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就寝10時半、起床6時半、体調良くない。昨夜、バイトから帰宅した娘の態度が、良くない(帰宅の挨拶をせず、いただいてきたパンをカウンターに投げるようにおいて、自室に引き上げた)ので、呼びつけて、お小言、「本業は学生であり、バイト・クラブは、するべきことをしてからやるべし、商品であるパンをぞんざいに扱うのなら、バイトなどする必要はない、家族を大切にしない人間は嫌いである、などなど」。娘、無言で聞いていた。気分が悪かったので、速攻、ベッドへもぐりこんだ。 子供3人、それぞれ独立してよい歳であり、口出しすべきでないのかもしれないが、親として「人間としての最低の規範は守らせる、言うべきことは言う」が酔眼の生き方である。 昨年まで、酔眼の学校、ゴールデンウイークは臨時休講、大型連休であったが、今年からはカレンダーどおりに変更。以前は、中国・四国、九州の出身の学生が多く、入学後1ヶ月、親元が恋しくなったころであるので、臨時休講にして、帰省を促していたようである。先生も、新年度の準備、授業始めの疲れを取るのに、良い時間ではあった。近年は、近畿出身の学生の比重が高くなっている。 ただ問題は、学生を「ぐうたら」にして、連休明けから、出席率が落ちる傾向があった。大学側の狙いはここにあるとも言われている。マンモス校なので、受講生が教室から溢れている授業も多くある、学生が自主的に休講してくれることで、出席者が教室のスケールに合うようになってくる、本末転倒の話ではあるのだが。 最近は、セメスター制(前期、後期、それぞれで授業を完結させ、単位を出す)を採用している学部が多いが、祝日の関係で、設置規準で決められている15回の授業時間を確保するのが難しい(ちなみに、酔眼担当の基礎ゼミ、子供の日と海の日で抜けるので、前期13回しか講義時間がない)。少しでも、講義時間を確保するために、カレンダーどおりに変更とあいなった、そこで、今日も出講である。 昨年の今日の日記を読むと、やはり、体調を崩していた。新年度の緊張、気疲れ、毎年この時期に、疲労のピークを迎えるのだろうか。昨年は、節酒したようである、今年も同じようにしようと、朝、決意する酔眼であります。 朝食は、「ざる蕎麦」、母への到来物の「メロン」をデザートに。庄助さんして、登校準備。水曜日は会議日でもある。骨髄バンク「クリックで救える命がある」
Apr 30, 2003
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就寝11時過ぎ、起床6時半。昨日は、今春卒業したゼミ生、下宿の引き払いに来たとのことで、研究室をのぞいてくれる。勤務は、九州の鳥栖の営業所、もう1人、同じ会社に就職したゼミ生も、同じ営業所に配属になったとのこと。営業範囲が中国地方にも及ぶので、営業所に帰ると12時を過ぎることも多く、書類を整理すると3時過ぎ、6時過ぎには起床しなければならないので、朝が辛いと嘆くので、後、2ヶ月もすれば、仕事も覚え、もう少し時間的余裕も出来ると思うので、「辛抱しろ」と激励しておく。 今年の卒業生、それぞれの職場で、「苦しみ、悩んで成長している」ことだろうと、別れ際に、胸が熱くなる、「みんな、頑張れよ」と、声にならない声援を送る。 夕方、ゼミ2つ。1部のゼミは「卒論」の目的と手順についての発表、各人に、分析視点や分析方法で注意を与えておく。2部のゼミ、素直でいい子達なのだが、勉強の仕方、レポートの書き方を知らないので、それぞれのテーマにあわせた課題を出し、文章化してくるように指示しておく。 先日、スーパーの物産展で購入した「高知のラーメン」、さすがに朝から「ラーメン」はおもい、3分の1残す、デザートは苺5粒、マグカップで珈琲。 9時過ぎ、近くに住む学会の事務局長より電話。学会としては参加しないが、ポスタープレゼンテーションだけは行ないたいとの学会本部の意向なので、明日、準備をして、韓国に発送するので、ポスターを受け取りたいとのこと。10時に駅で落ち合うことにする。 10時にお会いして、ポスターを渡し、喫茶店で雑談。両者とも、「中止でよかったですね」。別れて、散歩、緑が目にしみる、本当に良い天気である。スーパーに立ちより、「苺とおぼろ豆腐」を購入して、11時半頃帰宅。庄助さんして、のんびり。訪韓が中止になって、5月初旬に3日間の余裕が出来たことは、3月から、忙しくしていた身には嬉しいことである。体だけでなく、精神的にものんびり出来そうである。 お昼は、ミートソースのスパゲッティを食し、その後は、小部屋の窓を全開にして、薫風を満喫している。
Apr 29, 2003
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就寝11時半、起床5時半。一時間目の講義ありで早朝起床。講義4コマ。さすがに疲れる、帰宅9時。 今春就職した卒業生、学生時代のマンションの解約に帰阪したとのことで、来室。楽しく歓談、昼食をご馳走しておく。 簡単な、行動日記。 骨髄バンク「クリックで救える命がある」
Apr 28, 2003
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昨日は披露宴で、美味しい料理(想像していたよりは結構な出来栄えであった)で、お酒をたくさん頂戴した。お役目のスピーチ(「ご縁」の大切さを軸に話す)は、早々に終わったので、後は、楽しく食事であった。昨日の披露宴のメニュー(素材は分るが、料理の名前難しい)。 「あわびのソテー ポテトと茸添え パセリとガーリックの軽いクリームソース」(あわびは大好物)*「ラングスティーヌのミネストローネ仕立て春巻き包み焼き」(アカザえびのスープ、貝の風味がしたように思う)*「平目の湯葉巻きポアレ 柚子風味の霙ソース」(可もなく不可もなく)*「白桃のスープに浮かべた ミント風味のシャーベット」(口直しにはぴったりだった)*「牛フィレ肉の美食家風 芳醇な赤ワインソース」(肉の上で焼かれたペパーが良かった)*「フルーツトマトのサラダ オリーブ風味」(トマトとモチェレラ・チーズのサンド、野菜嫌いの酔眼も素直にいただけた)*「祝い赤飯野菜餡かけ」(日本人、食事の時の「お米はありがたい」*「マスカルポームのムース いちごの薔薇仕立て」(今ひとつであった)「コーヒー、プティフール、パン」。出席予定の友人(三夫婦の仲間)、ご不幸があったとかで、奥様が代役で出席されていた。待合で、三夫婦の会の話などしながら、ジントニックを2杯(挨拶の気付け用に)、乾杯のシャンパン、麦酒(好きではないが、ご挨拶に来られる親族のお勧め、断るわけにも行かない)、紅白ワイン、ウヰスキーの水割り4杯。昼酒はこたえる、身体が求めていない時のお酒は良く酔いがまわるようである。 3時過ぎに帰宅、即就寝6時半まで。食欲がないので、夕食は抜こうかと考えたが、夜中の空腹は辛いので、夕食のおかずの「肉じゃが」を使って、小丼で「牛丼風」を作り食す。 その後は、韓国で開催される学会に参加するかどうかの電話のやり取りなど、酔眼は不参加とすることにする。韓国では、SARSの流行の気配はみえないが、この時期に、空港に行くのも嫌である。 本当の就寝は2時、起床7時半。 9時過ぎ、昨夜の残り物を利用して「牛丼」。 奥方と市長選・市議選の投票に、子供たちが通った幼稚園に設けられた投票所へ。11時過ぎ、投票に来ているのは高齢者のご夫妻が多い、この中では若い方だねと、奥方と笑う。 投票権を得て以来、36年間、あらゆる選挙で棄権したことがない。何度かは、市役所に「不在者投票」にも出かけた。政治に対して、国民・市民としての意思表示が出来る最大の機会である。棄権することは、国民・市民としての義務と権利を放棄していることになる。最適者がいなくて、白紙投票したこともあるが、それも意思表示の1つだと考える。今回も、好天ゆえ、投票率は低いのだろうな。もっと、政治への関心が高まることを期待したい。 昼食は、炊き上がった白米を、ソーセージのミニ・ステーキで。日本米の美味しさ、日本人であることの幸せをしみじみと感じさせてくれる。 午後は、講義の準備。 春の日差しが誘うので、ちょっと散歩に出かける。無理しないように、ぶらぶら歩き。住宅地、いろいろな形・建材、それぞれに個性が出ていて、飽きない。名神高速の陸橋では、しばし、行き交う車を見物、自身が運転している時は感じないが、客観的に見ると、スピードには怖さを感じる。 スーパーに立ち寄ると、四国の物産展、故郷の一六タルトや母恵夢などが販売されていた、徳島の祖谷の和菓子屋さんの「柏餅」と「わらび餅」、朝食用の祖谷の「生蕎麦」などを購入。 足が慣れてきたので、早足25分、携帯で「風呂」の追い炊きをお願いし、帰宅。ランニングシャツは汗でかなり湿っていた。 温泉気分で、入浴、日の出ている間の入浴は極楽である。週刊誌を読み、長風呂、もう一汗かいておく。 安上がりな、リラックス方法である。 今夜は「冷しゃぶ」、散歩のお陰で、健康にお腹がすいてきた。 骨髄バンク「クリックで救える命がある」
