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その後、ビルカパサやロレンソなどの重側近をはじめとした主だった者が20人ほど集まった軍議の席で、トゥパク・アマルは、昨夜、アパサの伝令兵からもたらされたアパサ軍の戦況について説明した。アパサは、首府リマ周辺を警護する副王ハウレギ軍の強力な守備隊──副王の嫡男アラゴン配下の大軍──に進軍を阻まれていた。先日の決戦にて、あと一歩というところまで追いつめていたアラゴンを取り逃がしてしまったアパサのアラゴンに対する執念は凄まじく、この機にアラゴンを打ち破りたいアパサは、やむなくトゥパク・アマルに援軍を要請してきたのである。破天荒で独立心が強く自由奔放、戦さにおいても己の戦闘力や指揮能力に確信を持っているアパサは、他者の介入をきらい、これまで彼自身の方から援軍を求めてくることは殆ど無かった。──とはいえ、かつて、アパサが勢力を振るっていたラ・プラタ副王領が、スペイン軍の智将イグナシオ・フロレスによって窮地に追い込まれた時は別ではあったが。それだけに、今回の援軍要請は、アラゴン制圧に対するアパサの執念の大きさをいかにも如実に示しているように思われた。もちろん、最も重要な同盟者であり、且つ、先日の当砦戦においても絶体絶命と思われた危機を救ってくれたアパサのたっての願いであることから、此度の援軍要請に応じることは、トゥパク・アマルをはじめ軍議の席にいる誰もが異論は無かった。ただし、既にアパサには再三伝えてきたことではあるが、いかにアパサが猛将とはいえ、アラゴン軍ひいては副王軍をアパサ軍単体で攻略を試みるのはリスクが高すぎる。そのため、今現在、アパサ同様に副王の本拠地リマを目指しているクリオーリョ(当植民地生まれの白人)の革命軍を率いるシモンと合流を果たし、さらにはトゥパク・アマル軍も合流するまでは、リマの内部まで攻め入るのは待つようにとアパサに改めて依頼すべく伝令を送った。こうした流れの中で、退却を余儀なくされた英国艦隊の今後の動向に懸念を残しつつも、トゥパク・アマル自身も再び出撃準備を整えていくことになった。とはいえ、最大の難敵たるリマの副王軍と対決するためには、インカ側も最大勢力で臨む必要がある。また、今は当砦で負傷者として治療を受けているスペイン軍総指揮官アレッチェ──彼が率いていた部隊から離散した兵たちも副王軍に合流している可能性が高いことから、インカ側も各地に分散した勢力を統合していく必要があると考えていた。従って、トゥパク・アマル軍の矛先は、まずはクスコへと向けられることになった。インカの聖都クスコでは、現在、その奪還を懸けて、トゥパク・アマルの右腕たるディエゴがスペイン軍の猛将バリェ将軍と決戦を交えていたが、双方の力は長く拮抗状態に陥っている。「それゆえ、クスコからまずは決着をつけ、精鋭の大軍を擁するディエゴの勢力もリマの副王軍攻略のために共同行動できる態勢を整えたい。とはいえ、膠着状態にあるクスコ戦を一刻も早く制し、あの獅子王のごときバリェ将軍配下の強力な大軍をリマ防衛戦に送り込みたいのは、スペイン軍とて我らと同じ考えであろうがな」そう述べて、一旦、トゥパク・アマルは話しを結んだ。それから、一呼吸置いたのち、彼はまた軍議の席に集まった面々を見渡しながら、「ところで、少し話は変わるのだが」と、前置きしつつ再び語を継いでいく。「現在サンガララの地に敷いているインカ軍本陣を、近々、当砦に移行したいと考えている。かの地はこの戦さが開始された初期の段階から、国中に散開した各地のインカ軍への物資の補給や通行面の管理など重要な役割を担ってきた。なれど、戦況が様々に推移してきた今となっては、山岳地のサンガララは地理的に遠隔地となり、沿岸の当砦からも距離的な隔たりが大きい。先日もスペイン軍による奇襲攻撃を受け、幸いにもシモン殿の援軍の助けを得て辛うじて撃退することはできたものの、多くの犠牲が出てしまったことは皆も知っての通りである。今後、さらに戦況が逼迫(ひっぱく)していく中で、サンガララの本陣がまた先日のような奇襲に遇わぬとも限らない。それに、当地の方が各地との連絡も疎通が良く、本陣としての機能もより遂行しやすいことであろう」トゥパク・アマルの言葉に真剣な面持ちで耳を傾けていた側近たちは、今後の戦略や本陣の移行に関して幾つかの質問を彼に投げかけた後、「陛下のお考えに異論はございません」と、恭順を示した。「トゥパク・アマル様、本陣をサンガララから当砦に移されましたら、これまで本陣を守ってこられた皇妃様や皇子様たちも当砦に来られることになりましょう!」「さようでございますな!陛下におかれましては、なんと久方ぶりのご家族様との再会となりますことか」まるで自分たちが家族と再会するかのように晴れやかに語る側近たちの言葉に、トゥパク・アマルも「ありがとう」と温情の籠った声音で礼を述べる。それから、穏やかに言い添えた。「わたしもミカエラや息子たちに会える日を待ち遠しく思う。ただ、場合によっては、ミカエラたちがサンガララの本陣を畳んで当地に到着する頃には、我らは既にクスコに向けて出立しているかもしれぬが」「陛下……!」「そなたたちの気持ち、誠にありがたく思う。なれど、もしそうなったとしても、再会の機会はまた幾らでも訪れよう。そなたたちこそ、大切な家族から離れてこの場にいる者も少なくないではないか。そなたたちにとっても、わたし自身にとっても、そして、全ての民にとっても、かけがえのない家族や友人たちと心安らかに暮らせる日々を一日も早く築き上げたいものだ」そう言って、トゥパク・アマルは、真摯な光を宿した瞳でその場のひとりひとりを見つめながら、包み込むように微笑んだ。【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。40代前半。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪アパサ≫(インカ軍) 隣国「ラ・プラタ副王領」の豪族で、トゥパク・アマルの最も有力な同盟者。40代前半。 「猛将」と謳われる一方で、破天荒で放蕩な性格の持ち主だが、実は、洞察と眼力が鋭く、全体をよく見通している。現在は、スペイン軍の巣窟たる首府リマへの進軍途上にある。かつてアンドレスを戦士として鍛え上げた恩師でもある。≪アラゴン≫(スペイン軍)スペインの植民地であるペルー副王領を統治する副王ハウレギの息子。20代後半。反乱鎮圧に手こずる軍に痺れを切らした副王により派兵されたスペイン王党軍を統率している。(※スペイン国王はスペイン本国にいるため、植民地における副王は国王代理を務める行政・軍事の最高責任者として絶大な権力を有している)◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!にほんブログ村(1日1回有効)
2021.06.06
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「ありがとう」そう言って己の隣に立ち、眩げに大海原を見晴らしているトゥパク・アマルの方に、改めて本人なのかどうかを確かめるようにスペイン軍人の視線が吸い寄せられる。インカ族らしい精悍さとインカ族らしからぬ美貌を兼ね備えた風貌。その端正な横顔を真直ぐ水平線の方に向けているトゥパク・アマルの漆黒の長髪が潮風の中に舞い、黄金の留め具で肩に巻き付けられたマントが涼やかな朝の爽風をはらんで翻っている。「まさか、このようなところでお目にかかろうとは…」独り言のように低く呟いた相手に、トゥパク・アマルがゆっくり振り向いて問う。「そなたはスペイン軍の将兵か?」「はい。わたしはスペイン軍総指揮官ホセ・アントニオ・アレッチェ直属の陸軍歩兵大将カザルスと申します。偶然とはいえ、トゥパク・アマル殿と直にお会いできようとは、誠に光栄です」「カザルス殿、わたしも同じ思いです」そう答えつつ、トゥパク・アマルは「陸軍歩兵大将──」と喉の奥で反芻(はんすう)し、それからカザルスの負傷した足へサッと視線を馳せ、また前方へと向き直った。そのようなトゥパク・アマルのどこか物言いたげな様子を見て、カザルスは軍人らしい逞しい笑みを覗かせながら、肩をすくめてみせる。「トゥパク・アマル殿のお察しの通りです。これは、あの貴殿の抜剣突撃の時に受けた傷です」カザルスの言葉にトゥパク・アマルはハッと微かに瞳を見張って、「それは、悪いことをした……」と、申し訳なさそうにやや俯(うつむ)き加減になる。それに対してカザルスは、「敵兵に傷を負わせるのは当然のことではないですか。それに、怪我を悪化させたのは、負傷後も戦場で暴れ続けてしまった己自身の自業自得でもあるのです」と言って、雄々しい笑みを見せた。「それより、トゥパク・アマル殿、貴殿率いる騎兵部隊による抜剣突撃──あの威力は実に鮮やかでしたぞ。貴殿らの動きはあまりに電光石火で銃撃しようにも捕捉することができず、結局、我らは迎え撃つための戦闘隊形を整えることすらできぬまま蹴散らされた。あの時の貴殿らには、まるで鬼神が乗り移っていたかのようでした」そんなカザルスの言葉に、トゥパク・アマルはどう返答したものかと言葉を探しあぐねている。が、やがて、ためらいがちに口を開いた。「カザルス殿にそのように言ってもらえるのは、光栄ではあるが……。しかし、実のところ、あの時は、他に打つ手が無かったのです。大切な兵の命を非常な危険にさらす行為でもありました。なれど、そなたにそのように言ってもらえて少し気が晴れた。あの時、わたしに命を預け、無謀な突撃を敢行してくれた兵たちも、そなたの言葉に報われることでありましょう」対するカザルスは真摯な面差しで、トゥパク・アマルの怜悧(れいり)な漆黒の瞳の奥を見据える。「インカ軍を見ていると、我ら西洋人が忘れてしまった騎士道精神を見る思いがする。こうして砦に敵の負傷兵を収容し、治療を施していることも、その表われでしょうな」「ありがとう、カザルス殿。インカの父祖伝来のやり方に則(のっと)っているにすぎないが、そなたたち西洋人の騎士道に通じるものがあるのならば、我らの精神性の大元は共通しているということでありましょう」そのトゥパク・アマルの返答に、「そうかもしれませんな」と、カザルスも深みを帯びた眼差しで頷く。やがてカザルスは、朝日がさらに高く昇りゆく大海原へと視線を戻した。そして、その豪胆な輪郭に険しさを宿し、今度は独り言のように低く呟く。「これからも激戦が我々には待っているのでしょうな。貴殿のような人物が率いる軍と戦闘を交えていくことは一軍人としては血湧き肉躍ることではあるが、一人間としては、むしろ疑問を覚える──」そのようなカザルスの言葉に、トゥパク・アマルも深く顎を引いた。「元を辿れば、スペイン人もインカ人(びと)も本質は同じなのでありましょう。そのような同胞同士で討ち合うなど、本来は正気の沙汰ではない。そうと分かっていながらも、今の局面では、わたしはまだ軍事行動を放棄することはできないのです」苦渋を帯びたトゥパク・アマルの声音に、対するカザルスは揺るぎない軍人の面持ちで野太く答える。「敵軍のわたしが言うのもおこがましいが、やむを得ないことでありましょう。貴殿率いるインカ軍は士気や戦意の高さで我らを圧倒しているし、開戦当初よりも武装も固めてきてはいるが、それでも火器や装備の面では今でもスペイン軍に見劣りする。そのような状況下にありながらもインカ軍の奮戦は敵ながら尊敬に値するものではありますが……とはいえ、率直に申し上げて、あの暴風雨が襲ってこなければ、先般の決戦も軍配はスペイン側に上がっていた可能性が高かったとも思える。副王麾下(きか)のアラゴン殿下率いる重装備部隊、その甚だしい威力は、あの決戦でトゥパク・アマル殿自身も直に目の当たりにされたでありましょう。あの勢力は今も温存され増強され続けている筈なれば、もし貴殿が僅かでも手を緩めれば、たちどころに猛反撃を受け、スペイン側優勢へと戦局は大きく傾くことでしょう。恐らく、取り返しがつかないほどに……。さすれば、貴殿がこれまで築いてきたことの全ては打ち消され、処断の名の元にインカ皇族はもとより、庶民たちにまで殲滅(せんめつ)の嵐が吹き荒れることになりましょう」「カザルス殿、まこと、そなたの言う通りであろうな。それ故、わたしも、まだ軍事行動を止めることができずにいるのです」忌憚(きたん)のないカザルスの言葉に沈着な表情で聴き入っていたトゥパク・アマルが、彼もまた率直な思いを口にする。それから、噛み締めるように言い添えた。「なれど、道は探し続けていきたいのです。血で血を洗うことのなき道を──」「トゥパク・アマル殿……」それ以上は黙って、2人は共に朝の陽光に煌めく水平線を見晴るかして過ごした。やがて、しばしの後、トゥパク・アマルが緩やかにマントを翻し、静かに踵を返して言う。「では、わたしは、そろそろ戻るとしよう。またそなたに会えるとよいと思う、カザルス殿」【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。40代前半。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪カザルス≫(スペイン軍)スペイン軍総指揮官ホセ・アントニオ・アレッチェ直属の陸軍歩兵大将。40代後半。実力のあるベテラン軍人であり、此度の沿岸部におけるインカ軍本隊との決戦においても、歩兵・騎兵・砲兵の混成部隊を指揮統率していたものの、自軍の半数の兵力に過ぎなかったトゥパク・アマルの騎兵部隊に敗退を余儀なくされた。負傷して現在はインカ軍の元で治療を受けている。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!にほんブログ村(1日1回有効)
2021.05.14
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翌日の早朝。予定している軍議の時刻には、まだ大分時間がある。トゥパク・アマルは、少し頭を冷やそうと砦の外へ出て行った。このスペイン砦は、ほぼ長方形の形状をしているが、正面を大海原に面し、背後は荒野に面している。その構造からも、主として、この砦は外洋から攻め寄せる外敵を迎撃する目的で建造されたものであることが窺える。砦の背面から押し寄せるインカ軍に占拠されようなどとは、恐らく、あまり想定されていなかったことであろう。ましてや、これほど高さのある砦が、屋上から侵攻されようなどとは──。そのようなことを思い巡らせつつ砦の海側外周を歩み進むトゥパク・アマルの足元は、切り立った断崖絶壁になっている。見下ろす深い崖は泡立つ海面からそそり立っており、その崖の遥か下方には無数の波濤(はとう)が打ち寄せ、岩肌に当たって幾重にも砕け散っている。トゥパク・アマルは上方へと視線を移した。日が昇りかけた空は澄んだ藍色を残しながら、次第に蒼さを増していく。まだかなり早い時間ということもあり、時折、恭しく礼を払って通り過ぎる衛兵以外には、人に出会うこともない。あの海戦の日には艦船の残骸に埋め尽くされ血に染まった海も、今は別世界のように穏やかな表情を見せている。遠くの海上には、ポツリポツリと小船が浮かんでおり、一夜を海で明かした漁師たちが朝の作業に勤しんでいる様子が窺える。それら小さな漁船たちを眺めていると、昨日の従軍医の言葉が思い出されてくる。海戦後、海に出たインカ族の漁師たちは、破砕された艦隊の艦船から海に投げ出された英国水兵やスペイン捕虜兵を捨て置けず、救出して漁村に連れ帰っていたのだ。(今、漁に出ているあの小船たちにも、そのような漁師たちが乗っているやもしれぬな)そのようなことに思いを馳せながら断崖の先端部の方に向かう途中、ハッと、トゥパク・アマルは何かに気付いて歩調を緩めた。(このような早朝に、既に先客がいるとは)彼の視線の先には、断崖の突端で海を眺めて立つ、大柄な白人男性の後ろ姿があった。松葉杖をついていることから砦で治療を受けている負傷兵の1人だと思われたが、背後から見ても堂々たる風格と気迫あるオーラを纏っており、体躯(たいく)も筋骨逞しくガッチリしている。あの雰囲気からしてスペイン軍の将兵かもしれぬなどと思いつつ、トゥパク・アマルは、乱れの無い足取りでそちらに近づいていく。その気配を素早く感じ取った相手が、軍人らしい切れのある身ごなしでこちらを振り向いた。「──!」彼は、己の方に近づいてきている人物が誰であるかを瞬時に察して、さすがに驚いたように大きく瞳を見開いていく。「貴殿は、トゥパク・アマル殿……!?」まだ驚きを露わにしたままこちらを凝視しているその人物は、後ろ姿から推察したのと違わず、威光と風格を宿した壮年のスペイン軍人だった。立派な顎髭を蓄え、松葉杖で支えられた足の負傷にもかかわらず頑強そうな体躯は貫禄たっぷりで、軍服の分厚い胸に並んだ多数の勲章が早朝の陽光を浴びて眩く煌めいている。それでいて、スペイン人の高官にありがちな尊大さや傲慢さは感じられない。トゥパク・アマルは、微笑を湛えながら緩やかに会釈を返した。「邪魔をしてかたじけない。朝の散歩をしていただけなのです」そんなトゥパク・アマルの言葉に、「朝の、散歩…ですか」と、やや緊張を帯びていたスペイン軍人の表情がふっと緩む。「はい。早朝のこの場所からの大海の眺めは素晴らしい。少し共にさせてもらっても良いだろうか?」トゥパク・アマルの申し出に、相手はまだ驚きの余韻を引きずりつつも、「もちろん構いません」とバリトンの声で応じる。【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。40代前半。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。 「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!にほんブログ村(1日1回有効)
2021.04.29
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トゥパク・アマルは席を立って扉の前に行くと、自らそれを開いて従軍医を招き入れた。そして、執務机傍の椅子に座るよう勧める。「陛下、畏れ多いことでございます」と、すっかり恐縮している従軍医の緊張をほぐすように温和な笑みを湛えつつ、トゥパク・アマルが応じる。「どうか楽にしてほしい。特にアレッチェ殿のことでは、そなたにはひとかたならぬ苦労をかけているのだから」それから、2人は、アレッチェは命の危険は去ったものの、片足の機能が失われていることと生涯回復の見込めぬ全身を覆う酷いケロイドが最たる問題であり、そのことによる彼の自暴自棄な感情への対応の困難さなどについて、意見を交わし合った。「そなたやコイユールには、まこと世話をかける。アレッチェ殿のことでは、わたしも考えはあるのだが、今しばらく時間がほしい」そう語るトゥパク・アマルの前で再び深く恐縮しながら、従軍医は「実は、本日お邪魔いたしましたのは、別件で陛下にご相談させていただきたき儀がございまして…」と、改まって言う。トゥパク・アマルに促されて語った従軍医の相談とは下記のような内容であった。先日の砦前戦場で繰り広げられたアラゴン軍との決戦において負傷したインカ兵やスペイン兵のみならず、拿捕(だほ)されたスペイン艦を引き連れた英国艦隊対スペイン砦戦において負傷して海に転落した英国水兵やスペイン水兵も、当砦には運び込まれていた。それら海から救出された水兵たちは、主に砦近隣の浜辺に打ち上げらていた者たちである。だが、実際には砦周辺の浜に打ち上げられた水兵たち以外にも、海を漂っている状態であったり、もっと遠方の海岸線まで流されてしまっていた者もおり、そうした英国水兵やスペイン水兵たちは漁師が洋上で救助していたり、打ち上げられた近郊の漁村で介抱されたりしていた。とはいえ、救助された水兵たちの中には意識不明の重傷者もおり、また、敵兵を村で預かっていることには不安があるということで、漁師たちから砦の従軍医の元に引き取り願いが出されていたのである。「以上のような状況なのでございます」そう結んで恭しく説明を終えた従軍医に、トゥパク・アマルは「もちろん、この砦で治療を引き受けてもらってかまわない」と即答する。しかし、それから申し訳なさそうに、「そなたたち従軍医や看護兵たちには、また負担をかけることになるが」と言い添えた。それに対し、老練な従軍医は深々と身を沈めて、真摯に応じる。「いいえ、陛下、滅相もございません。それは我らの役目でございます。それに、この砦で治療を続けてきた負傷兵たちの中には、既に回復している者も少なくありませんので」「そう言ってもらえると助かる。それでは、早速、各地の漁村には、明朝にも迎えの兵を送ろう」「はっ!誠にありがとうございます、トゥパク・アマル様」そう言って、従軍医は、目元の深い皺を寄せて微笑んだ。改めて謝意を伝えて彼が執務室を後にすると、それと入れ替わるようにして、今度はまた別の者が闊達に扉をノックする音が響いた。「どうぞ」「失礼いたします!」トゥパク・アマルの声に応じて、丁寧に扉が開かれ、若々しいインカ兵が顔を覗かせた。伝令に関する諸般のことを司る兵である。「フリアン・アパサ様からのご伝文が届いてございます!」恭しくもきびきびとした身ごなしで己に伝文と思しき巻物を差し出した兵から、「ほう、アパサ殿からとは」と、トゥパク・アマルが少々驚きの面持ちでそれを受け取る。(こちらから伺いを立てるための伝令をやらずとも、アパサ殿の方から伝文を送ってくるとは珍しい。さては、苦戦しているな)そんなふうに胸の内で独りごちながら、トゥパク・アマルはインカ兵に声をかける。「アパサ殿の伝文を届けてくれた伝令の兵は、まだ当砦に留まってくれているかね?」「はい、トゥパク・アマル様からのご返信もあるかと思い、休息をとりながら滞在してもらっております」「それは助かる。では、すぐに伝文に目通しするゆえ、そなたも少しここで待っていてくれるか?」「畏まりました」 インカ兵が姿勢を正した。ありがとうと礼を述べて、トゥパク・アマルは素早くアパサの伝文を紐解き、中に目を通しはじめる。内容を読み進むトゥパク・アマルの切れ長の目元が、いっそう研ぎ澄まされていく。伝文を読み終えてひとしきり思案した様子の後、顔を上げたトゥパク・アマルが、再び兵に向いて口を開いた。「アパサ殿からの伝言、確かに受け取った。そなた、悪いが、そのままビルカパサの元に行って、明朝、主だった者を集めて軍議を開く手筈を整えてくれるよう伝えてはくれまいか。軍議の後、アパサ殿の伝令兵には返答の書状を依頼することになるであろう。それまで、しっかり休養をとり鋭気を養えるよう、手配してやってくれたまえ」「承知いたしました!」活き活きと応じた若き兵に、トゥパク・アマルも微笑んで頷く。退室していくインカ兵の後ろ姿を見送ると、トゥパク・アマルは手元の伝文や先刻のキリスト教の文書などを丁寧に元の状態に戻し、それらを書棚の一角に収めた。そして、壁面に貼られた大きな地勢図へと鋭利な視線を馳せる。(さて、そろそろ、いろいろと動かねばならぬな──)【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。40代前半。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。 「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪アパサ≫(インカ軍) 隣国「ラ・プラタ副王領」の豪族で、トゥパク・アマルの最も有力な同盟者。40代前半。 「猛将」と謳われる一方で、破天荒で放蕩な性格の持ち主だが、実は、洞察と眼力が鋭く、全体をよく見通している。現在は、スペイン軍の巣窟たる首府リマへの進軍途上にある。かつてアンドレスを戦士として鍛え上げた恩師でもある。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!にほんブログ村(1日1回有効)
2021.03.08
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トゥパク・アマルは、やがて漆黒の瞳を見開くと、怜悧(れいり)な横顔を鋭くさせながら、再び、一語一語かみしめるように手元の書面に目を通していく。『この国の<キリスト教徒>を名乗る権力者たちは、主イエス・キリストではなく、黄金や財宝を神と崇めてきた。それ故、当地の民を、それらの世俗的な富を手に入れる手段や道具として、平然と利用してきたのである。いにしえの時代から当地に住まう民たちよ、混血児たちよ、そして、当地に生まれし白人たちよ。権力者たちは飽くなき貪欲と盲目的な野望に憑りつかれ、そなたたちから全てを強奪し、骨の髄まで搾り取り、挙句はその命さえ当然のように奪い去ってきた。荷重な労働と信じがたき圧制により民は苦しめられ、肉親や友を奪い去られ、貧困と絶望の中で死に至るまで酷使され、あまりの過酷さに自ら命を絶たった者さえ無数にいた。当地で行われし危害と損害と非道の行為、殺害と強奪、悪虐無道の侮蔑行為、そのようなことが、イエス・キリストの御心に適(かな)おう筈はない。全ては、主の御意思に悉く反し、福音書の中で主が我々に求められた愛の形に著しく反している。<キリスト教>の名を笠に着て悪辣非道を行いし全ての者たちよ、覚悟するがよい。おまえたちが甚だしい迫害と危害を与えてきた者たちは、最後の審判の日に至るまで、おまえたちに正当なる戦いを挑む権利を有している。おまえたちは、奪ったものを全て返却し、賠償し、犯した大罪の償いを履行しなければ、決して救霊を得ることはできぬであろう。虐げられし者たちよ、恐れず今こそ立ち上がり、解放の奔流の中に身を投じよ。なぜなら、そなたたちが支配と拘束から解放されることこそ、神が強く願い給うことだからである。いつ何時も、真の神は、最も苦しみの中にある者の最も傍にいる』(──神が強く願い給うこと……か…)トゥパク・アマルは、心の内で、静かに反芻(はんすう)する。かつて、スペイン人によって、インカ帝国に強制的に持ち込まれた「キリスト教」。インカの人々にとっては全く未知であったそのキリスト教の布教を大義名分として行われた侵略。元々は、インカ帝国における国家宗教の中心は、帝国の中心的部族であったインカ族による太陽神崇拝であった。そして、太陽は、万物の創造神ヴィラコチャの創造物であるとされていた。しかし、それだけではなく、インカ族は、領土の拡張と共に同化した他部族の様々な祭儀をも取り入れ、太陽神を中心とした多彩な神々が信仰されていた。だが、侵略者たちは、それら彼ら本来の信仰を悉く否定した。その時から200年以上経った今も、キリスト教は副王ハウレギやモスコーソ司祭をはじめとする権力者たちによって、当地に暴政を敷き続ける根拠とされている。現在、このペルー副王領のカトリック教会最高位に君臨するモスコーソ司祭、曰く──「我らは、野蛮で無知なインディオたちに、福音の光をもたらした!」「我らは、闇の中を彷徨っていたインディオの魂を救った救世主である!」「盲目の中にある野蛮な土着の民は、赤子同然で、自分たちでは何もできはしない!」「よって、導かれ、魂を救済された代償として、神やスペイン国王のために、せめて自分たちにできること、つまりは労働を提供するのは至極当然のことである!!」そう声高に叫び、スペイン側支配者層は、インカ族をはじめ当地の民に、甚だしく過重な労役や血税を課してきた。さらに、ヨーロッパからもたらされた疫病の流行が追い打ちをかけ、結果、当地の民の人口は激減。インカの末裔は、このままでは、絶滅しかねぬほどの窮地に陥っている。しかも、同様の惨劇は、このペルー副王領のみならず、中南米大陸全域で起こってきたことなのだ。(そのような、とてつもない窮状をもたらす原因ともなったキリスト教だが……)そう胸の奥で思い巡らせながら、トゥパク・アマルは、今一度、手元の書面に静謐(せいひつ)な、それでいて、熱い視線を注ぐ。(彼らと同じスペイン人であり、キリスト者でありながらも、このような考え方の者もいるのだ。そして、それを、自らの命さえ顧みず、実際に行動に移している者が──!)その時、再び、執務室のドアにノック音が聞こえた。トゥパク・アマルが書面から顔を上げる。ドアの向こうから遠慮がちに響いてきたのは、老齢の従軍医の声だった。「トゥパク・アマル様…よろしいでしょうか?」【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。40代前半。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。 「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪モスコーソ司祭≫(スペイン軍)植民地ペルー副王領におけるカトリック教会の頂点に立つ最高位の司祭。60代前半。単に宗教的な意味合いで高位に君臨する存在というだけでなく、植民地統治においても絶大な発言力を有する政治的権力者。キリスト教の名を笠に着て、いかなる冷酷な所業をも行う一方で慈愛深げに振舞う、奇態な人物。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!にほんブログ村(1日1回有効)
2021.01.17
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・✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽ 明けましておめでとうございます ・*:.。 。.:*・゚✽.。.:*・゚ ✽昨年もご来訪くださいまして、小説をご覧くださいまして、本当にありがとうございました!励みになるコメントや応援をしてくださいました皆さまには、重ねて深く御礼申し上げます。小説の方、前回のシーンに続いてトゥパク・アマル側と、それから旅の最中にあるアンドレス側と、双方を交互に書き進めていく予定です。いつも遅々たる進行具合で恐縮ではございますが、今年も一歩一歩書き進めてまいりたく存じますので、どうか引き続きお付き合いいただけましたら幸いです。全ての皆さまにとりまして、可能性に満ち溢れた幸多き年となりますよう心よりお祈りいたします。本年もどうぞよろしくお願いいたします!風とケーナにほんブログ村(1日1回有効)
2021.01.01
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記憶をたぐり寄せようとするかのように、マリオはそのまましばらく大きな瞳を見開いて、アンドレスの顔を凝視していたが、やがて小さく溜息をついた。「だめだ。思い出せない……!」一方、アンドレスは、己の進路を塞いでいたマリオの横にそれて、「失礼…」と礼を払い、そのまま彼女の隣を馬を引いて通り過ぎていく。マリオが自分の顔に見覚えがあると感じたのは、恐らく、スペイン軍が国中にバラ撒いた「指名手配書」に描かれた己の似顔絵をどこかで目にしたからだろう、と思いつつ。だが、同時に、そんなアンドレスの心の奥でも、別の感覚が湧き起こっていた。(マリオがあんなふうに言うからだとは思うけど…。なぜだろう──俺も、マリオにどこかで会ったことがあるような気がする。だけど、どこで?全く見当もつかない!……気のせいだよな、やっぱ)ともかくも、こうして旅の一行は、無事にモソプキオ村に入ることができた。先刻、ヨハンが指摘していた通り、伝令鳥の姿が目立ちやすいことから、へんに村人の注目を引くことを避けるため、一旦、伝令鳥は空に放った。明朝、アンドレスたちが村を発つまで、村の外の荒野で狩りをするなり何なり、猛禽類らしく好きに過ごしていてもらって構わないということを伝えると、賢い伝令鳥はその事情を察したようで、別行動に納得してくれた。ところで、マリオに案内されて歩み進むモソプキオ村は、噂通りの小村ではあるものの、思いの外、雰囲気が明るく活気のある地であった。マリオの説明によれば、主だった村人たちの生業は農業だが、このような戦時でなければ、ちょっとした観光産業も営まれていたらしい。というのも、村の近くには「ミスティ山」という、このようなご時世でなければ登山者もいるであろう、富士山にも似た美しい姿形の標高5822mほどの独立峰があるためだった。このモソプキオ村は、そうした登山者の拠点のひとつになっていたらしい。そのため、村の中心部には、小規模ながらも宿屋や小料理屋や酒場、商店街などがそろっていた。もう夜間の時間帯であったから、殆どの商店は店じまいしており、人通りは少なめではあったものの、料理店や酒場には村人と思しき人々がちらほらいて、賑やかに談笑している様子が店の外からもうかがえた。そんな村の中心部を進んで行くマリオたち一行に、時々、村の自警団員らしき武装した村人や、インカ兵と思しき男たちが声をかけてくる。「よっ、マリオ!遅くまでご苦労さん。あれ?その人たちは?」「やあ、お疲れっ!彼らは、一晩泊まりに、村に立ち寄った旅商人たちだ。今、宿屋まで案内してるところなんだけど、なんとトゥパク・アマル様お墨付きの書状を持った者たちなんだぞっ!!」トゥパク・アマル直筆の文書を持参していたことがマリオにはよほどインパクトがあったらしく、相変わらずその点を語る口調は興奮気味である。そんな様子を見守りながらも、アンドレスは今さらながら感心して、胸の内で呟いていた。(こんな小さな村にも、トゥパク・アマル様は、ちゃんとインカ兵を配備して、村人たちの安全を護っているんだ。村人たちが組織している自警団もしっかりしている感じなのは、多分、インカ兵の支援があるからなんだろう)さらに、もうひとつ気付いたことは、旅の途中の分岐点で看板に突き刺さっていたのと同じ内容の紙面が、村の随所に貼られていることであった。商店街の店の壁や、古びた看板の裏、あるいは所々に林立する柱の表面などに、あのキリスト教の回状に似た文章の綴られた紙が、何枚も堂々と貼られていたのであった。その紙面に綴られている文面は、インカ族の者たちを絶対的に擁護する内容であったことから、出所不明のものとはいえ、貼られていることを嫌悪する者は特段いないのであろう。その一枚の前で、つい足を止めて紙面に見入ってしまっていたアンドレスに気付いて、マリオが声をかけてくる。「その紙に書かれていることに興味があるのか?」「あっ、いや…。ただ、ずいぶんたくさん貼られているなと思ってね。これは、村の人たちが、自分たちで貼ったのかな?」アンドレスとしては、その紙面について聞きたいことが山ほどあったが、逸(はや)る心を抑えて、無難に質問してみる。対するマリオは、あっけらかんとした様子で答えを返してきた。「いや、何者かが来て、貼って行ったものだ。一晩明けたら、村中に貼ってあったんだ。だが、まあ、それもこの村だけのことじゃないらしい。今じゃ、国中の町や村に貼られてるってはなしだ。っていうか、おまえたちは国中を旅してるんだろうから、そういうことは、わたしより詳しいんじゃないのか?」「あっ、ああ…、まぁ、そうだったな…」などとモゴモゴ言葉を濁しているアンドレスの横で、さらにマリオが続ける。「でも、わたしは、この回状を書いたのが誰なのか、だいたい察しはついてるんだ」(──えっ!?)さらりと言ってのけたマリオの言葉に、アンドレスは驚いて、思わず彼女の方を振り向いた。「マリオ!君はこれを書いた人が誰か知ってるのか?」「知ってるってわけじゃないけど、見当はついてる」確信に満ちたマリオの返答に、今度はアンドレスの方がマリオの目の高さにかがみこんで、彼女の瞳の奥を貫くように見据えた。「マリオ、君は、誰がこれを書いたと思ってる?」「はっ?そんなこと、むやみに答えらるわけないだろ!?答えれば、その人に危険が及ぶ可能性があるんだから!」アンドレスの双眸(そうぼう)を真っ直ぐ貫き返して、やや険しい口調で応じてから、マリオはツイッと彼の前をすり抜けた。そして、少し速足になって道の先へ進みだす。「さあ、君たちの泊まる宿はもうすぐだ」さて、ここで、一旦、トゥパク・アマルの陣営に場面を戻そう──。夜の帳が下り、夜闇に押し包まれる砦の執務室で、トゥパク・アマルもまた、アンドレスたちが見ているのと同じ回状に視線を馳せていた。この回状が、しばらく前から、何者かの手によって、国中に配布されていたことは知っていた。しかし、昨今、その配布量や配布地域が急速に拡大し、最近では、隣国ラ・プラタ副王領の一部の地域でも見かけたという報告さえ上がってきている。その時、執務室のドアにノックがあり、「トゥパク・アマル様、よろしいでしょうか?」と、ビルカパサの低音が響いた。「入ってくれ」と、トゥパク・アマルが応じる。そして、入室してきたビルカパサに、「どうだった?」と、問う。ビルカパサは、僅かに首を振って、恐縮しつつ答えた。「申し訳ございません。各地に斥候を放っているのですが、未だ御居所をつかめてはおりません」「さようか」と、トゥパク・アマルが机上の回状に目を落とし、深く案ずる面持ちになる。「このような文書を全国規模で配布されては、あのモスコーソ司祭が黙ってはおるまい。モスコーソ殿なら、誰が書いたものか即座に察しがつくであろうからな。あのモスコーソ司祭のことだ。今頃、血眼になって、探し回っているに相違あるまい」「はっ、陛下の仰せの通りかと」と、ビルカパがサも重々しい口調で同意を示した。そして、忠義を込めた声音で続ける。「引き続き捜索いたします。モスコーソ司祭より我らが先にお見つけし、お守りできますよう」トゥパク・アマルも思慮深い眼差しで頷いた。「うむ。世話をかけるが、引き続きよろしく頼む」「かしこまりました」深く礼を払ってビルカパサが退室すると、トゥパク・アマルは、改めて、燭台の灯りに白々と輝く回状の書面に目を向けた。彼は片手で己の額を抑え込み、苦し気に瞼を伏せる。(一体、何処(いずこ)におられるのか…。貴方様を、一時期は、完全には信じきれなかったことが、今となっては悔やまれる──)【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。40代前半。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。 「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪アンドレス≫(インカ軍)トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年。20歳。 剣術の達人であり、若くしてインカ軍を統率する立場にある。スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。英国艦隊及びスペイン軍との決戦において、沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて副指揮官を務めていたが、急遽、トゥパク・アマルの密命を帯びて旅立つことになった。≪ビルカパサ≫(インカ軍)インカ族の貴族であり、トゥパク・アマル腹心の家臣。40代後半。トゥパク・アマルの最も傍近い護衛官として常にトゥパク・アマルと共にあり、幾度と無く命を張って主を守ってきた。アンドレスの朋友ロレンソの恋人マルセラの叔父でもある。≪マリオ≫アンドレスたちが『青き月の谷』に向かう旅の道中、立ち寄ったモソプキオ村の自警団に属するインカ族の少女。18歳。≪モスコーソ司祭≫(スペイン軍)植民地ペルー副王領におけるカトリック教会の頂点に立つ最高位の司祭。60代前半。単に宗教的な意味合いで高位に君臨する存在というだけでなく、植民地統治においても絶大な発言力を有する政治的権力者。キリスト教の名を笠に着て、いかなる冷酷な所業をも行う一方で慈愛深げに振舞う、奇態な人物。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!にほんブログ村(1日1回有効)
