全635件 (635件中 1-50件目)
![]()
白蛇島『しをんのしおり』で三浦しをんという新しい才能に出逢って感動してから、もう半年以上の時がたってしまっていました。時間がたつのは早いもんです、ほんとに。拝島は世間の流れから適度に切り離された感のある孤島です。高校生の悟史は13年に一度行われる大祭に出るため島に戻ってきました。島には独特の文化と因習が脈々と受け継がれていて“持念兄弟”という存在もその一つ。これは家の長男同士が持念石と呼ばれる石を分けて持つ風習のことで、悟史にも光市という兄弟がいます。持念兄弟にはは本当の兄弟よりも親しく過ごし、助け合うという決めごとがあって悟史と光市も深い絆を感じながら育ってきたのです。血より濃い絆ですからそれをめぐる噂の中には雨月物語のような話もあったりします。島全体の神事を司る家、神宮家にはもっと不思議な話があって、世継ぎの背中に蛇のウロコがあるらしいのです。これが神と対峙出来る能力を持った人間である証拠なわけなのですが、幼い頃から一緒に過ごしてきたその家の長男の背中にはそんなものはありません。でも家を継ぐ権利のない弟の背中にはそれがあるのかもしれない…これも物語をかたちづくる重要なファクターの一つです。また、悟史自身も実は昔から見えざるものを見ることが出来る能力を有した人間でした。大祭を前にして、島で昔から語り継がれている「あれ」という怪物が出現したという噂があったり、宮司の代替わりを邪魔する謎の存在があったりと読むものの心を離さない工夫が満載でクライマックスまで向かいます。次男は島を出なければいけないという決めごとに対する人々の思い、濃密な関係の中だからこそ生じる愛憎。島の閉鎖感や淡い恋。こう書き出してみただけでもものすごいテーマの数です。それをストーリーを足止めすることなく織り込んでいく三浦さんの筆は大したもの。全体的には子どものころよくやった「なりきり遊び」(秘密基地を作ったりとかそういうやつ)に近いワクワク感があります。この雰囲気が出せるのはものすごい妄想パワーを持った三浦さんならではの事でしょうか?贅沢を言わせてもらえれば、設定を事細かく語った前半のボリュームと事件が動き始めてからのあっけなさがちょびっと気になりました。私が読んでも面白かったけど、これはぜひ中高生にオススメしたいです。ふと故郷に帰りたくなる小説でした。(2002/12/12掲載)
2008年11月06日
コメント(101)
![]()
四日間の奇蹟発売前なので紹介しようかどうしようか悩んだのですが、この感動が古くならないウチに言葉にしておきたくなったので日記に書くことにします。今年創設された「このミステリーがすごい!」大賞の金賞受賞作がこの本です。宝島社さんから仮とじ本をいただき、一足早く読むことが出来ました。このミスで選んだ本ならばガチガチのミステリーなんだろうと思いきや、謎解き色はほとんど無くてクライマックスシーンは泣きっぱなし。流れてくる涙をぬぐう時間ももったいなくページをめくるような状態が続きました。今年泣いた本ランキングというものを作るのなら、3位以内に入ります。(あっ、でも実際の発売は来年だ…)あまり詳しくは書けませんが、本筋のメインネタはミステリ好きなら大半が知っているであろう有名なお話に酷似しています。その点については受賞作決定までの道のりで何度も議論があったようですが、これだけ心を揺さぶられるならば小さな欠点でしかないし、欠点にもならないのではないかと思っています。自分で言うのも恥ずかしい話ではありますが、これを読みながら流した涙というのは本当に素直でピュアな涙ではなかったかと思うのです。指を失ったピアニストと脳に障害を負った少女が主人公です。少女はサヴァン症候群のような傾向を持っていて、一度聞いた音を完全に再現してみせるというたぐいまれな能力を持っているのです。彼らは施設をめぐりピアノを演奏するという生活を続けています。その旅の中で、この四日間の奇蹟に出会うのです。内容について詳しく書くのは避けたいと思いますが、誰もが抱える満たされない想いを奇蹟が溶かしていくそのさまは作品の世界を突き破り読者にも届いてきました。新人賞受賞作というと、とかくあら探し読書をしがちでした。でも、今回はそれではきっと損をすると思います。また、脳障害の説明をするために時折専門的な脳の話が挟まれるので、もしかしたらそのあたりで足を止めてしまう人もいるかもしれません。しかしそれはあまり気にせずに、この中で紡がれている言葉と描かれている音楽に心の底まで酔いしれてみてください。あ、せっかくだから手元にベートーヴェンの“月光”を用意しておくといいかもしれません。絶対聴きたくなりますから…(2002/12/10掲載)
2008年10月13日
コメント(0)
![]()
凍える島“ピイナッツのコオヒイカップ”といったような独特の文字遣いが特徴的でした。比喩や表現はなんとなく江國香織さんの小説を読んでいるときのような心持ちがあります。ふわふわ感は好きなのですが、正直コオヒイなどの文字遣いはここにモダンさをゆだねているようで抵抗感があったのです。でも事件が起こって以降はあまり気にならなくなったし、これくらいの雰囲気を作っておかないとあのオチにたどり着かせられなかったかなと思ってみたり。話そのものは典型的なクローズドサークルものというか、無人島で連続殺人という由緒正しいミステリの王道を行くようなテーマです。要はこれですな。そして著者の近藤史恵さんはここに恋愛という濃い味付けをして、読み手に提供してくれています。喫茶店<北斎屋>の常連客が慰安旅行と称してわいわいと無人島に出かけます。でも、どこかそこに漂う不穏な空気を感じるのです。というのも、喫茶店のオーナーのあやめさんと常連客の鳥呼は数年来の不倫の関係、旅行には鳥呼の奥さんも来ているのです。着いた島はこれまた訳ありで、以前新興宗教の聖地だった場所で、最終的には集団自殺で終焉を迎えたというこれまたいわくありげなところなのです。(そんなところでそもそもバカンス気分になるんだろうか…)そのうちに悲劇の幕が切って落とされ、血まみれの死体が転がります。お定まりのように密室だし、心臓をえぐりとって持ち去るという猟奇的なスパイスもきいています。ただ、そんな死体出現後も全体に漂うけだるさは変わらないところがポイントです。そう、すでにこの段階からやはり何かおかしかったのですよ。私の偏った見方かもしれませんが、登場人物たちはみなどこか感情の狂った人だったような気がします。もっとも、狂いでもしなきゃ連続殺人なんて出来やしないんでしょうが…鮎川哲也賞受賞作という評価されたミステリですが、私はどちらかというと恋愛小説として読ませていただきました。でも、近藤史恵さんの描く恋愛ってどうしてこんなに哀しくて痛々しいのでしょうか?(2002/12/6掲載)
2008年10月08日
コメント(0)
![]()
ねじの回転(上)ねじの回転(下)もしも歴史にやり直しがきいたら人類はどこをやり直すんだろう。そんな神様のような技術を持ってしまった人類が破滅に向かう自らに歯止めをかけるべく、過去に飛び聖なる暗殺を行いました。その段階から違う道を歩み始めた人類がたどったルートも、決して平坦なものではなく結局悲惨な歴史が築かれていったのです。そして、人類は本当の歴史を修復するという作業を始めます。もちろん、全部の時代をやっていたらキリがありませんから、歴史上重要と思われるポイントポイントを選んでその修復作業は行われていました。日本の歴史の中でターニングポイントとして選ばれたのが、2.26事件。時間遡行という特殊な能力を与えられた数人のプレイヤーと共に修復チームが作業を行うというのがこのメインストーリーなのです。日本史の勉強を真面目にしてこなかった上に、残されたささやかな知識も時とともに風化しつつある私には、詳しく書かれた当時の人物たちの行動全てが新鮮でした。「なるほどーこの人はこの時殺されちゃったんだ。」とか「ここで生きのびたからこの後の時代が○○になったんだ~。」など、この重要な歴史の流れの部分にフィクションがないことを祈るばかりです。時間遡行を実際に行うのは、その時代の選ばれた人々です。本当の流れとの大きな齟齬があると全てが最初からやり直しになるという過酷な条件の中、歴史の確定がすすみます。しかし、そもそもが熱い思いを胸に決起した将校たち。どうしても人それぞれの思惑があるので、小さな乖離がちょっとずつ増えていきます。よりによって、この歴史修復を管理しているはずのメインシステムも長年の酷使のせいでガタが来ているためあんまり信用ならないという代物。そしてどうやら未来の時代のメンバーの中にも、この遡行を阻止して違う道に導きたがる人がいるようで、ハッカーが忍び込んだりとシステム側も一刻も気を許せない緊張感が続きます。そして結局は思いもしなかったところから大きな齟齬が出てきて…歴史SFということでじっくり楽しめましたが、もうちょっと登場人物がくっきり書けていて人物にのめり込めたらもっともっと面白かったかなぁと感じました。ねじの回転といえば、ヘンリー・ジェイムズの古典を思い出しますが、こちらとも何らかのリンクがあるのかしら?そちらのストーリーをすっかり忘れていてしまったので、ついでに読み直してみたら感想も変わってくるかもしれませんね。読み直してみます。あ、同じく2.26事件の瞬間を舞台にした宮部みゆきさんの『蒲生邸事件』(これには泣いたね~)と読み比べてみるのも面白いかもしれません。(2002/12/4掲載)
2008年09月23日
コメント(0)
![]()
大正時代の身の上相談先日とある出版社の新刊会議の席上で、この本が話題になりました。小一時間ほどその出版社の新刊の話を淡々と説明した後、この書名を聞いた担当のOさんはあたかも自社一押し本のごとくこの本を熱い口調で語り出したのです。そのあまりのプレゼン(?)の上手さについつい即購入してしまいました。そしたらその席にいたもう1人も買っていてこれまた大笑い。いや、でも自社の本を知っているのは当たり前、他社の本までチェックしている人の言うことだからこそ信じて売ってみたくなるというもんです。さて「人の不幸は密の味」とは良くいったもので、人の真剣な悩みは時として笑いを誘うものなのです。悪趣味な話であることは否めませんけど。特にこれは大正時代という倫理感覚が違う時代の話なので、余計おかしく思えることがいっぱいです。「他の男に接吻されて汚れた私は、許嫁の元に嫁ぐ資格なんてないのでは?」と悩む妙齢の女性や、「お尻が大きくて不格好」と悩む男子、はたまた夫婦仲の相談から「親の薦める縁談相手と醜いながら心優しい女性、どちらをとるべきか?」などといういかがなものかと思うような悩みまで盛りだくさん。時代背景もあって妻が処女じゃなかったという悩みを持つ人の多さが特徴的でした。貞操観念はこの100年でこんなにかわったんですね。そんなことを真面目に悩む人たちに、読売新聞の記者どのが(あ、これらの身の上相談は当時の読売新聞で連載されてたものなのです)これまた真剣に答えます。異性に恋慕をし悶々と悩む青年に「冷水で頭を洗え!」と言ってみたり、過去の男関係で悩む女性に「懺悔して悔やむべき」と言ったりと、時に優しく時にそうとう厳しく(そしてたまにはあきれかえったりしながら)諭しています。これがまたどこか面白いのです。時代がかってはいるものの、いつの時代も人の悩みって進歩してないなというのが率直な感想です。でも理屈抜きに笑えるので行き帰りの電車の中で笑いをこらえるのに必死でした。人ごとだと思ってゲラゲラ笑ってたら、「職業婦人です、身を粉にして働き順調な生活を送っていますが、このまま追い追い寄る年波を独身でおくっていくことに何とも言えない寂寞感を感じます。」なんて相談を見つけて胸に杭を打ち込まれたような気分になりました。身につまされます。ぐすん。(2002/12/2掲載)
2008年09月21日
コメント(0)
![]()
タイムスリップ森鴎外これは笑えます。爆笑と言うより苦笑ですが、とにかくバカバカしいほどに面白くって久しぶりにお昼休みを惜しんで読み切ってしまいました。タイムスリップものは数あれど森鴎外が突然現代の渋谷・道玄坂に飛ばされてくることから始まるのです。(あ、作家のコメントで「作品内で森鴎外が何をするか、だれにも言わないでください」ってかいてありました。う、どうしよう)よくテレビ番組になるカルチャーギャップをとりあげたお笑いというのがあまり好きではなくて、ついついチャンネルをかえてしまうのですが、やっぱり異文化に飛び込んだ人の反応は笑えますね。大正の時代からいきなり80年後のそれも渋谷に連れてこられるのですから反応は推して知るべし。今の日本国内でもかなり突飛な文化を持った街ですものね。でも、ここがエリート森林太郎の頭脳の見せ所。「ほんまかいな」と呟きたくなるような理解力と順応力で現代の風俗に染まっていくのです。電車に乗ったりケータイを持ったり(もっと凄いこともしてます)する一方で、お札になっている夏目漱石を羨んだり、自らの名前を冠した賞が作られている芥川龍之介に複雑な思いを抱いたりとそういう人間臭さがたまりません。フィクションとわかっていながらも先日『片思いの発見』を読みながら胸に抱いた、「森鴎外って酷い男ね」という印象が薄れていくのを感じています。デビュー作で一挙にこの作家を有名にした『邪馬台国はどこですか?』以来、ジャンルは歴史ミステリなんだろうと思っていました。そのまましばらくご無沙汰していたら、すっかり馬鹿っぷりを増しちゃったんですね。ということはジャンルはバカミス?…でもこの壮大な大嘘つきぶりは爽快です。ミステリとしてのストーリー展開やオチはかなりいい加減感が漂っていますので、厳格なミステリファンは怒るかもしれません。そういう人は多分読まない方が良いです。でも、面白ければ良いではないですか。受験用の勉強で近代の文学に恨みを持ってしまった人にはぜひとも読んで欲しいです。なんとなく親近感が沸きますから。(2002/11/28掲載)
2008年09月10日
コメント(0)
![]()
太陽がイッパイいっぱい現代のプロレタリア文学です(いや、青春小説かも)。そしてこの全編を通じる明るさがやっぱ現代よねって感じ。(そもそもプロレタリア文学という言葉そのものにものすごい暗~いイメージを持っていたのですが、こんな本が出てました。)そもそも好きな部類の話ではなかったため、それほど期待せずに読み始めたのですがこれが面白い!工事現場の解体屋として働く若者達(+おじさんたち)を描いた青春もので、とにかく勢いがあって(舞台がナニワだし)けたたましいほどに賑やかなのです。ケンカはするわ、女の子はナンパするわ、毎日の日課は立ち飲み屋通い。男同士の話は下品なことこの上ないんだけど、とにかく生命力を感じるのです。あぁこういうパワーを感じる本って久しく出会わなかったなぁ~。主人公のイズミ(♂)はそもそも彼女に「海外旅行へ行きたいの♪」なんてお願いをされて割のいい肉体労働を始めたのですが、働いた後のビールの美味さの虜になってそのまま真剣に労働を始めてしまったというエピソードの持ち主です。そんな感覚がなんとなく理解できて、ちょっと羨ましかった私でした。ステレオタイプといえばステレオタイプな登場人物たちがうまくとけあって(たまにはぶつかって)一つのストーリーになるわけだけど、“綺麗なハーモニーを奏でる”とか“おでんのような良い味わい”とかそういう雰囲気では全くなくて一人一人のキャラが良く書けていて、凄い力で自己主張してくるところが魅力でした。それほど大それた事件が起こるわけじゃなかったけど、普段デスクワークと通勤ばかりの日々を送っている私には適度に刺激的です。こういう仕事をやっていると、人より早く面白い本に出会ったということが一番の悦びです。“浅田次郎絶賛”とある新人賞受賞ものなので面白くて当たり前のところはありますが、これからどんな小説を書いてくれるか本当に楽しみな作家に出会いました。汗くさい小説だったけど、読み終わったら気分は意外にさわやかでした。「何か面白い本ある?」と聞かれたらしばらくはこれを挙げると思います。本好き仲間達にも積極的に吹聴してみよっと。(2002/11/26掲載)
