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今年の元日は穏やかな天候で明けたので、元旦早々から地元の神社へ初詣したものだった。 三十代までは我武者羅に、他人の二倍も仕事をして来たので、四十代になってその無理の反動が出て、次々と病に襲われ、結局会社を早期退社するハメになった。 その後、五十代、六十代と歳を重ねる度に体の不具合が発生し、今では、スケジュールのほとんどが通院予定となっている。 昨年暮れ頃から夜中に突然勢いよく目覚める事があって、寝不足から日中に無性に眠くなって困っていた。 そんな時、とあるTV番組で【睡眠時無呼吸症候群】の特集を放映していたので、何気に見ていたら、どうやら私の症状に酷似していると感じたので暫く様子を見てからネットで【睡眠時無呼吸症候群】の診察・治療をするクリニックを探したら、近所の行きつけの病院で対応しているのが判ったので三月上旬に受診した。 診察の結果、『睡眠時無呼吸症候群にほぼ間違いない』と診断され、【携帯用酸素吸入器】による確認テストを行った所、一晩に34回もの【睡眠時無呼吸】があって、『命の危険がある。』との事で睡眠時に常時装着する酸素吸入器【CPAP】を手配された。 経験者の話だと『CPAP』装着後は今までにない熟睡が得られるとの事だったが、私の場合、夜中に寝返りを打つ際に【CPAP】のヘッド・ギアがズレて、吸入器と顔の間に隙間が生じ、そこから大量の空気が漏れて『シュー、シュー。ゴーゴー』と激しい音を立て、その騒音で目が覚め、返って寝不足を生じていた。その症状は今も続いている。 かれこれ10カ月ほど利用していて、最近では一晩に2~3回程度に減少しているが、それでも完全に止まったワケではないので、医師からは『少なくとも一年間、来年三月まで、若しくは最長でも三年間程度様子を見ることになるでしょう』との診断が出ている。 更に、六月に受けた【誕生月定期健診】の【腹部CT検査】において、【盲腸壁の肥厚】を指摘され、隣町の大学病院を受診した所、予約制で二か月後のハ月下旬に【大腸・内視鏡検査】を行う事となった。 その頃は愛車に不具合が生じていて、11月の車検を通すには10万円近い修理費を掛ける必要があり、『この際、サポート付きの新車に乗り替えよう』と検討している時期でもあり、二つのイベントが重なりクソ暑いさ中、大変忙しい思いをしたものだった。 結局、様々な検討結果より、サポートの充実した新車を購入する事にしたが、予算的に厳しかったので、生涯初の【軽自動車】を購入する事となり、二か月後の11月16日に納車された。 愛車の方は一段落したが、八月下旬に受けた【大腸内視鏡検査】では、九月下旬に細胞検査の結果が出て、【盲腸癌】と診断された。 【癌の治療法】は、(1)・摘出手術(ゴールデン・スタンダード だそうです。)(2)・化学療法(放射線療法)(3)・薬物療法(抗がん剤療法)に大別されるようだ。 私は医師の提案を受け入れ【手術による摘出】を行う事とし、11月上旬に入院して、12日間の入院後退院した。 術後の経過も良好で今日現在、何の支障もなく平穏に過ごしている。 今年は、下手をすると命の危険があった病を二つ罹ったが、何れも事なきを得て今日を迎えられた。 目出度し、目出度し・・・さて、今年も一年間【晴れ晴れ日記】をご笑覧頂きまして誠にありがとうございました。『ニッポンの皆さん、』(BY アサヒ・生ビールのTVCMの新垣結衣さん)来る新年も【晴れ晴れ日記】をご笑覧のほど宜しくお願い申し上げます。
2023.12.31
先日の12月17日(日曜日)19時過ぎに一本の電話が入り妻が出たのだが、電話の相手は妻の実兄かららしかった。妻が『えっ、』と言ったきり急に神妙になったので、良い話ではなさそうだ、と覚悟した。 受話器を置いた妻の口からは『●●さん(義姉)が亡くなられたそうよ。』との事だった。私も妻同様に『えっ!!』と絶句してしまった。私よりも二歳年上なのに、いつでも私の事を『晴れさん』と【さん付け】で呼び、小柄ながらもいつも元気一杯な働き者だった義姉。。。。。 妻は電話口で、【葬儀の日程】を聞かされたようで、必死にメモを取っていた。聞けば、【12月19日=お通夜、12月20日=告別式】との事らしい。 おい、待てよー。俺は20日に予定が入っているゼ。困ったなー・・・・お通夜と告別式のどちらか一方だけで済ます事も可能だが、そうなると普通、告別式の方になろう。そこからは日程調整で大わらわだ。折しも年末とあってスケジュールが立て込んでいる所での日程変更だから一層の事難しい場面となったが、何とか遣り繰りして告別式に参加する事が確定した。 