全30件 (30件中 1-30件目)
1

バス停は、あるのだが、時刻表もバスの番号もない。結構、来ないそうだ。日本ホテルのすぐ近くがバスステーションだったので、明日の乗るバスをチェックするが、何分おきというのはあっても、何時出発と言うのはない。空港ならどれを乗ってもいいような気がして仕舞う。懐かしのトッケー長髪中東でよく見るマネキンしかし、よく考えたら、アップした写真、ブルネイかどうか、さっぱり分からないね。 singapre滞在9時間50分( リンク) シンガポール→クアラルンプール→ブルネイ( リンク) ブルネイ滞在記( リンク) ブルネイ、幸福の国( リンク) ブルネイナイト( リンク) ブルネイ、観光案内( リンク) ブルネイ、こんな感じ( リンク) ブルネイ→クアラルンプール( リンク) クアラルンプール到着 リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、アートギャラリー1( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟2( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、アートギャラリー3( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、ハヌマン洞窟・アートギャラリー前編( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、ハヌマン洞窟・アートギャラリー後編( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、ハヌマン洞窟( リンク) クアラルンプール、地図はない(リンクク) クアラルンプール、インド人街 (リンク) Kuala Lumpurその他観光地( リンク) Kuala Lumpur→singapore( リンク) 帰国( リンク)
2014.07.31
コメント(0)

お、ジョリビー、フィリピン資本のファストフード店。昔、サラワク王国ってあったなあ。なんと白人の王の国。イギリス東インド会社の社員。ブルネイスルタンからサラワクをもらった。日本軍が首都クチンを占領したときに、白人王はオーストラリアに逃げた。税金なく、医療費教育費もただ、治安は良いなら、いくら王族一族が贅沢しようが、問題ないってわけか。しかし、石油関連のモノカルチャー、枯渇する時期も近いと言われており、昨年は王族の会社が破綻。ここにこういう記事ありました。かつて、リンが枯渇するまで繁栄を極めた国があったな。ナウル。国民は、いまこんなに繁栄を享受しているのだから、ナウル人よりはましだろうが、仕事も仕方なくやっている暇だから、というような状態で、石油枯渇したら心配である。当分は過去の資産でいけるだろうが・・・。手をこまねいているわけではなく、いろんな投資して、まあ、割と前述のように失敗もしている。多分、シンガポールをお手本にするだろう、そのためには、人口も何人だっけ、4,50万人しかいないから、外から優秀な人材集めて、今の・・・アア、何をオレは心配してんだ。そういえば、今はどうか知らないが、公務員を10年やれば、ロイヤルブルネイでロンドンまでファーストクラスでお買い物旅行できますよ、ってのがあったな。まあ、ロンドンまで今飛んでないけど。仕事特に多くないから半分の人が公務員。 ブルネイの、日本人が知っているところといえば、89年のブルネイ王室セクススキャンダル記事ではないだろうか。金にもの言わせて、という印象を多くの日本人は思っただろう。私も、単純に思った。内容は、89年、天皇の御大葬の礼の夜、VIPとして参列したブルネイの王子たちにエーヴィ女優たちが高級売春婦としてあてがわれたことを、当時の人気女優だった村上麗奈が告白したというものだ。しかしこういうことができるのは、外交ル―ト、政界ルートがあるんだろう。独立は1984年だ、確かに、中学校でそういう国を習った覚えはない、というか、世界地理でどんな国を紹介していただろうか。石油が莫大に眠っていることを発見しながら、イギリスが、もう植民地経営大変だからおまえたちでやっとくれ、といって見放されたら、ドバーン、きっとイギリスはくっそうと思っただろうなあ。ところで、全然街中にイギリス人いないねえ、というか、昼間は人歩いてないし。人は何故生きるのか いわゆる思春期と言うころからモラトリアム時期の優雅な学生時代というのは、やたら不安である。何が不安かと言うと、将来が分からないから、来年どうなっているのか、分からないし、どうしたいかどうなりたいかも分からないので、不安なのであった。それを暇に任せて理詰めで考えていくと、鬱になりそうになっていくのである。しかし、そういうのも中年になって、35から40を越えてくると、社会的将来は見えないが、人生的将来とか(例えば、プロ野球やプロサッカー選手になりたいという夢は全くなくなる、自分の上下3年ぐらいの間に超優秀な人がいたらTOPへの出世はなくなる、アル程度出世したいなら引き上げてもらうしかないことも分かってくる、もう今イキッテ仕事辞めて独立したり、オレのような才能のある奴を会社って奴はなどとひがんで飲み屋で憂さ晴らしをすrということもなくなる、まあそれは、私は最初からないか)も見えてくるのである。それは一種の安定である。それでも限りないプレッシャーで鬱になる場合もある、そうなったら、もう終わりだ。それをバネにそれ以上に出世するということはなくなる。できることは社会や会社と喧嘩せずに、7割程度の自分に戻すことぐらいである。それはそれで幸せを感じられるようチューニングを合わせるしかない筈である。 しかし、鬱になる最大の原因は、変革である、特に社会的変革である。価値観の転換というか日々だんだんプレッシャーが強くなっていくとか毎日のストレスよりも、共産圏が資本主義に変わるとか(だからやたら東欧やバルト3国で自殺が多い)、急に血も涙もない成果主義に変わるとか、まあそういう価値観の変換だろう。ブルネイは、税金なく、医療費教育費もただ、治安は良い将来を心配しなくていい退屈だが幸せな国だ。石油がLPGガスが出なくなったら、どうなるのだろうか。この国は、昔のイスラムの習慣を変えず、とスルタンの独裁制を許容しながらも急にお金持ちになった。それが急に変わってしまったらどうなるのだろうか。だからせいぜい今のうちにシンガポールドルとリンクさせているんどあろうか・・・シンガポールになろうとしているのだろうか・・・。 singapre滞在9時間50分( リンク) シンガポール→クアラルンプール→ブルネイ( リンク) ブルネイ滞在記( リンク) ブルネイ、幸福の国( リンク) ブルネイナイト( リンク) ブルネイ、観光案内( リンク) ブルネイ、こんな感じ( リンク) ブルネイ→クアラルンプール( リンク) クアラルンプール到着 リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、アートギャラリー1( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟2( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、アートギャラリー3( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、ハヌマン洞窟・アートギャラリー前編( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、ハヌマン洞窟・アートギャラリー後編( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、ハヌマン洞窟( リンク) クアラルンプール、地図はない(リンクク) クアラルンプール、インド人街 (リンク) Kuala Lumpurその他観光地( リンク) Kuala Lumpur→singapore( リンク) 帰国( リンク)
2014.07.30
コメント(4)

やがて、夕方にブルネイに着いた私は、軽食の機内食以外は特に何も食べていないので、夜ご飯に向けて、再び軽食を食べておくのが最善の策ではないかと思いつつ、それでは安いものを簡単に腹に入れて置こうではないかと思うのであった。安そうな大衆食堂に入ると、何だか、夕方からが食堂となっており、それまではテイクアウトのようである。それは、注文してから気がついたことであるが、まあ、シーフードのナシゴレン(インドネシアヤキメシ)320円に、コーヒーを購入。席に座っていると、コーヒーがお持ち帰りようで出てきたので初めてテイクアウトと気がついた、そういえば、人は入っているのに、誰も食っていないなということにも、今更に気がつくのであった。草々に、宿投先に戻る。フタをあけると、うあ、マンタン、こんなん食べたら夕食食べられないよ、急遽間食と夕食を併用に決定。あとは、テレビタイムである。オレは、屈指のテレビっ子である。家のテレビは多少壊れているが、そのせいもあって、ここで一気に見るのである。しかし、上手い人がアザーンを唱えると心地いいのである。あれほど、学生時代、アアアーって鬱陶しいと思っていたのにである。聞きほれるのである。今回は英訳までしてくれているのである。出かけることとする。外は涼しい。ヤヤサンショッピングセンター。夜も、小さな明かりで河を、渡しのボートもバンバン走行中。爆音で分かるか。おお、酒が飲めないから、ここはルートビアってか、懐かしく、買ってみると激まず。沖縄では飲み放題でお代わりした実績もあるのだが。メッカの方向(キブラ)ここにもあり。期待通り豆乳は旨かった。 singapre滞在9時間50分( リンク) シンガポール→クアラルンプール→ブルネイ( リンク) ブルネイ滞在記( リンク) ブルネイ、幸福の国( リンク) ブルネイナイト( リンク) ブルネイ、観光案内( リンク) ブルネイ、こんな感じ( リンク) ブルネイ→クアラルンプール( リンク) クアラルンプール到着 リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、アートギャラリー1( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟2( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、アートギャラリー3( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、ハヌマン洞窟・アートギャラリー前編( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、ハヌマン洞窟・アートギャラリー後編( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、ハヌマン洞窟( リンク) クアラルンプール、地図はない(リンクク) クアラルンプール、インド人街 (リンク) Kuala Lumpurその他観光地( リンク) Kuala Lumpur→singapore( リンク) 帰国( リンク)
2014.07.29
コメント(6)