2008年09月09日
コメント(0)
![]()
親不孝通りディテクティブここのところ、2冊立て続けに北森さんの本を読みました。これと『闇色のソプラノ』です。どちらも珍しく後味の悪い小説だったので、書こうかどうしようか悩んでたんですけど、せっかくなんで書いておこうと思います。まず、親不孝通りディテクティブですが、その名の通り博多の街を舞台にした探偵小説です。長浜、中州や天神の景色の中で博多っこのテッキとキュータが大活躍!ってのがそのストーリー。ハードボイルドと呼ぶには柔らかく、日常の謎というには犯罪色が豊かな事件の数々が解かれていきます。変わっているのは2人の職業。テッキは屋台の店主(それも売りはカクテルってんだから笑えます)で、キュータは結婚相談所の調査員。このコンビ、若かりし頃はかなりな悪だったようなので悪徳刑事に目をつけられてたりして、何かあるたびにやっかいごとに巻き込まれるのです。短編集なので一本一本味付けが違うわけですが、中で一番気に入っているのが表題の【親不孝通りディテクティブ】。テッキの屋台で「雪国」というカクテルが永久欠番になっている理由を語って聞かせる話です。これには参りました。謎解きとかそういうのはすっ飛んでしまうくらい切ない話でした。これはいい。総じてセンチメンタルな話が多い中でも光っていました。それに屋台でおでんをつつきながらカクテルを手にして(って組み合わせはどうかと思うが)マスターの昔語りに耳を傾けるってシチュエーションが良いですね。季節柄もあってか、木枯らしの中で暖かさを提供する屋台の空気がよく感じられました。ラストも切ない話しながら残念なことに後味の悪さが勝ってしまいました。「雪国」の話が一番最後だったらしみじみとした幕引きになったと思うのですが、そればっかりは難しいでしょうね。最大の問題は主人公2人のキャラクターが見えているようで、ステレオタイプの絵のまま終わってしまったところかなと思います。もうすこし踏み込んで暗部も含めて書いてあったら読み手としても納得できたかもと残念です。あ、今回は料理があんまり出てこなかったことも残念でした。北森先生、今度料理エッセイとか料理本とかそういうの出しませんか?(2002/11/22掲載)
2008年09月07日
コメント(0)
![]()
食に幸あり食欲の秋です。でも、ここのところ慢性的な運動不足で次第に体に重みを感じるようになってしまい、仕方がないのでダイエットでもしようかと思い立ってみました。そんな折でした、しばらく積読状態になっていたこの本に手をつけてしまったのは…もう、だめです。じっくり読むまでもなくぱらぱら見たページだけで、私の食事制限意欲はへなへなと崩れ去っていきました。ここまで美味しそうな話を羅列されると羨ましさとか空腹とかを通り越して、腹が立ってきます。絶対空腹時には読むべきじゃありません。小泉武夫先生は発酵学の先生です、今までの著書のラインナップを見て、臭いものや変なものばかり食べている人だと思っていました。私自身もゲテモノ食いで有名(?)な長野県民なので、どこか通じるところがあるのだろうと勝手に思いこみ目の前にあった本を開いたわけです。ところが、この本は正統派の食エッセイ。こう書くと、よくありがちなグルメ本じゃないかと思われそうですが、ポイントは等身大の食材で自分で作って食べられるものの話がとても多いことです。サバの水煮とかコンビーフの缶詰とかが大活躍するので、すぐに出来るし給料日前でも安心!とにかくそんなどこにでもある素材が、小泉先生の筆によってツヤツヤ極上の食べ物に進化していくのです。出来ることなら今すぐに家の台所に舞い戻って片っ端からこの食材、この料理を試したい気分です。ネコまんまとか、お茶漬けとか超即席料理も数々紹介されているわけですが、さりげなく手がかかっているのです。そんじょそこらのインスタントとはやっぱり違います。お茶漬けにパリパリ感を出すために、鮭の皮をあぶったりするその手の加え方がポイントです。オトコの料理というととかく豪快さばかりに目がいきますが、豪快な裏にある繊細な心配りが憎いばかり。まあ、それだけの手間を惜しまないだけの食への猛烈なこだわり(執着心?)があるということですね。お料理の本は写真が素敵で見ているだけでも楽しめるし、お腹がすいてきます。ただ、どちらかというと「目が欲しがる」というレベルの気がしてきました。この文章を読むともっと体の本能に近いところが美味いものを求めはじめるのがわかります。食欲ってほんとに欲なんだって感じ。とりあえず、今週末はこの中のいくつかを作ってみたいと思っているところです。あとは美味しいお酒とツヤツヤの新米と手料理を食べてくれる人さえいれば文句ないんですが…(2002/11/20掲載)
2008年08月31日
コメント(0)
![]()
虹の家のアリス※今日はちょっと長文になります先日から盛り上がっている(一部でですが)『ジャンプ』の読書日記に関してharuさんからこんなメールをいただきました。初めまして。ときどき「読書日記」のコーナーを覗かせていただいてます。紹介される本は未読のものが殆どなので、何か読もうかなあと思ったときの参考にさせていただいてるのですが、私が読んだことのある本で、私とは違う感想だったのが面白くてつい、メールさせていただいちゃいました。佐藤正午さんの『ジャンプ』、私も読みました。私は「瑞」さんとは逆で、主人公にも南雲みはるにも共感したクチです。恋人が急にいなくなった、その事実を前にしても出張に行っちゃうの、私は分かる気がします。何かあったかもしれない、けど、なかったかもしれない。たまたま今はいないだけで、大したことではないのかも。決定的に「何かあった」と分かるような事態だったら彼も出張には行かなかったんじゃないかと思うんです。どっちだか分からないから考えて迷って思わずいつもと同じ行動をしてしまう・・・みたいな。失踪五年後に彼が行動に移れたのは、「今を逃したら2度目はない」ってことが迷いようがないくらいはっきりしてたからではないかと。「笑」さんの、「世の中、絶対と思っていることは、思ったほど絶対ではな」いっていうのもすごく、そのとおりだと思います。その気になっちゃえば、枠を超えるってハタから見るほど大したことじゃないと思えます。南雲みはるが些細な偶然から日常の枠を超えて、ふと、戻ってもやりたいことなんてないんだって気付く過程は私にとってはリアルでした。とりたてて嫌なものがあるわけじゃなくても、絶対に離したくないものもないんだと気付く感覚。このままふっと、気の向くままに適当に、遠いところへ行ってみたくなる気分。主人公が最後に、後悔や未練を感じるのではなく、自分の妻をそれで良しと思えたのがよかったです。結局、過程において誰が何をしようと、最後に結論出すのは自分なわけで、カタチの上で選ばされようと選ぼうと関係ない気がします。長々と書いてしまいました。ここまで読んでくださってたら、お付き合いして下さってありがとうございます、です。本でも映画でも、感想聞いたりするのって自分が見たものなら新しい見方があったり、まだ見てないものなら興味ひかれたりして好きなのですが、裏を返せば言うのも好きってことなんですね・・・。。これからも「読書日記」楽しみにしてます。(ちなみに、オススメひとつ挙げておきますと、東京創元社から出てる加納朋子さんの『ななつのこ』です。既に読んでらっしゃるでしょうか?日常の謎、みたいな小説で、毒気がなくてちょっと甘いんですけどそこがいいです。)と、いうわけでharuさんいつもご愛読ありがとうございます。『ななつのこ』は既読でしたので、加納朋子さんの最新作『虹の家のアリス』の感想を書いてみることにします。この作品は昨年刊行された『螺旋階段のアリス』に続くシリーズ第2作目になります。全てが『不思議の国のアリス』『鏡の国のアリス』に関連づけられた短編なので、流れる空気はとてつもなく乙女ちっくなものなのです。(しかし探偵役は仁木さんっておじさんなんですけどね)探偵助手として活躍する安梨沙も健在で、探偵の仕事を見つけるために日々奔走しているよう。今回は特に「無垢な悪意」というのを感じました。加納朋子さんは日常の謎を中心に小説を書いていらっしゃいますが、ささやかな犯罪(それそのこと自体は大した罪にはならないものばかりなのだけど)にもちゃんと犯人は存在していて、そこから浮かび上がってくる人の心の暗部の方がよっぽど怖いこともあるのです。残虐な殺人は身の回りで起こりそうにもないけど、隣人の悪意はあるかもしれない。そういうことを考えるとなんだかもやもやしちゃってしかたないんですよ。そんな悪意から「君のことは僕が守る!」なんて宣言した男の人が出てきたりして、全般的に恋愛色が強かったところも面白かったですね。本家アリスの物語への関連づけをするために、ちょっとこじつけっぽいところもあります。たまには「おいおい、そんな展開あるわけないでしょ」と突っ込みたくなるようなところも…でも、まあファンタジーミステリーだと割り切って楽しめばよいのです。最終話の展開を見ていると、シリーズ的にも大きな変化を迎えることになるようです。仁木探偵事務所の2人にはまたきっと会えそうです。楽しみに待つことにします。 (2002/11/18)
2008年08月30日
コメント(0)
高校の教科書で夏目漱石の『それから』に出会ったのが、私の人生いろんな意味でのターニングポイントになったなと未だに思っています。(だって不倫の話なのに教科書に載るんだから、この衝撃といったら…)あの話の授業を聞かなかったら…、もしあの授業であの質問をされなかったら…多分今この仕事には就いてなかったかもしれません。ということは、あんなことになってたかもしれないし、こんなことになってたかもしれないなぁと、秋の夜長違った選択肢を選んだであろう自分に思いをはせているのです。私はこのように、その時読んだ本で思い出をよみがえらせるタイプの人間です。とすれば、古典文学というものは(古典に限ったことではないですが)時代の記憶そのものなんじゃないだろうかと思うわけです。そして、この本は古今東西の恋愛文学を紐解き、片思いについて論じるという由緒正しい文芸評論。時代とその風俗がありありと蘇ってきました。小谷野さんというと『もてない男』のイメージが強いので、もっとくだけた読み物を想像して読み出したのですが、思いの外内容が堅くて驚かされました。片思い物語として名高い『シラノ・ド・ベルジュラック』あたりから始まり、『源氏物語』に見る強制わいせつと片思いの違いとか、『舞姫』の森林太郎の酷い男っぷりなぞが語られていきます。題材にしている物語や作家がポンポン飛ぶのでちょっと読みづらさがありましたが、「なるほど、こういう見方があるのね。」と感心することしきりです。高校や大学で文学史を教わるときにこういった恋愛ネタを絡めたらもうちょっと興味をもって覚えられたのになぁと残念ですが、もしそうなってたらきっとどうでもいい雑学ネタばっかり記憶しちゃったんでしょうね。小谷野さんによると、片思いというのは文学的には恋愛の王道ではなかったようです。特に近代文藝においては「女の片思い」は美しく描かれても、「男の片思い」が美しく描かれることはないのだそうで、もっと驚かされたのは玄人女を口説く男は非難の対象にならないということ。執拗に思い続けて口説くのは玄人女にしろという事のようですが、ここに恋愛の非対称性がみられます。まあ中身について書いていくときりがないので、ぜひ本を読んでみてください。でも、思いが叶わない辛さを文字にして昇華させるというのが文学だと思っていたので、最もその思いが強そうな“片思い”が恋愛のうちに入らないってのは不思議な気がします。冒頭に書いた『それから』も友人の妻を奪う物語です。国語教育はこれでいいのか?とか日本語ブームとかそんな事が騒がれていますが、こういうすごい題材をせっかく教科書に載せるのだから、もっと刺激的な授業をしてあげて「本当は文学ってこんなに面白いもんなんだ。」と多感な思春期の人たちに気づかせてあげて欲しいですね。まだまだ古典には刺激的な恋愛がいっぱい転がっていそうです。私もこれを機に何か読み直してみようかなと思ってます。(2002/11/14掲載)
2008年08月29日
コメント(0)
![]()
なぜみんなスターバックスに行きたがるのか?タイトルと、装幀を見るかぎり「きっとスターバックスファンのための本だろう。」と思う方がいてもおかしくないのではないでしょうか?私も新刊案内を聞きながらそう思いました。ところがどっこい、これはれっきとしたブランド戦略を論じたビジネス書なのです。ということなので、スタバが好きでたまらない人は『Starbucks A to Z スターバックスのことならなんでもわかる総合ガイド』の方をお読みください。でも、スタバグリーンの表紙に、ポップなイラスト+可愛らしさに重点をおいたこの作り。ビジネス書売り場や新刊台ではひときわ目を惹くことでしょう。あくまで売り手の意見ですが【まずお客様に手にとってもらう】ことが必要になる商品販売において、一冊の本のプロモーションにも失敗しているビジネス書が主張することを信じる気になるでしょうか?と、思う一方でビジネス書の中核顧客である層の心にこのタイトルとこの装幀が届くのか?という問題もあって本を読む前から考えることが尽きません。著者スコット・ベドベリはナイキの“Just do it”の広告キャンペーンなどを手掛けたのちスターバックスのマーケティングをやってきた方です。本の内容の大半は、過去彼が手掛けてきた仕事の説明を通してブランド戦略のポイントを語っていくというものになっています。私はそもそもビジネス書読みではないので、ハワード・シュルツやフィル・ナイトとの会話や、失敗に終わったキャンペーンの裏側の話の方が面白かったですね。何事も失敗から学ぶことの方が大きいものです。著者が「私はこーんな凄いことやったんだぞー。」という大喧伝をしている行間を読み「いや、でも、その前にこんな大きい失敗してんじゃん。」と突っ込みを入れながら読んでます。ブランディングという格好いい言葉に絡め取られる前に、企業のDNAを良く分析してそれを確立するという基本をきっちり押さえないといけないな。というのが率直な感想です。特にスピードの速い競争社会にある企業だと、競争するために自分の存在価値を後回しにしてしまったりするようです。(もちろん後で手痛いしっぺ返しが来ることはあたりまえの帰結)せっかく久しぶりにビジネス書を読んだのでこのあたりをじっくり考えてみたいと思っています。(2002/11/12掲載)
2008年08月28日
コメント(0)
![]()
