Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2019年03月31日
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カテゴリ: 夢有無有
「霊魂論」エチカ詳解153
 スピノザは、迫害を逃れてポルトガルから移住したユダヤ人を両アムステルダムの富裕なユダヤ人の貿易商の家庭に生まれます。両親はポルトガルでのユダヤ人迫害から逃れ自由国家オランダへ移住してきたセファルディムです。セファルディム(Sephardim)とは、ディアスポラ(Diaspora)のユダヤ人、ブリタニカ国際大百科事典によれば、[ギリシア語で「散らされている者」を意味し,ユダヤ人でパレスチナ以外の地に移り住んでいた人々をさす。ヘブライ語ではガルート(「追放」の意)。その起源は,おもだったユダヤ人をバビロニアに強制移住させた前586年のバビロン捕囚(Babylon captivity)である。アケメネス朝ペルシアのキュロス2世が寛容勅令を出したとき,捕囚のユダヤ人は一部帰国した(前538)。同じ頃エジプトのナイル川上流のエレファンティンにもユダヤ人が多く移住していたことが知られている。古代最大の地はアレクサンドリアで,前1世紀の人口の 40%がユダヤ系であった。1世紀のディアスポラ人口は 500万に達し,その 5分の4はローマ帝国内に住んでいた。70年のエルサレム滅亡によって,内外のユダヤ人はすべて政治的・精神的故郷を失い,オリエント,ローマ世界の大都会で土着化し始めた。彼らはそこでも言語,宗教儀礼,教育などで独自の伝統に従い,一般人と隔絶した生活を送った。そのため古くから地域住民との間に紛争が絶えず,アレクサンドリアでは前1世紀半ばから,ローマにおいても前139年にユダヤ人が迫害された記録がある。1世紀中頃すでにユダヤ人は東はペルシア,メソポタミア,さらに小アジアの各地やアフリカ北部にも移住していた。使徒パウロのキリスト教の伝道も,ディアスポラのユダヤ人を足場として展開された。ユダヤ教徒自身のディアスポラ観は必ずしも常に同一でなく,正統派から改革派までさまざまである。現代におけるそのおもな違いはシオニズム運動とイスラエル国家の存在を認めるかどうかである。]と説明され、聖王ダビデが神の約束の地「パレスチナを征服してイスラエルを建国」した離散して故郷パレスチナ以外の地に住むユダヤ人を指しますが、現代では本国を離れたユダヤ人全般をも指し示す用語となりました。



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最終更新日  2019年04月03日 06時30分50秒
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