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白倉峡を堪能し、帰り道に通る『天竜二俣駅』方面へ。ここは以前、掛川を散策した後で、電車で行こうとしたが、電車の本数があまりにも少なすぎて諦めた場所。『天竜二俣駅』 ちょうど駅から電車が発車するところだったので、にわか撮り鉄。 車両は1両・・・だけ。茶色の電車は「Slow Life Train」。限られた日しか運行してません。調べたら、マリメッコ生地のカーテンとヘッドレストカバーで装飾されてるらしい。個人的には本数が増えて便利だったらデザインはどうでもいいかな。駅構内にはマンガによく出てくる「ホームラン軒」という名の飲食店が・・・。 やっぱりラーメン屋さんなのかな・・・。そして、駅の中に小さな電車が・・・。可愛い~ 切符を買ってホームに入らないとダメみたい。小さい子が楽めるのがいいですね。でもどうなってんの? 『転車台』10施設が登録有形文化財 停まっている電車の奥に転車台があるのですが、全くみえません。奥の建物のところです。見学できる時間帯以外は入って観る事さえできないそうです。施設さえも。残念。駅前の『SL機関車公園(阿蔵駅前公園)』 中に入って計器類や炭を入れるところなどが見学できます。 マニアはたまらんでしょうね。駅界隈を堪能した後は、二俣町の文化財へ。『旧二俣町役場』(本田宗一郎ものづくり伝承館)登録有形文化財 第22-0090号 昭和11年築。昭和45年まで天竜市役所として活用されていました。入口 室内は本田宗一郎氏の精神を伝える展示場となっている。 「ホンダカブF型」昭和27年のもの。 これは電動はないが、今でいう電動自転車のはしり。補助エンジン付き自転車。一応50ccエンジンがついてます。当時としては画期的ですよね。色々と見学し、隣接する「諏訪神社」へ。 まっすぐに伸びた大きな御神木「男女杉」 その奥に神社が存在する。同敷地内? 隣接する地?にも神社があるので行ってみます。 「塩地蔵尊」 名前の通り塩が奉納されており、食塩以外に調理用岩塩も。その上の神社?はあまり手入れされてないようだ。 神社手前には、誰かに踏まれた雑草ハルジオンが折れても花を咲かせて生きてます。 判りづらいでしょうが、茎が根元から折れて地面をはっています。そして、花の部分だけ首をもたげています。 素晴らしき雑草魂またまた隣接するお寺「清瀧寺(せいりゅうじ)」へ。 京都知恩院の末寺。天正9年 徳川家康が当時に来臨し、清水の湧き出るのを見て、寺名を清瀧寺と名付け徳川家嫡男 岡崎次郎三郎信康に清瀧寺殿とおくり名をしました。「金のなる木の伝」 文政13年 冬至の日に写した版木。帰路の通りがかりに見つけた建造物「二俣医院と蔵」 二俣の町が大正から昭和初期にかけて繭の集積地として栄えた時代を象徴する洋館で大正5年上棟の棟札が小屋裏に残されています。 蔵は明治36年に別の場所から移築されたもの。デザインが洒落た『飛龍大橋』を渡って帰路につく。 かなりの充実度。こんなに巡れるとは思ってもおらず、堪能しました。<参考サイト>花桃の里https://hanamomo-sato.com/index.html天竜区観光協会オフィシャルサイトhttp://tenryu-daisuki.com/「二俣の見処味処」マップが見やすく判りやすい。龍山町ガイドマップhttps://xn--f9jk2fxa.com/archives/1624
2019年04月28日
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一昨年、あてもなく行ってみた秋葉街道沿い。天竜川沿いに見つけた道の駅「花桃の里」で知った「白倉峡」に行ってみたが、あと3kmという所で「崩土のため通行禁止」となっていて行けなかった。で、リベンジ。(参照:Route152 秋葉街道)10連休のGWが始まったばかりだが、新東名は意外にスムーズ。普段はトラック類の通行が多いが、連休はさすがにお休みとあって普通車のみ。「新富士」から「浜松浜北」までは渋滞もなく難なく来れた。