これ、面白い!様々な書評を読むと辛口書評が目立つのだけれど、私は好きです。もし宮部みゆきさんなんかが同じ素材を料理したら、技術的にもっともっと凄いものを書いてくれそうなんだけど、歪んだシンデレラストーリーを真っ向から書いてくれていろいろ楽しませてもらったので◎評価です。主人公のダニー・エイプリルは、ふとしたことから昔出会った少女(美人)の写真を見つけ、彼女の現在に好奇心を持ちます。で、なぜかその想いを募らせて数少ない手がかりを元に、血眼になって彼女の足跡探しを始めるのです。各章は2本立てになっていて、その1がダニーの視点・その2はその女性の視点で過去から現在に至るまでが語られていきます。彼女(クラッシー・アルマーニスキー)というのがこれまた稀代の悪女。貧困から抜け出すためには何でもやるし、どんな男でも踏み台にしてしまうという徹底っぷり。「そうか、こうやって男を手玉に取ればいいのね!」なんて意味のない納得をしてみたりしました…(美人じゃなきゃ無理だって)彼女の足跡を追うダニーは、そういった数々の証拠に出会うたびに「ひどい男に騙されて辛い思いをしてたんだな。」とか「彼女は仕事のできる女なんだな」とか都合のいい解釈をして、彼女を悲劇のヒロインに形作っていくのです。「純愛だなぁ…」なんて気楽に考えて読んでましたが、よく考えてみたらこの上ないくらい手の込んだストーカーですね。ストーカーの狂気を感じながら読むと見えてくるものがちょっと変わってきますが、純愛物語と割り切った方が結末に向けての展開はより面白く読めるはずです。でもこれを通して、物事の二面性というものを強く感じました。これが今回第一の教訓です。そんなこんなで交互に語られる2人は、結末に向けて距離を縮めてきます。そして交差…それまでの様子を見ていると予測がつく展開ではあるのですが、やっぱりこう来たかという思いと、これからどうなるんだろうという想像とでまだまだ楽しんでます。とにかく救いようのないくらいの酷い話なんですが、見事な騙しっぷりと騙されっぷりに胸のすく思い。これまたいろいろ議論を呼びそうな本なので、ぜひぜひ色んな人にオススメしてみます。【教訓】美しい薔薇には刺がある。けど、指に刺さっても快感を憶える人もいるみたい。(2002/11/8掲載)
2008年08月27日
コメント(0)
![]()
誘拐の果実(上)誘拐の果実(下)子どものときは、誘拐のニュースを聞く度に「あぁウチは身代金が払えるほどお金がないから、きっと私は殺されちゃう…」と不安に囚われていたことを思い出しました。そのたびに「大丈夫、ウチみたいな貧乏な家の子どもは誘拐されないから。」なんて慰めともつかない慰めをされてましたな。最近みたいに“内臓を売るために子どもを誘拐する”なんて事件が起こっていることを知っていたら、もしかしたら引きこもり幼稚園児になっていたかもしれません。知らないことはたまには良いことです。この小説のテーマも誘拐です。誘拐されたのは中野区の大病院の院長の孫娘。どれほどの金額を要求するのかと思いきや、犯人グループが要求したのは、その病院の最上階に緊急入院している実業家、永渕の命でした。医師がちょっと意図的な間違いを犯せば犯人の要求は満たされるわけですが、それは殺人に他なりません。同時期に神奈川でも19歳の大学生が誘拐される事件が起きます。待ち望む家族に届けられた生爪(ぎゃー)に周囲はどよめきます。そしてこちらもまた一風変わったものを身代金に要求されるのです…誘拐ものはとかくゲーム性が目立ちます。が、今回特に読みながら思ったのは、犯人の悪意があまり感じられないということ。そのため犯人と対峙する捜査側という構図よりも、世間体と戦う残された家族や、家族の中の人間関係・親子関係がじっくり書かれているのを感じました。勧善懲悪の物語としては物足りなさがありますが、結末まで読んでみるとその意味がじわじわと染みこんできます。考えてみると、真保裕一さんの小説は“組織的な巨悪と戦う”事が主流で、個人的なすごい悪者って出てきませんね。真保さんの書くものすごい悪者というものもどこかで読んでみたい気がします。誘拐事件は比較的早く収束し、事件の背景を探ることにテーマが移ってきます。しかしいつまでたっても真犯人の姿は見えてこず、それ以上に真の犯行動機も見えてきません。でもどうやらこの辺に犯行動機がありそうだ…とか、いや、でも、そんなことでわざわざここまでして誘拐事件なんか起こすか?とか自問自答しながら一気に読み切りました。完全に著者の思惑通りの読書をしてしまったのかもしれません。あとはこの模倣犯が出てこないことを祈るばかりですね。(2002/11/6掲載)
2008年08月09日
コメント(0)
![]()
危険な匂いのする男テリー・ケイといえば、かの大ベストセラー『白い犬とワルツを』の著者。(実は読んでないんです、この本)癒し系本と言われたこの作品とはうってかわって、今回はサスペンスです。それも冒頭部分でいきなり衝撃的な殺人が行われて、そしたらその犯人が主人公だったんですねー。これがまた表面上は明るいいい男っぽくて、いつしか田舎町に溶け込んでそこで生活を始めてしまうのです。彼には宝探しという大きな目的があって、その達成のために手練手管を使ってヒントを持っていると思われる家族に取り入ります。女ばかり三人の家族なので、警戒心は人一倍強かったもののいつしかみんな彼に惹かれていくのでした。読み手にとっては、この主人公マイケルが相当なワルだってことが分かっているので、ハラハラし通しです。それでも彼の行動や物言いを読んでいると、いつしかこちらも心を溶かされていくような気がしてならなくなってきます。(いかんいかん、だから悪い男に騙されるんだって)真相を知っている私ですらこれですから、精魂込めて取り入ろうとされている女性陣はたまったものじゃあありません。気がつけばぐちゃぐちゃの恋愛模様が目の前で展開されていました。最近の言葉で言うと“サイコパス”というやつなのでしょうが、その狂気さはオブラートの中に包まれていてかすかに見え隠れする程度、あまりこってりとは書かれていません。それよりも、閉ざされた世界を形成している田舎町に新顔が入り込んで周囲を少しずつ少しずつ変えていくことの方が興味深く読めました。マイケルは自らが与えた筋書き通りにドラマを進めていきます。作り話のうまさには太鼓判を押しましょう。あと、ここで描かれている時代・場所にはまだまだ呪術や土着信仰などの文化が多く残っていて、この辺が余計おどろおどろしさを醸し出しています。外国文学と聞いただけで「くどい」「読みにくい」と敬遠する方がいらっしゃいますが、これはスラスラ読める本だと思います。上手いですねこの人。この後何点か翻訳出版が続くようなので、ぜひとも読み比べてみようと思っています。(2002/11/1掲載)
2008年07月30日
コメント(0)
![]()
ジャンプうろ覚えな記憶で申し訳ないんですけど、本の雑誌などで定評のあった本でした。文庫になったのを機に読んだわけです。ハリー・ポッターのあとに読むと軽い本って良いなぁと文庫の便利さをしみじみ感じます。それはさておき、とにかくあんまりにも腹が立ったので勢いにまかせてネタばれをしてしまうかもしれません。いずれにしても佐藤正午さんの作品は先入観を持たずに読んだ方が良いと思うので、未読の方はこの読書日記を読まない方がいいですよ。何に腹が立ったって、この男。三谷純之輔。とにかく優柔不断っていうかいい加減というか、自己中心的というか(読み終わってから怒りが増幅されてるな)彼の前からある夜恋人が失踪するところから物語が始まるわけなんですが、それに気づいた時彼はそれほど迷わず出張に旅立つことを選ぶんです。まあしょうがないといえばしょうがないんですけど、恋人ってそういうものか!?と思わずにはいられません。それ以降始まる恋人探しもなんとなく自分への言い訳がましい色が濃くて、失踪者探しのハラハラという点にはぜんぜん感情移入できませんでした。冒頭部分彼女である三雲みはるは、彼の食べるリンゴをコンビニに買いに行ってそのまま失踪してしまいます。登場人物のなかでは割と好感を抱いて読み進めていた人物でしたが、これもまた時間が進むにつれ顔と人物像が揺らいできました。やっぱりいくらなんだって、突然消えるのはなしだよなと思うわけですよ。小説のテーマは「自分で自分の人生を選び取ったという実感はありますか?」という事なのですが、結局この中で自分の人生を選びとった人は誰だったんだろうと今考えさせられてます。特に相手のある恋愛とか結婚とかそういう部分の岐路だと余計悩ましいですね。私の結論だと、この小説の中では中盤からいきなり姿を現してきたあの人が一番積極的に人生を選びとったんじゃないかと睨んでいます。もう今回はこの小説の伏線のはり方がどうだとか、文章の艶がどうだとかそんな読み方は出来ません。とにかく自分の事のように受け止め、憤慨し続けた読書時間でした。(私も若いなぁ…)しかし、かなりのスピードで読み終わった事から考えると、ストーリー展開のリズムと面白さは保証してもいいんじゃないでしょうか?いずれにしてもこの恋愛模様については恋愛の大家の【笑】さんとかに語ってもらいたいところです。【教訓】自分が大切に思った人は、変なプライドなんか捨てて自分の手でぎゅっと握ってなきゃいけませんね。(2002/10/30掲載)
2008年07月28日
コメント(0)
![]()
ハリー・ポッターと炎のゴブレット(上・下2巻セット)いや、ほんと、すごい騒ぎです。としか言いようがありません。前作『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』の読書日記に「今回の初刷りは80万部と聞きました。恐ろしい程の数字です。」なんて事を書いたのですが、今回はそんな数字を楽々突破して230万部からのスタートでした。CDなどでは良くある話なのかもしれませんが、本の業界(単行本)では未曾有の数字(いや、そう考えると全盛期の少年ジャンプは毎週650万部を送っていたんだから、これもまたすごい話だな…)予約分はやはり発売日に届けないと…という想いから当店でもハリポタプロジェクトチームを立ち上げ発売日には万全の体制で望みました。それはそれとして、読者としての私は一刻も早く読みたい思いでいっぱい。発売日に手元に届いてからはもうページをめくりたい一心で仕事どころじゃありません(あ、でもちゃんと仕事もやったからね)これはもう、ドラクエを人より先に解きたいという思いと同一のもの。特にこの4巻はミステリの要素がふんだんにちりばめられていますので、スピードは加速気味でした。結局25日には全てを読み終えて今は寂寥感でいっぱいです。よりによって、5巻は原書でも発売してないのに、いつまで待ったらいいんだぁ~~上下巻の大作で、読むまでもなくその長さは保証されていますが、まだまだこの長さでも書き足りないのではと思うほどいろいろな事件が起こります。今回の目玉は百年ぶりに開かれる三大魔法学校対抗試合。17歳以上限定のレベルの高い代表選になぜかハリーも選ばれます。しかし、ここには力を付けてきたヴォルデモートの罠が見え隠れしていていつ誰がしっぽをあらわすかが気になって仕方ありません。一方、命を狙われるハリーは魔法力も人間的にもますます男らしさに磨きがかかっていて、これまた頼もしい限り。個人的にはふと女らしさを漂わせるようになったハーマイオニーから目が離せませんでしたね。登場人物の数だけのストーリーが絡み合って、クライマックスシーンに向かいます。これ以上書いてしまうと、ネタばれになってしまうので控えましょう。ただ、一点だけアドバイスを…私はあまりに急いで読み過ぎてしまい、壮大な物語の良くできたあらすじを読んでいるような気分になってしまいました。話の先が気になるので無理もないのですけれど、今現在お読みの方・これから読む方はぜひとも人物の心の機微などに注目しつつじっくり味わいながら読んでみてください。私は少し時間をおいてから再読してみるつもりです。(2002/10/28掲載)
2008年07月21日
コメント(0)
![]()
撓田村事件なんか、やたら仰々しいタイトルが印象的です。遠近法…なんてキーワードが入っているから、本格っぽい話かしらと思ったら横溝正史系でした。金田一耕助が出てきそうです。そもそも小川勝己という人は残虐でちょっとクレイジーな小説を書く人だと思って認識していたんですが、もともと横溝正史賞作家なんですね。ついでに調べてみたら『金田一耕助に捧ぐ九つの狂想曲』(未読)というアンソロジー集にも愛の遠近法的倒錯というタイトルの作品を発表しているようです。これがどういった内容なのか非常に興味があります。で、私が読んだものは長編推理小説でした。撓田村という辺鄙な村で残虐な殺人が起こって、それがどうやらある怪奇伝説に見立てられているらしい…相次ぐ行方不明者、謎の人物…と、あの雰囲気を目の前に再現してくれています。と、書いていて実は金田一耕助ものを2時間ドラマでしか見たことのない自分に気づいたので、文学的な比較は止めて素直に感想を書いてみることにします。まず、この村に君臨する名家の老婆が行方不明になっています。家の血を絶やさないように迎え入れた親戚というのが第一の犠牲者である桑島佳史です。殺されて木の上に運びあげられて、下半身を切られていたという残虐さが村を恐怖の底に落とし込みます。特に被害者が転校生で人気者だったこともあって、子どもたちの人間関係に及ぼす影響も大きかったのです。不信と恐怖が蔓延した村はどうやって救われるのか?一方村人たちの男女関係も微妙なようで(私にとってはこちらのゴシップ的なストーリーの方が興味深かった…)次から次へと読み手を飽きさせない仕掛けがいっぱいでした。面白かったんですけど、登場人物の濃さが相殺されてインパクトが弱くなってしまっていたのが残念です。特に探偵役なんかはもっともっとくっきりとした輪郭が見えてきたらよかったかと。個人的にはなぜか倉知淳さんが書く猫丸先輩とイメージがだぶって仕方がありませんでした。これはなんでなんでしょう?あと、警戒して読んだ割にはエグさがそれほどでもなくて(私としては)良かったです。飛び散る血、生首、切断された遺体…なんてことは日常のニュースでも散々聞かされる物騒な世の中になってしまいましたもんね。事実は小説より奇なりという言葉が聞かれる昨今、気持ち悪い・怖いという体験を読者にさせるのも一苦労ですね。(2002/10/24掲載)
2008年07月20日
コメント(0)
