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私自身を楽しませる日!と決めた途端に。奇跡は次々と起きる。この日は、「よく当たる妄想」として今必要な前世からのメッセージを伝えてくれる「みたとも」さんの神社ツアーに参加した。(通常のメニューにはない)おみくじの引き方や、おみくじからのメッセージの受け取り方を教えてくれる。神社に参拝して、cafeでランチを食べ2時間ほどで解散。以下、私が勝手に奇跡だとワクワクした出来事を箇条書きに。・みたともさんへの小さなギフトを選んでいる時に、来月会う予定の友達が絶対に喜ぶものを同じ店で発見。・待ち合わせの時間までの間に、立ち寄ったドライフラワーのお店(アンボヌール)で一目惚れするものに出会う・みたともさんと一緒に行ったcafe(チャンダンカフェ)は、ずっと興味のあったvegan対応のcafe。自分にしっくりくる味に出会う。・最近飼いはじめたフレブルに関する不思議な情報をみたともさんに教えてもらう。・神社やお寺の参拝の時に、私が見える黄金の渦についてのヒントをみたともさんが運んで来てくれた。・世界は(宇宙)常に応援のメッセージを届けてくれていると再確認(みたともさん、おみくじ、紅葉八幡宮、ゴッホ展などなど)違う角度から同じメッセージが届く。後半部分は、私の世界観なので😂みたともさんと神社ツアーの後は、福岡市美術館で開催されているゴッホ展へ行った。彼の人生を尊く思うし、全ての選択を尊重したい。どんな事にチャレンジをしにきて、どんな思いをあじわいつくしたのかという事を沢山感じた。なぜ、私はタロットを使って届けたいメッセージがあるのだろう。私は今、十分幸せで。どんな人でも自分の力で奇跡を起こしていける事を知っている。目の前に起こる出来事は完璧すぎて。必ずみんな、自分の力で真実に辿り着く事ができるのだから私が入り込む余地などない。けれど、今日分かってしまった。どんな人も。全世界に応援されている事を忘れてしまう時期がある。ひとりで戦っていると思い込み、孤独を感じてしまうのだ。目の前の出来事が辛すぎると、それが本当は最高のギフトだという事に気がつけない。私は、たまたまそんな時期にいる人達の応援をしたいのだなぁと分かった。自分の力で、必ず目的地には辿り着けるし、沢山の応援メッセージがあなたにも届き続けている事を伝えたいのだなぁと思った。あなたの笑顔が世界を癒すことを、私はこれから伝えていきたいと思う。タロットをはじめる決意が、整ったのかもしれない。
2022.01.22
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今朝、久しぶりに子供達を見送る事ができた。少し前まで、チビ達は3人揃って学校へ行っていたのだが。最近は3人バラバラに家を出ているようだ。朝早くに学校に着くのが好きな長男。のんびり、朝ご飯を食べたい次男。さらにのんびりご飯を食べ、家族やペットと触れ合ってから学校へ行きたい三男。今までは、長男が三男に「早く行くぞ!」と何度も催促して。そのうち、次男も加わり、待ちきれず2人で出発。それを走って追いかける三男という構図だった。長男はずっと三男にイライラしているし、三男は、双子にのけ者にされたと感じていたようで。ちょっとした出来事で嫌味が飛び交っていた。一緒に行くという暗黙のルールを手放して。自由を手に入れた3人。関係は良好のようだ。人と合わせる事は、もちろん大切だ。けれど、合わせる事は、誰かが我慢することではないと思っている。お互いのペースを大切にして。時には必要のないルールを手放して。集まるメンバーにとって自由を感じられるルールを、新しく作ればいいのだと思う。行きは、バラバラに登校する3人。けれど、帰りは一緒に帰ってくる。その日あった部活での出来事を。お互いに消化し合う大切な時間。人は、感じたい思いや目的が一緒の時に。ちゃんと結びつくようにできているのだと思う。体験したい思いを感じ終えたり、目的が達成されたりすれば。その人間関係は終わりを迎えるのだと思う。