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今晩予約した民宿【ますや】は多度津駅前。一度車道に出てから、予讃線の線路沿いに駅を目指します。と、電話が鳴って民宿のおじさんから「今、どこですか?」「線路沿いに歩いているからあと15分くらいだと思います」電話を切って、暗くなりかけの道を進むと明るい駅のホームが見えてきました。ホームには通勤・通学帰りの人々が立っていて、日常生活が懐かしく感じられます。ここら辺りなんだけどなぁ、ときょろきょろしているとまた民宿から電話。迷っているかと電話を片手に外まで迎えにきてくれてました。ここでは久々の貸切。(宿泊者が私ひとり)2日前はお遍路さんが泊まっていたらしい、明日も一人宿泊予約が入っているといいます。お風呂に入り、外の洗濯機で洗濯をしながら夕食を摂りました。ご飯はスーパーのお惣菜(ハンバーグ、刺身、サラダ)のようでしたが、なまこ酢や味噌汁も付いていました。昼間、神社の横で頂いた柿もついでにむいてもらいました。食事の間にこの宿の由縁などを話して下さる・・・。宿のおじさん(たしか73歳くらい)が一人で切り盛りしている理由がわかりました。【ますや】さんはおじさんのご両親が営まれていた遍路宿で、お父さんが亡くなったあとはお母さんが頑張って続けていました。そのお母さんも高齢のため入院され、数年前に亡くなったらしいです。子供達はみんなよそへ出て行って多度津に住む者はおらず、ずっと空家になっていました。おじさんの住居は横浜なのですが、長男なので月の中旬に10日間ほど多度津に帰ってきて、家の空気の入れ替えも兼ねてその間だけ民宿をやっています。奥さんは50代で亡くなり、それからずっと独身のまま。でも横浜の自宅の近所に娘さん達が住んでいらっしゃるので、孫の面倒をみたりしてとっても楽しい毎日だそうです。多度津には少林寺拳法の総本山があり、少林寺の子供達の合宿所になることが多いのだそうです。だから全自動洗濯機が3台もあり、物干し場も広く、食器棚にも食器がたくさん保管されていました。食事をきれいに食べ終わると、おじさんが「おかずが足りなかっただろう、ここにはビールは置いてないから隣の店に何か飲みに行く?」今、ご飯を食べ終わったばっかりでえ?っと思いましたが、私の母と同じ年のおじさんは久々に多度津に戻って外出したそうにそわそわしている。「あまり遅くならないんだったらいいですよ。お供します。」と言いました。隣にいってみると、ガァ~ん!定休日。おじさん、しょげています。民宿に戻ります。でもすぐに次の策を打ち出す。ちょっと離れた場所だけど、おじさんの同級生がやっている居酒屋があるから電話してみる、と。電話したらば、またこの店も定休日でしたが「いいよ、料理はあまり出せないけど開けとく。」と救いの声。タクシーを呼んで、多度津港近くの居酒屋へ。大将(おじさんの同級生)とママ(奥さん)と他のお客さんも一人いらっしゃいました。私はお酒は飲まないので・・・と言うと大将が自分用のノンアルコールビールを出してくださった。ジョッキを片手に、おじさんと「かんぱ~い♪」ここで頂いたかんぱちの刺身がとっても美味しく、ますやのおじさんの分までもらって食べました。夏にはこの多度津湾で花火大会があるそうで、この店は特等席で見られるよ。でも多度津は本当に町が寂れてしまった。など世間話をしながら、私はノンアルコールビールをちびちび飲みました。小1時間くらいでお開きにして、帰りは店の大将が車で送ってくれました。多度津に来たのは初めてなんです、というと少し遠回りをして多度津の町を案内してくれました。あれがナントカ公園、あれが少林寺の総本山、あの高層ホテルは経営難だったのを少林寺が買い取って寮にしてる、この道にはかつて路面電車が走ってた・・・。町が暗くてよく見えませんでしたが、多度津の雰囲気だけは感じる事ができました。ありがとう大将、ありがとうおじさん。民宿に帰り着いて・・・おじさん「どうする?ちょっと飲みなおす?」だって。観光旅行で来たわけではないので、申し訳なかったけど「もう寝ます」って言いました。私が酒好きだったら、もう少しお相手できたんですが・・・すみませんっ!(笑)【歩行距離・時間】 計:28.8k 通算37日目本大BH ~ 71番:弥谷寺 12.0k:2時間35分71番:弥谷寺 ~ 72番:曼荼羅寺 3.5k: 40分72番:曼荼羅寺 ~ 73番:出釈迦寺 0.6k: 7分73番:出釈迦寺 ~ 74番:甲山寺 2.2k: 35分74番:甲山寺 ~ 75番:善通寺 1.6k: 20分 75番:善通寺 ~ 76番:金倉寺 3.8k: 55分76番:金倉寺 ~ 77番:道隆寺 3.9k: 1時間77番:道隆寺 ~ ますや 1.2k: 18分
