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夜、子ども達を寝かしつけた後に自分の母親と一緒にこの映画を観ました。 “アヒルと鴨のコインロッカー”というタイトルを、映画を観終わった後に改めて考えた時、とても切なくなりました。 最初のほうは、スローペースに少しコミカルに進んでいき、横で見ていた50代の母は、「もしもコウスケ(私の息子)が一人暮らしするようになって、隣にこんな訳の分からん人が住んでたらどうする~?」「わたしが一緒に住んであげるわ!!!」と雑談交じりに見ていましたが、物語が進むにつれ「かわいそうで見ていられない・・・」と部屋を出て行きました。 私は最後まで見ましたが、何が本当で何が嘘なのか、誰の言うことを信じればいいのか分からないでいたのですが、結局は誰も嘘はついていなかったんだと分かりました。隣の隣のブータン人の、あまりのどんでん返しに驚いた反面、だとしたら・・・あの人がこの人で・・・と考えてそれまでの映画のシーンをたどっていくうちに、とても切ない気持ちになりました。 動物虐待、外国人差別。自分の頭に重くズーンとのしかかってきました。 外国人に対して一歩ひいてしまうところは、私にも確かにあります。でも、助けてあげられる人は助けてあげたいと、私もこの映画を観て思いました。 今年観た中でいちばんの映画です。
Nov 2, 2008
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さっき、『夜のピクニック』を見終わりました。ただ皆で歩くだけ。。。の映画なのに、なぜこんなにも青春というものが恋しくなるのか~っ!!!見終わった後、自分も若返ったような気がしました。。。
Feb 16, 2008
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今日はダイヤモンドシティというショッピングセンターに、パンダレンジャーというローカルヒーロー(とアナウンスで紹介されていました)が来ていました。パンダレンジャーとは?!今日は午後5時にパンダレンジャーのパンダオレンジが来ると何度もアナウンスされていて、写真撮影もOKということだったので、ぜひ子ども達とそのパンダオレンジを写真に収めようと、10分前から指定の場所近くで待っていました。パンダレンジャーが出てきたら、周りにいる子ども達はいろめきたって、キャーキャー大騒ぎになるだろうかと思っていたのですが、そのような歓声は全くわきませんでした。午後5時になっても、それらしい声もせず静かだったのでおかしいなと思ってあたりを見渡したら、少し離れた柱の向こう側でオレンジ色のパンダが見え隠れしていたので、大急ぎで子ども達とパンダオレンジの元へ走って行きました。パンダオレンジ…かわいかったです。少し薄汚れていましたが、かわいかったです。案内のお姉さんに「写真を撮ってもいいですか?」と聞くと、お姉さんは「いいですよ~」と言い、パンダオレンジに「オレンジ、写真撮ってって」と声を掛けていました。するとオレンジは、こっくりとうなずき、手招きをして子ども達と写真を撮ってくれました。後でインターネットで調べてみて知ったのですが、パンダレンジャーは全部で8人(主要メンバーは5人?)いて、パンダオレンジは見習看護婦でオテンバ戦士「愛の戦士」(?)だそうです。続きはホームページから抜粋します。パンダレンジャーのホームページはこちら→パンダレンジャー倶楽部★パンダオレンジ★見習看護婦でオテンバ戦士「愛の戦士」本来戦闘タイプではないので戦いに傷ついた他のパンダ戦士たちの傷の手当てなどをする為に、惑星パンディータから派遣されてきた看護婦さんだよ。でも・・戦いより、まだまだ遊びたいお年頃なので今ひとつ自分が「正義の味方」との実感がない。疾風のオレンジの異名を持ち風からエネルギーを貰う。主な得意技「オレンジタイフーン」「女の武器・涙(嘘泣き)」武器「オレンジリング」地球での名前「愛風 みかん」(まかぜ みかん)誕生日「1月15日」趣味「音楽鑑賞」その他、パンダパープルはパンダピンクと付き合っていたり、パンダレンジャーの芸能活動をサポートするパンダマネージャー・ネモ(元パンダブラック)もいたり、見た目に反してパンダレンジャー、奥が深いです。
Oct 12, 2006
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上の娘(3歳)を来年から私立の幼稚園に行かせようか。それとももう1年待って公立の幼稚園または私が働きに出た場合に保育所に行かせようか。2年保育か3年保育か、今すごく悩んでいます。経済的にも大きく違ってくるとは思うのですが、娘のことを思えば早くから幼稚園に行かせたほうがいいのかもとも思うのですが。。。悩みます。
Oct 10, 2006
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今日は初めて息子(1歳2ヵ月)を外で歩かせてみました。最初は道路に立たせただけで大泣き、後ろにのけぞり転倒していましたが、10分もするとスタスタ歩き始めました。するとどこからかノラネコなのか人懐っこい子猫が、息子の後ろをずっとくっついて歩いていました。息子がそれに気付いて、子猫に突進していったので慌てて息子を抱き上げて、子猫の前を歩かせるようにして無事散歩を終えました。とてもかわいらしい子猫でした。息子もお疲れ様やったね、良かったね
Oct 9, 2006
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こんばんは久しぶりの日記です(>_<;)今日テレビを見ていたら、『アタゴオルは猫の森』という映画のCMが流れていました。原作はますむらひろしさんの漫画で、私は高校生の時に古本屋さんでますむらひろしさんの「アタゴオル物語」という漫画に出会ってから、その本のファンになりました。実はそのずっと前にも、私はますむらひろしさんの絵に出会っていました。アニメ映画の『銀河鉄道の夜』では、ますむらひろしさんがキャラクターデザイン等を担当されていました。宮沢賢治作の「銀河鉄道の夜」のジョバンニやカンパネルラはもちろん、登場する全ての人物が猫になっていました。私がこの映画を初めて観たのは、おそらく小学生の頃だったと思うのですが、「銀河鉄道の夜」というお話の内容も知らなかったので、原作では登場人物が皆猫ではなく人間だとは思ってもいませんでした。私は幼い頃から猫が好きだったので、猫が汽車に乗ってかわいいな、赤い猫(カンパネルラ)がいなくなって青い猫(ジョバンニ)がかわいそうだなと思いながら見ていました。私はこの映画の猫たちや雰囲気がとても好きで何度も繰り返し観ていた時期がありました。今日久しぶりにテレビで“アタゴオル”という言葉を聞いて、とても懐かしい気持ちになったので日記に残しておこうと思いました。いつか子どもたちと一緒に観れたらいいのになぁと思います。
Oct 8, 2006
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今日は娘を初めて自転車に取り付けてある子供用イスに乗せて、近所の公園まで遊びに行ってきました。私は現在また妊娠中で、もうすぐ6ヶ月目に入ろうかというところです。(性別は先週の検診で男の子だと分かりました。)なので自転車に乗る前は、絶対に転んではいけない…というプレッシャーでいっぱいでしたが、いざ乗ってみると顔に当たる風が気持ち良くて、娘もとても楽しそうだったので、これはベビーカーを押して歩くよりも断然良いなぁと感じながら、調子に乗って予定外のところまで足を運んでしまいました。自転車の旅から帰り、公園でもめいっぱい遊んだ娘はいつもよりも早く寝てしまったので、夜は夫婦二人で前にテレビで放送されていたのをビデオに録画したままだった『半落ち』を見ることにしました。最初は暗い雰囲気で、最後まで飽きずに見ることができるか不安だったのですが、だんだんとその話の中にのめりこんでいくのが自分でもよく分かりました。この話はよくあるようなミステリーやサスペンスとは違い、事件が起こり、その犯人が誰かというのを探すというものではなく、事件があって、犯人も分かって、犯人は警察にも自首しているのに、どうしてこんなにも気になってしまうのかという魅力があったように思います。主人公に対する周囲の人たちの想い、また事件によって変化していく人の想いが次から次に溢れてきて、ラストシーンでは涙が止まりませんでした。人を愛していくということの難しさ、病という逃げられない現実にぶつかった時、私は本当にどうするのかなと考えさせられました。私の夫は、全くといっていいほど涙を流しません。ドラマや映画で感動のシーンがあっても、絶対に泣きません。100万人が泣いた!という映画を夫に見せても、彼は泣かないと思います。片や私は涙もろいのでこの『半落ち』のラストシーンでは、ぼろぼろに泣いていました。相変わらず素の表情の夫は、そんな私を見て「また泣いてる。」「あああ…鼻水がすごい…。」と言ってきました。そんな夫に「私がもし病気になって、お願いだから殺してって言ったらできる?」と聞いてみたら、「そんなことできない。」と言われたので、「それじゃあ、もし私が映画みたいにアルツハイマー病になって、自分でもわけが分からない状態になっても、付き合ってくれるの?」と聞きました。私に限らず、私の母や父だっていつ病に倒れるかもしれません。そう思った時、映画のことが思い出されまた涙が出てきました。夫は「大丈夫。」と言ってくれましたが、本当かどうかは実際にそうなってみないと分からないのかもしれません。でも嬉しかったです。この映画は夫婦や家族のあり方について、深く考えさせられる映画でした。
Apr 1, 2005
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約2年ぶりの日記で緊張しています。この2年の間にいろいろなことがたくさんありすぎて、何から書けばいいのか分かりません。端的に言うと、去年の7月に結婚をして、その翌月に長女を出産し、翌年の3月に大学を卒業し、今は専業主婦として家事に育児に追われる毎日を送っています。「んっ?」と、気付かれた方もいると思いますが、できちゃった結婚なんです。まさか自分がそうなるとは思ってもいませんでしたが、覚悟をしっかと決めた上で、産もうという結論に達しました。たくさんの人を悲しませることになってしまいましたが、今では皆、笑顔で私たち家族を迎えてくれています(〃^-^〃)結婚相手はこのホームページの日記でも時々登場していた彼氏です。少し頼りないところはありますが、思いやりのある優しい人です。妊娠が分かったのは、2年前の12月のちょうどフランスから帰ってきた頃でした。当時はまだ大学3回生で、あと1年で卒業というところでした。もしも今ここで大学を辞めてしまったらいつか後悔するんじゃないだろうか、もしかしたらそれを娘のせいにしてしまうかもしれない、そう思うと辞めることはできず、両親に無理を言い、何とかもう1年通わせてもらうことができました。そして今年、無事に卒業することができました。娘は夏休み中の8月18日に生まれました。この時のことや、その後のことはまたゆっくり書きたいと思います。このホームページもまた少しずつ更新していきたいと思います。映画と育児の入り混じった、よく分からないページになるかもしれませんが、頑張りたいです☆応援よろしくお願いします。
Oct 21, 2004
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フランスから帰ってきて今日で3日経ちましたが、まだ時差ボケから回復していません。昨日の夜は1時半に寝て、今朝は8時半に起きるつもりだったのですが、実際起きたのは12時半でした。フランスでは良い事も悪い事も両方、いろいろな事がありました。フランスでの事は日記にも思い出しながら書いていこうと思っています。最近ホームページも全く更新できていません。すみません(:_;)今日は5限目から出ようと思って、用意をしながらテレビをつけるとケーブルテレビの方で、見た事がない日本の映画が放送されていたのでそれを見る事にしました。『Sweet Sweet Ghost』という映画だったのですが、久しぶりに感動させてくれた映画でした。人間関係はとても複雑なのに、柔らかく描かれていたのがかえって切なく感じられました。また映画のそこかしこにユーモアがいっぱいで、見る度に新しい発見がある映画ではないかと思いました。
Dec 11, 2002
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昨日、友達からずっと見たいと思っていた映画『溺れる魚』のビデオを貸してもらい、今日早速見てみました。私は『溺れる魚』の原作は読んだ事があったのですが、映画はまだ見た事がありませんでした。堤幸彦監督の映像はやはり独特で、臨場感溢れるというか生々しく、この話にピッタリだなと思いました。椎名桔平さん、ナイスへたれ!窪塚洋介さん、ナイス女装!二人ともナイスファイト!IZAMさんもグループで歌っていた時は私には正直言って「?」でしたが、こういうキレた役がとても似合うな、上手だなと思いました。鬼塚ちひろさんが歌うエンディングも良くて、途中ハチャメチャだったお話をしっとりとまとめてくれていました。続きがもっと観たいなと思わせてくれる作品でした。
Nov 23, 2002
