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今日がカナダ政府のアート援助金申し込みの締め切りだったので、朝から書類をそろえたりして忙しかった。同封のバンド写真はもめた後、お祈り式の写真に決まった。メンバーの中で神を信じている奴なんていないと思うんだけど。これが承認されると三千ドルちょいもらえる、といっても旅費で消えてしまいます。あー、早くお金の心配しなくても良いようになりたいよ。
2007年02月16日
夏にカナダ各地で行われるのフォークフェスティバルのブッキングは大体冬の間に行われる。去年バンクーバーのフォークフェスティバルに出て以来、今年は申し込みをしなくてもオファーが幾つかあった。うれしい。今のところ、ウィニペグ、カルガリー、ルーネンバーグ(ノバスコシア)、そしてニューファウンドランドのフェスに出る予定。8月はまるまるツアーになりそうだ。仕事復帰した直後でそんな長くオフがとれるのかな。。?
2007年02月13日
初のウェスト・コースト・ツアー終了。サン・フランのギグだと思っていたらバークレイだった。フライト・アンド・サルベージという小さなホールだが音がとっても良く、サウンドをやる人に色々言わなくてもばっちり決めてもらった。いろいろあったけど自分のベッドで寝れるのがうれしい。今晩はソング・ルームというギグです。未披露の曲をテーマに合わせて演奏するもので、ちょびっと緊張しております。練習よりはパンなんかを作っている方が気が楽になるので、これからライ麦パンにいそしもうと思います。
2007年02月11日
日曜日は何だかな~。色んな思いの馳せる日だった。イベント自体はとってもコミュニティー感のあるものだったんだけど、コンサートの方はいまいち。30分の枠を貰ってて、リハも済んだ。本番はちゃんと時間通りに始まった・・・だけど・・・20分も演奏したらなんだかMCが入ってきてセットがテキトーに切られちゃったんだよね。その場で「時間が押してる」みたいなアナウンスはあったけど、バンドに対してのレスペクトも何もあったもんじゃない。「演奏はダイアドでした~!」って強引に終わらせられちゃった。あっけにとられたけど、納得いかない。だって後で出たバンドの中には1時間以上も演奏してた所もあるんだもん。なんでうちらだけ違う扱い受ける?今まで色んなイベントに出たけど、これは完璧な仕切りの悪さだと思うよ。それをバンドが被るなんてフェアじゃない。主催者側にはクレームをつけるつもり。別に怒りをぶつけるとかいうんじゃないが、こういうことがあってせっかくのイベントなのに残念ですぐらいは言わないと。この社会、ちゃんと言わなくちゃ分かってもらえない事が多すぎる。そしてこのイベントにはもう出るつもりはないのだ。
2005年09月20日
久しぶりにコンサートを観に出かける。暫く会ってなかった友達が久しぶりに演奏するってんで、普段は出不精の私だが行く気になった。普段はあまり聞く事は無いハードコア・アイリッシュを満喫。中途半端なアイリッシュ・ロックや、「っぽい」物をやるバンドは多いけれど、今夜の様なシンプルな楽器設定だけで歌も無いショウはバンクーバーでは少ないと思う。それなのにノリで客を引き込んでいくんだもん、すごいなぁ。ヨーロッパやアメリカをツアーした事のあるアーティストに話を聞くと一様に「バンクーバーの観客は礼儀正しい」って言う。っつーか音楽をエンジョイするのに慣れてないらしい。「演る人」と「観る人」の役割が分担されすぎちゃってるのかな。これが同じカナダでもモントリオールぐらいまで行くとノリが良くなるらしい。演る側としては音楽に敬意は払ってもらいたいけど、他人行儀なのは寂しい。一緒に何か感じ取ろうとしてくれるオーディエンスには暖かさがあるのだ。何となく家族といる様な、でも緊張感もドライブ感もあるような良い感じ。今夜はそういう一体感のあるライブだった。見習いたいもんですな~。
2005年09月18日
あっつー間に九月も半ばを過ぎた。子供は学校に戻り、居候の義弟は新しいアパートに移り、コリはイギリスから帰ってきてバンドも再開した。久しぶりのバンド練習だったが、この一年のブランクを殆ど感じななかった。私は自分の練習をしてなかったのでテクは格段下がったんだけど、バンドで一緒に弾いてると自分の弾きたいラインが勝手にでてくる。カンはテクニックよりも大切だと思う。一緒に一つの音楽を作り出しているのがとても自然な状態。あ~、これ、ほんと恋しかったなぁ。一人で弾き語りしてるのも悪かないけど、人と音楽を作るって特別な事だと思った。自分の音への反応があるからね。明日は友達のギグを見に行く。そして明後日はうちらのギグだ!近所の小さな地域イベントなので仕事始めとしてはちょうど良い感じ。肩の力を抜いて行こう。
2005年09月17日
今日は連休の最終日。勤労感謝の日みたいなものだ。ラッキーな人だと金曜からの5連休だった。うちらは金曜に毎年恒例の遊園地に夕方から繰り出す。ジェット・コースター等に乗ったりするわけでもなく、ただ、夜の遊園地をドーナツなんかを食べながらうろうろして、逆さまになったり高い所から落っこちたりする乗り物を見上げながら「ひぇ~、よくあんな物に乗るね~!」なんて言ったりするのが好きなのだ。家族づれの他、10代のカップルやグループもやたら多くてむんむんした雰囲気がある。でもって、射的やなんかのチープなゲームをすれば寂れた遊園地のフルコースが味わえる。なんだかノスタルジックな感じでいいんだな~。娘は今年「水鉄砲の的当てゲーム」を二回トライして両方とも一等賞を当てていた。これは5人~8人位の人達が一斉に水鉄砲で自分の的をめがけて発射するという物で、中心に当たるほど自分のマスコットがゴールに近づく。大の大人達と競って勝ち得た商品はバート・シンプソンの人形と醜いワニのぬいぐるみだった。バートはキッチンのデコレーションとして加わったが、ワニのぬいぐるみは翌日のガレージセールで近所の子が25セントで買っていった。夏はあっという間だった。結局キャンプにも何にも行かずじまいだったが、こういう季節の締め的イベントに行くと「今年の夏も結構楽しかったよな~」なんて思えるから不思議だ。終わりよければ全て良し。あ~、秋が始まる。
2005年09月06日
