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昨夕から昨晩にかけては強風で、明日出港できなかったらまた泊まりだな。って思っていた強風は嘘のように収まり、わずかながらの微風に変わった。いつも夕方から夜にかけて風が強くなるらしいが、朝になると収まるんだそうです。【野増エリア】元町から「御神火(ごじんか)スカイライン」に乗って「三原山頂口」へ。ここから三原山の火口展望台を目指し、表砂漠ルートで戻ります。(約1時間45分) 地図では紫→茶色→グリーン→茶色→オレンジ のラインです。『富士箱根伊豆国立公園 大島 三原山 外輪山 三原山展望所』より三原山を望む。 山道ではなく火口まで道ができてるので、幼稚園ぐらいの小さい子も登っていました。道中には火山弾よけのシェルター土管が4か所設置されていました。 『大型のアグルチネート』 大きな岩はアグルチネートの塊です。アグルチネートは、噴火の時に吹き上げられた溶岩のしぶきなどが落ちて積み重なったもの。『三原神社』 古代から三原山の鎮火は神のなせる業として噴火口全域を御神火として信仰し崇めてきた。三原山の近くの古い集落:阿治古(あじこ)に阿治古神社が鎮座していた。たびたびの噴火降灰により室町時代 文政2年(1466年)祭神阿治古命を大宮の地に遷座したため御神火が遠くなり阿治古命を三原大明神として祀るようになったと思われる。 昭和61年の三原山噴火の時、この場所だけ奇跡的に溶岩流が避けて通ったと言われています。『ゴジラ岩』 本当にゴジラの形ですね。『火口』 標高705mの火口展望場より火口を望む。もう少し背が高ければ深くまで見れるのかな? 火口見学道の途中に湯気が上がっている部分(写真中央)があったのだが、大丈夫なのか・・・。 火口展望場から展望台まで戻り、火口一周コースへ入り、表砂漠へ。 海の向こうに利島(としま)が見えます。表砂漠の道はここ。という道がないのですが、皆が通った人跡が道となって残っているので迷うことなく下山。下山したところに壊れた鳥居と祠がありました。 砂漠ルートは砂地なので足に優しく、楽です。一応、砂漠から山頂口方面をお知らせしている標識らしき物があるのですが、文字が消えている。 砂にはかつては海だった証でしょうか。小さな貝殻がそこらじゅうに沢山落ちています。 砂が柔らかいので踏んでも壊れないのでしょうね。ビカリアの化石かと思って調べたが、貝殻の大きさと殻にトゲがないので違うようです。 出発地点の山頂口に戻ってきました。赤い道は行きに通った道。ここに出てくるんですね。山頂口に戻り、展望広場途中にある『三原神社下宮』に行ってみます。 『展望広場』から三原山を望む。ここからの眺めが一番いい気がする。 三原山、堪能しつくしました。(笑)駐車場に戻り、富士山ビューポイントから海を臨むが、今日は富士山見えないようです。 元町港界隈から北の山方面が見え、大島空港が見えます。8:50 start、10:27 goal → 1時間40分と ほぼ時間どおりでした。ちなみに、裏砂漠はこんな感じ。→(参照:大島2 )【元町エリア】に戻って早めのランチ。『寿し光』 三原山のゴジラ岩にちなんでか、やたらゴジラ推しのお店です。 こちらで つきぢ田村監修「椿どん」と「しま丼(べっこうと地魚)」をいただきました。 半分づつ食べたのですが、どちらも美味しかった。【泉津エリア】食後は昨日行けなかった場所へ移動し、『切通し』へ。大島一周道路が二股になっている「椿トンネル」の案内板のある暗い道路へ入るとあった。 ただこれだけなのですが、なんか雰囲気あって行きたかった所。このまま登って先へ行くと 右側のような道が続きます。どこまで続いてるのやら。途中で引き返して戻ります。 他の方が私達の撮影が終わるまで待って下さってました。解ってるね~。ありがとう 待って下さってた方のバイクが止まっているので大きさ比較。両側の木がこの通り道を支えているみたいですね。【北の山エリア】JAが経営する『ぶらっとハウス』でソフトクリームタイム。 椿の花びらジャムのジェラートと大島牛乳のソフトクリーム。 大島牛乳ソフトクリームめっちゃ濃厚。めっちゃ美味しい。出港まで時間が有り余っているので、「ぶらっとハウス」の周りの『愛らんどファーム』を散策して時間潰し。 「愛らんどファーム」内には「伊豆大島牛乳工場」があるのだが、工場見学できないのが残念。町営牧場で牛さん達の見学。 「いこいの広場」奥には、世界の椿があるようなので見に行ってみます。 かろうじて咲いている。沖縄の椿は満開。 色が濃厚で赤黒く、不気味。と思う程の色だったが、写真に撮ると深紅ですね。 世界の椿はこれ。 他のと比べても違いがよくわかりません。「こどもひろば」に行ってみます。途中、牛の育成牛舎とパドックがあり、「牛の病気を持ち込まないため立入禁止」のバケツが置いてあるのだが、その場所は「こどものひろば」の真隣に位置するので、ひろばから見学できる状態。 これって、入らなくとも入っている状態なのでは?? と思うのは私だけなのでしょうか・・・。少し早いですが車を返却して岡田港へ戻ります。岡田港では、アンコの衣装を着たワンコがいたので写真撮ってたら、奥にアンコネコがじ~っとうらやまし気に佇んでいて そのシュールさに笑えた。(笑) アンコネコが無表情だけに、「ヒュ~~~ッ」と北風の音が聞こえてきそうです。今晩の晩御飯用に「浜のかあちゃん」で『とこぶし弁当』を。 小振りだが、これはなかなか出会えない代物。磯の香がして美味しかった。添え物は明日葉のお浸しと漬物です。大島 堪能しました。※ 今回の旅行に関して、<事前にチェックしたホームページ等>東海汽船 > 大島 http://www.tokaikisen.co.jp/island/oshima/島ガール.com at 伊豆諸島 > 大島 http://www.shimagirl.com/oshima/伊豆大島 各地区詳細版 http://www.izu-oshima.or.jp/work/map/index.html伊豆大島ジオパーク http://www.izu-oshima.or.jp/geopark/geosite/pics_umi.htmlしまぽ通貨(電子しまぽ)スマホで利用できる東京都の島で使える電子通貨。7,000円で10,000円利用できるプレミアム付き宿泊旅行商品券。3,000円分お得!この3,000円は東京都が助成しています。 10,000円の内、3,000円は宿泊施設のみでの使用。 残り7,000円は「しまぽ通貨加盟店」での使用。∴宿泊施設が「しまぽ通貨加盟店」であれば、10,000円全て「しまぽ通貨」を利用できるという ありがた~い 島の電子通貨。今回の宿泊先は、しまぽ通貨加盟店 だったので、10,000円全て使い切ってわずかに足りない分は現金で支払えたので、宿泊料金は実質3,000円お得でした。 お店の方にハンコのようなものを推してもらうと、画面にスタンプされます。しまぽ通貨は 好評だったため、2019年3月31日まで延長されたようです。年度変わりの4月からはどうなんでしょうね。