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講師への思いが叶わず、卒業旅行は失恋旅行となりました。スペインに訪問したのですが、踊りの好きな私はフラメンコショーを鑑賞しました。小さな洞窟の中で、カンテ(歌)、パルマ(拍手)、カフォン(打楽器)、フラメンコギター、フラメンコの踊りを拝見しとても感動しました。フラメンコはジプシーが意思を言葉に出来ない時代に、音楽によって感情を表現した芸術作品なのです。私としては失恋による傷心を感じて鑑賞していました。最後に客にも一緒に即興で踊るように誘いがあり、私は自分の傷心の気持ちを踊りによって表現しました。観光客と出演者の皆様に大きな拍手を頂き、大変褒められました。体育会系の女性なのでダンスは必修なので基礎は出来ていました。それで傷心の感情が踊りで表現されたことで、感動的な舞踊になっていたと思います。帰国してフラメンコを習うことにしました。言葉ではない芸術作品で心を表現できるフラメンコに夢中になりました。Javiel Conde、Jin Oki (沖仁)フラメンコ・ギター共演 / BULERIAS発表会で有名なカンテの高齢男性、ギタリストの沖仁さんと共演しました。天才的なギタリストで素晴らしい。。。音楽が素晴らしいと踊りにも影響します。ブレリアは12拍子なのですが、この「12」という」不思議な数字に惹かれました。12か月のカレンダー、12星座、12経脈、時計の12時。この12という数字は自然に適合している気がします。体操も10回ではなく、12回で行う方が効果が高いとか。中森明菜さんも失恋の傷心を表現している難破船を歌われているように、私は踊りによって傷心の感情を表現しました。踊るにつれ、神様が好きな私は巫女さんのように神様に踊りを捧げるつもりで踊っていたのです。
2025.02.17
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運命の出会いって窮地に陥っている時に起きやすいのでしょうか?私は卒業論文で教授から与えられた課題のサーブマシーンの作成が出来ず、誰も協力もなく孤立してうつ状態に。教授が講師に研究を託したことで出会った講師は、他の教授から研究論文を盗まれ、アルコールとたばこの量が増えて精神が参って暗くなっていたのです。ボロボロの講師とボロボロの私の出逢いなのですが、こんな奇跡のタイミングはあるのでしょうか。。。講師は癒しの女性である私から、そばにいるだけで愛情が伝わり心安らかになったようです。講師から私と関わって、たばことアルコールの量が減ったと感謝の言葉を頂きました。私は卒業論文で無理難題を教授に言われて鬱を発症し、卒業出来ないと思っていたのです。それがこの講師との出会いで卒業出来、救われたのです。私にとって駆け込み寺で救世主でした。どん底の時に出逢う異性は印象的です。これは講師もそうかもしれません。神様が出会わせてくれたのでしょうか。前世で縁があったのでしょうか。どちらにとっても必要なタイミングでお互いに救われたのです。やっぱり運命の出会いだったと思います。講師に婚約者がいると知ってからも、ただ講師には感謝しかありませんでした。講師は私との写真が欲しくて誘われたので、今でも持っていてくれるとうれしいです。盗作された論文で人間不信になっていた講師が、愛に満たされ笑顔になったのも印象深いことなのでしょう。学生時代に大モテの講師が私を好いてくれるなんて、奇跡のようです。一生の思い出です。男性から愛されると心が満たされますよね。
2025.02.16
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高校の時の同級生でスペインに大学の卒業旅行に行くことになっていました。私はちょうど講師との失恋が重なり、スペインの旅行は失恋の傷心旅行になっていました。スペインと言えば情熱の国。建築中のサクラダファミリア、グエル公園、アルハンブラ宮殿を巡りました。アルハンブラ宮殿はイスラム教とキリスト教の融合した文化で建築のデザインにもその影響が色濃く出ていました。その「アルハンブラ宮殿の思い出」というギター曲で有名な曲を現地で聞き、とても傷心の私に響き、CDを購入しました。研究生にプレゼントしたい気持ちで。大学の同級生に講師は婚約者がいるのだから、研究生と付き合ってみたらと言われたことがきっかけなのですが。帰国して研究生にそのCDをプレゼントしたのですが、その研究生はいらないと言いました。研究生は私にプロポーズしたのになぜ?と。講師と研究生の仲が悪くなったのか、2人に溝ができたようで。研究生は講師に殴られたと言っていましたので。。。研究生は講師と私が惹かれ合っているのは分かっていたと思います。なので、研究生は私に思いを寄せていても、私は講師に惹かれているのは感じていたので、「アルハンブラ宮殿の思い出」のCDをプレゼントとしてもらうことが辛かったのでしょうね。。。研究生にCDを受け取ってもらえませんでしたが、同級生からアドバイスしてもらったように、研究生と私は付き合ってもいいと思っているよと告発しました。でも研究生は私と付き合う事を避けました。。。プロポーズまでして、付き合うのを避けた理由はなんなのだろうか。。。実力で言えば研究生より講師の方がレベルも高く尊敬に値する人物です。その講師と私が惹かれ合っているのを分かっていて付き合うのはしんどいと思ったのでしょうね。。。研究生もかなり悩んだと思います。でも研究生はやっぱりお土産のCDを貰いたいと言い、受け取ってもらえました。なんか疎遠な態度に寂しさを覚えましたが、講師と研究生の信頼関係が私によって崩れてしまったのでしょう。。。弱肉強食の男性社会なのでしょうか。強い男性が惹かれる女性に片思いしていた場合、立場の弱い男性は諦めるしかないのでしょうか。私は講師に婚約者がいることを知り、プロポーズしてくれた研究生と付き合っても良いと告白したのですが。。。
2025.02.15
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実家で大学時代の写真整理をしていたら、卒業論文に取り掛かる前の夏のキャンプ実習の写真が出てきました。卒業論文でお世話になった講師がその写真に写っていました。どうも講師の目線が私に注がれているような気がして気になるところです。このキャンプ実習の時はこの講師と会話をしたことはないのです。なのになぜ私の方を見ているのか。。。それとも違うところを見ていたのか。。。
2025.02.14
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大学を卒業したので実家に戻っていました。超氷河期世代なので、コネがないと採用でされない時代でした。教員採用試験は2人の枠に100人を超える受験者という競争率の高いもので、不採用のため臨時の教員の応募はしていたものの声が掛からずフリーター状態になっていました。その状態の中、講師が実家に連絡をしてくれました。今は何をしているのかと気にかけてくれていたのです。私はフリーターで家庭教師をしているだけだと。とても心配されました。でも私としては講師がいなかったら大学を卒業出来ていなかったと言い、卒業できただけでもうれしいと感謝の言葉を述べました。講師は人間として成長したなと言ってくれました。暫くして、講師からハガキが届きました。婚約者の方と結婚ハガキです。とても美人な奥様でお似合いでした。講師の幸せを願うばかりです。1年後にお子様の誕生でご家族の写ったハガキが届きました。これで講師との連絡はずっとありませんが、心の中にずっとこの講師に対する思いがあり、この感情を断ち切るのに神様に願う事しかありませんでした。破邪の剣を持っている男神に願いを捧げると、今までの感情が収まり新たな出会いに踏み出せれる様になったのです。しかし、この講師との出会いは一生忘れることはないでしょう。
2025.02.13
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謝恩会の打ち上げが終了し、卒業を待つばかりの期間の出来事です。講師が講師宅にお泊りとスキーに誘ってくれました。私をいじめた女学生と一緒に。さすがに講師は婚約者がいるから2人きりというわけにいかず、講師と私といじめた女学生の3人で。男性は講師のみで、他の男性陣はいませんでした。。。講師がシャワーを浴びている時、私とその女学生はウマが合うわけでないのでほぼ無言。。。なんとも複雑な心境でした。講師がシャワーを終えて出てきてから布団を3人で敷きました。ここでいじめた女学生にパンツを脱ぐなよと言いましたので、仰天しました。その女学生はバレたという顔をしていました。何とか講師の子どもを身ごもりたかったのでしょうね。恐ろしい女性です。講師はレベルがかなり高かったので、優秀な遺伝子のある子どもを身ごもりたい気持ちは分かりますが。。。前回は私抜きの講師とその女学生の2人きりのお泊りだったので、講師は思い出に私とお泊りをしたかったのでしょう。でも私と2人きりだったら私を襲ってしまうと思ったのか、いじめた女学生を連れて3人でお泊りデート?をしたのでしょう。朝になりスキーに3人で出発しました。毛糸の帽子を講師が貸してくれました。思い入れのある帽子の様で、講師のお母様が手編みで編んでくれたものと教えてくれました。ここでも感動しました。そんな大切な帽子を被らせてもらえるなんてと愛情を感じました。スキーの指導では研究で必要だった母指球というポイントを復習し、スキーの技の指導に活かすようアドバイスしてくれました。講師は私との思い出を作りたかったのでしょうね。もし婚約者が存在していなかったら、私は講師と2人きりのお泊りを含めてデートをしていたと思っています。講師と出会った時が遅かったのですね。。。私も婚約者の方がいるので、講師への愛情をセーブするのがやっとで、無条件の愛を講師に注ぎ、婚約者と幸せになってもらいたいと願うことにしました。
2025.02.12
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謝恩会が終了してアパートに戻ってから研究生から連絡がありました。今から打ち上げにバーに行くよと。講師と研究生と男子学生と私と私をいじめた女学生が参加していました。まだバーの到着が早く準備中だったため外で待ちましたが、その時も講師は私を誘ってフェンス際に行こうと。講師と2人で会話を楽しみました。講師もニヤケ顔。。。開店時間になり入室して、カラオケと簡易な食事が始まりました。講師は尾崎豊の歌ばかり歌っていました。尾崎豊似なので、感動的です。30歳近くの講師だったのでその曲も歌われていました。昔は激しい曲が好きだったようですが、年を取るとバラード系が好きになったようでした。印象的だったのが「I Love You」です。心に染み入りました。つまみを食べながらアルコールを飲んで会話を講師としましたが、ここでも頭を撫でられました。講師が手を離す時、私の髪の毛が講師の指に絡まり、なんとも髪の毛が離れがたい状況になり印象深かったです。それから私をいじめた女学生は講師を誘ってチークダンスを始めました。とてもうっとりしている彼女を見て複雑な心境でした。その後、私は研究生と雑談を始めました。長時間話し込んでいました。話をしている最中なのに、いきなり講師が私を後ろから抱きしめながら後ろに引き裂かれ、強い力で首を腕で巻かれました。とても苦しくてゴホゴホと咳き込みました。しばらくたって、強い力を抜いて、やさしく後ろから抱きしめられました。数分間という長い時間。男子学生も多数いる中での出来事でとても恥ずかしかったです。講師の愛情をたっぷり受けた喜びは言葉で言い表すのが難しいですが、一生の思い出になりました。講師は研究生との長時間の私との会話に耐え切れず、嫉妬心からか奪い去った感があります。カラオケでも講師とデゥエットをしたのですが、何の曲だったかは記憶にありません。
2025.02.11
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新築が完成し、幼稚園からの幼馴染みが遊びにやってきました。正直、幼稚園時代から好きで遊んでいたわけでなく、母親同士が知り合いで幼稚園にいっしょに通っていたのです。不真面目で、人のエネルギーを奪い、小さないじめもする人物でしたが、約45年ぶりに会うとどう変化したのかなと思いました。しかし残念ながら人物の内面性は変わっていませんでした。。。富裕層の家系で富裕層の旦那様といっしょに暮らし、息子さんは高学歴で高収入だそうです。本人の学歴は大したことはないのですが。富裕層ならではの上級国民の意識があるようでした。めんどくさい所は逃げて、楽して他人を利用するのが平気なのです。私は真逆で、貧乏人の夫と結婚し、人間関係に苦労して精神病になり今に至ります。苦労した分、人生を深堀りするに至りました。問題解決能力はありますので、忍耐力はあります。幼馴染のその彼女は農業という作業をしたくないということでしたが、どうも家を継ぐようで農業を学ぶことが必要なようで、農業講座にいっしょに行こうと誘うことが目的だと教えてくれました。私は真面目に農業を学んで実践中ですが、彼女はそれを楽して智慧をもらいたいだけなのでしょう。苦労知らずの彼女に私の長年の苦労を簡単に教える気にはなりません。長年の友達が音信不通になっているとか、最近出逢った人が皆引っ越したと。寂しいと。私からすると、人を愛より所有欲で良いとこ取りばかりしてきた結果で、皆離れて行ったのだと思います。夫婦仲が良いのかと探りも入れられました。貧乏人の私たちは夫婦仲は良く、強固な信頼関係があります。それは夫婦ともに苦難の連続で、ともに試練を乗り越えてきたため絆は強いのです。逆に幼馴染は富裕層で温室育ちで、いいとこ取りばかりして、人の支援も当たり前に思い、感謝が心からできていたのか甚だ疑問です。農業講座に誘われましたが、母から農業を学んでいるのでわざわざ行く必要もないのです。行ってもその彼女にいいように利用されるのは目に見えているので、必要ないとはっきり言いました。また、市会議員との新築に関するバトルの話をすると、巻き込まれたくないので関わりたくない感じのニュアンスを言いました。その時点で、おいしい所だけ奪い、めんどくさい所は無視する。つまり、困った時の助け合い精神はないと判断しました。市会議員とのトラブルの話で、私に連絡を取ることはないと思います。ある意味自然に離れていくのでラッキーでした。生まれてから50年経ちますが、人物はそう簡単に変わるものではないのですね。私はいいように利用され続けてきて、自分の時間を奪われ続けてきました。残りの人生は、人を選んで大切な人だけにエネルギーを注ぎたいと思います。近隣住民に限らず、遠くでも心から信頼でき、悩み相談にも乗ってくれる本当の親友ができるまで待とうと思います。無駄な人(不道徳な人で野心家)はきっぱり縁を切り、誠実な人だけに会うことにします。時間は財産なので、自分にとって誠実な人と付き合う時間を持つために、不実な人は疎遠のままでいいと思っています。今まで出来なかった夢を少しずつ、ひらめきとともにチャレンジし、自信をつけて成長していきたいと思います。今年は年回り的に人間関係運が最高潮のようで、積極的にいろんなところに出向いて、親友づくりに励む予定です。
2025.02.10
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卒業前の謝恩会での出来事です。同級生のバレー部は4人でしたが、私は孤立していました。立位でのテーブルでの歓談ですが、バレー部の3人とは同じテーブルに着くことはありませんでした。なので1人でポツンと静かに佇んでいました。それを気にかけてくれたのか、講師が近寄ってくれ、話をしてくれました。孤独感に寂しさを感じていたのでとてもこの講師の配慮に救われました。記念写真を撮る時間になりました。講師は一緒に行こうと誘ってくれ、私に講師の左隣に立つように講師は誘導してくれました。とてもうれしく感動的でした。周りの学生も素敵な人に囲まれたので、記念になる写真となりました。後に同じバレー部の同級生からなぜ講師の横に並んで写真を撮ったのかと聞かれ、講師が私に隣に立つように誘ってくれたのよと言うと驚いていました。謝恩会の解散後、私をいじめ続けたセッターの女学生がどうも講師とのツーショット写真を撮りたいと言ったようですが、講師が私を含めて3人で写真撮影しないと写らないと言ったようで、彼女は仕方なく私に声を掛けてきました。講師と私とセッターの女学生の3人の写真を撮ってもらいました。腕を組んで。。。腕を組むように言ったのは講師でした。密着したかったのでしょうね。その写真を見ると、講師は女学生より私の方に体を傾けていました。講師のにやけた顔が忘れられません。私はセッターの女学生よりは好かれていたのかもしれません。
