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トゥパク・アマルは、若者二人を優美な仕草で食卓の方へ手招きする。「アンドレス、ロレンソ、誠にご苦労であった。さあ、そなたたちも、こちらに来て食事を摂りなさい。ずいぶん空腹であろう」「ありがとうございます!」長時間に渡って生死を賭けた作戦遂行に挑んでいた間も、その後の対応に追われていた間も、無我夢中で空腹のことなど忘れていたが、今、美味しそうに並べられた料理を前にして、アンドレスもロレンソも、自分たちが死ぬほど腹ペコだったことを痛感していた。二人とも食卓ごと抱え込んで一気に胃袋に流し込んでしまいたいほどの激しい食欲を覚えていたが、それでも、ロレンソは、トゥパク・アマルの隣に座しているアパサに気付いて、深く真摯な礼を払った。その様子に目を留めたトゥパク・アマルが、「そういえば、ロレンソ、そなたもアパサ殿とは初対面であったな」と微笑んで、二人をそれぞれに紹介する。「アパサ殿、こちらはアンドレスの学生時代からの朋友で、反乱幕明け初期よりインカ軍に参戦し、今では、わたしの重側近の一人でもある連隊長のロレンソです。ロレンソ、こちらは、そなたもよく知っての通り、わたしの一番の同盟者であるラ・プラタ副王領の豪族アパサ殿だ」トゥパク・アマルの言葉に、今一度、ロレンソはアパサに丁寧な礼を深々と払った。「アパサ様、お初にお目にかかれて誠に光栄です」アンドレスと同年齢にしては、ぐっと大人びた風貌と、涼やかで怜悧な眼差しを宿したロレンソをひとしきり眺めやったあと、アパサは、アンドレスにも目を向けて、口を開いた。「アンドレスと同い年には見えねえなあ。ロレンソ、おまえ、ガキの頃からの付き合いじゃ、アンドレスの尻拭いに、ずいぶん色々と苦労させられてきたんじゃないのか?まぁ、それに懲りず、今後ともアンドレスのことを宜しく頼む」急に自分の保護者然とした口ぶりになっているアパサの言葉に――しかも、指摘が図星であっただけに…、アンドレスは口に詰め込んでいたフライを吹き出しそうになった。一方、そんなアンドレスをよそに、ロレンソは、「いえ、滅相もありません。アンドレス様に助けられているのは、いつもわたしの方なのです」と、沈着な、それでいて若者らしい笑顔で明るく応じている。そのようなやり取りをトゥパク・アマルやビルカパサも穏やかな表情で見守っており、若い二人が座に加わって、晩餐の間に、再び和やかな空気が流れ出したようだった。◇◆◇◆◇お知らせ◇◆◇◆◇いつもご覧くださいまして本当にありがとうございます!温かい応援やコメントをくださる皆さまには重ねて深くお礼申し上げます。パソコンの調子が不調のため、今週末頃から修理にだす予定です。戻りがいつになるかまだ分からないのですが、念のため来週の更新はお休みさせて頂ければと思いますm(_ _)m日毎に秋の深まりゆく日々、気温も低くなってきておりますので、どうか皆さま、ご体調にお気を付けてお過ごしくださいませ。【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。 「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪アパサ≫(インカ軍)隣国「ラ・プラタ副王領」の豪族で、トゥパクの最も有力な同盟者。「猛将」と謳われる一方で、破天荒で放蕩な性格の持ち主だが、実は、洞察と眼力が鋭く、全体をよく見通している。かつてアンドレスを戦士として鍛え上げた恩師でもある。 ≪アンドレス≫(インカ軍)トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年。剣術の達人であり、若くしてインカ軍を統率する立場にある。スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。ラ・プラタ副王領への遠征から帰還し、現在は、英国艦隊及びスペイン軍との決戦において、沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて副指揮官を務める。 ≪ロレンソ≫(インカ軍)アンドレスが学生時代を過ごしたクスコ神学校時代の朋友。生粋のインカ族。反乱幕開けと共に、インカ軍に参戦した。アンドレスに比して大人びた風貌と冷静な性格を有し、公私に渡ってアンドレスを助けてきた。 ◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!(1日1回有効) (1日1回有効)
2015.10.10
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やがて沈黙を破って、アパサが再び口を開いた。「それで、昨日のスペイン艦隊と英国艦隊の決戦は、結局、どちらが勝ったのだ?おい、トゥパク・アマル、聞いてんのか?」深く思い拭けった眼差しで燭台の炎を見つめているトゥパク・アマルに代わって、ビルカパサがアパサに向いて答えた。「アパサ殿、わたしがお答えしましょう。昨日の海戦では、最新鋭の戦艦を擁する英国艦隊が圧勝し、拿捕(だほ)されたスペイン艦の海兵たちは英国艦の捕虜として大勢囚われました。そして、一夜明けて、次は上陸作戦に向けて、このスペイン砦を制覇しようと意気揚々と外洋から戻り来た英国艦隊でしたが――。しかし、英国艦隊の思惑に反して、この堅牢なスペイン砦は英国艦隊の艦砲射撃をものともせず、逆に、砦の要塞砲による猛攻で英国艦隊を圧倒してしまったのです。我らインカ軍が間に入って参戦してこなければ、恐らく、英国艦隊は、砦の要塞砲によって、全艦撃沈の憂き目を見ていたことでありましょう」ビルカパサの言葉に聴き入りながら、アパサが強く眉間に皺を寄せた。「それでは、この砦のスペイン兵どもは、英国艦に囚われて捕虜とされていた自分たちの仲間にまで、容赦なく砲火を浴びせたってことか?ひでぇ話だな…。だが、それぐらい冷徹に戦ったからこそ、スペイン砦は優位に立てたのだろうがな」そう嘯(うそぶ)きながら鋭利な視線をトゥパク・アマルに馳せたアパサを、トゥパク・アマルは黙って受け流し、冷水を満たしたグラスに口をつけた。そんな二人の様子を見交わしながら、ビルカパサが軽く咳払いをして、またアパサの方に向き直る。「ところで、アパサ殿。アパサ殿に守護をお願いしているラ・プラタ副王領のことですが、かの地は、アパサ殿やアンドレス様の遠征が功を奏し、ここまでインカ軍が勢力を伸ばしてこられたわけですが、敵軍としては、機会さえあれば、いつでも奪還したいと考えているはずです。あまり長くアパサ殿が現地を不在にするというのは……」厳格な面持ちで語るビルカパサに、アパサは、チッ、と忌々しげに舌を鳴らし、相手の視線を払い除けるようにして顔の前で手を振った。「全く煩(うるさ)いやつだな。そんなことは、おまえに言われずとも分かっている。あっちは出来る部下にしっかり任せてあるから、余計な心配は無用だ。それより、おまえもトゥパク・アマルも、このような敵砦に勝手に無謀な戦いを仕掛けおって。斥候たちからその噂を聞き付けて、居ても立っても居られぬ心境だった俺の気持ちも察してほしいものだぜ。案の定、俺が飛んでこなければ、おまえたちは今頃どうなっていたか分からんぞ」「そのことにつきましては、わたしとて、アパサ殿にどれほど恩に着ていることか…」今度はビルカパサとアパサの間に張り詰めた空気が流れ出した時、ちょうどタイミングを見計らったかのように広間の扉が元気に開け放たれて、アンドレスとロレンソが若々しい笑顔を覗かせた。「すいません、遅くなってしまいました。負傷兵たちの搬送もだいぶ秩序立ってきましたので、やっと、こちらに来られました」「他の搬送の兵たちにも、順次、休息をとれるようローテーションも組めましたので、どうかご安心ください」【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。 「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪アパサ≫(インカ軍)隣国「ラ・プラタ副王領」の豪族で、トゥパクの最も有力な同盟者。「猛将」と謳われる一方で、破天荒で放蕩な性格の持ち主だが、実は、洞察と眼力が鋭く、全体をよく見通している。かつてアンドレスを戦士として鍛え上げた恩師でもある。 ≪ビルカパサ≫(インカ軍)インカ族の貴族であり、トゥパク・アマル腹心の家臣。トゥパク・アマルの最も傍近い護衛官として常にトゥパク・アマルと共にあり、幾度と無く命を張って主を守ってきた。ロレンソの恋人マルセラの叔父でもある。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!(1日1回有効) (1日1回有効)
2015.10.03
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こうしてビルカパサも晩餐の座に加わり、三人で食卓を囲みながら、改めてトゥパク・アマルとビルカパサの視線がアパサに注がれる。「それにしても、アパサ殿、そなたが援軍として当地に現れてくれたことは誠に有難いことなのだが、しかし、そなたにはラ・プラタ副王領(現在のボリビア周辺)の守備を任せていたはずではなかったかと」そう穏やかな口調で問うトゥパク・アマルに、アパサは唐辛子を塗りつけたジャガイモを口に押し込みながら答えた。「俺は、おまえの指図を受ける気はないと伝えたはずだ。もちろん、俺の留守中は、信頼できる部下に後を預けてある。それに、あそこは、今、敵兵力が手薄になっていて、俺がいるまでもないのだ。ラ・プラタ副王領で敵軍を総(す)べていた敵将フロレスも、あそから引き揚げちまったしな」「アンドレスたちが収集した情報によれば、フロレス殿は、ラ・プラタ副王領から当地に呼び戻され、此度の海戦では、スペイン軍の艦船に指揮官として乗艦していたとか。昨日の英国艦隊とスペイン艦隊の海戦は凄まじく、両海軍に多くの犠牲者が出たようだ。フロレス殿の身も案じられる」敵将の一人でありながらも相手の身を慮(おもんばか)って眉根を深く寄せて言うトゥパク・アマルに、アパサもチラリと視線を馳せた。「トゥパク・アマル、おまえ、あのフロレスに会ったことがあるか?」「いや」と、トゥパク・アマルは静かに首を振って、語を継いだ。「だが、ラ・プラタ副王領への遠征中にフロレス殿と面識のあったアンドレスから、フロレス殿の人となりは良く聞かされている。アンドレスによれば、スペイン軍の高官にしては珍しく公明正大で、偏見の少ない人物だとか」アパサは「うむ」と頷きながら、スープの残りをうまそうに喉に流し込んだ。「あいつは白人だが、このペルー生まれだから、スペイン渡来の生粋のスペイン人たちから、ずいぶん差別や偏見を受けてきたらしい。だから、人権の欠片もなく搾取され侮蔑されてきたインカ族の苦労が、あいつには少しは分かるのかもしれんな」「そなたも、アンドレスも、同じようなことを言う。そのような人物ならば、わたしもフロレス殿に直に会って、是非とも話をしてみたいものだ」美しい輪郭を燭台の灯りに照らし出しながら、物思わし気に語るトゥパク・アマルに、ビルカパサが身を低めて呻くように言う。「トゥパク・アマル様、わたしも同じ思いです。が、――昨日の海戦で、火達磨になったスペイン艦をフロレス殿が指揮して、英国艦に突っ込んでいくのを見かけたとの海上偵察隊の報告がございます」「叔父様の申し上げた通りです。この砦に囚われる前、わたしは海上偵察に出ておりましたので、遠目からではありますが、そのような様子を確かにこの目で見ました」不意にマルセラの声が食卓の傍で響き、皆が一斉に息を詰める。「なんと火達磨になった自艦を操縦して、自身もろとも敵艦に――」晩餐の間に、重々しい空気が垂れ込めた。【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。 「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪アパサ≫(インカ軍)隣国「ラ・プラタ副王領」の豪族で、トゥパクの最も有力な同盟者。「猛将」と謳われる一方で、破天荒で放蕩な性格の持ち主だが、実は、洞察と眼力が鋭く、全体をよく見通している。かつてアンドレスを戦士として鍛え上げた恩師でもある。 ≪ビルカパサ≫(インカ軍)インカ族の貴族であり、トゥパク・アマル腹心の家臣。トゥパク・アマルの最も傍近い護衛官として常にトゥパク・アマルと共にあり、幾度と無く命を張って主を守ってきた。ロレンソの恋人マルセラの叔父でもある。 ≪イグナシオ・フロレス≫(スペイン軍)ラ・プラタ副王領の討伐隊総指揮官として、当地の反乱鎮圧の総責任者をつとめる。スペイン副王の信任も篤く、かつては最高司法院の議長も務めた有能、且つ、武勇に秀でた麗人。植民地ペルー生まれのスペイン人であるためか、他のスペイン人高官とは異なり、偏見を持たぬ公明正大な人物。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!(1日1回有効) (1日1回有効)
2015.09.29
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「『堅物で無骨な野郎』とは、このわたしのことですかな?」「――!」いきなり背後で聞き覚えのある野太い男の声が響き、アパサは、口いっぱいにほおばっていた大量のトウモロコシの粒を、思わず丸ごと呑み込んだ。と、同時に、激しく咳き込む。「アパサ様、しっかり!」ゲホゲホむせているアパサの方に急いで冷水を渡しながら、マルセラが、ハッと、目を上げて、「あ、叔父様!」と明るい声を上げた。アパサが喉に詰まらせたトウモロコシを水で流し込んでいる間にも、彼の背後から現われたビルカパサに目を留めたトゥパク・アマルが、眦(まなじり)に力を宿して、スッと、立ち上がった。ビルカパサもまた、トゥパク・アマルの傍に力強い足取りで歩み寄り、身を低めて深々と恭順を示す。「トゥパク・アマル様、只今、戻りましてございます」「ビルカパサ、よくぞ戻った。先刻は、あれほどの苛烈な砲撃を浴びながら、よくぞ皆を護り、命長らえさせてくれた」篤い情のこもった声音で言うトゥパク・アマルの前で、ビルカパサも、多大な安堵を隠せぬ感極まった声で答える。「混戦状態にあったインカ軍本隊を安全に引き上げるため、少々時間を要し、戻り来るのが遅くなってしまいました。戦さの最中、陛下のおられるはずの砦の気配が消え去った時には、どれほど案じたことか。陛下がご無事で本当に良かった」まさしく、たった今、戦場から馳せ戻ったばかりのビルカパサは、この晩餐の間に入室するために急いで戦塵だけは払い落していたものの、此度の戦闘で最も激しい砲火に身をさらしていた彼の全身の傷跡は、いかにも生々しい。「ビルカパサ、そなたには誠に心配をかけた。あの時、この砦の中でも、いろいろあってな。それより、そなたは、すぐに傷の手当てを受けねばならぬ」「いえ、トゥパク・アマル様、こんなものは何ほどでもありません」そう逞しい笑顔で応じて、ビルカパサは、鷲鼻の際立つ凛々しい横顔を、今度はアパサの方に振り向け、深く礼を払った。「アパサ殿、思いもかけぬ此度の援軍、誠に有難く――!」「おう」短く答えたアパサもまた、さすがに感無量の面持ちである。トゥパク・アマル、アパサ、ビルカパサ――最重装備を擁した敵軍の猛攻によって多大な犠牲を強いられながらも、一兵でも多くの命を守らんとして我武者羅な攻防戦を繰り広げ、こうして奇跡にも思える再会を果たした三人。その胸中に去来するものはあまりに大きく、今は言葉も無く、ただ熱く互いを見交わすばかりであった。 【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。 「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪アパサ≫(インカ軍)隣国「ラ・プラタ副王領」の豪族で、トゥパクの最も有力な同盟者。「猛将」と謳われる一方で、破天荒で放蕩な性格の持ち主だが、実は、洞察と眼力が鋭く、全体をよく見通している。かつてアンドレスを戦士として鍛え上げた恩師でもある。 ≪ビルカパサ≫(インカ軍)インカ族の貴族であり、トゥパク・アマル腹心の家臣。トゥパク・アマルの最も傍近い護衛官として常にトゥパク・アマルと共にあり、幾度と無く命を張って主を守ってきた。ロレンソの恋人マルセラの叔父でもある。 ≪マルセラ≫(インカ軍)トゥパク・アマルの最も傍近い護衛官である重臣ビルカパサの姪。アンドレスやロレンソと同年代の年若い女性だが、青年のように闊達で勇敢な武人。女性ながらもインカ軍をまとめる連隊長の一人で、ロレンソの恋人でもある。砦の敵中に囚われ捕虜の身となっていたが、脱出をはかった。 ◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!(1日1回有効) (1日1回有効)
2015.09.23
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「こいつはウマそうじゃねぇか、ありがてぇ」ホクホク顔でそう言って手近な椅子に腰を据えると、早速、料理に手を伸ばしているアパサに、「心ゆくまで召し上がってください」と、トゥパク・アマルが目を細めている。まだ湯気の立ちのぼるトウモロコシから黄金の粒をむしって口にほうりこみ、甘美な旨味を噛み締めながら、アパサがしみじみと言う。「これでチチャ酒でもあれば最高なのだがなぁ」「わたしも同じ思いだが、いつ敵襲があるか分からぬ状況ゆえ」そう苦笑するトゥパク・アマルに、「そんなこたぁ、言われなくても分かってる」と、アパサが片眉を吊り上げた。「アパサ様、どうぞこちらも召し上がってください」不意に、耳元で聞き慣れない若い女性の声が響いて、アパサは、ハッ、と顔を上げた。晩餐の間で、トゥパク・アマルやアパサのために食事の給仕をしていた数名の女性義勇兵たちの中にいたマルセラが、大きな土鍋から取り分けた熱々のスープ皿を、トゥパク・アマルとアパサの前に笑顔で差し出していたのだ。スラリと長く伸びた健康的な褐色の手足に、青年のような凛々しさと女性的な魅力を兼ね備えた中性的な風貌のマルセラ――突然の彼女の出現に、料理を掻き込んでいたアパサの手が、ピタッ、と止まる。本来は酒豪のアパサも、今は一滴も飲んでいないはずであったが、固まったまま耳元を上気させている。そんな中、「そういえば」と、思い出したようにトゥパク・アマルが二人を見交わした。「アパサ殿とマルセラは初対面であったな。アパサ殿、こちらはビルカパサの姪御殿のマルセラです」トゥパク・アマルの紹介に、マルセラも、「アパサ様、お初にお目にかかれて嬉しく思います。アパサ様の武勇伝は、叔父から多々聞き及んでおります」と、深い敬意を宿した声音で、闊達に言い添える。「あっ、あの堅物で無骨なビルカパサの野郎に、…い、いや、ビルカパサ殿に、あなたのような姪御殿がいらしたとは、やっ、全く驚きです」照れて急に言葉遣いの変わったアパサがどこか微笑ましくて、スープの匙を口に運びながら、トゥパク・アマルも思わず相好(そうごう)を崩した。 【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。 「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪アパサ≫(インカ軍)隣国「ラ・プラタ副王領」の豪族で、トゥパクの最も有力な同盟者。「猛将」と謳われる一方で、破天荒で放蕩な性格の持ち主だが、実は、洞察と眼力が鋭く、全体をよく見通している。かつてアンドレスを戦士として鍛え上げた恩師でもある。 ≪マルセラ≫(インカ軍)トゥパク・アマルの最も傍近い護衛官である重臣ビルカパサの姪。アンドレスやロレンソと同年代の年若い女性だが、青年のように闊達で勇敢な武人。女性ながらもインカ軍をまとめる連隊長の一人で、ロレンソの恋人でもある。砦の敵中に囚われ捕虜の身となっていたが、脱出をはかった。 ◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!(1日1回有効) (1日1回有効)
2015.09.15
