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2年2ヶ月前、初めて徳島へ来てお遍路初日、【2番:極楽寺】門前の『長寿庵』のおばちゃんが紹介してくれた宿【越久田屋】に最後にまた宿泊しました。部屋まで同じA号室。前と同じように車で“御所の里(温泉施設)”に送迎してもらい、帰りにスーパーに寄って食料の買出し。唯一変わったといえば、宿代が値上がりして4,500円(素泊)になってたこと。あと、卓球の四元さんのサインが増えていたこと。リビングで今日から遍路を始めた大阪の24歳の女の子とわいわい夕食を済ませ、以前泊まった時の落書きノートに書いていた自分の遍路への意気込みを読んでげらげらと笑い、Yさんや宿の大将と一緒に談笑していたら・・・。 その宿では歩き遍路が結願したら、宿の白衣に名前と一言をマジックで書き込んでいるのですが、Yさんと私が書き込みをした後で、大阪の女の子が「道に迷ったらどうしよう」と言い出しそんな話題になったころ。 宿の大将が「こんな人もおるんや」と去年の結願した人の白衣を見ながら「レスキューをされて命の大切さがわかりました。色んなことがあったけど皆さんのおかげで無事結願できました」と読み上げる。 ふと名前を見ると○○○○!!! その見覚えのある名前は、去年の秋に膝を傷めながら越えた山中で拾った財布の持ち主でした。 「わ、私この人の財布を窪川の山の中で拾いました!」 一同びっくり。 大将に詳しい話を聞くと、野宿遍路の大学生でやはり遍路で四国へ来て第一日目にこの宿に泊まりスタートしていった。 窪川の五在所の峰を越えようと山に入り、道に迷って斜面を滑落し、動けなくなって自分で携帯電話で110番通報。 警察のヘリコプターで吊り上げられて救助された。 財布をなくしながらも旅を続けて、88番まで到達して、またこの宿に戻り白衣に名前を入れて帰った。 と、こういう話でした。一年間もやもやしていた謎が一気に解決しました。 スッキリ~~~楽しい時間はあっと言う間に過ぎて、寝る時間。そしてなぜか遍路中で初めて、興奮してなかなか寝付かれない夜でした。一夜明け、朝、ゆっくりとリビングで朝食を食べながらくつろぐ。これから旅立つ人、家に帰る人、なんだか切ない。7:40、晴れた朝の空気中みんなで玄関前で記念撮影後、【霊山寺】へ向かって出発。いい朝です。途中の札所はスルーしたところもあって、3番→2番→1番だけ立ち寄ります。金泉寺の黄金の井戸はとりあえず覗く。改修工事中の赤い橋、以前はどうだったかな。2年前の記憶が甦りつつ、霊山寺に到着。にこやかに出迎えてくださるこの方。参拝しながら「どうですか、私。初めより成長してますか?」と心の中で中でお大師様に問いました。納経所兼売店へ入り、「平成18年のノートお願いします」と売店の人にお願いしました。その人は店の奥からノートを出して来てくれて「ハイ、ご苦労さま」と渡してくれました。9月の欄に私の名前がありました。その上には、神奈川のAちゃんの名前。まだ結願日が未記入のままなので、多分彼女の旅は終わっていないのでしょう。元気かなぁ、またどこかで会いたいです。赤ペンで結願日を記入します。これでやっと、私の仕事が終わった・・・・・。JR坂東駅まで歩くと、初めて見る風景。こんな石柱あったんだ。初日の日は、鳴門西のバス停から歩いたもので、こちら側は未開の地だったのです。初めての坂東駅。12:20の電車で一路、徳島へ。クレメント徳島の地下の惣菜屋さんで、久々に『ぼうぜ寿司』を買いました。いつもは切身でしたが、今回はめでたくお頭付きです。ちょっとグロテスクかも。高速バスの時間が少々あったので、さらに高松名物『揚げぴっぴ』や松山で買ったことのある『雲丹海苔』など徳島以外のものも買い込みました。大阪行きのバスに乗り鳴門大橋を渡る頃、四国を去る寂しさがひしひしと感じられました。でも、これで終わりじゃない。きっと、終わりは始まり・・・・・。
2009年03月14日