飛んできたよ。ホテルは、物価の高いブルネイでも綺麗で清潔なホテルでも8,000円ぐらいである。まあ、それはそれでよかったが、着いた瞬間から、まあ、はっきり言ってすることがないのである。一応、前日にブルネイ観光的なHPを適当に印刷してきたのであはあるが、チェクインしたら、まずは、どこに行こうかネット接続である。速度は、ウーン、ちょと遅いがまあ許容範囲である。まあ、あれからあ、おれも、アイパッド購入せなあかんかなあ、と思いつつも中古で買った重いノートパソコンでまあいいかとも思うのである、が、最近、ここ1,2年の話であるが空港のセキュリテイを通る時に3,4年前までドデカイノートパソコンを持ち歩く西洋人も多かったのに、最近やたらアイパッド系であり、オメエまだそんな重いので旅行しているの?って感じに見られているような気がするのである。レノボのB5サイズのパソコンで1,2キロしかないのであるが、まあ、肩に食い込むといえば食い込むのではあるが、1万円ぐらいで買ったので文句は言えないのである。使用期間もまだ一昨年のGWだから2年少々である。それに、携帯電話はスマートフォンなので(実は会社支給なので、絶対海外では機内モードで金が間違ってもかからないように最善の注意を払っている)、それでも割と、ノラ電波拾ってネットが出来るんである。いやはや、ここ数年で劇的に変わったなあと思うのである。いや、ここ10年ぐらいか。まあ、そんなことはいいとして、観光である。ボルネオは行きにくいのにあわせてまずまず、私にとっても因縁の国であった。何せ、25年目にブルネイの対岸10キロぐらいまで迫っているのであった。でも当時は、対岸の河、バラム河下流から、ブルネイに行くよりも、とにかく、コサムイに行きたかったのである。コサムイに何がアルカ、いや別にそこには普通のタイのビーチである。それも、ミリからクアラルンプールへ飛んで、数時間バスに乗って、国境越えて、また数時間のバスに乗って、タイのスラタニーに行って、そこからタクシーに乗って港に行って船に乗ってコサムイ島である。そこから、そのときは、多分一番賑やかなチャウエンビーチに行ったのだと思う。とにかく移動は1日かかったように思うが、どうやってビーチにたどり着いたのかは定かではないが、すぐにバイク借りて乗り回したり、煙モクモク状態になったり、その夜からはまあ、いわゆるパーティ状態と化したことは覚えている。不思議なことに、宿屋の主が分けてくれと来たぐらいの牧歌的な時代だったなあ。 そのとき、バラム河の下流で、Hだけはブルネイに行って見ますよ、といってヒッチハイクでブルネイに向かったのを覚えている。彼はすぐさまヒッチできて、そのままその家に泊めてもらい、いやあ、ブルネイ何もなかったですよ、と苦笑いしていたのを思い出す。 マア、昔話はまあ、このくらいで勘弁しといてあげるということにして、ブルネイドル無しである。ここに空港から車での送迎代も後払いである。それで、ないので、とりあえず小額を両替しようと、ホテルのフロントに行くと、シンガポールドルとリンクしているからシンガポールドルでもいいよと、やたらハンサムなフロントの男の子は言った。それなら、シンガポールドルは潤沢に保持(6,000円分くらい)持っているので、安心して出かけようではないか。ハンサムなフロントボーイは(おれはゲイではないが)、観光エンジョイしなといってくれたものの、何も見るものはなく、オメ自身もこの国オモロナイやろ、と自問自答してみてはどうや、と言いそうになったので、心の中で呟いた。(ま、結局ちょとだけ、出先のヤヤサン・ショッピングセンターで両替してみた) まあ、ネット検索して、ブラブラ午後の4時から歩き出して、5時半にはホテルに戻ってきて、さあ、明日帰るか、という話である。(マア、仕方ないので、午後8時から9時までも再度散歩に出かけたのである) singapre滞在9時間50分( リンク) シンガポール→クアラルンプール→ブルネイ( リンク) ブルネイ滞在記( リンク) ブルネイ、幸福の国( リンク) ブルネイナイト( リンク) ブルネイ、観光案内( リンク) ブルネイ、こんな感じ( リンク) ブルネイ→クアラルンプール( リンク) クアラルンプール到着 リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、アートギャラリー1( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟2( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、アートギャラリー3( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、ハヌマン洞窟・アートギャラリー前編( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、ハヌマン洞窟・アートギャラリー後編( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、ハヌマン洞窟( リンク) クアラルンプール、地図はない(リンクク) クアラルンプール、インド人街 (リンク) Kuala Lumpurその他観光地( リンク) Kuala Lumpur→singapore( リンク) 帰国( リンク)
2014.07.28
コメント(2)

クアラルンプール(KLセントラル)から空港に戻る前に、急ぎ飯を食う。何か分からないセットだが、ラクサ仕様のトムヤムクン味にすると、味が、これどうすればいいの?と感じ、急ぎセットでついてきたジュースを飲むと、うわ、舌に色つくんじゃねえかという大人には懐かし不味しでも飲めるぜ味であった。オレも大人になった。MH17(撃墜されたマレーシア航空)はMH370(行方不明になったマレーシア航空)だった??。こちらインターナショナルタイムスオーストラリア。それからこんな人もいるのか、この2便に直前にキャンセルした人。ここは前に来た記憶が全くないので、調べると1998年に出来たようだ。故黒川きしょう設計。ああ昔はスバン空港だったんだな。もう利用されてないらしい。あの時は市内15キロ、今、4,50キロ、だいたい新しい空港できたら遠くなる。チョー遠くなったのがキト、エクアドル、怒りである。新市街に引っ付いていたのに、50キロぐらい離れたんである。まあ、そうはいっても、オレも日本では優しくなってさ、到着時間が重要だなと思うようになったし、まあ、私の場合は会社の帰りも多いという単純明快理由もあって、できれば、遅い時間にして下さい、あ、それ近くだったらいいなってことか。クアラルンプールは3レターコードKULだが、愛称はKLIAなんだね。空港で発券を待つが、今までの自分史世界最高スピード。20秒ぐらいで発券。それrは嬉しかったが、全く何も聞かれなかった。せめて、荷物あるの?ぐらいは聞いてくれても・・・・(預け入れ荷物ないけど、歩いてくる時見ていたんだな)。どの国もそうだけど、マレーシアもばらばらにすると、どこの国か分からないね。かつて世界1高かったツインタワーも売ってますいつも思うけど、マレー半島よりスマトラ島のほうが、ドドーンのでかさなんだなあ。考えたら、私の中ではスマトラ島の思い出は深いものがあって、やっぱり、また行くのか?と言われると、可能性低いなあと思うのだな。深い思いってのは、多分20歳ちょうどだったからかもしれないな。すごいや、はじめて見たわ、キブラ(メッカの方向を指し示した方向)をオンデマンドで見たの。出発は遅れて、50分後シンガポールに到着したのは夜中の1時。日本への帰国は6時、あと5時間、もう、空港でぼーっとするよ。なんだっけ、マレーシア航空だったからアレだけど、クアラルンプールだったかシンガポールだったか、バジェット空港なくなってLCCもメイン空港に移動させてもらったみたいねえ。シンガポールの空港はよく何とかアワードで、まあ上位に入っているからよろしいのだ。3,4年前にコロンビアから。間違ったコロンボから来たときも、何だか無料ネットやってから何だか、地下鉄でブガス駅に行ったな。今回も、4時間ぐらい空港で過ごすから、空港ホテル泊まるか、エリアで寝るか、とすることにした。以下、調べたもの。アンバサダー・トランジットホテル。利用料は6時間ごとに加算されるシステム。出入国しないままで利用可能。 Standard single 76.51=まあ6,500円ぐらいBudget room single 47.81 =まあ4,000円ぐらい仮眠エリア。第1ターミナル・・・ゲートC15付近に仮眠エリア有り。他にシェーズロングは10.ターミナルのメインのエリアからは離れているので、比較的空いている。第2ターミナル・・・「オアシスラウンジ」第2ターミナルE6付近。30台程度シェーズロング。夜は大体8割は埋まっています。「サンクチュアリ」ゲートE5付近に仮眠エリア。。20台程度のシェーズロング。第3ターミナル・・・メインフロアからエスカレーターで上に上がったところに「スヌーズラウンジ」。20台程度シェーズロング。まあ、それをうっかり間違えて、入国してしまったんである。そんな仮眠スペースないよ。仮眠スペースはチェックインしないといけないんだ。こうなったら、いつもの、酒でも飲むか、と言う合理的判断である。ただ、スリはいなさそうだが、それは日本同様、外では、一応警戒したほうが良い。(結局、4時過ぎ、第3のスヌーズラウンジにいってみるのだが、あと出発2時間前は、二日連続寝坊した私には不安になり、ちょうどいったときに、エアポートポリスが、皆を起こしてパスポートと搭乗券をチェックしていた。ああ、ロシアのスノーデンとか映画「ターミナル」のトムハンクスみたいな奴探しているのかな・・・。まあ、あれか、2時間前なら大人しく搭乗口まで行ってウトウトするか・・・いやはいあ、でも、1日中歩いたこの日は脚がパンパンである。いやはや脚と言うより、脚は結構10時間ぐらい歩いても平気なのだが、ダメなのは偏平足なので土踏まずだ。もう土踏まずが痛い。そこで無料脚マサージ機が、もうあちこちに設置されており、楽になった。じつは肩こりは気持ちいいけど、終わった瞬間から方がこるので、永遠にしてもらいたいのだが、脚は歩くので軽くなったと実感できるのである。いや小泉じゃないけど、フットマッサージ機に単純に「感動した」。あ、コンビニで0時から朝の6時までアルコール販売中止になっている。日本と同じぐらいのサンドイッチとコーラを買う。しかし、当たり前のことだけど、ケリーさんの指摘で気がついたけど国内線ないんだよなあ。いやはやそうだ香港やバーレーンとかちびっ子の国には国際線しかないんだ。よく考えたら不思議だなあ(少年的心)。1時到着、寝ないまま、離陸6時発なんで3時にカウンター行ってみたら、職員がごそごそ準備し始めていた。もうちょっとみて、3時半の2時間半前に行くと、数人チェックインとか始めているのが見えたので、すかさず、進んで、とにかくイミグレを通って中に入る、入って寝る、と思いきや、結局寝ないまま飛行機に乗り込んで、よくよく考えたら朝6時過ぎからビールもおかしいけど、こっちは徹夜だったんで、ちょと1本飲んで、ご飯頂いたらて、オンデマンド映画見ようとしたら気を失って、6時間半ぐらいが、まあ、1時間ぐらいで日本に帰りましたとさ。ところで、ところで、マレー鉄道のシンガポール内にある線路とシンガポール駅ともう一つの駅はマレーシア領だ。シンガポール内の列車は廃止されたが、閉鎖後もマレーシアのままだ。 singapre滞在9時間50分( リンク) シンガポール→クアラルンプール→ブルネイ( リンク) ブルネイ滞在記( リンク) ブルネイ、幸福の国( リンク) ブルネイナイト( リンク) ブルネイ、観光案内( リンク) ブルネイ、こんな感じ( リンク) ブルネイ→クアラルンプール( リンク) クアラルンプール到着 リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、アートギャラリー1( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟2( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、アートギャラリー3( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、ハヌマン洞窟・アートギャラリー前編( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、ハヌマン洞窟・アートギャラリー後編( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、ハヌマン洞窟( リンク) クアラルンプール、地図はない(リンクク) クアラルンプール、インド人街 (リンク) Kuala Lumpurその他観光地( リンク) Kuala Lumpur→singapore( リンク) 帰国( リンク)
2014.07.27
コメント(2)