Apr 27, 2003
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就寝10時過ぎ、起床6時。 昨日から、5月初旬の韓国で開催される学会に参加するかどうかで、メールのやり取りが盛んに行なわれている。SARS問題、北朝鮮の状況などを考えると、あえて、この時期に開催しなくても良いのではないかと思ったりするが、学会本部は強行予定、学会長からは、各人の判断に任せるが、自分は参加するとのこと。当方、ポスター・プレゼンテーションの担当でなければ、即刻、参加中止にしているところである。月曜日に、再度、相談して連絡がある、6月、韓国で行なわれる「韓国大相撲興行」も中止とのこと、「行きたくないなー」というのが本音である。 今日は、檀那寺の次女さんの結婚披露宴に出席させていただく。おめでたい席に参列させていただくのは嬉しいのだが、常にスピーチを依頼されるのは、苦痛である。美味しい料理と美酒をいただくだけなら、楽しいのだが。 今日も、スピーチしなければならない。23年前に「ご縁」を得てから、住職とは友人、住職の父君には、父の葬儀以来、ご厚誼を頂戴し、数年前からは、檀家総代をお引き受けしている。今日の、スピーチのコンセプトは「ご縁の大切さ」にする予定であるが、中身がない。今から、数時間、悪戦苦闘である。 「ご縁」ということを考えていたら、「赤い糸」を思い出した。西洋の言葉かと思っていたが、ネットで調べると、古くは「古事記」に出典があるらしい。皆さんのご参考に、転記(コピー)しておこう。披露宴の様子などは、帰宅してから記入。雑学大辞典:知泉(http://www13.big.or.jp/~msk/tisen/82/82500.html )解説 運命的な出会いをする男と女は、生まれたときからお互いの小指と小指が目に見えない「赤い糸」で結ばれているという。知識 なかなかにロマンチックな話で、いかにもヨーロッパからの伝承話風だが実はこれは日本古来の話で、意外に古く「古事記」や「日本書紀」にも出てくる。 その昔、ある未婚の娘が妊娠してしまい両親が問い詰めると、見知らぬ男が毎晩、部屋に通って来たことを打ち明ける。両親は一計を案じて、寝床の周囲に赤土をまき、相手の衣服のすそに糸を通した針を刺すように娘に言い含めた。 翌朝、娘の部屋から出発した赤い糸は遠く三輪山の神の社まで続き、男が大物主大神であったことが判明する。 この話が前述のような言い伝えになったのだ。-------------------------------------------------------- 別の説では、中国の「続幽怪録」に出てくる「赤縄足をつなぐ」という言葉が語源だという説もある。 唐の時代、韋固(いこ)という若い男が、とある月夜の晩、大きな袋にもたれて本を読んでいる老人に出会う。 その老人の持っていた大きな袋の中には赤い縄が入っていて、それは「男と女の足を結ぶと、どんなに憎しみあっている敵同士でも、どんな遠くに住んでいる間でも、夫婦になってしまう」能力を持っていると言う。 そして、運命が見えているという老人は、その男に将来妻になる女性を教える。そしてその予言通りに14年後、その女性と結ばれる事になった。 この逸話から、将来夫婦になる男女は赤い縄で足が結ばれていて、その運命は定められていると言う事になった。「赤い糸で小指が結ばれている」という話はその後、伝承されている内に変化して出来た物ではないか?という説もある。-------------------------------------------------------- 民族学的見地から見ると《赤=血》を意味しているのでは無いかとされていて、血とは血縁・血族など先祖からの脈々と繋がったものを意味している。 そこから、夫婦などは元々他人同士なのだが、赤い糸、つまり生まれながらにして血族となる糸で結ばれていた運命と言うことを表しているのではないか?と言う。 さらに、小指と小指が糸で結ばれていると言うのは、近年に出来たもので「指切り」のイメージの借用ではないか?とされている。 参考になりましたでしょうか骨髄バンク「クリックで救える命がある」
Apr 26, 2003
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就寝10時、起床5時半。午前中は、建設中の建物が9割がた完成し、来月末には、都市整備住宅公団から引渡しを受けるので、その引渡し事務の打ち合わせに出かける。12時前終了。 帰り道、百貨店に立ち寄り、頼んでいたズボン(今流には、パンツというのかな)をサイズ合わせ、ピタリなので、裾直しを頼んでおく。 昼食、何を食べようかと思案している時に、誰かさんの日記に「お鮨」のことが書かれてあったのを思い出し、急に「お鮨」を食べたくなって、「ちらし寿司」を食す。禁煙だったので、モロゾフの喫茶室でアイス珈琲を飲みながら、紫煙を楽しむ。2時半帰宅。 そのまま、奥方と一緒に、国立病院で手術を受けた叔父のお見舞いに行く。動脈瘤の手術を一週間前に受けたとは思えないぐらいの回復状態で安心する、最近の手術に関する技術の進歩は著しいのだろう。それにしても、入院されている老若男女の多いことに驚かされる、日々、「健康で過ごせることに感謝」と奥方と話す。 月1回の日常生活品の購入が遅れていたので、帰り道にスーパーに立ち寄り、1か月分を購入する。5時過ぎ帰宅。 8時過ぎから夕食、寝る。
Apr 25, 2003
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昨夜、楽天さんスムースにアクセスできた、システムについては無知な酔眼、状況にあわせて、我慢したり、喜んだりの繰り返しである。長けた人の中には、いたずらをする人もいるとの情報も得た、情報化社会、ある意味では怖い社会ではあるが、利用しないわけにも行かない、出来るだけ個人情報は出さないように、物品の購入などは、代引きを利用しているが、それにも限界がある。セキュリティーシステムの向上を願うばかりである。 昨日の日記に書いた「B系(ビー系)」について質問の書き込みをいただいたので、「現代用語の基礎知識」の「若者用語」から引用させていただこう。 「黒人文化的な。大きなサイズのBlack(黒)、Big(大きい)の頭文字だと考えられているが、おそらくはbreak danceのBが語源。ヒップホップ系の文化、ファッション全般をさす」となっている。 さて、老人には「ヒップホップ」が分らないので、これも調べる。 「ラップをめぐるライフスタイル、服の着こなし、ものの言い方など。『ファッション』だぶだぶのジーンズをずり下げ、下着を見せる、パンツを前後にはく、オーバーサイズのシャツ、頭には野球帽後ろ向きに被る」だそうである。 酔眼は「服装の乱れは、心の乱れを招く」と思っている古い人間なので、一番嫌いなタイプの若者であるが、ゼミ生曰く、「信念を持ってやっている連中はそれなりに評価できる、形だけ真似している連中はばかである」とのこと。さらに、ゼミ生たち追い討ちの言葉「先生もラップの格好で、授業したら。うちの学校に一杯いるB系の連中、ゼミに殺到しますよ」。酔眼「君たちのようなノーマルな学生で十分だよ」、で大笑いになる。他愛のない会話のなかにも、教師と学生のふれあいがある。 就寝1時前、起床8時半、6時前に一度目覚めるが、2度寝する。昨夜の夕食は、10時半から、豚肉のからめ炒めにんにく風味、おぼろ豆腐、冷製野菜スパゲッティー、麦酒コップに1杯(7時限目の授業、少人数のためマイクなし、喉が渇く)、なんと美味しいことよ、焼酎のソーダー割り3杯であった。 さて、今日は、来月の連休に韓国で開かれる学会で担当する「ポスタープレゼンテーション」セッションの最終的な準備である。朝から、図表を修正し、統一する。現在、打ち出し中であるが、光沢紙に高精細印字、時間のかかることおびただしい。暇なので、日記を記入。 10時過ぎに学校の教務に電話、「基礎ゼミ」の1回目に出席しなかった学生の受講を拒否した先生(昨日、電話で受け入れをお願いした)の授業が1時間目にあったので、付き添っていった事務官に様子を確認する、問題は残りそうであるが、受け入れはしてくれたようである。問題が大きくならなければいいのだが。この先生、火曜日と水曜日、講義は後期だけなので、前期は「ゼミ」だけ、一昨日も、昨日も出講していなかった。教務が問い合わせると、ゼミの指導はメールのやり取りで行なっているとのこと。一応、一週間に3日間は出講することが義務付けられている、一週間に1日では、問題である。このような行動をとりながら、学生にだけ厳しい態度をとることに、事務官たちが怒っている。自らを律し、それから、厳しい指導をいなければ、学生たちも納得しないだろう。 昼食は、朝食を抜いたので、「稲庭うどん」を茹でて、「ざるうどん」にする、ご飯を少々、大好きなメロンパン4分の3を食す。 夕方、某専門学校を訪問して、日本語・英語・韓国語のレジュメを印刷して、準備終了予定である。 3時前出発、早く着いたので、学校の隣の喫茶店、アイス珈琲とドーナツで一服。専門学校、禁煙なので、ニコチンを体内に仕込む。 酔眼の仕事は早く終わったので、6時前まで、他の先生の準備をお手伝い。 6時半帰宅。 7時過ぎから夕食、春野菜の春巻き(チャイニーズソース)、ポテトサラダ、肴が足らないので、納豆で、焼酎のソーダー割り3杯、納豆ご飯少々。 今日は平穏な一日であった。早寝しよう。 今夜は繋がらない、楽天さん、人を馬鹿にして喜んでるのかな? システム整備しなさいよ、楽天さん。 怒りの酔眼である、一日の平穏が、楽天で乱された、昨日のスムースさはなんだったんだろう? みなさん、おやすみなさい。(気持ち「うれしい」から「ムムッ」に変更である)骨髄バンク「クリックで救える命がある」