それは、家族でも同じだ。現実世界で、疎遠になってしまった人がいたとしても。私の中に確かにその人は存在しているし、必要な時に心の奥から浮かび上がってくる。全てのものがひとつだと感じている私の世界。裏切りも、別れも存在しない世界。それでも。繋がっていると感じながら。誰かと思考を使って話す時。私はそこに、埋めようのない隔たりを感じる。私を理解したいと、説明を求められるけれど。言葉にすればするほど、私の感じている世界から遠ざかってしまう。あなたも私もひとつなのに。言葉は、伝えられる手段なのに。伝えれば伝えるほど、私は孤独を感じる事になる。この世界には、きっと様々な理由で孤独を感じる瞬間が沢山あるのだと思う。それはきっと。あなたと私の個性を確かめあっている瞬間で。それぞれの個性を大切にすることを確認しているのだと思う。自分と「違う」と感じるものを沢山持っている人と。沢山話したい。孤独を感じてしまう事もあるけれど。私の世界がどんどん広がっていくと思うから。孤独という不安のエネルギーを。勇気の燃料にして。怖さに打ち勝ちたい。なんだか壮大な話になってしまったけれど。暗黙のルールを手放して、自由になったチビ達をみて。私が感じた事だ。何気ない子供達の言動も。周りに確実に影響を与えている。私達は繋がって、影響し合い循環している。それを思う時。全てが大きな愛で、感謝しかないと感じるのだ。今日も自分自身を喜ばせよう。散歩に行くかな?美術館へ行くかな?ペットとまったりするかな?私のウキウキは、わかりやすく夕食に反映して。きっと家族に循環する。
2022.01.14
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2ヶ月でボロボロになってしまったと友達から譲り受けたゲージは、結束バンドで縛られて補強されていた。おそらく、噛んでいるのであろう跡が沢山残っていた。人懐っこく、滅多に吠えることのないハチ。まだ我が家に来て1週間なので、ハチも自由な姿を私達に見せていないと思う。ゲージの外に出しているのにも関わらず、外からゲージを噛む姿を先日目撃した。なぜなのかという事が分かれば、落ち着くというのが人間の心理。ネットで調べまくり、必要なものがあれば買わなくちゃと思いながら眠りについた。翌朝、起き抜けに「育てるとは、相手の自由を認めていくことだ。そうすることで自分の世界を広げていける」と心に浮かんだ。それと同時に、幼い頃の双子の子育てを思い出した。双子は病的に押しボタンに執着していた。様々なボタンを見つけると、連打する。外出先で私がトイレへ行くと、毎回悲惨な事になった。警備員はくるし、ウォシュレットでずぶ濡れになるし。ブレーキが効きにくい双子。悪気は全くない。ただ、ボタンを押したいから押すのであって。そこに、社会のルールがあるから良い悪いの判断が生まれたのだろうなーと思っている。ボタンを押す事に、意味もなければ、良い悪いもない。ただ、純粋に押したいだけなのだ。何度か悲惨な経験をした私は。ルールを破りそうな時期は、危険なボタンが目に入らないようにする方法をとっていたし、押しても問題のないボタンは気が済むまで押させていた。ゲージ、噛みたいんだね君は。今、噛みたいんだよね〜と思いながら眺めてみる。様々な事が重なって、噛むという行為になっているのだろうけれど。そんな時期なのかもしれないし、癖なのかもしれないし、本能なのかもしれない。そして、今日も。私はまた、子育てのようにただ見守り眺めている。
2022.01.09