2025.02.10
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大学3年生(ボクシング部)からの愛の告発です。メダカの水槽(パソコン上での)の世話を削除してからの出来事です。スキー実習があるので一緒に行こうと何度も誘われました。私はすでに4年生だったのでスキー実習は経験済みなので不用なのです。2人きりになりたかったのでしょうね。独占欲なのか。。。スキー実習にいっしょに行けないと諦めたのはいいのですが、2人きりになった時に付き合ってくださいと愛の告発がありました。私は講師に心が惹かれていましたので無言を通しました。大学3年生は車でアパートに送ってくれたのはいいのですが、アパートに入りたいと言ってきました。私は部屋が散らかっているから部屋に入れることはできないよと。それでも諦めずに部屋に入りたいと言ってきました。部屋に入れると襲われると思い、断固として拒否しました。車から降ろしてくれと言いましたが、なかなか車のドアの鍵を開けてくれませんでした。少し時間はかかりましたが、何とか車の鍵を解除してくれて降りることが出来、アパートに一人で戻ることが出来ました。ここまで積極的なアプローチは今まで無かったものですから、身を守るために必死でした。。。他の女性だったらどうしたのでしょうか。。。この3年生の男子学生もイケメンでボクシングをしているので、モテるタイプだったと思います。でも講師が素晴らしすぎて、この3年生は比較すると精神的にも未熟なのは当たり前なのですが、尊敬できる部分がないと私は心が惹かれることはなかったのです。
2025.02.09
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順調に卒業論文の作成が進み、夜中に仕上がったのが阪神淡路大震災の日で、地震の起きる2時間前に論文が完成したので印象的です。広島だったので震度4でしたが大揺れでしばらく地震が続いたのが怖かったです。その後卒業論文の研究発表があったのですが、講師も出席すると言ってくれて私の発表を暖かく見守ってくれました。水泳部の友達がとても良い発表でしたと褒めてくれたこと、また講師にも褒めてもらったのでうれしかったです。研究が終わり、実家に戻っていたので研究室への出入りは少なくなっていました。研究生から実家に電話があり、講師が私に会いたいと言っているので講師宅へ行こうということになり、夜だったので父に近隣の駅まで送ってもらいました。研究生は父に丁寧にあいさつしてくれました。それから研究生と講師宅に向かって行って到着したのですが、見覚えのある車があるではないですか。。。その車の所有者は私を4年間いじめ続けたバレーボールのセッターの女学生です。さすがに夜遅かったし、研究生と私は講師宅に入れず、アルコール等の飲料やおつまみを買って研究室に向かいました。今思うと私をいじめた女学生は私が講師宅に行くことを知っていたのか、私が到着する前に講師宅に行って、講師と2人きりになり、迫ったのだと思います。後に講師がこの女学生にパンツを脱ぐなよと言っていましたから、裸体になって講師に性をアピールして抱かれたかったのでしょう。どこまで不徳な女性でこの人物にいじめられ続けたか。。。研究生と私は研究室で2人きりに。研究生はアルコールが入っていることもあるのか、私の体を眺めていました。私にもアルコールを飲むように勧められましたが、私は少しだけはアルコールを飲みましたが、後は普通の飲料に留めていました。2人きりなので襲われても怖いですし。屋上に上がり星空を眺めて語りました。ロマンス的な研究生でした。また研究室に戻り、講師の話を始めました。講師は学生の頃、女学生にとてもモテていたそうです。講師には婚約者がいる。僕の子どもを産んで欲しいと言われました。私は無言でした。研究生はなんで結婚を考えないのかと怒られました。講師に惹かれている私は研究生になんて言ったら良いのか分からずに。しばらくして、もう遅いので帰りましょうと研究生に言い、研究生はアパートまで送ってくれました。数日後、研究生から私に連絡があり、講師から殴られたと教えてくれました。研究生と講師は信頼関係は厚かったはずです。教授に研究論文を盗まれたこと、婚約者がいることを教えていたのだから。でも講師が研究生を殴るとはいったい何を語り合ったのでしょうか。。。追記:父が近隣の駅まで送ってくれたと講師に告げると、講師は迎えに行かなくて良かったとビビっていました。今思うと婚約者がいる講師だから、私の父と挨拶することは大問題だと思ったはずです。本当は講師が私を迎えに行く予定だったことが分かりました。
2025.02.09
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研究室で講師と研究生と1つ下の3年生と会話をしていました。講師は私の頭を撫でるようになりました。私はとてもうれしかったのです。心惹かれている講師からそんな行動をされたら胸キュンです。研究生は後ろから目隠しをするように目を両手で度々覆うようになりました。抱きしめたかったのかもしれません。3年生はパソコンでメダカを飼うことにして、この研究室のメンバーをメダカに名前を割り付けて世話をしていました。とてもワクワクしていたのですが、ある日突然削除しました。なんで?と彼に問うと、卵を産んだからと。。。多分、私が違うオスのメダカの卵を産んだことにショックを受けたのでしょう。3人ともにイケメンなのに私は美人でもない普通の女子学生。こんなにモテることは今までになかったのです。前の研究室では孤立して会話も出来ていなかったぐらい地獄を味わっていましたが、この研究室に移動して天国のような居場所で幸せ感に浸っていました。鬱を発症してボロボロだった私は駆け込み寺的な研究室でした。もうひとり女子学生が居たのですが、この女性は私を4年間いじめ続けてきました。この女性には男性陣はアプローチをすることはなかったように思います。彼女はこのイケメンの研究室に移動して、講師に猛アプローチをしていましたが、講師はそれなりに対応していました。いじめをする女性に男性は愛情を感じないはずです。いじめられた私は救われた感がありました。純粋な私は素直に愛を男性陣に注いでいたと思います。でも心惹かれたのは講師のみでした。男性のように同時に愛することはできないのです。男性は愛人をたくさん持てるのかもしれませんが。女性は1人しか愛せないのです。他の男性は友人扱い。。。
2025.02.08
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大学の講師はかなりの実力者だったと思います。尊敬するところがあるのか、助手も度々訪問していました。学びたいところがあるためか大学院卒の研究生も出入りし、遊びに来る大学生3年生も複数いたのです。男性ばかりの研究室だったのだと思います。突然、女子学生2人がこの研究室で研究を始めることになったことで、空気感が変わったのは明らかです。そのうちの1人が私なのですが、もう1人の女子学生と比較されていたことでしょう。どちらも美人ではありませんが。もう1人の女子学生はバレーボールのセッターでした。私はアタッカーでした。1年生の時、セッターであった女学生はレギュラー入りをしていました。私は活躍もできずに補欠。。。それは意地悪なセッターは私にトスを回さずに、活躍の機会を奪い続けてきました。嫉妬心からでしょうか。2年生の時に先輩が私の実力を認めてくれて、レギュラーに入ることになったのですが、その時点でセッターである先輩が活躍し、意地悪な同級生であるセッターを退けました。ますます私に対するいじめが酷くなりました。無視は当たり前。この同級生を先輩も嫌うくらいになり、先輩はこの同級生から被害を受けているのを知って私を守ってくれました。先輩は同級生と相性が悪くて可哀そうにと言われていました。4人の同級生でしたが、セッターともう1人のアタッカーも私を無視していたのです。もう1人の無視していたアタッカーは、その彼氏が私に対するいじめを見て、こんなひどいいじめをするなら別れると言われたことで、反省したのか会話が出来るようになりました。しかしこのアタッカーは私に対するいじめの攻撃は軽減したものの、単なるポーズだったと思います。4年生の時に彼氏から別れを告げられ、彼氏は新しい彼女と付き合い始めました。彼氏も見切りをつけたのでしょう。新しい彼女の方がまともでお似合いだと思いました。残りの1人は普通に会話できていたので、今でも彼女だけは年賀状のやりとりは続いています。同級生のバスケット部、水泳部の人から同級生を見て、私に可哀そうにと言ってくれていました。人格的にレベルの低い2人と大学4年間を過ごしていたのです。このいじめが平気な2人は不運なことに研究室までいっしょなので、教授の研究室に行くことはかなり辛くて出入りは最低限に留めていました。4年生になった時、セッターの女性だけ引退しました。ずっと補欠のままでいることがプライドが許せなかったのでしょう。これで心の負担が軽減しました。彼女は優秀な男性の研究生にアプローチを掛け、付き合っていた彼氏と平気に別れ、その彼氏はボロボロになっていました。優秀な研究生は彼女に対して愛情を受け取らずにいたと思います。危険な女性だと思ったのだと思います。私はサーブマシーンを作るように教授が課題を与えられても、この研究室は居心地も悪く、信頼できる人はいなくて誰も相談に乗ってくれず、みんな協力してくれなかったので、引きこもりになり鬱を発症したのでした。このことがきっかけで教授が責任を感じて、講師の研究室に移動をさせたことで、心から信頼のおける人の仲間の中に身を置けることになったのです。居場所づくりが出来たのです。地獄のような研究室から天国のような研究室へ移動したと思っています。いじめをしたセッターである女子学生と縁が切れると心が晴れていたのですが、数日後にいじめの女子学生がこの研究室に付いてきたのです。優秀な研究生が相手にしてくれなかったからなのでしょうか、この講師に目を付け、講師に猛アタックするために移動してきたのだと感じています。
2025.02.04
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物価高、人件費高の世の中ですが、新築を建てました。市会議員の人からの紹介で、頼んでもいないのに。。。ラッキーなことに病気になる前に金を購入していたので、住宅資金があり新築を建てることがぎりぎりできたのです。夫婦ともに精神病で無職の状態なので、住宅ローンを組むことも出来ず、ギリギリの予算で新築を建てました。今日は税務署に地金を売却した譲渡所得税の申告に行ってきました。出雲大社広島分祠長に金が2024年4月に金が急上昇するのでそこまで売却を待ちなさいと予言があり、その通りにしたら新築が建つまでに価格が上がりました。神様ありがとうございます。。。今、経済アナリストの財務省の闇について暴露された影響からか、国民が財務省や裏金問題がずっと続いている議員に対して、おかしいと思い始める時代にやっとなりました。確定申告で税金を正しく収めている国民は、この裏金の政治家と官僚に嫌気がさしているでしょう。。。弱者である国民は大多数なので、真実を知った人から声を上げる人が増えつつあります。弱者の国民は議員と官僚にダマされで搾取されている現状に黙っていられないでしょう。懐を増やすために官僚と議員になったとしたら、声を上げていくしかありません。騙しのテクニックが平気で裏切る輩の排除から始めたいところです。世の中の膿が出始めたということでしょうか。1人の力は小さいと諦め、泣き寝入りしていた国民がいかに多い事か。。。被害者の国民は泣き寝入りせずに、勇気を出して声をあげるべきです。大型ごみというか有害ごみの撤去から始めないと、世の中が改善しません。。。年末の大掃除のように新年を気持ちよく過ごすための大掃除が必要です。今、財務省、議員、マスコミの経営陣、経営者はビクビクしていることでしょう。嵐が去ることを待っているのかもしれません。都合の悪いことは隠ぺいし、正しいことをいう人物に対して昔のように言論弾圧を秘密裏にしてくるのでしょうか。。。でも1%の権力者より99%の庶民の方が圧倒的多数で、主権者である国民が多く強いはずです。真実の情報を国民に知られないように、マスコミもグルで情報を隠ぺいするか捻じ曲げるかを続けていたこともあり、若者はテレビ離れが起き、パソコンでユーチューブやフリージャーナリストから真実の情報を得ています。従来のテレビ局、新聞社は忖度し権力者に弱く、国民を洗脳するための情報を出し続けてきた結果、このすさんだ世になったのでしょう。東洋医学セミナーの講師は富裕層は犯罪者と言っています。富を独占しているために、食に飢えている庶民が増え続け、子ども食堂が全国に立ち上がる事態にまで国力が衰退しています。広島市議員報酬について、週に1回の議会に出席する程度なら、海外を見習って年収1500万円を年収400万円にすれば、余力金が1人1100万円が出来、余力金で母子家庭、市民サービスとしての道路や公民館、集会所、文化センター、スポーツセンターなどの維持管理費に企てるべきなのです。道路が陥没しているのは、維持管理費がないためであり、耐用年数は分かっていても修繕できないことにより、人命を失う事態になっているこの現状を考えなければなりません。区役所の維持管理課の技師さんも物価高、人件費高で修繕費用が賄えなく苦慮している現状をお聞きしました。公民館の利用者も公民館の建物の老朽化で修繕して欲しいと言っても、聞き入れてもらえないようです。集会所も雨漏りのため屋根の修繕を長年要望していたが、やっと工事に入ったと嘆いていました。市民サービスが低下しても、権力者である議員は懐を増やすことばかり専念しているこの現状をもっと国民は知るべきで、諦めずに声を上げてください。東洋医学セミナーの講師は誠実な議員は3%しかいないと。くじ引きにすれば40%は誠実な議員になると言っていましたが同感です。政治家はサイコパスが多いと。サイコパスの特徴を検索すると、人を平気でダマして、懐を増やすことに専念している性格であることが分かりました。裁判員制度で任意で裁判官になるのだから、議員も任意でピックアップして無駄な選挙費用と時間のロスもなくなります。試行的にくじびきで議員を選出してみて、どう改善するかを実験してみてはどうかと思います。まず年収400万円にすれば、懐を増やすために政治家になろうという人物は激減するはずで、まともな人物が増え、全国民が住みやすい世の中になるはずです。
2025.02.03
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大学の卒業論文で出会った教育学部の講師なのですが、尾崎豊似のイケメンでした。サーブマシーンを作れと研究室の教授が課題を私に与え、その研究室の研究生が手伝うように指示していたのです。しかしその研究室は全く動いてくれず、マシンを作れず、引きこもりになり鬱を発症しました。長期に研究室に出入りしなくなったのを見て教授は責任を感じて、講師に私の研究を委ねました。その時に出逢ったのが運命の出会いと思った講師です。この講師の研究室には、助手、研究生、3年生の男性陣が入室していました。鬱を発症する前にいた研究室に私の嫌いな同級生の女性が居たのですが、私が研究室を移動すると何故かその嫌いな女性も付いてきました。私はこの女性から離れることのストレスから解放されるかと思いきや、付いてくるではないですか。。。なぜ付いてきたのかは不明なのですが、私にとってマイナス的な人物で虐めを受けていたのです。お得になる男性がいれば彼氏と別れ、鞍替えすることが平気な女性でした。分かれた彼氏はボロボロになっているのに平気なのです。イケメンで仕事の出来る男性が現れると鞍替えするなんて、私には到底理解できません。講師の研究室でバレーボールのサーブレシーブの画像解析を始めました。2つのカメラの画像を3次元分析するのですが、1点ずつ印をつける地道な作業が続きました。講師も始めは暗い感じで教えてくれていたのです。イケメンなのにもったいない。。。後で研究生から聞きましたが、研究論文を他の教授に盗まれてアルコールとたばこの量が増えていたと言うのです。教授が盗作なんて信じられません。道徳性のない教授がいるなんて。この教授の授業も受けていたのですが、自慢話をしていましたが盗んだ研究だったのかと疑ってしまいました。逆に教授に盗まれる程、講師の能力のレベルが高かったのでしょう。またこの研究室に移る前の教授が託すくらいのレベルの高い講師ということでもあります。この講師は天才です。研究生から聞きましたが、この講師が学生時代は女学生から人気でかなりモテていたそうです。尾崎豊似で、仕事もかなりハイグレードなのだから、憧れの存在で雲の上の手の届かない人物だったことでしょう。数か月この研究室にいたのですが、講師との会話も次第に増え、画像分析中、画像に映っている私の短足を意地悪に指摘するまでになりました。意地悪を言って反応する私を見て楽しむ講師。。。東洋医学セミナーの体癖で言えば8種体癖。私も同じ8種体癖なので、私もさらっと受け流し会話を楽しむことが出来ました。次第に心を許したのか、講師も笑顔が増えてきました。もちろん私もです。研究室に行くのが楽しみになってきました。