そもそもブランド品に興味がほとんどない人間なので(そういうものをおねだりしたこともあんまり無いからきっと経済的なオンナだと思います。)高級ブランド名を言われてもピンと来ません。でも、この本に出てくるブランドはそんな私でも知っているような老舗・大手ばかり。ルイ・ヴィトンとクリスチャン・ディオールやタグホイヤーやヘネシーが全部同じ会社の傘下にあるという話に興味を持って読んでみました。オビに「ヴィトンもディオールもセリーヌも、一人の男の手の中にある。」と、書いてあります。勝手な私のイメージの中では一人の男っていうのはマフィアのボスみたいな存在になっていました。ところがどっこい、それはベルナール・アルノーという大変合理的で戦略的な頭脳を持つ経営者なのです。彼が、老舗や大手のブランドの買収を重ねてLVMHという一大帝国を築いていく様は見事としか言いようがありません。日本経済新聞社から出している本なので、メインの視点はビジネス、それもブランディングです。ですが、本書の多くはブランドとデザイナーの歴史を語ることに費やされていました。たとえ時代と名前を確固たるものにした主要ブランドであっても、いつかは若返っていかなければならない…とはいえ、特にオートクチュールなどでは大きな改革は昔ながらの顧客の反発を招く…と、デザイナー登用には悲喜こもごものストーリーがつきまといます。日本人の名前も何人か出てきますが、高田賢三さんが作り上げたケンゾーブランドがLVMHの傘下に入り、でも結局はそりが合わずそこを飛び出ていくという話は特に興味深く読めました。惜しむらくは、デザインの絵や写真がほとんど無かったことです。権利関係上難しいとは思いますが、これがあったらより視覚に訴える本になったのに残念です。天は二物を与えずとは良くいったもので、デザインの才能を持つ者が経営やマネジメントまでの青地図を描けるわけではありません。安定した経営の元でデザイナーの才能を開花させ、思う存分発揮させてあげることが本当に重要なようです。(たまには失敗例もあるみたいですけど)そういう理解があるからこそ、ルイ・ヴィトンの鞄は未だ大量生産ラインに乗らず人の心をくすぐり続けるんだなぁとよく分かります。カタチは違うけど、その昔芸術家にパトロンがついていたようなものかもしれませんね。日本人のブランド好きは世界的にも有名な話になってしまいましたが、せっかくだから一つのファッションを取り巻く状況を知って自分の持ち物を見直してみるのもいいかもしれませんね。あ、そう、そんなこんなで日本はターゲットとしては主力な市場になっているので「日本で売れる製品を作りたい」という指示の元、気鋭のデザイナーが日本の街を歩いて流行を体感するような事も多くあるようです。あなたの服をじっと見ている人がいたら、その人はもしかしたらここに出てきたデザイナーの一人かもしれませんよ。(2002/10/22掲載)
2008年07月19日
コメント(0)
![]()
斬られ権佐壮絶なのです。とっても…権佐は与力の小者として動く仕立屋です。彼は体に88もの刀傷を負っていて、それはその昔女房のあさみを助けた時に出来た傷でした。あさみは女医者、消えゆく命を必死で助けるという仕事をしています。大きな傷を負った権佐を心身共に支えたのが彼女でした。「命を張ってくれた男には、自らの命で恩を返すしかない」そんな想いが、生涯医学に身を投じていようとしたあさみの心を動かしました。こうやって結ばれた夫婦には、今ではお蘭という娘がいます。しかしながら傷は治りきらないくらいに深く、権佐はいつ死んでも仕方ない程の生死の境を彷徨っているのです。死の影が深くつきまとう作品でした。そのためか、今までの作品とは比べものにならないくらい暗かったです。同じ作者が同じ舞台を書いていても、主人公の様子だけでこれだけイメージが変わるものなのかと驚きました。それはそれで良かったんですが、権佐の生き様のインパクトが強すぎて捕物帖としての謎解きや人間模様は印象が薄まってしまっていたような気がします。だから、この本は捕物帖として読むよりも人情ものと割り切って読むことをお薦めします。そういえば、この小説って前回の直木賞候補にもなってましたね。個人的には非常に好きな作家なので、大ブレイクして欲しいなぁとは思っています。でもせっかくだったら読み終わった時に胸のつかえが下りるような作品で火がついてくれるといいですね。どうしてか胸のあたりにつかえがあるままなのです。まだ飲み込めきれてません。あと、気になったのがステレオタイプな設定がやけに目に付くところです。時代小説のカタチをとっているからくどさは感じませんが、これが現代小説になったらちょっとどうかと思うような展開が目に付きました。とはいえ、5歳のお蘭ちゃんを筆頭に家族を描いたところは技が十分に生きています。北上次郎さんが胸をキュンとさせていたように、家族もので感動する人には堪らない小説でしょう。あぁ家族っていいもんだなぁとため息まじりにつぶやいてみたりしています。(2002/10/18掲載)
2008年07月16日
コメント(0)
![]()
世界音痴吉野朔実さんの書評マンガ(?)ファンなので、そこによく登場する「穂村弘」さんという名前は知っていました。短歌を詠む人だと言うことも知っていました。同じようによく登場する「春日武彦」センセイと同様になんだかとても面白そうな人だなぁと思っていて、いつかその作品を読みたいものだと考えていたのです。ようやく読めました。一言に言ってしまえば、穂村弘さんは面白い人というより変な人です。でもこんな人がいることを確認すると私はとてもほっとするのです。穂村さんは、子どもの頃1999年に自分が何歳になっているかを考えていたそうです。でも、このくらいのことだったら誰でも考えますね。私だってその時後悔しないですむように、早く社会人になって結婚して死ぬ時は愛しい人の胸の中で死んでやると固く心に決めていました。でも、あれから3年経ったのに、社会人になることしか実現できていません。人生なんてそんなもんです。点滴が終わる瞬間「あれが全部なくなると、次は空気が入ってくるんじゃないか」と恐怖に怯えるところも私と同じです。あの瞬間が怖くて、どんなに具合が悪くても点滴は拒み続けた時代がありました。でも本当は注射は全部嫌いです。そんなこんなで、穂村さんのちょっとずれた日常感覚と短歌を楽しめる作品集です。よく、子どもの素直な驚きに満ちた詩集や一言集みたいなのがありますが、どこか人の気づかない視点を持っていないと面白い短歌も書けないのかもしれませんね。でも読むにつれ、どこか自分との類似点が見えてくるのです。「あ、似てる。でもここまでひどくない…」こうやって自分がまだ一般寄りであることを確認している瞬間はちょっともの悲しいものです。同じものを見ていても、考えることは様々なんだなぁということをこういうエッセイを読むと改めて考えます。だからこそいろいろな人に出会うのは面白いし、会った人がしょーもない理屈の持ち主だとそれを聞いているだけでも飽きません。穂村さんは自然さを持てないために世界に溶け込めない自分を「世界音痴」と言っていますが、いやいやどうして、それに気づくことが出来る感性がステキです。(2002/10/16掲載)
2008年07月14日
コメント(0)
![]()
流星ワゴン主人公、永田さんの目の前に1台のワゴン(オデッセイ)が止まります。永田家は妻はテレクラで不倫を繰り返し、息子は家庭内暴力、そして永田さん本人もリストラされるという崩壊家庭でした。「もう死んでしまいたい…」と思っていた彼はそのワゴンの中に招かれるのです。ワゴンを運転しているのは、5年前に自動車事故で亡くなった橋本親子。橋本さんの運転する車は大切な時を目指して動き始めます…「泣ける泣ける」と何回も聞いていて構えてしまったせいか、泣き所を逃したまま淡々と読み終えてしまいました。(涙が出なかっただけで、感動はしました)初めて重松清作品に触れたのが『ナイフ』。切っ先が胸を突き刺すような繊細さが衝撃的だったなぁと思い出し、いつの間にかビックな作家になってしまったなぁ(そりゃそうだ、今では直木賞作家だもの)と読む手を止めて過ぎた時に思いを馳せたりしつつ読んでいました。いきなりオチの話をするのは反則でしょうが、めでたしめでたしの大団円に必ず着地させてくれる浅田次郎さんの作品とは対照的に、重松さんの書く人間模様はあくまで等身大です。ハッキリ言えば「人生そんなに甘くないってことよ。」って結果に落ち着くことが多いです。もちろんそこにたどり着くまでのプロセスが大事なので、結果についての善し悪し判断は読み手の好みで判断すべきでしょう。「あの時もし…」という事を描いたということでは以前読んだ『Y』との対比を興味深く読みました。多分きっと時を超えたり、戻ったりしたところで本当の時間の流れは変わらないし、他の選択肢がバラ色の未来に繋がっているとも限らない。だからこそ現在と過去の過程をきっちり見据えて生きてかなきゃいけないんですね。ただ、自分が変わることで何かを変えることは出来るのかな?とささやかな希望を感じたりもしています。“中年男性が続々泣いている”と話題の本書、どこで泣いたのかを既読の方に聞いてみなかったのが残念なんですけど、もしかしたら死に向かう父親との対峙という部分なんじゃないかとにらんでいます。どうでしょう?あ、あと今回はやたらリアリティのある濡れ場が多かったです。これも人気の秘密なのかしら?(2002/10/11掲載)
2008年07月08日
コメント(0)
![]()
誰そ彼れ心中ある日突然、自分の夫が変わった。この人はいったい誰なの?ってそんなハリウッド映画ありませんでしたっけ?そんな設定が江戸の時代に移って展開されたのがこちらの小説です。時代小説を読んだ知識の中からだけながら、旗本の嫁というのは大変な束縛の中で生きているイメージがあります。現代では考えられないような“イエ”の重要性の中で、あるところでは目をつむり我慢して夫に従って生きていく…ここに出てくる妻・瑞枝もそんな人でした。そもそも恋愛なんて感情を知らないままに結婚して、でも穏やかな亭主をそれなりに想って生きてきたのに、どうやら別人に変わってしまったらしい。疑念を抱く妻は同じ疑念を抱く家来の小十郎と共に真実を調べ始めるのですが、同時に小十郎に対する思いも日に日に募っていくのでした。道ならぬ恋を描くだけでなく、サスペンス色の強い時代小説でスピード感たっぷりに読むことが出来ます。本編からはちょっと逸れるところですが、祝言の決まった妹が相手を思う気持ちを聞いて「恋とはこういうものなのだ」と瑞枝が自らの恋心を振り返る場面が好きです。といって、おちた許されぬ恋が運命の恋なのかは読み手としてはあんまり納得できません。どちらかというと情熱に引きずられた感があるのかなぁと思ってみたり、そうはいっても恋ってそういうものだろうと思ってみたり。よくある話ではありましたが、結構いろいろ考えさせられました。全体的には登場人物が淡々としていた印象を持ちました。焦っている表情が見えるのは瑞枝と小十郎だけ、もちろんクライマックス部分ではそれなりの人がそれなりの本性を見せるわけですが…もっともっと敵のエキセントリックさを垣間見せたらミステリ色が強くなって面白かったかもしれませんね。「利家とまつ」を見ていると妻たちが大活躍していますが、ああいうことも実際にあったんですかね?時代によって家のカタチや夫婦のカタチはどれくらい変わってきたのかということに興味がわいてきました。(そんな総論より、自分の将来ビジョンを考えろって感じですが…)そういうことがよくわかる簡単な本知りませんか?(2002/10/9掲載)
2008年07月02日
コメント(0)
![]()
覘き小平次淡々としているのです。怪談を現代に蘇らせるという試みとしては『嗤う伊右衛門』がありました。あれを読んだのはかなり前になるため記憶があやふやだったのですが、ここまでもやもやした話ではなかった気がします。そう、なんだかとってももやもやしているのです。輪郭が薄いというかぼやけているというか…そうか、幽霊を書いているから当然なのか…と作り出された物語世界の雰囲気に驚きます。読んでみても小平次という人はよくわかりません。元ネタを知っていたら味わいも深かったんだとちょっと残念です。たまたま『日本の幽霊名画集』を見ていたら“こはだ小平次”という絵が出ていました。幽霊の世界では有名人なんですな。とにかく話を読むところによると、ものすご~い大根役者で、セリフなんか全然覚えられないものだからぬぼーっと立っているだけ。それでも怖い。だから名物幽霊役者なのです。彼は家にいる時には押入の中から外を覗いているのです。そんな旦那を気色悪く思う女房のお塚。お塚に横恋慕する男、闇にうごめく悪党たち…そして浮かび上がってくる名前の中に、治平とか又市という聞き知った名前もあります。どうしてもこの芝居には幽霊の役者が欠かせない、と呼ばれて連れて行かれた小平次ですが、どうやら裏には大きな陰謀があるらしい。そして小平次はその中で殺されてしまったらしいのです。でも、小平次の家の押入にはこちらを覗く目が…実は冒頭部分にちょっと退屈感を感じました。(久しぶりに難しい漢字をたくさん見たから脳味噌が疲れただけかも)でもグイグイ引き込まれます。怪談というほど怖くなくて、漂う不可思議な空気に魅入られたようなそんな読書時間でした。幽霊を描くということは、人の恨みつらみやねたみなどを形にすることでもあるそうです。生きていても死んでいるかのような小平次はまるで生き霊のように我々の目の前にあらわれます。でも彼よりも周囲の人物たちの方がずっと怖いし、悪しき感情を多く背負っているのが面白いところです。幽霊って人のやましい気持ちを反映するのかもしれませんね。(2002/10/7掲載)
2008年07月01日
コメント(0)
![]()
肩胛骨は翼のなごり「肩胛骨は人間が天使だった時のなごりなんだ。」というフレーズがとにかく気に入りました。大人になってしばらく経って随分すれた人間になってしまったことを再認識している昨今(自分で認めるのはしゃくなんですけどね)純粋だった幼い頃の気持ちを思い出させてくれる良い作品でした。先日トップページでもってご紹介したとおり、あの宮崎駿監督もオススメしてくれています。監督のおっしゃるとおり、妙にねじれたところのないストレートな描写がすーっと心にとけ込んできます。主人公はマイケルといってサッカー好きの少年です。転校はしないながらも、新しい家に引っ越して妹も生まれて、明るい時期のはずが赤ちゃんの体には生命を危ぶむ病魔が宿っていました。家にある壊れそうなガレージ(親には入ることをきつく止められていた)に忍び込んだ彼は、そこでまるでリウマチ患者のホームレスのような奇妙な人物に出会います。仲良くなった隣家のミナとマイケルとは感受性豊かな思春期に彼から多くのことを学んでいく…そんなお話です。このガレージの奇妙な生き物は、子どもの素直な心がなかったらきっと接点はなく終わることだったでしょう。それだけにまっすぐな心と、様々な可能性を持つ幼年期って大事だしすごいなと思わされます。この話はいわゆるジュヴナイル小説といわれるジャンルの本なので、イギリスの児童文学賞であるカーネギー賞を受賞しています。でも幼い頃に読んでも、こんな感傷に満ちた思いは抱けなかった事でしょう。その一方で、10余年前に読んでいたら、もっと瑞々しい感性が他のものを感じさせてくれたのかもしれません。こういう本を読むと必ずそれを感じます。最近疲労がとれなくて、ストレスも溜まりっぱなしだなぁと思っていました。そんな時これを読んでみて、自分の体がちょびっと浄化されたようなそんな気分になっています。本の中で垣間見た天使効果なのかもしれません。
2008年06月27日
コメント(0)
![]()
