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ものすごい発見をしました。 自分に対して攻撃してくる人って、なぜか同じようなタイプが多くないですか? 私の場合昔からなのですが、ものすごいいじめっ子からというよりも、『元いじめられっ子がものすごく調子に乗って攻撃しにくるというパターン』が本当に多くて。 なので、その人に攻撃されながらも、めちゃくちゃ腹が立つ!とかショックというより、「うわぁ・・・」と思っていたのですよね。 「痛いなぁ。。。」「恥ずかしいなぁ」と思いながらも、それに歯向かうのは可哀想と思い、黙っていたことが多くあります。叩くとすぐに相手が潰れるのはわかるので。 相手もかつてはいじめっ子にされたであろう攻撃を、私に対して嬉々としてやってくるのです。それも丸見えなんですね。痛いのです。。だから怒りにならない。 口汚い言葉を使いながら、私に吐くのですが、痛い。恥ずかしい。やめてくれ〜!って思っておりました。はい。。それに、なぜか昔から集団(一人ではなく2人以上)が多かったです。私は集団でこの様なことをするのは好まないので余計に嫌でした。 私はこんな感じのケースですが、他の人の場合はまた違っていて、カーストトップのようないじめっ子に攻撃され人の場合、同じくどこかで「痛いなぁ、恥ずかしいなぁ、この人たち」って思っているわけです。 でも、この人たちに全力で向かっていったら、きっと潰してしまうと思っているんですよね。 これ、なんだか分かりますか? 『自分の絶対になりたくない姿』なんですよ。 なので、恥ずかしいし、可哀想だし、哀れだし、調子こいてこちらを叩きにきてるんだけど、丸見えで見ているだけで恥ずかしい。腹も立たない。 なぜか。自分もこの節があると思い込んでいるから。なので必死に抑え込んでいるんです。 だから、自分から引き剥がした。こんな自分要らない!って、自分から引き剥がしたのです。 二つほど前のブログ記事に書いた、「こんな自分要らない!」って脱水機のように周囲に撒き散らした結果、それが向かってくる感じですね。 でね。これを認めるんです。ああ、この人のこれ、私がかつて捨てたものだ。と。 すると事態は好転します。相手が変わるなど。 でも私、この先にもすることがあると思うんです。 それは、自分をそんな失礼な自分として受け取っていたという『誤解』です。 この誤解を自分自身に対して解くのではないかと思うんですよね。本当の自分をそんな自分だといつか思い込んで、それで手放したので。 また、理解が進むと攻撃してくる人は軟化します。すると、ちゃんと相手を観察すると、実はそんな人じゃなかったんだとわかるんです。 この辺はまだ続きがありそうです。でもこれ、真理だと思う。 攻撃してくる人は、かつての自分の嫌だと思って捨てた部分の人。だから腹がそんなに立たないし、アゲの人がよく言う「自分が相手にやり返したら潰れてしまう」という言葉が出るんです。 この辺をもっと深掘りして研究していきます。 集合体恐怖症のひとごめんなさい。車のフロントガラスの雨粒 サービス紹介|peacockメンタルヘルス コンサルタントの弘恵です。「腑に落ちる」「根本解決」を目指したリーディングセッションで現実に落とし込んで徹底解読して言語化し、心の重荷を解放しています。リンクpeacock-blue-heaven.com
2023.09.27

秋ですね。札幌はすっかり涼しいです。🌾あのうだる様な暑さは急に終わりを告げました。 さて、今週は東京に出張に行くことになりました。対面セッションが1名分のみ空いておりますので、もしよければこの機会に体験されてはいかがでしょうか? https://peacock-blue-heaven.com/page/introduction/ こちらのお申し込みフォームよりご連絡いただけますと嬉しいです。 ************ 新しいコードや烙印等を発見いたしました。 【抵抗できなくするコード】 文字通り、抵抗ができなくなるものです。 【無抵抗の烙印】久々の烙印シリーズです。これを入れられることで、抵抗と怒りを取り上げられ、出せなくするものです。この烙印があると、全員に抵抗や怒りが出なくなる、ということではないですが、(稀に)アゲに対してだけは出せるということもあります。