まずは道の駅『花桃の里』でランチ。 ツーリングの季節ですね。季節柄、バイカー達が多く集り賑わっていた。バイクは乗っているとわからないが、意外にご年配の方々が多い。若者達 負けてる~!!食後は歩いて 道の駅の裏手にある『浜松ワインセラー』見学。 工事途中で廃止となった旧国鉄佐久間線跡のトンネルを活かした天然のセラー。一度も鉄道として使われたことがない奥行き1170mのトンネルです。 こちらでは地元ワインはなく、輸入物ワインのみの取り扱いで、保存のみだった。食事等を堪能した後はメインの「新・浜松の自然100選『白倉峡』」へ。トイレ横の駐車場にある「白倉峡めぐり」看板を撮影し、巡る。 道の駅はバイカーが多かったが、先客は誰一人おらず。貸し切り状態。駐車場横がすぐ入口となっており、整備された遊歩道を歩く。 「竹十淵」 「織姫橋」のところから滝が見えた。すぐ横から滝の展望台へと降りれる。 「機織淵」 定員10名の名もない橋のところからは「箱渕の滝」 橋の上から。なかなか立派な段爆です。 新緑の下を行くと、 名もない滝が木々の隙間から見える。 立派な滝なのに下へ降りて見れないのが惜しい。 地図によるとこれは「金山の滝」と思ったら、一旦道路へ出てまた下へ降りると赤い橋が見えた。「出会い橋」から金山の滝方面の渓谷を眺める。 もう一つのルートがトイレ横の地図にない訳は見所が少ないからのようだ。最終的に上った先の駐車場には立派な看板が。 「金山神社」 本殿は裏の岩山かな?この辺りは紅葉が有名のようで、今のシーズンは新緑の青紅葉が目に優しい。 が、1本だけ一年中赤い紅葉がありました。家に帰ってから見つけたガイドマップに紹介されている地図が、現地看板より詳しい。撮りそこなった滝もあるが、「おしどり淵」は道がないので行けそうにない。「龍山町ガイドマップ」(←クリックすると pdfファイル が開きます。)これをダウンロードして持参する方が判りやすくて良さそうです。白倉峡を巡り、駐車場横の案内板「龍山秘密村」2Km が気になって見に行ってみたが、ボルダリングやカフェのあるキャンプ場だった。以前は「青少年旅行村」という名前だったようで、古い看板も残されていました。道中に『長寿の水』がありました。 水の側には「飲んで下さい長寿水 飲めば心に花が咲く 二千一年九十八歳 栄蔵」と刻まれた石がありました。栄蔵さんのご年齢が凄いです。白倉峡はらくらく散歩感覚で楽しめました。
2019年04月28日
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獅子ヶ鼻公園を堪能し、まだ日も高い3時頃なので磐田市の町で建築物巡り。磐田のシンボルともいわれる建造物。『旧見付学校』 明治5年(西暦1872年)の学制発布後まもない明治8年(1875年)8月に落成。現存する日本最古の木造擬洋風小学校校舎で、国の史跡に指定されています。 大正11年(1922年)3月に閉校し、その後は裁縫女学校、教員養成所、病院等、様々な施設として利用されました。今日は月曜日だった為、閉館しており入れませんでした。 隣接する『淡海国玉神社(おうみくにたまじんじゃ)』 遠江国の総社。平安時代の貞観(じょうがん)年間(859~877年)に創建されたと伝えられ平安時代中期頃の律令法典「延喜式」に記録されている。 「拝殿、幣殿」 文久3年再建 市指定文化財 「本殿」明暦年間(1655~1657年)再建 県指定文化財見附学校裏には『磐田文庫』国の史跡 運動場として使用した神社敷地内から「旧見付学校と磐田文庫」を裏側から見る事ができる。 磐田文庫は国玉神社の神官 大久保忠尚が設立したもので、遠州国学の象徴。磐田文庫が大きくなって洋風擬建築の新校舎ができました。『旧赤松家』の「門・塀・土蔵」 市指定文化財 近代日本 造船技術の先駆者:赤松則良により、明治25年頃に建てられました。 「土蔵」 明治33年上棟 米蔵として使用されていました。このまま帰路方面の藤枝市へ。偶然、通り道に「蓮華寺池公園」があり、ちょうど「藤まつり」のニュースを見たばかりのタイミング。呼ばれましたか~。(笑) 先に文化財を見学してから立ち寄ります。「蓮華寺池公園 藤まつり」(@S 静岡新聞 SBS )『旧藤枝製茶貿易株式会社』 市文化財 明治期築。 明治34年有志の出資により藤枝茶業再製工場として建設、大正中期解散。【旧藤枝製茶貿易会社の沿革と現存するトンガリ屋根の建物について】『蓮華寺池公園』 八重桜と藤、ツツジ、鯉のぼりの四重奏です。 日暮れも近いので、ちょろっと入口付近を散策して戻りました。日が長くなったおかげで、活動時間が長くなり かなり充実度。堪能しました。
