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今でこそ苦瓜を食べるが、昔は、見かけることはなかった。今は、ほんの普通の居酒屋でも、ゴーヤチャンプル齧っている程である。サクサク感と苦味が何とも言えず、やめられない止まらない状態となるのである。タイでは、パパイヤの青い実をむいたソムタムも、大切な酒のあてであるが、日本にも、この前、市場に売っていたが、これが日本人は食べないので、日本に住む外国人向けのもので、値段も150円だった。下手したら東南アジアより安い場合もありそうだ。我が家では、西洋かぶれしてなかったので、自宅でパスタというのは、長い人生で1度しかなく、私の思い出として、旅行先のドライブインの単なる喫茶店で食べたナポリタンスパゲティがやたら旨かったなあという思い出があるほどだ。学生の頃、神戸港に短期バイトに行ったのだが、それが、倉庫で、輸入されてきたキウイのビニル袋をどんど開けていくというものだった。キウイは、食べたことはなく、その存在しか知らなかったが、今、そこかしこにある。東南アジアでいろいろ食べたので、今、日本で結構あるもので、何があるのかもよ分からないが、子供の頃はマンゴーもライチ、レイシもマンゴスチンもドリアンもランブータンもジャックフルーツもドラゴンフルーツもココナツもなかったぞ、あ、多分、臭いからドリアンは今でも、特別な店しかないだろうな。タイのホテルでも、ドリアン持込禁止と書かれていたりなんかして、私自身も気合を入れてドリアン食べる時以外は、店に入ってドリアン臭がプワワワーンと臭ってきて退散したことも、なんと1回ある。ちなみに、ジュースで好きなのは、パパイヤジュースであり、パパイヤシェイクを吸いすぎて喉乾いたときなんか最高で、もう、このまま終わっちゃってもいいって、感じにまでなっちゃうのだから不思議だ。一番変わったのが、なんといっても、水。小学校の時は、水道の蛇口が上を向くようになっていて、死ぬほど水を飲むのだが、バカが口を蛇口につけて飲んで汚い!としばかれたり、ケツパンされたり、水出しすぎて、鼻から水を出したり、とにかく、水を買ったり浄水器という習慣は無かった。しかし、考えたら、エコロジーしたいなら、水道水飲めって感じだよね。大阪も高度浄水に数年前に変わってからましになったような気がする(貯水式マンション除く)。なんたって、チベットのラサで、水も平気だ!と硬水なのに、飲もうとして、風任さんに、絶対おなか壊すからといって制止されたのに、水道水飲んで、速攻で、腹も壊した次第である。ところで、衛生観念も子供の頃は、まあ、ドイツ語で言えば、アバウトだったので、お菓子を大地に落としても、3秒以内に拾えば、ばい菌に感染することもないと、キツク信じられていたのであった。子供の頃は、お茶はそのまま、紅茶は、砂糖を入れるを実践していたが、初めて、アジアに行くと、西洋人がお茶に砂糖を入れるのをみて、こいつら大丈夫か!と思ったが、そのあとで、お茶も紅茶も同じ葉っぱであることを知った次第である。勿論、今は大人なので、紅茶にも砂糖を入れることはなくなった。西洋人どもよ!はやく大人になれや。ところで、ゴーヤパークでの使用金額は、なんと、大きく0円であった。代わりに、3人、もらってくださいと頼まれたので、持って帰った。 2009年沖縄旅行 烏賊汁 ダチョウランド ゴーヤパークでどーや? 出るものチャンピオン
2009.03.31
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群馬県渋川市で1階で、雄しべとめしべの勉強をしたのだが、すっかり、2階のことを忘れていたので、ここで、アップしておきますね。実は、チョイ恥ずかしいというか、体にそろそろガタがくるくらい長い間生きているのですが、いわゆるオランダ娘を触るのは、人生初めてでした。とても、恥ずべきことなのですが、それがどんな感触なのか、触ってしまったことを独白しておき、ここに、反省の意と感謝の意を表明致します。自分がカオを出したら、誰か写してくれただろうか。ヌ、ヌーブラですか・・・随分、長いこと更新されていない気がします。オー、女の子チタヲ、ギャクタイシテハ、イケマセーン!何だか、尻、汚いなあ・・・興奮も、半減どころか、9割減のような気もします。ああ、こういうのは、ギャクタイではないんですね。このような楽しみ方もあるようです。何だか、人形のように味気ないね。特に、目、どこみてんですか?えー、これは、手を使わず、入れてみる試みなんでしょいうか。はっきりいって、この椅子は欲しいと思いました、ゴメン。えー、これは、磔トイレでしょうか。えー、これでは、足が動きません。これ、膨らませるんですか?何か、違う気がする。余計な部分が多すぎるような。仮面で匿名性が出るとでも、思うかい?大体分かるような気がします。放浪達人さんには不要のアドバイスも、パネル化されており、世の中にアッピールしています。一大抒情詩ですか?ようこそ、っていわれてもなあ・・・。マンネリにってことは、これ4人とも、同じ人のつもり?私には、別人に見えるぜ、の節穴だぜ。ところで、この博物館、意外と入場者が多く、カップルや家族連れも見受けられ(何故だか、一人連れは、私以外見当たらなかった)、他のヒホーカンとは、少し違うようである。教育という要素というか、建前があるからであろうか。不意に安心して入ってしまうのであろうか。それにしても普段ヒホーカンなんかで、興奮もしない私であるが、やっぱり、興奮はしないのである。どうしても、やっぱりお笑い系なのである。しかし、こういうのは、私の場合この辺りが頂点だったのかもしれない。よく見たら、貝殻の上に立って、痛いのではないですか。そう心配しつつ、関西に帰ったのでした。その道訪問北海道 レトロスペース2札幌市洞爺湖の珍小島虻田郡洞爺湖町乳神神社浦幌町岩手県花巻温泉郷・金精長根花巻市コンセイサマ 遠野市福島県浄土松公園キノコ福島県郡山市新潟県金玉神社新潟市遊郭に泊まる・東光院・十上神社・岩屋山石窟佐渡島雲母神社関川村ほだれ祭1・ほだれ祭り2長岡市 雁田神社 上越市茨城県御前岩 那須川町栃木県門田縁切稲荷神社足利市性神の館・ 性神の館2宇都宮市日光東照宮横、輪王寺 観音堂 香車堂日光市群馬県迦葉山弥勒天狗寺沼田市縁切寺満徳寺太田市命と生命のミュージアム・ 命と生命のミュージアム2階・珍宝館 渋川市東京都オリエント工業1・オリエント工業2・オリエント工業3・オリエント工業4局部に宿る1・局部に宿る2・局部に宿る3・局部に宿る4渋谷区ロボットレストラン1・ロボットレストラン2・ロボットレストラン3・ロボットレストラン4・ロボットレストラン5・・ロボットレストラン6・ロボットレストラン7・ロボットレストラン8新宿区神奈川県金山神社祭り ・かなまら祭り2・かなまら祭り・かなまら祭り3川崎市静岡県最後のエンタメ系秘宝館熱海市伊豆極楽苑 ・伊豆極楽苑2 伊豆市まぼろしアート館1 ・まぼろしアート館2 ・まぼろしアート館3 ・まぼろしアート館4 ・まぼろしアート館5 ・まぼろしアート館6 ・まぼろしアート館7 ・まぼろしアート館8伊東市山梨県夫婦木大神甲府市長野県姥捨・澳津神社・岩鼻上田市愛知県間々観音小牧市高浜茶屋吉貴高浜市野間大坊 美浜町 大縣神社・田縣神社 犬山市石川県スッポン堂 加賀市和歌山県円月島・歓喜神社 白浜町京都府縁結び神社 ・縁切り神社・五条楽園京都市奈良県宝山寺、色町 生駒市大阪府バーレスク大阪1・ バーレスク大阪2・バーレスク大阪3・バーレスク大阪Ⅰ・ SMクラブ潜入 ・メイドカフェ潜入・滝井新地 ・松島チョンの間大阪市橋本遊郭跡 枚方市兵庫県 なぞのぱらだいす1・ なぞのぱらだいす2・ なぞのぱらだいす3 ・芝右衛門狸、キティ 兵庫県淡路島岡山県軽部神社総社市金勢大明神赤磐市金精神社 高梁市島根県玉造温泉の珍宝石さん、八重垣神社松江市香川県お花権現、林下寺1みよし町愛媛県 凸凹寺宇和島市広島県阿伏兎観音福山市喫茶伴天連東広島市山口県マラ観音長門市福岡県鬼塚観音 岡垣町縁切神社 福岡市不思議博物館1 ・不思議博物館2 那珂川市男根岩 八女市長崎県木花咲耶姫神・雲仙大仏別院いのりの里 長崎県雲仙市壱岐 男岳 男獄神社・壱岐 男岳 賽神社・壱岐 島沖の島壱岐島愛の駅諫早市佐賀県鏡山道祖神・太閤一里塚 佐賀県唐津市秘宝館 ・秘宝館2 ・秘宝館3 嬉野市大分県秘宝館 、秘宝館2 、秘宝館3大分市熊本県七郎神和水町 潮神社(おっぱい神社) ・賽神社(だんこん神社)湯前町柴立姫神社 球磨村弓削神社龍田町弓削法皇社弓削町おっぱい岩 ・おっぱい岩再訪天草市宮崎県鵜戸神社・鵜戸神社再訪1 ・鵜戸神社再訪2日南市陰陽石・陰陽石再訪1・陰陽石再訪2・陰陽石再訪3小林市鹿児島県子授け岩日置市三角関係岩ウエルカメ与論島小山神社屋久島韓国ラブミュージアム・ラブミュージアム2・ラブミュージアム3ソウル女郎街釜山 済州島ラブランド ・ラブランド2 ・ラブランド3 ・済州島 健康と性の博物館 ・健康と性の博物館2・健康と性の博物館3 ・済州島 ワールドエロスミュージアム 済州島タイスイスホテル裏バンコクシンガポールゲイラン地区デンマークエロティカミュージアム コペンハーゲンチェコセックスマシーンズミュージアムオランダソドム街飾り窓・ソドム街飾り窓2・セックスミュージアム・エロチカミュージアム ・エロチカミュージアム2 ・ソドム事情・2018レッドディストリクト 2009年2月群馬旅行 三大うどん、渋川水沢うどん 伊香保温泉にて 愛と生命博物館1 愛と生命博物館2 高崎洞窟 高崎観音寺 高崎達磨寺
2009.03.30
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ドミトリーという題目で放浪殺人さん、あ、間違った、達人さんが、書いているネタをパチル。10代後半、インドに1ヶ月行ってきた。ずっと気がつかないでいたが、この期間、すべてのホテルがドミトリーであった。考えれば、印度以外でドミトリーに泊まったって、数カ国しかないことにも気がついた。其の始まりが、カルカッタの安宿の集結するサダルストリート、其の代表がパラゴン、マリア、モダンロッジだった。しかし、サダルには10年前に行ったきりなので、今はどうなっているか、知らない。 初めてのドミトリーは、1階であり、インドならどこでもではあるが、窓には鉄格子がはめられており、サダルの道端を歩く笛吹きが、まったく同じメロディを吹き続けて、頭がおかしくなりそうになる。こいつ、生まれてから親の商売を受け継いで、ずっと、この1曲のワンフレーズだけを吹き続けて死んでいくのか、と思うと、虚しくなるのであった。1階の部屋には、幅70センチもなく、寝返りをうつと床に落ちるシステムのベッドが7,8壁に沿って置かれていた。2階に上がると、テラスで逆立ちヨガをしている日本人がいて、何だか、インドって感じだなと感じながら、共同シャワーを浴びようとすると、怖い顔したマスターが、泊り客が多いから、あんまり水を使ったらあかんぞ、すぐに出て来いと諭された。マスタルは、どの宿泊客にも言っているようで、宿泊客の飲んだ空き瓶を集めて小遣い稼ぎに精を出し、宿泊客が買ってきたモノの値段を聞いてぼられたことをあざ笑うことを趣味としている。部屋では、煙がどんどん回ってきて、マスタルは、フロントまで煙が来たら怒り、他で吸えという。夜中ドミトリーに居た西洋人が南京虫にやられたようで、大声でベッドを叩きつけ始めたらしいが、私だけ起きなかったどころか、プーっと屁をこいて、起用に寝返りをうって背中を向けたとのことだった。でも、一番覚えているのが、表現できないのだが、あの臭いだ。インド1日目の臭いだ。インド黴ってあるのか、酸いトイレ臭の混じったそういう臭いだ。ウダイプルで、泊まったドミトリーでは、宿屋の娘さんに起こされた。朝食はいかがしましょうか、と。インドに来て3週間目程度経過し、初めてインド人女性と話をした。少し、驚いた。不意に、朝食を注文してしまった。そのとき、初めて、スクランブルドエッグという単語を使ってみた。一人だけ日本人がやってきて、ゴアに3ヶ月いましたといっていたので、ここでもゆっくりするのだろうかと思っていたら、翌日にはもうチェックアウトしていた。ジャイプルでは、何と、日本のカレー大会が開かれ、久しぶりの片栗粉カレーを2杯も食べてしまい、気分が悪くなった。食べ過ぎて吐いたのは、人生で2回だが、初めて吐いたのは小学校1年のときに、カレーを食べ過ぎて吐いたのであった。日本に住んだことのある西洋人に声をかけられた。私の荷物には、母の名前が漢字で書いてあったのだが(登山用ザックを借りていたので)、彼は、漢字も読め、私の母の名前で私を呼んだのであった。私は驚き、あなたは、どこの国の人か聞いてみると、そこは何故か英語で、「イングリッシュ」と答えた。私は、うなづいたが、心の中で、こいつは英語か??と疑問に思った。ちなみに、フィンランドに行ったときも、皆、何かあると、フィニシュフィニッシュ、というので、こいつら結構終わってるねんなあ、と後々までフィンランド人とかフィンランドのナニナニとかいう意味だと気がつかなかったぐらいだ。カジュラホでは、空きベッドにインド列車時刻表を誰かが忘れており、重宝した。当時、時刻表は、なかなか売っておらず、書店でも刷っている部数が少ないのか、手に入れるのが困難だったのだ。屋上に上って、ガンガン吸っていると、下から何故だか日本語ペラペラの従業員が危ないよー、と声を掛けてくれた。なまじっか、日本語を話すので、何かと、世話を焼きたがるのであった。部屋でちびちびとインドのラム酒を飲んだ。結局、どこのドミトリーに泊まっても、朝起きると、誰もいなかった。皆、いったいどこへでかけたというのだろう。インドから離れるが、ギリシアのアテネのドミトリーで、昼前にも関わらず、私以外に、暇そうに寝ている西洋人女性がいたが、金を取られて、送金を待っているので、それまで、ひたすら金を使わないようにじっとしているとのことだった。2回目以降のインドは、ドミトリーは辞め、何故だか、引きこもりになっていったのであった。
2009.03.29
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吹田市の万博公園のすぐ横、茨木市に入ったところに、この寺はあった。弁天宗の聖地である。高校野球でお馴染みの、PLとか天理とかと同じ強豪宗教高校のアノちべんである。(子供の頃は、弁当の仲間の高校だと思っていた)イスラム教徒になるには、コーランを原音で唱えなければならないので、ちょっと、ここに寄って見た次第である。宗教と死・・・そのフカーイ、いやフカーイ命題を考えつつ、散歩を展開するのである。そうでもしなければ、よそ者とばれてしまう、というか、私が疎外感を感じてしまうのであった。ところで、何を死とするのか、心臓死、脳死、細胞死・・・そこから無理やり選んでください、って言われても、いくら立花隆の脳死(古いなあ)とか読んでも、最近の医学の進歩を読んでも、どうも、臓器移植とのからみで、脳死になる前に、取り出したいという意気込みというか悪意というかを感じて仕方ないのである。死ぬときは、誰でもポックリ死にたいものである。もし、残す人がいたら、吉村昭みたいに、死ぬよ、といって死んでしまいたいものである。しかし、自分の希望通りの死に方はできないし、させてもらえないのが、昨今の世の中である。そのことについては、いろいろ言うことがあるのだが、それは、次回にしよう。西洋人信者も百度参りしています。そういえば、某笹川良一の故郷は茨木である。水子供養塔もやたら立派であるが、ある。高さ日本一の供養塔である。オール子供タイル。子供が手を合わせるか、よく分からないが、人間国宝さんの作品ということだ。子供タイル2万5千枚。地下には20万体も収容できるんだぜ。社用車ならぬ宗用車があります。今週は、寒かったが、すっかり、春らしくなってきた。来年も桜見ることができるといいなといっていた、知人の甥っ子の娘さんは、白血病で死んじまった。しまったSF戦没者供養塔を見てくるのを忘れた。、ちょとだけショック。もろ万博じゃん。
