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今日2月23日は、ふ「二」、じ「二」、さん「三」の語呂合わせで、「富士山」の日私、子供の頃は良く富士山を眺めて育ったものです。ですから今は富士山を望むことが出来ない地域に住んでいますので、あの白い雪を帽子のように被った姿が何とも懐かしく思われます。 富士山は裾野から頂上に至るまで登山道を10に区分して、その一区切りを一合目、以下登るにつれて二合目、三合目と数を増し、最後の頂上は十合目、一升とは呼ばないのです。 では、どうしてこのような数字の符号が付けられたのかについては、いろいろな説があるのです。 まず、基本的な説は、人間が実際に登山し、時間的に刻んで目印をつけた説。これは富士山が「籾の山」(もみのやま)に似ていると言われ、江戸初期に富士講と言われる山岳宗教の修験道に基ずく登山者の団体の登山が盛んに行われた時期から、表側の村山口(今の富士宮口)と、裏側の吉田口を対照に裾野の馬返しを起点の一合目とし、さらに途中樹木の生えなくなる樹木限界点を五合目として、頂上に向かってこの間を人間が登りながら、励みの目標になり、また休息地にもなる地点を時間的に刻みだし、各数量の符号をつけたというもの。各地点には山小屋も建てられて、いまではこの説が一番有力なのです。 次ぎが油説。これは同様に江戸時代、富士講の登山者が油で灯をともしながら登り、途中岩室に泊まるなどして頂上を極めたが、その際必要な油は一般に一升だったと言われる。そこで一升の油のうち一合まで点った地点を一合目、以下二号まで点った所を二合目と呼んで休息地としたという説。 ですが、登山する人が休息する区間を目指しながら、苦しい登山の道程の心の励みにしたものと言われていますが、油で灯を点しながらの登山はちょっと首を傾げざるを得ませんね。 さらには、白米説というのが有りまして、これは白米一升を逆さにこぼし、その円錐形を10に区切って、各数量の符号をつけ、これを富士山に当てはめたと言う説。 この説は地元の古老たちによって語られていたものですが、広大な富士山の裾野はその昔不毛の地で、農民たちにとって米は貴重な存在であり、白雪を冠った富士山と同じイメージを抱いていたと思われることから、このような説が生まれたものと推測されるのです。
2009.02.22
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