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今日のゼミの時間、先生が突然「ラフランスの人って言うの、今流行ってるんでしょ?」と言いました。その時、ゼミの教室には私を含めて3人しかいなかったのですが、全員が全員「は?」という顔になりました。そんな私たちの顔を見て先生は「えっ!ラフランスの人って知らないの?!」とやたらと驚いた顔をして、とても嬉しそうに「ラフランスって何か分かる?」と聞いてきました。「ラフランスって・・・、洋なしですよね。」とゼミの友達が答えると、「そう。知ってるじゃない。だからラフランスの人って言うのは、洋なしの人、“用なしの人”っていう事。週刊雑誌の政治経済の欄に載ってたんだよね。」私はそれを聞いた時、「あっ、なるほど。」という気持ちと「え。」という気持ちが同時に起こって、とても複雑な気持ちでした。「やられた。」という悔しい気持ちにも、なぜかなったのでした。
Nov 20, 2002
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私が通っている大学にはアルバイトの求人票が随時貼られている掲示板があって、学生はその掲示板を見て自分の希望にあったアルバイトを探すというかたちになっています。今日は大学の昼休みに、友達と一緒にその掲示板まで、何か良いアルバイトの求人情報が出ていないか見に行こうという事になりました。掲示板に行くと、8枚ぐらいの求人情報が貼られていました。私はそれを上から順々に見ていた時、横で一緒に見ていた友達が「これってすごくない?」と言って一枚の求人情報の紙を指さしました。そこには、あるお店のアルバイトの求人が載っていて、職種の欄に【職種】 1.調理、品出し2.事務3.レジ、接客(ローラースケートにて。)と書かれていて、友達の指先はこの3番の(ローラースケートにて。)のところに向けられていました。私はこれを見た時「ええーっ!ローラースケートって!」と思ったのと同時に、「このお店、アルバイトとしてではなくお客として行ってみたい。」という気持ちも強く起こりました。友達が「これって、『一ヶ月間ローラースケート研修』とかあるんかなぁ?」と言っているのを聞き、「ちょっと楽しそうだな。」とひっそり心の中で思っていました。
Nov 15, 2002
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今日は彼氏と一緒に、天王寺へ映画『トリック劇場版』を見に行ってきました。私は『トリック』という番組は、最初のドラマが放送されていた時に最終回だけを見たのですが、なんておもしろいんだと思い、去年『トリック2』が放送されていた時は毎回見ていました。(先月から金曜日の夜に再放送されている最初の方の『トリック』も、毎回欠かさず見ています。)テレビドラマの時と同様、山田さんと上田さんコンビ、それに堤監督の独特の映像は映画の中でも健在でした。私的には、矢部刑事(生瀬さん)の髪の毛の真相が今回とてもクローズアップされていた事がとても嬉しかったです。山田さんと上田さんの関係も、少し良い方向に向いてきたのではないかという最後の終わり方だったし、ぜひ『トリック3』をしてほしいなぁと密かに願っています。
Nov 14, 2002
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今日は友達と岸和田のベイサイドモールへ行き、その中にある映画館で映画『セレンディピティ』を見てきました。以前、大学の学祭で私が入っている映画のサークルが上映会をした時に、その上映会に来てくれたお客さんの中で、映画関係のお仕事をされている一人の男の人と話す機会があり、その人から「最近見た映画は何?」と聞かれて、その時の最近見た映画は大学の図書館で借りて見た『から騒ぎ』だったので、「『から騒ぎ』です。」と答えました。そして今度は私が「今おすすめの映画は何ですか?」とその男の人に聞いたところ、「うーん・・・あっ!そうそう、あのね『セレンディピティ』って映画。あれはおすすめ。」と言いながら、おおまかなあらすじも話してくれました。あらすじというか、ほとんど映画の内容そのままでした。「何といっても脇役が最高!店員役のおじさんがむちゃくちゃおもしろいねんよ!」と、見どころポイントまで教えてくれました。そして話がラストに近付いてきたなと思っていたころ、その人は笑顔で「この続きは映画館に行って、自分の目で確かめて来て下さい!まだ公開されてないけどね。」と言いました。私は表面では残念そうに「え~っ。気になりますね。」と言ったのですが裏では「何なんだこの人は・・・。」と思っていました。そうこうしているうちに、その男の人は私にモヤモヤした感情を残したまま颯爽と帰っていきました。この時の事があったので、『セレンディピティ』が公開されるとテレビの予告CMで見た時に、「これがあの時の・・・。」と思いました。映画は、映像がとてもキレイでした。舞台がニューヨークとイギリスというのも、動きがあるというかおもしろかったです。主人公の二人のすれ違いっぷりが、「これでもかっ!」と叫びたくなるほどなのですが、そんなにくどい感じという訳でもなく、もどかしい気持ちには何度かさせられましたが、とてもワクワクしながら見る事ができました。学祭の時に男の人が言っていた通り、脇役の人達がとても味のある濃い演技をしていて、こういったところでも十分に楽しませてくれた作品でした。映画の最後では、運命に全てをまかせるのではなくて、自分から運命を切り開かなければならないという事を教えられた気がします。映画を見終わった後、私はパンフレットを買って出演者のページを見ていました。主人公のヒロイン、サラを演じていたケイト・ベッキンセールがとてもきれいな人だったので、そのプロフィールを読んでいると、“映画『パール・ハーバー』で二人の男性に愛されるヒロインを演じて、今、最も注目される女優のひとり。”と書かれていました。そして彼女のデビュー作品は、映画『から騒ぎ』だと書かれていました。私はこれを読んだ時、なぜだか学祭の時の男の人を思い出しました。映画のタイトルにもなっている「セレンディピティ」という言葉は『幸せな偶然』という意味ですが、学祭の時に謎の男の人が教えてくれたおすすめ映画『セレンディピティ』と、私がその時に最近見た映画が『から騒ぎ』で、どちらの映画にもケイト・ベッキンセールが出ていたという事が、私にはとても特別な事に思えて、「これって、私とあの男の人にとっての・・・セレンディピティ(幸せな偶然)?」と、勝手に乙女的な妄想を膨らませていました。私のまわりにも、たくさんの『セレンディピティ』があるのかもしれないと思うと、とても晴れやかな気分になりました(〃^-^〃)
Nov 10, 2002
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今日の大学のゼミの時間、先生が生徒の私たちに向かって「これから君たちが28歳ぐらいになって、ある人と結婚したとする。そうしたらその3年後、きっとその旦那は職がなくなるよ。」と言いました。日本は不況だという話からこんな話になっていました。「もうすぐ日本はなくなるんじゃないかな。」と先生が言うと、同じゼミの子が「海外移住した方がいいんですか?」と先生に聞きました。すると先生は「そのとおり。だって僕、家族にさ、今のうちに日本円をユーロに換えておけって言ってるもん。日本はこれからどんどん住みにくくなるよ。」と言い、「そう考えると一番大事になってくるのが語学力なんだよ。」と話が続きました。これから先の事を考えるととても不安にさせられるこの先生の発言は、本当なのかどうなのか、でもあり得ない事もないなと思うと、すごく恐くなりました。「お前たちだって、だんだんバイトの数とか、仕事の時間減ってきてるんじゃないか?」と先生が言うと、ゼミの子が「減ってきてる!減ってきてる!フロムA(雑誌)むっちゃ薄くなってるもん。」と言いました。それを聞いて私は「本当だ・・・!」と思いました。この事でさっきの先生の発言がますます現実味を帯びてきて、私はゼミの時間中、日本の未来に不安がつのる一方でした。この不安な気持ちを何とか無くしてしまおうと、ゼミが終わった後ちょうど授業がなくて時間が空いていたので、前から見ようと思っていた映画『若草物語 ジョー先生と子供たち』を図書館で借りて見る事にしました。》》》続きます。
Nov 6, 2002
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今日は大学がお昼からだったので、9時頃に起きて朝ごはんを作って、その後はしばらくぼーっとテレビを見ていました。ケーブルテレビの方で何かおもしろい番組はやっていないかと思って次々チャンネルを回していくうちに、いかにもイギリス!といった雰囲気の映画が流れていました。『オスカー・ワイルド』という映画でした。私が見た時にはもうラストに近い場面だったので、どういう物語の映画なのか全く分かりませんでした。ただジュード・ロウが出ているという事と、同性愛の映画である事は分かりました。もしかしたら大学の図書館に、『オスカー・ワイルド』のLDかDVDが置いてあるかもしれないと思い、午後から大学に行った後、授業の空き時間に図書館で調べてみると、ビデオが置いてあると分かり、早速借りて見てみる事にしました。この映画のタイトルにもあるオスカー・ワイルドとは19世紀末のイギリス、ヴィクトリア朝時代に実在した劇作家で、シェークスピアと並ぶほど市民からの人気を得ていたと言われる文豪でありながら、同性愛者という事からイギリスの文学史上最も異端とされた人物です。映画ではこのオスカー・ワイルドという作家の半生が鮮明に、リアルに描かれていました。ジュード・ロウ演じるボジーのわがままに翻弄されるワイルドの姿は、時々哀れに思えました。同性愛を描いた映画は、今までも何本か見た事があります。『アナザーカントリー』、『モーリス』、『乙女の祈り』、『太陽と月に背いて』、『マイ・プライベート・アイダホ』、『マイ・ビューティフル・ランドレット』。私にはどの映画もとても切ないものに思えました。同性愛を描いた映画だからそうだということではないのかもしれませんが、『オスカー・ワイルド』や『乙女の祈り』などは実際にあったことを題材にしているだけに、何とも言えませんでした。
Oct 30, 2002
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今日は家で大学の課題をしながら、映画『うなぎ』と『バトルロワイヤル』を見ました。今村昌平監督、深作欣二監督、どちらも日本映画界の大御所ですが、私はこのどちらの監督の作品も、見るのは今回の二作品が初めてでした。内容は全く違うものでしたが、それぞれ本当にすごい映画だと思いました。『バトルロワイヤル』は前々から、様々な意見が出ているのを聞いていて、残酷な場面もたくさんあったけれど、悲しい映画だなぁと思いました。私は『うなぎ』の最初で、主人公が妻の浮気現場に乗り込み、嫉妬のあまり殺してしまう場面の方がなぜかすごく残酷だと思いました。殺人に対してもそうですが、人の性が本当に恐ろしいと思いました。まだ世間知らずな私が、偉そうな事を言っているのかもしれませんが、この時の『うなぎ』の主人公の気持ちが、この場面から痛いほど伝わってきました。『バトルロワイヤル』では人が生きるために殺人を起こす姿がありありと描かれていて、それは残酷でもあったけれど、ひどく納得してしまうところでもありました。何より恐かったのは、自分がもしこの映画の中学生たちのような立場になったらと考えた時でした。また、黒い画面に白い文字で主人公たちのセリフ出るところでは一昔前の映画のような感じだったのですが、それまでの殺人の場面が本当に激しくて残虐的な分、そこだけが何だか美しすぎて切なくて、本当にかわいそうだと思いました。主人公たちの声を聞いて、それをまた文字として見る事で、二重に認識させられるというか「そうなんだなぁ。」と、それぞれの場面場面で深く理解させられたと思います。『うなぎ』と『バトルロワイヤル』は人間の「生」と「性」をとてもリアルに教えてくれる映画でした。
Oct 27, 2002
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今日は今年の12月に一週間実施されるフランスでの海外現地講義の説明会が大学で行われ、私も参加するので出席してきました。現地講義ではフランスにある美術館や博物館を見学して、作品またはその展示方法や博物館の事業内容などを考える事が目的です。しかし学生の本音としては、本場のフランス料理を食べたり買い物をする事が主な目的になりつつあります。私もそうです。説明会ではまず旅行会社の人から、保険やトラベラーズチェックなど、旅行先での注意事項の説明がありました。その次に現地講義の授業担当の先生から、フランスについての説明がありました。説明の最初に、先生が「これからすごくシリアスな話をするので、少し覚悟をして聞いて下さい。たぶん、落ち込む人はかなり落ち込むと思うので、話を聞いた後はあまり気にしないで、フランスに向けての準備を進めて下さい。」と真剣な顔をして言うので、それまでフランス旅行に浮き足立っていた私たちは、一瞬シーンと静まり返りました。先生の話によれば、フランスはとてもスリが多いところで、スリを職業としている人もいて、日本のように道端やイスなどに置きっ放しにしておくと、それは皆の物といったふうに全て持って行かれてしまうのだそうです。この話をした後、先生は私たちの方を見て「この中で必ず3人、3人は絶対にフランスにいる間にスリに遭うだろうと僕は予想しています。」と断言していました。さらに「もしスリにあった人は、自分がクジに当たったんだと思って、あまり落ち込まないで下さい。フォローはまわりの皆が協力してしますので。」とも言っていました。私は当たっても嬉しくないクジだなと思いました。その後も先生の話は続きました。「もしもスリに遭いそうになったら、その人をじっと睨んで下さい。そうしたらフランスの人はプフーって言うから。」その先生の話を聞いて私は、「え?プフー?」と思い、“プフー”という言葉が気になって仕方ありませんでした。そうこうしていると先生が、今度は残念そうな顔をしながら両手をやれやれといった感じで胸の横で曲げ、そしてまた「プフー。」と言いました。その途端、教室中の皆が大笑いしました。普段、あまり冗談を言わない真面目な先生だったので、余計におかしかったのだと思います。先輩の中には、しばらく笑いが止まらなくて、ずっと背中がぷるぷる震えている人がいました。フランスの人は何か納得がいかなかったり、残念な事があると「フ~・・・プフー。」と言うのだそうです。「なるほどそう言う事か!」となんとなく納得した私でしたが、必ずしもフランスの人皆が皆「プフー。」と言うとは限らないんじゃないかという思いも、しないでもありませんでした。今日は先生の新しい一面を見る事ができて良かったです。フランスに行った時は、スリのクジに当たらないように、本当に気を付けようと思いました。