2009.03.28
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実は、4,5日前の出来事なのだが、すっと、気になって仕方ないものを発見してしまい、個人的に途方に暮れているというか、今頃途方暮れる必要性は無いのだが、あえて記憶として記しておく。最近は、見せブラとか見せパンティというのが、若い女性で流行っていると聞くが、ふと、エスカレータを乗ってて、前を見ると、タイツをはいた若い女の子がいて、よく見ると、ミニスカートが短すぎるのであった。なんと、お尻が3分の1ぐらい見えているのである。私は、一瞬たじろぎ、これって気がついてないの?わざとなの?と迷ったぐらいである。細い足の彼女は足を閉じているが、股のところに三角形の空間ができているのである。そのぐらい克明に見えるのであって、まるで、私自身が痴漢ではないかと間違えたぐらいだ。しかし、注意というか質問なんかしたら、何よこの変態といわれかねないので、じつと我慢したのであった。私が注意、または、声を声をかけたことがあるのは、ハンカチを落としたときと、スカートから、トイレットペーパーがちょと見えていたとぐらいだ。多分、トイレに行って、どういう具合が、パンツを引き上げる時に、トイレットペーパーがパンツに挟まったのであろう。彼女は、赤面して、走っていったのである。走るより前に引き抜け!と叫びたかったのであるが。今日は、お通夜に行ってきた。結婚式より葬式が多くなる年頃とはいえ、結婚式は、知り合いだが、葬式関係は、会社や取引先のご両親などがメインなので、お会いしたことも、お話したこともない。なんだか、不思議な気がするのだ。ところで、私は、絶対に痴漢はしない、が、やはり、痴漢と間違えられると、逃げるしかないと思う。容疑者にされると、警察に諭されて、この場合謝ったほうが、解放されるし、嘘でもいいから、楽になるよ、といわれるだろう。万が一、裁判になって勝っても、きっと、会社はクビになっているに違いない。間違われた瞬間其の周りに居る男の人を、4,5人捕まえるという手もあるが、確実に逃げられるだろう。犯人でなくても。非常に難しい問題だ。そんな訳で、もはや、満員電車に乗ると、密着するほどになるようなら女性の近くから逃げるようにしている次第である。
2009.03.27
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達磨については造詣の深い私で、ここで、語りつくした感もあるのだが、京都にも、立派な達磨寺は存在するのである。インドから中国に禅を伝え、禅宗の開祖となった達磨大師、その辺の子供でも知っている達磨さんではあるが、厳しい修行で、手足もなくなり、尻まで腐ったという忍苦の精神を受け継いだのである。決して、いわゆる、手足を切られて達磨さんになってしまったという、アジア都市伝説とは違うのである。七転び八起きというのは、昔から、何で7回転んだら、起きるのも7回だと思っていたが、もしかして、最後はジャンプするのではないか、ワンステップ、ステップアップするのが、八回目なのではないかと、フト、最近、考えるようになったのである。われも、ポジティブシンキングだと、ワレながら呆れる始末である。 ところで、関係ないのだが、この前、テレビをつけると、ヨーロッパのエコノミー飛行機会社の最も儲け頭のライアンエアについての潜入ルポをやっていた。ほんま、私も一度、イギリスからフランスに行ったが、1500円ぐらいなのだから驚きであった。空港税を4500円ぐらいしたので、6000円であるが、ひとつは、マイナーな空港を使うことなどして、空港使用料を安くすることなのだが、そのほかにも、飲み物食べ物はすべて有料、座席が非常に狭い、などがあるが、飛行機を出きるだけ飛ばすというのもある。潜入ルポは、ニュースキャスターが2人、客室乗務員試験を受けて、隠しカメラで取るというやつだった。そう簡単になれるなら優秀なのだな、というか、非常にハードワークなんだな。平均1時間いる地上滞在時間を25分しかいないのだから、自分たちで、掃除もするので、運動しやすいユニフォームである。5週間の研修期間を受けて、国際線に乗務するのだが、いきなり、先輩に、そんなにゆっくり、パスポートチェックしている暇ないんだからと叱られる。提示のみで、セキュリティが甘いようだ。そら25分しか地上にいないのだから。何だか、よく分からないのだが、昔は、飛行機のイメージは、1日飛んだら、整備や金属疲労による交換なので、1日休ませるのだろうなあ、と勝手に思っていたが、(タクシーや電車のイメージ)出発して、国際線でも、何時間か停まっていて、出発して、と整備の時、1日24時間のうち18時間ぐらいは飛び続けているようなイメージだ。話は戻して、セキュリティに関しては、ライフジャケットのチェックもいちいちしないし、掃除も自分たちでするので、ゲロなんか床に吐かれたらとりあえず、臭いを消す作業だけ応急でして終わりという感じ。ヨーロッパ間なので、日本でも国内線のイメージと同じで、飛行時間は1時間とか2時間が多く、乗務員は、だいたい4時半から17時半の10時間以上勤務シフトで、飛行中は、疲れきって、結構寝ていたりなんかする。パイロットは、もっと悲惨で、長距離ではなく、1,2時間おきに離発着作業をしながら月間99.9時間の勤務時間(法律で100時間が限度だから、限度ギリギリ)一番大変なのが、機体に不備があったときだ。直ればすぐに飛び立つので、2時間でも3時間でも機内に乗客を入れぱなしの上に、飲食物がない。切れた乗客が水をよこせとわめくという按配だ。勿論、ヨーロッパに、2,30社のローコストエアラインがあるので、セキュリティもしっかりしたところもあるのだが、最大手がこれなら、結構、安くても怖い感じだ。それでも、安すぎる。そういえば、イギリスの妹夫婦も、月に1度ぐらいヨーロッパのどこかの都市に1泊旅行に行っている。ロンドンとか国内のどこかにいくより、安いからだ。問題は、ローカル空港まで、いかに安く行くかかだ、と行っていた。バスも走ってなかったりして、車で行って1泊の駐車場料金が飛行機代の何倍にもなったりするからだ。まあ、スパンエアはまだるようだが、ローコストエアラインも安全度は高く評価される。だって、一度、大きな事故を起こすと会社が潰れるからだ。だから、事故を起こすまで、事故0の安全な会社って訳。あ、京都達磨寺(法輪寺)であった。まあ、達磨寺についての案内はこれくらいで終わります。京都紀行2009年 京都太秦村1 京都太秦村2 京都太秦村3 時雨館 達磨寺 御金神社 縁切神社 一銭食堂 伏見稲荷
2009.03.26
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総本山である。真言宗でいえば、高野山金剛峰寺であり、曹洞宗総本山の永平寺であり、浄土宗の知恩院であり、浄土真宗の西本願寺東本願寺であり、幸福の科学の正心館であり、狐の総本山が伏見稲荷である。駅からして、朱色の柱である。駅から、すぐに、参道に入り、フォクシーレディの後をツイテイク、というか、前を歩いていたのだが、狐女がアメリゴでは、人気あるのか?まあ、俺のレモンちゃんとかいっているような国だからな。鳥居を全部見るには、2時間の散歩を必要とする。そんな時間はねえ。何しろ、この稲荷山全体に、鳥居が張り付いているの恐怖なのだ。">恥ずかしながら、伏見では、半年ほど、通って働いたことがあるのだが、伏見稲荷は初めての訪問であった。伏見では、何度も昼飯時に通った寿司屋があった。そこの、うどんが旨かったのだ。寿司は、普通だ。昼飯時も暇そうにしていて、寝ていたりなんかして、我々が入ると、目をこすって、そのまま、寿司を握っていて、目やにが寿司に入ったのではないかと危惧するほどであった。狐、これには、大きな、想いではないのだが、昔は、家族映画スペシャルとかいうと、南極物語なんかをゴールデンタイムに放映していたが、中学校の時、家族旅行で信州にいったとき、夜、キタキツネ物語を偶然やっていて、家族で見たわけである。親父は、恐ろしく暇人で、私もその血を半分受け継いでいるのだが、本とか映画とか見まくるのであるが、すべて受動態であり、家にある本を読み、テレビで其の日たまたまやっている映画を見まくるのであった。決して本屋に行ったり、当為はビデオも無かったけどレンタルビデオや映画館に行くことはなかったのだが、ジャンル関係なしに、テレビをみていたのである。親父は、恐ろしく、教育や子育てにも無関心であり、今まで、私は一度のアドバイスも受けていないし、ああしろこうしろといわれたことも無いし、私の一度目の結婚式もいやいや出席したし、妹の結婚式は、ついに面倒なので参加しなかったのである。理由は、「わしは、エエワ、辞めとくわ、面倒やから」その虚無主義には、人生を教えてくれるものもチョトだけあるような気もするのである。勿論、おかんは、私が小4までは、教育ママであったが、おかんもさすがに子育て終わった宣言を小4でしてくれたので、その後のアドバイスは無いが、だてに年取っただけで偉そうなことはいえないという「教訓」を私に残してくれたのであった。そんな訳で、中学受験も高校受験も大学受験も、直前になって、あんたどこ受けるの?って質問だれたまでである。それでも、オカンは優しく、参考書代や本題は無尽蔵に出してくれたのであり、だからと言って、私がそれを他の遊戯に使うことなんてなかった律儀さなのである。律儀を無言で学ばなかったのは、妹だけであり、塾代をセシメテ、塾なんかとっくにやめて、夜間徘徊している妹であった。最低級のクラスの高校に行き、それでも、働くのが嫌だと言って、最低級の大学に行き、働くのが嫌だと言って、最低級の留学をして、大富豪と結婚して、今は、毎日、犬を見ているだけの生活だから、人生、ミゼラブルである。そんな話ではなかった。狐の話だった・・・が、私と狐にまつわる話は、実は、ないような気がする。いなりずしも、まあまあ、だけど、コレを嫌う人もいるし、何故だか、高級(回っていない)寿司屋には置いてなかったりもする。回る寿司でも置いてるか?食ったことはない。総菜屋で半額だったら買う程度であるが、半額だったら結構買うというのも、みそである。なんだか、分からないけど、料理も、ここ3年ぐらいはもうやめてしまったので、コンロの上には、荷物が多く置かれている状態である、よかったことに、私は、別に熱いものが好きではなく、白ご飯も、冷えたのが一番好きなのである。大富豪なので、電子レンジも持ってはいるが、ここ3年で使ったといえば、ポップコーンを作ったときぐらいである。そうはいっても、日本の各地に行った時には、結構、地方名産のふりかけを買ってくるのである。が、やっぱり、ノリタマに敵うふりかけは存在しない。ここの絵馬は、三角であり、内容は、もう飽きたので読まないが、表情を作ることができる。おもかる石ということで、まあ、精神の持ちようによっては、火も涼しいっていう精神論である。弟子に持たせたが、軽そうであったが、その次に持った女性は重かったそうで、彼女は、精神的に病んでいるのかも知れない。結構、人が多く、皆さん、何しに来ているのだろう、って不思議に思う。私は、これでも、神社お寺フリークぽいが、賽銭は基本的にしないからね。そんなの信じてないから。しても、5円、もたいないから。さて、帰るか。それにしても、参拝者は多いことよ、老若男女問わずだ。京都の中心部からは、数駅離れてますが、人は来てます。風任さん、名誉挽回になりましたか?京都紀行2009年 京都太秦村1 京都太秦村2 京都太秦村3 時雨館 達磨寺 御金神社 縁切神社 一銭食堂 伏見稲荷
2009.03.25
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風任さんが、今となっては、京都行くこと自体はもういいや、と思いはじめたのではないかと、不安になるほどに、京都観光案内は少し置いといて、食事どころを紹介して名誉挽回と考えた次第である。そこは、壹錢(一銭)食堂である。京お好みである。場所は、超一流の場所であり、人通りが最も多い、メインの四条河原町駅から八坂神社に行く四条通りを、先斗町を越え、鴨川の橋を抜けた次の通りの縄手通りの角にあるので、やっぱり、一流どころである。ちなみに、カッポーの方は、鴨川のこの橋で声を掛けられても振り返ってはいけないというしきたりもあり、万一、振り返ると、そのカポーは別れるという伝説が巷に流布されているので、そんな流言飛語に騙される喜びも悪くはないと、味わえる橋でもある。各種、有名さん御一行様も訪れる由緒正しい料亭である。特に、左翼的右翼的思想はないどころか、統一した思想ももっていない店の展示物ではあるが、とうか、店員さんも、普通のおばちゃんたちばかりで、飾っているもの以外は、すべて正常という凶器なのである。其の日常性は、ふと、北ベトナムを訪問したホンダ勝一のことを思い出した。「私が今まで、一番感動したのは、ベトナムの農民のおばあちゃんが、となりで、米軍の爆撃があり、戦車が走っているのに、無視して、黙々と畑を耕していた光景です」中は公式HPによるとこんな様子だが、今回は、是非、風任さんに、中の様子及び食事の様子をレポートしていただきたく、ここは、涙を飲んで省略するのである。活躍の場を提供したので、是非、馬鹿馬鹿しい挑戦して下さい。放浪さんも影ながら応援してます。ヒント:丸で囲っているのが人形だよ。さて、空腹を克服したとするならば、ついつい、私が向かったのは、縁切り神社の裏である、六道珍皇寺である。名前からして、ほら、何となく、油断すると、チンコー寺と呼んでしまいそうではないか。それに、絵馬も、前回前々回と違い、とっても平和のユルユル。勿論、六道といえば、六道輪廻のことであり、すかさず、閻魔さんたちの登場である。(この人、閻魔の弟子です)鐘も恥ずかしがって、こうやって、尻の毛を引っ張るように、鳴らす画期的システムになっている。ちなみに、この地一帯は、昔、人が死んだら捨てられていた場所でもある。この寺で、何を隠そう、一番有名なのが、冥途に行きっぱなしの井戸である。(○印の井戸)。行きたくなる人が世の中多いのか、先に行けないシステムになっている。地獄、餓鬼、畜生、人、天・・・。あれれ、5つだ・・・あ、修羅忘れてた・・・。ここのメインは、盂蘭盆らしいのだが、トイモイ博士、今年から、盆休みがなくなりました。泣けます。冥界、魔界エリアは、京都には多いのだが、私は、怖がりなので、そっち方面は、少し苦手だ、どちらかというと、珍しいところが好きといえる。子供に、あの世のことを教えるのはいいなかなかの教育的スポットでもある。まあ、何故か、水子っ供養もある。見学は無事終了したので、最寄り駅にを目指す。今から実は、会社に行くので、京阪電車に乗るのである。鴨川にカモ!(○印)どう見ても、弁慶と牛若丸に見えないのは、私に、美術眼がないからだと思われる。その京の五条の橋の上には、今はガイコツジンまで歩いているのであった。てなわけで、ハッピー?おまけですが、こんな店も見つけたので、風任さんに報告申し上げます。六道の辻にあります。お子さんに飴、いかがでしょうか。きっと、泣き出します。幽霊が赤ちゃんを育てたという飴です。マジに売ってます。 まあ、一応、祇園です。おまけですね。ガイコクジンをたくさん見ることができます。あ、風任さん、京都旅行、キャンセルしないでくださいね!