これは、アゲは主に攻撃しないのと、烙印を刺激しないからかもしれません。 【亀の甲羅】全く新しいものを発見しました。この亀の甲羅ができるのは、例えば子供の頃に親がヒステリックだったり、太刀打ちできないほどに振る舞っていて、その親の激しい怒りやストレスの吐口になることで、全身で大人の怒りを受け止めるのです。そのストレスたるや、相当なものなので、エネルギー的な意味での亀の甲羅がはじめはミドリガメサイズで作られ、やがて大人になると海亀サイズにまで発展していくというものです。 これはどのようなものかと申しますと、見ない、聞かない、殻に閉じこもってシャットアウト、というものです。 これがせめてもの抵抗と言いますか。表面上は聞いているふりをするかもしれませんが、全く頭に入っていない状態です。 これが高じるとどうなるのかというと、俗にいう「殻に閉じ籠る」なので、肝心な話を聞けないので、ずっとその人の世界観の中だけにいる。周囲と話が通じない、ズレる、というものかと思われます。 また、ぶつける方は、甲羅に跳ね返って戻ってくることから、話し合い拒否というものです。 しばらくすると甲羅から出てくるのですが、浦島太郎状態で、周囲の状態や流れが読めないということもありますし、『逃げグセ』がつくと、ずっと大人になっても都合が悪くなるたびに甲羅に閉じ籠ることから、肝心な話ができない人になってしまうことがあります。 これは男性に多くあるように思います。 女性の「逃げグセ」というのはあまり聞かないですが、女性の場合、ヒステリックに怒りエネルギーをぶつけられたり、大人から多大なストレスをぶつけられる場合、摂食障害になるのかもしれない、というのが私の見解です。(全てではないかもしれないのですが。) 親が外で人にストレスをぶつけられます。すると、相手の怒りやモヤモヤのストレスエネルギーを思い切りぶつけられることで、ムカムカしますし、波動は下がるし、イライラするんです。これを、何かのきっかけで思い切り子供にぶつけるのです。こんな場合は大抵、子供が味噌汁をこぼしたとか、何かをやらかした時でしょうか。 すると、子供は親からその多大な、大人でさえ持つのがしんどいストレスイライラエネルギーを全身で受け取ります。 この受け取ったエネルギーはどこにいくのかというと、学校で自分よりも弱いとか優しい存在にぶつけるのです。 すると、持っていたストレス、イライラエネルギーはスッキリします。 いじめとはこんな原理でできているんだと思うんですよ。理由なしに攻撃できないので、必ず理由があるんですね。 これはコードでもそうなのですが、この理由を契約書と言います。それをする理由です。理由はなんでもいいのです。例えば相手が太っていることを気にしているのなら、太っているからといじめるとか。心の傷なんですね。 私のセッションの場合、この契約書を見つけて、破棄して、そこからその人の弱点部分である心の傷(思い込み)を見つけていくのです。 そして【思い込みの手放しと書き換えのワーク】で思い込みを分析解析してくっきりと言語化して手放していくという強力なセッションがあります。 近々その説明や詳しいセッションの流れを明記した記事を書こうと思います。 話は戻り、学校で思い切り巡り巡ったストレス、イライラエネルギーをどうするのかというと、通常は人にぶつけます。大抵はコードで。 しかし、アゲは何度も魂レベルが高いとここでも伝えてきたように、人にぶつけるという選択をしないのです。 どうするのかというと、自分で受け取るのです。どこにもぶつけない。 すると、体も心もズタズタボロボロになっていきます。当然、内臓やあちこちが痛くなります。 コードの影響で体のあちこちが痛いというのはしょっちゅうあるので、部位によって誰からのどんなのコードなのかも分かりますので、それを破棄し、手放させることも可能です。 しかし、それができない場合、どうなるのかというと、一部では、摂食障害として吐いてスッキリするようなのです。誰にもぶつけずに、自分で処理するんです。 吐くとスッキリするようなので、これがそうなんですね。 ですが、スッキリするけど体の栄養も抜けます。なのでガリガリになる。 当然良いわけがないのです。 男性は亀の甲羅を通してシャットアウトするものの、そうはいかないケースもあって、亀の甲羅を作る人の場合、実はとてもナイーブで、きめ細かやかな繊細な感性の人だったりします。 