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日々の生活が、同じことの繰り返しだとしても、それはそれで幸せと思う事が一番の解決策かもしれないと思う事にしようと決意したりする自分の望んでいる幸せとは何かを、今は既に置き忘れて来たものが何だったのかすら分からなくなってしまったように、全ての『欲』があたしからは消えた流されるままに…流されるままで…自分らしくを目指す前に、自分の価値や存在すら、確かなモノなのかが、分からなくなる事がある確実に、毒があたしの中から薄れていく中で、タクと共にしていた時間が、急激にセピア色になっていく…でも、今だ夢になってあたしを犯す「オマエニハ モウ ヨウハ ナイ」夢の中のあたしは、いつまでも泣いていた…もう、タクでの流す涙など、とっくに出し尽くしてないはずなのに…前回処方された薬を自分で選んで飲んでいるパキシルアキネトン のみ…
2007.05.31
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今まで、生きてきてあたしには、いくつかの大きな出会いがあったそれは、あたしのそのものが変わるほどの大きな出会いたったかもしれない…「本当」を隠すようになった時、あたしは(中島)みゆきさんと出合った強がる事で自分が潰れそうになった時、一人涙を流して楽になることを教えてもらったそして、全てを投げ捨てた時、あたしは亮さん(今はダンデライオンでデビュー)と出合った失ったものに縋りつくより、そこにあった大切なものを、見つけ出す方法を教えてもらったそして、今…失うものさえ何だったかすら分からなくなった今…あたしは、Aqua(Times)と出合った太志(ボーカル)の感性に、見出すことを教えてもらった言葉すら失くしかけたあたしに、アクアの歌は、あたしにあたし自身の言葉を取り戻してくれた「自分らしく」その言葉だけでも、どれだけの言葉があたしの中に戻ってきただろう壊れたものを縫い合わすより、初めからあるものを大事にする勇気生きているからこそ、出会えた曲今はそれだけで救われることがあたしには大きい
2007.05.26
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こういった病気の場合、1度くらいは思うはず「薬には頼りたくない」と…飲まなきゃ飲まない方が良いと分かっていても、辛くなるからどうしても飲んでしまう通院しているDrが処方してくれるから!これを飲むと、元気になるんだ!でも、出来れば飲みたくは無い…頭で理解している事と、行動が伴わなくなり、これがまた苦痛の元となる自分に厳しすぎる傾向があるのかもしれないそれの許容範囲が、とてつもなく計り知れない厳しさで、自分で自分の首を絞めているのかもしれない自由な事を望んでいるのか束縛され、あのテリトリーの中で安らぎたいのか自分が望んでいるものが、何だったのかすら分からなくなるそして、掴めなくなってしまった自分探しの旅が心の中で始まる…意識は、そこにあるはずなのに、自分が存在しない恐怖、孤独、後悔「みんなそうなんだよ」の励ましも「かわいそうだね」の慰めも、既に届かない位置に自分を置き去りにする捕まえてくれるのなら、絶対に放さないと言う約束すら出来ないまま、何処へ行っても、何をやっても満足に達する事は無い現状先日の外来は、あたしにとても楽になることをDrは告げた「薬、どうしようか?」「たくさん飲むと、異常な睡魔ですので、極力減らしたいです」あたし「じゃあ、全部錠剤にするんで、自分で調節して飲んでみて」いろんな病院へ行ったが、「自分で調節して飲んで」とは初めて言われる言葉だったそれがあたしには凄い楽な言葉になるあたしの場合、身体が楽な時、必ず思う事がある「あたしは鬱じゃない」と…薬の調節は、そんなあたしの「必ず飲まなきゃいけない」と言う強要心を無くす一つの言葉となる「薬をこんなに減らしたのに、苦痛じゃない」と言う自信にも繋がるまた少し、自分を見つけられるような気もした…《今回もらった薬》パキシルノリトレンアキネトンユーロジン
2007.05.21
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人は常に一つではいられないと思う自分はどんなに裏表がないと言おうと、やはり自分では認めたくない裏表の顔と言うものは実在すると思うそうなると、違う裏表があると言う事は、もうひとつの裏表がある事になるので、人は常に4つの顔をもっていて普通(いや、少ない方かもしれない)かも知れないそれが時に、人を不快さにさせてしまい、悪口の材料にもなってしまうものだろうが、逆に裏表のまったくない人の方が、不愉快そのもので、存在すらウザイ者になるだろうタクはあたしを良く役者だと言っていた事があった外面が良いと言う事だろうその反対に、自分にはそんな裏表(嘘)はないと、主張しているようだったが、タクの入院中の看護師さんや、Drとのやり取りの顔を見てると、明らかに嫌がられている患者だとあたしには見えた兎角、病人と言う者は、多かれ少なかれわがままになるものだナースを心の広いマリア様とでも思っているのか、言いたい放題だった見ているあたしが嫌になるくらいにね…転院の時「今度の病院では大人しくしててください」と言われ、次の病院での退院の時には「近所の人と仲良くやってください」と言われ…いったい、タクの言う裏表のない自分を、どれだけの人に迷惑をかけていったか…実に、当の本人は「それが俺だ」と、宣言するのだから、そこまでの人だったんだろう…成長なし!と言うことだ現に、電話などでの応対の悪さに、後々あたしが「誤解されやすいんですよ」と弁解をしなければならなかった始末になっていた事を、奴は知らないだろう…あたしも言ってないしね…「あ~こういったモラハラ的な性格の人には、鬱はいないな」と思った程だ元々、てんかんがあるので、発作後のタクは性格はいつも異常に激しいものがあったしねそれを「可愛い」と思えた時期もあったあたし(今でも思うけど)には、たくさんの自分を持たなきゃやっていけないところもあったしかし、それをタクは非難したあたしもバカ正直すぎたのよねタクの言うとおりに、距離感があった姉に、素直にモノを言い過ぎて、大泣きされて、挙句に旦那(姉の)に叱られて、以前にも増して距離が出来たわ(爆)タクの言うとおりにして、良かった事なんて一つもない…それどころが、あたしは、あたしを失ってしまっただから「タクに壊された」と言う言葉をあたしは選んだ人は、常に多重人格で良いと思う人は誰からも、悪く思われたくないというのが当たり前だと思う一つになる事はないんだあたしはたくさんのあたしがいて、それが結構好きなあたしも存在するんだから…そう、思わないかい??