2009.03.24
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風任さんが、今となっては、京都はもういいや、と思って思われるほどに京都案内は、実はまだしつこく続くのである。祇園の裏、ラブホテル街を抜けると、そこは、安井コンピラ宮、通称、縁切り神社である。KELLYさんが地元なのに、縁がなく知らなかった福岡の縁切り神社の続きといってもいいかも知れない。子供の情操教育というか、世間ちゅうのは、厳しいもんや、ちゅうのをしっかり教えることも可能な教育的な神社でもある。あったあった。ウホウホ、うホッ!最強の絵馬軍たち。スザマジキ怨念の嵐。(というか、絵馬貼り付けている横で、笑いながら、写真を撮りまくっている私をみて、みんな、オマエが死ねや、と思ったに違いない。きっと、書いている途中の人は、最後に、今、笑いながら写真を撮っている人もついでに死んでください、って書き加えたかもしれない。私だったらそうする。)意味もなく、アレンギンズバーグの詩集「吠える」を思い出した。なんと、英語の題名が「鯨(ホエール)」だったから、まったく、内容をどう考えてくれるんだ、とやっぱり思い出した。ちなみに、この3メートルの石の真ん中の穴を往復すれば、縁が切れるらしいねんけど、課長島工作にこの神社出てたなあ、って思い出した。(一応、成就のほうもある)絵札カマクラ、穴が小さいので、少し太った人には通れないから、縁を切りたいと思っても、人によっては注意が必要だ。この写真ぐらいの女性でも、結構、苦労してくぐってました。春うららかな中で、汗をかきながら、怨念も加わり般若カオになってました。あ、風任さん、行きたくなりましたか?子供の教育によくないので、やめたほうがいいですよ。京都紀行2009年 京都太秦村1 京都太秦村2 京都太秦村3 時雨館 達磨寺 御金神社 縁切神社 一銭食堂 伏見稲荷
2009.03.23
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風任さんが、今となっては、京都はもういいや、と思って思われるほどに京都案内は、続くのである。今日紹介するのは、何を隠そう、徳川の実家、二条城である。二条城という大手は、大手に任せて、私は、私なりの道を行く所存である。というのは、嘘で、二条城から徒歩、5分のいう至便立地な金の亡者の神社である。とっても、小さな神社には違いないが、世界の金の亡者が集結する由緒ある神社でもあり、私も、もみくちゃにされたほどである。地元のレストランや商店も、協力しているほどであり、きっと、のぼりも提供しているのだろう。お金もいっぱい産まれますように、漢字間違えないように。なんと、罰が当たって、御礼までもが・・・こりゃいけるのでは。ボートレース VS FX どちらが儲かりますか、お父さん。皆さん、欲望むき出しです。人間の本性見たり!先物も、TOTOもロトも何もかも一緒くたです。この効用に、私自身もびびり、再び、何もいわず、手をあわせるのだった(賽銭は入れてないけど)うわあ、欲望の塊の人々の集団だあ。俺は、やてけねえよ。風任さん、後は風に任せた。金の値上がり如何によって、老後の妻の生活が変わってきます。世界経済を心配するふりして、実は、自分の株の値上がりしか考えていない、ああ、なんて醜いんだ。かたや、お金がたまって結婚できるラッキーな人もいる。ほのぼのだのお。儲けよりも、塩漬け株を何とか処分したいという切実な願いもあります。私のように、妹思いの奴もいます(でも妹夫婦は英国で7億円の家に住んでいるので、多分、私よりちょっと資産が少ないぐらいです)。夢は具体的なほうがいいので、銀行株は、株よりマシですが、せめて池田銀行株といったほうが、より夢に近くなります。また、当選したか、こりゃ、株のトレーダーよりええんちゃうの?切実な問題ですね、ヒロシ。とても、優柔不断な決断のような気がする。せめて、必要ぐらいの漢字覚えような。野菜!25歳で1千万の車かよ、まあまあ、だな、てめえ。ぎぶみーまねー、セコイねえ。そうなんです、こういう具体的な夢が必要なんです!この番号が当たりますように!。山科の家が売れて、岩倉の家が買えるといいですね、ほのぼのだね、本人たち切実だね。借金が返すことができますように、これって、人類の希望ですね。あ、風任さん、行きたくなりましたか?子供の教育によくないので、やめたほうがいいですよ。京都紀行2009年 京都太秦村1 京都太秦村2 京都太秦村3 時雨館 達磨寺 御金神社 縁切神社 一銭食堂 伏見稲荷
2009.03.22
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風任さんが、遠慮して、行かないとおっしゃるので、何とか、行きたくなるような画像をアップせねば、という責務と使命感に燃える、萌えまくるのである。子供が、かつらを欲しがったら、見本をいくらでも、かぶることができます。しょぼくて、生きるのを諦めかけた悲しそうな眼をした馬も見ることができます。移動も、ワイヤーで好き放題行き放題ですが、服を着替える必要もあります。なんだか、Vシネマというか、お色気忍者みたいなのも作っているようで、パパも大喜び。おしんが大きくなっておりんになったようです。新撰組もこんなカオだったら、かなりよわっちそうに、見えます。銭形平次って大富豪だったんだね。放浪達人さんのようです。あ、それそれ、あそれ、の南京玉すだれも見学できて、子供も大喜びのはずです。空いているし。後援が終わったあと、自分の次回のテレビの時代劇の宣伝をしていました。はじまったところで、酒屋でお酒を飲んでいる一人に、私出てますから、皆さん見てくださいね。だってさ。疲れたら、こういうところで、昼寝もできます。酒屋の前で待ち伏せしていた二人の浪人は、出てきた沖田ソージに、ばっさりやられます。先にやられたほうは、ずっと寝てます。疲れたら、パパも着替えて寝ててもいいですよ。打ち合わせ中も、着替える必要もないですよ。社内恋愛という世間の厳しい掟も、子供には、いい社会勉強になります。子供の就職先の一つの方向性を指し示しています。チョンマゲどこいったんだろう。はげてきたら、チョンマゲするというのも、ひとつの未来の髪型を指し示しています。ところで、京都の長い住所ではあるが、昔、国が、丁に分けろとお達しいたときに、何で、そんな全国画一なことさせて住所の伝統を捨てなければナラナインダヨーバカヤローと無視したのが、京都であった。どこ行っても何丁目の中で、無視した京都はあっぱれというか、住所書き泣かせというか。それでも、外国は、住所は、メインはストリートであり、アベニューであり、通りであるが、日本は区画なので、ややっこしいんだよね、実際は。京都は地図を読んだり、行くには、外国式でとても便利なのである。まあ、京都は、パリと同様、住人がいなければ、素晴らしい街と揶揄されるんだけどねえ。共産党と坊主が強いのは、今もだろうか。 最後に、お祈りして帰るという趣向でいかがでしょうか。行く気くしたかな京都紀行2009年 京都太秦村1 京都太秦村2 京都太秦村3 時雨館 達磨寺 御金神社 縁切神社 一銭食堂 伏見稲荷
2009.03.21
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ウィーンの犯罪博物館に行く前に実は、オランダの拷問博物館にも行っていたことを告白せねばなるまい。それも、アムステルダム、お花市場近くに、異常な光景でなく、すっかり、綺麗なオランダの町並みに溶け込んでいるという、恐怖である。入り口も、トーチャーと書かれてなければ、お洒落な前衛美術館ですよ、って感じの風貌である。ヨーロッパの中世の拷問器具のオンパレードで、実物器具とイラスト入りで懇切丁寧に教えてくれる場所であり、同じアムステルダムにあるマダムタソーやダンジョンの大人気とは裏腹に、来場者はほとんどいない恐怖である。イラストには6カ国言語でその使用方法を懇切丁寧に記載されているのである。入れば、薄暗く、目が慣れてくると、拷問器具が目の前に、といった趣向もさすがのものであった。最近、舞台で藤原ノリカが疲労した又割りを思い出す次第であった。何だ、この手は!と思ったのであるが、私の手であった。これは、腹筋運動をする運動器具ですか?イイエチガイマス!イラスト通りに現物を持ってやりなさいって意味なんですか?イイエチガイマス。ウスーク、ウスーク延ばしていきますって、先程から拷問器具ではなく、殺人器具だと思うのだが。座高を測る器具かもしれないが、首の後ろに針が出ているのが、気になるといえば気になる。こんな格好させなくても、口に水を入れることはできそうなものだが。これが一番マシかな・・・敢えて言えば・・・権力者や戯言を言った人間にかぶせるものだそうだ。座ったらイテエよお。なーんだ、こんな小さなもの、と思えば、チクビ切り機であった。ここに入れられて、骸骨になるまでほったらかしにされる。なんだか、この1年で鋼鉄の処女を3回も見たのだが。なんだか、この1年で鋼鉄の処女を3回も見たのだが。あ、観客だ!熱心に説明書を読む仲の良いカップルだ、さすが生粋のデートコース。あ、観客だ!熱心に説明書を読む仲の良いカップルだ、さすが生粋のデートコース。巻かないで下さい!やっぱり、巻かないで下さい!最近、もっぱら、肛門に弱いので、ちょっと、これは・・・板の下に敷いて、どんどん、石を乗せていくということね。やっぱり、拷問ではないよ、死刑だよ。こんな簡易な道具でも、痛いゾー。晴れて、終わり、明るい現代美術館のような感だ。心が痛い。人間の残酷性を。2009年正月旅行 出国→アムステルダム→ウィーン アムステルダム、駅周辺 アムステルダム、拷問博物館 アムステルダム、セクスミュージアム再訪 アムステルダム、ヘンプスミュージアム再訪 アムステルダム、マダムタッソー1 アムステルダム、マダムタッソー2 アムステルダム、マダムタッソー3 アムステルダム、ダンジョン アムステルダム、ダムラック オランダ教育事情 オランダ性教育事情 ウィーン、シュティファン寺院、カタコンベ ウィーン、犯罪博物館 ウィーン、拷問博物館 ウィーン、ジョセフィーヌム(医学史博物館) ウィーン、ハプスブルグ家 ウィーン、彫刻の町 ウィーン、彫刻の町 信号 スロヴァキアの歴史 ブダペスト、ブラチスラヴァへ ブラチスラヴァ、なんだこれは。 オーストリア→ハンガリー→ドイツ ブダペストの黄昏 ブダペスト朝マイナス5度 ブダペスト朝マイナス7度 ブダペスト昼マイナス5度 ブダペスト、温泉紀行マイナス5度 ブダペストのラビリンス ブダペスト、ドール博物館 ブダペスト、地下鉄 ブダペスト、パール街の少年たち ブダペスト、ゲレールトの丘、ツィタデラ ブダペスト、正月 フランクフルト、飛行機待ち フランクフルト、正月宴のあと フランクフルトから帰国 欧州gourmetの旅
2009.03.20
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先日の日記で、関東の風任さんが京都に来るということで、観光案内所を紹介しなければならないという使命の下、急いで、太秦村に緊急就職して、風任さんご家族の来場を待ち受けることとしたのである。家族で太秦村に来るのは、グーッドだが、男3人で来るのは、バーッドである。私のように男7人でディズニーランドに行くぐらいの努力と度胸が欲しいものだ。或いは、私のように、男2人で背広で夜の遊園地(今はなき神戸ポートピアランド)に行くような度量と羞恥心が欲しいものだ。まず、入場されますと、急いで、生ビールを頼んでください。アルコール苦手とか、子供でも頼んでください。飲めないなら捨てて、すぐに、貯金箱としてお楽しみ下さい。忍者は忍者村に任せたいところですが、が、コスプレしたいと、お子さんが騒ぎ出したなら、ここはうってつけです。シナチク、ナルトになれます。もし、人生の痛みや人の痛みを知りたいなら、切ってくれます。たまには、ズタズタにされるのもいいものです。村では、この鬱陶しい旅ガラスのようなものが散在していますので、石をぶつけてもらっても結構です。遠い昔、江戸時代には、恐竜もいました。歴史の転換の中で。おまけに、定説を覆し、恐竜は、水を霧状に噴いていました。何のために。こういう罪人の晒し首み見ることができて、とても勉強になり、子供に命の尊さを学ばせることも可能です。其の他の罪人の懲罰の方法が写真入で豪華に飾られており、勉強になります。具体的には三角木馬みたいのもあります。あ、木馬は関係なかった・・・。一人で乗ってみても、写真は撮れません。そういうわけで、誰かがまたがるまで、永遠に待っていたのですが、ついに、数人がまたがったのでした。一人目は、挑戦したのですが、痛くてまたがれませんでした。二人目の彼は、全然痛くないやん、といってVサインもするほどの楽勝ポーズでしたが、降りるのが痛くてできなくなってました。写真には撮ってませんが、三人目は女の子でした。その度胸にはめを見張るものがあり、コメントは凄すぎてできません。私と彼女を似顔絵に描いてもらいました。うまく描けたので、張り出ししてくれました。で、そんな悪さばかりしていると、ついに、桜吹雪野郎に勧善懲悪的に裁かれました。テレビ放送では、土足厳禁が外されるようです。私の査定では、この村は700円ぐらいの入場料でいいと思うのですが、少し高いので、レストランで食事を取ってください。ここも、高いです。お子さんには、やはりチャンバラランチで斬りまくってください。大人は、やっぱり、瓦に乗せただけのトンカツで我慢しましょう。大人は、お土産は、大人買いして帰ってください。よく見ると、男前に美人です。京都でお待ちしています。京都紀行2009年 京都太秦村1 京都太秦村2 京都太秦村3 時雨館 達磨寺 御金神社 縁切神社 一銭食堂 伏見稲荷
2009.03.19
