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土曜の夜9時からは、やっぱり「ごくせん」だった。新聞のテレビ欄を見て、始めて気がついたが、なんと今回が最終回である。前回が10回目だったので、第3シリーズは、全部11話の放映だったことになる。それにしても、えらく中途半端な回数だ。最初のころこそ驚異的な視聴率をたたき出していたが、ストーリーのワンパターンさに、しりすぼみの傾向が見られ、ここ2回連続で視聴率が、20%割れという状況だったので、もしかすると打ち切りか?でも、20%割れと言っても、一般的には、決して悪い数字でない。調べてみると、第1シリーズが全12話、第2シリーズが全10話と、同じような回数だったので、たぶん予定通りだったんだろうと、ちょっと安心した。○「ごくせん」DVD 今回のテーマは、「人は変われる」ということか。最終回では、第7回で出てきた、「伝説の番長」の郷田が再び登場する。以前、ヤンクミにコテンパンにやられて、改心したと思っていたら、相変わらず、ろくでもないことをやっているようだ。最終回では、3-Dの生徒にチクられたと逆恨みした郷田たちが、赤銅学院に乱入。さらに、緒方や風間たち、6人を執拗に追いかけ、ついには風間が大けがで入院、生死の狭間をさまよう羽目に。 怒った3-Dの連中は、郷田たちのところに乗り込むが、返り討ちに。そこへ真打のヤンクミ登場というわけだ。しかし、この事件が新聞に乗り、ヤンクミは保護者会でつるしあげに・・・。まさか、3-Dは、全員退学か? ところで、緒方が、郷田を鉄パイプで殴ろうとしたとき、ヤンクミが止めて、「こんなもんで殴ったら、死んじまうかもしれないんだぞ」と諭していた場面があったが、その前に、3-Dの連中、さんざん鉄パイプで殴られているはずなんだけど。怪我はしていたが、すぐにみんな元気で動いていたし、いったいどんなタフな連中だ。みんな、そのままプロレスの団体をつくれそうだ。 保護者会でのヤンクミのセリフは相変わらず熱い。そして、感動のフィナーレ。これで終わりだと思うと、少し寂しい。でも、このままマンネリ気味のものを見るのはつらいので、次はぜひ女子高編をやって欲しいものだ。(原作)・森本梢子:「ごくせん」(出演)・仲間由紀恵(山口久美子)・星野亜希(鮎川さくら)・生瀬勝久(猿渡五郎)・山田優(風間薫子) ほか○応援クリックお願いします。 ○「ごくせん」の公式HPはこちら○「ごくせん」(森本梢子:集英社) 風と雲の郷 別館「文理両道」(gooブログ)はこちら*** 追伸 ***また、仕事で旅に出ますので、コメント等のお返事は、週末になりますので、よろしくお願いします。
June 30, 2008
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フリーのルポラーターで、名探偵の浅見光彦が活躍するミステリー小説が、内田康夫による浅見光彦シリーズという旅情ミステリーである。このシリーズ既に100冊以上は出ていると思うが、警察庁刑事局長を兄に持つ光彦が、最初は半ば犯人扱いされながらも、結局は、事件を解決していくという話だ。光彦をさんざん犯人扱いしていた警察が、光彦が刑事局長の弟だとわかったとたんに、掌を返したように、ペコペコするのがなんとも面白い。 今回読んだのは、「悪魔の種子」(内田康夫 :幻冬舎)という作品である。この作品は、日本三大盆踊りの一つである、秋田県の西馬音内(にしもない)盆踊りの場面から始まる。この盆踊りは、女は「端縫い」というパッチワークのような着物を着て踊るが、男は、「彦三頭巾」という変わった被り物を被って踊るのだが、盆踊りの最中に、彦三頭巾を被った男が不審な死を遂げる。男は茨城県農業試験場に勤務する窪田という男であった。更に、茨城県霞ヶ浦で、新潟県の長岡農業研究所に勤める上村という男が殺されているのが見つかる。浅見家のお手伝いの須美子は、友人が事件に巻き込まれたため、光彦に相談する。光彦は、事件を調査するうちに、「花粉症緩和米」が絡んでいることを知る。 この作品、最初は西馬音内盆踊りという、いかにも旅情ミステリーらしいオープニングであったが、残念なことに、それ以降、他に旅情をさそうようなめぼしいものはでてこず、遺伝子組み換え作物とそれに絡む利権、お役所の縄張り体質などを追及した、どちらかといえば社会派のミステリーとなっている。しかし、それでも、稲の歴史的なものや遺伝子組み換え作物について、いろいろと興味をひかれることが書いてあり、結構面白い。この方面に、興味のある人には、お勧めの一冊である。 ○応援クリックお願いします。 「悪魔の種子」(内田康夫 :幻冬舎) 風と雲の郷 別館「文理両道」(gooブログ)はこちら
June 29, 2008
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世の中、すべてうまくいけばこんな幸せなことはない。しかし、失敗がまったくないと言う人は、まずいないであろう。もしそんな人がいれば、すぐさま神様として奉っても良いのではと思う。大部分の人は、多かれ少なかれ、失敗を経験しているものだ。しかし、大事なことは、失敗を恐れることではなく、失敗を活かす事であろう。「失敗学の法則」(畑村洋太郎:文芸春秋社)は、失敗から学ぶことの重要性を教えてくれる本である。著者の畑村 洋太郎氏は、東京大学名誉教授で工学院大学グローバルエンジニア学部教授であり、「失敗学」ということを提唱している人である。 この本は、失敗を活かすためには、「結果」から「原因」を逆にたどって行くことが重要であることを教えている。更に、「原因」は、「要因」と「からくり」に分けられ、「からくり」の構造が分かれば、架空の「要因」を入力すれば、「結果」を推測できるのである。「からくり」というと少し古臭い気がするが、入力と出力間のプロセスがどのようになっているかということであろう。 この本でも言っている様に、失敗は、確率現象なのである。どんなに努力しても、必ず人知の及ばない部分が残り、確率をゼロにはできない。しかし、失敗の予兆があるときに、その要因をしっかり突き止めていれば、致命的な大失敗になることは防止できるのである。 ところで、この本は、通常のビジネス書にはあまり書かれないと思われることも書かれている。例えば、組織の環境が悪くて、自分がどんなに努力しても変えられないときは、身を守るために、「被害最小の原理」を貫けだとか、「山勘」は経験のエッセンスだとかいったような事だ。このあたり、非常に現実的で、役に立つのではないかと思う。 また、「実践失敗学のためのQ&A」と言うコーナーがあるが、これが、「生協の白石さん」を読んでいるような感じで、結構面白い。○応援クリックお願いします。(両方押してね) 「失敗学の法則」(畑村洋太郎:文芸春秋社) 風と雲の郷 別館「文理両道」(gooブログ)はこちら
June 28, 2008