2019年04月22日
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帰阪してから早々、仕事帰りの後、悶々とした気分を晴らすべく、お出かけ。お昼を兼ね立ち寄った新東名「掛川PA(下り)」でランチ。「牛丼 吉野家」がいつの間にか「そば処 吉野家」に変わっていた。いつの間に 「ミニとろろ丼そばセット」676円(税込730円) お蕎麦は「もりそば」「かけそば」「冷やしかけそば」等から選べます。当然、牛丼 吉野家ですから、牛丼並盛とそば のセットもありました。お腹を満たした後は、磐田市にある【獅子ヶ鼻公園】へ。 公園入口のトイレが「獅子ヶ鼻公園」だけあって、獅子。 「獅子ヶ鼻トレッキングコース」の地図を予め印刷し持参。 現地公園案内図と地図が違うなぁ~と思いつつ、公園入口すぐ側にある史跡を見学。「岩室廃寺跡(いわむらはいじあと)」(観音堂)市指定史跡 出土した多数のものから遠江 国分寺の尼寺の跡と思われます。住所地もビクニ谷。ビクニ(比丘尼)は尼僧さんの事。磐田市の国分寺の古文書には「これほり北方三里に尼寺あり」と記されている。もう一度持参した地図を見ると、スタート地点の駐車場にはトイレがない事が判明。公園上駐車場へ車を移動。 現地駐車場でも同じ地図が用意されていた。(念の為、行かれる方は上記地図をクリックしてプリントアウトする事をお薦めします。)いざ、トレッキング START お茶の新緑が目に優しい。もう少しで八十八夜、新茶の季節ですね。展望台の案内板通り、指し示す方向へ入り、展望と三角点をチェック。 そして『蟻の戸渡り』へ。 進むと、左ルート、右ルートがあり、右ルートは洞穴経由となっているので当然「右ルート」へ行きます! 何気にめっちゃ急。赤い→の印がなければ行けない場所。「洞穴」 洞穴から出て左端の細い急な岩道?を上る。写真では判りづらいが赤い→が印してくれてます。 『蟻の戸渡り』 実はめっちゃ高くて細い通り。 風が吹いてたら怖かったかな。洞窟経由だと立入禁止看板がないのですが、左コースから行くと「この先コース未整備につき立入禁止」の看板が 渡り切ってから気づくこの看板って・・・。右ルートから行く人は少ないのかこのまま『浮石』へ向かいます。 途中、「沢歩きコース(権現谷に出ます)」看板があるが、地図には載ってないので地図通りに進むが、結局合流しました。下りのみラクチンって書いてあったので行けばよかったか。『浮石』 裏から、表から、横から。 地震があったら間違いなくゴロンと行きそうです。『屏風岩』 「岩山コース」に入ると、名前の通り岩場を歩く。 こんな岩をよじ登り、時にはロープ、 時にはチェーンと、なかなかスリリングで楽しい。「藤見平」でしばし休憩。 「鐘掛岩(かんかけいわ)」へは「シルバールート」と「元気山経由ルート」があり、行きは元気山ルート、帰りはシルバールートに。 この岩山が元気山らしい。ここを通り抜け「鐘掛岩」へは回り道かロープルートがあるようで 当然ながらロープルート行きます!! いやぁ~なかなか楽しい。ただひたすら登るだけだと、疲れが増幅するばかりですが、色々チャレンジできると気も紛れる上、ワクワク感で脳内アドレナリン放出です。『頂上 鐘掛岩』到着 標高224.5m 景色を見ようと木の裏へ回ると、磐田市のイメージキャラクター「しっぺい」のポスト? よく見ると登頂記録ノートとなっている。開けてみると ふんどしベローン。 気はながく心はまるく腹たです(腹は横向きに記載。) 口をつつしめば命ながらえる by.獅子トレ訓(君) とな。