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山道は納経所の脇に続いていたので、本堂の前を過ぎて一旦山門へ出て記念撮影。(11:30)本堂。大窪寺のおびんづる様。大師堂。大師堂から鐘楼が見えました。鐘楼の横には巨大な仁王門。本堂の辺りを眺めて意外と小さいお寺かな、と思いましたがこれを見ると広いお寺です。大師堂から戻ると小さいほうの山門が違う角度で見えました。境内には銀杏と紅葉。いつもどおりに参拝し、納経所に行きました。納経所では結願証明書を発行してもらっているお遍路さんもいます。最後のページに筆書きを頂き、私の納経帳はこれで終わりました。大窪寺では感激のあまり、泣けたりする人も、そうでない人も。私はまだこのあと徳島まで歩くという仕事があったので、気が抜けない状態で泣いたりする余裕もありません。まだまだ終わりじゃないという気分です。ベンチでパンを食べたり、回り道の車道を登ってきたお遍路さんたちと話したりして休憩。顔見知りになった丸亀の方は、車道コースを歩いてきたそうですが案外時間がかかったそうです。同じ時間に交流サロンを出発したのに、山越えをしてきた私たちより後に大窪寺に到着しています。大窪寺には杖を納めることも可能(要志納)だそうで、名古屋のYさんは車で来たときは杖を奉納して帰ったよと言っていました。しかし今回はずっと一緒に歩いてきたので、金剛杖に愛着が湧いてみなさん、杖はそのまま連れて帰ることに。大窪寺からは午後のバスで高松へ戻る人、続いて高野山へ参拝しに行く人、歩いて白鳥温泉経由で3番札所に出る人、歩いて10番札所に出る人、などさまざまです。Yさんは、8番に用事があるので寄って帰りたいと言っていました。私が「今日は8番の近くの民宿に泊まりますよ」とおすすめの民宿を教えると早速予約していました。12:25、他のお遍路さん達と挨拶を交わして、大窪寺出発。Yさんが一緒なので心強いです。分岐に注意しながら、緩やかな下りを軽快に歩きました。しっかりした車道なのに、車の通りは少なく閑散とした道。地図にある岩野トンネルの手前に『大月橋』バス停があり、公衆トイレとベンチがありました。ここで一旦トイレ休憩。(14:05)バスの本数は少ないようですが、この休憩所は有り難かったです。日が暮れる前に徳島自動車道を越えたいねと言いながら、単調なアスファルトをぐんぐん歩きます。右手に『犬の墓』の看板。そこらへんに犬の墓があるのか探しましたが、見当たりません。看板から奥に登らないと見えないのでしょうか。諦めてまた歩き出しました。遂に徳島自動車道を越え、切幡寺が見えました。16:00、【10番:切幡寺】の参道までたどり着きました。一周つながったという実感が湧いてきました。ここで宿に電話して車で迎えにきてもらいました。“もう、歩かなくていいよね”と自分に言います。今夜は御所の里の温泉にゆっくり浸かって、旅の疲れを癒したい・・・・。【歩行距離・時間】 計:30.5k 通算41日目ながお路 ~ へんろ交流サロン 6.0k:1時間10分交流サロン ~ 88番:大窪寺 6.3k:2時間45分88番:大窪寺 ~ 切幡寺前 18.2k:3時間30分
2009年03月13日
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6:30から朝食、7:00に宿を出ました。最終日の今日、晴れて嬉しい!長尾の町から川沿いの田舎道に入ります。この小道には観音様のお堂もありました。お堂の中は・・・【一心庵】という小さな寺の前を通り過ぎ・・・高々と祀られたお地蔵様や路傍の石仏。『馬の墓』までありました。途中、コンビニでパンを買ってトイレを借り、前山ダムへやってきました。8:10【おへんろ交流サロン】着。中は遍路に関する展示品や・・・居住の県別に納め札を入れるコーナーや・・・遍路装束を展示したり・・・休憩所でお菓子やお茶を頂き、『遍路大使任命書』を発行して頂きました。その上、ピンバッジまで付いてきました。任命書にはナンバーが付いていますが、1番の番号は7月1日来館の人から始まるそうです。8:35【おへんろ交流サロン】を出発。交流サロンで合流した女体山を越えるメンバーは5名、一緒に山道に取り付きます。太郎兵衛館のあたりまでは抜きつ抜かれつで歩きました。だんだん距離が離れて、私は名古屋のYさんと一緒に先行しました。焼山寺、鶴林寺、横峰寺、雲辺寺、いろんな山を登ってきたけれどこれが最後の山登り。でも特別ではなく、いつものように道しるべに気をつけながらもくもくと登ります。登山道の脇に立派な小屋がありました。資材小屋?納屋?急勾配になったと思ったら山頂。小さい祠がありました。(10:30)期待していた山頂からの眺望は・・・雲におおわれまったく見えません。ガッカリここからは下り道です。急なところもあるので、声を掛け合いながら慎重に下ります。山道で地元の方と会いました。「ここから奥の院も200mくらいだから、行ってみれば?」おすすめされて脇道に入り奥の院に寄り道しましたが、ちょっと期待はずれでした。88番の奥の院がこの建物。奥の院からもと来た道に戻り、大窪寺を目指します。もうそこまで来ている雰囲気。