Oct 24, 2002
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昨日から二日間あった文化祭が終了しました。私が入っている映画研究部では、自主制作映画の上映会を行いました。お客さんも二日間で100人ほど来てもらえ、少しでも自分たちが作った作品に触れてもらう事ができてとても嬉しかったです。無事に上映会が終わり、片付けの時間、文化祭実行委員がいる学生会室に行かなければならない用事ができて、サークルの友達のさかっち(下の写真の友達です。)と一緒に学生会室に行く事になりました。学生会室に行き、用事を済ませて帰ろうとした時、学生会室の横の部屋から一人の男性が出てきて、文化祭実行委員の人に「舞台で飲む水もらえますか?」と言っているのが聞こえました。その時、友達のさかっちが、学生会室の横の部屋のドアに『キンモクセイ楽屋部屋』という張り紙がされているのに気付きました。私が通っている大学の学祭では、今年は第一日目に吉本興業の芸人さんたち(シャンプーハットとサバンナと野生爆弾というコンビ3組。)と、第二日目にキンモクセイという音楽グループが来てくれる事になっていました。私はキンモクセイというグループを、金曜日の午後7時半から放送されている『あたしンち』というアニメの主題歌を歌っているという事で知っていて、私は『あたしンち』という漫画が大好きだったので、キンモクセイには何か特別な感情を持っていました。キンモクセイの楽屋が自分のすぐ目の前にあると思った私は心の中で「うわーっ!」と叫んでいました。口からも思わず小声で「キンモクセイの楽屋・・・!」と叫んでいました。すると隣にいたさかっちが、「どっかで待ち伏せしといて、キンモクセイが出てくるの見よっか?」と言い出しました。キンモクセイのコンサートは午後5時からの開演で、私たちがキンモクセイの楽屋を発見したのがその20分前の午後4時40分過ぎで、まだ楽屋にいるのか、もう舞台裏に行ってしまったのか微妙な時間帯でした。私達もサークルの片付けを途中で抜け出して来た身だし、5分前までねばって出てこなかったらあきらめようという事になり、私とさかっちは二人でさも文化祭の片付けをしているかのように装いながら、キンモクセイの楽屋を少し離れたところから見張っていました。 ↑ さかっちです。フェイスペインティングをしてもらっていました。結局、キンモクセイはその時には既に体育館の舞台裏に行っていたようで、姿を見る事はできなかったのですが、文化祭実行委員の目を盗んで、キンモクセイの楽屋前を張り込んだのは、まるで自分が探偵になったようでスリル満載体験でした。午後5時を過ぎ、体育館の中からはキンモクセイの歌声が外にも微かですが聞こえていました。キンモクセイのコンサートの前売り券は500円だったので、私は買っておけば良かったかなぁと少し後悔していたのですが、小さかったですが歌声も聞く事ができて嬉しかったです。皆お疲れ様でした(〃^-^〃)
Oct 20, 2002
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今日の朝の10時過ぎ、仕事中の父から携帯にメールが入りました。普段、滅多な事がない限り私にメールをしてこない父だったので、驚いてメールの内容を見てみると、添付ファイル付きのメールでした。件名には『見たよ トム』とだけしか書かれていなかったので、それを見た私は最初『トム』というのが何か分からなくて、何を見たんだろうと思っていたのですが、しばらくして、それがトム・クルーズの事だと分かりました。そして添付されてきた写真を見て再確認しました。父は関西国際空港の中にある会社に勤めていて、今日は仕事の途中で抜け出して、空港に来ていたトム・クルーズを見に行ったそうです。そして自分のカメラ付きの携帯電話で、その様子を写真に撮ったそうです。 ← 父から送られてきた写真。父の話によると、トム・クルーズは本当にとても愛想が良く、かっこいい人だったそうです。空港でトム・クルーズを見ようと集まった人たちの前を順番に回ってくれて、赤ちゃんを抱いたお母さんがトム・クルーズに自分の赤ちゃんを抱いてほしいと言ったら、ちゃんと抱いてくれたそうです。トム・クルーズの周りには2mぐらいあるボディガードが四方を囲み、機動隊も後ろに控えていて、警護の人が「カメラのフラッシュは目を傷めるのでやめて下さい!サインはだめです!握手だけにして下さい!」と叫んでいて、それでもサインを求める人がたくさんいたそうなのですが、トム・クルーズはその求められたサインに対して、一つ一つきちんと書いて渡していたそうです。そして自分専用の飛行機に、恋人と思われる女性(ペネロペ・クルス?)と一緒に乗り、帰って行ったそうです。トム・クルーズは、明治初期の日本が舞台のハリウッド映画『ラスト・サムライ』(エドワード・ズウィック監督)の撮影のために、今月8日に関西国際空港に到着しました。その日、父はちょうど会社が休みの日で、テレビで関西空港にトム・クルーズが来日したというニュースを見て、とても悔しそうにしていました。だから今日は、本当に嬉しかったと思います。父は今日のトム・クルーズを見て、一気にファンになってしまったようで、すごく嬉しそうに「トムかっこよかった!」と言いながら、トムがどうした、トムがこうした、まるで友達のようにトム、トムと、その時の事について話していました。
Oct 16, 2002
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今日は映画のサークルの集まりがあって大学に来ていて、今は大学のパソコンでこの日記を書いているのですが、大学のパソコンはMacintoshで、私は普段、家でWindowsを使っているのでMacの使い方が全く分かりません。慣れていないせいもあって、この日記を書いている最中も何度かボタン操作を誤って、書いていた日記を全文消去してしまいました。 ← 左の写真は今日、私が使ったMacです。 ← 右の写真は、サークルの友達の携帯電話です。久しぶりに見たらテントウムシが付いていました。 Macは、キーボードやアップル(?)などが、すごくおしゃれだなぁと思いました。マウスも何か一味違っていて、スケルトン仕様でおもしろかったです。私の中では機能面ではWinで、デザイン面ではMacがいいなぁと思いました。
Oct 14, 2002
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今日は大学の現地講義の授業で、京都国立近代美術館に行ってきました。午後2時に現地集合だったので、12時に友達と二人で待ち合わせをして行く事になりました。JR大阪駅で京都線に乗り換え、京都駅で地下鉄烏丸線に乗り換え、やれやれと思いながら友達と電車の中で話していたら、降りなくてはいけない駅を気付かずに乗り過ごしてしまい、終点の国際会館駅まで行ってしまっていました。あわてて引き返して烏丸御池駅で地下鉄東西線に乗り換え、東山駅で降りて京都国立近代美術館に着いた時には、待ち合わせの時間をとっくに過ぎてしまっていたので、先生も学生も誰も待ち合わせ場所にはいませんでした。美術館に入れば中で誰かに会えるかもしれないと思い、ひとまず入場券を買って美術館に入る事にしました。 ← 地下鉄東西線の烏丸御池駅で撮りました。駅がとてもきれいでした。中で開かれていた『スーラと新印象派展』は本当に、来て良かったと思いました。ジョルジュ・スーラをはじめ、点描画の創始者とも言えるポール・シニャックや、ヘンリ・エドモント・クロスなど、新印象派と呼ばれる画家たちの作品がたくさん展示されていました。これらの作品はいくら見ていても飽きないというか、点描画には動きが感じられ、それぞれが変化に富んでいておもしろかったです。また、点描画でしか表現できないものを十分に感じました。美術館の中は想像以上に広く、先生たちを見つける事ができませんでした。先生に会わなければ、今日の出席をとってもらう事ができないので、あせった私達は美術館の受付の人に放送で先生を呼び出してもらおうかとも考えたのですが、後日先生のところへ行って今日の事を話して出席にしてもらおうと思い、先生に会う事はあきらめて美術館の中をゆっくり見て回りました。展示されている作品を一通り見て回った後、美術館の中のギャラリーでたくさんのポストカードや図録が販売されていたので、何か買おうと思い、そこへ立ち寄る事にしました。その中で長谷川潔さんという画家の作品のポストカードが販売されていて、それがとても素敵だったので、私はその全種類のポストカードを買ってしまいました。友達は私よりも長谷川さんの独特な作風を気に入り、全種類のポストカードでは飽き足らず、全種類とその中の自分が気に入ったものをニ枚づつ買っていました。美術館を出て、お昼ごはんを食べていなかった私達は、東山駅の近くのマクドナルドに入って遅めの昼食をとりました。そこで2時間程いた後、また大阪に向けて帰りました。帰り道の電車の中では、私も友達もあまりしゃべらず、ぼーっとしていました。すごく疲れましたが、小旅行をしたみたいで楽しかったです。
Oct 12, 2002
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久しぶりの日記です(〃^-^〃)今日は大学でゼミがあり、その後そのゼミの先生と一緒にお昼ごはんを食べに、皆で学食に行きました。そこで先生がごはんをおごってくれる事になり、「上限は300円まで。」と言われたので、私は310円の唐揚げ弁当を頼みました。天気がいいから外で食べようと、外のテーブルで皆で円になって食べ始めました。私は先生の横に座りました。私は西洋美術史のゼミをとっているのですが、ゼミの時間に西洋美術についての勉強をした事がありません。ゼミの先生は無類のサッカー好きで、前期の授業はFIFAワールドカップの話題一色でした。先生がサッカーについて熱く語り続け、それを皆で聞いているという授業形態になっていました。先生は人が話しているのを聞かず、人が話すのを止めた隙を狙って自分の話に持っていきます。以前、その事を先生に言った時、先生は「だって話したくてしょうがないんだもん。」と答えていました。「英会話を習いに行っても、僕みたいなタイプはヒアリングが上達しないんだよ。」とも言っていました。先生はちょび髭を生やし、丸い黒ぶちメガネをかけていて個性が強く、私は最初、先生は一体どんな人なのか不思議でしょうがなかったのですが、先生の刺激的な発言については、なるほどなぁと思うところが多々あります。(このホームページの掲示板の上に書いている「先生」というのは、このゼミの先生の事です。)私が大学1年で、まだ先生の事をよく知らなかった頃、地元の古本屋さんで、先生が書いた本が100円で売られているのを見つけました。その時はそんなに関心もなく買わなかったのですが、今にして思えば買っておけばよかったなぁと後悔しています。話は今日の午後に戻って、私が唐揚げ弁当を食べていると、先生が私に向かって「唐揚げ好きなの?」と聞いてきました。私が「はい。好きです。」と答えると、先生は「子どもだね。」と言いました。それを聞いた友達が「何でですか?」と聞くと、先生は「だって唐揚げ好きっていったら子どもじゃない。僕は唐揚げ、あんまり好きじゃない。」と答えました。「それでは答えになってません。」と私は内心思いましたが、口に出すのは少し恐かったので、黙って唐揚げ弁当を食べていました。その後、次の授業まで4時間ぐらい空いていたので、図書館に行って映画『赤毛のアン』と『アンの青春』を見てきました。どちらも何度か見た事があったのですが、この映画は見る度に元気にさせてくれます。そして感動もします。大好きな映画です。続編の『アンの結婚』が上映される事を知った時は、嬉しい気持ちでいっぱいでした。早く見に行きたいです。
Oct 9, 2002