2007.05.19
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鬱は病気ではないと言うこころに癖があるのだという原因などないものだからとも言われるあたしが鬱だと診断されたのには、はっきりしている原因があるあたしのブログを以前から見てくれている人なら、分かるはず…そう…あの「お馬鹿幸ちゃん」がキッカケだったと思う繰り返されるサラ金の使い込み下手だったくせに依存していたパチンコや競馬の賭け事そして、女癖の悪さそれもただの友達ではないすぐにでも「彼女にならない」みたいに口説き、すぐへとホテルへと足を運ぶしつこく、追求すると逆切れの暴力嘘が下手なくせに繰り返される言い訳それでも一緒にいた8年「30歳になれば」「結婚をすれば」そう思ってなかなか抜け切れなかった情結局、「出て行って」と「あたしを見て」を繰り返し、いつも来る事も去る事も恐れていたあたしの気持ちだった仕事が終わり、家路に戻る時、必ず襲ってくる胸騒ぎに似た恐怖感パニック障害の始まりである…結局、とんとこまで自分を虐め、立ち上がれないほどの傷を覆った時、幸ちゃんは一緒に住める女を見つけ出て行ってしまったそれと、子供の中学の卒業子供達が2人とも高校生になった安心感が、女として親として人としての毎日張り詰めていた糸が…プツン…とうとう切れてしまった良く、子供のお金がかかるのは高校生となった時とあたしの時代では言われていたしかし、今は中学までだろう高校では、私立でさえ許可証明を出せばバイトができる母子家庭でやっていたあたしに達家族が、市からの援助といえば、4ヶ月に1度、当時で子供2人で18万位だったと思う児童扶養手当だった月計算すると子供一人頭、月2万なかなか家に居れないあたしは、早くから子供達に携帯を持たせた上の子が、高校に入ってすぐバイトをしてくれて、学費・交通費・携帯料・おこづかいが自分で手で稼ぐようになってから、あたし達の生活はかなり楽なものになっていた民間のアパートから県営の団地が当選して3DKが3万弱で入居できたことも大きな助けだった貧乏神のように幸ちゃんが去り、子供が手がかからなくなり、あたしはこれからが自分の時間を持てる…そう思った矢先の出来事だった「ママ…変だよ。病院行ってみなよ」と下の子から言われて、仕事の休みの日に、あたしが何時間も同じスタイルで、1人ぶづふつと何かを行っている事を教えてもらった…外来のDrは言う「鬱による、パニック障害でしょう。ゆっくり治していきましょうね」そう言われた時には、あたしは3週間ほどで8キロも体重が落ち、顔色も悪く、笑う事がなかったという人に言われて、初めて自分の異常さを知ることになるなんて…あれから、既に3年が過ぎ、4年目となる…何度も自分を変えようと、ストリートに出かけたり、他に興味を持っていたことにとらいしてみたが、見事に鬱のほうが打ち勝ってしまう半年あたりになり、少し病状が落ち着き始めてた頃…タクの事故が分かりリアルに付き合い始めて、お互いを必要としていると思った時パパ(子供達の父)が脳梗塞で倒れる…それでも、タクを選び、関東を離れ、一緒にいた時間が、モラハラ男との毎日だ離婚届を出して、1人札幌の街中に放り出されてた後、あたしはジナさんと食事をした「本当に波乱万丈の人生だね」とジナさんは笑って言ったその笑い顔が、あたしには心地よかったわ笑って話せるほど、すぐ過去になってしまうものなのね。と、思ったからだ…しかし、現実とあたしの性格のしつこさは、やはりそうそう変化をもたらすものではないようね…恨み、哀しみ、自己嫌悪、後悔、全てを繰り返していった治るはずもないわ…な…つくづく感じている今日この頃である明日は、朝からまた天気が悪いという必ず行かなければならない、外来があると言うのに… 麦茶から変えてみませんか? むくみに効くらしいよ
2007.05.18
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先日の病院の混みで、3時間待ちで断念したあたしは、絶対に欲しい『パキシル』だけを処方してもらったそこの病院で処方してもらった薬は、約10種類それは「精神を落ち着かせ」と言うのもあれば「精神的にやるきをおこさせ」と言うのもある+と-で、その薬はいらないことになるここ数年、こう言ったメンタル的な病院へと通い、紹介状もあってか、パニック障害には『パキシル』が一番なのか、常にそれを処方されていた後は、その病院事で、少し薬名が違う睡眠導入剤をもらう今回の病院は、『パキシル』の飲用をやめるというのが目的らしいDrの見解確かに、精神的には安定をしていたかもしれないしかし、究極の睡魔、だるさを伴う無気力感、そして、何より言葉が出てこない話す言葉もスローで、どもりも出る一番は、こういったブログに書き込む言葉が出てこないあたしが一番に働かせていた、言葉の機能が停止寸前にいた『パキシル』以外を、飲まなくなって、3日目足のむくみは気になるものの、あたしの頭の中は、表現したい言葉で溢れ返り、ブログだけでは収まらず、ペンを片手にメモ書きをしている始末…薬があたしを変えていってしまう恐怖が飲用しないことで起こってくる恐怖との比較を、今あたしは見守っている…あたしは鬱ではないのではないか?ただ人が嫌になって、自分を守りたくなって、ノックをしても届く事のない小さな空間の中に身をゆだねているだけではないのだろうか?どちらにして、この2年弱で20キロも太ってしまった身体をなんとかせねば…(汗)