仕事中に亀の甲羅に入るわけにもいかないので、まともにストレスエネルギーを食らって精神を病むなんてこともあるのかなと。。 ではどうしたらいいの?・・・というと、今来ている問題を、攻撃されている状況から読んで、ここから何に向き合えば良いのかを読み取っていくこと、これが重要なのです。 いつまでも同じ攻撃を喰らって耐えているのではなく、ここから何を学ぶのかなんですよね。 どんなに辛い経験も、必ず自分を強くするための成長の糧なんです。でもその意味がわからないと、身も蓋もない、ただただ苦しいだけなんですよ。 何度も同じことが起こるでしょ?どこに行っても、結局同じパターン、ということたくさんあると思うんです。 これは何度もこのブログで伝えてきましたが、「そこに問題点があるから向き合って!」とヒントをくれているんですが、何せこの情報社会、いろんな情報があちこちで溢れているので、何が何だかわからなくなる。 例えば上(守護してくれる目に見えない存在)が『Aさん』に対して、「自分の意見をちゃんと伝えなさい」と伝えたいとします。 すると、Bさんが毎日嫌味を言い、Aさんに対して意地悪をします。これをやられっぱなしなわけです。 ここに勇気を出して、Bさんに注意するとか何かしら頭を使って伝えることが大切なのですが、なかなかできない。 よくここで、「BさんはAさんの欠点を突いてわざわざ悪役を引き受けてくれているのだから感謝しないといけない」という説がありますが、 ここで感謝しても何にもならないんですね。今やることは、勇気を出してこの苦しい状態を打破することなのです。 それにはBさんにちゃんと伝えることを考えて実行しないといけないわけです。 闇雲に言ったところで、BさんはAさんの弱点を知って攻撃しているから、通用しないこともある。だから工夫していかないとけないわけです。 工夫して勇気を出した結果、Bさんに対して言いたいことを言えた。そして今後も自分の言いたいことを勇気を出して伝えていくということもできるようになった。 ここで初めて感謝なんです。 Bさんに対しては意地悪してきてるんだから体当たりで言って良いんですよ。 たまに、感謝さえしたら事態が好転すると思っている人もいるんじゃないかと思いまして。 で、ここで私のセッションを利用しても良いんです。コードを繋がれるということは、何かしらのこちらの弱点を見つけてきているので、弱点を知る良い機会になるし、もっとセッションで深掘りしていくと、どんどん情報が出てくるので。 私のセッションでは、コードを切って、心身の不快な部分や痛みを解消することも多いですが、それよりも情報がすごい。その情報が情報を生み、最終的に壮大なレポートになるのです。 ずっと今の状態を繰り返すのではなく、それが何を示しているのか、何が弱点で、いらない思い込みを手放しいくこと、上は何を言っているのか。 情報を見ていくことと、あと大切なのは行動です。いじめてくるBさんをそのままにするというのは、また違う。 ちょっとでも怖いことにチャレンジしていくことで、人は成長し、前に進んでいくんですよね。 特にアゲの場合、大変な人生を選択していることが多いので、ここには情報盛り沢山なわけです。いつまでも同じ場所に燻ってはいられないので、前に進むようになっている。 苦しい、痛いって、不快でしょ?これを我慢さえしていれば良いって、違うの。不快な状況に慣れるは、どんどん悪化するだけ。するとやがて耐えられない痛みになる。これもまた、促しかと思うんですね。 目指すは快適な世界。心が軽くなる世界です。 また、何かが違う。自分には何かがあるのではないか。その心の奥のサインは、気のせいでもなんでもないと思います。
2023.09.25