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トゥパク・アマルに導かれて、ほどなくアパサは晩餐の間に続く重厚なドアの前に立っていた。ドアノブに手をかけて扉を開きながら、「さあ、中へ」と、トゥパク・アマルが微笑みながらアパサを促す。そんなトゥパク・アマルを改めて直近で眺めやりながら、アパサは、今さらながら、トゥパク・アマルの肌を覆う酷い火傷痕や投打痕に気付いて、眉をひそめた。「トゥパク・アマル、その火傷や怪我はどうした?その傷――足蹴(あしげ)にでもされない限り、普通に殴られた程度では、そんなふうにはならないぞ。一体、何があったのだ?」「応急処置も済んでおり、案ずるには及びませぬ。そなたこそ、戦場で受けた大傷だらけで、全身たいそうな状態ではないか」「フンッ、これしきのカスリ傷、唾でもつけときゃ勝手に治る」そう言って鼻息を吐き出したアパサを扉の内部に導き入れて、トゥパク・アマルが、さらに広間の内部へ歩み進んでいく。部屋中に立ち込めた料理の芳しい匂いや漂いくる温かな湯気に誘われるように食卓の方に目をやったアパサの顔が、パァッ、と大きく輝いた。広間の中央には幾つもの燭台で照らし出されたテーブルが置かれており、その上には、女性義勇兵たちが真心込めて用意してくれた料理の数々が並んでいたのだ。紅色唐辛子を利かせたライム風味の魚介マリネ、燻製肉やカナッペ、パン類、魚介類やチューニョ(乾燥ジャガイモ)をトマトで煮込んだブイヤベ-ス風ス-プ、茹でたての大粒トウモロコシ、黄色唐辛子を添えた魚介のフライ、冷製ポテトのクリームチーズ風ソースの和えもの、茹でたジャガイモや葉物野菜にレモンと紫タマネギを添えたサラダ、スパイスで味付けされた黄金色に輝くライスなど――。海辺にある砦の地の利を生かした海産物をメインに、砦の食糧庫に保存されていた食材を合わせて作られた、素朴ながらも丹精込めたインカの伝統料理の数々である。 【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。 「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪アパサ≫(インカ軍)隣国「ラ・プラタ副王領」の豪族で、トゥパクの最も有力な同盟者。「猛将」と謳われる一方で、破天荒で放蕩な性格の持ち主だが、実は、洞察と眼力が鋭く、全体をよく見通している。かつてアンドレスを戦士として鍛え上げた恩師でもある。 ◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!(1日1回有効) (1日1回有効)
2015.09.08
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と、その時、何者かの手が、ポンッ、と、アンドレスの肩を叩いた。「なんだよ、今、とても大事なところなのに」そう言って半顔だけ振り向いたアンドレスの後ろには、己の肩に手を置いたロレンソの姿がある。「あー、邪魔をして悪いのだが、アンドレス、そなたたち、とりあえず今はそれぐらいにしてはどうだ?」コホンッ、と軽く咳払いしつつ、そう窘(たしな)めたロレンソは、視線で周りをグルリと示した。「えっ?――ギョッ!!」アンドレスとコイユールが周囲に目を転じれば、その辺りに集まっていたインカ兵や看護の義勇兵たちの完全に注目の的となっている。咄嗟に我に返った二人の顔から、同時に真っ赤な火が噴き出した。コイユールは瞬時に相手の腕の中から飛び降りると、頬を紅潮させたまま、懸命に瞳で訴える。(アンドレス、早く任務に戻って)(わ、分かった……また後で!)顔から炎を上げたまま急いでアンドレスがその場を立ち去る間にも、コイユールは、たちまち看護班の年上の女性たちから取り囲まれた。「ふ~ん、前から、あんたとアンドレス様は、なんだかアヤシイと感じてたのよ。でも、まさか、あたしたちと同じ貧しい農民出の娘のあんたと、皇帝陛下の甥のアンドレス様とじゃ身分が違いすぎると思ってたの。だけど、さっきの様子だと、あんたたちやっぱり!さ、今日こそは白状なさいな」「い、いえ、たまたまアンドレス様のお屋敷があったのと同じ村の出身で…ちょっとした事情があって、子どもの頃からの知り合いで……そ、その……」年上の女性たちから強く迫られてアタフタと答えるコイユールに、女性たちは「ウフフ」と笑って、コイユールの滑らかな額を可笑しそうに小突いた。「まあ、そんなに恐縮しなくていいのよ。アンドレス様は、あたしたちから見れば、どうしたって子どもなの。まだまだあまりに若すぎるから。男としては、やっぱり、トゥパク・アマル様の方よねぇ!」開けっ広げな調子で朗らかに語らいながら、「そうそう」と意気投合している女性たちに、コイユールは目を瞬かせつつ「でも、トゥパク・アマル様には、ミカエラ様も皇子様たちもいらして…」と固唾を呑んでいる。「まぁ、ふふふ、ほんと、あんたって初心(うぶ)な子ねぇ!そういうこととは、また別なのよ。ま、いいわ、早く治療場に戻らなきゃならないから、今日のところはこれくらいにしておいてあげる」そう言って高らかに笑いながら踵を返した年上女性たちの後ろ姿を見送ると、コイユールは、同年代の少女たちにも目をやった。「あの…」「あ、いいの、いいの、わたしたちにも遠慮しなくていいのよ。わたしたちも、どっちかというとトゥパク・アマル様が、ね――やっぱり、ずいぶん大人だし♪」「はぁ……」返す言葉を失って、さらに目を瞬かせているコイユールの腕を取って、少女たちも治療場の方に闊達な足取りで歩き出す。「それより、コイユール、さっきはすごく心配したのよ。アパサ様が斧を振り上げているのに、いくらなんでも危なすぎるわよ」賑やかに言葉を交わしながら、コイユールを伴って、若い娘たちも治療場の方へ去っていく。そんな彼女たちのやり取りを物陰でそっと聞いてしまったロレンソは――というのも、アンドレスとの間柄を悟られたコイユールが、女性陣に詰問されて辛い目に合わされるのでは、と案じて、密かに見守っていたのだが。そんな自分の懸念が取り越し苦労であったことに安堵しつつも、さすがに複雑な心境を禁じ得ず、息を呑んでいた。(彼女たちの今の会話は、アンドレスには黙っておこう…。しかし、アンドレス、そなた、もっとしっかりしないといかんようだなぁ) 【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。 「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪アンドレス≫(インカ軍)トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年。 剣術の達人であり、若くしてインカ軍を統率する立場にある。スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。ラ・プラタ副王領への遠征から帰還し、現在は、英国艦隊及びスペイン軍との決戦において、沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて副指揮官を務める。≪ロレンソ≫(インカ軍)アンドレスが学生時代を過ごしたクスコ神学校時代の朋友。生粋のインカ族。反乱幕開けと共に、インカ軍に参戦した。アンドレスに比して大人びた風貌と冷静な性格を有し、公私に渡ってアンドレスを助けてきた。 ≪コイユール≫(インカ軍)インカ族の貧しくも清らかな農民の少女。義勇兵として参戦。代々一族に伝わる神秘的な自然療法を行い、その療法をきっかけにアンドレスと知り合う。アンドレスとは幼馴染みのような間柄だったが、やがて身分や立場を超えて愛し合うようになる。『コイユール』とは、インカのケチュア語で『星』の意味。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!(1日1回有効) (1日1回有効)
2015.08.29
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アパサの方に下げていた頭を上げて、アンドレスが、腕の中に抱き上げているコイユールに視線を向けた時、ちょうどコイユールも意識を取り戻したところであった。彼女は艶やかな長いおさげを揺らして微かに首を振ると、ゆっくり目を開き、まだ朦朧とした意識の中で辺りに視線を漂わせている。「コイユール、良かった!意識が戻ったんだね」歓喜の表情で夢中で己を見下ろしているのがアンドレスだと気付くと、コイユールは、激しい驚きの顔で、「えっ?」と、大きく息を詰めた。くっきりした彼女の目元が、弾かれたように見開かれていく。「アンドレス、どうし…て……?」意識が回復したばかりで、まだ上手く状況が呑み込めぬ様子のコイユールではあったが、ほどなく、「そうだわ、アパサ様は?それに、負傷したスペイン兵の人は?」と切迫した声を上げた。「大丈夫だよ、コイユール。アパサ殿は武器を納めてくれたし、君が庇った負傷兵も治療場に運ばれていった」優しい眼差しで微笑みながら答えるアンドレスの澄んだ瞳を見上げながら、コイユールは言葉に尽くせぬ安堵の表情で、「そう…良かったわ。本当に良かったわ」と、涙声を漏らした。それから、揺れる黒曜石の瞳でアンドレスの顔を真っ直ぐ見つめると、深い感動を帯びた声音で囁くように言う。「アンドレス、あなたが無事で本当に良かった。またこうして、あなたに会えて……」「コイユール――俺もどんなに君に」堪え切れぬ愛しさから、コイユールを抱き上げているアンドレスの腕には、無意識に力がこもっていく。 【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。 「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪アンドレス≫(インカ軍)トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年。 剣術の達人であり、若くしてインカ軍を統率する立場にある。スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。ラ・プラタ副王領への遠征から帰還し、現在は、英国艦隊及びスペイン軍との決戦において、沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて副指揮官を務める。≪コイユール≫(インカ軍)インカ族の貧しくも清らかな農民の少女。義勇兵として参戦。代々一族に伝わる神秘的な自然療法を行い、その療法をきっかけにアンドレスと知り合う。アンドレスとは幼馴染みのような間柄だったが、やがて身分や立場を超えて愛し合うようになる。『コイユール』とは、インカのケチュア語で『星』の意味。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!(1日1回有効) (1日1回有効)
2015.08.25
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アンドレスは、今も気を失っているコイユールを抱き上げている両の腕に力を込め、己を奮い立たせるようにして語を継いでいく。「インカ軍、ひいてはインカの民全体のことを真に思ってのアパサ殿のお考えは、トゥパク・アマル様も仰る通り、僭越ながら、俺も誠に有難く、そして、実際、一理あると感じております。ですが、この砦にいる敵方の負傷兵たちを本当に手に掛けるようなことをしたら――、ひどく傷ついて無抵抗な彼らを本当に殺(あや)めるようなことをしたら、スペイン側や英国側の憎しみはどれほど膨れ上がることでしょうか。そうなれば、敵方に囚われ捕虜となっているインカ軍の兵たちは、即座に、皆殺しにされてしまうことでしょう」「――ふん、そんなことは分かり切っている。それも覚悟の上で、いかなる状況であろうが、一兵でも多くの敵兵力を減ずる断固とした意志と実行力が無ければ、勝利などできぬ。それを身をもって教えてやろうと思っただけだ」「アパサ殿……!」アンドレスは、眉根を強く寄せた苦悩の面持ちで、今も意識を失くしたままの腕の中のコイユールの方に視線を落とした。そんな彼をまじまじと眺め渡してから、「くそッたれ…!」と、口汚く吐き捨てた後、ついにアパサは、ゆっくり斧を石床に下ろした。その瞬間、張り詰めていた辺りの空気が、ふっと、緩む。「せっかく手本を示してやろうと思ったが、小娘まで飛び出してくる始末。トゥパク・アマルにも、おまえにも、この砦中の誰にも彼にも、まったく、すっかり、興ざめだっ」嫌味の連打に弄(なぶ)られながらも、アンドレスは、深く安堵の息をついた。と、そのアンドレスの嘆息に重なるように、グーーッ、と、アパサのお腹が大きく鳴った。「……!」顔を赤らめて気まずそうに言葉を呑んだアパサの傍に、トゥパク・アマルが歩み寄り、ニッコリ笑って言う。「アパサ殿、奥に晩餐の用意が整っています。このような場所ゆえ、豪華な饗宴とはいかないが、そなたの大いなる働きに報いんと、皆が真心込めて作ってくれた食事です。それに、そなたとは色々と積もる話もある。さあ、アパサ殿、わたしと共に晩餐の間へお越しください」軽くアパサの肩に触れたトゥパク・アマルの手に促されて、砦の奥に向かって踵を返したアパサの後ろ姿に、アンドレスは身を低めて、心底から礼を払った。「アパサ殿、武器を納めてくださり、本当にありがとうございます」「フン、今はやめた、というだけにすぎん。俺がこの砦にいる間、その気になれば、いつでも、敵の負傷兵どもをあの世に送ってやる心積もりがあることを忘れるな」振り向きもせず答えたアパサの筋肉質な背に向かって、アンドレスは、今一度、深々と頭を垂れた。 【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。 「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪アンドレス≫(インカ軍)トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年。 剣術の達人であり、若くしてインカ軍を統率する立場にある。スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。ラ・プラタ副王領への遠征から帰還し、現在は、英国艦隊及びスペイン軍との決戦において、沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて副指揮官を務める。≪アパサ≫(インカ軍) 隣国「ラ・プラタ副王領」の豪族で、トゥパクの最も有力な同盟者。 「猛将」と謳われる一方で、破天荒で放蕩な性格の持ち主だが、実は、洞察と眼力が鋭く、全体をよく見通している。かつてアンドレスを戦士として鍛え上げた恩師でもある。≪コイユール≫(インカ軍)インカ族の貧しくも清らかな農民の少女。義勇兵として参戦。代々一族に伝わる神秘的な自然療法を行い、その療法をきっかけにアンドレスと知り合う。アンドレスとは幼馴染みのような間柄だったが、やがて身分や立場を超えて愛し合うようになる。『コイユール』とは、インカのケチュア語で『星』の意味。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!(1日1回有効) (1日1回有効)
2015.08.18
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「気を失っているだぁ?俺は、その小娘には、何もしてねぇぞ。そもそも、勝手に飛び出してきたのは、その女の方じゃねえか。それで気絶したからって、俺のせいだなんて言われちゃ堪らねぇぜ」いつになく己に厳しい眼を向けてくるアンドレスに少々たじろぎながらも、アパサが、憮然として言い放つ。「アパサ殿、いくら覚悟の上で飛び出してきたからって、本当に頭上から斧が降ってくれば、普通の感覚の女性なら、気のひとつやふたつ失って当然でしょう」憤りを隠せぬ声音で言い返すと、アンドレスは、意識を失っているコイユールの華奢な身体を横抱きに抱き上げ、アパサの眼前に決然と立った。直近で立たれると、今ではトゥパク・アマルに追いつかぬばかりに長身のアンドレスが、中肉中背のアパサを見下ろすかたちになっている。「アパサ殿――」「な、なんだ、アンドレス、おまえの大恩ある師匠様のこの俺に、何か文句でもあるってぇのか?もしや、その小娘は、おまえの知り合いか?いや、まさか…おまえの女だったりとか?」「――…!」皮肉を込めた冗談で言ったつもりの己の言葉に、アンドレスがあまりに大きく反応したため、アパサも、刹那、目をまん丸くしていたが、すぐにも、「え~?!マジでっっ?!」と、素っ頓狂な声を上げた。「ま、さ、か、ほんとに、おまえの女なのか?あのヒヨッコだったおまえの?!ブワッツハハハ――!!こりゃあ、とんだ余興じゃねえかっ!」これでもかと毒々しい言葉を浴びせながら豪快な笑い声を上げているアパサの面前で、アンドレスは、瞬間、耳まで真っ赤になる。が、その次の瞬間には、即座に青黒い顔色に変わって、いよいよ険しく両目を吊り上げた。「何が可笑しいんです?!第一、そのような下品な言い方はやめてください……!それより、アパサ殿、後生ですから、どうかその物騒な斧をお納めください!」【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。 「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪アンドレス≫(インカ軍)トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年。 剣術の達人であり、若くしてインカ軍を統率する立場にある。スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。ラ・プラタ副王領への遠征から帰還し、現在は、英国艦隊及びスペイン軍との決戦において、沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて副指揮官を務める。≪アパサ≫(インカ軍) 隣国「ラ・プラタ副王領」の豪族で、トゥパクの最も有力な同盟者。 「猛将」と謳われる一方で、破天荒で放蕩な性格の持ち主だが、実は、洞察と眼力が鋭く、全体をよく見通している。かつてアンドレスを戦士として鍛え上げた恩師でもある。≪コイユール≫(インカ軍)インカ族の貧しくも清らかな農民の少女。義勇兵として参戦。代々一族に伝わる神秘的な自然療法を行い、その療法をきっかけにアンドレスと知り合う。アンドレスとは幼馴染みのような間柄だったが、やがて身分や立場を超えて愛し合うようになる。『コイユール』とは、インカのケチュア語で『星』の意味。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!(1日1回有効) (1日1回有効)
2015.08.11
