Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2021年09月11日
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カテゴリ: 絶対存在論
神の存否-166
 スピノザが本著「エチカ」に描く神は唯一の実体であり、世界には神以外の実体は存在しない。しかも神は万物の内在因であり、それ自身のうちに根拠を有するとともに、そこからすべてのものが生起する根源である。凡そ世界のありとあらゆるものは神のうちにあり、神を原因とするというこの考え方は、一種の汎神論だとも云えますが、そこには別の捉え方もされています。スピノザの思想を更に掘り起こして、これを西洋哲学上に改めて位置づけ直したのはドイツ観念論の哲学者たちです。スピノザによれば、世界は神の現れであるから、そこには善もなければ悪もない。そう見えるのは人間の意識による相対的な働きによるのだ。また世界の動きは神の働きによって必然的に定められているから、そこには偶然的なものは何も存在せず、したがって人間の意志の自由も働く余地がない。人間が自由に意思した結果生じたと思われるものも、神の摂理の中であらかじめ予定されていたことなのだとする。神をこのようにとらえることは、神を世界の秩序そのものと一体化させるものだという批判を招くことにつながる。神は自然法則と同じようなものと解釈され、そこには人格神としての面影は感じられない。スピノザが長い間排斥されてきた理由は、彼が神を説きながら、実はその神が似て非なる神であり、同時代人が信仰していた神とはおよそ異なったものを意味していたからです。このことから、スピノザは神を説きながら、実は無神論者だというレッテルを貼られたのです。スピノザは、また、絶対なる神そのものの意志のあり方の可変性や、人間の意志の自由を根源的に認めませんでした。世界は厳然たる法則に支配されており、人間の成す決定もその法則にしたがっているに過ぎないと語っています。このことは、世界の出来事を物質的な法則によって説明する態度、当時の唯物主観と似通ったものだとの批判を招いたのは時代的に致し方ないところです。スピノザに唯物論者としてのレッテルも付け加えられたのです。スピノザは、神を語りながら、その神は自然法則のように潤いのない神であり、他方では人間の精神が不当に軽視されて、物のように扱われることに、同時代人たちは本能的に反発したのです。
 ところが、現在の最先端を走る、相対性理論と量子論の矛盾を統一する試みとして顕れた高度観測物理科学が導き出した統一物理科学理論である量子重力理論における世界は、スピノザの「神」存在の表現に似通った論を展開してみせます。神は「あたい」であると云うことです。



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最終更新日  2021年09月11日 06時00分27秒
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