2025.02.01
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ガヤトリーマントラを毎日唱えています。精神病院を退院してから1年11カ月経ちました。退院してから毎日ガヤトリーマントラを唱え続けています。新築の土地の両サイドはあまり良い波動ではない人物が住んでいたのです。不動産会社で有名な会長が大屋敷に住んでいましたが、殺人未遂事件があり、警備会社が門番として立って監視していたぐらいでした。恨まれることをしたのでしょうね。反対側の土地は喫茶店があり、男をダマして稼ぐママさんが住んでいたのです。どちらも人間として低レベルの人物ですが、その土地に挟まれたところに私の新築と畑と果樹園があるのです。ラッキーなことに、新築が建つ前に不動産会社の会長宅は解体工事が始まり、アパートが新設されました。また、喫茶店も解体工事が行わ、更地になっています。どうもこの喫茶店の持ち主が固定資産税を長年払っておらず、差し押さえになって市に売却させられたようです。この土地は都市道路計画道路の交差点になる場所なので、このままずっと更地のままだと思われます。0宣言の家を普及されている澤田講師曰く、古戦場だった土地は波動が悪いので、土地選びの際は気を付けるようにとアドバイスがありましたので、古戦場までとは言わずとも良くない土地に挟まれている可能性を思うと、土地を清めることが先決だと思い、新築が開始される前から農業をしながらこのマントラを唱え続けました。0宣言の家の澤田講師は土地の波動が分かるとのことだったので、グーグルマップで写真撮影されたものを渡し、波動を調べてもらいました。一般的な土地で、可もなく不可もなくの判定でした。この写真は私が入院中に撮影されていたので、ガヤトリーマントラは唱えていなかったのです。退院してから唱え始め、出雲大社広島分祠長にこの土地の最新の写真を見せたところ、大丈夫と判定いただきました。私がこの土地にいることで、やはり普通の土地から波動の高い土地に変わったようです。ガヤトリーマントラを唱え続けていると、女神様が光を降ろしてくれると竹下講師から聞いていたのですが、本当に波動が上がり聖地に近づいてきたということだと思います。新築の現場監督もクレーム処理に伺う前に、私の新築現場に来て聖地に近づいた土地で清めて出かけたかったのでしょう。農業をしながらマントラを唱えることは簡単です。無駄のない時間を過ごし、進化段階を上げることもできるようで、なんと素晴らしい環境で過ごすことが出来ているのでしょうか。聖地に近づけば被災から間逃れることもでき、新築は火災保険のみ掛けることにしました。悪い人物が侵入できないように、良い人物が集まるように願って。玄関は東南にしましたが、人間関係で苦しんで精神病になったこともあり、一番人間関係運を上げられる東南の玄関にしたのです。確かに、ウソをついた市会議員以外は素晴らしい人間に恵まれ、私のために必要な人が集まってきています。約50年、カルマの解消のためか不幸の連続でしたが、やっと自分の人生が歩めています。
2025.02.01
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JIN OKI & RYOUTA KOMATU - Libertango 2011昔、失恋旅行で行ったスペインでフラメンコショーがあったのですが、そこで即興で踊ったことがきっかけでフラメンコを習っていました。発表会で沖仁さんのフラメンコギターをバックに舞ったのですが、とても天才的でした。
2025.02.01
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Ana Vidovic plays Asturias by Isaac Albéniz on a Jim Redgate classical guitar女性ならではの繊細な響き、そして感動的な旋律。素晴らしい演奏に聞きほれました。演奏家の人格が音の響きに現れています。芸術家は人格者ほど心に響く音を奏でることができると思っています。神様は演奏家の人格の高い人に霊導しているのではないかと思っています。芸術は心の栄養です。食物は体の栄養であるように。心身ともに健康であり続けるには、芸術に親しむ時間的余裕のある生活が国民に与えられる時代になることを切に望みます。そのためには週40時間勤務ではなく、週30時間の勤務が普通の世の中になって欲しいと願っています。そのためには、最低賃金があるのだから、最高賃金を定め、富裕層が富を独占している世の中を解体し、皆が中流社会になる時代になることを希望します。1人の力は小さいですが、それに共感する人が自然と集まると思います。小さな集合体から自然に拡大し、社会全体が幸せになることを願う国民が増えることを願っています。
2025.01.29
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双極性障害の夫が社会復帰のためにリワークセンターに通い始めました。その場所は広島の平和公園の近くなのですが、夫は平和公園のハトにパンの耳をエサとしてあげたようです。とても動物好きな夫は大久野島のうさぎの見守りボランティアをしているのですが、どうもこの平和公園のハト愛が芽生えたようです。今後はリワークセンターに行く前に余裕を持って、平和公園のハトにエサをあげながら癒される時間をたっぷり取るために、早めに家を出発するとワクワクしていました。妻としては夫が笑顔になってくれてうれしいのです。動物愛護の夫はとても純真で優しいのです。広島の平和公園は神様が光を降ろし聖地になっています。東洋医学セミナーの講師が言っていました。おこぼれで平和公園の周辺も神の光が届き、幸せ感に満たされていることでしょう。夫が通うリワークセンターにも光が届いていたらいいなと思っています。聖地として波動のいい土地にいれば、自然に癒され、精神の病も改善することでしょう。苦労の連続の夫婦ですが、こうやって神様が私たちを援助してくれているのかと思うと感謝しかありません。広島の平和公園の中に原爆資料館があるのですが、サミットがあった影響があるのかもしれませんが、観光客の入館が予約になるほどの人気ぶりなのです。昔はそこまで観光客がいなかったのに、今では観光客であふれています。円安の影響もあり外国人がたくさん訪問されていますが、世界平和に繋がるのでとても喜ばしいことと思います。政治家に頼るのではなく、全世界の人が交流を深め、聖地である平和公園で癒され、自国に平和精神を持ち帰って頂きたいのです。神様が光を平和公園に降ろし聖地になった影響なのか、パワースポット的に人気の観光地になっています。原爆市長と呼ばれる濱井市長はあの世でとても喜んでいらっしゃることでしょう。祖父母と濱井市長は交流があったことから、孫としてもうれしいのです。
2025.01.28
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Best of Francisco Tarrega - Classical guitar Compilationこの曲もスペイン旅行で知った曲です。心に染み入る曲です。演奏家の心も響いてきます。愛を感じます。
2025.01.26
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アルハンブラ宮殿の思い出大学の失恋旅行でアルハンブラ宮殿に行きました。スペインにある有名な建物ですが、この地はイスラム教とキリスト教が合流した歴史ある建物で、非常に心惹かれるものがあります。曲調も傷心を慰めてくれるもので、印象深い曲の一つです。苦労の連続の人生でしたが、苦労を体験するたびに、人生を深堀し続け今に至ります。。。人に出逢うと、初対面でも人生相談になることも結構あります。実体験がものをいいます。若いうちに苦労をさせろ。この言葉通りの人生を歩んできました。深い修行というより苦行の連続でした。どん底を味わった分、日常の平安な生活がいかに素晴らしいか。人間らしい生活がやっとできています。人との出会いは大切で、なんにしても学びは大きいです。地獄の出身者と思われる人と仕事をいっしょにし続けたせいで、精神を病んでしましました。これからは徳のある人物しか付き合いません。お金より人物重視で生きます。お金をいくら稼いでもあの世にお金はもっていけませんから。善行を積み、あの世に徳を持って天国に行きたいです。これからの人生は神様に認められるように誠実に生きていきます。そのためには、ヤマ・ニヤマを守ります。
2025.01.26
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最近ユーチューブで2025年の今年、何か危機的状況が起き、物質から精神へ移行するようなニュアンスが広まっているのでしょうか?預言的なメッセージとか昭和世代の手相のM字、神秘十字線のある人は、、、など。毎年恒例の予言なのか、本当なのか気になるところです。美輪明宏さんと江原啓之さんコメントもたくさん掲載されていますので、昔オーラの泉をよく視聴していたことからこの動画を見ています。これを機に江原さんの図書を借りることにしました。人生を振り返り、今後の人生の指針を得たいためです。美輪明宏さんの図書も借りてみます。お二人とも霊導で神様の声を伝えているということですが、先代の出雲大社広島分祠長も同様だったと思います。苦難の道を歩んできた私としては、真実の本を探し求め続けてきました。それは、母方の祖父が社会の中学校の教員であったこと、また7000冊の蔵書があり、市民に貸し出し、座談会を開いていたことも影響しているかもしれません。祖父は原爆詩集で有名な峠三吉さんとも交流があり、祖母は原爆市長と呼ばれている濱井市長とも近所で交流もあったことから、その隔世遺伝なのか平和を幼き頃から追及し続けてきました。歴史を学ばないと国が亡びる、というニュアンスの格言を聞いたことがありますが、本当の日本の歴史を学びたいのです。この世の秩序乱れた原因を追及することから始めないと改善ができないからです。私が中学校の社会の授業では、その教諭の人間性のレベルが低く、授業の半分は問題児への説教、残り半分は板書だけという低レベルの授業をされ、歴史の面白さを学ぶことが出来ず、高校では日本史を選択しませんでした。このこともあり、本当の日本の歴史を学び、世界史も理解した上で、どのように日本が侵略し、また侵略されたのか、教科書だけではなく、本物の歴史を学びたいと思っています。戦後、アメリカのGHQにより実家の7000冊の本が焼かれ、座談会も中止されました。広島市の教育を破壊されたと思っています。アメリカにとって都合の悪い本がたくさんあったということです。日本人の教育のレベルを下げ、二度と立ち向かって来れないよう、飼い犬のような国にしたかったのでしょう。偉人伝のような良書は破棄されたに違いありません。戦後に出来た教育基本法を大学で学びましたが、正直心に響くものはありませんでした。なので教育学部を卒業しても納得が行かず、図書館に通い真実の教科書を探し求めてきました。また、人格者である講師を探し求め、船井幸雄さんの講義にも参加したこともあります。真実の情報を探し続けるうちに、シャンティフーラの竹下講師にたどり着きました。この講師以上の人物に出逢うことはないと思っています。むしろ、この竹下講師に出逢うために広島という地にこのタイミングで生まれ変わったのではないかと思うようになりました。家族関係から見ると、修行に最適な母姉、原爆市長に面影が似ている父。先祖のカルマを解消したのですが、母方の祖祖母が薬局を営んでいましたが、それで儲けて土地を買ったようです。儲けたということは無駄な薬を処方し、健康被害があったのかもしれません。そのカルマを解消するために、子孫の私は本物の東洋医学を学び、社会貢献しなければならないと思っています。私は小学生の時から、農地に薬草を育てたい思いがあり、東洋医学に興味があり、世の中の秩序を乱した原因を追及し続けていました。この竹下講師に出逢ってすべて疑問が解決しました。竹下講師の話を聞くにつれ、どんどん引き込まれました。受講生も自然に増え、全国から飛行機や新幹線を使ってくる受講者もあり、本物に出逢ったのではないかと思いました。受講生も熱心な人が多く人格の高い人が多かったです。
2025.01.23
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姉がガヤトリーマントラの除霊と浄化の祈りと7つのダートゥの祈りを熱心に祈り続けているようです。今までゴミ捨てをすることはなかったのですが、積極的にゴミの分別を始め、整理整頓をしているようです。奇跡です。。。そのきっかけは、ピアノの講師とオーナーである姉のトラブルで、姉は食生活に乱れが生じ、糖尿病が悪化し緊急入院する事態になったことです。死んでもおかしくなかったほど重症で、敗血症の可能性もあると言われ、当時マネージャーである私は生徒の連絡に追われました。血糖値は600代。本当に死んでもおかしくなかったのです。私は姉にシンギングリンの音をCDに焼き付け、病院で聞き続けてもらいました。次第に血糖値が下がり100代までに落ち着き退院いました。主治医は奇跡だと言い、今までここまで改善した患者は見たことはないとまで。ただ、応急処置のために投薬治療を行ったのですが、リスクとして失明する可能性があるとのことでした。半年後に姉は視力が悪化し、私にシンギングリンのCDを特別に判定して収録して欲しいと依頼がありました。しかし、薬の副作用のため出来ないので、自分で上記のマントラを唱え、神様に助けてもらうしかないと伝えました。流石に失明の危機を感じ、熱心に毎日唱えているようです。視力は落ちてはいますが、重症化に至っていないようです。不道徳でワンマンな姉でしたが、正直、ここまで母と会話ができるようになり、ゴミの分別まで始めることができるなんて、マントラにより神様のお蔭を頂いたとしか思えません。東洋医学セミナーの講師が言っていましたが、地獄の出身者はこのマントラを唱えることはあまりないだろうが、もし唱えたら地獄の出身者の人間も地獄から引き上がり、普通人になると。まさに姉がその状態です。失明の危機がないとこのマントラを絶対に唱えるタイプではなかったのですが、この結果に驚いています。一生唱え続けてほしいところです。同様にパワハラ的な母にもこのマントラを唱えるように勧めていますが、毎日1回は唱えているようです。姉は度々唱えているようで、その効果がすごく母はこの奇跡に驚いています。私としては母にも1日3回このマントラを唱えることを勧めました。農業よりもマントラを大切にしてもらいたいのです。地獄の出身者の可能性のある母と姉はマントラを唱えて、神様に救ってもらうほかありません。被害を受けるのは私と夫と夫の両親ですから。土地調査士に実家の測量を依頼しているのですが、そのために実家の整理整頓をしているようです。年末の大掃除では時間が足らなかったのか。。。片付けの大の苦手な姉がここまでゴミの分別を始めるのは奇跡に等しいのです。母と姉に神様が試練を与え、マントラを唱える機会を与えたとしか思えません。私に神様が援助してくれているのでしょう。追記:身内であっても、距離を置くことは大切ですね。親切にアドバイスしたり協力を続けていると、いつまでたってもおんぶにだっこで、頼り切り独立心が育ちません。放置状態で苦労させた方がいいと思います。人のありがたみも分かりますし。。。
