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街はクリスマスムード漂う季節京都もイルミネーション始まっていますがどうもこの季節の盛り上がりはいまひとつのような・・・・やっぱ和の街だから?クリスマスと紅葉なんか変な取り合わせだけどこれもひとえにクリスマス商戦の前倒しと温暖化のせいでもまあ、紅葉が美しいのは変わらないわけで毎年、違う場所で紅葉を楽しんでいるんだけど今年はコンパクトに廻れて、かつ趣の異なる紅葉をご紹介しますこの日最初に向かったのが源光庵鷹峯といって京都でもかなり北にあるお寺でバスの本数も有名スポットに比べると多い方ではないけど市バスのバス停降りてすぐ目の前なのでアクセスは悪くないです上の写真は駐車場で撮影したものダイナミックなコントラストが目を引きますでもこちらのお寺のメインは建物の中このように丸窓と角窓から庭の紅葉を眺めるという京都らしい紅葉の楽しみ方が出来るのまず建物に入ってすぐ右側に見えるのが”迷いの窓”と呼ばれるこの角窓これは「人間の生涯」を象徴していて生老病死の四苦八苦を表しているんだって隣にある”悟りの窓”と呼ばれる丸窓は「全と円通」の心を表し、円は大宇宙を表現してるそうそんな解説文を読みながら静かに窓の外を眺めていると不思議と心が落ち着くんだここは数年前に初めて訪れたんだけどそれ以来お気に入りの場所ただ、行くときは必ず平日けして広くはないスペースなので紅葉シーズンの休日には人が溢れて大変なことになっているとか人がワイワイがやがやと観賞する中で迷いも悟りも感じられないでしょ?お仕事、お休みとりにくいかと思いますができたら平日、これほんと源光庵のもう一つの見どころは血天井伏見桃山城で380人の人たちが自害したときの痕跡400年経った今でも残る血の後に人の命の儚さと永遠を感じたりして・・・・こんなおどろおどろしいものがあったりするけど源光庵はこじんまりして、ほんとのんびりできるところ縁側に座ってボーっとすることもできるしお勧めスポットです次に向かったのは歩いてすぐの光悦寺ここはこのアプローチの小径が好きなんだよね拝観料はこの小径の先で徴収されるのでもし観光する時間や予算がないときはこの小径だけならタダなので、ぜひ光悦寺に立ち寄って欲しいな江戸時代のマルチタレント・本阿弥光悦茶道に陶芸、書画に文筆とあらゆる芸術において才能豊かであった彼は徳川家康から与えられたこの土地に一族や職人と共に移り住んだそう彼の死後、お寺となったんだけど光悦の住居跡だけにいくつもの茶室が造られ中でも有名なのが光悦垣とよばれる独特の垣根でもあたしが一番好きなのはなこの本阿弥庵(右側の写真)からの眺め一応ここも京都市なんだけどそんなことを忘れちゃうぐらい、自然の豊かさを感じられるこの茶室からの眺めがほんと素晴らしい光悦寺のお寺にはそれほどたくさんの紅葉の木があるわけではなく刺し色のように、ところどころに朱が配されているんだよねいわゆるお寺とはちょっと違って、京都の文化人のセンスを感じられる場所かな、なんて 次にバスで常徳寺前で下車してちょっと歩いたところにある今宮神社西陣の八百屋の娘だったお玉が、後に5代将軍綱吉の母、桂昌院となったということで別名”玉の輿神社”と呼ばれる今宮神社紅葉の季節はそれほど人気がないのか境内に人はなく、とっても静かそのうち近所の保育園の子供達が遊びに来たりして地元ムードでの~んびり今宮神社といえば門前名物”あぶり餅”きな粉をまぶしてあぶったお餅に甘い白味噌を絡めてあるの1人前500円でお茶のサービスもあるのでここに来たら1度は食べたいもの門前には平安時代から営む「一和」と創業400年の「かざりや」とどちらに入るか悩むんだけど今回は「かざりや」さんに決定理由はこの景色門に最も近い席に陣取ってこの景色を間近に見ながら、お茶とお菓子をいただくう~ん、幸せこの席の位置は「かざりや」さんだけにしかないんだよねまさにベスポジ何にも遮られることなく、紅葉独占しちゃったよん次はまたちょっと歩いたところにある高桐院関東・東海エリアの人にとってはJRのCMの”そうだ、京都、行こう”でお馴染みの場所ここは”敷き紅葉”で有名なのこうしてのんびりとお庭を眺めるのがおつなんですが若干ですが色が褪せてきちゃってるかなでも一部はまだその美しさを残していてブログの冒頭の写真はこちらのお庭のもの”敷き紅葉”の名に恥じない美しさでも写真に収めるのには身をかがめて一苦労カメラマンさん、みなさん窮屈そうでした上の写真の部分は立ち入ることはできないけど高桐院のお庭はここから専用のスリッパを履いて散策することが出来るんだでもむちゃむちゃ広いお庭