2009年03月12日
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大師堂を最後にお参りして駐車場方面へ下ります。アスファルトの道を順調に下り、【二ツ池親水公園】でトイレ休憩。ここから遍路シールに従い、住宅街の静かな道を進むと琴電の塩屋駅の脇に出ました。国道11号線に合流、賑やかな『道の駅むれ』道の駅には立ち寄らず、その先で遍路道に入ります。潮の香りのする道を歩いていると『焼き牡蠣』の看板もちらほら。左手に『詠智会』の店舗を見つけました。ここはネット通販もしていて、送料をお接待してくれるのです。私の愛用している菅笠や手甲は、こちらの通販で購入しました。道沿いには平賀源内先生ゆかりの建物が並びます。今日は長尾寺まで進む予定なので、遺品館などは見学せず。地蔵寺通過。伝統のありそうな和菓子店を横目に見ながら、旅館街を過ぎると、もう志度寺前まで来ていました。(13:50)志度寺の五重塔。本堂。ここにも、龍の彫り物。大師堂。納経所はお堂の渡り廊下のような部分にありました。志度寺は海も近く、南国ムードが漂う札所でした。14:20に志度寺を出発、長尾寺までは、ほぼ一本道。途中、左手のオレンジタウンという新興住宅団地が、すごく目立っていました。菊の花がきれいな『玉泉寺』の前で休憩しながら翌日の宿の予約をします。民家の軒下の丸い白菊。路地のような狭い遍路道を右に曲がり、ほどなく【87番:長尾寺】に到着。(15:55)梵鐘つきの山門が素敵です。正面に本堂、お堂が一列に配置され、境内は広くすっきりしています。長尾寺のびんづる尊者。大師堂。そういえば、この日は志度寺以外では団体さんにも会わなかったです。もう、遍路シーズンもおしまいなのでしょうか。歩いている途中もあまり他のお遍路さんには出合いませんでした。納経は売店のような建物の中にあり、しかし売店は既に店じまいして閑散としており、端っこで若いお坊さんが一人ポツンと筆書きしてくれました。本日の宿はお寺の真ん前の『ながお路』(16:25)私の部屋は窓を開けるとこんな風な、お寺ビューの良い部屋でした。参拝者の読経の声が、風に乗ってかすかに聞こえてきます。部屋も綺麗でロック付き、お風呂は階下のユニットバスを使用します。洗濯室は道路を挟んだ別館の一角にありました。食事も向かいの別館の食堂にて。夕食は私の他は歩きのお遍路さん2人。席に付いた人から揚げたての天ぷらが出てきました。他にも刺身・あんかけ肉団子・酢物・炊きあわせ・吸い物などなど。とても美味しく満足な内容でした。食事後に女将さんと少しおしゃべり。女将さんのおすすめコースは女体山越え。晴れた日は、眺望が素晴らしいとのこと。女将さんの体調が良くないことがあるので、息子さんも民宿を手伝ってくれているそうです。でもサラリーマンをしていたほうが、収入があったと息子さんが言っているとか。毎日布団を太陽にあてたりの重労働で、民宿経営も大変よ、とおっしゃってました。宿泊棟には2階にリビングがあって、漫画本の棚もありました。1冊だけ読んで、寝ることにしました。結願前夜は興奮して寝られない人もいるそうですが、私は大窪寺の後に山を下って切幡寺へ下るコースをとるのでまだまだ終わりの実感はありません。【歩行距離・時間】 計:27.3k 通算40日目パークサイド栗林~ 84番:屋島寺 8.4k:2時間84番:屋島寺 ~ 85番:八栗寺 5.4k:1時間40分85番:八栗寺 ~ 86番:志度寺 6.5k:1時間25分86番:志度寺 ~ 87番:長尾寺 7.0k:1時間35分門前の民宿「ながお路」泊
2009年03月11日