島の方々は、好評だから また延長すると思うんだけどね~。とおっしゃってました。●地図お出かけ前には、いつもGoogle map を利用し位置確認を行っていたが、Google がゼンリンとの提携をやめてから、地図がイケてない。本来あるべき道が表示されなくなってしまった。そのため、今回は初っ端から「切通し」に行けず通過してしまった。国内住宅地図メーカーのゼンリンの子会社が運営する地図サイト【ゼンリン地図・いつもNAVI】観光地図など、一部有料サービスもあるのだが、通常利用は無料なのがよい。史跡や観光ポイントなどは他の地図でチェックしつつ、メインは『いつもNAVI』を今後は使っていこうと思う。他には【MapFan】も見やすいですね。こちらは史跡や観光ポイントも載っている。細かく調べるなら『ゼンリン』、大まか なら『MapFan』といったところ。(あくまでも個人感想です。)伊豆七島は東京都なのになぜ伊豆なのか。明治11年(1878年)1月11日、それまで静岡県の管轄下にあった伊豆七島が、東京府に移管された。【伊豆七島移管関係文書~web版公文書館の書庫から】東京都公文書館より上記を読むと なぜ移管されたかがわかります。リンクを貼っていますので、興味のある方はクリックしてお読みください。
2019年03月28日
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波浮エリアを後にし、ほどなく差木地エリアに。1分もかかってない程近くて、まだ大島の距離感がつかめない。【差木地エリア】トウシキ園地 内にあるGEOポイントへ。『ボムサッグ(Bomb sags)』 薄茶色の地面は火山灰でできています。噴火で火山灰が積もり、火山灰がやわらかいうちに噴火が起こって石が飛ばされ火山灰の表層にめり込み、くぼんでいます。 この付近の海岸には、2つの溶岩流が合流しているところがあり、トンネルのようになっています【野増エリア】『地層大切断面』 過去約1万5千年間に100~200年ごとに発生した大噴火による降下火砕物が堆積した地層。スコリア・火山灰・風化火山灰または腐植土の互層になっていて、これらが1回の活動期の噴出物。 バウムクーヘンのように半月型になっているのは、もともとの地層が起伏ある地形だったから。その上に堆積物が堆積したので、このような形になっているようです。 この部分の重なりは不思議な感じだ。 約600m先まで続く地層の連なり。人が居るおかげで大きさが判りやすい。地球のダイナミックさを感じるほど、本当に圧巻 【元町エリア】『赤門』 弓の名人といわれた鎮西八郎源為朝が、保元の乱に敗れて捕えられ、大島へ流され住んでいた館の跡。(保元の乱(1156年)では後白河天皇方の勝利に終わる。) 後に代官屋敷となったところ。『為朝神社(香殿(こうどの)神社)』 流罪となった為朝は、その身柄を預けられた島代官藤井三朗大夫忠重の娘を妻とし、流刑の身ながら七島を股にかけ勢力を張ったため、朝廷の命により為朝討伐の軍船が大島に攻め込んだ。為朝はこれを迎え撃ち一戦を交えるが衆寡敵せず、遂に自決して果てる。 以来800余年、代々藤井家の氏神とし、武勇をたてる島民の信仰をあつめて現在に至る。向かい側には『鬼夜叉の墓』がありました。 注意)犬夜叉ではありません。 なぜか、私がよく間違える。(笑)『浄土宗 潮音寺(ちょうおんじ)』 伊豆大島七福神の内、毘沙門天 のお寺です。 扉が閉まっていますが、以下のような貼り紙が。 りすがおいたをするそうです。「悪さ」じゃなく「おいた」です。何か可愛い。 お申し出の通り、扉をきっちりしめて参拝させていただきました。『ショッピングセンターべにや』 大島で一番大きなスーパー。入り口部分のみ開いているので、一見して閉まっているようにしか見えない。 こちらで「大島牛乳」を。後で飲んでみます。元町港よりサンセットパームラインを北上。『赤禿(あかっぱげ)』 今から3400年前の水蒸気爆発で出来た側火山(そっかざん)です。 赤い色をしているのは、スコリアに含まれる鉄分が高温時に空気中でゆっくり酸化したためです。 夕日の丘と言われるサンセットポイントだが、夕日の時間にはまだ早かったようです。この日は風が強く、海から波の花が吹き飛んでくるほどの強風でした。【岡田エリア】「野田浜園地」にある『バディーズベル(Buddy's Bell)』 ダイバーに人気のスポット。ダイビングでは、意気のあった信頼できるパートナーをバディと呼び、お互いに助け合い、喜びや辛さを共有します。『乳ヶ崎(ちがさき)』 小高い岬が乳ヶ埼で、古火山の岡田火山の名残です。源為朝の古戦場でもあるようです。元町エリアに戻り、本日宿泊するのは元町港から歩2分に位置する『ホテル奥源(おくげん)』 夕食までの間に先ほど買った大島牛乳を飲みながら牛乳せんべいを食す。 大島牛乳、めっちゃ濃厚。喉にからみつく感じもなく、美味しい。牛乳、実はあんまり好きじゃなくって、普段は飲まないのだが、これはまた飲みたいかな。そして部屋から夕陽を眺める。 本日は大島一周。沢山歩いたので、早めに就寝し、明日に備えます。
2019年03月27日
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東海汽船のジェット船で 熱海 から 大島 通常片道 4,590円 のところ、「伊豆大島往復きっぷ」というプランがあり、往復で 3,980円 と、片道以下の破格値なプランがあったので、久々に連休を取って1泊2日で【伊豆大島】へ行ってきました。 ジェット船は通常 直行で45分なのだが、この時期は稲取港へ寄港するので約1時間20分と時間が倍ほどかかってしまうからかもしれない。 大室山を背景に城ケ崎の門脇灯台と吊り橋(上)、稲取のハサミ石(下) 朝一の船で熱海港を出港し、船からしか見られない景色を眺めつつ 船内を眺めて時間潰し。 ジェット船は時速約80km/h(43ノット)走行。船内の速度計では、私が見た限り最高81.9km/hがでてました。そうこうする内に大島へ到着。元町港が栄えているので、元町港に着くのかと思ったら、冬場からこの時期にかけては風が強いので、ほぼ岡田港に着くことが多いそう。夏場でも風が強いと岡田港になるよう。2月にOPENしたての岡田港の新船客待合所 兼 津波避難スペース はまだ新しいにおいがした。伊豆大島 岡田港・新船客待合所オープニングセレモニー(東海汽船プレスリリース 2019.2.6)到着後、少し早いが岡田港 目の前の漁協直営の【浜のかあちゃん】で手作りランチを。 人気No.1の「べっこう丼」 白身魚(ブダイ、メダイ、イサキ、メジナなど)を島唐辛子醤油に漬け込んだべっ甲色に輝くピリ辛の漬け丼。ご飯は酢飯ではなく普通のご飯。島の青唐辛子入り。美味しい~。汁物は魚のあらでいい出汁でてます。食後は宿を予約した際に、紹介していただいた島内一安いレンタカー屋さんで借りたレンタカーで島めぐり。岡田港から北上し、「大島一周道路」を時計回りに巡ります。【泉津(せんず)地区】「切通し」に行きたかったのだが、案内もなく薄暗い通りもなく見つけられず、後回し。『波治加麻(はじかま)神社』 杉林の苔むす道を奥へ行くと神社があります。 