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先日の日記で、建築家のG8さんがアンドータダオオは花粉症ですか、という鋭い質問に、真摯に考察してみることにしたのである。何せ、今月は、副業が忙しく、土日も休んでいないのである。それであるからにして、珍スポ巡りをしておらず、読者の皆様も、せいせいしているに違いないと想像されるのである。其の前に気にかかることがあるのだが、実は、朝の私というのは、毎日、修羅場であり、1分の猶予もないぐらいで、映りの悪いテレビをつけて時刻をチラ見するのだが、卒業時のサイン帳特集をしていた。6,7年前から、サイン帳の自由に書ける空白のところがほとんどなくなっているというのだ。町の中で、高校生に、一昔のサイン帳(裏面が真っ白)を書いてもらうと、ほとんどが、裏面のスペースの大きさにびびり、こんなたくさん、書くこと何もないよ~、とお手上げ状態だったのである。作為的かも知れないが、売られているサイン帳は、氏名や血液型や質問にどんどん答えていくスペースがほとんど、という状態を見ると、あながち嘘ではないのであろう。将来が心配になるのである。もう、ワシも、憂国の士に成り下がったか。確かに、私が小中学校の頃のサイン帳といえば、両面とも白紙であり、皆、好きなことを書いていたし、質問も自分で考えて自分で答えたり、アイドルや映画俳優の雑誌の切り抜きを貼ったり、色を塗ったり、自由に書く殴ったものであった。将来高く売れるサインとか書いていて、サインしているような死んで欲しいような奴もいたが、まあ、それは、若気の至りちゅうことで、勘弁してあげよう。ちなみに、7,8年前に中学校のクラス同窓会に行ったが、私は普通のサラリーマンであるというのに、相当浮いているような気がしたのは、心なしか気のせいであるように思われる。勿論、私自身は、一貫して、サイン帳を回すことはなかった。積極的に書いて回ったが、気恥ずかしくて、嫌だったのである。仕舞には、大学には、卒業写真に写るのも拒否したので、もしかして、不良少年のように画面の左上に別枠で貼られていたりして・・・・って、卒業写真も買っていないし、見ていないので分からないけれどもな。但し、私も、昔は良かったというのは、死ぬまでいいたくないので、俺の場合はこうだったってことである。まあ、戯言よ、すみません。ところで、本題に入るか躊躇しているのだが、セカイのアンドー、しょっているのは、建築思想はおいといて、其のやり方は、コンクリート打ちっぱなしの一本だけ勝負でここまでやってきた。スゲエ。何がすごいって、打ちっ放しって言い方だよ、何だか、捨てっぱなし、やりっぱなし、しっぱなし、といった、酷いというか、ほったらかしというか、投げやりな言い方であり、少し舌足らずの私なんか、コンクリートウチッパシ、と言ってしまうほどだ。最後まで、見届けるともりなんかネーヨ、って感じが寂しいのだが、たくましく育てよ、という力強さも少し含む侮蔑的遠くで見守っているからねチョトダケという感じである。ウチパシはフランス人か何だか野ペレ(弟子はコルビジェ)からはじまり、日本にすっと住んでいたレーモンドに引き継がれ、それ以来、まあ、なんていうか、日本の伝統芸的建築になっているって感じなのだ。其の系譜は、レーーモンド(ライトの弟子)のうちっぱしは、丹下から前川、黒川、磯崎、谷口が輩出され、そして、弟子ではないが、安藤と引き継がれている。安藤伝説には、今でも電話1本しか事務所に無いとか、弟子をただでこき使うとか、ボクサーしていたがファイテイング原田を見て諦めたとかあるが、花粉症伝説は、今のところ、私が読んだ本では、まだ、ない。しかし、ホント、建築家って饒舌だねえ~。
2009.03.18
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カフェ文化のないところに、このトイモイ博士生きていけまいとまで、言わしめているのは、嘘ではあるが、一杯の茶に、どんなに、何回救われた事だろうか。 インドの掘っ立て小屋のチャイ屋で、一休みしていると、乞食に限りなく近い、でもサドゥではない、威厳はあるが、財産をほとんど持っていないと思われる老人が入ってきて、チャイを頼んだ。歩く人を眺め、ゆっくりゆっくり、老人はチャイを飲んだ。飲んで、腰から汚い布着れを出してきて、ゆっくり開いた。そこにあったのは、1ルピー硬貨が5枚程度。其の1枚を大切そうに、取り出し、机の上に置いて出て行った。もしかして、この老人は5ルピーが全財産ではないのではないだろうか。財産の5分の1を使って、お茶を飲んだ、とすると、なんて、ダンディな奴なんだ、と思った。19歳の時、それを見て、ダンディに生きなくていいから、ダンディに死にたいものだなと思った。 ところで、私は、日本の茶の心得はないし、正座すると、慣れていないこともあり、5分と耐えられないであろう。しかし、何故、茶、なのか、当時がどうだったのか、簡単に想像してみるに、当時の刺激物って何があったのだろうと考え、当時の薬もケミカルなものもないし、生活も単調なもので刺激もなかった?ような気がする。もしかして、茶は、今で言うところの薬物だったのかも知れない、とふと思うのであった。ちょっと、仕事を終えて、「今日、茶が手に入ったんだけど、ちょいと、やらねえか?覚醒する?」みたいな感覚があったのかも知れない。酒というダウン系の対極にある存在のようなものだったのかも知れない、と思ってみたりしたが、多分、間違いであろう。紺桔梗さん、こいつが私の金沢富山ルンペンルートでした。ところで、あたしは、象が踏んでも壊れない筆箱を持っていたくらい過去を持つ男です。 2009年2月富山旅行 富山県人 富山、石像の里 富山、八百羅漢 コスモアイル羽咋UFO 能登半島七福神 小矢部メルヘン市長 富山画像
2009.03.17
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自分は、今のところ、花粉症でも、ハウスシック症候群もないのだが、こういったもの、いつなるか分からないという恐怖に日々怯えなければ成らないという時代を生きている。自分自身のささやかな対抗策としては、多少不潔にしてでも免疫力を高めておく、ということを先日密かに述べておいたが、それは、単なるズボラの言い訳でもあるとも先日述べておいた。ちなみにザラバとは、ザバラ大名とかいたように、昔の粋な遊び人のことを言った。まあ、現在に言う酒女ドラッグ賭け事みたいなものに、それぞれ高い教養を身につけた道楽者みたいな感じである。昔、心斎橋バサラというキャッチコピーで売り出していたものがあったので、其の時、意味を調べたのだ。先日、本を読んでいたら、久しぶりにザバラという言葉が出てきて、利休が茶の世界を確立する前に、どこの何茶なのか、飲んで当てる遊びがあり、賭けるものは、骨董品とか珍品であったので、そこにも鑑識眼が必要であったという話であった。ちなみに、まことちゃんは、サバラである。グワシ!まあ、そういうことはいいとして、花粉症的話の続きである。シックハウス対策や花粉症対策として、ナチュラル志向爛漫という感じで、あくなき健康志向も兼ねて、炭を敷いたり、珪藻土壁や珪藻土クロスを使用したり、天然自然素材を使用したりするのだが、これは結構金がかかるものだが、その効用の一環として、気持ちいいとか環境にいいとか精神的な部分もあるのは確かで、確かに、炭や珪藻土や無垢財は、体に悪くないことは事実だが、なかなか実際のところ数値にすることは、難しいのも事実だ。例えば、炭を敷き詰めます、どのくらい敷き詰めたらどのくらい効果があるのかというのは、人によってまちまちで、効果はあるのだが、2倍敷き詰めると2倍の効果があるのか分からないし、予算上半分にしたからといって、効用は半分以上ある可能性も高いと思われるのである。おまけに、マイナスイオンとか、水クラスタとか、近寄らないほうがいい怪しい製品や信仰に近いものがあるが、確かに効く人には効くのだろう。例え、科学用語でなかったり、最先端科学でも分かっていないのに、例に出したり、胡散臭さ丸出しでも、反応する人はするのである。花粉症やシックハウス症候群が、一緒くたにしていいのか、分からないが、精神的な部分で左右されるのかどうかは、自分は知らない。神経質な人が罹り易いともいえるし、純粋に科学的反応で罹患してしまうとも言えるかも知れないし、どうなんでしょう。まあ、何をもって神経質かというのも分からんし、何を以って敏感肌というのかも、定義的にはよく分からない。 分からん、で終わることもできるのだが、いくら自然天然素材でも、体にいいか悪いかは別にして、化学物質を出す。土も出す、水も出す。実は、よく考えたら分かることで、実は、皆想像しても知っていることとして、まったく、化学物質を出さないのは、意外かもしれないが、住宅建材としては、ガラスと鉄である。それに、コンクリートも、1年もたてば、水分も99パーセント吹き飛び、硬化してしまうと、ほぼ何も出さない。工業製品で、最近は改善されつつあるが、用はシックハウスの原因になるのは、溶剤とか接着剤とか、クロスとか、合板(プリント製品)とか合成樹脂とかである。それに、部屋の中にいるダニや埃やダニの死骸やである。 とうことで、実は、現実的ではないが、シックハウスや花粉症の人に一番いい家は、柱は鉄、壁はすべてガラス、継ぎ目と床は、コンクリート、みたいな、冬は寒く、夏は暑い家が、一番安全なのである。うまくつくれば、現在モダニズム的な家になるかもしれない。まあ、シックハウスとされる工業製品も基準が厳しくなって、実際、持ってきた家具とかぬいぐるみとか布団や絨毯がよろしくない場合も多いので、ガラスと鉄とコンクリートだけでできた家を造っても、家の中には、そういうものを持ち込まないと生活できないのが難しいところだ。密閉度は高いけど、室内のほうが空気汚れている場合もあるし、窓を開ければ、花粉や煤塵が入ってくるし・・・クワッ!それでも、自然素材のほうがいいように見えるのは、風合いや味わいがあるからだろうが、自分は精神的なもので病気の反応しません、と断言する人がいたら、是非、暑い寒いといいながそういう家に住んでみて欲しいものだと願いながら筆を置くのである。(正確には、キーボードを叩くのを終えるのである) 余談だが、屋上緑化やグリーンも見た目にはいいんだけど、小学校の時に習わなかったかな、植物は二酸化炭素を吸収し、余った酸素を排出します。でも、夜は光合成しないので、酸素を吸収しますって。だから、特殊な条件でないと、CO2を減らすのは難しいと思うのです。夜は室内の植物を外に出しなさいって小学校で習ったよな。今、二酸化炭素が民衆の敵みたいにいわれているけど、小学校ではどう教えてるんかねえ。まあ、それは置いといて、断熱効果がありますよ!屋上緑化するのなら、はっきりいって、断熱材入れまくるほうが手入れも簡単だし、安いです。見た目のインパクトが違いだけにしか、自分には思えないんですけど・・・。屋上緑化や壁面緑化の業者も、まだそう育ってなくてメンテナンスや枯れ木保証制度がなってないしさ・・・。まあ、一応、自分の家は、壁も床も屋根もダイヤモンドでできているので、とても頑丈で、揮発したり、化学物質も全く出ないカチカチの炭素なので、安心です。
2009.03.16
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昨日の屈辱の話については、詳しくは、ここに掲載しているのだが、その後どうなったかを追記しておこう。(といってもたいしたことではないが) 慰謝料を請求すれば、いくらかくれるということを思い出しながらも、開放された安堵からソクソク歩き始めたのではあるが、突然心配になってきた、成田空港アライバルの私であった。チョット待てよ、もしかして、俺、泳がされているのではないか?という電波系的発想に陥り、其の妄想が抜けなくなり、急に走り出し、京成線に乗らずに、JRに乗って東京駅に向かったのであった。其のあたりは、特に意味はないのだが、何とか、本も読まずに風景を見るフリをしながら、回りを密かにチェックする妄想系を突っ走ったのであった。そんなに税関員も暇じゃネーヨ、と安堵したのは、これも意味の無い新幹線に乗ってからであった。(ブルートレインで帰った訳ではない)奇しくも、ブルートレインは、富士はやぶさが昨日で廃止最終便となり、残すところ日本に4本となったということであった。結局、私は、インドやヨーロッパやタイなどの夜行列車に何度も乗ったのに、ブルートレインに乗ることはなかった。何せ、当時は何でどうはめられるか分からない時代(今もだけど)だったので、帰国前の日には、荷物を全部ベッドにぶちまけて検査するという涙ながらの努力を惜しまなかったぐらいである。ましてや、お土産に、煤のついたままの焼き物のパイプを持って帰ったり、フィルターの切れた煙草を持って帰ったりはしないのである。前置きは、このぐらいにして、富山の石仏の森からさらに進むとあるのが、石像の里である。何せ、個人の作ったこの石像のモデルは、作らせた人の友達だという。私も、いっそのこと、友達になって石像にしてもらいたいとまで脳裏を掠めたほどであった。こちらのほうが、断然、面白いのではあるが、何せ、この日は、運動靴が既に、靴下中浸水状態で、更に駆け足で巡ったほどであった。よく見たら変なもん、持ってます。2009年2月富山旅行 富山県人 富山、石像の里 富山、八百羅漢 コスモアイル羽咋UFO 能登半島七福神 小矢部メルヘン市長 富山画像
2009.03.15
