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お寺を訪ねた時、仏像の前でお経を唱えている人を良く見かけます。一心にお経を唱えているそうした姿を見ると、どんなお願いをしているのだろうとか想像するとともに、とてもほほえましく思ったりします。私も、こんな風にそらでお経を唱えることができたらと、最近は歳のせいか、そう思うようになってきました。私の家では、この10年ほど前からお彼岸やお盆、法事の時など、お坊さんを呼ぶのではなく、いつも皆で「般若心経」を唱えることにしています。面識のないお坊さんにお経をあげてもらうより、身内のものが自分で供養のお経を上げる方が心がこもっているからと・・・。そうした形がわが家では定例になっています。身近な存在になってきている「般若心経」。今回は、そうしたお経「般若心経」についてのお話を私なりにまとめてみました。(「般若心経」ってどんなお経なの?)「般若心経」とはどういうお経なのか。それが明確に示されているのが、そのタイトルです。一般には「般若心経」と呼ばれていますが、「摩訶般若波羅蜜多心経」というのが、正式なタイトル。このひとつひとつの語句の意味はというと「摩訶」=大いなる、素晴らしい「般若」=苦しみのない、幸せな「波羅蜜多」=理想の世界(彼岸)へ到達する「心経」=中心的な教えつまり、摩訶般若波羅蜜多心経というのは、大いなる、苦しみのない理想の世界に到達するための中心的な教えということになります。苦しみや迷いから脱して、理想の世界へ達するためには、どうすれば良いか、ということが、このお経に書かれているんですね。また、普段、よく耳にしている「般若心経」ですが、これはあくまでも本文にあたるもので、実際には、この本文の前に「序文」があり、本文のあとには「結文」があります。これらを通して「般若心経」を見てみると、この「般若心経」というのは、お釈迦様が開いた勉強会の様子が描かれた物語であるのだということがわかってきます。(「般若心経」は、研究発表会?)「序文」では、まず、お釈迦様が、自らが主催する勉強会の教壇に立つところから始まります。「では、今日の勉強を始めましょう。今日はどなたが発表してくれますか?」と、お釈迦様が問いかけます。すると、観音様(観自在菩薩)が手を上げて、「今日は私が発表します。」と答え、お釈迦様に替わって、観音様が教壇に立ちます。「私は”般若波羅蜜多”の修行をして、一切の苦しみから救われました・・・。」と観音様が発表を始めました。ここからが、「般若心経」の本文になります。人はなぜ苦しむのか、その根源は何か、苦しみを取り除く方法は・・・。観音様は、その研究成果を述べていきます。すると、聴講生のひとりである舎利子くんが、質問をします。「五蘊のことをもっと教えて下さい。」「この世のものは、すべて空なのですか?」こうした質問に対して、「それはね。舎利子くん。」と観音様は、丁寧に、その質問に対して答えていきます。ちなみに、この舎利子くん。なれなれしく呼んでいますが、実はこの人、釈迦十大弟子のひとりで、中でも智恵第一と称された、お釈迦様の高弟。お釈迦様の右腕とも呼ばれた、すごい人なのです。続いて観音様は、修業によって苦を乗り越えた例としてすべての菩薩様(菩提薩捶)と、すべての仏様(三世諸仏)の事例を紹介していきます。苦しみのない、理想の世界に到達するためには、”般若波羅蜜多”の修行を、繰り返し繰り返し実践することが大切だと話す観音様。そして、観音様が、最後に紹介したのが、どんな苦しい時にでも、励ましてくれる呪文の言葉でした。ぎゃーてい ぎゃーてい はーらぎゃーてい はらそーぎゃてい ぼーじそわかー羯諦羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶現在、一般的となっている「般若心経」ですが、実は、これは、三蔵法師(玄奘三蔵)が、古代インドの言葉を漢訳したもの。しかし、この最後の呪文の部分だけは、古代インドの言葉を音にしただけで、玄奘も翻訳をしませんでした。この呪文は、当時から、翻訳することを禁じられていたともいい、それは、その音の持つ不思議な力を、そのまま残すということだったと考えられています。あえて、この呪文の意味はというならば、理想に向かって前に進め 勇気をもって前に進めというような感じでしょうか、きっと観音様も、この呪文の言葉を胸に修行を続けてこられたのかも知れません。(「般若心経」の教えについて)と、ここまで「般若心経」について、そのストーリーを中心にまとめてみました。でも、その教えの意味するものはというと、とてもとても奥が深くて、私なぞが理解できるものではありません。”般若波羅蜜多”の修行とは、見返りを求めない(布施) ルールを守る(持戒) 人の言葉に惑わされない(忍辱)繰り返し続ける(精進) 自分をみつめること(禅定) 智恵を磨き実践する(智恵)これら6つの事柄(六波羅蜜)を習得することが、その修行であるといいます。”五蘊皆空”という言葉が出てきます。五蘊とは、人間の存在を5つの要素(色・受・想・行・識)に分けたもので、それらは、常に変化していくもの。この変化していくということを受け入れることにより、”苦”を感じない自分を育てることができるのだと。こうしたことは、「般若心経」の教えの一部ではありますが、たとえ、これらが理解できなくとも、とても大事なことを伝えているように感じます。「般若心経」を唱えていると、心楽しく落ち着くような、、。その意味を理解できないまでも、どこか、安らぎを与えてくれるような、そんな感じがしてきます。「般若心経」とは、そんな心の良薬なのではないか、最近は、そう思いながら「般若心経」を唱えるようにしています。摩訶般若波羅蜜多心経観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時照見五蘊皆空 度一切苦厄 舎利子色不異空 空不異色 色即是空空即是色 受想行識 亦復如是 舎利子是諸法空相 不生不滅 不垢不浄 不増不減是故空中無色 無受想行識 無眼耳鼻舌身意無色声香味触法 無眼界乃至 無意識界無無明亦 無無明尽 乃至無老死 亦無老死尽無苦集滅道 無智亦無 得以無所得故 菩提薩捶依般若波羅蜜多故 心無罫礙 無罫礙故無有恐怖 遠離一切顛倒 夢想究竟涅槃三世諸仏 依般若波羅蜜多故 得阿耨多羅三貌三菩提故知般若波羅蜜多 是大神呪 是大明呪 是無上呪是無等等呪 能除一切苦真実不虚故説般若波羅蜜多呪 即説呪曰羯諦羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶般若心経
2016年04月13日
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