2020.12.22
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背後の相手を刺激しないよう、アンドレスたちは動作を静止したまま、首だけ僅かに動かし、半顔だけ振り向いた。そして、えっ!と、思わず目を瞬かせる。彼ら4人に険しい表情を向けて、見張り小屋の前でオンダ(インカの投石器)を身構えている人物は──まだ17~18歳位に見えるインカ族の少女だったのだ。村の自警団のものと思われる男性用の衣服を身にまとい、オンダの紐を振り切らんばかりに引き絞って構える姿に隙は無く、義勇兵の経験があるのかもと思わせる凛々しさを備えている。それでも、長いおさげをパタパタと夜風になびかせながら、澄んだ大きな瞳を真っ直ぐこちらに向ける顔立ちは愛らしく、旅の4人は思わず内心で緊張の糸が解けるのを感じていた。とはいえ、表向きは緊迫感を保ったまま、ペドロが礼を払ってから、沈着な声音で少女に語りかける。「突然の来訪で驚かせてかたじけない。我らはインカ側の人間なので、どうかご心配なさらないでいただきたい。こちらの村に立ち寄ったのは、旅の道中、一晩、休息の宿を求めに来ただけで、決して村人に危害を加えるようなことはしない」「…………」ペドロの言葉にじっと聞き入りながら、少女はしばし無言で暗闇にまぎれる旅の4人組の様子を眺め渡していたが、やがて訝し気に問う。「おまえのその言葉を証明するものを何か持っているか?」それに対して、ペドロは「もちろんだ」と荷物の中をガサゴソやってから、4人分の通行証を取り出して、少女の方に差し出した。しかし、少女はまだ不審気に闇の奥を見据え、「この通行証、偽物じゃないだろうな?スペイン人まで連れてるおまえたちを簡単に信用できると思うのか?」と、若いわりに、なかなかのしっかり者ぶりを発揮している。ペドロはチラッとアンドレスに視線を馳せ、そんな彼の方に、アンドレスも軽く目くばせする。そのアンドレスの合図を受け取ると、ペドロは荷物のさらに奥深くまで腕を突っ込み、書状のようなものを取り出した。そして、それを水戸黄門の印籠(いんろう)さながらに、ババーンッ!!と、掲げ挙げる。「そういや、こんなものもあったぞっ!!」一方、大げさなペドロの態度に、少女は「へんなヤツだな」と冷ややかな眼差しを向けていたが、受け取った書状の中身をカンテラに透かし見て、「嘘っ!!」と叫んだ。実は、その書状というのは、トゥパク・アマルが、アンドレスたちの旅がつつがなく進むよう、「この4人は自分と縁ある者なので、旅の便宜を図ってやってほしい」といったようなことを直筆でしたためてくれていたものだった。「これは本物なのかっ!?ト…トゥパク・アマル様のサインもあるが…!!!なぜ、そんな得体のしれない貧しい風体をしたおまえたちが、こんなものをッ!?」夜闇の中でもわかるほど頬を紅潮させた少女の素直な興奮ぶりに、アンドレスは思わず微笑ましくなって笑いかけそうになったが、ぐっと堪えてポーカーフェイスを作り直した。ペドロやジェロニモも同じようで、吹き出しそうなのを堪えている様子がうかがえる。そうしながら、ペドロがまた沈着さを装って、すまし顔で答えた。「正真正銘の本物である。我らはトゥパク・アマル様麾下のインカ軍本隊に、直に物資を届ける商いをしているゆえ」「ふうむ…」少女は、もっともらしく言い放ったペドロとトゥパク・アマルの書状を何度も見比べていたが、やがて、クルッと小屋の方に踵を返した。「ちょっと待っててくれ!あの番小屋の中に、通行証の鑑定士がいるんだ。ついでに、この書状の筆跡が、本当に陛下のものなのか確認してくる!それまで、勝手に村に入ったり、逃げたりするなよ?」はいはい、どうぞ、とペドロが返答するのも待たず、少女はダッシュで見張り小屋の方へと消えていった。それから数分後、小屋から戻ってきた少女はますます興奮して、すっかりハイテンションになっている。「すごいぞっ!!!本物の、ホンモノの、ほ・ん・も・の・のトゥパク・アマル様の直筆だそうだッ!!」恭しい手つきで通行証と書状をペドロに返しながら、少女は、改めて旅の4人を見渡した。「いや、ほんと、驚いたな。ともかく、おまえたちの嫌疑は晴れた。村の中に入ってかまわない。なんなら、わたしが旅の宿まで案内してやってもいいが」そんな少女の申し出に、ペドロは「そうしてくれるとありがたい」と応じる。少女はすっかりペドロを4人の代表者と思い込んでいるようで、ペドロを見つめて問う。「わかった。ちなみに、わたしはマリオ。おまえは?」「ペドロだ、よろしく頼む」「ああ、よろしく、ペドロ。さあ、他の3人も中に入っていいぞ」マリオと名乗った少女は、『モソプキオ村』と書かれた看板横の門扉を押し明け、その扉の一方を支え、馬を引きながら4人が門をくぐっていくのを見守っている。そんなマリオの前をアンドレスが通り過ぎていくとき、まだ彼の肩の上にいた伝令鳥に彼女の目が留まった。アンドレスは帽子を目深にかぶり、ササッと通り過ぎようとしていたところだったのだが、対するマリオは、感動を帯びた瞳を輝かせて銀の鳥を見上げている。「綺麗な鳥だなぁ!!おまえの鳥なのか?」何気に己の顔を覗き込んできた少女の視線から、サッとアンドレスが顔をそむけた。そんな彼の横で、マリオが、ハッと息を呑む気配がする。アンドレスは、素早く彼女の前を通り抜けようと、さらに足の速度を速めた。しかし、そのような彼の真前に俊足で回り込んできたマリオが、アンドレスの逃げ道を塞いだまま、ジッと真っ直ぐに彼の顔を振り仰いだ。「──おまえ、どっかで見たことあるぞ?でも、どこでだっけ…?」【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。40代前半。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。 「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪アンドレス≫(インカ軍)トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年。20歳。 剣術の達人であり、若くしてインカ軍を統率する立場にある。スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。英国艦隊及びスペイン軍との決戦において、沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて副指揮官を務めていたが、急遽、トゥパク・アマルの密命を帯びて旅立つことになった。≪ジェロニモ≫(インカ軍)義勇兵としてインカ軍に参戦する黒人青年。20代半ば。スペイン人のもとから脱走してインカ軍に加わった。スペイン砦戦では多くの黒人兵を統率し、アンドレスの無謀な砦潜入作戦の完遂を補佐。身体能力が高く、明朗な性格で、ムードメーカー的存在。これまでも陰になり日向になり、公私に渡って、アンドレスを支えてきた。≪ペドロ≫(インカ軍)インカ軍のビルカパサ隊に属する歩兵。此度のアンドレスの旅の同行者の一人。20代後半の若さながらも郷里には妻がおり、息子思いの父でもある。≪ヨハン≫(スペイン軍)スペイン軍の歩兵。20代半ば。偶然的な事情から、此度のアンドレスの旅に同行することになった。スペイン人らしい端正な風貌な持ち主で戦闘力もありそうだが、性格は傍若無人なところがあり、掴みどころが無い。≪マリオ≫アンドレスたちが『青き月の谷』に向かう旅の道中、立ち寄ったモソプキオ村の自警団に属するインカ族の少女。18歳。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!にほんブログ村(1日1回有効)
2020.11.04
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モソプキオ村――。すっかり日が暮れて、月明りや星明りを頼りに馬を馳せてきた旅の4人が集落の辺りに辿り着いたのは、夜7時半を回る頃だった。村の入り口と思しき場所には、木製の素朴な看板が打ち立てられていて、「mosopuquio(モソプキオ)」と彫られ、横に釣り下げられた古びたカンテラの仄かな灯りに照らされている。そして、その看板の後ろには簡素なアドべ造りの小屋が立っていて、窓から薄い光が漏れていた。「あそこが村の番人がいるところだろうか?」そう言いながら、番小屋らしき建物から少し距離をとった場所で、アンドレスは物音を立てないよう馬から降りる。そんな彼の隣では、まるで羽が生えたような軽やかな身ごなしで馬上から飛び降りたジェロニモが、くんくんと辺りの空気の匂いをかぎながら、幸せそうに頬を緩ませている。「ん~そうですネ、一応、看板も立ってますしネ。それにしても、なんだか村の方から、いい匂いがしませんか?あ~、多分、これって、村の家々で夕餉(ゆうげ)の支度をしている匂いだなァ」「ん~む、確かに上手そうな料理の匂いが…。ちょうどそんな時刻だからな。そういや、わたしも腹が減ってきたような」馬の首を優しくポンポンと手の平で触れて労をねぎらいながら、ペドロがジェロニモに同意する。そんな和やかな二人のやりとりを何となしに聞きながら、アンドレスも張り詰めていたものが解(ほど)けるような感覚を覚えていた。「うん、暗くてよくわからないけど、なんとなく平和そうな感じのする村だよな。な、ヨハン?」無表情のまま馬を降りて夜風に巻髪をなびかせているヨハンに、アンドレスが屈託のない笑顔を向ける。「はぁ?なんで、おまえはお尋ね者の分際で、そこまで呑気(のんき)でいられんだ?どこにスペイン側の内通者がいるかもわからねぇってのに。つーか、そんなこと、スペイン人の俺が言うことか?」苛立ちを通り越して呆れ顔のヨハンに、「まぁ、そうなんだけどさ」と、アンドレスは柔和な表情で帽子の上から頭をかいた。それから、村の窓々の明かりが瞬(またた)く風景に視線を向ける。もともとアレキパ界隈は乾燥した土地柄だが、この辺りもかなり乾いた土地のようで、足元の土の感触も、肌に触れる空気の感じも、カラッとしている。大地のそこここにはサボテンが生え、夜闇の中に、ゴツゴツとしたシルエットを浮かびあがらせていた。あくまで気配的にではあるものの、ペドロが事前に話してくれていた通り、スペイン側の欲望をかきたてそうなものなど何も無さそうな小村。だが、そのおかげで、かえって静かな村人たちの暮らしが保たれてきたような――夜気に包まれながらも、そんな気配が漂ってくる場所であった。戦乱の中にあっても、このようなささやかな村が、少なくとも一見した状態では、それなりに平穏な秩序を保った様子で存在していることが、アンドレスには眩(まぶ)しくさえ感じられていた。過酷な植民地時代を経て、そして、こうして苛烈な反乱期をくぐり抜けながらも、健気(けなげ)に生き抜いている村人たちがいる──インカの人々の底力や草の根的な逞しさをここでも垣間見る思いがしたのだった。とはいえ、確かに、ヨハンの言う通り、スペイン側の内通者が隠れて目を光らせているなど、どのような危険が潜んでいないとも限らない。気を引き締め直し、アンドレスは帽子を目深に被り直した。そんな彼の様子に、ペドロも同様に緊張感を取り戻し、キリッとした声音で改まって言う。「どこにスペイン側の密偵が潜んでいてもおかしくないご時世ですからね。こんな村でも、油断は禁物。念のため、アンドレス様のお姿は、なるべく村人にも見せない方が安全でしょう。ですので、ちょっとここで待っていてください。そこの見張り小屋には、わたしが行って、様子を見てきますので」そんなペドロの申し出に、アンドレスも素直に頷いた。「ありがとう、助かるよ」そんな二人の会話を斜め後方で聞いていたヨハンが、また口を挟む。「おい、アンドレス。おまえのその肩の鳥も、なんとかしといた方がいいんじゃね?その鳥、悪目立ちしすぎるから、そんなの肩に乗っけて歩いてたら、どこの旅芸人の見世物かと村人がかえって集まってきちまうぜ」「ヨハン、おまっ…!アマル様の鳥様に向かって、『悪目立ち』とはっ!なん、なん、なんたる……無礼千万ッ!」ふるふると怒りに両肩を震わせているヨハンを、「まーまー」と、ジェロニモが宥(なだ)めながら言う。「さっきから思ってたんですが、『鳥』とか、『おまえ』とか、『アマル様の鳥様』とか、みんな、それぞれに呼んでますケド、いっそのこと、その伝令鳥に名前をつけてあげたらどうでしょう?なんなら、今、ここで、パパっと決めちゃいません?この鳥さんとも、これから長い付き合いになるんですしネ」「はぁッ!?なんで、今、そんな鳥の名前なんか決めなきゃなんないんだよ?おまえ、ちっとはTPOってもんを……!」唖然と憮然の入り交じった声を上げているヨハンの脇で、今度は、アンドレスが「まぁまぁ」と彼を宥める。それから、「ジェロニモの言う通り、名前があった方が呼びやすいし、名前、決めるのいいんじゃないか?」と、明るい笑顔を見せた。そして、急に話題の中心になって満悦顔の猛禽類の翼に軽く触れ、アンドレスが皆に問う。「こんな状況だから、速攻で決めちゃいたいんだけど、伝令鳥の名前、何か思いつく人~!」「「「……シーン……」」」「あ~ははっ、そう難しく考えなくても、いいんだよ?早いもの勝ちだから、誰か、鳥の名前を…」「「「……シシーーーン……」」」しばしの沈黙の後、苦笑まじりにジェロニモが口を開いた。「えっと、アンドレス様が決めてもいいですよ?なんか案あります?」「えっ、そ、そう言われてもなっ(焦)」「ん~、残念ながら、俺たちの中には、ネーミングのセンスがある者はいなさそうですねぇ」そんなジェロニモの言葉に、「そのようだなぁ」と、ペドロも溜息まじりに同意する。「なら、いっそ、『アマル』で、いいんじゃね?」半分投げやり、そして、半分面白そうに、ヨハンが言い放った。「いっ!?」対するアンドレスたち3人は、びっくり、というか、わさわさと動揺する。そんな3人をますます面白そうに眺めながら、ヨハンが口端を吊り上げて、さらにたたみかけてくる。「ペドロ、おまえ、さっき、その鳥がトゥパク・アマルに似てるとかって言ってたじゃん。だったら、名前も『アマル』で、いーんじゃねーの?」「うぐっ…!い、いや、確かに、そうは言ったが。だからって、鳥に陛下の名を付けるなど…!!」激しく動揺しているヨハンの傍では、ジェロニモも楽しそうな笑顔を全開にしはじめた。「あははは!いや~、案外、いい名前かもしれないヨ。『アマルちゃん』って、なかなか可愛い響きだしネ♪」何やら鳥の命名で微妙な盛り上がりを見せはじめた仲間たちを、さすがにアンドレスが焦り気味に牽制(けんせい)する。「シーッ、シーッ!みんな、ちょっと声、でかくなってる!」そう窘(たしな)めかけたが、しかし時すでに遅し──次の瞬間には、彼らの背後で鋭い声が響き渡っていた。「そこの怪しい者たち!おまえたち何者だ!?待てッ!動くな!!動いたら命は無いぞ!!!」【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。 「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪アンドレス≫(インカ軍)トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年。 剣術の達人であり、若くしてインカ軍を統率する立場にある。スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。英国艦隊及びスペイン軍との決戦において、沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて副指揮官を務めていたが、急遽、トゥパク・アマルの密命を帯びて旅立つことになった。≪ジェロニモ≫(インカ軍)義勇兵としてインカ軍に参戦する黒人青年。20代半ば。スペイン人のもとから脱走してインカ軍に加わった。スペイン砦戦では多くの黒人兵を統率し、アンドレスの無謀な砦潜入作戦の完遂を補佐。身体能力が高く、明朗な性格で、ムードメーカー的存在。これまでも陰になり日向になり、公私に渡って、アンドレスを支えてきた。≪ペドロ≫(インカ軍)インカ軍のビルカパサ隊に属する歩兵。此度のアンドレスの旅の同行者の一人。20代後半の若さながらも郷里には妻がおり、息子思いの父でもある。≪ヨハン≫(スペイン軍)スペイン軍の歩兵。20代半ば。偶然的な事情から、此度のアンドレスの旅に同行することになった。スペイン人らしい端正な風貌な持ち主で戦闘力もありそうだが、性格は傍若無人なところがあり、掴みどころが無い。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!にほんブログ村(1日1回有効)
2020.09.02
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こうして、ともかくも集落に向かうことにした4人が、月明りを頼りに辿った地図上の道は、この分岐点の先に「mosopuquio(モソプキオ)」という小さな村があることを示していた。地図的には、馬を飛ばせば、30分程度で到着できそうな距離である。この旅のメンバー4人の中では、インカ族の一般庶民の情報に一番詳しいのはペドロだが、そんな彼によれば、多分、モソプキオ村はインカ側寄りの地であるはずだということであった。「要するに、スペイン側が欲しがりそうなものは何も無い、寂(さび)れた寒村なんです。まぁ、単に放置されているだけとも言えますが……。わたしが実際に行ったことがあるってわけじゃないので、人から伝え聞いたことではありますけども」そんなペドロの説明から、ひとまず安全性の面からもまずまずな場所であろうと判断し、早速、そのモソプキオ村に向かうことになった。素早い身ごなしで馬に飛び乗り、アンドレスが後方を振り向いて、気合を込めて声をかける。「それじゃ、ちょっと飛ばすけど、みんな、しっかりついてきてくれ」それから、前方に向き直り、馬を駆りだそうとした瞬間――。「……ん?エッ?!――わぁっ?!!」突如、素っ頓狂な声を上げたアンドレスの方に、後方の三人が驚いて視線を向ける。と、アンドレスの前方から――つまりは、4人の真正面から、ブーメラン状の形をした銀色の物体が、超高速で飛来してくるところであった。(――なっ、刃!?)そう皆の思考が走った時には、しかし、薄闇の中、月光を反射して鋭利な閃光を放つそれは、既にアンドレスの顔面ギリギリまで迫っていた。「―――!!!」あまりに不意のことに、身をかわすことさえできずにいる彼の顔面に、それは容赦なく激突した!!―――かに見えた。が、その何物かは、アンドレスの額の手前数センチというところで、まるで寸止めするかのように、ピタッと、光速の水平飛行を静止。と見るや、そのまま、フワリ、と軽やかな身ごなしで、彼の頭上数メートルまで垂直に舞い上がった。(……え?)フリーズしているアンドレスの頭上の宙空で、その銀色物体は、大きな翼を、バサバサッ、と力強く羽ばたかせた。白金の翼が、降り注ぐ月光をキラキラと跳ね返す。「おおっ!!何かと思えば、トゥパク・アマル様からお預かりした伝令鳥ではありませんか!」嬉々としたペドロの声が夜闇の中に響き渡った。そんな中、銀の鳥は、まだ呆然としているアンドレスの頭頂へ――正確には、彼がかぶっている帽子の上へと、スタッ、と器用に舞い降りた。と同時に、アンドレスの髪に、帽子の布一枚隔てた上から、ガッチリとした猛禽類の握力と重量感が伝わってくる。「………うぅっ」足元の人間が低く呻く様子など無視して、鳥はまるで玉座の中におさまるかのように、帽子の上に威風堂々と身を落ち着け、丁寧に翼を折りたたんだ。それから、ドヤ顔さらながらの表情で、泰然と胸をそらす。「ヒュウッ!見事なアクロバット飛行ダネ!」「さすが、アマル様の鳥様であらせられるっ!」思わずパチパチと馬上から拍手を送っているジェロニモとペドロの少し後方では、同様に騎馬のヨハンがニヤニヤしながら相変わらずの辛辣(しんらつ)な言葉を吐いている。「アンドレス、ざまぁねぇな。今のが、本当に敵の刃だったら、ここで終わってたぞ」対するアンドレスは、頭の上に大きな鳥を乗っけたまま、はふっと溜息をついた。「今回は、ヨハンの言う通りだな。はぁ……、いや、ほんと、ちょっとビックリしたぞ。いきなりの敵襲かと思った」それから、上目遣いに、頭上の鳥を恨めしそうに見た。「おまえ、あんまり脅かすなよ。敵が刃物でも投げてきたのかと思ったんだぞ?そりゃまあ、紙と村のことに気をとられてた俺が悪いんだけど…。いや、それより、おまえ、なんで俺の頭に乗ってんだ?何か新たな伝文を運んできたってわけでもなさそうだし」そんなアンドレスの視線を受けて、帽子の上に陣取っている鳥も、負けじと恨めし気なジト目で睨み返してくる。「なっ…なんだよ、そんな目で見なくっても……」銀の鳥の眼光の刺々しさにアンドレスが怯(ひる)んでいると、ペドロが馬を寄せてきて、そっと耳打ちする。「アンドレス様、もしかして、アマル様の鳥様は、怒っているのではないでしょうか?」「……えっ、怒るって、何を?」「その、ずっと放置されて…と言いますか、今日一日中、我々に完全に忘れ去られていたことを……」「いっ!?いや、最初は、上空を飛んでついてきてくれてるんだろうな、ぐらいは思ってたんだ。だけど、あー…確かに、途中からはすっかり……」焦り気味にヒソヒソ声で語り合う二人を、頭上から首をクイッとこちらに曲げて、鳥が厳しい表情でアンドレスの顔を覗き込んだ。月光に煌めく鉤型の嘴(くちばし)が、妙に鋭い閃光を放って見える。それから、気品ある仕草でしなやかな首を回し、ペドロやジェロニモ、ヨハンにも、高所から、順に、きっちりガンを飛ばした。そして、猛禽類にしては切れ長にも見える目元を、スッと聳(そび)やかす。「さよう。わたしを忘れるなど、もっての外(ほか)であろう」――とでも言わんばかりに。「おおおっ!!このアマル様の鳥様、どことなくアマル様っぽい表情や雰囲気してませんかっ!?」「そ、そうかな?」ますます興奮しているペドロから、アンドレスはやや身を引きつつ、頭上の鳥に語りかける。「ええと、人間の言葉が分かるか分からないけど、すまなかった。今日は初日で、なにかとバタバタしてたから、おまえのことウッカリしちゃってたんだ。でも、ちゃんと、空からついて来てくれて、ありがとな。おまえも、れっきとした俺たちの旅の仲間なんだし、これからはもっと気を付けるよ」温かい声音で優しく語りかけるアンドレスに、「分かれば良いのだ」と、鳥が優美に微笑した、かのように見えた。「おおおおっ、やはりアマル様ッ!!」さらにヒートアップしているペドロから、大きく身を引いて、アンドレスはどうにかして頭から腕に鳥を移動させた。そして、今度は自分の肩の上に乗せ直す。革製の分厚いポンチョのおかげで猛禽類の尖った爪が食い込んでこないことにホッとすると、彼は再び鳥に語りかけた。「これからも、昼間は、今日みたいに空の上から俺たちについてきてくれたらありがたい。だけど、もう今夜は、このまま俺と一緒にいた方がいいだろう。おまえ、そこそこ夜目は効いてるみたいだけど、馬を飛ばしているうちに、上空で迷子になってしまったら困るからな。モソプキオ村まで、しっかり俺の肩につかまっててくれよ」それから、背後で出発準備を整え直した皆にも軽く振り向いて、今一度、気合いを入れ直す。「それじゃ、今度こそ出発だ!すっかり遅くなってしまったからブッ飛ばすけど、みんな、しっかりついてきてくれ!!」【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。 「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪アンドレス≫(インカ軍)トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年。 剣術の達人であり、若くしてインカ軍を統率する立場にある。スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。英国艦隊及びスペイン軍との決戦において、沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて副指揮官を務めていたが、急遽、トゥパク・アマルの密命を帯びて旅立つことになった。≪ジェロニモ≫(インカ軍)義勇兵としてインカ軍に参戦する黒人青年。20代半ば。スペイン人のもとから脱走してインカ軍に加わった。スペイン砦戦では多くの黒人兵を統率し、アンドレスの無謀な砦潜入作戦の完遂を補佐。身体能力が高く、明朗な性格で、ムードメーカー的存在。これまでも陰になり日向になり、公私に渡って、アンドレスを支えてきた。≪ペドロ≫(インカ軍)インカ軍のビルカパサ隊に属する歩兵。此度のアンドレスの旅の同行者の一人。20代後半の若さながらも郷里には妻がおり、息子思いの父でもある。≪ヨハン≫(スペイン軍)スペイン軍の歩兵。20代半ば。偶然的な事情から、此度のアンドレスの旅に同行することになった。スペイン人らしい端正な風貌な持ち主で戦闘力もありそうだが、性格は傍若無人なところがあり、掴みどころが無い。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!にほんブログ村(1日1回有効)
2020.07.27
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(これは……!)アンドレスの喉奥から、声にならない擦れ声がもれた。その周りでは、ジェロニモ、ぺドロ、ヨハンが、文書を回し読みながら、それぞれの感想を口にしている。「書かれている内容は、トゥパク・アマル様が仰っていることに近い気がしますが、かと言って、トゥパク・アマル様がいつも書かれているものとはどこか違う気もしますね」そう言いつつも、そんな己の言葉に確信が持てずに首をひねっているペドロの横顔に向かって、ジェロニモも口を開いた。「ン、だいたいの論調は似てるケド、トゥパク・アマル様が、こんなに宗教的な言い回しをしてるのは、俺も見たことないナ。これって、なんだか手紙っていうより、キリスト教の回状とかっぽい感じするんだよなぁ。ホラ、よく教会が教区に回覧してるやつあるだろ?あっ、そうだよ、神父っぽいんダ、この文章っ!」一人でウンウン頷きながら納得しているジェロニモの方を今度はペドロが見返しながら、「しかしなぁ…」と、腕組みして続ける。「神父ならこの国にも大勢いるが、このような時期に、こんな大それた扇動的な内容を書くとしたら、そこいらの教区の只の神父ってことは考えにくいな。だとすると、真っ先に頭に浮かぶのは、あのモスコーソ司祭だが……。だけど、あの強欲の塊みたいな司祭が、わざわざ自分の首を絞めるような、こんな文書を書くとは思えんな」「それもそうだよナぁ。あのモスコーソこそ、ホラッ、ここに書いてある『キリスト教の名を笠に着て悪辣非道を行いし者』ってのの代表じゃネ?」「だなっ。最初の文の『黄金や財宝を神と崇めてきたキリスト教徒を名乗る権力者』ってのも、まったくもってモスコーソそのものだ」にわかにモスコーソ司祭の話題で意気投合しているペドロとジェロニモの横から、不意に、ヨハンも口を挟んだ。「あの生臭坊主(なまぐさぼうず)は、俺も気に食わねぇんだ」「――エッ?」「――っと?」ヨハンの言葉に、1拍の間を置いて、ペドロとジェロニモが同時に反応した。それから、ジェロニモがヨハンを見て、穏やかに、それでいて興味深そうに尋ねる。「アレッ?でも、モスコーソって、スペイン側の最高位の司祭だよネ?ヨハン、君にとっては、一応、あのモスコーソも味方側なんじゃ?」「もちろんその通りだ。だが、個人的には、俺は、あいつのことは、いけ好かねぇ。あいつは、いかにも胡散(うさん)臭い。だいたい司祭のくせに、政治に首を突っ込みすぎだ。その上、いつもアレッチェ様を顎でこきつかいやがって、あの太々しい態度、まじムカつくぜ」バッサリ斬り捨てるように言い切ったヨハンに、「ほーっ、言うね」と、ジェロニモが驚きと感心の混ざった表情で、軽くウィンクする。その脇で、ペドロも、「……初めて意見が合ったな」と低く呟き、それから、慌ててコホンッと咳払いした。そんな3人が改めてアンドレスに視線を戻すと、アンドレスは古びた紙片を丁寧に折りたたんで、大事そうに懐にしまっているところであった。「アンドレス様、もしかして、その文書を書いた人に心当たりがあるんじゃないですか?」相変わらず勘のいいジェロニモの問いに、アンドレスは、やや思いつめた目で頷いた。そして、懐に手を添えたまま、噛み締めるように答える。「ああ、もしや、と思う人がいる。確証は無いけど、多分、あの人が書いたんじゃないかと……。恐らく、これは、誰か特定の人宛てに書かれたものじゃなくて、国中の人々に宛てて書かれたものだろうと思う。さっき回状みたいだって話しが出てたけど、まぁ、それに近いものだろうな。ただ、この紙に書いてあることは、言い回しは宗教的だけど、平たく言ってしまえば、新たな義勇軍を作るために志願兵を募るというものだ。トゥパク・アマル様の反乱と時を合わせて、いや、トゥパク・アマル様の反乱を支援するために、と言った方が正確だろう。だから、厳密には、俺が予想している人物がこの文書の草案をつくり、それを彼の周りの人々が大量に書き写して国中に配布したとか、そんなところじゃないかと思う。その中の一枚が、多分、この紙だろう」ひとしきり語り切ったアンドレスに冷淡な視線を投げて、ヨハンが無感情な声で言う。「この時期に、そんな文書をバラまいたら、それこそモスコーソの逆鱗(げきりん)に触れて、草の根分けても探し出され、形だけの宗教裁判にかけられて、あっという間に処刑台に送られるだけだろう。こうしてナイフでその紙が突き刺されていたことだって、その文書を書いたヤツへの警告と見えなくもない。っつたく、おまえたちインカ族の者たちは、どこまでいっても、懲(こ)りないな」「いや、これを書いたのは、恐らく、インカ族の者じゃない。俺の勘が外れていなければ、君と同じスペイン人だよ、ヨハン」「―――!」澄んだ琥珀色の瞳に真摯な光を宿し、真っ直ぐ己を見つめて言うアンドレスに、ヨハンも即座には返す言葉が見つからずに口ごもる。そんなヨハンの前で、アンドレスは長い睫毛に縁どられた瞼を伏せ、独り言のように囁いた。「その人は、俺が――とても尊敬している人なんだ」そんな二人の様子を見守っていたジェロニモとペドロが、どちらからともなくアンドレスに問いかける。「スペイン人でありながら、インカ側に同調するようなかたちで義勇兵を募るとしたら、あのクリオーリョ(植民地生まれのスペイン人)の革命軍を率いるシモン殿でしょうか?」「けど、あの現実主義的なシモン殿にしちゃ、こんな宗教がかった書き方するってのも違和感ありますケドね」そんな二人に「いや、シモン殿じゃないと俺は見てる。もちろん、彼も尊敬する人物の一人ではあるけれど」と、アンドレスは僅かに首を振った。それから、いよいよ本格的に暗さを増してきた夜闇の中で、彼は鞄の中から大急ぎで地図を引っ張り出した。それを両手で広げ、月明りにかざしながら、地図上に素早く視線を走らせる。「この件、詳しいことは、また改めて、みんなには話したいと思ってる。それより、とにかく、今は近くの集落に急ごう。ヨハンの言う通り、夜が更けないうちにどこかに身を落ち着けたい。それに、集落に行けば、この紙に関する情報も、もっと何か分かるかもしれないからな」【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。 「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪アンドレス≫(インカ軍)トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年。 剣術の達人であり、若くしてインカ軍を統率する立場にある。スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。英国艦隊及びスペイン軍との決戦において、沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて副指揮官を務めていたが、急遽、トゥパク・アマルの密命を帯びて旅立つことになった。≪ジェロニモ≫(インカ軍)義勇兵としてインカ軍に参戦する黒人青年。20代半ば。スペイン人のもとから脱走してインカ軍に加わった。スペイン砦戦では多くの黒人兵を統率し、アンドレスの無謀な砦潜入作戦の完遂を補佐。身体能力が高く、明朗な性格で、ムードメーカー的存在。これまでも陰になり日向になり、公私に渡って、アンドレスを支えてきた。≪ペドロ≫(インカ軍)インカ軍のビルカパサ隊に属する歩兵。此度のアンドレスの旅の同行者の一人。20代後半の若さながらも郷里には妻がおり、息子思いの父でもある。≪ヨハン≫(スペイン軍)スペイン軍の歩兵。20代半ば。偶然的な事情から、此度のアンドレスの旅に同行することになった。スペイン人らしい端正な風貌な持ち主で戦闘力もありそうだが、性格は傍若無人なところがあり、掴みどころが無い。≪シモン≫(白人の革命軍) 植民地生まれのスペイン人(クリオーリョ)の革命分子を束ねるリーダー。ただし、一般的に貧しいクリオーリョたちとは異なり、植民地生まれでありながらも富裕層に属する。トゥパク・アマルの戦いに触発され、トゥパク・アマルとの出会いを機に、己の財産を惜しみなく処分して軍資金を用意し、参戦。≪モスコーソ司祭≫(スペイン軍)植民地ペルー副王領におけるカトリック教会の頂点に立つ最高位の司祭。単に宗教的な意味合いで高位に君臨する存在というだけでなく、植民地統治においても絶大な発言力を有する政治的権力者。キリスト教の名を笠に着て、いかなる冷酷な所業をも行う一方で慈愛深げに振舞う、奇態な人物。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!にほんブログ村(1日1回有効) (1日1回有効)