週末の静けさとは打って変わって、うちは今にぎやかだ。家族がキャンプから帰ってきたのに加え、義弟が月末まで居候することになった。彼はアイルランドから帰ってきて、ただ今求職、プラス家探し中。彼の奥さんとはあまり気が合わないのだけど、彼は物静かな思考型の割りにものすごいクレイジーな所があるので話していて楽しい。九月からは娘の親友でもある彼の娘がバンクーバーに帰ってくるので、娘も今から楽しみにしている。食卓のまわりに人がいていつもおしゃべりが聞こえてくるの、好きだなぁって思う。それは私が一人で週末を送ったからそう思うのか、最近そういう「人好き」の思考に変わってきているのか、わからないけど。さ、朝ごはん(昼ごはん)でも作るか。
2005年08月09日
前回からしばらく書き込んでなかったら日記書き込みのファンクションが増えてた。という訳で意味もなく文字をカラーにしてみたり・・・家族が金曜日からキャンプに行ってて家に居なかった。私は仕事で家に留まる。友人を呼んでぱーっとやろうと思って数人に声をかけたら全滅。・・寂しいな。土曜の夜ぽかんと時間が空いて、何だかムショーに人恋しくなったので、一人でチャリでダウンタウンに向かう。折りしもその夜はバンクーバー大花火大会のフィナーレの日で、街は人でごった返しだった。気候も過ごしやすく、スナックを買ってぶらぶらしたのがとても新鮮だった。思えば昔、夜一人でふらっとドライブ行ったの楽しかったよなぁ。好きな音楽かけてさ。たまには雰囲気に酔う事も大切。今日家族が帰ってくる。また一人でぶらっと、なんて出来たらいいな
2005年08月08日
あっつー間に7月。なのに何だ、この天気は。毎日雨ばっかり。庭の野菜がなんか黄色くなってきたぞ。今朝なんかは嵐のようだった。友人が一昨日「後一日雨の日があったら、最も雨の多い7月の記録更新だ」と言ってたからしっかり更新されたんだろう。しばらく腱鞘炎がひどくなりタイピングも音楽もちょっと休憩。サポーターを左手にぐるぐる巻きにしてたら大分よくなった。凄く音楽をやりたい時に限ってこういう事起きるの、なんだろなぁ。バイオリン以外の楽器もチャレンジ!って事か。やっぱし歌かな~。そういや全然歌ってなかったものな。ロンドンにいるコリの安否を気遣っていたがメールで大丈夫と返信があって安心。っても今は何処にいてもバスがいきなりぶっ飛んだりしそうだ。バンクーバーも人口密度それなりにあるし何より「あんちゃん(アメリカ)」に近いからおちおちしてらんないのだ。まぁだからと言って特別な個人対策も無いわけで、詰る所「今日やれる事は今日の内に」みたいなのに落ち着いちゃうんだろうな。あいにく今夜は仕事なんだけど、せっかくなのでクライアントを相手に一曲披露しようかな。
2005年07月09日
今日からしばらくの間、朝番になる。同じ場所でも朝と夕の雰囲気は全く異なる。朝は何かとせわしいし、時間帯の関係で普段会わないスタッフもいておもしろい。そんなんで新しく入った日本人のナースにも今日初めて会った。若いな~、という印象。卒業したてで、初々しい。私もそういえばそんな頃があったよね、と私の監修をしてくれたナースに漏らした所「あんたはふてぶてしかった(you were stern)」と言われてしまった。え?そうなの?緊張しまくってたんだけどふてぶてしいと言われてしまうのか・・この時期は朝5時でももう日が昇っているし、何より夕方に家族と家にいる事ができるので何とか乗り切るとしよう。ところでバンドだが・・・あれから色々メールは来るものの、いまいちパッとしないというか、何かやりたいジャンルが上手く伝わっていないというか。アメリカン・トラディショナルやゴリゴリのカントリーを、トム・ウェイツ風に演劇的に表現したい、と言うような事を書いてるんだけど、どうもブルーグラスと誤解されてしまうらしい。何だか何も起こらない内にやる気がしぼんでしまったら悲しいな~。
2005年06月22日
アドに載せて二日目。さっそく面白いのが来た。こういうのは私一人が知ってるんじゃもったいない。まず最初に「私は若いく30)魅力的な女性ボーカリストでアメリカのルーツ音楽に興味があります」とある。こういうの、最初に持ってくる所からして引いちゃうんだよな。セックスフレンド募集してるわけじゃないんだからさ。私にとってボーカルが若いか、女かは問題じゃない。本人に「味」があるかどうかが問題なんだ。味が出せるんならおばーちゃんでもおじーちゃんでも良いと思ってる。(っつーか、ひそかにだみ声のおばーが来てくれるのを願っているの)第一、魅力的かどうかは周りが判断する事で本人が言う事ではないし。で、その後本人がどれだけレコーディング・ビジネスに興味があり、今も幾つかのプロジェクトがある事を書いてある訳だけど・・・最後に「(このバンドの)楽器担当者は腕が本気で上手くないとだめね・・だって私あんまりギター上手くないから。練習はしてるんだけど(うふ)」(うふ)は私が付けただけだけど・・・やるきあんのかい!そこまで来て、あ、こいつは自分のバックバンドを探してるだけで、実は周りに上手い奴を見つけてエンタメ街道を登りつめたいだけなのだ、と思った。メンバー探しはまだ始まったばっか。ため息。
2005年06月17日
さて、昨日の今日でさっそくアドへの返信が来ている。一通だけど。感じとしてはトム・ウェイツ、ポーグス、キャッシュなんかが好きらしい。シンガー・ソングライターさんだ。私はアドの中で敢えてボーカルでは無く、「歌のうたえる語り手」を募集してみた。南部の歌には「話」ある。っても「昔々ある所に・・・」っつー奴じゃなくて「伝えられるべき何か」が存在するという意味で。連絡してきた彼のオリジナルにはそのストーリー性がある、という事なので近々会ってみる事にする。ジャムしてみないとわからん事おおいからね。今夜はこれから再び友人の所で練習がある。今週末にギグがあるためだ。ギターとは今日が初対面。よさそうだったらバンドに引き込もうと思う。去年、コリがイギリスに行って以来、何か新しいバンドをやりたかったんだ。それから半年以上も過ぎて、しかもコリはもう夏過ぎに帰ってくるというのにバンドを始めるのもなんだがな。(その上やりかけのバンドが沢山ある・・・)ま、せっかく上げた重い腰だ。勢いあるうちに何かしとこう。
2005年06月16日