2009年01月31日
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14:00に善通寺を出発し、郵便局で旅費を出金します。郵便局のある通りは自動車の遍路道、車通りも多くうどん屋やスーパーもありました。道に迷わないために、道路標識のしっかりした一般車道を歩きます。善通寺警察署を過ぎたあたりで右折、そして左折。高松自動車道善通寺ICに通じる車道を素早く横切って、道は一直線です。ずっと向うの突当りに、お寺らしきものが見えてきます。やはり【76番:金倉寺】でした。目の前に車道があるにもかかわらず、整った閑静な雰囲気。一礼合掌して山門をくぐります。(14:55)境内は広々としています。本堂。入山大師像、山伏の格好をしています。納経所の隅にたたずむマネキン人形。なぜこんなところにマネキンが?と思います。それにこの足元もちょっと・・・。お寺を出る頃に団体さんとすれ違いました。時刻は15:20、この分なら77番まで余裕で歩けそうです。またまた地元の人しか使わないような道を北へ行くと、善通寺市から多度津市に変わりました。このあたりは酒造があるようですが、酒飲みでない私は興味も示さず過ぎます。そして、神社の横で柿の木の剪定をしているおじさんに会いました。張り出した枝をバッサバッサ切り落とす作業中。道隆寺への道を教えてくれて、落とした枝に付いていた柿の実をちぎって下さいました。また一直線にひたすら歩いて、歩いて、歩いたころ、またもや道の向うの突当りにお寺らしきもの発見。堂々とした山門、16:20。門前の駐車場に停められたバスのナンバープレートは、久留米ナンバー、むむっ。境内に入ったところで、団体遍路さんとすれ違いました。ガイド(先達)さんが「あ、この歩きの方がもう追いついてこられましたよ。今日、どこかのお寺で会いましたねー」と大勢の前で叫ばれたので、注目されて恥ずかしい思いです。まぁまぁ!と列になったおばさま達が私の腕や肩を撫でながら通ってゆきます。(おびんづる様気分)「久留米から来られたのですか?ずい分遠くからすごいですね」と中の一人とお話しました。四国へ来て、福岡からの団体さんと会うとは思わなかったので驚きでした。私が福岡に住んでいた頃は、四国へ巡礼などと思いもよらなかったので、巡礼バスツアーがあったことも知りませんでした。静けさを取り戻した境内で、本日最後のお参り。道隆寺のおびんづる様。大師と衛門三郎の像。納経を済ませて17時近くになったので、宿に電話を入れます。「もう道隆寺にいますので、しばらくしてそちらへ向かいます」山門前のお土産店で目薬のお茶を試飲させてもらいました。道隆寺は“目治し薬師”で有名なので、ここでは目に良いお茶を売っているみたい。【遍路の店サンエイ】おみやげ物、巡礼用品も充実しています。外にはトイレやベンチもあり、有り難いことです。ここで丸亀のAさんと会いましたが、Aさんは丸亀に宿をとっているそうで目薬のお茶だけ飲んで夕暮れの中を足早に出立していかれました。家は善通寺からも近いそうですが、お遍路中に家に泊まりに帰るのも興ざめするのであえて帰宅しないとのこと。あれこれ見て回って、とても綺麗で可愛いお菓子を見つけたので買いました。“おいり”カラフルな球状をしていて、口に入れるとふぁっ~と溶けてなくなる軽い甘さのお菓子です。讃岐では嫁入りのときに持参するめでたいお菓子、嫁入り→おいり。「しあわせのお菓子」とパッケージにありました。かさばるけど軽いので、一つだけ買ってリュックの横に結び付けました。「NHKの“家族に乾杯”という番組で、俳優の筒井道隆さんがこのお寺や多度津を訪れた放送を見ましたよ。」その時一緒に撮った写真が引き伸ばされて額に飾られていたので、「筒井さんってどんな方でした?」と盛り上がりました。17時になって店じまいの時間になり、私も宿へ向かいました。
2009年01月25日