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私は、生き物が苦手だ。命があるものが怖いという感覚がある。誰に話しても、理解してもらえないのだが。昨年の11月。遠方に住む友達から、犬を育ててくれる人を探していると連絡があった。子供達も、旦那も犬を飼いたいと思っていることは知っていたのだが。私が怖いので、今まで動物を飼うことはなかった。しかし、今回は子供達もそうなのだが、旦那がとても飼いたいとアピールしてきた。その頃、数字の8がやたら私の周りに現れていて。何かのメッセージなのかなぁとぼんやり思いつつ、流していた。犬種はフレンチブルドッグ。オスで9ヶ月。そして、なんと名前が「ハチ」だった。この友達は、私と旦那が出会うきっかけとなった人だ。これは「縁」だと思い引き取ることを決めた。お正月に旦那の実家へ行くので、その帰りに引き取って帰ることとなった。引き取ると決めてからも。「ハチ」とは私が1番長く過ごすことになるやん!2人きりの時、どうしたらいいか分からない!と散々大騒ぎした。子供達も旦那も半ば呆れ気味だった。ついに引き取る日が来て。「ハチ」に出会った瞬間、ハチはすぐ私の足元へ寄ってきてた。動物が怖いはずの私は。気がつけばハチと戯れていた。他の犬は相変わらず怖いのだけれど。「ハチ」は私の子供だと思った。ずっとずっと、何年も前から。子供達がみんな小学生の頃から。ふとした瞬間に、子供がひとり足りないと感じることがあった。あれ?もうひとりは?と口に出してしまうことがあった。不思議な感覚だ。長女に、やっと家族が全員揃った気がするというと。「お母さん、前からひとり足りないって言ってたもんね〜」と言われて。胸がジーンとして泣きそうになった。やっと揃った家族。(私はそう感じる)一瞬一瞬を,大切に沢山の思い出を作って行きたいと思う。私のところへ来てくれて、本当にありがとう。
2022.01.06
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旦那の実家への帰郷は3年ぶり。車で10時間かけて帰る。滞在中、いつも何故か空気が悪くなる。思い通りにならない事に対する苛立ちは。「嫌味」と言う形で言葉として投げられる。私は、相手と同じエネルギーでは反応しないので、発せられた瞬間言葉に乗せられたものは消滅してしまい、影響を受けない。亡義父の面影を旦那に投影して苛立つ義母。そして、同じような性格の配偶者を持ちながら自由に生きている私への思い。私がどれだけ我慢してきたか!私の思いが正しいと認めてほしい!夫婦生活で納得がいかなかった思いを、旦那で解消しようとしているように私にはうつる。一方、弟と比べて大切にされている実感が持てない旦那。こんなに母親の為に尽くしているのに。なぜ分かってくれないんだ!自分は大切にされないんだ!という心の叫び。2人が向かい合う時、いつもこの問題が心の奥に隠れていて。一緒に過ごせば過ごすほどに。現実的に、出来事として表面化してしまう。愛がそこにあるのに。お互い,素直な気持ちを言えずに。正しさで武装した言葉だけが行き交う。福岡へ帰る前日に。雰囲気がガラッと変わるような出来事が起こった。10時間の車の運転があるというのに。旦那は眠れない様子だった。もちろん、私も眠れなかった。昨年の11月、我が家へ義母が泊まりに来た。この先ひとりで生活するのが不安だと話してくれたので。もう少し子供が大きくなれば、義母の所へ私達が帰ってもいいし、我が家に来てもいいし、近くに住んでもいいし、選択肢は沢山ありますよと言うと。ホッとした表情を見せていたのだが。今回の出来事を受けてなのか。急にその日の夜、一人暮らしできなくなった時は施設に入るから調べてほしいと言い出した。ひとり暮らしが最高だ!と。今の、素直な気持ちなのだろうと思う。人は変化し続ける。今の思いとして受け取って。その時がくれば、沢山の選択肢の中から選び直してもいい。帰りの車の中で。今回の出来事について旦那と話をした。あなたは存在しているだけで。義父に対する義母の消化できなかった思いの解放を手伝っているんだよ。弟とも、誰とも比べなくていい。ちゃんと愛されてるよと伝えた。存在しているだけで、俺、役に立ってるやん!とだけ言って。旦那は車の中で少し眠っていた。人はみな、存在しているだけで尊い。どの人の、どの人生も心から尊敬する。決して、私にはできない貴重な経験をしているのだから。
2022.01.03
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