バンドのメン募アドを出した。昨夜ジョニー・キャッシュを聞いてて、正確には彼の「HURT」という曲を聞いてて、どうしてもこんな感じのバンドをやりたくなっちゃったのだ。この曲、とんでもなく痛く、切ない。薬中になった人間のどうしようもないやり切れなさが切々と歌われている。キャッシュは落ちるまで落ちてしまった事自体を正当化する訳でもなく、でも「人間、そういう事もあるよな」と思わせてしまうのだから凄いな、と思う。この人、歌い手というより語り手なんだ。世の中全ての物に陰と陽があるが、思うに人間が精神的に上に行きたいと欲するのと同じ力が下に行く方にも働いている気がする。落ちるだけ落ちたい、みたいな。理性や勘が働くから実際そうする人は少ないけど。で、上に行きたい事を歌うのは世間的に良い事とされている。私自身、根暗なバンドをやってるので「音楽はエンターティメントだから聞き手が元気になるような曲をもっとやれ」と言われた事がある。でもね~、引かれちゃうんだわ。やっぱし。ドスぐらい世界に。フツフツとしたエネルギーのある所に。という訳で、思い立ったが吉日。クレイグズ・リストと地元紙でメンバーを募集する事にした。どうせ本ちゃんバンドはいま休業してるし。どなたか連絡してくれるとうれしいが。
2005年06月15日
久しぶりにバンドのメンバー、Rと会ってジャムをした。彼がバンクーバー近辺以外でのギグを降りて以来、なかなか会う機会が無かった。彼は最近新しいマリンバを買って浮かれ気味。来週末にサーレー市でRや他のアフリカン・ドラマーを含むユニットの初ギグがある。このユニット、まだ名前も付いてないし、っつーか私はR以外のメンバーに未だ会った事ないんだけど、仕事が既に幾つか入ってきている。Rは人脈があるので一緒にバンドをやると仕事が結構入ってくるのだ。仕事のオファーも然ることながら、このユニット夏の間は路上演奏の予定もある。場所はダウンタウン。週末の夜、人々が酔っ払った頃を見計らって繰り出すつもり。最後にここで路上演奏したのはもう何年も前になるなぁ。こっちが楽しんでやると自然と金も入ってくるってもんだ。一度、バンクーバー花火大会の夜、もんのすごい人ごみの時演ったら一時間で100ドル軽く行ったっけな。出不精になってたここ数年だが、なんだかわくわくしてきた。今年の夏は外で遊ぶぞ。
2005年06月09日
昨日はバンクーバーにある小児病院の募金集めのイベントで、子供マラソン5Kを走る。娘の通う小学校のチームに加わるのだが、去年は娘とパートナーだけだったのが今年は私も参加した。早朝から(っつても8時半とかだけど)走るの慣れてないんだよな~。ま、娘のペースで走るからいっか。コースはQEパークという小高い丘の中腹まで登ってターンして来る、という物で行きは登りがきつい。途中は顔を真っ赤にしながら「ちょっと歩かないと駄目~」なんて言ってた割に、最後100Mぐらいを物凄い勢いで走り出してゴールした。どこにあんな力が残ってやがったんだ?私も追いつこうとしたが、結局抜かれたまま。そーいう事なら来年は手を抜かないぞ。走った後はフルーツスタンドで果物をタダでもらえたり、コーヒーが配られたり。和んでいたら賞品くじの発表なんてのがあって、娘がゴルフのおもちゃを当てて貰った。去年、娘はこれで自転車をもらってたんだ。ほんと、くじ運のいい奴。彼女はその11年の人生で既に私以上の賞品を当てている。ちなみに私のくじ運はゼロというよりマイナスなんじゃないかと思っている。賞品を届けてくれた女性が、去年の自転車の事も覚えていて、娘に「宝くじ、買わせたら?」と冗談ぽく言っていた。実はそれはもうやってるんだよ。時々。だけどどうも私のマイナスでキャンセルされちゃうらしいんだよな。あー、もう、くじってほんと嫌いだ。
2005年06月07日
このナースという仕事、特にジェリアトリックという分野。何がうれしいって、普段何を言っても「はぁ?」みたいなクライアントにも、調子のいい日というのがあって、そういう日には私の名前や何処から来たか、なんていうのを思い出してもらえる事だ。何だかクライアントの家族の一員になった気がする。昨夜はどういう訳か、調子のいい人が続出した。普段訳の分からない事を言ってる人が突然筋の通った事を言い始めるのは変な感じ。でも会話できる間に会話しとこう。中には政治家だった人もいる。「オ~、アイラブユ~!」なんて言ってほっぺにキスして来る、普段は怒ってばっかのおばちゃんもいた。こういう日はフロア全体がなごやかになる。ま、そうかと思えば、みんな一斉にうんこする日、みんながキーッ!と発狂する日もあんだけど。連鎖反応。みんな怒りっぽくなる日は満月と関係してるなんて言うけど。どうなんだかな。割合から言えば、いい日は絶対的に少ない。でも、たまにでもあるからやってられるんだよね。今日もそうだといいなぁ。
2005年05月31日
今年のフォークライフはすげ、盛り上がったのだった。一日中真夏の様な天気。うちらは金曜夜11時からの演奏で、その日のダンスのトリだったんだが、その時間でもホールは熱気ムンムンで5、6百人がみんなブンブン踊り回ってたのだ。あ、真ん中辺りに小さい頭が見え隠れる。娘も混じってガンガン踊っていた。ステージの上で顔が緩む。うれしいのは演奏後のコメントだ。色んな人が一言、二言、ステージまで来て感想を言ってくれる。実は私の憧れのミュージシャンでシアトル出身のBも一言、「ヘ~イ、かっこよかったぜ~!」と言ってくれたのだ。わー、見ててくれたんか~!さんきゅ~!次の日は昼のうちジャムをしたい所だったが、肩の腱鞘炎の事を考えて大事を取る事にした。7月にワシントンはポート・タウンゼントという場所でフィドル・ミュージックの大きなキャンプがある。行くかどうか、まだ決めてないんだけど、行くなら弾きまくりたいなぁ。それまでに肩、何とかなんないか。
2005年05月30日
左肩がひりひりである。タイガーバームをぬりたくった。今日一日久しぶりに弾きまくったら肩の腱鞘炎が再発した。あと3日でギグだっつーのに。この間アーモンド・ロカにはまってる事を書いたが、あれからもひっきりなしに食べていたら、娘がロカ(マイ・ロカ)を隠す、という戦略にでた。ロカは一つ一つが銀紙に包んであって親指くらいの大きさなので、そう広くない家の中でも探す所がいっぱいある。今日は便所のトイレット・ペーパーの芯の中から一つ出てきた。笑った。おっと、チームアメリカが始まった。今春、映画館で見逃した奴。明日もマイ・ロカ探しに精を出すのだ。
2005年05月25日
今日はビクトリア女王(現エリザベスのばーちゃんか何か)の誕生日で休日。友達と西の方にある大学のプールに泳ぎに行こうかと言ってたんだけど、娘が風邪気味の上、何となく家でのんびりしたい雰囲気。うん、今日は家で美味しい物でも作ろう。アラスカに居た友人がメールを寄こした、と言ってパートナーが読み上げてくれた。ビクトリアに戻ってくるそうだ。今のアラスカは日照時間が22時間。一んち中明るい訳だ。みんな夏になるとテンション高くなって20時間くらいガーデニング等する、って聞いた事がある。一度は行って見たいのが北のテリトリー。北の方に住みたい人、というのが元々少ない訳で、国はテリトリーに出向する技術者に保証金のような物をだしてくれるらしい。もちろんナースもそれに入る。美味しい話だ。実際、向こうで2,3年働きながらお金を貯めて(金使う所ないしな)こっちに戻って家を買う人とかもいるんだ。私にゃできんが。季節もそうだが時間にメリハリないの駄目だからね。と、いう訳で貧乏からの脱出は遠い。