伊美別神社にも行ったことはあるものの、またもやミニミニ鳥居神社である。熊本県宇土市新開町、こういう市があるのは、関西人は知らなかった。200年の歴史に裏付けられたあるミニ鳥居。この鳥居をくぐると多くのご利益があると実績があるので、皆くぐるのであろう。さて、まずは爺さん(大人)から挑戦だ。次は青年だ。その次は子供だ。最後は赤ちゃんだ。そして、刺さり込みだ。しかも真珠入りだ。そして静寂が訪れた。 2014年熊本 長い駅名、「南阿蘇水の生まれる里白水高原駅」 南阿蘇、清水滝 ホギホギ神社1 ホギホギ神社2 ホギホギ神社3 弓削法皇社 弓削神社 粟島神社 やすらぎの丘、宮内庁の七福神 熊本空港
2014.07.26
コメント(2)

日系ビジネスとか、まあ、いろんなサイトでも人気のエアラインは?という特集や記事やソレ専用のランキングネットもあるものの、ほんまにそうなのか、という疑問を常に抱くのは、多分、私だけではないだろう。常にシンガポール航空とか、日系の航空会社とかエミレーツやエティハド、カタールそして老舗トルコとかまあ、そういう中東系の躍進が目立つが、実際、どうなのか?確かに、中東系は、豪華さや電波系の充実度や便利さには目を見張るものが確かにある。まあ、オレもトルコ航空は飯が美味いとか、湾岸戦争のときに日本人向けにトルコ航空がわざわざ自国民は陸路で母国に帰れといって日本人をバグダッドにチャーター機を出してくれた感謝の気持ちもあって贔屓なんだが、そして、エミレーツもコロンボ(スリランカ)からシンガポールに飛ぶときに、日本の70年代懐メロ(ペッパー警部とか)聞けたり、コロンボからマーレ(モルジブ)に飛ぶときに何故かこんな路線に日本人乗務員が居たりして(日本人はどう見ても俺だけ)すげえなあと思ったものだが、まあ、何だろう、日系も国際線、まるで国内線のようだった、ということ以外、まあ普通である。そして考えるとところ、豪華さや気の効くおもてなし、を喜んでやまない人が、人気サイトや人気リクエストに投票しているのではあないかと思うのであった。ここ最近、MSが行方不明になったり台湾(3つ先の知り合いの旦那が亡くなった)やアルジェリアで落ちたり、考えると余計に思うのである。というのも、ホスピタビリティや豪華さは別にあまり重視しないよ、という人は、そもそもそういうランキングに投票しないような気がするンだ。だっておれもそうだけど、どちらかというと必要な時以外はほっといて、って人間は結構多いと思うし、そういう清く正しく美しい人は、この航空会社がいいって、投票しないような気がするなあ。最近ルフトがトルキッシュとの提携を嫌がったというのも公正な競争できてないやないやないか、と欧米の航空会社は憤っている。中東系は、国家の庇護で勝負してくるのに、こっちは民間なんだぜ、ひどいよ、ってことになっているのである、余談である。 需要な第一は安全性である。勿論、小さい会社は1度2度大きな事故を起こすと会社がなくなるので、ソレまでの間は安全度もランクは上がるんである。安全性は、当たり前だけど重要である。特に、技術や天候や打ち落とされるルートのミスみたいな基本的ミスもあるけど、前にも書いたけど、重要なのは、航空業界の共通語は残念ながらも英語であるということだ。だからアドバンテージのある母語が英米語である航空会社が安全だ。実は、日系は結構離着陸が危ない。アメリカで管制塔を無視して(というよりパイロットが英語を間違えて聞く)くることが多く、仕方ないので優先して離発着させている噂もあるぐらいだ。次にパイロットの資質だ。軍人上がりを積極的に採用しているようなアメリカみたいな軍事国家がよいのである。実際、アメリカ系の離発着は、まあ、お世辞にも上手い。安全性の次に重要なのが、マイレージの貯まり易さである。はっきりいって、安く飛べるならサービスや豪華さはいらないんどえある。例えば簡単にフルフラットにアップグレードになるなら、飯もオンデマンドもあればいいけど、なくても、いいのである。だから、多分、人気のエアラインはフリクエントフライヤーの投票でなく、たーんまに行く旅行者による投票のような気がするのである。おわり。ほんならおまえどこが一押しやねん、あ、そらアメリカ系とブリテッシュとカンタスやろ。プラスしたら、これは行き先によるけど、小さい飛行機は天候の影響を受けるからね、でかいほうがいいなあ、あ、それ安全性か。1に安全、2にマイルのたまりやすさでしょ。サービスは人による、まあ、あと私がベースとしているのは、この日記を読んでたら分かるけど(誰も読んでないけど)、ルフトとトルコで大体の全世界を網羅だ。でもやっぱトルコは安全性でやばいかなと思うことあるな。
2014.07.25
コメント(4)

熊本県の高原、無料で遊べるやすらぎの丘である。道すがら見えるのである、その7人の栄光の雄姿が。お、これは熊本系ここやねえ。熊本系シェパードに睨まれて近づくのも多少の緊張感である。シェパードに守られて、その7人の栄光の雄姿が。お、これはおまけ。世の中、大変だなあ。素晴らしい景色お、これはおまけ。その向こうに聖なる厠らしきものが見えた。さすが、宮内庁、立派な簡易トイレだ。どこみるんや。ああ、世の中ジェニってのを見ろか。別にカーブしているのは道なりだから、矢印いらんけどな。読めそうで間違っているカモシレナイ地名である。のんびりできないよ確かに高貴でないと行く気がしないわ。 2014年熊本 長い駅名、「南阿蘇水の生まれる里白水高原駅」 南阿蘇、清水滝 ホギホギ神社1 ホギホギ神社2 ホギホギ神社3 弓削法皇社 弓削神社 粟島神社 やすらぎの丘、宮内庁の七福神 熊本空港
2014.07.24
コメント(0)

2011年の前回もそんな感じだった(21時15分~6時)。前は夜中12時を越えてチェックインし、飯を食いに行き、マッサージまで行って、ネットをちょっとすると3時半になり40分寝てから空港に向かった盛りだくさんの日であったが、今回は、24時過ぎに到着し、それも、ダイレクトに日本からやってきたので、仕事帰りだったので、速攻でタクシーに乗り、宿に向かうのであった。まあ、一応、タクシーはメーター制ではあるが、深夜料金が表示されてないので、止まったらどっかのボタン押して、ピッと1.5倍ぐらいになって、ムググとなるのである。 ホテルは、学生時代のドミトリー最低級ではないが、まあ、ありていに言えば売春宿であった。2時間で6,000円とか書かれているが、私はネット予約で4,000円である。私がチェックインする間にも2組の怪しい男女が入って行った。まあ、私も寝るだけである。その前に飲みに行くだけである。それでも、今日は家からワザワザ穴の空いた靴下と穴の空いたパンツを履いてきているのである。有効に使うためである、使い捨てとして、少しでも荷物を軽くするの法則であり、今回は、穴の空いた靴下を3足、他にゴムの伸びきったトランクスを用意しているんどえアル。しかし、予期せぬことにベルトも千切れたのである。ベルトが千切れるだって?そんなことがあるのか?いや、あるのである、皮でも何年も使っていると寿命というものがくるのである。形あるものはなくなるのである、いわんや形のないものはもっと脆く崩れるのである。口約束や永遠の誓いとか将来へのコミットメントや夢である。いや、破れるために存在するといってもいいのかもしれない。それが人生というものだ。人生敗れたり・・・なーんちゃって、と思っていると、もしかしてこの部屋エアコンないじゃん、と思いきや、隠れるようにあったので安心した。既に汗もドボドボである。エアコンに安心だ、安心したところで、ジーンズ(スーツから履き替えるだけ)にTシャツ(カッターシャツを脱ぐだけ)に、サンダルを出した(革靴から履き替えるだけ)。あ、サンダルが・・・・違う。ショックだ。チェックイン後、くどくど書いたが実は3分で、既に外に出て、24時間スーパーに行き、Tシャツを買う。3泊なのにシャツがあと2枚しかない。勿論下着としての無地Tシャツなので、予算は200円ぐらいである。あと、今、ジーンズに革靴履いているので、ここはゴム草履にするか迷うが、荷物になるので、今回の旅行はクソ暑いのに革靴で通すことに決定。まあ、300円ぐらいでゴム草履は売っているのだが、なんとなく鼻緒が擦れてリンパ腺が出てきて痛くなるような気もしたのである。それから、ベルトである。ベルトは、ついつい、これも安物の銭失いと罵られ、中年のエリートサラリーパーソンたるもの長く使うのだからブランド物の1,2,3万円はするようなベルトを買えといいたいところだが、そういう高いものは売っていなかったので、300円のベルトを涙ながらに購入。それゆえ、1万円もシンガポールドルに両替したのに、タクシー代に2,000円ぐらい、ここの衣服類代に600円ぐらい散財しているのであった。おまけにシンガポールはまあ、正直いうと日本並みにビールが高いのだ。それでも、できるだけ猥雑なホーカーズ(屋台)エリアを選んで、体内にアルコールを注入せずにはおれないのである。それが、旅行者の規則正しく美しい姿である。機内で散々ワインを飲んだことも、もう忘れているのである。飯を食うかといえば、まあ、食ってもいいのだが、散々機内で飯も食い終わっているのである。うーん、少量のミーゴレンとかラクサだも食べるかなと脳は逡巡しながらも、ビールは進み、これはそろそろ寝ないといけないなと、それでなければ前回みたいに睡眠時間が40分になっちゃうぜと思うのであった。ちなみに前回は40分の睡眠後空港に戻り(その睡眠のために1万円近くの宿を予約しちゃったんだなあ)、それでもシンガポールから香港までの4時間ぐらい、水も飲まず超爆睡で10分ぐらいで到着したと思ったぐらいである。とりあえず、雑貨屋で寝酒のビールを購入して部屋に戻る。部屋でテレビをつけてシャワーも浴びて、ビールを飲んでいると、前々回のシンガポールもろくな目にあったないなということを思い出した。タイと日本の時差は2時間で、まっすぐシンガポールに南下したから時差は2時間と思い込んでいたのである。そして、シンガポールに1泊して少し余裕のふりして、シンガポールチャンギ空港に90分前につくと、実は時差が日本と1時間だったということが判明、カットオフされて、意味なくもう1泊することになったのである。よろしくないなあ、と思いながら、明日は9時50分に乗るからもう寝るぞ、といいながら、本を読んでいるとなかなか寝付けないのであった。機内でどうやら寝すぎたというか、2本目の映画で確かに寝たのであったことを思い出すのであった。帰ってきてから、ちゃんとベルトがハメラレルノカ確認したところ、逆に外れなくなった。これベルトどうやって緩めるのだ、大変だ、ズボンを脱ぐことが出来ない。ヤバイ、ヤバイ、といいながら4分ぐらい格闘して脱げたものの、どうやってベルトを緩めることが出来たのか分からない。今後、このベルトで良好な健康的でクソに間に合う文化的な生活が送れるのか不安になるのであった。続く。 singapre滞在9時間50分( リンク) シンガポール→クアラルンプール→ブルネイ( リンク) ブルネイ滞在記( リンク) ブルネイ、幸福の国( リンク) ブルネイナイト( リンク) ブルネイ、観光案内( リンク) ブルネイ、こんな感じ( リンク) ブルネイ→クアラルンプール( リンク) クアラルンプール到着 リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、アートギャラリー1( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟2( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、アートギャラリー3( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、ハヌマン洞窟・アートギャラリー前編( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、ハヌマン洞窟・アートギャラリー後編( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、ハヌマン洞窟( リンク) クアラルンプール、地図はない(リンクク) クアラルンプール、インド人街 (リンク) Kuala Lumpurその他観光地( リンク) Kuala Lumpur→singapore( リンク) 帰国( リンク)
2014.07.23
コメント(2)