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宮部みゆきは、やはり時代ものの方がいい。今回読んだのは、「あかんべえ」。亡者の見える12歳の女の子が主人公の、江戸・深川を舞台にしたホラーミステリーである。 主人公は、料理屋・「ふね屋」の一人娘であるありん。臨死体験をして以来、亡者の見える体質になってしまった。「ふね屋」には、なんと5人もの亡者が住み着いている。 粋な若侍の幽霊「玄之介」。 色っぽい女幽霊の「おみつ」。 ちょっと偏屈な按摩の幽霊の「笑い坊」 泣いているか刀を振り回して暴れるかのアブナイ幽霊「おどろ髪」。 なぜか、おりんに「あかんべえ」しかしない女の子の幽霊「お梅」。 玄之介やおみつは、おりんの前によく姿を現し、相談事にも乗ってくれる。笑い坊は、5人の中ではただ一人、人間に触ることのできる幽霊で、おりんが死にかけている時、揉み療治で直してくれた。お梅は、自分と同じような年なので、おりんは友達になりたいのだが、なぜかおりんを嫌っているようだ。顔を見れば「あかんべえ」をする。一番の困りものは、おどろ髪。「ふね屋」の最初のお客の宴席で暴れまわり、めでたい席を台無しにしてしまった。 おりんには、すべての亡者が見えるのだが、不思議なことに、他の亡者は、その亡者と同じような心のわだかまりを持っている人にしか見えない。 「ふね屋」が建っている土地は、元々は向かいにあった「興願寺」というお寺の墓場であった。そこの住職というのが、大変な悪人であり、多くの人を殺めていたというのだ。この5人の亡者は、どうもこの興願寺の坊主と、何か因縁があるようである。 おりんは、彼らを成仏させてあげようと、興願寺での事件を調べ始める。 この因縁を解決するキーマンの役割を果たしたのが、困りものの二人の亡者、おどろ髪とお梅であったというのが面白い。最後には、お梅が、おりんに、「あかんべえ」をしていた理由があきらかになるが、その理由はあまりにも痛ましい。○あかんべえ (宮部みゆき) ○応援クリックお願いします。(両方押してね) 風と雲の郷 別館「文理両道」(gooブログ)はこちら
June 27, 2008
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写真は、「放浪記」などで有名な作家である、林芙美子の像。尾道駅近くにある商店街の入り口に設置されている。両親が行商をしていたため、各地を転々としていたが、尾道は、彼女が女学校時代を過ごしたところである。尾道市立高等女学校(現広島県立尾道東高等学校)に通っていたとのことだ。尾道は、彼女が青春時代を過ごした町なのである。「林芙美子像」 尾道の記事も、そのうちに、もっと詳しく書くつもりなので、気長に待っていてほしい。「JR尾道駅」○応援クリックお願いします。
June 26, 2008
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写真は、広島市の中に架かる橋の一つ御幸橋のたもと。咲いている花は夾竹桃。花の下にあるのは、被爆時の当時の様子を写した写真。 ●「ひろしま美術館のマティスとルオー展[広島市を歩く(その28)〕 」はこちら○応援クリックお願いします。
June 25, 2008
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今日は、「ロザリオとバンパイア3」(池田晃久:集英社)である。人間の青野月音(つくね)が妖怪専門の高校に入学して、バンパイアやサキュバスのとびきりの美少女達に囲まれて、もてもてという、うらやましい高校生活を描いたものだ。しかし、それだけではない。この学園、妖怪の学校だけあって、危険な妖怪も多く、色々なトラブルが降りかかってくる。でも、仲間たちが力を合わせて闘えば、どんな敵にでも打ち勝つことができるという、友情の大切さも描いているのである。 この巻の前半での敵は、陽海学園の公安のボスである九曜。その正体は、強力な妖力を持った妖狐で、火炎を操る厄介な敵だ。人間の身でありながら、九曜の炎の攻撃からモカを身を呈して守った月音。炎の直撃を受け、命の火が消えようとしている月音にたいしてモカのとった、驚くべき行動とは・・・。 後半は、籠女李々子(かごめりりこ)という、ものすごく色っぽい数学の先生が出てくる。フェロモン出しっぱなしという感じだが教育熱心で、勉強についていけない月音は、美人教師と二人だけで補習をやってもらえるという、うらやましい目に・・・。でも、月音の様子がどこか変だ。李々子先生の正体は、実は・・・。 あいかわらず、面白い。しかし、やっと第1シーズン全10巻のうち3巻の紹介か。実は、この作品、掲載誌の「月刊少年ジャンプ」が休刊になったため、掲載誌を「ジャンプSQ」に変え、第2シーズンを連載中である。こちらの方のコミックスもこの間第1巻が販売されたので、全部紹介するには、まだまだかかりそうである。 ○応援クリックお願いします。 「ロザリオとバンパイア3」(池田晃久:集英社) *** 追伸 ***また、今日から、仕事で旅にでます。コメント等のお返事は、木曜日の夜になります。風と雲の郷 別館「文理両道」(gooブログ)はこちら
June 24, 2008
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だいぶ飽きてきたと思いながら、土曜の夜は、仲間由紀恵見たさに、いつも通り「ごくせん」だ。もう10回目だ。 今回は、父と息子の対立、そして友情といったところがテーマか。 大和の家では両親が離婚することに。この父親というのがひどい。いわゆる偏差値の高い高校の教師という設定だが、大和を、優秀な兄貴を引き合いに出して、恥さらしと言って罵倒し、離婚の原因まで押しつける。頑固おやじと対立したり、優秀な兄弟と比べられてふてくされるというのは、学園ドラマでは、定石といっていいくらいよくあるパターンである。しかし、頑固おやじも、心の底では、息子を愛しており、最後はわかりあえて、めでたしめでたしというのも、これまた定石である。でも、ここまでこじれていれば、とてもそんな感じにはなりそうにないが、この後、どうするつもりなんだろう。○「ごくせん」DVD ところで、今回は、とうとうヤンクミの家が、大和たち六人組にばれてしまった。ばらしたのは「クマ」。「ノリ」でばらしてしまうなんて、相変わらず困った奴だ(笑)。(原作)・森本梢子:「ごくせん」(出演)・仲間由紀恵(山口久美子)・星野亜希(鮎川さくら)・生瀬勝久(猿渡五郎)・山田優(風間薫子) ほか○応援クリックお願いします。 ○「ごくせん」の公式HPはこちら○「ごくせん」(森本梢子:集英社) 風と雲の郷 別館「文理両道」(gooブログ)はこちら
June 23, 2008