Apr 24, 2003
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最近、楽天さんから日記の記入を促すメールが毎日来る、それなら書き込みやすい状況を作ってください、昨夜も全く機能せず、イライラがつのるだけでした。酔眼は別としても、多くの方はお仕事の関係で夜に記入する方々が多いと思います。 無料提供であっても、楽天市場のプロモーションの役割を持たせているのであれば、イライラさせるような状態は、ビジネスにも影響してきますよ、企業「イメージ」を良くして、アクセスを増やすための戦略が、逆に、展開しているようです。 日々の楽しみを奪われている酔眼小父さんの「愚痴」はこれぐらいにしておきましょう。 「基礎ゼミ」で問題が生じている先生、昨日6時限目に「4回生のゼミ」があったはずなのに、出講していなかったので、話が出来なかった。4回生就職活動などで出席しない学生もいるので、授業がスムースに行なえないので、前期は授業をしない先生もおられるが、酔眼は、1人でも出席する学生がいれば、授業をすべきだと考えている、休むのは一種の職場放棄である。ちなみに、酔眼のⅡ部4回生のゼミ、夜なので全員が出席しているし、Ⅰ部のゼミも、2-3人は面接や試験で交互に欠席するが、他の学生は「卒業論文」の最初の発表を始めている。要は、こちらの姿勢だろう。 学生と一緒にいることは楽しいはずなのだが。昨夜も、6時限目の講義を終えてから、研究室で待っていた3回生のゼミ生たちと9時過ぎまで話し込んだ。今日のゼミでの質問に対する回答を準備し、酔眼の意見を聞くためであったが、作業終了後は、雑談。彼らから学んだ言葉が1つ、「B系」(若者言葉)、皆さん分りますか? 「教師は人間が好きでなければ勤まらない職業である」 朝食をいただいて、かわいい人間たちに会いに出講しよう。夜、スムースに日記の追記が出来ることを期待しながら。 朝食はざる蕎麦、苺3粒。10時半出発、久しぶりに「給油」する、11時半着。 先日から、コピーカードが行方不明、事務に再発行を依頼、始末書ものかな。 1時から、委員長会議、3時半まで。長すぎる、議長役の新学部長の進行、コメントは差し控えよう(笑)。 4時半から3回生のゼミ、酔眼の説明が長く、質問全体の3分の1程度を終了、学期はじめ、基礎概念などを理解させておく必要があるので、致し方なし。 7時に、中華飯店で「天津麺」で昼食、昼食ですよ!!! 8時前から、7時限目の専門科目の講義、9時過ぎに終了。 小雨模様、安全運転で帰宅しよう。 学校からの記入。意外とスムースである。 12時前。 今夜は、楽天日記へのアクセス、実にスムース、酔眼が注文つけたら、早くなったことにしておこう(←自己満足)。 こんな夜に限って、酔眼がひどい、おやすみなさい。骨髄バンク「クリックで救える命がある」
Apr 23, 2003
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夜は繋がらない楽天日記。朝に記入しておこう。 楽天日記、一昨年の8月29日から書き続けて、昨日が600回目、連続記録を続けている。内容は全くない、その日その日の、行動日記と食べ物日記。本心、ここまで続くとは思わなかった。時間がなくて、連続記録のためだけの記入の日も多いが、覗きに来ていただく日記仲間の激励に支えられて続けられている、感謝である。 600日間、楽天日記もいろいろ変更があったが、最近の繋がりにくさには閉口である。昨夜の日記掲載も10分以上かかった、お仲間(勝手に思っているだけだが)訪問を断念した次第である、就寝前に、お仲間の日記を精神安定剤にしている人間にとっては、さびしい気がする。 日記を楽しんでいる人間多いです、楽天さん、三木谷代表、ぜひスムースに楽しめるようにご高配ください、ビジネスの成功とともに、使いづらくするのは、背信行為ですよ。 昨日、全学の教養教育を担当する機構長(学長)に呼ばれる、機構の会議を昨年から開催していないのを心配されたようである、新年度の現状と会議予定についてお話し、了解を得て、6月の第一週に開催することとする、その前に、各学部から問題点を提出してもらおう。 それと、学部教務から「難題を押し付けられた」。「基礎ゼミ」は全教員が担当しているが、ある女性の先生が「1回目の授業に出席しなかった学生の履修を認めない」と申し渡し、2回目から出席した学生を無視し続けたと、クレームが来ていることに対処して欲しいとのこと、きょうは、その先生と話し合わなくてはならない。授業担当者が単位認定権者であり、講義自体にクレームをつけることが出来ないし、厳しい指導を否定するものではないが、ただ、「基礎ゼミ」は新入生が学校生活に慣れるのをサポートすることも目的にしている、この点の理解はないようである。役職とはいえ、疲れる仕事である。 ぼちぼち、日常の朝の行動に移ろう。 まずは、マグカップで珈琲(カタカナ表現より、香り漂いませんか?)。昨夜、帰宅途中で立ち寄ったスーパー(最近は11時まで営業、便利)で主目的の「焼酎」を購入し、ついでに、蕎麦、稲庭うどん、などを買った。今朝は「蕎麦」を湯がいてもらって、フルーツバスケット(閉店間際で安売りをしていた)、充実した朝食食べて、気力充実して出講しよう、それにしても「肩こり」ますますひどくなる。 10時過ぎ出発、11時着。学部の教務に立ち寄って、学生の申し出たときの状況を聞く、教師の考え方次第、出向時間をチェック、夕方のようである、あーあー気が重い。 研究室で「教職関連科目」の配布物をコピー、25名分×15名、リソグラフは原紙の作成に時間がかかる、12時半終了。 研究室で、コピーした用紙を整理。 1時半に昼食。中華飯店、サービスランチは「酢豚とかに玉」、わかめスープと少量のご飯。 2時に帰室して、講義の準備。骨髄バンク「クリックで救える命がある」
Apr 22, 2003
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それにしても、繋がらない楽天さん、イメージ悪化しますよ。ビジネスだけでなく、日記の部分もスムースにしてくださいね、社長さん。 就寝12時過ぎ、起床5時15分、月曜日は1時限目の授業、夜間の講義もあるので、車での登校。7時を過ぎると、道路は大混雑、精神的に良くない、6時半過ぎに出発すると、スムースに40分ほどで学校に行ける。 寝起きにメールをチェック、学生と学会の先生に返信をする。欠席する場合に、きっちりと連絡をくれると、こちらも対応の仕方がある、その意味でメールは便利である。親戚の葬儀と就職活動で欠席の連絡、学会の先生からは、昨日校正した英文についての連絡。階下におりて、珈琲の準備と、お風呂のスイッチ。6時から庄助さんして、マグカップで珈琲。身支度をして、6時40分、母と奥方の見送りをうけて出発。7時10分着。 コンビニへ直行して、おにぎり(たらこと鮭)、お茶を購入し、研究室へ。 1時限目の「基礎ゼミ」、今日は校内見学ツアー、配布するスケジュール表と地図を作成し、コピー。おにぎりを食べながら、3時限目の「専門科目」のノートを整理。9時前にゼミ室へ行くが、出席者15名ほど、遅れて5名ほど出席、眠そうである。気合を入れて、学内ツアー、情報処理室→教員室→学務部→学部教務部→学生部→出納部→昼食場所の芝生→トレーニングルーム→語学センター→保健管理部→図書館と回り、必要な説明を受ける、学生たち元気なし、夜更かしが原因だろうが指導する術なし、お手上げかな。 10時40分、3回生のゼミ生、回答準備に来室、部屋を貸すことにする。ゼミ生に留守番してもらって、早めの昼食。喫茶店で「ビーフドリア+サラダ」とアイスティー。 12時から、3時間目に配布する資料(ユニクロの低迷に関する新聞記事)をコピーすて、講義内容の準備、創造したビジネスモデルが競争企業によって模倣されると競争力を失うことを考えてもらうと同時に、ユニクロのモデルが「流通の概念」を変えたことを理解してもらえれば、今日の講義は成功である。 1時10分、300人教室満杯で立ち見の学生も、250枚のコピーでは足らず、申し訳ないことをする。入手できなかった学生には、来週渡すことで了解を得る。講義は、脱帽、携帯を切ること、私語は禁止であることを申し渡して、開始。一寸うるさい女子学生グループと後方で話していた学生に注意を与える。2時40分終了。 4回生が卒論の骨子のコピーに来る、5時限目、6時限目、卒論のテーマと取り上げた理由の報告。8時前終了。 楽天おもくて追記できず、お仲間の訪問も出来ず、残念である。骨髄バンク「クリックで救える命がある」