室町時代に書かれた「三宅記」に、一番の島を初めの島(初島)、二番の島を神集めの島(神津島)、三番目の島をば、島大なる故に大島と名付けた。5人の后の1人(はぶの大后)を大島へ置き、子2人(太郎、次郎)。はぶの大后が波布比咩命(はぶひめのみこと)神社、太郎王子(阿治古命)が大宮神社、次郎王子(波治命)が波治加麻神社のそれぞれ祭神として祀られている。【波浮港 差木地 地区】『筆島』 百万年から数十万年以上前に活動していた古い火山:筆島火山の残骸。筆島火山の火口の中心部にあったマグマの通り道で固まった岩石です。 筆島付近の海食崖(かいしょくがい)には筆島火山の岩石が露出し、岩脈が数多く貫いています。下部には海食洞もあります。(上記写真の左側部分を拡大してみました。) 筆島の展望台すぐ近くには火山弾よけのシェルター土管が設置されていました。『オタイの浦』 文禄元年 徳川時代、家康の侍女として仕えた「ジュリアおたあ」はキリシタン禁教令により最初の流刑地となる当地へ流される。その後新島→神津島へと流され、そこで最期を迎える。『波浮港見晴台』 波浮港はもともと火口湖でした。承知5年(838年)の水蒸気爆発、元禄16年(1703年)大地震、大津波 で東南の岸壁が崩れ海に通じた。寛政12年(1800年)5ヵ月の月日をかけ港口の開削工事が完成。工事費 98両余※江戸時代の1両は、米1両=約4万円、大工の手間賃では1両=30~40万円、お蕎麦の代金では1両=12~13万円、と 物事によって1両の金額が違うので単純計算できず。『大島最古の船舶信号機』 荒天下の入港を避け、沖で待機している船に対して波の澱を見て信号を送っていたが、当時の船舶は速度が大変遅かった為、港を目前にして座礁する事が多かった。信号機の上には捕鯨用の大砲が設置されており、座礁した船に向けてロープを打ち込み、乗組員の救出用に代用し、人命救助の大役を担った大砲と信号機。波浮エリアの建物巡り。『旧港屋旅館』 旧館:明治時代、新館:大正時代 築。新館は写真では写っていません。かつ 見学は旧館のみとなっている。 宿泊客は漁業関係者や観光客が中心で夜ごと宴の灯火が消えることなく賑わい、混雑を緩和するために階段が部屋の前後に設けられた間取りになっています。 川端康成の小説「伊豆の踊子」の主人公カオルのモデルになったタミとその家族は実際に波浮の港で生活を営んでおり、お座敷がかかるたびに旅館等で踊りを披露。 ところで、昔は全国的に電話は二番と決まっていたのだろうか。 どこへ行っても電話ボックスに2番と書かれている気がするのだが気のせいか・・・?あっ!5番も見たことある気がする。他の番号もあるのだろうか・・・。波浮港地区の政治・経済の中心地であった網元の家々が立ち並ぶ石蔵の町『甚の丸邸』 明治時代築。大谷石の壁で囲まれた屋敷の中に、なまこ壁の建物。 宴席に踊子を呼び、その踊りなどで客をもてなしたといわれている。 2階は飼い蚕を飼育し、繭の生産をしていたのでこのような造りになっている。 1階玄関の上り口の土間部分にタイルがはってありました。 網元の屋号には港町特有の「丸」がつけられていた。多くの網元が各々蔵を有して静かで石畳の洒落た景観の通りでした。大谷石の壁沿いをぐるりと回っていると個人所有の公園に出くわしました。『波浮七福神』 そして、旧甚の丸邸の隣で おやつタイム『島京梵天(とうきょうぼんてん)』 「とうきょうぼんてん」という名なので、てっきり東京かと思ったら、よ~く見ると島京だった。脳内で勝手に島→東に変換していてビックリたい焼きのお店だが、店内では駄菓子他も売られている。 焼きたてハネつきたいやき 季節あん(あまおういちごあん)と大島桜あん を。 あまおういちごのあんはかき氷のいちごシロップの味がして本当にあまおう苺?って味で個人的には・・・ といった感じだったが、大島桜あん は生地に大島桜の葉が入っていて桜の風味しっかりで もっちもちで美味しかった~。『鉄砲場と戦争遺跡、龍王埼灯台』龍王岬には、江戸時代寛政年間に十一代将軍 徳川家斉によって他国の黒船来襲に備えて設置された鉄砲場跡があります。 鉄砲城跡から見た海と港の景色です。この龍王岬は、同地点に立ち太平洋の水平線から昇る朝日と沈む夕日を眺める事ができる海洋国日本においても極めて珍しい岬です。また、昭和大東亜戦争(第二次世界大戦)時には陸軍の陣営があり、防空壕・塹壕・重機関銃の設置跡・兵舎跡等が残されています。 B29爆撃機の一番機はここの監視所から島田少年によって発見されたと伝えられている。ここへ来る途中に出会った猫ちゃん達が灯台まで後をついてきます。 そして、撮影している時は 離れたところで おとなしく待っています。 最終地点の灯台まで来ると、なぜかリラックス。ここで おわかれ。 灯台からの帰りはついてきませんでした。灯台に行きたかったのか??龍王崎灯台の初点:昭和26年先に紹介した「波治加麻神社」に出てくる「はぶの大后」が祭神として祀られている『波布比咩命(はぶひめのみこと)神社』へ。 波浮港に鎮座する波布比咩命様に、朝夕出入りする船頭達が頭を下げるそうです。 ここに来て、ようやく大島椿に出会えた。 大島は『大島椿』が有名で、毎年2月下旬~3月中旬が見頃となっている。3月も下旬ともなると、ほとんど 全く といっていいほど咲いていない。 岡田港で椿の花が展示されていた。こんなに色んな種類があるんですね。ゴージャスです。差木地エリアに続く。
2019年03月27日
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会社のウォーターサーバーの水の大きな容器は、再利用で回収ではなくただプラゴミで捨てるだけ。それならば。と、持ち帰り、我が家庭菜園用に土を育てるよう、日々の野菜かす を土に埋めて土づくり用に使用。その土が、最近ちょっこちょこ ついばまれている様なので、鳥かな?ミミズ食べられてるかな?? って思っていたのですが、ついにその正体に出くわす。 そう。ネズミ まさかネズミとは思わなかったいつものちょろっとついばんだ感じではなく、今回はめっちゃ掘ってる。 掘って、食べて、もぐもぐもぐ そしてどこかへ隠れ、またちょろっと顔を出す。 で、移動。 この繰り返し。見てるだけだと可愛いのですが、家庭菜園をやられると元も子もない。どこに巣があるんだろう?って部屋から出て探してみると、ちょろっと顔を出した左側の被害の及んでいない容器の下の土に穴を掘っていた。自分がすっぽり入るほどの穴だけだったので、簡単に埋められたけど・・・。早めにネズミ駆除しておかなければ!!とは思うものの、実際にはちょろちょろっ!と足が速い。あっという間に逃げられる。穴探しの際に急に出てきて、直に遭遇すると怖かった。絶対、ネズミの方が怖がってるはずなんですけどね。(笑)土に薬を撒くのは野菜づくりに使用するので抵抗がある。ネットで調べると、「火の匂いを嫌う」と記載されていたので、木酢液を撒いておいた。これだけで大丈夫なのか不安だが、しばらく様子見です。畑を本格的にされている方々はどうしてるんだろう?また色んな方々に聞いてみなければ!!
