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あまり馴染みのない歌手が多い1955年の出場者ですが、今回のユーラ・デ・パルマは日本でも知る人ぞ知る歌手です。ただしカンツォーネ歌手でなくジャズ・シンガーとして、場合のよってはジュラ・デ・パルマ(パロマ)としてかも知れません。イタリア読みでは「 ユーラ・デ・パルマ 」です。

ユーラ・デ・パルマ(Jula De Palma)

本名ヨランダ・デ・パルマ(Iolanda De Palma)、1932年4月21日ミラノ生。カンツォーネ、ジャズ歌手。

5才のとき父に呼ばれ東アフリカに行き、その後家族そろってエチオピアのアジスアベバに引越ししました。若いヨランダはそこで40年代のジャズとアフリカの歌の情熱に出会いました。終戦後彼女はイタリアに引揚げ、ミラノの高校に入学、英語、フランス語、ドイツ語、スペイン語の四カ国語を習得しています。

 ある日ヨランダは持っているお小遣い全部でレコードを買うため母とにお店に出かけました。店のもう一方に、若い歌手でディレクターのテディー・レーノ(※)がいることも知らずに。彼女はアジスアベバで家族全員で歌った曲を歌っているテディー・レーノのレコードを買いました。彼は彼女の声を聞き、レリオ・ルッタッツィ(※)にもヨランダの声を聞かせたいとその夜の内に伝えてきました。

 1949年CGDと契約し、アメリカのスウィング・ジャズを身に付けたイタリアにない声と感性を持った歌手ユーラ・デ・パルマとしてラジオ・デビュー、レコードはフランスの曲 PV-1290 (1949年3月23 CGD - CGD)Douce France(シャルル・トレネの曲)/Danse avec moi でデビュー、SP盤は49年中で少なくとも5枚出されています。

 初期(特にCGD時代)はカンツォーネは勿論、シャンソンをフランス語で歌う盤も多かったようです。しかし"オン・ア・スロー・ボート・トゥー・チャイナ(On A Slow Boat To China)"、"セプテンバー・ソング(September Song)"、"ユー・ゴー・トゥ・マイ・ヘッド(You Go To My Head)"やナット・キング・コールの歌った"I Know That You Know"をSPに残しています。

 彼女が本格的にジャズ・ボーカル歌手と言われるようになったのはV.C.M.時代の1958年~59年に出した2枚のEP盤" JULA IN JAZZ"、"JULA IN JAZZ 2 "と考えてよいと思っています。そして60年代後半、引退する74年までのコンサートはジャズ・ヴォーカルを中心としたものだったので、特にその印象は強烈だったのかもしれません。門外漢の私には「ジャズ・ヴォーカルは何ぞや」が分かっていませんので、それを考えながら別の機会のもう一度ユーラ・デ・パルマを見ていきたいと思います。

 話は彼女の経歴に戻しましょう。彼女は国営放送RAIに出演出来る歌手になったほか、レリオ・ルッタッツィ、カルロ・ロッフレード(Carlo Loffredo)、そして日本では伊東ゆかりの"恋する瞳(L'AMORE HA I TUOI OCCHI)"やミルバの"悲恋(NESSUNO DI VOI)"の作曲家として知られ、当時人気のジャズバンド・リーダー、ゴルニ・クラメール(Gorni Kramer)の楽団ソリストにもなりました。そして1955年のサンレモ音楽祭にCGDから出場(既に歌手歴6年目)し、4曲歌い"影"が入賞しました。

 その後、サンレモ音楽祭にはCOLUMBIA (V.C.M.) から第7回3曲(入賞出来ず)、第7回特別際1曲(6位)、第9回3曲("あなた(TUA)"が4位)、"あなた"は最初の一ヶ月で10万枚売れた彼女の最大のヒットであり代名詞となった曲でもありました。しかし皮肉なことにこの大成功した"あなた"が彼女に重くのしかかり、引退まで背負うことになります。国営放送局RAIから男女関係を連想させる余りにも「官能的」過ぎる歌とされ、スキャンダルとして彼女の曲は批判の的となり、10年間国営放送RAIに出られませんでした。

 1959年音楽家のカルロ・ランツィ(Carlo Lanzi)と結婚しローマに移り住みます。翌60年の第10回2曲(すべて入賞)で出場し、ドゥリウムに移籍した第11回1曲が最後のサンレモ音楽祭となりました。すぐにRCA ITALIANAに移籍、その後はマイナーのKARIM、SURFそしてチェトラ、パレード、最後にRCA ITALIANAへ戻り歴史的ライブとヴォーカルの名盤を出します。