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今日は地元のだんじり祭りの初日です。今日と明日の二日間です。 昨日の夜、彼氏と一緒にテレビを見ている時に、北野武さんが出ている車のCMが流れました。そのCMのバックに流れている曲を聞いた時、私は「この曲はー!」と思いました。去年、大学の帰りに銀行に寄った事があって、その銀行の中ではBGMが流れていました。とてもきれいな音楽で、私はそれを聞いた時、「この曲はどこかで聞いた事があるなぁ。」と思いました。銀行を出た後もその曲が忘れられず、一生懸命どこで聞いたのか、誰の曲だったかを思い出そうとしました。でも全然分からなかったので、銀行に行ってその曲を聞く度に悶々としていました。いっそ銀行の人に「今かかっているこの曲は何ていう曲ですか?」と聞こうかと思った時もありました。その曲が、昨日見た北野武さんと車のCMのバックに流れていました。この事を彼氏に話すと、「ふーん。(曲は)宮崎駿っぽいね。」と言いました。私も以前銀行で聞いた時に、久石譲さんの曲みたいだなと思ったのですが、でもどこで聞いたのか分からず、映画で使われていた曲だったのなのかなと考えた時もあったのですが、見当が付きませんでした。もしかしたらインターネットでこのCMの事について調べたら分かるかもしれないと思い、家に帰ってインターネットで検索をしてみました。でもなかなかそれらしい情報が見つからなかったので、一か八か、今度は久石譲さんをキーワードに検索をしてみました。そしてやっと、この曲の事が分かりました。98年の長野パラリンピックのテーマソングで、久石譲さんの『Asian Dream Song』という曲でした。今日、この事が分かって本当に良かったです。そして自分が久石譲ファンだと再確認した気がします。早速、携帯電話の着メロをこの曲にしました。(単純な私です。)
Oct 5, 2002
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今日は大学の授業が1限からだったので、7時に起きようとしたところ、二度寝をしてしまって気付けば8時になっていました。先週の金曜日も同じ理由で1限と2限の授業を休んでしまって、一緒に授業に出ている友達から「この授業の先生、出席重視やから来た方がいいよ。」と言われていたので、昨日の夜は「明日は絶対に1限に間に合うように起きよう!」と思っていたのに、結果こんな事になってしまって朝から非常にへこみモードでした。布団から出て、居間に行くとなぜか母がいました。母は中学校で教師をしていて、朝はいつも7時半には家を出て学校に行くのですが、今日は8時過ぎになっても家にいたので理由を聞いてみると、「寝過ごした。」と言いました。親子そろってへこみモードでした。私は2限の授業には出ようと思い、急いで支度をして家を出ました。大学に着いて、その日にある授業の休講などを知らせる掲示板を見に行きました。すると、私が今日とっていた1限と2限の授業がどちらも先生が体調不良という事で休講になっていました。私はラッキーと思う反面、今朝あんなに落ち込んで損したなと思いました。2限が休講になって時間ができたので、図書館で映画を見る事にしました。図書館で映画のLDが置かれている棚に行き、何の映画を見ようかと迷っていた時、『カラヴァッジオ』という映画のタイトルが目についたのでそれを棚から取り出そうとすると、『から騒ぎ』という映画のLDも一緒にくっついて出てきました。私はこの『から騒ぎ』のLDのパッケージの表面を見て驚きました。タイトルが書かれた上にケネス・ブラナーとエマ・トンプソン元夫妻の写真、そしてその下にはタイトルをはさんでキアヌ・リーブスとデンゼル・ワシントンの写真が載っていました。その豪華な出演陣を見て、私はこの映画を見ようと決めました。 よく見ると、映画『いまを生きる』で苦悩の末に死んでしまう青年役を演じていたロバート・ショーン・レナードも載っていました。私はケネス・ブラナーを去年、映画『ワイルド・ワイルド・ウェスト』で初めて見て、「この人はラブレス博士という、少し(?)気持ち悪い役をしているけど、本当のところはかっこいいに違いない。」と思い込み、ケネス・ブラナーについての情報や出演作品などを調べたりしていた時期がありました。一言で言えばファンでした。『から騒ぎ』はこのケネス・ブラナーが監督をしていて(出演もしています。)、シェークスピアの喜劇が原作になっています。出演陣でこの映画を見ようと決めてしまったので、内容が全く分からなかった私は、原作がシェークスピアと知ってなんだか難しそうだなと思っていたのですが、全然そんな事はありませんでした。》》》続きます。
Oct 4, 2002
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今日は授業の空き時間に、大学の図書館で映画『仮面の男』を見ました。ダルタニアン役のガブリエル・バーンが、とてもかっこよかったです。『仮面の男』は私が高校生だった頃に公開されたもので、高校のクラブの友達二人がこの映画を見に行ってきて、その時に映画の感想を聞いた事がありました。すると二人とも「ディカプリオのまわりにいるおじさま達がとにかくかっこよかった!」と言っていて、当時私のまわりにはディカプリオファンの人が多く、世間のディカプリオの人気も相当なものだったので「ディカプリオを超えるほどのおじさま達とは一体どんな方々なんだろう?」と、私は疑問に思っていました。 でも今日この映画を見て納得しました。確かにかっこよかったです。少し話の進め方が強引だなと思うところがありましたが、音楽がとても良く、続きはどうなるのかというハラハラ感があり、楽しめた作品でした。
Oct 1, 2002
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今日は4時半から、大学で行われた就職活動対策のマナー講座に出席してきました。今日のこの講座で私たち学生にマナーの指導をして下さった先生は、話す時はコテコテの関西弁だったのですが、とてもきれいな女の人で、マナー講座の指導をしているだけあって、歩き方やその物腰もとても様になっているというか、動き一つに対しても隙がなく、キャリアウーマンや社長秘書といった感じでとてもかっこいい女の人でした。またそういった外見とは違い、関西弁でズバッと物事をはっきり言うので、そういう点でも私は、「かっこいい人だな。」と思っていました。マナー講座が終わり、お腹がすいた私と友達は大学の帰りにモスバーガーに寄って行く事にしました。注文した品物が運ばれてきて二人で話しながら食べていると、話題が今日のマナー講座の先生の話になりました。すると友達が、「マナー講座が始まる前に先生を見かけた。」と言い出しました。友達の話によれば、マナー講座の先生が今日の講座が始まる前、キャリアウーマンのようなかっこいい歩き方で颯爽と男子トイレの中に入って行ったそうです。友達はその姿を見て思ったそうです。「そりゃあ、うちは女子大で男子トイレと女子トイレの場所がいまいち紛らわしくてよく分からないけど・・・それってどうなの?」それには「マナーを教えている先生なのに・・・。」という気持ちも込められていたと思います。それを聞いて私は「それでもやっぱり(いろんな意味で)かっこいい人だなぁ。」と思いました。結局、どんな事があっても、かっこいい人はかっこいいんだと思いました。先週の金曜日の4限の西洋美術史特講の時間、先生が無断欠勤をして授業が休講になりました。その授業は4限目で、友達はその先生の授業を3、4限ととっていたのですが、3限の時間、友達が教室でいくら待ってても先生が来なかったそうです。そこで友達が学生課に行って事情を話したところ、それを聞いた学生課の人も驚いて、慌てて先生に電話をしたそうです。すると電話を終えた学生課の人は、申し訳なさそうに「先生は今日はもう来られないそうです。」と言ったそうです。私は3時間目は別の授業を受けていて、友達から「4限の授業は先生が無断欠勤につき休講です。」というメールが届いた時は、一瞬「は?」と思いました。同じ授業を受けていた別の友達にその事を話すと、「無断欠勤ってありえるん?!」と少し怒り気味でした。掲示板に休講の紙が貼られているか見に行くと、3限が始まる前には掲示されていなかった休講の紙が貼られてありました。休講理由の欄には、何も書かれていませんでした。「学生課も休講にせざるをえなかったんやろうな。」と友達と話し合い、その日は3限までで帰りました。むしろこの先生の方が「それってどうなの?」だと、今になって思います。後で聞いた話ですが、この無断欠勤をした先生は、授業が始まるのが10月からだと思っていて、まさか9月27日の金曜日という半端な時期に始まるとは思っていなかったそうです。なんで月曜日からじゃなくて金曜日から始まるのか、私も納得がいかないところがあったので、あまり先生を責めてはいけないなと思いました。
Sep 30, 2002
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今日は夜の9時から、ケーブルテレビで映画『トキワ荘の青春』が放送されていて、私は前からこの映画を見たかったので大学の課題をしながら見る事にしました。同じ時間帯に別のチャンネルで映画『太陽の帝国』も放送されていて、母はそっちが見たいと言ってきたのですが、私は『太陽の帝国』は見た事があったので、『トキワ荘の青春』の方を見るよう母を説得しました。この映画は、戦後の日本で漫画というものが徐々に確立されつつあった時代に、トキワ荘という小さなアパートで一緒に漫画を描き続けた、現代を代表する漫画家たちの若かりし頃の物語です。石森章太郎や藤子不二雄、赤塚夫二夫などの今は誰もが知っている漫画家たちが、苦楽をともにして「漫画とは何か。これからの漫画はどうあるべきか。」を考える様子がとても鮮明に、とても柔らかく、優しく描かれています。この映画は、本木雅弘さん演じる寺田ヒロオという漫画家が主人公です。私はこの映画を見るまで、寺田ヒロオさんという漫画家がいた事を知りませんでした。私はこの映画は寺田ヒロオさんそのものだと思います。うまくは言えないのですが、映画の全体的な雰囲気が、映像も音楽も含め、寺田ヒロオさんの雰囲気と同じだと感じました。以前、映画『青春デンデケデケデケ』に、お寺の息子役で出演されている大森嘉之さんの自然な演技が好きと日記で書きましたが、この『トキワ荘の青春』にも、赤塚不二夫さんの役で出演されていました。赤塚不二夫さんは、トキワ荘に引っ越して来た最初の頃は、石森章太郎さんの(今で言うところの)アシスタントをしていたと、私はこの映画を見て初めて知りました。だから赤塚さんが、いざ自分の漫画を描こうとしても編集者の人から「誰かさんの絵にそっくりじゃない?」つまりは「石森章太郎の絵にそっくりじゃない?」と言われてしまう場面があって、私は今まで赤塚不二夫さんのイメージはまさしくバカボンのパパのような感じでいつもおちゃらけている人だと思っていたのですが、この映画を見て本当の赤塚不二夫という人は、私の考えていた人とは全く違っていて、そんな軽い目で赤塚さん見ていた自分を恥ずかしく思いました。この映画は見返す度に、新しい何かが伝わってきます。でもこの映画の中の寺田ヒロオさんの気持ちを、今の私にははっきり理解する事はできないんだろうなぁと思いました。
Sep 28, 2002
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昨日友達から連絡があって、「野球のチケットが余ったから、一緒に甲子園へ野球を見に行こう。」と言われ、甲子園に行くのも野球を生で見るのも初めてだった私は、即「行きます!」と返事をしました。今日の試合は阪神対巨人の試合で、私は友達に「巨人は、もしも今日ヤクルトが負ければ、その時点でリーグ優勝が決まる。」と聞かされました。もし巨人の優勝が決まれば、今日の試合終了後に原監督の胴上げが行われるらしく、友達の話によると巨人が阪神の本拠地(甲子園の事)で胴上げするのは最近では珍しいみたいで、「十何年ぶりちゃうかなぁ。」と言っていました。私は普段、野球チームの中でどこを応援しているとか特になかったのですが、一応大阪に住んでいる事だし、近鉄と阪神は応援しようかなと思っていました。一緒に行った友達は阪神ファンで、はりきって自前のメガホンを持ってきていました。私もメガホンを買おうかどうしようか迷っていると、友達が「メガホンは持ってないとあかん。」と言ってきたので、じゃあ買っとこうかと思い、白と蛍光のメガホンを二つ買って甲子園球場の中に入りました。観戦する席は外野のライトスタンド側で、ここが一番応援の盛り上がる場所なんだと友達が嬉しそうに言っていました。球場内では、巨人の選手が練習をしているところでした。今までは野球に興味のなかった私も、目の前で野球選手が練習している姿を見ると、さすがにテンションが上がってしまって、携帯電話のカメラで選手を撮ろうとしたのですが全然うまく撮れず、何が何だか分からない写真になってしまいました。(でもせっかくなので記念に載せます。) 午後6時に試合が開始され、それぞれのチームで応援が始まりました。 阪神は選手ごとに応援する時のテーマソングがあって、選手がバッターボックスに立つと掛け声と一緒にそのテーマソングを歌うのですが、私はその応援歌の歌詞を全く知らなかったので、歌を歌わなかった分、常にメガホンを叩いて応援していました。でも、ジョージ・アリアス選手のテーマソングだけは覚えました。メシア from USA!私は最初、メガホンを振りながら選手の名前を叫んで応援するという動作がどうも恥ずかしくて、はじめは小さい声で「はーまなか・・・はーまなか・・・(浜中選手)」という感じだったのですが、次第にゲームが熱くなるにつれて、誰よりも大きな声を出してやろうという気になり、しまいには「浜中選手かっこいいー!」と、余計な掛け声まで出してしまっていました。応援はさらに激しさを増し、応援団のラッパや太鼓が大音量で鳴らされている時、球場内の電光掲示板にヤクルトが中日に9対4で負けたというニュースが流れました。その途端、阪神の応援側からは「あ~・・・。」という声があちらこちらからため息と一緒にもれ、巨人の応援側では拍手喝采の嵐でした。そこから一時、元気をなくしていた阪神の応援も、9回裏の浜中選手の同点ホームランで一気に盛り上がりました。甲子園では通常午後10時を過ぎると、ラッパや太鼓などでの応援は近隣の住む人にとって迷惑になるために禁止されているのですが、なぜか阪神の応援側は10時を過ぎても思いっきり太鼓をドンドン鳴らしていて、球場のアナウンスで「10時を過ぎてからのー、太鼓での応援はやめて下さい。」と怒られていました。 その後、12回裏いっぱいまで延長するとは考えてもいなかったので、昨日友達から連絡があった時、「野球は9時頃には終ると思うよ。」と言われていたので、私も「それなら夜遅くなる心配もないな。」と思っていました。試合終了後、急いで帰り支度をして、午前1時頃に家に到着しました。テレビをつけると、ドラマ『ナースのお仕事』の最終回スペシャルが放送されていたので驚きました。 ← 原監督のインタビュー2時間延長はいろんな意味で大変でしたが、とてもおもしろかったです。また応援に行きたいです。