2019年03月26日
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移転してから個人的に行きづらくなり、ご無沙汰だったチーズケーキのお店。facebookでラムレーズンのレアチーズケーキのお知らせがあったので、これは行かなければ!!と思い『polipoli - チーズケーキと焼菓子の店』へ。 ラムレーズンのレアチーズケーキが口コミで、皆が口をそろえて美味しい!の一言。いつか食べてみたくて、近くにあった時は何度か足を運んだが、全く出会えず。ようやく念願のラムレーズンレアチーズケーキに出会えました。 期間限定のラムレーズンのレアチーズケーキ(自家製ラムレーズン入り 大人なレアチーズ)土日限定のアップルパイ(シナモン不使用。レモンの酸味がアクセント!)、シュークリーム(バニラビーンズを沢山使用したカスタードクリームたっぷり) ラムレーズンは本当にめっちゃお酒が効いていて めっちゃ美味しい。本当に大人なレアチーズ。これはワインのお供にピッタリ。 口コミ通り美味しい。facebookでのお知らせがなければ出会えなかったな。 直径 5~6cmの小ぶりなチーズケーキ。あぁ~。また食べたい。アップルパイやシュークリームもやっぱりケーキ屋さんのには かなわないな。本当に美味しかった~。またすぐ買いに行きたい衝動が起こりそうだが、5月は健康診断があるので しばし我慢。4月はおやつ断ち、頑張ろっ!! 多分。お出かけ時以外。(笑)
2019年03月24日
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個人的にメインに思っていた建造物(文化財)を十分堪能し、次は「大日本報徳社」の裏手にある【竹の丸(旧松本家邸宅)】指定有形文化財 掛川城の郭(くるわ)であった竹の丸は、防御上重要な場所であったことから、家老など重臣の屋敷地に割り当てられていました。江戸時代に城下で葛布(かっぷ)問屋を営んでいた松本家が、明治36年(1903年)にこの場所に本宅を建築したことに始まります。玄関先で見どころが記された見取り図(平面図)を渡され、これを見ながら自由見学。 1階の「離れ座敷」から眺める庭の風景が素敵。ということで、撮ってみました。 2階部分は大正9年(1920年)頃に離れが平屋から2階建てに増築。「貴賓室」 窓辺のステンドグラスは花と鳥。入館チケットの絵柄にもなっています。 貴賓室と控えの間の間にある欄間には桐と鳳凰の透かし彫り。 貴賓室のベランダに面した壁紙は大正時代当時の葛布の壁紙です。 左右にちょこっとした絵が上品です。判りにくいかもしれませんが、上から時計回りに 左側:千鳥、竹、菊 右側:松、紅葉、千鳥 の柄が入ってます。 2階のベランダからは掛川城が見えました。室内を見学した後はお庭に出て散策。 建物の全体像を撮りたいのだが、お庭の木でなかなか難しい。 離れの貴賓室のある2階部分のベランダだけ洋風なのが妙にアンバランスな気がしてならない。主屋 平屋は なかなか風格がありますよね。ここで玄関口のお知らせ掲示板に、手書きの掛川ウォーキングマップをみつけ、 その際にノーチェックだった建造物を見つけたので、もう少し巡ります。【松ヶ岡(旧山﨑家住宅)】市指定有形文化財 一般公開は毎月第4土曜日で開館されてなかった。 ガーン!! しかも今週末やし、仕事やしっ!! ってことで、お昼も終わりそうな時間となってきたので、駅方面へ戻ります。<松ヶ岡(旧山﨑家住宅)について>掛川藩を支えた御用商人であった山﨑家の旧宅と屋敷地明治天皇の行在所として使用されたほど格式高い「松ヶ岡」の屋敷・建造物そして「松ヶ岡」を残した山﨑家。【掛川城 蕗の門】市指定文化財 掛川城の内堀(蓮池)のほとりに建てられていた四脚門。廃城後の明治5年(1872年)に円満寺が買い受け、移築した。適当に歩いて見つけたのだが、偶然とはいえ いやはや呼ばれましたか・・・。(笑)中町にある「清水銀行 掛川支店」が洒落ている。 壁面の浮彫刻は、天正18年 掛川城主であった山内一豊、千代夫人です。若き日の一豊が名馬を欲したところ、千代夫人が秘かに蓄えた黄金をもって願いを叶えさせたという内助の功が美談として伝えられている。そのモチーフです。 入口には「札差」裏返すと「両替」の札がかかっているのも粋ですね。まだ他にも行きたくて、天竜浜名湖鉄道 掛川駅で 電車の時間をチェックすると、1時間にほぼ1本の運行。しかもホームには待合室はもちろん、風よけのベンチもなし。待ってられん!と思い、JR東海道本線の時間をチェック。十数分で家路方面の電車がくるので、今日は素直に早めに帰ります。以後、天竜浜名湖鉄道 を利用する際は、計画的に行かなかくてはっ!! ちなみに最終電車は22:34(天竜二俣止)。この駅に戻る時間も考えると仕事での飲み会とか、行ってられませんね。大阪だとまだ飲んでる時間かも? 田舎の人は大変だなぁ~。としみじみ。 掛川市 堪能しました。
2019年03月19日
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掛川では報徳社の6つの文化財が特に行きたかった建造物巡り。公益社団法人「大日本報徳社」江戸時代の農政家、思想家の二宮金次郎・存続(1787~1856)の教え、「至誠」「勤労」「分度」「推譲」の道徳思想を築き、これを報徳といい実践組織の中心が「大日本報徳社」である。最初に目につくのは、【淡山翁(たんざんおう)記念報徳図書館】県指定文化財、市指定文化財 昭和2年に建てられた鉄筋コンクリート造りの図書館で、県下で2番目に古い図書館だそうです。開館時間などが記されていたので、見学できるのかと思ったら最近まで使用されていた名残だそうで、見学できなくて残念。【大日本報徳社の正門】県指定文化財 明治42年(1909年)築。左右に「経済門」「道徳門」と刻まれており、道徳と経済の調和した人づくりや社会づくりをめざした報徳の教えの象徴。【大講堂と大広間】国指定重要文化財 明治36年(1903年)築。日本で公会堂と言われた最初の建物。説明付きで見学できます。しかも写真撮影OKなのは本当にありがたい。 大講堂は本来、畳が敷かれているのですが、近々講演会があり、その用意のため本日は畳の上にシートが敷かれ椅子が並べられています。 二宮尊徳の幼少期の銅像はどこでもよく見かけられますが、こちらでは中年期?老年期?の銅像が置かれています。初めて見たかも!! また、伊東博文書の「無盡藏(むじんぞう)」かな?の立派な額が掲げられています。 