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なのでまだ早いですが、わたしが禁煙に成功したコツというか、その一部始終をご紹介します。わたしの数少ない成功体験をご紹介してこれからしてみようかという方々のご参考にという感じであくまで軽く行きたいと思います。禁煙前は20本入りメンソールタバコを一日平均50~60本吸っていたわたし、帰宅するときには必ずポケットに手つかずのタバコが二箱はないと何か落ち着かなく、近所のタバコ屋の叔母さんとは顔なじみ(そのうち自販機に代わったが)になり、サービス景品をいろいろもらったりしました。例に寄って喫煙者の常で、車のガラスはやにでベタベタ、においは染みつき灰皿は満タンです。あの頃はガソリンスタンドも灰皿掃除はルーチンでした。職場では今では考えられませんが、デスクの上にそれぞれ灰皿があり、女の子が掃除するのが役目、いまでは考えられませんね。それがだんだん外で吸うようになり、誘い合って喫煙する習慣になり、時は経ってとうとう敷地内禁煙と宣言するようになりましたね。時代の変化は恐ろしいものです。価値観の変化はゆっくりとですが、確実に動いているんですね。それでもこんな風潮の中で一社だけ確実に職場で堂々と吸える会社がありました。それは日本たばこです。仕事で打ち合わせに行きますと、玄関、階段の踊り場、しまいには廊下まで灰皿があり、当然ながら事務室内も懐かしい風景で,各々が灰皿を持ち、空気はかすみ、巨大な空気清浄機が唸っていました。事務員さんたちは例外なくマスクをかけて頭にスカーフを巻いている人もいたぐらいです。一見中金h等の人かと見間違うばかりの風景にビックリした覚えがあります。会議室では皆さんマイ灰皿でしょうか、専用の灰皿と資料を抱えてきますし、目の前には接待用の立派なケースに入ったタバコがあり、それを勧められます。そのころはわたしも喫煙者でしたから喜んでいただきました。閑話休題退職と同時に、車や室内が汚れるのは不愉快だし、そのころの値段が220円/箱だから一日660円の節約です。一か月二万円弱の節約になりますから、当然定職がなくなった身としては実行すべきだと思ったんです。ここで人により禁煙の仕方は分かれますが、わたしの場合は誰にも言わずひっそりと実行したということです。よく周囲に宣言して禁煙に失敗する人を見た反動かもしれません。ステルス禁煙はしかも短期勝負に限ります。よく一か月ぐらいかけて毎日一本ずつ減らすという計画、あれはただみみっちいだけなので性格に合いません。わたしの場合、たった一日でやめてしまいました。そのかわりポケットには一箱のタバコとライターを入れておいたのです。これだといつでも喫煙を再開できるという安心感がありました。そしてその日は夜飲み会がありました。周囲は例に寄って喫煙者だらけ、わたしもまた火を付けないたばこをくわえたまま参加していました。人と話すことで禁煙の苦しみを忘れられるかなと思ったのです。もちろん禁煙したことはお首にもだしません。言えば必ず横やりが入るのは目に見えていたからです。また家族をお持ちの方ならあり得ますが、喫煙者がいるとうまく行きません。こっそり禁煙するというのはつらいでしょう。もし自分だけなら無限実行するだけなので簡単です。たとえ家族だろうが言わないほうがいいと思います。変に誤解されたりするとやる気を失ってしまうからです。さて飲み会が終わって適当に酔っぱらい、騒いで帰宅するとそのまま寝てしまい、次の日目覚めると前の日煙草を一本も吸わないで済んだことに驚きました。なお同時に満足感というか達成感が再び吸いたいという欲望を打ち消してしまったようで、そんなに吸いたいと思いませんでした。これがコツかな。つまり禁煙最初の一日はわざと忙しくして、ヒトの渦に入り込んでしまい、ぐずぐず考えないことかと思います。行ったことのない観光地へ行くとか、好きな映画を見るとか、デパートに行くとかなんでもいいから人ごみに入ってしまうことかと・・・列車の客席に乗って車窓を眺めるのもいいのでは?誰もあなたが禁煙しているなんて思っちゃいないので至って気楽なものです。