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これは、おもろいという映画はいくつかあるのだが、15年ぶりぐらいに、「不思議惑星ギンザザ」(ロシア映画)を観賞した。この映画をみると、ついつい、其の日から、クーをしてしまうのだが、何故してしまうのかは、見てもらわないと、分からない。ともかく、面白いとしかいいようがないのである。話は、全然、変わるが、最近、電気自動車に注目が浴びているというニュースを見て、そういえば、一時期そんなことなかったか、と思い出し、誰が電気自動車を殺したかという、ドキュメンタリー映画を借りてきた。1990年代にGMを初めとして、次々に電気自動車がリースされたのだが、購買を待っている人が多数リストしていながらも、何故か、3年ほどで、全車回収され、スクラップにされたという謎を振り返り、其の背後に自動車会社(優秀な車だったので、他の車種が売れなくなる?)、石油業界、政界(石油業者のブッシュに変わってから)、の陰謀ではないかということをほのめかしながら終わるという映画である。おまけに、ワシントンDCのスミソニアンにも飾られていた電気自動車も撤去されたのだから、何とも怪しい。重大な欠陥があったのかも知れないが、その概略も説明することも無く、GMが1000億円もかけたのに、撤収であるところが、怪しいというわけだ。おまけに、カルフォルニア州で発令されていたゼロエミッション法は、なんだかそのうち骨抜きとなり、現実性の薄い電池自動車とかを生産するように促されたわけである。何故か、売り切りの販売はなく、3年限定のリースだけだったとうのも、よくわからず、新品同様な状態でも、理由を知らされず、続々とスクラップ業者に持ち込まれたのも良く分からないという状態だった。ともかく、全部を信じるというわけにはいかないが、マイケルムーア、シッコなみに興味深い映画であったことは確かだ。アイカーブ映像出演もトムハンクスとかメルギブスンとか出てるよ、ナレーターはマーチンシーンだよ。そもそも、すっかり、表には出ないけど、フォードなどがガソリン車を大量供給するまでは、結構、1920年頃まで、電気自動車は一般的であったのだから、これで、電気自動車が消えるのは、2回目だったということになる。そういえば、ポルシェ博士も創業時には電気自動車を製造していた。モクモク煙を吐くガソリン車は敬遠されていたのだが、技術の発達とガソリンの入手が楽になっていき、電気自動車は駆逐されたのであろうが、今や、電気自動車の技術も随分上がったのだろう。まあ自動車自体はクリーンでも、、電気の作るのには、それなりに、火力がいるので、CO2は出すけど。考えれば、1940年代には、アメリカ主要都市にあった電気車両のトローリーバスなんかは、GMや石油業界などが、バス会社を買収して、廃線に追い込んでしまったものだわ。とかなんとかいっている間に、金融危機で、自動車会社も潰れかけってのも、いやはや。そういえば、この前、富山に行ったら路面電車があって、何だか、欧州ではよくみかける、ライトレール計画っていうのだったかな、街をこじんまりさせて、移動をラクチンにさせよう、ってので、結構街つくりの初期段階はうまくいっているように、は見えたのだが・・・まあ、住んでないから分からんが、ガソリンが上がったときに、通勤に使う人も増えたというインタビューも見たが・・・かたや、ご近所さんは誰がどんな車乗っているか知っているので、よそ者が車で来たら一発で分かるという噂も聞きつつ・・・。おそらく、日本も、エンジニアとしては電気自動車やってみたいだろうなあ、と思うのだが、政治的な事情や裏事情があるのだろうなあ。
2009.03.14
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私は、何を隠そう、家には蝋人形は置いては居ないのだが、実は、一度だけバービーちゃん人形を購入したことがある。勿論、何年か前にそのことは、どこかで書いたのだが、詳細は記しては居ないのでここで、恥を忍んで独白しようと試みるのである。決して、バービーちゃんが先日50歳記念になったときに買ったのではないのである。それは、私もそう若くはない24歳ぐらいの頃であった。歩いていたのは、バンコクの日系百貨店の中であったと思う。当時のタイ人と同じように、私は、フラフラ冷を取りに涼んでいただけであった。そこで、何故だか、目に留まったのが、バービーちゃん人形、何故か、蕩尽、意味も無く躊躇もなく、それを買い、その近くにあった。プラレールも買った。電車のプラレールではなく、ペンギンのプラレールであった。さっそく、フラフラしながら、安宿に戻り、電池をつけて、転がる人形を見ながら、ベッドに寝転んで見ていた。バービーちゃん人形は、何故か、外に出すのも忘れてしまっていた。題は、日本の税関であった。問節穴だらけの税関員は、私のおどけた態度をチラリと鋭く見て、荷物をあけさせた。一番上に乗っていたのが、バービーちゃん人形。これなんですか?人形ですね。ちょっとこちらの部屋に来てください。そして税関員はバービーちゃん人形の首を取り、中味を見た。そうか、彼は、内臓フェチなのか。と思うと今度は臭いまで嗅いだので臭いフェチでもあるのだなと、思った。さんざん、荷物を検査し、プラレールも不審そうな目で見られたのも無視した後は、はい、服脱いでくださいね。四つんばいになってくださいね。そして、肛門を開かれた。やっぱこいつ内臓フェチだ、と確信したのであった。あ、次に来るのは、こいつのなかの臭いフェチではないのか?私は、中国のニーハオトイレで、他人が体内からきばって、クソを出している姿を初めて見て、人間の尊厳を失ったが、またここで、人間の尊厳を失った瞬間であった。京都紀行2009年 京都太秦村1 京都太秦村2 京都太秦村3 時雨館 達磨寺 御金神社 縁切神社 一銭食堂 伏見稲荷
2009.03.13
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我が情けない自治体も、昨年11月より、指定ゴミ袋になった。大変むかつく。むかつくが、初めて、ビン缶のゴミを昨日出した。ペットボトルは、私の信念により、燃やすほうがいいので、普通ゴミに出してはいるが、できるだけ、ペットボトルのものは買わないか、あっても、何度も、水を入れて使っている。使っていると、確実にボロボロになっていくので、仕方ないので、捨てている。そんなものだ。 しかし、何故、既存にあるビニル袋をやめて、デジャインが違うだけの指定袋にするのか、分からないのだが、それこそ、袋業者と癒着しているのだなと、思わざる得ない。いろいろ少し調べてみると、どうやら、役所の論理というか、他都市からゴミを捨てて欲しくないということらしいのだが、家庭ごみだろ、しれてるやないか、それに、それを発見したら、注意するなり(車でゴミを捨てに来ているのを見たら)、其の役所と話し合いするなり、できるのに、単純に役所の怠慢にしか過ぎない。スーパーのレジ袋による経営若干圧迫とが結託しているとしか思えない。スーパーのレジ袋は無駄か、考えてみると、そのまま、捨てることはないんですけどね、ちゃんと、私の場合はですよ、ずっと、ゴミ袋として、捨てていたのですよ。それに、プライバシーなものなんかは、未だに、レジ袋の中に捨てて、また指定袋に入れているのだから、何となく、また無駄な感じがする。レジ袋を目の敵にするのは、間違っているとうか、石油の無駄使いというのは、一概に言えないのは、ほんの少し考えてみれば分かることで、前にも書いたけど、原油というものは、精製していって、ガソリンとか重油とか経由とかアスファルトを取り出していくので、レジ袋を作るのに必要な原油の部分だけ、減らしても、その他全体を減らさなければ、原油の掘り出し自体減らすことができないし、悲しいかな資本主義の世の中、日本が頑張って、原油の輸入量を減らして、エコしたぜ、なんていっても、其の減ったもの、計画に沿って掘っているアラブ諸国、その減った分、どこかの国に売ってしまうのだから、やるなら世界全体でやらねばなるまいし、レジ袋の減った分、ガソリンも道路建設も、全部減らさないと意味があまりないのだよねえ。まあ、役所の論理は、分からないものだ。しかし、郷土愛というものは、私にもある。、それは、育ててくれた自然や環境や風土気候のことであって、役人、行政は、一環して邪魔なことをするとしか思えない。愛国心は、ほとんどの人はないと思うが、郷土愛はたいていの人がもっているとは思う。何故、強制されても、愛国心を持てないかというのは、簡単だ、国が国民を愛してくれないからだ。エキゾチックな町とか行って人気のある、神戸市ではあり、勿論、好きなのではあるが、地震以降何となくつまらなくなった画一的な街になったなあと思っている。何故だろう。実は、子供の頃を思い出したんだが、南京町の今の姿は1980年までなかった。それまで、戦後の外国人バーなどがあり、、80年代中ばには、まだその名残を残していた。今でこそ、再生何とかプロジェクトにより、日本で2番目に大きい中華街となった、ということだが、勿論、屋台は観光客向けであり、中国や香港台湾に行き、屋台で飯を食った覚えのある人なら、大変、カックリくるのは目に見えている。それでも、一応観光客で賑わっているが、中華街で働く人々も、こういうのでしか食えない焦りのようなものも感じるのであった。そういえば、其の横にある旧居留地、そして北野の異人館。居留地は、それは、子供の頃は、寂れていた。どちらかというと、危ないところであった。北野も異人館は、NHKのドラマでするまで私自身もそんなものがあるのか知らなかった子供だったし、未だに、行ったこともない。北野は、震災前は、インド料理などが多かったが、メキシコ料理、スリランカ料理やオーストリア料理アフリカ料理とか結構多彩な多国籍な料理屋があり、面白かったのだが、今はポイントカードなんか出して、客に媚びているほどの凋落振りだ。京都に年間500万人、神戸に200万人、奈良に100万人という観光客の数字が示されて入るが、100万人が、あのなんだかなああのルミナリエ見物であるという。京都は、修学旅行で減った客を個人客でカバーし、現在の、余り遠くにいきたくない、知らないところにいきたくないのマッタリコジンマリ系の考え方が多くなってきた現在の傾向にもマッチし、リピーターを増やし、毎年、観光客数を増やしているのと対照的に、これといった特徴のない神戸は、なんだかなあ、のままである。ましてや外国人ともなると、日本行きたい所は、20位にもランクしていない。(1位は新宿で、2位は大阪、3位に京都である)やはり、港町とはいえ、歴史的なものには乏しいことでは弱い。何がいいか、観光は好きでも観光専門家や研究家ではないので、何ともいえないが、最近、西宮北口に大規模なショッピングセンターができ、大賑わいだそうで(賑わっているので、私は行ったことがないが)、その影響で、阪急梅田の本家にの売り上げさえ、喰われているということである。何かが違いや特徴を出しているのだろう。何だか知らないのだけど、とにかく、媚びずにやって欲しいものだわ、終わり。
2009.03.12
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富山羅漢に続いて、やむにやまれぬ事情により、今度、京都をご訪問されるという風任さんご一行に、京都を意地でも紹介しておかねば、という義務を感じるのであった。そういうのを義勇という。最近は、こうやって、多少、石像にはまってきており、放浪達人さんのいうように、其の芸術性が疑われ始めた季節ではあるが、そうなのである、私も、街路樹にある、バカみたいなオブジェ彫刻は、あまり好きではないのである、もう少しはっきりいうと、邪魔なのである。シネ、と思うこともあるのだが、オマエは既に死んでいる状態なので、これここに置いた役人、死ねと殺意を抱いてしまう程度にとどめているのである。私も、そうやって趣味は、飽き性というのが、趣味の一環でもあるのだが、金魚を飼うのも、一時趣味であったことを告白しておこう。勿論、小学生時代の半年間程度の趣味でしかないのだが。其の中でも、メダカ、和金や出目金といったものは、安く、チープで、しぶとく、エサ時々ミジンコで、一生懸命生きてくれるのであるが、私には今にも分からない高価な金魚がいる、それは、ランチュウだ、あの不細工でぶくぶくに太った顔というか頭というか、何でこういう悪趣味な金魚を飼うのか、奥が深いのだなと思う。初めて金魚を飼った日に、カルキの存在を知らなかった若き小学生の私は、翌日、13匹全滅したワキンを見て、チョとだけ泣いた。そういえば、縁日で金魚すくいですくったワキンが15センチぐらいになったこともあったな。小学校の頃のヴァンダーカマーとしては、キーホルダー集めもあった。観光地に行けば必ず買っていたのである。勿論、根性とか努力というものではなく、観光地の名勝の名前が入ったものだ。時々出してきては眺めてニヤツクという子供の矜持も、小学校を卒業する頃には、もはや、蒐集は終わった。終わったのはいいのだが、蒐集を終えたのは、母親は知る由もなく、何故か、私が大学に入っても、どこか、観光地に行くと、キーホルダーを私に買ってくるんであった。もう7年ぐらいだまっていたが、遂に、ある秋晴れの早朝、私は母にポツリといった。「俺、もう、キーホルダー、集めてないんだよ」今や、観光地に行っても売っているのかどうか、分からないが、小学校のときに集めていたもうひとつのものがお土産の定番、三角ペナントである。80年代で姿を消したようではある。あれを、自分の部屋の壁から天井から隙間もないほどに、貼っていたものさ。それを寝転んで眺めながら、ってのが、子供の矜持だったわけさ。母の兄の次男、つまり、その従兄弟は、私に憧れていたという。その理由は、部屋に、ペナントで埋め尽くしていたからだという。いつの日か、彼の部屋がポスターで埋め尽くされているのを見て、どこかで見た風景だな、と思ってたら、従兄弟は、エッヘンといいながら、部屋に入ってきて、「真似したで」と鼻息を荒くしていたのであった。小学校の時は5円玉も集めていた。集める毎に、糸で穴に通していくという重さとの戦いであった。チョトダケ、アメリカかぶれの小学校の担任が、「アメリカには、ショーアンドテルといって、見せながら話をするという授業があるのだ。毎給食時間に5人ずつこれやるから」と一方的に宣告され、私は、5円玉を持っていって、何だか忘れたが、10秒ぐらいで説明したようになり、もっと長く話しなさいと怒られつつも、5円集めて糸通しただけじゃ、といいたかったが、気が弱いのが信条なので、いえなかったのである。小学校の時は、銭亀も飼っていた。冬も頑張って、土を置いて、無理やり、土に埋めておいた。1月か2月に土を掘り起こすと、二匹の銭亀はまだ生きており、其のうち一匹の鼻から、鼻水がでてきて、シャボン玉のようになった。飼っていたのは、手乗り文鳥やインコやただの亀やザリガニやフナもいるのである。他に集めていたものは、ヨーヨーとかベッタン(めんこ)とかスーパーカーケシゴムとかである。しかし、収集癖は、次第になくなり、中学校からは何も集めていない。もうあんまり何もいらん、墓もいらん。まあ、そんな訳で、京都紹介の大役も果たしたが、まだ、違うのが続きますので、お楽しみに。ちなみにここの場所は、先日の時雨殿のすぐ北側です。もう風任さんが行きたくなっているのが手にとるように分かります。あと、画像余り。京都紀行2009年 京都太秦村1 京都太秦村2 京都太秦村3 時雨館 達磨寺 御金神社 縁切神社 一銭食堂 伏見稲荷