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己の胴体の真上でギロチンのように生々しい魔光を放つ斧の刃に、担架上の敵負傷兵が、「ヒッ…!」と、声にならぬ悲鳴を上げる。それが合図であったかのように、戦斧を握り締めたアパサの腕が、猛然と振り下ろされた。「おやめください!!」アパサが斧を振り下ろしたのと、その娘が飛び出してきたのと、どちらが早かったのか、周りにいる者たちの動体視力では全く判別できなかった。いや、一体、何か起きたのか、辺り中の誰もが、すぐには検討もつかなかった。いずれにしても、気付いた時には、看護の義勇兵と思しきインカ族の若い娘が、風のように群衆の中から飛び出してきて、アパサの斧と敵負傷兵との間に、彼女の身体を挟み込ませていたのだった。今、敵負傷兵の身体に己の上半身を覆い被せて相手を庇っている娘の頭上1センチほどのところで、アパサの戦斧は、ピタリと、見事なほど完全に止まっている。その予定されていたが如く完璧な寸止めに、たとえ娘が飛び出して来ずとも、アパサの斧は、負傷兵の体を断ち斬ることはなかったであろうと、トゥパク・アマルの怜悧な瞳は見通していた。トゥパク・アマルは、目を細めて微笑し、アパサに向かって静謐(せいひつ)な佇(たたず)まいのままに言う。「アパサ殿、どうかこの場は、その娘に免じて、そなたの刃を納めてはくれまいか」他方、当のアパサも、さすがに予測外の出来事に両目を瞬かせており、トゥパク・アマルを目尻の端からギロリと睨(ね)めつけて、それから呆れたように深々と鼻息を吐いた。「おまえの部隊の者たちは、こんな小娘までもが、おまえにすっかり洗脳されているのか」相変わらずの憎まれ口を叩きながらも、アパサは、己の斧の下で敵兵の上に身を投げ出したまま微動だにせぬ娘の方に視線を馳せている。「おい、小娘、いつまでそうしているつもりだ?」「いえ、アパサ殿、彼女は気を失っているんです。恐らく、本気で負傷兵の身代わりになって、あなたの斧を受けるつもりだったんでしょう。意識が飛ぶのも無理はありません」いつの間にそこに来ていたのか、娘の脇に跪(ひざま)ずいたアンドレスが、顔面蒼白になって、憤怒を滲ませた険しい目で、キッ、とアパサを見上げた。そうしながら、アンドレスは、うつ伏せたまま失神している娘の細い肩を懸命に揺すって、「しっかりしろ、コイユール、コイユール…!」と、必死に呼びかけている。 【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。 「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪アンドレス≫(インカ軍)トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年。 剣術の達人であり、若くしてインカ軍を統率する立場にある。スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。ラ・プラタ副王領への遠征から帰還し、現在は、英国艦隊及びスペイン軍との決戦において、沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて副指揮官を務める。≪アパサ≫(インカ軍) 隣国「ラ・プラタ副王領」の豪族で、トゥパクの最も有力な同盟者。 「猛将」と謳われる一方で、破天荒で放蕩な性格の持ち主だが、実は、洞察と眼力が鋭く、全体をよく見通している。かつてアンドレスを戦士として鍛え上げた恩師でもある。≪コイユール≫(インカ軍)インカ族の貧しくも清らかな農民の少女。義勇兵として参戦。代々一族に伝わる神秘的な自然療法を行い、その療法をきっかけにアンドレスと知り合う。アンドレスとは幼馴染みのような間柄だったが、やがて身分や立場を超えて愛し合うようになる。『コイユール』とは、インカのケチュア語で『星』の意味。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!(1日1回有効) (1日1回有効)
2015.08.04
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そのままアパサはムズと己の戦斧を握り締め、敵兵なら誰でも構わぬとばかりに、たまたまインカ兵たちによって搬送されてきた一人の負傷兵の方へ突き進んでいく。鬼のような形相で巨大な斧を構えて迫り来るアパサに、負傷兵を乗せた担架の柄を握っていたインカ兵たちも驚いて目を見張っている。そんな彼らが運んできた担架の上では、肩から胸にかけて深い刀傷を負ったスペイン兵が、止血の応急処置も虚しく傷口から血を流しながら、苦痛の呻きを必死にかみ殺していた。これほどの重症を負いながらも意識を失っていない精神力の強靭さに敵ながら感嘆させられるほどであったが、それだけに、当人の苦痛の甚だしさは想像に余りある。アパサは、その敵負傷兵の担架の前に仁王立ちになると、まるで生贄(いけにえ)を見下ろすが如く冷厳な眼光で相手を睥睨(へいげい)した。「トゥパク・アマル、誤解をするなよ。俺は、おまえに反抗する意志など微塵も無い。ただ、この正念場まで来た以上、おまえに本気で目を覚ましてほしいだけだ。むしろ、これは、おまえへの捧げ物だと思ってほしい。おまえがこの戦いに勝利したいと本気で望んでいるならば、これから俺がやってみせるように、敵の負傷兵どもを躊躇なく冥土に送り届けてやることだ。さすれば、こいつらとて、早く楽になれる。よく見ておけよ――!」獲物と定めた眼下の負傷兵から、野獣のごとき鋭い双眸(そうぼう)を一時も離さず、アパサがトゥパク・アマルに向かって大音声を張った。一方、トゥパク・アマルもまた、鋭利に研ぎ澄まさた切れ長の目を貫くようにアパサに据えたまま、揺るぎない口調で超然と応ずる。「アパサ殿、抵抗できぬ者を討つなど、そなたは決してしない」「ならば、おまえのその目で確かめるがいい!!」アパサのひときわ獰猛な咆哮が、強度に緊張した周囲一帯に響き渡り、と同時に、アパサの筋骨隆々たる腕が大きく戦斧を振り上げた。 【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。 「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪アパサ≫(インカ軍)隣国「ラ・プラタ副王領」の豪族で、トゥパクの最も有力な同盟者。 「猛将」と謳われる一方で、破天荒で放蕩な性格の持ち主だが、実は、洞察と眼力が鋭く、全体をよく見通している。かつてアンドレスを戦士として鍛え上げた恩師でもある。 ◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!(1日1回有効) (1日1回有効)
2015.07.28
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「そなたの言いたいことは分かるし、そなたの意見にも一理ある。なれど、アパサ殿、そなたも良く知っての通り、この戦いは、植民地支配体制下における圧政を終わらせるためのものであって、スペイン人や英国人など特定の人種を敵と見なしてのものではない。それにもかかわらず、我らは、あまりにも多くの犠牲を出し過ぎだ。ましてや、武器をとれぬどころか生死の境を彷徨っている負傷者たちは、たとえスペイン人であろうとも、英国人であろうとも、今や兵士ではなく、一人の傷ついた人間にすぎぬ。まだ辛うじて灯っている命の火までをも、暴風雨の中に晒したまま、ただ掻き消されるのを看過することなどできようか」静かな口調ながらも、断固とした意志を秘めて語るトゥパク・アマルの言葉に、しかしながら、アパサは、いよいよ頭髪をメラメラと燃え立たせて、犬歯を獰猛に剥き出した。「トゥパク・アマル、おまえは、いつまでそのような綺麗事を!!おまえのその優柔不断な甘さが、これまでどれほどインカ軍をいらぬ危険に晒してきたか、ダラダラと戦さを長引かせ、かえって双方の犠牲者を増幅させてきたか、いい加減に目を覚ましたらどうなのだ!」いかに同盟者とはいえ、インカ皇帝と目されているトゥパク・アマルに対する一豪族アパサのあまりに歯に衣着せぬ物言いに、周囲のインカ兵たちも、従軍医や看護の者たちも、皆、驚愕して息を呑んでいる。「アパサ殿、いくらアパサ殿でも、そのような言い方は――」さすがに堪りかねて、アンドレスが、二人の間に割って入った。だが、アパサの鋼鉄のような強靭な腕が、アンドレスをドッと突き飛ばした。「いいか、トゥパク・アマル、この砦に運び込んだ敵兵どもに、今すぐ、一人残らず、止(とど)めを刺せ。この戦さを一刻も早く終わらせるためにも、そして、ここにいる敵の負傷兵どもと戦って戦場で命を落としたインカ兵たちの魂に報いるためにも、今こそ判断を誤るな」頭頂から湯気を立てぬばかりに激昂しながらも、アパサの声音はどこか不気味に冷静で、それだけに真に迫った凄みがある。トゥパク・アマルもまた、アパサの言葉は、ただ感情に流されて吐き出された暴言などではなく、己に対する心底からの進言であると見て取っていた。それでも、トゥパク・アマルは、静かに首を振り、真摯な、それでいて、有無を言わさぬ強さを宿した口調で決然と言う。「アパサ殿、そなたの存在は、誠にわたしの右腕そのもの。そなた無くば、わたしは己の考えに均衡を欠いたまま、偏った道筋へと突き進んで行きかねぬ。今も、そなたの言葉は、わたしに多大なる気付きを与えてくれている。とはいえ、そなたの此度の意見は、実行に移すことはできぬ。まだ命あるスペイン兵や英国兵に敢えて止めを刺すなど、そのようなことは断じてできぬ」「おまえは、まだ、そのような……!ならば、俺が、今この場で、手本を見せてやる!!」ついに本気でブチ切れたアパサの険しい怒声が、砦の高い天井に轟然と響き渡った。 【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。 「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪アパサ≫(インカ軍)隣国「ラ・プラタ副王領」の豪族で、トゥパクの最も有力な同盟者。 「猛将」と謳われる一方で、破天荒で放蕩な性格の持ち主だが、実は、洞察と眼力が鋭く、全体をよく見通している。かつてアンドレスを戦士として鍛え上げた恩師でもある。 ◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!(1日1回有効) (1日1回有効)
2015.07.21
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やがて、トゥパク・アマルが篤い情のこもった声音で言った。「アパサ殿、よくぞ来てくだされた。そなたの援軍無くば、今頃、我らはどうなっていたか分からない。いや、恐らく、砦の内外のインカ軍共に、アレッチェとアラゴンの大軍に一網打尽にされていたことであろう。誠に、どれほど礼を述べても、述べ尽くせぬ」一方、そんなトゥパク・アマルの言葉に、アパサは耳元を上気させながらも、ツイッとそっぽを向いて、「礼など…!おまえのやり方はいつも危なっかしくて、放置しておけぬだけだ」と、鼻息を吐いた。相変わらずのアパサの憎まれ口にさえも、トゥパク・アマルは、懐かしそうにしみじみ聴き入り、微笑んでいる。対するアパサは、相手の視線から逃れるように、ますます耳を火照らせて周囲に視線を漂わせた。そうしながら、砦内に続々と運び込まれてくる負傷兵たちの中に、スペイン兵や、さらには英国兵と思しき敵兵たちまでもが混ざっていることに目を留めて、「なぬっ?!」と、大きく喉を鳴らした。瞬発的に険しく吊り上がった眦(まなじり)で射るようにトゥパク・アマルを睨み、見る間に憤怒に青黒く変わった顔で、アパサが厳しく問い質(ただ)す。「トゥパク・アマル、なぜ敵の負傷兵どもまで運び込んでいる?おまえ、まさか、あいつらにまで治療を施して、助けてやろうってんじゃねえだろうな?そのような敵勢力を補完し続けるようなことをして、この戦いを永遠に続けようってんじゃねぇだろうな?!」【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。 「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪アパサ≫(インカ軍)隣国「ラ・プラタ副王領」の豪族で、トゥパクの最も有力な同盟者。 「猛将」と謳われる一方で、破天荒で放蕩な性格の持ち主だが、実は、洞察と眼力が鋭く、全体をよく見通している。かつてアンドレスを戦士として鍛え上げた恩師でもある。 ◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!(1日1回有効) (1日1回有効)
2015.07.17
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砦の正門で負傷兵を受け入れているトゥパク・アマルの視界に、激しい雨の中をこちらに向かってくるアパサやアンドレスの姿が飛び込んできた。アパサは、叩きつける豪雨でさえも洗い流しきれぬほどに泥土や戦塵、あるいは血糊にまみれ、まるで野性の猪(いのしし)かドブ鼠かと目を見張るような風体と化している。それでも、遠目から見ても明らかなほど、炯々たる鋭い眼光や全身に漲る猛々しい不敵なオーラは、かつてと変わらず健在である。いっこうにやむ気配のない雷雨に向かって毒づきながら、大股でこちらに進んでくるアパサの懐かしい姿に、トゥパク・アマルは思わず目を細めた。アパサとの再会は実に久方ぶりである。門前でこちらを見守っているトゥパク・アマルに気付いたアンドレスが、小走りで一足早く門の傍まで駆け上がってくると、身を低めて礼を払った。「トゥパク・アマル様、アパサ殿が同行してくれました」「ありがとう、アンドレス。アパサ殿をよくぞ説得してくれた」感謝の礼を込めて微笑むトゥパク・アマルの元に、まもなくアパサ自身も到着してきた。アパサの方も、久々の再会を果たしたトゥパク・アマルの無事な様子を目前にして、さすがに常の毒舌も鳴りを潜め、ただ興奮ぎみに鼻腔を膨らませて恍惚と立ち尽くしている。トゥパク・アマルもまた、深い感慨が突き上げ、大きく瞳を輝かせたまま、言葉を呑んでいる。「アパサ殿――」「トゥパク・アマル」双方共に、戦傷やら、火傷やら、ありとあらゆる汚れやらでボロボロな格好ではあったが、それでも、互いの健在な姿をまるで魂の目に刻み込むかのように、しばし時を忘れて、眼前の盟友を全身の隅々まで見据え合っている。☆★☆★☆お知らせ☆★☆★☆いつもご来訪くださいまして、本当にありがとうございます!また、温かい応援やコメントをくださる皆さまには、重ねて深くお礼申し上げます。次回の更新は来週の土曜日を予定しております。どうぞ宜しくお願いいたします.:*・☆【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。 「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪アンドレス≫(インカ軍)トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年。 剣術の達人であり、若くしてインカ軍を統率する立場にある。スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。ラ・プラタ副王領への遠征から帰還し、現在は、英国艦隊及びスペイン軍との決戦において、沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて副指揮官を務める。≪アパサ≫(インカ軍) 隣国「ラ・プラタ副王領」の豪族で、トゥパクの最も有力な同盟者。 「猛将」と謳われる一方で、破天荒で放蕩な性格の持ち主だが、実は、洞察と眼力が鋭く、全体をよく見通している。かつてアンドレスを戦士として鍛え上げた恩師でもある。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!(1日1回有効) (1日1回有効)
2015.07.07
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そうしている間にも、血糊や雨土や戦塵にまみれ、もはや人種不明の負傷兵たちが、続々とトゥパク・アマルの迎える砦に到着してくる。肩を支えられながらであれば何とか自分で歩ける者から、素人目にも相当厳しいと思われる重体な者まで、その負傷の度合いも様々である。トゥパク・アマルは、傍に控える臣下の者や従軍医たちに向いて再び口を開いた。「砦内のなるべく導線の良い広間や部屋を治療場所として開放してはいるが、各治療場への収容は、人種ごとに分け隔てるのではなく、重症度によって割り振った方が良かろう。その方が負傷兵にとっても、搬送してくるインカ兵にとっても、負担が少なく、治療効率も良い」「畏まりました」深々と頷いて己の言葉を受け入れ、恭順を示してくれている家臣や周囲の者たちに、トゥパク・アマルも切れ長の目を細めて微笑み、包み込むような眼差しで頷いた。こうして、運び込まれてくる負傷兵たちは、人種によって分けられるのではなく、負傷の重症度によって、各治療場――砦内の各広間や部屋のことだが――に収容されていく。怪我の重い者ほど砦正門付近の地上階の治療場に搬送され、早急に治療を受けられるよう配慮された。その代わりに、負傷度の軽い者たちや自力で身動きできる者たちは、看護兵の手を借りながら、砦の上層階の治療場所まで自ら足を運んでもらうことになった。担架に乗せられて、あるいは、肩を抱きかかえられて、砦内に運び込まれてくる負傷者のあまりの多さに、救護のインカ兵のみならず、従軍医や看護の女性義勇兵たちも目の回るような、てんてこ舞いの多忙さである。それでも、インカ兵たちも、そして、医師や看護の者たちも、皆、一丸となって、人種や負傷の軽重の別なく、真心を込めた懸命な対応に勤(いそ)しんでいる。外見的には黒光りする要塞砲が満載の堅牢な砦ではあったが、今や、その内部は、まるで大病院の中かと見紛うような、外界とは別世界の光景が広がっていた。◇◆◇◆◇お知らせ◇◆◇◆◇いつもご訪問くださり、お読みくださいまして、本当にありがとうございます!また、励みになるコメントや応援にも、いつも心より感謝いたしております。この小説も徐々に完結に向けて進んでいるのですが(とはいえ、まだ先はかなり長いのですが)、当初予定していた完結に至るまでの構想を変更したくなってしまいましたため、ここからの展開を、一旦、全て白紙に戻して、改めてラストに向けての構想を練り直したいと考えております。ですが、連載を中断したくはないので、細々とながらも連載を続けながら、改訂した今後の展開を書き進めていければと思っております。そのため、恐らく、しばらくの間、更新は、週1回程度(火曜夜か金曜夜)になってしまうかと思われ、勝手ばかりで本当に申し訳ありませんm(_ _)mいつもお邪魔させて頂いている皆さまのサイトには、これまで通り、お伺いさせて頂けましたら幸いです♪より納得できるものに仕上げていきたいと思いますので、これに懲りず、今後とも『コンドルの系譜』をどうぞ宜しくお願いいたします.:*・☆ 【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。 「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪ホセ・アントニオ・アレッチェ≫(スペイン軍) 植民地ペルーの行政を監督するためにスペインから派遣されたエリート高官(全権植民地巡察官)で、植民地支配における多大な権力を有する。ペルー副王領の反乱軍討伐隊(スペイン王党軍)総指揮官として、反乱鎮圧の総責任者をつとめる。 有能だが、プライドが高く、偏見の強い冷酷無比な人物。 名実共に、トゥパク・アマルの宿敵である。 ≪ジョンストン提督≫(英国軍)英国艦隊の総指揮官。英国王室の命により、トゥパク・アマルの反乱に乗じて、敵対するスペインを撃退し、当地を英国の植民地にしようと狙い定めて進軍してきた。しかし、アレッチェ率いるスペイン砦軍の強壮な攻撃に合い、ほぼ全滅に近い打撃を受け、僅かな生き残り艦のみ遠洋に退避している。 ◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!(1日1回有効) (1日1回有効)
2015.06.30
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この時代、世界の海の覇者と謳われたほど強壮な英国艦隊であったが、いかにそのような英国艦隊といえども、陸の高所に聳(そび)え立つ巨大な砦を相手に戦うのは至難である。この日の昼間に行われた海戦では、世界最高峰の水準とも言い得る英国艦隊の艦砲射撃でさえも、断崖上の砦から狙い撃つアレッチェの容赦無い要塞砲群の圧倒的威力には抗(あらが)えず、あわや全艦撃沈となるかと思われたほどの惨状であった。その惨劇を見かねたトゥパク・アマル率いるインカ軍が、砦のアレッチェ軍に戦いを挑み、英国艦隊とスペイン砦軍の戦闘の間に割って入ってきたことによって、英国艦隊は辛うじて全滅を免れた。しかしながら、あまりに苛烈な海戦によって、英国艦隊の多くの戦艦は海中に没し、攻撃を喰らって海面に投げ出された大勢の英国兵の亡骸や、幸いにもまだ息のある者たちが、砦下の波打ち際や浜辺に次々と打ち上げられていたのである。トゥパク・アマルの救護の指示は、それらの英国兵たちにも及んだ。続々と砦に運び込まれてくる負傷兵たちや彼らを搬送してくるインカ兵たちを、一人一人、砦の正門でトゥパク・アマルが迎え入れている。そんなトゥパク・アマルの傍では、ひどく心配顔の医師が、薬液や包帯を手に握り締め、隙あらば、トゥパク・アマル自身が放置したままの火傷痕や傷口を手当しようと身構えている。「豪雨の中、皆、誠にご苦労であった」トゥパク・アマルは吹き込む風雨に己自身も身をさらしながら、ずぶ濡れになって外から戻り来るインカ兵たちを労い、彼らが担架に乗せて運び込んでくる重症のインカ兵やスペイン兵、英国兵たちに痛々しげな視線を馳せる。「奥の広間に治療場所が設けられている。従軍医たちも到着しているゆえ、急ぎ、そちらに運んであげなさい」「はっ!」救護のインカ兵たちはトゥパク・アマルに深く礼を払って、丁寧に担架を担ぎ上げたまま、俊敏な足取りで奥の間に走り去っていく。 【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。 「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪ホセ・アントニオ・アレッチェ≫(スペイン軍) 植民地ペルーの行政を監督するためにスペインから派遣されたエリート高官(全権植民地巡察官)で、植民地支配における多大な権力を有する。ペルー副王領の反乱軍討伐隊(スペイン王党軍)総指揮官として、反乱鎮圧の総責任者をつとめる。 有能だが、プライドが高く、偏見の強い冷酷無比な人物。 名実共に、トゥパク・アマルの宿敵である。 ≪ジョンストン提督≫(英国軍)英国艦隊の総指揮官。英国王室の命により、トゥパク・アマルの反乱に乗じて、敵対するスペインを撃退し、当地を英国の植民地にしようと狙い定めて進軍してきた。しかし、アレッチェ率いるスペイン砦軍の強壮な攻撃に合い、ほぼ全滅に近い打撃を受け、僅かな生き残り艦のみ遠洋に退避している。 ◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!(1日1回有効) (1日1回有効)