2020.07.13
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残りのメンバーも、いつしか意識を集中してアンドレスの提案に耳を傾けていたが、しばしの沈黙の後、ジェロニモが口火を切った。「そうですねぇ、アンドレス様の言うように、今のうちにしっかり体力を蓄えておくっていうのは、俺も大賛成です。それに、さっきも言いましたケド、せっかく宿屋にありつけるって時に、わざわざ野宿するなんてゴメンです。だけど、もう一方の本音を言えば、集落に出向いて行って、アンドレス様の姿が大勢の人に見られるってのも、やっぱり心配ではあります。まあ、確かに、人里に近づかなきゃ安全ってワケでもないですケドね。敵兵集団、野盗軍団、野獣の群れ、なんにしろ、今だって、その辺の草ムラから何が飛び出してきたっておかしくないですし!」そう言って、おどけた調子で大袈裟(おおげさ)に肩をすくめてみせたジェロニモだが、その眼差しには、鋭い思慮深さが宿っている。「アンドレス様、わたしもジェロニモと同じ思いであります。なんといっても、アンドレス様にはトゥパク・アマル様と同様、莫大な懸賞金を懸けられております。国中のスペイン人どもが、生け捕りにして大金を手に入れようと手ぐすね引いていることを思いますと、いかに変装していようとも、人前に出るのはかなり危険なのではないでしょうか。ったく、懸賞金などと、全く、スペイン人のやり口は、なんと汚いことか……!」ペドロの怒りに満ちた太い声が響き、と同時に、彼の刺々しい眼光がヨハンに突き刺さる。対するヨハンは、その堀深い端正な横顔を夕風にさらしながら、そっぽを向いている。そして、飄々とした口調で、無感情に言い放った。「フン、おまえたちの話しを聞いてると、まるで俺たちスペイン人が悪鬼かなにかのようじゃねぇか。俺に言わせれば、トゥパク・アマルも、アンドレスも、とんでもない重罪を犯したんだから、指名手配されるのは当たり前だ。トゥパク・アマルなぞ、脱獄までして、罪の上塗りをしてやがるんだ。懸賞金を倍額にしたっていいくらいだぜ」「グッ…このッ……!!」これまで以上に空気が張り詰め、ペドロとヨハンは、いよいよ一触即発の様相を呈している。そんな二人の間に身を置きながら、アンドレスもまた、トゥパク・アマルに対するヨハンの物言いに、さすがに喉の奥から反論が飛び出しそうになっていた。それを辛うじて呑みくだし、密かに呼吸を整える。(ヨハン、君はストレートな上、いかにも俺たちの神経を逆なでするような言い方ばかりする……!)そう心の奥で呟きながら、チラッと、当人の方に視線を馳せる。すると、ヨハンもまた、凛々しく整った目元を吊り上げ、深い藍色の瞳で真っ直ぐこちらを見据えていた。「で、アンドレス、今夜の寝床はどうすんだ?さっさと決めねぇと、完全に日が暮れちまうぜ。おまえが決められないなら、俺が決めてやってもいいが」(っ……しかも、俺、完全に舐(な)められてるし)ぐっと息を呑み、アンドレスは心の中で苦笑した。それから、気を取り直したように、素直な気持ちを口にする。「最善策さえ取れれば、誰が決めたって構わない。皆の安全が守られることが、とにかく一番大事だから」再び落ち着いた調子で語り出したアンドレスに、ピリピリしだ場の空気が少しだけ和らいでいく。「ジェロニモやペドロの言うように人目に触れる場所は危険があるし、ヨハンの言う通り『お尋ね者』の俺はもとより、そんな俺と同行している君たち三人にも、俺と同じように危険が及びかねない。だから、そういう場所に行くときは、かなり慎重にならなきゃいけないと俺も思う。まぁ、だけど、それも場所によって違いはある。特に、スペイン人の勢力の強い集落は言うまでもなく危険が凄く大きいし、そもそも、そうした場所に近づく気は無い。逆に、インカ側の勢力が強い場所なら、安全性も高い。今となっては、国中の町も村も、インカ軍とスペイン軍の勢力争いに巻き込まれてしまっているが、その勢力は今のところ五分と五分。だから、中にはインカ側の勢力下にある集落もある。そういう集落にはインカ兵が派遣されて敵襲に備えているし、集落の人たちも自警団を作って、インカ兵と力を合わせて守りを固めてる。だから、そういう村や町を選んで行けば、危険性をある程度は下げられると思うんだ」「ナルホド」と、ジェロニモが明るい笑顔で頷いて言った。「そうなると、野宿か宿屋かって問題じゃなくって、どこの集落の宿屋かってことが問題ってワケですネ」「うん。この看板に、この近辺の集落の名前とか書かれていたら、もっと参考になったんだがなぁ。俺たちの持ってる地図は、意外と大ざっぱだからさ……」ジェロニモの言葉にアンドレスがブツブツと応じつつ、再び二枚の古看板を覗き見る。「やっぱ、村や町の名前は書いてないよなぁ……ん?あれっ、なんだこれ?」看板の裏側まで覗き込んだアンドレスが、今までとは違った調子の声を上げた。「おいおい、なにトボけた声、出してんだよ」「アンドレス様、もしかして、裏側に村の名前か何か書いてありましたか?」ヨハンとペドロが同時に反応し、ジェロニモも興味津々でそちらに身を乗り出した。そんな面々の前に看板の裏から戻ってきたアンドレスが、「いや、裏にも何も書いてはなかったんだけど…」と言いながら、一枚の古びた紙と錆(さ)びたナイフを差し出した。「この紙が、看板の裏に、このナイフで突き刺してあった」その紙は便箋サイズほどの大きさで4つ折りにされているのだが、かなり風雨に晒されていたらしく、すっかりボロボロで色も黄ばんでしまっている。「これは…、ずいぶん昔っから、そこに突き刺さったまま、放置されていたって感じですね」紙に同情しているかのように神妙に言うペドロに、アンドレスも不思議そうに頷いた。「ああ。一体、誰宛に、誰が、何のために?それとも、特定の人宛てじゃなくて、通りがかりの旅人たちに見せる目的だろうか?」雨水で吸着し合った紙面を破らないように苦労しながらペリペリと広げると、水に溶けにくい染料を用いて書かれているらしく、文字は滲(にじ)んでいながらも判読は可能であった。情け容赦無く夜の帳(とばり)が下りてくる薄闇の中で、4人は頭を突き合わせ、アンドレスの手にある紙面に綴られたスペイン語の文言に目を走らせていく。果たして、そこには――誰宛てとも記載されておらず、記入者の署名などもされてはおらず、ただ下記の本文が、流れるように、それでいて、力強い筆致で綴られていた。「この国の『キリスト教徒』を名乗る権力者たちは、主イエス・キリストではなく、黄金や財宝を神と崇めてきた。それ故、当地の民を、それらの世俗的な富を手に入れる手段や道具として、平然と利用してきたのである。いにしえの時代から当地に住まう民たちよ、混血児たちよ、そして、当地に生まれし白人たちよ、権力者たちは飽くなき貪欲と盲目的な野望に憑りつかれ、そなたたちから全てを強奪し、骨の髄まで搾り取り、挙句はその命さえ当然のように奪い去ってきた。荷重な労働と信じがたき圧制により民は苦しめられ、肉親や友を奪い去られ、貧困と絶望の中で死に至るまで酷使され、あまりの過酷さに自ら命を絶たった者さえ無数にいた。当地で行われてきた危害と損害と非道の行為、殺害と強奪、悪虐無道の侮蔑行為、そのようなことが、イエス・キリストの御心にかなおうはずはない。全ては、主の御意思に悉く反し、福音書の中で主が我々に求められた愛の形に著しく反している。『キリスト教』の名を笠に着て悪辣非道を行いし全ての者たちよ、覚悟するがよい。おまえたちが甚だしい迫害と危害を与えてきた者たちは、最後の審判の日に至るまで、おまえたちに正当なる戦いを挑む権利を有している。おまえたちは、奪ったものを全て返却し、賠償し、犯した大罪の償いを履行しなければ、決して救霊を得ることはできぬであろう。虐げられし者たちよ、恐れず今こそ立ち上がり、解放の奔流の中に身を投じよ。なぜなら、そなたたちが支配と拘束から解放されることこそ、神が強く願い給うことだからである。いつ何時も、真の神は、最も苦しみの中にある者の最も傍にいる」【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。 「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪アンドレス≫(インカ軍)トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年。 剣術の達人であり、若くしてインカ軍を統率する立場にある。スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。英国艦隊及びスペイン軍との決戦において、沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて副指揮官を務めていたが、急遽、トゥパク・アマルの密命を帯びて旅立つことになった。≪ビルカパサ≫(インカ軍)インカ族の貴族であり、トゥパク・アマル腹心の家臣。トゥパク・アマルの最も傍近い護衛官として常にトゥパク・アマルと共にあり、幾度と無く命を張って主を守ってきた。アンドレスの朋友ロレンソの恋人マルセラの叔父でもある。≪ジェロニモ≫(インカ軍)義勇兵としてインカ軍に参戦する黒人青年。20代半ば。スペイン人のもとから脱走してインカ軍に加わった。スペイン砦戦では多くの黒人兵を統率し、アンドレスの無謀な砦潜入作戦の完遂を補佐。身体能力が高く、明朗な性格で、ムードメーカー的存在。これまでも陰になり日向になり、公私に渡って、アンドレスを支えてきた。≪ペドロ≫(インカ軍)インカ軍のビルカパサ隊に属する歩兵。此度のアンドレスの旅の同行者の一人。20代後半の若さながらも郷里には妻がおり、息子思いの父でもある。≪ヨハン≫(スペイン軍)スペイン軍の歩兵。20代半ば。偶然的な事情から、此度のアンドレスの旅に同行することになった。スペイン人らしい端正な風貌な持ち主で戦闘力もありそうだが、性格は傍若無人なところがあり、掴みどころが無い。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!にほんブログ村(1日1回有効) (1日1回有効)
2020.07.02
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様々な思いを抱きながらも、旅の一行は、荒野を貫いて延びる裏街道を再び馬で馳せていく。今のところ一枚岩のチームワークとは到底言えない4人組だが、馬を走らせていく騎馬姿は、なかなかさまになっている。これまでも指揮官として馬で戦場を疾駆(しっく)していたアンドレスとは異なり、ジェロニモもペドロも、そして、ヨハンも、本来の所属は歩兵である。それでも多少なりとも乗馬の訓練は受けていたことと、持ち前の運動神経の良さからなのであろうか、半日も馬上で過ごすうちに、三人共、すっかり手練(てだ)れの乗り手のような身ごなしになっている。しかも、普段から乗り慣れている愛馬に跨るアンドレスとは違って、他の三人は、いずれも初めての馬たちである。(みんな、乗馬の筋がいいのか、それとも、ビルカパサ殿の馬の選び方がさすがなのか。どっちにしても、頼もしいことには違いない!)疾駆する一団の先頭になりながら、あるいは、最後尾に回って後方を守りながら、機敏に馬の手綱を繰りつつ、アンドレスは胸の内で呟いた。そうしているうちにも、やがて日没の時刻が近づいてくる。目の前に現れてきたY字路の前で、先頭を切って走っていたアンドレスが馬を止めた。荒涼たる原野を貫いて延々と続く裏街道にひとけは無く、黄昏時を過ぎて次第に薄暗さを増していく辺りの気配とあいまって、急に物寂しい気分になってくる。今、4人を押し包む薄闇にかすむ情景は、昼間の晴天下の牧歌的な風景とは全く違っていて、まるで別世界のようである。このような戦時中に、いかにも物騒なこんな場所に、人通りなど無いのは当然だと頷かされる。敵兵が現れるよりも先に、国籍不明の野盗集団でも現れそうな周囲に鋭い注意を張り巡らせながら、アンドレスは愛馬から飛び降りると、Y字路の分岐点まで歩んでいく。左右に分かれた道のそれぞれには古びた木製の看板が立っていて、夕暮れ時の冷風にあおられ、キシキシと小さな悲鳴のような軋み音を上げている。「ええと、右の道を進めば集落で、左の道を進めば、このまま裏街道を行くことになりそうだな。さてと、どっちに進んだものか?」腕組みをして、ウーム、と頭をひねっているアンドレスの後ろから、他の三人も次々と馬を降りてきて、二枚の看板を覗き込んだ。「フムフム、右に行けば宿屋のあったかいベッドにありつけて、左に行けば寒空の下で震えながら野宿ってワケですネ。こりゃあ、重大な選択だなぁ!」手足をグーッと伸ばし、ついでに首もぐるぐる回してコリをほぐしながら、ジェロニモが楽しそうな声を上げた。その横合いから、ヨハンがズイッと首を突っ込んでくる。そして、片眉を吊り上げ、嫌味たっぷりに言い放った。「おいおい、今夜の宿泊地さえも決めてねぇのかよ!?アンドレス、おまえ、ハナッからこんな無計画で、この先ほんとに大丈夫なのか?」「そうは言っても、昨日、急きょ、決まった旅で…」そう弁明しかけたアンドレスの脇から、今度は、ペドロが猛然と首を突き出した。「ヨハン、貴様ッ、アンドレス様に無礼な口のきき方をするなと何度言ったらわかるのだ!?そもそも、あまり細々とした計画を立てずに進んだ方が、敵兵の目を攪乱(かくらん)しやすいのだ。そのようなアンドレス様の深いお考えも知らずに、貴様というヤツはッ!!」「あ、ははっ、いや~、ペドロ、俺そこまで深く考えては……。ってか、まーまー、二人とも、今はその辺で」またもやガンを飛ばし合っているヨハンとペドロの間に、アンドレスが苦笑交じりに割って入る。それから、少し考えるように間を置いてから、他の三人の意向もうかがうように皆に視線を馳せ、再びアンドレスが語を継いだ。「俺としては、右の道を選んで、今夜は宿屋に泊まろうと思うんだが、どうだろう?どうせ、どっちの道を行っても、危険は伴う。だったら、風雨にさらされずに休めるのも今のうちだし、体力は温存しておけるうちに温存しておきたい。それに、集落の様子も見ておきたいしな」【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。 「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪アンドレス≫(インカ軍)トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年。 剣術の達人であり、若くしてインカ軍を統率する立場にある。スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。英国艦隊及びスペイン軍との決戦において、沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて副指揮官を務めていたが、急遽、トゥパク・アマルの密命を帯びて旅立つことになった。≪ビルカパサ≫(インカ軍)インカ族の貴族であり、トゥパク・アマル腹心の家臣。トゥパク・アマルの最も傍近い護衛官として常にトゥパク・アマルと共にあり、幾度と無く命を張って主を守ってきた。アンドレスの朋友ロレンソの恋人マルセラの叔父でもある。≪ジェロニモ≫(インカ軍)義勇兵としてインカ軍に参戦する黒人青年。20代半ば。スペイン人のもとから脱走してインカ軍に加わった。スペイン砦戦では多くの黒人兵を統率し、アンドレスの無謀な砦潜入作戦の完遂を補佐。身体能力が高く、明朗な性格で、ムードメーカー的存在。これまでも陰になり日向になり、公私に渡って、アンドレスを支えてきた。≪ペドロ≫(インカ軍)インカ軍のビルカパサ隊に属する歩兵。此度のアンドレスの旅の同行者の一人。20代後半の若さながらも郷里には妻がおり、息子思いの父でもある。≪ヨハン≫(スペイン軍)スペイン軍の歩兵。20代半ば。偶然的な事情から、此度のアンドレスの旅に同行することになった。スペイン人らしい端正な風貌な持ち主で戦闘力もありそうだが、性格は傍若無人なところがあり、掴みどころが無い。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!にほんブログ村(1日1回有効) (1日1回有効)
2020.04.23
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こうしてトゥパク・アマルたちに見送られたアンドレスたちは、変装姿のまま人目につきにくい裏街道を馬で駆け続け、半日ほど経ったところで休憩のために馬を止めた。辺りを原生林や岩に囲まれた清流の傍に馬をつなぎ、馬たちが冷たい水で喉を潤したり、辺りの若草を食(は)んだりしている間に、人間たちも携帯食を頬張る。ひとけのない大自然の中とはいえ、周囲へ警戒の目を走らせながらも、清々しい陽光の降り注ぐ屋外で食べる昼食はやっぱり美味しい。「あ~、砦からも戦場からも離れて、こんな気持ちのいい青空の下で日向ぼっこできるなんて、最高だなぁ!」かじりかけのパンを片手にそう言って、ジェロニモが大きく伸びをする。「うん、たまにはこういうのも、いい気分転換になるかもな。あの砦にいると、どうしても戦さのことが頭から離れないけど、こうしてると、この国が戦乱の中にあることの方が嘘みたいに感じるよな」爽やかな初夏の風に柔らかな髪をなびかせて、アンドレスも明るい笑顔でジェロニモに同意する。しかし、そんな二人をギロリと冷たく睨んで、ヨハンが苛立たし気にチーズを噛み切った。「ったく、この国を戦火で焼き尽くしておきながら、よくそんな呑気(のんき)なことが言えるもんだぜ。アンドレス、おまえ、自分はトゥパク・アマルに次ぐ重罪人だっていう自覚があんのか?」「貴様、アンドレス様を呼び捨てにするなッ!!だいたい、焼き尽くしたのは、火器を使うおまえらスペイン兵の方だろうが!!」間髪入れずにヨハンに食ってかかったペドロが、口の中に詰め込んでいた干し肉の欠片を飛ばしつつ、さらにヨハンに詰め寄って言う。「第一、おまえ、なんで、ちゃっかり俺たちと一緒に輪になって座ってんだ!?今朝の感じだったら、もっと俺たちから離れて、向こうの方で一人で飯(めし)食ってんのが普通じゃないのか!?」「あのなぁ、なんで、そんな拗(す)ねたガキみたいなこと、いつまでも俺がしてなきゃなんないわけ?どうせ昼飯を食うんだったら、食いもんの近くにいた方が効率よく食えるだろ?それだけのことだ。てか、汚ったねえなぁ、おまえ。口から飛んでんぞ。ったく、食いながら大声だすなよ」「あはははは、元気いいなァ~二人とも。この調子なら、アンデスの山々を何個でも越えていけそうだネ」いつの間にか新緑の草の上に大の字になって手足を伸ばしていたジェロニモが、明るい笑い声を響かせている。そのジェロニモの言葉を聞いたアンドレスが、ハッと、何かを思い出したように、ポンッと両手を合わせた。「そうそう、今、ジェロニモがアンデスの山を何個も越えていくって言ったけど、それ!みんなに、旅の目的地のこととか、まだ具体的に話してなかったよな。ちょっと説明しときたいから、こっちに注目してくれ」そう言って、アンドレスはカバンの中から大きな地図を取り出し、3人の前に広げる。それに呼応するように、ジェロニモも身体を起こして興味深そうに地図に目を落とし、ヨハンとペドロも互いに火花を散らし合っていた視線を地図の方に移した。皆の意識がこちらに集中しだしたのを確認して、アンドレスは地図上を指でなぞりながら、説明を始める。「見ての通り、これはペルー副王領。で、この左下の海岸沿いにあるのが『アレキパ』。この『アレキパ』の少し西の海岸沿い辺りが、俺たちが出発した砦のある場所。なんてことは、説明するまでもないと思うけど」(ペルーの地図:ペルー観光情報サイト様より http://www.peru-japan.org/Aperumap.html)そう言いながら、彼は、指先をスッと東の方へと移動させていく。「ここから東の方に進んでいくと、隣国のラ・プラタ副王領(現在のボリビア)との境界に、チチカカ湖がある。そう、ここ、湖畔の街プーノの隣の青色の部分。まずは、これから、このチチカカ湖方面に向かって進んでいこうと思う。っていうのも、俺たちの旅の目的地である『青き月の谷』があると言い伝えられている場所は、ビルカパサ殿の話によれば、チチカカ湖の東側に面した山岳地帯の一角らしいんだ。地理的には、むしろラ・プラタ副王領に位置するけど、幸い、あの辺は、俺が遠征に行った時にインカ側が勝ってるから、今なら入山はしやすい状況にある」そこまで言うと、アンドレスは、一旦、言葉を区切った。そして、チチカカ湖の東側に連なる長大な山脈をぐるりと指先で囲むようになぞる。(Google earthより、チチカカ湖東側の山脈①)しばしの沈黙の後、ジェロニモがおおらかな笑顔のまま、しかし、少々心もとなげにアンドレスを見た。「ん、なるほど~。で、アンドレス様、俺たちは、その山々を登っていくことになるわけですね?ん~~俺の記憶によれば、けっこう、その辺りの山って、高かったようなァ~。アンコウマ山とかイリマニ山とか、ありましたよね?」その言葉に、アンドレスも、少なからず申し訳なさげに頷いた。「うん。ジェロニモの言う通りで、あの辺りの山は、かなり高いんだよな。6000メートル級の山々が連なってる。今の時期だと、まだ残雪も深そうだし」(Google earthより、チチカカ湖東側の山脈②)「……あの、えっと、それで、アンドレス様、その山脈の、どの辺りに、『青き月の谷』はあるのでしょうか?」ペドロが遠慮がちながらも、力強い実直な瞳を真っ直ぐ向けて尋ねてくる。それに対しても、アンドレスは、申し訳なさそうに頭をかいた。「すまない、ペドロ。『青き月の谷』の正確な位置は、ビルカパサ殿はもとより、トゥパク・アマル様もご存知ではないそうなんだ」「はぁっ!!?それじゃ、そんな滅茶苦茶険しい極寒の雪山を、俺たちに永遠に彷徨(さまよ)えって言うのかよ!?正確な場所がわからないで、どうやって、その青い月のなんちゃらに辿り着くんだよ!?遭難しに行くも同然じゃねえか!!」ブチ切れたヨハンの怒声が、綿菓子のような雲がポッカリ浮かぶ青空に、むなしく吸い込まれていった。【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。 「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪アンドレス≫(インカ軍)トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年。 剣術の達人であり、若くしてインカ軍を統率する立場にある。スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。英国艦隊及びスペイン軍との決戦において、沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて副指揮官を務めていたが、急遽、トゥパク・アマルの密命を帯びて旅立つことになった。≪ビルカパサ≫(インカ軍)インカ族の貴族であり、トゥパク・アマル腹心の家臣。トゥパク・アマルの最も傍近い護衛官として常にトゥパク・アマルと共にあり、幾度と無く命を張って主を守ってきた。アンドレスの朋友ロレンソの恋人マルセラの叔父でもある。≪ジェロニモ≫(インカ軍)義勇兵としてインカ軍に参戦する黒人青年。20代半ば。スペイン人のもとから脱走してインカ軍に加わった。スペイン砦戦では多くの黒人兵を統率し、アンドレスの無謀な砦潜入作戦の完遂を補佐。身体能力が高く、明朗な性格で、ムードメーカー的存在。これまでも陰になり日向になり、公私に渡って、アンドレスを支えてきた。≪ペドロ≫(インカ軍)インカ軍のビルカパサ隊に属する歩兵。此度のアンドレスの旅の同行者の一人。20代後半の若さながらも郷里には妻がおり、息子思いの父でもある。≪ヨハン≫(スペイン軍)スペイン軍の歩兵。20代半ば。偶然的な事情から、此度のアンドレスの旅に同行することになった。スペイン人らしい端正な風貌な持ち主で戦闘力もありそうだが、性格は傍若無人なところがあり、掴みどころが無い。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!にほんブログ村(1日1回有効) (1日1回有効)
2020.03.24
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アンドレスが心の中であれこれ呟いている間にも、またヨハンが何か言い返そうと口を開きかけた。が、強い光を放つトゥパク・アマルの漆黒の瞳に貫くように見つめ返され、ヨハンの喉元がグッと言葉を呑みくだす。「ヨハン殿、昨夜、アレッチェ殿を見舞った時に、そなたを此度の旅の同行者とさせてもらう件、了承を得ておいた。だから、気兼ねなく行ってきてほしい。アレッチェ殿は、わたしがそなたの名前を出しただけで、そなたがどのような人物かをすぐに思い出していた。スペイン軍には、何千、いや、何万という兵がいるにもかかわらずだ」アレッチェへの敬意を隠さず語るトゥパク・アマルに、対するヨハンは、毅然とした視線を真っ直ぐ投げ返す。「当然だ。あの御方は、俺たちスペイン兵のことは隅々まで漏らさず把握している。アレッチェ様とは、そういう御人だ」そう答えたヨハンの態度や口調は、先ほどの不躾なそれとはまるで別人のように改まった、崇敬を帯びたものである。そんなヨハンに、トゥパク・アマルが、さらに一歩、近づいた。これほどの至近距離にあっては、さすがのヨハンの目にも、トゥパク・アマルのまとう高邁(こうまい)なオーラが見えるように感じてしまう。そのような感覚を吹き飛ばすように、ブンッと、大きく首を一振りして、またヨハンが険のある目つきで睨み上げた。対照的に、トゥパク・アマルは、研ぎ澄まされた切れ長の目元を細め、緩やかに顎を引く。「そなた、アレッチェ殿を敬愛しているのだな」「言うまでもない。閣下は、この国のために、命を投げ出して働いている。今回だって、あんな瀕死の無残な状態になってまで……!トゥパク・アマル、おまえのせいで」ヨハンの藍色の双眸(そうぼう)に憎悪の炎が閃(ひらめ)くのを目の当たりにして、ついに溜(たま)まりかねたアンドレスが言葉を挟んだ。「あれは、トゥパク・アマル様のせいなんかじゃない。アレッチェの自業自得だった。それに、あの時、もしトゥパク・アマル様が庇(かば)っていなければ、今頃、あいつは……!」しかし、トゥパク・アマルの鋼(はがね)のような腕が、サッと、アンドレスの前をよぎり、彼の言葉を制した。「ヨハン殿、そなたのアレッチェ殿への忠誠心、この身に染みたぞ。まこと、そなたは、この旅にふさわしい」「ふさわしいだと?どういうことだ?」「此度の旅、首尾よくいけば、アレッチェ殿のためにもなるはずなのだ」え!?――と、瞬間、顔を明るませたヨハンに、トゥパク・アマルが「うむ」と頷き返した。「今は詳しいことは言えないが、現地に行けばわかるだろう。多分、な――」その曖昧に濁された語尾に、ヨハンのみならず、アンドレスやジェロニモたち、さらにはビルカパサまで、トゥパク・アマルの言葉の続きを待つかのように、じっと息を詰めている。そんな面々の前で、トゥパク・アマルは軽く肩をすくめ、フッと顔をほころばせた。「すまぬ。正確なことは、わたしにも何とも言えぬのだ。なにしろ、『青き月の谷』も、あそこの長(おさ)も、あまりに謎が多くてな。そのような地への旅ゆえ、道中には多々苦難もあろう。なれど――楽しんでもくるといい」「……えっ?楽しんで、ですか?」にわかにはトゥパク・アマルの言葉の真意を掴みかねて、アンドレスたちは瞳を瞬かせた。等しく、順々に、皆に温厚な眼差しを注ぎながら、「さよう」と、秘密めいた口調で答えるトゥパク・アマルの長髪と黒マントを爽風が緩やかに背後に吹き流している。僅かに昇りかけた太陽の投げかける微光をまとってそこに立つトゥパク・アマルの微笑みは、深い包容力に満ちているようでもあり、妙に謎めいた神秘的なものにも見える。トゥパク・アマルの表情に、旅立つ誰もが――ついヨハンまでもが、吸い込まれるように見入っている。そのような若者たちの前で、さらにトゥパク・アマルは、その逞しい右手を天空に向かって高々と振り上げた。と見るや、ほどなく頭上に、バサバサッ、と大きな羽音が聞こえ、強靭そうな翼をした一羽の鳥が、マントを巻き付けたトゥパク・アマルの腕に、ガッシ、と舞い降りてきた。鳥はトゥパク・アマルの腕の上で翼を綺麗に折りたたんで身を落ち着けると、興味深そうにアンドレスたちの方に視線を向けた。まるで強い意志を持っているかのような利発そうな目をしたその鳥は、中型サイズの猛禽類で、羽色は青みを帯びた美しい銀色をしている。「あ!もしかして、この鳥は、トゥパク・アマル様の伝令鳥ではありませんか?遠方のミカエラ様や叔父上と連絡を取る時に、陛下が飛ばしていらっしゃる」アンドレスの問いに、トゥパク・アマルは微笑んで頷き、その鳥を乗せた腕をアンドレスの方に差し出した。「さよう。この鳥をそなたたちに預けよう。旅の道中、わたしやビルカパサとの連絡を取る際に役立つことであろう」【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。 「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪アンドレス≫(インカ軍)トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年。 剣術の達人であり、若くしてインカ軍を統率する立場にある。スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。英国艦隊及びスペイン軍との決戦において、沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて副指揮官を務めていたが、急遽、トゥパク・アマルの密命を帯びて旅立つことになった。≪ビルカパサ≫(インカ軍)インカ族の貴族であり、トゥパク・アマル腹心の家臣。トゥパク・アマルの最も傍近い護衛官として常にトゥパク・アマルと共にあり、幾度と無く命を張って主を守ってきた。アンドレスの朋友ロレンソの恋人マルセラの叔父でもある。≪ジェロニモ≫(インカ軍)義勇兵としてインカ軍に参戦する黒人青年。20代半ば。スペイン人のもとから脱走してインカ軍に加わった。スペイン砦戦では多くの黒人兵を統率し、アンドレスの無謀な砦潜入作戦の完遂を補佐。身体能力が高く、明朗な性格で、ムードメーカー的存在。これまでも陰になり日向になり、公私に渡って、アンドレスを支えてきた。≪ペドロ≫(インカ軍)インカ軍のビルカパサ隊に属する歩兵。此度のアンドレスの旅の同行者の一人。20代後半の若さながらも郷里には妻がおり、息子思いの父でもある。≪ヨハン≫(スペイン軍)スペイン軍の歩兵。20代半ば。偶然的な事情から、此度のアンドレスの旅に同行することになった。スペイン人らしい端正な風貌な持ち主で戦闘力もありそうだが、性格は傍若無人なところがあり、掴みどころが無い。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!にほんブログ村(1日1回有効) (1日1回有効)
2020.03.09