うっかり、目覚まし時計を持ってくるのを忘れていたし、十分におきることが出来るはずだよ、1時間寝てから、ゆっくりホテルで朝食くってからな、フッと思っていたのであるが、目を覚ますと7時30分である。寝過ごした時によくある話だが「あらあら、時計さんよ、何かの間違いでしょ」と。思った。よく考えると、まずいとは思ったが、徹底的にまずい状態の直前である。しかし、出発90分前ではある。 しかし、急ぎで荷物をまとめ、チェックアウトする。バスステーションは歩いて3分である。余裕である、はずだが、7時50分、心配である、9時が離陸時刻である。バスも出発はそろそろだぜ、って感じで停まっていて、客も2人ほど乗ってはいるがエンジンもかかってないし、運転手も乗り込んでいない。しょうもない嗅覚がオレの中枢神経を駆け抜け、選択を迫られる。冷静になり、国で唯一と思われるタクシー乗り場がバス停の前にあり、実はそこに国内3,40台しかないタクシーの1台が止まっている。コレに乗って2,000円払うか、ギリギリまで待ってバスで80円で行くかである。いや、寝坊しなければ、あと30分早く起きれば無意味な選択だったのである。しかし、気弱な私は、いつ出発するか分からないバスを見捨て、タクシーに近寄るのである。1,000円ぐらいで行ってくださいませんか、ってことである。いいえ、一律料金ですよ、25ドルですよ、と。もうブルネイドルはありませんよ、米ドルでもいいですかと、はいいいですよ20ドルですよ、と。その鋭い交渉時間は、僅か、8秒前後。私は早速乗り込み、たった6キロ先の空港に向かって、我がタクシーは走り出したのである。まあ、そういうことは枝葉の話だが、チェックインカウンターに到着したのは8時8分である。6キロなんで、15分程度で空港に到着したのである。出発は9時00分である。要はアマリ時間はないのである。そもそも、40分前ではカットオフ状態である。というか、チェックインカウンターで「あなた○○さんですか」と先制攻撃されたぐらいである。それもミスター苗字ではなく、名前+日本語のサンである。何故日本語のサンを知っているのか、マアソレは不問とするが、確かに来る時にクアラルンプールから何故か日本人が結構いた、ツアー客までいた、何があるのよブルネイと思ったぐらいである。マア、何でもいいけど、そうか、皆さん、オレを待っていてくれたのか、ありがとうな。でもシンガポールまでのチケットくれって行ったのに、カウンターの人は首をかしげている。クアラルンプール経由のシンガポールだよ、というと、ああ、そうですね、クアラルンプールですね、その先の手続きはクアラルンプールでやってくださいねといわれる。なんだ、わからん。チョトダケケチやな。でも最後に、ナイスミーチューって笑顔で答えられ、笑顔で答える。そのときは、初めてのことなのだが、自分の乗る飛行機会社を間違えていたことに気がつかなかったのである。発券後まっすぐに、イミグレを越えて、長い廊下を歩き、搭乗口でセキュリティである。あまりにも早い足取りのため、何といつのまにか10人ぐらいは抜かして、中間ぐらいまで速度を上げての搭乗口である。あっぱれなほどである。自分の乗る航空会社を間違っていた、というか、何で買うときに気がつかなかったのだ、という事態おかしなことなのだが、それは、初めての体験、そんなこともあるのだ。恥ずかしながら、速攻で急いで飛行機に乗ると、自分の乗った飛行機がすっかりマレーシア航空と思っていたら、ロイヤルブルネイ航空ということに、なんだ、いまさら不覚に気がついたのである。コードシェアではあるが、よほどボーっとしていたのだろう、乗る航空会社に乗ってから気がついたのは初めてである。偶然である。搭乗券もらったときも、よく自国便の搭乗券を下敷に他社のボーディングパスが印刷されているじゃないか。いやはやブルネイなので、ブルネイ航空の搭乗券シートにマレーシア航空の搭乗券が印刷されていると思っていたぐらいだ。よくよく、チケット見たらちゃんとBIって書いているではないか。こりゃ、打ち落とされたり、行方不明にもならなさそうだな、と少し安心しながらも、そういえば、昔ロイヤルブルネイのビジネスだかファーストクラスのトイレの洗面がゴールドってのを写真で見たことも思い出し、しまったこれでは2時間15分の飛行時間ビジネスクラスにしたらよかったか、と思ったものの、さすがに思っただけである。何せ思うだけならタダである。そういえば、いろいろ今話題のMSであるが、今回マレーシア航空には3度乗ったが、そのうち2回は席は9割以上埋まっていたようであり、落ちた影響も何のそのだなあ、と思ったのであった。昔、20年以上前に、20年以上前に撃墜直後にその航空会社を利用した人の話によると、事故の影響でほとんど乗客がおらず、全員がファーストクラスに移らされて、コックピットまで招待されたと言っていた。40年以上前はそういうこともあったのかもしれないが、今は落ちても満席、コックピットに至っては強力なテロ対策ゆえ、飛行中は中に入ることはありえないだろう。いやはや、実は、ロイヤルブルネイの客質乗務員の英語がすんごく綺麗だったんだ。英語に聞きほれたってのは、普段英語に慣れ親しんでいる人にはあるかもしれないが、自分の英語ラベルもあるけど、感心した。そして不思議だったのが、ブルネイ人かマレー人かの区別なくマレー語を話さず、全員に英語で話しかけていた(それはいいことではないけど)。まあブルネイは1980年代ぐらいまでイギリスの植民地だったからね。綺麗なフランス語を話しますねというのはよく聞くけど、綺麗な日本語を話しますねって聞いたことがない。自国民が自国民に対してそういうのだろうか、日本人は日本人に対して、綺麗な日本語話すねっていうことはないだろうが、他民族の国ならあるかもしれないな。でも、言い方によっては、馬鹿にされていると思うだろうし、上手ですねってのは、いきなり言うのは失礼だろうね。綺麗だったといえば、ふと思い出したが、案外綺麗な乗務員が乗っているのは、大きな声では言えないが小さな声でははっきり言えるのだが、というか2回か3回しか乗ってないのでえらそうには言えないのだが、ロイヤルヨルダン航空だ。このジョルダン航空、みんな彫りの深い人種が乗っていて、正確にいうと美人というかエキゾチックというか彫刻的というか、まあそんな感じであり、いやはや、この航空会社結構テキトーな会社で、空席あれば国際線でも機内食はどうなのかとはお構い無しにジャンジャン乗せちゃうし(多分)、何より、素晴らしいのは、イラク湾岸戦争中に唯一イラク(バグダッド)に民間定期便を飛ばしていたツワモノの会社である。(戦場カメラマンでもある不肖宮嶋さんの本で読んだんだけど)まあ、そんな余計なことは置いといて、機内では、隣は中華系マレー人女性2人組に窓側が私となり、2時間15分間トイレに行けないのだろうか、と思いつつ、カートがやってきて「朝食はチキンライスかオムレツですがどうですか」と綺麗な英語で言われ、女性二人がさすが中華系朝からチキンを頼み、次に私がオムレツと言おうとした瞬間に彼女は下を向き、チキンライスを3つ出した。まあ、チキンなオレだから別にポジョでいいけどねと思い受け取る。次に飲み物であるが、ロイヤルブルネイだからアルコールなんかないだろうと思いコーヒーを頼み、ミルク&シュガーを聞かれると思いブラックでといおうとしたら、速攻で、ミルク入りである。ブラックなんかで飲む奴は人間じゃねえという感じの綺麗な英語を話す乗務員であった。でも最近ふと気がついたのである。ずっと18歳から基本ブラックコーヒー派であったが、実はブラックでおいしいのは好い豆のときであり、飛行機でたびたび出されるまずい系コーヒーならミルク入りでもいいのではないかということに気がつきつつあったのである。気がつくまで20年以上の悠久の歳月を必要としたが、まあそれは仕方ないのである。大人になる道は近くても、大人を成熟させる道は遠いのである。そうやってクアラルンプールに到着したのである。ウーム、クアラルンプールも実は、ボルネオと同じ25年ぶりだという驚愕である。しかもそのときも、ブルネイから少し離れたブルネイ国境のマレーシアの町ミリから飛んだことも今更に思い出したのである。あの時もそういえば、シンガポールで、チケットを買ったなあ、対岸のマレーシアの町であるジョホールバルからブルネイ島のクチンに飛んで、ミリからクアラルンプールに飛ぶ国内線を買ったのだ。それも当時の情報では不思議なことに、マレーシア国内でマレーシア国内線を買うより、格安チケットの横行していた外国であるシンガポールでマレーシアの国内線を買うほうが安いという情報を得ていたんであった。マア、今みたいにネットでパンパンパンはじいてチョチョイのチョイではなく、そんな情報もいやはや、多分ロンリープラネット英語版か、何かで調べたんだと思う。まあ、そんな感じもあってクアラルンプールのイミグレはカードはないけど、指紋をとられる、但し入国は30秒程度である。 singapre滞在9時間50分( リンク) シンガポール→クアラルンプール→ブルネイ( リンク) ブルネイ滞在記( リンク) ブルネイ、幸福の国( リンク) ブルネイナイト( リンク) ブルネイ、観光案内( リンク) ブルネイ、こんな感じ( リンク) ブルネイ→クアラルンプール( リンク) クアラルンプール到着 リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、アートギャラリー1( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟2( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、アートギャラリー3( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、ハヌマン洞窟・アートギャラリー前編( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、ハヌマン洞窟・アートギャラリー後編( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、ハヌマン洞窟( リンク) クアラルンプール、地図はない(リンクク) クアラルンプール、インド人街 (リンク) Kuala Lumpurその他観光地( リンク) Kuala Lumpur→singapore( リンク) 帰国( リンク)
2014.07.22
コメント(4)