また心理的に自分なりに評価しますと次のようなことが成功した原因になっているかと思われます。まず遠大な希望を持たないこと。タバコを節約すれば一か月でいくら貯まるから何々を買おうとか、貯金をして、車を買って、なんて目標を一切持たないことです。なぜならいつでも禁煙なんて解除できるというお気楽根性が大切だと思うのです。よく禁煙すればいろいろな方面で利点があると言われます。しかしそんなものは自分が体験して初めてわかるもので、最初からそんな絵に描いた餅を期待して禁煙などしないほうがよろしい。それは禁煙して一年二年とたつうちにだんだんと自覚してくるものだと思います。禁煙したってすぐにがんになって死亡した人も知っていますし、最近人の吸うたばこの煙の薫りが魅力的で、また吸い始めようかなあなどおもったこともあるのです。タバコとおさらばして13年になりますが、やはりたばこの煙は魅力的なものがありますね。ときどき無性に吸いたくなる時があります。ただし今のタバコの値段を見たらとてもじゃないがぜいたく品で手を出しようもなくなっていました。もう少しこのまま禁煙を続けてみようというのがコツかと・・・・あと何年生きられるかわかりませんが今から喫煙再開したって大した健康害にはならんと思っています。そのぐらいのスタンスでいることが秘訣かな。
2023.04.11
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あまりにもボケたタイトルですが、正直に世間で言う「暴力」を考えてみた。わたしなりにである。夫婦間の暴力、他人への暴力、理由はともあれれっきとした犯罪となるのだが、最近はネットでの裏バイト募集がおこす強盗で誰でも暴力を行使して若者が簡単に暴力を振るう機会が多くなったのは衝撃的である。しかも友人や家族には手など上げたことがないという若者がである。「暴力」は昔から悪いこととされてきた。なぜかといえば自分の欲望をかなえるためにする力の物理的行使であり、国家間の戦争と同じ理屈なのだ。しかし暴力は映画でも漫画でも小説でも見られ、人間の本能的な当たり前の行為として描かれている。暴力がここでは正当な出来事として描かれているのがほとんどで、やむを得ない力の行使または相手の暴力に対する正当防衛ということが原則となる。わたしは小さいころから友人がちょっかいを出したりしてもケンカというものをしたことがなく、避けていたほうだった。いじめを受けたことはあったがその意味があまり理解できず、深刻に考えることができなかったためかあまり不愉快な思いをしたことがない方だったように思う。現在まで人に暴力を振るったことはないし、世間でよく報道される夫婦間の暴力やケンカなどは経験がない。暴力は性に合わないのだろう。というよりも暴力を振るえばあとで仕返しが来るだろうし、なによりもその人に恨まれるのが嫌だったし、また女性だったら自分を嫌いになってしまうだろう。これを恐れたのだ。それでも相変わらず暴力はスクリーンやコミックで正々堂々描かれている。暴力礼賛のネタがたくさん世の中にあふれている。この矛盾はどうしたもんだろうか。法学のまず最初に謳われるのは、なぜ犯罪に対して刑罰があるのか?という理由は、個人それぞれが暴力に対して対抗手段をとるということは、個人によりバラバラな対応で、これを勝手にやっていたら収拾がつかなくなる。ある人は機関銃を持ち歩き、ある人はそっちが機関銃を持っているならこっちはバズーカ砲だなど漫画の世界になってしまう。米国などはこれに近いのだろう。アクション映画はだいたいこのあたりの掣肘合戦になっている。国が警察力を使って国民が平和に社会生活を送れるようにするのが基本で、個人の武装は国によって違うが、もし個人にいわれのない攻撃が加えられた場合は法律で国がそれを処罰することになる。我が国などは武器の所有は認められていないので、世界一治安が安全な国として知られている。お上にすべてお任せである。閑話休題、つまり暴力とはいったい何なのか、それを訴えたくて拙文を表したが大した答えにはなっていないな。
2023.04.10
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