Sep 24, 2002
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昨日の夜から今日の朝まで、高校の時のクラブの友達7人で大阪の梅田でカラオケオールツアーをしてきました。この日記を書いている今、はっきり言ってかなり眠いです。初オールカラオケだった私ですが、やっぱり貫徹カラオケはしんどいです。明日の誕生日で21歳になる私。10代の頃のようにはしゃいでいては身が持たないなぁと感じました。今日は地元のだんじりが試験引きをしていました。本番は来月の5、6日です。
Sep 22, 2002
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今日は彼氏と大阪の日本橋にあるガチャポン博物館に行ってきました。私はガチャポンの事はガチャガチャと呼んでますが、このガチャポン博物館ではそのガチャガチャの台が、6階建てのビルの中に所狭しと置かれていました。年代も様々で、『とっとこハム太郎』や『ワンピース』など最近のアニメのものから、古いアニメになると『巨人の星』や『ドカベン』のガチャポンなども、遊ぶ事はできなかったのですがたくさん展示されていて、まさにガチャポンミュージアムでした。 私はそこで『トイ・ストーリー』と『モンスターズ・インク』のガチャポンをしてきました。ガチャポンの楽しみは、お金を入れて取っ手の部分を回している時の、あのハラハラドキドキ感。そして、自分が欲しかったものとは違う商品が出てきた時のあの失望感。今日は久しぶりにその緊張感を味わえました。 いくつになっても、ガチャポンをすると楽しいなぁと思いました。
Sep 20, 2002
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を、久しぶりに見ました。やっぱりこの映画は何度見てもいいなぁーと思います。『ウォーターボーイズ』や『青春デンデケデケデケ』が男の子の青春映画だとすると、この『がんばっていきまっしょい』は、女の子の青春映画です。男の子に負けないくらいの、かっこいい女の子たちの物語です。今日は、大学の夏休みの課題がたまりにたまっていたので、そろそろ片付けないと提出期限に間に合わないと思い、『がんばっていきまっしょい』を見ながら課題をする事にしました。私はこの映画の中で流れる『オギヨディオラ』という歌がすごく好きです。映画のところどころで流れていますが、一番印象的なのは、ボートの全国大会地区予選の決勝戦ラスト200メートルの場面。女の子5人が一生懸命ボートを漕いでいるシーンでこの曲が流れます。私はこの場面が好きで、何度も何度も繰り返し見ていました。映画の舞台となっている愛媛県松山市の風景も、とてもきれいに映し出されています。私の大好きな日本映画の中の一つです。
Sep 19, 2002
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私の家の階段の下には、風を通すために作られた小さな窓があります。うちで飼っている猫たち(ニキとマロ)は、いつもその窓から外へ出掛けて行きます。なのでその窓は年中開けっ放しにしているのですが、最近になって頻繁に近所の猫たちが、そこからこっそり家の中に入ってくるようになりました。去年の、冬の朝の事です。うちの父が朝起きて、居間に置いてあったこたつの中に足を入れたその途端、知らない猫がこたつの中からものすごい勢いで飛び出してきたそうです。それからその猫は、大急ぎで逃げようとしたらしいのですが、父が階段の下の戸を冬だったので開いていると寒いと言って閉めてしまっていたので、猫は逃げられないまましばらく父と一緒にこたつの周りをぐるぐる回っていたそうです。気の毒に思った父が戸を開けてあげると、猫は一目散に家の外へ逃げて行ったそうです。そんな事もあり、私の家は近所の猫たちが気軽に出入りできる場所になっていました。今朝の9時頃、起きて顔を洗い朝食の準備をし始めた時、ふと階段の下を見ると、うちで飼っている猫のマロが、階段の下の出入口の所で私の顔を見つめながらじっと立ったまま固まっていました。おもしろいので私もじっと見つめ返すと、マロの後ろに何かが潜んでいる事に気付きました。よく見ると猫でした。そして私は思いました。「この猫の顔には見覚えがある。」私の家に出入りしている近所の猫は、たいていが同じ顔ぶれです。近所の家で飼われているオス猫のマロン。このマロンという猫は一度、飼い主の元へ何日も帰らなかった事があって、心配した飼い主の人は迷い猫の貼り紙を出してマロンの行方を探していました。その同じ頃、私の家に鈴付きの首輪をした黒と白のぶち猫が度々やってくるようになり、その猫が来ると鈴がいつもチリンチリン鳴っていたので、「あ、また来たな。」とすぐに分かりました。ニキとマロがその猫とよくケンカをして、ひどい時には私も加勢していました。可愛いらしいまん丸の目で、愛らしい声で鳴くのとは裏腹に、何度追い返しても戻ってくるという度胸の座った猫でした。「首輪をしてるんだから、どこかで飼われているんだろうな。」と思っていた時に、迷い猫の『マロン』の貼り紙を見つけました。うちで飼っているマロと名前が似ていたので、気になったので見ていました。貼り紙には迷子になった『マロン』の特徴として『オス猫。白とトラ模様のぶち猫で、鈴のついた首輪をしています。』と書かれていて、その横には写真が載せられていました。その写真を見て私は、最近よく家に来るあの猫が、この『マロン』だと気付きました。さらに貼り紙の最後の文章には『二、三日前から家に帰ってきません。家族で心配しています。』と書かれていて、それを読んだ私は「私の家に来る暇があるんだったら、早く自分の家に帰れよマロン。」と、飼い主の人の心境を考えると、ひどくもどかしい気持ちでいっぱいになりました。でもしばらくすると、いつのまにか貼り紙も外されていて「ああ、マロンも自分の家に戻ったんだな。」と安心していました。マロンの他には、近所のノラ猫さんも何匹か家にやってきます。いかにもおやっさんという感じの、体も態度もやたら大きなトラ猫。しっぽの短いぶち猫。体が少し汚れて本当は白猫なのかどうなのか、はっきりしない灰色の猫。今朝、マロの後ろに潜んでいた猫は、その少し体が汚れた灰色の猫でした。マロは私の顔を見つめながら、以前立ったままの状態で固まっていました。そしてマロの後ろにいた灰色の猫は、私が少し横に動いた瞬間、パッと窓から外へ飛び出しダダッと走って行きました。それを見たマロは、安心したのかその場でぐたーっと寝転がりました。最近のマロはなんだか様子がおかしいので、両親にもその事を話すと、父も「マロは絶対に何かを隠している。」とマロの事を気にしているようでした。家族で話し合った結果、「もしかして、マロが近所の猫をここに招き入れてるんじゃないか。」という話になり、「そう言えば、マロがこの前マロンと一緒にいるのを見た。」という目撃情報も出てくるなど、マロへのスパイ疑惑がよりいっそう濃くなりつつあります。そうこうしている間にも、マロンが家の中に入ってくるかもしれないので、警戒態勢を崩す事のないよう、マロの態度にも十分注意しながら、これからも仲良く一緒に暮らしていきたいと思います。(いちばん左の写真は、前に家の裏に来ていたマロンを撮ったものです。その横の写真は家の中に入ってきていた灰色の猫を撮ったもので、離れたところから撮ったのでかなりぼやけてますが、戸の後ろから私の方をのぞきこんでいます。)
Sep 18, 2002
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今日は大阪の難波に、友達と二人で映画『アバウト・ア・ボーイ』を見に行ってきました。ヒュー・グラント、相変わらず良いです。年齢を増して、さらに男に磨きがかかったという感じです。映画の前半あたりで、ヒュー・グラントのお腹がチラッっと見えるところがありましたが(←しっかりチェックしていた私。)、やはり少し出ていました。年齢は隠せません。でもそこもまた魅力だと、私は勝手に思っています。逆にヒュー・グラントが、筋肉隆々の腹筋が6つに分かれたお腹をしていたとしたら、それはそれで嫌です。この映画のもう一人の主役である少年、マーカスを演じるニコラス・ホルトも、ヒュー・グラントに負けず劣らず、魅力溢れる演技を見せてくれていました。この映画のプロデューサーがマーカス役にニコラス・ホルトを選んだ時、「観客が恋におちるような少年を探していた。」と言っていたその言葉どおり、私もこのマーカス少年(ニコラス・ホルト)に恋におちてしまいました。今日は映画館で私と友達が座っていた席の両隣がどちらも外国の人で、映画を見ていて私が笑うところと、その外国の人が笑うところが微妙に違っていて、友達の隣に座っていた外国人のおじさんは常に笑い続けていました。日本の人が俳優さんの話しているセリフを字幕を見てから理解するのと、本場の外国の人が俳優さんのセリフを自分の耳で聞いて理解するのとでは、やはり大きな違いがあるんだなと思いました。「私にも字幕なしで洋画を見る事ができるくらいの語学力があればなぁ。」と、友達の隣で笑い続けるおじさんの笑い声を聞きながら思っていました。
Sep 15, 2002
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私はこれまで21年間生きてきて、小学5年生の時に初めてケーキを作ったあの日から、今日の今まで、ケーキを作っていて楽しくなかった事などありませんでした。今日は午後から彼氏と会う事になっていて、昨日は彼氏が誕生日だったので、何か手作りのものを作って持って行こうと考えました。女の子らしさというものをアピールするための、私なりの作戦でした。彼氏はチーズケーキが好きだったのでチーズケーキを作る事にしました。材料は昨日のうちに買ってきていたので、あとは作るだけでした。作ると言っても、市販されている“これであなたも簡単にケーキが作れる”といった感じの、粉状のものと卵を混ぜ合わせたら簡単にスポンジケーキが作れるというもので、私は何度かこれを使ってケーキを作った事があったので、今回も余裕満々で作っていました。材料が入った箱にケーキの作り方の説明が載っていたので見ていると、卵と牛乳を用意して下さいと書いてあったので、冷蔵庫から卵を取り出し、牛乳も取ろうとした時、冷蔵庫の中に牛乳がない事に気付きました。急いで近くのスーパーに行き200mlのパックの牛乳を買ってきました。ケーキを作るのに必要だったのは牛乳100ml分だったので、適当にパックの半分ぐらいの牛乳を使って作り始めました。ボウルに卵とさっき買ってきた牛乳とスポンジケーキの素になる粉末を入れて、ミキサーで混ぜ合わせる事10分。説明書きには、『ミキサーだと5~10分ほどで白っぽくもったりしてきます。』と書いてあったのですが、私が作っているものは以前黄色っぽくサラサラの状態のままでした。「おかしいな。牛乳入れすぎたかな。」と思いましたが、まぁ焼いてしまえば同じだろうと思い、ケーキの型紙にその、未だサラサラ状態のままのケーキの素を流しこみました。私はそこで、ある事に気付きました。いつもなら、私はまずケーキを焼くオーブンの板の上にケーキの型紙を置いておいてから、ケーキの素を流し込むのですが、今日はなぜだか焦っていて(ケーキの素がうまく固まらなかったせいか)、テーブルの上に型紙を置いたままでケーキの素を流し込んでしまいました。なのでケーキの素が入った型紙をオーブン板の上まで持って運ばなくてはなりませんでした。このケーキの型紙というのがまた不安定で、側面になる部分と底の部分が二つ分かれていて、それを組み立てると一つの型紙になるというものでした。ケーキの素が入った型紙を持ち、オーブン板の上に置こうとした時、自分の手の指先が何だか冷たくなったので見てみると、型紙の下からすごい勢いでケーキの素がオーブン板の上に流れ出していくのが見えました。私は思わず「あああぁー。」と叫んで、流れを食い止めようとしましたが間に合わず、ケーキの素は全部、オーブン板の上に流れてしまいました。私はここでしばらく考えました。「これからまた急いで新しい材料を買ってきて作り直すか。いや、もしかすると、このままオーブンで焼いてしまってもケーキになるんじゃないか。」結局、私はそのままオーブン板に流れ広がったケーキの素を焼く事にしました。オーブンで焼く事40分。何とかそれなりに美味しそうで香ばしい匂いもしていて、ケーキの表面もこんがりキツネ色だったのですが、厚さがかなり薄かったです。極薄でした。「これって、瓦せんべい?」と間違われるぐらい薄かったです。でも味の方はと言うと、ちゃんとチーズケーキの味だったので、これには作った本人が一番びっくりしました。その後、彼氏にも食べてもらいましたが、最初はその平べったさに、いぶかしげな表情を浮かべていた彼氏でしたが、一口食べると「うん、イケるで。」と言ってたくさん食べてくれていました。 ← 出来上がり(詰め込み後)一時はこれがトラウマでケーキを作るのが嫌になるかとも思いましたが、結果オーライだったので良かったです。