うっかり、目覚まし時計を持ってくるのを忘れていたし、十分におきることが出来るはずだよ、3時間寝てから、ゆっくり屋台で朝食くってからな、フッと思っていたのであるが、目を覚ますと7時45分である。ふと、まずいとは思ったが、徹底的にまずい訳ではない。しかし、出発2時間前ではある。 しかし、急ぎで荷物をまとめ、駅に向かう。駅までの距離は、地図上で指で測ったいたので5分、とおもいきや、15分かかり、MRTの駅に到着するのである。チャンギ国際空港までほんの8駅であるから30分も見ておけば十分とおもいきや、駅での待ち時間と1回乗り換えで、まあ、そうだねえ、忘れたけど、隣には若い金髪にした日本人奥さんが子供を3人も連れて、旦那を迎えに行くのと遭遇したのであった。子供は英語の本を持っていたが、顔立ちは中華系な感じがして、旦那はシングリッシュかもしれない。しかし、やたら大声で、日本語で子供に話しかけて子供も日本語で返答しているので、目の細い系の日本人かもしれない。いやそれは偏見というものだろう、住んでいたら、子供も現地化するのかも知れない。他の大きな荷物を持った旅行者たちは微笑ましくその光景を見ていたが、何となく私は、大型乳母車バギーを駆使する彼女をちょっと不安に感じるのであった。心の中で、なんとなくガンバレと応援するものの、それ以上の応援はないのである。ましてや声掛けなんかしないのである。当たり前か。まあ、そういうことは枝葉の話だが、チェックインカウンターに到着したのは9時である。出発は9時50分である。要はアマリ時間はないのである。ないので、どうしたかといえば、発券後まっすぐに、イミグレを越えて、長い廊下を歩き、搭乗口でセキュリティである。あまりにも早い足取りのため、何といつのまにか100人ぐらいは抜かして、中間ぐらいまで速度を上げての搭乗口である。あっぱれ。 それはそうと、ブルネイに行くのである、行くのであるが、直行ではなく、マレーシア経由である。それで飛行機は出発が遅れ1時間300キロは結局ディレイして、乗り継ぎ時間が30分ぐらいである。そのため、飛行機を降りるとブルネイ行きプラカードをもった凛々しいオッサンが立っており、一応声を掛けておいた。30分も余裕あるのになあ、と思いながら、でも、催促されると、何となく急がないといけない気分になるのである。何セ、空港では酒を買わないとイケナイノデアル。ブルネイでは国内では酒はない。しかし、外人の持ち込みはOKなのである。そして、タバコの持ち込みはシンガポと同じくダメなのである。その辺の事情は分からないが、結局私もスーパードランカーではないので、1日で消費できるような酒量のものは売っていないので、安易に今日は安息日、ではなく、休肝日でいいかということに、この30分で決定、決断したら行動は早い、すぐさま飛行機に乗り込み、ボルネオ島北部にあるブルネイまで2時間少々の飛行である。恥ずかしながら不詳ボルネオ島は2回目である。それも、まあ、告白すると年齢がばれるが25年ぶりぐらいである。多分島はコレじゃないかな。いやはや、海を越えて、ボルネオ島の陸地に入るとジャングルである。イメージどおりだよなあ、昔と変わらないなあ、というのが第一印象でボルネオ島、ブルネイに到着するのである。入国は自国民以外は、ASIANと書かれていた。そのため西洋人はどこに並べばいいのか困っていたが、マアソレはこの際気にしないとうか、入国はシンガポールやマレーシアと一緒で無言、一瞬30秒程度でOkである。税関申告書もまあ、関係なくスルーであり、酒タバコもまずそのままスルーである。(そういえば、モルジブは酒の持ち込み禁止だったけど、これもスルーだったな。鬱陶しいのはシンガポの陸路や海路での入国である。これはスルーさせてもらえない可能性があるのである。2回も痛い目にあったのである)まあ、すんなりブルネイに入国。実は、観光国でもないブルネイ、お金持ちの国である、車は2台ぐらいは平気で持っている国民なので、国内のタクシー台数は3,40台しかないといわれ、うっかり、ホテルに送迎頼んだのである。ただと思っていたのである。だって、数キロしか離れていないのだ。待っていた女性は、マア、聞かなかったけどフィリピン人の太ったオバチャンだな、運転もチョー下手。まあいいけど、てか、有料かよ、数キロで2400円って・・・でもタクシーでも2,000円らしく、あら、空港に3、40台のタクシーの2台が集結してたじゃん、これで行ったらよかったかな(ちなみにちゃんとバスはある市内まで1ブルネイドル=1シンガポールドル=80円である、あるけど、何の案内もないし、バス停留所も見当たらないからね、適当にそのあたり走っているらしい)そんな訳で市内に向かう。歩いている人、止まる直前で1人だけ見たよ。ダイジョウブか。暑いからって、この国。 singapre滞在9時間50分( リンク) シンガポール→クアラルンプール→ブルネイ( リンク) ブルネイ滞在記( リンク) ブルネイ、幸福の国( リンク) ブルネイナイト( リンク) ブルネイ、観光案内( リンク) ブルネイ、こんな感じ( リンク) ブルネイ→クアラルンプール( リンク) クアラルンプール到着 リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、アートギャラリー1( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟2( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、アートギャラリー3( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、ハヌマン洞窟・アートギャラリー前編( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、ハヌマン洞窟・アートギャラリー後編( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、ハヌマン洞窟( リンク) クアラルンプール、地図はない(リンクク) クアラルンプール、インド人街 (リンク) Kuala Lumpurその他観光地( リンク) Kuala Lumpur→singapore( リンク) 帰国( リンク)
2014.07.22
コメント(2)

今まで、割と、炭鉱生活やってきた。鹿角市の尾去沢鉱山 東北。夕張炭鉱 北海道。新居浜の別子銅山 四国。鯛生金山 九州。なんぼでもあるね。キャラ際立っている入口に滝があったのも、何も覚えてない。おとこまえワインもある。昭和48年スラッシャー木村っていましたね。火薬背負ってウロウロします。マンガジン。凄い、音がして美ビリます。こんな鐘、鳴り響くのかな。10数度。小学校の時には、家族+いとこ1名で行ったわけだが覚えていることといえば、車での途中、車から地元の女子高生らしき人に道を聞いていた。女子高生2人組は、あっちと指を指した。それと土産で鉱山の石を一つ買ってもらって、何だか、ことあるごとに眺めていた気がする。
2014.07.21
コメント(0)

竹田城については、過去2回登っている。小学校高学年の頃と、大学1年のときである。ここ2,3年の間に、天空の城とか、日本のマチュピチュとか言われるようになった。それで、ブームになって、今、どっと人が押し寄せており、観光客は2,3倍になったという。(適当。前にそんな記事読んだ)そういえば、今、ペルーのマチュピチュでは、クスコとの間の谷間に空港を造ろうと計画が上がっているのだ。観光客は10倍を見込んでいる。確かに私もマチュピチュに行こうとすれば、アメリカ経由首都リマを経由し、クスコまで飛んでそっから列車とかバスとか、まあ、往復1週間ってところだな。有名になったのは、高倉健の「あなたへ」とも、なにこれ珍百系で紹介されたからというのも聞いた。だからオレも、ミーハーにまた再訪してみたのか?まあ、そうなんです、季節はずれですが。こういう説明書ありこの竹田城は兵庫県朝来市和田山町にあります。竹田城跡は古城山(標高354メートル)の山頂に築かれた南北約400メートル、東西約100メートルの総石垣づくりの山城です。気象条件によって近くの川から霧が発生し、雲海によって天空に浮かんでるように見えることから「天空の城」や「和チュピチュ」とも呼ばれています!来場者の数は、4年前には5万2千人だったそうですが、新聞や雑誌、テレビで紹介されたことで徐々に注目度が高まり、去年は24万人がこの竹田城に来たそうです!予想外の観光客の影響で警備費や維持費を増やさなくてはならなくなり、2013年10月から朝来市は、観覧料を徴収することになったそうです。しかし価格はなんと300円。しかも中学生以下は無料。冬は誰でも無料で入れるそうです!とっても良心的ですよね!とのこと。懐かしい、があるかといえば、まあ、そうでもないな。
2014.07.18
コメント(4)

1位なのか?当社調べでは4位である。ああ、ひらかなにすると1位ね。列車待っている人いないねえ。見所イッパイだなログハウスローソンメルヘンねえ。地獄温泉いいね何か発泡スチロールでできているらしいよ、ドーム型ホテルの原型発泡スチロール喫煙所。発泡スチロール屋根廃棄物猿。牛。やっぱり牛。煙。山のご紹介。石あげます、ただで。
2014.07.17
コメント(2)

残念ながら人の生活にはそんなに興味がないのだが、家帰ったら何することもないというのは、全然なくって、家に帰ってからも忙しい。当たり前のはずなんだけど、誰からも元気をもらうことなんかない。誰からも元気も勇気もやる気ももらわない。やる気がないときはやる気もないし、元気は勝手にやってくるし、そもそも、テンションが上がったら、次は下がるしかないんだ。だから、意味なくテンションの上げ下げはしない。それでもテンションがあがることはあるが、やっぱり、次はテンション普通に戻ってしまう。まあそれは問題ない。絆、も昔はいい言葉だなあと思ってたけど、今は胡散臭さ満載だ。イタリア語でいうとファッショだよ、ファシズムだ。どこか排除が見え隠れしている感じがしてならないからね。まあ、そんないっぱい友達おらんからいいけど。友達って3,4人いたらそれでいいんじゃないの?倍返しだ、何が何でも、ダメじゃん、ハムラビ法典にもちゃんと、書かれてるジャン、目には目を歯には入れ歯をって。つまり、同じだけ返さないと収まらないんだよ、片目潰されたら、片目を潰し返すだけで、両目潰したらあかん。昔からそうやって平等にされとんや、多分。 あとは、まあ、自分へのご褒美(まあ死語か、単純に踊らされているだけ)とか自分探し(死語)。前にも書いたけど、自分探ししたければ、知らないところに行くな、親や苦手な知り合いのところへ行き、自分はどうですか、と聞け。そういえば、サムライジャパンやなでしこジャパンも嫌いだ。オレには関係ないし、侍は日本にはいないんだ、散々、東南アジアでサムライとかカラテとか言われたけど、まあどうでもいいよ、オレって負け組み、勝ち組、どっちかさっぱり分からん、何セ、組に属してないんだ。ゴメン。自分に正直にいくるわ、リスペクトされるように、てきにはリベンジできるように。等身大の自分を表現していくわ。ははは。
2014.07.16
コメント(0)