2005年05月23日
仕事に行く前にランチをした。フレンチ・フライを食べに行く。ここの売りはプーティンという、フライの上にチーズの元(CURD)と肉汁(グレイビー)をぶっ掛けた心臓麻痺もののカナディアン・メニューだ。油物が好きで大雑把な味付けの欧米人に人気がある。仕事前だったんで量を抑えたつもりだが結局胸焼けを少々起こした。これでも私の胃、結構欧米メニューに適応しつつあるんだが・・・もう一つ、ここの店の売りになってるのが「マーズ・バーの天ぷら」である。マーズ・バーというのはスニッカーズ等と並んでメジャーなチョコ・バーだ。中にこれでもか!っつーくらい甘いべたべたのキャラメルが入っている、もうこれ以上甘い物は世の中に存在しないだろう、とも思われるこのバー、衣まで付いて揚がっている。しかもホイップ・クリームとラズベリー・ソースがけ。デザートだったのか?今まで誰が頼むのだろう、と思ってたら今日、頼んだ人を初めて見た。普通のカップルだ。てっきり物凄いサイズのおばさんが、そのサイズの為にもう「歩く」という普通の人間の営みを放棄して、電動の歩行器かなんかに乗って食べに来るのかな、なんて思ってたが。それにしても下品な食べ物だと思った。
2005年05月22日
外は嵐のようだ。こういう天気とても好き。今週6日間勤め上げれば6日連続の休みが待っている。来週金曜の夜にまたシアトルでダンスがあるんで、休みに入り次第バスで行こうと思っていたが、木曜の夜に娘の学校のイベントがある事がわかった。年に一度の学園祭のようなもんだ。出し物は色々あるんだけど、何と言っても人気が高いのがダンクタンクというゲームだろう。ボールを投げて的に当てると、高いイスに座っている人間が真下のプールに落ちる、という仕組みのアレ。落とすべき人間はもちろん、学校の先生達だ。代わりばんこでやるらしいが、去年は校長先生がガンガン落とされてたなぁ。こういうジョークの効く大人は落としてもおもしろい。親もボランティアで盛り上げる。私は今年は習いたてのチョコレートケーキを焼いて売りに出すつもりだ。さて、売れるでしょうか・・・
2005年05月20日
結局リベラルは新政府の中で46席を獲得。NDPは33席で過半数まで行かなかったけれども、前回までの2席ぽっちに比べればものすごい飛躍だ。と、いう訳で今までリベラル独断で決められていた右よりの法案は、今後はもうちょっとバランスの取れた物になる、と楽観的に考えている所。全然関係ないけど、最近凝ってるものにアーモンド・ロカというキャンディ菓子がある。薄いチョコと、周りに付いた砕けたアーモンドが口に入れたとたんに広がるのも然ることながら、中に入ったコリコリするキャラメルの様な物の噛み応えがたまらん。硬いのか柔らかいのか判らないが、クセになる感覚で、甘いのについもう一個・・となってしまうのだ。日本では手に入るのかな?次回のお土産候補に入れておこう・・・
2005年05月18日
今日はBC州知事選挙の日だ。パーティは色々、メジャーからマイナー系まで出ている。お決まりのマリワナ・パーティ(葉っぱを合法にする為だけにあるパーティ)の他、ちょっと話題になったのがセックス・パーティ。数日前テレビでメンバーの一人がインタビューされていた。聞いてみたけど、一向に趣旨がわからん。マリワナ・パーティの方が一本やりだが、まだいい。結局何となく理解できたのは、「物凄いパーティを企画してるんだよ。ここじゃ言えないけどね。ふふ。」だった。只の集団スワッピングか。結社と言う意味でのパーティと宴会と言う意味のパーティを掛けた、親父ギャグを言うためだけに発足された物か。カナダ人はようわからんぜ。メジャー所ではリベラル(促進派)とNDP(ソーシャリスト)の一騎打ちとなりそうだ。イメージとしてリベラルは政治というより商業という感じがする。金が全て。確かにエコノミーが潤うに越した事は無いが、その為に病院を閉鎖したり、福祉保障をカットするのはどうなんだ?そんな所で節約するより、自分達の給料を必要以上に上げないことや、儲かっちゃってしょうがない大企業に必要以上のディールを約束しない事の方が先じゃないかしらん?残念ながら、ぶちぶち文句を言っても私には選挙権が無い。という訳でこの頃真剣に市民になろうか考えている所だ。
2005年05月17日
同僚が3週間ほどホンジュラスに帰省している間、彼の持ち場を引き受けた。最初の一週間でいや~、もう自分のラインが一番自分に向いてる事を思い知った。なんたって忙しくて、人生が仕事しかなくなってしまう感じなのだ。まちに待ったオフの日に友達が寿司を食いに来ないかと誘ってくれた。おりしも巷は母の日だ。家じゃ何にもしてくれないし喜んで行く。ビールを飲みながら愚痴るのだ。パートナーはもともと祝い事が嫌いなんで問題外だ。だが娘は昔、色々絵を描いてくれたりプレゼント作ってくれたりしたんだよな~。別に母の日だからって大事を期待した訳じゃないが、夜になってぼそっと「何か寂しいな~」と言ったら花を摘んで玄米茶と一緒に持ってきてくれた。こういう所、彼女ロー・キーでいてセンスがあっていいなぁ、と思うんだ。
2005年05月10日
小麦粉アレルギーのあるパートナーの叔母が一昨日から泊まりにきている。仕事の無い時の夕飯は私が担当しているのだが、パートナーがベジタリアンの上に小麦粉食べられないんじゃ中々メニューに厳しいものがある。とりあえずご飯関係、ライスヌードル、野菜炒め、とかか?結構隠れた所にも小麦粉って入っているんだよね。例えば醤油とか・・・。昔娘がアトピー体質で、いろいろ食べ物の反応を観てた事があった。彼女は大豆アレルギーの疑いがもたれた事があって、あの時は日本食が殆ど食べられなくて身の削られる様な思いだったなぁ~。結局8歳を過ぎた辺りから彼女は何でも好き嫌い無く食べてくれる人間になった。ほっ。それにしても10年ぐらい前からピーナツ・アレルギーの話など聞き始めたが、だんだんもっとヴァイタルな物にアレルギー反応が出る人が増えているような気がする。例えばビタミンD(太陽光線)とか。どうなんだろ、これって。私達の食べてるものや環境・公害に影響うけているんだろな。そのうち酸素アレルギーなんて出てきたりして・・・。それって、水も空気も駄目って事か。生きてられんわな。
2005年04月30日