2007.05.17
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「去年の終わり頃に、水分が足りないとかで、点滴に行ったとか言ってたけど」タクのお母さんは、相変わらずあたしに喋るチャンスなど与えないようにか早口で喋り捲る「お父さんとも言ってたんだけど、離婚しなきゃ1人で苦労しなくて良かったのに」「余りもう構わない様にしてるの。それが一番だって友達にも言われてるし」「もう少しち~ちゃんが、大きな気持ちで家のタクを包んでくれたら」「家のタクに、甘えようとしたんじゃないの?」「年上なんだし、1度結婚してるんだから、そこのところはもう少し分かってくれればと」「そうですよねぇ~。言ってましたよね。兎に角ダメだと思ったら、離婚届を出す前に、家に来なさいって」「そうだよ。そうすればまた違ったかもしれない」「そうですよねぇ…忘れてました」嘘…ばっかり…何度も助けを求めたよ「いつでも電話をしてきて」から「2人の事なんだから」に変わったのは、紛れもないあんた達だ×1で子供がいて、鬱があって…それを知っていての結婚じゃなかったのかい??夫として、男として、人として、欠陥者を作ったのは、あたしじゃない!「ち~ちゃんだけのせいだと思ってないから」って…「家は結局はお父さんの意見を尊重してるから」って…それでいて、兄弟は最悪状態の仲で、あんな屁理屈なモラハラ男を育てたタクがあたしの父とあった時、タクは車椅子に乗って言ったわ「何でも答えますので、聞いてください」って胸を張ってねあの自信に満ち足りたあの態度は、あたしへの愛の自信ではなく、「こんな身体でも金はある」と言う自信だって事を…あたしの父親は見抜いていたね「何だ?あの態度は!」と…男の自信と価値はお金だとしか思っていない奴だからねこれがタクだからね…「あたし、まだタクが好きなんです」って…あ~…あたしって何て嘘つきなんだろう…もう二度と話したくもないもう二度と会いたくもないそんな気持ちは変わらないというのに…でも、楽なんだよ外面を良くしていることが…「あんな辛い思いしても、タクを好きだ何て、ち~の愛は強いんだね」なんか、それって素敵じゃん!!何か、自分が救われるじゃんあたしにはプライドなんてないわ捨てるより捨てられたい振るより振られたい離れていくより離れていって欲しい「ところで、今どこにいるの?」「それは…言いたくないです。でも、札幌ではないです」あたしのシナリオはこうしてあたしを救ってくれる大嘘つきなあたしが、本当のあたしを見出してくれるんだ…
2007.05.16
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「明日の後、ママいないからね」そう、散々威張って宣言していた今、通っている病院は、とてつもなく混むバスに乗るのが苦痛の何者でもないあたしは、朝7時に仕事に出るパパの車で、少し通り道を変えてもらって、病院に送ってもらおうという魂胆だった勿論、時間は早い病院は9時開院なんだから…しかし、一度そんな時間に言った事があるが、それで既に3番目「15分前位には開きますよ」と言われて、マンキツで時間を潰し、もう一度病院へ訪れたときには、既に18番目軽~く2時間待ちは決定というものだそんな病院なので、今度はどこにも行かず、病院の前で2時間待っていようと思っていたのだ…が…あまりにも力を入れすぎたのか眠れず、やっと寝始めたのが朝の4時それから寝てしまったものだから、パパの起きる時間など、すっかり夢の中気が付くと、時は儚くも9時30分そこで、すぐにでも支度をすれば良かったものの、きのうの日記のとおり、電話をかけてしまって、いろいろ考えた11時外からは、なにやらゴロゴロと言う遠くからの雷の音洗面を済ませ、化粧を始めた頃には、夕方のような暗さ窓を閉め始めると、大粒の雨…少し待ってみようと思って、時計とのにらめっこ「行きたくないなぁ」と思う自分が勝ちそうな時に、中々覚えられないはずのパパからのメール「行けそうか?大丈夫か?」行かなければならないのは確かだった薬ず切れた苦しさは、もう何度も何度も経験しているそれでも、腰が上がらないあたしでる「行かないとだめなんだよね?」「薬、無いから行かなきゃ…ね!」