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紹介が遅れたが、ちょっと前にひろしま美術館に行ってきた。ひろしま美術館は昭和53年(1978)に、広島城から近い、中央公園の1画に作られた美術館である。フランス印象派中心のヨーロッパ近代美術と明治以降の日本の油彩画を中心に収蔵しているが、今回の目的は、特別展の「マティスとルオー展」だ。、開催期間は、2008年5月17日(土)から6月29日(日) までである。まだ間に合うので、興味があるが、まだ見ていない人は、ぜひ行って見るとよい。 ところぜで、なぜ、この二人がいっしょに展示されているかというと、実はこの二人、どちらも、ギュスターヴ・モローという人の弟子らしい。そのため、モローの絵もかなり展示されている。モローは、象徴主義の画家に分類されるが、マティスとルオーは野獣派に分類されるようだ。野獣派は、フォーヴィスムとも呼び、色使いやタッチの強烈さが特徴だということである。 この中で、一番心に残ったのはルオーの絵。陰鬱な雰囲気が、とても心に引っかかる。でも、絶対に家に飾るのはいやな作品だ。もっとも、我々庶民は、どうせ、美術館でしか見れないものなのだが。○応援クリックお願いします。 ○京へ上る橋 京橋〔広島市を歩く(その27)〕 の記事はこちら風と雲の郷 別館「文理両道」(gooブログ)はこちら
June 22, 2008
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「ぜんたいこの街の人は不自然だ」「誰もあのことを言わない いまだにわけが わからないのだ」「わかっているのは「死ねばいい」と誰かに思われたということ 思われたのに生き延びているということ」(「夕凪の街桜の国」(こうの史代)より引用) 1945.8.6 「ヒロシマ」はまさに地獄絵図であった。 それから10年。まだ、「ヒロシマ」の記憶が生々しく人々心に残っている時代である。「夕凪の街桜の国」( こうの史代:双葉社)のの第一部「夕凪の街」は、ここから始まる。この作品は、「ヒロシマ」を体験したある家族の物語である。最近、田中麗奈主演で映画にもなっているのでご存じの方も多いと思う。 第一部の主人公、平野皆実は、明るいしっかりものの女性である。しかし、原子爆弾で父や姉妹を亡くしており、その時の記憶が、皆実の心に影を落としている。同僚の男性と幸せを掴みかけたとき、病魔に襲われる。 皆実の、「ひどいなあ てっきりわたしは死なずにすんだ人かと思ったのに」という最後の思いはあまりにも悲しい。○DVD「夕凪の街桜の国」 そして、場面は、第二部、第三部の「桜の国」に移る。 「桜の国」は東京に住む、皆実の姪にあたる石川七波を中心とした物語だ。少女時代は、石川の姓から、「ゴエモン」と呼ばれていた、元気な女性である。しかし、彼女の心にも「ヒロシマ」は微妙な影を落としている。 七波の父親の旭は、水戸の伯母の家に疎開していたために被爆を免れていた。伯母の養子になっていたが、大学に通うため、広島の母のもとに帰ってくる。そこで、出会ったおっとりとした少女が後の七波たちの母親になる京花である。旭が京花にプロポーズする場面はなんとも微笑ましい。しかし、京花は、母親の体内で被爆しており、三十八歳という若さで亡くなってしまう。○旭が京花にプロポーズした「平和大橋」。有名な建築家のイサム・ノグチの設計である。 ある日、父の不審な行動に、友人の東子と夜行バスに乗り込み、広島まで後をつける。その途上、弟の凪生と東子が付き合っており、それを東子の両親が反対していることを知ってしまう。この作品には、被爆2世に対する偏見への問題提起も含まれているのである。 七波が父の後をつけていたとき、東子は「広島平和記念資料館」を訪れ、あまりの悲惨さに、体調を崩してしまう。私は、元々広島出身ではないので、小学校の修学旅行で、初めて「広島平和記念資料館」を訪れた。その時に、やはり、かなりのショックを受けた記憶がある。(私の記憶違いでなけれが、最近は、展示物が多少控え目になっているような気がするのだが。)しかし、それでも、東子は、広島に来れて良かったと思い、今度は父母を連れて来たいと思う。凪生と東子の仲は良い方に進んでいくことを暗示させるようなエピソードだ。 この話は、フィクションではあるが、何も特別な話ではない。「ヒロシマ」を経験した人々には同じような物語がいくつもあったはずである。「ヒロシマ」の物語を風化させてはならないと思う。 最初は、絵柄が私好みではなかったので、どうかなと思ったのだが、読んでいるうちに、そんなことはまったく気にならなくなっていた。ずっと後世に残したい1冊であろう。 ○応援クリックお願いします。(両方押してね) 「夕凪の街桜の国」コミック版( こうの史代:双葉社)&小説版( 国井桂/こうの史代:双葉社) 風と雲の郷 別館「文理両道」(gooブログ)はこちら○関連記事: 404 Blog Not Found 「誠実なる無回答 - 画評 - この世界の片隅に」
June 21, 2008
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「ロザリオとバンパイア」(池田晃久:集英社)の第1巻を紹介してから、大分経ってしまった。人間の青野月音(つくね)が妖怪の高校に入学して、バンパイアやサキュバスの美少女達に囲まれ、どきどきハラハラの学園生活を描いたものだが、やっと第2巻のレビューである。この巻では月音たちに新しい仲間が出来る。まだ11歳だが、高校に飛び級で入学してきたという天才のちびっこ魔女だ。魔女は妖怪とも人間ともわからないため、皆から嫌われており、ひとりぼっちの寂しさから、いたずらばかりしていた。しかし、月音たちの優しさに触れ、心を開いて友達になる。 その一方では、生徒を石にしてコレクションしているというメデューサの美術教師や、ストーカーのナメクジ妖怪の生徒などとんでもない連中も出てくる。しかし、妖怪の学園を舞台にしているが、この漫画、そこは基本的には学園漫画だ。お決まりのパターンの通り、困難を乗り越えるたび、友情は強固になっていくのである。 そして、最後に出てくるのが学園の公安委員会。通常の学園物では風紀部といったところだ。なぜか、学園物では、風紀部は権力を持っていて、ワルが仕切っているというのが定番だが、ここもその例に漏れないようだ。次の巻では、公安委員会との全面対決は必至のようである。はたして月音たちはどうなってしまうのか。 ○応援クリックお願いします。(両方押してね) 「ロザリオとバンパイア2」(池田晃久:集英社) ○「ロザリオとバンパイア1」の記事はこちら風と雲の郷 別館「文理両道」(gooブログ)はこちら
June 20, 2008