中に入っていた記録ノートに記載して帰りました。 鐘掛岩からの景色です。 めっちゃ高くて先まで進めません。というより進みたくない。(笑)これより戻ります。『親子石』 江戸末期に雷の一撃で一つに割れたと伝わっているそうです。帰りは「野草の小道」コースを通って「八畳岩」へ。 この細い岩道を通って登ると八畳岩へ。 岩の上からの景色を堪能し、帰る道中 八畳岩を正面から見られるビューポイント案内が。 「この先崖!立入絶体ダメ!(救出は困難区域です)」の看板と虎ロープの場所から。 そして ようやくお茶の新芽が出てる場所に戻り、向かい側のツツジを見ながら駐車場へ。 斜めに撮っているように見えますが、坂道に咲いているので、この向きが正解なんです。色鮮やかなピンクに癒されます。「獅子ヶ鼻公園」所要時間は公園の廃寺に立ち寄って往復約3時間弱ぐらいですが、楽しいルートが沢山で全く疲れを感じず楽しめました~
2019年04月22日
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大阪から戻ったら、会社の方がまたまた蕗とキャラブキのレシピを用意してくださっていた。 至れり尽くせりで嬉しい。早速作ってみましたよ。 細めの蕗は皮を剥かずに使用するらしいのですが、やや太めの部分は剥けそうだったので皮を剥きました。皮をむいた部分は色が染まっています。そのおかげで味もしっかり。家族からは好評です。
2019年04月21日
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所用を済ませ、早々に大阪を経ち、昼時に立ち寄ったのは静岡県一歩手前の新城市。【桜淵県立自然公園】新城市指定名勝「桜淵」 元々は「笠岩」と呼ばれるこの場所が桜淵と呼ばれるようになったのは、寛文2(1662)年頃に新城城主 菅沼定実が、美しい景観に目をつけ、遊歩の地にしようと桜を植えさせたことに始まります。現在は「三河の嵐山」と称される桜の名所。 かろうじて八重桜が咲いていた。桜が開花している時期は混んでいたでしょうね。 渓谷は、地盤隆起によって豊川河谷が一段と深く掘り下げられ、段丘は変化に富み、清らかな水をたたえています。「蜂の巣岩」と呼ばれる巨岩をはじめ、鍾乳洞、石門などが断崖を形づくっています。 蜂の巣岩をズーム。このポコポコと巣穴のように区切られた感じが蜂の巣岩のいわれでしょうか。そして「鍾乳洞」 小さく屈みながら前進。鍾乳洞というより洞窟。 奥にコウモリ達が飛び回っていた。が、写真に撮れず。奥行きはそんなにないので、折り返して出口へ。 「石門」がわからなかったです。が、巨岩がありました。 堪能した後は園内にある「cafe glorious」で、パスタランチ。 パスタは ごぼうのピリ辛和風パスタでした。川沿いの桜の下で、のんびり ゆったり した時間が流れます。 公園向かいの「青年の家」には、県指定文化財の史跡が復元されていました。「旗頭山尾根古墳群 旗頭山尾根台6号墳」 一般的には石室を土で覆い墳丘を盛り上げるのが普通であるが、この場合大小の石材のみ用いている点が特徴で、朝鮮半島に発達した積石塚と呼ばれるお墓の形態であると言われている。(横穴式石室)桜淵公園を堪能後、前回 時間的にと天候の悪化で行けなかった天竜奥三河国定公園【阿寺の七滝】へ。 現地までが以外に遠い。 ここから整備された遊歩道を15分らしい。「阿寺の七滝」へ行く道中には、『巣山礫岩(くいちがい石)』 この礫岩は新生代、第三紀・中新世2500萬年前の頃堆積したといわれ、巣山部落一体に分布。俗に「子抱石」とも呼ばれる。『河童淵』 滝の流れが横へ向いて流れ落ちていて見えません。上から見るとこんな感じ。 これは『乙女滝』かな? 遊歩道上から見えた滝。Google map 上で乙女滝と記されてました。日本滝百選『阿寺(あてら)の七滝』国指定名勝天然記念物 全長約64mの七段爆。水量が少ないがそれなりに。「あでら」ではなく、「あてら」と読むようです。「三の滝」まで行けるようなので行ってみました。 やたらと、倒木が目立ちますね。(^▽^;)近くには「子抱観音」も。 行きはよいが、帰りは気を付けないと!!「頭上注意!」 木の伸び方が面白いですね。まるで門のようです。(笑)大阪からの帰り道の道草。自然に触れあい少し癒されました。