Apr 21, 2003
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就寝11時、起床6時、英文に取り組む、最近、英語に近寄っていなかったので、英語頭脳部分錆付いている、元からないのかもしれないが。ブリティシュ・イングリッシュとアメリカン・イングリッシュで、表現方法も違うみたいである。翻訳をしていただいたお嬢さんは、英国に留学されていたので、格式たかい文章、酔眼などブロークン・イングリッシュ、格調も何もない、専門用語を中心にチェックをする。 階下で、国家試験のアルバイトに行く長男と娘がごそごそしていた、国家試験のバイト、驚くようなバイト料である(酔眼も行きたいといったら、長男に役立たずはいらないと言われた)、国家財政破綻しているのに、もっと倹約すべきである。そう言えば、地方自治体の職員が日曜出勤して、投票所の管理をすることによる手当ても、かなりな額になると聞いたことがある。先々週、来週と2回も地方自治体関係の選挙がある、1回の選挙に、地方自治体がかける費用、調べてみよう。 8時、「ざる蕎麦」で朝食、デザートは苺3粒(5粒は食べたい酔眼であります)、マグカップ珈琲。庄助さんして、外出準備。 10時前、雨の中を、奥方と北の繁華街へ。目的はカラーコピー用もしくはレザープリンター用の光沢紙があるのかのチェック、それと、注文しておいた背広(公式会議用、普段はだらしないソフトな背広を着用している)が出来上がったのをもらいに行くことである。奥方が同行するのは、母の監視から脱出することと、酔眼にお昼ご飯を奢らせることにある。 有名な家電ディスカウンター、さすがに品揃えは十分であったが、B4の光沢紙は、ジェット・プリンター用しかなかった、A4とA3はあった、最近は公式文書もA4、ポスタープレゼンテーションでもなければB4は必要ない、仕方ないので、時間がかかってもジェット・プリンターに頼ろう。 背広をもらって、昼食。最近は昼食時は禁煙お店が増えているので、食べるものが制限される、喫煙者には肩身の狭い社会になってきた。串焼きの店、喫煙可とのことで入店。串(げそ、蓮根肉詰め、厚揚げ、なす、鳥手羽、牛肉、ホタテなど)、ご飯、味噌汁、香の物。1時前に帰宅、電車の中で、ご近所に住む大学の先輩にお会いする。 1時から5時前まで、英語との闘争、メールで送る。一段落したので、階下に降りて、某カード会社の頒布会の「毛がにと大型ホタテ」を処理する。奥方、生きた毛がにに触れないそうである。 夕食まで、明日の講義の準備である。 今日から市議会議員選挙、マイクの音が思考を中断させる、連呼された名前は順にメモした、メモした名前には絶対に票入れてやらないからな、市井の人間のささやかな抵抗である。骨髄バンク「クリックで救える命がある」
Apr 20, 2003
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就寝?時、帰宅したのは9時過ぎだったように思うので、多分10時過ぎには寝入ったのだろう、起床7時半、気分悪し。 昨日の午後は、某専門学校のプリンターをお借りして、カラーの資料作り。グラフの打ち出し、1枚に15分程度かかる。その後、繁華街に出る。 昨夜は、何年ぶりかで「もどした」、気のおけない学会の事務局長さんと二人、北の繁華街、ガード下の小料理屋、イカのバター焼き、おから、自然薯のとろろ汁、そら豆の塩茹で、鳥の肝のソテー、などで麦酒コップに2杯半、焼酎をソーダー割で3杯、最後にロックで1杯、この程度の飲み方で酔うこともないのだが、体調が悪かったのだろうか? 朝食は「ざる蕎麦」、苺3粒、こだま西瓜(4分の1、カード会社の通販の品、農協直送でいい品が毎月来る)、マグッカップで珈琲、酔い覚ましの日本茶。 今日は、某専門学校に出かけて、ポスタープレゼンテーションの準備。昨日打ち出したグラフ、余り役に立たず、時間だけが経過。修正して、木曜日にもう一度打ち出すことにする。インク・ジェットのプリンターで光沢紙に打ち出すのは時間がかかりすぎる。カラーコピーの機械、もしくは、カラーレーザープリンターで作業をするべく、明日は、それようの光沢紙があるかどうかチェックしに、家電のディスカウンターにいってみよう。 お昼は参加しておられて先生方と、街の食堂へ。ヒレかつ定食に、豚汁、おすすめがあったので、麦酒コップに2杯、むかえ酒である。 4時過ぎ終了、帰宅。プレゼンテーションの折に配布する英文(メンバーの先生のお嬢さんの手を煩わせている)を読む、明日には、返事を出さなくてはならない。素晴らしい翻訳(酔眼の日本語の能力のないのをカバーしていただいている)、すこし、専門用語の修正をお願いするぐらいであろう。 合間に、煙を購入にコンビニへ。 今夜は、楽天で購入した「淡路の鯛」、鯛めし、鯛の塩焼き、鯛と牛蒡の煮物、くうや蒸し(茶碗蒸の具が豆腐をメインにしたもの)など、鯛づくしである。骨髄バンク「クリックで救える命がある」
Apr 19, 2003
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就寝12時半、起床5時半、早い目覚めである。メールを確認して、3通ほど返信。眠気が去らない、7時過ぎベッドに入ったら、1時間半ほど寝入っていた。9時前2度目の起床。 朝食は「蕎麦」を湯がいてもらって、「ざる」にする、デザートは練乳のかかった苺5粒とこだまスイカ4分の1、マグカップで珈琲、庄助さんして、登校準備。 今日は講義日ではないが、来週の月曜日の「基礎ゼミ」(1年生用の小クラス)では、学内見学ツアーを企画しているので、図書館・語学センター・情報管理棟などで、説明をしてもらう依頼と、長男が扶養家族から外れたので、必要書類を提出のため登校する。 12時前着、依頼に歩く、約40分。説明を入れてもらうと、90分の講義時間で収まるだろう。 これから、下校して某専門学校に立ち寄り、学会で発表するポスタープレゼンテーションの材料作りをし、夕方から、学会の事務局長と一杯の予定である。骨髄バンク「クリックで救える命がある」
Apr 18, 2003
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就寝12時半、起床6時、焼酎のお陰で熟睡。水曜日は7時限目の講義終了時間が9時20分、帰宅すると10時半、それから夕食を食べると12時前、健康には決してよくない、水曜日の夕食は、6時限目の空き時間にとることにして、帰宅後は、食べないほうが良いかもしれない。 昨日の「3回生のゼミ」、初めての発表とはいえ、教科書の読み込みが不十分で、咀嚼されていないため、聞いているほうはほとんど理解できなかっただろう、来週の「質問への回答」時間に、説明を加えよう。30人のゼミ生、ゼミ室が窮屈なので、大きいゼミ室に変更を申し出ておく。 7時限目の講義、受講生20名ほど、ゼミより少人数、割り当てられている教室は300名教室、寒々としているので、こちらは、語学関係の教室に変更してもらおう。 学年始め、役職の関係があるのかもしれないが、雑用が多く、授業の準備が不十分なような気がする。講義は週の前半に集中しているので、後半は、準備にあてたいのだが、韓国での学会発表の準備や、家庭の雑用もしなければならない。 もうすこし、時間を有効に活用しなければならない、1つの方法は睡眠時間のカットであるが、体調のことを考えると「ちょっと」つらい感じもする。 今朝は、トーストと目玉焼き、マグカップ珈琲で朝食、デザートは小粒な苺5粒。明後日、ポスタープレゼンテーション用の資料を作るのに必要なB4の「フォト光沢厚手」の用紙を購入に、車で、関西系の家電ディスカウンターに出かける。このディスカウンターの売りは「ぽっきり価格」で消費税を取らないことにある(関西在住の方はお分かりになるだろう。 用紙を購入し、ついでに、マルチメディアケース+フロッピケース10枚組(4枚保管)+TDKのフロッピー30枚+インクジェットクリーナーセット+紙ラベル+CD-Rラベル〔20枚組〕を買う、〆て、8800円。 研究室移転に伴って、卓上の電気スタンドが欲しかったので、売り場をチェック、最近は「デザインの優れたもの」が多くあったが、決めかねて(財布の中身と相談すると)、次回回しとする。 11時過ぎに帰宅、今年は自治会の担当なので、幹事の打ち合わせに奥方が出かけるので、早めの昼食。奥方が午前中の買い物で購入してくれた「寿司」を、味噌汁と一緒に。 その後、司法書士に送る処理を、母とともに作成、送付準備をし、会合に行く奥方に郵便局への立ち寄りを依頼する。 午後は、母も出かけたので、夕方まで留守番である。夜は、京都に稽古に行く。京都行き、お稽古というよりは、世俗を離れて、息抜きである。骨髄バンク「クリックで救える命がある」
Apr 17, 2003