今日も相変わらずのすばらしい天気。バルコニーにイスを持って出て本を読んでいた。そよぐ風に乗って飛んで来たこの臭い・・・ん?ルーツ・ラウンドアップ。遺伝子操作で金を儲ける会社の最大手、モンサントの強力除草剤だ。隣に住む大家が物凄い勢いで蒔いていた。そうとうタンポポが嫌いらしい、それぞれのかわいらしい黄色のお花にこれでもか!と言うほど噴射していた。そんなもん、手を使って抜いた方が早いよ、おっさん。彼の敷地だから何をしても良い、という訳ではないらしい。一応市の法律では「風の無い日に」「市の許可を取った上で」「ユニフォームを着た人物が」その上色んな制限付きで使えるというラウンドアップ。他州では使用禁止にまでなっているらしい。家の庭にはそれぞれ花や野菜が植わっているので、そんなもん隣から飛んできた日にゃかなわない。隣の大家が無許可だった事からパートナーと下に住む住人が抗議して何とか止めてもらった。でも許可を取ればまた明日にでもやってくるだろう。自分が野菜をきちんと育てようとしても隣では除草剤がスプレーされている。狭い都会で菜園を営むにはつくづく制約が多いな、と思うよ。
2005年04月29日
この頃再び河合隼雄の本にはまっている。10代の後半に心理学に少し興味を持っていろいろ読んでみたけど、彼のが一番分かりやすくておもしろかった。先月日本に帰ったときに数冊仕入れてきたのを読み始めたらもう止らない。昔一回読んだ物まで掘り起こす。読みながら夢の分析なんかもしてみる。昔の夢は返って結構覚えてるもんだ。例えば津波に飲まれる夢や、非常に残忍な殺人をする夢。何だか悪夢ばっかだ。特に頻繁に見たのは「テスト(特に数学)を目の前にして頭が真っ白な自分」。これ、すんごい怖かった。そしてこれらの悪夢はその頃の自分の人生を非常に良く反映していたと思う。テストの夢は、実はカナダに来て大学で数学を受け直した頃から見なくなった。というのも数学の授業が思いのほか楽しくてテストが待ち遠しかった位なのだ。分からない故に怖かった物が実際然程でも無い事が分かって、ほっとしたと同時に自信もついたという感じかな。最近は夢を忘れてしまう事が多い。悪夢で無い事は確かなんだけどな。覚えておけるような手が何かあるといいんだがな~。
2005年04月27日
昨夜クライアントの一人が「ヘイ、ベイビー!(彼はいつもそう呼ぶ)映画を見に行こうじゃないか!」と言うので「へぇ、何の映画に誘ってくれんのさ?」と言ったら「フォックス・シアターでやってるだろう!」・・・・・フォックス・シアターはバンクーバーで最後の、デジタルではない(フィルム式の)ポルノ映画館だ。細々とやってるような外観だが、つぶれないって事は需要があんだろうな~。次々と古い映画館が潰れていく中でポルノだけでやってけるのはたいしたもんだ・・昔、こっちに来て間もない頃に友達が遊びに来てみんなでフォックス・シアターに映画を見に行こうという話になった。結局シアターまで行ったものの、入場前に何だかびびってしまって結局、その隣のインド料理屋でご飯を食べて帰ってきた。もう行く機会はないだろうな~。「話のネタ」として行っといても良かった気がする。現在よく行くレストランはフォックスの二軒隣だ。シアターが何時まで健在できるか横目で見守ってやろうじゃないの。
2005年04月26日
暖かい、と言うより暑い日が続いている。シアトルでも夏の様で、Tシャツに裸足、昼からジャムをしながらビールにBBQと超ご機嫌。娘も非常に「学校の生活」を気に入っていた。日本でも古い民家を直して住む、なんて流行ってるみたいだが、古くても大切に使われている物にはほんと味があってほっとできる。この「学校」、一番古く住んでいる家族で既に18年以上になるらしい。M達は今年で5年目。Mが入った頃は古株が沢山居たが、ここ数年でいろんな人が出たり入ったりするようになったらしい。でも一応入るのに面接や推薦状も必要とあって、実におもしろい人達に会いこそすれ、危ない人は居ない。ここでいろんな大人に囲まれて育った子達はそれぞれアーティスト等活躍を始めている。必要な事は分担でやってってるという。よくありがちな住民同士の衝突もここではあんまり無いらしい。コミューンというか、理想の住処だなぁ。学校自体はシアトル市に帰属するので、個人の所有になる事はないがその分家賃も激安との事で、将来的に家なんて買えそうもない私はどっかバンクーバーの辺りでも古い小学校は無いものかな~なんて考えちゃうんだよな。
2005年04月25日
明日はシアトルに行く。以前シアトルにバンドのギグで行く時はRと一緒だった。行く道の3時間ちょい程をお互いのどろどろした話で盛り上げて、ちょっとしたカウンセリングの場だったのだ。色んな事の発見があって実に為になったと思う。ある時を境にRがシアトル・ギグの不参加を表明し、もう一人のメンバーも事情で相乗りできなくて、以来ギグの時は長距離バスを使う事にした。使い始めて分かったが、長距離バスでの4時間程は私にとってバンクーバーの生活から出る儀式的な意味も含んでいる。一人で音楽を聴きながら本を読んだりボーッと景色をみて、色んな事を考える。普段あまり一人になる時間が無いだけに、みっちりと「独り」を味わいながら非日常へのトンネルをくぐる感じが良い。明日もそうするつもりだったのが、娘が参加する事になり、バンドのメンバー二人との相乗りの都合も付き、結局遠足的なトリップになる。密やかな儀式の代わりにパーティ、と言うのも中々良いトンネルのくぐり方かもしれない。
2005年04月22日
バンドのメンバーがロンドンから友達が描いたという画像を送ってきた。新しいCDの表紙用だ。感覚的にコリも私も「線画」で何となくエドワード・ゴーリーを彷彿させる様な物が良い、という意見で一致していた。だけど中々しっくり来るものが無い。シンプルな絵でも自分達の音楽性と合った物を見つけるとなると、これ結構難しい。送られたバージョン1と2を見て、「あ、これだ」と思った。独特の空間。荒廃的でぶっきら棒だけど、どこかチャーミングでノスタルジックな感じ。そこに色んな話がある気がした。
2005年04月21日