2025.01.23
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心身障害者福祉センターの文化祭、障害者のためのパソコン教室、陶芸教室、フラワーアレンジメント、正月飾り作りに参加させていただきました。うつ病を発症した職場は体育会系で年功序列で弱肉強食の社会でした。また損になることは絶対しない人物がほとんどで、協力体制もなく、無視する職員もいたり。。。まるで軍隊。逆に障害者を支えようと一生懸命な職員、ボランティアさんは人格者です。この格差は大きく、毎回驚いています。前職の職員がいかに人格のレベルが低いか。。。環境が悪すぎて、うつを発症する事態になりました。ボランティア講師はうつになる人は良い人が多いよと。確かに真面目で誠実な人が多いと思います。わたしはブラックな職員にいいように利用されました。反省や感謝という言葉なんて微塵も感じないタイプばかりでした。地獄と天国を味わった気分です。障害者と関わる人は心のキャパが広く、人格者が多いです。これからは体育会系のパワハラ的な人は近づけません。良い環境に身を置きたいので、組織は選びます。我慢して付き合うのは辞めます。メンタルをやられるくらいなら一人でいたほうがいいぐらいです。
2025.01.22
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実家でお世話になっている大工さん(建築士2級)といっしょに、別荘の現場に誘われて行きました。別荘は富裕層が多いと思いますが、今回行った持ち主さんは夫婦仲が良かったです。しかし隣の別荘は夫婦仲が悪く、旦那さんと奥様が別々に利用されているようです。息子さんは引きこもりで大工さんしか心を開いて話してくれないそうです。富裕層は夫婦仲が悪いと思っていますが、この別荘の持ち主もそうだと思いました。犠牲になったのは息子さん。春先にこの家のリフォームで私が手伝うことになっていますが、果たして私に心を開いてくれるのでしょうか。。。大工さんは引きこもりの息子さんを引っ張り出し、いっしょに大工仕事をしたようなのです。次第に大工さんに心を開き、会話が出来るようになったようです。でも大工さん以外の人には無口なようです。。。富裕層の旦那さんは生活費以外は自分の小遣いが多く、余力のある資産を持っている気がします。生活費を上げればいいのに、趣味か愛人に使う人もいるかもしれません。その妻は旦那さんからの愛情が少なくなり、妻はそのストレス解消のためにブランド品を買い、海外旅行に行き、物的なもので心を安らげているかもしれません。でも結局は精神レベルで愛情不足なのは変わらないので、心の底からは納得はいっていないでしょう。被害を受けるのは子どもです。夫に愛人がいて不倫しているのは分かっていても、経済力に頼っている妻は離婚できていないだけなのかもしれません。最悪ホスト通いして別の男性から愛情を貰っているのか。。。妻は夫からの愛情が受けられなくなると、心が不安定になり、子どもに愛情を注ぐことができなくなると感じます。子どもの社会は大人の社会の写し鏡のような気がします。今、学校の教員の成り手が少なく困っているようですが、教員は保護者対応にメンタルをやられて良い教員ほど退職しているかもしれません。残っている教員はメンタルをやられないように人格を上げるか、サラリーマン化しているかのどちらかでしょう。世の中が不安定になると、保護者からくるクレームや悩み相談が増え、子どもが被害を受けているのかもしれません。教員対応も限度があるので、児童館の職員の方が保護者と関わる時間が多いので、児童館がフォローすることが多い気がしますが、児童館職員はしんどいはずです。ある意味カウンセラー的なことを求められるのではないでしょうか。深い悩み程、聞く側はメンタルをやられますので、児童館職員も退職者が多いかもしれません。根本的に夫婦仲が良ければ、子どもに愛情が注ぐことができるのですが。。。庶民に嫁げば、愛人に費用の出せない夫は妻だけに愛情を注ぐ可能性が高くなり、精神的に安心して生活できるかもしれません。経済力は心配ですが、支出を減らす智慧を絞ることで無駄な労働をしなくていいかもしれません。案外無駄遣いもあるもので、無駄な労働を減らすことで、家事と育児にかかる時間を増やし、家庭平和に繋がると思います。新築に費用をあまりかけず、ローンは負担のない程度にして、質素に暮らす方が精神安定上いいかもしれません。私たち夫婦は2人とも障害者手帳を保有していて、ある意味貧乏人なのですが、何故か富裕層が使う設計事務所が新築をされました。私たちはそのことを知らずにいましたが、市会議員によって設計士も施主も現場監督も振り回されました。精神療養中の夫婦なのですが、頼んでいないのに市会議員によって新築の話が進み、トラブルに巻き込まれ、恨みの念が夫に来て倒れ、広島市の営繕課に報告するという悲劇が起きています。建築業界と市会議員の膿を出すために、実験のように神様が新築を建てるように霊導したのではないかと思っています。追記:男性が皆中流の年収になれば、女性は経済力ではなく人物重視で選ぶことができ、夫婦仲が良くなるはずです。子どもは母親からたっぷり愛情を受け、学校にこの愛情をクラスメイトに注ぎ、いじめが無くなるのではないかと思います。学校も平和になり、教員もストレスが減り、愛情のある学校に生まれ変わる可能性が高いと思います。そのためには最低賃金だけではなく、最高賃金を定めることでお金が回り、景気が良くなります。富裕層は犯罪者と言われるのも納得がいきます。富を独占しているのですから。。。子ども食堂がある社会になっているのは、富裕層が富を独占しているのが原因です。政治の悪化によってこんな事態になっているのだから、議員報酬の年収1500万円を400万円に下げ、その余力金で母子家庭を応援すればいいのです。議員の議会出席日数が週1回程度なので、400万円で十分ではないでしょうか。この400万円にすることで、懐を増やすための政治家は立候補しなくなるでしょうし、人徳のある人が政治家になってくれることでしょう。週1回の議会参加であれば、仕事と両立することも可能かもしれません。他業種の人員が政治家になることで、多方面からの智慧が議会に入り、より良い政治運営ができると期待しています。裁判員制度でピックアップされているのだから、議員も任意でピックアップするといいのでは。。。今の政治家は人徳のある人は3%らしいのですが、くじ引きにすると人徳のある人は40%までになると聞きました。試しにやってみてもいいのではないかと思います。選挙資金もいらないし、無駄な選挙活動もいらないのでいいことだと思います。
2025.01.21
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新築の外構工事中での出来事です。予算不足で外構工事は身内とその知り合いで作業を5人態勢で行いました。問題になったのが作業に来るための駐車場の確保です。隣に叔父と息子夫婦が住んでおり、その駐車場を一部借りていたのです。亡き父の親友である大工さんは叔父とゴルフ仲間でもあります。私は叔父とは会話があるものの、息子夫婦とはいとこであっても幼児期以降は転勤で会話もなく過ごしていたこともあり、正直駐車場を借りたくないと言ったのです。それでも大工さんは叔父とは良い仲なので、駐車場を借りれるよう頼んでみるよと。叔父は快く許可してくれたので、安心して1台分借りることになったのです。数日後、突然いとこである息子が車を左右を入れ替えてほしいと不機嫌に言ってきました。いやな予感がしましたが、叔父がそそくさと悪い顔をして逃げて行きました。これを大工さんと左官さん(叔父の嫁さんのお友達)にいとこから嫌がらせを受けたと報告しました。叔父は息子夫婦と会話がないのは知っていました。今回も叔父は息子に報告していなかったことが分かりました。これを機にこのいとこは無縁でいいと思い始めました。実は、引っ越して挨拶に4回この叔父といとこの家に行ったのですが、出てこないのです。車はあるし、窓は空いていて網戸になっているから、家にいるはずです。もうこの叔父の息子夫婦に心を向けることは無駄だと思うことにしました。なぜこんな事態になったか。。。叔父と嫁は別居状態なのです。叔父は家庭省みずで仕事の営業ばかりでした。嫁さんは看護婦の免許を取り、仕事を得て離婚しても生活できるように準備をしていました。看護婦になり、別居をして離婚をしたと思っていたのですが、どうも離婚届を嫁さんが出していなかったのです。嫁さんは年金のために離婚しない方が得策と思っているのか。叔父は支店長で退職したので、高収入で厚生年金もいいのでしょうね。離婚したら年金が低くなるため、戸籍上は夫婦にして別居状態で続けたいのかもしれません。大工さんが叔父に浮気でもしたんじゃないかと試しに聞いたことがあったそうですが、叔父は無言でした。嫁さんは納得いかないですよね。嫁さんはこんな状況で子育てに協力的でない叔父に見切りをつけたのだと思います。被害にあったのはいとこである息子です。きっと愛情を受けずに育てられたのでしょうね。。。だからいとこは私と交流を深めるつもりはなく、私が農業をしていても挨拶はしないのです。いとこは転職を繰り返し、出来ちゃった結婚の嫁さんは、私たちは見合い結婚であることが羨ましいと言われました。息子夫婦も会話がないのかもしれません。息子夫婦はどうも低収入で35年ローンで家を建てたようです。叔父は土地を安く亡き父から購入し、固定資産税だけ払っているようです。叔父は同居をしながらも、ゴルフに度々行っているのですが、息子夫婦は共働きで生活の余裕なし。息子の嫁さんは、この叔父の経済的な支援がないことに嫌気がさしている気がします。この嫁さんは飛行機で帰らないといけない程の遠方から嫁いだのですから、実家に身を寄せようにも難しいかもしれません。また、ローンも残っているからそう簡単にいかないのかもしれません。ペアローンを組んでいたら離婚しようにも大問題になるでしょうから。。。叔父の家の土地は亡き父が安く分け与えたのです。でもいとこはその土地の駐車場を私に使わせたくなく、嫌がらせをする人間性の低さにがっかりしました。夫婦仲が悪いと親戚関係もギクシャクするものですね。親戚である身内も人間性を見て見切りをつけないと被害を受けると思っています。ここでも慈悲喜捨の「捨」に徹しようと思います。追記:叔父の嫁さんが接触事故で、骨折し病院に通院が必要な事態となりました。流石に1人暮らしの嫁さんは頼るところは叔父しかなく、叔父に送り迎えを頼んだようです。怪我の功名で、別居状態から復縁になるのかなと大工さんと私は期待していましたが、嫁さんはケガが治った後はまた無縁状態になっている感じがします。叔父は必死に送り迎えを続けていましたが、残念な結果で叔父はしょげていました。。。家庭省みずで仕事に没頭し、子育てにも協力せず、不倫までしていたとなったら、男の老後は寂しいだけ。。。叔父は嫁さんと縁を取り持ってもらいたいのか、私に嫁さんの友達の民宿のチラシを渡し、行って欲しいと。嫁さんの機嫌を取るために私を使いたいのでしょう。申し訳ないですが、叔父よりその嫁さんの味方なので、その話には乗らないつもりです。それは、農業をしていても手伝うつもりはなく、野菜が出来た時にもらうだけなので。。。私が農業をする前は母は出荷せず、知り合いにプレゼントをしていたのですが、私が農業を始めると販売することによりプレゼントすることは無くなりました。手伝わずにタダでもらうのが当たり前になっていた叔父は困ったことでしょう。。。新築でお世話になった現場監督の次長も長時間労働なのは分かっていたので、優先順位は1番は嫁さんで2番が仕事よと、女の立場で言いました。嫁さんを大事にしないと老後はボロボロになるからと。今ならまだ間に合うよと。これを次長はどう取らえられるのか。事前に設計士から次長は寂しがり屋なのだと聞いていましたので、もしかして夫婦仲はどうかと疑問に思ったもので、余計なおせっかいかもしれませんが言ってみました。【中古】話を聞かない男、地図が読めない女−男脳・女脳が「謎」を解く− / アラン・ピーズ/バーバラ・ピーズこの本を引き渡しの時に設計士と現場監督の次長と部下の3人にプレゼントをしましたが、次長に夫婦仲をよくするためのヒントになる本を読んで欲しかったのです。後日、次長はこの本を読んだそうで、女と男は考え方が違うのだとびっくりされていました。プレゼントして良かったです。奥様が喜んでくれたらいいのですが。。。
2025.01.20
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亡き父は人に好かれるほど心優しい人でした。仕事はスピーディではなく出来るタイプではなかったかもしれませんが、居るだけで癒されるタイプでした。反対に母はワンマンで他人の意見を聞き入れることがあまりなく、嫌われるタイプ。この毒母に育てられ、否定的な言葉を受け続けていました。そのためか私は良い子でいるしかありませんでした。この毒母から逃れるために、父のそばに居ることが多かったのです。父と韓国ドラマのチャングムの誓いを2人で何度も見ていました。この両極端な両親は相性は良くなかったと思いますが、心優しい父は毒を吐く母から被害を受けていたと思います。父は昔はここまでひどくなかったよと。社会人として外で仕事をしていないせいか人間関係を気にすることもないからこの結果だねと。父がガンを患って入院している時、母と姉が見舞いに行っていましたが、私が来るのを待ちわびていたほどでした。それでも父はあの世に旅立つ前に、母に感謝の言葉を伝えました。なんと人間のできた父だったことでしょう。私は父の娘であったことがうれしいのです。父があの世に旅立ち、母と姉との関りが正直苦痛になっていました。どちらもワンマン。姉は母から幼き頃から虐待を受け続け、学業の成績も悪く、私は姉から勉強を教わったことはありませんでした。姉は母を根深く恨んでいるため、会話をすることもほとんどなかったのです。私も母から精神的な虐待を当然受けていました。この家庭環境の中、私は精神を病み入院しましたが、姉が見舞いに来たのは1回限りでした。実家で療養中も苦しんでいる私を放置して、旅行に行っていました。それも何度も。協力体制はほぼありませんでした。正直姉ではなく、他人のように思っています。本当に身内なのかどうかと疑うくらい。退院してから、私は姉のピアノ教室を親切に手伝ってあげたのですが、今では後悔しています。経営者としての資質に劣る姉は講師とトラブって、私は巻き込まれました。板挟み状態に。姉は社会人としての経験があまりなく、常識が備わっていないのか、問題が起きる度に連絡が度々入ってきました。さすがに夫から姉はおかしいと言われました。神的な父と毒的な母。こんな両親の元で育てられた私は、かなり人生を深堀するに至りました。出雲大社広島分祠の先代の分祠長に毒母に夫と夫の両親がトラブってどうしたらよいかと相談に行きました。母はワンマンで年を取るごとに次第にひどくなるから、近づいたり離れたりしてうまくかわしなさいとアドバイスがありました。また、母のようになるなよと。夫は母と関わると精神を病んでしまうので、あまり近づけないように私が守っています。農業を母から学んでいますが、パワハラ発言と行動があったら、話を打ち切って家に入るように対策をしています。私は前職でひどいパワハラを受けていましたので、まだこの母の対応は楽なのです。農業を学ぶために、関わらざるを得ないのですが、心の中でバランスを取りながら対応しています。夫と結婚して、夫の両親の子育てと母は全く違うのです。結婚してから、母の子育てが失敗していたと感じ、毒母だったと思うようになりました。夫の両親は夫のお金を使い果たし、新婚生活はローンからのスタートでした。夫の両親は金銭感覚がおかしいので、ある意味毒親です。夫とは見合い結婚でしたが、ブラックな前職を退職したいために見合いしたものの、ローンからのスターとで退職できず、精神を病む事態になり、精神病院に入院することになりました。退院後、義母が夫のお金で家のローンを組んですいませんでしたと謝罪されました。出雲大社広島分祠長にこの夫の両親の金銭感覚の無さも相談していたのですが、神主さんはこの両親にも怒っていました。子どものお金を使って生活するなんて、嫁が困ると思わなかったのでしょうか。私は夫に発展途上国の子どもじゃないのだからと。夫は趣味にもお金を使っていたので、夫も嫁を迎える金銭的な準備をすることに認識がなかったようで、夫と夫の両親は結婚してから、私に圧力をかけることはできません。見合いだから、普通ローンがあると分かった時点で離婚することが多いはずだから。私はよく耐えて結婚を続けたと思います。精神病院に入院し、人生を台無しにしてまで。それは神主さんが選んでくれた夫だったから離婚はできませんし、人物はいいのですから。東洋医学セミナーの竹下講師は虐待をする親は地獄の出身者が多く、その子どもも地獄の出身者であることが多いと。まさしく、母と姉は地獄の出身者と思い、被害を受けないように距離を取ることにしました。母と姉は体調不良で私に健康の相談があり、シンギングリンの音をCDに入れて聞いてもらっていますが、病状に応じてのCDまで要求するようになり、いつまでたってもおんぶにだっこ。私の時間を奪っていることに気づいていないのか、私にどんなに迷惑がかかっているのか分かっていないようです。私の活躍する時間を奪うのですからたまりません。不幸に巻き込まれないためにも距離は置きます。言っても分からないだろうから、親切にしても本人のためにならないと思い、ガヤトリーマントラの除霊と浄化の祈りなどを自分自身で祈ってもらうことにしました。姉はこの祈りを母よりもまじめに取り組んでいるようで、昔よりは少しは改善されているようです。でもしばらくは放置。。。慈悲喜捨の教えで「捨」が一番難しいと学びましたが、まさに「捨」の状態です。母と姉が祈りによって修行を積み改善されればいいのですが。神様に頼るほかありません。精神科医、出雲大社広島分祠長と悩みを相談できる場所があるので良かったです。先代の分祠長に先祖のカルマの解消は終わったので、これからは私の人生を歩みなさいと言われてましたので、これから私自身のやりたいことを実践していきます。父と私は社会貢献に生き、母と姉は嫌われているのですが、この家庭環境を選んだのも深く修行を積むためのもので、他の人の悩み相談に応じることができるのでしょう。私はこれから誠実な人としか付き合いません。多くの友人というよりは、少数精鋭の誠実な人で十分です。