2015.06.26
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砦の内外では、負傷兵の救出活動も開始されていた。幸いにも負傷を免れた健康状態のインカ兵たちは、順番に休息をとって鋭気を養いながら、その逞しい心身に再び気合を入れ直し、豪雨に煙る夜の戦場へ戻っていく。戦場では、負傷の重症度も様々な兵たちが、血まみれの体を雨に打たれながら累々と横たわっていた。インカ族の兵はもちろん、そこには無数のスペイン人兵士たちも倒れている。入り乱れた肉弾戦の中を辛うじて退却していったアラゴン軍の兵たちは、身動きできる自分たち自身が戦場から脱却していくだけで精一杯であったのだろう。死傷したスペイン兵たちは、その場に置き去りにされるしかなかったのだ。救出活動を行うインカ兵たちは、トゥパク・アマルの指示のもと、そうした敵方の負傷者も、治療を施すために砦の中へ運び入れた。さらに、多数の負傷兵たちによって溢れ返っていたのは、アパサ軍やアラゴン軍の熾烈な戦闘が行わた砦下の平原だけではなかった。アパサやアラゴンたちが死闘を繰り広げた平原のある砦正面側とは反対側の砦の裏手は、断崖絶壁となっており、その崖下には外洋が遥々と広がっている。その海上では、同日の昼間、ジョンストン提督率いる英国艦隊と砦のアレッチェ軍との間で激しい砲撃戦が行われた。その海戦においても、アパサ軍やアラゴン軍との決戦によって生じた死傷者数を凌ぐほどの多大な犠牲者が出ていたのである。 【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。 「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪ホセ・アントニオ・アレッチェ≫(スペイン軍) 植民地ペルーの行政を監督するためにスペインから派遣されたエリート高官(全権植民地巡察官)で、植民地支配における多大な権力を有する。ペルー副王領の反乱軍討伐隊(スペイン王党軍)総指揮官として、反乱鎮圧の総責任者をつとめる。 有能だが、プライドが高く、偏見の強い冷酷無比な人物。 名実共に、トゥパク・アマルの宿敵である。 ≪ジョンストン提督≫(英国軍)英国艦隊の総指揮官。英国王室の命により、トゥパク・アマルの反乱に乗じて、敵対するスペインを撃退し、当地を英国の植民地にしようと狙い定めて進軍してきた。しかし、アレッチェ率いるスペイン砦軍の強壮な攻撃に合い、ほぼ全滅に近い打撃を受け、僅かな生き残り艦のみ遠洋に退避している。 ◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!(1日1回有効) (1日1回有効)
2015.06.23
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「本当に、ここにあるものを使っちゃっていいんですか?」興奮と喜びに頬を上気させながら己の方を見つめている女性義勇兵たちに、マルセラは大きく頷いた。「トゥパク・アマル様が、OKだって。なんたって、砦で意識不明になったままの大勢のスペイン兵や負傷兵みんなの食事も用意するんだもの。ただ、貴重な食料には違いないから、大事に使っていきましょう」「はい!!」元気に返事をして、女性たちが闊達な足取りで食糧庫の中に入っていく。食糧庫の中を改めて吟味しながら、溌剌と声をかけ合って献立を話し合っている彼女たちの様子を見守りながら、マルセラの口元も自然にほころんでいく。こうしていても、もう、この砦の大気中からは殆ど毒素の気配は消えているし、砦の内外が、つい先ほどまで怒涛の戦闘状態であったことなど嘘のように感じられる。自分の身を振り返っても、今日の昼間までは、この同じ地下階の一隅にある牢獄に捕虜として閉じ込められていたなんて、信じられない思いだった。インカ軍が砦に攻め寄せてきた時には、その進撃を牽制するための見せしめとして屋上階に連れ出され、味方の軍勢の面前で、アレッチェに酷い暴行を受けたのも、思えば、つい数時間前のことである。だが、今は、全てが、まるで遥か遠い悪夢であったかのように現実味が無い。ただ、自分の身体の随所に残る打撲の痣や切り傷の痛みだけが、思い出したくもないあれやこれやの名残を留めているだけだ。楽しそうに食材を丁寧に切り分けて、いそいそと隣室の厨房へ運んでいく女性たちの姿を見つめながら、気丈に見開かれたマルセラの黒曜石の瞳が微かに揺れる。(一時的に戦闘状態は収まっているけれど、決して予断を許せる状況ではない。だけど、もし叶うことならば、この穏やかな時がずっと続いてほしい――) 【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。 「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪マルセラ≫(インカ軍)トゥパク・アマルの最も傍近い護衛官である重臣ビルカパサの姪。アンドレスやロレンソと同年代の年若い女性だが、青年のように闊達で勇敢な武人。女性ながらもインカ軍をまとめる連隊長の一人で、ロレンソの恋人でもある。砦の敵中に囚われ捕虜の身となっていたが、脱出をはかった。≪ホセ・アントニオ・アレッチェ≫(スペイン軍) 植民地ペルーの行政を監督するためにスペインから派遣されたエリート高官(全権植民地巡察官)で、植民地支配における多大な権力を有する。ペルー副王領の反乱軍討伐隊(スペイン王党軍)総指揮官として、反乱鎮圧の総責任者をつとめる。 有能だが、プライドが高く、偏見の強い冷酷無比な人物。 名実共に、トゥパク・アマルの宿敵である。 ◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!(1日1回有効) (1日1回有効)
2015.06.19
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かくして、アンドレスの懸命な説得によってアパサも砦に引き揚げる決断をくだした頃、紆余曲折を経てインカ軍が占拠したその敵砦には、数キロ離れた場所に布陣していたインカ軍本営から、炊事班や衛生班の女性義勇兵たちが、豪雨に打たれながらも、健気(けなげ)な足取りで移動を開始していた。堅固で巨大なスペイン砦の地下階には、武器弾薬庫や様々な物品収納庫などと並んで大きな食糧庫が備えられている。その扉の前に、女だてらに連隊長の一人であるマルセラを筆頭に、数名のインカ兵たちや数十名の炊事班の女性たちが、やや興奮気味の面持ちで集まっていた。今、その食糧庫の扉を大きく開いて、中を覗き込み、その場にいた誰もが「わぁ!!」と歓喜の声を高らかに上げる。ちょっとした大部屋ほどのスペースを有する広々とした食糧庫の中には、豊かな食糧や飲料がひしめいていたのだ。乾燥肉や干し魚、乾燥豆、ドライフルーツなどの乾物類はもちろん、生野菜、果物などの生鮮食品、そして、パンや小麦、チーズ、さらには、水、ワイン、ラム酒、ブランデー等の飲料や、砂糖、天然塩、ビネガーなどの調味料に至るまで、その種類も実に豊かで多彩である。その場にいた誰もがキラキラと瞳を輝かせて、感嘆の吐息を漏らしている。「さすがにスペイン軍の砦ねぇ!」「ほんとにそうね!あるところには、あるものなのね」頬を紅潮させながら、身を乗り出して言葉を交わし合っている炊事班の女性たちの言葉に、マルセラも深々と頷いた。それから、彼女は、周りの皆を見渡して、「炊事班のみんなには、ここにあるものを使って、食事を作ってほしいの。隣の部屋には立派な厨房もあるしね」と、明るい声で呼びかけた。 【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。 「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪アパサ≫(インカ軍)隣国「ラ・プラタ副王領」の豪族で、トゥパクの最も有力な同盟者。「猛将」と謳われる一方で、破天荒で放蕩な性格の持ち主だが、実は、洞察と眼力が鋭く、全体をよく見通している。かつてアンドレスを戦士として鍛え上げた恩師でもある。≪マルセラ≫(インカ軍)トゥパク・アマルの最も傍近い護衛官である重臣ビルカパサの姪。アンドレスやロレンソと同年代の年若い女性だが、青年のように闊達で勇敢な武人。女性ながらもインカ軍をまとめる連隊長の一人で、ロレンソの恋人でもある。砦の敵中に囚われ捕虜の身となっていたが、脱出をはかった。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!(1日1回有効) (1日1回有効)
2015.06.16
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「それよりも我らも一旦、砦に退いて、態勢を整え直さねばなりません。皆に休息を与え、それに、動ける者たちは皆で力を合わせて、戦場の負傷兵たちを一刻も早く救出し、風雨を避けられる砦内に移送して、治療を施さねばなりません」アンドレスの言葉を聞いているのかいないのか、ますます眉間に強く皺を寄せながら難しい顔をしているアパサに、アンドレスが、真摯な声音で畳み掛ける。「いずにしても、アラゴンが戻る先は、最終的には、首都リマの王宮でしょう。アパサ殿の懸念は俺も分かりますし、それに、アラゴン、ひいては、その父たる副王ハウレギとの決着は、遠からず、何らかのかたちでつけねばなりません。でも、そのためにも、今はインカ兵たちの力を充分に温存し、高めておくことが必要です。皆、今宵、どれほど死力を尽くして戦ってくれたか、アパサ殿が一番よく分かっているはずではありませんか。さあ、アパサ殿、兵たちと共に砦に引き上げましょう。トゥパク・アマル様も、どんなに会いたがっているか知れません」「トゥパク・アマルは、無事にしているのか?」あれほど先刻はトゥパク・アマルのことも毒づいていたアパサであったが、アンドレスに向ける彼の眼差しには、深い安堵の念が宿っている。それがアパサの本音なのだと感じながら、アンドレスは笑顔で力強く頷いた。一見、ひどく荒っぽく傍若無人で、傲慢な印象さえ与えるアパサの言動や態度の裏側に、比類ない篤い情を秘めていることをアンドレスはよく知っている。「トゥパク・アマル様は、ご無事です。あ、でも、ひどいお怪我や大火傷を負っていますけど」「ひどい怪我や大火傷だと?何があったのだ?」平静を装おうとしながらも鼻腔をひくつかせて声を上擦らせているアパサの背を軽く押して、アンドレスは砦に向かって歩みだした。「全て砦に行けば分かります。さあ、アパサ殿も、部隊の方々も、はやく参りましょう。トゥパク・アマル様も、どんなに首を長くして待っていることか!」渋々ながらも歩み出した師匠の横を進みながら、アンドレスは、周囲に漂う血の臭いに混ざって、風に乗って微かに潮の香りが流れてくることに気が付いた。そういえば、そこが、すぐ海の傍であったことを、そして、日中には海上で英国艦隊と砦のスペイン軍との間で熾烈な戦いがあったことを不意に思い出す。(ずいぶん前のことのように感じるが、昼間のあの海戦も酷いものだった…。陸地にも、海辺にも、たくさんの負傷兵たちが溢れている。彼らを急いで救出しなければならない。今夜は、まだまだ忙しくなりそうだ――)そう内面で呟きながらも、漂いくる清々しい潮の香りが、アンドレスの心に、今やっと、ささやかな平安をもたらしていた。★☆★☆★<註:「副王」について>★☆★☆★この物語の舞台である「ペルー副王領(かつてのインカ帝国の中心地)」は、物語の時代にはスペインの植民地であり、この時代、当地にはスペイン副王ハウレギが最高権力者として君臨し、過酷な植民地政策を敷いていました。なお、スペイン国王自身は、スペイン本国におり、スペイン本国を治めていました。※但し、当作の内容は、ほぼフィクションであり、史実とは異なりますので、どうぞご容赦ください。◆◇◆◇◆お知らせ◆◇◆◇◆いつもご来訪くださいまして、お読みくださり、また、温かいコメントや応援を本当にありがとうございます!恐縮ながら、次回(金曜夜)の更新は所用のためお休みさせて頂きますm(_ _)m次の更新は、来週の火曜夜を予定しております。勝手で申し訳ありませんが、どうぞよろしくお願いいたします.:*・☆【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。 「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪アンドレス≫(インカ軍)トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年。 剣術の達人であり、若くしてインカ軍を統率する立場にある。スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。ラ・プラタ副王領への遠征から帰還し、現在は、英国艦隊及びスペイン軍との決戦において、沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて副指揮官を務める。≪アパサ≫(インカ軍)隣国「ラ・プラタ副王領」の豪族で、トゥパクの最も有力な同盟者。「猛将」と謳われる一方で、破天荒で放蕩な性格の持ち主だが、実は、洞察と眼力が鋭く、全体をよく見通している。かつてアンドレスを戦士として鍛え上げた恩師でもある。≪アラゴン≫(スペイン軍)スペインの植民地であるペルー副王領を統治する副王ハウレギの息子。反乱鎮圧に手こずる軍に痺れを切らした副王により派兵されたスペイン王党軍を統率している。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!(1日1回有効) (1日1回有効)
2015.06.09
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眉根を強く寄せて瞑目しているアパサの葛藤的な心境を察しながらも、アンドレスは、憔悴した戦場の兵たちの思いを代弁するかのように、言葉を選びながら、語を継いでいく。「まだ此度の戦闘の双方の被害状況は正確には把握できてはいませんが、それでも、我が軍同様、アラゴン軍の被害も決して軽いものではないと思われます。彼らが即座に態勢を整えられるとは考えにくい上、たとえ、それが可能であったとしても、少なくともすぐには当地での戦闘は望まないのではないでしょうか」「なぜ、そう思う?」と、凄んだ声で言い放ち、アパサが目を開けて、片眉を吊り上げた。「我らインカ軍が、あの敵砦を我らの手中に収めたからです」「――!」「あの砦には、どれほど多くの要塞砲があると思いますか?いくら副王直下のアラゴン軍が比類なき強壮な火器を備えているとしても、我が軍の手に渡ったあの砦の大砲群をまともに相手にしたいと思うでしょうか?」そのアンドレスの言葉に、アパサの炯々たる黒眼が、光を強めて大きく見開かれた。「あの敵砦を占拠したのか?」「まあ、実質的にそのようなかたちになりました。それというのも、アパサ殿が援軍として来てくれたおかげで、アラゴン軍を撃退してくれたために他なりません。それに、砦を守備していた敵軍の親玉アレッチェも、意識不明になって我らの手の内におりますし、アラゴン軍も撤退してしまった今、あの砦を護る敵兵は、とりあえず当地にはいなくなりました。とはいえ、アレッチェ隊の兵たちが、砦内にたくさん残ってはいますけれど。ですが、その砦内の敵兵たちも、自軍の撒いた毒にやられて、皆、今も意識を失っています。我が軍の砦内の兵たちも、未だ毒にやられて意識不明なのは同じですが…」「なに、敵の撒いた毒?砦の兵が、敵味方共々、意識不明だと?」「毒と言っても、俺たちインカ軍が武器として使った大量の唐辛子弾や胡椒弾の粉末を、敵軍が掻き集めて燃やして発生させた天然の軽い有毒ガスにすぎなかったんですが。それでも、大気中に撒かれたそれらを吸い込んだ砦内の誰もが、意識不明になって、倒れてしまうには充分でした」ますます意味が分からんという不審顔で己をジロジロと眺め回しているアパサに、アンドレスは「まあ、砦に行ってみれば分かります」と軽く肩を竦めて答えた。 【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。 「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪アンドレス≫(インカ軍)トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年。 剣術の達人であり、若くしてインカ軍を統率する立場にある。スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。ラ・プラタ副王領への遠征から帰還し、現在は、英国艦隊及びスペイン軍との決戦において、沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて副指揮官を務める。≪アパサ≫(インカ軍)隣国「ラ・プラタ副王領」の豪族で、トゥパクの最も有力な同盟者。「猛将」と謳われる一方で、破天荒で放蕩な性格の持ち主だが、実は、洞察と眼力が鋭く、全体をよく見通している。かつてアンドレスを戦士として鍛え上げた恩師でもある。≪ホセ・アントニオ・アレッチェ≫(スペイン軍)植民地ペルーの行政を監督するためにスペインから派遣されたエリート高官(全権植民地巡察官)で、植民地支配における多大な権力を有する。ペルー副王領の反乱軍討伐隊(スペイン王党軍)総指揮官として、反乱鎮圧の総責任者をつとめる。有能だが、プライドが高く、偏見の強い冷酷無比な人物。名実共に、トゥパク・アマルの宿敵である。 ◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!(1日1回有効) (1日1回有効)
2015.06.05
