風―両極の挟間―

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cogito@ さなこ殿,また逢おう! お竜さんに出逢ったか!? さな子殿。ま…
風 光羽 @ えぇ、どこまでもドアでした♪ >cogitoさん >無理していませんか? …
cogito@ どこ(ま)でもドア ですね。 無理していませんか? すきな飲み物を…
風 光羽 @ わわわー >ポンヌさん ポンヌお姉さま!!!!…
ポンヌ@ Re:なのか目 本当におわっちゃったのですね。。。 今…
2008.12.14
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カテゴリ: 客観

確かに私は「繋ぐも貴方の自由」という態度だったし、今も人に対してそういう態度だなぁと思う。
それが良い事なのか悪い事なのか分からない。

そんな彼女が「即興」について、どう思うかと問うてきた。
即興が好きか嫌いかと問われれば、答えは「好き」だ。
自分自身少しやっていた演じるという事に対して言えば、
「即興でやってごらん」と言われるのが好きだった。
何かに出てくる何か(息をしている自分であって自分ではない誰か)がどうなっていくのか分からないという部分がきっと好きだったのだと思う。

文字も、全部即興だ。
絵も、そうだな。
写真も、そうか。

だから、取り掛かる際に、自分が向き合っているものが、どうなっていくのか分からない。
「こういうものをこうしたい」ではなくて、「こういうものがどうなるのか」と、自分で問うていく。
そういう過程を経て、気づくと結局何の役にも立たないものたちが周りに転がっていたりする。

結末を作りたいが為に、それに向かって生み出す人もいれば、
何かを掴んだ瞬間に自問自答が始まり、苦悩していたら結末になる人もいるだろう。
勿論それ以外の人達も。

零は零でも、何かを積み立ててきて、その上での零なら即興は可能だが、からっきし零の状態での即興は、やはり零なのだと思う。

瞬間の爆発が起こる可能性は、鬱積した情念や、沈澱した感情、無意識のうちに吸収した知識(先人達の結末含む)・・・
そんなものたちをカバーする仮面が割れた時だと私は思う。

私は、その瞬間が見たい。
自分でもいいし、誰かでもいい。
きっとその光達は、何かを変えると思っている。

私の目の前で自分の首をタオルで絞めた人がいる。
私の首を手で絞めた人もいる。
あれもある意味即興だったのだろうなと思う。

自分の首を絞めている人の唇は冷たかったのと、私の首を絞めている人の髪の毛は柔らかかったのと・・・そう、どちらも死の香りがした。

考えると、即興は色んな所にあるんだなと思う。
色んな種類の即興が転がってるね。

星星星星星星星星星星星星星

最近『オイディプス王』を読みました。
悲劇だなぁ、もう。
父と知らず父親を殺してしまう事と、母と知らず母親と子供を作ってしまう事。
これが「悲劇」なのだけれど、この事柄が悲劇とされていなかったら、
これは「悲劇」じゃないんだろうなと思った。
違う星の人に『オイディプス王』を読ませたら悲劇じゃないかもしれない。

地球人「オイディプスハヒゲキダヨネー」
~星人「ベツニヒゲキジャナイヨー。コッチデハニチジョウサハンジダヨー」

地球では名作と言われているものでも宇宙から見たら駄作なのかもしれない。

知らず知らずの内に、地球ものさしで測っているけど、地球を信用してはいけない。

もちろん宇宙も信用しない。

何も信じない事、疑問を持ち続けていく事を、大切にしていきたいと思う。





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Last updated  2008.12.14 12:20:33
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