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屋島から下りてきて屋島東小学校の前を通ると、クーラーボックスとこんな張り紙。麦茶をごちそうになりました。さてまた道が登りになり、ひょっこりと大きな屋敷の前に出ました。(10:45)覗いてみると料亭の趣き。そこに店から出てきた、主婦二人連れのお遍路さんに声をかけられました。「ここのうどん屋さんは有名だって。美味しかったわよ」【うどん本陣・山田家】昼食にはまだ早いけど、美味しいと評判の店なら入ってみなければ。汗が冷えて肌寒かったので、釜揚げにしました。(500円)ここのも麺にコシがあって食べごたえがありました。古い造り酒屋を店舗にしたらしく、建物や庭は一見の価値有りでした。休日は行列ができるほど人気だそうです。八栗ケーブルの駅前の蕎麦屋・六六庵は改装工事でした。ケーブルの駅にも軽食はあったと、他のお遍路さんが話していました。右手にケーブルカーを見ながら、またもや急勾配の坂道を上がります。途中「寅さんも食べた草餅」という看板につられて、草餅を1個買ってみました。その場で手作りしているようで、明るいおばさんが「ハイ、大きいのを入れたからね」ビニールに入った草餅をカバンにしまって、楽しみに八栗寺に向かいます。あ、道しるべの指差し手に着物の袖がついてます。遍路道から上がるといきなり大師堂に出ました。(11:35)本堂。本堂を参拝し、先に納経をして茶堂のベンチで熱いお茶を頂きながら草餅を食べました。出来たてで柔らかくてとても美味しい草餅でした。ベンチで、うどん屋さんをおすすめしてくれた主婦二人連れお遍路さんと少し話しました。北海道から二人で、家事の合間に数日間づつ区切りで歩いているとのこと。明るくて楽しい仲良し二人組でした。最後に大師堂を忘れずにお参りして、八栗寺を出発。(12:25)
2009年03月10日
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6:30にホテル発、高松の市街地は解りづらかったのですが、早朝だったので意外に順調に通りぬけられました。迷わないように11号線に出ます。11号線には市民文化センターや、お洒落な校舎の高校が見られます。前方に屋島が見えました。ロイヤルホテルから左折し、ちょうど登校時間の小学生と一緒に坂道を登ります。小学校を過ぎると【遍照院】という小さなお寺がありました。(8:00)坂はどんどん急勾配になり、看板を見ただけで凹みそうです。屋島の急坂を、地元の方が朝の散歩でたくさん登っておられます。途中に【御加持水】【喰わずの梨】8:30、【84番:屋島寺】の山門に到着。もうひとつ中の山門で記念撮影。宝物館などもある広々とした境内。【蓑山大明神】の狸のオブジェまであります。本堂本堂の軒下には見事な龍の彫り物。大師堂納経後、せっかくここまで登ってきたので屋島を散策することに。土産物屋の通りを過ぎると展望台、眼下に高松の街や瀬戸内海が見渡せます。遊歩道には平家物語のパネルもあり、楽しく歩ける工夫がしてあります。旅館やホテルも数軒並んでいますが、営業しているのかわからないほど、ひっそりとしたたたずまい。そして20年以上ぶりに訪れた『新屋島水族館』短大の卒業旅行でここを訪れた時は、『屋島山上水族館』のような名前でエントランスにあったジョーズの人形の前で撮った写真がありました。すっかりリニューアルされて、ジョーズの人形もなく代わりに植栽で作った魚のオブジェがありました。屋島で参拝と散策に1時間費やして、やっと出発です。山門とは反対から出て、『血の池』というおどろしい池は覗かずに通過し、廃墟になった『ホテル甚五郎』のまえからは八栗山と壇の浦の見事な眺望。その先は、ドライブウェイを突っ切る噂の急坂にチャレンジです。晴れているからいいようなものの、雨の日は危ない急坂。気を引き締めて慎重に下りました。佐藤継信の碑や安徳天皇の社などをちらっと見ながら、民家のあるところまで下りてくると、マンホールが那須与一の柄でした。
2009年03月09日