2025.01.18
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元自衛官、この曲への想いが熱すぎる【戦場のメリークリスマス/坂本龍一】ストリートピアノこの演奏家は元自衛官であるがゆえに、厳しい環境で訓練を積まれているのか、平和への祈りの気持ちがこの音に深く込められています。音楽はゆっくりなのですが、返ってこのゆっくり感の方が心に響くのです。この間合いといい。。。東洋医学の体癖で言うと4種体癖。私も同じ4種体癖なのです。4種体癖の特徴は、心理学、宗教家、カウンセラーで一番人間として信頼でき、裏切ることができないタイプなのです。この方の演奏に心惹かれるのは、音に癒しのエネルギーが乗っており、聞くだけでカウンセリングを受けているかもしれません。私は能登半島の大地震を受けて、ベートーヴェンの月光の第一楽章を弾きました。その時に習っていたピアノの講師は感動してくれて、練習していたスピードバイエルは不要よと。アプライトピアノで弾いたのですが、グランドピアノで弾いたかのような音色だったと。。。私はどん底を味わってきましたので、その分深みがあると思います。気持ちが曲に乗るからです。時間に余裕ができたら、電子ピアノを買い、また習ってもいいかなと思います。こんどは児童館のパートで勤めたい思いもあり、子供向けの宮崎駿さんのアニメのテーマ曲を弾きこなしたいと思います。子どもに癒しの音色を届けたいのです。
2025.01.17
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業務量の多さとパワハラで心身ともに疲弊していました。ある時、業務上で必要な事務用品を買いに、近隣のスーパーに行った時の出来事です。事務用品を購入して帰る時、階段を見ると黒いススのような影があり、気持ち悪いけどそこを通らなければ職場に戻れないため、意を決してその階段を下りたのです。するとその影の中を通り過ぎてから、すぐに憑依され、歩くのがやっとな事態となりました。何とか職場にたどり着いたものの、事務机の椅子に腰かけるのもしんどくて、館長室のソファーに横になりました。でも時間が経っても治らないので、無理やり車で帰宅しました。運転も怖かったです。帰宅後、かかりつけの医者に行き、検査が始まりました。どこも異常がないとのことで、心療内科を勧められました。
2025.01.17
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身体も精神も病み、実家で寝たきり状態の時の出来事を思い出しています。精神病院は7回入院し、入退院を繰り返していました。退院後は夫の元に帰らず、実家で身の回りの世話を母にしてもらい、夫は定期的に見舞ってくれていました。母の知り合いに看護婦の経験のある人がいましたが、この方は霊能があり、神様の言葉が口から出てくることがありました。東洋医学セミナーの竹下講師が以前、受講生に、使命を果たしたらあの世に行くが、そんなにこの世に居るのは長くない。もう地球に転生に入ることはないだろうと言っていました。元看護士はその情報も知らないのに、彼女はその話を突然語り始めました。大変驚きましたが、竹下講師は私のことを気にかけて霊的に見ていたのだと気付きました。また、元看護婦は背骨が曲がっているので杖をついてました。腰ベルトで支えないといけないくらい。正座をしたら斜めに傾いていたのです。ある時、彼女は体操のような動きを始めました。何をやっているのだろうと見守るばかりでした。体操後に正座をすると姿勢がまっすぐになっているではないですか。。。彼女も私も母もこの奇跡に感動しました。でも残念ながら翌日は元通りに。これも神様が奇跡を見せてくれたのだと思っています。寝たきりの苦難の道を歩んだ私を竹下講師は見守ってくれていたのだなと思っています。私は回復したので、この元看護士に会って思い出話がしたいです。
2025.01.17
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前職のパワハラを受け続け精神を病み、休職中に強烈な憑依霊に取りつかれ、大変な目にあったことがあります。昔、父はガンを患っていたことから、全国的に有名な気功整体師のところに広島から米子まで車で毎月治療に行っていました。その治療家は天才的で、ガンもぎっくり腰も他の病気もほとんど治療をしていました。あまりにも優れていたので、京都大学の医学部の教授が見学に来るほどの実力者で、アメリカの医学界からオファーがありアメリカに渡米を勧められていたほどです。有名な政治家もわざわざ米子まで治療に来ていました。この治療家はかなりのパワーの持ち主なのですが、患者から邪気を受け続けていましたので、この治療家も白血病になり、横浜に移住され治療をされていました。私は広島から横浜までこの強烈な生霊を取ってもらうために、急遽連絡も無しに新幹線で横浜に向かいました。予約もしていないのに大丈夫かどうかも分からず。当時寝たきりの私を元看護婦の方に面倒を見てもらっていたのですが、症状がひどく、横浜まで行ったのです。私は歩行も困難なほどでしたが、何とか治療院にたどり着きました。しかし、治療院は閉まっていました。途方に暮れ、諦めて横浜の新幹線口まで戻り、チケットを買っていました。ちょうどそのタイミングで治療家の窓口のスタッフから着信履歴を見て、連絡を下さったのです。その方曰く、今日は本来休業日なのですが、偶然治療家が近くを散歩しているので、治療が出来そうだと。母と元看護士と私の3人ですぐにまた治療院に行き、ラッキーなことに治療をすることができたのです。治療家は深刻な顔をしていました。私に死神が取りついていると。もし出逢わなかったら、私は死んでいたそうです。お経を唱えられ、死神の憑依霊が取れ、体が楽になりました。憑依霊でも最悪の死神に取りつかれていたのです。普段ガヤトリーマントラの除霊と浄化の祈りを祈っていましたが、この効果が効いていなかったのです。この場合、カルマ軽減の祈りをすれば死神といえども憑依霊は取り外せたのでしょうが、この祈りは5時間かかるため、体調がかなり不調だったためこの長時間の祈りは出来なかったのです。今思うと、出雲大社広島分祠の先代の分祠長が言っていた言葉ですが、「先祖のカルマが返ってきた」ための死神の憑依とも感じます。生死を彷徨うほどの体験をこれ以外にも体験しました。精神病を患ったのは悪徳の職員ばかりの職場に配置され、パワハラが横行する環境に身を置いていたためです。人間関係運が悪いからねと出雲大社広島分祠の先代の分祠長に言われていました。私自身のカルマ軽減の祈りは病気になる前に何度か実践していましたが、まさか先祖のカルマを解消するために精神病を患い、大変な目に合っていたとは思いませんでした。最近、私のカルマを測ってみました。なんと神的レベルの超越になっていました。ひどい目に合いましたがこの経験を経て、カルマがほとんど無くなる状態になっており、私自身びっくりしています。新築を紹介した広島市議会議員の道徳の成績表を設計士と現場監督に送ったついでに私の道徳性も調べましたので。。。ちなみにこの嘘つき議員のカルマはかなり重く、神、人間、植物、鉱物のレベルで言えば、鉱物レベルの最下位でした。この人物が広島市の政治家なので、広島市民は不幸になると思い、広島市に被害を報告しようと思います。私の夫に怒りからか恨みの念が2回飛んで来ましたので。なぜ私ではなく夫だったのかというと、事前に設計士には私に恨みの念を飛ばすとそのエネルギーを跳ね返し、入院する事態になるから気を付けるようにと言っていたのです。だからこの悪徳議員は私ではなく、弱い夫にきっと「死ね」と強烈な念を飛ばしたのでしょう。政治家はサイコパスが多いと聞いていましたが、この議員もそれに該当すると思います。出雲大社広島分祠の先代の分祠長がこの議員を一般的な議員よと、はなから相手にしていませんでしたので。。。
2025.01.17
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幼児の時から踊りが好きでした。ピンクレディの踊りをテレビの前で真似て楽しんでいました。中学校の体育の創作ダンスの授業では、創作が好きでクラスメイトと体育の教員から褒められていました。大学受験でダンスの試験がありましたが、その対策で高校の体育の教員に個別指導を受けていましたが、とても褒められていました。大学は教育学部の体育でしたが、舞踊は女性なので必修で、鏡に向かって基礎練習を繰り返していました。私は舞踊が好きだったので、苦にはならなかったのです。ジャズダンスの授業もあり、創作ダンスでは衣装、音楽も必要でした。ダンスも選考メンバーで舞台に出た経験もあります。大学の失恋旅行で行ったスペインはフラメンコショーを拝見し、その舞踊家が私を誘ってくれて舞いました。皆、感動してくれたのがきっかけで、日本でもフラメンコを習うことにしたのです。他にもヒップホップも習い、他の民族舞踊にも興味があり、ダンスを通じて世界各国の文化を深めたい気持ちもありました。出雲大社にお世話になっていますが、巫女舞も気になっていますが、神様に捧げる舞だと思うと感動的です。未婚であれば巫女舞ができたのですが、もう既婚者なので眺めるだけですが。踊りでは足先、指先、手首にも気を配り、空間を意識しながらリズミカルに舞うこと、また、神にささげる祈りを込めて。音楽も神様と繋がるルートだと思っていましたが、舞踊も神に捧げる芸術作品であると再認識しました。
2025.01.15
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天然木の建具のトラブルで、設計士から私に連絡がありました。私は設計中に建具だけは天然木では歪みが生じるので、合板でお願いしますと言っていました。設計士はその時に「合板も」と助詞の「も」と回答していたのです。設計士としては言った、言わなかったと水掛け論になると言いました。私はなぜ議事録のような記録を取らなかったのかと問いましたが、設計士は無言。建築中は設計士は質疑応答の議事録を設計士は私に送っていたのですが、なぜ設計中の議事録はないのかと問うと、これも設計士は無言。私はその助詞の使い方を深く認識していませんでしたので、すべて合板の建具になると思っていたのです。ここの部分は妥協したとしても、リビングの天然木の建具のリスクの説明のないまま勝手に設計されたのだからと。設計士は合板の建具でもリスクは生じると。夫に相談しましたか?と問われました。女性の私の意見は聞き入れる気がないことに女性差別を感じました。私はすべてがリスクが0とは言わないけど、リスクの少ない合板を選択するものだし、その事前説明もなかったと。ここまで言わないと気付かないのかとがっかりでした。また、身内で行った外構工事中に水道工事職人である舅が電気配線のゴミを発見したので、設計士が訪問した際、舅から設計士にゴミの指摘をすると、舅であると失念していたこともありますが、施主ではない水道職人に意見を言われる筋合いはないと、とんでもない発言をされました。身内でなかったとしても、1級建築士による水道工事職人への差別発言です。下級の職人の意見は聞き入れるつもりがないことが分かりました。この2つの差別発言を受けて、人権侵害と思い、これも含めて広島市に報告する予定です。人権侵害をする設計士に広島市の設計はさせたくありませんから。
2025.01.14
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広島市議会議員になった人物から紹介を受けて新築を建てることになったのですが、嘘つき議員によって被害を受けました。・太陽光発電は無料です → 200万円かかることになりましたので、却下。・果樹園は都市道路計画に入っているが、広島市は広島駅の周辺の開発に多額の予算が必要なので、自分が生きている間も道路にならないだろうと。なので土地の売却をして欲しい。これは1年前の話です。→ 新築が完成してから間もなくニュースでこの果樹園が都市道路計画に当たっているため実施の方向で進んでいると報道され、母の友人2人から私の新築は大丈夫かと話がありました。設計士も最終日に都市道路計画から外れた場所に新築を建てたが、具体的に詳細は不明なので、もし退去することになっても責任が負えませんと。80歳になるまで農業をする計画で初期投資としていちじくの苗を買いそろえ、植え付けたのに。将来設計を崩されました。。。・広島市に土地を提供しても、しなくても土地の売却価格は変わらないと。→ ほかの人に聞くと広島市に土地を提供した方が売却価格は高くなる可能性があるようです。3つもウソを平気でついた広島市議会議員は政治家である限り、広島市民の税金泥棒と思い、草の根ですが落選運動を始めることにしました。この議員はバレーボールとソフトバレーボールに親しまれているようですが、私も小学生から社会人までこのバレーボール競技を長年体育会系でもありますので親しんでいました。私の友人も未だにバレーボールをしており、この議員の選出された学区の近くに住んでいます。また、もう一人も公民館職員ですが、その区に住んでおり、子どもさんがバレーボールに親しんでいます。そして、母の実家がこの議員の選出の学区にあり、落選運動を開始するには最適です。議員は私が公的なスポーツセンターの管理者であり、行政とも関りもあったとは、当時は知らなかったことでしょう。退院直後の1か月の時でしたので。また、当選した学区と区に知り合いがいることも知らず。敵に回してはいけない私をこんな目にしたのです。ただでは済ませません。私は被害者です。黙っていたら泣き寝入りですし、広島市民をダマして自分の懐を増やすことは許されません。設計士の両親はアパートの管理者で、その管理不動産の経営をしている市会議員なので、広島市から権力者であるので設計を設計士に紹介する代わりに、紹介料を取る戦略で政治家になったと感じています。楽して儲けようとばかり。。。また、設計士は設計のレベルが低いものでミスが多く、広島市の設計をもし行えば、設計ミスによる修繕費が膨大かかることを思うと、私は到底耐えられません。設計士の長男はフィギュアスケーターで大金が掛かることは分かっています。私はスケート教室の主催者でしたので、スケートの講師を多数知っていますし、スケート業界は把握しています。広島市の税金をこの低レベルの設計士に使われ、設計ミスによる修繕費用がずっとかかることは許せません。施設管理費は膨大にかかりますので、ここに経費をかけず、余った予算でこども食堂に企ててほしいと思っています。なぜか私の周辺に子ども食堂に携わっている人が増え、今の時点で4人です。どうも神様が、この悪徳議員の戦略をいち早く知り、私にこの議員を追い出すように退院させ、新築を実験のように建てさせられたとしか考えられません。頼んでもいないのに新築の話が勝手に始まったものですから。今お世話になっている現場監督の次長は朱印状集めが趣味だそうで、神様と縁が深いはずです。神様が私と現場監督の次長を使って、悪徳議員を排除するように霊導しているとしか考えられません。現場監督の次長はどう考えられているかは不明ですが。。。追記:夫は私が退院する5年前から家の設計を始めていました。これは議員が家の話をしたことを夫に報告してから初めて知ったことですが。神様が悪徳不動産社長が政治家になるための準備をしていたことをいち早く察知し、このタイミングで神様が夫に設計をさせるように霊導したのでしょう。私はこの時点でまだ入院中で、寝たきり状態で回復できるかどうかも不明なのに、普通、家の設計を始めるとは考えられないのです。この悪徳議員はPTA会長になり保護者を使って政治活動を始める段取りをしていたのかもしれません。設計士も広島で有名な設計士の下で修業を積んでいましたが、議員になれば直接、設計を紹介してもらえることになっていたはずで、未熟なままでも独立したのでしょう。私の家は独立してから初めての注文住宅だったようです。