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いよいよ香川の目玉、善通寺に向かいます。甲山寺のあたりはのんびりした田舎道でしたが、善通寺に近づくにつれ町になります。新興住宅地の中にフェンスで囲われた“何か”があったので、好奇心で中に入りこみました。犬塚というそうです。宅地造成をする際に、この塚だけは動かせなかったように思われました。善通寺へ通じる小道には、こんなレトロなお菓子屋さんもありました。【熊岡菓子店】『カタパン』の看板に誘われ、立ち寄ってみます。懐かしいショーケースには数種類のカタパンや丸ぼうろが陳列されていて、量り売りになっています。私はカタパンの小さいコロコロ100gと丸型、角型を数枚づつ買いました。カタパンって何?と思いましたが小麦粉を練って固く焼いた素朴な焼き菓子でした。種類によってリン掛け(砂糖かけ)になっていたり、シナモン風味だったりと味は微妙に変えてあります。独特の味わいで、保存がきくので遍路中の保存食としては優秀です。私は固い食べ物が好みなので、このカタパンはいたく気に入りました。広い境内に足を踏み入れると、ランドマークである五重塔がデ~ン、気分が高まります。(13:30)金堂と呼ばれる本堂は、屋根も二層になっていて風格があります。本堂の中に入って参拝できるので、大きな薬師如来を目の当たりにしながらのお参りは満足のいくものでした。ただお堂の中にお守りなどを販売する売店があったので、読経の声は小さめになりました。ご本尊のまわりをぐるりと一回り回って退出。善通寺のおびんづる様。ここにも五百羅漢がありますが、敷地の端っこにずらりと並んでいました。御影堂と呼ばれる大師堂へはこの東院(東側エリア)から西院(西側エリア)に移動です。善通寺の山門はさすがに重厚。御影堂(大師堂)も大きなお堂で戸惑います。戒壇めぐりもできるようになっており、たくさんのお遍路さんや観光客で賑わっておりました。14:00に善通寺を出発。≪おまけ≫正月にテレビで観たのですが、善通寺では新年に『年明けうどん』というのを振舞っていました。年越し蕎麦を食べた後は、年明けうどん・・・ということで。うどんは太くて長いので、古来から長寿を祈る縁起物として食べられてきたそうです。年明けうどんの特徴は、純白のうどんに何か赤いもの(梅干や紅い蒲鉾など)をトッピングすること。美味しそうです♪
2009年01月18日
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弥谷寺の下りはちょっとした山道ですが、さくさく進めます。小さい溜池の横は静か過ぎて不気味、蛇でも居そうな気がしたので足早に過ぎる。間違って民家の方角へ行きかけたのですが、地図では高松自動車道の高架をくぐる、となっていたので軌道修正。小さな道しるべを見落としていました。それからは解りやすい道だったので迷わず【72番:曼荼羅寺】の裏手に出ました。駐車場から少し下って正面に廻りこみます。(11:20)山門をくぐったところに堀にかかる石造りの橋があり、橋を渡って境内に入ります。境内には延命地蔵さん。本堂。(本堂の天井には曼荼羅絵が描かれているそうです。)大師堂。境内で丸亀のAさんに追いつき、一緒に次の札所へ。出釈迦寺は近所なのですが、割と道は登ってます。お寺の駐車場横の真新しい大師像から見ると、なかなか小高いところにあります。子宝にご利益のある“三鈷の松”は松葉が3股になっているいわゆる三葉松。そしてやっと【73番:出釈迦寺】真新しい山門に到着。(11:50)Aさんとはバラバラに分かれて自由参拝。この出釈迦寺は捨身ヶ嶽禅定の伝説があります、という看板。弘法大師が幼少の頃、仏門に入り人々を救いたいという願いが叶うなら釈迦如来よ現れたまえ。と、我拝師山の上から谷底へ身を投げた。それを釈迦如来が見守る中、天女が抱きとめている図がファンタジックです。捨身ヶ嶽(奥の院)遥拝所。登ってみたいと思いましたが、午前中あまりにも休憩時間を取ってしまっていたので余裕がありませんでした。求聞持大師も真新しい、ここのお寺はあれこれ新調されていました。境内に戻ると、団体参拝者も帰ったあとでひげのおじさんがベンチで休憩中でした。ひげのおじさんは雑誌の募集で巡礼ツアーに体験参加し徳島を回って終了したのだけど、その後も続けて参拝したいので参加メンバーと数回に分けて自主的にまわっているとのこと。前回は自分の都合で欠席したので、その部分だけ一人でまわって今回善光寺から皆と落ち合うそうです。善光寺からは団体歩きになり、一日の歩行距離が25kくらいのゆっくりペースに組んであるというので多分ここでお別れ。ここ数日お世話になりました、とお礼を言って札所を後にしました。(12:10)もういちど曼荼羅寺の前の道に戻ってきて、次の甲山寺を目指します。