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五色台みかん園の分岐から鬼無(きなし)方面へ下山します。五色台からの眺望を楽しみながらの、のんびり歩きです。ここ鬼無は盆栽の産地らしく、盆栽通と看板にありました。観光バスで乗り付けて、買物をしている団体もいました。住宅街に入ると遍路道沿いに、立派な休憩所が建っています。トイレを借りようとチャイムを押すと、裏の家から奥さんが出てこられました。河野さんという方が、わざわざ休憩所を新築されたようで、トイレや休憩所を提供されています。ノートも置いてあって、納め札と写真を貼るようになっていました。奥さんが写真を撮ってくださって、後日貼り付けてくれるそうです。「ここまで来た人たちは、皆イイ顔になってるよ」とおっしゃる。私の前には、丸亀のAさんと名古屋のYさんの納め札がありました。「どこに泊まったか言ってましたか?」と訊くと、「五色台に新しくできた【巡彩庵】と言ってたよ」【巡彩庵】は五色台でもすごい数の看板を掲げていたので、名前は嫌でも覚えていました。河野さんの休憩所を出て、香東川にかかる潜水橋を渡ります。小さな橋なので歩行者専用かと思っていたら、自動車もバンバン通るのでハラハラしながら渡ります。国道11号線に出る手前に、また休憩所がありました。【BAMBI】というお好み焼き店の横にベンチが置いてあり、『店の営業時間中はトイレも使用可です』とのこと。ちょうど営業時間外だったのでトイレは借りられませんでしたが、休憩させて頂きました。BAMBIさん、どうもありがとうございました。11号線を越えた先で民家だらけになりちょっと迷いました。とりあえず地図にある“西村ジョイ”を目印にして勘に頼って歩きます。スーパー、コンビニでもない印の“西村ジョイ”は何なのだろう・・・小さい商店かタバコ店かな。と、予想外の大きな西村ジョイを発見しました。巨大なホームセンターでした。これは解りやすいし目印になります。トイレも借りて、一安心。別館の園芸館の脇を遍路道が続いています。苗やガーデニング用品を眺めながら歩きました。ホームセンターから数分先の【成合天満宮】にも公衆トイレ有り。その先こまごまとした道が続き、ひたすら勘で歩く中、小学生や中学生の波にもまれました。扇形のへんろ小屋。【83番:一宮寺】の裏口には15:05着。ちょうど小学校の社会科見学があっていて、女子児童二人組みから質問を受けました。「お接待は一日何回ほどですか?」「どんなお接待を受けましたか?」というもの。「缶ジュースを頂いたり、飴を頂いたりの他にもトイレを貸してもらったり、道を教えてもらったり、あとは、すれ違いざまに気持ちよく挨拶してもらうことです。」と答えました。本堂大師堂境内にある礎石は奇妙な模様が入っていました。本堂の左手に、頭を入れると地獄の釜の音がする薬師如来の祠があるそうですがすっかり忘れて見落としました。今日も宿泊の予約はしてませんが、栗林か高松まで進む予定なのでビジネスホテルはたくさんあるはず。たくさんありすぎても、どれにしようか迷って決められません。とにかく一宮寺を15:35に出て、あとは172号線をひたすら北上します。16:50になって栗林までたどり着きました。最初に目に付いたビジネスホテル【イーストパーク栗林】に決定。飛び込みで宿泊申込みです。レディスルーム(禁煙室)対応で、部屋は狭くてもなかなか快適でした。コインランドリーで洗濯をし、ホテルの前の定食屋で夕食。コンビニまで朝食を買出しに行くと、『骨付き鶏』の看板が多い事に気がつきました。うちの近所で骨付き鶏が名物の店があって食べたことはあるのですが、骨付き鶏のローストは美味しいと思います。全て済ませてから風呂に入り、今日はベッドで就寝。【歩行距離・時間】 計:28.7k 通算39日目えびすや旅館 ~ 81番:白峰寺 6.5k:1時間40分81番:白峰寺 ~ 82番:根香寺 5.0k:1時間20分82番:根香寺 ~ 河野さん休憩所 6.0k:1時間30分河野さん休憩所 ~ 83番:一宮寺 5.9k:1時間20分83番:一宮寺 ~ イーストパーク栗林 5.3k:1時間15分
2009年03月08日