2019年04月20日
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久々、大阪。出来た当初からたまに行っていた住宅街の中にあるお蕎麦屋さん河州之蕎麦処【乾】 何年振りかに行くと、少し変わっていた。 付だしとして出てくる蕎麦の揚げたものとそば茶は変わらないが、メニューの種類が少し減った。当時は奥さんが天ぷらを揚げたりして、天ぷらそばなどもあった。が、現在はご主人さん一人で用意されているので、メニューがシンプル。「おろしそば」 おそばもさることながら、おそばを食べた後の蕎麦湯がドロッとしていて、ここの蕎麦湯が今まで食べた中で一番好き。大勢で行ったので、おかわりもいただいた。 忙しいのにすいません。以前は、本日のそば粉は〇〇産の蕎麦粉〇割、〇〇産の蕎麦粉〇割 といった表示も店内でされており、行くたびに違う蕎麦粉を使用されていて、それもちょっとした楽しみでもあった。 今はない。が、当時から変わらないのは、11:30am オープンから売切れまでの営業。 いつも並んでいるので、OPEN 前から行かないと かなり待つ事に。今回はOPEN 前に行ったが、既に2組のお客さんが待っていた。お蕎麦屋さんは、木・金・土 曜日 の3日間のみ営業。帰阪した日が営業日だったのがラッキーでした。 懐かしかったです。
2019年04月19日
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父が逝った。声が出にくいので病院に行く。と診察に行ったら、即入院。入院してホッとしたのか急に弱りはじめ、1週間という短さで旅立った。初めての入院だったので、私もお見舞いに帰っていた事もあり、父の最期を看取れたのが幸い。もともと本籍地から遠く、大阪では「菩提寺」がなかったので、先に購入していたお墓やお仏壇に魂を入れていただく際に、所属する宗派のお寺さんを探し、お参りしていただいていたので、葬儀等ではそのお寺さんにお願いした。お通夜や告別式は、10年以上も前の生前時に色々と検討していたり、終活で色々なものを用意していたおかげで、スムーズに事が進んだ。後に残るものに迷惑がかからず、かつ それなりに満足できる最後を迎えられたと思う。まだ若いから。まだまだ先の話。というのではなく、若くても終活はしておくものだと痛感。お通夜や告別式は、積立式 又は 前払式タイプの会員ではなかったが、予め資料を取り寄せていた「小さなお葬式」でのプランと葬儀場 一覧から選び、 連絡するとすぐに住んでいる地域の葬儀屋さんと連絡を取って下さり、病院から安置所へ搬送、打合せ、お通夜、告別式 の流れとなった。打合せは故人が寝ている前で行うのだが、打合せが終わったと同時に故人の顔が安らかな笑い顔に変わったように感じたのは気のせいだろうか。喜んでいるように感じた。葬儀は思った以上に立派で、葬儀が終わった後で今後のこともあるので、葬儀屋さんに直接頼むともっとお安くできるのか 聞いてみた。葬儀屋さんは窓口となる「小さなお葬式」を通して空いた日時を埋めているので窓口に手数料を払っているが、直接だともっと高くなるんだそう。暇にしているなら少しでも葬儀料が入った方が企業としては売上げに繋がるようである。葬儀屋さんには色々と分からない事を聞きまくったが、嫌な顔一つせずにご対応、ご説明下さり、大変感謝でした。葬儀の後は役所への諸手続きに手分けして周るのだが、その際には以下の一覧と詳しく簡単にまとめた本が役立った。●家族が亡くなった後の「手続き地獄」早わかりカレンダー この一覧をA4サイズにコピーし、左横にチェックしながら事を進めた。そして、身内が持っていた●おとなの週刊現代完全保存版Vol.1(2019)死後の手続きはこんなに大変です これで分からない事を読んで理解し、手続きを進める。大阪と静岡なので、大阪でも1冊、こちらでも1冊買って、ここの何ページに書いてるこれ済んだ? これ作成しなきゃっ! などそれぞれに持っていると連絡時に便利だった。バタバタではあったが、戸惑うことなくスムーズに事が進んだのはネット社会ならではだと独り言ちる。
