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2026.03.14
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テーマ: ニュース(96531)
カテゴリ: 社会



コロナが五類に移行して、コロナが流行った後の世界が何でも新鮮なのでしょう。

学校もみんなで教室に入れるようになって、 みんなで一緒にいるからと、みんなの迷惑になるような物を持ってきた人はみんなで注意して、




コロナが流行っていた時に

・お行儀良く
・お利口に

過ごしていたから、それが当たり前になっていて、

プライバシーがある空間はみんなに対して不公平で不平等な思いをさせるから無くしていって、




しかしそういう世界というのは、 ある一定の年齢超えると 「子供っぽいもの」になってしまいます。

いちいち他の子の行動に反応したり、夢中になっている子に「何見てるの?」と絡んでみたり、




自分が5歳頃の時に子供の芸能人が、多くいましたがその頃から 周りはテレビに出演することを考えたり、 テレビに出るためにテレビの勉強したり、

テレビという業界が求めている画の撮り方の勉強したり、テレビのスポンサーがどういうところが多いか勉強したり、

する人達が多かった記憶があります。




だから、カメラの前に出て撮れ高出ないと思ったものはすぐ追い出したり、撮れ高出ると思ったものはコマーシャル入れて、

「不等間隔燃焼」で引っ張ってみたり、

そういう意味ではインターネットの方が 「裁量」 が大きかったので、インターネットが好きでした。




テレビについても、 「画(え)を自分で動かせる」 という意味では、テレビ「番組」よりは、テレビ「ゲーム」の方が好きでした。

それで最近はテレビは下火だと言いますが、 昔のテレビの役割がインターネットに移った印象はあります。




テレビを消して、パソコン閉じて、外に出掛けて、

書店に入っても「マックジョブ」のように、

「いつ、どこで、誰が、書いたか」 という 作り方や作る場所が決められている物で、売り方や売る場所も決められている物だから、 付加価値が少ない書籍が多くなっていて、

大抵は「天気を動かす方法」や「時計を合わせる方法」、「料理の味を変える方法」や「コーディネイトに悩んだ時のためにコーディネイトの背骨を考える本」について、

それらとは真反対の内容の書籍が多くなっています。




出版社にとっては海外で販売することも考えて、 海外には出版物に年齢区分があるそうだから、

「年齢区分」や「順番」が優先なのだと思います。

「ガラパゴス」だと言われて、海外で通用しないからと海外に合わせた内容にして、 逆に売れなくなったりするなんて、 皮肉に感じられますが。




人物画は海外の方が規則が厳しいようで、セクシャルマイノリティがいるからと、 男や女を愛らしい印象にしたり、

小柄だったり細身にしたらダメだから、女性で体格を良くしたら生意気だと言われるからと、

「動物の方のゴリラが年取った感じ」にしていて、移動機械の絵も「買えもしないものを見せられても意味が無い」と、

200万円くらいの前輪駆動のワゴン車にされたりしています。




200万円くらいの後輪駆動のセダンやその車台を使った、軸距の長いクーペを発売しても、

「保険料が高い」 と出してもらえません。

音楽や映画もお茶菓子も「ライセンス料が高い」と言われて出さない上に「宣伝は商標法に違反する」と出せない。




今の漫画は「標識」が中心で、あれダメこれダメばかりで、某児童漫画雑誌の牙城を崩したいのでしょうけど、

某児童漫画雑誌は、他の漫画雑誌のように「スポーツ」と称して、「無理は嘘吐きの言葉」だからと、借金つけさせることが目的の内容をあまり載せていません。

明らかに分の悪い勝負で「逃げるが勝ち」と言っても、参加を要求しています。雑誌視点だと「頭が悪いこと」をやらせるのが、雑誌以外の漫画雑誌。




スポーツの漫画も全体で15個作品があったら、3個程度しかなく、後は商標の扱いに自由があります。

「料理」作るにしても、 「150分はかかるよ、仕込みあるからね」 と言っているのに、 「15分でやれ!」とか「15秒でやれ!」と要求してきます。

またいだり、またがれたり、することを嫌気しているのでしょう。

それならば、 なぜ「続き」として「借金」をつける話を入れたりするのでしょうか、矛盾していると思います。




「マックジョブ」という言葉を今更蒸し返すようですが、「いつ、どこで、誰が、書いたか」という点で「年齢区分」に合わせて、

読者の「学年」に合わせた内容にしていて、日本においては教員免許は高校までですので、高校までの履修内容しか載せられず、

特に選択科目になっているものは限定性がありますので載せられず、




大抵は「クラスが一致団結して取り組んでいく話」が基本になっております。

世界史で表したら、1940年代の民族浄化の話題や戦争からの復興、宗教や民族の紛争が主な内容です。

それは方針として「平等や包括」が「多様性」より優先されているからかもしれません。




飲食店に入っても、器が縦に長く、平面積が広く、対角線の交接点が低い、お金のある中高年向けの料理や、金額が5桁超えるような高い店で、予算を決めないで来るお客さんしか相手していなくて、