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就寝12時、起床6時半、歳とともに睡眠時間が短くなる、二度寝が出来なくなってきたようである、今日もすこし早いが、思い切って起きる。メールをチェックし、数通に返事を書いておく。 書いている最中に、奥方、マグカップの珈琲と苺5粒を、小部屋(仕事部屋)に運んでくれる。 朝食は「蕎麦」を茹でてもらい、「ざる」にする。日本茶が飲みたかったが、仏さんへの「献茶」(母の役割)がすんでいないので、断念し、ペットボトルの紅茶を少々。庄助さんして、登校準備。今日の講義は5時限目からなので早く出る必要はないのだが、奥方「フラワーアレンジ」のお稽古日、こちらも出発する。 11時過ぎ到着、暫くすると、同僚から電話、昼食に誘われる、早すぎると思ったが、せっかくのお誘い、近くの喫茶店へ。同僚は自宅が遠いので、マンションを借りている関係で、朝食抜き。早めの昼食も、むべなるかな。 喫茶店、水曜日はお弁当がサービスランチ、これを目指してくる教職員多いので、時間が遅くなると「売り切れ」のことも多い、おばさんが、バイトの女性と二人でやっているので、大量には作れない。 今日の弁当箱のメニューは「肉じゃが・菜の花の辛し和え・厚焼き玉子・高野豆腐・蒲鉾・てんぷら(烏賊・白身魚・野菜)とご飯」、小鉢に冷奴、お味噌汁、アイスティーで850円である。ご飯を少なめにと注文したら、本当に少なかった。 12時半に研究室。昨夜の教職課程の科目の履修者リストを作成していたら、4回のゼミ生のWさん、月曜日は就職試験で欠席したので、「3か月分の読書感想文」を持参する。しばし、就職活動状況などについて話す。しっかりと活動しているようで安心する、しかし、一次試験で東京は、交通費がかかって大変のようである。 Wさんと入れ替わりに、編入学に合格した体育会の女子学生が履修相談に来る、昨日、クラブの顧問から頼まれていた学生たち、科目の内容よりも、単位取得の容易さが基準のようである。運動部の学生仕方ないかと思い、比較的単位取得が容易な科目を紹介しておく。 その後は、7時限目の講義用の配布プリントを作成し、150枚ほどコピーしておく。 まもなく、5時限目の「3回生のゼミ」の開始時間、春合宿で仲良くなっているので、今日から、早速「序章の発表」である。 学校にいる間は、自分時間はない様である。骨髄バンク「クリックで救える命がある」
Apr 16, 2003
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就寝11時過ぎ、起床6時、国家試験が近づき、精神的に落ち込んで、いらついている次男に、家族全員が暗くなるので、明るく振舞うこと、精神的余裕を持たなければ受かるものも受からないことなどを話しておく。 朝食は「おろし蕎麦」を作ってもらう、デザートは苺5粒に練乳をかけて、マグカップで珈琲。庄助さんして、10時過ぎ出発。11時前に到着。 すぐに、学会出張の書類、海外出張申請書類を作成して事務に提出しておく。 すこし時間があるので、昨日の最初の講義の感想など。 1時限目の「基礎ゼミ」、受講生26名(学籍番号で割り振られている)、欠席5名、留学生2名が気にかかる、うちの学校もご多分に漏れず、学生ビザを取得して、繁華街でのバイトが中心の留学生が見られる、年度末の試験でカンニングしたのも留学生であった。留学生に甘すぎるのかもしれない。 初めての顔合わせ、21名の学生緊張の面持ちである。今年から始まった「基礎ゼミ」の趣旨と目的を話し、その後は、学部要綱を使って、4年間の履修計画などを解説しておく。来週は、学内見学ツアーを予定している。 2時限目は、あき時間の予定であったが、ゼミの3回生で最初の発表を担当する学生たちが、質問に来て、話していたら、3時限目が始まる時間であった。昼抜きかなと思う。 3時限目は専門科目の講義、昨年は登録250名(常時出席100名程度)だったが、教室に行くと300名ほどがいる、帽子をかぶった学生、大声で話しているものなどなど、脱帽するように指示して、講義開始1回目なので、科目の目的、年間計画、評価方法などを話し、途中で私語をしている学生たちを2度注意し、最後に、受講上の注意を話して終了する。20分ほど早く終了。 受講上の注意事項・私語の厳禁と教室内では(頭髪に問題がないときは)脱帽のこと。・携帯電話とポケベルのスイッチは切ること。携帯電話がなった人は履修を取り消しますので、 充分に注意してください。・授業開始時間(1時10分)から10分遅れまでの入室は認めますが、その後の入室はやめてください。授業進行の邪魔になります。また、途中退出も認めません。途中退出の必要のある人は事前に申し出てください(その場合は認めます)。・この授業を履修する学生諸君は、必ず、学生証を携帯してください。・昼寝をしてもかまいませんが、鼾をかいている場合は起こします。・その他、授業を妨げる行動をとる学生に対しては、授業担当教官の権限で、履修を取り消します。(ただし、本人に対して、その理由は説明します。) 受講していたゼミの4回生を誘って喫茶店へ、急いで「ビーフドリア」とアイスティーで昼食。 3時から、履修相談窓口担当、10人ほどに受講方法などを説明。4時半講義時間がきたので解放してもらう。 「1部4回生のゼミ」、卒業論文の指導が始まっている、1月から3月までの、論文に関する文献の読書感想文を提出させ、来週からの発表の順番の表を渡し、その後は、就職活動の状況など聞く。今のところ、製薬会社、コンビニ、スーパー、メーカー、福祉関係などに内定をもらっている学生が7名、あと、17名、決まらないとこちらも落ち着かない。 「2部4回生のゼミ」も同様、2部は習得単位数が少なく仮進級したものもいるので、本年度の受講科目についての相談にも乗る。明るくていい学生たちなのだが、就職活動はしていないようなので、ご両親のことなども考え、将来の仕事についても真剣に考えるよう促しておく。 終了後、研究室を訪れた1部のゼミ生と就職活動状況などについて話し合う、女子学生苦戦気味である。 8時半下校の忙しい昨日であった。骨髄バンク「クリックで救える命がある」
Apr 15, 2003
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就寝11時、起床5時半、今日から講義、1時限目「基礎ゼミ」、3時限目「流通政策」、5時限目「1部4回生ゼミ」、6時限目「2部4回生ゼミ」。その上、4時限目は「履修相談窓口担当」、授業開始初日から、ハードである。終了7時40分、授業の様子などは後日の日記なかで。今から帰宅。とりあえず、日記は100%を維持している。骨髄バンク「クリックで救える命がある」
Apr 14, 2003
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就寝11時過ぎ、起床6時、熟睡とはいかなかった、頭の中では、茶事の進行などを反芻していたようである。7時庄助さん、マグカップで珈琲、苺5粒。電車で出かけようかと思ったが、お水屋見舞いの菓子箱が大きかったので、車に変更。遅れることは許されないので、早めに出発。10時席入りなのに、9時過ぎに到着。 お水屋見舞いを先に届けて、車に戻り、テレビを見る。今日の茶会は、支部の親と青年部合同の茶会の勉強会、片意地の張るものではない。9時40分になったので、待合に入る。本日の連客は、親友と青年部の女性4人。寄付きで汲み出しを頂戴する。 「どうぞ腰掛へ」の声がかかったので、露地ぞうりをはいて腰掛に。主客は親友に頼み、酔眼は次客を担当。亭主の迎え付けを受け、つくばいで手水を使い茶室へ、席入りする。掛け物、釜を拝見し、定座にすわる。亭主の挨拶と主客の挨拶。亭主、炭斗・灰器を持ち出し、初炭手前。懐石(献立は一汁三菜)、お箸の使い方をご指導を副幹事長からいただく、感謝。懐石膳(飯椀と汁椀、向付(細魚の酢のもの)、燗鍋と杯が出る、飯器が出、汁替え、煮物椀(桜鯛)、焼き物鉢、小吸い物椀、八寸と続き、最後に、湯斗と香の物、ありがたく頂戴し、器を清める。青年部の見学者20名余り、衆人に見られての食事、余り美味しいとはいえなかった。 縁高に盛られた主菓子が出る、中立ち。 銅鑼の音を、飛び石につくばい、心静かに聞く。 濃茶、後炭、薄茶と続く、足が限界である。2時過ぎ終了。親先生方にご挨拶して辞去する。 久しぶりに4時間余りの禁煙、頑張りました。帰りの車の中での、一服美味しかったです。帰宅後は、散歩がてらにスーパーへ。行事は終わった、明日1時限目から学生とのバトルが始る、早寝しよう。
Apr 13, 2003