このようなことになりながらも彼女が10年間人気を保てたのは、旧態然としたカンツォーネ界に対し、ジャズに対する情熱と時代を感じ取る感性で弛まぬ研究と努力を重ねた結果でした。

 ユーラ・デ・パルマは1970年、日本では"あまい囁き(PAROLE PAROLE)"やマカロニ・ウェスタンの、またコロムビア時代のヒット曲"ピッコリシマ・セレナータ(PICCOLISSIMA SERENATA)"の作曲家として知られているジャンニ・フェッリオ(Gianni Ferrio)の協力を得て、 「システーナ劇場(Teatro Sistina リサイタル を開きます。彼女のジャズ・シンガーとして蘇った集大成のコンサートであり、また後世に残るリサイタルの ライヴ盤(PSL-10456 RCA - RCA ITALIANA 1970年) として多くの人に記憶されました。

PSL-10456PSL-10456RAI-001RAI-001

 最後のテレビ出演は1974年3月16日~5月11日毎土曜日の夜9時から放送されたミーナとラファエラ・カーラが司会をする音楽番組「MILLELUCI」でした。彼女は司会する二人と トリオ・レスカーノ(TRIO LESCANO) の" トゥリ・トゥリパン(TULI TULI PAN) "を歌うなど最高のパフォーマンスを見せました。

 ユーラ・デ・パルマの最後のコンサートは74年12月シチリアのパレルモとシラクーサの中間にあるカターニア(CATANIA)で行われました。そして永住のため夫の待つカナダに旅立ちました。彼女は引退の理由を「私がまた"夏の中"にいる間に辞めたかった」と語っています。

ユーラ・デ・パルマの国内盤

LL-   156(1959年4月 COLUMBIA - 日本コロムビア) ピッコリシマ・セレナータ( PICCOLISSIMA SERENATA )/ドマニ( DOMANI

LL-   156LL-   156YL-3027YL-3027

YL-3027(1958年COLUMBIA - 日本コロムビア)"地中海めぐり~世界民族音楽シリーズ [地中海編](MEDITERRANEAN CRUISE IN MUSIC)" 30cmLP

10. コメ・プリマ( COME PRIMA

JET-4010(1962年TOP RANK - 日本ビクター)"スクリーン・テーマ・イタリアーナ(ITALIAN SCREEN THEMES)" 25cmLP

3. 小さなじゃがいも(PATATINA)

JET-4010JET-4010GXF-  81~90GXF-  81~90a

GXF-  81~90(1979年2月5日SEVEN SEAS - キング)"サン・レモ音楽祭大全集(ITALIAN SCREEN THEMES)" 30cmBOX10LP

2-10. あなた(TUA)

2-16. 二人よ永遠に(NOI)

NFA-91801^10 (1991年JAZZY - ジャジー・プランニング)"エンサクロペディア・オブ・カンツォーネ(ENCYCLOPEDIA OF CANZONE)" BOX10CD 非ライセンス商品

1-19. あなた(TUA)

     NFA-91801^10NFA-91801~10

※サンレモの歌手たち 7 テディー・レーノ ( http://blogs.yahoo.co.jp/cnz27hrio/7850104.html ) をご覧ください。

また

レリオ・ルッタツィの関連事項は私のブログ「ジリオラ・チンクェッティ~アルバム・コレクション(20)」( http://blogs.yahoo.co.jp/cnz27hrio/6820431.html )にも書いてあります、ご参照ください。

書くにあたり下記のサイトを参考にいたしました。

ユーラ・デ・パルマ公式ホーム・ページ
http://www.juladepalma.com/

WIKIPEDIA ITALIA "JULA DE PALMA" http://it.wikipedia.org/wiki/Jula_De_Palma

IL DISCOBOLO "JULA DE PALMA"
http://www.ildiscobolo.net/DE%20PALMA%20JULA%20HOME.htm

JULA DE PALMA di Massimo Emanuelli
http://www.storiaradiotv.it/JULA%20DE%20PALMA.htm

DISCOS "JULA DE PALMA" Profile
http://www.discogs.com/artist/Jula+De+Palma

POPsike "JULA DE PALMA"
http://www.popsike.com/php/quicksearch.php?searchtext=JULA+DE+PALMA






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Last updated  2013.03.24 21:06:48
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