全16件 (16件中 1-16件目)
1

今年は全国的に梅雨入りが遅く、ようやく梅雨入りかと思ったら、台風3号発生。台風も今頃だと5号とか7号だったりするのに、まだ3号。そんな台風3号も静岡は真夜中の通過?知らない間に過ぎ去り、台風一過の翌日は晴れ。お休みだし「朝食とランチのお店」へモーニングを食べに行ってきました。(前回参照:富士市でモーニング)先月行ったと思ったら今月行ったばかりだった。(笑) 今回は人気の限定10食『和膳』 ご飯とキャベツはお替り自由。本日の干物はエボダイでした。味噌汁はシジミ汁。上記にヨーグルトも付きます。ドリンクは依然と同じくコーヒーフロート。十分すぎるほどの量で、お替りはハナからする気もなく・・・お腹パンパンです。(笑)晴れ間も出てきて、爽やかな風が心地よく、近場をドライブしたくなり、「道の駅なんぶ」近くの公園【うつぶな公園】がアジサイ公園のようなので行ってみた。地元では『南部あじさいまつり』が6/21~開催されており、実行委員会の方がご親切に駐車場の誘導から南部茶のサービス、キュウリにお味噌をつけたものまで下さった。この時期だけは普段は無料の公園もあじさい管理費として有料(300円/人)も納得。 ここのあじさい公園は「山梨花の名所」に指定されています。狭いながらも立派で見ごたえあり。下田公園に規模は負けるが引けを取らない程。約2.5ha をボランティアの方々がお手入れ、施肥、草刈り等されており、アジサイは90種、約3万株植栽されています。 園内をぐるりと巡ります。珍しくピンクではなく赤っぽいアジサイも。 ウズアジサイ、多分 十二単衣 渦アジサイはホンアジサイから生じた奇形種らしい。 薄ピンクの紫陽花は、アジサイらしくないが可愛い。アジサイとは青い花が集まって咲くところから集(あつまる)真(さ)藍(あい)を合わせたものからアジサイとなったようです。花の色が変化するところから七変化、中国では八仙花、万葉集ではよひら(四枚の花びらの意)とアジサイには別名もあるようです。と、アジサイに関するウンチクが一本一本の立木に記されていました。あじさいを堪能し、公園を出て駅方面へ戻る途中に神社だかお寺だかを見つけたので立ち寄り。 【正住山(しょうじゅうざん) 内船寺(ないせんじ)】 日蓮上人のねっしいんな帰依者であった四條金吾頼基(四條中務三郎左衛門尉頼基)が、建治3年(1278年)持仏堂を建立。その後、弘安8年(1286年)寺院となった。 池の周りに咲く蓮の花がきれいです。『小半鐘』南部町指定有形文化財 半鐘薬のいわれのある小梵鐘『四條金吾頼基の墓』 四條金吾頼基は北条泰時の甥、江馬入道光時の家臣で、医薬にも通じ、光時の大病を平癒させた功によって内船の地を与えられ、日蓮上人の晩年の看護にもつとめ、ここに住み祖師の霊廟に仕えた。 山門横には江戸時代中期ごろに植えられたと伝えられている推定樹齢約200年の枝垂れ桜が有名なようであるが、弱ってきたため回復を願い樹木周辺改良工事と樹木医のご指導で治療をされていました。暑くてたまりません「道の駅なんぶ」でソフトクリームの割引券をいただいたので立ち寄ります。割引券たくさん貯まってますが、1回に付1枚しか使用できないのが残念。 相変わらず濃厚で美味しいです。 そして見事な形。上手です。ちょこっとドライブ、ちょこっとお出かけ 堪能し、朝食が多くてお腹がすかないのでランチもせずに 早々に家路につきました。
2019年06月28日
コメント(2)