「タクシー使っても良いから行きなさいよ」背中を押して欲しくて、パパに電話をして言われた言葉窓に叩きつけられていた大粒の雨は…そのまま豪雨となった「こ…こりゃ、マジ、タクシーじゃん…」戻ってきてから使った初めてのタクシー「5分ほどで、行けますので」との応対に、あたしは慌ててバッグを持つ…(-"-)・・・家の鍵がない・・・あたしは家にいる時も、必ず玄関の鍵はかけなきゃだめなタイプましてや、その時は下の子が、バイトから帰ってきての就寝中…そんな10代の可愛い年頃の子が寝ているのに、鍵もかけずに出かけるなんて~~~!!!!と思い、子供を起こし「鍵がないから玄関の鍵、かけられないよ」告げて、何度か鳴っている、車のクラクションが、タクシー到着を知らせていることを承知で、走り回って傘を持ち、玄関を開けてみると…「バケツをひっくり返したような雨」とは、こういうことを言うのだろうというような激豪雨そして、かかったタクシー料金2640円病院の玄関を開けると、ずらーっと並ぶ人の人…人…「2時間は余裕にかかりますね」そう言って、マンキツまで雨の中時間を潰していた1時過ぎ2時間のマンキツを終え、再び病院へ向かうと時には、嘘のような晴れ「まぁ、そんなもんだろう」病院は、益々人で溢れかえっていた「戻りましたので…」と言ったあたしに「まだまだ、時間かかりますよ」と告げた受付の人1時間、昨夜の深夜に車を走らせ、わざわざ買ってきた本を読みながら待っていた4時…完全にタイムリミットだったこの時間を過ぎてしまうと、あたしはバスにはもう乗れない人が多すぎて怖いそれでも、しようものなら、あたしの頑張りにも反して泣き続けるあたしが出てきてしまう「もう・・・夕方は無理なんで・・・土曜日にまた来ます」と状態を言い、とりあえず切れたら苦しんでしまう『パキシル』だけを処方してもらって、あたしは家路にバスで帰ったバスを降りてから、何度か拭った涙は、思ったよりあたしの負担ではなかった自宅に戻った途端、倒れこむあたしであった貰った薬は『パキシル』4錠の4日分計200円保険がなければ、1粒500円の薬かよ(。--)ボソと、言う事で、今まで貰っていた薬を1日飲まないだけで、やはり朝まで眠れなかったあたしである病院の受付を済ませ3時間も待っての、見通しの来ない順番で、あたしが待っていたとすれば、帰りは何時だったのだろう考えたくもない時間だみんな、病んでいるんだね… ぷちぷち感が不思議な美味しいキャンディだよ♪
2007.05.16
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黒のワンピースそれはアンサンブルになっていて、サイズも丁度良かった、唯一着れるよそ行きの服最後に着たのは、タクのお兄さんの結婚式だったそのアンサンブルの上の上着がない!急いで、持ち出ていった服なので、ワンピースだけは持ったが、上着は置いてきてしまったのだろう…どうしようか…と考えたが、タクの状態も聞きたかったというのも、正直な話し…「もしもし。お久しぶりです」あたしは、タクの実家に電話をかけたその用件と、その他、タクの事も聞けたモラハラ男だから…あんな奴、心を持たない人間じゃないから…そう思う事で、あたしを自分を救っていたタクのお母さんは「夫婦の事だから」と何度もが言ったが…あたし達は「夫婦」にすらなれなかった8ヶ月だった今は、恨む事より、憎む事より、自分が愛した人をあたしが守れなかった後悔として、遠い空で思い続けようとも思っているそう、考えが出来るようになったのも、やはり、今の生活があるからこそだと思う先日、上の子の誕生日だった自分の誕生日だというのに、バイトを入れていた(彼女もいないみたい)ので、ろくにお祝いも出来なかったのだか、ずっと我慢していた欲しがっていた、デスクとベットを購入しそれをプレゼントとした合わせて5万した正直、痛い( -_-)下の子が、YUIのライブに行きたいと、チケットを取る為、電話予約に1日潰す上の子が、ミスチルのライブに行きたいと、チケットを取る為、電話予約に1日潰す子供達は、何をしているのかと言うと、勿論、学校である2人とも、日曜に通学なので、あたしが出来る事はあたしがやる「FC入ったから、今度アクアタイムズのライブあったら行こうね」そう言ったあたしに子供達は・・・・「行くのは良いけど、ヒッキーのママが出れるのかよ」それはあたし自身もいまだ自信がない「行けなかったら、パパが変わりに…」といいかけたところで「俺は嫌だよ」と返事( -_-) 今だ、左半身不自由で、今は老化現象もとえる腰痛に悩んでいる中で、それはやはり無謀な事だろう…「お母さん、ここだけの話ですが…あたしまだタクが好きなんです」そう言った時、あたしの目から涙が溢れたあっ…あたしはちゃんと愛した人と結婚をしたんだ…愛したまま、別れたんだ…口に出してから、自分を理解していた今まで辛かったのは、自分を偽っていたせいかもしれないでも、それまでのこと…もうすっかり、それぞれの人生を別々な道で、歩き始めているのだから…「元気でいてくださいね」「はい。ありがとう」笑って電話を切ったあたしである鬱じゃなかったら…離婚しなかったのかなぁ?そんな事を、ふっ…と考えた 今ならポイント10倍!!!!