Sep 12, 2002
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ついに今日!父がプレイステーション2を買ってきましたー!家の初代プレステが壊れてから二年半、我が家ではゲームの楽しみというものが味わえない日々が続いていました。しかし今日やっと、やっと念願のプレステ2が・・・。しばらくはゲームやりまくるぞ~!父は家に帰ってきてからずっと部屋にこもり、夢中でプレステ2で遊んでいます。今日の朝の事、朝食の準備をしていると、父がなにやらソワソワした感じで私の所にやってきて「『プレイステーション2』と『X-Box』、どっちがいいと思う?」と聞いてきたので、私は適当に「ん~、プレステ2かなぁ~。」と答えました。すると父は、自分は『X-Box』の方がいいと思っていたようで、ちょっと不服そうに「そうかなぁ~。」とつぶやいていました。私が「買うの?」と聞くと、父は「うん。でも『プレイステーション2』と『X-Box』どっち買おうか迷ってるねん。」と朝食の間中ずっと言っていました。朝食も食べ終わり、私は今日は彼氏の誕生日だったのでプレゼントを買いに行こうと、大阪の天王寺にある百貨店に行く事にしました。彼氏は以前からライターが欲しいと言っていたので、プレゼントはライターにしようと思い、ライターの売っているお店を見つけ店内に入りました。私はそこで初めて、オイルライターというものは高いんだという事に気付きました。「いっそ100円ライターにしてしまおうか・・・。」とも思いましたが、やはりおめでたいプレゼントなので、貧乏学生の私でも買えるZIPPOの中で一番安いライターを買う事にしました。そのお店では、追加料金を払えばライターに名前や日付などを彫ってもらえるネームオーダーというサービスがあったので、少しでも高級感とオリジナリティが出るように、ネームを彫ってもらう事にしました。家に帰ると、母が困った顔で「お父さんがプレステ買って帰ってきてから、ゲームばっかりしてる。」とぼやいていました。父の部屋に行くと父が、「プレステ2買ってん!」と、とても嬉しそうに言ってきました。ソフトは『鬼武者2』と『クラッシュバンディグー4』を買ってきていて、『鬼武者2』は、父は予想以上に怖かったらしく途中でやめたそうです。夕飯時にも父は、『プレステ2』がいかにすごいかという事について、一人熱弁していました。その後、父は夜の1時近くまで一人でゲームをしていました。「明日も仕事なのに。早く寝たらいいのに。」と、私は煌々と光る父の部屋の明かりを見ながら思っていました。
Sep 11, 2002
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私は大学で映画のサークルに入っています。今日は10月に開かれる文化祭の事について、大学全体のサークルが集まって話合いをするクラブ連合会(略してクラ連)というものがあり、曲がりなりにもサークルの副部長だったので、代表で出席してきました。私の他にもう一人同じサークルの友達が来ていて、クラ連が終わった後、その友達と別のサークルの友達と三人で、一緒にバスに乗って帰る事になりました。その帰りのバスの中で三人でワイワイ話していると、話題が同じサークルの、ある一人の友達の話になりました。その友達は、とにかくおもしろい人で、彼女に会うと、「あのキャラクターは一体どこからくるものなのか?」と、いつも不思議に思います。外見は、お笑いコンビ『さまぁ~ず』(元バカルディ)の大竹さんに似ていて、しゃべり方はその相方の三村さんに似ています。「一人『さまぁ~ず』だなぁ。」と最近になって気付きました。(友達は女性です。)その友達が先月、『探偵!ナイトスクープ』というテレビ朝日系列の番組に、探偵依頼のはがきを出したそうです。『探偵!ナイトスクープ』という番組は、私達が日頃普通に生活をしている間にふと不思議に感じた事や疑問に思った事などがあった時に、この番組に調査の依頼をすると、局長の西田敏行さんを始めとする、北野誠さんや桂小枝さんなどの探偵さん達が、その疑問を解決するべく奮闘するという番組です。その依頼される内容が、毎回毎回どうでもいいように見えて興味をそそられる内容なので、私はこの番組が好きでよく見ていました。友達はその番組へ出す探偵依頼のはがきに、『どひゃーっ!と思うような体験がしたい。』とだけ書いて送ったそうです。(この時点で、この日記を読んでくれている人に、この友達がおもしろい人だと分かってもらえるかなと思います。)すると数日後、番組担当者の人から電話があって、「具体的にはどういった事がしたいですか?!」と聞かれたそうで、それに対して友達が「何でもいいです。」と答えると、担当者の人が今度は「バンジ-ジャンプとかでも大丈夫ですか?!丸坊主になるのは?!」と聞いてきたので、友達は「大丈夫です。」と答えたそうです。私はこの話を聞かされた時、最初「ネタか?」と思ったのですが、どうやら本当の話みたいです。それにしても、友達は本当に丸坊主になってもいいんだろうかと、私は強く疑問に思いました。でも本人が良ければ、それはそれで有りなのかもなぁ、とも思います。頭が丸坊主でも不自然じゃないキャラクターの持ち主なんです、彼女は。 もしも出演する事が決まったら、また番組担当者の人から撮影日時などの連絡がくるそうです。その時はサークルのメンバーである私達にも、サークル内の連絡網で連絡がまわる事になっているので、その時を楽しみに(少し不安ですが)、待っています。
Sep 10, 2002
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今日は知り合いの人が、兵庫県の神戸六甲アイランドのマリンパークで行われるフリーマーケットに本をたくさん出品するというので、その手伝いに行ってきました。売れ行きはパラパラという感じで、中には「この本持ってるんやけど、この作家さん私好きだから、こんな所に置いとかれるのは悲しいから。」と言って買って行くおじいさんもいました。隣のお店では、サングラスをかけたお兄さんとお姉さんが太鼓のような楽器を打って音楽を奏でながら、古着を売っていました。私が「その楽器、どこの国のものですか?」と聞くと、お姉さんは「これはね~、南アフリカのなんですよ。」と笑顔で答えてくれました。南アフリカのその太鼓のような楽器は、手で打つ時かなり力がいるようで、お兄さんは時々「疲れたー!」と叫んでいました。夕方の4時になって、フリーマーケットの出店時間が終了したので、片付けを始めました。片付けが終わり、荷物も車に詰め込むと、知り合いの人が「今日は手伝ってくれたお礼に、神戸の夜景を見せてあげよう。」と言ってくれたので、夕飯を食べた後、神戸の六甲山へ夜景を見に行く事になりました。山頂に行くまでの六甲道の付近にさしかかった時、知り合いが突然、「いのしし!いのしし!」と叫ぶので、見るとイノシシが車道の上を堂々と歩いていました。大きいイノシシが二匹(二頭?)、そしてその後ろには子供のウリ坊もいて、お母さんやお父さんイノシシの後を一生懸命ついてまわっていました。イノシシを間近で見るのが初めてだった私は非常に興奮して、携帯電話に付いているカメラで写真を撮ろうとしたのですが夜だったのであまりうまく撮れず、本当にこれはイノシシなのかと、怪しまれてもおかしくない写真になってしまいました(>_<) ← 真ん中にうっすら写っているのがイノシシです。 ← ウリ坊です。 ← 観光バスも停まって見ていました。しばらく道路を往復して、イノシシは山の中に帰っていきました。この辺りではよくイノシシが山から降りてくるそうです。けれど最近は前ほどイノシシを見る事も少なくなったと聞いています。
Sep 8, 2002
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今日は8月末に交通事故に遭った彼氏が、その件で警察から事情聴取を受けるという事で、地元の警察署まで行く事になり、私もついでだから見学を(?)という事で、一緒に警察署に行ってきました。 警察署に入るのは初めてで、よく刑事ドラマで見るような、いかにも「俺は刑事だぜ。」みたいな雰囲気の人がたくさんいるのかと思っていたらそうでもなく、小さな警察署だったせいか、時々怒鳴り声は聞こえましたが、和気あいあいとしていました。1時間半ほど待って、彼氏が事情聴取から戻ってきました。彼氏は事故に遭った時の事を自分では覚えていなかったのですが、その事故を目撃した人の話によると、彼氏のバイクとタクシーが接触事故を起こした時、彼氏の体はバイクから離れ、タクシーのボンネットの上を転がり、それからまた後ろの方へ飛んでいったそうです。それから何事もなかったかのように起き上がり、携帯電話を取り出してメールをうっていたそうです。(その時のメールを受けとったのは私です。→ 8月30日の日記 )もしバイクと一緒に車体の下に入りこんでタイヤに巻き込まれていたりしたらと考えると、すり傷と左の前歯が折れたぐらいですんだ彼氏は本当に運が良かったなぁと思いました。一番驚いたのはタクシーの運転手さんだったと思います。警察署を出て、今度は二人で映画館に『バイオハザード』を見に行ってきました。ミラ・ジョヴォヴィッチかっこいいーーーっ!『ジャンヌ・ダルク』の時も思いましたが、この人は本当に男らしい美人だと思いました。映画もゲームと同じ内容かと思っていたら、ゲームの要素も含みつつ、でもまた違った内容だったので最後まで集中して見る事ができました。ゲームとは違った恐さがありました。最後は『バイオハザード2』に続くという感じでしたが、それもまた良かったです。映画館を出ると小雨が降っていて、私と彼氏は二人とも傘を持っていなかったので、彼氏の家に傘を取りに行こうという事になりました。30分ほど歩き、彼氏の家に到着しました。家にはお母さんがいて、私は会うのは二度目だったので、挨拶をして一緒にテレビを見ていました。するとお母さんが突然「あっ!知ってる?宇多田ヒカル入籍したの。」と言ったので、朝から警察署に行っていてそのニュースを知らなかった私と彼氏は「え?」と最初信じる事ができなくて、そんな二人の驚いた顔を見たお母さんは、自慢げな様子でワイドショーから得た詳細な情報を話してくれました。突然の事で本当にびっくりしましたが、おめでとう!という気持ちでいっぱいです。
Sep 6, 2002
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私の友達の友達に、ゴキブリが大嫌いで、『ゴキブリ』という字を見るのも、自分でその単語を言うのも嫌いな人がいて(私もそんなに好きじゃありませんが)、その人はゴキブリの事を別の名前で“太郎ちゃん”と呼んでいます。私は初めてその話を友達から聞いた時、「え~?ほんとに~??」と思っていたのですが、その後テレビの番組で同じようにゴキブリの事を“太郎”と呼んでいるゴキブリ嫌いの男性がいて、「そういうものなのか。」と深く納得させられた覚えがあります。今日は夕方から泊りがけで和歌山の祖母の家に行ってきました。午後7時頃、夕飯を食べ終わり、居間で祖母と一緒にテレビを見ながらゆっくりしていると、「シャシャ。」という音がして、見ると立派に太ったゴキブリがそこにいました。祖母が私に「台所にスプレーあるから持っちょいで!」と言うので台所に行き電気をつけると、また「シャシャシャ。」という音がして、ゴキブリがあわてて走っているのが見えました。「ゴキブリ多っ!」と思っていると、祖母も台所にやってきました。台所にもゴキブリがいた事を伝えると、祖母はスプレーを持ち、ゴキブリがいるだろうと思われるポイントへ、勢いよくスプレーを噴射しました。するとスプレー攻撃にいてもたってもいられなくなったゴキブリが、台所の流し台の上に姿を現しました。そこからは祖母とゴキブリの一騎打ちでした。ある意味かなり壮絶な場面だったと思います。しばらくして動かなくなったゴキブリを、祖母は近くにあった台ふきんでつかみ、「これで大丈夫。」と言いました。私はひとまず安心したのですが、そのゴキブリをつかんでいるふきんは、そのまま捨てて欲しいと思っていました。再利用好きの祖母なので、洗濯してまた台ふきんとして使わないでほしいなと願っていました。ゴキブリ騒動もあって、疲れた祖母は先に寝たので、私は電気を消して一人でテレビを見ていると、「カサ。」と音がしました。また、ゴキブリでした。そのゴキブリと私との距離は30センチほどでした。祖母は寝てしまったし一人でどうにかするしかないと思った私は、とにかくゴキブリとの距離をとろうと、ゴキブリの側の床をバンッと叩きました。そうするとゴキブリは一目散に逃げていき、ふすまの隙間から押入れの中に入っていきました。私はそれを確認し、ふすまの隙間をジュースの空き缶でふさいで、何とか安心して眠る事ができました。祖母の家に泊まる時は、何かしらの覚悟がいるなと今回感じさせられました。
Sep 3, 2002