距離2.2kと近いのですが、住宅街の中を歩くので迷わないように道しるべを確認しながら。途中、スクーターに乗った地元のおじさんが道を教えてくれました。「お寺は甲山という小山の裾にあって、神社のほうが目立ってるからお寺は見えにくいよ。」目の前にこんもりとした小山が見えたので、裾野をまわりこむように歩いていくと【74番:甲山寺】にたどり着きました。(12:40)山門がピカピカの新築。なにやらバスツアーの団体さんの気配がするので、大急ぎで本堂&大師堂へ。甲山寺のおびんづる様は、こじんまりと可愛いらしい。岩窟にまつられた毘沙門天像は弘法大師作との言い伝えです。毘沙門天堂も新し目。30分ほど滞在し、新しく綺麗なお手洗いも借りてから出発。山に寄り添うようにある、ゆる~い小さな札所でした。(ここも色んなものが新調されていて、有り難いような有り難くないような・・・)
2009年01月17日
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部屋でパンとヨーグルトの簡単な朝食をとり、6:30に本大ビジネスホテル出発。ホテルの前の国道11号線を真っ直ぐに歩きます。左手に「ゆめタウン三豊」明日OPEN!というので、店舗や駐車場は開店準備が着々と進められていました。途中、遍路道に入るポイントを見逃したようで地図にあるポプラを目印にしました。が、それっぽい場所に店舗を解体撤去したような空き地があり、ひょっとしてもうつぶれているのかもと思いながら歩いていると、地元の奥さんがへんろ道を教えて下さいました。(やっぱりポプラはつぶれて解体されてます)へんろ道にはコスモス畑が似合います。住宅街の中のへんろ道をひたすら歩いて8:50に【八丁目大師堂】にやってきました。その横に「いやだに温泉足湯」もあったのですが、手を浸してみると冷たい!冷泉なのか・・・足を入れる気にならず。ひょっこりと車道に出たところに道の駅ふれあいパークみの。こちらはふれあいパークの宿泊棟のようでした。道の駅の車道を横断して、道はまた山道のへんろ道に入ります。9:05【71番:弥谷寺】の山門をくぐりました。いきなり1番目の石段。途中【俳句茶屋】という茶店があるのですが、打ち戻りの荷物を置くのにちょうどよいのです。お店の中を覗いたけど無人、何度か声をかけてみたけど応答ナシ。でもこの店の中には、おびただしい数の納め札があるのを見たので荷物を置いていっても構わないという予感がしました。店の中にリュックを置いて、また階段を上ります。巨大な観音様が目の前に立ちはだかり、その下でお掃除をされていた男性に挨拶をしていると愛知のYさんが石段を下ってきました。「早かったですね」と言うと「ビジネスホテルを6:00に出てきたよ」2つめの朱色の手摺の石段。広場の石積みの上に、高らかに颯爽とした大師像。本堂に到着したかと思いきや、まだステンレスの手摺のついた石段。石段4つめ。岩窟の割れ目にお地蔵さんや、岩肌に刻まれた磨崖仏など石仏が豊富です。石段の両脇にも古い石仏がたくさん見られましたし、これも弥谷山が、死霊が帰る仏の山といわれてきた由縁でしょうか。さらに石段5つめが続きます。もう一つ石段を登って、やっと本堂です。山腹の石段からは、みのの町が一望できます。この石段づくしは完全なる山寺レベル、人によっては難所ともなりそうです。もと来た石段を下っていると、参拝者が次々と上がってきます。皆、口をそろえて「本堂はまだですかぁ~」解ります、解ります、弥谷寺の石段はきりがなくていつまで続くんだろうと思いますから。「もうちょっとですよ~」とか「あと2ヶ所石段ありますよ~」と答えながらすれ違う。大師像の広場を再び横切り、大師堂へ。大師堂にも石段を登らねばなりません。ここの大師堂は、珍しいことに靴を脱いで建物の中へ上がりこみます。今日が雨の日でなくてよかったです。雨の日なら靴下がびしょ濡れだったかもしれません。大師がまつられた広間の前に納経所があって、人前でお経を読むのはちょっと恥ずかしいです。心持ち小さな声になりつつ無事参拝し、納経をしてもらいました。おもむろに納経所の人が、私を回れ右させると「あそこに見える→通りに進むと“獅子の岩窟”があるから」とささやく。なんのことだろう・・・と思いながら奥へ進むと、突当りに【獅子の岩窟】が現れました。阿弥陀像・弥勒像・大師像が安置されているそうです。薄暗くてはっきりとは拝めませんでした。無事に参拝を終えて、荷物を取りに【俳句茶屋】に戻ります。茶店にはここの主であるおばさんがいらっしゃいました。