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白峰寺のベンチで小休憩をして9:00に出発。根香寺へは打ち戻りで摩尼輪塔を経て自衛隊の前まで。打ち戻り途中に、また1人だけお遍路さんとすれ違いました。この方は、たしか雲辺寺の登山口付近で会ったことがある人でした。自衛隊の前で道が分かれており、根香寺の道しるべに従います。尾根道歩きなので快適です。途中に自然学習の看板が立っていて、「シロダモの葉で草履を作って、お地蔵様にお供えしましょう」と書いてありました。さっそくシロダモの葉を探して、図の通りに草履を作ってみました。そして、近くのお地蔵様にお供えしました。満足してその場を離れましたが、後々歩きながらふと考えると草履なのだから二つ作って一足にしてお供えするべきではなかったかと。後戻りしてまでもう片方を作ることはしませんでしたが、心残りです。道が車道になったら【中山休憩所】がありました。広々としていてきれいな公園です。東屋も公衆トイレもあります、有り難いです。【82番:根香寺】には10:35に到着。山門をくぐってまず石段を下って窪地を歩き、また石段を上がるという変わった参道です。石段の横に紅葉。珍しい半跏趺坐のお地蔵様。本堂はぐるりと順路ができていて、一周できます。大師堂では、前に置いてあるベンチに座って年配のご婦人が携帯電話で大声のおしゃべり。お参りの人の唱えている般若心経よりも大声だったりするのです。かなり長時間しゃべっておられて、不快に感じました。(でも怒らない、怒らない)納経所で牛鬼手拭(300円)を記念に買いました。ベンチでおやつを食べて小休憩。根香寺といえば目玉はコレ、牛鬼。境内にいるのかと思っていたら、寺の外の駐車場の奥に立っています。牛鬼に見送られながら、根香寺を後にしました。(11:20)
2009年03月07日
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朝食の準備も6:00前には整い、殻が薄緑色の珍しい玉子で玉子かけご飯。顔なじみのTさんは、昨日のうちに81番~82番を打ち終わっているので、80番をお参りしたら一宮寺に直行されるとのこと。宿の女将さんに白峰寺への道を詳しく教わって、6:35に出発しました。のんびりと田舎道を歩きながら見た、朝焼けの中の三つ子の小山。山道を登って途中で振り返ると、町が朝もやに包まれていました。宿を出てから50分くらいで展望台に到着。溜池が多いのがわかります。展望台の上には東屋もあります。さらに10分ほど登ると、車道に出ました。車道を歩いていると突然、後ろからすごい勢いで1匹の野犬が追い抜いて行きました。ビックリして立ち止まりましたが、犬はそのまま目の前の藪に飛び込んで消えました。藪の中から一瞬、なにか鳴き声がしたので鳥かイタチでも追いかけていたのかもしれません。車道からまた山道に変わり、昨日休養できたおかげで膝も調子よく、順調に歩を進めていくと今度は何処からか大勢の人の声が聞こえました。ドキドキしながら進むと自衛隊の宿舎が見えて、自衛隊員がジープに乗り込んで出発することろでした。自衛隊の敷地のきわが遍路道になっていました。自衛隊施設から白峰寺の遍路道は打ち戻りの道ですが、歩いているお遍路さんには1人しかすれ違いませんでした。木がうっそうと繁っていて、静か過ぎて不気味なくらいです。途中『下乗石』『摩尼輪塔』の前を通ります。この辺りは薄気味悪い気がしたので、足早に通過しました。緩やかに道は下り、ひょっこりとお寺の脇道に出ます。屋敷の塀からきれいな紅葉の大木が目に入りました。8:20、【81番:白峰寺】に到着。山門をくぐり、奥まったところにある本堂へは急な石段を上ります。本堂の脇にある苔むしたミニ五重塔。瑜祇塔。大師堂。お寺を出るときに気がついた石灯籠に住む招き猫。すごく可愛い♪
2009年03月06日
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天皇寺を出発してしばらくは遍路道をゆきましたが、JR鴨川駅からコンビニや食堂のある国道11号線を歩きました。数日前から『かんぽの宿・坂出』のキャンセル待ちをしていましたが、キャンセルが出なかったのでどこかよそを探さなければ・・・・・。正午なので先に81番へお参りするルートも考えましたが、日が暮れかけての山道が嫌なので、やっぱり順番通りに進むことにしました。そうすると、80番の近所で宿泊することになるのですが、どうもこの辺りは噂に聞く評判の悪さ。でも、しょうがない。昼過ぎにおっかなびっくり予約の電話をしてみました。「あの~、今日なのですが宿泊空いてますか?」すると意外や意外、とても愛想よく「空いてますよ、食事も大丈夫ですよ」との返事。