江戸時代、徳川幕府は人々や物資の往来が盛んになるよう街道整備を行いました。東海道はその中でも主要な街道で、箱根地域(湯本~箱根関所間)は道が大変険しく当時の旅人が普通1日十里を旅するところ、箱根地域では八里しか歩けなかった。(一里=4㎞)道中には「甘酒」をふるまう茶屋が設けられるようになり、文政年間(1818~29年)には「甘酒小屋」が箱根地域に9箇所設けられていました。 明治十四年七月 日柳届?「箱根山峠甘酒屋」春の日 午後六時米澤町一丁目二番地 小林清親画 長谷川町十九番地 福田熊次郎出版 日柳届? 御届?う~ん。意味不明。元禄14年(1701年)赤穂浪士の一人、神崎与五郎が"東下り"の折、馬方の丑五郎に言いがかりをつけられ「大事の前の小言」とがまんし、わび証文を書いたところ。彼によると、箱根八里間で13軒あったそうです。【甘酒茶屋】 明治13年(1880年)国道1号の開通などから、街道を歩く人々が減少し、現在ではこの地に1軒残るのみとなっています。 実は昭和48年に一度火災で全焼しています。その後3年半は仮店舗で営業。茶屋ファンの大工さんが廃材を格安で提供され、再建。釘を一本も使わない木造平屋建て。ほとんどが土間の造りです。 ここで本日のティータイム。どの場所で休憩してもOKなので、個室の縁側に座りながら「力餅(うぐいす)」「くろごまきなこもち(数量限定)」を半分こずつ。のんびり、まったりな時間。 毎朝きねでついたお餅を炭火で焼き上げた力餅。お茶はハトムギ、ウコン、ドクダミのブレンド茶。添えられているお漬物が美味しくってお土産に買って帰りました。 つぼ漬けと福神漬けの間のような感じの醤油漬け漬物。創業明治27年の老舗総合食品メーカー「しいの食品」のでした。ネーミングのの甘酒ももちろん、江戸時代より変わらない製法。地場産のうるち米と米麹のみで仕込んだ無添加の甘酒だそうです。茶屋の裏側には旧東海道が続いています。国の史跡です。 が、関東大震災(1923年)及び北伊豆地震(1930年)等たびかさなる災害により大半が崩壊、埋没しました。昭和50年 十二代目当主:山本達雄氏が亡き父の話を思い出し、付近の藪を切り開いて探したところ、まがうことなき立派な石畳の道が出てきた。すぐに教育委員会に届け出、調査し文化庁に史跡として申請し今に至る。現在の店主は十三代目です。「甘酒茶屋」隣に「旧街道休憩所」があったので、見学。(無料) 土間や囲炉裏、籠、タンス、長持? など昔の道具のなどが展示されていました。 帰り道の休憩処、堪能しました。おまけ 国道一号最高地点(標高874m)通過しました
2019年06月21日
コメント(4)

早川の支流? 須雲川 方面へ移動し、巡るは「天成園」敷地内にあるGEOサイトへ。天成園は小田原藩主 稲葉氏の別邸があった地。中に入ると「はるお」がお出迎え。 鴨の雄かと思ったら、アオクビアヒルというアヒル。天成園の接客係らしい。(笑)そして庭園散策。『飛烟(ひえん)の滝』 高さ約20メートル・幅約10メートル。【玉簾(たまだれ)の滝】高さ約8メートル・幅約11メートル。(GEO) 早川に沿って流れ出た溶岩は須雲川にさえぎられ、冷え固まりました。その下の礫岩層との間にしみこんだ水が伏流水となり岩盤より湧き出し瀧となりました。難路で知られた箱根路を行く旅人は、この水に喉を潤し生気をよみがえらせたそう。この瀧は、昭和天皇が明治43年御幼少(9歳)の砌、小田原御用邸に初めてご滞在された際に、小田急電鉄湯本停留所から徒歩にて起こしあそばされた場所。近くには弱アルカリ性の「玉簾の滝の延命の湧き水」もありました。二つの瀧のあいだの階段105段上ると(ひえぇ~と思いきや、105段はあっという間だった。) 【玉簾神社】 江戸時代創建。箱根神社・九頭龍神社の唯一の分宮。毎月21日には、箱根神社の神官によって水の恩恵に感謝する「名水祭」が執り行われている。って、たまたま21日だが、祭りはとうに終わったようで、後の祭り。天成園の庭園散策を後にし、向かったのは箱根湯本温泉発祥の湯【横穴式源泉採掘跡(湯本八号源泉)】 この洞窟は、箱根火山の基盤岩の一つ早川凝灰角礫岩の約百年~三百万年前の地層の割れ目から湧出する温泉をたよりに、手作業で掘り進められた横穴式の源泉跡です。 温泉温度が記されてなかったが、さほど熱くないお湯が湧出てたんでしょうね。しかもこの細さ。人一人が這って掘った様が目に浮かぶ。このすぐ近くには重要文化財 かつ 土木学会選奨土木遺産 である【あさひばし】 昭和8年築。鉄筋コンクリートタイドアーチ橋 なかなか格好いい造りです。 センスいい~!!他にも重要文化財 かつ 土木学会選奨土木遺産の昭和5年築の橋【千歳橋】が「函嶺洞門」の近くにあり。造りも形も【あさひばし】とほぼ同じ。だが、道路が斜めの「あさひばし」の方が断然格好よさを感じる。この橋の端から重要文化財指定の創業寛永2年(1625年) の旅館が望めます。【萬翠楼 福住】重要文化財 建 第2415号 創業寛永2年(1625年) 重文は、明治初期建造の擬洋風建築、旧館「萬翠樓」と「金泉樓」残念ながらほとんど樹木で隠れ、判り難い。気になる方は現地で確認、又は旅館HPで。箱根湯本界隈堪能しました。これから帰路に向かうべく、某場所で休憩します。 つづく
2019年06月21日
コメント(0)

