Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2015年06月21日
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カテゴリ: 夢有無有
「思考と直覚」西田哲学とマルクス主観(百六十四)
 第二次大戦前の帝政日本では西田哲学の名のもとに西田幾多郎博士[にしだ きたろう/1870年5月19日(明治3年4月19日- 1945年(昭和20年)6月7日)]の思想がインテリゲーンツィア(ntelligentsia)、元々ロシア語から派生した言葉で、大衆(民衆)の対比語でありマルクス主観からは否定的表現ですが、其の知識階級の立場にある個人や知識人に大きな影響力を与えます。英語のインテリジェンス(intelligence)の略語でもインテリの場合は、知識階層としての意味は持たず、個もしくはシステムが知的であることを指すので知識階層の意味を持ってはおらず、同じ略語のインテリが屡々誤用されていますが、其のインテリジェンスに、彼の「時間と自由」の著で有名なベルグソンとドイツ観念論の哲学者フィヒテの影響のもとに、東洋の宗教的神秘主義と西欧の哲学思想を結びつけ、「絶対矛盾的自己同一」一部で呼称される「絶対無の自己同一」を言語表現通りに抜き出して捉えると大きな誤謬に陥ります。西田哲学の云わんとする処は、過去は未来を限定するが、その限定は絶対無の場所の自己限定である。同様にこの様な未来は過去を限定するが、その限定は絶対無の場所の自己限定である。かくて過去と未来の相互限定とは絶対無の場所の働きであり、絶対無の場所の自己限定といいうるに尽くされています。西田の哲学においては対立は解消せず、その対立が実は一体であることを実感することによって人は悟りの境地に至ります。たとえば天と人とは対立物ですが、ヘーゲルの弁証法のようにいくら人間が天に近づこうと思っても道は遠ざかるばかりです。ところが「我はすなわち天なり。天すなわち我なり。」と悟った瞬間、世界観が一転するわけです。この境地が日本人が禅において自得した「我は即ち宇宙なり」の心境に至ったのでしょう。西田はヘーゲルを読みはしましたが、専門研究家ではありません。彼が生涯、誰かの研究者であったことはなく、だからこそ彼は日本で唯一「自分で一から考え抜いた」直覚の人として世界に名を残さしめたのです。其処には存在の有無、大宇宙の制約即ち「理法」を取り込む或いは一体化するために「禅道三昧」に明け暮れたり、京都帝国大学文科大学教授時代には自宅から通学する、1972年(昭和47年)に地元住民が保存運動を進めるに際し相談した結果「哲学の道」と決まりその名前で親しまれるようになり。日本の道100選にも選ばれている散歩道である時間の思索に尽くされています。彼の思考方法には「無の境地」を哲学論理化した純粋経験論があり「霊魂の不滅」を考察するには一度は学ぶべき思考方法といえます。

nishida-kitaro1
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最終更新日  2015年06月21日 07時50分18秒
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