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やがてアンドレスは、その胸からアパサを離し、未だ感動の醒めやらぬ瞳で、眼前の師をしみじみと見つめた。このアパサは、トゥパク・アマルにとって最も有力な同盟者であると同時に、アンドレスにとって、武術から戦術指南まで、何年にも渡って厳しくも丁寧に指導を施してくれた恩師でもある。やがてアンドレスは我に返ったように、辺りに集ってきている大勢の兵たちにも視線を馳せて、真摯な眼差しで礼を払い、それからまたアパサの方へ顔を戻した。「さあ、アパサ殿、砦の中に参りましょう。アパサ殿の部隊の皆々も、インカ軍本隊の者たちも、限界まで戦い尽くしてくれました。砦で何があったかは後で詳しく話しますから、今は、アパサ殿とご一緒に、皆をすぐにも砦内に引き揚げさせてください。敵を追撃しようにも、この豪雨では限界がありましょう。それに、さすがに誰もが、全力を出し切り、疲れ切っている。戦場に山のように溢れ返っている負傷兵たちを一刻も早く助け出し、早急に治療もせねばなりません。このような冷たい雨の中に、大怪我を負っている彼らを長時間放置することはできません。幸いにも負傷を免れた者たちだって、充分な食事や休息が必要です。さあ、アパサ殿も、俺と一緒に砦に戻りましょう」他方、アパサは、アンドレスの言葉に耳を傾けながらも、変わらぬ難しい表情で、ギュッと腕を組み、傲然(ごうぜん)と胸を反らしている。「アンドレス、おまえ何を呑気なことを抜かしてやがる。アラゴンの行方を掴めぬまま、のうのうと休んでなどいられる道理があるか。すぐに追撃せねば、完全に取り逃がすことになる上、あやつの残党どもに反撃の機会を与えることにもなるのだ」そう言いながらも、アパサは、その険しく鋭利な双眸(そうぼう)で、周り中に集まったインカ兵たちに、ぐるりと視線を馳せる。いずれの男たちも生気は失ってはいないものの、誰が誰なのか判別不能なほど血糊や泥にまみれ、過酷な天候の中で長時間に渡って強敵と戦い続けたことによる苛烈な消耗が、ありありと滲み出している。さらに、彼らのすぐ足元や背後や、否、広大な戦場のありとあらゆる場所では、敵味方双方の死傷した無数の兵たちが倒れ込み、滔々と傷口から流れ出る血を大雨に洗われ、戦場の大地を朱に染め上げていた。 【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。 「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪アンドレス≫(インカ軍)トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年。 剣術の達人であり、若くしてインカ軍を統率する立場にある。スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。ラ・プラタ副王領への遠征から帰還し、現在は、英国艦隊及びスペイン軍との決戦において、沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて副指揮官を務める。≪アパサ≫(インカ軍)隣国「ラ・プラタ副王領」の豪族で、トゥパクの最も有力な同盟者。「猛将」と謳われる一方で、破天荒で放蕩な性格の持ち主だが、実は、洞察と眼力が鋭く、全体をよく見通している。かつてアンドレスを戦士として鍛え上げた恩師でもある。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!(1日1回有効) (1日1回有効)
2015.06.02
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アパサの手から解放されて、アンドレスは、しばらく激しく咳き込んでいたが、そうしているうちにも彼の表情は満面の笑顔に変わっていく。「なんだか懐かしいです、この感じ。ああ、本当に、本当に、アパサ殿なんだ!!どんなにお会いしたかったことか!」雨の中で嬉しそうに叫んだかと思いきや、今度は、アンドレスの方から、まるで無邪気な子どものように、大きく腕を広げてアパサに抱きついた。今では、長身のアンドレスが中肉中背のアパサの背丈を軽く越えていて、体型的にも逞しく成長したアンドレスの胸の中にアパサが埋まってしまうような格好ではあったが。「砦下の戦場で、アラゴンたちがあまりに強くて、もうダメかと思った時に、予想もしなかった援軍が現われてくれた時の、あの時の気持ちはとても言葉にできません。どんなに、どんなに、有難かったか!」そう歓喜の声を上げながら、いっそう力強くアパサを抱き締めるアンドレスの腕の中で、今度はアパサの方が赤くなったり黒くなったりしながら悲鳴を上げている。「気持ち悪いぞ!放せ、ええい、放さんかっ!!」そんな彼らの周囲に集まったアパサの部下やインカ軍本隊の兵たちは、やんやと二人を囃(はや)し立てながら、ピューピュー口笛を吹き鳴らしたり、拍手喝采したりして面白がっている。豪雨は相変わらず彼ら全員の上に勢いよく降り注いでいるのだが、その雨音さえも、今は、まるで地表の鍵盤をリズミカルに奏でる音楽のような響きに変わっている。 【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。 「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪アンドレス≫(インカ軍)トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年。 剣術の達人であり、若くしてインカ軍を統率する立場にある。スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。ラ・プラタ副王領への遠征から帰還し、現在は、英国艦隊及びスペイン軍との決戦において、沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて副指揮官を務める。≪アパサ≫(インカ軍)隣国「ラ・プラタ副王領」の豪族で、トゥパクの最も有力な同盟者。「猛将」と謳われる一方で、破天荒で放蕩な性格の持ち主だが、実は、洞察と眼力が鋭く、全体をよく見通している。かつてアンドレスを戦士として鍛え上げた恩師でもある。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!(1日1回有効) (1日1回有効)
2015.05.29
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雨音に負けじと己に向かって声を張りながら、雷雨の壁の向こうから近づいてきた若武者のシルエットの方を、ハッとアパサも振り向いた。と見るや、アパサの鋼のように強靭な腕が、近づいてきた若者の胸倉に、いきなり掴みかかった。「ア、アパサ殿…?!」その若者アンドレス――彼は、トゥパク・アマルの指示で、アパサに休戦を促す伝言を携え、懸命にアパサを探し出し、やっとのことで彼の元に辿り着いたところであったのだが――は、アパサに本気で首を締め上げられて目を白黒させている。一方、アパサは泥鼠のようになった顔をアンドレスの鼻先に齧(かじ)りつきそうなほど近づけ、グワッと鋭い歯を剥き出して、がなり出した。「アンドレス!! おまえ、今までどこにいた?!おまえも、トゥパク・アマルも、大事な戦いの最中には、まるで影も形も見えやしねぇ!それが、今頃になって呑気に現われやがって。どこかで高いびきでもかいて、眠りこけていたんじゃねえだろうなっ?!」「も、申し訳ありません…!トゥパク・アマル様も、俺も…敵の砦の中にいました。砦の中でも…いろいろあったんです。詳しいことは後で話しますから…今は休戦を…と、トゥパク・アマル様からの伝言で……」もの凄い剣幕で捲(まく)し立てられ、強く首を締め上げられたまま、アンドレスは息絶え絶えに声を絞り出した。だが、アンドレスの胸倉を掴んでギリギリ締め付けるアパサの指は緩まない。「あの重要な局面で、俺とビルカパサだけに戦わせやがって。アラゴンを取り逃がしたのも、おまえたちの責任だぞ!」雨水さえも弾き返さぬばかりの激昂のオーラを燃え立たせ、吐き捨てるように言い放ったアパサに喉元を抑え込まれたまま、アンドレスは、弁明することはおろか、呼吸さえもできずに顔色を失っていく。そんなアパサとアンドレスの方へ、ついにアパサの部下たちが見かねて飛び込んできた。「アンドレス様、しっかりなさってください!」「お頭(かしら)、放してやってください!ほんとに死んじまいますよ!!」アパサの部下たちが、アパサとアンドレスの間に寄って集(たか)って割って入って、やっとのことで二人を引き離した。 【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。 「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪アンドレス≫(インカ軍)トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年。 剣術の達人であり、若くしてインカ軍を統率する立場にある。スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。ラ・プラタ副王領への遠征から帰還し、現在は、英国艦隊及びスペイン軍との決戦において、沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて副指揮官を務める。≪アパサ≫(インカ軍)隣国「ラ・プラタ副王領」の豪族で、トゥパクの最も有力な同盟者。「猛将」と謳われる一方で、破天荒で放蕩な性格の持ち主だが、実は、洞察と眼力が鋭く、全体をよく見通している。かつてアンドレスを戦士として鍛え上げた恩師でもある。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!(1日1回有効) (1日1回有効)
2015.05.26
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にわかに兵を退(ひ)きだしたアラゴン軍を逃がしてなるかと、アパサ軍の兵たちが追撃態勢に入っている。敵味方が激しく入り乱れた接近戦と化していたため、いざや退くとなっても、それはアラゴン軍の兵たちにとって容易いことではなかった。だが、今や戦場は、水煙が立ち上るほどの酷い土砂降り状態である。天から叩きつける雨脚は、鉄壁の水のカーテンとなって、数センチ先の視界さえも遮断する。それでも、アパサは、戦場を駆け回って執拗に敵兵を追い求め、さして大柄でもない肉体のどこから湧き出るのかと思えるほどの猛烈なパワーで、特大の戦斧を振るっていた。しかし、さすがのアパサも、狂ったように降りしきるゲリラ豪雨の中で敵兵を次々に見失い、奥歯をギリギリと噛み締めて厳つい双肩をわななかせている。彼は、強度の憤激のために、野生児のような散切り頭の髪を逆立たせ、天を仰いで吠え上げた。「おい、雨っ!!!おまえは俺たちの味方なのか、それとも、敵どもの味方なのか?!もうちょいで副王直下の大敵を完全に打ちのめすことができたってのによぉ!!」とはいえ、どんなに天に向かって管巻(くだま)いてみても、この悪天候の中で、これ以上の戦いの続行は、味方の兵のためにも無理があると、さしものアパサ自身も察していた。そう理屈では分かっていても、腹の底では、自軍が優位であったという思いがあるだけに、アラゴンを取り逃がした上、このような中途半端なかたちで戦さの続行が困難になってしまったことが口惜しくてならなかったのだ。そのようなアパサの耳に、ゴウゴウと滝のように唸る雨音の向こうから、聞き覚えのある若者の声が懸命に呼びかけているのが聞こえてきた。「アパサ殿!!そこにいるのはアパサ殿ですよね?!ああ、やっと見つけました。この豪雨だし、誰も彼もが泥だらけだし、探すのに難儀しました。とにかく、やっとお会いできて良かったです。俺です、アンドレスです!トゥパク・アマル様の伝令でまいりました」 【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。 「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪アンドレス≫(インカ軍)トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年。 剣術の達人であり、若くしてインカ軍を統率する立場にある。スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。ラ・プラタ副王領への遠征から帰還し、現在は、英国艦隊及びスペイン軍との決戦において、沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて副指揮官を務める。≪アパサ≫(インカ軍)隣国「ラ・プラタ副王領」の豪族で、トゥパクの最も有力な同盟者。「猛将」と謳われる一方で、破天荒で放蕩な性格の持ち主だが、実は、洞察と眼力が鋭く、全体をよく見通している。かつてアンドレスを戦士として鍛え上げた恩師でもある。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!(1日1回有効) (1日1回有効)
2015.05.22
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エドガルドは、まだ己の傍に控えていたアレッチェの親衛隊長に、低く囁きかける。 「そなた、アレッチェ殿の親衛部隊を率いるドロテオ、と申したな?さすがに我が国きっての精鋭揃いと誉れ高い親衛部隊だけある。見事な変装ぶりに、わたしもすっかり騙されたぞ」 「はっ、畏れ入りまする」 「それで、砦のアレッチェ殿は、いかがされている?」 「はっ…、それが、我らにアラゴン様の救出を命じた後のアレッチェ様の動向は、我らも掴めておりません」 「そうか。アレッチェ殿自身のための親衛部隊員まで我らのために繰り出させてしまうことになろうとは、アレッチェ殿には、誠に申し訳の立たぬことをした。戦況がここまで我らに不利になった今、アレッチェ殿の安否が案じられる」さんざん泥溜まりの中に体を沈められ、普段の優美な風貌は見る影もない姿ながらも、エドガルドは大地の上に毅然と立ち上がると、再び長剣を身構えた。今もインカ兵に成りすましたままのドロテオと互いの武器を交えて戦っている様子を演じながらも、エドガルドは素早く相手の耳元に顔を寄せ、鋭い口調で語を放つ。 「今の状況では、我らは火器を使えぬ上、あまりの悪条件の中、被害も消耗も激しすぎる。対するインカ兵たちは、身体能力も持久力も我らに勝り、このような混戦状態の肉弾戦こそ彼らの得意とするところ。もはや我らにとって勝機の見えぬ戦いは無用。これ以上の犠牲を出すよりも撤退をするが、今は賢明。アラゴン王子さえ無事でいてくれれば、今一度、態勢を立て直し、再起の時を窺うのが得策であろう」天駆ける稲妻の雷光を浴びて、緑碧色の瞳を炯々と青光りさせて言うエドガルドに、ドロテオもグッと顎を引いて応じた。 「御意――!」 【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。 「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪ホセ・アントニオ・アレッチェ≫(スペイン軍) 植民地ペルーの行政を監督するためにスペインから派遣されたエリート高官(全権植民地巡察官)で、植民地支配における多大な権力を有する。ペルー副王領の反乱軍討伐隊(スペイン王党軍)総指揮官として、反乱鎮圧の総責任者をつとめる。 有能だが、プライドが高く、偏見の強い冷酷無比な人物。 名実共に、トゥパク・アマルの宿敵である。 ≪エドガルド≫(スペイン軍)副王の嫡男アラゴンへの絶対的忠誠を誓う腹心の部下。スペイン王党軍を統率するアラゴン王子の副官でもある。≪ドロテオ≫(スペイン軍)スペイン軍総指揮官ホセ・アントニオ・アレッチェの親衛部隊長。 危機に瀕したアラゴン王子を救出すべく、インカ兵に扮してアラゴンやエドガルドの元に馳せ参じた。 ◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!(1日1回有効) (1日1回有効)
2015.05.19
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しかし、叫んでいたアラゴンの声は、即刻、有無を言わさぬ沈黙の中に押し込められた。蒼白になりながら、泥水の中で死んだように息を潜めて見守るエドガルドの朦朧とした視界の中で、アラゴンは、インカ兵に扮したアレッチェの親衛隊員たちに、大きな麻袋を鎧ごとスッポリ被せられて、さらに、その麻袋の表面には、辺りの水溜りから跳ね上げた泥をかけられ、すっかり闇色の物体に仕立て上げられていた。睡眠薬でも嗅がせられたのか、麻袋の中のアラゴン本人も、もはや何をされても小声ひとつ漏らさない。そのアラゴンを包んだ大袋を、特に図体の大きい親衛隊員たち数名が、インカ兵を装った姿のまま、筋骨隆々たる腕で横向きに――つまり、アラゴンの体が水平になるような向きで――ガッチリ抱え込んだ。かと見るや、彼らは、その格好で雑踏の中に身を沈め、夜闇と雷雨に全身を紛らせながら、敏速な足取りで戦場の外に向かって走り去っていく。全ては瞬時の出来事であったが、一連の成り行きを息を殺して見守っていたエドガルドにとっては、永遠にも思える長い時だった。一目散にアラゴンを運び去っていく一団の後ろ姿が見えなくなると、彼は、やっと泥の中から身を起こして、深く息をついた。先ほどアラゴン王子が声を荒げた時には肝を冷やしたが、王子がインカ兵たちに見咎(みとが)められて仕留められてしまう前に、アレッチェの親衛隊員たちの強引ながらも迅速な立ち回りによって、辛うじて脱出をはかれたことには、さすがに安堵の思いがあったのだ。【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。 「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪アラゴン≫(スペイン軍)スペインの植民地であるペルー副王領を統治する副王ハウレギの息子。反乱鎮圧に手こずる軍に痺れを切らした副王により派兵されたスペイン王党軍を統率している。≪エドガルド≫(スペイン軍)副王の嫡男アラゴンへの絶対的忠誠を誓う腹心の部下。スペイン王党軍を統率するアラゴン王子の副官でもある。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!(1日1回有効) (1日1回有効)
2015.05.15
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皆さま、こんばんは☆彡いつもご来訪くださいまして、小説にお付き合い頂けまして、また、温かいコメントや応援を本当にありがとうございます!毎回、とても励みになっております。予告なしのことで恐縮なのですが、所用が重なってしまいまして、今夜の更新はお休みさせて頂けましたら幸いです``m(*v.v)m´´今度の金曜夜(あるいは土曜朝)には更新したいと思いますので、またその節には、どうぞよろしくお願いいたします!皆さま、どうか台風の影響にお気を付けてお過ごしくださいませ。いつも本当にありがとうございます.:*・☆
2015.05.12
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泥水溜りの中に押し倒され、羽交い絞めにされて、矢のように真上から降りつけてくる雷雨に全身を打たれながら、混乱する意識の中で、エドガルドは目を剥いたまま絶句している。確かに、ドロテオと名乗った相手の今の言葉通り、全身に褐色の泥土をこすりつけて、鈍器を携え、貫頭衣を身に纏ってはいるが、すぐ直近で良く見れば、その人物は、まぎれもなくスペイン兵の一人であった。アレッチェの親衛部隊長であるというドロテオが率いる周囲の「敵兵」たちにも素早く目を転じれば、先ほどは野蛮なインカ兵にしか見えなかった一団の者たちも、そう分かってみれば、なるほど、皆、スペイン人に相違なかった。彼らの人数がいかほどかは数えようもなかったが、少なくとも数十人か、いや、百人を超えているかもしれないとも思われた。インカ兵に扮した彼らは、いかにもエドガルドを捕えて攻撃しているかのような素振りを見せながらも、『エドガルド様、今は全てを呑んで、ご容赦ください』と、自分に懸命に視線で詫びている。屈辱を通り越して驚愕しているエドガルドが、泥の中に打ち倒された状態のまま、今度はアラゴン王子の方に目をやれば、案の定、アラゴンも、己と同じく、インカ兵に扮したアレッチェの親衛部隊員たちに、その身を「拘束」されていた。エドガルド同様、アラゴンも、荒っぽく馬から蹴落とされて、泥の中に鎧ごと身を沈めさせられている。力任せに身動きを封じられたアラゴンの鎧に鈍器を打ちつけるような振りをしながら、アレッチェの親衛隊員たちが、アラゴンの耳元に何かを懸命に訴えかけている。だが、アラゴンは、エドガルドとは異なり、このような方法にはどうしても納得しかねるようだ。「こんなやり方で、尻尾を巻いて戦場から逃げ出せと、わたしに言うのか?!ええい、放せい!!身を隠して遁走(とんそう)するなど――…末代までの恥となろうぞ!それぐらいなら、敵兵の手にかかり、堂々と討死する方がまだマシだ!!」激怒したアラゴンのヒステリックな喚き声が、今やこの戦場全体を席巻(せっけん)している本物のインカ兵たちの耳に届くのではないかと、エドガルドの心臓は凍りつく。 【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。 「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪アラゴン≫(スペイン軍)スペインの植民地であるペルー副王領を統治する副王ハウレギの息子。反乱鎮圧に手こずる軍に痺れを切らした副王により派兵されたスペイン王党軍を統率している。≪エドガルド≫(スペイン軍)副王の嫡男アラゴンへの絶対的忠誠を誓う腹心の部下。スペイン王党軍を統率するアラゴン王子の副官でもある。≪ドロテオ≫(スペイン軍)スペイン軍総指揮官ホセ・アントニオ・アレッチェの親衛部隊長。危機に瀕したアラゴン王子を救出すべく、インカ兵に扮してアラゴンやエドガルドの元に馳せ参じた。 ◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!(1日1回有効) (1日1回有効)