「すみません、リュックを置かせてもらってました~」と言って中に入ると、「いいよ、いいよ、置いていっていいのよ。遠慮して置いていかん人もおるけど、遠慮はいらんよ」ここではトコロテンや草もちも売っているので、草もちを頂きます。茶店を手伝っているおじさんが暖かいお茶を入れてくださった。草もちを食べながらひと休みしていると、おじさんが「渋柿は食べたことある?」「渋柿は干し柿にして食べる物でしょう」と私。「いやいや、生でも食べられるよ、一つ食べてみて」そう言って冷蔵庫から柿を出して剥いて出してくださった。おそるおそる口に入れると、見た目は渋柿だったのに・・・甘い♪渋柿を甘柿に変える方法があるそうで、それは簡単に書くと。≪渋柿のヘタ・芯をくり貫く、それを25度以上の焼酎にくぐらせる、ビニール袋に密閉して冷蔵庫で保存、2~3日で食べごろ≫だそうです。おじさんと入れ替わりにおばさんが入ってきて、ここでの色んな出来事をおしゃべり。昔は善根宿もしていたそうですが、マナーの悪いお遍路さんがいたので宿は貸さないことにしたそうです。朗らかで賑やかなおばさんなのに、よっぽどひどい目にあったようで気の毒でした。おしゃべり中に地元の知りあいの人が差し入れ(菓子折)を持ってきたので、おばさんがそれを開けて羊羹とカステラを切って出してくれました。茶店の中を見学させてもらいました。(中は写真撮影OKでした)卓球の四元さんの書いた俳句。この龍の絵は女の子が即興で描いた物だそうです。彼女は旅を終えると京都で舞妓さんになったとか、この絵には何か惹きつけられるものがありました。(天井からぶら下がっているのは、俳句を書いた短冊です)別室の天井から垂れ下がっている短冊には芸能人のものも見られました。1番目だっていたのは、原田芳雄さんの収め札。マリリンモンローのイラスト付きの派手派手カラーで、まるで錦札のようでした。格好イイ!!!座ってしゃべりこんでいる間にも、目の前をお遍路さんたちが通り過ぎます。丸亀のAさんやひげのおじさんも「じゃお先!」というふうに片手を挙げて追い抜いて行きました。今日は何処まで歩くつもり?と聞かれ、道隆寺までですと答えると、「そろそろ出発せんと間に合わなくなるよ」とおじさんの言葉でハッと気が付くと、俳句茶屋での休憩時間が1時間も経っていました。草もちの代金(100円)を払い、この先の歩く道を教わります。楽しい時間はあっと言う間です、10:40茶店を出発。
2009年01月11日
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13:50、一寺二札所の68番:神恵院・69番:観音寺に到着です。当然のようにそびえる石段の下に歩み寄ると、本堂移転の看板あり。以前はこの石段の上に本堂・大師堂があったはずですが、新しい本堂はちょっと変わっていました。コンクリート打ちっぱなしの要塞にぽっかりと入口が開いていて、その吹き抜けの中にお堂があるのです。片や同じ敷地にある観音寺は、朱塗りで時代を感じさせる堂々たるものです。観音寺のおびんづる様。大師堂も朱塗りの趣きある造り。納経所は2札文まとめていただけるので、手間要らず。今日はお昼ご飯抜き(目当てのうどん屋が定休日だった)で歩いてきたので、納経所の壁に張り紙してある「かなくまうどん」というのが気になりました。神恵院の向うに庭園らしきものも見えましたが、実はまだその日の宿を予約できてなかったので内心焦りまくっていました。岡田さんのおすすめの観音寺の宿「藤川旅館」はすでに満員。次の札所の門前の「一富士旅館」は定休日。地図にあるもう一軒の「高野屋旅館」は何度電話をかけても留守。Yさんもそこにかけたけど、旅館じゃなかったよと言っていました。どうしたものか・・・一緒に歩いてきたAさんとYさんはビジネスホテルに泊まり、Tさんはそのまた先の旅館を予約したとのこと。ビジネスホテルは避けたかったけど、旅館がなくては仕方ない。ビジネス旅館に電話、ところが何度かけても留守番電話!何でだろう!!!焦る、ものすご~く焦りました。間の悪いことに自分の携帯が電池切れしていて、公衆電話からかけるからまた手間がかかります。結局次の本山寺までとにかく歩くことにして、一緒に歩いている方の携帯をお借りして十数分おきに電話をかけてみました。そんなこんなで財田川右岸を気分よく4人で歩いていたものの、内心不安でいっぱい。15:40に【70番:本山寺】に到着したやいなや、また電話。Aさんの携帯電話をかりて初めて電話が繋がりました。