『報徳訓』 「報徳の思想」教えの根本を百八文字にまとめたもの。煩悩と同じ百八というのがミソですね。忘れてはいけない重要人物。 二宮尊徳から直接教えを受けた大日本報徳社初代社長:岡田佐平治、第2代社長:岡田良一郎岡田良一郎は明治7年(1874年)資産金貸付所を創設。掛川信用組合を経て、日本で最古の掛川信用金庫となり、農業協同組合の原点となっている。上記写真はどちらも良一郎氏ですが、絵の方は岡田清輝 画作で県指定文化財となっています。大講堂の後は隣接する【仰徳(こうとく)記念館】へ。県指定文化財 明治17年(1884年) 有栖川宮熾仁(たるひと)親王邸として築。工部省設計の宮廷建築。昭和13年(1924年) 宮内庁より下賜、移築 なかなかユニークな設計です。 両端に廊下、真ん中部分に部屋が3つといった構造。 ガラスは当時のままで、凸凹感の歪み?のある手延べガラスです。 かろうじてわかるかな。【仰徳(こうとく)学寮】県指定文化財 上記「仰徳記念館」同様、昭和13年に宮内庁より下賜、移築。有栖川宮邸の一部。 現在は大日本報徳社の事務所や資料保管室になっています。 ここが見学受付です。【冀北(きほく)学舎】県指定文化財 明治10年~17年にかけて岡田良一郎の自邸で開いた私塾。静岡県立掛川西高等学校 の前衛となった学舎です。 現在の掛川西高校です。掛川城の目と鼻の先に位置します。敷地内に自らの幹を支えようと、枝から下へ新たな支柱が出始めている木がありました。 生きる。ってこういう事よね。 その奥には二宮尊徳の老年期?の銅像も。 ちなみに、報徳とつく名の学校や企業は「報徳の思想」を学んでいると考えてもよい。とのことでした。今は無き「ホウトク信用組合」のカタカナのホウトクはどうなのか、今になって疑問。???見学は2棟のみですが、かなり堪能できました。
2019年03月19日
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掛川城へ。 薄日のさす今日は写真撮影にはもってこいな日。チケット売り場では、色んな種類のチケットが販売されていたが、『天守閣・御殿』の2館に入れるチケットを購入し、見学。時は文明年間(1469~1485年)の初め。徳川家康が掛川城を攻めたとき、霧吹き井戸から立ちこめた霧に行く手を遮られ攻めあぐんだという伝説から、別名「雲霧城」と称されたそう。その井戸がこれ。 中を覗き込むと、水が溜まっています。【天守閣】(復元) 城内、写真撮影可なのも嬉しい。 天正19年(1591年)~慶長元年(1596年)にかけて創建。お城によくある展示物を眺めつつ展望塔へ上り、掛川の町並みを見下ろす。 掛川城御殿と逆川の川沿いに咲く桜並木が見られます。天守閣を堪能した後は、御殿へ。庭園から掛川城を見上げる。 【掛川城御殿】国指定重要文化財 第2096号 館内、写真撮影可です。 御殿は藩の公的式典の場、藩政の中心となる諸役所、城主の公邸が連結した建物。書院づくりと呼ばれる建築様式。 こちらに、城主または奥方が使用した部屋「長囲炉裏の間」があるのだが、杉良太郎氏から寄贈された甲冑に気を取られ、その部屋で見落としたものがあり、ちょっとショック。このblogを見て行かれる方は、ぜひ天井部分に目を向けてみて。 太田家の家紋である桔梗と替紋の違い鏑矢が彫られています。上記写真は、気を取られていた甲冑です。 掛川ゆかりのものだそう。と、諸々の展示物を拝見し、個人的に特に見学したかった建造物へと移動します。といっても、ほぼ隣みたいなものなんですけどね。 つづく
2019年03月19日
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かねてから掛川で文化財巡りをしたくて、桜の時期に。と思い、行ってみました。 掛川駅からお城までの通りは途中から姫路の町並みっぽい。距離感も似てるかも。お城の前に立ち寄ったのは「天然寺」 鎖国時の江戸時代では、貿易のための窓口である長崎の出島から江戸城へ、将軍に拝謁して献上品を送り貿易通商の御礼言上をしに 年に1回、時に4年に1回 出向くのが習わしであった。寛政10年(1798年) オランダの使節団の一人 ゲイスベルト・ヘンミィが将軍に謁見し帰路途中、掛川で投宿時に持病が悪化し、亡くなり、ここ天然寺に葬られた。 表面にはオランダ語でその由来が書かれているらしいが、すでに風化。そばの記念碑に記されています。 が、その碑さえも既に風化が始まっていて、訳文の日本語部分は判読できません。今後どうするんだろ??ここを後にし、お城方面へ逆川沿いの桜を愛でながら移動。 って、カケガワザクラは既にほぼ終わり。わずかながら咲き誇っている桜は数本。散っていても遠くからはピンクに見えるのが救いかな。 散ってない満開の桜がわずかでも残っていて良かった。「掛川城大手門」(復元) 当時の位置は、ここより50m南の部分ではあったが、道路と家屋に支障を来たすため、止む無く現在の位置に復元されたそうです。大手門の内側には出入りする者の監視や警備をする役人詰所「大手門番所」市指定文化財や「大手門の礎石根固め石」などの展示もされています。 石の展示の保護部分に「歴代城主一覧」があるのは解りやすくていいですね。お城に入る前に観光物産センター「こだわりっぱ」で『桜のたい焼き』を『掛川茶』と共に。 たい焼きはもっちもちで餡には桜の塩漬けが入っており、ほんわか桜の香り。美味しい。もちもちなのは餅粉ではなく、タピオカを使用されているそうで、人気の逸品。掛川茶もめっちゃ美味しかったです。お土産の人気No.1だそうです。観光物産センター「こだわりっぱ」は新聞、TVでも紹介されたらしいです。たい焼き片手に花見 掛川・観光物産センター「桜風味」人気(2019/3/14 @S 静岡新聞 SBS)「静岡発そこ知り」(2019.3/13 SBSテレビ) でも紹介されたようです。こんなTV番組あったの知らなかったので、今後はお出かけ前に要チェックかも。お城に入る前に、掛川の地名の由来。東から流れてきた逆川が城山に当り、川は深い淵となり崖をつくり、鎌倉時代から「懸河」と呼ばれていたこの場所が「掛川」となった。(「掛川誌稿」より)懸河 → 崖川、欠川 → 掛川 ということのようです。<掛川のマンホール>お城へ続く。
2019年03月19日