2025.01.13
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棟梁と息子さんの体癖を調べました。棟梁は夫と同じ6種、9種体癖。息子さんは6種、10種体癖。共通するのが6種体癖で、愛情がありボランティア精神が満載です。ただ、短所として長時間労働に向かないと思っていました。現場監督の次長が息子さんが熱中症になってはいけないので、3時に仕事を終えて帰宅されていたと報告いただきました。やっぱり長時間労働に向かない親子です。でも手抜き工事はぜったいできないタイプなので、時間はかかってもこの親子で良かったと思っています。次長から棟梁のスピード感の話がありました。最初はゆっくりだけど次第にスピードを上がったと。私は棟梁は6種体癖なので、不安という概念があるので、安心するまで最初はロースピードになると思っていました。作業の進みが次第にスピードアップしているのは私も日々感じていました。安心するとスピードをアップすることができたと思います。棟梁は息子に合わせて3時に帰宅するためか、スケジュールが遅くなるためか、棟梁のみ日曜日まで作業に来ていました。膝が痛く、猛暑日が続く過酷な労働環境なのにも関わらず。昨年よりも今年の方が暑い!と言われ、クーラーを設置してあげたいと思い、現場監督に報告はしていました。ただ、クーラー設置は間に合いませんでした。棟梁とのお別れでビワの葉エキス等をプレゼントをして感謝の意を述べましたが、その後は畑の草取りをしましたが、感極まって涙を流してしまいました。休みもなく、私のために頑張ってくれた棟梁に感謝しかありません。
2025.01.12
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棟梁と息子さんの作業が終了する日に、感謝の気持ちを込めて、ビワの葉エキスを差し上げました。最初の頃は健康に良い手作りのビワの葉茶をお渡ししていたのですが、どうもお口に合わないようで、途中で断られました。棟梁と夫は同じ6種、9種体癖。同じタイプの棟梁に頑張って作ったビワの葉茶を断られたときのショックは1週間続きました。夫に慰めてもらいました。現場監督の次長は空のペットボトルを集めてくれていたのですが、これを機に断りました。現場監督の次長と部下はビワの葉茶を喜んで飲んでくれていたのですが、重要な棟梁に却下されてしまいまして。。。次長はこのビワの葉茶は癖もないし健康茶として販売したらいいねとアドバイスしてくれました。でも好みは人によりけりなので、強制はいけませんよね。バレンタインデーのチョコレートを手作りで作ったものを食べてもらえなかった気分と同じです。中学生の頃を思い出しました。中間、期末テストの試験1週間前はクラブ活動はなく、試験勉強をするために早くに帰宅できていたのです。本来は試験勉強をすべきところ、私は料理好きでパン焼き機でパンを作っていました。発酵までパン焼き機で後は自分で。最初は家族がパンを食べてくれていたのですが、何度も作るので流石に家族も飽きたのか誰も食べてくれなくなったので、前の家の犬にそのパンをあげていたのです。でもその犬も次第に食べてくれなくなり、パンを作るのを辞めたのですが。今はパンより肉まん作りにはまっています。話は戻しますが、ビワにこだわっているので、今度はビワの葉を使ったエキスを渡すことにしたのです。それは、棟梁が他の現場で棟上げの作業に行って、膝を痛められたと息子から聞き、1日だけ作業を休まれたことがありました。息子曰く、膝痛の持病があり、注射を打っているので大丈夫とのことでした。これを機に東洋医学で有名なビワの葉エキスを渡すことにしたのです。1年前に漬け込んだビワの葉エキスです。このエキスを使ってビワの葉化粧水も作り、棟梁にプレゼントしました。棟梁は喜んで受け取ってくれたのでうれしかったです。膝痛にビワの葉エキスを塗布すると痛みが軽減するようなのですが。。。また棟梁は6種体癖なので、皮膚が弱いことは察知していたので虫刺されや皮膚病にも効くビワの葉化粧水をプレゼントしたら、とても喜ばれました。ビワの葉茶で諦めずによかったです。現場監督の次長が電気配線業者のゴミ問題でのトラブルに訪問され、下請けの社長も交えての会話中、長時間だったので、現場監督の次長は正座が耐えられず、途中で膝が痛いので足を延ばさせてくださいと言われました。この時には重要な案件を説明するためにビワの葉エキスのことは思い出さなかったのですが、棟梁だけでなく、次長も同じ持病があると知りました。棟梁の膝痛とビワの葉エキスのプレゼントは次長にも知らせていましたが、次長も同じ症状があるから私にビワの葉エキスをくださいと言ってくれたら良かったのにと思いました。遠慮していたのでしょうね。今度機会があれば次長にもプレゼントしてみます。
2025.01.11
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障害者を支えるために、パソコンの指導者資格のための講習会に参加してきました。マンツーマンで1回4時間。16回で終了。この待遇で無料なのです。ボランティア講師と1人の専門の指導者がいるのですが、とてもありがたいです。ワードとエクセルの基本から応用まで学ぶことができ、知らない機能もたくさんあり実りある講習です。障害者も気持ちを大切にしてくださるし、人格者が多いです。1回4時間もマンツーマンなので、雑談をしながら操作方法を学びました。このボランティア講師は機械設備の設計をされた方でした。設計士とのトラブルに共感して頂き、また、前職のブラック企業によるパワハラ、広島市による過重労働、利用者によるモワハラで、過労死寸前まで働き、心身ともに疲れ切って倒れたことを言いました。パワハラ職員と組ます人事をした公務員のレベルの低さ、指定管理者制度の導入による過重労働、市の入札の失敗による修繕の繰り返し。昔は館長と主任は公務員の派遣職員でしたが、掃き溜めになっており、その下で働く団体職員はモチベーションが低くやる気なし。そして超氷河期にやっと採用されても部下はずっといなく、私が一番下。体育会系の組織なので、上司は左うちわで、ずっと下っ端の私は上司の分まで働かされました。まるで軍隊。パワハラで私にどなる男性職員は私の粗探しをして、自分はパソコンに女性の無修正の裸体写真を保存していました。こんな人物にパワハラを受けていたのです。主任と思って生意気に!とまで言われ、好きで主任になったのではないのにと怒りが込みあがっていました。パソコン講師はこれは懲戒免職レベルだねと。他の職員はカープを見て雑談しながら、楽していました。給料泥棒です。なんでこの人の分まで一番給料の低い私が働かなければならなかったのか。私は3倍も仕事をしていても、自分は損になることはしないから手伝うつもりは全くない。そんな正規職員に取り囲まれていたのです。また、その中には「死ね」と度々叫んでいた男性職員もいました。パート(太極拳の指導者)の人は、見ていて耐えられないと泣いてくれました。なんで私ばかり仕事して、他の職員は遊んでいるのかと。。。これをボランティア講師に告げると、ひどすぎて言葉がないと。あなたは広島市の犠牲になったと。あさみなみ大学の学長の話になり、原爆資料館元館長でもあるのですが、受講生挨拶でのエピソードを詳しく聞きたいと区役所の職員に言われていると言いました。亡き父はこの学長と同い年なのですが、このパソコンボランティア講師も同い年でした。また原爆市長と言われる濱井市長について、亡き父に面影が似ており、祖母が父に惚れ込み母と見合い結婚させたと。祖母は濱井市長と近所で交流があり、かなり尊敬していましたが、祖父が早期に亡くなったので、祖母は濱井市長に片思いしていたのではないかと思っています。このことを学長に伝わるように知り合いに言ってみるとのことでした。私が直接学長に話すと、スタッフに入れと言われるので困るのです。学長のファンでスタッフが集まっている気がして、学長が高齢のため退いた時に、出雲大社広島分祠のように信者離れがおき、スタッフも激減することにより、残されたスタッフが過重労働することになりそうだと思うと怖いのです。前職で3倍働いて倒れたものですから。この大学は無料のボランティアなのでそう簡単には現役世代は入らないでしょう。このボランティア講師の体癖を見て、性格等を説明するとすべて当たっているようで驚かれました。また、出雲大社広島分祠で健康体操を指導した経験があることもすごいことだと。前職の採用試験では本当は1番だったのにコネがなく4番にされ、不採用にされたこと。正規職員に採用されてからは大規模な組織ばかりに配属され、前任者と後任者の仕事の効率は私の方が出来ていたと言いました。後任者は事務局でもかなりできる人でしたが、その人からこの業務量をよく一人でこなせたなと。前任者は親切に協力していくれる人物が1人おり、私のやった業務量を2人でこなしていました。それでも引継ぎに1年半年かかりました。いっしょにその2人がいなくなり、私1人ですべて業務を行ったのです。パワハラを受け続けても広島市民の安全と健康を守るために使命感をもって働いたことを告げました。また、出雲大社広島分祠での健康体操も同様に使命感があると。ボランティア講師は私をみて使命感があるのはとても感じる。逸材がここにいると感動してくれました。雇われではまた人の3倍働かされるから、個人事業主でありなさいと言われました。なので、自分で農業と健康体操を行います。児童館は無理のないパートで5時には切り上げて正規職員に任します。トラブルはすべて正規職員に。私は子どもだけに愛情を注ぐことにします。保護者対応は正規職員で行うものだからです。
2025.01.10
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設計には待たされて約1年かかりましたが、建築は4か月で完了しました。現場監督は仕事が早く、段取り良く進められた結果だと思いました。設計士が次長の頑張りを褒めていました。ほとんど無駄のないようにスケジュールを組まれていました。以前、現場監督の次長と会話をした際、設計士の仕事が遅く、タイミングがずれ込み困っていると悩み相談があったのです。設計士が現場監督の次長へ指示が遅いため、次長はイライラしていました。現場で現場監督が設計士に「遅い!」と何回か言っていましたので。。。そう言えば、現場監督の契約終了の直後に、次長から、設計士と部下にどうかかわったらいいのかの相談を受けていたのです。設計士も部下も6種体癖のため、仕事は遅いが愛情はあること、また、大丈夫だよ、ありがとうって言葉が必要ですよとアドバイスはしました。これに対して次長は無言でした。。。現場監督との契約後に、すぐに杭打ちの日程調整の連絡がありました。杭打ち業者の手配が遅くなると、工事が遅れるからだったそうです。杭打ち作業が終了して、1週間空き、土地の造成が始まったのです。なぜ無駄のある1週間があったのか次長に問いました。設計士の現場監督への指示が遅くて、ロスが生じたと説明してくれました。設計士はどこまで現場監督に迷惑をかけているのかと疑問に思いました。スケジュールは部下が作成していると聞いていました。部下の作成するスケジュールはなかなか完成しないのか、月末のギリギリにやっと翌月分が送られていました。以前、次長から部下の愚痴を聞いていたのですが、部下が夜中にワードで作成した資料が、保存をしていなくてパーになったと嘆いていました。私は20代だから仕方ないよと慰めましたが、次長は部下は38歳だと言い、正直驚きました。成長させるのにどのように指導をしたのか疑問を感じ始めた瞬間でした。部下の素質の問題なのか、次長の育て方に問題があるのか。。。私は次長に設計士と部下はゆとり教育を受けた年代なのかと聞きました。次長曰く、2人ともゆとり教育が始まる1つ前だと。私と次長と同じ教育を受けていたのです。それでもこの2人の仕事ぶりはイマイチ。。。棟上げ後に夫婦で鹿児島旅行に行ったのですが、どうも次長はこの期間に電気配線の確認を施主にしてもらうスケジュールを予定していたようなのです。それで旅行から帰宅して、私は職人を待たせていたので、ロスが生じ申し訳なかったと皆さんに謝罪しました。次長は設計士に、遅い!施主が悪いのではない、設計士の施主への連絡が遅いために、皆に迷惑がかかったと。それを聞いた設計士はしょげていました。。。また、電気配線業者の社長が現場に来ていたので、それを見て、以前現場で仮設電気配線の打ち合わせ時のことを思い出しました。設計士が当初予定していた電気配線と実際に行った電気配線が全く異なっていたのです。当時のことを思うと、次長は不機嫌でした。次長に出逢ったのはこの時が初めてだったのです。正直、次長に良い印象はありませんでした。次長の立場で考えると、設計士から事前に聞いていた内容では、現場で確認した時、設置ミスが生じ、今まで検討した設計士の電気配線は無意味になり、現場監督の次長と電気配線業者の社長で話し合いが行われ、設計士の案は廃案で、現場監督の案が通ったのです。このことを振り返ると、この時から現場監督に携わってもらっていたら、電気配線の設計の無駄がなかったのではないかと次長に問うと、次長はこの時点で現場監督と契約を結んでいなかったので出来なかったと言われました。いかに設計士のレベルが低いか。。。設計士はこの現場監督の話を聞き、またしょげていました。設計士は机上論で現場に疎いのです。施主である私は公的な現場監督を約20年経験しており、この次長は現場監督を30年経験しているのです。今思うと、設計士は施主と現場監督に論破されていました。設計図面も詳細な分厚いものが現場に置いてありましたが、設計士ではなく現場監督が図面化されたものと思い、見ていました。こんな緻密な作業をするなんて大変な職業と思いました。現場に行くだけで行き来の時間のロスもあり、帰社してもパソコン処理もあり、夜遅くまで頑張っているに違いありません。現場監督に言うと、昔はもっと大変で難しい物も対応されていたようです。私の家はそこまで複雑でないし、昔ほど時間はかかっていないと言われました。私は公的の大規模な施設の維持管理をしていたので、修繕業務に追われていたのですが、資格のない素人の私が、施工伺い、見積もり依頼、仕様書の作成、承諾書、簡易な図面、請求書、完了報告書を作成してきたので、きっと似たようなことをこの現場監督は下請け業者にもしたのだろうと感じていました。次長は部下を育てるのに苦労をされているのですが、2人態勢でほぼ次長がしているに違いありません。なんとか次長の負担を軽減し、部下を育てるかが課題と思っていました。私は3人分働いて、過労死寸前で倒れた経験があるものですから、次長に私のようになって欲しくないのです。やる気があっても体は正直でついていけなくなるのです。年を取ることにそのリスクが高くなりますし。私は教員経験者なので、次長と部下にそれぞれアドバイスをするため、竣工時の引き渡し時にお手紙をお渡ししました。そのお手紙を作成するのに3日かかりました。日々現地にいたので、伝えたい思いがたくさんあり、長文になりました。設計士と現場監督の部下には3枚。現場監督の次長には5枚です。設計士には厳しい指摘をしましたが、心を鬼にして将来のミスを少なくするための愛情のある指摘であることを記載しました。現場監督の部下には、次長から怒られることで自信喪失にならないよう、長所を活かしてほしいと。現場監督の上司には、次長の長所と短所、部下の長所と短所を記載し、部下の育て方を伝授しました。引き渡し日は中秋の名月の日でしたので、お月見団子とススキをキッチンカウンターに供え、お返しに月光という神酒をプレゼントしました。現場監督の次長から棟上げ日に月光という神酒をいただいたものと同じです。次長は同じ月光という神酒なので驚かれていましたが、引き渡し日が中秋の名月の日だったと告げると納得されていました。この日になったのは出雲大社広島分祠の副分祠長が吉日で選んだ日でもあります。お月見団子も食べてもらいました。でも上新粉であり粘り気があったため、餅のように引っ付いてしまいました。ちょっと失敗。でも味は前日に試作品を夫に試食してもらっていたので良かったのですが。