宝来宝来神社1。オール賽銭、なんぼでもつぎ込んでくれや。5円玉の会かいな・・・皆に宝くじ当たったらどうなるの?特定の職業の方々がポックリいきますように。ここにも、個人情報にうるさく窮屈な世界が忍び寄る。おみくじ巻きつけられたの龍。供養、ってゴミ箱かな。双子賽銭箱。ココロに染みるエピソード。ルーレット自分で回すから好きにできる。神もリアルに書くと滑稽やな。ご進退って?札束岩って・・・札は?まあ、雨に濡れたらね。マア私も、お札何回かポケットにハダカで入れたまま洗濯したけど、確かに無事だったような気がするね。何セ、札は紙なのに、100万回折り曲げても破れないようになっているんだよな。(1万回か10万回かもしれない)子供にまでいっちまうのかまさに、2月生まれの私の未年は、おだやかに人情に厚い、まさにオレのことだ。心の中は常に穏やかでなく、人情に訴えられることもないんだけどね。 2014年熊本 長い駅名、「南阿蘇水の生まれる里白水高原駅」 南阿蘇、清水滝 ホギホギ神社1 ホギホギ神社2 ホギホギ神社3 弓削法皇社 弓削神社 粟島神社 やすらぎの丘、宮内庁の七福神 熊本空港
2014.07.15
コメント(0)

もうカリブの旅行から帰ってきて2ヶ月もたつのでさっぱり何が何だか忘れつつあるのだが、追記を試みるのである。実は、今回、カリブの独立国家にはそうは、いっていないんである、正直言えば、アンティグアバーブーダーだけだ。アンティグアバーブーダでは、白い砂浜や断崖絶壁の風景を見に来ることもなく、オンラインカジノが集まっている。アメリカでは規制されているから。ほんと、3~6時間でアメリか東部からはカリブ海に行けるので、すごく身近なのだろう。そして、ヤクチュウやアルチュウのリハビリ施設も多くある。ブリトニーも入所したぐらいである。かのエリッククラプトンが呼びかけたらしい。多分彼は、この島が好きなのだろう。この国は、ほとんど、アンティグア島とバーブーダ島とでなっており、バーブーダ島もアンティグア島ぐらいに面積あるのにあまり人が住んでいなくて、エゲレス王室もなんだったかな、バーブーダ島にいまだに領地持っているだか、よく遊びにいっているだか、なんだか、ちょい関係あるようである。しかし、次ぐらいに大きな島はレドンダ島である。いやはや、これがレドンダ王国である。150年ぐらい前に、アイルランド人の貿易商が勝手に王を宣言し、以降、3、4代も継承され、承継問題で揉め、その前に、島無人。どの王様も、島には在住していない。シーランド含め、独立国家は多いよ世界は、アメリカとか日本とか以外はあまり野球ってのは一般的ではないが、カリブはアメリカに近いからか、ドミニカキュ和国とかキュラソーとかアルバも野球選手を輩出。貧乏から抜け出すには、メジャーリーグだ。そういえば、昔、大リーグっていってたよなあ、巨人の星でも。小学校でオープンカーに乗ってた花形君、大人になってどうなったんだろうか。まあ、そんなのころで画像はあまりました。
2014.07.14
コメント(4)

今日の食事は、鶴橋ありらん亭である。半分韓国、半分日本である。ここで、次回、初めての海外という人間(社内)に対し、3人の旅行経験者が囲い込み、助言を授けるというオサレな食事会である。しかし、よくよく考えたら、もはやそんな助言はすっかり出来ないのである。社内でも、わざわざ総務部か経理部から、助言を受けるなら2番目に行っている人に受けたほうがいいんじゃないですかと言われたとの事であるが、一応、召集されたのである。(1番居ている人はちょっと特殊ですからとでもいいたげなのが、ちょっとご立腹のふりである)「ガムテープと、芯抜きトイレットペーパーかな、あ、それ学生時代だったな」それを言うと、コメントの仕様のない沈黙となった。いや、その前に、ポッサムがやってきた、いやその前にビールがきた。だから、カンパイ炸裂である。 薬は、確かに現地の奴は、効くよ、効くけど、なんだか強すぎてブツブツもできるよ、そういうのがインド製だったな。あと、ヨーロッパじゃ、ドロップみたいの水に溶かして飲むやん、ソレ知らずに齧って、なんだよ、これと嘆いたことも。いやはや恥ずかしい話なのだが、私が初めて海外旅行に行ったときには、なんだこりゃってのも、持って行ったのである。まずは寝るときにきるジャージである。そして、石鹸がたった2週間なのに、3つも4つも新品を揃え、洗濯しないといけないので、洗濯ロープと洗濯ばさみである。ジャージは不要であり、石鹸は、今は小さなボトルに入ったジェルだが、今はお金持ちになったので、ホテルにセットされていることが多いのだ。がぷテープも応急処置したり、洗面をフタしたり、まあそういう必要もなくなったので、今では不要である。トイレットペーパーも1ヶ月も2ヶ月も行くことがなくなったので、今や、駅前で配られているテッシュを持っていく。最近はお金持ちになったので、宿泊するホテルにも大抵トイレットペーパーがあるのだ。ビーチでは、椰子の木の間に洗濯物を干していると、島のおばあちゃんが、洗濯ばさみを不思議そうに見ていたので、差し上げると、大変喜んでいたのも、もういつの話だろうか。すでに、何が注意点なのか、非常に難問状況であり思いつかないのである。そういえば、機内への荷物の数量とか重さや、日本に持ち込める免税内での数量とか、何かそういうのも必要なんだろうか。あと、そうだねえ、空港で両替すると、大抵、レートが悪いとか手数料いっぱいとかで、損なのだが、今は、もうお金持ちになったので面倒なので空港で両替する。まあ、するといっても、1万円はいかないからね、そっから何百円も損するというわけではないので。そういえば、この前アルゼンチンだったかなあ、空港の銀行で両替しようかとしたら、後ろから飛行中に私の相手をしてくれていた客室乗務員が通りがかり、「そこは率悪いよ、あそこが安い」と教えてくれたなあ。銀行員苦虫潰してた。そういえば、トラベラーズチェックはまったく使わなくなったなあ。というか、もう日本では発行されてないんじゃないか。シティバンクの銀行カードで結構、引きおろしちゃうし。シティコープやバンカメやトーマスクックも使っていたが、どこでも良かったが、銀行での窓口の対応が良かったアメックスをよく使うようになったなあ。確か東京銀行か兵庫銀行だったなあ。窓口のおねえさんが、今度はどこいくの?と小声で尋ねてくるのがおかしかった。そうなんだよな、学生時代の頃のほうが現金持ち歩いていた。というか、学生時代はカードも持ってなかったし、インターネットもなかったので、よっぽどの緊急連絡は高い国際電話か、手紙である。国際電話は、1度しかないのだ。それも実家にコレクトコールで。「あ、おれおれ、(詐欺ではない)飛行機が取れなかった!帰れない、履修届けが明日までだ、悪いけど、俺の変わりに勝手にこれとこれとこれだけは取りに大学へ行ってくれるか、必須科目は取らないと、留年なんだ!」と。トラベラーズチェックを作っていた頃、あのときはお姉さんと思っていたが、俺も順調に育ち、10年ぐらいして、フランス人を両替のために、京都の銀行に連れていたら、当時はユーロ前でフラン、為替の女の子が○○ちゃんフランス行ったことあるんちゃうん?これフラン?と笑いながら確認し、奥からフランの見本出してきて見比べていた。牧歌的だったなあ。あ、この前か。ほんの10年ぐらい前。いやユーロ導入前だから、もうちょと前か。ちなみに、保険はラクダでインド旅行するぞ、というときだけは入ったが、あとは、簡易な奴、あれなんだったのだろう、3ヶ月5,000円とか。どうやらの海外初夜。・・・オレの頭の中ではシェリタリングスカイが流れる・・・。
2014.07.13
コメント(4)

秋田には、タイヤをよく見かけてしまう。100キロの移動を試みている最中。赤田大仏。しょっつる鍋も食べてない。ハタハタずしは食べてない。金萬も食べてない。横手やきぞばも食べてない。生グソも食べてないな。生グレープソフトの略のようだ。底に生のグレープフルーツの実がゴロリと入っており、その上にかき氷。さらにその上にソフトクリームという三段重ねである。道の駅で急いで、土産は買わず、コーヒーを購入。ババヘラも今回は食べず。空港は山の中にこっそりとある。車は飛ばす飛ばす、メシ食っている暇はない。秋田新幹線は新幹線ではない。日本海沿いの道に出る。 2014年秋田 秋田空港 金色大観音、田沢湖 卓球道場(由利本荘市) 岩城修弘霊場1 岩城修弘霊場2 折渡千体地蔵尊 秋田余り画像 秋田空港
2014.07.12
コメント(0)
羽田空港にはサマンサタバタがある。イキッテ横文字だが生粋の日本企業である。5年ほどすれば形相は変わったカモシレナイ。まあ、散々、私も成田は不便、羽田にせいや、横田基地と成田空港、米軍と交換せいや、みたいなことを青年の主張もしてきたが、千葉県民にとっては当然成田のほうが便利なわけで、やっぱ、リニアモーターカーの唯一の使い道は羽田東京成田なんかな、とかも思いながら、まあ、いいんだけど、全然関係ないけど、タイの格安航空会社ノックエアが日本に入ってくるらしいねえ。いやはや、羽田から割とアジア便が飛ぶようになったが、実は昼間時間のアメリカ便の枠が結構余っているというか、争奪戦を繰り広げているというか、昼間に日本飛んじゃうとアメリカに夜中に着いてしまうという時差的な使い勝手の悪い問題もあるんだよなあ。そんなわけで9枠も空いてて日米航空交渉をやっているというか、難航しているというか、でも決まり始めているというか。アメリカから乗り入れているのはユナイテッド、アメリカン、デルタ、ハワイアンの4社でそれぞれの思惑がうずめき、とくにデルタとユナイテッドはオープンスカイってのか、以遠権を持っているからね。以遠権ってのは、、本国から別の国を経由して第三国に行ける権利ね。デルタとユナイテッドはアメリカから成田に到着して、さらにアジアに飛んで行っている。儲かるかどうかは別にして凄い権益である。まあ、これは歴史的経緯であり、デルタの元ノースウエストは日本に国際線航空会社を持たない時代から抑えていたり、ユナイテッドも世界のパンアメリカの時代からの名残であろう。特にノースは、成田になんちゅうの、ミールのセンター(機内食工場とでもいうの?)まで構えている唯一の外国の会社だからねえ。そういえば、ユナイテッドも営業距離をエミレーツに1.5倍ぐらい抜かれて世界2位、それくらいあちこち飛んでいるんだねえ。成田もカクーンとしているわけではなく、東京駅と成田に900円のバスを飛ばして(いや流して)いる。まあ、結局、羽田、成田ドッチやねんの便利不便性ではなく、現地にいつ着くのかとか、乗り継ぎスムーズなのか、ということになろう。マア、ソレより、関空何とかナランかな・・・。関西経済の地盤沈下しまくっているから便数減っているだけだけどね。ランク
2014.07.11
コメント(2)