「塔ノ沢駅」に着くと、ちょうどこの時期だけの「箱根あじさい電車」が到着し、「太平台駅」へ向かうべく出発した所でした。 私達は「塔ノ沢」駅構内にある【火伏観音 と 深沢弁財天】を参ることに。まずは『火伏観音』 「火」を守ってくれるそうです。もともと早川沿いの岩場に祀られていたが、昭和20年代に銭洗弁財横に移されたそうです。『深澤銭洗弁財天』 麓の弁天池のほとりにあったが、大正15年(1926年)ここへ建立されました。 火伏観音の隣から銭洗弁財天の奥の院へ 瀬織津姫(せおりつひめ)之大神 が祀られているようです。 速川の瀬に座して悪しき事を大海原に持ち出してくださる位の高い神様(白ヘビの化身)です。 「弁天癒水」と呼ばれる境内の水でひしゃくとざるでお金を洗うと何倍にも増えて金運向上のご利益があるらしい。お札まで洗って蛙の上で乾かしながら祈願されている方々がいた。お札は銭じゃないんだけどなぁ~・・・。 蛙は銭返る? 無人駅「塔ノ沢」構内もアジサイの植木鉢で飾られていて華やかでした。参拝後は元来た道を戻るのだが、分かれ道を間違えたお陰で出会えた『弥八七福神』 大黒天と毘沙門天が祀られていました。 財宝、福徳開運の神様 に 悪を退散させ融通招福の神様 に呼ばれたようです。(笑)このまま「箱根湯本」駅 裏の山側にあるGEOサイトへ。【白石地蔵】町指定史跡 中世の箱根山は、険しい山々と各所に立ち上る噴気から地獄とみなされ、箱根湯本駅周辺は賽の河原に見立てられ、街道の旅人を見守る仏として刻まれました。 実は岩壁に直接彫られている摩崖仏です。この場所等の説明が記載された箱根ジオパークの看板に「白石地蔵」の近くに「石切り場跡」や「荻窪用水横穴」があるようだ。しかも山側。 看板の説明によると未整備らしい。が、すぐ近くに階段があったので上ってみた。 ビンゴ 【石切り場跡】 テンション上がった が、地盤具合も判らないし、危ないので探検はしませんでした。白石(速川凝灰角礫岩)を砕石していたと伝えられる石切り場跡。「荻窪用水横穴」については道が見当たらず、探検する気もなかったので早々に切上げ。早川の支流? 須雲川 方面へ移動します。 つづく
2019年06月21日
コメント(0)

芦ノ湖から箱根湯本へ最初に到着したのは国道一号線沿いの重要文化財。【函嶺洞門】 建 第2628号 昭和6年(1931年)築、鉄筋コンクリ―ト造関東大震災により崩壊した断崖直下に築かれた落石防護施設。高度な鉄筋コンクリート技術を駆使して建設された我が国初期の洞門。箱根湯本内では、ここの駐車場のみが無料なので、洞門を観光する客以外の市内観光の駐車がほとんどで、ギリギリ1台空いていた状態。これって問題ありじゃない?市内の駐車場がぼったくり過ぎだからこうなる。対策必要!!それはさておき、箱根湯本エリアで有名なあじさい寺【浄土宗 阿弥陀寺】へ。女坂と呼ばれる急なガタガタの舗装道路を上っていく。Google car が上ってないので、道幅や駐車場位置も手探り状態だが「この先〇m駐車場」といった看板が小さく掲げてあったので行くしかない。 かなりの急勾配だし、対向車が来たらアウト!的な細道。不安ながらも何とか駐車場に到着しました。 駐車場からも少し参道を上ります。 駅からだと男坂を上り、山道のようです。 あじさいに囲まれたお寺の本堂が見えてきました。ちょうど伺った際、琵琶の音が聞こえていました。~ 琵琶の音を聞きながら、お経が記された「百万遍転法輪」を回してお参り。アジサイを愛でつつ 紫陽花に囲まれた仏像 「葵の御堂」横に「気うつ病完治の洞窟」の立札発見!! わ~い。洞窟♪ とワクワク。 小さな洞窟でした。このまま「塔之沢駅」方面へ行くと、あみだ寺の案内看板が。 「奥の院」があったようです。しかも洞窟の絵。今日は蒸し暑くて、また戻る気がせず、このまま駅構内にある【火伏観音 と 深沢弁財天】へ参ります。 つづく
2019年06月21日
コメント(0)