2025.01.10
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昔、広島県福山市の鞆の浦にある仙酔島に度々訪問していました。人生観が変わる宿「ここから」というホテルに宿泊していました。このホテルは部屋にテレビがなく、ロビーに様々な本が置いてあり、読書をしていました。この仙酔島はパワースポットと知り、そのエネルギーを得に行っていたのです。自然に恵まれた環境で、無人島なのか、宿泊客とその従業員のみで民家はありません。私は温泉好きで、蒸し風呂を好んで入っていました。たいてい1人で訪問していたのですが、どうも有名人が宿泊されていたようで、中丸薫さんとそのご主人がいらっしゃいました。太陽の会?を主宰されてまして、そのファンの女性の方も宿泊されていました。ホテルのスタッフから、今日は中丸薫さんが宿泊されているのですよと感動的に話をされました。私は中丸薫さんとは会話をしていないのですが、何故か中丸薫さんが私を見て、驚いた表情をされました。この時はよく分からなかったのですが、後で調べると、中丸薫さんは天皇家の血筋で、スピリチュアルの方だと知りました。私に何を感じられたのか不明なのですが、気になるところです。偶然にも大浴場で中丸薫さんと2人きりで入浴しましたが、会話はしませんでした。今日のテレビの仙酔島のニュースを見て、中丸薫さんを思い出しました。東洋医学セミナーの竹下講師の講演会に度々受講していたのですが、公演中に私の方を見てじっと見つめられていることがありました。何か私にエネルギーを感じるところがあるのかと気になりました。私は積極的に会話をするタイプではなかったので、竹下講師とは会話はしたことはないのです。
2025.01.10
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広島市議会議員のウソ、設計士のウソと人権侵害発言。この被害を精神科の主治医に相談しました。この2人のウソを広島市の営繕課に報告すると設計士と現場監督に連絡をしたら、翌日の朝、夫が倒れ、問いかけても応答がない事態となり、救急車を呼ぼうと思ったほどだったと。主治医はびっくりしてました。私はすぐにガヤトリーマントラの除霊と浄化の祈りを唱えると、夫は次第に回復し、午後、現場監督と下請けの電気配線業者の社長が説明に訪問した際には、同席するまでに回復しました。でも発言するのはまだしんどいぐらいでした。私は広島市議会議員の恨みの念によるものと思い、きっと「死ね」と強烈な念を飛ばしたと思い、同じ念を現場監督の次長にも飛ばしたのではないかと心配し、現場監督の次長に問いました。次長は大丈夫だと。次長はとても嫌な顔をされました。夕方になると夫は更に回復し、私と会話しながら夕食を取れるまでになり、安心しました。主治医は私にこの市会議員と設計士のウソ等による被害を広島市営繕課に報告するように勧めました。広島市に内部告発しないと、広島市民が不幸になるからです。主治医も憑依体質なので、この広島市議会議員の恨みの念による被害は共感してくれました。こんな悪質な広島市議会議員を落選させないといけないと。私は出雲大社広島分祠の先代の分祠長から、私は姉と講師とのトラブル時に相談に伺っていた時、私を顧問弁護士だと言われていましたので、顧問弁護士のように被害報告の文書を作成し、関係部署に転送できるように手紙ではなくデータとして送信しようと思います。現場監督の次長も憑依体質なのでとても嫌な顔をされていましたが、今のところ次長には強烈な念は飛んでいないようです。次長曰く、この市議会議員に会ったのは1回のみとのことだったので、ではマントラを教えなくてもいいねと言うと、他にも被害を受けることがあるので教えてほしいということでした。実際に次長に教えようと思い説明を始めましたが、マントラを唱えるのに20分かかると言うと、次長はそんなにかかるのですか!と言われましたので、多忙の次長のために、被害を受けたらその時に教えますよと言い、安心されていました。追記:広島市議会議員が私ではなく、なぜ夫に恨みの念を飛ばしたかですが、以前設計士には私に恨みの念を飛ばしたら、私はマントラでその恨みの念を返すし、私はエネルギーが強いので、念が2倍以上返り、念を飛ばした本人が入院するかもしれないと言っていたのです。なので、私ではなく、弱い夫に強烈な念を飛ばしたのでしょう。この議員は恐ろしい人物でサイコパスです。夫婦分毎日マントラを唱えているので、夫は私に守られているのですから、それを知らない議員はあの手この手を考えて、私を潰すことを考えていることでしょう。
2025.01.09
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基礎工事でコンクリートの材料を運ぶミキサー車が現場に来ました。現場監督の次長が言うに、基礎工事のお祭りのような日だと教えてくれました。コンクリートになるための流す素材の硬さを図るための試験も行われました。私は料理みたいですねっと次長に言いましたが、次長に笑われました。偶然にも舅も同席していましたが、舅は過去にこの工事をしたことがあり、大型免許も多数取っていたので、プロの目で見ていました。設計士も同席していました。現場監督が現地でこの基礎工事の一番重要な部分を設計士に見学させていました。なんと心優しい次長なのでしょう。設計士を育てようと現場に来るように誘いをかけるとは。。。基礎工事は社長が重要なところは現場に来て、自ら作業を行いながら職人に指示していました。高齢なのに責任感が強い方でした。その社長との会話ですが、昔、現場監督もしていたそうです。だから現場監督の立場が分かるからこそ、建物の基礎工事がいかに重要かが分かるためか、何回か現場で作業をされていました。私は健康茶であるビワの葉茶を手づくりしていたのですが、これを渡すと大変喜ばれました。その社長は厄年だそうで、健康が不安だったそうです。基礎工事を町内会長の弟が見て、「いい工事をしてるのー」と言っていました。この人物はライバル会社の現場監督業者だった方です。
2025.01.09
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棟上げについて、現場監督の次長からいろんな情報を頂きました。清めの儀式のために職人さんにお酒をふるまう風習があるのですが、今は飲酒運転になってはいけないので少し口に含む程度だそうです。しないこともあるそうなので、私はお神酒を用意しなかったのです。当日、現場監督が職人さんにふるまうお神酒、敷地4隅に掛けるお神酒を用意されていました。私たちは現場監督の意をくみ取ることができず、用意していなかったのです。本来、施主がお神酒を用意すべきところを申し訳ない気持ちになりました。事前に設計士から職人さんへのお祝いの金額の相場を聞いていましたので、棟梁と設計士と現場監督に1人5万円、職人さんに1人5000円をお祝いとして包んでいましたので、まだ良かったです。奇数の3万円か5万円のどちらにするか迷ったのですが。5万円にしていて良かったです。昼食でこの学区の料理店に弁当を注文し配達してもらいました。梅雨シーズンで物価高のせいかもしれませんが、がっかりでした。。。ランチでおいしかったのでこの店主にお願いしたのですが、経営難なのでしょうね。追加の🍙も注文していたので良かったです。注文住宅でない建売の棟上げはスピードを早め、午前中で1棟が完成し、午後にもう1棟を完成させるそうです。いかに早く仕上げて儲けるかだそうです。だから建物の強度のチャクラの判定のレベルが建売の方が、注文住宅に比べるとランクが下がっているのですね。建売では職人さんの愛情のない家になると思いました。単なる儲け主義。。。建売では設計士は訪問しないそうです。現場監督にとって、建売はやりがいがないそうです。注文住宅は施主が同席していますし、昼食、お祝い金、お土産、会話も出来、関係する職人さんはやりがいがあると思います。また、建売と違って、私の注文住宅は1日かけてしっかりとていねいに棟上げの作業を行ってくれました。最後にお祝い金を職人さんにお渡しする際、お祝いの言葉を頂戴しました。私は職人さんの体の負担を軽減するために、東洋医学セミナーで学んだ邪気を祓う音を収録し、CDをプレゼントしました。作業終了後に帰宅するまでにそのCDを車の中で聞くことで、邪気を祓い体が楽になり、翌日に健康体で作業に臨んでほしい気持ちからです。私は職人さんを大切に思っていますので、3K(キツイ、キタナイ、キケン)と言われる職業である職人さんを何とかサポートできないかを常に考えていました。職人さんがいるからこうして家が建つのですから、ありがたい存在なのです。感謝しかありません。職人さんの幸福を願って毎日現場で祈りを捧げていたのです。現場監督の部下に私は職人さんに幸せになってもらいたくて、現場で畑仕事をしながら、現場を守ってもらえるように神様に祈りを捧げているのよと言いました。つまり巫女みたいなものよと。部下はすごい!と言っていましたが。。。棟上げが完成し、終了後に棟梁と関係する職人さんは現場が楽しかったのか、約1時間会話を楽しまれていました。現場監督は先に帰社されましたが。棟梁から、職人さんの中にスポーツセンターでお世話になった学区の会長さんの息子さんがいたと聞きました。このスポーツセンターは病気になる前にいた職場でしたが、一番良い職場でした。その会長さんが職員のために下駄箱を作ってくれていたことを思い出しました。なんと縁のある棟上げだったことでしょう。
2025.01.08
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出雲大社広島分祠に約20年お世話になっていますが、精神病院の入退院の期間は神社に参ることができなかったのです。退院して1年9カ月が経ちました。社会復帰に向けて日々地道に日常生活を送りながら、体調は少しずつですが戻りつつあります。退職したので、自由時間がありますので、初めての試みですが出雲大社広島分祠の年末年始の奉仕活動(奉仕と言っても時給1000円程度)に参加することにしました。神の声が降りる分祠長が昨年の4月にお亡くなりになり、そのお偲びの会で信者代表が挨拶で「新分祠長を信者一同支えます」と発言されたことがきっかけで、私は年末年始の奉仕から始めようと思いました。巫女さんとスタッフを募集されていたので、既婚の私はスタッフとして参加しました。今までの初詣の参拝では中高年のスタッフが多数いましたので、その方とお話が出来たらなと思っていましたが、説明会のメンバーは中学生から大学生のみで、今までの大御所の信者さんは見当たりませんでした。。。若い男女の出会いの場であるコンパなのかとも思ってしまいました。中年の私は仲人をしなければならないのかと思うくらい。出雲大社なので縁結びの神様なので出会いの場としてはいいのかもしれませんね。男子学生にとって巫女の中から好みの女性を選びたいのでしょうね。巫女になる女性は誠実な人が多いから安心できますしね。新分祠長に健康体操の奉仕が出来ることを報告しましたが、年末年始のスタッフのメンバーが若手ばかりで気を遣うかもしれないと言われました。学生たちと縁起物を作りながら会話をするのですが、どうも昨年のスタッフのメンバーが一気にいなくなり、1人の負担が増したようです。作業効率も良くしないといけないし、力仕事では男性が少数になっていたため、女子学生も全員でお供えの重い米袋、一升瓶の清酒、縁起物をバケツリレーのように階段も使いながら運搬しました。中年のスタッフは私一人で後は若い学生ばかり。普通中年女性は力仕事はさせないのでしょうが、私が体育会系であることを神主さんは知っていらっしゃるので、戦力として使われました。昨年はラグビー部の選手が奉仕で運んでくれたようなのですが、今年は全く有力な人員が少なかったです。女子学生が言うに、女性の人数は巫女の女子学生は変わらないのですが、男性スタッフは中高年の人が皆無で、男子学生が少人数のみでした。今まで主任として活躍していた人、朱印状のお筆書きをしていたスタッフも居ないのです。分祠長がいなくなると、信者離れが起きたのでしょうね。。。立派な神楽殿も出来、維持管理費も膨大にかかるはずですが、大丈夫なのでしょうか。この神社が衰退しないかと心配になってきました。パワーの強弱によってファンの増減があるものですが、残された神主さんがお気の毒でなりません。今まで見慣れた常連の信者さんが見当たらないのです。もう少し様子を見ますが。。。皆さん示し合わせたのでしょうか。1代目で発展し、2代目で衰退し、3代目で復活すると聞いたことがあるのですが、このようになるのでしょうか。
2025.01.07
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設計士が顧客を12件抱えているから、設計開始が遅くなるということで、待っている時に閃いたのがスペイン旅行で知った建築物です。スペインは失恋旅行で行ったのですが、サクラダファミリア、グエル公園、アルハンブラ宮殿が有名です。何故か設計士にこの建築物を見たことがあると連絡したのです。この建築物は建築士の免許を取得するための問題集の中にあるものだそうで、かなり反応していました。今思うと、建築士の免許を取るために勉強中の中、急に施主から試験問題に出る建築物を見たことがあると情報が入り、顧客が12名で待たせたのではなく、国家試験の勉強をしていたことがバレたのですね。神様が私に知らせてくれたのだと思います。アルハンブラ宮殿の思い出の曲の紹介を設計士にすると、長男のフィギュアスケートの選曲に入れて演技させると言っていましたが。。。失恋旅行の思い出の曲は印象深いのでしょうね。。。追記:アルハンブラ宮殿の思い出を参考に
2025.01.06
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過去に遡りますが、棟上げの時の屋根裏に設置したお守りです。次に屋根裏の断熱材を入れる直前に、4隅と中央にもお札を貼り付けました。家全体が神様に守られることでしょう。翌日の早朝に現場監督の次長が確認に来られていました。私が棟梁にお札を貼ることを忘れているかもしれないと、前日に報告していたのです。神様が大好きな次長はお札を写真だけではなく、現物を見たかったのですね。断熱材を入れ込む寸前に私が気づいたので間に合いました。
2025.01.05