オーデュボンの祈り『ラッシュライフ』で私を存分に唸らせてくれた伊坂幸太郎さんの新潮ミステリー倶楽部賞受賞作です。たいがい受賞作の単行本化には巻末に選考委員の講評が付いていたりして、それがなかなか面白かったりします。しかし、ここを読むということには諸刃の刃みたいなところがあって、下手をするとネタばれどころが酷評という大きな先入観を与えられてしまうことにもなりかねません。そうはいっても、自分が読んでいるこの物語を有名作家はどう読むのか?というのも非常に興味深いテーマなので大変気になるのです。今回も誘惑と戦いつつ先に本文を読破しました。「なんじゃこりゃ」というのが素直な感想です。(そしたら奥泉光さんと馳星周さんが似たような感想を書いていてちょっぴり嬉しい)あらすじは知っていたんですが、やっぱり“殺人事件の被害者がカカシ”という設定は目を見張るものがあります。よりによって、舞台になっている荻島は江戸時代以来鎖国(日本から)していて、外界との交渉を断っているというのです。これもまた閉塞・限定した場所で起こる事件を描いた作品ですね。どうしても恩田陸作品とイメージがかぶるところがあるんですけど、気のせいでしょうか…閉鎖空間だけあって、出てくる人は変な輩ばかり。突き詰めていくと皆どこか何かが足りないのです。それは幼くして失ってしまった両親の愛であったり、体の自由であったり、愛する妻であったり…そして荻島自体にもまた“欠けている”ものがあって、それをもたらすと(カカシに)予言されていたのが主人公の伊藤なのです。まぁ伊藤本人も自棄を起こしてコンビニ強盗やろうと思ったら失敗して、よりによって警官になっている昔のいじめっ子(これもまた非道い鬼畜系)に追いかけられていたところを拾われたという設定なので、ちゃんとした人物とは言い難いんですけどね。カカシの優午は未来を予見できてしゃべることが出来るという能力を持っています。なのにどうして殺されてしまったか?というのがメインテーマです。ですが、全般的に謎めいた事が多すぎて殺人事件そのものはかなり印象が薄まってしまっていました。仮想の舞台を作った割に中途半端なリアリティがあったのもちょっと気になります。荻島でのストーリーとコンビニ強盗をやったままの現実がぶつかった時もうちょっと大がかりな衝撃があったらさらに面白くなっていた気がして残念でなりません。でも、謎めいた設定だけでもぐいぐい引っ張って読ませますから、もっともっとこれから奇想天外な話を書いて欲しいですね。期待しています。あ、そういえば「不死身の竜はなぜいかにして殺されたか」ってテーマの本があったなぁとずっと考えていてようやく思い出しました。『殺竜事件』でした。オチも何となく似てましたね。(2002/10/1掲載)
2008年06月25日
コメント(0)
![]()
椿山課長の七日間(なのかかん)泣くために本を読むというのも変な話なのですけれど、大人になるとさすがに公衆の面前でオイオイ泣くことが出来なくなるので、一人っきりの時に涙で心の澱を流すというのは良いことのような気がします。なので「この本泣けるよ」という話を聞くと読まずにはいられません。&毎度毎度かなりの確実で泣かしてくれる浅田次郎さんの作品は、その中でもかなり重宝させる一群です。連休中にこの『椿山課長の七日間』と『プリズンホテル(秋)』とを立て続けに読んで、涙を流しまくりました。泣かすためのわざと小道具が明らかなのにもかかわらず、ここまで泣かされてしまうなんて…やっぱり浅田次郎はすごい!椿山課長は、某デパートの課長。大がかりなセールを前に緊張と騒動の日々を過ごしています。そんな中過労がたまったのか、不摂生がたたったのか突然死。周囲の面々よりあわてたのは本人の方、子どもはまだ小さいし年若い最愛の妻もいる。父親は呆けてしまって施設のお世話になっていて、家のローンはまだまだ続く…というやり残したことばかりの中で死んでるわけには行かないのです。(何よりも真っ先に気になったのがセールの売り上げの行方だったところにちょっとサラリーマンの悲哀を感じました。)で、死んでも死にきれない彼は、あの世に行く途中に「邪淫の罪」を着せられてもっともっと納得のいかない気分になってしまいます。(まあ、冴えない人だったんですな)そしてあがきにあがいた結果、初七日までの数日間のみ現世に戻ることを許されました。でも、自分の肉体で蘇るわけにはいかないため、すばらしい美女の体で蘇るのです。そして彼は自分でも気づかなかった事をいろいろ見て、最後の人生の一幕を下ろしていくというお話。自分に似ずに聡明で可愛い息子や、交通事故で死んでしまって一緒に蘇った男の子。人違いで殺されてしまったヤクザの親分(これがまた人徳者なのよね)、若い時を共に過ごしていた大親友件恋人の女性などが続々登場してきて交差していきます。「潔い」って言葉の意味をじっくり考えさせられる話が多かったですね。特に泣かせてくれたのは椿山課長のお父さん、今思い出しても涙が出てきます。一本気で格好いい生き方ってああいうことでしょう。『海辺のカフカ』のナカタさんといい、このお爺ちゃんといい最近ずっと忘れられなそうなお年寄りにいっぱい会っている気がしています。(2002/9/27掲載)
2008年06月22日
コメント(0)
![]()
グレイヴディッガー『13階段』で江戸川乱歩賞を受賞した高野和明さんの作品です。甦る死者・無差別大量殺人の被害者の隠されたつながり・壮絶な追いかけっこ・魔女狩り・謎の殺戮者グレイヴディッガー…とスリルとサスペンスを求める読者には心躍る単語が並んでいます。前作に引き続き「期限もの」で、白血病患者に自らの骨髄を届けるために必死で殺人者から逃げ回るという大がかりな逃走劇が繰り広げられています。ただ、リミットに対しての焦りやスピード感は前作の方が強かったかな。前作が映画になるというニュースでまたまた脚光を浴びていますが、この作品も前作にも増して映像的に作られているように受け取れました。高野さんがそもそも映像・脚本出身の方なので余計そうやって感じてしまったのかもしれませんが、小説的な細かい描写にちょっと欠けている気がします。あと、最後までもやもやとした謎が残っているんですがこれは私の読み方が甘かったせいかしら?でも誤解しないでいただきたいのは、面白さは太鼓判ということです。今回は【八神】(主人公・元悪党ながら自分の生き方を悔い改めて骨髄ドナーに志願)【警察】(たまたま殺人現場に居合わせた八神を犯人だと思って追いかける)【謎の組織】(何の組織だかわからず)【グレイヴディッガー】(大量殺人者)と四つ巴の追いかけっこになっていて、とにかくどこへ逃げても誰かに追われるところがそれだけで緊張感をそそります。東京の北端から南端って近いようで遠いんだなぁなんてそんなことを考えてしまいました。グレイヴディッガーは「中性暗黒時代の魔女狩りを執り行っていた異端審問官を殺す」という役割を担った、生き返った死体なんだそうです。なので、彼はこの伝統に則って拷問をしたり、殺したりするわけです。命が終わらないうちに見えない炎で焼かれていく一人暮らしOLの姿なんてのはかなり不気味で、夜道が怖くなりました。そんな残酷なシーンがある一方で八神などの登場人物はどこかユーモラス。冗談も多用されていてけっこう笑えます。だから雰囲気が中和されていて耐えられるものになっているのかもしれませんね。正義ってなんなのかとか、人を殺すことが許容される理由なんてあるのかとか、重たいテーマを含んだ小説です。私はドタバタ劇として読み終わってしまったんですけれど、もうちょっとこの辺じっくりと味わってみたいと思います。(2002/9/25掲載)
2008年06月21日
コメント(0)
![]()
コンビニ・ララバイ前作『ひらひら』を読んだ時に、主人公のだらしなさに対して怒りっぱなしだった私ですが、今回は泣きました。いやほんと良かった。ここの欄ではおなじみ(?)の集英社のAさんが「浅田次郎と重松清を足して割らないって言われてるらしいよ。」とおっしゃった時には正直「うっそ~また大げさなぁ~」と疑心暗鬼だったんです。すみません、反省します。いうまでもなく、コンビニを舞台に人々が集い行き交う物語です。全てに機械化とシステム化が進んで人情とはほど遠くなった感のあるコンビニで人情を描くという試みが面白いところです。でもそうはいっても個人営業のコンビニで24時間営業すらしていない。これが某大手コンビニチェーンだったらこの密やかなきらめきは出ないでしょう。そして、よくありがちな場末のスナックなんかが舞台だったらじめじめしすぎます。「賑やかだけど、乾いている」いい表現だと思いました。上手いなぁ。単純なハッピーエンドドラマではないところが、自分の生活の隣に息づく時間を感じさせてくれます。「やっぱり人生って綺麗事だけじゃないし、かといって悪いことだけでもないんだよね。」と、ちょっと自分を振り返ってみたり…終盤に向かってご都合主義めいたところが増えてくるので、好き嫌いが分かれるかもしれません。でも私はこういうの好きです。いろんな人がいろんな事情を抱えていて、それがコンビニという舞台で交差して変化する。あるわけなさそうなシチュエーションだけど、想像したら何となく楽しい。だからこそ小説が必要なんです。でも、やっぱりヤクザの話はちょっと蛇足だったかなと思っています。(蛇足といっても冒頭から出てくるけど)彼らの陰を描くだけで何となく全体に陰鬱感が出せちゃうんですけれど、ここまで書かなくても良かったんではないかなあとどうしてもその筆の熱さを不自然に感じてしまいました。そうはいってもいわゆる「泣ける!」ものを書こうとした時に、お決まりの不幸を書かずに涙を呼ぶのって難しそうですね。それだけがちょっと気になりましたが、これだけしみじみいい気分を味わえたので、個人的にはかなり満足。人にも自信をもってオススメしたい作品です。(2002/9/20掲載)
2008年06月20日
コメント(0)
![]()
エンブリオ(上)エンブリオ(下)「エンブリオ」というのは受精後8週までの胚なのだそうです。舞台は不妊治療に絶大な実績をあげるサンビーチ病院。院長の岸川はその腕と熱心さから患者から大きな支持を集めていました。その熱意と患者に対する精神は「子どもが欲しい」と切に願い続ける心を救う誠実さがあって心を打ちます。それが冒頭部分…ところがどっこい。ここからはかなり核心に迫る話が増えてくるので未読の方はお気を付けください。読み手の私にも「岸川先生ステキ~」と思わせたのもつかの間、次第に病院の闇の部分が浮かび上がってきます。まずは臓器移植。それも堕胎した胎児の臓器を培養して移植に使うのです。パーキンソン病の患者には、妊娠させた愛人から胎児を取り出し脳をすりつぶして患者の頭部に注入(それで良くなるらしい)したり、不審死した岸川の恋人から採取した卵子に自らの精子を掛け合わせ不妊患者に生ませたり…極めつけはホームレスを使って行う男性の妊娠実験です。これらの実験を行うために用意された地下の<ファーム>を舞台に、岸川の野望がどんどんどんどん大きくなっていくところが不気味でした。これが狂ったマッド・サイエンティストの仕業だったら単なる勧善懲悪物語になるのですが、ある一方で彼を賞賛する声があることも事実なのです。最先端医療を押し進めるには倫理観は捨てなければならない。倫理規定なんか関係ない…岸川はものすごく悪いことをしちゃっているので悪として憎む事も出来ましたが、これを信念としてやっている医者が主人公だったら、読み手の倫理観も揺らいでしまうところでした。漠然と感じる生理的嫌悪感の存在がなかったら本当に自分が分からなくなってしまいそうです。しかし、岸川が目指したのはまさに神。自分の精子で作った受精卵を数多く作り「これだけ自分の遺伝子を残した人間はどんな権力者にもいないだろう。」と悦に入っているところはおぞましさを通り越えて恐怖すら感じます。不妊治療やクローン技術など生命を作り出す医療が脚光を集めていますが、そんな今だからこそ読んでいろいろ考えておきたいものです。内容も重量も重い本ですが、いわゆる理系ミステリ的な理屈っぽさがないのでぐいぐい読めます。ずしんときます。(2002/9/18掲載)
2008年06月15日
コメント(0)
![]()
慟哭前回の日記で『詭弁論理学』を薦めたところ、ダイヤモンド社のOさんから「これもおすすめ」と『ヤクザの実戦心理術』という本を紹介されました。未読なんですが、面白そうです。そう思ってカチャカチャ検索していたら、これがシリーズものであることが発覚!『ホスト』とか『政治家』の術も紹介されてました。実戦になると詭弁は俗っぽいものですね。とりいそぎ紹介まで。で、『慟哭』です。単行本で発売されたのがかれこれ10年ほど前になりますが、なぜ今まで読まなかったのだろうと我ながら驚いています。ちなみに今回は東京創元社のYさんのお薦めで読みました。あまり詳しく書くとネタばれになってしまうので書けませんが、実は似たパターンというか視点の作品を割と最近読んでいたので半分くらいでオチが見えてしまったんですね。もし、気づかなかったら、最後のある瞬間に目の前が反転するような出来事が起こったかと思うと大変ショックです。ちょっと損をした気分。絶対気づかない方が幸せです。ストーリーは幼女誘拐事件を追う警察官を中心に展開します。出生の秘密を抱えながら異例の出世を遂げた捜査一課長と、彼に反発する部下たちとの不協和音。注意深く闇に閉ざされた課長の私生活…犯人に翻弄されながら、登場人物たちの心が細かく描かれていきます。一方捜査は難航し、犠牲になった幼い命が増えていきます。犯人探しの要素が一番強いのですが、一番の面白さはちょっと違うところに設定されています。絡み合うように、ある人物と捜査課長の章が交互に続きます。エリートの警察官は苦悩しながら捜査を進め、ある人物は宗教にはまりこみいつしか自分を失っていきます。この交差は結末に向かって何となく距離を縮めていき、どこに着地しようとしているのかが一番大きなミステリーでした。貫井さんの小説は何作か読んだ記憶があって、中でも『天使の屍』が記憶に残っています。家族の描き方が印象的でした。この作品もポイントはそこでしょう。すらすら読めた本の割には、ずっしりと重いものが心に残ります。お子さんをお持ちの方にはまた違った印象があるのかもしれません。「ミステリーは作り物臭さが好きになれない。」という方が結構いらっしゃるようですけれど、これは人間ドラマとして読めます。親子の絆とか、人との絆とかそういったことをしみじみ考えさせてくれる1冊です。(2002/9/13掲載)
2008年06月13日
コメント(0)
![]()
詭弁論理学詭弁とは要するに屁理屈の事です。(と、私は思っている)辞書を引いてみたら、詭弁は「道理に合わない、言いくるめの議論。ごまかしの議論(中略)見掛け上は正しそうな、虚偽の推論。」強弁は「無理に言いわけ・主張をすること」とあります。そういった事を論理的・学問的側面から考察したのがこの詭弁論理学なのです。表紙が格調高い中公新書なので、電車の中で読んでいるだけで何となく賢くなった気がしますが、中身は非常に読みやすい詭弁強弁の理屈。この本はいろいろなところで紹介されていたのでぜひとも読んでみたいもんだと思ってたんですが、ようやく手に入れることが出来ました。なんでも理系人間はさけて通ることの出来ないロングセラーらしいです。余談ですが、中公新書の中には『宦官』という本があって、これまたすごい本です。高校時代世界史の先生の薦めで読んだんですが政治的側面よりも「人の欲望って凄いもんだ」と思わされたことをまざまざと思い出しました。中には詳細に書かれた「宦官の作り方」があって、男の子たちが苦悶の表情を浮かべながら読んでいたのも印象的な出来事です。話がすっかりそれました。そんなこんなでぼちぼち読んでいたわけですが、やっぱりこれは理系頭向きです。個人的にはより論理的な詭弁より、普段よく使う(?)強弁の話の方が面白く読めました。xとかyとかイコールという記号を見ただけで拒絶反応を示す私ですが、それでもはなから投げ出すには惜しく(買っちゃったし)、読んでいるウチにその理屈が頭になじんでくるのが面白いところです。ちょっと前に流行った数学パズル的な問題に追加して、言葉にだまされる楽しさを味わうことが出来る問題群が並んでいました。ここで問題を出してみようかとも思ったんですが、ちょっと長めの問題ばかりなので折角なので手にとって見てください。奥付で初版を見てみたら1976年10月25日となっていました。話の端々で出てくる「最近は本当に無神経な人間が多くなった、嘆かわしい」なんて文章を読んでいると、今の時代の滅茶苦茶さに気づいたりしてそういう意味でもためになる本でした。学問としての実用性はないけれど(あったとしても多用すると友達をなくしそうです)。人が使った詭弁・強弁を学問的にとらえて分析したらとても面白そう。でも、もともとは哲学者たちが議論に負けないために、編み出した術の数々なのだそうなので、本当に由緒正しい学問のです。ネットコミュニティ等々で詭弁強弁に苦しんでいる方はぜひとも読んで欲しいですね。そういう意味では今の時代に必要な技術なのかもしれません。※注 辞書引用は『岩波国語辞典』による(2002/9/11掲載)