2007.05.15
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GW中のしんどい状態を考えると、まだまだ楽な方なのかもしれないしかし、やはり気性が激しいりは確かかもTVの音と、それからの騒音が、重なるとまるで音声多重放送状態に…「何?いまの何の音?」異常に反応するあたしである病院からの薬は、行くごとに変わる足のむくみは、水分の取りすぎだと言われたが、2リットルの水分は、ひきこもりには多すぎなのだろうか??フルメジンユーロジンパキシルトリプタノールリスパーダルアキネトンコントミンノイエルパントシン今回の処方はこうなっていた薬の色がきれいな黄色が入り、水色が入り…あれほど、嫌だった薬が、今は飲まなければ、また辛いという恐怖感になっているこれは完全に、薬依存なのかも…(-"-)治すための薬なのか、頭を麻痺させる薬なのか、夕方1度だけ飲むのだが、その後約2時間ほどで、どうにもならないほどの睡魔に襲われ、お風呂で寝てしまって、何度が溺れた今度、それをDrに言ってみるつもりだが、パキシルのみだった頃の方が、ずっと調子が良かった気がするのはあたしだけなのだうか?こう言った病気と言うのは、自分自身ではけっこう分からない物で、あたしの場合は、異常行動を、子供から聞くことが多い「1人で喋ってたよ」「寝てるのに、唸って暴れたよ」「顔色、悪いし…」そう言われた事を、全てDrに話すことにしたまったく自分が掴めていないそれが事実なのかも取れない今日も、天気に関係なく、あたしは少し調子が悪いどこが調子悪いかと言うと、やはり足のむくみとなる運動と言っても、なかなか出来ないもので…むくみにいいものがあったら、教えて欲しいくらいだちなみに、Drに「利尿剤ください」と言ったが、どうやら却下されたようだ
2007.05.14
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日々、身体の調子が良くはなるのですが、日々確実に太って来てしまっているあたしでいす。最近は、ガラスに写る自分の姿をみては「はて?誰??」と、思ってしまうほど…本当に、ますます外には出たくないですね先週金曜日、昼過ぎ辺り、突然にパパが帰ってきた「あれ?仕事は?」そんなことを聞くと「腰が余りにも痛くて、病院に行ったんだよ」との事…あれは結婚して間もない(当時19歳のあたしでした)頃、やはり突然、帰って来て「俺、心臓の手術だー」と言って初めて知った心臓の弁膜症だった事実20歳になったばかりのあたしに「10人に1人の割合で、ダメですので、覚悟して置いてください」と宣告されたあの頃…それでも結婚をしたと思うしかし、後で知るのと、始めから知っているのとではかなり間違いがあるから!と責め続けてきた結婚生活だった「何時から、痛かったの?」あたしは確認するように言った「昨日の夜辺りかな?」悪気もないパパ「どうしていつもそんなん、急なの?」怒ったあたしにパパは言う「朝、言おうと思ったけど、寝てたからさ」 ……( -_-) 確かに寝ていたあたしである「でも、今度からちゃんと始めに言ってよ!」と怒ると「◎◎~(上の子の名前)ママが、怖いよ~!苛められるよ~」とぼやくパパである「◎◎はバイトだよ!このハゲ!!!」「おテブに言われたよ~」とパパ「2人とも、悪口言いやすい外見で良かったね」と、笑ったあたしである付き合うのは相性だと言うかもしれない結婚生活は妥協だと言うかも知れないどちらかが、とてつもない我慢をしているのかもしれないでも、大事なのは、やはり相手を、思いやる心だと思う「朝、早く起きるの辛いんならゴミ、玄関に出しておいてくれれば持っていくよ」パパ大事なのは、相手の事を配慮する心の余裕だと思うそれは決して当たり前ではなく、それは決してわざとらしくなく…「仕事に行く人に、そんなこと頼めないよ~。大丈夫だよ。ありがとっ」あたしそれは決して、嘘ではなくそれは決して…
2007.05.14
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プリンター右側部分上の子供は、専門学校に行っている手っ取り早く言うと、インテリア・デザイナー? 設計?ん、まぁそんな感じの勉強をしている先日、学校の宿題で、とある所をデジカメしてきて、それを写真にするという事になった以下、会話 「で、早く写真にして欲しいんだけど…」「プリンターのイスストールはパパの方のPCだからさ」「じゃあ、一生写真には出来ないな」「そんな、はっきりと事実を言っては…」「何だって?、そんなの分かってるよ」そう言ったパパは自分の部屋へ言ってしまう「何処行くの?」「あれをもってくるんだよ」「あれ?って何だ?」「さぁ?」パパが手に持ってきたのは、プリンターのCDROMそんなものはとっくに、インストールしているというのに…(-"-)「まずはデバカメのこれをPCのどこかに入れるんだよ」これ。あれ。とは3人全て専門用語を知らないという事実である『ピコン』「ほら、PCに出た」「で、どうするの?」そこでパパの方に目をやるとソファーに寝そべって野球観戦をしている「こら!