そうしたら、今度は妻が『貴方の運転じゃ何かあったら怖いから、長男か次男の何方かに連れて行って貰うように頼んで』と宣う。 息子たちだって、年末の業務多忙期に簡単には動けまい。。。また、。また、困った。結局、長男は【親の死に目】でさえ、難しい立場ななので出席を見合わせると言う。夜遅くになって次男が『何とかするので、俺が家に迎えに行く』との返事を貰い、スケジュール調整と“足”の確保が済んだ。こうして12月20日の告別式当日、告別式会場(山梨県)まで片道2時間と予測して自宅を出発。 告別式会場は葬儀の専門会場で場所は解り易く、迷わず到着できた。 告別式は予定の時刻より始まりその後、引き続き【初七日】の法要も摂り行われた。 祭壇に飾られた【義姉】の写真は五年前に出掛けた【春の東北旅行】時のもので、満開の桜の下で微笑む優しい表情で、私たちにいつも見せてくれていたのと同じだった。 その遺影を見つめていたら,過ぎ去りし日々の色々なシーンが思い出され、涙がホロリと零れた。 おまけに、鼻水まで垂れて来て色男が台無しになった。。。私の知る義姉はいつもきびきびと動き回り、『晴れさん、お茶どうぞ。お菓子も食べてねー。お新香はウチで漬けたものだから味は保証できんけんど、良かったら手を出してねー』と気遣ってくれた事も思い出した。 二人の子供は奇しくも我が家と同年生まれなので、子供たちが小さかった頃は夏休みとか正月休みには一緒に過ごす事が多かったが、家業の忙しい中を甲斐甲斐しく面倒を見てくれ、一度として不愉快な思いをした事がなかった。 そんな、過去のアレ、コレが走馬灯のように去来し、またまた、涙が溢れて出して止まらなくなった。 義姉の配偶者である義兄を見ると、気が抜けたような呆然とした表情だ。それもその筈。一番ショックを受けているのは義兄を置いて他には居まい。その義兄が言うには『亡くなる一時間前までは俺と普通に会話して家事もやつていた。俺が会合で出掛けたら電話が鳴って、コレだもん。病院着いたらもう遅くて死に目には会えなかんだ。』との事で、【急性心不全】らしい。『事前の自覚症状は何もなく、持病も無いので医者にも掛っていなかった。』と言うほど義兄にとっても唐突だったようだ。 【初七日の法要】を終え、会場の外へ出たら義兄が寄って来て『家に寄って行けし』誘われるまま妻の実家に向かう。そこにはもう多くの親戚が集まっていて、蜂の巣を突いたような賑わいだった。どの顔も何となく見覚えがあるが、果たして誰が誰なのやら確信が持てないので、挨拶もそこそこに余計な事は言わず末席を汚して来た。 今年八月に義弟(妻の実弟)の義父(義弟の嫁の実父)を見送ったばかりで、『これで親世代はみんな見送ったなー』と思っていたら、今度は急に自分達世代の番がやって来ているようだった。。。 親世代が先に行くのは順番だから、時期は別として予め予測はついているし覚悟も決まっていたが、自分達世代の番となると自分の残り時間が少ない事を自覚させられる。 帰り際、義兄の顔がすっかり痩せ細っていて心配になったが『俺はこの先、後30年、独りで生きて行かねばならない』の言葉を聞いて『この人は百歳まで生きるつもりらしい』すると、義弟が『百五歳になっちまうぞ』と茶化したが、私はその元気があれば心配は要るまいと思った。幸い、義兄の所は長女が居るのである程度は面倒を見てくれるものと信じている。暮れも押し詰まっての訃報にアタフタしたが、どうやら一件落着のようだ。この先は祝儀は孫世代まで当分見込めず、不祝儀が続くものと思われる。概ね、【訃報】は突然やって来るので毎回アタフタさせられる。
2023.12.22

八月下旬に愛車に異常が発生し急遽買い替える事にして、厳しい残暑の中をディーラー巡りしたものだった。 丁度その頃、【盲腸壁肥厚】に関連した検査やら何やらが重なり無茶苦茶忙しい思いをしたものだった。 【盲腸壁肥厚】⇒【大腸内視鏡検査】によって、【大腸(盲腸)癌】が判明し、11月5日から入院が決まっていた11月4日にディーラーから電話連絡で『11月6日に新車の納車が可能です。』と言う。 『ダメよー、ダメダメ。。。。。。ダメだって~~だって『明日から約二週間程度入院する事になっているから車を取りに行けません。退院するまで二週間位そちらで預かっていて貰えないかなー?』 『二週間位なら結構ですよ、当店で責任もってお預かり致します。』 『そう、悪いねー。でも預かり料を徴収すんじゃないの?』 『いえいえ、そんなもの頂きませんからご安心下さい。』 『そお・・・それじゃ悪いけど退院したら直ぐに引き取りに行きますので宜しくお願い致します。』 『承知致しました。