2009.03.11
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ブだペストの地下鉄。プラハに似ている。深い。シェルターか。このファシズム的動きが、かつての共産圏なんだなあ、と思う。ガサツ。ガタゴトガタゴト言うエスカレーターの音と速い速度がファシズム的!ヨーロッパ大陸で一番古いといったのは訳があり、ロンドンの方がチトふるい。オランダの電車。空港から中央駅まで20分。初めて行ったときは、この20分で煙草が吸えたぐらいだった。前にも書いたが、オランダから列車でベルギーに行ったとき、煙草を吸おうと、肘掛灰皿を開けると、マリワナを吸った後にもみ消したものが入っていた。そっと席替えしようと思ったが、思っただけだった。オランダのトラム。ま、回数券を買うことだよ。オランダのプラットフォーム誰も見てないウィーンの空港からの列車、2003年にエアポートとレインが出来上がり、中心部まで16分、値段も一流、トラムや地下鉄の2.5倍ぐらいしちゃうよ。空いてるよ、30分オキニ出てるよ。ウィーンの空港からの列車内。ウィーン地下鉄、何だか、ポップでオモチャみたいなカラーリング。何セ、一番古い線でも1970年代後半に開通したぐらいだから、まだヒヨッコよ。ウィーンからブダペストに行く沖停めした飛行機にいくバス。ブダペストのケーブルカー。恐るべき高さ(値段)なのだが、降りる道が分からなかったという言い訳で、寒いわ、腹減ったわ、道探すの面倒やわで、下りだけ利用。ケーブルカーからの風景ケーブルカーの中ブダペストの地下鉄、なかなか、古い。別に、ヨオロッパに限らないのだが、地下鉄は、暗い。暗いが、問題は別にあると思えない。個人に省エネや限られた資源を有効活用させようという国の魂胆は、むかっ腹が立つ。夕方の街灯や駅の夕方の照明、1時間遅らせるだけで、電気代カナリ浮くんじゃない?何の明るさにも寄与していない夕方の街灯、何だよあれ。1時間テレビを見る時間を減らすと、年間イクライクラお得で、CO2をコレだけ節約できますよ、ってテレビ見ないで、寝るか死ねちゅうことでしょうか。其の1時間で、メシ喰ったりドライブなんか言ったら余計にCO2排出するじゃん、と、また文句を言っているのである。関係ないけど、インドの郊外の町の駅前以外は、ひたすら闇であった。自然の闇はそうでもないのだが、闇に消えていく道路が、闇に飲まれているようで、人工と闇は合わないというか、不気味なものだった。切符を買うのに一苦労である。年末、売り場がなく、自動販売機のみで、それがコインしか使えず、正直な私は、無賃乗車も心苦しかったので、駅員らしき人に聞くと、通れ行け行け、と言ってくれた、の、は、いいが、駅を降りて乗り換えるときに、お釣りの出る自動販売機があった。先客3人組女性も、旅行者のようで、てこずっている。おつりが出たが、「こりゃー、受け取らんかい!」といわんばかりに、コインのおつりがバラバラバラと出てきた。勢いありすぎて、受け口から飛び出た。プラットフォームに飛び散り、やっと、集めると、まだ、おつりが追加で出てきて、またもや、プラットフォームに飛び散って、もはや、皆で大笑いしかすることがなかった。フランクフルトのUバーン。フランクフルト中央駅も、空港から12分で、泣くほど近い。成田や関空がむかついてしゃあないわ。朝に、バスから、工場の煙が、共産主義的。2009年正月旅行 出国→アムステルダム→ウィーン アムステルダム、駅周辺 アムステルダム、拷問博物館 アムステルダム、セクスミュージアム再訪 アムステルダム、ヘンプスミュージアム再訪 アムステルダム、マダムタッソー1 アムステルダム、マダムタッソー2 アムステルダム、マダムタッソー3 アムステルダム、ダンジョン アムステルダム、ダムラック オランダ教育事情 オランダ性教育事情 ウィーン、シュティファン寺院、カタコンベ ウィーン、犯罪博物館 ウィーン、拷問博物館 ウィーン、ジョセフィーヌム(医学史博物館) ウィーン、ハプスブルグ家 ウィーン、彫刻の町 ウィーン、彫刻の町 信号 スロヴァキアの歴史 ブダペスト、ブラチスラヴァへ ブラチスラヴァ、なんだこれは。 オーストリア→ハンガリー→ドイツ ブダペストの黄昏 ブダペスト朝マイナス5度 ブダペスト朝マイナス7度 ブダペスト昼マイナス5度 ブダペスト、温泉紀行マイナス5度 ブダペストのラビリンス ブダペスト、ドール博物館 ブダペスト、地下鉄 ブダペスト、パール街の少年たち ブダペスト、ゲレールトの丘、ツィタデラ ブダペスト、正月 フランクフルト、飛行機待ち フランクフルト、正月宴のあと フランクフルトから帰国 欧州gourmetの旅
2009.03.10
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また洞窟か、ということなのだが、そうである。30歳までに、莫大な財産を築いた山田徳蔵という人が、その後死ぬまでの、50年の生涯をかけて信仰のため、人力のみで掘り進んだ洞窟である。そんなにお金があるんだったらもっと違うことしてくれよお、とう意見も出てきそうなものだが、そういう一般意見を聞き入れないところが、金銭的成功を収めた原因かも知れない。坑道は、長さ400メートルをこえ、幾多の巨石銘石を配し、彼岸の楽土をイメージし、深山幽谷を写し、大瀑布、渓流になぞらえ、それぞれを背景に石彫の名工、楽山が生涯かけて彫刻した御影石の観音像39体が他の石彫群と共に安置され神秘的な法悦の世界を繰りひろげております。という説明があった。他の多くの観光客と共に、枯山水や浄土があり、ありがたい気分になりそうなものだが、そうでもないのであった。ここは人工のものだが、人が、洞窟に住んで居た頃、そんなことを考えた。洞窟に住んでいたというのは、入り口付近というより、たいがい、ほぼ入り口に住んでいたといってよく、暗いイメージではなく、おわんを横に向けたイメージの場所で、雨除けになり、かつ明るいという感じであった。だから、洞窟が奥に延びているところではなくても、開放的な、横に窪んでいたところに、人が住んでいたと思うのである。それは、高台の中腹にあり、雨の浸水防ぐだけでなく、毎朝、高台に上り、風景を眺めていたのではないか。地平線の先まで獲物を見、空を見、天候を予測し、狩を予測したのだろう。まだ其の頃には、動物的な第6感のようなものが十分にあったのではないか。勿論、向こう側からは、木などで、住居が分かりにくくなっているに違いない。そこで、細々と暮らしていたのではないか。そして、キャンプをしてみたことがあるなら、お分かりであろう。毎晩、焚き火をして、火をただじっと、毎晩、見ているだけという沈黙。特に、ネアンデルタール人は、複雑な言葉を持っていなかった。終始、家族は、簡単な仕草、そして、多分、アーアーとかウーウーとかいった意思表示を示し、そして、無言で寝るまでの間、ただ、闇の中で、火を眺めていたのであろう。そこで、何が生まれるのか。火への宗教心なのか、火への畏怖なのか。確実に言えることは、火の後ろの壁に、ユラユラと映し出された、大きな人影、ものの影、岩のごつごつの影だったのではないか。何が生まれたのか。最近、知ったことであるが、ラスコーやアルタミラの壁画というのは、意外なところに存在するのであった。住居は、入り口近く、そして、其の裏に、壁画が描かれていたと思いきや、なんと、1キロも奥地に、描かれているのである。そこまで観光客はミニトロッコのようなもので、地下に潜っていく。日本にも、黄泉の世界があるように、そういった世界観とまではいわなくても、裏の世界、表の明るい世界の二面性を昔の人は感じていたのであろう。蝋燭も電気も油による明かりもガスによる明かりもなかった、つい最近までの世の中は、唯一、夜を照らすものは、火であり、何万年も無言の夜を過ごしてきたのであった。何でもいいけどよ、今日、2年ぶりに、切れた電球を替えた洋室は明るかったよ。まあ、そおれで、俺がハッピーに成ったかというと、別にそうでもなく、結論的には、目が悪くなる速度を落としたぐらいか、って、程度だったわ。そんな太古の記憶が伝承されるとは、思わないが、一部、洞窟を掘る人の心にあったのかも知れない。2009年2月群馬旅行 三大うどん、渋川水沢うどん 伊香保温泉にて 愛と生命博物館1 愛と生命博物館2 高崎洞窟 高崎観音寺 高崎達磨寺
2009.03.09
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京都に1年ぶりに行ったと思ったら、昨年、仕事で、夏に一度京都に行っていたことをすっかり忘れてはいたが、嵐山には、ほぼ1年ぶりである。嵐山は1年ぶりではあった。其の前は10年ほど前でトロッコ列車の川下りというのを何故か社内旅行で行った。其の前は、保津川下りをミボートで下り、川くだりの観光客の人に手を振られながらも、船頭さんには、ドケドケとえらく迷惑がられた覚えがある。勿論、高校の時も、嵐山に秋の旅行なんかできたことがあるが、到着してから、バスの中で、ただ寝ていただけだったな。高校生の頃は、勉強とか運動とかで毎日疲れていたからなあ。高校生に、寺なんかキョーミねえんだよ。睡眠を!そんな清く正しく美しい高校生でした。せいぜい、生き帰りのバスの中で、昨日に勉強もせずに考えてきたネタを箇条書きにしてマイクを独占して披露するか、ハイウエイスターを大声で歌って身なの顰蹙を浴びるかぐらいが関の山の高校生時代。今は、毎日、仕事で疲れているけど、更に、体に鞭打つことの快感を知ったからなあ。調子悪くなって口内炎ができたり、口の周りに吹き出物ができても、何とか、頑張る所存の日々です、生き急ぎ始めたんだろうか。休みの日は、疲れて一日中寝ていたとしても、ちっともリフレッシュしないからね。今回は、百人一首である。京都の誇る優良企業、特に今年は、今業績がいいのは、マクドと任天堂だけといわれるほどの、かの任天堂と手を組んで出来上がっているハイテクゲーム感覚百人一首センターである。小倉百人一首といわれるように、嵯峨野小倉山、そこにあるのが、建築費21億円のバブリーな建物、時雨館、さすが任天堂。床スクリーンに京都の航空写真というか航空動画が写りだされ、目が回りそうになるという按配。入管時に渡されたDSを駆使するのである。これのデカ版てな感じなのだが、実際は、絵合わせである。これでは、ガイコツジンも楽しめるわよ、きっと。結構、昔から存在は知っていたのだが、たまたま、前を通りがかっていってみたら、思いのほか、楽しかったわ。800円はチト高いけど。百人一首なんて、知的のかけらもない我が一族郎党では、正月に楽しむこともなく、中学生のときに、授業で強制的にやらされ、最終的に、学年総合百人一首選手権とかいて、体育館で、勝ち抜き戦をやるわけだが、勿論、私は、反射神経だけの3回戦ボーイであった。何せ、下の句は覚えていないのだから。神経衰弱的に、配置を覚えているだけで、下の句が詠まれるまで、動けないのであった。品行方正で、手癖もよかったので、パチンなんてはたくこともできない小心者だったのである。俺の仲良くしていた子は、一番に、体育館に響く声で、「ハイ!」とかいってエキサイチングしながら、バチンという床を叩く音がmだ、耳元に残っている。彼女は、あたまの回転は普通だったが、要領と器量がよく、先生にも気にいられ、運動もできたので、一番いい公立高校に進学し、そういえば、カナダ人と結婚して向こうに住んでいるのだなあ。大文字とか、夜景になったり、昔の平安京になったりもするのである。大阪ヒルトンホテル2階にカルタという店があり(今もあるのか?)、もう随分昔の話だが、大学の先輩が、飛行機の中で隣に座った人に話しかけて、そのまま何やカンやいうて結婚することになったわわいや、との報告を聞いたこともあったなあ、ってどうでもいいことを思い出した。任天堂。壁にある百人一首の解説も見ることができますが、そちらは、余興というか、まあ、あ、そって感じ。床コーナーは制限時間20分で、まあまあ、堪能して、そのあとは、カルタ勝負である。俺は、強いのである。謎解き井筒というのにも挑戦するのである。だからどうしようというのだ。2階に上がると、百二十畳の大広間があり、寝ることもできる。またカルタ大会があるときには、出て行かねばなるまい。但し、既に立ち尽くして、歌あわせをしている人たちの邪魔をしてはいけない。時雨館公式HPまあまあ、楽しかったよ。時価評価額入場料400円(実際800円)、渡月橋の近く。京都紀行2009年 京都太秦村1 京都太秦村2 京都太秦村3 時雨館 達磨寺 御金神社 縁切神社 一銭食堂 伏見稲荷
2009.03.08