それにもう国分寺の近くまで来ている事を告げ、「何時からお部屋に入れて頂けますか?」と尋ねると「今からでもいいですよ」と親切。宿も取れたし、すぐにでもチェックインして良いし、安心したら急にお腹が空いてきました。国分寺の少し手前にある【手打ちうどん・山下】が見えました。店の前で中の様子をうかがっていたら、外トイレからでてきたおじさんが「ここのうどんは美味しいヨ」と背中を押してくださった。おじさんは私が入店すると入れ違いに、家族連れで帰っていきました。ここで讃岐で初のうどん体験。天気がよく暖かい日だったので、ぶっかけ(中)370円を注文。レモンの絞り汁と醤油だしのシンプルなうどんですが、麺にコシ、ハリがあって固麺好きの私にぴったりの食感。小サイズと中サイズで迷ったけど、大サイズでもいけたかも・・・と思えるくらいスルスル食が進みました。お店の方も感じが良く、とてもおすすめのお店です。【80番:讃岐国分寺】には13:45到着。縁結びにご利益があるという。松も見事、門構えからして大規模な札所です。重要文化財指定の梵鐘は撞くことができません。境内にはミニ八十八ヶ所巡りができたり、讃岐七福神がまつられていたり、広い敷地に工夫をこらした感じ。本堂へのアプローチもこんなに広々。稚児大師や仏足石も並んでいますが、比較的新しいもののようです。しかし、驚いたのはコレ。金箔大師!空海と金ぴかに違和感・・・。願掛けにいくらかお布施して、金箔を張っていくものです。眩しいです。さて、この門の奥に大師堂と納経所と売店がいっしょくたにあります。納経してから気付きましたが、この門には張り紙が。結構辛辣な内容です。盗難などの件で、寺にクレームがきたのかもしれません。そういえばここのお寺もベンチが少なめでした。14:30、時間を潰すのも限界でとうとう宿屋へ。「早い時間にすみません」とおそるおそる声を掛けます。【えびすや旅館】の女将さんが出てきて、「お疲れ様、どうぞ」と2階の部屋に案内してくれました。部屋では注意事項をうかがいます。とにかく布団に臭いが染み付くので、湿布は張らないで欲しい。朝、布団はたたまずにそのまままで置いておいてほしい。エアコンは無料だが、2時間で切れるのでその都度延長してください。その後、1番風呂に入り、洗濯は女将さんがお接待でしてくれました。たまには早めに宿入りの、のんびりした休養日もいいです。ちなみに部屋のTVはリモコンなしのダイヤル式でした。こんなの若い人なら、操作が解らないかもしれません。私は子供の頃の記憶で、かろうじて取り扱いできました。この部屋はお寺ビューの良い部屋で、夕方までお参りの人の読経が聞こえていました。今夜の泊まり客は車遍路の男性2人、歩き遍路の男性1人とよく会う名古屋のTさん。5人で楽しい夕食を摂りました。鰤の照焼が美味しかったです。【歩行距離・時間】 計:20.9k 通算38日目ますや ~ 78番:郷照寺 8.2k:1時間50分78番:郷照寺 ~ 79番:天皇寺 5.9k:1時間30分79番:天皇寺 ~ 80番:国分寺 6.6k:2時間80番:国分寺 ~ えびすや旅館 0.2k: 3分
2009年03月05日
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郷照寺から33号線へ出ようと歩いていると、車に乗ったご婦人に声をかけられました。「どこまで行くの?」「高照院です」「だったらこの道を後戻りして・・・」と今来た道を教えて下さる。一瞬?と思いましたが“ごうしょうじ”と聞き間違えられたようなので「郷照寺は打ち終えたので次は高照院に向かっています。33号線に出たいのです」「ごうしょうじ」と「こうしょういん」、この辺りでは間違いやすいので79番を「天皇寺」と呼んだほうが無難でしょう。33号線を進むと坂出の商店街に入ります。こんな雰囲気の商店街を何度みかけたことか・・・。決して賑わっておらず、開かずのシャッターもあるようです。それだけ人口も少なくなってきたのかもしれません。しかし、サティは賑わっていました。(サティでトイレを借りました)この辺りはお遍路さんに親切な土地柄のようで、リポビタンの差し入れを頂いたり、お賽銭を託されたりしました。そして極めつけは【四国ガスの足湯】ミカンと足拭きタオル付きです。早速疲れた足を癒させていただきます。