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最近よく「灼眼のシャナ」シリーズを読んでいるが、今日紹介するのは、「灼眼のシャナS」(高橋弥七郎:メディアワークス/角川書店)である。3つの短編からなる、シリーズの番外編のような短編集だ。収納されているのは次の3編。 ○「灼眼のシャナマイルストーン」 題名に「シャナ」とあるが、シャナは出てこない。この話の主役は「弔辞の詠み手」マージョリー・ドーである。かって、ニューヨークで、マージョリーが紅世の徒と戦った。共に戦った「誰かを助けたい」という思いを持ったフレイムヘイズ,「魑勢の牽き手」ユーリィ・フヴォイカ。しかし、それは、フレイムヘイズにとっては命取りになるような危険があった。マージョリーのほの悲しい思い出の話である。○「セレモニー」 皆で、吉田一美の誕生日を祝う話。恋敵のシャナは同級生の真竹とケーキ作りをがんばる。マージョリーもヴィルヘルミナも、御崎高校の仲間たちも皆で誕生日を盛り上げようとする。一美の弟の健が用意した、最後のサプライズが感動的。○「キープセイク」 かって、「炎髪灼眼の討ち手」がシャナではなかったころの話。紅世の徒の集団である「九垓天秤」の大幹部である「闇の雫」チェルノボーグと「大擁炉」モレクの中学生のような恋物語。「九垓天秤」のNo.2のくせに、やたら気遣いをして貫禄の無いモレクとそんなモレクを密かに気にしているツンツンキャラのチェルノボーグの様子が微笑ましい。敵役の方にもこんなエピソードあるのだということを描いた異色の作品である。 この3編の他に、本編第1巻で出てきた「狩人」フリアグネとマリアンヌによるQA方式で、シャナに関する色々な質問に答えているのもファンにはうれしいおまけであろう。ただ、この作品をいきなり読んでも、この世界の設定や色々なエピソードが分かっていないと、楽しめないところがあるかもしれないので、ある程度本編を読んでから、こちらを読むことを勧める。○応援クリックお願いします。(両方押してね) 「灼眼のシャナS」(高橋弥七郎:メディアワークス/角川書店) 風と雲の郷 別館「文理両道」(gooブログ)はこちら
June 19, 2008
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「どこにでもあるクソ人生でも、こいつらにとっちゃ、たった一度の人生だったってことだ。手を抜くんじゃねえ。検視で拾えるものは根こそぎ拾ってやれ」(横山秀夫「臨場」より) 良くドラマなどで、殺人事件が起きた時に、死体の状況を調べるシーンが出てくる。私は、てっきり全部医者がやるものだと思っていたが、犯罪性の有無を調べるのは「検視」といって、警察官が行うようだ。なお、「検死」と言う用語は、法律上は存在せず、上記の「検視」と医者が死因を特定するために行う「検案」、そして「解剖」まで含んだ概念のようである。このあたりの区別も、今回調べてみて、初めて知ったのだが。 そんなことを調べたのは、「臨場」(横山秀夫:光文社)を読んだのがきっかけである。主人公は、L県警刑事部捜査第一課に勤務する倉石義男と言う男。階級は警視。「終身検視官」と呼ばれる強烈な個性を持つ異能の人物である。多くの、自殺と片付けられそうな死体を他殺と暴き、他殺と判定されそうな死体を自殺と見抜いてきた。しかし、その風体といえば、オールバックで鋭い眼光、やくざっぽい足の運びで歩き、警察と言うよりはマフィアのように見える。上司に疎まれ、おまけに近所の評判も悪い。その一方では、強烈なカリスマ性を持っており、警察内にシンパも多く、部下や退職する上司のために、情の厚いところを見せたりもする。 この作品は、全部で8つの短いエピソードから成り立っており、全体として一つの物語を作り上げている。どのエピソードも倉石が圧倒的な存在感を発揮しており、読み応えのある物語となっている。しかし、組織の中で、これだけ強い個性を保てるのはうらやましいものである。○応援クリックお願いします。(両方押してね) 「臨場」(横山秀夫:光文社) 風と雲の郷 別館「文理両道」(gooブログ)はこちら
June 18, 2008
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ムラサキカタバミ。道端の雑草だが、可愛い花を咲かせる。南アメリカ原産の帰化植物で、元々は、観賞用だったそうだ。最近は、アフリカ産の、花も葉も大きなカタバミをよく見かける。そのうちこれも、ムラサキカタバミのように、ありふれた雑草になってしまうのだろうか。 ○応援クリックお願いします。 風と雲の郷 別館「文理両道」(gooブログ)はこちら
June 17, 2008
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土曜日の夜は、恒例の「ごくせん」だ。早くも9回目である。当日は、バス旅行で出かけており、放映までに帰れるかと心配していたのだが、サッカーのワールドカップの予選のため、放映開始が30分、いつもより遅くなっていたので助かった。 さて、今回のテーマは、「本当の仲間とは」ということ。赤銅学園も、進路指導の時期である。しかし、3-D生徒の村山たち5人は、進路希望を白紙で提出。ヤンクミと3-Dの生徒たちが、怪我の功名で学校荒らしを捕まえ、警察から表彰されて盛り上がっているのにも、冷やかな態度である。おまけに、よくない連中とも付き合っているようだ。○「ごくせん」DVD 後は、大体いつもの通り。3-Dの仲間の友情で、悪い仲間を抜けようとする5人だが、そうは問屋がおろさない。ボコボコにされる村山たちを、桃太郎侍よろしくヤンクミが救出し、本当のナマカいや仲間とは何かということを諭すというもの。 しかし、冒頭の飲み会での、ヤンクミの高校時代の思い出話には笑った。何しろ、「入学早々、3年の番長に、河原で決闘を申し込まれた」らしい。いったいどんな生徒だったんだ。ヤンクミ、あわてて、「決闘」→「結婚」って言い直していたが、そんな訳ないだろう。 しかし、ヤンクミ、悪い奴らを懲らしめるとき、どうしていつも髪の毛、束ねているのを外してしまう?かえって、戦いにくいのでは?もしかすると、一見ぱっとしない女教師が、実はこんなにものすごい美女だということで、相手を一瞬びっくりさせ、戦いを有利にしようという兵法なのか?(そんな訳ないか) 投げ捨てているメガネの行方も気になるのだが。 でも、さすがに、仲間由紀恵ファンの私も、ストーリーのワンパターンさに、少し飽きてきた。ちょっと目先を変えたお話を観たいものだ。やはり、次のシリーズ(あるのか?)は女子高編をやって欲しい。(原作)・森本梢子:「ごくせん」(出演)・仲間由紀恵(山口久美子)・星野亜希(鮎川さくら)・生瀬勝久(猿渡五郎)・山田優(風間薫子) ほか○応援クリックお願いします。 ○「ごくせん」の公式HPはこちら○「ごくせん」(森本梢子:集英社) *** 追伸 *** 本日から所用のため、コメント等のお返事は、明日の夜になりますのでよろしくお願いします。風と雲の郷 別館「文理両道」(gooブログ)はこちら
June 16, 2008
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JR出雲市駅の南口は、ちょっと前に紹介したが、出雲市駅の正面玄関にあたるのがこの北口である。出雲市といえば、もちろん出雲大社。縁結びの神として、有名であり、日本各地にも、その分社がある。この北口は、ご覧の通り、出雲大社を模した造りになっていて、いかにも出雲市らしい。○出雲市駅 このJR出雲市駅に隣接して、一畑電鉄出雲市駅がある。この出雲市駅とと松江市の松江しんじ湖温泉駅を結んでいるが、途中で分岐して出雲大社前駅に行く路線もある。地方で健闘しているローカル私鉄の一つである。すっかり、出雲大社のための鉄道になっている感もあるが、一畑電鉄の名は、もともとは、一畑薬師に行くための鉄道だったことによる。○一畑電鉄出雲市駅 今回は仕事で行ったので、駅前をうろついただけである。これではちょっとさびしいので、だいぶ前に行った出雲大社の写真を掲載しておこう。現在は平成の大遷宮の最中で、平成20年4月2から修造の終わる平成25年5月までは、大國主命は御仮殿(現拝殿)におわすそうである。○出雲大社○応援クリックお願いします。(両方押してね) ○「出雲市駅前ランプの湯(出雲市あれこれ2)」はこちら風と雲の郷 別館「文理両道」(gooブログ)はこちら