器が縦に薄く、平面積が広く、対角線の交接点が高い料理は置いていません。




要約すると、イタリアンよりは中華麺の店がお金を出して書かせたりしている書籍や、中華麺を提供しているお店とその書籍が多く置いてあります。

中華麺も太くて粘りがあってうどんのような麺よりは、

細くて消化に良くて柔らかい素麺、ベトナム料理のフォーに似た麺。




店から見たら

・流動性があって消化が早い

・回転が高くて回収が早くて角度が高い

物が街にある物の中心になっています。

それでいて、土日の午前9時から正午12時、午後1時から午後6時までの日曜学校に通っている人達が中心顧客になっている。




1997年の夏のアジア通貨危機を受けて、「責任である」と同年の冬に京都議定書が採択され、

1998年2月に長野冬季五輪が開催、2000年の夏にシドニー五輪で日本人の選手がマラソンで金メダルで沖縄サミットが開催、

2001年の7月に世界水泳が開催されて、2002年の夏に日韓ワールドカップの裏で、




アメリカで1999年の春に コロラド州(パイクスピーク・ヒルクライムが夏の季節に開催される州です) で銃乱射事件が高校で起きて、

2001年の夏にアメリカで、秋に日本でカーアクション映画の「ワイルドスピード」が上映、 2001年の秋に9.11アメリカ同時多発テロとそのあおりを受けた日本のフライトゲームが発売され、




2003年の3月からイラク戦争が開戦、日本に戻って2005年の3月から9月に愛知万博が開催されて、

2004年で1989年の四輪車280馬力規制から15年になり、同年6月に解除されてからが背景なのか、

自動車の話題が日本国内であまりされなくなり、「環境に対する配慮の話題」が良くされるようになりました。




この間の2001年の3月から9月に東京ディズニーシーやユニバーサルスタジオジャパンが開園されていました。

恐らく、「駐車場」の全体収容人数を増やして、個別の枠の寸法を制限するようになったのでしょう。




アメリカのメーカーからは、 1999年にエスカレード(全長5メートル超え、幅2メートル)やナビゲーター(同じく)が発売されていました。

アメリカ以外からしたらアメリカの自作自演のように思えたのかもしれません。

日本なら環境に配慮してきたのは、「遊園地のため」だったのかもしれません。




1989年に昭和天皇が崩御、1994年にF1ドライバーのアイルトン・セナ氏が亡くなり、両方とも国葬で多くの人達が参列したことに触発されたのでしょう。

それに対して1997年にカナダ人のジャック・ビルヌーブ氏がF1でチャンピオンになり、インディ500でもチャンピオンになったことから、




「アメリカから “スター” が生まれなくなってきた」と危機感がアメリカ側にあったのでしょう。

アメリカでメジャーなスポーツである野球においても、野茂英雄投手やイチロー選手などアジア人の選手が頭角を現すようになっていました。




ここまで言ってきてきましたが、通俗的には1964年の東京五輪と1972年の札幌冬季五輪、1975年のベトナム戦争終戦とそこからの日米貿易摩擦、

でアジアの国々のプライオリティが欧米諸国で上がっていき、1976年から1981年の間にドイツのBMWやイタリアのフェラーリが、日本で正規販売を行うようになって、

1945年までのことを覚えている欧米人の特定の階層が 「アジア人が生意気だ」と牽制を仕掛けた要素は、あるのかもしれません。




業界単位で考えたら、1975年以降にパーソナルコンピュータが発売、喫茶店でインベーダーゲームが稼働開始、1980年以降にファミリーコンピュータが発売して、

「子供達の視野が狭くなってきている」ことと、
「子供達の世界が内向きになって収縮してきている」ことを感じていて、

「遠心力」 で世の中の勉強や仕事や生活、遊びや事業を評価していくようになったのでしょう。




漫画本も日常生活よりも海を隔てた場所から場所への冒険を題材にした作品が中心になっていきました。

反面、1960年代のアポロロケット以降のように、「宇宙を描いていくこと」は、子供向けであったりマニア向けであったりするものであると、みなされていきました。




2000年代以降に「宇宙兄弟」が連載を開始しましたが、その時は1990年代の動物やペットを題材にした漫画を受けて、

「友達と協力し合って、責任を持って物事を進めていくこと」

が教育の現場で優先されていました。




2010年代以降は、テレビドラマで「孤独のグルメ」が放送開始して、一人で優雅に食事を楽しむことが話題になりましたが、

それも「みんなで食べるのが一番美味しい」と評価されていました。

恐らく、1980年代から、ではなく明治時代の頃から都市生活者で生活の余剰がある階層の市民が、当時の牛すき焼やカレーライスなどを、一人でいただくことが流行していて、




それに対する反発があったと思います。特に宗教的な要素が支配的な生活をしている農業に従事している家庭において。

2023年5月以降の今の世界は、 恐らく人数の要求が高くなっていて、6人や7人より多い人数でないと採算が取れない店舗が増えていっているのかもしれません。

残業時間の規制も入るようになって、 営業時間も制限されるようになって、「波」の角度が高くならないと採算が取れなくなってきている店舗も多いと思います。







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最終更新日  2026.03.14 23:23:51
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