ではなく、またスリッパの数も限られているわけでピーク時にはきっとお庭にでるのも大変なんだろうな~庭には細川家代々のお墓やあの有名な細川ガラシャのお墓もあります分骨ってことかなお庭の中で目を引いたのがこちらの手水鉢左のなんてまるでクリスマスリースみたいでしょ色とりどりの紅葉が計算されたかのように水に浮かべられていて、めっちゃカワイイ京都の紅葉の楽しみ方ってこういうなにげないものも全てその美しさを計算してるってとこお見事ですとまあ、こんな感じで廻ってこれでバスの待ち時間含めて、計2時間半ぐらいどこも小さい寺社仏閣ばかりだからね午前中だけで十分見て廻れます来年の紅葉巡りの参考にでもしてもらえたらいいな
November 30, 2010
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今月は諸々あって、紅葉を見に行く機会も意欲も低くて・・・平日・週末問わず観光客で溢れる11月の京都当初は自分もそんな観光客の一員だったのに3年目になるとだんだん、げんなりしてくる自分がいたりして”敢えて人が多いところに行かなくても・・・”って出かけるのが億劫になってるところがやっぱり本調子じゃないってことかな?ってなんだか前置き長くなりましたがとりあえず、今年の京都の紅葉、ご覧下さいませあまりに地味ですいませんここは吉田山にある竹中稲荷吉田山といえば京都大学京都大学といえば吉田山っていうぐらい京都大学の様々な歌の中に登場する吉田山とは大学の裏手にある小高い山お散歩気分で歩ける可愛らしい山でその山頂に竹中稲荷はあるのお散歩気分って書いたけど運動不足の身体には高さのある石段が結構響いて山頂までのぼると身体がポカポカサクサクと歩けない自分に年を感じざるを得ないって感じ・・・ハァとはいえ、下界の超有名スポットとは違ってこんなマイナースポットを訪れるのは地元の人以外は稀のようでひとけもなく、ひっそりした境内お天気も曇り空だったこともありZと2人、静かに紅葉を愛で、愛でけどなんでZとのデートに吉田山なのかというとほんとはこのお稲荷さんのすぐそばにある”茂庵”というカフェでランチをしようと思ったからこの”茂庵”というのは女子向けガイドブックには必ず載っているというぐらいカフェ好きな方にはかなり有名なお店どのバス停からアプローチしても必ず最後に山を15分ほど登らないといけないという万民向けとは言い難いロケーションなんだけど、女子のカフェ心をくすぐる要素満載なんだよね週末は行列必至で、この日もすでに10組ほど待っていて(11時半オープンで12時15分に到着したのに、だよ?)想像以上の混みっぷりに早々に退散また行く機会があれば茂庵の様子をご紹介したいと思います 茂庵でのランチを諦め、吉田山を下山した2人百万遍まで出たところで、こんなものに遭遇ロバ型自動販売機知る人ぞ知るこの怪しい自動販売機販売機っていうぐらいだから何かを販売しているんだけどこれがまたよくわかんないのプリペイドカードってことはわかるけど一体何の支払いに使えるカードなのかは謎見ての通り、老朽化しているので果たしてお金を入れても動くのかどうかも怪しい怪しいけど、怪しいけど、気になる~こんな自販機、きっと余所には無いと思うのでぜひ京都の想い出に怪しいプリペイドカード、買ってみませんか?額面はたしか数千円~1万円ぐらいしていたのでこの訳の分からないものに万札を投入できるという男気のある方いないかな~ 結局、百万遍からさらに出町柳までテクテクしかもさっきからさんざん”お腹と背中がくっつくぞ!”って道々歌っていた危ない2人もう限界!ってことで出町柳の交差点そばにあるこちらのお店でランチ決定さるぅ屋あえて説明するのもなんですがサルとフランス語のSalut!(乾杯)をかけたネーミングこのロゴもいいでしょ~店内はそこそこ埋まっておりあたしたちは1階席へオーダーをいれたところでさるぅ君発見なんかゆるい感じが和みますさて今回注文したのはこのお店の自慢料理であるさるぅ屋バーガーこのボリューム、みてみて~芥子のみ付きの表面カリカリのバンズにレタス、トマト、玉葱そして何より心躍ったのが肉厚パテナイフとフォークも出てきたけどここは大口を開けてガブっていこうとパンを両手で挟んだとたんジュワワワとあふれ出す肉汁もう、たまらんですたいレディとしては恥ずかしいところだけどもうガッツンガッツン、喰らっちゃいました身も心も許しあっているZとのデートだからこんなはしたない姿もさらせるのよねつけ合わせの牛蒡と人参の黒ゴマ和えも美味しいしなによりこのハンバーガーの旨さとボリュームに舌も胃袋もノックアウトいっぱい歩いた甲斐があったわんちなみにセットのドリンクは本日のハーブティーを選んだんだけどこれがまたかなりのハードパンチャーランチでよくあるハーブティーてカモミールとはローズヒップとかライトテイストのものが多いんだけどここのはめっちゃスパイスィーでクセありありで香りも味も、かなりキマスなめたらあかんど、てなぐらい本格派苦手な人は普通にコーヒー、紅茶かあとコーラもいいかも珍ら懐かしく、瓶でサーブされるよん