加藤浩子の La bella vita(美しき人生)

加藤浩子の La bella vita(美しき人生)

May 8, 2020
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桐野夏生の「グロテスク」は、あの「東電OL殺人事件」に題材をとった長編です。

 「東電OL殺人事件」については、記憶されている方も多いのではないかと思います。1997年に、東京電力で総合職として働いていた優秀な女性が殺された事件ですが、その女性がなんと夜は渋谷の街で立ちん坊をしていて、それがらみで殺されたらしいということで世間の好奇心をそそり、大変な騒ぎになった事件です。しかも「犯人」として捕まった、被害者の客でもあったネパール人は、終始無罪を主張したにもかかわらず有罪の判決を受けて服役し、出所後に無罪を勝ち取りました。なので、未解決の事件でもあるのです。

 この事件を題材に、ノンフィクション、フィクション両方で、多くの本が書かれました。ノンフィクションの代表作は佐野眞一さんの「東電OL殺人事件」。佐野さんは、本作の中で無実の罪を着せられたネパール人ゴビンダさんに丁寧に寄り添っていますが、一方で佐野氏をこの題材に駆り立てたものは、被害者に対する、ちょっぴり恋にも似た興味のようです。

 「グロテスク」もまたこの事件から派生した物語ですが、「東電OL」がモデルになっている女性は何人もの主人公の一人にすぎません。著者はこの本で、人間の「悪意」というものを徹底的にえぐりとります。登場する人物は皆「悪意」を拡大され、デフォルメされた「グロテスク」な存在です。一番語り手の役割を果たす「私」は、美人の妹ユリコに人生を抑圧され、悪意を通して人間をみる癖がついています。ユリコは、生まれながらの娼婦。「東電OL」がモデルだろう和恵という女性は、ストレートで進学できる私立一貫校に高校から入り、ダサくて周囲に馴染めず、一流会社に就職したものの会社にも馴染めず、実質左遷のような部署替えにあい、自分を爪弾きにする世間への復讐?もあって夜の世界に走り、けれどそこでも次第に相手にされなくなっておかしくなり、殺されてしまう、なんとも救いようのない人生を送ります。
 「和恵」は、モデルとされている方とはかなり違うとは思います。実際に殺された女性は、写真を見る限り綺麗な方ですし、会社でも優秀で(総合職のはしり)、論文なども発表して評価されていたよう。そこはやはり小説、フィクションですから、デフォルメされて当然です。
 そして犯人は、やはり「和恵」のお客ですが、中国の極貧地域から日本に流れてきたかなりの悪党、という設定です。まあ20年前の話なので、今のように中国からの観光客が日本に溢れかえる時代ではありません。ちなみにこの犯人は、ユリコも殺しています。

 後味は無茶苦茶悪い小説です。私も引き込まれ、ページをめくるのがもどかしい!!!という典型的な読書の快楽を味わいつつ、何度か読み返したあとは気持ちが悪くて処分してしまいました。今回、改めて読み直そうと思ったもののそういうわけで手元になく、ネットでも買えず(今、アマゾンをはじめネット書店は異常な品薄です)、kindle版をダウンロードして読みました。

 桐野夏生はすごい作家だと思うし、いくつか感服した小説はあります。けれど「グロテスク」で立ち止まってしまうのは、「そうそう!」と膝を打ちたくなる部分があるからです。

 「佐藤和恵」は、私立の一貫校の高校から入学したという設定ですが、これは殺された女性〜渡辺泰子さんという名前がネットに出てきます〜と同じです。慶應義塾女子校。渡辺さんはそこから慶應の経済学部に進み、東電に就職しました。
 「グロテスク」の「佐藤和恵」は、この学校〜もちろん小説には、学校名は書かれていません〜にやはり高校から入り、浮きまくります。真面目に勉強してきて憧れの学校に合格し〜それは多分に厳格で吝嗇な父の影響だという設定〜、けれど入ってみたら、そこは「内部生」と「外部生」に分割される階級社会。生真面目でダサい「佐藤和恵」は全く溶け込めません。さらにそんな自分を客観視できず、居場所がない。この状態は大学に入り、さらに就職してからも続きます。彼女は人間関係を築くことができないのです。友人ができない。仲間ができない。もちろん恋人もできない。初体験の相手はなんと客。(この小説では、美人の妹ユリコに抑圧されている「わたし」も40まで処女で、最後はやはり娼婦になって客相手に体験することが示唆されています、、、いやはや)
 でもこの「人間関係を築けない」って、社会で生きていけない最大の原因ではないでしょうか。  
 私がこの小説に恐怖を感じると同時に、ほのかな共感?を抱いてしまうのは、わたし自身、人間関係という自分が弱点だと感じている、そこを突っつかれてしまうからです。「佐藤和恵」とその周辺に、自分自身の断片的な投影を見るからです。

これ以上のことはここでは書きませんが、改めて、桐野夏生の観察力と物語構築力、そして何より凄まじい筆力に、久しぶりに圧倒されました。





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最終更新日  May 8, 2020 09:44:31 PM


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