なまはげは、前に逝きましたね。秋田空港は2回目で、その間に大館空港に一度行っている。西馬内音の盆踊り 阿波踊り、郡上踊りと3大踊りとはいわれるものの。そういえば、郡上踊り行ったなあ。稲庭うどん きりたんぽ 三大うどん讃岐うどん(香川県)、稲庭うどん(秋田県)、(水沢うどん(群馬県)、五島うどん(長崎県)、氷見うどん(富山県)、きしめん(愛知県)のいずれか》今回の旅行ガイドブック、前日夜中に懸命に作ったもの。これ、ロシア人やゆうても分からないねえ。しかし、ロシアの血が混じったという歴史的経緯はない。ロシア人がアジアの端まで到着したのは江戸時代であり、そこからもし海を渡ってきたとしても鎖国しているからねえ。まあ、どうなでしょ、日照時間短いとか、まあそういうことかいな。 2014年秋田 秋田空港 金色大観音、田沢湖 卓球道場(由利本荘市) 岩城修弘霊場1 岩城修弘霊場2 折渡千体地蔵尊 秋田余り画像 秋田空港
2014.07.10
コメント(4)

今日もまたこの曲で日記を読んでください、Pink Floyd's Great Gig In The Sky 清水滝の矢印に沿っていくと、いやはや向こうから車来たら終わりやといいつつ、門が。ずんずん山を登りつつ、対向車が来ないことのみを祈る。車を降りて3分程度で、なにやら変な物体が見える。インド象ハウス インド系やなー。象に家があって、お住まいのようなおばちゃんが居た。万年床が見えた。カッコイイかめんらいだー的ベルトやなあ下山への道、ないんですが・・・おまけに不明のモノリス。洞窟道滝自体は、規模はたいしたことないけど、意外と苔と似合っていい感じよ。ありがたや、どうやって作ったんやろうねえ。 2014年熊本 長い駅名、「南阿蘇水の生まれる里白水高原駅」 南阿蘇、清水滝 ホギホギ神社1 ホギホギ神社2 ホギホギ神社3 弓削法皇社 弓削神社 粟島神社 やすらぎの丘、宮内庁の七福神 熊本空港
2014.07.09
コメント(6)

パワスポって、多分、珍スポの間違いにオレには見えるのだが。オール賽銭、なんぼでもつぎ込んでくれや。縁切りホテイさんか・・・縁切りたいのは、貧乏神からストーカーからニートから怠け癖からロウニンから・・・。専用車もあるよ。木に布袋さんが埋め込まれている。お、木魚の原型だ。神がこんなけいっぱいたら、ご利益がなくなるのでは、全くそんなことはないですよ、とのこと。恋の何のお金のことを占うのかしら。よくよく考えたら、駐車場ありますって、駐車場の周りが全部賽銭箱ってことなんね。新聞にも取り上げられている。計算間違いせんように、多めに払っておいてくれ、釣りはないよ。この世はゼニではございません。だから、お金欲しい欲しいって、祈願しないで下さい。ぽっくり天狗ぽっくり、健康に死にましょう。ぽっくりは、テレビでも大人気。みつをもガメツク。虚ろないつろ船龍も写真撮られると喜ぶのか。役目を終えた財布は中味を入れたまま、ここに捨ててください。 2014年熊本 長い駅名、「南阿蘇水の生まれる里白水高原駅」 南阿蘇、清水滝 ホギホギ神社1 ホギホギ神社2 ホギホギ神社3 弓削法皇社 弓削神社 粟島神社 やすらぎの丘、宮内庁の七福神 熊本空港
2014.07.08
コメント(6)

まあ、昼間は、まんべんなく、厳しい仕事である。問題は夜である、いやまあ、夜は飲みに行くのである。勿論シブシブである。わざわざ東京から後輩が仕事で神戸に来たからというので、仕方ないので行ってやったのである。何度かネタにしている兵器産業に勤めていた大学の後輩である。大体7月4日はアメリカ独立記念日だが、純粋培養のジャパニーズオレには関係ない。そいつは、簡略して言うと、某大手商社から、その会社から数人で独立、よくある商社の中間搾取を俺らで頂こうぜ、海外との人間関係で、相手も安くなるやん、ではじめ、去年、その中でモメテ、独立に追い込まれたようだ。 いやいや独立させられたのだが、それもこれも、奥様のおかげである。奥様は、マンションに特化している某ゼネコンの、いやはや設計部長になったそうである。だからおれ独立するよといったら、どーぞどーぞ、でも○○万円は家庭にいつもどおりちゃんと納めてくださいね。とのことだった。それと、相変わらず、毎日キッチンシンク下のヌメリは掃除せよとのことであった。さすが億ションに住んでいる家庭である、いや元億ションである。億ションで販売されて、チートモ売れなんで数年たって損切りしておくションじゃなくなって買った家である。私はすかさず鋭い質問を浴びせる。「億ション買う人たちとオマエラ家族とのマンション内格差というか差別があるだろ」すかさず、彼は、「いや億のときに買ったお金持ち世代は少なくて、超値引き後の購入者が多くて管理組合でも貧乏人優性なんですよ、ははは」とのことで、何だあまりおもしろくないなという印象。他人の苦労は蜜の味、あ、そうだ、健全な精神は健全な肉体に宿るだったっけ、何かそんなのあったけどあれ間違いだよね。古代ローマの詩人が、健全な肉体に健全な精神に宿ることができたらなあ・・・お祈りしますって意味かなんかそんなんだったよねえ、いやもう忘れちゃったよ。まあ、軍国時代に都合よくなんだか解釈したんだろうねえ。 まあ、独立して、楽しいくてココロ苦しいのは、まだ事務所持てなくて自宅のパソコン開くことだから、ガキも通学、嫁ハンも文句いいながら出て行く、俺、家で仕事か営業行くだけ、でも営業は交通費自腹で厳しいよ、でもいろんなとこいけて、家にいなくてもよくて、楽しいな、家にいなくていいのが本当は楽しいな、自腹でこの前シンガポール行ったけど、来週マレーシア、なかなかでも仕事だから格安チケットやLLCの安い時期に合わないんだよなあ、ハッハアの贅沢な悩みというか、出張は直前でしか決まらないからね。でもクアラルンプールは久しぶりですわ、というので、オマエ、そらノックエアも就航するし、バンコクから冷房付国際バスかハジャイまで列車で行って乗り換えたら安いやないかと、グッドアドバイスする。いやー現地着くまで3日もかかったらダメですよ、とのことだが、じゃあ、暇なんだから3日早く出国せいやとのアドバイスに、ああ、そうですね、すんなり同意、ワインのお代わり。勿論シャトーマルゴーに似たスペインワインである。値段は100分の1ではあるが、もう2軒目なので問題はない。2軒目なので、ボトルを2本空けて家路を急ぐ。 翌日、5時半起床、多少の二日酔いで出発するのである。
2014.07.07
コメント(2)

この前、偶然にも、重曹を購入したところ、熊門がプリントされており、それを見てウムム熊本行くか、と安易に考えたのだ。もう少し真剣に考えると(後日、というか今調べてみると)、熊本自体には2009年に水俣に行っているものの、熊本空港のご利用は2005年だったので、暗算で引き算してみても9年の歳月が水のように流れている。随分成長しなかったものだ。老化してくると、感慨深くも何ともなくなっているのだが、空港に着いたら、何故か珍しく、割と空港前道路の構造を覚えていた。前に行った時は空港近くのアメリカン農場だったのだが・・・今は、どこもかしこもクマ門に溢れている状態で、安売り農場もそんな状態である。仕方ないので、緑茶を購入しようとしたが、レジにずらーっと買い物客が並んでいたので、34円やめた。熊本空港も溢れている。ここ最近行った鹿児島と青森と福島と秋田については、どの地でも食事する時間がなく、今回もそんな時間はないと思いきや、観光予定地をもう一箇所増やすと飛行機間に合わないので、やめておいたところ、空港には出発の50分前に到着したため、昨晩鯨とキノコのアヒージョとその他もろもろしか食べて以来。まあ23時間ぶりぐらいに飯を急いで食うことになった。と行ってもチェックインやお土産を買うと出発まで30分となり、迷うが、ここはすぐ出てくるし名物であるはずの熊本ラーメンと相成った。野菜ラーメンにした。空港なのか、店の特徴なのか、それとも熊本ラーメンとはこういうものか、ちょっとオレには塩辛すぎてスープは飲みきれなかった。飲みきれなかったのには他にも理由があって、館内放送で間もなくセキュリテイ締め切りますと案内があり、イッキに飲むのは熱すぎたのであった。ガーリックチップを入れるのが、特徴というが、他の特徴はラーメン専門家ではないので、ここでは省略。乗るのはソラシドエアーではない、コレに乗ってしまうと東京に行ってしまう。豆腐が名物なのか不明だったが、美味そうなのでお土産とした。まあ、今回もイソギANAとスタバのコラボのタンブラー購入、世界地図が入っていて、今回のが今までで一番いいデザインかなあと思った次第。それにしても、行きも帰りも空いていて、30人前後しか乗っていなくて、行きも帰りも機内販売簡単に声掛けできるのであった。ここ2ヶ月くらいは、機内販売で商品を一つ買うと、AKBこすぷれマグネティカがもらえるのである。「ご興味はおありじゃないでしょうけど・・・」と言われたのだが、「いえいえ、興味はあります。正確にいうと、何人かにもらう機会あったら分けてと言われているんですよ」ということも言えず、ニヤニコ照れ笑いしながらマグネティカをもらう。でも、一瞬これだけあればちょとだけ嬉しい気にもなった。しかし、帰って袋を開けてみたら、大島さん5個もかぶってしまったのであった。大島さん、卒業したんじゃないのか・・もうひとつは柏木と書いてあった。大島のファンでなかったことを悔やんでも後の祭りであった。 2014年熊本 長い駅名、「南阿蘇水の生まれる里白水高原駅」 南阿蘇、清水滝 ホギホギ神社1 ホギホギ神社2 ホギホギ神社3 弓削法皇社 弓削神社 粟島神社 やすらぎの丘、宮内庁の七福神 熊本空港
2014.07.06
コメント(4)