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就寝10時過ぎ? 起床6時過ぎ。 昨夜は、楽天の「海の商人さん」にお願いしていた「穴子」と「魚の福袋」が届いたので、豪華な夕食。福袋には、鯛・鱸・はげ・烏賊・蛸・ワカメなどなどが盛りだくさんに入っていた。穴子も市販されているものの3倍近い大きさである。 夕方早く帰宅したので、奥方のお手伝いと称して、大好きな調理(母に言わすと、「あなたは道を間違えたね、料理人になればよかったのに」)、楽しそうに嬉しそうに取り組んでいるそうである。 NY時代、2年ほど自炊(金がなかったので)したのが、勉強になっているのかな。珈琲カップとアルミホイルで茶碗蒸作ったり、イタリアンの魚屋で調達した魚を焼いたりした。一番の思い出は、試験中は時間がないので、カレーを10日間分ぐらい作って、小分けに冷凍して、ご飯、パン、スパゲッティにと、台だけ変えて、毎日、最後は身体が黄色くなるのではないかと思った、ものを創造していくのは楽しいものである。作文を創造する作業は余り好きにない、やっぱり、料理人になればよかったかと思ったりする。 お手伝いは、鱸を三枚におろして、あらいを作る作業と、蛸の処理である。久しぶりの、出刃、刺身包丁使い、磨いでいないので、切れ味良くないが、何とかおろす。あらいは食す直前に氷水にくぐらせた。蛸はぬめりをとって、茹でる。奥方、蛸のぬめぬめ感が嫌なそうである。 夕食は、鱸のあらい、蛸の刺身(からし味噌で)、鱸の骨の部分と鯛の塩焼き、メインは「穴子の蒸しもの」、自分で料理すると食欲は落ちるようである、それらを肴に、焼酎をソーダー割で4杯、熟睡。 朝食は、「うどん雑炊(饂飩にご飯を入れて煮る)」、デザートは柏餅。午前中は、英気を養う(嘘です、ただぼんやりしていただけ)。 昼食は、昨夜の鱸の残りをバター焼きにし、出し巻き玉子を自作して、食す、料理づいている酔眼である。 今日は父の祥月命日。午後一番に、お寺さんの役僧がお参りに来てくれる、しばし、世相などを雑談する。 その後は、明日の茶会に備えて、「茶道のおしえ」などを紐解いて、にわか勉強である。茶会、片意地張らずに、場を楽しむのが一番だとは思うのだが、それなりの作法は知っておかなければまずいかな。 「足の痺れが気になる茶会かな」である。
Apr 12, 2003
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就寝12時、起床6時半、花冷えとはよく言ったもので、肌寒い。サラリーマン生活を始めた長男、7時半に出発するのを見送ってやる、10日ほどたったので、生活のリズムをつかんだようである。クラブ活動とバイトに没頭していた娘も、今日から授業が始まるようである。 自画自賛するわけではないが、酔眼のトップページの写真の子供、なんとも愛くるしく、屈託なくお手伝いをする顔が生き生きしていて、朝起きて、ページを開いたときに、こちらも元気をもらえるようで、気に入っている。 昨夜の夕食が遅かった関係で、空腹を感じない、朝食はカット、マグカップで珈琲のみとする。庄助さんして、登校準備。楽天で購入した「穴子と魚」が届いたので、見せてもらって、料理法を奥方に伝える、酔眼が勝手に購入したので、支払いは酔眼持ち、奥方のご機嫌麗しい。 講義日ではないのだが、昨日、教務課からいくつかの質問があった、教務委員長として判断しておいたが、すこし確認しなければならないこともあり、あわせて、雑用をするために出かけることにする。10時過ぎの電車、この時間になると電車も空いている、座って読書、時間が有効に使えるのはありがたい。 午前中は雑用(配布物のコピーと整理)で、時間が過ぎる。小雨模様になる。 近くの中華飯店で昼食、今日のサービスランチは「酢豚とかに玉、キャベツとポテトサラダ添え+わかめスープ+ご飯」、学校の周りの食堂、ボリュームが多いので、いつも、ご飯は「少なめ」でお願いする。 教務課長と履修登録上の問題点を話し合う、履修要綱や講義要綱にいくつかのミスがあったようである。「人間、ミスもあるよ」と笑っておく、今夕、前教務委員長と相談して、訂正の掲示をしてくれるようである。 学生の下校時間と重ならないように、ぼちぼち下校しよう。骨髄バンク「クリックで救える命がある」
Apr 11, 2003
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就寝11時、起床7時過ぎ、比較的深い眠りを得る、蓄積していた疲労の薄皮3枚ほど消えたようである。今日は、強要される雑用のない日、私的に溜まっている雑用を済ませて、夜は2ヶ月ぶりに、京都まで、茶道の稽古に出かけよう、月謝3か月分お支払いしておかなければならない。 寝起きにマグカップで珈琲。朝食は、娘の貢献(バイト先でのいただきもの)のポテトサラダとベーコンのサンドイッチをトーストにして、紅茶とともに、デザートは苺3粒。 久々に、楽天日記を徘徊し、皆様お元気に活躍中のご様子に安心する。 昨日の朝、携帯(ほとんど使わない)を見ると、前夜、卒業生の女性から伝言が入っていた。電話をすると、職務中だったが、「昼から訪問してよいか」とのことなので、在室時間を伝えた。 2時前に来室、笑顔で迎える。かなり落ち込んでいる様子。まずは、本人に話させる。今月末での退職を申し渡され、会社都合なので、退職金はそれなりに支払われるとのこと。なぜ、自分が退職しなければならないのか、その理由がはっきりしないことに疑問を感じている様子。 会社での仕事のことや思い当たることがないかなどを聞くと、社長からの電話に出たときに、おとなしい卒業生「覇気がない」と随分と叱られたこと、中小企業のワンマン経営者であること、本社の移転にあわせて人員整理が計画され、入社3-5年の女性に退職勧告が申し渡されたことが分る。 よく聴いて見ると、本人も仕事に愛着がなくなっていて、精神的にも「すこし鬱状態」(月1回病院に通っていること)であるとのことなので、退職して、本人の進みたいと考えている新しい道(難聴者への文字放送の文字を作成する仕事、もしくは、介護関係の仕事)を模索する方が、長い人生にとっては良い、今回のことを「塞翁が馬」「禍福はあざなえる縄の如し」で、酔眼のつたない過去の経験などを話す。前夜には、ゼミの元気の良い友人からも、激励されたようで、1時間半ほど話すうちに、笑顔も戻ってきた、嫌だが、今月一杯出社しますとのこと。 退職したら、ゆっくりと遊びに来るように伝える、学生時代から、物事を突き詰めて考えるタイプ、精神的に落ち込んでしまわないうちに、遊びに来てくれてよかったと思う。 電話をしたあと、その会社のHPをチェックした、酔眼の目から見れば、業績が悪くなっているとはいえ、それなりの収益を上げている、ある意味、社会風潮に便乗したリストラのようにも思えるが、そのことは言わなかった。 悩みは、人に話すことで、半分は消えるかもしれないと考える酔眼である。これからも、卒業生が気楽に話しに来ることのできる教師でありたい。 昼食は、昨夜の残りの、鯛の炊き込みご飯、鯛のあら煮、筍の吸い物(玉子を落とす)、ミンチボール、満足する。 午後は、数通の手紙を書く。 4時過ぎに京都に向かう、河原町の百貨店の美術品売場をのぞく、古袱紗を見るが気に入ったものがない、来月には、新作が入るとか。 実は、1月の稽古の帰りに、数奇屋袋を落としたと思い込んでいた、乗換駅で、ものを詰め込んだリュックの口が壊れ、中のものが飛び出したのだが、反対ホームに電車が入っていてので、十分にチェックせずに、階段を駆け下りた。 帰宅すると数奇屋袋がない、電鉄会社に数度尋ねたが、見つからないとのことで諦めていた。 違う袱紗挟みをもって出かけたのだが、楊枝がないので、茶道具屋に立ち寄り購入。 時間が早いので、ドトールでアイスティー。 6時過ぎにお稽古場に。大先生も居られる、欠席児童のお詫びをする。数奇屋袋、お稽古場に忘れていたとは、露とも思っていなかった。あってよかった。 親父から譲り受けた「古袱紗」は入っていたのだ。ほっとする。 先生からは、最初に稽古場に問い合わせればいいのにと笑われた。 てっきり、電車の中で紛失したと思い込んでいた。思い込みとは怖いものである。 10時前帰宅、今から、美味しい夕食である。安心して、一杯やれる。骨髄バンク「クリックで救える命がある」
Apr 10, 2003