「公魚」って読めますか?? 実は私、この年まで知らなかった!って年齢非公開ですけどね。(笑)スーパーでもこの漢字を使っているのを見かけたことない気がする。 「公魚」はこの魚の事です。【わかさぎ】と読みます。(写真:旬の食材百貨より)この漢字の由来、江戸時代に常陸国の麻生藩が霞ヶ浦のワカサギを徳川11代将軍徳川家斉に献上していたことから、「公儀御用魚」の意味で当てられたそうです。今でも芦ノ湖産の「公魚」は、宮内庁に献上されている網元もあるようで・・・。 芦ノ湖でワカサギ料理を食べよう!と向かったお店で記されていたお陰で知る事ができた。上写真のお店で公魚料理を食べたかったのですが、もともと不定休のお店。たまたまの不定休の日に当たったようで、本日はお休みだった。 ショック~ 気を取り直し、近くのお店をウロウロして見つけた湖尻港 のすぐ近くのお店 「湖尻茶屋」で『芦ノ湖産 公魚(わかさぎ)定食』を食す。 予想通りの味で美味しい。小鉢は切り干し大根の炒め煮となぜかカレー焼きそば・・・。行きたかったお店がお休みだったのは残念だったが、とりあえずは公魚も食せたし、これから箱根湯本へ向かい、色々巡ります。
2019年06月21日
コメント(0)

伊豆ゲートウェイ函南「道の駅」から 4月27日にOPENした「川の駅」へ 建物向こう側に富士山が見えるはずなのだが、ほとんど雲の中。「川の駅」は特にお買い物やお食事処はなく、河川防災ステーションでした。 「狩野川展示館」があり狩野川に生息する魚(モロコやタナゴ)や資料展示を見学し狩野川を望む。 整備された河川敷は季節によってはお弁当広げてのんびりできそう。 そして目の前の『めんたいパーク』で明太子の購入。 以前購入して美味しかったコリコリ触感が最高の「イカみみ明太」と定番「からし明太子」を。 そして、ランチに前回偶然見つけたお魚屋さん「魚平」で、 新鮮なお魚を購入。マダイのカマは3個と書いてあるが、5個入ってました。 と「持帰り海鮮丼」を。酢飯ご飯とお魚は分離されているので、丼にしてもよし。お刺身として食べてもよし。めっちゃぷりぷりで鮮度抜群!めちゃくちゃ美味しい。ここは明太子が買いたくなった際に、この丼を買って川の駅の河川敷でのんびりしつつ食べたいかな。そして食後に明太子を購入して帰るパターンに今後はしたいな。
2019年06月18日
コメント(0)

JR「富士」駅から2駅目の「東田子の浦」駅近くの1号線沿いに『浮島ヶ原自然公園』があるのを知り、行ってみました。 1号線は何度も利用しよく通るのに今頃になって気付くなんて・・・。富士市指定天然記念物「サワトラノオ群生地」 明治初期まで、富士市の須津地区を中心に浮島地区、沼津市原地区にわたり、大小の沼が点在しており、これらを総称して浮島沼と呼んでいた。かつては富士講の信徒の行う富士八海めぐりの聖地の一つである「須津湖」に数えられていました。 浮島沼の南には旧東海道が通り、歌川広重を始めとした浮世絵師らにより富士山を背景にした浮島沼の風景が描かれました。(案内板で紹介されています。)約20㎢にも及ぶ低湿地帯。 行けども行けどもアシ?やサワトラノオの群生のみです。右写真の右手に1号線が見えるという事は、1号線からも見えるはずなのに、今まで一度も気付かなかった事にビックリです。 草の群生の中に「クサレダマ(黄色の花)」や「ハンゲショウ」が咲いていました。 富士山もちょっぴり顔を出しています。 そして、わずかに沼地。沼地にいたのでしょうか、入口の施設前の水槽にいたこの魚は何? 一見、オタマジャクシの成長途中かと思っていたが、じっくり見ると背びれや尾びれも見られるので、オタマジャクシじゃないみたい。何だろ??そんなこんなで湿地帯は蒸し暑いです。これからの季節は蚊も多くなりそう。早々に後にし、4月末にOPENした「川の駅」を見に行ってきます。
2019年06月18日
コメント(2)