2015.05.08
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ついに、何匹も――と形容したくなるほどの獰猛さと、敏捷さで、インカ兵と思しき者たちが群れ成して、まずエドガルドの方へ向かって、泥土を派手に弾き飛ばしながら一斉に跳躍した。アラゴン王子の前に身を挺したまま、エドガルドが決死の剣を振うが、目にも留まらぬ速さで続々と飛びかかり来る野生児のごとき男たちの、その数の多さと、鋭敏さと、剛腕さに、エドガルドの卓抜した剣技も歯が立たない。己の上に黒山の人だかりとなって群がり来る男たちに押し潰されるような格好で、エドガルドは馬上から地面へドゥッと転げ落ちた。そんな彼に体勢を立て直す一瞬の隙も与えず、「敵兵」と思しき野生児たちが、横転したままのエドガルドの上に何人も飛び乗って、完全に身動きを封じる。その時、群の中の大柄な一人が、グワッと歯を剥いて、雨土で黒々と汚れた顔を、噛み付かぬばかりの勢いでエドガルドの耳元に近づけてきた。かと見るや、さすがにエドガルドも自身の耳を疑ったのだが、意外にも、その相手は、篤(あつ)い礼のこもったスペイン語で囁きかけてきたのだ。「エドガルド様、このような乱暴を働き、ご容赦ください。我らは、アレッチェ様の親衛部隊でございます。わたしは、その親衛部隊長ドロテオと申す者。アレッチェ様のご命令にて、インカ兵どもに身を扮し、アラゴン王子を救出に上がりました。どうか今は何も仰(おお)せにならず、我らの為すに任せてください。全てはアラゴン様を無事に安全な場所に退避させるためでございます」 【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。 「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪アラゴン≫(スペイン軍)スペインの植民地であるペルー副王領を統治する副王ハウレギの息子。反乱鎮圧に手こずる軍に痺れを切らした副王により派兵されたスペイン王党軍を統率している。≪エドガルド≫(スペイン軍)副王の嫡男アラゴンへの絶対的忠誠を誓う腹心の部下。スペイン王党軍を統率するアラゴン王子の副官でもある。≪ドロテオ≫(スペイン軍)スペイン軍総指揮官ホセ・アントニオ・アレッチェの親衛部隊長。危機に瀕したアラゴン王子を救出すべく、インカ兵に扮してアラゴンやエドガルドの元に馳せ参じた。 ◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!(1日1回有効) (1日1回有効)
2015.05.05
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同じ頃、砦下の戦場の一角では、今、まさにトゥパク・アマルとアンドレスが語り合っていたアラゴン王子その人が、差し迫った状況の真っ只中にいた。本来ならば眩いばかりに白銀に輝く鎧も、飛び散る泥土や打ち付ける雨水でドロドロに汚れ切り、彼の跨る純白の戦馬も泥水を浴びて変色し、さらに不味いことに、馬の足がぬかるみに取られて立ち往生している。その彼の周りを、鋭すぎる眼光を炯々とさせた一団が、グルリと取り囲んでいたのだった。激しい雨や夜闇に視界を阻まれている上、誰もが頭頂から爪先まで泥水や血糊や戦塵に塗れ、もはや髪色も肌色も顔立ちも判別できぬ状態で、己を囲んでいる軍団が、味方のスペイン兵なのか、はたまた敵のインカ兵なのか、それさえもアラゴンには見分けることができなかった。とはいえ、その軍団の兵たちが携えている武器が斧や棍棒などの鈍器であることや、彼らの身に着けているものが、鎧などではなく、簡素な貫頭衣であることなどから、己が敵兵に囲まれているのだと察することは難しくなかった。しかも、そのインカ兵と思しき軍団は、いかにも隙が無く、野獣が集団で獲物を狩るがごとき統制のとれた動きで、軽々と重々しい鈍器を身構え、じわりじわりと己を取り囲んでいる包囲網を狭めてくる。(――くっ…!)アラゴンは強く噛み締めた唇の隙間から、苦々しい呻きを漏らした。平素は、ひときわ誇り高く、感情的に取り乱した姿など見せぬアラゴンではあったが、この時ばかりは、いやに重く感じる剣を右手に携え、左手で懸命に馬の手綱を繰りながら、雨や汗が滴り落ちる美貌を引き攣らせている。そんな王子の前では、彼の重側近たる副官エドガルドが、緑碧色の瞳をこれ以上無いほど険しくさせて、敵前に馬ごと全身を晒して立ちはだかっていた。エドガルドは、今にも飛びかかり来ようと身を低めている野獣のごとき集団から、己の命に代えても主を護ろうと、雷雨さえも弾き返さぬばかりの気迫と覇光を漲らせ、あらゆる方向からの攻撃にも応ずるべく長剣を隙無く身構えている。◆◇◆◇◆お知らせ◆◇◆◇◆本日もご来訪くださいまして、ご覧くださいまして、本当にありがとうございます!励みになるコメントや応援をしてくださる読者さまには、重ねて深くお礼申し上げます。最近、更新が滞りがちでとても恐縮なのですが、事情のため、次回の更新(金曜の夜分)もお休みさせて頂く予定ですm(_ _)mいつも勝手で申し訳ありませんが、どうぞよろしくお願いいたします。皆さま、どうかご充実した黄金週間をお過ごしくださいませ.:*・☆ 【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。 「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪アラゴン≫(スペイン軍)スペインの植民地であるペルー副王領を統治する副王ハウレギの息子。反乱鎮圧に手こずる軍に痺れを切らした副王により派兵されたスペイン王党軍を統率している。≪エドガルド≫(スペイン軍)副王の嫡男アラゴンへの絶対的忠誠を誓う腹心の部下。スペイン王党軍を統率するアラゴン王子の副官でもある。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!(1日1回有効) (1日1回有効)
2015.04.28
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「ですが、トゥパク・アマル様、砦下のスペイン軍を率いる敵将が、まだ捕縛されておりません」窓から吹き込む風雨に全身を弄(なぶ)られながら食い下がるように言うアンドレスに、トゥパク・アマルも、激しい雨に煙る戦場を見つめたまま、「うむ」と頷いた。「あの砦下で、アパサ殿やビルカパサと剣を交えている敵軍は、これまでアレッチェ殿が率いてきたスペイン軍本隊を凌ぐほどに、重装備の非常に強壮な別働隊であった。アンドレス、あの敵軍を総(す)べる敵将の正体について何か分かったか?」「はい。副王ハウレギの嫡男、アラゴン王子であるとの情報を得ています」若々しい面持ちを凛々しく引き締めて答えたアンドレスの方に、トゥパク・アマルは敏捷に視線を馳せて、「副王の嫡男?なるほど、されば、あれほどの重火器を備えていることにも頷ける」と、噛み締めるように呟いた。再び眼下の戦場に目をやったトゥパク・アマルの鋭利な横顔を、耳を劈(つんざ)く轟音と共に天駆ける稲妻が、白銀の光で皓々と照らし出す。そのような主君に真っ直ぐ向き直り、アンドレスは、腰に佩(は)いた帯剣の柄を強く握り締め、決然と語を放った。「陛下、そのようなアラゴンを放置すれば、今後、我が軍にとっては、アレッチェ以上に厄介な相手となりかねません!せっかく我が軍が優勢な今こそ、手を緩めることなく、アラゴンとの決着を付けてしまうのが得策ではないでしょうか?」しかし、トゥパク・アマルは、戦場を睨んだまま、きっぱりと首を振る。「そなたの言いたいことは分かる、アンドレス。だが、此度は、もう手遅れであろう」「手遅れとは?」「副王の嫡男ともなれば、とうに手を打っているであろう、あの者が」そう答えて、トゥパク・アマルは、まだ燃え燻(くすぶ)る執務室内でインカ兵たちに看護されている意識不明のアレッチェへ一瞥を投げ、それから今一度、アンドレスへ、さらに戦場へと視線を戻していく。そうしながら、トゥパク・アマルは、物思わしげに語り続ける。「この豪雨や夜闇は、我らインカ軍にとって、重火器に頼った戦いを得意とする敵軍を封じるのには誠に好都合であった。なれど、同時に、敵兵が身を隠して逃げ去るにも好都合なものなのだ。ましてや副王の嫡男ほどの重要人物なれば、恐らく、アレッチェ殿が、自軍に不利な戦況を察した時、即、アラゴン王子を救出するための方策を打っているに相違あるまい。この期に至っても、未だアラゴン王子が、囚われても、討ち取られてもいないとなれば、口惜しいことなれど、此度は取り逃がしたと思うしかあるまい」 【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。 「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪アンドレス≫(インカ軍)トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年。剣術の達人であり、若くしてインカ軍を統率する立場にある。スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。ラ・プラタ副王領への遠征から帰還し、現在は、英国艦隊及びスペイン軍との決戦において、沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて副指揮官を務める。≪アラゴン≫(スペイン軍)スペインの植民地であるペルー副王領を統治する副王ハウレギの息子。反乱鎮圧に手こずる軍に痺れを切らした副王により派兵されたスペイン王党軍を統率している。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!(1日1回有効) (1日1回有効)
2015.04.24
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トゥパク・アマルは、そのまま通路の方に進み出て、その長大な通路の石壁に等間隔に築かれた窓の一つに歩み寄った。そこから、砦下に広がる戦場に、険しい視線を走らせる。いつしか時は深夜にさしかかり、まもなく日付も変わろうとしている。分厚い雲に覆われた天空からは、今も大粒の無数の雨が槍のように落ちて地表に突き刺さり、その水浸しの大地の上では、雨や泥土に塗(まみ)れた兵や馬たちが入り乱れ、熾烈な白兵戦を続けていた。先刻のアパサによる水袋投下作戦や降りやまぬ豪雨のために、もはやスペイン軍の大砲や銃は使い物にならぬと見え、完全に鳴りを潜めている。両軍の兵は、共に、剣、槍、斧などの武器を手に、肉弾戦を繰り広げているが、ドロドロの泥土に塗れ、全身に血飛沫を浴びて、それらが降りしきる雨水で混ざり合い、その上、夜の闇の暗さもあいまって、誰がどちらの軍の兵なのか、見分けることさえ困難な状態である。それでも、様々な戦場を目に収めてきたトゥパク・アマルの心眼は、先刻のアンドレスの報告通り、今、確かにインカ軍が優勢である――どころか、殆ど勝利しているといってもよいほど優勢であることが、夜闇や雷雨を貫いて見通せた。(アパサ殿、ビルカパサ、見事な戦いぶりであった)そう胸の内で、トゥパク・アマルは、アパサに、ビルカパサに、そして、全ての戦場の兵たちに深く礼を払った。しかしながら、暗黒の夜空を蒼白く染め上げて不規則に走る雷光に照らし出される地上を、砦窓から見下ろすトゥパク・アマルの横顔には、険しさが増していく。「このような時間に、このような混戦状態で、これ以上の戦いは無用。視界も足場もあまりに悪く、長時間に渡る戦いで両軍の兵共に消耗が激しすぎる上、これでは味方討ちを誘発しかねぬ。アンドレス、ロレンソ、そなたたちは兵を連れてすぐに眼下の戦場へ下り、アパサ殿とビルカパサに、戦さを休止するよう伝えよ」【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。 「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪ビルカパサ≫(インカ軍)インカ族の貴族であり、トゥパク・アマル腹心の家臣。トゥパク・アマルの最も傍近い護衛官として常にトゥパク・アマルと共にあり、幾度と無く命を張って主を守ってきた。ロレンソの恋人マルセラの叔父でもある。 ≪アパサ≫(インカ軍)「ラ・プラタ副王領」の豪族で、トゥパクの最も有力な同盟者。 「猛将」と謳われる一方で、破天荒で放蕩な性格の持ち主だが、実は、洞察と眼力が鋭く、全体をよく見通している。かつてアンドレスを戦士として鍛え上げた恩師でもある。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!(1日1回有効) (1日1回有効)
2015.04.21
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「アパサ殿の援軍が到来し、ビルカパサ軍も健闘しており、おまけに豪雨のおかげもあって、砦外の戦況は我が軍に有利です。さあ、細かいことは、順次お伝えしますから、どうか今は、もうこれ以上、お身体のご負担になる会話はおやめください」厳しく制したアンドレスの言葉とは裏腹に、トゥパク・アマルは、「やはりアパサ殿が来てくれていたか」と納得気に独り言(ご)ち、両足に力を込めて真っ直ぐ立ち上がった。彼は、インカ兵たちの果敢な消火活動によって執務室内の炎が次第に鎮火されていくのを目に収めると、まだ覚束(おぼつか)ぬ足取りながらも、隠し扉の外に向かって歩き出した。「トゥパク・アマル様、おやめください!」「そのような火傷やお怪我の体で、どこに行こうっていうんです?!」血相を変えてトゥパク・アマルの前に立ちはだかったアンドレスとロレンソの肩を、トゥパク・アマルの両手が、真摯な思いを込めて、ぐっと握り締めた。「ありがとう。なれど、案ずるには及ばぬ。そなたたちのおかげで、充分に水を浴び、すっかり楽になった。戦場で命のやり取りをしている兵たちに比べれば、このようなわたしの怪我など、かすり傷にすぎぬ」そう言って、トゥパク・アマルは、隠し扉の外に広がる薄暗い通路の空気を胸に吸い込み、「たいぶ砦内の大気中の毒素も薄まってきているようだな」と、安堵を込めて呟いた。◆◇◆◇◆お知らせ◆◇◆◇◆本日もご来訪くださいまして、お目通しくださり、本当にありがとうございます!温かいコメントや応援をしてくださる読者さまには、重ねて深くお礼申し上げます。所用のため、次回の更新(金曜の夜分)はお休みさせて頂きますm(_ _)m勝手で申し訳ありませんが、どうぞよろしくお願いいたします。天候不順の日々、皆さま、どうかお身体にお気を付けてお過ごしくださいませ.:*・☆ 【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。 「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪アンドレス≫(インカ軍)トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年。剣術の達人であり、若くしてインカ軍を統率する立場にある。スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。ラ・プラタ副王領への遠征から帰還し、現在は、英国艦隊及びスペイン軍との決戦において、沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて副指揮官を務める。 ≪アパサ≫(インカ軍)「ラ・プラタ副王領」の豪族で、トゥパクの最も有力な同盟者。 「猛将」と謳われる一方で、破天荒で放蕩な性格の持ち主だが、実は、洞察と眼力が鋭く、全体をよく見通している。かつてアンドレスを戦士として鍛え上げた恩師でもある。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!(1日1回有効) (1日1回有効)
2015.04.14
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そんなトゥパク・アマルやインカ兵たちの耳に、不意に、サルセード大佐の悲痛な叫び声が響き渡った。「あああ、アレッチェ様、なんたるお姿に!!とんでもない火傷をなさっている上に、足が血だらけじゃありませんかっ」その動転したサルセードの叫びに呼応するように、アンドレスがトゥパク・アマルに向かって語を継いだ。「アレッチェが左足の大怪我と全身火傷で、意識を失っています。でも、まだ何とか息はありますが…。トゥパク・アマル様だって、ひどいお怪我ですし、アレッチェと、一体、何があったんです?アレッチェに酷い暴行を受けたんじゃないですか?!」息せき切ったように問うアンドレスに、トゥパク・アマルが表情を引き締めて答えた。「詳しい説明は後だ。それより、すぐに腕の立つ従軍医を呼び寄せ、アレッチェ殿の治療に当たらせてくれ。彼は、見ての通り、非常な重症を負っている。かつて、わたしが負傷して倒れた時に見事な治療を成し遂げた名医がいたであろう。あの者がよかろう。すぐに本営に使いをやって、彼を呼び寄せよ」対するアンドレスは、「分かりました」と答えながらも、微妙な面持ちになる。「俺たちインカ軍や民衆たちを散々な目に合わせてきたアレッチェに、そこまで好待遇を与えなくてもと、正直、思いますが…。ですが、トゥパク・アマル様がそれでご納得されるのならば、お言葉のままにいたしましょう。ですから、さあ、もう、お話にならないでください。トゥパク・アマル様ご自身も、大変なお怪我や火傷をなさっているのです。陛下こそ、早急な治療が必要です」アンドレスがそう言って会話を切ろうとするも、トゥパク・アマルの問いかけは止まらない。「いや、まだだ。教えてくれ。砦外の戦況はどうなっている?ビルカパサに預けた本隊は持ち堪えているか?砦内で毒素に倒れた兵たちの様子はどうなのだ?」 【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。 「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪アンドレス≫(インカ軍)トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年。剣術の達人であり、若くしてインカ軍を統率する立場にある。スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。ラ・プラタ副王領への遠征から帰還し、現在は、英国艦隊及びスペイン軍との決戦において、沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて副指揮官を務める。≪ホセ・アントニオ・アレッチェ≫(スペイン軍)植民地ペルーの行政を監督するためにスペインから派遣されたエリート高官(全権植民地巡察官)で、植民地支配における多大な権力を有する。ペルー副王領の反乱軍討伐隊(スペイン王党軍)総指揮官として、反乱鎮圧の総責任者を務める。有能だが、プライドが高く、偏見の強い冷酷無比な人物。名実共に、トゥパク・アマルの宿敵である。 ◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!(1日1回有効) (1日1回有効)
