Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2019年02月23日
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カテゴリ: 夢有無有
「霊魂論」エチカ詳解117
 自我そのものの内部にある「自己意識」の構造を考えると、そこでは「見る自分」は「見られる自分」と同一であり、同一であることを知っている。其れ故に「見る自分」と「見られる自分」との区別は、語句は区別でありながら語彙は同一を含んでいる。この「区別ではない区別」という構造は、主観と客観の対立という構造が成り立つための不可欠の前提であるが、しかしその前提を認めればもはや主客の単純な対立は消えてしまう。すなわち主観と客観の二元論は、本当は「区別でない区別」を前提にするから成り立つのであるが、しかし同時に、この無限性の関係を度外視するから成り立つ矛盾性が入り込む。曲線と直線の接点を考えると、接点という無限分割の極限点においては、曲線が直線と同一であるとともに区別されてもいる。即ち究極的には「区別ではない区別」という構造が極限点には成立している。極限点の成立を一つの過程として説明すると、無限に分割された点の上を移動するカーソルが、その最後の点に到達するということになる。「無限」という概念を、「どこまで行ってもまだその先がある長さ」のように考えると、無限点に到達するということはありえない。無限点は「どんなに近づいてもまだ到達していないところ」という構造をもつことになる。これをヘーゲルは「悪無限」とよんで、「真無限においては無限点への到達が達成け入れられない」という立場を取ります。此処に、スピノザの世界外を無視・矛盾として捉えてのは世界内存在全ての「絶対存在」とヘーゲルの神概念としての「絶対存在」が、彼岸に絶対存在者を置かない理由です。X線上では無限小であり且つY線上では無限大の存在を想像すれば、「一者」が見えてきます。



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最終更新日  2019年02月23日 06時29分11秒
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