9時~15時まで歩行者天国となる駅前商店街で開催される恒例『軽トラ市』。お買い物は9:30~14:00まで。 知ってから参加するようになり早くも5回目。( 第12回、第13回、第14回、第15回目はお流れ、第16回 ) 商店街奥に見える富士山もすっかり雪解けで夏の風貌。そして商店街のある町のキャラクター「ロペティ」 ロペティは富士市の特産物「ローズ」「ペーパー」「茶(ティー)」から名付けられました。に加え、今回は富士市食育キャラクター「むすびん」も登場。 おむすびながら、なにげに富士市から見える宝永火口の凹みのある富士山の形。軽トラ市では、やはり主婦達の人気である八百屋さんの軽トラはすごい人だかり。めっちゃ安くてお得なんです。朝一に行かないとすぐに売り切れる。 そういう私もしっかりゲット。太くて長いしっかりした大根 1本 60円、青ネギ(細ネギ?)1束 60円、甘夏 2kg 300円って安くないですか??他にはスイーツ類を色々。 ほうじ茶シフォン、無添加ジャム、大きめミルク蒸しプリン(橘蜜がけ) 無添加ジャムは3つ買うとちょこっとプレゼント付き。今回はお酒に合うパスタの揚げた物。参加5回目ともなると、買うものは毎回のように決まっていますが、掘り出し物探しの楽しい軽トラ市。今回はシラスを燻製にしているお店に出会い、たまたま燻製機に入れているところに遭遇。軽トラの中で燻製中です。 実は燻製器で燻製しているのを見るのも初めてだが、軽トラ内で燻製しているのには驚いた。こんな発見があるから楽しいんですよね。次回は10月に開催予定。また参加するよっ 台風が来ませんように。
2019年06月16日
コメント(0)

手作り惣菜とイタリアンの店「さんりんしゃ」でランチ。 前回行った際に気になっていたライスコロッケあるといいなぁ~。(前回参照:手作り惣菜とイタリアンの店)あった 今回はパスタ単品にライスコロッケの組み合わせにしてみました。「鶏肉と季節野菜のトマトソース」+「ライスコロッケ」 トマトベースばかりですが、意外にも味付けが違うので気にならない。相変わらず味はしっかり、でも塩分控えめのようで、喉があまり乾かない。これで¥600ってイタリアンのお店だったらこのお値段あり得ないですよね。美味しかった。またリピします。毎回思うのだが、前回行ったのっていつだったかな~って過去を振り返る時、時期は覚えていても何年前とかって大体しか記憶にない。blogを書いてると、その時の様子や感じた事も振り返れるので、やっぱりblogやってて良かった。と思うことしかり。まぁ、感じる事に関しては変化があまり見られないのですが・・・。成長してない?(笑)
2019年06月13日
コメント(0)

大鐘家でアジサイを堪能したばかりですが、近くに紫陽花で有名な公園と神社があるので行ってみます。『秋葉公園と秋葉神社』 公園入口に秋葉神社の鳥居があるのだが、いきなり階段が危険なため遊歩道利用の案内。 階段が崩れかけているようです。遊歩道利用した方があじさいを堪能できるので、言われずとも皆、遊歩道を利用します。 ピンクや青の紫陽花もきれいだが、白いアジサイも綺麗です。 遊歩道の谷があじさいで埋め尽くされていて、見事です。 下田公園よりは規模は小さいが負けず劣らずの紫陽花の群生。そして、登りきったところで「秋葉(あきは)神社」到着。 拝殿があったであろう場所にはコンクリートのみで、いきなりご本殿。 特に謂れなどを記載した説明書きがないのですが・・・。鳥居前に大きな貝殻があるという事は、海の神様?? と思いきや、日本の神社・寺院検索サイト「八百万の神」で調べたら、火の神様「火之迦具土神」を祀られているようです。 「ヒノカグツチノカミ」は『伊邪那岐神』『伊邪那美神』の間に産まれた神。しかし『火の神』であった為に、出産をした『伊邪那美神』が火傷を負い死んでしまう。これに怒った『伊邪那岐神』に殺されてしまうが、『火之迦具土神』の流した血から数々の神が生まれる事になる。だから静岡県のあちこちに「火の神」を祀られた「秋葉神社」があるんですね。高いところから海を眺める。 勝間田川にかかる水門が見えました。梅雨の間のつかの間の晴れの日。 紫陽花 堪能しました。
2019年06月12日
コメント(2)