June 15, 2008
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世間では、「理系」、「文系」という目に見えない壁があるようだ。たかだか高校の数年間に、理数系の科目が得意であったかどうかによって決まるらしい。そんな分離の壁が、日本社会の発展を阻害しているとして、これを壊そうという目論見で毎日新聞に連載された「壊そう文理の壁」という記事や、分離にかかわる特集記事を編集しなおして1冊の本にしたのが「「理系」という生き方(理系白書2)」(毎日新聞社:講談社)である。○「「理系」という生き方(理系白書2)」(毎日新聞社:講談社) 日本のような、人しか資源のないような国は、科学技術に関する教育を充実させ、知的財産で武装していくしかないのではないかと思う。しかし、現状はお寒い限りだ。ゆとり教育の弊害で、本来必要な教科を履修していたない学生が多く、大学で補習をやらなくてはならないということはよく聞く。特に、科学技術の基礎となる物理の履修率が低くなっていることには、我が国の将来に大きな不安を持たざるを得ない。 また、いわゆる「理系」人間たちにとって、伝統的に「文系」支配である我が国の現状は、とても魅力あるものとは思えない。それは、この「理系白書」という表題の本が出ることからも明らかであろう。「文系白書」なんてタイトルの本は、まず出ないからである。「理系」としての生き方に夢が持てないため、理系の卒業生は、金融機関などに「文系」就職をしていく。 「理系」出身者は論理的で数字に強いため、ビジネスに向いている人間も多いはずである。最近は「理系」社長も次第に増えているというが、手放しでは喜べないのではないかと思う。 「文理の壁」を破ることは、結局は、「理系」の人間が「文系」の世界に歩み寄ることなのだろうか。本当の意味での「文理の壁」の打破とは、「理系」が本来の「理系」としても、社会から十分に評価されるということではないのか。もっとそんな視点でも、この本を書いてほしかったのだが。○応援クリックお願いします。(両方押してね) 風と雲の郷 別館「文理両道」(gooブログ)はこちら
June 14, 2008
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JR出雲市駅の南口に隣接している、交通至便な温泉が、「出雲駅前温泉 らんぷの湯」である。2004年10月にオープンした、まだ新しい温泉だ。地下1800メートルから汲み上げている天然かけ流し温泉である。入口には足湯の設備もある。「出雲駅前温泉 らんぷの湯」「らんぷの湯入口」「らんぷの湯足湯」 出張疲れを癒すために、試しに入ってみた。浴室は、そう広くないが、ほの暗い室内に約70個のランプが灯り、なかなかいい雰囲気である。含鉄-カルシウム・ナトリウム-塩化物泉で、神経痛や筋肉痛などに効能がある。お湯は茶色で、独特の臭いがある。 小さいながらも、露天風呂の設備もあり、一人用の浴槽が、長方形のものが3つと円形のものが1つ置いてある。浴槽の向こうはちょっとした竹林がこしらえてあるので、お湯に浸かりながら、ゆったりとした気分が味わえる。これは病みつきになりそうだ。 宿泊したのは、「出雲グリーンホテルモーリス」、交通が便利で、広くてきれいな3拍子揃ったホテルだ。○応援クリックお願いします。(両方押してね) ○「出雲の駅弁・かに寿し(出雲市あれこれ1)」はこちら
June 13, 2008
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「灼眼のシャナ」(高橋弥七郎:メディアワークス/角川GPメディアワー)のシリーズも、とうとう6巻まで読んだ。まだまだ先は長いが、完全に嵌ってしまったようだ。 この6巻では、珍しいく戦闘シーンはない。次の戦いまでの束の間の静けさといったところか。悠二を巡って、シャナと吉田一美との三角関係は、ますます複雑に。 しかし、紅世の徒を討伐した地には、やがて調律師と呼ばれるフレイムヘイズがやってきて、世界の歪みを修復する。そうなるとシャナもマジョリーも、この街を去らねばならない。悠二やマージョリーの子分の佐藤、田中の複雑な思い。 そして、その調律師がついにやってきた。フレイムヘイズの「儀装の駆り手」カムシンと紅世の王「不抜の尖嶺」ベヘモットである。これまで出てきたフレイムヘイズは女性ばかりだったが、このカムシンは少年の姿をしたフレイムヘイズだ。カムシンは吉田一美の協力を得て調律を始めるが、思わぬ結果が・・・ この巻では大きな事件はないが、不穏な動きをしている紅世の徒が出てくる。果たして、このあとどんな事件が起こるのか。この巻を読んだだけでは、ちょっと燃焼不良である。○応援クリックお願いします。(両方押してね) ○「灼眼のシャナ5」の記事はこちら「灼眼のシャナ6」(高橋弥七郎:メディアワークス/角川GPメディアワー) 風と雲の郷 別館「文理両道」(gooブログ)はこちら
June 12, 2008
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この間、出雲へ行ったときのことを、ちょっと先出しで記事を書いたが、仕事で行ったので、そう変わったものはない。しかし、せっかく行ったのだから、せめて、なにか記念になることを体験しようと、出雲の駅弁の一つである「かに寿し」を買ってみた。(ホント、ささやかである。) 写真は、「かに寿し」のパッケージ。八角形の形が面白い。値段は920円。ささやかな贅沢だ。 ふたを開けると、中身はこんな感じである。寿し飯の上に乗っているのは、金糸卵、かにの身、グリーンピース、紅しょうがそして、あご(トビウオ)ちくわと思われるものが一切れ。黒く見えるのは、昆布の佃煮のようなもの。食べてみると、酢が良く利いていて、かにの身の歯ごたえがなんとも言えずいい感じである。 ちなみに、こちらは、普段食べるような昼の弁当。値段は400円也である。でも、けっこううまい。○応援クリックお願いします。(両方押してね) 風と雲の郷 別館「文理両道」(gooブログ)はこちら
June 11, 2008
