だという。あぁ、日本でも流行っていたよね、一時。ミルクを入れて一晩おくと、ヨーグルトができる。「菌」が一晩中、一生懸命働いて、ミルクをヨーグルトにするのだ。日本のと少し違うのが、その「菌」を洗ってまた使う、というところか。不思議な形だったので少しもらってきた。 うちに帰ってミルクを入れ、冷蔵庫に入れた。そして彼に怒られた、「菌が死んじゃう」と。やっぱり、常温保存なのね、日本とおんなじで。
December 4, 2004
今日、サボテンを食べた。手のひらより少し大きな形のものだ。皮と棘を削って、端を少し残して4・5本に裂いて(まるで「げそ」)鉄板で焼く。少しねばねばして、まるでわかめのよう!やはり美容と健康にいいんだって。病院でコレステロールが高いと、「もっとサボテンを食べるように」言われるらしい。 ママは「サボテンサラダ」を作ってくれた。生のサボテン(やはり皮と棘はカットする)をみじん切りにし、トマトのスライス、アボカド、フレシュチーズを散らし、コリアンダーのみじん切りをまぶしてトルティーヤに包んで食べる。好みで塩、チリを加えて。 一緒に食べた「えびのスープ」。とっても美味しかったので作り方を聞いたら、明日また作るから一緒においで、といってくれた!とっても楽しみ。日本でパパに作ってあげよう!
December 3, 2004
メキシコで「ジュース」というと、手作りのジュースを指す。しかも、スペイン語では「アワ(water=水)」という。紛らわしい…。 イチゴにキウイやバナナと水を混ぜ、砂糖を加えミキサーで30秒。パインとキウイ、パパイヤとバナナ、組み合わせはいくらでも。とっても簡単&美味しいのだ。以前、メキシコ人の女友達に「メキシコに住むのならジュースの造り方を知らないと…」と言われたことがある。「まさか・・・」と思っていたが、本当だったのね。ちなみにバケツいっぱいのイチゴが50ペソス(約5C$、500円くらいか?)。バケツいっぱいのイチゴの中には、腐ってしまっていたり、カビが生えていたりするものもあるので、一つ一つへたをとり洗って、冷凍保存(?!)する。 今日はオレンジジュース。オレンジジュースはミキサーで作るのではなくて、絞る。ここには手動と自動があるが、自動のものはとっても素晴らしい!!き~れいに絞れる!オレンジ3つで大体一人分。ここのところ毎日作って飲んでいる。オレンジは50個(約8kg)で20ペソス(約2C$、200円)だから、肌の調子がいいのか…?! ピラミッドに行って毎日走っているし、天然オレンジジュースのビタミンCはたっぷりとっているし、日本にいるよりきれいになれそうな気がする、今日この頃。
December 2, 2004
朝一番でピラミッドまで行って走ってきた。ここテナンゴはただでさえ標高が2000mも高いのに、そのうえ小高い丘の上のピラミッドは空気が薄い。上までいって走るのは気持ちがよいが、行くまでが大変。のどがヒリヒリ痛くなるほど。帰ってきたら昨日からステイしている彼の姉、ギジェが朝ごはんをこしらえてくれた。その後、カルロスとギジェと4人で買い物に。ぼろぼろになった私のカーディガンを見かねて、彼が新しいのを買ってくれた。グレーに襟とラインがネイビーのシックなもの。メキシコにもなかなかいいものあるじゃない!ちょっと有頂天。 さて、今日は「ぱうんどけーき」を焼いた。小麦粉、バター、砂糖をきっちり250cc、卵二個を混ぜて焼くだけの簡単なもの。ところが、こちらのお砂糖、自然なものを使っているので、焼き上がりがどうも…ちょっとがっかりでした。次は白糖を使うぞ!ちなみに焼き時間は約40分。
December 1, 2004
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