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「そなたが、ヨハン・エルナンデス殿か」礼を込めた声音でそう言って、トゥパク・アマルが柔和な眼差しを注ぐ。その視線の先では、にわかに周囲の注目が己に集中しだしたことに、あからさまに嫌悪感を滲ませているヨハンの仏頂面があった。だが、そのふてくされた表情や態度とは裏腹に、こうして清々しい早朝の屋外で見るヨハンは、スペイン人特有のなかなか人目を惹く雰囲気を持っていた。年の頃はジェロニモと同じ20代半ば位と見て取れ、一方、身長は長身のアンドレスと並ぶ程度に高く、体格も若い歩兵らしく良く鍛えられていて均整もとれている。戦闘の邪魔にならぬよう短くカットされた黒髪は少し巻き毛がかっていて、そのフサフサとした巻き髪が日焼けした浅黒い輪郭に華やかさを添え、さらに、彫深い整った相貌の中で鋭く光る瞳は透明感のある綺麗な藍色をしていた。(――あれ?ヨハンって、こんな感じのヤツだったっけ?治療場でヨハンとペドロがケンカ騒ぎを起こした時に何度か止めに入って会ってはいるけど、なんだか印象が違う気がする。あの薄暗い雑踏の中で見るのと、こうして広々とした外で見るのとでは、やっぱりずいぶん違うもんなんだなぁ)そんなふうに心の中で呟いているアンドレスの傍では、ペドロも同様の印象を抱いているようだった。ペドロは、切り揃えられた前髪の下から覗く黒々とした両の目を、しきりに瞬(しばたた)かせている。なにしろ、このヨハンとこれまで関わったことがあるのは、ここにいるメンバーの中では、アンドレスとペドロだけであったから――そのアンドレスとペドロさえも僅かな関わりしか無かったのだが――、他の皆は、当然、何の違和感も覚えている様子もなかった。もちろん、インカの民にとってさえ最高レベルの秘匿事項とされてきた「青き谷」へ赴く初のスペイン人ということで、トゥパク・アマルやビルカパサの視線は自ずと鋭さを含んではいるが、それでも、両者共、ヨハンに向ける眼差しは常のごとく極めて平静で包容力にも満ちている。ジェロニモなど、いつも通りの親しみ深い笑顔全開で、今にもヨハンに飛びついて、ハグのひとつでもしそうな勢いである。しかし、そのような、ひとまず穏やかに保たれていた場の雰囲気も、突如、発せられたヨハンの次の一言によって、瞬時に打ち砕かれた。「ふうん。おまえが、あの悪名高いトゥパク・アマルか」馬の手綱をいじりながら、いかにも挑戦的な面持ちで言い放ったヨハンの言葉に、瞬間、その場の空気がフリーズする。誰もが耳を疑い、すぐには何が起こっているのかわからなかった。いや、確かに、ヨハンは、スペイン兵であるわけで、トゥパク・アマルは敵将には違いないのだが、とはいえ、この状況で開口一番に言う台詞なのか――!?アンドレスが思わず息を吞んでいる間にも、再び、ヨハンの刺々しい音声が早朝の静寂な草地に響き渡る。「おまえが、大逆罪を犯して、この国を大混乱に陥れた張本人か。まさか直に会える日が来るとは思わなかったぜ」トゥパク・アマル本人をすぐ面前にして、臆する様子も無く言い切ったヨハンの挑発的な形相には、大胆不敵にも不遜な笑みさえ浮かんでいる。「おまっ……!」やっとアンドレスが反応し、ヨハンの方に大きく踏み出しかけた時には、だが、早くもペドロの厳(いか)つい全身が、巨大な野猪かと見紛うばかりの勢いで猛然とヨハンに殴りかかっていた。「貴様ァッッッ!!トゥパク・アマル様に、なんたる無礼な!!!」かたやヨハンは、猪突猛進してきたペドロの火の玉のような鉄拳を、ヒョイっとばかりに、軽く半身を捻ってあっさりかわした。それから、チーッ、と長々しく舌を鳴らして、口端を吊り上げる。「おい、おまえ、そんな愚鈍な動きで、よく戦場になんか出ていたな。あー、けど、そうそう。おまえ、治療場でのケンカも弱かったもんなぁ」完全に小馬鹿にしたヨハンの言い草に、ペドロが「ギ―――ッ!!!!!」と、いよいよ野獣のような咆哮(ほうこう)を上げる。(うわっ、治療場の時と同じパターンが……!)アンドレスが咄嗟(とっさ)に二人の間に割って入ろうとするも、ジェロニモの動きはさらに早かった。「マァマァ、二人とも~っ!ケンカなら、今慌てなくても、これからいくらでもできるんじゃないかナ~っ」彼は、お得意のニコニコ顔で朗らかにそう言いつつも、ペドロのガッシリした肩を大きく抱きかかえ、さりげに彼の動きをしっかり封じている。そうされながらも、しばらく激しく鼻息を荒げていたペドロではあったが、トゥパク・アマルが己の方を穏やかに見つめ、瞳で頷く様子に気付くと、ハッと我を取り戻した。「もっ、申し訳ございません……!!陛下の御前で、こ、こ、こ、このようなお見苦しいところを……!」顔面蒼白になって、ひたすら平身低頭しているペドロに、トゥパク・アマルは、「いいや」と、優しい目をして首を振った。「ペドロ、わたしのために、ありがとう。そなたの忠義、しかと受け取ったぞ」「ハッ!!」ペドロの顔一杯に、たちどころに晴れやかな生気が甦る。それから、トゥパク・アマルは、今も炯々たる不敵な眼光を利かせているヨハンに、真っ直ぐ向き直った。「ヨハン殿、いかにも、わたしがトゥパク・アマルだ。――そなた、なかなか骨のありそうな人物と見た。ペドロの豪腕をかわした先ほどの身ごなしも、鮮やかであったぞ」おおらかな微笑を湛えて、むしろ感心したふうにそう述べ、「そなたの目から見てもそうであったろう?」と、ビルカパサの方にも同意をうかがう。「はっ、陛下の仰せの通りかと」ビルカパサが野太い声で短く答えた。そんなビルカパサの様子は相変わらず感情統制がいきとどいていて、全く真意は見えないが、その目つきには野性的な鋭利さが増している。そのような面々を一渡り見回してから、トゥパク・アマルが、最後にアンドレスに視線を落ち着けた。「アンドレス、そなたの旅の道行きの人選、なかなか面白いではないか」艶やかな声色でそう言って、トゥパク・アマルが包み込むような、それでいて少し悪戯っぽいようにも見える笑みを浮かべる。他方、そんなトゥパク・アマルの表情を見上げるアンドレスは、「はぁ…、そう仰って頂ければ幸甚ですが……」と微妙めな口調で応じつつ、心の奥底では深々と溜息をついていた。(この旅、っていうか、このメンバー、予想以上に前途多難なんじゃ……。なんたってヨハンが…、こんなヤバそうなヤツだったなんて知らなかったぞ?――けど、こんな妙なヤツを砦の中に放置しとくよりはマシか。うん、そうだな、そう思うことにしよう……!)【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。 「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪アンドレス≫(インカ軍)トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年。 剣術の達人であり、若くしてインカ軍を統率する立場にある。スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。英国艦隊及びスペイン軍との決戦において、沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて副指揮官を務めていたが、急遽、トゥパク・アマルの密命を帯びて旅立つことになった。≪ビルカパサ≫(インカ軍)インカ族の貴族であり、トゥパク・アマル腹心の家臣。トゥパク・アマルの最も傍近い護衛官として常にトゥパク・アマルと共にあり、幾度と無く命を張って主を守ってきた。アンドレスの朋友ロレンソの恋人マルセラの叔父でもある。≪ジェロニモ≫(インカ軍)義勇兵としてインカ軍に参戦する黒人青年。20代半ば。スペイン人のもとから脱走してインカ軍に加わった。スペイン砦戦では多くの黒人兵を統率し、アンドレスの無謀な砦潜入作戦の完遂を補佐。身体能力が高く、明朗な性格で、ムードメーカー的存在。これまでも陰になり日向になり、公私に渡って、アンドレスを支えてきた。≪ペドロ≫(インカ軍)インカ軍のビルカパサ隊に属する歩兵。此度のアンドレスの旅の同行者の一人。20代後半の若さながらも郷里には妻がおり、息子思いの父でもある。≪ヨハン≫(スペイン軍)スペイン軍の歩兵。20代半ば。偶然的な事情から、此度のアンドレスの旅に同行することになった。スペイン人らしい端正な風貌な持ち主で戦闘力もありそうだが、性格は傍若無人なところがあり、掴みどころが無い。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!にほんブログ村(1日1回有効) (1日1回有効)
2020.02.23
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「トゥパク・アマル様、もしかして、わざわざ見送りに来てくださったんですか?」アンドレスが頬を上気させて問いかけている背後では、ジェロニモもペドロも歓喜と緊張の入り交じった表情で居住まいを正し、そして、さすがのヨハンも反射的に姿勢を正していた。「わたしの頼みで、そなたたちに困難な長旅を強いているのだ。見送りぐらいさせてもらわなければな」旅立つ四人に順に視線を送りながら、トゥパク・アマルが微笑んだ。「困難な旅を強いるだなんて、とんでもありません。トゥパク・アマル様が我々に任務を言い渡すのは当然です。それに、陛下のご命令は、インカ軍全体の、いえ、この国全体のことを深くお考えになってのことだってよく分かってますから、そのために役立てることを俺たちは誇りに思っているんです」凛々しい笑顔で明るく答えたアンドレスの背後では、ジェロニモとペドロも、うんうん!!と、力強く頷いて同意を示している。そんな面々に向かって、研ぎ澄まされた切れ長の目元を細め、トゥパク・アマルが、真心を込めた口調で応じる。「ありがとう。そなたたちを頼りにしているぞ」「お任せください!」そう力強く答えて、真っ直ぐトゥパク・アマルの双眸(そうぼう)を見上げたアンドレスの胸中に、不意に、また別の思いがよぎっていく。(夕べのトゥパク・アマル様とアレッチェの二人だけの話し合い、どうだったんだろう?ずいぶん、じっくり話し込んでいたみたいだったけど)アンドレスの脳裏に、昨夜、中庭から目にしたアレッチェの居室の窓明かりが甦る。とはいえ、表情も態度も、いつもと変わらぬ沈着そのもののトゥパク・アマルの様子からは、何も読み取ることはできなかった。(まさか、こんな、みんなのいるところで余計なことを聞くわけにはいかないし)しかし、言葉を交わさずとも、そのようなアンドレスの心の内を見通しているかのように、トゥパク・アマルは相手の瞳の奥深くを見つめて、「アンドレス、頼んだぞ」と、今一度、噛み締めるように言う。「はっ!!」トゥパク・アマルの思いを受け取ったような感覚が突き上げ、力いっぱい返事をしたアンドレスに、トゥパク・アマルも「うむ」と深く頷いて、笑みを見せた。それから、その視線を、ジェロニモとペドロの方に動かしていく。黒人青年ジェロニモは、昨夜も出会っており既に面識があるためか、すっかり長年の友人かのような人懐こい笑顔をニコニコとこちらに向けている。インカ族の者たちは、この時代にあっても、トゥパク・アマルを“インカ皇帝”と見なし、それゆえ、深い敬愛は寄せてくれてはいても、実際に接する時には一線を引いた態度であることが殆どである。それだけに、この屈託のないジェロニモの笑顔は、トゥパク・アマルの心を和ませた。そして、その隣では、リッラックスしきったジェロニモとは対照的に、インカ兵のペドロがコチコチに緊張して直立不動になりながら、感極まった表情を浮かべた顔を耳まで赤く染めている。本来はビルカパサ隊の歩兵に属するペドロにとっては、まさかこのようなかたちで、トゥパク・アマルと、これほど近くで直に会うことがあろうとは、夢にも思っていなかったことであろう。年齢的には20歳をすぎたばかりのアンドレスに対して、ジェロニモが20代半ばで少し年上であり、ペドロはさらに年上の20代後半で郷里には既に妻子もいると聞く。確かに、このペドロは20代の若さとはいえ一家の主らしい落ち着いた雰囲気の持ち主で、中肉中背のどっしりとした体格も、縁の下の力持ち的な頼もし気な印象を醸し出していた。その風貌は素朴で、伝統的なインカ族の成人男性らしく直毛の黒髪を背まで垂らし、おかっぱのように切り揃えられた前髪の下では生き生きとした黒い瞳が輝いている。実直そうで、同時に、内なる闘志も秘めたような、力強い眼差しの持ち主でもある。そのようなペドロとジェロニモを交互に見つめながら、篤い誠意を宿したトゥパク・アマルの声が言う。「ジェロニモ、ペドロ、いろいろ苦難も多かろう旅の道行きに巻き込んでしまって、かたじけない。なれど、この任務は、今後の我らの運命を左右する大事なものなのだ。しかと頼んだぞ」「はいっ!」「ハッ!!」夜明け間近の微光を帯びた天高く、明るいジェロニモの声と逞しいペドロの声が同時に響き、トゥパク・アマルと、そして、傍で見守るビルカパサも、頼もし気に眦(まなじり)を細めた。それから、さらに、トゥパク・アマルは、彼らの集団から距離を隔てたところで、ひどく居心地悪そうに馬の手綱を弄(もてあそ)んでいるスペイン兵のヨハンへと視線を向けていく。【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。 「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪アンドレス≫(インカ軍)トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年。 剣術の達人であり、若くしてインカ軍を統率する立場にある。スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。英国艦隊及びスペイン軍との決戦において、沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて副指揮官を務めていたが、急遽、トゥパク・アマルの密命を帯びて旅立つことになった。≪ビルカパサ≫(インカ軍)インカ族の貴族であり、トゥパク・アマル腹心の家臣。トゥパク・アマルの最も傍近い護衛官として常にトゥパク・アマルと共にあり、幾度と無く命を張って主を守ってきた。アンドレスの朋友ロレンソの恋人マルセラの叔父でもある。≪ジェロニモ≫(インカ軍)義勇兵としてインカ軍に参戦する黒人青年。スペイン人のもとから脱走してインカ軍に加わった。スペイン砦戦では多くの黒人兵を統率し、アンドレスの無謀な砦潜入作戦の完遂を補佐。身体能力が高く、明朗な性格で、ムードメーカー的存在。これまでも陰になり日向になり、公私に渡って、アンドレスを支えてきた。≪ペドロ≫(インカ軍)インカ軍のビルカパサ隊に属する歩兵。此度のアンドレスの旅の同行者の一人。20代後半の若さながらも郷里には妻がおり、息子思いの父でもある。≪ヨハン≫(スペイン軍)スペイン軍の歩兵。偶然的な事情から、此度のアンドレスの旅に同行することになった(詳細は今後の展開にて)。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!にほんブログ村(1日1回有効) (1日1回有効)
2020.02.09
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遅ればせながら、明けましておめでとうございます!昨年も『コンドルの系譜』をお読みくださいまして、本当にありがとうございました。励みになるコメントや応援をしてくださいました皆さまには、重ねて深くお礼申し上げます。今月は仕事の関係でかなりバタバタしそうなため、恐縮ながら年初の更新は少し先になりそうなのですが、今月中には再開したいと思っております。いつも勝手なペースで、本当に申し訳ございませんm(_ _)mただ、私の中で構想しているストーリーの今後の展開が、かなりまだ先がいろいろあって長いので……(焦)、本気でせっせと書き進めないといけないなぁとも思っております。トゥパク・アマルの反乱の行く末とアンドレスの今回の旅と、読者さまのご想像の通り、こちらはリンクしてくるものなのですが、当面は両方をそれぞれに並行して書き進めていくことになりそうです。どうか今年も引き続きトゥパク・アマルやアンドレスたちを温かくお見守り頂けましたら幸いです。全ての皆さまにとりまして、今年がますます可能性に満ち溢れた素晴らしい年となりますよう心よりお祈りいたします。今年もどうぞよろしくお願いいたします!
2020.01.05
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翌朝――。アンドレスたち一行の旅立ちの日である。まだ夜明け前の初夏の早朝は、冷え込みも厳しい。濃紺から澄んだ藍色へと移りゆく空の下、アンドレス、ジェロニモ、ペドロ、ヨハン、そして、彼らを見送るビルカパサの姿があった。今回のアンドレスたちの旅は、インカ族の者たちの間でも知られていない秘境――インカ帝国が栄えていた黄金時代から、インカ皇帝本人や一部の神官たちだけに知られてきた特別な場所――が目的地であったから、インカ軍の兵たちにも明かされてはいなかった。そのため、出立の時刻も、このような人目につかぬ頃合いが選ばれたのだった。旅立つアンドレスたち四人は、旅の道中、どこで出くわすか分からぬスペイン兵たちの目をくらますために、インカ族の庶民の一般的な旅装束に扮している。というのも、旅の目的地である秘密のその場所は、トゥパク・アマルの話によれば、前人未到の山岳地帯にあるらしいのだが、しかし、入山するまでの道程では、スペイン人たちも行き交う街道や町なども通過していくことになりそうだからである。なにしろ、スペイン軍幹部によって、トゥパク・アマルはもちろんのこと、アンドレスにも莫大な賞金が懸けられていたから、彼を捕えて大金を我が物にしたいと手ぐすね引いているスペイン人たちが、兵士である無しにかかわらず、ペルー副王領やラ・プラタ副王領の隅々までひしめいているのである。旅の道中、そのような者たちに決してアンドレス本人や関係人物であることを悟られぬよう、細心の注意を払わなければならない。そんなわけで、アンドレスたちの今回の服装といえば、外見上はインカ族の貧しい平民たちのものではあるのだが、実際には、厳しい旅の最中でも持ち堪えられるよう、ひときわ耐久性や保温性に富んだものとなっていた。例えば、見た目は簡素ではあるもののリャマの毛でしっかり織り込まれた厚布製のシャツとベストに、色褪(あ)せてはいるが頑丈な登山用ズボン、そして、その上には質素ながらも丈夫な毛織の長ポンチョ、頭には顔をかくすためのつば付きの帽子、さらに、革製の登山靴といったいでたちである。ちなみに、この長ポンチョは、くるまれば寝袋がわりにもなるし、もちろん、ポンチョの下には、敵襲や野獣から身を守るための各自の得意とする武器も携えている。砦の門前からしばし離れたところで、アンドレスは帽子のつばを引き上げ、ビルカパサの方に引き締まった笑顔を振り向けた。「ビルカパサ殿、今回の旅支度もすっかりお世話になってしまい、かたじけなく思います。おかげで、我々四人共、予定通り、無事に出発することができそうです」アンドレスは愛馬の手綱を引きながら、ビルカパサに深く礼を払った。そのような彼に倣(なら)うようにして、少し後ろを歩んでいた黒人青年ジェロニモとインカ兵のペドロも、ビルカパサに丁寧な礼を払う。かたや、そんな三人から距離をとって、いかにも気が重そうに馬を引っ張っているスペイン兵のヨハンは、かたちだけチラリとビルカパサに目礼らしきものを投げ、すぐまた仏頂面を前方に向けた。そうした中、ビルカパサは、「なんのなんの、当然のことです」と、逞しい笑みで応じつつ、旅立つ者たちに温かい眼差しを送っている。元々、指揮官として戦場を馬で馳せていたアンドレスを除けば、ジェロニモもペドロも、そして、スペイン兵のヨハンも、皆、本来の所属は歩兵である。歩兵とはいえ、臨機応変に様々な任務遂行を求められる厳しい戦況をくぐり抜けてきた彼らは、三人とも、それなりに乗馬も心得てはいた。とはいえ、アンドレス以外は自分専用の馬がいるというわけではなかったので、今、彼以外の三人が手綱を握っているのは、体格面からも性格面からも、この過酷な長旅に耐えられそうな個体を、ビルカパサが吟味して厳選した馬たちであった。それらの立派な黒馬たちに鋭い視線を馳せてから、ビルカパサが旅立つ面々に改めて向き直って言う。「この馬たちの技量に問題は無いはずなんですが、アンドレス様をはじめ、ペドロ、ジェロニモ、そして、ヨハン殿も、皆、そのような服装ですから、馬ばかりがあまり目立っては、かえって危険かと……。ですので、念のため、馬たちにも農耕馬用の恰好をさせています。ご覧の通り、鞍(くら)も木材や布製の使い古したもので、一見、いかにも硬くて乗りにくそうで、無骨ではありますが。ですが、見かけとは違って、長距離を走っても難は無いよう設計されておりますから、どうかご安心ください」「ビルカパサ殿、本当に、何から何まで恩に着ます。それに、もし木の鞍で多少の乗り心地の悪さが出てきたとしても、実際には、馬で移動できる距離は限られていますので。なにしろ、旅の道程の多くを締めるのは山岳地帯なので、そこは、もう自分たちの足で行くしかないですから。入山の起点となる麓(ふもと)までは、馬の力を借りますが」礼を込めた眼差しで溌剌(はつらつ)と答えたアンドレスを見つめながら、「さようでございますな」と、ビルカパサも鷲鼻のきわだつ精悍な顔を頷かせた。「道中、どうかくれぐれもお気を付けて。アンドレス様たちが馬を置いて山岳地帯に入る際の、馬の預け先も打ち合わせ通りで」「はい、承知しています。ビルカパサ殿、何もかも、本当にありがとうございます!それでは、そろそろ俺たちは出立を――」そう言いかけて、前方に向き直りかけたアンドレスが、ハッ、と澄んだ琥珀色の瞳を大きく見開いた。ビルカパサの背後にそびえる砦の方角から、明け方の藍紫色(らんししょく)の空を背景に、トゥパク・アマルの長身のシルエットが、こちらに向かってくるのが見えたからだった。【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。 「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪アンドレス≫(インカ軍)トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年。 剣術の達人であり、若くしてインカ軍を統率する立場にある。スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。英国艦隊及びスペイン軍との決戦において、沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて副指揮官を務めていたが、急遽、トゥパク・アマルの密命を帯びて旅立つことになった。≪ビルカパサ≫(インカ軍)インカ族の貴族であり、トゥパク・アマル腹心の家臣。トゥパク・アマルの最も傍近い護衛官として常にトゥパク・アマルと共にあり、幾度と無く命を張って主を守ってきた。アンドレスの朋友ロレンソの恋人マルセラの叔父でもある。≪ジェロニモ≫(インカ軍)義勇兵としてインカ軍に参戦する黒人青年。スペイン人のもとから脱走してインカ軍に加わった。スペイン砦戦では多くの黒人兵を統率し、アンドレスの無謀な砦潜入作戦の完遂を補佐。身体能力が高く、明朗な性格で、ムードメーカー的存在。これまでも陰になり日向になり、公私に渡って、アンドレスを支えてきた。≪ペドロ≫(インカ軍)インカ軍のビルカパサ隊に属する歩兵。此度のアンドレスの旅の同行者の一人(詳細は今後の展開にて)。≪ヨハン≫(スペイン軍)スペイン軍の歩兵。偶然的な事情から、此度のアンドレスの旅に同行することになった(詳細は今後の展開にて)。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!にほんブログ村(1日1回有効) (1日1回有効)
2019.12.09
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「そなたの身柄と引き換えに、捕虜として囚われているインカ軍の兵たちの解放を、副王に願い出るつもりだ」「な…に……?このわたしを、あの虫けら同然の捕虜どもと交換だと?……ッざけるな!!わたしの命は、そんなに安いのか!?」猛然と怒声を張ったアレッチェの形相は、包帯に覆われていながらも、その額にメリメリと青筋が立っているのが見えるかのようである。瞬時に沸点まで達して猛烈に激昂しているアレッチェだが、しかし、対するトゥパク・アマルの方も、にわかに眉を吊り上げ、ピシャリと言い放つ。「インカ族、混血児、黒人、クリオーリョなど、インカ軍に加わって戦いに臨んだ多くの者たちが、スペイン軍に囚われ、長期間に渡り、過酷な環境下で捕虜とされ続けている。捕虜とされた人々の中には、義勇兵として加わっていた女性たちや高齢な者も少なくない。いや、わたしなどよりも、そなた自身の方が、よほど捕えた兵たちの実態を詳細に知っていよう。彼らは、戦場で傷つきながらも、まともな治療も施されず、命を落とす者も後を絶たぬという。それどころか、囚われの者たちは、今も血生臭い暗黒の獄中で拷問の責め苦に苛(さいな)まれているのだ。その者たちの命を軽んずるような発言は、今のそなたとて、断じて聞き捨てならぬ」「ククク…なるほど、そういうことか――」「何がおかしい?」「いや、なに、やっと謎が解けたと思ってな」「謎?」やや困惑気味に己を見つめるトゥパク・アマルの視線の先で、アレッチェは包帯下の口端を歪め、呪わし気な冷笑を続けている。「クク……だって、そうであろう?おまえも、従軍医も、あの小娘も、敵(かたき)であるはずのわたしを妙に熱心に回復させようとしているのが、不審でならなかったのだ。だが、これで、よく分かった。おまえが副王に捕虜どもの解放を要求するにしても、その交換条件として差し出したいわたしが、身動きひとつままならぬ上、このような目も当てられぬ姿形では、さぞや不都合であろうからな。もはや、なんの使い物にもならぬわたしなどでは、副王とて、捕虜の交換になぞ応じてはくれまい。だから、おまえたちは、あれこれとずいぶん手をこまねいて、わたしを治そうとしてきたわけだ」この上無いほど皮相な口ぶりで、そう豪語したかと見るや、アレッチェはゴロリと大きく寝返りを打ち、そのまま全身ごと壁に向き直った。そんな相手の包帯巻きの背を、トゥパク・アマルは、ハッと息詰めて見つめる。「そうではないのだ、アレッチェ殿。確かに、そなたの言うような意図が全く無いとは言えないが、そなたに回復してほしい真の理由はそのようなことではないのだ。いや、そもそも、そなたの回復を願う気持ちに理由など必要あろうか?そなたが、そなた本来の健康で強靭な肉体と晴れやかな心を取り戻してほしいと、ただ、純粋にそう願っているだけだ。それは、わたしだけでなく、従軍医も、コイユールも、同じであろうと思う」しかし、完全に背を向けてしまったアレッチェと、己との間には、いよいよ分厚い鉄壁が立ちはだかってしまったかのようで、トゥパク・アマルもそれ以上は言葉を呑まざるを得なかった。これまで以上に、さらに距離が遠く隔たってしまったかのような冷え冷えとした心持ちで、トゥパク・アマルは唇を噛み締める。それから、悲しげな面持ちで、静かに席を立った。「長居して、誠にすまなかった。また話そう。おやすみ、アレッチェ殿」【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪ホセ・アントニオ・アレッチェ≫(スペイン軍)植民地ペルーの行政を監督するためにスペインから派遣されたエリート高官(全権植民地巡察官)で、植民地支配における多大な権力を有する。ペルー副王領の反乱軍討伐隊の総指揮官として、反乱鎮圧の総責任者をつとめる。有能だが、プライドが高く、偏見の強い冷酷無比な人物。名実共に、トゥパク・アマルの宿敵である。トゥパク・アマルに暴行を加えていた際の発火によって大火傷を負い、その現場である砦を占拠したインカ軍の元で治療を受けている。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!にほんブログ村(1日1回有効) (1日1回有効)
2019.11.25
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「――アレッチェ殿」トゥパク・アマルは去りかけていた足を止めて、こちらを振り向いた。「これは失礼をした。なんなりと聞いてくれ」今一度、寝台横の椅子に戻ったトゥパク・アマルを、アレッチェの闇色の瞳が包帯の隙間から探るように見据えている。「ならば、単刀直入に聞く。このわたしをどうするつもりだ?治療方針のことではなく、わたしの処遇をどうするつもりか、という意味だ」その問いに、トゥパク・アマルは、微かに切れ長の目元を細め、思慮深い面持ちを引き締めた。それから、ゆっくり顎を引き、温情のこもった声音で答える。「そうであったな。そのことこそ、伝えておかねばならなかった。そなたが、そのことを知っておきたいのは当然だからな」「持って回った前口上はいらん。さっさと結論を言え」「この国のスペインによる植民地支配を終わらせ、独立国家としての基盤を再建していくために、そなたには、副王とわたしとの間を取り持つ架け橋となってほしいのだ。もちろん、そなたが十分に回復をとげてからのことではあるが。この国には、今や、インカ族だけでなく、スペイン本国渡来のスペイン人、クリオーリョ(植民地生まれのスペイン人)、混血児、黒人など多様な人種が暮らしている。そのような状況下で、かつて、この地にインカ帝国が栄えていたからといって、この時代においても、この国にはインカ族の者しか暮らしてはいけないなどとは微塵も思っていない。なれど、この先もスペイン人がこの国に暮らし続ける自由があることと、スペイン本国の支配を受け続けることとは、全く別のこと。よって、この国が独立国家として再び生まれ変わり、その上で、多様な人種が共存していくことのできる社会システムを構築していくために、そなたには是非とも力を貸してほしいのだ」きわめて真面目な口調で誠意を込めて語るトゥパク・アマルの面前で、対するアレッチェは、「はぁっ!?」とばかりに、カッと見開いた両の目をギョロつかせた。「何を寝ぼけたことを言っている?未だに、おまえは、そのようなことを考えているのか?そもそも“この国”とおまえは言うが、ペルー副王領は“国”などではない。この植民地は、スペイン本国に対して従属的地位にある“領土”にすぎぬ。たかだか、おまえたちがこの砦を手中に収めたぐらいで、その事実に全く揺るぎはない。植民地支配を終わらせるだの、独立国家としての基盤を再建するだの、あまりに現実離れした話で、おまえの正気を本気で疑いたくなる。第一、なぜわたしが、副王とおまえの間でパシリのような役をしなければならんのだ。話しにならん」アレッチェは、心底、辟易したというふうに、露骨に盛大な溜息を吐き出した。が、トゥパク・アマルも、そんなアレッチェの様子にほとほと困ったとばかりに、大袈裟に腕組みをして、直角に首をかしげてみせる。「さようか。ふむ。さて、では、そなたをどうしたものか?」「お…まえ、ふざけるなよ?――ああ、そうであった。ご寛大なインカ族の首領様によれば、この砦に囲った兵は捕虜ではないのだったよな。それでは、わたしも一通り回復したら、野に解き放ってくれるということか?」包帯の下からアレッチェのくぐもった忍び笑いが響き、それは悪寒を誘うほどひどく毒々しい。一方、トゥパク・アマルは、また、そこを言ってくるのだね、というふうに僅かに眦(まなじり)を上げて、それから、つとめて真摯な口調で噛み締めるように言う。「そなただけは、別だ。すまぬ――」「この偽善者めッ!!」吐き捨てるように、アレッチェががなった。そして、さらに憎々し気に語気を荒げる。「それで?結局、このわたしを、どうするつもりだ?」いよいよ張り詰めた空気の中、トゥパク・アマルの艶やかな低音が、厳粛さを増した口調で応じる。「では、もっと具体的に答えよう」「早く言え!!」【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪ホセ・アントニオ・アレッチェ≫(スペイン軍)植民地ペルーの行政を監督するためにスペインから派遣されたエリート高官(全権植民地巡察官)で、植民地支配における多大な権力を有する。ペルー副王領の反乱軍討伐隊の総指揮官として、反乱鎮圧の総責任者をつとめる。有能だが、プライドが高く、偏見の強い冷酷無比な人物。名実共に、トゥパク・アマルの宿敵である。トゥパク・アマルに暴行を加えていた際の発火によって大火傷を負い、その現場である砦を占拠したインカ軍の元で治療を受けている。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!にほんブログ村(1日1回有効) (1日1回有効)
2019.11.11
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「この砦の周辺に広がる大地を耕し、長期間の療養が必要な負傷兵たちの食糧を自給自足できるようにしたいというのは偽りではない。この国を統(す)べる要職の一人として、そなたとて、見た目は荒野のようなこのアレキパ界隈の地が、実は、国内有数の肥沃な土地であることを知っていよう。そうした農園造りの作業を、インカ族だけでは手が足りぬため、スペイン人、黒人、英国人など、人種の壁を越えて共同で行いたいと希望しているにすぎぬ。そのために、そなたの麾下(きか)のスペイン兵たちにも協力を求めたいというだけのことだ」「そのような危険なことに関与させられる者など、一兵たりともおらぬ!」アレッチェは激しく語気を荒げ、噛みつくように怒声を張った。対するトゥパク・アマルもまた、鋭さを増した眼光と、揺るぎない沈着さは変わらない。「危険、とは?」「おまえがここでしようとしているそれは、言わば、多国籍混成のコロニーを生み出そうとしているに等しい。しかも、このような国内髄一の堅固な砦に庇護された地で、それをすると言う。そのようなことを単に負傷兵の食糧確保のための一時的な措置だなどと?そのような見え透いた言い訳が通ると思うのか?勝手に特区地域を設け、国家が築いたカースト(身分制度)を無視した生活共同体を創出するなどという行為が、この国の秩序をいかに乱すものか分かっておろうに。そのような犯罪行為に、わたしの兵を加担させることなど断じて許さぬ」そう言って包帯の隙間から睨(ね)めつけたアレッチェの炯々たる黒眼と、蒼い炎を宿したトゥパク・アマルの鋭利な視線とがぶつかり合う。張り詰めた緊張感の漲る居室の中に、これまで以上に重苦しい沈黙が訪れた。やがて、長い沈黙の後、痺れを切らしたように言葉を放ったのは、アレッチェの方だった。「――否定しないのだな?」それには反応を返さず、トゥパク・アマルは感情の見えない不動の面持ちで、同様に感情の見えない声で言う。「アレッチェ殿、そなたは、わたしがヨハン殿の件を願い出たとき、この砦のスペイン兵を自由にしてよいと言った」「おまえこそ、この砦に囲った兵は捕虜ではないと言い切ったではないか!」再び、二人の険しい視線が互いの瞳を貫き合う。が、ほどなく、トゥパク・アマルが、小さく溜息をついた。彼は、顔にかかった長髪を片手でかきあげながら、「すまぬ…」と、低く呻(うめ)く。「今宵は、もう少しそなたと打ちとけた話し合いをしたかったのだが、これでは、今までと何も変わらぬな。まだ重症の癒えぬそなたに、長時間負担をかけてしまったことも、心苦しく思う。話し合いは平行線のままではあるが……。それについては、日を改めて、また出直してくることにしよう」そう言い置いて、トゥパク・アマルが、椅子からスッと立ち上がる。「アレッチェ殿、治療中のそなたに、無理を強(し)いてすまなかった。その上で言うのもおこがましいが、くれぐれも御身を大事にされよ。そなたの回復のために、わたしも最善を尽くすつもりだ」寝台上のアレッチェに視線で礼を払い、緩やかに漆黒のマントを翻し、トゥパク・アマルが踵を返す。その刹那、彼の背に、アレッチェの硬く刺々しい声が突き刺さった。「待て。自分の言いたいことだけ散々ぶちまけて、終(しま)いにするつもりか?わたしからも、おまえに聞きたいことがある」【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪ホセ・アントニオ・アレッチェ≫(スペイン軍)植民地ペルーの行政を監督するためにスペインから派遣されたエリート高官(全権植民地巡察官)で、植民地支配における多大な権力を有する。ペルー副王領の反乱軍討伐隊の総指揮官として、反乱鎮圧の総責任者をつとめる。有能だが、プライドが高く、偏見の強い冷酷無比な人物。名実共に、トゥパク・アマルの宿敵である。トゥパク・アマルに暴行を加えていた際の発火によって大火傷を負い、その現場である砦を占拠したインカ軍の元で治療を受けている。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!にほんブログ村(1日1回有効) (1日1回有効)
2019.10.31