2008年06月12日
コメント(0)
![]()
宣戦布告(上)加筆完全版よりによって、こういうのを読んじゃった時にかぎって“日本海に不審船!”とかタイムリーなニュースが流れてきます。今まで人ごとのようにとらえていた脅威がものすごい身近なものになったことを、そのニュースを見て感じました。ビクビク。そもそもこれに興味を持ったのは、「映画の試写会で描かれた事実のあまりの衝撃に皆が色を失った…」という話題を読んだときでした。不審な潜水艦が見つかったことで右往左往する政府首脳陣。武器を持ってもいいのか?自衛隊が出場してもいいのか?逃げ出したといわれる工作員を殺してもいいのか?答えが出ないままに、対戦車ロケット砲を持った十数人の工作員の前に死体の山が積み上がっていきます。脅える地元民と、変わらぬ生活を続ける都市生活者…その対比がまた何ともいえません。この本に圧倒的なリアリズムが備わっているのは、ほとんど感傷が入っていないからなのだと思います。テーマ的には酷似した『亡国のイージス』(これは泣けます)が夕日を眺めて涙する物語だとしたら、こちらの中では客観的に淡々とその様子のみが語られるのです。視点はほぼノンフィクション、余計恐怖が増幅します。どんな武器を持っているかまだハッキリしなかった頃、工作員の探索のため山に入った陸上自衛隊員の通信が印象的でした。「あ、向こうに何か見えます、筒のようなモノを持ってます…」(原文とは違ってます)といった会話は瞬間でとぎれて、次に描かれるのは飛び散った肉片。出てくる人物たちの顔が見えてこないのが、かえって組織の不気味さを強調しています。笑えない話なんですけど、この発端になっている情報流出には防衛庁のお偉方の浮気が起因しているんです。妻と別れて若い彼女と一緒になろうかと苦悩している彼はそんな事つゆ知らず…なんだか情けなくて可哀想でした。日本列島がひっくり返るくらいの謀略をどう収束させるのかと思ったら、これまた衝撃的な結末が待っています。上手いといえば上手いんですが、ちょびっと物足りなかったかな。とにかく、国際謀略モノをあまり好きではない私でもこれはすいすい読めました。ニュースの見方が変わります!(2002/9/9掲載)
2008年06月10日
コメント(0)
![]()
蚊トンボ白鬚の冒険(上)蚊トンボ白鬚の冒険(下)若い水道職人、達夫の頭にふと入り込んでしまった蚊トンボ(ガガンボ)の白髭。シラヒゲはなんでだか知らないけど「筋肉の専門家」なのです。その特技を活かして、達夫をものすごいハードボイルドキャラにしてしまったのです。幸か不幸かそんなわけでやっかいな人々と関わり合いになってしまった達夫とシラヒゲの物語です。おいおいそんな無茶な…という突っ込みを忘れてしまうほど、登場人物たちにのめり込みました。読み終わるまでは。なんででしょう。とにかく重いんです、そのエンディングというか収斂の仕方というか…シラヒゲと達夫の友情物語に熱いものがこみ上げてきていたのが途中で止まってしまうような、なんともいえない物足りなさが残りました。面白かっただけにこの苦しさが残念。でも多分この読後感そのものが著者の狙いなんじゃないですかね。文中何度も「邯鄲の夢」という言葉が出てきましたが、人生に対するちょっとしたあきらめとか厭世的な気持ちがあるのかなぁと勘ぐったりもしています。20歳そこそこなのに妙に老成している主人公をはじめとし、謎めいた人物黒木、暴力団員、いつしか恋人になってしまった真紀などなど魅力的な人物が多く出てきます。血の通った人間として描かれているため、完全な悪役になりきれず最終的には今ひとつ顔が見えてこないサイコキャラを巨悪の根底にしてしまったところが残念でした。闇社会で大きな金額を動かしているというワクワク感があっただけに、そういう決着の付け方をしてほしかったなと思っています。しかし、メインストーリーの脇で語られる人間模様には、なんどもホロリとさせられました。特に真紀の失恋の話は泣かせます。突然自分の心に入り込んできた女性にいつしか惹かれていき、一方で彼女の心に居座る男に対してもどかしいほどの嫉妬をする…いやはや、参りました。全体的に(設定のせいもあり)コミカルな話とされてますが、私にとっては一貫して静かな静かな物語でした。それはさておき、どう考えても主人公の年齢を若く設定しすぎじゃないですかね?あの落ち着きっぷりは、30代半ばの雰囲気な気がします。(2002/9/5掲載)
2008年06月09日
コメント(0)
![]()
「いくら好きな作家だって、登場させすぎじゃぁ…」と言われそうな気もしますが、またまた北森鴻の新作を読みました。だいたいこの読書日記というコーナーは、政治的なやりとりから解放された楽天ブックスのスタッフが、その時読んだ本について書く。という趣旨のものなので個人的な趣味が大いに反映されるのは仕方がないことなのです。(言い訳終わり)この『触身仏』は『凶笑面』に続く、蓮丈那智フィールドファイルの作品群です。本邦初(って前は書いてあった)の民俗学ミステリーということで、日本各地の土着の文化と事件の謎解きをいっぺんに楽しめる豪華さ。考古学とか民俗学という学問は何らかの仮説を立て、その証拠を見つけ、証明するという謎解きの繰り返しです。今回も三種の神器が出てきたり、ミイラが出てきたりとそのテーマだけでも楽しませていただきました。蘊蓄だけでもかなり楽しめること請け合いでしょう。蓮丈那智(♀)をご存じない方に説明しておくと、彼女は異端の民俗学者でクールで知的な女性。その人となりは読んでいただければすぐわかると思いますので割愛しますが、たぶん美人なんでしょう、周囲の男性陣の態度を見ている限り…そんな彼女と、助手の内藤三國(♂)が繰り広げる民俗学絡みの事件の数々を綴ったのがこちらのファイルです。民俗学Xファイルみたいなもんですな。高いフィールドワーク費用を捻出して出かけたと思ったら、毎度のように事件に巻き込まれて発表できない研究結果が増えていくものだから、三國の苦労は耐えません。愚痴をこぼしつつも尊敬する那智のためにかけずり回るその姿が結構好きです。考古学以上に人間の心の部分に根ざした学問だから、より神秘的な話が多いところも魅力です。道ばたにある塚や道祖神の見方もこれを読んでからちょっと違ったものになってきました。受け継がれている民俗文化には、必ず何らかの意味があるんですね。北森さんが書いた話のどこまでが真実なのかがよくわかりませんが、民俗学というものに非常に興味をそそられる小説でした。妖怪ブームが起きている昨今にはぴったりの1冊なんじゃなかろうかと思います。京極夏彦ファンで、いつまでたっても京極堂の新作が出ないと嘆いているあなた!ぜひこれを読んでみてください。毎度のことながら私の胃袋を刺激する北森作品の食べ物描写ですが、今回はアルコールが目立ちます。そんな中で目に付いた一皿がこちら「濃厚なウニソースで仕上げられた白身」。本当においしそうでした、思い出しただけでもお腹が鳴りそうです。(2002/9/2掲載)
2008年06月08日
コメント(0)
![]()
ハサミ男ノベルス発売時から評判の高かった小説でしたが、今月文庫になったのを期に読んでみました。ちなみにあらすじは・・美少女を殺害し、研ぎあげたハサミを首に突き立てる猟奇殺人犯「ハサミ男」。三番目の犠牲者を決め、綿密に調べ上げるが、自分の手口を真似て殺された彼女の死体を発見する羽目に陥る。自分以外の人間に、何故彼女を殺す必要があるのか。「ハサミ男」は調査をはじめる。殊能さんの小説は以前読んだ『鏡の中は日曜日』に続いて2作目になります。あそこで出てきた石動という探偵が、ずっと出ずっぱりかと思ったらそうじゃないんですね。今回は「ハサミ男」自らが探偵役となり、真犯人を追い詰めます。もちろん、警察は警察でハサミ男を追いかけていますからまあ作品中は探偵だらけ。あまり書くとネタばれになってしまうので詳しくは書けませんが、この「ハサミ男」という輩は自殺マニアで、しょっちゅう自殺未遂ばかりしています。殺虫剤を飲んだり、タバコを煮詰めてニコチンを抽出してそれを飲んだり…で、毎回失敗して「医者」に馬鹿にされているという人物。本人曰く太っているらしくて、カーテンレールにひもをかけて首を吊ろうとしてカーテンレールが折れてしまった際に「デブは首つりも出来ないってことか…」とぶつぶつつぶやいている絵はなかなか笑えました。そういう繊細な神経の持ち主なので、自分が時間をかけて狙っていたターゲットを他の人間に殺される(それも自分の手口をまねて)なんていうのは耐えられないことなのでしょう。幸か不幸か第一発見者になったという利を活かして犯人追跡をしていきます。太っていることを気にしていながらも食べることが大好きな「ハサミ男」の食事シーンは丁寧で、どこか楽しそうです。三番目のターゲットのために下調べをしているときに出会ってしまった喫茶店(学芸大学前)のミートパイにはかなりそそられます。会社から近いしモデルがあるんだったらぜひとも行ってみたいもの。仕事のシーンもきっちり書かれていて「来週は殺人の予定があるから、今は真面目に仕事しなきゃ」というモチベーションがどこか滑稽でした。こういった日常を描きながら、殺人者としての心の闇を浮かび上がらせる文章は上手いとしか言いようがありません。大したもんです。勧善懲罰をこよなく愛する私には、あまり後味がいいとは言えない結末でした。でも二重三重に張り巡らされた作者の罠にはまり「すっかりだまされる」面白さを十分味わいました。あぁミートパイ食べたい。(2002/8/30掲載)
2008年06月07日
コメント(0)
![]()
ずっと話題になっていた『Y』をようやく読むことが出来ました。さらには佐藤正午初体験です。ある起点をきっかけに、人生はYの文字のように枝分かれをしていきます。戻ることも、もうひとつの人生にジャンプすることも出来ないから人は過去を羨むのでしょう。この小説における起点とは、悲惨な電車事故でした。様々な人の人生が交差したこの瞬間に戻ってしまった人、それが北川健という男性です。フロッピーに納められた小説という形をとって、彼の人生は表に出てきます。かつて親友だった(はずの)秋間文夫は疑いのまなざしで見ていたその人生に引きこまれていくのです。普段から愚痴の多い私ですが、じっくり考えてみるとあんまり後悔のタイミングがないのです。「あの時あいつの甘言に引っかからなかったら。」と思うことがないわけではないんですが、それでも戻ったからってどうにでもなるもんでもないし・・・と瞬時に諦めるこの性格。あ、だから後悔が続くのか。そんなわけで、身を焦がしながら遂げられなかった恋を描いた恋愛小説という観点から見たら『水曜の朝、午前三時』のようなもののほうに共感をおぼえます。全然傾向が違うので、比べたらファンに怒られちゃうかもしれませんね。そうはいっても客観的に読むならばこの本は“ぜひお薦め”という部類に入ります。時間を遡って人生をやり直したというストーリーはケン・グリムウッドの『リプレイ』に酷似しているのですが、あんなに解放感を感じることはなくて、現在はすべての登場人物が同じ時間を共有しているのに懐かしさに満ちあふれています。過去を知っている北川もある方法で大儲けをしますが、一攫千金っぽくないところがいいところ。さらにその金儲けの過程で80年代の日本の世相を一気に描ききったところはとても上手いです。80年代に青春を送った読者にはたまらないかもしれません。もともとが、愛する女性のために過去に戻りたいと願った北川だけあって、彼の人生はどことなくストイックです。そして、すべての関係者の人生を傍観する立場にあります。でも過去の一部分を変えたことで、愛した女性を守れるのかどうか、彼女の愛を勝ち得れらるのかどうかというのはまた別問題。そんなやり直しの人生を静かに文章に書きつづったという点は涙を誘います。ところで、回想(それも過ぎ去った恋など)を描いたら男性作家の作品の方が俄然ロマンチシズムに満ちあふれてますね、女性の視点だとどこかシニカルさが含まれる気がします。そう思いませんか?(2002/8/28掲載)
2008年06月04日
コメント(0)
![]()
Momentこのコーナーを読んでくれている方からは「次に何の本を読むか大抵想像がつくようになった。」とよく言われます。ミステリというよりは、物語が好きで、日常の謎派と言われるような人の本が好きです。こうなると「これ君むきじゃないかなぁ。」とそういう傾向の本を薦めてくれる人が増えてくるのが有り難いところ。本多孝好さんの本との出会いもそんな中からの収穫でした。もともと『MISSING』で2000年のこのミステリーがすごい!にランクインした事で有名になった本多さんですが、なかなか本を出してくれずファンとしては歯がゆい思いをしていました。集英社のAさんの「本多さんの本が出るんだよ!」という話に仕事を忘れて飛びついたのは言うまでもありません。この『MOMENT』を読んで思いを新たにしたことですが、彼の作品は日常の謎系作家の作品よりも透明度が高くてずっとクールです。日常にさりげなく溢れている悪意というものをとても上手くそして綺麗に書いていて、読んでいると小さな棘が刺さったままのような気分にさせられます。でもえげつない書き方をしていないので、いつしかその傷も癒されていく…とそんな雰囲気です。きっと主人公の神田くんがいい解決をしてくれるに違いないと信じて読み続けた私も裏切られることはありませんでした。「最期に1つだけ患者の願いを聞いてくれる必殺仕事人がいる。」というのが主人公の僕が清掃のバイトをする病院に伝わる噂話でした。仕事人はいつも清掃係の格好をしてあらわれると患者たちには伝わっています。そして願いが叶えられたとおぼしき人たちは安らかな眠りについていくのでありました…なんて童話のような話だけだったらミステリにはなりません。ヒトの心の裏には闇もあるし、欲望もある。そしてたまにはちょっとまがった正義感もある。と、多くの登場人物たちの心のあやがこの小説をもり立てています。いやいやそうかそうか、心の奥底にある闇そのものがミステリ(謎)なのか。いまやっと気付きました。(余談ですが、本を読んで感想を書いてみると、また読み方と読後感が深くなっていいもんです)甘くない優しさっていったらいいのか、この空気をぜひともいろいろな方に体感してもらいたいなぁと思いつつこの文章を書いています。全然作品の傾向が違うので我ながら理屈がつかないんですけれど、ホラー作家の乙一さんの作品とどうしてかイメージがかぶるのです。(私だけかなぁ)キザないい方を許してもらえるならば、セピア色になっていない郷愁を感じます。もし、本多さんの著作をお読みでない方は文庫になっている『MISSING』から読んでみて下さい。今は本多さんの大ブレイクと、単行本が年に2回は出るようになることをひたすら祈っています。(2002/8/26掲載)