というとベトナム映画を思い出してはしまうのだが、まあ、独立記念日とかいうことになっているけど、世界の重層的な歴史の中で、WASPアメリカの歴史は簡単に説明で来ちゃうからおもすろいね。ヨオロッパで、カルト宗教やってたら、みんなから嫌われて国を追い出されてプルグリムファーザーズとか何とかイキッテ言われているけど、勝手に先住民のアメリカにたどり着いて、地元民を皆殺しとか追放とかやってみたら案外何でも平和な奴らにはうまいこといって、もっともっと領土欲しいよお、とメキシコも勝手に占領してアラモに閉じこもって、もういい加減にしてくれよと気の優しいメキシコ人も怒って、不法侵入者を蹴散らしたら、アメリカ人の怒涛の報復、キューバでも自作自演で船爆破して、マッチポンプ、やられたらやり返せ!まあそんな感じでずっと領土広げてわがまま通してやってきたよ、だけども、あらまあ、今、ちょっと弱いアメリカになってきたのが露呈してきている。アメリカは兵器産業とかネットで無理矢理グローバルスタンダード称したアメリカンスタンダードで無理矢理技しかなくって製造業は、アッケラカンのカー状態。 そこで、いやはやそこまでは歴史として、最近は、せっかくのオバマもほんま不憫だわ。金持ちへの(普通の)増税とか国民皆健康保険とかいやはや、ほとんどのアメリカ国民の要望することを果たすことを議会で阻まれているからねえ。いやはや、日本人の私たちは、アメリカ行くよ、多少は知っているよっていったって、ほとんどが西海岸東海岸の比較的国際的というか常識的というか、そう人たちがイーパイいるところしか行かないよね。反知性主義の福音派なんかが主流なんだ、ほら、進化論なんか教えたらあかん、学校ではちゃんと神が人間作ったって裁判に訴え、そうなった多くの地域だよ。アメリカは宗教国家なんだよね、いやあ、自分の地域だけでやっといてくださいいね。 でも7月4日には私は生まれてないけど、前置きを書いていると本題忘れてしまったわ。アメリカの政治家っって政治資金はきっちり規制されているというけど、「おれたち勝手に共和党(民主党)応援しちゃうからね。だから勝手に集まっちゃうんだよ」というスーパーPAC がある。コリャダメだね
2014.07.05
コメント(0)

なまはげは、前に逝きましたね。秋田空港は2回目で、その間に大館空港に一度行っている。西馬内音の盆踊り 阿波踊り、郡上踊りと3大踊りとはいわれるものの。そういえば、郡上踊り行ったなあ。稲庭うどん きりたんぽ 三大うどん讃岐うどん(香川県)、稲庭うどん(秋田県)、(水沢うどん(群馬県)、五島うどん(長崎県)、氷見うどん(富山県)、きしめん(愛知県)のいずれか》今回の旅行ガイドブック、前日夜中に懸命に作ったもの。これ、ロシア人やゆうても分からないねえ。しかし、ロシアの血が混じったという歴史的経緯はない。ロシア人がアジアの端まで到着したのは江戸時代であり、そこからもし海を渡ってきたとしても鎖国しているからねえ。まあ、どうなでしょ、日照時間短いとか、まあそういうことかいな。 2014年秋田 秋田空港 金色大観音、田沢湖 卓球道場(由利本荘市) 岩城修弘霊場1 岩城修弘霊場2 折渡千体地蔵尊 秋田余り画像 秋田空港
2014.07.04
コメント(0)

壮大なスケールと神秘、というか、このインド風仁門は、あそこで見たぞ、アルヴィハーラ寺院(ツリランカ)の門を彷彿。鋳造観音様部門では、日本一の35メートル。入場料は300円とのことだが、誰もおらず、ただ、携帯電話が置かれていたり、拝観料を払う窓口の窓が開いていたりして、席外しなのだろうということは想像できたが、後からも誰も来る気配がないので、お金置場に100円玉3枚を置いて入っていく。敷地内は、スピーカーから音楽が流れ、荘厳感を醸し出している。七福神様めぐりも20秒で済ませ、胎内巡りとなる。胎内といっても、観音様の中ではなく、どちらかというと台座内を巡るのである。そこは音と光の幻想宮殿となっているのだが、勿論、人感センサーにより開始されるんである。本家の三十三軒堂はもとより、加賀でも見たのである。本家の三十三軒堂はこちらである。確かに加賀の里のミニミニ版であった。うららのポーズこの頃と比較すると随分施設も縮小されつつあるな。うだる暑さでもないのだが・・・まあ、そんな感じで、参拝客は多く、駐車場は満杯であった。私が借りたレンタカーもどこにあるか分からなくなってしまった。出るときには、ついにヒトリのおばさんを見かける。何だか、おばちゃんは苦笑いした。私は、一応、誰もいませんでしたので入場料あそこに置いてあるんですけど、というと、急に赤面して、申し訳ございません、胎内も見られましたか?とおっしゃり、チラシいりますよね、とくれた。12月から3月までは拝観料無料と書かれている。経営は、隣のホテル。なんと観音堂ツアーもある、が、準備中。最近、この程度のポンチ感じゃ飽きてきてしまって、感覚鈍っちゃったよ。寂寥感も、まあまあ飽きてきたかな。 2014年秋田 秋田空港 金色大観音、田沢湖 卓球道場(由利本荘市) 岩城修弘霊場1 岩城修弘霊場2 折渡千体地蔵尊 秋田余り画像 秋田空港
2014.07.03
コメント(4)

その1。深山って、まあ、いったものの、最近誰も来ていないだけで、蜘蛛の巣が張ってて、いやはや、顔に張り付いてやられたあという感じだなだけである。深山というと、緑の奥地というイメージかも知れないが、私にとっても深山は、チベット高原の奥地である。多分、私は40年ぶりにチベットに行き、カイラス周辺に行くのである。人生始まって20年頃に初めてチベットに行き、人生の終わる20年前頃にまたチベットに行くのである。何故か。ストイックな感じがするからだけである。50歳で10歳の記憶は薄いかもしれないが、60歳で20歳の記憶は濃い。しかし、70歳ではきっと30歳の記憶は40歳や50歳の頃の記憶と変わりがない気がする。それが20歳前後の強烈な時期なんだ。15歳前後や25歳前後よりも20歳前後。ころりと逝く。理想だ。この願いが理想だ。二日酔いなのに、早起きして飛行機乗ったんだ。少しヤバイ感じの写真展示コーナー蜘蛛の巣張ってたぐらいだったからな。腰痛い人用、でも嫌な感じ。人の写真ヒロコさんがやばいよ。 2014年秋田 秋田空港 金色大観音、田沢湖 卓球道場(由利本荘市) 岩城修弘霊場1 岩城修弘霊場2 折渡千体地蔵尊 秋田余り画像 秋田空港
2014.07.02
コメント(2)
あまり大きな声では言えないのだが、小さな文字で書くと、オカンは今イギリスの妹夫婦の家に居る。緊急連絡先は私になっている。私はいつも留守番である、というのはウソである。学制どもが山に入るとうことになっても、緊急連絡先になったりして、セイガクから今からヤマ入ります、今下山しこれから自宅に帰ります、そんな連絡が入ってきていたのも、勿論、携帯電話のない、ほんの10数年前の話である。阪神淡路震災の頃だものなあ、携帯が普及しかけたのは、同時にインターネットも入り始めたりなんかした頃だ。そういえば、初めてインターネットしたのは、サイトに直接URL打ち込みで入れてアメリカの図書館とか大学とか研究機関にアクセスしてみたりして、それだけで、おお、まあまあ凄いな、と思った程である。 その後、自宅でもネットを引いてから(勿論ダイヤルアップ)、遂に旅行にもネットを活用。エストニアのタリン情報だ。個人の方が、実に3,4人だけが日本語のサイトをアップしていた。そういえば、その頃にちょとだけありがたい思いでもあって、KLMオランダ航空でアムス経由のヘルシンキに行ったのだが、そこでフィンエアの国内線に乗り継いだのだが、乗り継ぎ時間が4,50分しかなくって、そんなの乗り継げるかどうか分からないので、KLMのサイトかなんかで乗り継ぎ出来ますかとメールしたら、勤務先(をあて先にしていた)にKLMから電話がかかってきて、乗り継ぎできますよとの返事をわざわざもらった。 そういえば、昔は、携帯なかったから、会社にじゃんじゃん個人宛に電話かかってきてたよなあ。飲み屋からの支払い催促の電話から、今日飲みに行こうぜの友達からの電話から、久しぶりやナー実家で勤務先電話番号聞いたんや、オレ結婚するから式来てくれやーのような電話。勿論式のお誘いの電話も会社から電話だ。そんなわけで、多少数人分の名前は上司なども知っていて、○○証券の×クンは元気なん?△製薬の□クンは今何してるのだいと、暇になれば話しかけられたりした訳。一番多い電話は、勿論家庭からである。○○さん家から電話ありましたよ、という取次ぎなんか結構多かった。そういった時代は、今思い出したけど、今思い出した程度だから、まあ、そんなに懐かしいものでも、良かったなああという訳でもないけど、確かに隣に座っている社員でさえ、会社以外のネットワーク交友関係は、まったく不明になったねえ。まあ、たまたま、私、そういうのに、あまり興味ないからよかったよかった。タイガーマスクの終わりの曲みたいなものさ、強ければ~それでいいんだ~ しまった、ユーチューブで1時間もタイガーマスクみちまったじゃねーかよー。7月入って、特に何もしてないよ。まだ1時間しかたってないけど。それに、画像集めで毎年の7月1日、年が半分終わって、まあロクでもないね、どっちかというと、大したことないね、さすが、たいしたことない道まっしぐら。 あ、そうだ、妹からメールがあって、「おにいちゃんは7月3日(木)はイスタンブールにいますか?お母さんが乗り継ぎでイスタンブールの空港にいるから」都合よくいるはずねえだろ。オレは出頭も主張も海外出張もない会社員なんだ。(1年以内にイスタンブール、ケマルアタチュルク空港には8回離発着してるけど、全てトランジットだよ)
2014.07.01
コメント(8)
全30件 (30件中 1-30件目)
1
![]()