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就寝12時、起床7時半、昨夜の学生自治会との懇談会、8時半には終了するだろうと思っていたら、10時過ぎまで、帰宅が11時を過ぎてしまった。懇談会の趣旨が良く理解できていなかったので、担当の委員長にお尋ねすると、「一年間、学部の作業(卒業アルバム作り、新入生のガイダンス、学生の福利厚生などなど)の手伝いをしてくれたことへのお礼と、今年もよろしくのための会ですよ」。 学生自治会、学部運営の手先の仕事をしているだけかと失望する。学生自治会、もう少し、学校に対して戦闘的に、学校改革の提案をしていく組織であって欲しいと思うので、最後の挨拶では、「学部の手先になって与えられた仕事をすることに嬉々とするのではなく、学生の立場からの学校改革の提案をどんどんすべし、それが、君達の組織の使命である」とはっぱをかけておく、担当委員長はすこし嫌な顔をしていたが・・・・・。 学生運動華やかな時代に、学生生活を送った者にとっては、隔世の感がある。 大学を終える年は、学園紛争の真っ只中だった、酔眼の母校もご多分に漏れず、学生が学校をロックアウトしていた。酔眼は日和見主義ではないが、親の金で学んでいる学生が、「社会改革」を叫んでも、世の中は変わらないと確信していたし、タオルとヘルメットで顔を隠して、自己否定しながらする運動に疑問を感じて、闘争には加わらなかった。 安逸な生活を送る現代の学生と違い、高度経済成長がもたらした社会矛盾を問題視し行動した学生たち、懐かしくもある。高橋和巳、柴田翔などの小説をむさぼり読んだ時期でもある。 紛争中で、学生と機動隊が衝突する現場に出くわしたことがある。明らかに、機動隊が先に仕掛けたのに、あくる日の新聞の表現はまったく逆になっていた、正確に報道していたのは、ローカル紙だけであった、酔眼のマスコミ不信の始まりであった。 学校が封鎖されていたので、卒業試験は、問題と解答用紙が送られてきて自宅受験であったので、ほとんど提出した科目はすべて合格にしたと思うので、これで助かった学生も多かったことだろう、酔眼もその一人である。 結局、3月には卒業式が出来ず、夏休みの土曜日か日曜日に挙行された。 最近、夜の楽天日記は重くて、巡回するのに時間がかかりすぎるので、ほとんど近づかない、就寝前の楽しみがなくなったのは残念である。その結果、友人(勝手に思っている)の方々のHPをお訪ねする機会が少なくなっている、お許し願いたい。ほとんど、日記は昼間の記入になっている。 今日の夕方は、転部・転学科した学生諸君へのガイダンスを担当する。ちょっと、働かされすぎの感あり、疲労が抜けきらない。 朝食は、蕎麦を茹でてもらって「ざる」にして、デザートは苺5粒とマグカップで珈琲。庄助さんして、登校準備。骨髄バンク「クリックで救える命がある」
Apr 9, 2003
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就寝10時半、起床6時半、疲労が体内の奥底に澱んでいる感じである、60歳に近づいて、体質そのものが老齢者へと変質しつつあるのかもしれない。長年の飲酒と煙まみれの生活、精密機械である身体、1部分でも故障すると、連鎖的に他の部分にも悪影響を及ぼすのかもしれない。 周りはいろいろと心配し、忠告してくれるが、今までの「生き方」を変えるつもりは全くない。50数年の人生で培った「価値観」・「行動様式」のままに、生きて生きたいと思う。 このような思いのときに、思い出す漢詩がある。勧 君 金 屈 巵満 酌 不 須 辞花 発 多 風 雨人 生 別 離 足 この詩については、文豪井伏鱒二氏の名訳があります。 コノサカズキヲ受ケテクレ ドウゾナミナミツガシテオクレ ハナニアラシノタトエモアルゾ サヨナラダケガ人生だ 「さよなら」を言うために生を受けたのかもしれない。堂々ときれいな「さよなら」を言える人生を送りたいものである。 9時出発、雨である。新入生で混み合った電車、「四年間よき学生生活を送るよう」にと、心で声援を送る。10時すぎ出講。 事務で「不受の照会」の書類をもらう。正確に採点・転記したはずなのだが。隣にいた同僚「よくチェックしないと、受験しないで申し出る学生いますよ」。 答案や書類は自宅なので、今夜チェックすることとする。新入生に配られる弁当が、教員にも支給される、早めのお昼を取る。 1時から、学部ガイダンスである、酔眼の担当は、「スポーツ特待生と社会人学生」である。 3時過ぎに終了、理解してくれたかどうか不安である、いろいろと免除規定があるのだけは「しっかり」と伝えておく。 その後は、来週から始まる授業の準備で時間をすごす、6時半から、学生自治会の学生との食事会である。 本当に雑用が多い。骨髄バンク「クリックで救える命がある」
Apr 8, 2003
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就寝11時過ぎ、起床5時半、今日は入学式、大学の記念会館で10時から挙行される、略礼服を着用とのお達しが来ている、黒服はホテルのマネジャーみたいで嫌いである。車で出かけて、学校で着替えることに。問題は、7時を過ぎると道路が大混雑するので、早めに出発するために、早朝の起床とあいなった。 6時40分出発、7時10分着。朝食を調達にコンビニへ。「いなりずし3個パック」とお茶を調達して、研究室で食す。時間があるので、4回生の卒論の発表グループ作り、打ち出しておく。9時になったので着替える、研究室から記念会館までは徒歩10分強、集合時間の9時半に行ったら、一番乗り、決められた時簡に集まりなさい先生方。 待合室で、お饅頭とお茶が供される。10時開式。幕が開くと、約6千人の入学生と父兄で、広い会場も一杯である。君が代独唱、学長式辞(建学の精神を大切に)、来賓(市長)挨拶、学部長等紹介、歓迎の辞、入学生宣誓(薬学部の女子学生)、校歌吹奏、閉式、で約一時間。携帯が鳴ることもなく無事終了。壇上から観察した新入生、真剣なまなざしと真面目な態度、長続きしないのは何故だろうか、教師が悪いのかと反省する。 お祝いの赤飯弁当と饅頭を頂戴して帰室、早速、赤飯をぱくつく。その後は、授業の準備、学会準備のコピーをする。 1時半から、明日のガイダンスと、その前の教務委員会の打ち合わせなどして、4時前に帰宅、道路そこそこ混雑していたが、高速だけはすいすい。 夕食まで時間あり、明日の雨で散り始める満開の桜見物を兼ねて、1駅向こうのスーパーまで散歩。途中にあるパン屋さんの前を通ったら、娘、真面目に働いていた、気がついたようなので、片手を挙げて挨拶しておく。スーパーでは、自家製ピザパイ、バター、苺などを購入。 今夜は、到来物の筍料理、筍の天麩羅、この芽和え、筍のお吸い物、筍ご飯である。酔眼は余り好きではないのだが、家族(とくに子供たちは)好物のようである、送っていただいた茶道の先生に感謝である。骨髄バンク「クリックで救える命がある」
Apr 7, 2003
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就寝12時前、起床7時、明日から新年度が始ると時間に制約が出来るので、できる雑用を済ませておこうと思いながらも、生来のぐうたらな性格、中曽根元総理、中西京大教授などが出演しているテレビをボケた頭で見る、中曽根氏何歳になったのか、相変わらずお顔もつやつや、頭脳も明晰である、一種の怪物だな。今の頼りない政治屋たちよりは、国家観が明確である。 9時に、饂飩で朝食、庄助さんして、10時から、雑用開始。来月の韓国で開催される学会用の「ポスタープレゼンテーション」の材料作り。 12時に中断して、昼食、奥方と二人、冷凍していたご飯の残りを利用して「カレー」を食す、デザートは苺4粒に練乳をかけて、ミルク珈琲を飲む、なぜかカレーの後は、珈琲が飲みたくなる。 3時半まで雑用の続き、一応出来上がる。 世間は花見だろう、天気の良さに誘い出されて、花見を兼ねて散歩に。1時間半ほど歩く、ほぼ満開、明日の夕方からは雨の予報、散り始めるだろう。桜を愛でるのは本当に一瞬である。途中でスーパーに立ち寄り、夕食の補助食品とおやつを購入。 酔眼の住居の周りは、大正時代に電鉄会社が開発した地域、開発当時、街路樹に桜が植えられたところが多いので、樹齢を経た立派な桜も多い、散歩で結構花見が出来るの嬉しい限りである。散り始めた桜をもう少し見たくて、長男を誘って、コンビニへ。 ちょっとだけ、のんびりした日曜日、明日からは桜と遊ぶ時間もなくなりそうである。
Apr 6, 2003
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最近、夜になると楽天日記への接続に時間がかかるのと、新年度の雑用(懇親会が多いのだが)に追われて、日記集にあまりアクセスしなくなっている、その結果、リンクしていただいているお友達(酔眼が勝手に思っているだけだが)への訪問も滞りがちで、申し訳なく思っています、お許しください。 昨日は、建築中の建物を見学して、南の繁華街へ。最近増えている、クイック・リフレッシュのマッサージ屋で、40分ほど肩を揉んでもらう、少しは軽くなる。6時から、教職課程の懇親会に出席。立食パーティーは苦手だ。8時半終了。乗換駅で、「おはぎ」を購入して10時前に帰宅。懇親会では、ほとんど食さなかったので、次男の帰宅を待って、「ジャージャー麺」をすこし。 その後、久しぶりに、次男と話し込んだ、国家資格を目指して勉強中、家では集中できないので、専門学校の側のマンションに机を借りたそうだ。繁華街近くのマンションの一室に、机を並べて、1つ1つの机を貸すビジネス、机一つのスペースが1万5千円、資格を目指す人ばかりが借りているので、静寂が守られて、集中できるようである。住居として賃貸するより、業者も収入が多いかもしれない。 就寝1時半、起床7時。マッサージのお陰か、身体楽である。 今日の行動。 昨年から望んではいたのだが、踏ん切りがつかなかった決心を,奥方の勧めもあり、思い切って、実行した。 奥方と繁華街の百貨店へ。春から初夏にかけてのスーツと靴の購入。体型的に既製服は合わない(ウエストが大きいのである)ので、1着は簡易なオーダーメードで、いつもはラフなスーツを着用しているが、全学的な会議にも出席しなければならない関係で、無地の濃紺、ズボンは痛みやすいので2本、普段着るのはPAPASのジャケットと同じ生地のズボン、PAPASの洋服、着やすいのである。それから、靴、COLEHAANがNIKEとタイアップして作ったエアーシューズ、これはカジュアルにも合いそう、それに、スリッポンを購入。 ちまちまと貯めていたへそくりがなくなった、スーツは仕事着、必要経費、所得税から控除してくれないかな~~~~~。 1時過ぎ、次男と出合って、昼食。「江戸川」で「鰻」を食す、奥方の夕食の材料調達に付き合って、モロゾフでお茶して、3時半帰宅。 少しは、日本経済回復の起爆剤になった買物だっただろうか(笑)。骨髄バンク「クリックで救える命がある」