2008年06月03日
コメント(0)
![]()
爆笑問題の日本原論(3(世界激動編))爆笑問題の日本原論シリーズは、ちょっと前なら出せば即ベストセラーという凄いシリーズでした。そうは言ったって今でもかなり数字をとれる本であることは間違いないはず(と、思います)。今では彼らの芸は時事問題を超えて英語になったり、日本史になったりしています。こうやってさんざん売ってきた記憶はあったのですが、単行本をじっくり読んだのは今回が初めてでした。ところで、よりによってこの「世界激動編」が一番笑うに笑えない本だったのではないでしょうか。なんたって話題の中には昨年の9.11が入っています。テーマの重みはさておいて、相変わらずの調子で太田さんがあることないこと全てをネタにしていますので、きっと「不謹慎だ」という声が沢山寄せられたんじゃなかろうかと憶測を巡らせています。これについてはまえがき・あとがきで太田さんのコメントが出ていますので、それを読んでみて下さい。この件に関わらず凶悪事件が沢山ネタにされていますが、私は無責任な有識者のコメントよりもずっと問題に対しての憤りを感じました。とはいえ、やっぱりぼけっぷりは見事で全編笑いっぱなしでした。もう、電車の中で笑いを堪えるのが辛かった辛かった…不謹慎と罵られてもおかしいんだから仕方ありません。瞬時にあれだけの意味のない話をでっち上げられるのは見事ですね。素人が真似するとある意味で火傷しそうな芸です。収録されている事件は99年9月のJCO臨界事故にはじまり、01年のアフガン戦争や狂牛病騒ぎまでが入っています。今では既に事件が解決方向に向かい裁判が始まっている事件も多々ありますが、こうやって読み返してみると当時の憤りが鮮明に甦ってきます。事件の事はおぼろげながらに憶えているけれど、その瞬間に感じた憤りや怒りって案外簡単に忘れてしまうものなんだなぁとちょっと反省。一方、官僚の不祥事はかなり面白く読めます。新潟の監禁事件を語るときに太田さんが「新潟県警の一連の流れなんだけど、今回は何もギャグなしで、説明だけするから。」と始めています。本当に順を追って説明だけしているだけで笑える(もちろん誇張はありますが)のでギャグが入り込める余地がないのです。政治の話もそうですけど、どこかつじつまが合わないから突っ込みどころが満載になる→それが積み重なると不信を招く→今の混乱に至る。という構造がはっきり見えるところが興味深いですね。中学生や小学生の頃に爆笑問題を知っていたら、社会科の自由研究で「爆笑問題になりきって現在の世相を斬ってみる」ってのをやったのにと残念で仕方ありません。どこかの子どもに自由研究の相談をされたら絶対これを勧めようと思っています。あ、親に止められるかな。(2002/8/22掲載)
2008年06月02日
コメント(0)
![]()
井上ひさしの日本語相談このあいだ新刊情報を見ていたら大岡信さんと、丸谷才一さんの日本語相談という本が出ていることに気付きました。「ほう、これは面白そうだ。」と思い楽天ブックスニュースで紹介をさせていただいたのですが、調べてみたところ7月には井上ひさしさんと大野晋さんのものも出ています。さらにたどってみたところ、もともとは既に文庫化されている由緒ある(?)日本語相談であることが判明しました。昨今の日本語ブームで新装刊となったんでしょうか?もっとも、このブームがなければきっと見逃していた気もしますので良いタイミングでした。で、さっそく『井上ひさしの日本語相談』を読んでみました。そもそもが週刊朝日誌上の連載に端を発していて、読者から寄せられた日本語に関する疑問に、四人が交互に答えたものだと書いてあります。文法の用い方についての質問が一番多いものの、格言や駄洒落についての話などなかなかバラエティーに富んでいます。「蜂、蟻、蝉、蜻蛉などが虫偏なのは納得できる。でも、蛙、蛇、蝙蝠、田螺、牡蠣なんかに虫偏をつけるのはどうして?」と聞かれて途方にくれているお父さんからの質問にも「なーるほど」と思わず唸ってしまうような答が付いています。答は読んでのお楽しみです。私は元来へそ曲がりなので、文法とか小難しいことが大っ嫌いなのです。自分の文章・言葉遣いの間違いに今さらですがここでいくつも気付いて打ちのめされています。でも一方で“言葉が生きていて、時代によって成長していくものであること”もちゃんと念頭におかれているので、理屈っぽくなくカラダに染み入りました。ただなんたって井上ひさしさんは作家ですので、どこまでがフィクションなんだかちょっと心配なところはあります。あ、それからついでに雑学知識も付きました。その昔は女性も褌をしてたなんてこと知ってました?連載開始が1986年だったので、今は昔の懐かしい流行も垣間見えます。本当に言葉って生き物ですね。相談の中では、生活に密着していながらも答を見つけるのが難しそうな質問が多く飛びかっています。それにぽんぽんと答えていく相談員は確かにすごいなぁと感心するのですが、生活の中で当たり前につかっている言葉にこれだけ疑問をおぼえられる読者の皆さんのセンスがたいしたものだと思うのです。これを読んだからと言って日本語レベルがあがるわけではありません。でも、せっかく日本語を話す文化の中にいるわけだから(日本語しか話せないし)使わない・知らない言葉があるのはもったいないなぁという気持ちになっています。(2002/8/20掲載)
2008年05月30日
コメント(0)
![]()
徹子と淀川おじさん人生おもしろ談義最近気付いたのですが、活字中毒と呼ばれる症状に本当に罹ってしまったようで、読み物が手にないと落ち着かないのです。先日もそういう状況に陥ったため、いただいた見本の山を切り崩して出してきたのがこちらの本。対談だし簡単に読めそうでいいなぁなんてかるーく読みだしたものの、電車の中で涙が止まらなくなってしまって困りました。淀川さんが既に物故の方であることもあって、彼の一言一言に人生が詰まっている気がします。80を過ぎてからお母さまの事を愛おしそうに語るあたり涙なしには読めません。この対談は“徹子の部屋”に淀川長治さんが出演した時のお話しを時代を追ってまとめたものです。なんと出演回数は14回(本人の追悼の回を含む)映画の話はもちろんのこと、お母さまのこと、ユル・ブリンナーの話、どうして結婚しなかったか?、ホテル暮らしを始めたわけ…などなど多彩なお話しで彩られています。どの時もかなりお年を召されてからの出演なわけですが、無垢というか無邪気というかすごく不思議な方でした、しなやかという表現がピタリとくるかもしれませんね。笑ってしまったのは、淀川さんが出演料などを受け取るときは絶対現金でないとイヤだ…という話です。税金を現金で納めるために夜通しお金を数えたこともあったとか(守銭奴みたいなイメージだけどそうじゃないところがまたいい)。日曜洋画劇場の収録で「さよなら・さよなら」ってやったあとにも封筒とかで現金を受け取ってたのかなぁとイメージがふくらみます。晩年はホテル暮らしをしていたということは有名な話です。でもそれに至ったわけには“8年間の万年床をめくったら下からムカデが出てきた”というエピソードがあったという事には驚かされました。潔癖な方だと思ってましたのに。本当にいい話が沢山堪能できました。テレビ番組は時間の短さもあってセカセカ感が否めませんが、こういう風に文字になるとまたいいものですね。お二人の言葉の綺麗さもまた良いです。綺麗な言葉を喋ることの大切さを話されている回もありました。黒柳さんの言葉は満点だそうで(早口だからあんまり気づかないけど丁寧ですね)、幼年時代にトットちゃんとしてあんなはちゃめちゃぶりを見せていたのに…時の経つのは怖いもんです。それはそうと、昨日電車の中で涙にむせびながら通勤したわけですが、今朝は本の雑誌9月号の「夢の合作タッグマッチ選手権座談会」のあまりの馬鹿馬鹿しさに大笑いしながらの通勤でした。同じ時間帯に電車に乗っている人に不気味がられていないかと今になって不安になっています。(2002/8/16掲載)
2008年05月29日
コメント(0)
![]()
月の裏側ずっと読みたかった作品が文庫になっていたので、夏休みのお供にしました。「やっぱり夏はホラーよね~。」などと心の中でつぶやいて読み始めたのですが、読み終わったときに後悔。といっても面白くなかったわけではないんですよ、閉塞された空間・限定された場所の中で起きる出来事を書いたら恩田陸はすごいと思えます。私の後悔は読後、口の中に残るザラザラ感なのです。ホラーとしてはあんまり怖くなかったけど、こうやって生理的嫌悪感を残しているということですでに恐怖を与えられてるんでしょうかね。〈ここから先、ネタバレを含みます。未読の方はご注意下さい〉舞台は九州の水郷都市・箭納倉(やなくら)。・・言うまでもなく柳川がモデルです。堀割が発達したこの町で、失踪事件が相次ぎます。消えたのはいずれも堀割に面した日本家屋に住む老女なのですが、数週間たつとひょっこり戻ってくるという共通点を持っています。さらに彼女たちは行方不明期間の記憶を喪失しているのです。この事件に元大学教授の協一郎、レコード会社のプロデューサーをやっている多聞などが興味をもち調査を始めたところ、彼らが人間ではないことが浮かび上がってきます。読んでいる間、ずっと何かと似ているなぁと思っていたのですがようやくわかりました。小野不由美さんの『屍鬼』です。じわじわと、でもはっきりと村を覆い尽くす死の影。住民と入れ替わっていく屍鬼たち…。人間もどきの増加はこのストーリーとちょっと似ています。でも、ゾンビを恐れ対抗しようというあの小説の主人公たちに比べるとこっちの人たちはどうも。。。「攫われても戻ってこれるのなら自分でない部分が増えてもいいか。」とか「みんな人間もどきになっちゃったんだから、私も仲間に入っちゃった方が楽なんじゃぁ・・・。」とか何処かミイラ取りがミイラになることを望んでいる色が強いのです。これじゃ困ります。読者は誰を応援したらいいのか分かりません。究極は「本当に僕は本物の人間なのか?」という疑問。この話はホラーというより自分探しの物語なのかもしれませんね。こういう内面に話が及んでしまった結果、結末は極めて曖昧なものになっています。それが良いことなのか悪いことなのかはぜひとも読んでみて判断して欲しいのですが、だからこそセピア色の郷愁と夢の中にいるような浮遊感が与えられているのではないかと私は思うのです。柳川の川下りをしたことがあったので、余計楽しめました。あの独特の時間の流れ、水の流れがよく表現されているなぁと感心してます。これだから恩田陸って好きなんです。しかしながら、逆にこの本を読んでから川下りをすると怖い思いをするかもしれないのでそれだけはご注意下さい。(2002/8/14掲載)
2008年05月27日
コメント(0)
![]()
不肖・宮嶋死んでもカメラを離しませんこのコーナーでもおなじみの【真】さんから「これ」と貸してもらったのがこの本。(借りたのは一番最初のクレスト新社版だったのですが、入手不可のためザ・マサダ版をご紹介)“命懸けの報道カメラマンの自伝”などという美しくも大人しい言葉では表せない行状記です。第一カメラマンなのにこんなに本を出しているところがまずすごい!週刊誌のカメラマンというと人のプライバシーを覗き見て、侵害してお金をもらっているという極めて悪~いイメージを持っていたのですが、少し考え方が変わりました。スクープを撮るための執念と、時には馬鹿馬鹿しいほどの努力と工夫には抱腹絶倒です。東京拘置所で麻原彰晃が激写されたというニュースはまだまだ記憶に新しいかと思いますが、これを成功させたのがこの不肖・宮嶋こと宮嶋茂樹さん。とはいえ、カメラで見えるということは同時に“射殺可”という事でもありますので、拘置所側にとっては大問題なわけなんですよね。(ゴルゴ13だったら楽々仕事をやり遂げそうです)この時は、中が見えて写真がさりげなく撮れるポイント探しに熱心でしたが、売春の実態を押さえるとき・ご成婚パレードの素顔を押さえるとき・・とその時々に必要なアイテムがいろいろ工夫の末編み出されます。(失敗も面白い)そもそも報道カメラマンですので、危険地帯にはガンガン乗り込んでくれています。今回は湾岸戦争でクウェートに行ったときのことが書いてありました。本は違いますがこれ以外にも紛争という紛争に出向いてるようです。悲劇と背中合わせの舞台にいるのですからきっと凄惨な現場を見ているはず!なのに全然感傷がないのです。もしかして私が気付かなかっただけかもしれませんが。正義漢とはちょーっと違う気がするんだけれども、暑い!じゃなくて熱い!剛毅な人です。ホントに。ものすごく逞しいかと思えば、イカを食べてお腹を壊して大変なことになっていたり、ドタバタ劇を演じたりと「もしかしてこの人実はナイーブなんじゃなかろうか。」と思ってしまうような場面も多々あります。実際のところはどうなんでしょうか?でも多くのファンを持つらしいそのエネルギーの魅力はちゃんと感じ取れました。南極観測隊に同行したり、自衛隊演習に紛れ込んだりもしているのでこちらもぜひとも読んでみなきゃなりませぬ。とにかくこれを読んで以来、やたらと現場写真が気になります。(2002/8/12掲載)
2008年05月26日
コメント(0)
いきなり成田周辺のパーキングから話が始まります。どうやら主人公の脇坂は過去に何か罪を犯し、刑務所から出てきた人間らしく、自らに罰を科しつついじこじと暮らしています。なかなか何をやったかが語られないウチに、そのパーキングの上司(こいつがなんとも食わせ者なのです)からある人物の海外逃亡を幇助するバイトを頼まれるのです。むろん脇坂は断りますが、とある事故で大きな借金を会社に負うことになってしまい、仕方がなくその仕事をすることになりました。刑務所帰りの修をこのパーキングに紹介したのは、近所に住み居酒屋に勤める従妹の朝子でした。実は彼は朝子にひそかな思いを抱いていたのですが、幼い頃から兄姉のように育ってしまったがために倫理観から一線を踏み越えられないでいたのです。そんな苦しい思いを抱えて見ていた女性を奪ったのはなんと実の父親でした。それも初めて見た瞬間は情事の後のけだるい時間を過ごしているふたり…衝撃から思わず父親を殴り殺してしまった、それが彼の罪であり、朝子の側で自らを殺し彼女を守って生きていくことが自分に科した罰だったのです。そんななか非合法なバイトを始めた修は、一週間程度の逃亡者を匿うという仕事を着実にこなしていました。しかし最終日に起こった非常事態をきっかけに大きな犯罪に巻き込まれ、彼自身も逃亡者となってきます。途中“家のオーブンから焼け焦げた人の足首が見つかる”などというグロテスクな展開があった割には、動機がささやかなもので(まぁ本人にとっては大きな問題なんでしょうけど)どうもスケール感が乏しかった気がします。このあたりちょっと不満。とはいえ、新野剛志さんの作品って割と隣で起きそうな事件がよく扱われているので、著者ならではの特色なのでしょうか?個人的には最も個性的なキャラだった中条(海外逃亡企て男)をもうちょっと書き込んで欲しかったなぁと思っています。それより何より、脇坂の悶々とした想いがじれったくてじれったくてたまりませんでした。(それも想いを遂げてもまだ悶々してるし)夏目漱石や武者小路実篤の小説にはこういうじれったい人ばかりが出てきていて、それだけで文学になっていたのに時代とは変わるもんだと勝手な考察をしています。(2002/8/8掲載)