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ちょっと前に、森博嗣の「幻惑の死と使途」という変わった題名の本を紹介した。この本の変わっているのは題名だけではない。中が奇数の章だけからできているのだ。なぜかと思っていたら、実は、今回紹介する「夏のレプリカ」(森博嗣:講談社)と対になっているからであった。だから、こちらの方は、偶数章ばかりで出来ている。しかし、両方とも独立して読めるので、両方を見比べながら読む必要はない。ほぼ同じ時期に起こった2つの独立した事件を扱っているので、このような構成にしたということである。S&Mシリーズの第7作目だ。 こちらの作品で、メインの役を演じるのは、前作でちょっと登場した、西之園萌絵の高校時代からの親友である簑沢杜萌である。彼女が、実家に帰省した際に体験した時、仮面の男によって拉致される。彼女の家族も既に、男の仲間によって簑沢家の別荘に拉致されていた。杜萌が仮面の男に別荘につれてこられた時、男の仲間たちは、同士討ちをしたような形で死んでいた。更に、かって盲目の天才詩人として有名になった、兄の素生が失踪する。 簑沢家にも杜萌にも、何か秘密があるような雰囲気が常に漂い、その雰囲気で、一気に最後まで読ませるような作品である。しかし、考えてみると、設定によく分からないところがある。この事件の動機であるが、一言で言えば、今カノが元カノを消してしまいたいということだったのだろうか?でも、普通は逆で、彼氏を取られた元カノが今カノに復讐するというのが自然だと思うのだが。真犯人は、非常に論理的で頭が良いという設定なのだが、やっていることは、あまりにも非論理的である。もっとよく分かるように書きたいが、そうすると、必然的にネタばれになってしまうので、この辺でやめておこう。 最後に、森博嗣お得意のパターンで、ちょっとしたどんでん返しのようなものがあるのだが、これも結局なんだったんだという思いが残る。もしかすると、別の作品に続いているのかな?○応援クリックお願いします。(両方押してね) 「夏のレプリカ」(森博嗣:講談社) 風と雲の郷 別館「文理両道」(gooブログ)はこちら
June 10, 2008
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「ヤンクミが妊娠?」 土曜の夜9時は、いつもの「ごくせん」。これで8回目だ。今回は冒頭で、いきなりこんな展開に。実はこれ、熊井の妻の出産が近いということで、「教え子の子供と言えば孫も同然」とばかり、おばあちゃん気分でベビー用品を買いそろえていたというだけなのだが。なんとも早とちりな同僚教師や3-Dの生徒たちである。○「ごくせん」DVD 真相が分かると、口の悪い3-Dの生徒たちから、 「赤ちゃんの前に結婚しないとな!」 「その前に男つくらねえとな!」などと痛いところをつかれ、ヤンクミ、ブチ切れていたのが面白い。 ヤンクミが、人形を使って、おしめを替える練習をしていたが、おしめの仕上がった形が、なぜか「ふんどし」。前回の件もあるが、そんなにふんどしが好きなのか。でも赤ちゃんにふんどしさせてどうする! ところで、今回のテーマは「誰かを守るための本当の強さとは」ということ。主役は、3-Dの6人組の一人神谷。彼女とデート中に、敵対する不良高の生徒にぼこぼこにされ、自分の弱さにいらつく。そして、やたら頭を下げる母親や熊井の態度に反発するが、ヤンクミの説教で「本当の強さ」とは何かに気づくというのが今回のお話である。しかし、「力無き正義は無力なり・・・」を実践しているようなヤンクミが言っても、あまり説得力が無いような気が・・・。 それにしても、悪者役で出てくる不良のスケールが、だんだん小さくなってきている気がする。最初はかなりのワルが出て来ていたのに、今回は赤銅の生徒と大差ないような、ただの不良高校生たちだ。 最後に、猿渡教頭が、珍しくいいところを見せる。この男、いつも憎まれ口ばかり叩いているが、案外根はいいやつだと思う。今回も、それが分かるエピソードだ。 しかし、クマもとうとう父親役か・・・(原作)・森本梢子:「ごくせん」(出演)・仲間由紀恵(山口久美子)・星野亜希(鮎川さくら)・生瀬勝久(猿渡五郎)・山田優(風間薫子) ほか○応援クリックお願いします。 ○「ごくせん」の公式HPはこちら○「ごくせん」(森本梢子:集英社) 風と雲の郷 別館「文理両道」(gooブログ)はこちら
June 9, 2008
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ちょっと前に「鉄子の旅 1」を紹介したが、今日紹介する「鉄のほそ道 1」(はしもとみつお:角川書店)も、同じような「鉄」漫画である。「コミックチャージ」という雑誌に連載されている。「鉄子の旅」はノンフィクションだったが、こちらはフィクションというのが大きな違いであろうか。 編集者の山川珠美は、ローカル線を紹介すると言う雑誌の企画で、ライターの大沢大吾とゆっくり、のんびりした鉄道の旅を続ける。この大沢、「伝説の鉄道オタク」として、その方面では有名と言う設定だが、以前紹介した「鉄子の旅」に出てきた横見さんのように、キャラ自体がそんなに面白いと言うわけではない。何しろ、鉄道自体より、乗っている人間の観察のほうが好きみたいなのだ。オタクというより分別くさいオヤジのようで、珠美から、しょっちゅう、「高いところからものを言う」ところが大嫌いなんて言われている。 今回乗る鉄道は、廃線の旅を含めて、・鹿島鉄道・銚子電気鉄道・伊豆箱根鉄道・駿豆線・寝台特急なは・南阿蘇鉄道・岳南鉄道・平成筑豊鉄道・高松琴平電気鉄道・琴平線・名古屋鉄道岐阜市内線・美濃町線・大井川鉄道本線・井川線である。どんな鉄道かは、それぞれの会社などにリンクを張っているので、興味があればクリックしてみて欲しい。 この作品で描かれているのは、大沢と珠美が、これらの鉄道で出会う様々な人間ドラマ。結構泣かせる話が多い。 ところで、この大沢、廃線跡に「萌える」と言って、少しはオタクらしいところを見せている。かわいそうに、「萌え」の分からない珠美からは、変態と言われているのだが。○応援クリックお願いします。(両方押してね) 「鉄のほそ道 1」(はしもとみつお:角川書店) 風と雲の郷 別館「文理両道」(gooブログ)はこちら
June 8, 2008
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「そして、人間というものが、決して意思どおりになるものでなく、むしろどうにもならぬ必然によって動かされるものだということを、おそらく彼らは知っていたのだろう。イギリスやフランスでは、彼はいわば丸い穴に差し込まれた四角な木釘だった。ところが、ここでは、穴はどんな形にでもなるのであり、したがって、どんな木釘でも合わないということはない。」(「月と6ペンス」(モーム/中野訳より引用)) 最近は、ミステリーを読むことが多いが、その昔大学に入ったころは、外国の色々な作家の作品もよく読んでいた。そんな作品のひとつに、「月と六ペンス」 (ウィリアム・サマセット・モーム/中野好夫:新潮社) がある。学生時代に買った本は、既にどこかに行ってしまったが、先日古書店で見つけたので、懐かしさもあり、購入して読み返してみた。 作者のウィリアム・サマセット・モーム(William Somerset Maugham:1874 - 1965)は、有名なイギリスの作家である。第一次世界大戦中は、007で有名な「MI6」で諜報部員をやったこともあるという変わり種で、私は読んだことはないが、スパイ小説なども書いているようだ。多くの名作を残しているが、「月と六ペンス」は、画家ポール・ゴーギャン(Eugene Henri Paul Gauguin:1848 - 1903)の伝記に触発されて書かれたもので、モームの小説の中ではもっとも知られているものの一つである。