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2年ほど前に訪問した「荒澤不動尊」の奥の院のある「はたご池」に前回行けなかったのを思い出し「はたご池」へ直接行ってみた。(前回参照blog:荒澤不動尊と木島不動尊)【名勝 はたご池】 標高367m峰山山頂の自然湖で、自然湧水によって四季水を湛えている。湧水の割に濁っている上、湧いているようにも感じないのだが・・・。それより何より、ここから見える富士山が最高 今までの中でもBESTに入るビューポイントかもっ!しかもラッキーな事に、前日の風で霞もなく、雪もしっかり積もった状態。今年は富士山に雪が積もらない。とニュースでも心配されていた程。まぁ、明日には積もった雪も溶けて窪みの部分しか雪が残らないんですけどね。それって地熱で溶けてるのだろうか?? 富士山ヤバいのか??? 休火山だもんね。 ついでに早咲きの桜が咲いていたので一緒に。これから通常の桜が咲き始めるので、池の周りも華やかな感じになりそうです。で、肝心の【荒澤不動尊奥之院】 不動明王様がなんとも可愛い。 なんか癒し。 途中、間違って峠の方に入った際の杉林。ここでは花粉症は大丈夫みたい。排ガスによる公害がないし、土道だからですね。富士山の絶景と名勝はたご池、奥之院を満喫し、ちょろっとお出かけから帰路へ。途中にある登録有形文化財の「火の見櫓」を見に立ち寄り。 久保田農園のカフェ?「無上帑(むじょうど)」の敷地内にある【旧岩渕火の見櫓】 昭和26年築。登録有形文化財 第22-0112号富士川町岩渕の消防団車庫の付属施設として建設。残存する火の見櫓のなかでも19mの高さを誇り、屋根は八角形で類を見ないもの。下から覗くと、火の見櫓の鐘が見えます。写真では真ん中に黒い点としか判明できないが・・・。 ここからも富士山がきれいに見えます。 カフェは定休日(月曜)でしたが、自由に入れるようになっていたので勝手ながら撮影させていただきました。 入口の六地蔵と。花粉症の季節は花粉のない海側か、ほんのちょろっとのお出かけが無難かな。楽しみました。
2019年03月18日
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久々に「ロマンと泉の郷 湧水公園」にある駄菓子屋さんで売られている『つじやの手づくり菓子 かりんとう』が食べたくて、ランチも兼ねお出かけ。湧水公園に近く かつ 道中に行ける場所でのランチは、前回行った場所とは違う「うまいラーメンショップ」 中小企業の工場が多く立ち並ぶ場所だけに、作業着のお客さんが多い。既に13時過ぎてるんですけどね。「ネギラーメン」 今回はシンプルに基本の味を頼んでみた。「うまいラーメンショップ」はお店ごとに全く違う味という噂。確かに前回行ったお店とは違う出汁の味。前回のお店はあっさり味で女性向け?こちらでは大きな骨(たぶん牛骨)で出汁をとられていた。スープにはわずかながら背油が浮いている。 味に飽きたらテーブルに置いている調味料で味を変えて楽しめる。麺の量がめちゃくちゃ多くて、全部食べ切るのに必死。知り合いによると、赤いお味噌が美味しいらしいので、味を変えて全部食べ切った。ここはここで美味しかった。そして、「湧水公園」内にある『駄菓子屋 つじや』(前回参照:ロマンと泉の郷 湧水公園) 定休日:月曜日 のはずなのにまだ閉まっている。臨時休業?と思ったら、営業時間:2時~5時。あと15分もあるので目の前の「医王寺」を訪問。 前回行った際に暑くて行かなかった「極楽への道」へ行ってみます。「ちかみち」から「薬師堂」へ上がり、 さらにその裏手の山への奥道が「極楽への道」へと続いている。 途中、男坂(右)と女坂(左)に判れており、男坂から巡ります。 男坂を上りきると、医王寺の神様?が祀られており、 さらに如来、菩薩像。 左から「阿しゅく(門がまえの中に人3つ)如来」「大日如来」「虚空蔵菩薩」 「勢至菩薩」「阿弥陀如来」「観世音菩薩」がご鎮座されておりました。ちょろっと散策にはもってこいですが、たった15分なのにまだまだ時間があるのでご近所をぶらり。「諏訪神社」内の奥に『風の神さん』を見つけました。 「志那都比古神(しなつひこのかみ)」と「志那都比売神(しなつひめのかみ)」だそうです。子の神様は初めて見聞きしました。Wikipediaによると、『古事記』では志那都比古神、『日本書紀』では級長津彦命(しなつひこのみこと)と表記され、神社の祭神としては 志那都彦神 などとも書かれる。イザナギとイザナミの間に生まれた神だそうです。 へぇ~。勉強になりました。そして、湧水公園に戻って時間つぶし。 相変わらず湧水地だけあって、水が澄んで綺麗です。 道祖神?水は遠くからでも澄んでいるのがわかります。駄菓子屋さんが時間通り、ようやくOPEN。 お目当ての「かりんとう」他を買って帰路につく。一気食いできるほどやみつきになる 悪魔のかりんとう。以前、HMで作ってみたが、膨らみすぎて全く違うものになってしまった。クッキー生地を挙げてるのかな? 我が家で作れるよう、再チャレンジしてみます。
2019年03月14日
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富士市の公園の中で、比較的よく行く公園のひとつ『岩本山公園』この時期は2月から例年、梅園祭りが行われています。 3月も中旬に差し掛かってきたので、梅もそろそろ満開かな?と思い行ってみました。 梅園途中に咲いていたツツジが満開! あちこちにあるツツジが目立ちます。で、梅園は。というと、あれれ??(前回参照:岩本山 梅園 、岩本山梅園) 終わりではなく、まだまだこれから。早咲きから遅咲きと色々あるのかな? 一部満開のものも。奥には富士山も見えるはずなのだが、てっぺんが隠れています。 展望台近くには桜が満開。しかも、この一本だけ。河津桜とは違い、色も薄いです。 何桜なんだろう?? ハナモモも満開でした。 園内に沖縄で咲くカンヒザクラがあるようなので行ってみます。 かなり色が濃いんですね。枝も独特な湾曲。お花が重いのか、下に向いて咲いています。寒緋桜にだけ蜂たちが群がり、羽音がすごかったです。 茶畑から駿河湾を臨む。ぽかぽか陽気でただゆっくり散策するだけで、汗ばむほどの暑さ。早く毎日が暖かくなるのが待ち遠しい。
2019年03月12日