お腹いっぱいになった後はまたしても目的もなく散歩、散歩、散歩”このへんトラベラー”じゃないけどただただ歩いてお店覗いて的な時間潰し鴨川から1本入った小道を歩いているとと発見したのがこちらのベーカリーhohoemi店内もとっても可愛くてみかけの小ささからは想像できないほどたくさんのスタッフさんが中では働いてましたどれも美味しそうなんだけどお目当ての品は”木の実のガレット”前から気になっていたのに加えてブログお友達のsapphireさんのところでもこちらの商品が紹介されていていつか行こう、行こうって思っていたんだよねこの手前に写っているのがその木の実のガレットナッツ類てんこ盛りでもうこちらもたまらんですばいナッツ類が好きな方なら、絶対に気に入ること間違いなしまた食べたいけど普段、出向かないエリアなので次回はいつになるかな~?さらにこの後も、おしゃべりしながらひたすらブラブラそのうち2人とも眠気に襲われてきて歩くのもおっくうになって、最後は鴨川沿いのカフェへそして締めはいつも通り(?)、Zが体を張った豪快な笑いをとってくれて超ご機嫌な気分で帰宅愛すべき妹の姿に、Salut!久しぶりにZに会ってトルコの旅の話なんかもして、こりゃブログの旅日記、なんとか完成させなきゃ!って決意を固めたはずなんだけど果たして来月からまたペースをあげることが出来るのかな年末なのでちょっと期待出来ないけどまたボチボチアップしていくので、おつき合いよろしくお願いします最近、全くパソコンを繋いでいなかったのですがみなさんのところにもまたゆっくり遊びに行きますね
November 29, 2010
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命がないということはなにもないことなのです「命」という「言葉」がなかったら身もだえしていまうことでしょう「命」という「言葉」があるから涙することができるのですそしてその涙は我が身を潤わせてくれるのです涙というのは涙した人にとって最も身近なものです涙するときにまつげの先に虹がみえます見えていないのかもしれないけれどそう思うと見えるような気持ちになります今朝、NHKで再放送された100歳の詩人 まど・みちおさんの番組冒頭の言葉は番組の中でまどさんが語っていた言葉です偶然見たので、冒頭の数分は見てないんだけどあまりに素晴らしい番組だったのでぜひ日記に書いておきたいなって思ったの詩集を買って読んだりすることもないしまどさんの名前は知っていても彼の作品集などに目を通したこともないそんなあたしですが本当に素敵な詩と素敵な言葉の数々に感動してしまったまどさんの詩と言葉の部分だけ色を変えてあるので興味があるかたはぜひまど・みちおさんはまどさんの大ファンでもある詩人・谷川俊太郎さん曰く「顕微鏡と望遠鏡の目をあわせもっている人」だそうです”一粒の砂に世界をみる 一輪の花に天国をみる”というウィリアム・ブレイクの詩、そのままの人だとも言ってましたそんな言葉を裏付けるような詩地球の用事ビーズつなぎの 手からおちた 赤いビーズ指先から ひざへ ひざから ざぶとんへひくいほうへ ひくいほうへと かけていって畳のすみの こげあなに はいってとまったいわれた とおりの 道を ちゃんと かけていわれた とおりの ところへ ちゃんと 来ましたと いうように今 あんしんした 顔で光っているああこんなに 小さな ちびちゃんをここまで 走らせた地球の 用事はなんだったのだろう初めて知った詩ですが赤いビーズが畳を転がっていく映像と共にテレビで紹介されたとき、なぜか思わず涙がこぼれましたほんとう、ほんとうに小さな小さな出来事一つに世界が見える人なんだなとビーズ一粒であっても、人1人であってもまどさんの世界では全てが大切な存在まどさんのそんな想いをまどさんの故郷の街の高校生が自分の好きな詩として受け取っていましたぼくが ここに ぼくがここにいるときほかのどんなものも ぼくにかさなって ここにいることはできない もしも ゾウがここにいるならば そのゾウだけマメがいるならば その一つぶのマメだけしか ここにいることはできない ああ このちきゅうのうえではこんなにだいじに まもられているのだどんなものが