Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2015年05月22日
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カテゴリ: 夢有無有
「思考と直覚」英国19世紀の思想ダーウィンの1(百三十四)
 19世紀のイギリス古典派経済学の時代には、彼の偉大な英国の自然科学者であり、卓越した地質学者・生物学者でもあった種の形成理論を構築したチャールズ・ロバート・ダーウィン(Charles Robert Darwin/1809年- 1882年)が、哲学とは一線をおいたかたちで登場します。
彼の全ての生物種が共通の祖先から長い時間をかけて、彼が「自然選択」と呼んだプロセスを通して進化したことを明らかにし、修正を施されながら生物多様性に一貫した理論的説明を与え、現代生物学の基盤となっていることは承知の事実です。「自然淘汰」とも呼ばれるとも呼ばれるように、その内容は進化の要因が主に自然による淘汰にあるとする。当時までに、G・L・L・de ビュフォン、ノッテンガム付近のエルストン・ホールに誕生ケンブリッジ大学とエディンバラ大学で学び、内科医の資格を取得し一般にはチャールズ・ダーウィンが「進化」論を唱えたとされていますが、実際にはその祖父であるエラズマスが「進化(evolution)」という概念を生物学に持ち込んだのが事実です。其の当事者E.ダーウィン、J・ラマルクらによって進化思想が述べられてはいましたが、明確な要因については想定されてませんでした。C.ダーウィンは「種の起原」において,現存する生物種の多様性は進化の産物であるという考えを提唱し、自然観察を通して、種内にも個体差があり、種の違いにも連続性があることに気づきます。其れ等は同時代の、哲学体系に影響を及ぼしますが、ダーウィンの宗教観は、旧約聖書が述べる歴史には批判的で宗教を民族の生き残り戦略であるとまで書きますが、神をいまだに究極的な法則の決定者であるとも思っていました。ところが、最愛の愛嬢、長女アニーの死が失われつつあった時にキリスト教信仰への終わりを宣言します。即ち、生物の「死」は「神」や「罪」とは何の関係もなく、自然の過程のひとつに過ぎない。「悪魔に仕える牧師」(Devil's chaplain)はこうして出現します。1870年代に親族に向けて書かれた「自伝」では宗教と信仰を痛烈に批判しています。続いて1879年に書かれた書簡では、自分はもっとも極端な考えに触れた時であっても神の存在を否定すると言う意味における無神論ではなく、「不可知論が私の心をもっともよく表す」と述べている。晩年のダーウィンの友は、敵対者からの批判に疲れ、信仰と科学の間で揺れるダーウィンの遅疑逡巡を回想しています。また,その当時のダーウィンは、進化論という名称が含む意味合いの一人歩きや、自然選択説を唯物論的に捉えようとする一部の自身の支持者の動きについて、非常に嫌悪感を示すようになっていたと伝えられています。

C-Darwin1
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最終更新日  2015年05月22日 07時31分58秒
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