じじぃ!少しは教えろ!」「何がだよ。俺に分かるわけないじゃん」これはしっかり言っておかなければならないPCもプリンターもパパの所持品だ「分かった!100円入れるんだ!」プリンターの横にある、縦型の穴を見てそう言う上の子「ガチャポンかよ!」忘れずに、しっかり突っ込みを入れるあたし「PCに印刷とかって出てるけど、画像はどうやってプリンターに映るの?」とりあえず、試し印刷をしてみるが、やはり何も印刷されない「こら!じじぃ~!毛、抜くぞ」半分脅しで、パパに来てもらい、3人でプリンターの前で「あーでもねぇ」「こーでもねぇ」と討論会が始まるあの間にパパがあたしのお尻を触ってくる「このエロじじぃ!ROMじゃなく説明書!!」すっかり切れ気味のあたしであったと…パパ「あれ?デジカメに入ってる、小さいのは?」もう一度言うが、3人とも専門用語を知らない正確に言うと、『SDカード』とも言うモノだろうか?「それはこっち」PCに入れ込んだSDカードを、プリンターの右端に入れると、カメラ画像が光り出てきた「えっ?これってPCに画像取り込まないで印刷できるの?」「なにそれ?」全ての専門用語(?)を把握してないパパである「で?用紙設定はどうするんだ?」「やった事ないから、わかんねぇ」「じゃあ、何で写真用紙が開いてるんだよ!」「買って来たら、開いてみてみただけ」「こら…頭のお皿に、水入れるじょ」 注意) パパは禿げてます∴(≧ε≦*)ぶっと言うわけで、無事14枚の画像は、2時間半の時間を要して写真となりました「もう疲れたよ~」「お前のためだろ!」一人、イライラしていたあたしでした(´゚艸゚)∴ブッ
2007.05.10
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ここのところ、日記を書けないでいたのは、遊びに行ってた訳でも、PCが壊れていたわけでもなく、体調不良で寝ていました(T-T)もう既に、パキシルを飲み続けて3年になるのかな?2度ほど、病院へ行くことが出来ず、パキシルを飲まなかった事があるのですが、その時とまったく同じ禁断症状とも言える状態が出ました先日にも書いたように、今通っている病院は、パキシルは、副作用が強いので止めていきましょうと言う事で、Drに言われるままに、3週間目でパキシルを失くしました他の薬を飲用していたので、あたし自身も大丈夫かな?と思っていたGW勿論、病院は休診になっていますパキシルを止めてから、4日目あたしが恐れいたことが起きました頭痛、吐き気、めまい、胃痛、異常なまでの睡魔、そして拒食と暴食の繰り返し、イライラ、落ち込み、激しいくらいの起伏…「もう死んでしまおう!」と家にある薬を全部集めましたね「今、近づくと何するかわからないよ!」と怒鳴りちらし、訳も無く号泣…自分が怖くなりましたGWも明け、ようやく病院に行くことができ、今日で2日目バキシルを1日1錠だけ飲む事にして、またまた薬が変わりましたGW中の体調に比べたら、こうして日記を書けるほどに回復でも、今だ家事などはする気が起こらず、「ゆっくりでいいよ」と言ってくれるパパや子供達に感謝をしながら、過ごしております「あたしはどうなってるんですか?」と思わずDrに聞いてみたところ、「頑張ってるんですよ」との回答今は、誰にも攻められず、何も言われず、わがままばかり言っているあたしが何を頑張っているのだろうと考えてみると、夜中のバイトをしている子供達に、少しでも負担を駆けないようにと、いろいろ食事を考えてたり、駅までの送り迎え(夜中や早朝)などは、自分でも意識していない中での頑張りだったのかも…と、思っていた時に、子供達がそれを気遣ってか「バイクで行くから良いよ」と言ってくれ、パパは「朝、無理だったら良いよ」と自分でパンなどを不器用な片手でやっては会社にしていますあまり考えないように…あまり自分責めないように…そうゆったりとした気分で、もう少しやって生きたいと思っています(´▽`) しかし…GW中はつらかった…(。--)ボソ
2007.05.09
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人間の慣れと言うものは、時にその人の負担を大きくする事もあるのかもしれないパパは、今仕事には行っている左足を少し引きずって、左手は殆ど動いてはいないそんな状況の中でも、パパは休むことなく会社へと言っている時に「他の奴は、ロクに仕事も出来ない身体で来るなよとか思ってるんじゃないか」と愚痴をこぼす事がある倒れたときには、たくさんの人たちがパパのお見舞いに来て、心配してくれたそうだそれが、どうにかでも会社へ行く事ができるまでの回復に、良かったと労う人は少ない事だろうしかし、今の生活を守るためと、パパは毎日会社へ行く子供達も、きちんと決められたシフトには、休みことなく、行っているあたしはと言うと、みんなが違うご飯時間朝、昼、夜とそれぞれの時間帯にあわせて作るとすると、1日9回も台所に立たなければならない同じモノと言えども、キライなものもあれば、食べたいものもありで、暖めては用意し、嫌だといえば作り直す始めはあたしの鬱状態を気にしていたみんなも、何とかやりこなすあたしに慣れたのか、どんどん当たり前のように、「ごはんは?」