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稲取を堪能し、東伊豆方面から帰路につく途中にまたもや道草。(笑)熱川の海岸沿いにあるGEOポイント。『穴切(あなぎり)海岸』 海蝕洞が沢山できていて、近寄りたいのだが、今日は波が高く近寄れません。 崖に見られる岩石の多くは天城山の厚い溶岩流だそうです。岩の表面には溶岩の流れに沿った縞模様である流理(りゅうり)がきざまれています。ここからでは判りませんが、ここへ来る途中にある岩は流理構造?? この近くには『地蔵菩薩の岩』が。 昭和12年 日支事変(支那事変、日中戦争)が起こり、愛知県出身の陸軍航空兵少佐 佐藤 主計 飛行第五聯隊中隊長として出征、同年9月に護国の神となる。同年10月 あととりも無い梅子夫人が熱川沖で主人のあとを追って自殺。 「一.若シ此ノ世ニ望ミ無クバ我が後ヲ追来レ浄土ニ於テ必ズ汝ヲ待ツ」という少佐の遺書が泣けます。 そんな悲恋の場所に熱川温泉組合員、大日本傷痍軍人長崎市会員、愛知県蟹江町 山田矩量の方々で建立されたもの。 なぜ熱川の地なのかは、碑を読むとわかります。読みづらいですが、クリックで拡大できます。戦争による人の心の痛みや悲しみを考えさせられる場所です。南無阿弥陀仏そんな場所を後にし、帰路途中にダムがあったので立ち寄り。『奥野ダム』 昭和33年 狩野川台風により伊東大川が氾濫し、伊藤市街に大きな被害をもたらしたのを機に上流にダムが建設されました。 ダムの堤防?は、ロックフィルダム形式で、土と岩石を積み上げて造られています。ダムを1周すると約4.8kmもあるので、ちょろっと見学して帰路につきました。伊豆にダムがあるとは知りませんでした。今日も沢山観光、堪能しました。
2019年03月05日
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道草しつつ、ようやく本来の目的地【稲取】へ到着。「稲取みなとぶらり旅」の地図をあらかじめプリントアウトし、散策開始。 絵つきの地図がわかりやすく、巡りやすい。右下の灯台から相模湾沿いを歩いて巡ります。(リンク貼ってます)『稲取岬燈台』 昭和47年設置点灯。石廊崎、爪木崎の主要灯台と並んで相模湾に出入りする船舶の道しるべとして大きな役割を果たしています。燈台の展望台からは、「稲取ふれあいの森」が見えます。 形が「いなとり」の鳥?になっています。『どんつく神社』 夫婦和合、子孫繁栄、無病息災を神に祈願する祭り「どんつく祭り」は毎年6月に開催。 先っぽに5円玉が埋め込まれていました。祈願にご縁があるように?? 「奇祭」として知られる伝統行事であったが、近年は集客力が低下。昨年53回目の2018年6月で幕を閉じたそうです。『龍宮神社』 海辺にたつ神社の鳥居が神々しい。海も青くて癒されます。 由来などの看板が見当たりませんでした。が、海の神様であることは間違いないでしょう。「道祖神」 道境の神の総称。旅の安全を守護する神、村境などで外からの疫病などの侵入を防ぐ神。道祖神『八百比丘尼(ヤオビクニ)』東伊豆町指定文化財 真ん中の一番大きな石像は、現在では石像の浸食が進んでいるため、はっきり判らないが、手に椿のような手草を持っており、全国的に珍しく、他に例をみない貴重なもの。 現地看板に載っていた昭和初期に撮影されたもの。現在では顔さえも判らなくなっている。 道祖神の後ろに見える大きな大仏様をみにお寺へ。『見海山 来迎院 正定寺(しょうじょうじ)』 養和年間創立時は「真言宗 来迎庵」という寺であったが、慶長3年 浄土宗に改宗。 立派!「稲取漁港」 稲取は立縄釣り(一本釣り)によるキンメダイ漁獲量が県内第1位。ここに来なければ、下田が1位だと思ってたな。 役所前の金目鯛のモニュメント。台座は江戸城築城石です。『もやい石(舫石)』東伊豆町指定文化財 船が流されないようにつなぎ止めておくための石。石に穴が開いていますよ。イルカ追い込み漁にも使われたとの言い伝えがあります。『稲取の「畳石」』東伊豆町指定文化財 町内に築城石が10個あり、そのうちの代表格の石。「御進上松平土佐守十内」の記載あり。そして、いよいよ本日のメイン目的。「日本一のひな壇」のある『素戔嗚(すさのお)神社』 ひな壇横の「つるし飾り」は稲取が発祥地とのこと。日本一は118段の階段数。お雛様は544体。イベント期間中の雨天時以外は、毎朝飾って、夕方に片づける。の繰り返し。面倒くさっ!そしてご本殿へ。この階段は使用できないので、ご本殿まで150m迂回する。 ひな壇の真上から。下からよりも高さ感じます。 一番上の内裏雛、関西の一部と京都 と関東とでは男女の並びが逆なんですよ。静岡は関東の並び方のようです。その内裏雛の4段下に着物が立派なお雛様が飾られていますが、結婚の儀 かな。 イベント期間:2019年は2/20~3/10までの19日間の内の雨天以外。町おこしとはいえ、毎日お疲れ様です。メインの目的である日本一のひな壇のひな人形を堪能した後は、ようやくランチ。稲取漁協「天草館」でおすすめされた「地魚のあら煮」と「ごはんみそ汁」のセット。 地魚はキンメダイと今が旬のムツ、味噌汁は南伊豆産 岩のり を使用した地のりのみそ汁。煮付けがめっちゃ美味しかった。またこの界隈に来たら立ち寄りたい逸品。「地魚のあら煮」500円 は安い!!「ごはんみそ汁」は400円です。そして、写真撮り忘れましたが、ちょこっとスイーツも出してくださいました。(お土産物の試食をちょこちょこっと盛ったもの)建物はバラック小屋のような感じではあるが、煮付けは本当に絶品でした。稲取町 堪能しました。
2019年03月05日
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ここのところ雨模様。雨の日のなか日の今日は晴れ。お休みなので「ひな祭り」イベントが3/10までなので、東伊豆方面へお出かけすることに。前回で凍結の心配がないのも分かったので、先日通った「伊豆縦貫自動車道天城北道路」で目的地方面へ。途中、トイレ休憩で立ち寄った「道の駅 天城越え」で西伊豆 松崎町より出張販売されていた「桜葉もち」を見つけた。 先日のニュース桜葉産業、高齢化で危機 松崎の塩漬け工場撤退へ(@S 静岡新聞 SBS 2019/2/22)このニュースを見て、静岡にいる間に食べておきたいな。と思っていた矢先のタイミング。迷わず購入。その場でいただく。 ここのは手作りかつ無添加(保存料・着色料一切不使用)。材料も国産。当然「松崎ブランド認定証」も掲げられてます。 ニュースでは国産桜葉の危機。の報道でしたが「あと10年は大丈夫。」とおっしゃられてました。偶然とはいえ、出会えてよかった。このまま目的地方面への途中、先日の河津桜まつりで買った「桜まんじゅう」が美味しかったので露天ではなく商店で買うべく「和菓子屋いしや」へ立ち寄る。 残念ながら桜葉のついた桜まんじゅうは売り切れてしまっていた。