2008年05月25日
コメント(0)
![]()
心理療法個人授業南伸坊さんは「生徒の達人」なんだそうです。その授業の受けっぷりは見事なもので、過去すでに「解剖学」「免疫学」「生物学」とすご~い学問をものにしてきています。学問をものにするってどういうことなのか良くわかりませんが、生涯をかけて研究に没頭する学者・先生たちがあれだけ沢山いるのですから、学問の概要を知ったことで素人としては合格ラインなんじゃないかと勝手に思っている次第です。この個人授業シリーズは「心理療法」を初めて読みました。読むまでは対話形式のものだと思っていたものの、南さんが先生の話をよりかみ砕いてレポートとしてあげたものがこの作品でした。章ごとに「先生の一言」というのが付いていて、南さんのレポートを補足しつつ、時には新しい視点を喚起されている事に好感が持てます。幼い頃から「先生というのはとーっても偉い人で、その人のいうことは絶対正しい。」と思いこんで大きくなった私ですが(嘘です)生徒の「なぜ?」に自分の知的好奇心を刺激されていく先生が「生徒から学べる立派なセンセイ」なんだなぁとあらためて感心。それはさておき、肝心の中身は“心理学”でなくて“心理療法”であるところがポイントです。世の流行のご多分にもれず人のココロの中身や動きを知りたいと思った私も、心理学というものに並ならぬ興味を持ちました。大学の時に一般教養でとった行動心理学というのも面白くて、4年間で一番心に残る授業になっています。(専攻は法学部なのに…)ところが、心理学というヤツはフロイトがどうしたこうしたユングが反発してどうしたこうした…と抜け出られないような学説対立の話が多かったのですごく敷居が高かったのです。今回の話は、病気の研究だけに終わらずに、治療して治すという観点での話だったので、心やすく読めました。箱庭療法の話など、かなり面白かったです。話自体も面白いのですが、南さんのおにぎり顔の似顔絵がとびきりのスパイスとなってページを引き締めています。とてつもなく真面目な話をしているのに、なんとなくちょっと揶揄したような絵が入るので場が和むというか、どこかおちょくられた気分になるというか、とにかく独特の雰囲気を作っています。河合隼雄さんが広辞苑を枕にして寝てる絵は傑作でした。ヒトのココロを面白がるなんて!?と思う方もいらっしゃるかとは思いますが、優しさに満ちた語り口にはなんだか癒されます。こういう授業ぜひとも受けてみたいものですね。
2008年05月24日
コメント(0)
29歳の時に交通事故で下半身の自由を失った(対麻痺と言うそうだ)マルク・メルジェさんの自伝です。婚約者とのデートという幸せの絶頂の瞬間に事故にあって、地獄に突き落とされたようなショックを味わったものの、婚約者ヴェロニックの愛は揺らぐことなく2人は結婚。手と手を取りあって不自由な車椅子暮らしをしていくのでした・・・というのがホンの序盤のお話。彼の人生のもうひとつの大きな物語は、とあるインプラント手術という事なのです。マルクの病状というのは、脳の信号を下肢に伝える神経繊維が切断されたというもので、筋肉はいたって健康(弱ってはいますが)なのです。手術でワイヤーと外からの指令を受け取ることの出来るインプラントを埋め込んで、電流を流すことで筋肉を動かそう!というのがこの手術。マルクは開発者であるラビジョン博士と手を組んで、このプロジェクトの最初の被験者となることを決意します。下肢の神経部分は全て人の手によるものになるわけですから、不安も大きく失敗もさけられません。マルク本人よりも妻の不安の方がより大きかったようです。事故の瞬間から手術によって刻んだ一歩まで、刻々とその時の状況が語られています。いつもからそれほどノンフィクションを読むわけではないので一概には言えませんが、感動を増幅されるような大袈裟な記述があまりなく、かなり淡々とページがすすみました。小説を読み慣れている私には、瞬間瞬間にあっただろう感動の伝わり方が緩かったためちょっと物足りなさがあります。そうはいってもどんな大事件が起こっても時の歩みは変わらないのですから、人生を語るということにおいてはこのやり方が正しいんでしょうね。人の命をも科学と医療で作り出せるだけの技術がある世の中で、「こんなに簡単に人は死んじゃうの?」と思うことも沢山あります。しかし、体に自由を取り戻すという事に懸けている科学者・医学者たちの存在がこれだけあることと、熱い想いがあることを知ったということだけでもこの本を読む価値はあります。難しい専門用語がないのでスラスラ読めるところも良いところです。この技術、これからメディアを騒がせる予感がしませんか?(2002/8/2掲載)
2008年05月23日
コメント(0)
![]()
ラッシュライフ作家の伊坂幸太郎さんという人は、『オーデュボンの祈り』で第五回新潮ミステリー倶楽部賞を受賞した方でこれが第2作目になるそうです。(新潮社大西さん談)・・・自らトランクを開け、歩き出したバラバラ死体。神様の仕組みを暴くため、教祖を解体する信者たち。鉢合わせした二人の泥棒。ひょんなことから拳銃を手にした失業者。金で買えない物はないと思っているアブラギッシュな富豪。常軌を逸した謎、交錯する十余の人生、唯一無二にして問答無用の結末。これぞミステリの醍醐味!・・・という内容紹介を読んでどうしようもなく読みたくなって、せがんでゲラを読ませていただいたというわけです。 嬉しいことに期待通りの面白さ。多くの登場人物が所狭しと動き回る様子は恩田陸さんの『ドミノ』に似ていながら、この特徴はとある視点にあります。仙台駅の周辺という限定された場所で起こる事件が次第に次第に交差していくのですが、その交差の仕方が独特です(あぁこれ以上話してしまうとオチを言ってしまう・・)糸が絡み合って一本の紐になると言うよりは、バラバラの紐が手品みたいに瞬時に一本になってしまう感じ。「なるほどー!」と思わず唸ってしまいました。『ドミノ』に感動した人はついでにこれも読んでみてください。登場人物をひそかに繋ぐアイテムがいくつかあるので、そのあたりに注目してみるのも面白いかもしれません。謎アイテムも疑問は後半一気に氷解します。惜しむらくはページが終わったあとも、謎が残ってしまう点。「まあそれはそれで解決なのかもしれないけど、気になるぞ~」というネタがいくつかあって未だに非常に気になっています。一本になった糸がもう一度ほつれて広がっていってくれれば(続編も含めて)それはそれで面白いのでいいのですが…あと、面白いなぁと思ったのは、登場時に「こいつは曲者っぽい、かなり重要な役回りになりそうだ。」と思わされた人物が割とさりげなく幕から消えていって、いかにも小市民っぽい人に限ってスポットライトが当てられる事になるところです。人生どこで主役になる場面があるかわからないという良い例かもしれません。とにかくちょっと毛色の変わったミステリです。ある意味で大きなパズルを解いているような気分で読めますので、パズル好きの人にもオススメできる作品ではないでしょうか?私はこれを読んだことでがぜん前作も読みたい!という気分になっています。それはさておき、新潮ミステリー倶楽部賞ってどうなっちゃったの?もしかして第5回で終わり?(2002/7/31掲載)
2008年05月19日
コメント(0)
![]()
鏡の中は日曜日あーびっくりした。【いつものことながらネタバレを含む恐れがありますので、未読の方はご注意!】ミステリなので、謎解きで騙されるのは当たり前。本編の騙しっぷりも見事でしたが、本当の驚きは読み終わった後に来ました。巻末の参考図書に綾辻行人さんの“館シリーズ”が並んでいるので、ずっと疑問だったのですよ。館シリーズといえば新作が出ないことで有名な本ですが、どの建物をとっても住み難さこの上ないつくりになっています。『鏡の中は・・』も鎌倉の梵貝荘という奇天烈な建物が舞台なので、そういった建物の事を参考にしたのかと思いきや!あ~らびっくり、参考にしているのは登場人物の名前なんです。これを筆頭に、なんとなく(詳しくないからなんとなくとしか感じられない)新本格ミステリの数々をパロっているような気がします。新本格ファンはニヤニヤしながら読んだりしているんでしょうか?ミステリ事情に詳しくない上、あれだけ話題になった『ハサミ男』など過去の作品を読んだことがない私は、シリーズの名探偵が誰なのか?とかそういうこともわからないので、煙に巻かれたような冒頭部分でちょっとだけ読むのを投げ出したくなったりもしたのです。物語の主軸には“梵貝荘で十数年前に起こった殺人事件の謎解き”というのがあります。でも、この事件自体は以前名探偵によって解決ずみで、対して入り組んだ事件ではなさそうなのです。犯人もすでに服役を終えて出てきているし、世の中から忘れ去られようともしている…別の名探偵が調べ直すだけの価値があるのかわからない面白げのない事件だなぁと。でも、この話は犯人とか動機とかそういう次元の話を超えたところにありました。「何が起こっているのか?」それが最大の謎。久しぶりにパズル的要素が大きい小説を読んだので、非常に新鮮に読めました。蘊蓄がたびたび出てきますが、読みにくくはありません。軽い気持ちで読み出した私でしたが、はやく『ハサミ男』を読みたい!という気分になっています。ところで、ミステリに詳しい方、どこでどの作品(作家)をパロっているのかを教えてください。気になって眠れなくなりそうです。(2002/7/29掲載)
2008年05月18日
コメント(0)
![]()
パイド・パイパー「これがわたしの今年上半期のベストです」というのがオビに書いてある宮部みゆきさんのコメントです。この一言で宮部ファンの私がさけて通れない1冊になってしまいました。出版社戦略大当たり。じゃあもしかして解説を書いてあったりするんじゃなかろうか…と本編とは全く関係のない期待をして本を後ろから読み始めましたが、解説は北上次郎さんでした。まあそれはそれで嬉しいのです。特に中年以降の男性が頑張る小説を読んでもらったら、たった一言の胸への染みどころが増幅されます。時は1940年夏。いくら歴史に造詣がない私であっても、当時の戦局の予想はつきます。第二次大戦まっただなかなんですよね。主人公のハワードは元弁護士のイギリス人。もう70という歳になっていると戦争に参加することも出来ず心は傷つきます。たたみかけるように息子を失った彼は傷心を癒すためにフランスの片田舎に旅に出ていたのです。ところが戦局は緊張度を高め、帰国を余儀なくされることになりました。さらにそのうえ、国際連盟に勤めるイギリス人の子ども2人をともなって国に帰ることになってしまったところで、ハワードの長い旅路は始まります。小さな子どものことですので、慣れない旅で具合を悪くしたり駄々をこねたりなんてのは当たり前。体調を見ながら行程を考えているウチにドイツ軍はどんどんフランス国内に侵入してきて、通れない道が増えていきます。さらにそのうえ、旅路のあちらこちらでいきがかり上預かってしまった子どもが同行者となり、彼の旅はより困難なものになっていくのでした。ドイツ軍占領下のフランスではイギリス人の存在は御法度です。(ユダヤ人ももちろんですけど)ハワードはフランス語をしゃべれますし、子どもたちもフランス語には苦労しないので言葉を換え雰囲気を変えることで何度か危機を乗り切ります。でも戦車を見てはしゃいだり、死体を見たいと大騒ぎをする子どもたちを見ていると読み手もハラハラドキドキさせられます。もちろん「英語をしゃべっちゃダメ!」と何度も念押しを重ねるハワードの苦労は推して知るところ。大きな事件が起こり続けるわけじゃないのに緊張感が漂っているのはそういった理由からなんでしょうね。そんな極限状態とノスタルジックが交互に織り込まれているのがこの小説です。未来に広がる明るさとはちょっと違いますが、読み終わったときにはホッとしたようななんとも言えない安堵感に包まれました。8月は戦争関連本が読まれる時期ですがたまにはこんなのもいかがですか?(2007/7/25掲載)
2008年05月17日
コメント(0)
![]()
さんだらぼっちふり返ってみたら、読書日記に髪結い伊三次シリーズのことを書いたことなかったんですね。このシリーズは髪結いの傍らで同心の小者をつとめる伊三次とその恋女房(女房だっけな・・?)のお文の物語です。むろん捕物余話という名に恥じないサスペンスストーリーなんですけど、この魅力は伊三次とお文の恋物語。じれったいようで、きっぷがいいそんな二人のやりとりがたまりません。お文はもともとは大人気の深川芸者で、かたや貧乏な髪結いとまあいろいろあったのですけど、その辺は『幻の声』から始まるこのシリーズを読んでいただくのが一番よいかと思います。・・ここから後、ストーリーに触れるところがありますので未読の方はご注意ください・・前作『さらば深川』で家を焼かれ、仕方がなく伊三次のもとで暮らし始めたお文の姿がメインになります。今までは深川芸者らしく、女中付の豪華な暮らしをしていましたが今度は長屋の女房。なんせ今まで家事なんて事をやったことがなかったため何をやるにも四苦八苦。ところが近所の女房衆も元芸者のお文が珍しいもんだから、いろいろ世話を焼いてくれてそれはそれで上手くまわっていました。あの日までは・・・今回の一番重いテーマは「子ども」。子の夜泣きに耐えきれなくなり虐待を繰り返す母親、母の不貞に気付き父親を庇ったことで母親に殺されてしまった女の子、いつも世話になっている家に出来た子、世話をしていたおみつのお腹にいる子ども・・・そんな子どもたちをお文が優しく時には厳しいまなざしで見つめています。そうはいっても、お文だって愛しい伊三次の子が欲しいわけで、複雑な心がいくつも書き込まれ物語に深みを与えています。ちょっとした表現で子どもの表情が生き生きと輝いたり、母親の気持ちの複雑さが描かれるところが凄いところです。でも、いままでの巻と違い伊三次の魅力が足りなかった気がします。と、いうのも2人があんまり会話をしなくなっちゃってるんですよね~下戸の伊三次が無理してお酒飲んで帰れなくなったり、忙しくて会話が減ったり。離れていた頃の方がより結びつきが強かった気がしてなりません。まあ、でも終盤の事件があったことで伊三次もそれに気付いたようなのでそれはそれでいいんでしょうが。やっぱり男の人って女房が家にいると思うと、安心して外を飛び回っちゃうものなんでしょうかね。捕物の結末よりも伊三次とお文のこれからのほうがずっと気になる展開になってきました。(2002/7/23掲載)
2008年05月16日
コメント(0)
全635件 (635件中 1-50件目)