2015.04.10
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アンドレスは、心配そうにトゥパク・アマルの双眸(そうぼう)を覗き込みながら、「トゥパク・アマル様、今は、あまりお話されてはいけません。お身体に障ります」と、難しい顔をした。そうしながらも、真剣に問いかけてくるトゥパク・アマルの目線に押されるようにして、噛み締めるように答える。「トゥパク・アマル様のお姿が見えなくなってから、俺たちは、砦中、隅々まで、どんなに必死に探し回ったと思いますか?そうしている最中、俺の部下の一人が、この通路の方向から走ってきた何人かのスペイン兵たちが、大慌てで砦外へ飛び出していくのを目撃したのです。恐らく、アレッチェの伝令兵たちか誰かだったのでしょう。それで、俺たちも急いでこちらに来てみれば、壁しかないように見えるこの通路に、アレッチェの衛兵たちが、何人も配備されているじゃないですか。その様子から、ここに何か重要なものがあるって、すぐに検討がつきました。あとは衛兵たちを締め上げれば…、この隠し扉を見つけるのは、そう難しくありませんでした。ただ、この扉を開ける鍵を持ったサルセードが強情でなかなか言うことをきいてくれなくて、扉を開けるまでに時間がかかってしまったんです。「そうであったか。さすがに、此度は、心底、そなたたちを待ち侘びた。来てくれて、誠に有難い。心から礼を申すぞ」トゥパク・アマルは、眼前のアンドレスに、そして、いつしか己の傍に跪いていたロレンソの方に、それから、周囲で同様に深く案ずる面差しのインカ兵たちに、視線で篤く礼を払った。 【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。 「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪アンドレス≫(インカ軍)トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年。剣術の達人であり、若くしてインカ軍を統率する立場にある。スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。ラ・プラタ副王領への遠征から帰還し、現在は、英国艦隊及びスペイン軍との決戦において、沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて副指揮官を務める。≪サルセード大佐≫(スペイン軍)此度の沿岸部におけるインカ軍及び英国艦隊との決戦において、砦のスペイン軍を束ねている。当地での戦いにおいて、スペイン軍総指揮官アレッチェの補佐官の任にある。 ◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!(1日1回有効) (1日1回有効)
2015.04.07
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その間にも、アンドレスは、開け放たれた隠し扉の中に、水桶を持って次々に走り込んでくる部下たちに、「もっと、もっと、水を!!二人に、それに、部屋全体に!一刻も早く火を消し止めねば」と、指示を飛ばしている。それから、アンドレスは、半ば涙を滲ませた大きな瞳を揺らしながら、滔々と水の滴るトゥパク・アマルの無事な姿を、再び感動を込めて見つめた。彼は、即座に懐剣を取り出すと、トゥパク・アマルの手首を縛っていた太縄を、掻っ切った。「トゥパク・アマル様、もう、これで大丈夫です。だけど、大至急、お怪我や火傷の手当てをせねばなりません」「いや、わたしは大事ない。案ずるな」アンドレスと話すうちに徐々に意識が清明になってきたようで、トゥパク・アマルの表情には、次第に生気が戻りつつあった。「それより、アンドレス、そなたたち、どうやって、この部屋の扉を開けたのだ?」「あいつが、隠し扉を外から開けるための鍵を持っていたんです」そう言って、アンドレスは、肩をすくめて笑顔をみせながら、執務室の中央へ目をやった。彼の視線の先には、インカ兵たちに囲まれながら、苦虫を何十匹も噛み潰したような顔で立ち尽くしている、でっぷり体型のスペイン人将官がいた。それは、ロレンソが投石技で捕えていた、あのサルセード大佐――この砦戦におけるアレッチェの副官、であった。「捕虜となっていたサルセード大佐が、彼自身の命と引き換えに、この隠し扉を開けてくれた、というわけです」「なるほど」と、トゥパク・アマルも合点がいって、太縄から解放された己の手首をさすりながら頷いた。「では、大佐殿はわたしの命の恩人というわけだ。彼には深く感謝せねばならぬな。大佐殿との約束は必ず守り、彼の命は確実に保証せよ。とはいえ、大佐殿に扉を開けるよう依頼をしたのは、ここに隠し扉があると、先にそなたたちが見抜いたからであろう?隠し扉は、外からは扉と分からぬ構造になっていたはず。なのに、なぜ扉の位置が分かったのだ?いや、それより、重傷を負ったアレッチェ殿はどうなっている?!」 【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。 「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪アンドレス≫(インカ軍)トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年。剣術の達人であり、若くしてインカ軍を統率する立場にある。スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。ラ・プラタ副王領への遠征から帰還し、現在は、英国艦隊及びスペイン軍との決戦において、沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて副指揮官を務める。≪サルセード大佐≫(スペイン軍)此度の沿岸部におけるインカ軍及び英国艦隊との決戦において、砦のスペイン軍を束ねている。当地での戦いにおいて、スペイン軍総指揮官アレッチェの補佐官の任にある。 ◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!(1日1回有効) (1日1回有効)
2015.04.03
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――ザバアッ!!大きく水音が鳴って、大量の水飛沫が勢いよく降りかかる。己に降りかかった水の冷たさや、あまりにリアルな水の感触が、それまでの夢か現(うつつ)か分からなぬ茫漠とした感覚を一気に吹き飛ばし、完全な現実感覚の中にトゥパク・アマルを引き戻していた。そうしている間にも、次なる水の一撃が、威勢よく己の全身に投げ放たれる。頭から爪先まで、ザンブリと水を被(かぶ)って、目を瞬かせているトゥパク・アマルの耳に、今度は、先刻のミカエラとは別の人物の声が大きく響き渡った。「トゥパク・アマル様!!しっかりしてください、トゥパク・アマル様!」血相を変えて半狂乱で叫びながら、己の肩を抱き起している眼前の若者は、まぎれもなく己の若き副官、アンドレスであった。「トゥパク・アマル様、気付かれましたか!!」「アンドレ…ス…どうやって、ここに……?ミカエラは…?」「トゥパク・アマル様、しっかりなさってください!何を仰っているんです?!ミカエラ様が、このようなところに、いらっしゃるわけがないじゃないですか。ここは砦の中の、アレッチェの執務室の中です。しかも、すごい火災で、俺たちが来るのがもうちょっと遅かったら、トゥパク・アマル様は、ここでアレッチェと一緒に丸焼けになってしまうところだったんですよ!」尋常ならざる大怪我や火傷を負いながらも、無事に意識を取り戻したトゥパク・アマルの姿を前にして、言葉に尽くせぬ深い安堵感のために、アンドレスの声音はどうしても大きくなる。「ああ、そうであった…、そうであったな。どうやら、わたしは、まだ生きているようだ」さすがにトゥパク・アマル自身も安堵の念を禁じ得ず、まだどこか意識朦朧としながらも、傷だらけの口元に微笑を浮かべた。【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。 「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪アンドレス≫(インカ軍)トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年。 剣術の達人であり、若くしてインカ軍を統率する立場にある。スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。ラ・プラタ副王領への遠征から帰還し、現在は、英国艦隊及びスペイン軍との決戦において、沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて副指揮官を務める。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!(1日1回有効) (1日1回有効)
2015.03.31
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ほどなく、霞んだ視界の中に、ぼんやりとながらも、豊かな黒髪に縁取られた褐色の美しい輪郭が見えてくる。エレガントな雰囲気と戦士のような凛々しさとを兼ね備えた風貌を持つ、その女性の黒曜石の瞳が、激しく揺れながら、こちらを見つめている。『あなた……』「ミカエ…ラ?!」驚きを含んだ擦れ声を喉から発して、トゥパク・アマルが、鉛のように重い瞼を大きく押し開けた。辺りでは、今も炎が猛々しく渦巻き、いよいよ空間の全てを呑み込もうとしている。そのような炎をものともせず、意識を取り戻したトゥパク・アマルを深い安堵の眼差しで愛しそうに見つめながら、その女性――ミカエラは、涼やかな目元を細め、己の顔を夫の顔の方へ、さらに近づけた。『まあ、なんと酷い、傷だらけではありませぬか。唇もこんなに腫れ上がって』ブロンズ像のような美貌に深く案ずる眼差しを宿しながら、ミカエラは、形良い指先で、スッと、夫の唇に触れる。そのトゥパク・アマルの唇が、微かに動いて、思いを込めて囁いた。「たとえ幻(まぼろし)であろうとも、最後に、そなたに会えて良かった。今一度、本物のそなたに会いたかったが、今度ばかりは叶わぬようだ。ミカエラ――皆のことを頼……」言いかけたトゥパク・アマルの唇を、次の瞬間、ミカエラの唇が塞いでいた。命を吹き込むように長く情熱的な口づけを交わした後、ミカエラは、ゆっくり己の唇を離し、美麗な目元に戦女神の如く強い光を宿して、決然と言う。『何を情けないことを言っているのです。あなたらしくもない。あなたは、まだ生きねばなりません。気をしっかり持つのです』そう言い放ったかと見るや、彼女は、トゥパク・アマルの頬を包んでいた手を離して、その美しいプロポーションの長身で、夫の前に凛と立った。いつしか彼女の両手の中には、黄金の大きな水瓶が、現われている。ハッと、トゥパク・アマルが目を見張った時には、ミカエラは、その手に抱きかかえていた水瓶の水を、トゥパク・アマルに、そして、燃え盛る室内全体に、勢いよく投げ放っていた。【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。 「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪ミカエラ・バスティーダス≫(インカ軍)トゥパク・アマルの妻であり同志。トゥパクとの間に生まれた3人の皇子たちの心優しき母でもある。褐色の女神のように麗しくも、戦士のごとく雄々しきインカ族の才媛。現在は、サンガララの本陣を守りながら、国中に戦線拡大しているインカ軍全軍の補給などを取り仕切っている。 ◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!(1日1回有効) (1日1回有効)
2015.03.27
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だが、外に助けを求めて叫ぶトゥパク・アマルの声も、長くは続かなかった。大声を上げたために大量に煙を吸い込み、激しく咳き込みながら、ぐったりと頭(こうべ)を垂れた。(――息ができぬ…)火の粉を噴き上げながら燃え狂う炎が酸素を呑み込み、執務室内は、明らかに酸欠状態になりつつあったのだ。紅蓮の炎の中、もはや火から逃れる力も、助けを呼ぶ力も無く、ハッ、ハッ…、と浅い呼吸を苦しそうに続けながら、遠のいていく意識の中で、トゥパク・アマルは、己の膝の上に庇っているアレッチェを見つめた。大火傷と足の怪我と酸欠とで、気を失ったまま苦悶の呻きを上げているアレッチェの姿は、悲痛そのものである。(アレッチェ殿、我らは共に、あの世から戦いの行方を見守ることになりそうだ)そうアレッチェに語りかけたのを最後に、トゥパク・アマルの意識も、ついに事切れた。 ――それから、どれくらい時間が流れたのか。あるいは、すぐ次の瞬間だったのか。トゥパク・アマルの意識は、朦朧としながらも、再び現実世界へ引き戻されていた。いや、現実かどうかは実際のところ定かではなかったのだが、彼の意識は、今また、燃える執務室の中にいた。『あなた、しっかりなさって』あまりにも聞き覚えのある艶やかな女性の声がいたわるように耳元で響き、と同時に、しなやかな両手が己の頬を包む感触が伝わってくる。燃えるような高熱を帯びた傷だらけの肌に、相手のひんやりとした柔らかな手の感触が心地よい。スラリと細く長い相手の指の感触や、肌理(きめ)細かく滑らかな手の平の感触、そして、微かに薫る甘美な百合の香り。トゥパク・アマルは、焦点の定まらぬ視線で、それでも、懸命に、相手の姿を見定めようと目を凝らした。 【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。 「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪ホセ・アントニオ・アレッチェ≫(スペイン軍)植民地ペルーの行政を監督するためにスペインから派遣されたエリート高官(全権植民地巡察官)で、植民地支配における多大な権力を有する。ペルー副王領の反乱軍討伐隊(スペイン王党軍)総指揮官として、反乱鎮圧の総責任者をつとめる。有能だが、プライドが高く、偏見の強い冷酷無比な人物。名実共に、トゥパク・アマルの宿敵である。 ◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!(1日1回有効) (1日1回有効)
2015.03.24
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しかし、その安堵の念も、即座に打ち砕かれた。己の体に庇われていたはずのアレッチェは完全に意識を失い、しかも滝のように汗を流して、ただならぬ苦悶の表情で息を荒げていたのだ。トゥパク・アマルは瞳を微動させながら、アレッチェに覆い被さっていた己の身を離して、相手の頭部から足先まで視線を走らせていく。「なんということだ…」トゥパク・アマルの口元から、擦れた呻き声が漏れた。アレッチェの全身を護って身を挺していたはずの己の体から、相手の左足が大きくはみ出しており、その左足の膝下に、全焼したシェルフから燃え落ちた50センチ四方大の重く鋭利な角材がザックリ突き刺さっていたのだ。「しっかりせよ…しっかりするのだ……」アレッチェに言っているのか、己自身に言っているのか、食い縛った歯の間から呪文のようにそう唱え、心を鎮めようと努めながら、汗と血が流れ込んで霞む視界の中で、アレッチェの足に刺さった角材や傷口の様子を懸命に見定めようとする。幸い角材の火は消えてはいるものの、足への刺さり度合は深く、角材を不用意に抜き取ることはかえって危険を増すと思われた。すぐにも医師の治療を要する致命的な重症であり、ともかくも、その傷口からドクドクと溢れ出る鮮血を止めるために、引き裂いたマントの布をアレッチェの左大腿部に縛りつける。拘束されたままの不自由な両手で、それらを行うことは至難極まりなく、そうしている間にも、ますます手は焼けついて、感覚も定かではなく、熱ささえも殆ど感じられない。手首に縛り付けられたままの太縄も、もう、すっかり焦げついて、今にも縄そのものが焼き切れるのではないかと思われるほどだった。己の大きなマントの中に意識を失くしたアレッチェを包んで庇護しながら、トゥパク・アマル自身も意識朦朧とした状態で、炎の嵐が吹き荒れる密室の中をズルズルと扉の方へ這いずっていく。そして、血を吐く思いで叫びながら、最後の力を振り絞って扉をガンガン叩いた。「誰か!!誰か、ここを開けてくれ!!!」 【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。 「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪ホセ・アントニオ・アレッチェ≫(スペイン軍)植民地ペルーの行政を監督するためにスペインから派遣されたエリート高官(全権植民地巡察官)で、植民地支配における多大な権力を有する。ペルー副王領の反乱軍討伐隊(スペイン王党軍)総指揮官として、反乱鎮圧の総責任者をつとめる。有能だが、プライドが高く、偏見の強い冷酷無比な人物。名実共に、トゥパク・アマルの宿敵である。 ◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!(1日1回有効) (1日1回有効)
2015.03.20
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高熱の鉄板と化した床に打ち倒された身をよろめくように起こしながら、トゥパク・アマルは、暫し愕然と目を見開き、それから悲しげに瞼を伏せた。「なぜ、これほどまでに我らの間は遠いのだ」己の足元からも炎が上がってこようとしているのさえも気付かぬ様子で、その場に身を固めたまま、トゥパク・アマルは力無く項垂(うなだ)れかけた。が、次の瞬間には、その唇が、ハッ、と大きく息を呑んだ。「アレッチェ殿、危ない!!」そう叫んで、トゥパク・アマルの全身は、アレッチェの躰を庇うために、瞬時に、そちらに飛び込んでいた。視界を奪われているアレッチェには恐らく見えなかったのだが、彼の右横に高く聳えていた重厚なアンティークのシェルフ(収納棚)が燃え崩れて、その残骸が、アレッチェの頭上に降り注ごうとしていたのだ。燃え崩れた木材がアレッチェに降りかかる寸でのところで、トゥパク・アマルの全身がアレッチェに体当たりするような格好で、まだ火の侵入の少ない、シェルフと反対方向にアレッチェを突き飛ばしていた。「――なっ…?!」均衡を崩して石床に横転しかけたアレッチェを護るために、身を挺して相手の上に覆い被さったトゥパク・アマルの背に、シェルフの残骸が燃えながら幾つも降り注いだ。己の背に落ちかかりくる、それら残骸と化した角材を、トゥパク・アマルは即座に体から振り払いつつも、アレッチェがそれらの下敷きになることをギリギリ免れたことに微かな安堵の息をつく。 【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。 「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪ホセ・アントニオ・アレッチェ≫(スペイン軍)植民地ペルーの行政を監督するためにスペインから派遣されたエリート高官(全権植民地巡察官)で、植民地支配における多大な権力を有する。ペルー副王領の反乱軍討伐隊(スペイン王党軍)総指揮官として、反乱鎮圧の総責任者をつとめる。有能だが、プライドが高く、偏見の強い冷酷無比な人物。名実共に、トゥパク・アマルの宿敵である。 ◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!(1日1回有効) (1日1回有効)
2015.03.17
