ボタンの掛け違えで、ドツボに転落中の社民党に、未来はあるか?? 2026-4-21 はんぺん
今回の事故は、死者が出たことで、多くの疑問を投げかけることになった。もちろん ( 反基地運動 ) の立場からは、明らかにマイナス材料だ。 学校教育 に対する不信感も、拡がるだろう。
現場を生徒たちに ( 見せる教育 ) の意義は、疑いも無く大きい。そのための (万全の準備) ( 万全の注意 ) が、求められるが・・・今回は、それが欠けていた・・・そのため、自民党保守派からは、格好の攻撃材料になるだろう。
権力に抗う ( 運動 ) には、そういう危険が、常に付きまとう事を改めて示す事例となった。
政治的対立がある事例について、子どもたちに問題提起をする場合、一方的な主張を押し付けるのではなく、双方の意見を提示して、子供たちの議論させるべき・・・考えさせるべきだ・・・ と 強く思う。
これからの時代は、 若者たちには ( 押し付け ) だけでは、理解してもらえない・・・ と考えるべきではないか?
たとえば、社民党の 福島瑞穂党首 の演説を聞いていると、 上から目線での発想 を強く感じるが・・・どうだろう? 「彼女や社民党が、あなたたちのために、あなたたちを指導しているのだから、付いて来て・・・」 という具合・・・・だ。これは、昔の学生運動も含めた、オールドリベラルたちの運動と なんら変わっていない・・・
反対意見に対する福島党首の ( 切り返し ) は、無理がありすぎるが・・・これでは、若者たちの支持・賛同を得ることは、難しいのではないか?と思う。
3 月 19 日に行われた集会で 社民党の服部良一幹事長 がスピーチの中で、( 辺野古沖で船が転覆し、 2 人が亡くなった事故について) 「そもそも、辺野古の新基地建設をいつまでも続けるのが悪いんです、皆さん!」 と、声を張り上げたという。これに対して、SNS上では、多くの非難が集中したのは、当たり前の事だ!
「今回に事故は ( 反基地運動 ) の立場からは、明らかにマイナス材料だ。」 と書いたが・・・もちろん、僕は、 反全体主義の立場からみても、米軍基地は、必要だし、自衛隊も必要だし、安保も必要・・・ と考えている。
リベラルの 内外情勢の理解 は、信じられないほど 鈍感 で、 妄想 そのものだと、このブログで、何度も言ってきた。
いい加減にしろ! これ以上、きちんとした ( 総括 ) と ( 出直し ) をサボったら、彼らは、遅かれ早かれ消滅に至る・・・すでに、その存在意義は、限りなくゼロに近づいている・・・ と。
皆さんは、どう思われるか? はんぺん
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「直接の謝罪、弔電、何一つなかった」辺野古事故 遺族が明かした運航団体の“不誠実ぶり”に募る怒りの声…一貫して変わらぬ“当事者意識”の欠如 2026-4-21 女性自身
沖縄・辺野古沖で船が転覆し、同志社国際高校 2 年の武石知華さん( 17 )と船長の 2 人が亡くなった事故 から 1 カ月あまり。この間、武石さんの遺族が運営する note 「辺野古ボート転覆事故遺族メモ」では情報発信がたびたびなされてきたが、新たに公開された記事をめぐって、 船の運航団体 に厳しい視線が向けられている。
事故は、 平和学習 のために辺野古を訪れた生徒 18 人と乗組員 3 人が乗船した船 2 隻が、波浪注意報が出されている海域で転覆したことで発生し、「平和丸」に乗っていた武石さんと、「不屈」の船長である金井創さん( 71 )が亡くなった。 船を運航していたのは、米軍普天間飛行場の辺野古移設の反対運動などを展開する市民団体 「ヘリ基地反対協議会」 だ。
4 月 12 日から、武石さんの遺族が運営する note では、事故発生日以降の出来事を時系列で記した記事を公開している。 4 月 17 日には、事故発生後 4 、 5 日目にあたる 3 月 19 、 20 日に関する記事を公開。安置所で遺体と対面した際の記述からは、武石さんを失った遺族の悲痛な思いが伝わる。