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「それは、先ほど伝えた通り、負傷兵たちの食糧確保の手助けをしてくれる者たちが必要だからだ」「そのような建前のことなど聞いていない。何を企(たくら)んでいるのかと聞いている」アレッチェの有無を言わさぬ厳然たる尋問口調は、完全に全権植民地巡察官のそれであり、そこが病室であることを忘れそうになる。トゥパク・アマルは、瞼を僅かに伏せ、まだ少し冷水の残っている手元のグラスを机上に戻した。全てを見通していながら自白を迫るかのような、己に対するアレッチェのあからさまな高圧的態度は、「断罪者」と「大罪人」という構図を敢えて浮き彫りにしようとしているのだと分かる。それは、「植民地の秩序と平和を守るために、反乱鎮圧という王命を帯びた全権植民地巡察官」と、「前代未聞の大規模反乱という暴挙に出て、国中を恐怖と無秩序に陥れた大謀反人」という構図である。しかし、その「秩序と平和を守る」ために副王ハウレギや全権植民地巡察官たるアレッチェが実際におこなってきたことは、インカの民や黒人たちから血の最後の一滴まで絞り取るに等しい搾取と虐待であった。“血の最後の一滴まで絞り取るに等しい搾取と虐待”――それが文字通りの事実であって、単なる比喩的な表現ではないことは、インカ帝国が征服されてからの甚だしい人口減を見れば一目瞭然である。インカ帝国時代には1000万人を越えていた民の人口は、今や100万人もやっとという激減ぶりであった。ほぼ生きては戻れぬ劣悪条件下での強制重労働、骨の髄まで搾り取る常軌を逸した重税、人を人と思わぬ奴隷化した非人道的扱い、さらには、ヨーロッパからもたらされた天然痘やはしか、インフルエンザなどによって、想像を絶する人命が奪われてきたのだ。もちろん、そうした状況を生み出したのは、現在の副王やアレッチェだけではない。インカ帝国が侵略され、スペインの支配下に置かれてから、この約250年間、延々と続いてきたことである。だが、今ここで、再び、そのようなことを言い合ったところで、互いの間にある溝は、ますます深まるばかりであろう。トゥパク・アマルは、アレッチェに気付かれぬよう、己の心を鎮めようと深く息を吸い込んだ。かたや、アレッチェは、強度の苛立ちを隠そうともせず、ますます傲慢な口ぶりで、執拗に詰問を続けてくる。「トゥパク・アマル、なぜ黙っている?おまえは、どれだけわたしを苛立たせれば気が済むのだ?やはり、やましい策謀があるからか?」「そのようなものはない」感情を排したトゥパク・アマルの低音が、無機質に響く。それから、彼は、伏し目がちだった瞳を再び決然と上げていく。【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪ホセ・アントニオ・アレッチェ≫(スペイン軍)植民地ペルーの行政を監督するためにスペインから派遣されたエリート高官(全権植民地巡察官)で、植民地支配における多大な権力を有する。ペルー副王領の反乱軍討伐隊の総指揮官として、反乱鎮圧の総責任者をつとめる。有能だが、プライドが高く、偏見の強い冷酷無比な人物。名実共に、トゥパク・アマルの宿敵である。トゥパク・アマルに暴行を加えていた際の発火によって大火傷を負い、その現場である砦を占拠したインカ軍の元で治療を受けている。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!にほんブログ村(1日1回有効) (1日1回有効)
2019.10.15
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「当然ながら、この砦にある食糧には限りがある。多国籍の多くの負傷兵が参集して大所帯の当砦では、いかに充実した食料庫を保有しているとはいえ、いずれ底をつくのは時間の問題であろう。かと言って、近隣の農民たちから農作物を買い取るにしても、民が供出できるものには限りがある。戦乱が長引いて疲弊している民に、これ以上、いらぬ負担をかけたくはない。となれば、この砦内にあるだけでは賄(まかな)いきれぬ食糧をいかに調達するかを考えていかねばならぬ」他方、かみしめるように語るトゥパク・アマルの言葉など、まるで聞こえていないかのような素振りで、アレッチェは相手の手から冷水のグラスを毟り取った。そして、自ら僅かに身を起こし、それを一気に喉に流し込む。それから、またドサリと寝台上に体を投げだした。そんなアレッチェの手元から、まるで看護師のような器用な手つきで、トゥパク・アマルが空(から)のグラスを受け取る。「もっと飲むかね?」彼の問いかけに、アレッチェは外方(そっぽ)を向いたまま、鬱陶しそうに片手を振った。その様子に、空のグラスを机上に戻すと、トゥパク・アマル自身も己のグラスに唇を触れる。やがて少しの静寂の後、トゥパク・アマルが、再び語りはじめた。「さて、話の続きだが、食糧確保のためには、いくつかの方法がある。幸い、この砦は、正面は大海原に、裏手は広大な荒野に面している。ゆえに、海に漁に出ることもできるし、荒野を開拓すれば農地に変えることもできよう。実は、今、砦の麓に広大な農園を造成中なのだ」「――農園だと?このような時に、そんな時間も労力もかかる悠長なことを始めているのか?」不意に、アレッチェが、こちらに首を振り向けた。その黒眼が鋭利な閃光を放ち、ありありと不審の色を強めて、トゥパク・アマルを斜め下から藪睨みする。そのような相手の反応を沈着な面持ちで受け留めながら、トゥパク・アマルが、ゆっくり顎を引いた。「さよう。この砦の周囲に広がる荒野を耕し、長期間の療養が必要な負傷兵たちのために、食糧を自給自足できるようにしたいのだ。しかも、それを迅速さをもっておこなわねばならぬ。もちろん、それらを成し遂げるのは容易ではなかろうが、かといって、必ずしも不可能ではなかろう。この砦の屋根の下にいる者の多くは、健康体の者も負傷者たちも、かつては戦場を馳せていた屈強な戦士たち。そのような者たちが大勢で力を合わせれば、最速で未開拓地を開墾することも不可能ではないはずだ。とはいえ、そう簡単なことでもないことも、また事実。ゆえに、その耕作を手助けしてくれる協力者が、なるべく多く必要なのだ。もちろん、インカ兵が主力となって開墾を進めているのだが、いかんせん人手が足りぬ。それらをインカ兵と力を合わせておこなっても良いと言ってくれるスペイン兵がいてくれたなら、わたしとしても、最善の誠意をもって遇したいと考えている。それゆえ、回復した貴軍のスペイン兵たちに、当砦に残って協力してくれるよう声掛けし、その志願者を募っているところなのだ。当然ながら、強制ではないし、いつでも自由に立ち去ってかまわない。――と、回復した、そなたの軍の兵たちを一堂に集めて、今朝がた、ちょうどその話をしたところなのだよ。名乗りを上げる者が現れてくれるかは分からないが、そなたには報告しておかねばならぬと思っていたのだ。もし、ここに残ることを決断してくれるスペイン兵が現れてくれたなら、その者たちに不利益の生ずることの無きよう、わたしからそなたに事情をよく説明しておくと請け合ってしまったのでな。またも事後報告になってしまい、かたじけないのだが」そこまで伝えてから、トゥパク・アマルは相手の反応を推し量るようにして、言葉を切った。再び、長く重い沈黙が流れる。やがて、その重苦しい沈黙を破ったのは、アレッチェの方だった。「わざわざ回復した我が軍の兵を引きとめてまで、時宜(じぎ)に反した開墾に加担させる――。そのようなことをする、おまえの本当の目的は何だ?」不正を暴き立てるかのようなその口調は、研ぎたての刃物の如く鋭く、非常に威圧的である。【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪ホセ・アントニオ・アレッチェ≫(スペイン軍)植民地ペルーの行政を監督するためにスペインから派遣されたエリート高官(全権植民地巡察官)で、植民地支配における多大な権力を有する。ペルー副王領の反乱軍討伐隊の総指揮官として、反乱鎮圧の総責任者をつとめる。有能だが、プライドが高く、偏見の強い冷酷無比な人物。名実共に、トゥパク・アマルの宿敵である。トゥパク・アマルに暴行を加えていた際の発火によって大火傷を負い、その現場である砦を占拠したインカ軍の元で治療を受けている。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!にほんブログ村(1日1回有効) (1日1回有効)
2019.09.24
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「いろいろ話が多くて、かたじけない。なれど、このこともまた大切なことゆえ、聞いてほしい。先ほどから我々の話の中心である負傷兵たちだが、そなた自身もそうであるように、まだかなりの重傷者も少なくない。それは、スペイン兵も、英国兵も、黒人兵も、インカ兵も、状況は変わらない」「英国兵だと?まさか、英国兵まで、ここに運び込んでいるのか?」アレッチェが、瞬間、僅かに驚きを覗かせた。が、すぐに、うんざりだとばかりに包帯巻きの肩をすくめて、また舌打ちする。「自軍の艦(ふね)を撃ち抜いた砲台の下に庇護されているとは、英国兵も、さぞや忸怩(じくじ)たる思いであろうな」「そなたがいかように言おうとも、海上に生きながら浮遊し、あるいは、海岸に打ち上げられた息のある者を、そのまま放置などということはできぬ。いずれにしても、そうした多国籍混成の負傷兵たちを回復させるには、まだ時間も、治療や介抱にあたる人材も、そして、それらの者たちを養うための食糧等も必要だ」己の話を聞いているのかいないのか、イラついた手つきで包帯の上からガシガシと身体を掻(か)きだしたアレッチェの様子に、トゥパク・アマルは申し訳なさそうに言葉を切った。「――すまない、つい、話しが長くなってしまった。そなたは安静にせねばならぬ身だというのに」「ああ、その通りだ。おまえがそこにいるというだけで、全身の焼けつくような痒みがますます悪化してくる」いかにも忌々し気にそう吐き捨てたアレッチェの方へ、トゥパク・アマルが身を低めた。「すまぬ。ただ、わたしは、そなたに謝意を伝えておきたかったのだ。負傷兵の治療のために必要な医療品や食糧などの多くを、この砦内に備蓄されていたもので賄(まかな)わせてもらった。いや、倉庫の食糧は、負傷兵たちに限らず、いずれの兵にも供給させてもらったというのが本当のところではあるが」そう言って、丁寧な物腰で己の方に礼を払ったトゥパク・アマルを、アレッチェの闇色の瞳がギロリと睨(ね)めつけ、と同時に、勝ち誇ったように包帯下の口端を吊り上げる。「ほぅ、砦に囲った敵兵は捕虜ではないと言い切ったくせに、我が軍が大事に蓄えていた貴重な食糧や医薬品は公然と略奪か?」「まぁ、そう固いことを言うな。そなたの軍の兵たち全員のためにも有効活用しているのだから、良いではないか」「――……っ」殆ど弁明にもなっていないような台詞でトゥパク・アマルにあっさりと受けかわされ、アレッチェの喉元には反論の言葉がドッと押し寄せすぎて、またも絶句する。他方、トゥパク・アマルは、相手が言葉を発せずにいるのを好機とばかりに、話しの続きをさらに押し進めていく。「そろそろ、そなたを解放せねば、従軍医に叱られそうだが……。とはいえ、まだ話しておかねばならぬことが残っているのだ。もう少しだけ、つき合ってもらえれば、ありがたい」そう言って、トゥパク・アマルは、スッ、と優美な身ごなしで立ち上がると、机上の水差しから二つのグラスに冷水を注いだ。その一方をアレッチェの方に差し出しながら、また口を開く。【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪ホセ・アントニオ・アレッチェ≫(スペイン軍)植民地ペルーの行政を監督するためにスペインから派遣されたエリート高官(全権植民地巡察官)で、植民地支配における多大な権力を有する。ペルー副王領の反乱軍討伐隊の総指揮官として、反乱鎮圧の総責任者をつとめる。有能だが、プライドが高く、偏見の強い冷酷無比な人物。名実共に、トゥパク・アマルの宿敵である。トゥパク・アマルに暴行を加えていた際の発火によって大火傷を負い、その現場である砦を占拠したインカ軍の元で治療を受けている。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!にほんブログ村(1日1回有効) (1日1回有効)
2019.08.30
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「アレッチェ殿――」「それで?わざわざ治療して、そのおかげで回復したスペイン兵たちを、おまえはどうするのだっけ?ああ、そうそう、敵兵といえども、回復したら、釈放するのだったかな?それが、インカ帝国時代からの流儀だとか?結果、釈放されたスペイン兵は、スペイン軍本隊に戻り、また戦場に駆り出され、そしてまた負傷してインカ軍に治療され、再び釈放されて、スペイン軍に戻り、また戦場に駆り出される――。そうやって、おまえは、延々と戦さを長引かせてきたのだ。とどまることのない流血、そして、国中の大地は戦火で焼き尽くされ、田畑は荒廃し、民は露頭に迷う。その果てしない延々たる繰り返し。それが、今のこの国の現実だ。そして、その悲惨な現実をつくりだしている全ての元凶が、おまえなのだ。おまえたちインカ族が、昔から非常に好戦的な部族であったことは今さら言うまでもないが、トゥパク・アマル、おまえ自身も、どれだけ血を見るのが好きなのだ?」冷笑まじりに呪わし気に豪語するアレッチェの双眸は黄色味を帯びて炯々と光り、全身包帯巻きの姿とあいまって、怪物じみた面妖な凄みを増している。しかし、対するトゥパク・アマルは、不動の静寂な佇まいで、美しい眦(まなじり)を物思わし気に細め、ただ黙って、相手の罵声を受け留めている。それから、しばらくの後、憂いを帯びた慈愛の面差しで、誠意を込めて言う。「そなたの今の言葉は、少なからず歪曲的で、一面的な見方であるように、わたしには感じられる。なれど、敵味方の別なく、負傷した者は、治療して、解放するー―そうしたインカの父祖伝来のやり方を、そなたが熟知すようになってくれたことは、誠に嬉しいことだ。わたしは、我らインカのことを、その真(まこと)の姿や在りようを、そなたに、さらに知ってほしいと願っている。そして、わたし自身も、そなたたちスペイン人のことを、もっと深く知りたいのだ」「黙れ……!おぞましいことを」心底、汚らわしいとばかりに、地を這うようなアレッチェの声音が、強度の苛立ちを露わにして、トゥパク・アマルの言葉を一蹴する。そのような相手の様子にも、もう、すっかり慣れっこになってしまっているというふうに、トゥパク・アマルは、柔和な微笑みを湛えて、いっそう真摯さを増した眼差しで続けていく。「アレッチェ殿、そなたは、相変わらず我らインカ族に手厳しい。果たして、どうしたら、そなたを我らの方に振り向かせることができるのか」冗談めかしてそう言った己の言葉にアレッチェが絶句している間にも、さらにトゥパク・アマルが畳みかける。「実は、これから申すことも、折を見て、そなたに伝えておかねばと思っていたことなのだが」「……まだ、あるのか?」何十匹も苦虫を噛み潰したようなアレッチェの声が、居室の冷たい空気を軋ませる。【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪ホセ・アントニオ・アレッチェ≫(スペイン軍)植民地ペルーの行政を監督するためにスペインから派遣されたエリート高官(全権植民地巡察官)で、植民地支配における多大な権力を有する。ペルー副王領の反乱軍討伐隊の総指揮官として、反乱鎮圧の総責任者をつとめる。有能だが、プライドが高く、偏見の強い冷酷無比な人物。名実共に、トゥパク・アマルの宿敵である。トゥパク・アマルに暴行を加えていた際の発火によって大火傷を負い、その現場である砦を占拠したインカ軍の元で治療を受けている。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!にほんブログ村(1日1回有効) (1日1回有効)
2019.08.09
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己の投げかけた話題に、僅かながらも相手が反応を返してきたことに、トゥパク・アマルは目の色を和らげる。それからすぐに、申し訳なさそうに、まぶたを伏せた。「すまぬ。アンドレスの旅の行き先や、その目的については、今は、まだ言えぬのだ。その他の詳しいことも、まだ伝えられぬ。頼み事だけしておいて、しかるべき説明をせぬという非礼をどうか許してほしい。なれど、首尾よくいけば、そなたにとっても益することになるはずだ」「……どういうことだ?このわたしにも益することがある、だと?おまえの言っていることは、まるで分からぬ。持って回った言い方はやめろ」怒気を含んだアレッチェの険しい眼光が、再び見開かれたトゥパク・アマルの漆黒の瞳を貫いた。そんなアレッチェの視線を受け留め、ただ黙って微笑するトゥパク・アマルの面差しは、穏便に相手を宥(なだ)めているようでもあり、その一方で、妙に意味ありげな謎めいたものにも見える。暫しの静寂の後、トゥパク・アマルが、またゆっくりと口を開いた。「いずれにしても、もしヨハン殿の同行を許可して頂き、もし彼が無事に辿り着けたならば、かの地を踏みしめる最初のスペイン人となるであろう」「借り物の兵にもかかわらず、『もし無事に』辿り着けたならなどと……、ぬけぬけとよく言えたものだな」アレッチェは蔑(さげす)みに満ちた口調で、そう吐き捨て、チッと露骨に舌を鳴らす。そして、あからさまに目をそむけ、無感情に言い放った。「ヨハンであろうが、誰であろうが、勝手にしろ。どうせ、この砦に囲われているスペイン兵は、皆、おまえの捕虜だ」それに対して、トゥパク・アマルは、今に至っても未だそのような言い方をするのかというように少し眉根を寄せ、それから、静謐(せいひつ)ながらも厳然たる口調で応ずる。「まずは、ヨハン殿の件、了承して頂き感謝する。だが、今のそなたの言葉、一言、訂正させてもらいたい。わたしは砦に運び込まれたスペイン軍の負傷兵たちを捕虜などとは思っていない。スペイン兵であろと、英国兵であろうと、負傷して武器をとれぬ者たちは、もはや敵ではなく、同朋にも等しきひとりの人間だ。そうした者たちに治療を施すのは当然であろう?」「……――クッ、クッ、クッ。そう息巻くな。おまえのその言葉は、この反乱期を通して、聞き飽きるほど聞かされてきた。だからこそ、わたしも、おまえに何度も教えてやっているのだ。おまえのしていることは、取り返しがつかぬほど手ぬるい上に、致命的なほど愚かしいとな」【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪ホセ・アントニオ・アレッチェ≫(スペイン軍)植民地ペルーの行政を監督するためにスペインから派遣されたエリート高官(全権植民地巡察官)で、植民地支配における多大な権力を有する。ペルー副王領の反乱軍討伐隊の総指揮官として、反乱鎮圧の総責任者をつとめる。有能だが、プライドが高く、偏見の強い冷酷無比な人物。名実共に、トゥパク・アマルの宿敵である。トゥパク・アマルに暴行を加えていた際の発火によって大火傷を負い、その現場である砦を占拠したインカ軍の元で治療を受けている。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!にほんブログ村(1日1回有効) (1日1回有効)
2019.07.28
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(恐らく、公人としても、私人としても、孤高を貫いて生きてきたのであろう――)トゥパク・アマルは、眼前の敵将を見つめながら、胸の内で独りつぶやいた。公人としてのホセ・アントニオ・アレッチェ、つまり、全権植民地巡察官として、あるいは、反乱軍討伐隊総指揮官としての彼については、長きに渡って対峙させられてきたがゆえに、その性格傾向も行動パターンも、おおよそ想像の及ぶところである。それに対して、私人としてのアレッチェの素の姿は、未だに全くと言っていいほど見えてこない。インカの民から搾り取った血税によって、クスコの市街地と首府リマに、城と見紛うような壮麗豪奢な大邸宅を構え、そこで贅を尽くした暮らしをしていることは周知のことではあったものの、それ以上の個人的なことは殆ど不明であった。実は、以前、インカ軍の部下に依頼して、アレッチェ個人に関して、少しばかり内々に調べさせたことがあった。アレッチェがどのような戦略や戦術を仕掛けてくるのか等々をより精度高く予測する上でも、彼の個人的な背景を知っている方が望ましいと考えたからだった。だが、結局は、たいしたことは分からないまま、今日に至っている。分かったことは僅かな情報で、年齢的にはトゥパク・アマル自身より数歳上の40代半ばではあるが、今も独身を貫いており、妻子はいない。噂では、時によって愛人はいるものの、その相手も一向に定まらずということだった。また、本国スペインにいるであろう両親やそれ以外の親族が健在なのか、どのような家柄で、どのような教育を受けてきたのか等々――といった海向こうのことについては、いっそう掴めぬままである。暫しアレッチェの個人的な背景に思い巡らせていた意識を現実に引き戻し、トゥパク・アマルは、椅子の上で軽く姿勢を正した。そして、ヨハンの話題の続きを切り出す。「少々事情があって、しばらくの間、アンドレスが砦を離れて旅に出るのだが、その同行者をヨハン殿に頼みたいと申してきたのだ。アンドレスが、どのようないきさつでヨハン殿と知り合ったのか、なぜ彼に白羽の矢を立てたのか、わたしも詳しくは聞いていないのだが、これも何かの縁であろう」かたや、アレッチェは、顔面に巻き付けられた包帯の隙間から無言で天井を睨んだまま、トゥパク・アマルの話になど微塵も興味など無いという態度を決め込んでいる。が、アレッチェ自身の意志とは無関係に、軍人としての彼の本能が自動的に情報収集しようとしてしまうのか、包帯の下から彼のくぐもった声が漏れてくる。「……このような時に、呑気(のんき)に旅だと?目的地はどこだ?何をしに行く?」【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪ホセ・アントニオ・アレッチェ≫(スペイン軍)植民地ペルーの行政を監督するためにスペインから派遣されたエリート高官(全権植民地巡察官)で、植民地支配における多大な権力を有する。ペルー副王領の反乱軍討伐隊の総指揮官として、反乱鎮圧の総責任者をつとめる。有能だが、プライドが高く、偏見の強い冷酷無比な人物。名実共に、トゥパク・アマルの宿敵である。トゥパク・アマルに暴行を加えていた際の発火によって大火傷を負い、その現場である砦を占拠したインカ軍の元で治療を受けている。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!にほんブログ村(1日1回有効) (1日1回有効)
2019.07.05
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さて、ここで、時間を少しばかり過去に戻そう。アンドレスとコイユールが夜の中庭で語らっていた頃、トゥパク・アマルとアレッチェはどのような様相になっていたであろうか。アレッチェの療養中の居室の中で、対面している二人の間には、今も重苦しい空気が流れている。非常にプライドが高く、さらに、回復の見込めぬ重症を負って内心ひどく傷心しているであろうアレッチェを気遣い、人払いをして、敢えて二人きりの場を設定したトゥパク・アマルであったが、アレッチェの硬く拒絶的な様子は変わらない。アレッチェは、相変わらず不遜な態度で長々と寝台に寝そべったまま、包帯の間から覗く黒眼を苛立たし気に天井に向けている。対するトゥパク・アマルは、寝台の横の椅子に腰かけ、先にも増して取り付く島もない相手の横顔を静かに見守っている。初夏とはいえ、石造りの砦では、夜間ともなると、しんしんと冷え込みが増してくる。ましてや、重々しく冷え切った空気に支配されているこの部屋では、さらなる悪寒を誘う冷気が石床から滲み出してくるようにさえ感じられる。トゥパク・アマルは、スッと立ち上がると、炎が薄くなってきた暖炉に、手ずから幾つかの薪を足した。次第に勢いを取り戻していく炎を見つめながら、トゥパク・アマルが、思い出したように口を開く。「そういえば、ここに来た用件を忘れるところであった」そう言って、また寝台横の椅子に戻ると、己の言葉など全く聞こえていないかのように天井を睨んだままのアレッチェの方へ、僅かに身を傾けた。「そなたの軍に所属しているヨハン・エルナンデス殿を、しばらく我が軍にお貸し頂きたいのだが」「――ヨハン・エルナンデス……?」アレッチェにしてみれば突拍子もないトゥパク・アマルの申し出に、彼は僅かにこちらに横目を向けて、訝し気に目尻をそびやかせた。そのような相手に、トゥパク・アマルは、真摯な瞳で頷き返す。「あの嵐の戦さの晩、ヨハン殿は負傷していたところを救出され、インカ軍の負傷兵たちと共に治療を施されていたのだ。幸い軽傷で、今では順調に回復し、心身共に健康体に戻っている」「……ああ、ヨハン・エルナンデス、あいつか。血の気ばかり多いくせに、たいした武功も立てたことのない、無能な奴だ」せせら笑うように皮相な口調でそう言って、アレッチェは、何の関心もそそられぬというふうに、また視線を天井へ戻した。他方、トゥパク・アマルは、変わらぬ静かな面差しで相手の横顔を見つめながらも、感服したように切れ長の目元を細める。負傷時に身に着けていたヨハンの装備や、戦闘時の様子、戦闘配置などを、担当医や目撃したインカ兵などから情報収集した内容から推察するに、恐らく、ヨハンは、アレッチェ麾下の巨大なスペイン軍の、ごく末端に属する一歩兵であろうと思われた。そのような隅々の兵にまで、アレッチェは、くまなく目配りしている――その一点からしても、この男が只ならぬ抜きんでた将であること、それが故に、周り中が甚だしく無能な者ばかりに見えてしまうであろうことも、容易に想像できる。【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。 「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪ホセ・アントニオ・アレッチェ≫(スペイン軍)植民地ペルーの行政を監督するためにスペインから派遣されたエリート高官(全権植民地巡察官)で、植民地支配における多大な権力を有する。ペルー副王領の反乱軍討伐隊の総指揮官として、反乱鎮圧の総責任者をつとめる。有能だが、プライドが高く、偏見の強い冷酷無比な人物。名実共に、トゥパク・アマルの宿敵である。トゥパク・アマルに暴行を加えていた際の発火によって大火傷を負い、その現場である砦を占拠したインカ軍の元で治療を受けている。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!にほんブログ村(1日1回有効) (1日1回有効)
2019.06.18
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その時だった。砦の外回廊の方から、従軍医の聞き覚えのある声が、こちらに向かって呼びかけてきた。「コイユール…?そこにいるのはコイユールなのかね?そんなところで何をしているんだ?――誰か一緒にいるのかね?」「先生だわ。休憩からお戻りになったんだわ。私、行かなくちゃ」ハッと、完全に我を取り戻したコイユールが、外回廊の方に慌てて向き直る。アンドレスも、そちらに目を凝らした。中庭の奥深くにいる二人の姿は、夜の闇や周囲の草木にまぎれて、離れた外回廊からは良くは見えないはずである。それでも、アンドレスは、反射的に、コイユールの肩を抱えて、大木の陰に素早く二人の姿を隠した。「アンドレス、私、行かなきゃ……」「――分かってる……」そう答えながらも、コイユールの肩に回したアンドレスの腕は、相手の華奢な身体を、ギュッ、と抱き寄せずにはいられない。そのまま、その温かな両腕で、しっかりと胸の中に包み込む。「アンドレス……」一瞬、驚いた様子だったコイユールも、すぐに彼の抱擁に応えるように、しなやかな細い両腕を相手の背に回して、力を込めた。そんな彼女の耳元に、熱い吐息と共に、アンドレスのささやき声が響いてくる。「――コイユール、頼むから、あんまり無茶すんなよ。君に何かあったら、俺は――……」「アンドレス…ありがとう……。アンドレスも、必ず、無事に戻って来て……!」「ああ、約束する」今一度、強く抱き締め合う二人の頭上では、大樹の無数の葉の一枚一枚が月光を反射して荘厳な煌めきを放っている。「――このまま時が止まってしまえばいいのにな」「本当に……」そう呟きながら、二人は、名残惜し気に離れた。そして、互いの顔を見つめ合って、せつなげに微笑む。「――それじゃ、私、戻るわね」「ああ」もう一度、優しく微笑んで、それから、コイユールは、思い切ったように大木の陰から歩み出して行った。静かな足取りで元の外回廊の方へ戻っていく彼女の後ろ姿を、アンドレスはしばらく見守っていたが、やがて、彼も気持ちを振り切るようにして逆方向へ踵を返した。【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。 「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪アンドレス≫(インカ軍)トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年。 剣術の達人であり、若くしてインカ軍を統率する立場にある。スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。ラ・プラタ副王領への遠征から帰還し、現在は、英国艦隊及びスペイン軍との決戦において、沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて副指揮官を務める。≪コイユール≫(インカ軍)インカ族の貧しくも清らかな農民の少女。義勇兵として参戦。代々一族に伝わる神秘的な自然療法を行い、その療法をきっかけにアンドレスと知り合う。アンドレスとは幼馴染みのような間柄だったが、やがて身分や立場を超えて愛し合うようになる。『コイユール』とは、インカのケチュア語で『星』の意味。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!にほんブログ村(1日1回有効) (1日1回有効)
2019.06.04
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驚愕と興奮で、擦れ声でささやき合う二人の視線の遥か先の上空で、その楕円形の発光物体は、確かに、動いているように見えるのだ。いや、実際、月も星々も上空をゆっくり移動してはいるのだが、そのような天体の緩やかな動きとは明らかに異なる動きなのである。滑らかにゆっくりと、かと思えば、視覚的にとらえられないほどの俊敏な動きで、まるで瞬間移動したかのように見えることもある。無意識のうちに、二人は互いにしっかりと身を寄せ合って、上空の未知なる神秘的な「星」の輝きに吸い込まれるように見入っていた。それでも、不思議なことに、恐怖感や危機感は少しも湧いてこなかった。確かに、驚きは続いていたのだが、その「星」のまとう澄み切った美しい輝きは、むしろ、眺めているうちに心身を洗い浄めてくれるような、とても心地よい感覚と安心感を与えてくれるものだった。アンドレスとコイユールは、しばし言葉も忘れて、一心に、恍惚と、その黄金色の動く「星」を見つめている。――――やがて、どれくらい時間が経ったのだろうか。全ては一瞬のことだったのかもしれない。あるいは、かなり長い時間だったのかもしれない。いずれにしても、二人が我に返った時、いつしか「星」は、遥かな宇宙空間に溶け込むように消えていた。それでも、その後も、しばらく二人は放心したまま、空を見上げ続けていた。しかし、徐々に意識が現実世界に落ち着いてくるにつれ、夜空もいつもの見慣れた光景へと戻っていく。今しがた目撃したものが、夢だったのか、現実だったのか――今は、それさえも定かではない感覚だった。今、空に輝いている星の、どれか大きなものを何か特別なものと見間違えたのか、そもそも幻覚か、軽くうたた寝してしまったための夢だったのか……。そんな判然としない思いと同時に、それでいて、何か、非常に神秘的な素晴らしいものを見ることができたのではないかという歓喜も覚えていた。「見た…よな……?」まだ興奮の余韻の冷めやらぬ上擦った声で、アンドレスが問う。「ええ……!」いつしか祈るように胸の前で両手を組んだ姿のまま、コイユールが、深く頷いた。【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。 「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪アンドレス≫(インカ軍)トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年。 剣術の達人であり、若くしてインカ軍を統率する立場にある。スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。ラ・プラタ副王領への遠征から帰還し、現在は、英国艦隊及びスペイン軍との決戦において、沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて副指揮官を務める。≪コイユール≫(インカ軍)インカ族の貧しくも清らかな農民の少女。義勇兵として参戦。代々一族に伝わる神秘的な自然療法を行い、その療法をきっかけにアンドレスと知り合う。アンドレスとは幼馴染みのような間柄だったが、やがて身分や立場を超えて愛し合うようになる。『コイユール』とは、インカのケチュア語で『星』の意味。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!にほんブログ村(1日1回有効) (1日1回有効)
2019.05.21
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――が、その閉じかけられたコイユールの目が、突如、ハッと、またも大きく見開かれた。すっかり互いの顔が接近している状態だっただけに、あまりに大きく見開かれたコイユールの瞳に、今度はアンドレスの方がびっくりして、一瞬、動作が止まった。「――えっ?コ、コイユール……?」アンドレスにとっては、口づけを交わし合う瞬間に寸止めを食らったも同然のありさまだったが、かたやコイユールは、張り裂けぬばかりに見開かれた両の目を驚きでいっぱいにして、アンドレスの背後の上空を懸命に指さしている。「アンドレス、あれ見て!あれは何かしら!?」その彼女の興奮気味な声に、アンドレスも、反射的に己の背後に首を回し、指さされた方角の夜空を振り仰いだ。「―――!?な…んだ、あれは?」アンドレスも、思わず、大きく息を呑む。二人が見上げる初夏の夜空には、いっそう更けゆく時間と呼応するかのように、先にも増して色とりどりの無数の星々が眩いばかりの光を放ち、その中で、白銀の月が、夜空の女王のごとく華やかな煌めきで存在感を主張している。そのような、まるで宝石箱の中身を大空に放ったかのような輝きわたる天頂――。にもかかわらず、それらの星々や月の光を凌駕する勢いで、さらに煌々たる黄金色の閃光を放つ楕円形の物体が、天空に漂うように浮かんでいたのだった。しかも、その謎めいた物体は、一か所に留まることなく、天空を自由に浮遊しているように見えるのだ。「あ…れは…何だ?何かの星か……?」「……あんなに明るくて、大きくて、それに、動いているお星さまなんて、初めて見たわ…」「俺も……!――あ、だけど、以前、クスコの神学校にいた頃、聖書の中に『動く星』のことが書かれているのを読んだことがあるぞ」「動く…星……?」「ああ。イエス・キリストが生まれた時、すごく明るく輝く動く星が現われて、三人の賢者にイエスの誕生を知らせ、旅する彼らをイエスの元まで導いた――だいたいそんな内容だったと思う。不思議なことがあるんだなって感じたから、覚えてたんだけど。だって、聖書の中のこととはいえ、それに類することがあったってことだろう?もしかしたら、あれも、その星と同じような種類のものかな?」「聖書にそんなことが書いてあるなんて……。あ、でも、それって、大きな流れ星か何かだったかもしれないわ」「まあなぁ。だけど、流れ星って一瞬じゃないか?」「ん、そうよね…。そういえば、私も、昔、トゥンガスカの町はずれに住んでいた頃、『動く星』を見た人がいるっていう噂を何度か聞いたことがあるわ。スーッて滑るように動いたり、ジグザグに飛んだり、パッと消えたりもするって。ちょうど、ほら、今、あの金色の星のようなものが動いてるみたいに。でも、あの頃は、どんなものか想像もつかなかった……!」【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。 「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪アンドレス≫(インカ軍)トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年。 剣術の達人であり、若くしてインカ軍を統率する立場にある。スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。ラ・プラタ副王領への遠征から帰還し、現在は、英国艦隊及びスペイン軍との決戦において、沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて副指揮官を務める。≪コイユール≫(インカ軍)インカ族の貧しくも清らかな農民の少女。義勇兵として参戦。代々一族に伝わる神秘的な自然療法を行い、その療法をきっかけにアンドレスと知り合う。アンドレスとは幼馴染みのような間柄だったが、やがて身分や立場を超えて愛し合うようになる。『コイユール』とは、インカのケチュア語で『星』の意味。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!にほんブログ村(1日1回有効) (1日1回有効)