いよいよ本日のメインである紫陽花 兼 重文 を巡ります。『大鐘家(おおがねけ)住宅』(主屋、長屋門) 重文 建 第1903号「長屋門」 十八世紀後半の建築「主屋」 十八世紀前半の建築。明治中期以前まで草葺で、静岡県最古の古四間取(こよまどり)形式といわれ、構造・手法は江戸初期の豪農の屋敷構え。慶長2年(1597年)柴田勝豊の家臣、大鐘藤八郎貞綱が越前の国より移り住み、十七世紀後半からは代々大庄屋をつとめていました。「土間」 上がり框は塩水が多く含まれている船の底板を使用し、白アリなどが着かない当時の工夫。「台所」 台所の釜はめっちゃ古いのと古いのの2種類あり、奥にあるめっちゃ。ではない古い方は、意外にもレンガではなくタイル張りなのが珍しい。 キッチンの流しもタイル張り。これって昭和初期のイメージだけど江戸時代の?室内には時期外れですが、部屋いっぱいに吊るし雛と兜と甲冑が展示されていました。 つるし雛にはひとつひとつ子供の成長を願う意味がこめられ、江戸時代から伝えられている。主屋の外にある蔵は史料館になっています。 館内には渡辺華山・椿椿山合作の掛け軸(証明書在り とのこと)や本居宣長が書いた書の掛け軸など、お宝沢山。建物を堪能した後は裏山と庭園散策。 半夏生(半化粧)と裏山への入り口の紫陽花。 裏山には台風被害で大きな木が倒れたが、お稲荷様を避けて倒れたというパワースポット「大鐘家のお稲荷様」も。 商売繁盛の神様が祀られた神社。小さな可愛いおキツネさんが祀られていました。「石垣」 天明7年(1787年)相良城(田沼城)が取り壊され、大鐘家が城の石垣を購入。この道は田沼街道、相良から東海道藤枝宿まで続く七里(28km)の大名街道。庭園のアジサイを鑑賞。 遅咲きの西洋あじさい「十二単衣」の開花には早かったです。太陽の光で色が変わり、日向はピンク・日陰はブルーになるそうで、見てみたかった。休憩所で大鐘もち・茶洋かんセット100円と百葉茶をいただきます。 大鐘もち→大金持ち になれるかしらん?(笑) テーブルにちょこっと試食も置いてあったのでいただきます。 焼生姜って初めていただくが、美味しかった。現在も大鐘さんがこちらでお住まいという事にビックリでした。重文にあじさい、堪能しました。
2019年06月12日
コメント(0)

アジサイを見に行くべく、牧之原市へ向かう途中に立ち寄った『深層水ミュージアム』 駐車場のある屋外には深層水の給水所もあり、大きいほうは業務用のようです。 ちなみに一般は駿河湾深層水(純水 or 濃水)10L=100円 って安くないですか水産利用者は深層水原水(海水)200L=100円と、超お得。 そして入館。入口には深層水利用券の販売機と塩系の飲食物の販売。 その奥に展示室があり、深層水のお勉強と小さな水族館になっている。 入口手前にはカクレクマノミやナンヨウハギ、ルリスズメダイなど可愛い系のお魚。奥には深海に生息するタカアシガニやオオグソクムシなどが水槽で飼育されていた。 オオグソクムシ大量。色んな角度から見られる丸い水槽いいですね。 正面顔。何気に格好いい目が大きいけど、見えてるのかな?退化してないのかな?? こちらのオオグソクムシ、水族館と違ってめっちゃ動いてました。しかも速い!!例えるならフナムシのような速さかな。動かないイメージが強すぎて、意外さにビックリ あっという間で動画とる暇なし。他にはラブカのはく製や、深層水と水の透明度の違いを見比べるものなど、深層水についてのお勉強も。そして、「駿河純水」いただきます。 気のせいか、本当に微量だと思うが微かに塩分を感じるかな・・・。最後に屋上展望台から景色を。本来なら奥に富士山が見られるらしいが、今日は雲の中。 残念。「深層水ミュージアム」誰もいないからか 小さいながらも かなり楽しめます。(笑)「深層水ミュージアム」堪能後はランチ。小川港にある「地方卸売市場 小川魚市場」前の「焼津市魚仲水産加工業(協)」が運営する『小川港魚河岸食堂』で。 沢山あるメニューの中から券売機でチケット購入。 迷ってしまってなかなか決められないので、店の看板メニュー「魚河岸定食」1000円を。 お刺身、焼き鯖、天ぷら、お味噌汁、と色々楽しめるお得なメニュー。本日の?お刺身はビンナガマグロでした。 平日のみご飯大盛可 なので、男性には嬉しいかも。 店内は思った以上に広々。写真は端の人がいない、ほんの一画です。入口近くには沢山の取材を受けた証。色紙が沢山貼られていました。この辺りは地方卸売市場がメインで何もないですが、焼津は他にも行きたい所があるのでまた再訪するかも食後は、ようやく本日のメインである紫陽花を見に行きます。
2019年06月12日
コメント(0)

