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いつくしま あさのこんざん 厳 島 浅野坤山 はる ごうはい み いちほうらい あいあい うんえん ずいだい よう 遥かに鼇背を観れば一蓬莱 靉靉たる雲煙 瑞台を 擁す つき ちょうろう お わんじょう しず まんどう せいれつ なみ てら きた 月は長廊に落ち湾上 静かなり 萬燈の星列 波を照らして来る詩文説明遠くから厳島を眺めるとまるで海亀の背の様な形の島のようで島上には雲がたなびいている、あたかも神仙の住んでいるという蓬莱のようである。それは厳島神社の楼台を囲み覆っているようにも見える。夜になって月灯りは長い廊下を照らして、湾の上は真に静かである。そして灯籠の灯りが幾萬もあろうかと思われるような星が並んでキラキラと光り輝き波に移って美しく揺れ動いているように見える。1、遠くから見た厳島全景海亀の背なかのようで神仙の島のようだ 2、島上には雲がたなびき灯籠に点る灯りが無数の星のようにきらきら輝いてい る様に見える。 3、厳島神社 1、厳島(広島県宮島)の灯籠には灯りが点って輝いている。2、夜には月灯りが楼台の長い廊下を照らす。3、昼間の厳島(宮島)の正面写真。※注: たなびく雲、夜景(昼間の写真を加工)、灯篭、月と月灯り、灯篭の灯り、な ども詩文の説明に合わせで造ったものです。 作者 浅野坤山(天保13年~昭和12年)1842~1937)明治~昭和初期までの政治家.安芸広島藩(42万6千石)の最後の藩主(第12代藩主)。浅野懋昭(広島藩主第七代藩主浅野重晟の四男)の長男に生まれ浅野家の支藩浅野長訓の養子となり長訓が本家を相続したので、世継ぎとなった。幼名長興・茂勲と称し、のち長勲(ながこと)と改めた。文武に優れ、薩長両藩の討幕挙兵策にも、土佐藩の大政奉還運動にも加わり、3藩連携にも努めた。孝明天皇の行幸に供奉し、将軍慶喜にも大政奉還を説いている。明治維新後、版籍奉還で知藩事(地方長官)に任命され廃藩置県で知事に免ぜられた。宮内省出仕権華族局長官・貴族院議員等を経て、昭和12年没。勲一等侯爵。享年961、広島城 2、広島藩最後の藩主(12代藩主)本名、浅野長勲(あさのながこと)3、浅野長勲の書。 4、浅野長勲銅像
2013年09月27日
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じ しょう すぎうらしげたけ 自 訟 杉浦 重剛 がく のぼ てんか しょう みず ほこ い き ごう 岳に登って天下を小 とす、 自ら誇る意気の豪なるを、 そ さんじょう やま いか これ あお いっそう たか 其れ山上 の山を奈んせん、 之を仰げば一層 高し 詩文説明山に登って下界を見下ろすとと天下も小さいものだと思われ、自ら意気の豪なることを誇るのである。しかし、今登りつめた山の頂上でも、まだまだ高い山がある。これはどうしたらよいであろうか。自分の登った山はかなり高いと思うのだが、山上を見渡すと更にいっそう高い山が聳えている。人間もこれと同じで、いくら登っても自分よりいっそう上の人間がいますこれを仰いでもっと上を目指し、決して慢心などすべきではない。(題名からして自戒を述べた詩ですが、人類すべてに対しての教育の神髄だと思います)。学問だけでなく、すべての事に対して頂点を極めたつもりでも上には上があるので慢心せず向上心をもってもっと上を目指しなさいよ)と言われてます。以前に述べました草場佩川作の「山行示二同志一」の内容と似てますね。(偉人の素晴らしく有り難い御言葉です)作者 杉浦重剛(1855~1924)安政2年~大正3年明治・大正時代の教育者。幼名謙次郎。梅窓・天台道士と号した。父杉浦重文母八重の二男として近江(滋賀県)で生まれる。初め藩校遵義堂に入り、ついで経史を藩儒高橋坦堂・洋学を黒田麴盧に学び更に京都の儒者岩垣月洲に入る。16歳の時選ばれて藩の貢進生として大学南校(現東京大学)に入り英学を学び22歳で英国に留学教授ロスコ-・ショーレマン両教授に従って化学を研究。在位5年病によって帰国、その後、大学予備門(第一高校の前身)の校長、文部参事官兼専門学務局次長を歴任、この間称好塾を設け、同志と共に東京英語学校を設立、また新聞記者の社説を担当、雑誌「日本及日本人」・「日本新聞」の発刊に尽力、欧化主義に反対し日本主義を唱えた。明治22年外相大隈重信の条約改正案を批判猛烈な反対運動を起こした。翌年滋賀県選出の代議士となるも1年で辞職した。43年国学院学監、大正3年東亜同文書院院長となり東宮御学問所良子女王殿下の御学問所に出仕、御用掛倫理科の御進講にあたった。大正13年病により東京淀橋の自邸で没した。享年70歳。1、山に登る(人は上を目指し勉学・修行に勤しむ。 2、高い処から下界を見下ろす。 3、更に上ると下界はちっぽけに見え、自分が大きな者に見えてくる。1、一つの山の頂点に登ってもまだまだ高い山は沢山あり聳えています。 (写真人物はは作者、杉浦重剛)2、一層上を目指し慢心せず向上心を以って勉学に・仕事に勤しまなければなら ないと自戒する
2013年09月06日
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