すんばらしい天気となった。今日はちょっと長めの散歩にでも行くか・・・昔のクラスメートと電話で話をしてた。彼はLPN(準看)を終えてしばらく働いていたが、今年の9月からRN(正看)の学校に通い始める。これから向こう3年は再び課題の嵐だ、と言っていたが言葉じりから何となく高揚感が感じられた。何か新しい事に挑戦するって楽しいもんな。それにしても向こう3年の学校通いか。きっついな~。私もいつか学校に戻るつもりだが、子どもがもっと大きくなってからだな。今はやりたい事を自分のペースでやる毎日が気に入ってるのだ。バンドももっとツアーとかしたいしな。と、言っても時間はどんどん過ぎてゆく・・・子どもに手が掛からなくなる頃と言ったら私、40になるんだ。ひょえ~。記憶力ここんとこ鈍ってるし。だとしたら準備期間を有効に活かして挑もうではないか。ぱぱっと作戦を練る。まず必要なテキストを借りて斜め読み始める。幸い、病気や薬の種類を調べるのは大好きだ。あとはナース友Vに電話をして一緒に学校行くよう言い包めよう。何だかすぐ崩れそうだが一応5年計画だ。
2005年04月19日
CANという「車を地域ごとで所有するシステム」の会員にもうここ4年程なっている。私の周りには歩いていける距離に3,4台の車があり、必要な時に予約をすれば乗れる様になっている。毎日運転する必要の無い私にはぴったりのシステムだ。働いている人達は中々エコ・センシティブで良い人が多いが、ミスもやる。例えば今月の請求書に私がキャンセルした予約が正規料金でチャージされている。已むを得ない事情だっただけに、説明した時にはキャンセル料無料になったのに、どうしてまた~?しょうがないのでまた一から電話で事情を説明した上、マネジャーへ手紙も書かなくちゃならなくなった。こういう手違い、と言うか段取りの悪さ、カナダでは日常茶飯事だ。その都度こっちは時間を割かなきゃなんない。それは機関が小さくても大きくても同じだ。悪名高い例ではカナダの移民局や国民保険。特に移民局は電話でこっちをたらい回しにした上に、すっげー高飛車に出る事がある。こっちは早口に専門的な事を威圧的に言われると、びびってしまうんである。でも強気で出なければ!というのが、こっちでクレームをつける時のモットー。分からないから質問しているんであって、それをもっと不可解にするのは向こうの説明が悪いのだ。もっと言えば、最初っから分かり易く色々書いてないのがいけないんだもん。あぁ、せっかく天気の良い午前中を棒にしちゃったよ。もう仕事に行く時間じゃん。どうしてくれる。
2005年04月18日
中国、日本国内で起きている反日デモのニュースを聞いたついでに、復習も兼ねてちょっと歴史の勉強をしてみた。ソースは色々、右寄り左寄りのページ、国外ではCBC、BBCとCNNをチェックしてみたが、結局一番役に立ったのはWikipediaというオンライン百貨辞典だった。今回のニュースを観て一番残念だったのは、殆どの所で物事の一部しか伝えられてないという事。センセーショナルな所だけ伝えて、判断基準に影響する大切なバックグラウンドに言及してるメディアが少なかった。私は日本がとっても好きだから、日本が批判されると自分が知る限りの知識を持って保護する立場にまわる。日本は中国に対し謝罪もいっぱいしてきたし、援助もしてきたと思う。今回の中国人のプロテストの仕方に賛成もしない。ただ、だからといって日本が一方的に被害者になっている気もしないのだ。過去に起きた惨事について、出る教科書によって違うこと言ってんじゃ過去の謝罪も意味の無い物になってしまうよな。それに南京事件については今回見た限り、全体的に日本が右よりになってる気がした。愛国者であるのに自国のマイナスな部分に目や口をふさぐ必要は無いと思う。「愛国」を強制してとんでもない事が正当化されてるのは合衆国を見ればわかる。本との日本人のプライドって正直でいるって所から来るんじゃないかと思うがな~。
2005年04月17日
昨夜「TRULY MADLY DEEPLY」を観た。最愛の人を亡くしてしまった人間が再び自分の人生を歩き始めるまでの話。良かったな~。死んでしまった人、っつーか自分の日常でなくなった人って意識の中でどうしても「完璧」になってしまう。そこから抜け出すのって簡単じゃないと思うのだ。ジュリエット・スティーヴンソンも超良かったが、さらにアラン・リックマンがチャーミング。彼の映画での役どころが異常に私の友達Mを彷彿させる。見かけも然ることながら、とてもチャーミングな人間だ。Mが死んでもワイフに同じ事をしそうだな・・なんて考えてた。そんな彼らの所へ来週お泊りに行く。古い小学校を少し改装しただけの所。彼らは「校長室」に住んでいる。早速Mに映画の事話してみよう。
2005年04月16日
桜も咲いて「春だな~」なんてちょっと前思ってたら、ここ一週間とても肌寒い雨の日が続いている。こういう天気だと出不精になる。レイジーな気持ちに鞭打ってジョギングや散歩に出かけるが、外でもあまり人を見かけない。長い冬の間の様に毎日雨がじゃんじゃん降って、もう「こういうもんだから」と腹を括ってしまった時の方がみな活発だ。返って暖かい日が続いて気持ちも「春モード」にセットされた後だと、ちょっと寒くなると途端に「え~、だって寒いから出たくないよ~」となる。日本の新鮮な寿司に慣れた後にいきなりカナダの日本食(ベトナム人経営)を食べるようなもんだ。そんな訳で家の中でゆっくり本を読み、あっついお茶を入れ、バイオリンの練習をする。来週はシアトルでアフロのギグがある。なんだか最近「は?バンド?何それ?」っつー位ご無沙汰だったな。それもその筈、主だったフェスティバルや音楽のキャンプは普通5月あたりからスタートして秋まで続く。うちら5月には再びシアトルの大きなフェスティバルで弾く事になっているので、そろそろ本腰入れて曲目獲得に励もうと思う。
2005年04月15日
日本から文庫本を沢山持ってきたのでこの頃読んでいる。今は田口ランディの「できればムカつかずに生きたい」。彼女の文章を本で読んだのは初めて。すごい面白い。自己分析がかなり徹底してるところがある。特に気に入ったのが「いい人」にならない所だ。どことなくぶっきらぼうで正直な感じがした。生き方についての本を読むとまま、著者がなんだか「一点の汚れも無い聖者のごとく振舞っている」様に感じられる事がある。ひがみかしら?でも理想の一人歩きに見える。人間ってそんなもんじゃないぞ。「ごたごたっ」とした物も存在して、それと向き合ってないと読んでる意味がない気がする。第一、「善」だけ並べたってつまらんじゃないか。エンターティメント目的の本があっても良いと思う。でも仮にも「人生とはなんぞや?生きる目的とは?」の問いに触れようと思うなら、奇麗事ばかり並べないで正直に書いて欲しいと思う。
2005年04月10日
癒しという言葉を使うの好きじゃないのだけど、他に思い浮かばなかった、このゲームのカテゴリ。何と言ってもデザインが美しい。キャラクターもシンプルでかわいい。言葉の要らないストーリーが有り、簡単だけどひねりも入っている。遊び方はとにかく画面をクリックして、次の画面に行く事。ゲームの性質上やり切りなんだけど、閑な人はぜひチェックしてみて下さい。http://www.amanitadesign.com/samorost/