○ 原作 「The Moon and Sixpence 」( W. Somerset Maugham/Robert Calder:PENGUIN CLASSICS U.S )と行方昭夫訳による岩波文庫版 この作品での、ゴーギャンをモデルとした主人公は、ストリックランドという男である。妻と二人の子を持つ、平凡でまるで面白みのない一介の株式仲介人というのが、この男の前半生だ。それが、40歳を過ぎてから、突然妻子を捨てて、住み慣れたロンドンから、画家を目指してパリに渡る。ここから、ストリックランドは、平凡な人生を送っていた男から、強烈で個性的な人物に変わる。とにかく極め付きの変人と言ってもよいキャラクターだ。周りの人がどう思おうが、全く斟酌せず、自分の思うように生きて、ただ絵を描き続ける。パリでは、彼を天才と見抜いた、唯一の理解者の妻を寝取ってしまう。そして、ついにはその妻を自殺に追いやり、タヒチに渡る。故国やフランスにいたときは、蛇蝎のように嫌われていた彼だが、タヒチに渡ってからは、深い同情さえ受けていた。彼はひたすら絵を描き続ける。業病による死が彼の筆を停めるその一瞬まで。 ところで、「月と6ペンス」とは、極めて象徴的な表題であり、一見何を意味するのかよく分からない。ネットでの意見なども参考にしながら考えてみた。月は夜空に美しく輝いているが、西洋では昔から狂気の象徴でもある。そして、6ペンスとは世俗的なものを表すらしい。さらに、6ペンス銀貨は、月の象徴でもあるという意見もあった。そうすると、世俗的な株式仲介人であったストリックランドが、芸術という狂気に取りつかれ遥かなる高みを目指したが、それは、結局は人間という不条理なコインの表裏に過ぎなかったということであろうか。 世俗のしがらみに囚われず、ひたすら自分の狂気に従って生きたストリックランド。私は、そんな彼に、嫌悪感を抱きながらも、興味を持たずにはいられないのである。○応援クリックお願いします。(両方押してね) 風と雲の郷 別館「文理両道」(gooブログ)はこちら
June 7, 2008
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「屍姫」(赤人義一 :スクウェア・エニックス)の記事も、やっと5巻まできた。この巻では、屍の集団・「大群(おおぜいのけがれ)」が、ついに最凶の魔王を復活させる。その魔王の名は「崇神魔縁(すがみまえん)」というが、モデルは明らかに崇徳上皇である。 崇徳上皇は、菅原道真、平将門と並び、日本の歴史上、日本の三大怨霊として恐れられてきた。崇徳上皇は、鳥羽天皇の第一皇子であったが、実は鳥羽天皇の祖父である白河法皇の子であると「古事談」には伝えられており、鳥羽天皇からは「叔父子(おじご)」と呼ばれて疎まれたとのことである。その確執が、上皇となった後に保元の乱(1156年[保元元])を引き起こし、敗れて讃岐の国に流される。 崇徳上皇は、讃岐での流人としての暮らしの中で仏教に傾倒し、五部大乗経の写本を作成して、都に送ったが、呪詛が込められていることを警戒した朝廷は、これを拒否した。絶望した上皇は、自らの舌を噛み切り、その血で、写本全てに「日本国の大魔縁となり、皇を取って民とし民を皇となさん」などと書き込み、生きながら天狗となったと言われる。このあたりは、井沢元彦の「逆説の日本史」などにも詳しく書いてあるので興味のある方は、そちらを読んでみて欲しい。 この崇神魔縁を復活させようと画策していた屍たちのリーダーが計都(けいと)であるが、その本当の名は鎮西八郎為朝という、こちらも実在した人物であり、保元の乱で父為義とともに崇徳上皇方に組して敗れた武将である。 後半は、莉花、早季のコンビと、大群の幹部の一人である僵屍仙(きょうしせん)リオン・リンとの戦いである。リオン・リンは、死を超越しており、もう死に方が無いという恐るべき強敵である。ここでは、早季がなぜ莉花の「屍姫」になったかの秘話が明らかにされる。 しかし、光言宗側、幹部クラスが相手では、ろくに対抗もできない状態なのに、魔王まで蘇らせてしまって、この後どう始末をつけるつもりなんだろう。この手の話によく見られるように、最後は「根性」で決めるしかないのか。○応援クリックお願いします。 ○「屍姫4」の記事はこちら「屍姫5」(赤人義一 :スクウェア・エニックス) 風と雲の郷 別館「文理両道」(gooブログ)はこちら
June 6, 2008
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今日も、広島市の風景である。写真は広島市内を流れる太田川の分流の一つである「京橋川」に架かる「京橋」である。もちろん川の方が、橋の名前にちなんで名づけられている。 ところで、「京橋」の名の由来であるが、この橋は、旧西国街道に架かった橋なのである。下関から京の都を結んでいたのが西国街道であり、広島から見れば、この橋は京の都へ続く橋なのである。 現在の橋が出来たのは、1927年(昭和2)である。原爆の爆風にも耐え、多くの被災者がこの橋を渡って避難して言ったという。○京橋 写真は、京橋の架かる京橋川の風景である。別に何の変哲もないかもしれないが、水のある風景は心が和むものである。○京橋川の風景○応援クリックお願いします。 ○水木しげる、京極夏彦、荒俣宏そして衣笠祥雄〔広島市を歩く(その26)] の記事はこちら風と雲の郷 別館「文理両道」(gooブログ)はこちら
June 5, 2008
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出張に行っていたりでいろいろ忙しかったので、先週テレビ朝日系列で放映された日曜洋画劇場で観た「コンスタンティン」のレビューを今頃書いている。冒頭の30分を見逃したし、レビューを放映からかなり遅れて載せるというのも多少の抵抗があるが、このブログは、私の備忘録としての意味合いもあるので、一応書いておこう。 「コンスタンティン」は、アメリカンコミックを原作とする2005年制作のアメリカ映画である。マトリックスのキアヌ・リーブス主演による、神と悪魔を扱った、かなり宗教色の強いホラーアクション映画だ。この作品の世界観では、人間界は、天国と地獄に隣接しているがお互いに行き来をすることはできない。その代り、人間界には、天使や悪魔との中間的な存在であるハーフブリードが存在し、世界のバランスがとられていた。コンスタンティンは、自殺未遂のため決定している地獄行きを帳消しにしようと、悪魔払いに精を出していたが、サタンの息子が、人間界に出現しようとしているのを知り、それを阻止しようとする。 高層ビルが並び立つ近代都市を背景に繰り広げられる、悪魔との戦いという前近代的なものとの対比が面白い。しかし、出てくる天使や悪魔が、なんともしょぼくて期待外れだ。もっとCGを駆使して、すごいのを出してくれればと思うのだが。 ところで、ハーフブリードというと、似たようなものが出てくる「ゴッドサイダー」(巻来功士) という漫画を連想する。こちらの方がずっと面白いと思うので、映画化してくれないかな。(監督)・ フランシス・ローレンス (出演)・キアヌ・リーブス(ジョン・コンスタンティン )・レイチェル・ワイズ(アンジェラ・ドッドソン 、イザベル・ドッドソン)・ティルダ・スウィントン(ガブリエル) ほか○応援クリックお願いします。 ○「コンスタンティン」のDVDと「ゴッドサイダーセカンド」のコミック 風と雲の郷 別館「文理両道」(gooブログ)はこちら
