別ヴァージョンの人間史 by はやし浩司

別ヴァージョンの人間史 by はやし浩司

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2007.08.20
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カテゴリ: 家族のこと
●三男からのハガキ (改作)

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内容を、少し書き改めて
みました。

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 その夏の終わるころ、富士山頂からハガキが届いた。見ると三男からのものだった。登頂した日付と時刻に続いて、こう書いてあった。「13年ぶりに雪辱を果たしました。今、どうしてあのとき泣き続けたか、その理由がわかりました」と。
 13年前、私たち家族は富士登山を試みた。私と女房、13歳の長男、10歳の二男、それに7歳の三男だった。が、九合目を過ぎ、九・五合目まで来たところで、そこから見あげると、山頂が絶壁の向こうに見えた。そこで私は、多分そのとき三男にこう言ったと思う。「お前には無理だから、ここに残っていろ」と。女房と三男を山小屋に残して、私たちは頂上をめざした。つまりその間中、三男はよほど悔しかったのだろう、山小屋で泣き続けていたという。

●三男はずっと泣いていた!
 三男はそのあと、高校時代には山岳部に入り、部長を務め、全国大会にまで出場している。今の彼にしてみれば富士山など、そこらの山を登るくらい簡単なことらしい。その日も、大学の教授たちとグループを作って登山しているということだった。女房が朝、新聞を見ながら、「きっとE君はご来光をおがめたわ」と喜んでいた。が、私はその三男のハガキを見て、胸がしめつけられた。

あのとき私は、三男の気持ちを確かめなかった。私たちが登山していく姿を見ながら、三男はどんな思いでいたのか。そう、振り返ったとき、三男が女房のズボンに顔をうずめて泣いていたのは覚えている。しかしそのまま泣き続けていたとは!

●後悔は心のトゲ
 「後悔」という言葉がある。それは心に刺さったトゲのようなものだ。しかしそのトゲにも、刺さっていることに気づかないトゲもある。私はこの13年間、三男がそんな気持ちでいたことを知る由もなかった。何という不覚! 私はどうして三男にもっと耳を傾けてやらなかったのか。何でもないようなトゲだが、子育ても終わってみると、そんなトゲが心を突き刺す。

私はやはりあのとき、時間はかかっても、そして背負ってでも、三男を連れて登頂すべきだった。重苦しい気持ちで女房にそれを伝えると、女房はこう言って笑った。「だって、あれは、E君が足が痛いと言ったからでしょ」と。

「Eが、痛いと言ったのか?」
「そう、E君が足が痛いから歩けないと泣いたのよ。それで私も残ったのよ」
「ほんとうに、Eが、足が痛いと言ったのか?」
「そうよ」
「じゃあ、ぼくが登頂をやめろと言ったわけではないのか?」
「そうよ」と。

とたん、心の中をスーッと風が通り抜けるのを感じた。軽い風だった。ほっとすると同時に、体から力が抜けた。

さっそくそのあと、三男にメールを出した。「登頂、おめでとう。よかったね」と。





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Last updated  2007.08.20 10:47:35
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