2005年04月09日
学習の日。知識が身に付く上に金も貰えるのだから言う事は無い。つまらない講習を一んち中受けなきゃならん日もあるが、今日のは思いの他おもしろかった。理論の部分が終わって実習に入った。シミュレーションで医者との会話をする。即興のドラマ仕立てなので、こっちもおもしろくなって色々とクライアントの状況などを勝手に作り上げたら「おまえは勝手な憶測をし過ぎる」といわれてしまった。・・・クリエイティブと呼んで欲しかったんだけど。でも日常でも思い当たる節があるのでだまっていた。私の場合、一度何かを思いついたら一々口に出して説明するのも億劫になるほどダーッと想像が先行してしまう時がある。とめどなくって自分でもアウト・オブ・コントロール。でもせっかく面白い事を思いついて行動しても、それをちゃんと相手に伝えないとコミュニケーション不足から色んな問題が生じてしまうのである。今日は自分のそんなクセにスポットのあったった良い機会だった。
2005年04月08日
娘が朝早く大泣きをしながらベッドにやって来た。理由を聞くと「Tが恋しい」と言う。彼女を布団に入れて泣き止むまでギュッと抱いていた。Tの夢を見たんだねぇ。Tは娘の義理のいとこにあたる女の子で、現在アイルランドに住んでいる。私とパートナーが一緒に住むようになる前からすでに仲良しで、その後は姉妹の様に過ごしたが、義兄の都合で3年前からアイルランドに移った。その後も二人はメールやチャット、電話や手紙などあらゆる手段を使ってコミュニケートしている。そして夏休みに帰国するとTと娘は時間を惜しむようにみっちり一緒にいるのだ。娘は学校に沢山の仲の良い友達がいるが、Tの存在は全く別格らしい。「ソウル・メイト」の様だ。一方Tの方は向こうに慣れて、娘と同格の親友が出来たらしい。私は娘のあまりの一途さに時々うっぷんが溜まると共に心配になる。だって今からそんなに一途に一人の人思っちゃったら、失った時に凄くショックだよ~!もしTが他の友達の方がよくなっちゃったり、娘の事嫌いになっちゃったりしたらクッションないじゃん!って・・・ネガティブに考えちゃうんだよな~。一応。後で傷つかない為の自己防衛。でも娘は凄く真剣に、純粋にTの事を信頼している。他にも娘の様な友達のいるTをまるごと受け入れている。正直言っておかぁさん、その情熱と純粋さ無いけど、娘を信頼して見守るしか無いじゃんね。だからネガティブな事は一切言わない。今朝のような事があると胸が痛む。出来る事があんまり無いからなぁ。でもしばらく泣いて学校行く時間になったらカラッとしてた。なんだ、切り替えが早いな。ま、それでいいか。そっちの方が健康的ってもんだ。娘、見習いたいぞ。
2005年04月05日
今日のCBC国営ラジオはローマのポープ死去のニュースで一色だ。全体的に言ってカナダのカソリック人口は圧倒的ではないが、それでもキリスト教寄りではある上、やはりジョン・ポールIIがそれだけの敬意を払われる人物だったのではないかと思う。危篤と伝えられていた昨日から彼についての話はもとより、実に色々な所で宗教議論が繰り広げられていた。普段はあまり宗教の話などしない家も例に漏れず。パートナーと私は宇宙とそのエネルギーは常に存在していて、いわゆるビッグ・バンを繰り返しているのではないか、という意見で一致している。後も先も無く永遠に繰り返しているだけで、総量は変わらないのだと思っている。問題は主語を「神」にした時のアイディアと、それにまつわる「お話」の御仕着せだ。それは反対にも言える事で、パートナーはクリスチャン達が神以外の永遠性を否定していると憤慨していた。でも彼がクリスチャン達を持論で分からせようとするのは、彼らが自分の信じるもので他人を分からせようとするのと同じ事だと思うのだ。私にとってキリスト教徒(原理主義者)が科学的に言う宇宙エネルギーの永遠説を理解しない、という事はたいした問題じゃない。彼らが「神(GOD)は常にいる(IS)」という「永遠」のコンセプトがわかるのならどっちだっていいじゃねぇか、という気持ちになる。ま、もともと議論が長くなりすぎると冷めてしまうタイプだ。結局「本人がそう思ってるならそれでいいじゃん」という所に収まってしまうのよね。
2005年04月03日
4月一日、深夜一時過ぎ(まだ時差ぼけ)。まぬけなくらいクラシックなフールズディ・トリックではあるが家中の時計を一時間早めた。明日娘を一時間早く送り出す事になる。問題はパートナーがもってるポケット・コンピューターだ。いつも決まった時間にアラームが鳴るが、私リセットできないからなぁ。あとは演技力でカバーだな。:)
2005年04月01日
「the corporation」のDVDを観る。久しぶりのおもしろいドキュメンタリー。1DAYレンタルだったがボーナス・マテリアルが8時間分(!)もあって見切れなかったので今購入するか思案中だ。 http://www.thecorporation.com/北米の法律上、株式会社は「人」である。この映画、現在ある大コーポレーションが「血も涙も無く」「罪の意識が欠如し」「自分の興味(収益)しか念頭に無い」まま突き進んでいる事から、それらをサイコパスになぞらえて分析している。この手のドキュメンタリーを見ると気が重くなるのが常だが、この映画のいいところは割かし未来を楽観視している所だ。そして私達ができるレベルの事を提示してくれる。例えばボリビアで水(と雨水全て)の権利が民営化された時に国民が一斉に反対をして権利を取り戻した時とか。インドで塩に税が課せられた時にガンジーが「塩はみんなの物だ」として塩を取りに行った時とか。誰かが「みんなの物」を私有化して利益を還元しない時、うちらはそんなナンセンスに加勢する必要が無いという勇気、educationとboycottする権利、そして団結することの大切さを教えてくれる。最近のコーポレーションは商品を売るのではなく、「話」を売っているという。「成功」や「自由」というイメージも既存品に上乗せされている。売るだけ売って何も還元しないし、収益を先行する為に社会や環境への悪影響も省みないコーポレーションに対し、「えー加減にせい!」という時期が来ていると思うのだ。スターバックスのアメリカーノはそれなりにOKだし、ギャップの服はそれなりにカッコええが、社会への影響が代金より高くつくとわかった時,私達は立ち止まって自分の行動の成り行きを考えるべきではないか、と思う。