と2時くらいに起きては言ってくるしかし、それも時給の良い深夜のバイトをしてるからこその事で、あたしはそんなみんなのお金で生活できるのだからと、あたしはあたしができる事をとかんばってきたが…ずっと鬱の病名を言われてから飲んでいた『バキシル』は副作用が強いので、なくしていきましょうと、新しい病院のDrに言われ、1回2錠が、1日2錠になり…1日1錠になり、そして無くなったその代わりと出された処方箋は、10種類にも及び、あたしは以前にも増し、自分の病気を疑いだした薬を飲んでいるから、鬱になってしまうんではないか…この疑問がいつもあたしに自問するしかし…恐れていた事が怒ってしまった前回もそうだった全然回もそうだった病院へと行く日に外出が出来ない状態だと、薬が切れてしまう『パキシル』が切れると、頭痛、めまい、吐き気、だるさ、落ち込み、恐怖全てがいっぺんにやってくる起き上がれなくなり、その悔しさであたしはまた自分が嫌いになるのだその症状が出て来てしまったのは、パキシルをやめてから4日目の事薬の副作用かどうかは確かではないが、膝から足の甲にかけて、物凄いむくみが出たと同時に、吐き気、めまい、下痢、微熱、耳鳴り、胃痛…まるで薬が切れた禁断症状である病院はGWに入り、Drにパキシルをもう一度貰う事も出来ない正直、今も頭痛がして、少しめまいも感じているこれを乗り越えたら…乗り越えたら…本当に楽になるのだろうか?新しい病院のDrは、3日もすれば、嘘のようにあさから気分が良いよと言っていたが、既に1ヶ月近く、そんな気分の良い朝を…朝どころか、気分の良い日などないアナフラニールノリトレン錠ユーロジン錠アモキサンカプセルストプラン錠ノイエル細粒パントシン散レポトミン散リスパダール細粒レキソタン錠メンタルに通院した事がある方なら、どれかは知っている事だろうあたしはこの全てを飲んでいる殆どが、興奮や落ち込みを抑える薬…先日、グラスを壊しただけで、あたしは感情がコントロールできなくなり、睡眠導入剤を溜め込んでいた100錠を一気に飲もうとしていたでも、それをしなかったのは、子供達のためでも、パパのためでもない絶対に死に繋がるかどうかが分からなかったからだ多分、「絶対に死ぬよ」と言われたら、あたしは躊躇することなく飲み干しただろう…誰のせいでもない…誰が悪いわけじゃない…分かってるそれは分かってるんだ…
2007.05.05
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新しい引越し先は、とても贅沢だった6畳3部屋に12畳以上のLDKトイレが2つお風呂も広々している家賃を考えると少し高めだが、駐車場込みと考えると妥当かもしれない子供達もバイトのお金を少し入れてくれるというので、生活には不自由しないだろう何度も引越しをしているので、手順は覚えているがやはり、市によって多少の違いはあるものあたしの場合は、鬱で仕事が出来ないために、精神障害者手帳を交付してもらっている3級なので、生活そのものの援助はない今は横浜市なので、バスと地下鉄の無料パスと、通院での1割負担となる自律支援の援助を受けている病院は、家の近くにあるのが1件もう少し離れたところに1件の2件しかなかったあたしは少し遠い方の病院を選んだ特に理由はないただ近いところだと、以前住んでいた事がある隣駅に当たるのでいやだったのだ知り合いとは、今はまだ会いたくはないそこの病院へ以前2ヶ月くらいしか通わなかった病院からの紹介状を持参して外来を受けたその病院のDrは他の患者さんとのやり取りを聞いて感じたのだが、言葉が厳しく感じられたあたしは自分の番を待ちながら、少し怯えていた上手く話せるだろうか…とまったくの個人病院であるのに、あたしが待った時間は3時間やっとの思いでDrと話す案の定、Drと喧嘩になった「やる気がないのなら、他の病院へ行ってもらいますよ」「そういう気力が持てないから来てるんじゃないんですか?」あたしは泣きながら怒鳴った丁度、あたしの座った後ろが柱になっていて、その柱にあたしは後頭部を何度もぶつけていた辛かった「頑張らなきゃ」の言葉に異常に反応してしまった頑張ったんだ頑張ってきたんだまだ頑張るの?何を頑張るの?何になるの?「いっそ、すぐ死ねる薬ください」そう言いたいあたしだった慌てて、受付をしている人が止めに入るあたしはそれだけ興奮していたんだ…今までずっと飲んでいた『パキシル』は副作用があるので、失くして行こうと言う事になった始めは2錠からそして1錠になる明らかな身体の不調はなかったが、時折来る恐怖感に何度も震えてくる手を押さえていた子供達のバイトがほぼ夜中なので、夜はパパとの2人だけが多いしかし、パパはTVを見てるだけなので、あたしはこうしてPCにかじりついても何も言われない車もあるし、適度に夜中や朝方など24時間営業の店などに足を運んでいた新しいものは、殆ど買い揃えていないので、収納場所が多いこの家では部屋がとても広く使えるあたしには、それが心地よかったパパとの喧嘩も何度かしたしかし、パパが大人なのだろうすぐ収まるあたしも一時の感情だけなので、言いたい事を言って疲れるとそこでストップとなり、何で怒っていたのか分からなくなる「お風呂は?」「入るよ」「じゃあ、お湯入れるね」と普通の会話である2007年3月の事である