お大事にどうぞ・・・ご連絡をお待ちしております。』と言う事で、退院したその日の夕刻に体力の落ちた身でディーラーに出向き新車を引き取った。 愛車で軽カーに乗るのは初めてだったが、前車との比較は酷だがそれでもなかなかの出来映えで、乗り心地も操作性もまずまず申し分ないものだった。 その後、凡そ三週間乗り回したが、快適な運転で納得行くものだった。ただ、カタログによる燃費と車載データによる燃費に大きな差があるようだ。 カタログでは【市街地走行時】で凡そ20Km/Lとなっていたが、車載記録では10.5Km/Lとなっている。 近い内に給油するので、その時に実車による走行距離と給油量から実際の燃費が算出されると思うが、長男に問い合わせしたら、『今の軽ならそんなものだよ。』と言う。 納得行かんのぉぉ・・・・・ この新車には【アイドリングストップ】がついているが、ネット情報によると、『アドリングストップによって、燃費は若干向上するものの、アイドリング中はバッテリーによってエンジンを回し続けるので、バッテリーの消耗が早まる』との事だった。 具体的には、アイドリング設定時と解除時の燃費比較やバッテリーの交換料の比較検討が費用だ。 装備はほぼほぼフル装備なのだが、慣れない所為もありまだ手の内に入ったとは言えないものの、乗り心地も申し分なくこれなら暫く乗り続ける事ができそうだ。【新車】【運転席の様子】【運転席からの視界】【フル・オートエアコン】【シフトレバー】【ボタンタッチ型パーキングブレーキ】【ハンズ・フリー通話】 後は、安全サポートの機能が公表通り作動するか否かだが、それを試す勇気はないので出来ればそういうシーンに出食わさない事を祈るのみ・・・・ この車の【安全装置】については、【Honda SENSING】(←外部リンク 別窓)をご参照願います。
2023.12.07

八月下旬に受けた【大腸内視鏡検査】によって【盲腸癌】が確認され、11月7日に摘出手術が施された。退院はその10日後だったが、術後三週間目に退院後初めての外来受診して、正確な病状・今後の治療方針等について具体的・詳細な説明を受けた。 先ず、病状については病理検査から【盲腸癌のステージⅡa】と宣告された。癌は発症した部位によって名前が付けられるが私の場合は、大分類は【大腸癌】、中分類は【結腸癌】、小分類は【盲腸癌】だそうだ。 現在に於ける癌の治療法は、主に、①手術療法、②放射線療法、③化学療法(抗がん剤)、④免疫療法の4つがあり、これらを【がんの四大治療法】と呼ばれているそうだ。 日本では、これまで手術ががん治療の中心にありましたが、近年は化学療法や放射線療法が進歩し、がんの種類やステージ(病期)によっては手術と変わらない効果が認められるようになってきたとの報告もあるようだ。 今回、私の場合は医師の勧めと私の判断によって【摘出手術】(⇒ゴールデン・スタンダード)を行った。 その後の造影検査、病理検査等によって、私の病状は【ステージⅡa】が確定したようだ。 次に、今後の方針だが、現状で肝臓や大腸の他部位にも転移は見られず、今回の患部は摘出しているので再発の危険性は無いようだ。 と、言うこ事で担当医から今後は、以下のようなスケジュールで経過観察をするよう要請された。【診察・血液検査】3年目までは3ケ月に一回。4、5年目は半年に一回。【腹部CT検査】 3年目までは半年に一回。 4、5年目は1年に1回。【大腸内視鏡検査】5年目まで年に1回。五年後までに異常がなければ寛解となるようだ。 そして、これらの経過観察は自宅近くのクリニックでもできるので、今後はそちらのクリニックを受診するように指導された。『この間に万が一の事態があれば当院(大学病院)が責任を持って対処しますからご安心下さい』とのお言葉を頂いた。 更に、今回の受診によって、入浴(バスタブ・イン)が許可されると共に、朝・昼・晩の三食毎に飲まされていた大量の内服薬(←これらの薬の大半は漢方薬だったので、とても苦く内服し辛かった)も種類が減らされ、朝食後だけで良くなり、気分的に相当、楽になった。 今後暫くは転移に注意を払う必要があるが、医師からは『恐らく、問題なく過ごせるものと思われます。』との説明だった。蛇足乍ら、【大腸(結腸)癌】の【ステージⅡa】の【5年生存率】は90.0%だそうで、ほぼ健康体の人と同じ程度の寿命になるらしい。当面、経過観察に通院せねばならないが、薬物療法や、放射線治療の必要はないようなので、気楽にのんびり仲良く付き合って行こうと思う。
2023.12.02
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