Apr 5, 2003
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就寝10時半過ぎ、起床7時、今日も雨が降りそうである、この時期の雨、「さくら流し」(鹿児島地方)、「花の雨」というそうである。美しい日本語は大切にしたいものである。 能の「熊野」に「花の雨」が出てくる、「平宗盛は、熊野という女性を寵愛していた。彼女は、遠江の国池田の宿の遊女屋の主であったが、老いた母が病気になったため、ひまをもらいたいと申し出ていた。が、花見の相手にかけがえのない人物であったので、宗盛はなかなか許してくれない。今日も清水寺へ花見にさそおうと、熊野が館へくるのを待ちかねていた」という書き出しで、白州正子『雨滴抄』はこの忘れがたい物語を綴ってゆく。熊野は国に帰りたい。しかし、桜を見ないで帰ってしまうのかと聞き届けられない。泣く泣く桜見物に出かけると、ひとさし舞えと声がかかる。ここに座っているだけでも絶え入りそうなのに、たっての所望で舞台に立つ。桜の精かと見まがうばかりに美しい熊野の舞に皆がうっとりしていると、春雨が降りはじめる。舞の手を止め「急に雨が降ってきて、花を散らしておりますよ」と告げる。扇に散る花を物狂いしたかのようにすくい取りながら「春雨の降るは涙か桜花散るを惜しまぬ人やある」と歌い、短冊に「いかにせむ都の春を惜しけれどなれし東の花や散るらん」としたためる。これをみた宗盛は、さすがに母を思う熊野の心を察して国に帰ることを許すのだった。(「雨のことば辞典」講談社より)。 拙宅の回りも、大正時代からの桜並木の街路がある、満開近い、今日の雨から「さくら流し」になるのだろうか。 今朝は、「ちょっと気になることがあった」ので、長男に忠告しておいた。長男、新入社員として3日が過ぎた。仕事終了後、同僚たち(研究室勤務予定者)と夕食を共にして帰っている。他の新入社員の方々は、借り上げマンションで共同生活のようであり、長男だけが自宅からの通勤。仲間作りにも、一緒に食事をして帰宅するのは良いことである。ただ、すこしアルコールも入るようなので、2つのことを忠告しておいた。 1つ、「会社の批判をする会話は慎むこと、もし話題になっても発言しないこと」、1つ、「会社の人の噂や悪口は言わないこと」、この2点だけは十分に注意するように、伝えておく。昔の記憶がよみがえったからである。ある宴席で、誰かが「役職者の悪口」を言った、嫌な話題、面倒なので相槌を打った(これが間違いであった)、何時の間にか、「誰かが言ったこと」が酔眼の発言になっており、役職者との間がぎすぎすした経験がある。 宮仕え、嫌なこと辛いこと、あって当たり前、「奥歯をかみしめる」経験があって、人間成長する、そして、それが仕事である、本当に問題であれば、熟考して、正々堂々と当事者と話し合えばよい、陰で、ストレス解消法として「愚痴る」ことを潔としない酔眼である。骨髄バンク「クリックで救える命がある」
Apr 4, 2003
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就寝11時過ぎ、起床7時半。懇親会では、麦酒2杯とウヰスキー水割り4杯を、お寿司3切れと鯛と大根の炊き合わせ、ほとんどの時間を副学長と教務部長と、学内情勢について雑談、どうも、立食パーティーは苦手である、中央に飾られて料理の数々を物色するのは嫌いで、食べないことが多い。8時過ぎお開き、同じ学問分野の若い先生と途中まで一緒し、某学会への入会を勧めておく。入会してくれそうである。 10時前に帰宅、娘がバイト先でいただいてきていた「ポテトと野菜のサンドイッチ」をオーブンで焼いて、焼酎ソーダー割り2杯で食す。 昨日、奥方がクリニックに薬をもらいに行ったら、血液検査の結果が出ていたようで、肝臓の数値(γ-GTP331)と中性脂肪(194)の数値が高かったとの報告、毎晩の飲酒、数値も高かろう、反省しない酔眼である。 朝食、「おろし蕎麦」と苺3粒、マグカップで珈琲。 10時過ぎの電車で登校、地下駐車場の半年分の料金を払う、青空駐車は無料であるが、地下駐車場のほうが近いのと、雨の日は楽である。 後は、研究室に溜まっていた書類を整理し、要らないものを廃棄、机の中の古い書類も整理、昼食は中華飯店でランチ(えびのてんぷらと八宝菜、玉子スープにご飯)、整理を継続、途中でゼミ生が貸与していた資料を返却に来る。 気がついたら、6時前、ぼちぼち、退散しよう。 8時前に帰宅、夕食は鰤の照焼、朧豆腐、餃子3切れ、焼酎のソーダー割り3杯、ご飯、肝臓の数値を考えると、休酒がいいのだろうが、習慣とは・・・。 食後、久しぶりに、娘とコンビニへ、煙の買出しである。骨髄バンク「クリックで救える命がある」
Apr 3, 2003
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就寝10時、起床6時半、昨夜、学生と別れた後、飲み足らないので、乗換駅のおでん屋「多幸梅」で、焼酎二階堂のロック2杯、豆腐・しょうがのてんぷら・シュウマイ・烏賊。8時前帰宅、駅で母と一緒になる。小腹が空いていたので、トーストに苺ジャム、バーボンソーダー一杯。 目覚めたら胃が重かった、このように書いてみると、食べすぎである。 マグカップの珈琲、苺5粒で朝食、庄助さんして、登校準備。9時前の電車、10時過ぎ着。学務部によって、昼からの「基礎ゼミ」の説明用の資料のコピーをお願いする。 10時45分、執行部会議。新学部の役職、Ⅱ部学科長、イブニングコース主任、スポーツ課程主任、教務委員長、学生・スポーツ委員会委員、ビジネス専門資格委員会委員だそうだ。 教務委員会の委員に「会計学」担当者がいないので、一考をお願いしておく。 終了後、同僚と喫茶店で昼食、これからは執行部会議の弁当は廃止だそうだ。「お弁当(牛肉炊き合わせ、野菜の炒め物、かき揚げ、厚焼き玉子、高野豆腐、蒲鉾、冷奴)」とアイスティー。 1時から、「基礎ゼミ」の手助けをいただく他学部の先生に、「基礎ゼミ」の狙い、酔眼の講義内容などをお話して、協力を依頼する、2時終了。学務部に立ち寄り、珈琲をいただく。 3時から、学部ガイダンスの打ち合わせ。今回の説明は、前教務委員長にお任せする。5時前に終了。 6時半から、ターミナルのホテルで歓送迎会である、最初の挨拶、時間がかかりそうなので、ちょっと遅れて参加しよう。骨髄バンク「クリックで救える命がある」
Apr 2, 2003
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就寝10時半位、名古屋の叔父の分も飲んだのでいささか酩酊していたか、起床3時40分、ちょっと興奮気味かな。 今日は研究室を移転する、全く準備をしていない、数千冊の本(書架に入ったまま)、数百冊の卒論、書架4本、書庫1、大型の机2、パイプ椅子8本、コピー機、パソコン、空気清浄機2、マッサージ器、ミニコンポ、などなどを、数十メートル離れた部屋に移動であるが、大作業になりそうである。 ゼミ生が10人ほど助っ人に来てくれる。夕方までに片付けて、焼肉をご馳走することになっている。 今の研究室は、本来大学院の学科長室であるが、研究室が足らない関係で、拝借していた。今回、ご定年になられた先生のあとに入室する。2年前の移転は、校内の端から端まで、書籍も全てパッケージしたが、今回は、同じ建物の同じ階、少しは楽かな。 今までの部屋は、窓を開けると反対側の研究室に面していたので、ブラインドを上げたことがなかった、健康に悪し。今度の部屋は、天気がよければ遠くに生駒連山が望める、窓の真ん中に70センチほどの大きな柱が邪魔をしているが、贅沢は言うまい。 移動顛末記は夜にでも。 恙無く、移転を終える。助っ人学生9名。1時に辞令交付、3つの辞令を頂戴する、これ学校全体のオフィシャルな部分、学部の役職については明日、教務委員長だけは確定とのこと。 5時前に、移転終了して、焼肉屋へ。学生たち満足してくれたようで何より。 8時前に帰宅。 明日は会議4つと学部の懇親会、どこが春休みだ。骨髄バンク「クリックで救える命がある」
Apr 1, 2003
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