2019年04月16日
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今週のの静岡界隈のお天気予報は、火曜日のみが晴れ。桜のお花見に加え、建物探訪を兼ねて神奈川県「小田原」へ。小田原駅から近い『小田原城』から巡ります。 前日が雨だったにもかかわらず、桜の花が散ってなくて良かった。 お城界隈はお花見のギャラリー達で賑わっています。 お城の敷地内?に『報徳二宮神社』がありました。 平成27年時点で創建120年だったようです。併設される「きんじろうカフェ」で二宮尊徳翁が食していた大豆をすりつぶした汁物「呉汁(ごじる)」を食してみました。 尊徳翁66歳の記録をもとに江戸時代の味を現代風にアレンジしたもの。豚汁に大豆をすり潰したものが入っている感じ。これなら家でもできそうです。「呉汁」レシピもついてきたし、水煮大豆をすり潰せば簡単にできるかも・・・。お城の近くの三の丸小学校周辺地区が都市景観大賞を受賞されていました。 こんな格好いい小学校門、なかなか無いですよね。実際、小学校入口付近には箱根口門跡や土塁などが残されていて、いい雰囲気です。そして、小田原への本来の目的、建築物巡りへ。『だるま料理店』登録有形文化財 第14-0069号 明治26年創業の老舗料理店。現在の建物は関東大震災で損壊し、大正15年に再建されたもの。お昼時なので賑わっています。店舗横の壁には店内の様子や当時の建物などの写真と説明書き。 店内に入った感じ。 店名のだるま? 裏口と裏口玄関 表玄関と裏玄関の鳥の彫刻が微妙に違うんですよ。 写真では判りづらいですね。裏口のは鶴かな?と思ったのですが、表のは首が短い鳥で何だろ?階段 応接間 応接間が見学出来て良かった。『済生堂薬局小西本店店舗』登録有形文化財 第14-0070号 大正14頃築。『小田原宿なりわい交流館』 昭和7年築 「旧網問屋」商家の造り「出桁(だしげた)造り」という建築方法。大正12年 関東大震災により被害を受けた建物を昭和7年に再建したもの。※「出桁造り」柱の上に載せた太い桁を店の前面に何本も突き出し、そこに軒や屋根を 載せた江戸時代から続く伝統的な町家の建築方法。「お休み処」と掲げているだけあって、くつろげるスペースにちょっとした観光案内所的にパンフレットなどもあり、情報収集には欠かせない。しかもお茶まで出して下さった。めっちゃ疲れていたので本当にありがたかったです。ここから「小田原街かど博物館(旧東海道エリア)」で紹介されていた建造物巡り。「かつおぶし博物館(籠常商店)」 明治26年(1893年)創業。かつお節、削り節一筋の製造販売。「ひもの工房(早瀬幸八商店)」 午前中は、さばき作業中の工場を見学できるらしい。ちょうどゴミの日でまだ回収されていないゴミが店舗前に沢山・・・。店舗前に「この店のうら、海です」と紹介してくださっていたので、気になって行ってみて感動 ちょうど一号線の真下のようです。海にでたら道路案内看板が見えた。 既に真夏の日差し。 晴れの日でよかった。 海が真っ青 この解放感がたまりません。一気にテンション上がります。 本当にめっちゃ感動~。海から戻る入口。 ここはまた来たい場所。小田原のマンホール 小田原城と酒匂川を渡る旅人と人足。奥には富士山も見えますね。まだまだ巡るべき建造物が沢山あるのだが、かなり疲れてしまい、戻ります。小田原城に時間かけすぎたかな。次回はレンタサイクルでも借りて巡ろう。めっちゃ堪能しました。県が変わると遠そうに感じたが、JRの普通で約1時間半で行けることが分かった。しかも!静岡県内では皆無だった特急なども走っており、乗換もスムーズ。といっても、小田原までは各駅停車なのですがね・・・。静岡県では普通のみだし、待ち時間は長いし、特急はもちろん、快速や新快速などもなし。人よりも貨物運行の方が多いかもしれない。多分、静岡県民は県外に行かなければその事を知らない、気付いてない。 かも?