仕事休みの朝、珍しく朝食を作る気がしなくて、前から気になっていた『朝食とランチのお店 らん』へモーニングをしに行ってみた。 朝食メニューはモーニングA、B、Cと限定10食の和膳 が基本で、他に店内に掲げられているホワイトボードに記載されているものがある。 基本メニューの「モーニングA」にしてみました。(危うく写真を撮り忘れるとこだった。) トースト、ハムエッグ、サラダ、フルーツとヨーグルト、お好きなドリンクコーヒーは家で飲んできたので、朝からコーヒーフロートを選んでみました。フルーツとヨーグルトのフルーツにはメロン、パイン、バナナが入ってました。これで550円はコスパがいいですよね。限定の和膳(660円)は人気のようなので、次回 機会があれば食べてみたい。
2019年06月04日
コメント(0)

要害山の『瑞岩寺 奥の院』を堪能した後は、せっかくなので『武田神社』再訪。(前回blog参照:藤村式建築と武田神社) 夕方ともなると、前回と違いめっちゃすいています。というより人がいない。「拝殿」 「甲陽武能殿」 奥に、前回気付かなかったニワトリ。今日はめっちゃ鳴いていたので気付いた。 変わったニワトリです。見たことない。ニワトリの近くには「水琴窟」や「名水・姫の井戸」 水琴窟の音を聞くと癒されます。が、ここの水琴窟は音が今一なのが残念。姫の井戸は当時、茶会でここの井戸の水が使用されたそうです。一通り、ぐるりと巡り、神社前のお土産屋さんで桔梗信玄餅で有名な桔梗屋の商品を物色し、今回初めて見た「信玄桃」を買ってみました。 パッケージが山梨の桃を出荷する箱そっくりに作られていて、可愛い。 中身の見た目も桃のように作られています。白あんの中に桃ゼリーが練りこまれています。食べた感じは愛媛のお土産で有名な母恵夢っぽいです。ポエム系のお菓子多いですよね。山梨からだと結構時間もかかるので、帰る道中で夕食を。「道の駅 南部」の近くにある大きなお釜が目印のお店『南部路』に立ち寄ります。 お釜が目印ということは釜めしが有名なのかな?と思い、「釜めし定食(天ぷら・漬物・味噌汁・小鉢)」にしてみました。 釜めしは、色々ある中から選べるので、「竹の子釜めし」をチョイス。今まで食べたことのある釜めしの竹の子とは違い、ここのは美味しい。下味つけてるのかな? 絶対地元で採れた竹の子のような気がする。変な味がしない。天ぷらもボリュームたっぷり。珍しかったのは、パセリの天ぷら。これがイケる。ここは気に入ったので、また機会があれば再訪したいです。食事後はすっかり暗くなってしまったので、時期的にホタルかなぁ~。と思い、2年前に訪問したことのある『南沢 ホタルの里』へ。(前回blog参照:ホタル観賞) こちらでは、ゲンジホタルとヘイケホタルの2種類が見られます。光だけではどれがどのホタルか分かりにくいが、淡く優しい光が幻想的。 コンデジだと撮れないのは当たり前。やっぱり一眼レフじゃないとダメだなぁ~。と思っていたが、意外にもスマホだと撮れる事がわかり、そこそこ撮れた。 一部残像のが撮れてましたが、ほとんど黄色や黄緑の点だけなんですけどね。現地で体感しないと言葉に表しにくい「わぁ~っ」って感覚が伝えられないのが残念。20:30pmを過ぎると飛ばずに葉っぱに止まって産卵体制に入るらしいので、見学は20:30pmまで。久々に濃厚な1日で、堪能しまくりました。満足~。
2019年06月03日
コメント(2)