2019.05.06
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「コイユール、まだ今の話しは終わっては……」そう応じつつも、自分が不在にすることも伝えておかねばならないと、アンドレスは居住まいを正した。「実は、俺、しばらく砦を留守にすることになってしまったんだ。トゥパク・アマル様の依頼で、チチカカ湖方面の山岳地帯まで、ひとっ走りでかけてくることになってさ。ちょっと急で、明日の朝には発つことになってる。いや、けど、しばらくと言っても、首尾よくいけば、1ヵ月位で戻ってこられるはずなんだ。だから、全然、長いお別れってわけじゃないんだけど。ただ、一応、コイユールに伝えておきたいと思って」己の言葉にじっと聞き入りながら、不安そうな表情になっていく相手を安心させようと、アンドレスは、旅立つことになったいきさつや旅の同行者のことなどを、つとめて明るい口調で伝えていく。コイユールも、そんなアンドレスの気遣いを察してか、気丈な微笑をつくって頷いた。「アンドレス、ありがとう。出発前の忙しい時なのに、私に、直接、伝えに来てくれたなんて」「コイユール、ごめん……。アレッチェのことで、君も大変な時なのに、傍にいてあげられなくて」「ううん、そんなことないわ。こんなふうに心配してもらえて、とても嬉しいし、それに、今だって、忙しい合間をぬって、私の話をずっと聞いてくれたじゃない。おかげで気持ちの整理がついてきたし、なんだか、また前に進んでいけそうな気がしてきたもの」「コイユール―――」「それより、アンドレスこそ、こんな物騒な戦乱の最中に、そんな僅かな人数で行くなんて、どんなに危険なことかしら。でも、ジェロニモも一緒に行くって聞いて、ちょっと安心したわ」「うん。だけど、本当は、あいつには、俺の代わりに、コイユールの傍にいてほしかったんだけどね。なんたって、あいつは、君のことを――」「……え?」「い、いや、なんでもない。俺も、ジェロニモが同行してくれることになって、心強く思ってる。あいつは、なんだかんだ言って、意外と頼りになるからな」「本当に、そうね」「ああ」互いを深く案ずる思いと愛おしさと、同じ砦内にいながらめったに会えないのに、もっと離れ離れになってしまうせつなさから、二人は瞳を見つめ合ったまま、言葉少なになっていく。己を真っ直ぐ見上げるコイユールの目元は、幼い頃から涼し気でくっきりしていたが、年頃になって、いっそう憂いを帯びて、その美しさを増している。アレッチェの看病の疲れは滲んでいるものの、淡い褐色の肌は滑らかで、長い黒髪も、音も無く降り注ぐ月明りを浴びて艶やかな光をはね返している。アレッチェという重荷を背負っている中、己も旅立ってしまうことを知って、不安や心細さが無いはずはないのに、それを表に出すまいと堪えているコイユールの姿が、けなげでならなくもあった。ますます込み上げる愛おしさに抗(あらが)えず、アンドレスの右手がコイユールの頬に、そっと、触れた。瞬間、驚いたように、コイユールの黒曜石の瞳が見開かれる。だが、アンドレスの手の中にある自分の頬を微かに染めて、彼女は、少し恥じらいながらも目元を微笑ませた。「コイユール――……」そのまま、ゆっくり唇を寄せていくアンドレスの所作に応えるように、コイユールも、長身の相手の方へと背筋を伸ばし、瞼を閉じていく。【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。 「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪アンドレス≫(インカ軍)トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年。 剣術の達人であり、若くしてインカ軍を統率する立場にある。スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。ラ・プラタ副王領への遠征から帰還し、現在は、英国艦隊及びスペイン軍との決戦において、沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて副指揮官を務める。≪コイユール≫(インカ軍)インカ族の貧しくも清らかな農民の少女。義勇兵として参戦。代々一族に伝わる神秘的な自然療法を行い、その療法をきっかけにアンドレスと知り合う。アンドレスとは幼馴染みのような間柄だったが、やがて身分や立場を超えて愛し合うようになる。『コイユール』とは、インカのケチュア語で『星』の意味。≪ジェロニモ≫(インカ軍) 義勇兵としてインカ軍に参戦する黒人青年。スペイン人のもとから脱走してインカ軍に加わった。 今回のスペイン砦戦では、多くの黒人兵を統率し、アンドレスを補佐して活躍した。≪ホセ・アントニオ・アレッチェ≫(スペイン軍)植民地ペルーの行政を監督するためにスペインから派遣されたエリート高官(全権植民地巡察官)で、植民地支配における多大な権力を有する。ペルー副王領の反乱軍討伐隊の総指揮官として、反乱鎮圧の総責任者をつとめる。有能だが、プライドが高く、偏見の強い冷酷無比な人物。名実共に、トゥパク・アマルの宿敵である。トゥパク・アマルに暴行を加えていた際の発火によって大火傷を負い、その現場である砦を占拠したインカ軍の元で治療を受けている。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!にほんブログ村(1日1回有効) (1日1回有効)
2019.04.23
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「コイユール、まだ俺に何か隠してないよな……?俺に心配かけまいとして、黙っていることが他にあるんじゃないのか?アレッチェが完治させろと脅してきたとき、一体、どんな会話をしたんだ?もっと詳しく教えてくれないか?」「私ね、あの時、アレッチェ様が、すごく恐ろしくて、頭が真っ白になるほどだったの。でも、今でも、やっぱりアレッチェ様のことが怖くてね、仕方ないのよ。時々、どうしようもなく憎しみも湧いてくるし…、正直なところ、殺意さえ覚えたこともあるわ……。アンドレスが護身用にくれたこの短剣で、いっそのこと、ひと思いにって……」消え入るような声でささやいて、コイユールの指先が、彼女自身の大腿部に結び付けている短剣を、スカートの上から、ギュッと、握り締めた。「コイユールが…殺意……?」コイユールの口から『殺意』などといった言葉が出たこと自体、アンドレスには衝撃だった。(だけど、そういえば、今朝、マルセラも同じようなことを言ってたっけ。コイユールは、俺の渡した短剣を取り出して、すごく思いつめた様子だったって…。まるで殺意を抱いているように見えたと……)固唾を呑んでいるアンドレスを前にして、「――でも、マルセラが、止めてくれたの……」と、まるで告解するかのようにコイユールが首(こうべ)を垂れる。「だけどね、アンドレス、今は、ちょっと気持ちが変わってきたの。だって……、今のアレッチェ様は、まるで、この戦さの――いえ、今回の戦さだけじゃなくて、インカとスペインの間で繰り返されてきた長く厳しい戦いの歴史の…その負の部分を、全身で引き受けていらっしゃるように感じるの」「インカとスペインの戦いの歴史の負の部分……?」「ええ。もしかしたら、トゥパク・アマル様も、そう感じていらっしゃるのではないかしら?だから、トゥパク・アマル様は、どのような手段を使ってでも、アレッチェ様を完治させたいと願っていらっしゃるのではないかって……。ならば、たとえアレッチェ様が、私のできることなんて取るに足らないものだと思っているとしても、やっぱり私は全力を尽くしたい。一時は殺したいとまで思っていたのに、おかしいわよね……。だけど…、今は、本気で、そう思ってるの。なのに…、こんな気持ちじゃ……、こんなに怯えていたら、本当に癒すことなんてできないわ。だから、私自身が、もっと―――」そう独り言のように呟いて、コイユールが夜空を振り仰ぐ。そんな彼女の清(す)んだ横顔に吸い込まれるように見入っていたアンドレスも、つられるように空を見上げた。明るい月に照らし出された夜空は、それでも、月光の眩さに負けじと煌めき渡る、青、白、赤、黄などの色とりどりの星々によって、果てしなく埋め尽くされている。「綺麗ね」月と星々の華麗な饗宴を見上げながら、目を細めてささやくコイユールの声に、アンドレスも「そうだな」と、頷いた。「ね、この話は、もうやめましょ。せっかく二人で会えたんだもの。それより、アンドレス、どうして、こんな時間に来てくれたの?」【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。 「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪アンドレス≫(インカ軍)トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年。 剣術の達人であり、若くしてインカ軍を統率する立場にある。スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。ラ・プラタ副王領への遠征から帰還し、現在は、英国艦隊及びスペイン軍との決戦において、沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて副指揮官を務める。≪コイユール≫(インカ軍)インカ族の貧しくも清らかな農民の少女。義勇兵として参戦。代々一族に伝わる神秘的な自然療法を行い、その療法をきっかけにアンドレスと知り合う。アンドレスとは幼馴染みのような間柄だったが、やがて身分や立場を超えて愛し合うようになる。『コイユール』とは、インカのケチュア語で『星』の意味。≪ホセ・アントニオ・アレッチェ≫(スペイン軍)植民地ペルーの行政を監督するためにスペインから派遣されたエリート高官(全権植民地巡察官)で、植民地支配における多大な権力を有する。ペルー副王領の反乱軍討伐隊の総指揮官として、反乱鎮圧の総責任者をつとめる。有能だが、プライドが高く、偏見の強い冷酷無比な人物。名実共に、トゥパク・アマルの宿敵である。トゥパク・アマルに暴行を加えていた際の発火によって大火傷を負い、その現場である砦を占拠したインカ軍の元で治療を受けている。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!にほんブログ村(1日1回有効) (1日1回有効)
2019.04.09
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「アレッチェ様は自覚してないでしょうし、お認めにもならないだろうけど、多分、孤独感や恐怖感が、すごくあるんじゃないかしら。あの酷いケロイドが一生治らない人生は、そして、身体が不自由な人生は、どのようなものなのか……」「そういえば、アレッチェは、火傷だけじゃなく、あの火事の時に焼け落ちた棚の木材か何かが突き刺さって、片足に大怪我もしてたんだっけ…?」声を低めて物思わし気に問うアンドレスの方に、コイユールも、思いつめた顔つきで頷いた。「そうなの……。それでも、あの状況の中で一命をとりとめただけでも奇跡だって、先生は仰っているわ」「それだって、トゥパク・アマル様が、身を挺して、あいつを守ったからじゃないか。俺たちが救出に駆けつけたのが、あと数分…いや、あと数秒でも遅れていたら、トゥパク・アマル様だって、どうなっていたか分からないってぐらい、ひどい状態だったんだぜ」「それでも、アレッチェ様は、何もかもが、全く納得できていないと思うわ。もともとのアレッチェ様は、白人であること、しかも、スペイン本国の生まれであること、そして、この国の重要な要職に就いていて、すごく権力もあって、莫大な財力もあって、それから、頭も良くて、容姿も整っていて、身体も強くて、いわゆる進歩的な西洋文明の中に生きてきて――ずっと、そういったものに大きな価値を置いていらしたのだもの。それが、突然、変わり果てたお姿になって、身体の自由もきかなくなって、しかも、その状態が一生続くのだと悟ったら……どんな思いがするかしら?どんなにアレッチェ様がお強い精神力を持っていらしたとしても、絶望感や恐れや孤独感に苛(さいな)まれないはずはないと思うの」「うん。それは、俺にも分かる気がするよ。いかに鉄面皮のアレッチェだって、やっぱり生身の人間なんだよな……」「そうなのよね…。前にね、『いかに莫大な富や強大な権力を持っていようが、このような姿となった今、それらの金や力に如何なる意味がある?』――って、そんなふうに仰ったことがあったの。あの言葉は、本心だったと感じるわ。そんな大きな恐れや孤独を、恐らく本能的に、少しでもまぎらわそうとする必死なお気持ちが、あのような途方もない誓約を立てさせたんじゃないかしら?」いつしか祈るように膝の上で両手の細い指を組んで、噛み締めるように語るコイユールを、改めてアンドレスがじっと見つめる。「コイユール、それって、どいういう意味だよ?俺は、また分からなくなってきたぞ。いや、コイユールの言うとおり、いかにアレッチェだって、あの状態ともなれば、怖さや孤独を感じるはずだってとこまでは、俺にも理解できる。だけど、その恐怖感や孤独感をまぎらすために立てさせた誓いなんじゃないかって、そこのとこが、どうしても、よく分からないんだ。特に、孤独をまぎらわすことになる、ってとこが分からない」核心に触れてきそうなアンドレスの言葉に、コイユールは、ハッと息を呑んで、口をつぐんだ。『もしわたしの治療に失敗した時には、おまえも火をかぶり、わたしと同じ姿になってみせよ。おまえが全身火傷のわたしと同じ悲惨な姿となれば、わたしは孤独な死路を共にする僕(しもべ)を得られる。惨めさを分かち合う、おまえという僕をな――だが、それだけのこと。つまり、この取り引きは、圧倒的におまえに有利な条件ということだ。おまえの戦利品は祖国に平和と主権と豊かさを取り戻すという壮大無辺なものであり、一方、おまえのリスクはおまえ個人に限られた極過小なもの。絶対的におまえにとって好都合な条件であることは、誰の目から見ても明らかだ』あの誓約の晩のアレッチェの冷酷な言葉が、そして、有無を言わせぬ脅迫的な口調が、コイユールの脳裏に甦る。また震えがきそうになるのを懸命に堪えて、コイユールは密かに深呼吸をし、心を鎮めようとつとめた。あんな条件まで承諾してしまったなんて、決して、誰にも言えない。ましてや、アンドレスには絶対に言えない――どんなに心配をかけることになるか痛いほど分かっているから……。「――………」目をそらして急に押し黙ってしまったコイユールに、アンドレスが、力付けるように語りかける。「なあ、コイユール、今の話、どういうことなんだ?どうして、完治させるという誓約が、あいつの孤独をまぎらわすことにつながる……?」にわかに不安そうな表情に変わってきたアンドレスの腕に優しく触れて、今一度、コイユールは相手の方に視線を戻し、そっと首を振った。「――うんとね、なんとなくね、そんな気がしただけなの。ごめんなさい、アンドレス。きっと、私の考えすぎね……」【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。 「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪アンドレス≫(インカ軍)トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年。 剣術の達人であり、若くしてインカ軍を統率する立場にある。スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。ラ・プラタ副王領への遠征から帰還し、現在は、英国艦隊及びスペイン軍との決戦において、沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて副指揮官を務める。≪コイユール≫(インカ軍)インカ族の貧しくも清らかな農民の少女。義勇兵として参戦。代々一族に伝わる神秘的な自然療法を行い、その療法をきっかけにアンドレスと知り合う。アンドレスとは幼馴染みのような間柄だったが、やがて身分や立場を超えて愛し合うようになる。『コイユール』とは、インカのケチュア語で『星』の意味。≪ホセ・アントニオ・アレッチェ≫(スペイン軍)植民地ペルーの行政を監督するためにスペインから派遣されたエリート高官(全権植民地巡察官)で、植民地支配における多大な権力を有する。ペルー副王領の反乱軍討伐隊の総指揮官として、反乱鎮圧の総責任者をつとめる。有能だが、プライドが高く、偏見の強い冷酷無比な人物。名実共に、トゥパク・アマルの宿敵である。トゥパク・アマルに暴行を加えていた際の発火によって大火傷を負い、その現場である砦を占拠したインカ軍の元で治療を受けている。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!にほんブログ村(1日1回有効) (1日1回有効)
2019.03.26
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張り詰めていた空気がひとたび和らぐと、今まで妙に濃い闇に閉ざされたように感じられていた中庭が、にわかに月光と星々の煌めきに満ちた明るい世界に変わって見えてくる。サヤサヤと木の葉と夜風が奏でる心地よい音色に乗って、アンドレスの耳元に、コイユールの静かな声が聞こえてくる。「アンドレスが、今、推測してくれたこと、だいたいそのとおりなの…」「――そうか、やっぱり……」「ええ…だいたいのところは……。だけど、多分、本当のところは、アレッチェ様は、ご自分の火傷痕やお身体が、元通りに治ることなど無理なことだって、とうに悟っているんじゃないかしら。だって、私みたいな、インカ軍の、しかも、一介の看護兵に、不可能を可能にしろなんて誓いを立てさせるなんて――よく考えたらおかしいわ。もし本当に完治する可能性が僅かでもあると思っていらっしゃるなら、スペイン人の腕の良い医者を大至急連れて来い、って凄い剣幕で要求すると思わない?アレッチェ様は、私たちインカ族の何もかもが、野蛮で、未熟で、原始的で、って心の底から嫌っている人だもの。ましてや、お命にも関わるような医術に関することなら、なおさら、インカのものなんて全く信用してないはずよ。いくら今は囚われの身だとしても、トゥパク・アマル様に申し出れば、スペイン側の名医を呼び寄せることだって、きっと叶えてくださるはずだってことも分かっているはず。それなのに、それもしないで、わたしたちに何としても治せと強要する……」「――確かに、そう言われてみれば、コイユールの言うとおりかもしれないな。治る可能性があると本気で思っているのなら、大至急、スペイン人の名医を呼べとかって大騒ぎしそうなもんだもんな」「でしょう?」「ああ。でも、だったら、なんで、コイユールに、そんな無茶な誓いを立てさせたりする必要があったんだ?完治させることが目的じゃないとしたら、そんな誓約になんの意味がある?」人がちょうど二人ぐらい座れそうな岩の上に並んで腰かけ、真剣な面持ちで語り合うアンドレスとコイユールを白銀の月明りが優しく包み込んでいる。「私も、最初は、アレッチェ様の真意が分からなくて。特別なインカの呪術か何かで、私が完治させられると、本気で誤解していらっしゃるのかと思ったり…。それとも、強い痛みのお辛さや苛立ちをまぎらすために、なんでも言いなりになりそうな私を弄(もてあそ)んでいるだけなのかと思ったり……」図星とも思える内容を、真っ直ぐな眼差しで真面目な口調で語るコイユールに、アンドレスは、何と答えたものか迷いつつ、微妙に頷く。「まぁ、な……。確かに、あいつには、そういうとこあるもんな」「ええ。だけどね、アンドレス、最近、私、こう思うの――」相手を、ひた、と見つめたまま、コイユールがさらに真剣な顔つきで語を継いでいく。【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。 「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪アンドレス≫(インカ軍)トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年。 剣術の達人であり、若くしてインカ軍を統率する立場にある。スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。ラ・プラタ副王領への遠征から帰還し、現在は、英国艦隊及びスペイン軍との決戦において、沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて副指揮官を務める。≪コイユール≫(インカ軍)インカ族の貧しくも清らかな農民の少女。義勇兵として参戦。代々一族に伝わる神秘的な自然療法を行い、その療法をきっかけにアンドレスと知り合う。アンドレスとは幼馴染みのような間柄だったが、やがて身分や立場を超えて愛し合うようになる。『コイユール』とは、インカのケチュア語で『星』の意味。≪ホセ・アントニオ・アレッチェ≫(スペイン軍)植民地ペルーの行政を監督するためにスペインから派遣されたエリート高官(全権植民地巡察官)で、植民地支配における多大な権力を有する。ペルー副王領の反乱軍討伐隊の総指揮官として、反乱鎮圧の総責任者をつとめる。有能だが、プライドが高く、偏見の強い冷酷無比な人物。名実共に、トゥパク・アマルの宿敵である。トゥパク・アマルに暴行を加えていた際の発火によって大火傷を負い、その現場である砦を占拠したインカ軍の元で治療を受けている。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!にほんブログ村(1日1回有効) (1日1回有効)
2019.03.10
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誰もいないと思っていた中庭から突然声がして、ただでさえ身を硬くしていたコイユールは、ビクッ、と大きく肩を震わせた。「………!?」「ごめんごめん、驚かすつもりじゃなかったんだ」梢の間から降り注ぐ月光に照らされて、申し訳なさそうに頭に手をやっているのがアンドレスだとわかると、コイユールは深く安堵の息をついた。「アンドレス、びっくりしたわ。そんなところで、どうしたの?」「いや、ちょっと、君に会いに来たんだけど…。そしたら、ちょうど従軍医と君が話しているところで…、いや、別にわざと黙って聞いてたわけじゃないんだ。でも、たまたま聞こえてきちゃって……」「――今の話、聞いてたの……?」青ざめたコイユールの顔色が、さらに蒼白になっていく。そんな彼女の手を引いて、誰かに聞かれないよう中庭の奥まで連れていくと、アンドレスは、やっと普段の声音になって問う。「あの重症の火傷痕や不自由な体が完治するってアレッチェに誓ってしまったって、本当なのか?」「……ええ…」コイユールが、コクンと、力無く頷いた。「コイユール、どうしてだ?なんで、そんな不可能なことを約束したりしたんだよ。従軍医にも言えないような理由が何かあるのか?」「…そ…れは……」コイユールは言葉を飲んで肩を落とし、そらした視線を不安定に漂わせている。そんな彼女を、アンドレスが痛々し気に見つめている。「コイユールが言ってくれなくても、だいたいの察しはつくけどな。おおかた、アレッチェに脅されたか何かだろ?『必ず完治させろ、その代わり、おまえの望みを叶えてやろう』とか、言われたんじゃないのか?ついでに、『トゥパク・アマルにも、アンドレスにも、誰にも、このことは言うな』とかって、ダメ押しもされたろ?」ハッと、驚嘆した眼差しで反射的に顔を上げ、潤みかけた瞳をパチパチと瞬かせているコイユールの様子に、「やっぱりそうか…」と、アンドレスが溜息をついた。「いかにもあいつの言いそうなことじゃないか。あいつが、どんな望みを叶えてやると言ったか知らないけど――まあ、だいたい想像はつくが…、どっちにしたって、絶対に約束なんか守らない奴だってこと、コイユールだって、これまで、何度も、何度も、何度も、見てきたじゃないか。なのに、なんで、そんな無謀な誓いを立てたりしたんだよ?」「……――」長いおさげを冷風にあおられながら、まだ喉に何かが詰まったように言葉を発せずにいるコイユールの華奢(きゃしゃ)な肩を、アンドレスの手が、勇気づけるように優しく包んだ。「他言するなとアレッチェに約束させられたことを気にしてるのか?なら、先に俺が言い当てちゃったんだから、俺との間では、もう、そんな誓約は無効だよ」「ほんとに、そういうことになるのかしら?」「なるなる!ゼッタイ、なる!!」おどけた調子でそう言って、大袈裟に肩をすくめて見せたアンドレスの様子に、コイユールも、やっと、クスリと小さく笑った。そんな彼女の表情の変化に、アンドレスの口元も、思わずほころぶ。【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。 「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪アンドレス≫(インカ軍)トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年。 剣術の達人であり、若くしてインカ軍を統率する立場にある。スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。ラ・プラタ副王領への遠征から帰還し、現在は、英国艦隊及びスペイン軍との決戦において、沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて副指揮官を務める。≪コイユール≫(インカ軍)インカ族の貧しくも清らかな農民の少女。義勇兵として参戦。代々一族に伝わる神秘的な自然療法を行い、その療法をきっかけにアンドレスと知り合う。アンドレスとは幼馴染みのような間柄だったが、やがて身分や立場を超えて愛し合うようになる。『コイユール』とは、インカのケチュア語で『星』の意味。≪ホセ・アントニオ・アレッチェ≫(スペイン軍)植民地ペルーの行政を監督するためにスペインから派遣されたエリート高官(全権植民地巡察官)で、植民地支配における多大な権力を有する。ペルー副王領の反乱軍討伐隊の総指揮官として、反乱鎮圧の総責任者をつとめる。有能だが、プライドが高く、偏見の強い冷酷無比な人物。名実共に、トゥパク・アマルの宿敵である。トゥパク・アマルに暴行を加えていた際の発火によって大火傷を負い、その現場である砦を占拠したインカ軍の元で治療を受けている。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!にほんブログ村(1日1回有効) (1日1回有効)
2019.02.26
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(――って言っても、コイユールは、どこにいるんだろう…?トゥパク・アマル様とアレッチェの面会が終われば、またアレッチェの看病に戻らなきゃならないんだろうから、やっぱりアレッチェの部屋の近くだろうか?)そんなふうに心の中で呟きながら、中庭を駆け抜けて、アレッチェの居室へと続く外回廊の近くまでやってきた。その回廊傍の樹木の陰で足を止め、とりあえず辺りの様子をうかがってみる。だんだん夜も更けてきた上、このような砦の奥まったところでは、専門兵も義勇兵もその姿は無く、ただ風が樹々の枝葉を揺らす音がするのみである。とはいえ、なにしろ戦場の砦の一角ではあるし、現在はトゥパク・アマル軍が占拠している場所とはいえ元々はスペイン軍の要塞でもあるわけで、どこにどのような危険が潜んでいるかも分からない。アンドレスは暗闇に身を潜めて己自身の気配を消したまま、周囲の様子に、じっと目をこらし、聞き耳を立てた。外回廊の最奥には、アレッチェの居室の重そうな扉があって、その前には2~3名の屈強なインカ兵たちが立ちはだかっている。それらの衛兵たちがそこにいるのは、アレッチェが良からぬ行動に出ないよう見張っている、というのが表向きの理由である。しかし、実は、インカ族の者たちから甚だしい恨みを買っているアレッチェを、それらインカ兵たちが復讐を果たしに居室に乗り込んでいくのを防ぐためのトゥパク・アマルの措置である――とも噂されている。(むしろ殺気立ったインカ兵からアレッチェを守る――確かに、トゥパク・アマル様のなさりそうな采配だ。俺だって、あそこにアレッチェがいると思ったら、今だって、ぶった斬りに行きたい衝動が突き上げてくるもんな……)そんなことを胸の奥で呟きつつ、さらにアレッチェの居室の周りに夜目を走らせる。居室の側面にある窓からは、厚いカーテン越しに、燭台の灯りが揺らめきながら漏れている。(あの中では、今も、トゥパク・アマル様とアレッチェが話しをしているんだろうか。一体、何を話しているんだろう……)そんなふうに、アンドレスの意識が、アレッチェの部屋の窓辺に集中しかけた時だった。ふいに風に乗って、彼の耳元に、微かに人の話し声が聞こえてきた。それは、自分のいる中庭傍の回廊の、もっとアレッチェの居室に近い柱の陰からで、それが、どんなに声を潜めていようとも、コイユールと従軍医の会話であることはすぐに分かった。「先ほどから、わたしは、おまえを責めているつもりはないんだよ、コイユール。だけど、もっと慎重なはずのおまえが、なぜあのような軽はずみなことをアレッチェに言ってしまったのか理解できないのだ」「先生…申し訳ありません……」木陰から息詰めて様子をうかがっているアンドレスは、なんだか盗み聞きをしているような後ろめたさを覚えて、数歩、反射的に後ずさった。それでも、どうしても、その場を離れることができない。それというのも、うつむいたコイユールの横顔が、紅々とした松明に照らされていながらも、あまりに青ざめ、強張っていたからだった。従軍医の口調は、決して詰問するような険しい印象ではなく、むしろ、様子のただならぬコイユールのことを深く案じ、同情しているかのようである。「アレッチェの全身の火傷も、身体機能も、重い後遺症を免れないものであることは、おまえには幾度も説明してきたし、おまえ自身も、毎日、あの症状を見ていたのだから、知っていたはずだ。それなのに、あんなふうに、必ず治る、などと請け合ってしまったら……。それが叶わなかった時……いや、当然、叶わないわけだから、それをアレッチェが自覚した時、あの者がどんなに失望して荒れ狂うか、その上、おまえにどんな酷い仕打ちをしてくるか、心配でならないのだよ。いや、こんなこと…、今さら言うまでもなく、分かっているはずじゃないか。だのに、完治させるなどと誓ってしまったなんて、あまりに無茶すぎる。コイユール、おまえがそんなことをするとは、今も信じがたいのだよ。何か、よほどの理由があってのことではないのかね?――理由があるのなら、わたしに話してくれないか?」「――――……。……本当に…すいません…先生……本当に……」深くうなだれて途切れ途切れに擦れ声を漏らすコイユールは、離れた場所から見ているアンドレスの目にも、今にも泣き出しそうで、必死にそれを堪えているのが分かる。その姿を見守っているアンドレスも息苦しくなって居たたまれず、思わず二人の間に割って入っていきたい衝動に駆り立てられる。が、彼が飛び出していくより早く、従軍医が、邪気を払うように白髪頭を振ってから、溜息交じりに静かに言った。「――コイユール、すまない。言い過ぎてしまったね。わたしも、気付かぬうちに疲れがたまってきているのかもしれん。とにかく、この話は、今はやめておこう。おまえも、しばらく休息をとってきなさい。わたしも、少し休んでくるから」そう言い置いて、従軍医は中央回廊の方へ歩み去っていく。その様子を見定めると、アンドレスは、気配を消したまま、素早くコイユールの近くに駆け寄った。そして、大木の陰から、低音(こごえ)で呼びかける。「コイユール、コイユール、俺だよ……!」【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。 「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪アンドレス≫(インカ軍)トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年。 剣術の達人であり、若くしてインカ軍を統率する立場にある。スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。ラ・プラタ副王領への遠征から帰還し、現在は、英国艦隊及びスペイン軍との決戦において、沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて副指揮官を務める。≪コイユール≫(インカ軍)インカ族の貧しくも清らかな農民の少女。義勇兵として参戦。代々一族に伝わる神秘的な自然療法を行い、その療法をきっかけにアンドレスと知り合う。アンドレスとは幼馴染みのような間柄だったが、やがて身分や立場を超えて愛し合うようになる。『コイユール』とは、インカのケチュア語で『星』の意味。≪ホセ・アントニオ・アレッチェ≫(スペイン軍)植民地ペルーの行政を監督するためにスペインから派遣されたエリート高官(全権植民地巡察官)で、植民地支配における多大な権力を有する。ペルー副王領の反乱軍討伐隊の総指揮官として、反乱鎮圧の総責任者をつとめる。有能だが、プライドが高く、偏見の強い冷酷無比な人物。名実共に、トゥパク・アマルの宿敵である。トゥパク・アマルに暴行を加えていた際の発火によって大火傷を負い、その現場である砦を占拠したインカ軍の元で治療を受けている。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!にほんブログ村(1日1回有効) (1日1回有効)
2019.02.11