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過去に遡りますが、棟上げの時に現場監督の写真を撮影しました。記念日のため、現場監督に現場監督が映っている写真を贈りました。部下と私は清めのお酒を4隅に掛けたのですが、夫が動画を映してくれましたので、これも記念に贈りました。なかなかこんな写真を貰うことはないでしょうからね。部下は偶然にも実家の苗字と漢字は同じなのです。読み方は違いますが。また、大好きだった亡き父と同じ4種、6種体癖。そして現場監督の会社は前職の職場の近隣です。この会社があったとは知りませんでした。なんと縁の深い現場監督なのでしょうか。。。次長のご両親は出雲広島分祠の信者さんだそうで、地鎮祭も次長は楽しみにしていたと言われていました。縁結びの神様である出雲大社ですが、不思議なご縁に現場監督も施主も驚いています。前職の職場に通勤するのに片道1時間半かかっていましたので、往復3時間もロスがあるのが気の毒で、私ができる現場監督を毎日していたのです。毎朝、職人さんの出勤状況の報告、作業終了後に現場写真を送り経過報告をしていました。公的な現場監督を長年経験してきた私だから出来ることですが。出雲大社広島分祠の副分祠長から、現場の写真をたくさん撮影し保管するように言われていたので、この写真を現場監督に送っていたのです。この棟上げに現場監督から高級な日本酒(獺祭と雨後の月である月光)をお祝いに頂きました。次長曰く、めったにすることはないとのことでした。棟上げの3日前にピアノの演奏会で「月光」を演奏したのですが、どうもこの情報を知ってかこの月光のお酒を用意頂きました。記念に空瓶をリビングに飾っていますが、次長は感動されていました。贈答して良かったと。ほぼ私が飲み干し、夫は少しだけでした。次長はもう飲んだのですか!と言いましたが母方の実家は酒豪なので、私はお酒に強く、前職では私を酔わそうとしても負けて私は勝っていたと言いました。次長はお酒は苦手なようです。獺祭の酒造会社の前の道を偶然通ったことがありますが、立派な建物でした。次長曰く、有名な建築家が設計したようです。なるほど。。。これは実家でお世話になっている大工さんが鯛を釣ってきてくれました。棟上げの記念に立派な鯛でまな板からはみ出るくらい大物です。夫にさばいてもらい料理してもらいました。私は待って食べるだけ。ありがとう💛この大工さんに最初棟梁になって欲しいと言ったのですが、断られたのです。新築はせずにリフォームしかしたくないのだとかで。また、設計事務所の設計の建築は複雑なのでしたくないそうです。棟上げ日は梅雨シーズンで、天気予報では大雨になってました。棟梁、現場監督、設計士も諦めていたのですが、私は晴れ女、現場監督の部下はてるてる坊主を作り、奇跡的に晴れました!棟上げが終わるとぽつぽつと小雨が。。。棟上げの最中だけ奇跡的に晴れたのです。昼間は青空になっていました。昼のお弁当を皆さんにお渡しする際、本当に晴れ女ですね!と感動していました。私は現場監督の部下に、てるてる坊主をあなたが作ってくれたお蔭よと褒めました。それを聞いた現場監督の次長は部下にそうだったのか!と感動して、部下を見直した瞬間でした。最後に職員さんにお祝いと東洋医学のCD等を記念にプレゼントしました。棟上げ後に夫と第2の新婚旅行?に鹿児島と宮崎に行ってきましたが、次長が言うにこの最中は広島は大雨だったそうです。晴れ女が不在のためか。。。旅行中はほぼ晴れており、雨が降ったとしても運転中のみで、観光する場面では雨が上がり、写真映えするぐらいの天候に恵まれたことを告げると、次長は本当に晴れ女ですね!と感動されていました。現場監督にとって晴れ女は貴重な存在なのでしょうね。棟上げ日にもし雨天中止になっていたら、職人さん10人程度の方の仕事の効率が悪く、迷惑がかかることになっていたでしょう。
2025.01.04
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過去に遡りますが、土地の造成が完了した際、現場監督の次長といっしょに出雲大社広島分祠で行われた出雲屋敷で祈願した清めの砂と小皿を土地に埋め込みました。次長が来る前は部下が現場に居たのですが、部下が帰って間もなく次長が現場にやってきました。なんで部下にさせなかったのか。。。神様が好きな次長はこの出雲大社で祈願した清めの砂とお皿を自分で埋め込み作業をしたかったのでしょうね。当時私は次長と事前打ち合わせをしていなかったのですが、私が居ることを部下が次長に報告して、次長が現場にやってきたのかもしれません。この清めの砂は予め新築予定地の砂を採取して、出雲大社広島分祠で1週間祈願をしていたものです。次長はスコップで土を掘り起こし、私は祝詞を読み上げ、小皿を置きました。土地の造成後の地面が固まっており、次長は固いと苦難されていました。私は単に清めの砂と皿を置こうとしたのですが、すかさず次長に祝詞は?と言われました。清めの砂の袋に祝詞が書いてあったのですが、この祝詞を読むことを忘れていました。信者の祝詞を聞いてみたかったのでしょうね。。。敷地の東西南北と中央の5か所に配置しました。これで新築の土地は神様に守られます。神様が大好きな現場監督の次長と信者である私。2人とも4種体癖で、共通するのが神様が大好きだと言うことです。不思議な縁ですね。。。この次長に以前、東洋医学セミナーの竹下講師が発案された調和の言葉のハガキを渡しましたが、通常感動する人はいないものですが、この次長だけはすごく反応され、唱えても良いのかと言われました。その後、名刺サイズのものがありましたので差し上げると、大事そうにフィルムに入れて大切に保管すると言われました。また、シンギングリンという楽器を契約時に奏でたのですが、異常なくらい反応していました。まず、叩く棒は黒檀だったのですが、この黒檀にかなり反応されていました。さすが木材屋の現場監督です。私とこの次長は同じタイプで、夫と設計士は違うタイプのグループで、2グループの違いの差を説明しました。こんなに反応する人は初めてです。もしかして東洋医学セミナーの竹下講師と前世で縁があったのではないかと思ってしまいました。この次長は進化段階が高く驚きました。夫の進化段階とほぼ同じレベルでした。職人から信頼が厚い人物であることが分かり安心しました。出雲大社広島分祠長にこの次長の名刺を見せると、神主さんに大丈夫と2回言われ、この次長を勧められたのです。設計士が頼っているこの次長はかなりの実力者でした。広島で有名な設計士が取引している現場監督(建築士2級)でしたから。職人さんに的確に指導しているのを見て、次長に大工仕事が出来るのでは?と問うたら、大工仕事も出来ると言われました。実家でお世話になっている大工さんは建築士2級の現場監督でもありますが、もう78歳で高齢者です。この大工さん曰く、大工仕事の出来る現場監督はめったに居ないよと言っていましたが、めったに居ない大工仕事の出来る現場監督に出逢ったのです。実家でお世話になっている現場監督の大工さんと同じ2級。2人はライバル意識があるのか・・・設計士とのトラブルの相談にも実家でお世話になっている現場監督に私は頼っていたのです。その現場監督兼大工さんは、トラブルに巻き込まれている今の次長を救ってあげなさいと言われました。それを次長に告げると、とても感動されたご様子でした。優秀なのか他の会社から社長に引き抜かれて今の会社に転職したようです。部下も引き連れて。。。私は出雲大社広島分祠長から、この次長より私の方が厳しいよと言われていたのです。調べると進化段階が次長より私の方が高かったのです。設計士が言うに、次長は私の話に興味があるようで、勉強熱心で学びたいところがあるようなのです。出雲大社広島分祠長が令和6年に亡くなると予め予言されていたようですと次長に言うと、次長は間に合って良かったですね!とすごく反応していました。建築中は猛暑日が続き、私と現場監督の次長はすれ違いでした。部下と会う機会が多かったです。次長は棟梁の息子さんが熱中症になってはいけないからか、午後3時に作業を終了すると言っていたそうで、そのタイミングに合わせて次長は現場に来ていたと教えてくれました。私はこの時間は暑いので夕方になってから現場に行って、写真撮影をして現場監督に報告をしていたのです。次長は私と会話したかったのでしょうがすれ違い。。。猛暑になる前に現場でお会いしたことは少しありました。今からクレーム処理に伺うのだと愚痴を言われました。私は毎日クレーム処理をしていたので、メンタルをやられない様に気を付けてくださいねと慰めていました。次長と同じ4種体癖なので、心理学、カウンセラー、宗教家に多いタイプなのですが、共感する部分が多いのでしょうね。部下も同じ4種体癖ですが、6種体癖である部下の方が接客に向いているのです。次長は9種体癖のため、自分にも厳しいが他人にも厳しい、また、自分の世界に浸り、相手の立場で考えるのが苦手なため、クレームが発生する要因が分からないようです。ここは部下にフォローしてもらいたいために、部下にアドバイスしました。
2025.01.03
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私が入院中に出雲大社広島分祠長が母に、聞いてもないのに母にお金が入ると話があったようで、退院直後、祖母の相続で母に入金されたようです。私が税務署に行ったら、13年前の相続で時効で無税でした。税務署は高額のところを税務調査に入るため、安価な母はラッキーでした。このため、急遽実家をリフォームすることになり、母は父の親友である大工さんに工事を依頼し、私に勉強のため大工さんの弟子入りをするように話があり、母から大工さんに私に弟子入りさせてもらうよう依頼しました。大工さんは最初は複雑な顔をされましたが、父の次女なので断れなかったのでしょうね。最初は期待されていませんでしたが、徐々に使えると思われたのか、どんどん手伝うことが増えました。私が普通の主婦より使えると思うよ、と言うと、大工さんは下手な男より使えると評価してくれました。私の実家だから失敗してもいいけど、他人の家は失敗したら大工さんのブランドが無くなるので出来ないですとは言ってましたが、どうも今後も手伝う羽目になりそうです。勉強させたいのか。。。この間別荘に行った時の施主の奥様から2人はどういう関係ですか?と第一声でした。そうか、独身の高齢男性と中年女性がいっしょに来ると怪しむのですね。理由を言うと納得されていました。男女の組み合わせなら普通は夫婦か恋人が多いのかもしれませんが、私は夫に許可を大工さんの前で頂いているので大丈夫なんですが。 大工さん曰く、営業マンはビスもボルトも分からない人もいるぐらいだから、営業が得意な私で大工見習いができる人は重宝されるよと言われました。これなら現場監督の部下は議員より重宝されるはずです。営業の仕事を覚えれば鬼に金棒です。名誉に取り憑かれている議員は実力がないのです。実体験のある現場監督の部下の方が営業マンとして可能性は高いですね。
2025.01.02
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東洋医学セミナーの竹下講師から学んで約20年です。男社会の世の中がずっと続いていました。女性の社会進出が進んでいますが、未だに女性は男性と同等に扱われていると感じにくい世の中です。でも昔よりはかなり改善されてはいると思います。竹下講師は次のように言っていました。今まで天界の神々は重要なポストについていたのは男神ばかりだったと。1兆年に1度の天界の改革が行われましたが、道徳性の成績によって重要なポストについたのは、ほとんどが女神になったようです。男神はほんの少しです。今は地上の改革が始まっていますが、天界の女神から裁きを受けている最中です。道徳性のレベルによって判断されますが、男性陣はかなりの覚悟をもって生きないとえらい目に合うと。今までの女性は結婚しても夫から愛情が注がれなくなっても、我慢して離婚も出来ず、形だけの夫婦になっていた人が多くいたと思います。それは、男性にとって妻に離婚されては困るから、女性の給与を男性よりはかなり低くして、離婚したら生活できないように男性が仕向けていたからです。妻は家政婦扱いとしてするための給与設定だったのだと感じています。昔に比べると雇用機会均等法の成立から徐々に女性の正社員が増え、管理職にも女性が少しずつ増えつつあります。離婚しても生活ができるだけの給与水準に達したため、女性は夫に見切りをつけて離婚できる環境が整ってきました。だから離婚が3人に1人と離婚率が高まっていますが、昔から女性は経済的に離婚できなかっただけだと思っています。実際に、テニスコートの勤務地での利用者の高齢女性から、「年金、年金と思って我慢しているのよ」と言われていました。これが実態なのかと20代の時から感じていましたので。結婚を申し込むのは男性からですが、離婚を申し出るのは女性がほとんどではないかと思います。男性は仕事ばかりして、奥様に愛情を注ぐことを疎かにすると、定年退職後はボロボロになるかもしれません。叔父は家庭省みずのサラリーマンだったので、別居状態で、寂しい老後を過ごしています。離婚をしていないのは、女性にとって年金で優遇されているからとしか考えられないからです。優先順位は本来、妻と子供が1番であるのを、仕事が優先になっている人が多いのでしょうね。社会全体を改革しないとなかなか難しいかもしれません。経済的にどうしても仕方のないことかもしれません。だとしたら、富裕層がいるから貧乏人が生まれているこの世の中を改革するため、最低賃金が定められているのであれば、竹下講師が言うように最高賃金を定めるべきなのです。最高賃金を定めれば自ずと貧乏人にもお金が回り、消費も上がり景気が回復するはずなのです。この世は富裕層である経済界が権力を握っているので、最高賃金を定めようとはしないでしょう。年収103万円の壁が問題になっていますが、それより最高賃金を定め、昔のように1億中流社会に戻すべきです。小泉、竹中の改革で失われた30年を取り戻すには、富裕層を無くすことが一番だと思います。女性は家事と育児を同時に行うことができます。でも男性は2つのことを女性のように同時に処理することが難しいそうです。本当は女性の方が男性より仕事ができる可能性が高いのです。だから役職にもつけるのにまだ少ない状況なのは、子育て、介護に時間を取られ、男性よりは家事との両立が困難だからだと思います。家事、育児、仕事のすべての労働時間を計算すると、男性より女性の方が仕事量が多いと思われます。昔と違って今は、天界の重要なポストにほぼ女神がいますので、今から女性が働きやすい世の中に改善されると思います。
2025.01.01
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列車を見ると宮沢賢治の銀河鉄道の夜を思い出します。宮沢賢治は東洋医学の体癖で言えば、1種、6種体癖。童話作家、教員、農業、宗教家としても有名です。私の尊敬する童話作家ですが、名言として、「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」この乱れた世の中を改革するために必要な言葉です。東洋医学の竹下講師は宮沢賢治の人格を評価され、進化段階を引き上げられ、宮沢賢治は高い天界に存在されているようです。神様にその功績を認められた結果ですね。私も小学生の時からこの思想に共感していましたが、生まれて約50年、弱者と常に付き合い、私も弱者であるため、弱者を救える環境にあるような気がします。富裕層であれば弱者の立場が身を持って分からないので、救うのが難しいかもしれません。1兆年に一度の天界の改革が行われたようですが、今は地上の改革が始まっているようです。神様に認めてもらえるよう、道徳性を守って過ごしていきます。竹下講師はオリンピック選手になるための努力より、死後、高い天界に登れるように修行を積むことが重要だと言われていましたので、退職したので、農業をしながらマントラを唱え、修行を積んでいきます。20年前、竹下講師は私ら受講生を幼稚園レベルだったと言われてましたが、やっと中学生レベルまで到達したと、言われてました。何度も同じ事を言い繰り返し、根気良く受講生が成長するのを待っていてくれました。真面目に取り組んだ受講生は女神になられた方もいらっしゃいます。私は今から頑張ります。私は高級車、ブランドに興味はありません。子どものおもちゃみたいで満足出来ないからです。竹下講師に会うためにこの世に生まれ、弱者と長い間関わることで、修行というより、苦行を積み重ねてきました。苦行が長く、どん底生活を味わったので、竹下講師は飛躍はその分高いと言われてました。若い時に苦労をさせよ。この言葉どおりの人生を歩んできました。これから社会貢献するため、出雲大社広島分祠の健康体操を毎月行うことを、副分祠長に認めて頂きました。大変喜ばれたので嬉しかったです。過去、健康体操を2回奉仕させていただきましたので復活です。
2025.01.01
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