武田信虎が永正17年(1520年)に築いた要害城の痕跡(国指定史跡)が残る「要害山」の麓に「瑞岩寺」の旧地であり、甲斐国観音巡礼六番札所でもある『深草岩屋観音』に行ってみました。山に登る前に、地名として残る『積翠寺』へ。 武田信玄公が誕生したと言われ、境内には「産湯井戸」や「産湯天神」があるそう。裏手に回ったらあるのかな?? 表側からは気づきませんでした。そんな由緒ある寺なのだが、参道が荒れているのが気になる。そして、これから向かう奥の院「深草観音堂」の前宮『瑞岩寺』 養老年間(717~724年)行基菩薩により開創。当初の境内は山間部にあったが、貞享元甲子年(1684年)徳川幕府に願い出て、現在地に移転。(積翠寺 の目と鼻の先に位置します。)みちなりに「要害山」入口へ向かうべく、この地の氏神様と敬われている『日吉神社』 ここから甲府市街が見渡せた。 この辺りは要害城の一郭で、警護に当たった武士の館が存在していたので「根古屋(根小屋、寝小屋、根固屋)」と称されている。湧水の管理にも当たっていたと伝承されている。で、ようやく「要害山」入口。 三叉路に分かれている道の真ん中の山道をひたすら道なりに登っていく。(ブルーライン) 入口辺りには、小さなおもてなし。自由に杖を使用できるよう用意されていた。ひたすら上っていると、途中に石碑の道案内「左、山まみち 右、岩と山みち」が。 「岡部村松木組連中」の方々の奉納と思われる。岡部村、今は合併で名前が変わったようです。現在では左右に道が分かれてないようで、道なりに行くと、巨岩がゴロゴロ目につき始める。 おそらく「右、岩と山みち」の道が残ったと思われる。おぉ~ いよいよ若草観音か?と思われる超巨大岩に出くわす。 近づいてみると、石仏群や祠が。 近くの案内板によると、この巨岩ではないようです。案内板に従ってしばらくいくと、ここで清めて更に上るようだ。 上に登っていくと、ここから奥の院のようです。 奥の院入り口横左側の巨岩 よ~く見ると「さざれ石」のように小さな小石が沢山混じった礫岩?足元に「サントリーオレンジ50 果汁50%」の昭和レトロな空き缶が落ちていた。 調べたら、昭和40~50年代のもののようです。少なくとも40年以上経っているが、文字も克明だし、あまり腐食してないのが不思議。奥の院入り口横右側の巨岩、巨石 そして、いよいよ瑞岩寺の奥の院『深草観音堂』へ。 高さ数十メートルもの巨岩(凝灰岩)の中腹を切り抜き、その洞窟内に本尊を安置している。 左手に見える昭和3年に奉納された数十メートルの梯子を上って岩窟に行きます。 めっちゃ高いです。しかも揺~れ~る~~~。(>_<)その上、一番上は金属で固定されているが、途中の鉄柱の支えが岩に埋まってないしかも昭和3年もの。恐る恐る上へと昇る。こわごわながらも、到達しました。洞窟内 はしごを登り切ったところから下を覗くも、高過ぎて ひぇ~~~っ!! 垂直に見えて仕方ない。怖すぎ~ さすがにこの梯子を降りるのは危険。横穴の階段から別のルートで降ります。対岸側の凄く高い位置にある岩穴に木仏立像が安置されていました。 石の階段を降りていきます。下の建物は休憩所?とにかく岩の大きさを感じてほしい。 降りたところから。 右に写る岩を見上げたらこんな感じ。 上のほうの穴に、先に紹介した木仏立像が安置されていました。ここに来たときは日本。という感じがしなかった。それだけの圧巻さと雰囲気。タイとか東南アジア系のどこかの国のように感じた。個人的には大興奮。めっちゃ堪能し、戻る際に気づいた巨岩。 ですが、どうも自然ではないようです。 石を切るときの機械穴の痕が・・・。築城の際の城壁なのか・・・。しかし、その時代にこの機械穴はある訳がない。とすると何だろう???往復約1時間半の瑞岩寺奥の院。本当に良かったです。
2019年06月03日
コメント(0)
全16件 (16件中 1-16件目)
1