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「え、ロレンソが俺に謝る…?一体、何を?」全く想像もつかないアンドレスが、先にも増して、大きな瞳をさらに大きく見開いている。「つまり、それがだな…、さっきトゥパク・アマル様と話していて、つい、そなたとコイユールが恋仲であることをもらしてしまったのだ」「いっ!?」アンドレスが思わず息を呑む。と同時に、カッ、と顔を上気させた。そんな彼の肩を、ポンポンッ、と軽やかに叩いて、ロレンソが柔和に微笑んで言う。「悪気はなかったのだ、許せよ、アンドレス。だが、むしろ、これで良かったのではないか?トゥパク・アマル様は、とうに勘付いていらして、なぜ、アンドレスは、わたしに話してくれなかったのだろうと、寂しがっていらしたぞ。身分差など気にしないのに――と」「ト、トゥパク・アマル様が、そんなふうに…?――いや、俺だって、トゥパク・アマル様が身分違いなんか気にしないお方だってことは、よく分かってはいるけど……」「うむ。なれど、時が時なら、そなたはインカ皇帝の甥として、婚姻するにしろ、付き合うにしろ、相手は王族か高級貴族の娘がふさわしいと周りは思うだろうからな。周囲から余計な横槍を入れられたくないそなたが、コイユールのことを大っぴらにしたがらなかった気持ちは、わたしにも理解できる」「こっ、こ、こ、こ…婚姻って………っ」いよいよ顔から火を上げているアンドレスに、ロレンソは、「幾つになっても、そなたは初心(うぶ)なまま変わらんなぁ」と、おおらかな笑みを見せ、それから、包み込むような眼差しに戻って言う。「アンドレス、今なら、コイユールは、アレッチェの看病から解放されているはずだ。アレッチェのところには、トゥパク・アマル様が行ってらっしゃるからな。旅立つ前に、コイユールに会って来い。コイユールは、そなたがしばらくいなくなってしまうことさえ、まだ知らないのだから」そう言って、アンドレスの背中を、温かい大きな手で、ぐっと、押した。そして、「じゃあ、わたしは、自分の仕事に戻る」と、軽く片手を挙げて別れの合図を送ると、笑顔で踵を返した。颯爽と中庭から立ち去って行くロレンソの後ろ姿を、アンドレスの方は、まだどこか茫然と見送っている。が、地面のそこかしこで夜風に揺れている可憐な野の花に目が留まると、思い切ったように彼もまた踵を返した。砦の中央回廊へ戻っていくロレンソに対して、アンドレスは、中庭を横切りつつ、砦のさらに奥まった方角へ進んでいく。(ロレンソの言うとおり、俺が砦を留守にしてしまうことを、コイユールはまだ知らないんだ。出発前に一目でも会って、ちゃんとそのことを伝えておきたい。それに、アレッチェの看病が続いて、きっと疲れ切っているだろうし、少しでも、せめて話を聞いてやりたい。それなら、今しか無い……!)そう思い決めると、アンドレスの歩調は、急に何かに急き立てられるように、どんどん早まっていく。【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。 「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪アンドレス≫(インカ軍)トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年。 剣術の達人であり、若くしてインカ軍を統率する立場にある。スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。ラ・プラタ副王領への遠征から帰還し、現在は、英国艦隊及びスペイン軍との決戦において、沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて副指揮官を務める。≪ロレンソ≫(インカ軍)アンドレスが学生時代を過ごしたクスコ神学校時代の朋友。生粋のインカ族。反乱幕開けと共に、インカ軍に参戦した。アンドレスに比して大人びた風貌と冷静な性格を有し、公私に渡ってアンドレスを助けてきた。≪コイユール≫(インカ軍)インカ族の貧しくも清らかな農民の少女。義勇兵として参戦。代々一族に伝わる神秘的な自然療法を行い、その療法をきっかけにアンドレスと知り合う。アンドレスとは幼馴染みのような間柄だったが、やがて身分や立場を超えて愛し合うようになる。『コイユール』とは、インカのケチュア語で『星』の意味。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!にほんブログ村(1日1回有効) (1日1回有効)
2019.01.29
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「確かに、この状況の中で、戦場を離れなければならないそなたの心境は、わたしも察するに余りある。この瞬間にも、どこで戦火が上がってもおかしくないし、実際に、クスコではディエゴ様とバリェ将軍が激しい戦闘を続けている。この砦を制覇した今、トゥパク・アマル様が向かわんとしているのは、ディエゴ様を援護するためのクスコか、それとも、副王やアラゴン王子の巣窟たるリマか――。英国艦隊側の今後の動きも、まだ全く読めないしな。トゥパク・アマル様も、そなたが旅から帰還する前に出陣する可能性があると、仰っていらした」「俺は――いつも大事な時に、トゥパク・アマル様のお傍でお守りすることができない……」深く溜息をついて唇を噛み締めたアンドレスの方に、ロレンソは、ぐっと身体ごと向き直った。「それは、そなたにしかできない重要な任務が他にあるからだ。それほどに、トゥパク・アマル様は、そなたの力を頼みにしている証しじゃないか。それに、案ずるな、アンドレス。そなたの不在時に有事が生じたら、その時は、そなたの分も、この命に代えてトゥパク・アマル様をお守りする。それに、もちろん、そなたの大切な――」そう言いかけたロレンソの漆黒の瞳の中で、アンドレスの澄んだ琥珀色の瞳が揺れている。「君がいてくれて、すごく心強いよ、ロレンソ。トゥパク・アマル様のことも、それに、コイユールのことも。――コイユールは、アレッチェの看病を任されて、大変な思いをしてるってのに、こんな時に、俺は力になってやることができなくて……。ロレンソ、コイユールのことを、くれぐれもよろしく頼む」「案ずるな、アンドレス。コイユールには、わたしも、マルセラ殿もついている。だから、そなたは、ここに心を残すことなく、無事に目的地に到着し、そなたに託された役目を果たしてくることだけに集中するんだ。そして、一刻も早く、コイユールの元に戻ってきてあげてくれ」「そうだな…。今できる最善は、きっと、そうすることなんだよな」そう言ってアンドレスは頷き、またひとつ吐息をついて、地面の草の中で夜風に揺れている小さな野の花に目をやった。上空から降り注ぐ月光を浴びて仄白く輝くその花は、次第に強まる夜風にあおられながらも、凛とそこに咲き続けている。すっかり黙り込んでしまったアンドレスのせつなげな横顔を、ロレンソはそっと見守っていたが、急に何かを思い出したように焦り声を上げた。「…ああっと、そういえば!」「どうした、ロレンソ?」びっくりして、アンドレスも、こちらを振り返った。そんな相手の視線からサッと目をそらし、ロレンソは軽く頭をかきながら、申し訳なさそうに言う。「あー、えっとだなぁ…、アンドレス、そなたに謝っておかねばならないことがあるのだ」【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。 「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪アンドレス≫(インカ軍)トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年。 剣術の達人であり、若くしてインカ軍を統率する立場にある。スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。ラ・プラタ副王領への遠征から帰還し、現在は、英国艦隊及びスペイン軍との決戦において、沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて副指揮官を務める。≪ロレンソ≫(インカ軍)アンドレスが学生時代を過ごしたクスコ神学校時代の朋友。生粋のインカ族。反乱幕開けと共に、インカ軍に参戦した。アンドレスに比して大人びた風貌と冷静な性格を有し、公私に渡ってアンドレスを助けてきた。≪ディエゴ≫(インカ軍)インカ皇族で、名実共にトゥパク・アマルの右腕的存在。トゥパク・アマルの亡き父親ミゲルの弟の長男(トゥパク・アマルの従弟)。勇猛果敢な武人で、アンドレスの叔父でもある。現在は、インカの聖都奪還のため、クスコの地で敵の将軍バリェと対決している。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!(1日1回有効) (1日1回有効)
2019.01.16
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晴れた夜の空には、美しい白銀の月が煌めいている。その夜空を、紅々と燃える松明の炎が、静かに焦がしている。周りに誰もいないことを確かめつつ、二人は声をひそめながら、矢継ぎ早に言葉を交わし合う。「アンドレス、出立はいつなんだ?」「明日の早朝、日の出前に出立する予定だ。だから、ロレンソ、君が会いに来てくれて良かった。出発前に、俺も君と話しておきたかったんだ」「それにしたって、明朝だなんて、ずいぶん急じゃないか」「トゥパク・アマル様が、お急ぎのようなんだ。それに、『青き月の谷』は、インカ時代から、皇帝や一部の神官たちにしか知らされていない秘密の場所らしい。だから、なるべく目立たないように出かけていきたいんだ」「それもそうだな。それで、目的地までのルートは?山岳地帯伝いに行くのか?」「いや、今の時期だと、まだアンデスの山々は残雪も多く、危険が大きい。とはいっても、『青き月の谷』は秘境だから、どうしたって山々を縦走していかなければならないんだが。だけど、入山の起点となる麓(ふもと)までは、なるべく馬を飛ばした方が早いし、効率的だ」「ということは、街道沿いの町や村を通って行くってことか?だが、それはそれで、かなり危険だと思うのだが」アンドレスは、松明の火に紅く照らされた横顔を、頷かせた。「ああ、俺も、なるべく人目のあるところは避けたいんだが……。でも、その方がずっと早いし、食糧の調達もしやすいしな。それに、この目で直に民衆の様子も見てきたいし、何か有益な情報も得られるかもしれないだろう?もちろん、あまり大きな町や要衝地は、さすがに避けていくつもりだ」不意に、一陣の風が二人の間を吹き抜け、傍の松明の炎が火の粉を噴き上げた。赤く光って舞い飛ぶ火の粉を映すロレンソの黒眼が、心配そうにアンドレスの横顔を見守る。「アンドレス、気を付けて行けよ。特に街道や町中は――スペイン側の幹部連中は、トゥパク・アマル様だけでなく、アンドレス、そなたの身柄にも莫大な懸賞金を懸けている。そなたの顔かたちは、今となっては、国中のスペイン人に知れ渡っているのだからな。どこに行こうとも、一攫千金を狙う荒くれ者どもが、そなたのことを手ぐすね引いて待っていると覚悟しておいた方がいい」「ああ、わかってるさ。君の言葉は肝に銘じておく。ありがとう、ロレンソ」潮風に柔らかな髪をなびかせながらアンドレスが振り向いて、凛々しい笑顔を見せる。それから、また真剣な面持ちに戻って、鋭利な、それでいて、篤い友情に満ちたロレンソの瞳の奥を真っ直ぐ見つめた。「ロレンソ、君こそ、気を付けてくれ。懸賞金が懸けられているのはトゥパク・アマル様や俺だけでなく、君も同じじゃないか。それに、戦況の方もな――予断ならない状況は相変わらずだ。こんな時、砦を留守にしなきゃならないなんて。リマも、クスコも、それに、海上も、そこいら中、火種だらけだってのに」◆◇◆◇◆ ご 挨 拶 ◆◇◆◇◆明けましておめでとうございます。昨年も当作をお読みくださいまして、本当にありがとうございました。嬉しいコメントや応援をくださいました皆さまには、重ねて深く御礼申し上げます。皆さまの温かな励ましに支えられ、また、昨年はリアル生活でもいろいろ刺激のある面白い年で、おかげで小説に打ち込む思いが舞い戻ってきた年でもありました。とはいえ、まだ更新ペースは遅々たるものではありますが…、気持ちの上では、昨年からの流れに乗って邁進していきたいです。全ての皆さまにとりまして、ますます可能性に満ち溢れた素晴らしい年となりますようお祈りいたします。本年もどうぞよろしくお願いいたします!【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。 「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪アンドレス≫(インカ軍)トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年。 剣術の達人であり、若くしてインカ軍を統率する立場にある。スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。ラ・プラタ副王領への遠征から帰還し、現在は、英国艦隊及びスペイン軍との決戦において、沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて副指揮官を務める。≪ロレンソ≫(インカ軍)アンドレスが学生時代を過ごしたクスコ神学校時代の朋友。生粋のインカ族。反乱幕開けと共に、インカ軍に参戦した。アンドレスに比して大人びた風貌と冷静な性格を有し、公私に渡ってアンドレスを助けてきた。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!(1日1回有効) (1日1回有効)
2019.01.02
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「アンドレス様、今、何と?トゥパク・アマル様が、アレッチェ殿に直(じか)に会って、ヨハンの件を尋ねると仰っていたのですか?」トゥパク・アマルとアレッチェが直接会うと聞いて、ビルカパサの野性的な表情に、にわかに厳(いか)めしい警戒の色が浮かぶ。そんな彼の背後の戸口から、ちょうど現れたロレンソが、「今頃、トゥパク・アマル様とアレッチェは、話しをしている頃でしょう」と、やや物思わし気な口調で言葉を挟んだ。「ロレンソ!来てたのか?」驚いて振り向いたアンドレスとビルカパサたちに会釈をしながら、扉を押して入ってきたロレンソが言い添える。「ちょうど今、来たところだ。そうしたら、二人の会話が聞こえたものだから――突然、口を挟んですまない」「それでは、ロレンソ殿、今、トゥパク・アマル様は、お一人で、アレッチェ殿と面会しているのですか?」太い眉根を寄せて案じ顔で問うビルカパサに、ロレンソは「はい」と頷いた。「わたしもトゥパク・アマル様のお供をして同席させてもらおうと思ったのですが、トゥパク・アマル様は、お一人で大丈夫だから、と仰られて。プライドが高く難物のアレッチェですから、1対1の方が、話しやすいのではとお考えになったのかもしれません。それに、トゥパク・アマル様は、相変わらず泰然自若(たいぜんじじゃく)としてらして、わたしなどが出る幕ではないという気もしまして……」「そうでしたか」と答えながらも、まだ心配そうな目の色のビルカパサではあったが、態度はあくまで落ち着いていて恭しい。「ロレンソ殿、アンドレス様が旅立たれることを知って、会いに来られたのでありましょう?」「はい。今しがたトゥパク・アマル様にお目にかかった時、アンドレスがしばらく砦を留守にすると聞いて、出発前に顔を見ておきたいと思い…」ビルカパサは頷き、それから、ロレンソ同様に語りたいことが多々ありそうな様子のアンドレスにも軽く視線を走らせ、笑顔を見せた。「もう荷作りは殆ど済んでおりますし、ここは、あとは我々の方でやっておきます。どうかお二人は、ゆっくりお話しでも、お食事でも、されてきてください」そんなビルカパサの背後では、保存食や飲料などを持ち運びしやすいように手早く小分けにしているジェロニモも、「どうぞどうぞ、行ってらっしゃいっ!」と、ひとなつっこい笑みを浮かべている。「それじゃ、ちょっと、はずさせてもらいます」そう言って、ビルカパサやジェロニモ、他のインカ兵たちにも礼を払うと、アンドレスは、ロレンソを伴って部屋を出た。随所に松明(たいまつ)の焚かれた砦の中央回廊は、夜とはいえ、時刻的には、まだ宵のうちであることもあり、けっこうな活気がある。任務のために行き交うインカ兵や、リハビリ中の負傷兵たち、そして、忙しそうに小走りで過ぎ去っていく従軍医や看護班の女性義勇兵たち。そんな人々がすれ違いぎわに送ってくる目礼に返礼しながら、周囲の者たちの目を逃れるようにして、アンドレスとロレンソは回廊から道をそれ、人気(ひとけ)の無い中庭へ出た。【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。 「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪アンドレス≫(インカ軍)トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年。 剣術の達人であり、若くしてインカ軍を統率する立場にある。スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。ラ・プラタ副王領への遠征から帰還し、現在は、英国艦隊及びスペイン軍との決戦において、沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて副指揮官を務める。≪ビルカパサ≫(インカ軍)インカ族の貴族であり、トゥパク・アマル腹心の家臣。トゥパク・アマルの最も傍近い護衛官として常にトゥパク・アマルと共にあり、幾度と無く命を張って主を守ってきた。ロレンソの恋人マルセラの叔父でもある。≪ロレンソ≫(インカ軍)アンドレスが学生時代を過ごしたクスコ神学校時代の朋友。生粋のインカ族。反乱幕開けと共に、インカ軍に参戦した。アンドレスに比して大人びた風貌と冷静な性格を有し、公私に渡ってアンドレスを助けてきた。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!(1日1回有効) (1日1回有効)
2018.12.19
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トゥパク・アマルとアレッチェが、張り詰めた空気の中、それでも同じ空間を共にしていた頃、アンドレスたちの旅支度も、ほぼ整ってきていた。倉庫近くの砦の一室では、ビルカパサの手ほどきの元、彼の率いる連隊兵の中にジェロニモも加わって――と言っても、ジェロニモも元々ビルカパサ配下の歩兵の一人であるのだが――、そろえた所持品の数々を荷袋の中に詰め込んでいる。そして、それら4人分の荷の中身を、ひとつひとつ、アンドレス自身が最終点検をおこなっていた。肩に背負えるようになっている頑丈な革袋の中には、ざっと、次のようなものが入っている。まず、旅に不可欠な飲料水や食糧だが、それらは道中にも調達していくことになるであろうが、それでも、ある程度は所持していきたい。水は革製の水筒に入れ、それから、食糧の貯えとしては、堅パンやチーズ、干し肉、チューニョ(アンデス高地の気候を利用して、屋外で凍結乾燥させたジャガイモ)などの保存食、ドライフルーツ、外皮を取って乾燥させたクルミ・ブナ・ハシバミなどの木の実を詰め込んだ。その他にも、川魚を捕らえる網、魚などを焼くための火打ち石や万能ナイフ。さらに、エネルギー補給となるコカの葉や、幾つかの薬草類。もちろん、地図――『青き月の谷』の正確な位置はわからなくても、少なくとも、おおよその場所まで行き着くために必要である――や、望遠鏡、方位磁石も忘れてはならないし、いざという時のための何枚かの貨幣も用意した。それから、雨風除けの小天幕を分解したものを4人で手分けした各部品など。「――よし、これで、だいたい大丈夫そうだな」アンドレスは確認作業を進めながら呟き、そして、絶対に忘れてはならない重要なものが、今も、ちゃんと己の懐にあるか、胸元に手を当てて確認する。そこに確かにある書状の感触に、アンドレスは、ホッと息をついた。(トゥパク・アマル様からお預かりしたこの書状だけは、何があっても守り抜いて、『青き月の谷』にいらっしゃる、書状の宛先の御方にお渡ししなければ。その人物が、インカ族なのか他部族なのか、それとも外国人なのか、一体、どんな人なのか、年代や性別さえも、全くわからないけれど……)トゥパク・アマルから託されたその大事な書状は、特製のなめし皮の袋に忍ばせて、アンドレス自身が衣服の内側で身体に巻き付け、肌身離さず携帯することに決めている。それから、服装も、決してトゥパク・アマルに関係する一団だと露見しないようにするために、インカ族の庶民の一般的な旅装束――質素で地味ながらも厚布製のシャツとベストとズボンの上に、くるまれば寝袋がわりにもなる厚手の毛織の長ポンチョを羽織る。これは、スペイン人のヨハンも含めて、全員が、同じような恰好をすることにしている。もちろん、陽光を遮り、雨が首筋に入らないようにし、さらに、人目から顔を隠すための、つば付き帽子も忘れてはならない。それから、襲い掛かる獣や敵襲から身を守るための各自の得意とする武器も、ポンチョの下には必携だ。真剣な眼差しで旅の装備を点検しているアンドレスの横顔を見つめながら、ビルカパサが、口を開いた。「アンドレス様が旅に出る前からこのようなことは考えたくはありませんが、とはいえ、実際には、旅の道中、どのような危険が待ち構えているかわかりません。それゆえ、いざという時、俊敏に動けるよう、荷物は最小限にしてあります。――とはいっても、往路だけでも2週間以上かかる道程ともなりますと、どう減らしても、けっこうかさばってしまいますな」そんなビルカパサの言葉に、アンドレスは顔を上げて明るい笑顔を返し、手元の荷を照らしていたカンテラを傍のテーブル上に戻した。「いえ、男4人で手分けして持てば、これぐらいの荷物、たいしたことはありません。ビルカパサ殿のおかげで、迅速に旅立つ準備ができました。ありがとうございました。これで、すぐにでも出立できます。あとは、トゥパク・アマル様が、ヨハンの同行許可をアレッチェから貰ってきてくれるのを待つだけです」【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。 「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪アンドレス≫(インカ軍)トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年。 剣術の達人であり、若くしてインカ軍を統率する立場にある。スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。ラ・プラタ副王領への遠征から帰還し、現在は、英国艦隊及びスペイン軍との決戦において、沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて副指揮官を務める。≪ビルカパサ≫(インカ軍)インカ族の貴族であり、トゥパク・アマル腹心の家臣。トゥパク・アマルの最も傍近い護衛官として常にトゥパク・アマルと共にあり、幾度と無く命を張って主を守ってきた。ロレンソの恋人マルセラの叔父でもある。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!(1日1回有効) (1日1回有効)
2018.12.05
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扉が閉まると、室内には、先にも増して重い沈黙が訪れる。今も、アレッチェは、寝乱れた姿を少しも正そうとはせず、寝台に長々と寝そべったまま、包帯の向こうから憎悪に満ちた両眼でこちらを睨みつけている。一方、トゥパク・アマルは、湖面のような静謐(せいひつ)な眼差しで、ただ黙って、相手の突き刺すような眼光を受け留めている。そのトゥパク・アマルの表情は、慈愛に満ちているようであり、眼前の敵将を憐れんでいるようでもあり、あるいは、因縁の宿敵の腹の内を探ろうとしているようでもあり、真意が読めない。そのようなトゥパク・アマルの様子に、いっそう苛立ちを募らせたのか、睨(ね)めつけていたアレッチェの黒眼が、カッ、と燃え上がった。「――なぜ、あの時、中途半端に、わたしを助けた……?このようなおぞましい姿で、生涯、人目を憚(はばか)りながら日陰で生きていけ、と――。これは、おまえの、わたしへの復讐か?」そう吐き捨てるように呻いたアレッチェの双眸(そうぼう)は、地底から這い出してきた妖魔のごとく激しい憎しみと恨みの念に血走っている。と同時に、これまで表情の見えなかったトゥパク・アマルの相貌にも、深い沈痛さが現われた。「すまぬ、アレッチェ殿――。なれど、人には、外見よりも、もっと重要で、尊きものがあるはずだ」「おまえまで、あの小娘と同じ綺麗事を言うのか……!」「確かに、今は、どう言っても、綺麗事にしか聞こえぬであろう。そなたの深い苦悩は、察するに余りある。そなたと同じ立場になれば、わたしとて、そなたと同じことを思うやもしれぬ。いっそのこと、そなたの負っている苦しみを肩代わりしてやれたなら……」「黙れ。おまえの偽善者ぶりには、辟易(へきえき)しているのがわからんのか」「なんと言われても構わぬ。叶おうことならば、わたしは、そなたの姿形も、そして、そなたの心身の健康状態も、本来の状態に戻したいのだ。ゆえに、もうしばらく、わたしに時間をくれまいか?」寝台の方に身を傾け、まるで懇願するかのように言うトゥパク・アマルの真摯な声音を、強度に苛ついたアレッチェの罵声が一蹴する。「おまえは馬鹿か!?時間などいくらかけたところで、回復なぞ見込めぬものを……!」「そう結論づけるには、まだ早い。そなたの真の回復のために、我らは、まだ最善を尽くし切れてはいない」真っ直ぐ自分を見つめて真剣そのものの顔で言うトゥパク・アマルに対して、逆に、アレッチェの方は、怒りを通り越し、まるで狂人でも見るような目つきになっている。「おまえは、なにを戯言(たわごと)を抜かしているのだ?こんな重症の火傷やケロイドが、どうにかできるとでも言うのか?まさか、インカの妖術でも使って治す、とでも言いだすのではなかろうな?」相変わらず激昂(げっこう)しているものの、いきり立ちすぎて、かえって頭が冴え冴えと冷えてきたのか、アレッチェの語気には、彼本来の冷静さが戻ってきているようだった。その微かな変化を鋭敏に感じ取りながら、また凪いだ湖面のような静かさで、トゥパク・アマルが相手を見守っている。そうしているうちに、やがて三度目の長い沈黙が訪れた。かなり長く重々しい沈黙が流れ、やがて、「クッ、クッ……」と響く、アレッチェのくぐもった忍び笑いが、居室の冷たい空気を震わせる。「トゥパク・アマル、おまえは、どこまでお人よしなのだ。放っておけば大火が始末してくれたであろうわたしを、わざわざ助け出し、その上、このように罵倒され、さらには治療を続けさせてくれとまで懇願するとは」「それが、我らインカ人(びと)の習わしであり、誇りでもあるのだよ」そう言って微笑むトゥパク・アマルの表情には、抑えようにも滲み出す高貴さが漂っている。そのような相手の様子が、いかにも鼻につく、というふうに、アレッチェは忌々し気に大袈裟な溜息を吐き出した。「もう、いい加減、おまえの腹の内を見せたらどうだ?」そんなアレッチェに、トゥパク・アマルも、「その思いは、わたしも同じだ、アレッチェ殿」と、切れ長の目元を優美に細めて頷く。「とはいえ、そなたを回復させたい気持ちに、そなたの苦しみを取り除きたいということ以外、他意は無い。もちろん、もしそなたが納得できるまでに回復し、そのことによって、そなたが我らインカを卑下し憎悪してきた気持ちを変えてくれたなら、どれほど良いか。そなたと心打ち解け合うことができたなら、どれほど有難いことか――」「できもしないことを前提に、勝手に夢想じみたことを述べ連ねるな。わたしから見れば、おまえなぞ、未開地の野蛮なインディオの一首領にすぎぬのだ。それをまるで対等のような口ぶりで、心打ち解け合うだと?おぞましくて、虫唾が走るわ」「そなたがどう思おうと、ただ、わたしは自分の本心を述べたまでだ。なんと言っても、こうして、水入らずで、そなたと話せる機会なぞ、そう多くはないのだからな。なれば、そなたの言うとおり、互いに、もっと腹を割って話そうではないか?」◇◆◇◆◇ お 知 ら せ ◇◆◇◆◇いつもご来訪くださいまして、温かいコメントや応援を本当にありがとうございます!頂戴したコメントからは、毎回、たくさんのインスピレーションを貰っており、また、そっとお読み頂けております方々の存在も大きな励みとなっており、全ての読者さまと共に創作している作品であることをしみじみ実感する日々です。ちなみに、通常の更新日は昨日だったのですが、一日遅れとなってしまい、申し訳ございません。これまでは月~火の日付が変わる頃に更新していたのですが、事情により、今後は、更新する曜日が週によって変わってしまうことになりそうです。ですが、これまで通り、2週間に1度の更新ペースは維持していきたいと思っています。いつも勝手で申し訳ございませんが、どうか引き続き、『コンドルの系譜』をよろしくお願いいたします!今年も残すところ一月余りとなり慌ただしさが増してくる時期ですし、日毎に寒さも増してきておりますので、皆さま、どうか御身体にはくれぐれもお気を付けてお過ごしください。【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍)反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪ホセ・アントニオ・アレッチェ≫(スペイン軍)植民地ペルーの行政を監督するためにスペインから派遣されたエリート高官(全権植民地巡察官)で、植民地支配における多大な権力を有する。ペルー副王領の反乱軍討伐隊の総指揮官として、反乱鎮圧の総責任者をつとめる。有能だが、プライドが高く、偏見の強い冷酷無比な人物。名実共に、トゥパク・アマルの宿敵である。トゥパク・アマルに暴行を加えていた際の発火によって大火傷を負い、その現場である砦を占拠したインカ軍の元で治療を受けている。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!(1日1回有効) (1日1回有効)
2018.11.21
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「気分はどうかね?」そう語りかけて、トゥパク・アマルは、寝台上のアレッチェと同じ目の高さになるよう、床に跪(ひざまず)いた。その様子に、コイユールは、殆ど飛びすさるようにして己の座っていた小椅子から立ち上がり、その椅子を持って、大急ぎでトゥパク・アマルの横に走り寄る。「トゥパク・アマル様、どうかこちらに……」トゥパク・アマルは、「ありがとう」と応じて、ガッシリとした長身をその小椅子にあずけ、再びアレッチェに静かな眼差しを注ぐ。その間にも、コイユールは、扉横にたたずんでトゥパク・アマルとアレッチェの様子を見守っている従軍医の方に駆け去り、彼の陰に隠れるようにして、その脇に立った。室内に、しばらく重い沈黙が流れた後、包帯の下から、アレッチェが、くぐもった声で答える。「気分…だと?言うまでもなく、最悪だ。おまえが押し付けた、そこの優秀な医者と看護人のおかげで、今では痛みのみならず、体中、ひりつくような猛烈な痒(かゆ)みで、気が狂いそうだ」「さようか……。それは、さぞ辛かろう――」まるでアレッチェの全身の掻痒(そうよう)感を己自身も体感しているがごとく苦痛の滲んだ声音で、トゥパク・アマルが低く言う。そのようなトゥパク・アマルの前で、このような状態に及んでもなお尊大な態度を崩さぬアレッチェが、包帯巻きの分厚い胸板を反らして続ける。「全身にケロイドが広がっているのだ。この程度の不快感は当然であろうがな」「――……!そなた、そのことを知っていたのか」トゥパク・アマルと従軍医が、ハッと、息を詰めた。対するアレッチェは、自嘲気味なせせら笑いを目元に浮かべながら、冷ややかな口調で答える。「当然だ。自分の体の状態など、常に確認している。まあ、だが、特段、気に病んではいない。そこにいる小娘が、必ず治ると太鼓判を押してくれたからな」そう言って、従軍医の背後で身を縮めているコイユールの方へ顎をしゃくった。「コイユール……!?そのようなことを申し上げたのか?」本来は思いやり深く温厚な従軍医の喉元からも、この時ばかりは、思わず険しい擦(かす)れ声が漏れる。かたやコイユールは、完全に顔色を失くし、愕然と身を凍らせている。「先生…私……」そんな彼女を、アレッチェの炯々たる眼光が鋭く貫いて、さらに断固たる口調で言い放った。「外見も、身体機能も、必ず元通りに治ると、確かに、おまえはそう言ったな?」「………」「必ず治る、と――必ず治す、と、おまえは私に誓ったな?」「………は…はい…」深くうつむいて、カタカタ震えながら涙声で答えたコイユールの隣で、従軍医が絶句したまま立ち尽くしている。他方、トゥパク・アマルは、相変わらずの揺るぎない沈着な面差しで、寝台上のアレッチェを見つめていたが、やがて小さく吐息をついて、静かに言う。「今は、それぐらいで良かろう、アレッチェ殿」「なに……!?」アレッチェが、包帯の向こうから、ギロリと憎々しげに睨(ね)めつける。そんな相手の視線を黙って受け流し、トゥパク・アマルは、従軍医とコイユールの方を軽く振り向いた。その表情は、先ほどと変わらず、深いいたわりとねぎらいに満ちている。「少しアレッチェ殿と二人で話したい。しばしの間、そなたたちは、席をはずしていてはくれまいか」扉の外では、屈強なインカ軍の衛兵たちが、室内のアレッチェの一挙一動に、じっと警戒を強めている。その気配を素早く感じ取って、従軍医は「かしこまりました」と恭しく答え、まだ震えているコイユールの肩をそっと押しながら部屋を出て行った。【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍)反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪コイユール≫(インカ軍)インカ族の貧しくも清らかな農民の少女。義勇兵として参戦。 代々一族に伝わる神秘的な自然療法を行い、その療法をきっかけにアンドレスと知り合う。アンドレスとは幼馴染みのような間柄だったが、やがて身分や立場を超えて愛し合うようになる。 『コイユール』とは、インカのケチュア語で『星』の意味。≪ホセ・アントニオ・アレッチェ≫(スペイン軍)植民地ペルーの行政を監督するためにスペインから派遣されたエリート高官(全権植民地巡察官)で、植民地支配における多大な権力を有する。ペルー副王領の反乱軍討伐隊の総指揮官として、反乱鎮圧の総責任者をつとめる。有能だが、プライドが高く、偏見の強い冷酷無比な人物。名実共に、トゥパク・アマルの宿敵である。トゥパク・アマルに暴行を加えていた際の発火によって大火傷を負い、その現場である砦を占拠したインカ軍の元で治療を受けている。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!(1日1回有効) (1日1回有効)
2018.11.06