空室は残りわずかのようで、ぎりぎりで予約完了。ほっ今思えば、この日あたりから宿泊予約に四苦八苦しだしたような気がします。本山寺が近づくにつれ見えていた五重塔は、近くで見るとまた一段と風情がありました。68番・69番に比べて境内には人影もなく静かなものでした。広々とした本堂、大師堂。今にも走り出しそうな大師像。馬頭観音がご本尊なので、ほぼ等身大の馬の像もありました。本山寺から橋を渡り、徒歩5分くらいで【本大ビジネスホテル】に3人一緒に到着。ここはマンションの空き室をホテルとして貸し出している模様です。管理室の受付でキーを受け取って、エレベーターで3階へ。(他の方は1階と6階でした)1DKですが、タオル類・浴衣・アメニティグッズ・ポット・お茶も完備されていて充分な設備です。洗濯は階下にあるコイン式洗濯機を使用。ホテルのまわりには食堂、カレー屋・ドラッグストア・スーパー・コンビニ・マクドナルドがあり、もう少し足をのばせばベスト電器・ホームセンター・本屋・郵便局・靴屋・メガネ屋も。朝、民宿で持たせてもらったおにぎりがあったので、スーパーでカップ麺とお惣菜を買い、ドラッグストアでお菓子類を買い込んで部屋で食べました。翌日の宿の予約をして就寝。【歩行距離・時間】 計:29.0k 通算36日目民宿岡田 ~ 66番:雲辺寺 5.0k:1時間35分雲辺寺 ~ 67番:大興寺 9.4k:2時間25分大興寺 ~ 68番&69番 8.7k:2時間神恵院&観音寺 ~ 70番:本山寺 4.9k:1時間10分本山寺 ~ 本大ビジネスホテル 1.0k: 15分
2009年01月09日
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朝食は6:00から、心温まる朝食とおにぎり弁当まで持たせていただき6:40に民宿を出発。ここでは皆さんがそうするように、岡田のおとうさんと記念撮影しました。雨が降りそうだったのでポンチョを着込んで、郵便局~お寺~神社の前を過ぎ、登山口の標識を左折。民家の間の道は、だんだんと傾斜が付き始めます。徳島自動車道の高架をくぐったあたりで急なコンクリートの登り坂が現れます。その先には丸木の階段が延々と続いています。同宿の人たちは早々に出発していかれたので一番最後に歩き始めたのですが、登り坂の山道で追いつき追い越しました。やっぱり私の脚は山岳向きなのでしょう。雨模様のためほとんど休憩もせず8:15に【66番:雲辺寺】到着。本堂は新築中のため仮本堂で参拝。紅葉もちらほら見られます。雲辺寺のおびんづる様は正統派、真っ赤な姿でした。おたのみ茄子・・・座って願い事を唱えると叶うらしいのですが、雨に濡れ寒い中で腰掛ける気も失せてます。ちなみに今日の眺望、まったく下界が見えません(泣)雲海が広がり、神秘的ではありますが・・・。境内で次々に到着する他のお遍路さん達(10人近く)に会いました。女性のお遍路さんが寒がっていたので、売店の方に訊くと現在の気温3℃だそうです。どうりで寒いはず、その言葉をきいてますます寒気がしてきました。せっかくここまで登ってきたけど、とにかく寒い。寒くてお寺の中をゆっくり見て回る気にもなれません。早く下山して温まりたい!熱あつのうどんが食べたい!五百羅漢も通りかかりにちらっと見ただけで、8:55下山開始。雲辺寺からの下りの山道を、他のお遍路さん3人と共にもくもくと下ります。山道が終わりアスファルト舗装になったところで、山の一軒宿という風情の『青空屋』さんの前を通過。雰囲気からしても良さそうな宿でした。11:20小川にかかる小さい橋を渡って【67番:大興寺】雲辺寺から4人で喋りながら歩いてきたので、注意散漫になりここのお寺の印象は薄いです。特製の民宿岡田MAPによると、大興寺のあとにおすすめのうどんやさんがあるということで、それを楽しみにまた4人で出発。(11:50)ところが「お腹減った~」とぼやきながらたどり着いたうどん屋さんは、まさかの定休日。日曜日だからか・・・とても残念です。しかし私にはもう一つのチェックポイントがありました。岡田MAPによるとうどん屋さんの先に、おすすめの焼き餅屋さん。他のお遍路さん達は甘い物はパス、というので先に進んでもらい一人でお菓子屋さんへ入ります。【汐沢製菓】はへんろ道沿いにあってたくさんの種類の和菓子が並んでいます。目移りしますが、岡田さんのおすすめの焼き餅を頂きました。外側の茶色い部分はみたらし味で甘辛く中はこしあんで、3日目でもまだ柔らかさを保ち美味しく食べられました。これはお遍路中の行動食におすすめです。お菓子屋さんを出て一人で町中を歩きます。名もないような小さいお寺もありました。大きな交差点までくると、先ほど分かれたお遍路さん達(Aさん、Yさん、Tさん)が待っていてくれてました。財田川を渡り看板どおりに進むと、札所に到着しました。団体のお遍路さんや観光客で賑わっています。