《知華の名前が書かれている死体検案書、死亡届を直視できない。子を失った親は皆こんな思いをしてきたのか》( 3 月 19 日)
記事では、 中城海上保安部やキャンプ・シュワブ(辺野古周辺の米軍海兵隊基地)、ホテルスタッフ、タクシーの運転手、航空会社のスタッフなど 、遺族が沖縄滞在中に関わった人たちへの感謝の言葉が綴られている。そのほか、同志社国際高校やツアー会社の関係者については、こう記されていた。
《責任云々の話とは別ですが、 組織の責任者達 が沖縄で私たちの怒りと悲しみを正面から受け止めながらも、逃げることなく、対応してくれました》
いっぽう、《日記で記した数日間に登場しない方達がいます。書きたくても書ける内容が無い人たちです》とも指摘。それは 武石さんを乗せていた「平和丸」の船長、その他の乗組員、ヘリ基地反対協議会の関係者 だ。記事では、協議会の遺族対応について、以下のように明かしている。
《沖縄にいる間、知華や私たちへ対面しての直接の謝罪、面会可否の問い合わせ、託された手紙、弔電、何ひとつありませんでした。 学校、ツアー会社、中城海上保安部のいずれのルートでも問い合わせがなかったことを確認しています。私はこれを、どう理解すれば良いのでしょうか》
協議会の遺族対応をめぐっては、報道各社が 4 月 16 日、協議会の 代理人弁護士 が遺族や学校への直接謝罪を申し入れる書面を 3 日付で学校に送付していたと報じた。なお、テレ朝ニュースでは 17 日、 代理人弁護士 が学校から「遺族に意向を確認中」との連絡を受けたことが報じられている。
事故発生から 2 週間以上、 遺族がとっくに沖縄を発った後のタイミングに送付された申し入れ書 。 なぜ遺族の沖縄滞在中に謝罪の機会を設けなかったのか疑問が残るが、そもそも事故発生直後から、協議会の対応は問題視されてきた。
「協議会は事故発生日夜に緊急会見を開き、 5 人の関係者が出席。冒頭で事故に対する謝罪を述べたのですが、全員がウインドブレーカーやスウェットといった普段着同然の恰好。急に会見をセッティングする必要があり適当な服を用意できなったのかもしれませんが、 謝罪の場での服装としては “ ふさわしくない ” という批判が SNS で噴出。 さらに、顧問の男性が会見前から会見中にいたるまでたびたび腕を組み仏頂面を浮かべるといった態度を取り、 そもそも反省しているのか疑問視 されていた。
さらに、 3 月 25 日の『デイリー新潮』では、武石さんが乗っていた『平和丸』の船長に直撃取材を敢行した記事を配信。 22 日の夜に実況見分に立ち会った船長は、その日の夜に名護市内のスナックでかなり飲んでいたようで、退店後に記者が直撃したところ、 波浪注意報時の出航の判断は、亡くなった『不屈』の船長の金井氏によるものだったとして『俺が決めたんじゃないよ』『担当はあの人。俺は決める権利ない』などと発言 。当事者でありながら、この “ 言い訳 ” とも取れる釈明 も SNS で大問題となりました」( WEB メディア記者)
なお、 16 日の産経新聞によると、協議会の仲村善幸共同代表氏は、同紙の取材に 《原因究明が行われている途中なので、そこに全力を挙げる。学校、亡くなられた(方の)ご遺族、関係者に謝罪にお伺いしたい。 それがないと自分たちは前に進むことができない 》 と話したという。この報道や遺族の note を受け、協議会の一連の遺族対応をめぐって、 X では以下のような批判が続出している。
《ヘリ基地反対協議会の誰かしらは遺族に謝罪しているものと思っていた。 それが何のコンタクトも無いとは… 》
《 3 月 16 日に 記者会見する時間はあっても、遺族に謝罪する時間は無かったのか。 こいつら 4 日間何してたんだよ》
《ヘリ基地反対協議会共同代表の 「(関係者に謝罪しないと)自分たちは前に進むことができない」 って芝居がかった言葉、うすら寒くなるな。なんだ「前に進むことができない」って。なにか感動的なストーリーの中にでもいるつもりなのか?
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