Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2013年02月12日
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カテゴリ: 夢有無有
神は良しとされた
 創世記第1章第四節には「神はその光を見て、良しとされた。神はその光とやみとを分けられた。」とあります。その前段の「神はその光を見て、良しとされた。」は完成したものに対して神の評価、ヘブライ語でキー・トーブ、「良し」である。これは、この世界を形創るプログラムが、物質世界が作られる以前にすでに神の絶対意識にあり、そのプログラムである絶対意思に従って創られて行くということです。この一文が突出して記されているのは、そうした正当な理由なのでしょうが、創世記の著者(確定的ではないものの以後はモーセとします)は、神性である神に、自己に現出した神の表象、即ち、無意識にモーセ自身の人格性を与えています。絶対存在であり、絶対の意思と精神である神に事の良し悪しを判断する必要はなく、全て神から出ることは善悪を含めて完全体であると云う事です。その絶対意思には、この世界の結末までもが書き込まれているのです。天地の始まりから、終わりまでが既にプログラムされているのです。それ故に、この世界は「確定未来形」であり、未来は決まっています。そして、未来が決まっているということは、その中に存在する我々個々人の未来も、また決まっているということです。つまり我々の運命と宿命は、確定未来形であるということになります。後段の「神はその光とやみとを分けられた。」には、相対性、仏教云うところの縁起が齎されます。これを、「水素」と「ヘリウム」を主成分とする輝く太陽と残りの成分で、闇とされる「惑星」が創られたとする説もありますが、「創世記」天地創造では未だ太陽は未だ登場しておりません。

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最終更新日  2013年02月12日 07時01分51秒
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