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今日は友達と大阪南港のWTC(ワールドトレードセンタービル)コスモタワーに行ってきました。このビルは54階建てで、西日本一の高さを誇ります。(日本一は神奈川県横浜のランドマークタワーです。)最上階は展望台になっていました。 ここから眺める大阪の景色は最高でした。天気が良い日だと明石大橋も見えるそうです。夕日が沈んでいく様子もはっきりと見え、とてもきれいでした。それから夜になり辺りが暗くなると、夜景もものすごくきれいでした。海遊館のある天保山の観覧車の照明がキラキラ光っていて、通天閣の光も見えました。 展望台から降りて3階に来た時、“世界で一つしかないスーパースターの実用品や実筆サイン入りグッズが多数展示・即売会”という看板が見えたので行ってみると、こじんまりとしたショールームの中に、驚くほどのスーパースターのグッズが展示されていました。メジャーリーグのイチロー選手が着たオールスターゲームの時のユニフォーム。メッツの新庄選手が使用したバットとスパイク、リストバンド。ジュリア・ロバーツやブラット・ピッド、ロバート・デニーロ、ディカプリオなど映画俳優のサイン入りフォト。ビートルズのゴールドディスクなどは、すごい高値で販売されていました。映画『ロボコップ』で実際に使われたロボコップの衣装(?)もありました。私のような貧乏学生に買えるほどのものはここには全くありませんでしたが、このようなグッズを見れた事が、もうそれだけでお腹いっぱいという気持ちで嬉しかったです。
Sep 2, 2002
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夜の9時半から放送された映画『ウォーターボーイズ』を見ていて、「やっぱり青春っていいな。」と思いました。この映画を見ていると、大林宣彦監督の映画、『青春デンデケデケデケ』を思い出します。『青春デンデケデケデケ』は、芦原すなおさんの同名小説が映画化されたもので(小説もおすすめです。)、ウォーターボーイズの主人公たちと同じ高校3年生の少年たちが、初めて自分たちでバンドを組み文化祭に向けて特訓するというお話です。舞台は60年代、香川県観音寺。ベンチャーズなどのロックバンドが全盛期だった頃、“パイプライン”でロックに目覚めた一人の高校生を主人公に、ロックバンド結成から大学受験で上京するまでがノスタルジックに描かれています。主人公の藤原竹良こと、ちっくん(←あだ名)を演じているのは、大林監督作品ではおなじみの林泰文さん。そして、ちっくんと一緒にバンド活動に力をそそぐ友達役に、まだ若かりし頃の浅野忠信さん、大森嘉之さんなどが出演しています。浅野忠信さんは出演されていた頃まだ高校生で、この映画を撮影している間あまり高校に行く時間がなかったので、落第をしそうになったそうです。私はこの映画の中の大森嘉文さんの自然な演技がとても好きで、何度も繰り返し見ていました。大森さんは子役時代に『瀬戸内少年野球団』でバラケツという役をしていたそうで、私は『瀬戸内少年野球団』を見た事がないので今レンタルビデオ屋さんで探しているところです。その時の大森さんはお寺の息子役という事で頭を丸坊主にされていたのですが、ウォーターボーイズで玉木宏さんが演じた佐藤の坊主姿が、その大森さんの坊主姿に何だか似ていたので、少し玉木さんが好きになってしまいました。『ウォーターボーイズ』と『青春デンデケデケデケ』。時代も舞台背景も全く異なる映画ですが、どちらも見ると元気を与えてくれる素晴らしい青春映画だと思いました。
Aug 31, 2002
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午前6時半、無事大阪に上陸する事ができました。船長さん、ありがとうございました!今朝もまた5時半起きで、フェリーから降りたら現地解散だったので、皆眠そうな顔でほとんど何もしゃべらず帰っていきました。朝、下船の準備をしていると、友達(酒豪の)が私の顔を見ながら「壇ふみに似てる。」と言うので、私は壇ふみさんの名前は聞いた事はあったけれど、顔が思い浮かばなかったので、一応「そうかなぁ。」と答えました。壇ふみさんという人は女優さんだったか作家さんだったか、一体どんな人だったか、帰り道ずっと悶々と考えていました。家に帰り母にその事を話すと、母も若い頃壇ふみさんに似ていると言われた事があったそうです。結局、私は母に似ているという事でしょうか。私が思うに、母はタレントの山田邦子さんにすごく似ています。テレビを見ていて、番組に山田邦子さんが出演されているのを見ると、「お母さんがっ!」と思い、何だかすごくドキッとします。今日はお昼から久しぶりに彼氏と会う約束をしていたので、大分県で買ってきた、おみやげのかぼすのゴーフレットと湯の花の入浴剤を渡そうと用意をしていると、12時過ぎに彼氏からメールがきました。「今タクシーにぶつけられて警察に行かなあかんので、遅れると思うから家で待機しといて!」このメールを見た瞬間私は、「だいじょうぶですかーーーっ!」と叫びました。「怪我はしてないの?」とメールで聞くと、「ちょっと怪我してる!バイクもちょっと壊れた!でも骨折とかなかったから大丈夫やで!」と返事がきました。本当に大丈夫なのか???と思いながら連絡を待っていると、2時半頃に彼氏から「これから行きますんで。」という電話があったので、待ち合わせ場所に行く事にしました。先に待ち合わせ場所に着いて待っていた彼氏の姿を見た私は、また「だいじょうぶですかーーーっ!」と(心の中で)叫びました。腕には包帯が巻かれ、彼氏がはいているズボンには、明らかに血と思われる赤いものが点々と付いていました。そして彼氏が口を開けたその時、私は気付きました。彼氏の、左の前歯が折れている。私が「歯、折れたの?」と聞くと、彼氏は「あっ、やっぱり?なんかおかしいなぁと思っててん。」とのんきな調子で答えるので、「おかしいと思ったんだったら、ちゃんと鏡見て確認しないと!」と、普段は周りの人間からつっこまれる側だった私も、この時ばかりは思わず彼氏につっこんでいました。彼氏はその後、「救急車に乗ってしまいましたよ。」と自慢げに話していました。それから二人で映画館に『オースティン・パワーズ GOLDMEMBER』を見に行きました。すごくおもしろかったです!映画館であんなに笑ったのは久しぶりでした。(『少林サッカー』以来かな?)ミニ・ミーがかわいかった(>_<)!ゲスト陣が豪華で、またそれぞれすごい登場の仕方だったので、本当に楽しめた映画でした。今日は彼氏に心配させられ大変な一日でしたが、無事でいてくれたので本当に良かったです。
Aug 30, 2002
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今日は朝8時半頃ホテルを出発して、バスで1時間ほど行った大分県臼杵市にある国宝臼杵磨崖仏を見学に行ってきました。(写真があまりよく撮れていません(>_<)) 岩肌に掘られた大きな磨崖仏は、とても大きくて細かいところまできちんと彫られていました。誰がいつ彫ったのかは分かっていませんが、12世紀の中頃から彫り始め、鎌倉時代に完成したとされています。彫り始めた時期は、考古学から見た時期と美術史の上から見た時期とで100年ほどの違いがあるそうです。バランス良く彫られた磨崖仏は、見る人を意識して造られていて、彫師の腕の良さを感じます。 臼杵磨崖仏をひととおり見終わって、バスに帰ろうと道を歩いていると、自由にお線香が立てられるという所があり、友達と皆でお線香を立てていきました。すると昨日ビールを6本以上飲んだ酒豪の友達が、「あたし、こうゆうの見ると、いっぱい立てたくなるのよ。」と言って、大量のお線香を立てました。それまで普通に煙を出していたお線香がその瞬間、ボワッと言って燃え上がりました。少し、恐かったです。そしてその様子を5人で取り囲んで見ている私達も、何かの儀式を行っているようで、また少し、怖かったです。 ← 蛙がいました。 ← 燃えてます。お昼ごはんを食べてバスに乗り込み、私と友達(酒豪の)は二人でお茶の話をしていました。私が飲んでいた爽健美茶の事を友達が「爽健美ティー。」と言ったのが始まりでした。「確かにお茶の事を英語ではティーって言うけど。」と私が言うと、友達は「でしょ?合ってるでしょ?緑ティー、うぶティー、まろティー、中国緑ティー・・・。」とどんどんお茶の名前を言っていき、最後に「おーい、おティー。」と言ったのを聞き、私はその『おーい、おティー』が何だかすごくおもしろくて、思わずふき出してしまいました。それからしばらくは静かにバスガイドさんのお話を聞いていました。今までいた臼杵というところは、今年公開される大林宣彦監督の『なごり雪』という映画の舞台になった所だそうで、中学の時から大林監督ファンだった私は「どうしてもっと早くその事を教えてくれなかったんだーーーっ!」と心の中で叫んでいました。バスに1時間ちょっと乗って、大分歴史資料館に到着しました。ここで学芸員さんからのお話を聞き、館内を案内してもらって、その後40分ほど自分達で自由に見学しました。ここでは『昔のくらし展』というものが行われていて、昭和30年代の14インチ白黒テレビや電気洗濯機、メンコなどが展示されていて、昔の駄菓子屋さんの様子が再現されていたり、とても楽しく見学できました。大分歴史資料館を出て、またバスに乗り今度は大分県の天然記念物である湯の花を見に行く事になりました。湯の花は藁葺き屋根でできた、湯の花小屋で作られ採取されます。小屋の中は常に水蒸気で一杯になっていて、ここで採れる湯の花は真っ白で品質が高いと評判です。湯の花とは、端的に言うと“温泉のもと”であり、お湯に溶かせば自宅でも温泉気分が味わえるというものです。切り傷・やけど・慢性皮膚病などに効果があると言われています。私達に湯の花の説明をしてくれたのが、ここで働いている60代ぐらいのおじいさんで、この人がまたすごく口の上手い人で、話の途中でシャレを言ったりして、話を聞いていて笑いが絶えませんでした。友達は「あの人こそ無形重要文化財(人間国宝)にすべき。」と言っていました。 湯の花を見学し終わり、ここが最後の実習場所で今日の午後7時出港のフェリーに乗って帰る予定だったので、バスでおみやげ屋さんに行き、かぼす(大分県の名産)のゴーフレットや湯の花の入浴剤を何個か買い、夕飯を食べて再びフェリー“さんふらわあ”に乗り込みました。いよいよ大阪に帰る時が来ました。 ← 最後の夕飯。 ← フェリー内。 今日は台風が近付いてきていたせいか、予定よりも50分ほど遅れて出港しました。出港してまもなくすると、船長からのあいさつが放送されました。船長の声は、70代ぐらいのおじいさんのような声で、友達は「この船長さん、しぶいなぁ。」と言っていました。「えー、台風の影響により、予定していた時刻よりも1時間ほど遅れて出港致しました事を、心からお詫び申し上げます。大阪南港へは~、予定どおりの時刻に到着致しますので、よろしくお願い致します。」と船長が言ったのを聞いて、皆「そんなに焦ってくれなくてもいいから、ゆっくり運転して下さい。」と口々に言い合っていました。午後8時頃、フェリーの中でまたも宴会が開かれ、チューハイ2本を飲まされました。酒豪の友達も、またビールを3本飲んでいました。今、体重を計ったら大変な事になっているだろうなと思いました。明日の朝の自分の顔も、水分のとりすぎでむくれて大変な事になっているだろうなと思いました。深夜、友達と二人でフェリーのデッキに出ると、ものすごい強風っ。口を開けてるとすぐ口の中が乾いてしまうくらい風が強かったです。その時ちょうど瀬戸大橋が見えてきました。明日の朝、無事に大阪に着けているといいなぁと思いながら部屋に戻り、眠りにつきました。
Aug 29, 2002
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朝5時起きはやっぱり辛いです。朝の6時に、私は友達と外の景色を見にフェリーのデッキに行きました。もう大分県が目の前で、港では朝釣りをしている人が見えました。港には、電気文字で“ようこそ”の“う”が抜けた“よ こそ大分”という大きな看板がかかっていました。フェリーの中で、「まもなく大分県に到着いたします。上陸の際、お忘れ物などございませんようお気を付け下さいませ~。」という放送が流れた時、「上陸って言い方、なんだかゴジラみたいな感じがするなぁ。」と一人思っていました。そして6時半、大分県へ上陸。船を下りて今度はバスに乗りました。バスから道路のところどころに植わっているヤシの木のような木を見ると、「ああ、南国に来た。」と改めて感じました。それからバスに1時間程乗って、大分県竹田市に到着しました。竹田市は明治の作曲家、滝廉太郎が少年期を過ごした所で、廉太郎少年が絶好の遊び場にしていた同市の岡城阯には、滝廉太郎の銅像があります。岡城阯に行った後、そこからバスで5分ほどのところにある竹田市立歴史資料館に行きました。学芸員の方からの説明があるという事で、資料館の前に集合して、私はなぜか一番前で話を聞く体勢になっていました。私の性格からして、一番前というのはなんだか落ち着かなくて、後ろの方で聞きたかったなぁと思いながら、学芸員さんのお話を聞いていました。気が付くと、周りの他の大学の学生さん達の手元が、ものすごい速さで動いていました。見ると、学芸員さんが話されている事を一生懸命自分のノートにメモしていて、一番前で何もしていなかった私はそれに気付いた時とても恥ずかしくなり、あわててルーズリーフとボールペンを取り出してメモをしました。暑さのせいか、焦りのせいか汗が止まりませんでした。学芸員さんからのお話が終わった後、竹田市周辺の地図がついたパンフレットが一人一人に配られて、自由行動をする事になりました。私は同じ大学のグループと先生とで滝廉太郎記念館に行ってきました。途中、廉太郎トンネルという人が通ると音楽が流れる短いトンネルがあって楽しかったです。記念館に行った後、グループとは分かれて友達と二人で竹田市立歴史資料館へ行きました。その後、武家屋敷に行こうという事になって歩いていると、途中の道の脇に水飲み場があり、その横に立ててあった看板に“名水です。