2005年03月31日
地獄の様な一日が終わる。うれしい・・・直りかけていた時差ぼけが再発。何処へも行っていないパートナーまで時差ぼける始末(なんで?)。それに伴って腰痛も出た。そういえばここ一週間、ジョギングもウォーキングもサボってる。カナダに戻った次の日から今日までずっと仕事だったが、今日に限っては忙しくてフロアはさながら地獄絵図の様だった。転ぶ人、幻覚を見て叫ぶ人、喧嘩する人、血を流す人、呪文を繰り返す人、文句を言ってくる人、うんこを見せてくれる人が私の薬品カートの周りに一度に寄ってくる。夕飯ゆっくり食ってる閑も無かったぜ。ま、その分仕事を終えてた後の酒が旨い!ってもんだけど。明日からゆっくり休むつもりだ。一つだけ悲しかった事。復活祭の今週末。親しい家族、又は親族の居るクライアントとそうでない人の差が歴然とする。Yは今晩、スペシャル・ディナーがあると楽しみにしながら一張羅を着て家族を待っていたが、外出する事は結局無かった。他人の残念を目の当たりにするのが自分の残念より心痛い時がある。その時々で残されたシチュエーションのベストをあみ出す手伝いをするのは、周りにいる人間の義務だと思う。っつーか、人間なら自然としたくなるハズだ。でもやるだけやったらあとはスポーン!と忘れてしまう事も大切だと思う。今夜はそんな訳で、良くやったY、自分、そして愚痴を聞いてくれて酒のつまみを作ってくれたパートナーに勲章をあげて寝る事にする(眠くないけど・・・)。
2005年03月29日
久しぶりに帰った日本は良かった。友達にも会ったし寿司(回転式)も銭湯も堪能したし。これで後また一年がんばれるのだ。そして戻ってきた我が家は埃っぽかったがこれまた良かった。今回の日本からのみやげ物はどういう訳かパートナーへが多く、作務衣もその一つだった。彼は非常に気に入ったようで、戻ったその日からずっと着ている。本人曰く、「忍者みたい」だが、私にしてみると正真正銘のライス・キングだ。ちなみにライス・キングとはアジア人の女の子としか付き合わないオタクの白人(が多い)の事である。ライス・キングの中にはマーシャル・アーツにはまっちゃって「武士道」なんて色紙をアニメのポスターと一緒に部屋に掲げている様なのもいる、と思う。せっかくなので写真を撮ってみた。ちなみにマスクと髪型は本人が「より忍者らしく」アレンジしたものだ。どうしてマスクなのかわかんないけど。
2005年03月26日
もうすぐ帰国だ。周りが言うほどドラマチックでも無く、どちらかと言えばlow key。メロウな感じ。火曜の出国の日になればもっとアドレナリンが噴出するかしら。アドレナリンと言えば。娘は数日前から結構神経質になってて、今日もうろうろしながら何を持っていくか思案してたらしい。うれしいけど不安なのかもね。日本はやっぱりカナダと比べて未知の文化だから。「何でもおかぁちゃんに聞いてごらん!」ってどーんと胸を叩けたらいいけど、実は自分もエイリアンである事は百も承知である。おかぁちゃんにもわからない事だらけなのよ。日本は。一つ一つの物事を分解して見てみたらわからない事じゃない。だけど、それらがまとまって速いテンポで流れて来るとプロセス出来ないのですね。脳がショートを起こしちゃう感じ。「カルチャーショックとはそれぞれの生活のテンポの違いを把握できない事だ」とどこかで読んだ事がある。私はバンクーバーという田舎のテンポが大好きだから、東京のテンポに合わせられなかったら無理にそうする必要は無いと思う。胸を張ってボケていれば周りも諦めてくれるでしょう。
2005年03月07日
桃の節句か。雛人形どこかにあったのに、すっかり出し忘れてた。今からでも出すの遅くは無いけど一体何処から探せばよいやら・・・引越しで開けてないダンボールが沢山ある。5,6年前までは私はかなり身軽だったのだ。引越しをちょこちょこしてたからかも知れないが、いつもダンボールが数個に収まる感じだった。「物を持つ」という事が束縛に感じられて敬遠していたのだ。家具も必要最低限で、がらんとした感じの部屋が好きだった。今もごちゃごちゃしてない空間は好きだが「自分の場所を作る」という意味で、自分の好きな物を何かとまわりに置いている。それは壁に沢山掛かってる絵や写真だったり、カーペットだったり、娘と拾った石や貝殻だったりする。それにパートナーの古い家具。物との関係は自分次第だと思う。今自分が居る場所に確信が持てなければ物は心のプレッシャーとなるだけだ(その正反対もいるんだろうけど)。当時の私はとんでもなく迷子だったので物が束縛という受動的な状態と結びついていた。現状にコミットしてしまえば何の事は無い、物は私を脅かすものじゃ無くなった。コミットする、という一見自由を手放す行為が実は自由になる為の行為なんだ・・・という何だか禅問答の様な事を考えていた今朝だった。
2005年03月03日
なんか楽天の日記が新しくなったみたいで、写真の掲載もできるんだ~。へぇ~。っつー訳でDyad のプロモ写真を載せてみよう。ペンギンエッグスにも使われてる奴だ。ちなみにうちらは純フォーク・バンドだ。
2005年03月02日
ここ二、三日のバンクーバーは気温差が激しいのか低気圧なのか、とにかく夜になると湿気た空気が海から漂って来る。仕事からの帰り道、ゆっくりとチャリを漕ぎながら胸いっぱいに海の臭いを吸い込む。好きだなぁ、この臭い。不当解雇の予告通知の事でしばらく組合とのやりとりがあった。組合の話だとマネジャーの要求を退ける事はわけないそうだ。っつーか、何でそんなすぐ覆されるような嫌がらせするよ?わざわざ時間と印刷代、切手代を使って。しかも私みたいな下っ端に。ビッチ・マネジャー、ことRは私が去年、常勤から非常勤になる申請をした時にも嫌がらせを受けたが、その時も組合が介入して事なきを得た。今回も同じ。昔の仕事場の友達とRの悪口で大いに盛り上がったが、結局Rがねちねちと人のあら捜しをするのは「出来るから」に他無い。他人をコントロールする事を好む人間。いるよなぁ。自分がボスなんだと言う事を確認をしたい為にとんでもないいちゃもんをつけてくる。しかも超上っ面が良いのだ。彼女が得に好むのは大人しい移民の従業員。簡単に脅せるからね。でも誰にでもそんな事やって許されると思ったらとんでもないよ。わたしゃ、とことん食い下がるんだから。それにしたって、そんなパワーゲームの巻き添え喰う私。時間とエナジーの浪費だよなぁ。アホくさ・・・
2005年03月01日
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