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「中に入ってもよいか?」軽く振り向いて視線で問いかけたトゥパク・アマルに、従軍医は丁寧に頷き、それから、低音(こごえ)で言い添えた。「はい、トゥパク・アマル様。コイユールが中におり、アレッチェ様の看病をしておりますが――」そう言いさして、少し口ごもってから、従軍医が躊躇(ためら)いがちに語を継ぐ。「実は、今朝、この部屋に往診にまいりましたとき、コイユールが寝台の脇で椅子に座ったまま気を失っておりまして……。気つけ薬を飲ませたところ、しばらくしたら、目を覚ましはしたのですが。とはいっても、その後も、ずっと顔色がひどく悪くて、表情も強張(こわば)っており…、かといって、休むように言っても、大丈夫だからと。意識を失(な)くしていた事情はまだ聞けてはおりませんが、どうも今は本調子ではないようなのでございます。このようなお聞き苦しいことをトゥパク・アマル様の御耳に入れて、誠に申し訳ございません。ただ、万一、陛下の御前で何か粗相(そそう)がございましたら…、今のコイユールはそのような状態であることを、どうかお含みおき頂ければと……」扉に手をかけたまま、黙って従軍医の言葉に耳を傾けていたトゥパク・アマルが、「さようであったか」と、目元を思慮深くさせた。「わかった、そのような様子であること、心に留め置こう」「恐れ入ります、トゥパク・アマル様」従軍医は、再度、低く身を屈める。他方、トゥパク・アマルは、回廊の大きな窓の向こうに視線を馳せ、何かを思い出しているかのような遠い眼差しになっている。窓外に広がる外界の風景は、既に夜の帳(とばり)の中に閉ざされ、うっそうと茂る樹木のシルエット以外、何も見えない。やがて、トゥパク・アマルが、おもむろに口を開いた。「――そなた、覚えているか?クスコ戦で負傷したわたしに、そなたが手術を施してくれていたとき、そなたの補佐をしていたコイユールが、術中に意識を失くしてしまったことがあったであろう」トゥパク・アマルの言葉に、従軍医も、ハッと顔を上げ、窪んだ老齢な目を大きく見開いた。「そういえば…そのようなことがありましたな……」「あの時、コイユールは、術中のわたしの痛みをやわらげるため、集中するあまりに、ある種のトランス状態に入っていた。そして、その時に、トゥンガスカの決戦でインカ軍が大敗することを暗示する予知夢を見たのだ。もしや、此度も、アレッチェ殿の看護中に、同じような状態になっていたのかもしれぬ」「なるほど……!陛下にそう仰って頂きますと、確かに、そのような可能性は考えられるかと」「いずれにしろ、コイユールに聞いてみなくては、わからぬがな。できれば、一度、コイユールと直接話してみたいものだ。近々、わたしの執務室まで来るよう、後で伝えておいてはくれぬか?アレッチェ殿の前では話しにくいこともあろうからな」「畏まりました」恭順を示している従軍医に頷き返し、それから、トゥパク・アマルは前に向き直ると、重々しい扉をゆっくり押し開いていく。居室の中は、室内の四隅や寝台脇のサイドテーブル、治療台の上などに、多数の燭台が置かれているにもかかわらず、妙に薄暗く感じられる。室温も、初夏とはいえ夜間の冷え込みにも対処できるよう、暖炉には、ほどよく薪がくべられているというのに、異様な冷気が漂っている。トゥパク・アマルが、一歩、中に踏み入ると、従軍医もその後ろに従った。一方、寝台に横たわったアレッチェの足元にひれ伏すようにして彼の足を布で清めていたコイユールは、扉の向こうから現れた人物に気付いて、はじかれたように顔を上げた。「トゥパク・アマル様……!?」突然のトゥパク・アマルの来訪に驚愕して身を固くしている彼女の顔色は、従軍医から聞いていたとおり、蝋(ろう)のように蒼白で、表情も硬く強張っている。そのようなコイユールに、トゥパク・アマルは、いたわるように優しく微笑みかけた。さらにそのまま、瞳だけを僅かに動かし、彼女の手元から覗き見えるアレッチェの足元の皮膚を、瞬間的に視野におさめた。従軍医の報告どおり、そこにも、赤くひきつれた生々しいケロイドの兆候が、既に現れはじめている。トゥパク・アマルは微かに瞼を伏せ、それから、包帯の隙間から氷の刃で刺し貫くがごとく冷厳な視線を己に向けているアレッチェの方へ、ゆっくりと歩み寄る。【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍)反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪コイユール≫(インカ軍)インカ族の貧しくも清らかな農民の少女。義勇兵として参戦。 代々一族に伝わる神秘的な自然療法を行い、その療法をきっかけにアンドレスと知り合う。アンドレスとは幼馴染みのような間柄だったが、やがて身分や立場を超えて愛し合うようになる。 『コイユール』とは、インカのケチュア語で『星』の意味。≪ホセ・アントニオ・アレッチェ≫(スペイン軍)植民地ペルーの行政を監督するためにスペインから派遣されたエリート高官(全権植民地巡察官)で、植民地支配における多大な権力を有する。ペルー副王領の反乱軍討伐隊の総指揮官として、反乱鎮圧の総責任者をつとめる。有能だが、プライドが高く、偏見の強い冷酷無比な人物。名実共に、トゥパク・アマルの宿敵である。トゥパク・アマルに暴行を加えていた際の発火によって大火傷を負い、その現場である砦を占拠したインカ軍の元で治療を受けている。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!(1日1回有効) (1日1回有効)
2018.10.23
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それ以上、追いかけようもなく、回廊の向こうからこちらを見守っているロレンソを背後に残し、トゥパク・アマルは従軍医の方へ歩んでいく。彼の視線の先で、従軍医は、治療道具を小脇に抱えて床に目を落としたまま、物思わしげな重い足取りで、こちらに向かってくる。ほとんどトゥパク・アマルにぶつかりそうなほど目前まで来てから、従軍医は驚いて顔を上げ、慌てて数歩あとずさった。「これはトゥパク・アマル様……!気付かず、誠に失礼いたしました」高齢ながらも、まだ筋骨のしっかりした身を低く屈めた従軍医を、トゥパク・アマルが気遣わしげに見つめる。「ずいぶん根(こん)を詰めてしまっているのではないか?あのような重体のアレッチェ殿の治療は、並々ならぬ苦労があろう」「畏れ多いことでございます。わたしのような者を、アレッチェ様のような要人の治療に抜擢して頂いたこと、大変光栄に感じております」恭しくそう述べて、また深く身を低めた従軍医に、トゥパク・アマルが敬意を込めた声で応ずる。「クスコ戦で左腕に重傷を負ったわたしを治療したそなたの腕前は、見事であった。ほら、このように、今では全く何の不自由もなく、自在に動かすことができる」そう言って、左腕をグルリと大きく回してみせたトゥパク・アマルを見上げ、従軍医が老齢な目元に皺を寄せて微笑んだ。「恐れ入ります、トゥパク・アマル様。陛下の腕に後遺症が残らず、わたしも心より安堵いたしております」「ありがとう、そなたのおかげだ」と、トゥパク・アマルも微笑し、それから、少し声を低めて問うた。「ところで、アレッチェ殿の容態はどうかね?」「……――」サッと、従軍医の顔が曇り、慎重に言葉を選んでいるかのような、暫(しば)しの沈黙が流れた。それから、眉間に刻まれた皺をさらに深めながら、従軍医が重い口を開く。「熱傷の全身への広がり具合は大きいものの、それほど皮膚の深部まで火の影響が及んでいなかったことは、アレッチェ様にとって、誠に幸いなことであったと存じます。それというのも、あの火災現場で、トゥパク・アマル様が、御身を挺して、アレッチェ様の御身体を庇われたおかげでございます。それに、アレッチェ様は、もともと肉体的にも、体力的にも、ひとかたならぬ頑強さを備えておられますから、予想以上に回復も早く、もはや命の危険は去ったと申し上げてよろしいかと存じます。ですが――あれほどの重大な熱傷の後遺症は、やはり避けることは困難でございます……。このまま粘り強く治療や看護を続けていけば、ある程度、身の回りのことを自分で行うことはできるようになりましょうが、とはいえ、元通りの身体機能が回復するかどうかは甚(はなは)だ疑わしいと言わざるをえません。それから…、重篤なケロイドの全身への広がりも、恐らく、避けられないことでしょう……。今は、包帯で覆っており、アレッチェ様ご自身の目にはまだ触れてはおりませんが…。ですが…いずれは……事実をお知りになる時が来るでしょう。お顔や首など、表に出る部分にも、既にケロイドが現われはじめております。元々は、堀深く整った顔立ちの持ち主であられましたので、さすがに衝撃を受けるかと……」「うむ……」従軍医の言葉を聞いていたトゥパク・アマルも、痛ましげにギュッと強く拳を握り締め、瞼を伏せた。そのようなトゥパク・アマルの前で、従軍医が、白髪に包まれた頭を深々と下げて、首が胸につくほど項垂(うなだ)れている。「誠に申し訳ございません、陛下……。わたしの治療が至らず、大変心苦しく思っております」「何を申すか。そなたは、真に最善を尽くしてくれている。命も危ぶまれるような状態だったものを、これほどに快方に向かわせたのだ。非常に荷の重い任務であろうが、どうか引き続き、このままアレッチェ殿の治療を頼みたい」トゥパク・アマルの誠意に満ちた真摯な声音に、従軍医は、ますます平身低頭して答える。「畏れ多いことでございます。いっそうアレッチェ様の治療に全力を捧げてまいります」「頼んだぞ。なれど、アレッチェ殿の症状や後遺症の重さはもとより、彼の難しい性格は、わたし自身が誰よりもよく知っている。くれぐれも精根を使い果たさぬようにな」トゥパク・アマルは、そう言って、静かな眼差しで従軍医を包み、それから、アレッチェの居室の前に進み行くと、重厚な扉に手をかけた。【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍)反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪ホセ・アントニオ・アレッチェ≫(スペイン軍)植民地ペルーの行政を監督するためにスペインから派遣されたエリート高官(全権植民地巡察官)で、植民地支配における多大な権力を有する。ペルー副王領の反乱軍討伐隊の総指揮官として、反乱鎮圧の総責任者をつとめる。有能だが、プライドが高く、偏見の強い冷酷無比な人物。名実共に、トゥパク・アマルの宿敵である。トゥパク・アマルに暴行を加えていた際の発火によって大火傷を負い、その現場である砦を占拠したインカ軍の元で治療を受けている。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!(1日1回有効) (1日1回有効)
2018.10.09
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「ですが……」と、まだ立ち去りがたそうなロレンソの肩に、トゥパク・アマルのしなやかな手が、スッと、添えられる。「そういえば、ロレンソ殿、そなたに伝えておきたいことがあったのだ。わたしの依頼した用向きで、しばしの間、アンドレスが砦を不在にすることになった」「アンドレスが……!?あ、いえ、アンドレス様が……ここを離れるのですか?」「うむ。とはいえ、このような状況下だ。いつまた我らが戦闘態勢に入らねばならぬか予断を許さぬ。場合によっては、アンドレスの戻りを待たずして、次なる戦場へ赴くことも考えている。いずれにしろ、それらの時は、ロレンソ殿、再び、そなたの力を頼みとすることになるであろう」そう語るトゥパク・アマルの、己の肩に置かれた手から、強いエネルギーが波動となって伝わってくるようで、ロレンソの鼓動も熱く高鳴っていく。「心得ております、トゥパク・アマル様。その暁には、不在のアンドレス様の分も、わたしが腕を揮(ふる)わせて頂きます」決意を込めて毅然と応じたロレンソを、「頼んだぞ」と、光を宿したトゥパク・アマルの瞳が見つめる。そのような彼の纏う重厚なオーラや、超然たるパワーを、こうして傍近くでビシビシ受け取っていると、ロレンソには、己が今しがた何を心配していたのかさえ分からなくなってくる。その時、トゥパク・アマルの纏う高邁(こうまい)な気配が、フッ、とやわらいだ。「そういえば、ロレンソ殿、そなた、あれからマルセラとはゆっくり話しができたかね。先日の戦闘時には、マルセラには、ずいぶん酷い思いをさせてしまったし、それを目の当たりにさせられたそなたにも、どれほど辛い思いをさせてしまったことか。不覚にも、マルセラが敵の手に囚われ、あのような残酷な目に合わされてしまったのも、全て、わたしの不手際であった。マルセラにも、そなたにも、誠に申し訳なく思っている」「めっ…滅相もございません……トゥパク・アマル様!わたしの方こそ、あの時、自分の部隊を動かすことに気を取られて、マルセラ殿が海戦の偵察から戻っていないことに気が回っていなかったのです。――彼女の一番近くにいるはずのわたしが気付かなかったなんて、我が身が恨めしいです…。マルセラ殿が自力で脱出してくれたから良かったようなものの、そうでなければ、あのアレッチェの思惑通り、インカ軍全体の作戦が狂わされていたかもしれません。もしそのようなことになっていたら、わたしは……、この命で償(つぐな)っても償いきれなかったでしょう」顔を俯(うつむ)かせ、苦悶を滲ませた掠(かす)れ声で言うロレンソに、トゥパク・アマルが、今一度、真っ直ぐ向き直った。「ロレンソ殿、何を言う……!」そんなトゥパク・アマルの方に、また顔を上げ、今度は、ゆっくり表情を明るませながら、ロレンソが続ける。「ですが、幸いにも、マルセラ殿は、今も、全く以前と変わらず朗らかで、ピンピンしています。アレッチェに対しては、さすがに頭にきている部分は多々あるようですが。まぁ、それも、あのような目に合わされたのですから無理からぬことではないかと思い、わたしで良ければと、いろいろ話しを聞いています。そうすることで、少しでも、彼女の心の憂(う)さが晴れるのならと――」「さようか」と、トゥパク・アマルも、端正な眦(まなじり)を緩めて、頷いた。「そなたは優しいのだな。マルセラは、そなたのおかげで、ずいぶん癒されているに違いない。それに、そなたとマルセラの仲が変わらず良好なようで、安堵したぞ」「――えっ……!?そっ、そ、そんな…、陛下に、我らの仲まで案じて頂き、きょ、恐縮至極です……」普段は年齢を超越した沈着冷静さを備えたロレンソが、珍しく激しく動揺して、顔を赤くしている様子に、トゥパク・アマルは微笑まし気に目を細めた。「そなたとマルセラのように、アンドレスとコイユールの仲も良好なのかね?」「はい、トゥパク・アマル様。マルセラ殿とわたしと違って、アンドレス様とコイユールは、だいぶ立場も身分も違いますから、なかなか接点を持つのは難しいようです。ですが、それでも、あの二人の絆は、我らに勝るとも劣らず確かなものです」「やはり、そうであったか」「ええっ!?」「いや、アンドレスも、コイユールも、わたしには、互いに昔ながらの友である、としか言ってくれなくてな。あの二人が恋仲であるとは聞いていなかったのだ」「―――!!」トゥパク・アマルの言葉に、ロレンソが、バッ、と慌てて己の口を両手でふさいだ。そのようなロレンソに、トゥパク・アマルが、柔和な微笑をたたえて応ずる。「ロレンソ殿、誘導尋問にかけたようで、申し訳ない。いや、わたしも、薄々感じてはいたのだ。アレッチェ殿の看護をコイユールに任せたことについても、『コイユールを巻き込まないでくれ』と、先ほど、なかなかの剣幕でアンドレスに迫られたばかりなのだ。なるほど――これで、アンドレスの心中も、コイユールの心中も、より深く理解できる」納得気に誰にともなく頷いているトゥパク・アマルを見上げたまま、ロレンソは、まだ呆然として、返す言葉に窮している。そんな彼の面前で、トゥパク・アマルが、「それにしても…」と、軽く首を傾(かし)げた。「アンドレスは、なぜ、真実を教えてくれなかったのだろうか。わたしが、身分差など、気にはしないことを知っていように」「そ…それは……、もちろん、トゥパク・アマル様が身分の違いなど問題視しないと、アンドレス様も重々分かっていたと思います。とはいえ、正直言って、わたしも、初めてこのことを知った時は、少なからず驚いたというか…、戸惑いを覚えたのも事実です。コイユールは心根の優しい良い娘ではありますが、なにしろアンドレス様は皇帝陛下の甥御であり、若くして大軍の将でもあります。どうしたって、立場も、身分も、違いすぎますから。ましてや、次々と重要な戦局が続いておりましたし、そのような時に、個人的なことで、トゥパク・アマル様を驚かせたり、気をそらさせたりしたくなかったのではないでしょうか。きっと、しかるべき時期を見計らって伝えようと考えていたのだと思います」懸命にアンドレスのために弁明しているロレンソに対して、「わたしは、そのようなことで、驚いたり、気をそらされたりはせぬぞ」と、トゥパク・アマルが腕組みする。「あ…いえ……そういう意味では……!も、申し訳ございません!!」いよいよ恐縮しているロレンソの肩を、トゥパク・アマルの手が、ポンッ、と再び軽快に叩き、それから、フッと笑顔を見せた。「すまぬ、冗談だ。そなたが、あまりに熱心にアンドレスを庇(かば)うから、かまってみたくなったのだ。そなたのような朋友に恵まれ、アンドレスは、実に幸せ者だな」と、その時、回廊の最奥の方角から、ギイィ……と、重い扉の開く音が聞こえた。トゥパク・アマルとロレンソが、ハッと、そちらを振り向く。すると、奥まったアレッチェの居室の中から、老練の従軍医が出てくるところであった。「これは、ちょうど良い。アレッチェ殿の容態など、従軍医と少々話したいことがあるゆえ、わたしはまいる。ロレンソ殿、わたしの身を案じてくれたこと、それから、アンドレスとコイユールのことなど、礼を申すぞ」【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍)反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪アンドレス≫(インカ軍)トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年。剣術の達人であり、若くしてインカ軍を統率する立場にある。スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。ラ・プラタ副王領への遠征から帰還し、現在は、英国艦隊及びスペイン軍との決戦において、沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて副指揮官を務める。≪ロレンソ≫(インカ軍)アンドレスが学生時代を過ごしたクスコ神学校時代の朋友。生粋のインカ族。反乱幕開けと共に、インカ軍に参戦した。アンドレスに比して大人びた風貌と冷静な性格を有し、公私に渡ってアンドレスを助けてきた。≪コイユール≫(インカ軍)インカ族の貧しくも清らかな農民の少女。義勇兵として参戦。 代々一族に伝わる神秘的な自然療法を行い、その療法をきっかけにアンドレスと知り合う。アンドレスとは幼馴染みのような間柄だったが、やがて身分や立場を超えて愛し合うようになる。 『コイユール』とは、インカのケチュア語で『星』の意味。≪マルセラ≫(インカ軍)トゥパク・アマルの最も傍近い護衛官である重臣ビルカパサの姪。アンドレスやロレンソと同年代の年若い女性だが、青年のように闊達で勇敢な武人。 女性ながらもインカ軍をまとめる連隊長の一人で、ロレンソの恋人でもある。≪ホセ・アントニオ・アレッチェ≫(スペイン軍)植民地ペルーの行政を監督するためにスペインから派遣されたエリート高官(全権植民地巡察官)で、植民地支配における多大な権力を有する。ペルー副王領の反乱軍討伐隊の総指揮官として、反乱鎮圧の総責任者をつとめる。有能だが、プライドが高く、偏見の強い冷酷無比な人物。名実共に、トゥパク・アマルの宿敵である。トゥパク・アマルに暴行を加えていた際の発火によって大火傷を負い、その現場である砦を占拠したインカ軍の元で治療を受けている。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!(1日1回有効) (1日1回有効)
2018.09.25
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初夏の潮風は清々しい。砦を支える断崖下に打ち寄せる波も、今は穏やかだ。そろそろ夕刻時となり、傾きかけた朱色の陽光が、砦の外回廊を歩み進むトゥパク・アマルのガッシリと引き締まった両肩に降り注いでいる。その肩口に銀の留め金で緩やかに巻き付けられた黒マントが、彼の軍靴が打ち鳴らす規則的な音と呼応するように、夕風に涼やかになびいている。足早に砦の奥に向かうトゥパク・アマルに、礼を払って速やかに道を開いていくインカ軍の衛兵たちに、彼もまた礼を返しながら進んでいく。ほどなく、トゥパク・アマルの視線の先に、数十名の若いインカ兵たちが、賑(にぎ)やかに会話を交わしながら、元気よくこちらに向かってくる姿が飛び込んできた。一方、若者たちも、まだ遠方ながらも回廊を進み来るトゥパク・アマルの姿に気付いて、即座に回廊の左右に分かれて、静粛さを取り戻す。まるで戦場で一糸乱れぬ二列縦隊が形成されていくかのような整然たる身ごなしで道を開き、己の方に深々と頭を下げている若武者たちに、トゥパク・アマルも礼を返した。それから、彼らの間で足を止め、穏やかな眼差しで全員を見渡し、トゥパク・アマルが口を開く。「楽にして、顔を上げよ。そなたたちは――」トゥパク・アマルに促され、凛々しい面持ちを上げた若き兵たちは、しかし、その顔や手足、作業衣など、隅々まで灰褐色の煤(すす)や黒ずんだ油に塗(まみ)れている。その様子に、トゥパク・アマルは、彼らが何の任務を遂行中なのかをすぐに察した。――あの決戦の夜、このスペイン砦への侵入作戦を決行した際、砦の屋上階でアンドレス軍とアレッチェ軍が激突して引き起こされた火災は甚大なものだった。それでも、この砦が非常に堅牢な造りになっていたため、あの時の屋上階での大火災は爆発を伴った苛烈なものであったにもかかわらず、その火災の影響は、砦の内部までは殆ど及んでいなかった。とはいえ、炎上した屋上階には、このスペイン砦の有する主要な要塞砲が集中的に配備されており、その数は大小合わせて300門近くに及ぶ。あの大火や爆発の影響で破損し、使用不可能になってしまった大砲もあろうが、まだ使用可能な砲があれば、整備・修復して、今後の戦いに活かしたい、というのがインカ軍の偽らざる思いである。もちろん、血を流しあう戦闘など極力避けたいのは、トゥパク・アマルも、他のインカ兵たちも、今も気持ちは同じではあるが。幸い、あの戦闘の夜遅くに襲ってきた大嵐の甲斐あって、屋上階の大火災は鎮火されていた。それでも、屋上階には原油や火薬残留物、砲弾、破砕物などが散乱状態となっていたため、あまりに危険が大きく、これまで立ち入りを禁じてきた。だが、あれから日数も経ったことから、安全をよく確かめつつ、要塞砲の整備を徐々に開始するよう、インカ兵たちに依頼していたのだった。その危険で慎重さを有する作業を任されていたのが、よく統率され、かつ、勇敢さと冷静さを兼ね備えたロレンソ率いる兵たち――今、トゥパク・アマルの周りにいる若者たち――だったのだ。案の定、顔も全身も煤や原油まみれになっていたため、すぐには誰だか見分けられなかったが、トゥパク・アマルを挟んで回廊の左右に隊列を成している集団の中に、ロレンソ自身もいた。「トゥパク・アマル様、このような薄汚れた恰好をお見せして申し訳ございません。ですが、屋上階の要塞砲の破損状況の確認や整備は、迅速に進めておりますので、どうかご安心ください」恭しい態度ながらも闊達な口調で報告したロレンソに、そして、彼の周囲で輝く瞳を己に向けている若者たちに視線を馳せながら、トゥパク・アマルが顎を引いた。「危険を伴う大変な任務を引き受けてくれたそなたたちに、心から礼を申すぞ。焦らずとも良いので、くれぐれも安全を第一に作業を進めてくれたまえ。このような危ない仕事を押し付けておいて言うのも憚(はばか)られるが、大砲などよりも、そなたたち一人一人の命の方が、はるかに大事なのだからな」温情のこもったトゥパク・アマルの真摯な口調に、ロレンソも彼の部隊の兵たちも煤だらけの頬を紅潮させ、「もったいないお言葉でございます……!」と、再び深々と頭を垂れた。そのような彼らに穏やかな笑みを返し、「では、また後で会おう」と、さらに砦の奥深くへと回廊を進みだしたトゥパク・アマルを、ロレンソ軍の兵たちが感じ入った表情で見送っている。やがてトゥパク・アマルが回廊の最奥に消えていくのを、まんじりともせず見守っていたロレンソが、自軍の兵たちを振り向いて、口早に言った。「皆、休憩を取って、それから、まだ屋上で作業している兵たちと、順次、交代してくれ。わたしは、ちょっと用を思い出したから、少し、はずす」「分かりました!」そうキビキビと応じた兵たちが休憩所の方へ歩みだしたのを見届けると、ロレンソは、すかさず踵を返した。そして、外回廊をそれて砦の奥深くの闇の中へ吸い込まれていったトゥパク・アマルの後ろ姿を、大急ぎで追いかける。夕刻の薄闇の中に溶け込むような、トゥパク・アマルの漆黒の長髪とマントが翻る長身の背に向かって、ロレンソが思い切って声をかけた。「トゥパク・アマル様、どうかお待ちください。失礼ながら、どちらに行かれるのですか?そちらの方向は――もしや、お一人で……」ロレンソの心配そうな声音に、トゥパク・アマルが、こちらを振り向いた。「ロレンソ殿、わたしを案じて、追ってきてくれたのかね?」「勝手に…誠に申訳ございません……!ですが、その回廊の先には、あのアレッチェの居室があるものですから。まさか、トゥパク・アマル様がお一人で、あの者のところに行くつもりでは……?それでしたら、わたしも、ご一緒にまいります」真剣に案じ顔を向けてくるロレンソを柔和な双眸(そうぼう)で見つめて、そっと宥(なだ)めるように、トゥパク・アマルが言う。「ロレンソ殿、そのように、わたしの身を案じてくれてありがとう。なれど、アレッチェ殿の居室周辺には衛兵たちもいるであろうし、今頃の時間であれば、まだ従軍医や看護の者たちもいるかもしれぬ。ましてや、アレッチェ殿自身が、今は、身体が不自由な治療中の身だ。わたしのことは大丈夫だから、そなたこそ、しばし休憩を取ってきなさい。あのような身の危険の大きい作業現場を監督するのは、多大な神経も労力も要する、大変な任務なのだから」◇◆◇◆◇ 読 者 の 皆 様 へ ◇◆◇◆◇皆様、いつもご来訪くださいまして、温かいコメントや応援を本当にありがとうございます。この度も、甚大な災害となってしまい、皆様のご無事を切に願っております。台風21号ならびに北海道胆振東部地震により、お亡くなりになられました方々のご冥福を慎んでお祈り申し上げます。 また、被災されたすべての皆様にお見舞い申し上げますとともに、一日も早く安らかな日々の戻りますことを心よりお祈り申し上げます。【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍)反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪アンドレス≫(インカ軍)トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年。剣術の達人であり、若くしてインカ軍を統率する立場にある。スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。ラ・プラタ副王領への遠征から帰還し、現在は、英国艦隊及びスペイン軍との決戦において、沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて副指揮官を務める。≪ロレンソ≫(インカ軍)アンドレスが学生時代を過ごしたクスコ神学校時代の朋友。生粋のインカ族。反乱幕開けと共に、インカ軍に参戦した。アンドレスに比して大人びた風貌と冷静な性格を有し、公私に渡ってアンドレスを助けてきた。≪ホセ・アントニオ・アレッチェ≫(スペイン軍)植民地ペルーの行政を監督するためにスペインから派遣されたエリート高官(全権植民地巡察官)で、植民地支配における多大な権力を有する。ペルー副王領の反乱軍討伐隊の総指揮官として、反乱鎮圧の総責任者をつとめる。有能だが、プライドが高く、偏見の強い冷酷無比な人物。名実共に、トゥパク・アマルの宿敵である。トゥパク・アマルに暴行を加えていた際の発火によって大火傷を負い、その現場である砦を占拠したインカ軍の元で治療を受けている。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!(1日1回有効) (1日1回有効)
2018.09.11
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「農園作りの準備の様子を見に来たのだ。これは戦闘ではないが、食糧の確保は、いついかなる時も重要だ。それに、このことは、今後の礎(いしずえ)のひとつともなる大切なことだと考えている」「……そうは仰いますが、トゥパク・アマル様。土地を開拓し、農園をつくり、収穫するまでには、長い期間がかかります。ですが、我々には、あまり時間が無いのではないでしょうか?リマの副王やアラゴン軍との戦端はすぐにも開かれるかもしれず、クスコでの戦いも予断を許しません。それに、生き残りの英国艦隊だって、いつまた現れるか分かりません。この砦のインカ兵たちは、早々に再び出陣せねばならない可能性が高いと思うのですが」まだトゥパク・アマルの真意をつかめぬアンドレスが、隣にいるジェロニモと共に直立したまま、率直な所感を口にする。そのようなアンドレスと彼の横にいる初対面の黒人青年とに、交互に目を配りながら、トゥパク・アマルが答える。「そなたの言うとおり、この砦のインカ兵も、わたし自身も、遠からず戦場に出向かねばならぬであろう。なれど、ここには、まだ治療の必要な多くの負傷兵がおり、また、当砦の守備兵もそれ相応の人数を残していかねばならぬ。このままでは、ここの食料庫はいずれ底をつき、近隣の農民たちから農作物を買い取るにしても、民が供出できるものには限りがあろう。戦乱が長引いて疲弊している民に、これ以上、いらぬ負担をかけたくはない」「確かに……」と、つぶやくアンドレスの脇で、ジェロニモも頷きつつ、トゥパク・アマルの話にじっと意識を集中させている。一方、トゥパク・アマルは、アンドレスとジェロニモの双方を真摯な眼差しで包み込みながら、さらに語を継いでいく。「たとえ、わたしがここを離れようとも、農園の構築は、この砦を守る兵や、あるいは身体が良くなってきた負傷兵がリハビリがてらにでも、無理なきペースでおこなってゆけばよい。当地は、海や荒野や砂漠に囲まれているように見えるが、実は、土壌が肥沃で、農地に適しているのだ。実際、この辺りのアレキパ界隈は、この国有数の野菜や果実、穀物の産地でもある。それに、ここは皆で築いてゆく農地ゆえ、インカ兵だけのものでも、スペイン兵だけのものでも、英国兵だけのものでもなく、皆の共有地だ。さらには、此度の苛烈な戦乱の炎によって、田畑を焼かれ、家を失い、路頭に迷っている民たちが、当地に集い、共に緑潤う農地を広げ、手を取り合って暮らしていけたら願わしいではないか。ここならば、海産物も得ることができるしな。インカ族も、黒人も、スペイン人も、英国人も、いかなる者も、人種や身分などといった障壁を超えて、共に手を携えて暮らしていける共同体を育んでいくことが、今、この国には必要なのだ。この地が、その端緒となれば良いと考えている」「――な、なるほど……!」自分にとっては、かなり壮大な構想と思えることを、さらりと言ってのけるトゥパク・アマルを見上げながら、アンドレスは嘆息まじりに頷いた。「トゥパク・アマル様のお考えは、よく分かりました……」「うむ。ところで、アンドレス、そなたこそ、このような時に、このような所で、何をしているのだ?」「えっ!?あっ……と、そのぉ……」言葉に窮しているアンドレスの隣で、かわりにジェロニモが、さすがにトゥパク・アマルの前では少々緊張をにじませた丁寧な態度ながらも、溌剌(はつらつ)と答える。「トゥパク・アマル様、横合いから失礼いたします。俺は、ビルカパサ様の連隊に属するジェロニモと申します。アンドレス様は、今回の旅の供の者にと、俺を指名に来てくださったんです!」「―――いっ!?」アンドレスが反射的に隣を振り向いたときには、トゥパク・アマルが、「さようであったか」と、笑顔でジェロニモに頷いているところであった。「ジェロニモと申したな。そなたの名は、ビルカパサからも聞いている。このスペイン砦を制覇するときにも、黒人兵たちをよく統率し、アンドレスを助けて作戦を成功に導いたと。此度の旅も、そなたのような者がアンドレスに同行してくれるのなら、誠に心強い。アンドレスをよろしく頼む」「そっ、そんな…もったいないことでございます…っ!お、俺は、砦を登ったあの時だって、たいしたことはしてませんし……。ですが…ですが、ありがとうございます!!」まさかトゥパク・アマルが、己のような一兵卒のことまで知っていようとは夢にも思っていなかったジェロニモは、柄にもなくコチコチになって謙遜し、顔を耳まで紅潮させている。そんなジェロニモの様子が可笑しくて、アンドレスは思わず吹き出しそうになるのを懸命に堪えた。そして、トゥパク・アマルが、黒人兵たちのことも細やかに把握していることに感心しながら、心の中でつぶやく(ジェロニモには、また一本取られたな。トゥパク・アマル様に直(じか)に言われてしまったら、ジェロニモも連れていかないわけにはいかないよな。――コイユールのことは、マルセラとロレンソによく頼んでおくしかなさそうだ……)そんなアンドレスに視線を戻して、トゥパク・アマルが、平静な面持ちで問う。「それでは、アンドレス、そなたとジェロニモとで二人で行くのかね?」「あ、いえ……」と、少し口ごもってから、アンドレスが、やや言いにくそうに続ける。「実は、あと二人、同行を依頼している者たちがいるのです。一人はビルカパサ殿の連隊兵のペドロで、彼は、まあ、連れていくのに問題は無いと思うんですが…。もう一人が、ちょっとした成り行きで、そのぅ……スペイン兵のヨハンという者なんです。――ええっと…やっぱりスペイン兵を同行させるのは、まずいでしょうか……」「ほお、スペイン人の者も共に行くと……」トゥパク・アマルも、一瞬、漆黒の瞳を見開いたが、ほどなく目を細めて微笑んだ。「そのような成り行きになったのであれば、そのスペイン人のヨハンなる者も、かの地に呼ばれているのであろう。なれど、スペイン軍の兵士ともなると、スペイン側の許可無く、我らの一存で勝手に連れていくわけにはいくまい。スペイン兵や英国兵をこの砦に収容しているのは、あくまで負傷の治療のためであり、決して捕虜としてではないゆえ、我らの自由にしてよいというわけではないのだ。ヨハン殿の件については、わたしからアレッチェ殿に尋ねておこう。結果は後ほど伝えるゆえ、アンドレス、そなたは、とりあえず、そなた自身と同行者三人分の旅支度を整えておきなさい」【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍)反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪アンドレス≫(インカ軍)トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年。剣術の達人であり、若くしてインカ軍を統率する立場にある。スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。ラ・プラタ副王領への遠征から帰還し、現在は、英国艦隊及びスペイン軍との決戦において、沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて副指揮官を務める。≪ジェロニモ≫(インカ軍)義勇兵としてインカ軍に参戦する黒人青年。スペイン人のもとから脱走してインカ軍に加わった。今回のスペイン砦戦では、多くの黒人兵を統率し、アンドレスを補佐して活躍した。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!(1日1回有効) (1日1回有効)
2018.08.28
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