どんなところに いるときにも その「いること」こそが なににもましてすばらしいこと として”自分は何のために存在しているんだろう””自分がいる意味ってなんだろう”と悩んでいたときに、この詩に出会って”意味はわからなくても、「いること」こそが大切なんだ”と思えたとその女性高校生は語っていました誰でもふと思う自分自身の存在意義そんな疑問にもまどさんの詩は優しく答えてくれるのです番組の中で次々と紹介されるまどさんの作品無知なあたしはどれも知らないものばかりでしたがこれは知っていますぞうさんぞうさん ぞうさん お鼻が長いのねそうよ 母さんも 長いのよこの詩についてまどさんはこう語っていました世界中に象のように鼻の長い生き物はいませんそんな象に「鼻が長いのね」ということは「変だね」といっていることと同じですだけど象は誇らしげにいいます「大好きなお母さんと一緒なんだよ」と象が象として生かされていることのなんと素晴らしいことかたった2行のこの言葉の中にこんな深い意味があるとは幼稚園で大きな声で無邪気に歌う子供達日本人でこの歌を知らない人はいないでしょう全ての人にこのまどさんのこの想いが伝わればこの世から悲しい出来事がずっと減るだろうに・・・優しさに満ちたまどさんですがまどさん自身もいろいろなことで苦しんできました戦時中、まどさんは2編の戦争協力詩を書きました息継ぎをしないと人は死んでしまう私は詩を書かないと死んでしまう、というほどではないけれど「息継ぎ」の次に大切にしているのは「言葉」ですそう語っていたまどさんがその大切な「言葉」を戦場という多くの命が奪われる場所へ若者たちをいざなうものに使ってしまったこのことは今もなお、まどさん自身を苦しめていますそして家族のこと7才年下の奥様が10年前にアルツハイマーを発症した時は”辛い”、”へこたれる”といったまどさんの苦悩を示す言葉が日記に綴られていましたところがある日”アルツのハイマくん”とまるで友達のように名前をつけた途端、日記に並ぶ言葉が変わりますとんちんかん夫婦と題して綴っていた言葉正確ではありませんが、おおよそ以下の通りです片方の足にくつしたを2枚履いて靴下がないとさわぐ夫お米をいれないまま炊飯器のスイッチをおして「ごはんのよういができましたよ」と呼ぶ妻こんな毎日繰り返されるとんちんかんな出来事に2人で大笑いこれは天からの恵みだろう明日はどんな天の恵みがあるのか楽しみにしている厚かましくも天を仰ぎながらこの「厚かましくも天を仰ぎながら」という一文に互いの失敗に笑いながらも思わず天を見上げ、この先どうなるんだ?というなんともやるせないような気持ちがふと見えたような気がしての年老いてなお共に生きていく喜びと悲しみ思わず自分たちの身におきかえたらやっぱりここでも涙がこぼれちゃったちなみに冒頭の「涙」に関する言葉は現在、まどさんは病院、奥様は自宅と別れて暮らしている中尻餅をついて、歩行が困難になってしまった奥様がまどさんの100歳の誕生日のお祝いに車椅子には乗っているものの元気な姿で病院に来てくれたときにまどさんの心に浮かんだ言葉ですまどさんは「死」についても語っていました冒頭の「命に」ついての言葉もそうですが陽が沈む様子が「死」に見えるといいまどさんはこんな詩を書いてますれんしゅうきょうも死を見送っている生まれては立ち去っていく今日の死を自転公転をつづけるこの地球上のすべての生き物が 生まれたばかりの今日の死を毎日見送りつづけているなぜなのだろう「今日」の「死」というとりかえしのつかない大事がまるでなんでもない「当たり前事」のように毎日毎日くりかえされるのは つまりそれはボクらがボクらじしんの死をむかえる日にあわてふためかないようにと あのやさしい天がそのれんしゅうをつづけてくださっているのだと気づかぬバカはまあ この世にはいないだろうということか人の死は避けられないものだけどそれに向かう強さも、それを乗り越える強さも備わっているだから、恐れないでだから怯えないでまどさんの優しい声が聞こえるようでした100歳を迎えなお、日々の生活の中から不思議なことを見つけ、感動をみつけるまどさん人生は「?(クエスチョンマーク)」と「!(感嘆符)」があれば生きていけるカラフルなマーカーで可愛らしい「?」と「!」を描くまどさんのみずみずしい感性”世の中にはこんなにすごい人がいるんだ”心からそう思える人に出会えた文化の日の朝いっぱい流した涙がなぜかとても愛おしいく感じたのはそこに虹があったからなのかもしれません
November 3, 2010
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