June 4, 2008
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少し前から、「レバレッジ○○」と言うような本をよく目にする。レバレッジとは、てこと言う意味である。レバレッジを効かせるというのは、てこのように小さな力で大きなものを動かすということであり、金融の世界などでは、昔から使われていた言葉で、言葉自体はそう目新しいものではない。 最近よく聞く「レバレッジ○○」というのも、同様に、少ないインプットで最大の効果をあげようというもののようだ。今回読んだ「レバレッジ時間術」(本田直之 :幻冬舎)も、そんな1冊であり、少ない時間投資で大きな効果を目指せと言うものである。 1日の持ち時間は、誰でも24時間である。しかし、この24時間をどういうふうに使うかにより、ライフスタイルの質は大きく変わってくる。しかし、ちまちまと、あっちで5分、こっちで10分と時間を節約しても、そう劇的な効果は得られないであろう。この本では、発想を変えて、時間を「浪費」するのではなく、時間を「投資」するということを主張する。例えば、仕事の初めに、段取りを考えることに時間を投資し、その後の作業時間を極力少なくするのである。こうすれば、最初の段取りで時間がかかっても、全体では大きな時間が節約できることになる。すなわち、時間に投資することで、新たな時間と言う資源を増やすことができるのだ。そして、この増やした時間と言う資産を更に再投資に回せと主張している。 更に、著者は、時間投資に基づいた時間の使い方として、「レバレッジスケジューリング」というものを推奨している。これは、ゴールから逆算して、ステップごとにスケジュールに落とし込んでいくと言うものだ。例えば、建設工事などでは、竣工日が決まっているので、その日に竣工させるためには、いつまでに何をやらなければならないかという工程表を作ることが不可欠である。これを個人のレベルでもやるべきだといって、著者の大学受験や、ワインアドバイザ-の受験体験などが事例として紹介されている。 しかし、日本では、手段がいつのまにか目的に摩り替わってしまい、無駄な汗をかいていても、それが美徳として尊重されると言うようなことが、まだまだ多いのではないかと思う。せっかく時間投資をして、新たな時間資源を生み出しても、それが、十分に活用できないような環境では、そのようなことをやるインセンティブは湧かないであろう。これは、日本社会全体で見ると、大きな損失ではないだろうか。 ところで、この本の内容であるが、「時間を『投資』」といった概念は、新鮮であったが、内容的には、ある程度のレベルのビジネスマンであれば、程度の差や表現の仕方の差こそあれ、既に知っていることは多いのではないかと思う。要は、やるかやらないかということであろう。 ○応援クリックお願いします。 「レバレッジ時間術」(本田直之 :幻冬舎) 風と雲の郷 別館「文理両道」(gooブログ)はこちら
June 3, 2008
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先週の土曜の夜9時は、いつもの「ごくせん」だ。早くも7回目の放映だ。今回は、学園ドラマらしく、文化祭がテーマ。赤銅祭が開催されるというのに、3-Dの連中は、いつもの通りやる気なし。一人だけ異常に盛り上がるヤンクミとの対比は恒例の風景だ。しかし、もてない3-Dの男子たち、学園祭には女の子が来ると聞いて、がぜん張り切り始める。そして、出し物が、なんと「イケメンカフェ」。いったいどこにイケメンがいる。ところで、このときのヤンクミのアイディアは、驚くなかれ「ふんどし喫茶」。高校の文化祭でそんなことできるか!でも、もしかすると、見たかった人もいるかな。私は目が腐りそうなので、絶対に見たくないが。 ○「ごくせん」DVD 今回も、やっぱりおじゃま虫が出てくる。「伝説の番長」と異名をとった郷田。徒党を組んでカツ上げなどを行っている、たちの悪い卒業生だ。でも、今時、「番長」っているのか?赤銅祭をつぶそうとしている郷田を阻止しようと、大和たちは立ち向かうが、多勢に無勢、いつもの通りボコボコにされる。そして、ここで、水戸黄門(桃太郎侍の方が似ているかな?)ならぬヤンクミの登場というわけだ。 しかし、赤銅学院、3-Dだけでなく、学校全体がかなりの悪名が轟いているという設定だということが話の端々から分かる。今回も卒業生の郷田が、「誰でも入れるバカ銅学院」と言っていたし、以前にも他校の不良が、赤銅の名を聞いただけで、弱気になったシーンがあった。それにしては、他のクラスの話題がまったく出てこないのはどういう訳だ。(原作)・森本梢子:「ごくせん」(出演)・仲間由紀恵(山口久美子)・星野亜希(鮎川さくら)・生瀬勝久(猿渡五郎)・山田優(風間薫子) ほか○応援クリックお願いします。 ○「ごくせん」の公式HPはこちら○「ごくせん」(森本梢子:集英社) 風と雲の郷 別館「文理両道」(gooブログ)はこちら
June 2, 2008
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金曜の夜は、日本テレビ系列の「金曜ロードショー」で「ヴィレッジ」をやっていた。以前に、他の映画を観た際に、この映画の予告編を観て、いかにも私好みのB級ホラー映画という雰囲気に、興味を持っていたのだが、あいにく、この日は、出張から帰るのがかなり遅くなる予定であった。そんな訳で、観るのはあきらめていたのだが、予定よりだいぶ早く、家に帰り着くことができたので、何とか観ることができた次第である。 さて、ストーリーの方であるが、森に囲まれ、外界から孤立した村が舞台である。その村には、けっして森に入ってはいけないという掟があった。森には、魔物が住んでおり、彼らとの「境界線」を守らなければ、恐ろしいことが起こるというのだ。ところが、誰も森に入っていないはずなのに、村に異変が起こり始める。盲目の少女アイヴィーは、重傷を負った恋人ルシアスのため、薬を求めて、森を抜け、町へ向かう・・・ 見た感想だが、だいぶ思っていたのとは違った。盲目のアイヴィーが、入ったこともない深い森を抜けて、町に薬を取りに行くなんて、設定自体にもかなり無理があるということはさておき、どんな怖~いモンスターが出るかと楽しみにしていたら、なんかしょぼいのが出てきた。なんだこれは、と思っていたら、あんなしょーもないオチだったとは。映画館で観なくてよかった。(監督)・M.ナイト・シャマラン(出演)・ブライス・ダラス・ハワード(アイヴィー・ウォーカー) ・ホアキン・フェニックス(ルシアス・ハント) ほか○応援クリックお願いします。 風と雲の郷 別館「文理両道」(gooブログ)はこちら
June 1, 2008
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