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駅でぼーっとしている終着駅は同時に始発駅である。不意に、家路を急ぐことをやめて、コーヒーを飲みたくなり(というか万年酒と珈琲は飲みたいが)、駅の中で飲む。旅行中みたいな気分になった。早朝や深夜に終着駅に着くと、そこで、一休みする必要もないのに、コーヒーを飲んで、ゆっくり、地図を広げながらこれからの様子を想像したりホテルの道順などをチェックするのだが、それも、少しの間だけ。あとは、歩く人の顔や表情や服装を眺めていると、すっかり、時間は経過している。特に、早朝、外が明るくなってきた頃、外に私も吐き出されていくのだ。スエーデンから来た朝のベルリンツォー駅。フランスから来た朝のベネチアサンタルチア駅。バンコクから来た早朝のチェンマイ駅。ムンバイビクトリア駅、ニューヨークセントラル駅、パキスタンクエッタ駅、駅前には何もなかったけど、チベットへの拠点の終着駅ゴルムド駅・・・。虚無主義者ではないが、何故、死んでしまうのか、死んでしまうのが、怖いということを、死に向かって突き進んで体がボロッチイイくなっていくことと反比例して考えなくなってきたが、どうせ死ぬんだから、ということは、特に深くは考えないが、それは消えていかない。ただ、どうせ死ぬんだから、無茶するのか、無茶しないのか、どうでもいいのか、そのあたりをいつも、突きつけられる気がする。どうせ死ぬのに、何故生きるのかまで考えが及ばないのは、仕方ない。昔は、酒の席でそんな話題でギャーギャーいったのだが、納得できる意見は、生きているのは遺伝子を運ぶためというのと、私が言った生きているのは暇つぶしというのだけが、まだ印象にかろうじて残っているのみだ。ちっとも成熟せずに、邯鄲の夢の中で、20年ぐらいが経過しようとしている。死んだら悲しむ人がいるから生きるという意見もなったが、ぞれじゃあ、核ボタン押して全員同時に死んだらいいじゃんという意見もあり、テロや人殺しを許してしまうことになってしまうよってさ。どこかの大学の入試問題で何故、人を殺してはいけないのですか、という問題が出たこともあったが、そりゃ、殺されるのが嫌だから、他人にそんな嫌なことをしないでくれということだと思ったのだが、最近は、俺を殺してくれ~といいながらひところしをする奴がいるので、困ったものだ。コーヒーを飲みながら、皆さんが、電車から吐き出されたり、急いで乗ったりする光景を見ている。最近は、よく聞かれるし、私も言うのだが、正義、ばかりで、よくしよう!ばかりであるような気がしてならない。ニュースは、正義の鉄拳で溢れている。公正で正義の社会でなければならない!そのために、問題になった相手をケチョンケチョンにやっつけなければならない、明るい社会を構築してよくしていこう!そうやってギャーギャー叫んでいるのだが、それは、よくする方向にまい進していくのがラクチンだからなんだろうなあ・・・。ほとっいても、気がつけば、良くする方向に頑張ってしまうわけで、たまに、余計に悪くなったりして、まあ、悪くしようとは思わなくても、よくしようなんか思わなくても、結構、油断してたら、正義でよくしようって方向に走っていってしまうものなんだね。まあ、悪い社会は十分、今も悪いから、考えて推進するほどでもないけどね。そういえば、先日、道端でフト立ち止まり、空を見上げた。立ち止まったのが、急だったからだろうか、後ろからきた自転車が急ブレーキをかけて、若いニイチャンが切れて「邪魔なんじゃ」と叫んだ。私は、即座に、こいつは死んで欲しいなと思ったのだが、同時に、このニイチャンにとては、私は死んでもいい奴だったに違いない。むしろ、自分の行く手を一瞬でも止めた鬱陶しい奴で、世の中に存在する価値もないと思ったに違いない。お互いが、不要な奴だと思ったんだ。あ、そろそろ、あの集団に紛れて、私も、電車に乗るか・・・そう思いながら、喫茶店の精算をするのであった。
2009.03.07
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さすが、日本屈指の温泉のひとつであり、人がごった返しているのは、仕方ないとしても、入り口に切符売りの人はおらず、遠くでおばさんが一人、庭の掃き掃除をしていた。手持ち無沙汰にしていると、おばさんは、目ざとく私を発見し、そして、入場券を売ってくれるだけでなく、案内もしてくれるというのであった。別に嬉しくもないのだが、朕万岩の説明をされ、珍宝のほうは、浅間山山麓から、万項のほうは、私がモデルになって作りましたと力説しながらも、アナタ元気ないのねえ、といわれる始末であった。その後も、説明は延々と続くのではあったが、内容は、すっかり忘れてしまうほどであった。 それにしても、日本も、田園風景が続くものなのであるなあ、と思うのであった。特に、ここ2,3年は地方都市や地方田舎を巡っているせいか、日本も大方は田舎なんだなあ、とフト思いながら、適当に進んでいくのであった。 とはいっても、食糧自給率が3割じゃ4割じゃといっている日本であり、大半の農業している人が60歳以上、70歳以上も45パーセント程度というから、この先は更に心配になってくるのである。 何を隠そう、私は、国公立大学受験は、農学部を受けたのである。日本の農業の未来を危惧したのではない。しかし、日本には、農協と農地法が横たわっている。農協は、はっきりいって、農業している人だけの特権を守ることを主の生業とし、農業の発展や将来なんかは、考えていないのである。そして農地法である。簡単にいえば、市街化区域以外は、農家にしか、田畑は売れない法律である。従って、脱サラして農民になりたいと思えば、借りるのがメインになるのである。貸すとなれば、農家は、酷い土地を貸すに違いないし、事実そうなのだ。よって、毎年、農民になる若者は、全国で2000人なのである。跡継ぎは4分の1の500人である。毎年、人口は減っているが、同年代は、100万人いるのである。 それでも、日本なんかは、まだ土地を愛していると思われる。田園風景も、綺麗にされている。これが、農奴のような中国だったら、酷い。いろんな中国食糧の問題は噴出しているが、多くが農民であって、多くが、企業に買い叩かれている農業制度から変えていかなければ、どうしようもない。糞尿の飼料は、ちゃんと、土にかぶせて、臭いがなくなるまで堆肥を作っていかねばなるまいのに、糞尿をそのまま、田畑に撒くとか、農民であるのに、農業技術の欠片もなく、全部食糧にまわして、モミを結局毎年輸入してこないといけないとか。それでも、日本は、中国から輸入せな生きていけないのだから、ここは辛いところであるわ。 それにしても、キレイにしておかねばなるまいという日本の社会に生きているのである。最近、数人で飲んだのであるが、半数が花粉症で、薬を使ったり、花粉症用メガネにマスクで、皆さん大変であり、自分も、いつ突発的にそうなるか、分からないのが不安であるが、私の予防策に(成っていないと思いながら迷信だとは思うのだが)、適度に不衛生にして耐久性を高めておくというのがある。それが、言い訳になるところが、適当なのであるが、バリ島でコレラに感染するのは日本人だけとか、聞いていると、あながち、そうでもなく、昔は、そういえば、確かに、花粉症なんかなかったよなあ、ナニが違うねん、分からんけど、不健康なまでにキレイになりすぎたからか?と思ってしまうのである。花粉は田舎のほうが山に近く多いのに、都会のNOXとかと交じって、都会のほうが花粉症が多いというのは、なんだろう。トカイに土がないからか?免疫が子供の頃から試されなかったからなのか、ストレス社会だからなのか、機密性が高まりすぎたり住宅建材やハウスダストのせいか?食生活か?大気汚染か?日本国が、やたらめったら国策として杉を植えまくったからか?そういえば、最近、アオバナ垂らした子供を見ないな。砂場で土いじりしながらハナクソほじって、免疫力を高めている子供を見ないな。そんな感じで、花粉症の人たちに「回虫を飼うべきだよ!」とだけアドバイスしてきました。せめてギョウチュウを!天然記念物的なサナダムシなら、ベリーナイス!と一応嘯いておきましたが、あながち、大外れではないと思う。但し、実際は、元々回虫を飼っていないと効果がないと思われる・・・・。(対処療法として回虫を飼っても遅いってこと)まあ、そんな感じで今日は終わり。2009年2月群馬旅行 三大うどん、渋川水沢うどん 伊香保温泉にて 愛と生命博物館1 愛と生命博物館2 高崎洞窟 高崎観音寺 高崎達磨寺 その道訪問北海道 レトロスペース2札幌市洞爺湖の珍小島虻田郡洞爺湖町乳神神社浦幌町岩手県花巻温泉郷・金精長根花巻市コンセイサマ 遠野市福島県浄土松公園キノコ福島県郡山市新潟県金玉神社新潟市遊郭に泊まる・東光院・十上神社・岩屋山石窟佐渡島雲母神社関川村ほだれ祭1・ほだれ祭り2長岡市 雁田神社 上越市茨城県御前岩 那須川町栃木県門田縁切稲荷神社足利市性神の館・ 性神の館2宇都宮市日光東照宮横、輪王寺 観音堂 香車堂日光市群馬県迦葉山弥勒天狗寺沼田市縁切寺満徳寺太田市命と生命のミュージアム・ 命と生命のミュージアム2階・珍宝館 渋川市東京都オリエント工業1・オリエント工業2・オリエント工業3・オリエント工業4局部に宿る1・局部に宿る2・局部に宿る3・局部に宿る4渋谷区ロボットレストラン1・ロボットレストラン2・ロボットレストラン3・ロボットレストラン4・ロボットレストラン5・・ロボットレストラン6・ロボットレストラン7・ロボットレストラン8新宿区神奈川県金山神社祭り ・かなまら祭り2・かなまら祭り・かなまら祭り3川崎市静岡県最後のエンタメ系秘宝館熱海市伊豆極楽苑 ・伊豆極楽苑2 伊豆市まぼろしアート館1 ・まぼろしアート館2 ・まぼろしアート館3 ・まぼろしアート館4 ・まぼろしアート館5 ・まぼろしアート館6 ・まぼろしアート館7 ・まぼろしアート館8伊東市山梨県夫婦木大神甲府市長野県姥捨・澳津神社・岩鼻上田市愛知県間々観音小牧市高浜茶屋吉貴高浜市野間大坊 美浜町 大縣神社・田縣神社 犬山市石川県スッポン堂 加賀市和歌山県円月島・歓喜神社 白浜町京都府縁結び神社 ・縁切り神社・五条楽園京都市奈良県宝山寺、色町 生駒市大阪府バーレスク大阪1・ バーレスク大阪2・バーレスク大阪3・バーレスク大阪Ⅰ・ SMクラブ潜入 ・メイドカフェ潜入・滝井新地 ・松島チョンの間大阪市橋本遊郭跡 枚方市兵庫県 なぞのぱらだいす1・ なぞのぱらだいす2・ なぞのぱらだいす3 ・芝右衛門狸、キティ 兵庫県淡路島岡山県軽部神社総社市金勢大明神赤磐市金精神社 高梁市島根県玉造温泉の珍宝石さん、八重垣神社松江市香川県お花権現、林下寺1みよし町愛媛県 凸凹寺宇和島市広島県阿伏兎観音福山市喫茶伴天連東広島市山口県マラ観音長門市福岡県鬼塚観音 岡垣町縁切神社 福岡市不思議博物館1 ・不思議博物館2 那珂川市男根岩 八女市長崎県木花咲耶姫神・雲仙大仏別院いのりの里 長崎県雲仙市壱岐 男岳 男獄神社・壱岐 男岳 賽神社・壱岐 島沖の島壱岐島愛の駅諫早市佐賀県鏡山道祖神・太閤一里塚 佐賀県唐津市秘宝館 ・秘宝館2 ・秘宝館3 嬉野市大分県秘宝館 、秘宝館2 、秘宝館3大分市熊本県七郎神和水町 潮神社(おっぱい神社) ・賽神社(だんこん神社)湯前町柴立姫神社 球磨村弓削神社龍田町弓削法皇社弓削町おっぱい岩 ・おっぱい岩再訪天草市宮崎県鵜戸神社・鵜戸神社再訪1 ・鵜戸神社再訪2日南市陰陽石・陰陽石再訪1・陰陽石再訪2・陰陽石再訪3小林市鹿児島県子授け岩日置市三角関係岩ウエルカメ与論島小山神社屋久島韓国ラブミュージアム・ラブミュージアム2・ラブミュージアム3ソウル女郎街釜山 済州島ラブランド ・ラブランド2 ・ラブランド3 ・済州島 健康と性の博物館 ・健康と性の博物館2・健康と性の博物館3 ・済州島 ワールドエロスミュージアム 済州島タイスイスホテル裏バンコクシンガポールゲイラン地区デンマークエロティカミュージアム コペンハーゲンチェコセックスマシーンズミュージアムオランダソドム街飾り窓・ソドム街飾り窓2・セックスミュージアム・エロチカミュージアム ・エロチカミュージアム2 ・ソドム事情・2018レッドディストリクト
2009.03.06
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5月、18歳、曇り。駅は安土。3班に別れ、勝負は、10円の領収証を集めること、安土城など幾つかのスポットを回っていくこと、であった。私の班は3班であり、片田舎で店は少ない。小さな個人商店で、チロルチョコのようなものを買い、恐る恐る「領収証下さい」というと、「さっきの人らもですよ、もういい加減にしてください!!」と恫喝されたのであった。「そういわず・・・すみません、領収証の名前は、トイモイで・・・」「出てけ~!!」何故か、主人は、切れ、奥から様子を伺っていた奥さんも敵意丸出しであった。「い、いや、部の経費でして・・・」「何で、個人名やねん!」と追い討ちをかけられてシャンシャン。そういう拒否反応を3回ほど繰り返えされながらも、私個人宛のの領収書数枚を集めて、恥をかいたのだが、その後、安土城に行ったことや、羽柴秀吉邸跡に寄ったことは、まるっきり記憶からすっぽり落ちている20年前のセンチメタルエクスカーションな話である。結局、神社とかに、寄っていくこと、などの伝令は、良く考えれば入場料無料の自由見学可能なところに、ナニを証拠にすればいいのだという話になり、考えた挙句、石柱の上に、紙を重ね、鉛筆で黒く塗りつぶす優雅コースを選んだのであった。○○神社という文字が浮かび上がり、俺たちって優雅だよなあ、って気分に浸れる優雅な時間な訳。その後、田んぼ沿いに歩く私たち、私の服装は、恥ずかしいけど、メンズビギ、勿論、友達にもらった服がたまたまビギだったのだが、私は、ビッグ1と思っていたことを告白する。どこをどういうコースで歩いたかは、忘れたが、やがて、数時間後には、琵琶湖湖岸道路に出て、遂に、琵琶湖を見るはめに陥ったのであった。キャンプする場所まで、この道沿いに歩いていくだけというときに、バイクの大軍団がおり、湖岸といえども、峠になっており、往復しながら、速度を競い、ガソリンを撒き散らしている連中の脇を歩いていくはめになった。勿論、当時は、私も、バイク乗りであり、そのスピード感で、不覚にも、風になりたいとも思っていた季節であった。しかし、当時から、バイクの音は五月蝿いのでキライであった。静穏バイクがあれば、どんなに素晴らしいか、と思いながらも、マフラーに穴が開き、修理代がなく、暴走族の一味と思われて、一度、暴走族に追いかけられたという履歴を持つ私であった。しかし、今日は、歩きだ。それに、徒党を組むのもキライである。と思いながらも、キャンプ場に着き、キャンプ定番のカレーや、レトルトを作ることもなく、ロールキャベツを作ったのであった。勿論、私が企画したわけでなく、私は、生まれて初めてロールキャベツを作るのを手伝って、生まれて初めてロールキャベツを食ったのであった。なんと、驚くべきことに、味は、中味と、キャベツを口の中に一緒に放り込んだのと同じ味がした。そして、夜は、やっぱり、キャンプファイヤーで、火を見て逆上し、火を囲んでぐるぐる回りながら、ムチャクチャに踊るだけであった。全裸OKの、踊っているのが、踊りという存在に自分が変化していく夜半過ぎであった。ん?20年たっても、行動変わってないじゃん・・・と思う今日この頃であった。やっぱ、20歳前後の行動や思想が、其の先を左右するのか?