2019年04月09日
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修善寺に行った際に立ち寄った「ジオリア」に置かれていた本で知った『富士川 松野地区の柱状節理』 「静岡県地学会」でも紹介されているのですが、(下写真) どうも昔に比べて下1/4ほどが埋もれてしまったような気がします。そして、真隣の『台湾料理 福婷』でランチ。料理一品(20種より選択)+ラーメン(4種より選択)+揚げ物+漬物+ライス(お替り自由) 680円海鮮マヨネーズ炒めと台湾ラーメンをチョイス。当然ながら、来られてる方々は近くで働く男性ばかり。ボリューム満点も納得。しかも安い!!私にはボリューミーすぎて、お腹がかなりヤバイです。(^▽^)本日の摂取カロリー、間違いなくオーバーでしょう。(笑)
2019年04月08日
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ランチ時にお弁当持ってちょこっと桜を愛でに近場の遠出。【名勝 はたご池】へ。 前回行ったときは桜の時期には早すぎたのですが、ちょうど満開で見頃。(参照: 荒澤不動尊奥之院と文化財)この時期は人で賑わっているかと思ったら、貸し切り状態。少し山手に登っていかなかないと行けないので、わざわざ来ないのかな? 桜のトンネルを抜けると「はたご池→」の案内板。「はたご池公園」入口の桜が見事です。 下界では霞がかっていた富士山も、ちょっと山へ登ると霞がマシに見える。ここは富士山の隠れスポット。(個人的に思う。) 食後に池の周りをぐるりと歩いていたら木々の隙間から富士山が見えた。 濁っているように見える池も、実は澄んでいるようで、鯉が泳いでいるのが見えた。 食事とお散歩、写真撮影 を楽しみ、早々に戻る。気候もようやく春の兆し。まったりとした昼下がりでした。
2019年04月05日
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3月中旬よりシラス漁が解禁され、大漁のニュース。シラス漁解禁「大漁」 富士・田子の浦港、初日3トン水揚げ(@S 静岡新聞 2019/3/22)のニュース。「3年ぶりの大漁」らしい。そして恒例の2019年4月1日(月)から「田子の浦港 漁協食堂」が再開。 何か看板ができたかな? 壁の絵も変わったような・・・。4/4の漁では、細かいしらすが多い中、なんとかいつものサイズのしらすを仕入れられたそう。早めのランチに漁協食堂行ってきました。 いつもの特等席、海側の席 「生しらす丼」しらすの味噌汁付き 細かいしらすが多いとのことでしたが、昨年より大きい気がするよ めっちゃプリプリで美味しい~そして、鮮魚売り場でお刺身を。 1パック全て300円 多分ボタンエビ、太刀魚、鯛 の3種を本日の晩御飯に買って帰りました。スーパーのとは鮮度と安さが全く違う。ここに来たくなる理由の一つでもあります。しらす漁は、通常二艘曳きなので漁獲量が多いが、二艘引きでは、しらすを引っ張りながら網を引くため、鮮度が落ちてしまいます。ここ田子の浦では一艘曳きなので、通常の方法より漁獲量は少ないが、しらすをすくい上げ、短時間でしらすを傷めることなく捕獲するので鮮度が違うらしい。納得です。
2019年04月04日
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各地の桜の開花ニュースが聞かれるこの頃、この時期、桜を愛でに一眼レフカメラを手にあちこちへ出向かれる方々をよく目にします。昨日、出かけた際の帰りに偶然通りかかった潤井川にかかる龍厳橋が桜と人で賑わっていたので、今日の昼にちょこっと写真を撮りに行きました。 ここは、富士山の撮影スポットとしても有名で、ツアーにも組み込まれるほど。沢山のカメラマン達が三脚で構えて、川に入って、と本腰で写真を撮られています。 どうやら富士山の雲がキレるまで待っているようです。 一体どんな写真が撮れるのでしょうね。 私は橋の上からと桜並木を散策し、ちょろっと満喫し戻る。といった感じ。2年前に行った際は、4月の中旬頃だったので、既に桜が終わりかけ。(参照:富士山と花めぐり) 今回は4月上旬でまさに見頃。満開の桜と共に富士山が見られました。桜並木の遊歩道と橋のたもとには「半蔵道しるべ第一号」がありました。 「室伏半蔵の道しるべ」で貴重なようです。石には「甲子神」と記されています。
2019年04月03日
