むかしむかし、ある山奥の静かな村に正吉という男が住んでいました。 正吉はとても働き者で毎日朝から晩まで畑仕事に精を出し、できた野菜を町まで売りそのお金で暮らしていました。 ただ、正吉にはひとつだけ悩みがありました。 それは、お嫁さんがいないということでした。 村には若い娘はいましたが、正吉はなぜか「村の娘とは結婚したくない」と言い、村の人たちが「世話をしてやる」と言っても、いつも断っておりました。 ある日、村の村長が正吉のところにやってきました。 「正吉、村のいい娘を世話しとるのに、なんで断るんじゃ」 正吉はしばらく黙っていましたが、ゆっくり答え出しました。 「おいらはいっつも町に行っとるが、それはそれは町の娘はかわいい。綺麗で良い着物着て『野菜くれっーっ!』て、おいらんとこに寄ってくるんじゃ。それが楽しみで毎日朝から晩まで働いて野菜たくさんこしらえて町まで行くんじゃ。おいらは嫁さん貰うなら町の綺麗な娘って決めとるんじゃ。」 村長は、正吉の言葉にびっくりしました。 毎日働いていたのは、町の娘に会いにいくためだったことを知り、あらためて正吉に言いました。 「正吉、よくよく考えるんじゃ。町の娘もいいが村の娘も皆働きもので、やさしい娘も一杯おる。もう少し見てみろ。」 村長はそれだけ言って帰って行きました。 正吉は村長にそう言われたからといっても簡単に考えを変えるわけはありません。その後も毎日畑仕事しては、町に売りに出ていました。 ある日、正吉がいつもように町から帰る途中、ひとりの娘が走ってやってきました。 「正吉さーん。まだ野菜ありますか?」 その娘はいつも買いに来てくれる正吉のとても気に入っている娘でした。 正吉はあまりの突然なことでびっくりしました。 「すまん。もう全部売ってしまって残ってないんじゃ。だが今頃どうしたんじゃ?」 「うちの爺ちゃんが野菜食べたいって言うもんだから・・・」 正吉はうれしくなって、『なんとかこの娘に野菜をやりてぇ』と思いました。 「家まで来れば少しばかり残っておる。今から取りに帰ってくるで。ここで待ってろ。」 正吉はあわてて帰り、野菜をかかえて娘が待っている所まで急ぎました。 正吉は「代金はいらん!」と言いお金を受け取らず娘を帰しました。 それからしばらくして、正吉が畑仕事に精を出していたとき、ふっと顔を上げるとあの時の娘が立っていました。 「あんたは、あの時の・・・」 「はい、この間はありがとうございました。村の人に聞いてここまで来ました。」 正吉はせっかくここまで来てくれたからと家に連れて帰りお茶を出しました。 「私は、千代と言います。家は呉服問屋で、おとうさんとおかあさんはいつも仕事で店に出ていて、私の身の回りの世話は店の奉公人がしてくれてます。」 千代はそう話しました。 「世話してくれとる人がおるのに、何で千代さんがわざわざおいらの野菜買いに来るんじゃ?」 千代は少しうつむきながら答えました。 「正吉さんに会えるのが私の楽しみだったんです」 正吉は顔が真っ赤になりました。 気に入っていた娘がまさか自分のことを気に入ってくれてるなんて、思いもよらなかったのです。 正吉はうれしくなり、帰りに家にある野菜をたくさん土産に持たせました。 それ以来、千代はたびたび正吉の家へ遊びに来るようになりました。 正吉はうれしくていつか嫁さんにと思って働いては千代に野菜を分けてあげていました。 しかし、千代は正吉のところへ来ても何をするわけでもなく、ただ、正吉が働いているのをボーっと見ていたり、正吉の家でごろごろしていたりして夕方になると帰って行きました。 正吉は『せっかく千代さんが来てくれとるのに、ひとりにしていたら可愛そうだ』と、いつの頃からか今まで一生懸命していた畑仕事をやめてしまい、一日中千代と遊ぶようになりました。 正吉には楽しい毎日でした。 しかし、それを見ていた村の人たちは心配になり村長と共に正吉の所へやってきました。 「正吉、近頃畑仕事もしてないし、野菜を売りにも行かずあの娘と遊んどるが、このままでは畑もお前もだめになってしまうぞ。食うもんも無くなるし、金もなくなってしまう。あの娘と遊ぶのはやめて今までみたいに働くんじゃ」 村長と村の人たちは正吉にあれやこれやと言いました。しかし正吉ときたら 「おいらいつか千代さんを嫁にするんじゃ」 と言い、まったく聞く耳を持たず知らん顔です。 「いつかえらいことになるぞ。そうなってからじゃ遅いからわしらの言うことを聞くんじゃ!」 村長は何度もしつこく言いました。 しかし、正吉は「うるさい!」とばかりに村の人を追い返してしまいました。 翌日、正吉は千代に「嫁さんになってくれ!」と言おうと、千代がやって来るのを待っていました。 でも待てど暮らせど千代が来ません。 そして夕方になってからようやく千代がやってきました。 正吉は「どうしたんだろう」と思いながらも、来てくれることをうれしく思いました。 「千代さん、今日は遅かったんじゃのう。今日はあんたに話したいことがあるんじゃ。」 千代は、何も言わず黙って聞いていました。 「おいらの嫁さんになってくれんか?」 千代は言いました。 「正吉さん、私はあなたのお嫁さんになるつもりはありません」 あっけなく言われ驚いた正吉は、 「なんでだ?毎日おいらんとこ来て楽しく遊んどったし、最初会った時おらのこと気に入っとるって言ってくれたで。」 「え~?だって正吉さんは町に野菜を売りに来たとき、ちょっとおだてると調子にのってまけてくれるし、おまけしてくれるし。正吉さんは町の娘にははぶりがいいってうわさになってましたよ。だから少しからかってみたくなったの。ここへ来ていたのは、暇つぶしにもなるし、帰りにタダで野菜もくれるし。呉服問屋も最近は不景気であんまり儲かってないの。両親もタダで新鮮な野菜が手に入るって喜んでいたわ。でも近頃正吉さん畑仕事してないでしょう?新鮮な野菜が貰えなくなったら、来てる意味がなくなるじゃない。私が朝から来てるからダメなんだって気づいて今日は夕方になって来たの。朝は野菜作ってもらわなきゃって思って。」 正吉は、あまりのことで言葉も出ませんでした。 「それで今日は何が貰えるの?」 「もうあんたにあげるもんはない!帰ってくれ!」 「なによ!私は最初からこんな畑仕事ばかりの所に嫁ぐ気なんてさらさらないわ!あんたも私と居れて楽しかったでしょう?おあいこじゃない!もういいわよ、さようなら!」 そう言い千代は出て行きました。 気がつくと正吉の家には野菜もお金ももう残っていませんでした。 畑も荒れ放題です。 その時、正吉は思いました。 「あ~、村長さんや村の人達の言う通りにしておけばよかった」と。 それ以来正吉は町に売りに行くことをやめて、自分の食べるものだけを作り、ひっそりと暮らしましたとさ。 |
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ことわざ辞典 |
馬の耳に念仏「うまのみみにねんぶつ」 |
いくら言っても言う事を聞かない事を言います。 正吉はあれほど村の人達が言い聞かせてくれたのにもかかわらず、まったく聞こうとしませんでした。人様の助言は大切ですね。 |