2009.03.05
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ごめん、パート2です。関が原の戦いは、はっきりいって、受験生の味方である。1600年という、きりのよさ。繁華街バーティ通りに入っていく。槍が重いので、どっこいしょ、で、いいかい?カワイコぶって転んでも、許せねえー。ゴルゴ1600オイオイ、弦、げん!後ろの人に怒られている。会社で一番まずい席の配列だな。偉い人ほど後ろにいるパターン。オイオイ、銃口、銃口詰まってるよ!人を殺るときは、どこを見るのか、目は見ないのか、武器を見るのか、狙いを定めているところを見るのか。槍はまだ刺さってないのに、肩が痛え。馬が浮いてる、浮いてらー。人が浮いてる、浮いてらー。前から見てもまあまあ、間抜けですな。俺なんか、槍も体も支えてもらてんだい。それ、刀じゃねーぞ、棍棒、フランス語で言えば、コンボーだよ。実は、戦なんて、馬を狙ってたんですよね。草むらに隠れて、仕事にならん。こいつには、負ける気がしねえ。でも、こいつには負けそうだ。酒飲んで落馬。まて、待て、冗談だよ、俺の手が青いんだよ。読者の皆さんも、俺も、飽きてきたよ、何のためにーって疑問は虚しくなるので、聞くのはおよし。草むらから、飛び道具、自分は安全、戦争にはこれ一番。大将が、一番奥。どの時代も同じ。先頭たって突進したという物語は、ほとんどウソ。俺だけは、最後まで、生き残るぞー!(400年たっても変わらず)格好だけはつけるぜ、英雄気取りだぜ。俺はなあ、トヨトミも織田も、徳川も、上杉も武田も伊達も、人殺しは嫌いじゃ。竹、です。松、です。無理だよ、あたらねえよ。1万坪に、ゴクサイショクのセメント大王たちが、よくも、まあ、作ったものだ。壮大なロマンだ。セゴドンか?太ってるか。目の下に墨塗るなんか、野球選手のようですな。昔から、欽ちゃんのような目の人もいました。それでも切ります。オまいら頑張れや。待て待て待て、冗談だよ。だから、冗談なんだってば。拙者、ボクシングのチャンピオン、内藤です。刀が重くて持てねえ。分かるけど、あんたもセンソーしてなかったっけ?岐阜近隣旅行 関ケ原ウォーランド1 関ケ原ウォーランド2 関ケ原ウォーランド3 関ケ原ウォーランド4 佐和山城、金閣寺
2009.03.04
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わざわざ、温泉入りにブダペストまで来たのに、志半ばで、屈辱された私ですが、仕方なく、そのまま、王宮へと足を延ばすこととなる。裏から入ると、人通りのない建物を歩いていたが、それがあとで王宮そのものと分かり、帰国してからびびる。一周して、何故入れないのか、疑問を呈しつつ、外に出る。ポケットに手をつっこみ、歩き始める。そういえば、昨年カンボジアに行った時にも、また見たなあ。鳥かごに、1匹の鳥が入っていて、お金を払って逃がしてあげる商売。逃してあげることによって、徳を積むということなのだろう。しかし、その前に、捕まえてくるのだから、何となく、マッチポンプ的な腑に落ちない気になるのだが、確かに、鳥を逃がしてあげると、ちょとだけ、気分のいいものなのかもしれない。ブダペストを歩いていて思うのも変だが、アジア市場には、いろんな店が所狭しと商品が並べられており、その真横で1品だけ、商品が売られていて、隣の店より高かったりなんかするのだが、あれって商売になるのだろうか。それに、片方だけの靴とか、ラジオのつまみとか、どうやってどう使うか不明なものも売られているのが特徴なのだなあ。こんな感じか。 ブダペストは、ブダとペスト、そして、ブダの北側にあるオーブダから成る。オーブダ、なんかミュージカルみたいやの。このたびはイオンショップをご利用いただき誠にありがとうございます。お申し込み内容をご確認ください。----------------------------商品一覧--------------------------- 1. でん六 ・鬼打ち豆: 10円×30 配達予定日 2月 8日商品合計 : 300円---------------------------------------------------------------送料・他 : 525円---------------------------------------------------------------請求合計 : 825円(内消費税等 : 39円)トイモイさま先日ご注文いただきました「でん六 ・鬼打ち豆」でございますが、30個ご注文のうち3個を弊社の在庫管理ミスにより商品を不足させてしまいました。誠に申し訳ございません。また、こちらの商品は終売商品となりまして次回の入荷はございません。お客さまには誠に申し訳ございませんが、3個につきましてはキャンセルさせていただきますので、何卒ご了承いただきますようお願いいたします。27個につきましてはご指定いただきました日にお届けさせていただきます。この度は折角ご注文いただきましたのに、商品をお届けできず、誠に申し訳ございません。何卒ご了承いただきますようお願い申し上げます。そんな訳で、毎日豆食ってます。歩きながら、どこか、小走りのような気もしてくるのは、寒いだけではない。学生時代は、ビーチで気がつけば1ヶ月って馬鹿た日々を送ったのだが、年をとると共に、加速度的に生き急ぐのと同様、何を旅行まで、仕事みたいに急いでいるんだ。初夢である。夢の話は、いまいちなんだが、何故か、テレビ司会者になった夢をみた。報道番組の対談方式の司会であり、北朝鮮幹部たちとと肉親が拉致された家族たちのと対談である。準備を何もしていないので、どうやったら、いいのか、分からない。番組直前に、金正日が入ってきて、何故かベンツをプレゼントされるが、荒れれ問いって居る間に、北朝鮮ナンバー2からナンバー6くらいまでと通訳、報道官が入ってきて、台本を読みながら紹介すると、観客たちが、オオ、すごいメンバー呼んだものだなあ、とどよめいた。引き続き、拉致肉親家族たちの入場で、「何で、おれたち、急に呼ばれるのだ」と怒りながら入ってきたが、とりあえず、1人1人と名刺交換する。しまった、初対面だ、事前打ち合わせしておかべよかったと後悔する。まずは、簡単な経緯の紹介ということで、台本を読んでいくのだが、どこを読んでいいのかわからないし、その間に生放送の沈黙の時間が流れていって、これはやばいと焦りだす。はっと気がつくと、進行に腹を立てた拉致家族の方々は会場を去ってしまった。えらいこっちゃ、あとで、大目玉くらうぞ、と思っているときに目が覚めた。・・・それにしても、不思議なことは、肉親が北朝鮮に拉致されているわけでしょ、そしたら、普通、肉親が餓死しないように、願うはずなのに、何故、先頭に立って北朝鮮経済制裁を声高々に叫ぶのか分からない。何か密約でもあるのだろうか、と思う。そんなことしたら、肉親、死んじゃうかも知れない、って思うんだけどな、俺なら。2009年正月旅行 出国→アムステルダム→ウィーン アムステルダム、駅周辺 アムステルダム、拷問博物館 アムステルダム、セクスミュージアム再訪 アムステルダム、ヘンプスミュージアム再訪 アムステルダム、マダムタッソー1 アムステルダム、マダムタッソー2 アムステルダム、マダムタッソー3 アムステルダム、ダンジョン アムステルダム、ダムラック オランダ教育事情 オランダ性教育事情 ウィーン、シュティファン寺院、カタコンベ ウィーン、犯罪博物館 ウィーン、拷問博物館 ウィーン、ジョセフィーヌム(医学史博物館) ウィーン、ハプスブルグ家 ウィーン、彫刻の町 ウィーン、彫刻の町 信号 スロヴァキアの歴史 ブダペスト、ブラチスラヴァへ ブラチスラヴァ、なんだこれは。 オーストリア→ハンガリー→ドイツ ブダペストの黄昏 ブダペスト朝マイナス5度 ブダペスト朝マイナス7度 ブダペスト昼マイナス5度 ブダペスト、温泉紀行マイナス5度 ブダペストのラビリンス ブダペスト、ドール博物館 ブダペスト、地下鉄 ブダペスト、パール街の少年たち ブダペスト、ゲレールトの丘、ツィタデラ ブダペスト、正月 フランクフルト、飛行機待ち フランクフルト、正月宴のあと フランクフルトから帰国 欧州gourmetの旅
2009.03.03
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有料道路を下り、やがて、北陸自動車道に入ろうかと息巻いている手前のかほく市のインターを降りると、すぐに、龍が発見されたのであった。何でも、この龍、竹下珍スポ貢献ばら撒きフルサト創生基金1億円を無効に使ってできたという代物らしく、やたらめったら堂々と、日本海にガンを飛ばしまくって、吼えまくっているのである。慟哭である。まずは、びびる前に準備運動をすべく、スフィンクスに入ろうとしたが、閉まっている。今日は、多分、年に1度の定休日だと予想された。何せ、土日ですから、人もそんなに来ないと踏んだのだろう。これが、スフィンクスで、さっきのはピラミッドなのに、喫茶店の名前がスフィンクスだったことは、何かの間違いだと思う。それより、何故、能登に、そんなこと聞いちゃあいけない。入館料は、もうどうでもいいようで、無料になっていたと思う。人の気配どころか、人が座っていた気配、中座している気配の欠片もないのであった。大盛況の中、人を掻き分けていくと、恐竜とご対面たる。触り放題が嬉しいの。ウミユリですね。名前覚えてますね。やっぱり、子供の頃は、恐竜図鑑も、見まくりまくりのクラッカーでした。未来の栄光を謳歌した大阪万博と比べて、過去の栄光出展が多かった愛知万博よのお。やっぱり、口開けないと、迫力出せないよねえ。そんなに何でも何回もタッチできるわけじゃないからねえ。組み合わせが、まあまあ、素敵ですね。さすがに、日本の誇る第3セクター。うまくいってるところあれば、教えてくださいませ。ぼく、トリケラトプス、ちょっと、生まれてきただけ、よいしょよいしょ。でも、一瞬に生まれたばかりでも食べられます。よいしょよいしょ。それにしても、最近は、チェーンジブームさながらであり、ポジティブシンキングとしては、常に変わりなさい、変化しなさいと説くのだが、考えてみれば、考えずとも、変化しなければならないとは、現状に満足できていない、不満がある、こんなのじゃない、といったマイナス、あるいは、マイナス思考からの出発である。確かに、変わることは、一種素晴らしいが、そう、チェンジチェンジしているのは、ここ何百年程度の話である。だんだん、オキーフみたいになってきました。何だか、記憶だけで書いているので、大幅に間違えているところはあると思うが、人類が最後に別れたのは、20万円前だ。ホモサピエンス、そしてネアンデルタール人だ。ネアンデルタール人は人類の祖先ではないが、アフリカの大地より、先に世界に出て行き、ヨーロッパなどに、住み着いた。そのあと、ホモサピエンスは、ついに、アフリカから出て、自分たちより体格のでかいネアンデルタール人に出会い、その後、ネアンデルタール人は滅亡する。ホモサピエンスは、ネアンデルタール人により高度な言語を持っていた。ネアンデルタール人が出現してから、滅亡するまでの何万年もの間、ほとんど、その生活様式を変えなかった。ほとんど、何も変わらず、洞窟奥深くを住居にし、火を使えど、同じスタイルの狩猟やパターンを繰り返しヨーロッパのごく一部に生息した。変化の必要はなかったのだ。変化してきた、工夫で、あらゆる気候に耐えるホモサピエンスにやがて滅ぼされる。よくみると、お洒落にも、刺青しているの肉食恐竜です。やがて、隕石が落ちた気候変化で滅びた説の大きい爬虫類の時代は終わった、てか、爬虫類がこれだけ、大きくなって、食糧が豊かだったってことは、地球は暖かかったのだな。ひそかに、ステゴザウルスもいるわ。なんちゅう名前や。あえて、言わせてもらうと、ウエルカムトウ温暖化だよね。永久凍土の大地に作物が作れるようになるんだものね。熱帯の国も普通に温かい国になるわけで、困ったことに、現在の国の生産物が変わってしまう、つまり、利害関係の問題ってわけだよね。昔の人間は、北上するば、それで事足りたけど、今は、国境が邪魔するわけだよね。温暖化が悪いんじゃない、チェーンジが都合よろしくないんだよね。そんな、関係あるのか、ないのか、考えながら歩いていると、そろそろ、恐竜も終わり。恐竜展示も、だんだん、違う方向に行きます、石です。恐竜は朽ち果てて生きます。てか、牛ですかね、哺乳類の時代です。遂に、怪しいコーナーに入っていきました。マイナスイオンだってさ、怪しいね。育ちが悪いほうは、右に移動、よいしょ、っと。やっと、七福神には、会えたものの、まあまあ、あ、そう、って感じでした。成金趣味の貧乏臭さが身に沁みます。庭には、いろんな石がありましたが、重くて持って帰られませんでした。メシ喰うも何も、椅子のすべてが、テーブルの上に上向けに置かれてました。閉店としか思えない賑やかさでした。セミダブルとは、こんな落書き付きですか。いろんな症状が治ったような気もしました。賑やかでした。じゃあ、今宵は、こいつに合わせて、寝ます。いろんな病気が出てきますが、顔は笑顔、ココロは泣いても。2009年2月富山旅行 富山県人 富山、石像の里 富山、八百羅漢 コスモアイル羽咋UFO 能登半島七福神 小矢部メルヘン市長 富山画像
2009.03.02
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また、是非、紺桔梗さんに行け!と厳命されて能登半島まで足を延ばしたのであった。福島県のUFOの里に行った時は、其の場所一帯のみが、盛り上がっていたのであるが、石川県羽咋市は、市を挙げて、盛り上げようという趣向で、滑っているのである。捨て看板が10キロ前から1キロごとに続き、道路標識にさえ出てくるほどの力の入れよう、そして、場所はというと、羽咋駅前という一等地にあるのだ。これでは、ポンチ都市と間違われてしまうのではないかと思うほどであった。お金もたっぷりかけているが、更新されそうもない展示品で、今後どうなるのって感じでもある。 陰謀好きの私は、10代、20代、と結構UFO好きではあったが、最近は加齢と共に、体制化寄りになってきたのか、こんな広い宇宙に、地球人以上の知的生命生物がいてもおかしくないと思っていたが、確率論的に、存在してても、地球に辿りつく可能性が大変低いと思うようになっている次第である。ところで、子供の頃は、耳がとんがっているとか、目がとんがっている奴は、遠慮なくあだ名が宇宙人になったりして、結構、それでも、平和な日々ではあった。あだ名どころか、そいつの家族親戚一族郎党が、火星人一家とか、宇宙人一族にまでされていたので、子供というのは、なかなか残酷ぶりが素敵なのであった。もう少し、年齢が上がると、意味不明の行動や言動をするやつが宇宙人と呼ばれるようになったのだが、それは、キモイ、バカ、シネを婉曲に言わしめる優しさだったに違いない。インドに行った頃なんかは、ちょうど、大学を卒業し、私もなかなか、働きだしてインドに行くには、ちょっと厳しいよとなる前に、クラミーさんの、ゴーゴーインドという名著が出たのだが、其の中に、宇宙人というあだ名の子がでてきたのだが、彼ともあったことがあるのだが、彼が、フラフラになると、いつも、行ってたんだよねえ。「あぶねえ、あぶねえ、もう少しで悟りそうになっちゃったよ、悟ってしまったら面白くないからねえ」何とも平和な時代だったというか、ほんの20年前の話である。何度も書いたが、二十歳前後の経験体験趣味考えが、今後の人生に大きな影響を及ぼしてしまっているといわざる得ない。子供の頃は、宇宙の秘密を200回ぐらい読んだり(漫画)、ネッシー、クッシー、イッシー、イエティ、サスカッチ・・・信じますか?考えてみたら、昔は、エリア51じゃ、イルミナティじゃ、キャトルミューティレーションじゃ、何とかサークルじゃ、エササニじゃ、アダムスキーじゃ、ユミットじゃ、誘拐じゃ、誘拐して妊娠させるじゃ、インプラントじゃ、ロズウエルじゃ、アポロ宇宙飛行士が宇宙人とコンタクトしたって証言するじゃ、ゆうてたけど、ここの資料館も、せいぜい1990年代で、時間が止まっている感じがして、最近の最新情報が、ないんじゃないかと思うのであった。お友達になりたくて・・・2009年2月富山旅行 富山県人 富山、石像の里 富山、八百羅漢 コスモアイル羽咋UFO 能登半島七福神 小矢部メルヘン市長 富山画像
2009.03.01
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