飲めます。”と書かれてあったので、友達と二人で持っていたペットボトルに入れて飲んでみました。正直、本当に飲んでも大丈夫なのか不安でしたが、とてもおいしかったです。ともだちはペットボトルに全部入れていました。武家屋敷に着くと、雨が降ってきました。私と友達は二人とも傘を持っていなかったのですが、このくらいの雨だったら大丈夫だろうと言って、武家屋敷を出て今度はキリシタン洞窟礼拝堂に向かいました。キリシタン礼拝堂に向かっている途中、厳格な建物が建っていて、表札を見ると裁判所でした。しかしよく見るとこの表札、紙に墨で『裁判所』と書かれているだけで、雨が降っているせいか紙がめくれ上がっていました。「ここの裁判所、アバウトだなぁ。」と思いました。小雨の中を二人で歩いていると、地元のおばあさんが「傘ないの?あげるからちょっと待ってなさい。ねっ!」と言って傘を持ってきてくれました。私はとても嬉しくて何度もありがとうございましたとお礼を言いました。傘はまだ新しい緑のビニール傘で、キリシタン礼拝堂に着くまで友達と「良かったね!感動やね!」と言いながら、傘をさして歩きました。キリシタン洞窟礼拝堂は昔、隠れキリシタンの人々が礼拝堂として使っていた所で、キリシタン弾圧の時代に人目を避けて造られたこの礼拝堂は、木と岩で覆われた目立たない場所にありました。昼間だというのに(雨も降っていたせいか)薄暗く、不思議な雰囲気でした。自由時間も終わり、竹田市を離れて、今度は大分市の大分市美術館に行きました。大分市美術館はとても大きな美術館で、日本美術画家の大御所と言われる高山辰夫氏や田能村竹田など大分県ゆかりの作家のコレクションが収蔵されています。田能村竹田(たのむらちくでん)は名前のとおり、今日午前中に行った大分県竹田市の出身です。この大分市美術館にはマスコットキャラクターがいて、名前はおーちゃんといいます。独特のかわいさだったので、おーちゃんのポストカードとクリアファイルを美術館の中のお店でつい買ってしまいました。 ← スタンプも押しました☆大分市美術館での見学を終えると、あとはもう今日宿泊するホテルに行くだけになりました。大分県の別府市の鉄輪(かんなわ)温泉のホテルに泊まる事になっていて、あの温泉で有名な別府に行けると思い、嬉しくてバスの中でかなりソワソワしていました。ホテルに着いて夕飯を食べ(豪勢っ!)、9時頃から他大学との交流会が始まりました。なぜかお酒が用意されていて、先生達は既に出来上がっていました。各テーブルにはかっぱえびせんやぽたぽた焼きやポテトチップスなどのお菓子が置かれ、お酒はビールとチューハイが200本ほど置かれていて、一人1本ずつ取りに行きました。私は母ゆずりでお酒は飲める方で、友達からは酒豪とまで言われていますが、そう言う友達本人が、いちばん酒豪だと私は思っています。交流会では、この実習に参加しているそれぞれの大学の代表者が、自分の大学の紹介をした後、○×クイズとビンゴゲームが行われました。その間に私は缶チューハイ2本とビールを少々飲んで、友達はビールを4本ほど飲んでいました。その友達は「飲みすぎー!」と周りの友達から言われ、「全然全然!」と言いながら私のビールを取って飲んでいました。彼女は本物だと思いました。ビンゴゲームもラストに近付いた頃、私のカードがビンゴになって、商品をもらいに行きました。ビンゴゲームでは勝った人に商品があって、それぞれの大学のネームが入ったボールペンやクリアケースなどの大学グッズやお菓子などがもらえる事になっていました。私は京都の大学のネームが入ったボールペンをもらいました。10時過ぎに交流会も終わり、私は何人かと一緒にお風呂に入りに行く事にしました。お風呂は混んでいましたが、露天風呂がすごく大きくて、とても気持ち良かったです。露天風呂から上がって部屋に戻ると、テレビで吉本のタレントの藤井隆さんが謎の外国人マシューに扮して司会進行をする音楽番組(?)『マシューTV』が始まっていました。今日のゲストは女優の小林聡美さん、鈴木杏さん、歌手の中島美嘉さんで、小林聡美さん好きの私はこれは見なくちゃいけないと思い、友達みんなで見ていました。すると突然部屋の電話が鳴り、出てみると大学の先生でした。「あのね、今521号室でみんなで集まって飲んでるから、よかったら来てね。」と言って電話を切った先生。これは行かないとだめなんだろうなと皆暗黙の了解で、521号室に行くと奈良の大学の学生さん達も入り混じっての宴会になっていて、私はそこでまたチューハイ1本を空けてしまい、交流会の時にビールを4本飲んでいた友達はまた2本ほど飲んでいました。1時頃、眠気が限界に達したので部屋に戻って寝る事にしました。後で聞くところによると宴会はその後2時ちかくまで続いたようです。ビールを飲み続けた私の友達は、私達が帰った後も飲み続け、午前3時頃に一人で露天風呂に入りに行ったそうです。彼女は大物だと思いました。
Aug 28, 2002
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今日から、大学の博物館学という授業の実習で九州の大分県に行ってきます。午後6時半出港の“さんふらわあ”というフェリーに乗り、一路大分県へ向かう事になっています。3時に大阪南港のフェリーターミナルに集合だったので、私は友達と地下鉄御堂筋線の中百舌鳥駅に1時半に待ち合わせをして、集合場所に到着したのが2時半頃でした。この実習では私が通う大学の他に、京都や奈良などの大学合わせて4大学が、一緒になって合同で実習を行うかたちになっています。フェリーターミナルは既に人でいっぱいになっていました。私はなんといっても船旅は初めてで、ましてや船で一泊するなんて一度も体験した事がなかったので異常にテンションがあがってしまい、一人はしゃいでいました。そして午後3時半、ついに乗船。先に船の中に入った人達が「大きいーっ!」「広いーっ!」「キレイーっ!」と叫んでいるのを聞いて、私も急いで中に入るとそこはもう船の中とは思えないほど豪華で、高級ホテルと見間違うほどでした。私の部屋は12人部屋で二段ベッドが6つ、部屋の左右に3つずつ置かれ、そこを10人で使う事になり部屋は少し狭かったのですがとても快適でした。ベッドには蛍光灯とカーテンが付いていて、カーテンをひくとまるでそこが自分の個室のようになって、なんだかとてもワクワクしました。午後6時半に出港で、それまで時間があったのでラウンジでこの洋上実習の開講式と、他大学の先生による博物館学の特別講義が行われ、その講義を受けている時、よく一般のお客さんが何をしているんだろうと不思議そうな顔で私達の方を見ながら通っていくので、少し寂しかったです。午後6時半、いよいよ出港の時。私のテンションはMAXまで上昇しました。「うわー!タイタニックみたいやね!豪華客船!豪華客船!」と一人で叫んでいると、隣にいた友達はとても嫌そうな顔をしていました。今日のニュースで日本列島に台風が近づいている事を知った友達は、「あたしはここで死ぬのは嫌!」と、強く断言していました。夕飯を食べ終えた後、私は友達と一緒にフェリーのデッキに行って、景色を見ていました。台風のせいか風が強く、髪の毛が乱れに乱れまくっていました。そして午後8時、まわりも暗くなって星もよく見えてきた頃、デッキにたくさんの人が集まりだしてきました。見るとフェリーの前方に大きな橋が見えました。明石大橋でした。 私は明石大橋を見るのは初めてだったので、その大きさと照明のイルミネーションの美しさに感動しました。「台風が近付いていて、いつ命が危険にさらされるか分からない状況だったけれど、今日はこの船に乗って良かったっ!感動したっ!」と、しみじみ思いました。明日は朝5時半起きです。いくらなんでも早すぎです。
Aug 27, 2002
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明日から大学の実地研修で、大分県に四日間行ってきます。洋上実習といわれるもので(←私はこの洋上実習という言葉を今回初めて知りました。)、大分まで船に乗って行きます。明日の午後6時半に大阪の南港を出発して、次の日の朝に大分に着くそうです。船旅は初めてなので今からとても緊張しています。 昨日から私の両親は二人で韓国へ行っていて、明日帰ってきます。おみやげに韓国の雑誌と韓国で流行っている音楽のCDと、王様キムチを頼みました。ちゃんと買ってきてくれるのかどうか、忘れていないかと少し心配です(>_<)今日は、祖母が私の事を心配して和歌山から飛んで来てくれました。もう二十歳だから一人で留守番できるよと言っていたのですが、「あんたは頼りないから~。」と 言ってテキパキと家事をこなしていました。祖母はとてもいきいきとした表情で働いていました。私はいつだったか、祖母は心配のし過ぎで死んでしまうんじゃないかと思った事がありました。でも心配してくれる人がいるというのは、とてもありがたい事だと思います。祖母が作ってくれた、赤と緑のピーマンとナスとタマネギの野菜炒めはとてもおいしかったです。
Aug 26, 2002
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前から行こう行こうと思って、今日やっと見に行ってきましたー!前回より細かい笑いの場面がたくさんあって、すごくおもしろかったです。でも最後が少し寂しかったように思います。途中おもしろかった分、後半からラストにかけての盛り上がりがあまり感じられなかった気がしました。しかしまさかあの人が出演していたなんて・・・知りませんでした。男の人なのに声がとてもかわいかったので驚きました。映画を見終わった後にパンフレットを買おうとしたら、売り切れていてショックでした。さらにその売店のお姉さんの対応が、「あぁ、パンフレットは本日売り切れですぅ。」と、とても無愛想だったのでますますショックでした。90分があっという間でした。この勢いだと、もしかしたらⅢもあり得るかもしれません。と言うか、Ⅲしてほしいです!
Aug 23, 2002
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今日は高校の時のクラブの友達6人で遊びました。皆で集まって会うのは本当に久しぶりで、二年ぐらいぶりに会う友達もいました。皆、外見は大人っぽくなっていましたが、性格はそのままだったので一緒にいるとすごくほっとしました。3時半に大阪の京橋で待ち合わせをして、1人は仕事があって後から合流するという事でまずは5人でカラオケに行き、それから6時に友達と合流して居酒屋に行く事になりました。私は今日は7時半に彼氏と会う約束をしていて途中で帰らなければいけなかったので、その事を皆に話すと「彼氏にここまで向かえに来てもらったらいいやん!誕生日席作ってあげるから、連れておいで!」と言われ、彼氏の身の危険を感じた私は(←皆ー、失礼千万でごめんよー!今度またゆっくり紹介するので、堪忍して下さい。)途中で帰るのはやめにして、彼氏にメールで待ち合わせの時間を遅らせてもらって、居酒屋で飲んだ後に会う事にしました。居酒屋に入ってから一時間ぐらい経って注文していた3杯目のカクテルが来た時に、私はトイレに行きたくなったので席を立ってトイレに行きました。すると後から1人の友達も「うちもトイレ。」と言って一緒に来たので2人でトイレに行った後、また一緒にもとの皆のいる席に戻りました。するとさっき一緒にトイレに行った友達が、自分の注文した生ビール見て、突然「あれっ?」と声をあげました。その途端に周りの友達が一斉に「ぷふふーっ!」と笑い出しました。見るとその友達の生ビールの上に何かが浮いていました。よくよく見るとその浮いている物は、皆で注文して食べた料理の余り物でした。でもこういうイタズラは高校の頃から日常茶飯事だったので、私も笑って自分のカクテルを飲んでいました。それからしばらくして自分のカクテルが底をつきはじめた時、グラスの底に何かが沈んでいるのが見えました。私はそこで初めて、自分のカクテルにもさっきの友達と同じように、料理の余り物が入れられていた事に気付きました。「気付くのが遅い。」と友達に言われてしまいましたが、こういう少し刺激的なイタズラも、久しぶりにされると「ああ、友情ってやっぱりいいもんだなぁ」としみじみ感じました。その後、皆と別れて彼氏との待ち合わせ場所に行くと、彼氏はくたびれた顔で待っていました。そしてその手には少年マガジンがにぎられていました。「待ってる間にマガジン2回読んだ。隅から隅まで読んだ。」と、顔は笑っていましたが静かに怒っていました。彼氏さん、本当にすみませんでした。でも今日は本当に皆に会えて楽しかったです。今度は9月にカラオケオールツアーなるものがあるそうで、是非参加しようと思ってます。
Aug 22, 2002
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今日は午前中はずっとボ~としていて、夜に友達とごはんを食べに行く予定だったので、午後3時ぐらいに出かける準備をしようと居間に行ってテレビをつけると、ケーブルテレビで何かの映画が流れていました。はじめはなんだか暗い雰囲気で見るのをやめようかと思ったのですが、カロリーメイトのCMでも有名なワカゾーこと伊藤淳史さんが出ていて、私は伊藤さんが好きだったので「これは見ないと!」と思い、見る事にしました。この映画は1997年の作品で、伊藤さんがまだ幼くてかわいらしかったです。映画の中で流れるおおたか静流さんの歌声がとても優しくて、温かみのある映画でした。
Aug 21, 2002
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