2009年01月04日
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朝6:00から朝食でしたが5:45には呼ばれて食堂へ。出掛けにも今日の道順を、女将さんが丁寧に教えてくださいます。小雨の中、ポンチョを着込んで6:30に出発。最初のチェックポイントである寒川(さんがわ)のファミリーマートで食料の調達。(8:00)ここでよく顔をあわせていたお遍路さんたちが集まって来て、自然とグループができました。女将さんの話では三島郵便局を直進し、市役所の先のガソリンスタンドから南へあがると説明があったのでその通りに歩きます。途中で道が解らなくなったので、スタンドで尋ねたり地元の人に尋ねたりしながら善法寺から右へ折れたあたりで目印の発電所が目の前に出てきました。歩きの中で最もおじいちゃんが「皆、何も考えないで道を歩くけど、絶対右側を歩かんとイカン!」と力説される。私も無頓着に歩いていたので、歩道がはっきりしない道は必ず右側を歩こうと思いました。発電所の付近【戸川疎水公園】でトイレ休憩。(9:40~10:00)6人でお菓子を食べたり、交代でトイレに行ったり、山道にむけてレインウエアのズボンを履く人も。疎水公園からはだんだんと山道に入り、グループはばらけて【65番:三角寺】に到着。(10:55)小雨の降る境内で明るく咲いている花がありました。こんな季節(晩秋)に桜?気になったので納経するときに訊いてみました。四季桜というのだそうです。三角寺のおびんづる様。雨だったので境内をくまなく散策することもせず、山を下りました。小1時間ほどで【ゆらぎ休憩所】(12:30)ここにはトイレも完備されてあり、雨の日には嬉しい東屋。メンバーは私をいれて4人になりました。この4人は一日30kmペースで、先々でよく行き会うメンバーです。舗装されたへんろ道を歩いて【椿堂】へやって来ました。(13:20)紅い山門が鮮やか。椿堂からは192号線を歩きます。今晩宿泊の【民宿岡田】は徳島県にあります。愛媛県と徳島県の県境は3コースほどあって、今回は境目トンネルをチョイス。トンネルの入口付近には廃バスが置いてあり、いくらかで泊まれると看板がありましたがちょっと不気味です。境目トンネルでは工事が行われていて、トンネル内は片側一斜線通行。通行整理の警備員さんから渡されたマスクを装着して、誘導されます。通り抜けるのに、私の足で10分かかりました。トンネルを出たところのコンビニ風の商店で、パンや魚肉ソーセージを買出し。雲辺寺の登りに備えます。名古屋のYさんと私は【民宿岡田】、丸亀のAさんと名古屋のTさんは岡田が満室だったので【白地荘】に泊まります。Aさんが白地荘へ送迎の電話をかけていました。民宿岡田の前まで来ると、白地荘の車が待っていたのでここで2人とは一旦お別れです。さて、Yさんと私は予約のときに「部屋が狭いけどいいかな?」と訊かれていたので、どんな部屋かなぁとワクワクして来たのですが、2階の3帖間でした。(15:25)この3帖間、布団を1組敷いて荷物を置いて、洗濯物を干したらそれでいっぱいいっぱいなのですが、隠れ家のようでやたらと居心地がよいのです。洗濯物もエアコンをかけて閉めきったらすぐに乾くし、何でもぱっと手が届いて便利。布団に寝転んでTVの天気予報をチェックしたり、置いてあった本を読んだりしてお風呂の順番を待ちました。お風呂の順番がまわってきて、お風呂が1つしかなさそうだったので手早く済ませます。18:00から茶の間に集合しての夕食。歩きのお遍路さんが全部で7人でした。岡田のお父さんが手書きの地図を2枚配り、雲辺寺までの説明とその先の観音寺までの説明をして下さいました。途中で食事ができる場所やわかり難いポイントを丁寧にレクチャー。そして食事の間も脇にスタンバイして、ご飯のお代わりがないかとか気を遣ってくれます。これから先の宿のアドバイスもしてくれますが、気になることを聞きました。ある札所のまわりに数軒の宿があるけど、どこも評判が悪いらしい。それはどなたかが出版された1冊の本に宿の悪評が書いてあり、そこからの情報のようでした。