ミカンを食べ食べ浸かる足湯はすごく気持良かったです。ちょうど足が疲れていたので極楽♪極楽♪目の前の広場で仕事をされていた作業員の方にお礼を言って足湯をあとにしました。子供連れには嬉しいこんな看板が出てきたら、天皇寺も近いです。しかし、よく描けている看板です。次に目に留まったのは【八十場の清水】もとはここが79番札所だったそうで、魚の毒にあたった88人の兵士がこの水を飲んで助かったという逸話があるそうです。【清水屋】という茶店のところてんが名物らしいのですが、休憩をしすぎたのでここの茶店はスルー。11:05、【79番:天皇寺(高照院)】ここのお寺は白峰宮と同居していて朱い鳥居をくぐります。木々が生い茂り、境内は狭く感じられました。またもやベンチが見当たらず、石の台のようなものにリュックを置いてお参り。大師堂ここの納経所へのアプローチも木々がうっそうとしていて、秘密の花園に踏み込む感覚です。ゲートがすごく洒落ていました。ゲートの表側。ゲートの裏側。納経所へのゲートだけが印象に残るお寺でした。11:35に天皇寺を出発。実はまだ今晩の宿泊を予約していなくて、あれこれ考えながら歩きます。
2009年03月04日
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前日に続き快晴♪夕べおじさんが焼酎飲んでいたから、早起きできるのかな?と心配していましたが6:00前には朝食の準備が整っていました。6:35に宿を出発。本日はずっと平地なので楽な一日になりそうです。ひたすら道なりに歩いて途中の新しいへんろ休憩所も過ぎ、丸亀にやってきました。右手に丸亀城が見えます。歩きながら見える丸亀のホテルは、どれも古そうな感じでした。通勤時間には少し早いとみえて、まだ人はまばらです。橋を渡るときに通学中の高校生達とすれ違うくらいでした。宇多津町に入ると食べ物屋やコンビニ、ドラッグストアが道沿いに並んでいて賑やか。地蔵堂を目印に細道に入ります。坂道を登っていくと駐車場があり、珍しいことに駐車場に鐘楼・手洗い場がありました。ここからは宇多津の町が一望できて、気分も良いです。(8:25)境内に上がってきて、まずリュックを下すベンチを探しましたが本堂の周りには見当たらない。うろうろして本堂の脇に置かせてもらいます。2層の屋根の本堂や花天井は良い雰囲気です。本堂のそばには庚申堂もありました。境内を散策しようにも、荷物を置く適当な場所が見つからずリュックを背負って大師堂へ。本堂横の厄除け祈願の石段を上がったところに、大師堂がありました。大師堂の近くには大きな観音像があり、横の階段をくだると中は『万躰観音洞』になっています。境内には日本庭園もあります。写真には写っていませんが、大きなホルトの木が目玉だとか。郷照寺には数匹の犬が飼われているようで、この日は3匹のワンちゃんを見かけました。まずは茶色と白の中型犬。厄除け祈願の参拝者に愛嬌を振りまいています。真っ白な少し大きめの犬。この日はどうしたことか、駐車場の方を向いて激しく吠えていました。最後に小さくて大人しく、あまり動かない犬。犬用の服を着ているので寒がりなのかな、と思っているとお寺の女性が出てきて「この犬は老犬で、もう目も見えないのでゆっくりしか歩けないのです」9:00にお寺を出発。来る時にチェックしておいた山門のそばにある【地蔵餅】に立ち寄ります。小綺麗なのに昔の雰囲気も残した餅菓子屋さん。おこわ、おはぎ、大福餅、草餅など数種類の餅がショーケースに並んでいて、1個100円です。店内の腰掛に座って三角形のおこわを注文すると、美人の奥さんがお茶を入れてくださいました。おこわを味わっていると、バイクで通りかかった地元のおじさんが店のガラス戸をちょっと開けて100円を差出し、バイクにまたがったまま餅を一つ口に入れてそのまま去って行きました。このドライブスルー方式に感動。店内に飾られた錦の納め札を眺めながら、美人の奥さんと世間話をしました。瀬戸内海の地域に住む人は性格が温暖なんですよね~。←私談香川の人はのんびりしている、高知の人は(太平洋側なので)ちゃきちゃきしている。←奥さん談地蔵餅で20分休憩して出発です。
2009年03月03日
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