この店の一番人気「ふわふわクリームサンド」を買って、ここからすぐの第一目的地へ。 シフォンのような生地にバターのきいた生クリームとカスタードが混ざったクリームがサンドされていて、ふわふわ滑らかな触感。それでいて生地に弾力あり。個人的には桜葉を使用した桜まんじゅうのあの塩加減の美味しさが忘れられないかな。で、今回の第一目的地はGEOポイントでもある『佐ケ野川遊歩道』にある滝。 散策路に入ってすぐ道路の下を潜り抜ける道があり、あっという間に到着。 柱状節理に囲まれた川から流れ落ちる滝【三養院(さんよういん)の滝】落差:4m よーく見ると二段爆になってる。 「和菓子屋いしや」にめっちゃ近く、必ず河津町やそれ以外の場所へ行く通過コース。なのに、今まで気づかなかったポイント。他にも巡れるようですが、今日の目的は他の場所なので、今回は滝だけにして移動します。お昼時ですが、買い食いしているので目的地に着いてからのランチ予定。途中『伊豆オレンヂセンター』が目についたので、前回工事中だった「伊豆の踊り子美術館」が見学できるかどうか寄ってみた。 ホームページには生ジュースを飲むと無料で観覧できる。と記載されているが、現地では「ご自由にどうぞ!」と言われ、自由見学。 伊豆の踊子のストーリーを絵で展示されています。絵のシーンの物語もあるので、じっくり読むとストーリーがわかるようになってるのかな?浮世絵ののれんをくぐると「浮世絵 奥の院」だが、写真撮影禁止。春画や秘宝館チックな展示物がありました。 写真撮影禁止は、じっくり読まないと写真撮影禁止かどうかもわからないほど。メインの中国人観光客は日本語読めないし、当然 英語表記もなし。わかりやすいカメラ禁止マークにした方がよいのでは??と思った。次はようやく本来の目的地へ。道草しすぎですね。 (笑)
2019年03月05日
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富士市では箱買いできる格安酒店がないらしい。静岡市の方に行くとあるのか聞いてみたが、知らない。見たことない。とのこと。 大阪出身者としては考えられない衝撃。酒のみではないが、お酒のアテ(肴)用に様々なチーズやつまみ、お菓子なども売っていたので大阪にいる頃は、当たり前のように時々利用していた私。しかし、それっぽい所があると必ず立ち寄ってみて確認した結果、大阪程ではないが、そこそこ満足できるお酒のお店を見つけた。ワインが豊富で、見たことのないワインを取り扱っているのが魅力。酸化防止剤無添加のワインも色々おいてらっしゃる中、昨年末に買って以来お気に入りで何度も買い続けているワインがあります。(株)アルプス の『長野 赤ワイン』と『長野 白ワイン』 日本酒のようなでかい容量なのだが、酸化防止剤無添加 だけあって めっちゃ美味しい。やや甘口 ではあるが、ぶどう 本来の香りと味がして、まるでしぼりたてのような感じ。何のふどう品種を使用されているのか知りたいのだが、(株)アルプスのHPには載っていない代物。 酒屋だけが買える特殊なワインかもしれない。ワインは開けたらすぐに飲まないといけない。と思っていたので、1.8Lの大きさは躊躇する大きさであるが、以前行った昇仙峡の「山梨ワイン王国」でワインの事を教わった際にキャップさえしておけばすぐに飲まなくてもよい。という事実を知ってから気にせず時間をかけて飲んでいます。空気に触れる分 味が変わる楽しみも増え、時間をかけて飲む方が美味しく感じてるんです。もしかしたら、長野県やその界隈の酒屋でだけしか買えないかもしれない。と思い、このワインを覚えておきたくて、備忘録としてblogにUPしておきます。もう一つ。珍しいと思って買ってみた焼酎『静岡茶焼酎』。お茶の焼酎。しかも静岡茶!!。でもご当地もんではないようで。芋でも麦でもないお茶。基本は国産米と国産米麹をベースに静岡茶を。製法特許だそうです。 一口飲むと「わっ!お茶!!」って感想しかでない程『Theお茶』。作っているのは福岡県の八女茶で有名な八女市にある会社。八女茶でなく静岡茶であるのは、色々試してみて香りと味が逃げなかったのがこの静岡茶だったんだろうなぁ~と勝手に思う。 なかなか面白いです。
2019年03月03日
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お昼までの仕事を終え、久々に晴れたのでちょっぴりお出かけ。その前に、以前から気になっていたラーメン屋さん『うまいラーメンショップ』へ。 地元の方々の話によると、静岡を中心にあちこちにあるのだが お店によって味が全く違い、私が行ったこの店は第1号店とのこと。券売機でチケットを買って注文するタイプ。 最近はほとんどがこのパターンですね。オープンキッチンで注文の品を用意するのを眺めつつ待つ。 こんなに見えるタイプも珍しい。逆に清潔感を感じていいですね。「チャーシューメン」。 醤油ベースのお出汁が美味しい。チャーシューがかなりのボリュームで、最後の方は食べるの必至。地元の方々の話によると、当初のオーナーが変わってから、味が落ちた。らしいのだが、個人的には充分満足できる味。お客さんも13時過ぎてるのに続々来られてたし。次は白髪ネギを味付けしたものを盛っていたネギラーメンにしよう。と決めた。食後は昨日のニュースで取り上げられていた「入道樋門公園」近くの【航空灯台跡】へ。航空灯台の歴史を後世に 跡地に記念碑、新たな名所PR 富士(@S 静岡新聞 SBS 2019/2/28)新聞記事によると「入道樋門公園の近くの小高い丘の松林の中」というヒントのみ。もしかして、公園直ぐ近くの新浜 金毘羅神社の所かな? と狙いをつけて行ってみたらビンゴ。 神社よりもやや高台の東側の松林の中です。昭和8年に設置された国産の民間航空機用の日本初の航空灯台跡。 各地、あちこちにある碑は石が光って読みづらいのが多いのですが、ここの碑は読みやすい。この石を選んだ方のセンスが光ります。灯台だけに。(笑)すぐに見つかったので、雨上がりの翌日ということもあり、土筆がでてるかもっ!と思い、ついでにつくし狩り。 前回は生えてなかった斜面に予想通りつくしがびっしり。前回の倍以上の量が収獲できました。 今回は「ふき味噌」とその作り方をいただいた非常勤のおじいちゃんに「つくしの佃煮」のプレゼントも兼ねて。雑草のごとく仇のように抜き取っていた土筆に対する富士市民の意識改革なるかな?(笑)
2019年03月02日
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