2007.05.03
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その時の薬は、「バキシル」は変わらずで、時折あたしを襲う強い不安感は、もう「ワイパックス」ではどうにもならなかったあたしはただひたすらPCに向かい、引越しを待った下の子が明るいのが、とても心強い話しているだけでも、あたしは以前の自分を取り戻せるような気がしていた日に日に薄れていくタクへとの思い出は、怒りと共に薄れていくものであり、そして強く思い出したときには、手が震えるほどの怒りだった人はどうしてこんなに人を傷つける事が出来るのだろう…タクは、付き合っている間でも冷たくしていたのに、毎月通っていたあたしを見て、結婚を決めたと言ったそれは可笑しな話であるそれでも、結婚を決めたのなら、今までの分優しくしてくれるのが愛情と言える物だと思う一緒に住み始めてからも「俺は幸せだ」を何度か言った事があるが、それはあくまでもタク自身からの思いだけで、それを維持させようと、2人で生きていこうと言う意味にはとても思えなかった同意すると、「何も考えてない」と言い、反論すると「お前は何も分かってない」と言い笑っていると「誤魔化している」と言うお前は俺を幸せにしてくれるために来たんだろうとでも言いたげに、あたしに暴言を吐き「俺の性格を知ってるのに、何でそんなことで傷つくんだ?」と疑問を持つ「勝手に来たんだろう」「俺は何も望んでない」「存在がウザイんだ」「歩けなくなった事より、お前との結婚が一番の不幸だ」こんな言葉を言われ続け、誰が愛情を維持できるのだろう…「妻だったら夫の言う事を聞くものだろう」と、あたしはまるで奴隷だった忘れてしまいたい忘れたくはない全てを投げ捨ててきたあたしにタクの最後の言葉は「そんなんだからお前は、ろくな男と付き合わなかったんだよ」「子供を捨てた×2の女なんかと話したくないね」「自殺なんかするような奴だからな」全てがあたし一人のせいだった今でも思い出す、その時のタクの鬼のような顔を…『アモキサン』が処方された頭痛と共に眩暈を感じるが、恐怖感はなくなる引越しで、また病院が変わるので、紹介状をその病院から書いてもらった2007年2月の終わりである…
2007.05.02
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結局は、下の子のところに行ったはいいが、いつも家にいる状態先日、駅の近くのドラックストアーに行った時の事カフェショップがとてもタクに似た人を見たあたしはびっくりして一瞬にして身体が硬直してしまった着ている服装、髪型、顔のパーツ、仕草、体格、全てにおいて似ていたそれでいてタクと同じようなスポーツタイプの車椅子…世の中には3人同じ顔のひとがいるというが、その人はその一人かもしれないというほど、よく似ていたでも、ここに居るはずが無いと、自分を説得させるのに、懸命だった涙が溢れ出すそれは悲しみの涙なのか、恐怖の涙なのかは、自分でも分からなかったただ、家に戻り、落ち着いた時に考えた事は「見たくはなかった」だったパパが、マンションの購入を提案してきた今の場所から、会社までは、車で2時間はかかってしまうそんな毎日ではパパ事態も疲れてしまうだろうそこで少しでも会社から近いマンションを買って、4人で生活しようと言うあたしは、もうどうでも良かった最低限の荷物と、PCさえあれば、後はどうでも良いと思ったこれは自棄になっているわけではない何の希望も期待もないんだ毎週土曜日になると、物件探しに回るようになっていた下の子は、今の早朝の仕事をやめて、今度は深夜の仕事をしたいと言ってきた上の子は、パパとの同居であったが、どういう訳か、TVが点かないらしく、毎晩のようにマンキツでTVを見ていたらしい特にいがみ合っていたり、拘っていたりしている仲ではないそこは元々の家族なんだから、違和感はなかったのだが、あたしの中では、鬱の症状は大丈夫だろうか?とも思っていた家の中では、笑ったりも出来るでも、引越しをするとまたあたしが場所に慣れるまで症状はどうなってしまうのかと言う不安は何処までも続いていたパパはあたしが鬱状態が酷いときを知らないこんなことばかり書いていると、今、病気とかで戦っている人には、申し訳ないが、生きていく気力が起こらないんだ「殺してもいいよ」「死んでもいいんだよ」そればかりがあたしがあたしに呟くんだ結局、お金の事を考えたら、多少の不満や不便さを妥協して、ローンになってしまうマンションを購入より、後数年で定年を迎えるそ退職金は、お金として子供達に残してあげたいというあたしの希望をパパも同意した少し贅沢とも言えるテラスハウスを決めて、あたし達、元家族はまた一緒に住む事となった2007年2月の事である
2007.05.01
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