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「トゥパク・アマル…なぜ、おまえは……敵のわたし…を」足の重大な火傷に加え、周囲で踊り狂う炎の異常な熱さや吸い込んだ有毒煙のために、殆ど意識を失いかけているアレッチェの唇が、微かにそう動いた。ちょうどその時、遮二無二(しゃにむに)火を消そうと躍起になっていたトゥパク・アマルが、やっとのことで、アレッチェの足に取り憑いていた炎を消し止めていた。その気配を茫漠(ぼうばく)とした意識の中で感じていたアレッチェの耳に、遠く、トゥパク・アマルの声が聞こえてくる。「そなたの火はなんとか消し止めた。なれど、そなたの負った大火傷は、すぐにも治療を要する重症だ。いや、それどころか、我らが火達磨になるか、その前に窒息死するか、一刻の猶予も無い。そなたも、わたしも、このようなところで死ぬわけにはいかぬ!共に、ここを生きて出よう。後生だから、扉を開けてくれ……!」アレッチェの耳に切れ切れに聞こえくる殆ど哀願するかのようなトゥパク・アマルの声は、恐らく彼が知る限りでは、これまでで最も悲愴で切迫したものだった。そのトゥパク・アマルの形振(なりふ)り構わぬ必死さが、途切れそうなアレッチェの意識の底にある何かに、再び着火した。どこにまだそのような力が残っていたのか、アレッチェの腕が、周囲の火から庇うようにして盲目の己の体を支えていたトゥパク・アマルの全身を、ドッ、と、突き飛ばした。「謀反人が、汚らわしい手で、このわたしに触るでない!この偽善者めが!!」ゴウゴウと燃え上がる煉獄の業火の中で、歯を剥き出して呪わし気に叫んだアレッチェの凄まじい形相は、もはやこの世のものとは思えなかった。【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。 「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪ホセ・アントニオ・アレッチェ≫(スペイン軍)植民地ペルーの行政を監督するためにスペインから派遣されたエリート高官(全権植民地巡察官)で、植民地支配における多大な権力を有する。ペルー副王領の反乱軍討伐隊(スペイン王党軍)総指揮官として、反乱鎮圧の総責任者をつとめる。有能だが、プライドが高く、偏見の強い冷酷無比な人物。名実共に、トゥパク・アマルの宿敵である。 ◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!(1日1回有効) (1日1回有効)
2015.03.13
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殆ど反射的に、トゥパク・アマルの体は、書棚の前から離れて、キャビネット傍のアレッチェの元へ走り込んでいた。「しっかりしろ!」みるみる足首からアレッチェの膝上の方まで駆け上ってこようとしている炎の舌を、未だ拘束状態のままの手を叩(はた)き付け、無我夢中で炎を払い除けながら、トゥパク・アマルが叫ぶ。「気をしっかり持つのだ!頭を下げよ。煙を吸ってはならぬ。このままでは、我らは本当に、ここで運命を共にすることになるぞ。頼むから、隠し扉を…、扉を開けてくれ!」そう声を張りながら、トゥパク・アマルは、縛られた手を己のビロードのマントに走らせた。先刻受けた暴行による傷口から吹き出した血で濡れた部分を探り当て、そこを大きく引き千切ると、その布でアレッチェの脚に這い上がりくる炎を覆って叩き消そうと、力の限り奮闘している。だが、そうしているトゥパク・アマル自身の方にも、火の勢いは迫っていた。今や、炎は、部屋中にある燭台や可燃物に連鎖的に着火して、執務室全体を紅蓮(ぐれん)の火の海と化しつつあった。正直、トゥパク・アマルも、己が初めに燭台の炎を倒した際、ここまで本格的な火災を招くつもりはなかったのだ。もっと早い段階で、アレッチェが、扉を開く気になるものと予測していた。室内のどこかに灯油燃料の類いが納められている危険性も想定してはいたが、まさか、それが即座に床に撒かれる羽目になるとは考えていなかった。トゥパク・アマルは、血の混じった大量の汗をハラハラと横顔から流しながら、腫れ上がった唇を噛み締めた。既に部屋中が灼熱の炎に包まれ、降り注ぐ火の粉の中で、今にも、全身ごと高熱で溶けそうである。(アレッチェ殿……!)薄まりゆく酸素や一酸化炭素の吸入で遠のきそうな意識の中、トゥパク・アマルは、未だ火を消し止めてやれぬアレッチェの大火傷の甚大な苦痛を思って、汗の滴る瞼を震わせた。他方、アレッチェもまた、己の脚に巻きついている火を我武者羅(がむしゃら)になって消そうとしているトゥパク・アマルの気配を、朦朧とした意識の中で感じていた。 【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。 「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪ホセ・アントニオ・アレッチェ≫(スペイン軍)植民地ペルーの行政を監督するためにスペインから派遣されたエリート高官(全権植民地巡察官)で、植民地支配における多大な権力を有する。ペルー副王領の反乱軍討伐隊(スペイン王党軍)総指揮官として、反乱鎮圧の総責任者をつとめる。有能だが、プライドが高く、偏見の強い冷酷無比な人物。名実共に、トゥパク・アマルの宿敵である。 ◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!(1日1回有効) (1日1回有効)
2015.03.10
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そうしながらアレッチェの方に一閃を投げた時、対するアレッチェは、「よせ!それ以上、ふざけた真似は断じて許さん!!」といったようなことを喚(わめ)きながら、手探りで、こちらに突き進んでくるところであった。殆ど視界が効いていないはずにもかかわらず、執念としか言いようのない猪突猛進ぶりに、思わずトゥパク・アマルも目を見張る。と、その時、闇雲にこちらに驀進(ばくしん)していたアレッチェの体が、高さ1メートル半ほどあろうかと見える硝子張りのキャビネットに、側面から凄まじい勢いで激突した。その強い衝撃波で、キャビネット上に載せられていた別の燭台が石床の上へ投げ出され、その燭台の炎が消えるよりも早く、衝撃によって開いたキャビネットの硝子扉から雪崩れ落ちた山のような書類が床に倒れた燭台の上へ降り注いだ。さらに、不味いことに、キャビネット内にはカンテラ用の灯油瓶が納められており、その大瓶が、書類と一緒に燭台の炎の上に転がり落ちてきたのだ。トゥパク・アマルが、アッと、息を呑む間も無く、灯油の大瓶は硬い石床に叩き付けられて砕け散り、中の油が周り一面に派手にぶち撒かれた。ゴウッ、と不気味な音を上げて、灯油が床上の燭台の炎に着火し、と同時に、辺り中に舞い散った書類やら本やらに燃え広がった。瞬く間に勢いづいた周囲の炎が、長身の二人の腰丈ほどに成長するまでには、ものの数秒もかからなかった。「……!!」キャビネット間近にいたアレッチェが、声にならぬ叫びを上げている。盲目状態のまま立ち往生しているアレッチェの靴先に着火した炎が、彼の足首辺りまで上がってきていたのだ。 【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。 「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪ホセ・アントニオ・アレッチェ≫(スペイン軍)植民地ペルーの行政を監督するためにスペインから派遣されたエリート高官(全権植民地巡察官)で、植民地支配における多大な権力を有する。ペルー副王領の反乱軍討伐隊(スペイン王党軍)総指揮官として、反乱鎮圧の総責任者をつとめる。有能だが、プライドが高く、偏見の強い冷酷無比な人物。名実共に、トゥパク・アマルの宿敵である。 ◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!(1日1回有効) (1日1回有効)
2015.03.06
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「断る。それより、おまえの署名が…先だ!」そう言い切ったアレッチェの耳に、次の瞬間、ガタンッ、と、何かが倒れる音が響いた。それに続いて、ボッと、何かが燃え上がる音。と同時に、何かが焦げるような異臭と熱風が漂ってくる。「トゥパク・アマル、おまえ…何を…している?」ガンガン痛んで、まるきり霞んで見えぬ視界にもかかわらず、アレッチェが、執務室内の異変を直観して、周囲を見渡そうと懸命に首を振っている。そのような彼の耳に、執務机の置かれている方角から、トゥパク・アマルの声が聞こえてきた。「燃えるこの部屋ごと、わたしと共に心中したくなくば、その扉を開けるのだ」「――!?ま…さか……!馬鹿なことはやめろ!!」アレッチェが事態を察して叫んだ時には、既に、トゥパク・アマルは、降伏受諾書の上に、机上に据えられていた黄金の燭台を倒していた。トゥパク・アマルの漆黒の瞳の中で、降伏受諾書が、金色の炎に巻かれて、たちまち灰と化していく。それを見届けると、彼は、机上で燃え上がる炎の中に、さらに、辺りに積まれていた書類や手帳の類(たぐ)いを手当たり次第に焼(くべ)はじめた。その都度、小さかった炎は、徐々にその大きさを増していく。「やめろ!!この部屋には重要書類が山ほどあるのだ!」アレッチェの逼迫(ひっぱく)した怒声をよそに、トゥパク・アマルは、「さて、では次は、何を燃やそうか?」と嘯(うそぶ)きながら、新たな燃材を物色するかのように、スパニッシュ・マホガニー製の豪奢な書棚の方へ歩みだした。 【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。 「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪ホセ・アントニオ・アレッチェ≫(スペイン軍)植民地ペルーの行政を監督するためにスペインから派遣されたエリート高官(全権植民地巡察官)で、植民地支配における多大な権力を有する。ペルー副王領の反乱軍討伐隊(スペイン王党軍)総指揮官として、反乱鎮圧の総責任者をつとめる。有能だが、プライドが高く、偏見の強い冷酷無比な人物。名実共に、トゥパク・アマルの宿敵である。 ◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!(1日1回有効) (1日1回有効)
2015.03.03
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「来るのだ」アレッチェの耳元で有無を言わさぬ声でそう言って、縛られた不自由な手を用いて相手の肩を掴むと、トゥパク・アマルは、アレッチェの体を隠し扉の前まで引き摺っていく。「この扉を開けよ。わたしをここから出すのだ」「馬鹿な…!囚人の…おまえが、こ…のわたしに命ずる…というのか?」「命じているのではない。頼んでいる。ここを開けてくれ」「何を血迷ったことを言ってい…る。なぜ…、わたしがおまえの言葉…に…従わねばならぬ!」魔人ような相貌で息巻いたアレッチェの舌や喉は、唐辛子や胡椒が沁み込み、ますます強く痛み、痺れているのであろう。息も絶え絶えな上、言葉の呂律も回っていない。目の中にも相当量のスパイス類が混入していると見え、視界を失った目の端からは、大量の涙が滝のように流れ出している。そのようなアレッチェを前にして、トゥパク・アマルは、険しいながらも、真摯でさえある声音で、諭すように応じた。「アレッチェ殿、そなたとて、そのままでは、失明をしかねぬぞ。一刻も早く、目や口を注がねば、重大な後遺症を残すことになろう」「わたしを脅そうというのか……そのような手には…のらぬ。そんなに出たければ、まず、おまえ…が、降伏受諾書に署名をしろ。さすれば……ゴホッ…!!」いきり立つあまりに、ますます深くスパイス類を吸い込んだらしく、アレッチェが激しく咳き込んだ。そのようなアレッチェを見据えるトゥパク・アマルもまた、荒い息を吐き出しながら、実際には、ギリギリのところで起立姿勢を保っている状態である。割れるような喉音を発して咳き込んでいる相手の様子に気を配りながらも、トゥパク・アマルは、縛られた両手で、隠し扉の周りを叩いたり、あれこれ触れたりしてみるが、やはり扉はビクともしなかった。そんなトゥパク・アマルの様子を気配で感じてか、やっと咳の止まったアレッチェが、くっ、くっ、と卑屈な笑い声を漏らしている。「無駄だ、おま…えには開けられぬ。第一、扉の外に…は、わたしの衛兵たちがいる。室外…に出ようとも、おまえに、逃げる術は無…い」「それはどうかな?砦内には、わたしの可愛い部下たちも、多数、潜入しているのだ。きっと、わたしを懸命に探しておろう。そのような彼らの目に留まれば、そなたの衛兵が今もこの扉向こうで安全にしている、という保証はあるまい」「インカ兵ども…は、全員…、毒素にやられている」しかし、トゥパク・アマルはそれには答えず、眦(まなじり)を吊り上げた峻厳たる面差しで、最後通牒を突きつけるが如く、今一度、アレッチェに詰め寄った。「もう一度だけ言う。即刻、この扉を開けるのだ。さもなくば――」 【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。 「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪ホセ・アントニオ・アレッチェ≫(スペイン軍)植民地ペルーの行政を監督するためにスペインから派遣されたエリート高官(全権植民地巡察官)で、植民地支配における多大な権力を有する。ペルー副王領の反乱軍討伐隊(スペイン王党軍)総指揮官として、反乱鎮圧の総責任者をつとめる。有能だが、プライドが高く、偏見の強い冷酷無比な人物。名実共に、トゥパク・アマルの宿敵である。 ◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 目次汩現在のストーリーの概略はこちら獥HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!(1日1回有効) (1日1回有効)
2015.02.26
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「なっ?!」死にかけているとばかり思っていたトゥパク・アマルの、至近距離からの思いがけぬ反撃に、アレッチェが目を見張る。が、その時には、トゥパク・アマルの手の平から放たれた赤黒い粉末が、アレッチェの両目や口中に勢いよく飛び込んでいた。――グアッ……!!言葉にならぬ獣のような叫びを上げて、アレッチェが、咄嗟に両目と口を手で覆う。言わずもがな、その粉末は、インカ軍のスパイス弾の中身でもあり、且つまた、燃やして有毒ガスを生成する原料としてスペイン軍が利用した、あの大量の唐辛子や胡椒の一部であった。トゥパク・アマルは、囚われる前に広間で拾い上げていたそれらの粉末の一握りを、密かに隠し持っていたのだ。「あああ…おのれっ…」唐辛子や胡椒の粉末をまともに喰らって、目も喉も、燃えるような激痛や口渇に襲われ、床を這い回って悶絶しながら、アレッチェが懐から手探りで銃を抜き取った。だが、今や盲目状態のアレッチェが銃を構えるよりも早く、猛然と立ち上がったトゥパク・アマルの鋼のように強靭な足が、その銃をアレッチェの手から瞬時に蹴り飛ばしていた。カン、カン、カンッと、けたたましい金属音を響かせ、銃が部屋の隅まで遠く吹っ飛んでいく。トゥパク・アマルの頭部や顔面に張り付いた長い黒髪は傷口から溢れ出す血で赤黒く染まり、痛々しく腫れ上がった額や唇からは今も紅い雫が滴り落ちている。傷だらけの全身は半ばよろめくような動きながらも、トゥパク・アマルの鋭い眼光は、今も生気を失ってはいない。「手荒なことをしてすまぬ。なれど、今は、こうするより手立てが無かった」トゥパク・アマルは低く囁き、半狂乱で目や喉を掻き毟って身悶えているアレッチェの姿に、痛まし気な視線を向けた。しかし、すぐまた感情を排した厳しい顔に戻って、相手の傍に、にじり寄った。 【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。 「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪ホセ・アントニオ・アレッチェ≫(スペイン軍)植民地ペルーの行政を監督するためにスペインから派遣されたエリート高官(全権植民地巡察官)で、植民地支配における多大な権力を有する。ペルー副王領の反乱軍討伐隊(スペイン王党軍)総指揮官として、反乱鎮圧の総責任者をつとめる。有能だが、プライドが高く、偏見の強い冷酷無比な人物。名実共に、トゥパク・アマルの宿敵である。 ◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 目次汩現在のストーリーの概略はこちら獥HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!(1日1回有効) (1日1回有効)
2015.02.24
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そもそもトゥパク・アマルにこうして折檻(せっかん)を加えたのは、トゥパク・アマルが理屈で説得できぬことを知っていたが故に、毒素で衰弱している身体にさらに体刑を与えて脆弱化させ、力づくでも署名をさせたいがためであった。にもかかわらず理性を失いかけた己をやや悔いながら、生きているのか息絶えているのか、血みどろになって、ぐったりと床に崩れているトゥパク・アマルの状態を探ろうとアレッチェは身を屈めた。と、その時、彼は、不意に息を詰めた。彼の視界に、外部からの合図を知らせるための、隠し扉横に据えられた例の回転金具に付属されたライトの光が、突如として飛び込んで来たのだ。(――!)その金具の回転速度と赤々と光るライトの点滅の激しさは、これまで類を見ぬほど切迫したものであった。あの合図は、いつから送られていたのか…?いずれにせよ、よほど砦下の戦況が、自軍にとって、悪化しているに相違ない。それにもかかわらず、トゥパク・アマルへの折檻に夢中で、そちらに意識を奪われ、またも重大な合図を見落としていたのだ。アレッチェは、奥歯をギリギリと擦り合わせた。大至急、扉の外に出て戦況報告を受けて指示を飛ばさねばならぬが、かといって、死んだような状態のトゥパク・アマルの容体も早急に確かめねばならない。一瞬の迷いの間、アレッチェの動きが止まった。その刹那、時を待ち構えていたかのように、ぐったりと床に身を沈めていたはずのトゥパク・アマルが、目にも留まらぬ速さで上体を起こした。「我を忘れ、わたしを早計に殺(あや)めてしまったかと案じたか?大丈夫。これしきのことではやられぬゆえ、安堵せよ」アレッチェの眼前十数センチに迫る直近で、鮮血に染まったトゥパク・アマルの真紅の唇が、微かな笑みを浮かべて、そう動いた。と見るや、トゥパク・アマルは、縛られた両手首をアレッチェの顔面に向けて振り上げ、と同時に、その手の中に握り締めていた何かを思い切り投げ放った。【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍) 反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。 「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。 清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪ホセ・アントニオ・アレッチェ≫(スペイン軍)植民地ペルーの行政を監督するためにスペインから派遣されたエリート高官(全権植民地巡察官)で、植民地支配における多大な権力を有する。ペルー副王領の反乱軍討伐隊(スペイン王党軍)総指揮官として、反乱鎮圧の総責任者をつとめる。有能だが、プライドが高く、偏見の強い冷酷無比な人物。名実共に、トゥパク・アマルの宿敵である。 ◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ 目次汩現在のストーリーの概略はこちら獥HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!(1日1回有効) (1日1回有効)
2015.02.20
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