食堂の壁には大量の写真やハガキが貼りつけられていて、ここの民宿がいかに人気者であるかが計り知れます。なんと言っても最大のサービスはお父さんが私を「お嬢さん」と呼ぶこと。「お客さん」でもなく「お遍路さん」でもなく、「お嬢さん」です。いくつくらいの年齢までそう呼んでくれているのでしょうか。有り難いことです。食事が終わってしばらくその写真の壁を眺めましたが、知っている人は見つかりませんでした。翌日はまた雨の予報、雲辺寺からの眺望は残念ながら期待できません。【歩行距離・時間】 計:29.8k 通算35日目松屋旅館 ~ 戸川疎水公園 13.5k:3時間戸川疎水公園 ~ 65番:三角寺 3.2k: 55分三角寺 ~ ゆらぎ休憩所 3.5k: 55分ゆらぎ休憩所 ~ 椿堂 2.5k: 35分椿堂 ~ 民宿岡田 7.1k:1時間40分
2009年01月03日
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正月に主人の実家に帰省して、夕食後に母と二人になったので結願した「納経帖」を仏壇に供えてへんろ話をしました。母は3年程前に団体バスで四国を巡礼した先輩で、19歳で嫁いできたときから先祖代々の仏壇を守りお経を唱えつづけてきた人です。菩提樹の数珠はツルツルすべすべになるほど、年期が入っています。「遍路には不思議な出来事がつきものだというけど、こういうことがあったよ」と母。団体バスにはツアーの添乗員さんと先達さんが同行してくれるが、先達さんはいつも同じ人だとは限らない。お参りのスタイルも、考え方も、バスの中でのお話もそれぞれ個性があって良かった。何度も四国に渡ったツアーで1番印象に残るのは、久万高原(44番~45番)での出来事。それは初夏の頃、だいぶ暑い日が続いていてハードな巡礼ツアーで参加者も少し疲れが出てきた。その日の先達さんは80歳代と思われる高齢の方。45番:岩屋寺の駐車場にバスが到着し、参拝のためにぞろぞろバスを降りる。母達はバスの後ろの席に座っていたので、1番最後に降りた。先を歩いていた列が道路の向こう側に渡ったのだが、そこで集団が動かなくなった。どうしたのかと思ったら、高齢の先達さんがアスファルトの上で転んだとか。一瞬座る体制に起き上がって、また再び道路に倒れたらしい。脳卒中か脳梗塞か、詳しくは解らなかったが、すぐに救急車を呼んだ。「迷惑かけてすまない」と先達さんは言い残したそうだ。動かさないように気をつけて、20分ほどしてきた救急車に乗せた。お寺の方向に頭を向けて倒れていたアスファルトには、血が少々付いていた。大変な状況の中、巡礼は続けなくてはならないので添乗員は納経所に走り、ツアーの中からベテランだといことで、先達さんの代わりを母が勤めた。その日は松山に宿泊だったが、翌朝その先達さんが亡くなったことを聞かされた。代わりの先達さんは急遽、徳島からきてもらったそうだ。お遍路中に亡くなる人もいるのか・・・と驚きました。職業がら遍路中に倒れたのは、幸せな最後だったのかもしれません。団体バスツアーは結構ハードで、ゆっくりお寺を見てまわる暇もないそうです。勿論、さぬきうどんも、門前の饅頭屋さんも、素通りしなければならず慌しいらしい。バスお遍路さんって気楽でいいなぁ~、と想像していたのですが、話を聞けばおやつを食べるのも全ての札所を回り終えた最後に食べていたそうです。それほど気を遣い、きちんと皆でお経を唱え、たまにはそんなアクシデントも体験しつつ廻っていたなんて。私なんてお腹がすいた時に自由に飲食して、饅頭や餅を見つけては買い食いをし、団体さんの納経に割り込ませてもらってさっさと納経を済ませてアイスクリーム食べていたなぁ。土砂降りの日は、リュックも下ろさずに本堂で自己流の略式お参りしたり。なにか願掛けとか、お礼参りとか重大な理由で巡礼をするのだったら、バスか自家用車で廻るのがいいのではないかと最近思い始めました。そのほうがお参りの際にきちんと願い事が言えるから。歩いているとお願いごとが「最後まで挫折しませぬように」とか「右膝が痛むので、治りますように」とか「○○番(山寺)に登る時は晴れますように」とか「爪がはがれそうなので、なんとかして下さい」とか目先のことばかりをついお願いしてしまう私です。もっと叶えて欲しいこととかあったような気もするのですが、その時は歩く事で精一杯なので切羽詰った身近なお願いになるのですね・・・。
2009年01月02日
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