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桜を愛でに富士宮の桜巡り。その前に、八百屋さんの一画で販売されているフルーツサンドを買いに行ったが Σ( ̄ロ ̄lll)ガーン 売切れ。「次の販売は14時から。だけど、並ばないと買えないかも。」と言われた。一昨年ぐらいに人気で話題になってたので、そろそろ購買熱も冷めて買えるかな?と思って行ってみたが、甘かった。 また機会があったら。かな・・・。遠いし。本日の目的は食べ物ではなく桜。気を取り直し、目的地へ。日本の五代桜の一つ【狩宿の下馬桜】国指定 特別天然記念物 まだまだ「つぼみ」で早かった。 4月中旬以降が見ごろかな~。桜の種類:シロヤマザクラ この地は「狩宿」といわれ、建久4年(1193年) 源頼朝が富士の巻狩りの際に陣屋を設けた所と伝えられる。 巻狩り・・・ 狩り場を四方から取り囲んで、獣を追い立てて捕らえる狩り方法「狩宿の下馬桜」は別名『駒止めの桜』と呼ばれ、頼朝が桜の枝に馬をつないだと伝えられる。『井出家高麗門 及び 長屋』市指定文化財 長屋は馬小屋とかつての農機具。大八車、腕用消化ポンプなど江戸時代から昭和初期の時代を感じる代物が沢山ありました。頼朝の本陣(宿所)は、井出館の北東側にあったそうです。駐車場前の一画では、お餅やお酒の販売もあり、富士錦の酒かすで作られた甘酒をいただいた。 富士山の頂上に雲がかかっているが、ここからの富士山が絶景。 甘酒をいただきながら富士山の写真を撮る。桜が咲いたら綺麗だろうなぁ~。「日本五大桜」静岡県富士宮市「狩宿の下馬桜」、山梨県北杜市の「山高神代桜」、埼玉県北本市の「石戸蒲ザクラ」、福島県田村郡三春町の「三春の滝桜」岐阜県本巣市の「根尾谷の漆黒桜」こちらを早々に後にし、来る途中、桜が綺麗だった【日蓮正宗総本山 大石寺(たいせきじ)】へ。 正応3年(1290年)宗祖日蓮大聖人の法嫡、第2祖白蓮阿闍梨日興上人によって開創。総本山だけあってめちゃくちゃ広い、大きい、スケールが違う。かつては、日蓮正宗の信徒である創価学会がもの凄い集団で大石寺に来られてたらしく、東海道新幹線の「新富士」駅を作ったらしい。ところが開業後、創価学会が日蓮正宗から破門され、利用客が減少し今日に至るそう。という話を富士市民、富士宮市民の皆さんは当たり前のように知っている事実。駅を作らせるほどのパワーをもつ創価学会、凄いですね。 その名残でしょうか、大石寺前のバス停が半端なくデカイ。広いです。一体バス停何個あるん?って感じです。 案内図を見ると、駐車場も広く沢山用意されています。もの凄い集団で来られてたんですね。案内図に載っている「法祥園」にある「御鏡池」と富士山。 枝垂桜と「客殿」 枝垂桜と「御影堂」 「奉安堂」 ここは信徒のみしか入れず、階段の上では信徒であるワッペンの確認が行われます。ちょうど富士山の頂上の雲が少しきれ、ほぼ全容が見える状態だったので「奉安堂」と富士山 宿坊のある通りが雰囲気いいですね。 潤井川に架かる「御塔橋」の周りが桜で綺麗です。 各地方の日蓮正宗のお寺専用の駐車場の周りの桜 「妙祇園」と富士山 絶景です。令和3年(平成33年)は宗祖日蓮大聖人御生誕八百年 だそうですので、大祭が行われると賑わいそうですね。この近くにある同じ日蓮正宗である【妙蓮寺】 正中元年(1324年) 日興上人の弟子 寂日坊日華上人が、上野郷南条氏の屋敷跡に創建。参道も素敵です。 参道に咲いているツツジと桜?のコラボも素敵。 薄ピンク色のは桜なのかな? 花の形が可憐で好きです。 『表門』市指定文化財 文政2年(1819)年 再建。 表門を横から見ると、赤鬼が『客殿』市指定文化財 文化10年(01813年)再建両方ともにこの地方に残る木造建築としては最大級。扉が開いていたので、勝手ながら内部を見せていただきました。上野郷南条氏は、鎌倉時代後期の武将だけあって、駕籠が残っています。 奥の戸板にはソテツと誰かが白い馬に乗っている絵が描かれています。客殿内部の欄間の彫刻と天井の彫刻・絵画 これらの彫刻や絵画の画人工人はこの地の人と思われ、地域文化の動向を知る文化的モニュメントでもあるようです。ちょろっとおでかけ、桜満喫しました。『妙蓮寺』は静かで心が鎮まる穏やかな雰囲気でなかなか良かったです。『大石寺』はめちゃくちゃ広くてかなり健脚でした。『狩宿の下馬桜』は また行けそうだったら行ってみようかな。堪能しました。
2019年04月02日
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4月のほしぞら情報23日 こと座流星群が極大 時間:見頃は23日未明(4/22の夜中~明け方) 数 :1時間に4個程度 19日が満月なため、月が明るく観測しにくい。 月を避けて観測してください。 4月は平成最後の月ですね。季節の変わり目の春先は、風邪をひきやすいので防寒対策はしっかりと。
2019年04月01日
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