自分に攻撃をしてくる人や、嫌なんだけど、妙に頭に残る人とかって、今の自分とある部分において対極にあるような人だったりします。 私はよく鏡という表現をするのですが、例えば、DVをする側とされる側では、一見正反対ですが、根っこの部分が同じなのです。 根っこは恐怖心や自分なんてダメなんだ、という自己否定が同じだったりするんですね。 なので身構えていたりビクビクする同士で一緒になると、「わかってもらえた」と思うのも束の間、ここでペアになってしまうと、攻撃する側、される側に分かれるのです。 これは極端な例でしたが、他にも意地悪する側、される側もありますが、これも根っこは同じで、根っこに劣等感や不安を抱えていることが多いです。 それで、意地悪する方は相手に対して意地悪をして傷をつけ、その際に優越感を味わう。された方は、傷つき、劣等感になるのです。 優越感と劣等感って、実はセットになっていて、これを「優劣意識」というのですが、振り子のようなものなのです。 片方に極端に傾くと、優越感になり、自信がなくなっていくと劣等感になる。 なので劣等感を強く持っている人は、優越感を求めて感じたくなるのですが、何せ世間が怖いという思いがあるので、根っこが同じ人とペアになって、自分と同じだとわかると、無意識にその人にマウントをとり、相手の劣等感を刺激することで、意地悪する方は優越感を感じるのです。 これが幸せな人は意地悪しないという所以(ゆえん)で、劣等感のある人は優越感になることを求めてしまうんですよね。 でも、人に意地悪をしないと決めている人は、攻撃されて劣等感を多く感じる形になるのかと思います。そしてその形は固定されていくという。。というか、自分をいじめているのか? いじめている人が気持ちよさそうな顔をしているのは、エネルギーを奪って、優越感を感じているんです。 そして、優越感を感じまくると、振り子ですので、思い切り感じるほどに振り子は上方向に傾くため、勢いよく劣等感に傾くのです。 その状態が怖いので、また決まった人に攻撃をして、エネルギーを奪い、優越感に浸る。 でも、また振り子が劣等感に向かう・・・を繰り返すのです。実は恐怖でいっぱいなんですよ。だからいじめっ子は一人で行動できない人が多いのかも。 これはそこら中である光景ですよね。 で、どっちが悪者とかそんなことではないんです。どっちも辛いんです。ちゃんと同じレベルの人とペアになっているんですよね。嗅ぎつけるというか。出会うというか。 そして互いに見せ合っており、そこから気づいて左右(優劣)ではなく前に進んでいかないといけないかと思うんですね。 見せられていると考え、自覚していくことが大切かと。 攻撃してくる人って、自分と反対の人が多いじゃないですか。前回の記事でも書いたように、自分の中のこれが要らないというものを、脱水機のように自分から引き剥がし、周囲に撒き散らすわけです。 すると、自分は要らないもののなくなった人格になったつもりになるわけです。 それは人それぞれ違うと思うのですが、とあるケースでは、あり得ないというくらいにこちらから見て恥ずかしいと思う人が自分に攻撃するとかもあって、それって捨てた自分なんでしょうね。その捨てた自分が、「私を認めろ〜!」と来るんですよ。 「いやぁぁぁぁ!来るなぁぁ!私はあんたと違う!」と思い、大嫌いになるのですが、これまたしつこい。 または、妙に頭に残る自分にとって恥ずかしい人だったり。頭に残るので、要は「見つめなさい、気づきなさい」と上から言われているのです。 「大っ嫌い!」なんだけど、なぜ嫌いなのか。出してみると、昔の嫌な自分と同じだったりするわけです。だからその人を見ていると、恥ずかしく感じるのです。 私の場合、うるさいくらいに感情的だったり弾けすぎている人を見ると、すごく嫌で目を背けるのですが、それはかつて「お前うるさい、恥ずかしい!」と言われた経験から自分を戒めたわけです。なので賑やかすぎる人を見ていられなかったですね。 こんな感じで、捨てた自分の嫌な部分が人格を纏ってやってくるケースもあって、そんな人から攻撃されると、「いやぁぁぁぁ!やめてぇぇぇぇ!!来るなぁぁ!消えろぉぉ!」となりますが、ちゃんと見つめると、自分にもあると認めて受け入れてしまえば、その人のことが嫌いにならなくなるんですよ。 その人に対して、恥ずかしい、嫌だ、失せろ、とか思うから向こうも「なんだとコラ!?」と応戦するのですが、表向きに出していなくても、なぜか相手に伝わるのか無意識なのか、ちゃんとそのような方と対峙するようになっているのです。 そうやって、「あ、この人のこの部分、私も持ってたわ。あるわ」と受け入れると、本当に気にならなくなりますね。 その部分って、なかなか受け入れるには勇気のあることだったりしますが。何せ嫌っていたし、毛嫌いしていたし、そうすることで身綺麗でハイセンスで人格の高い自分のつもりだったので。 「でもでも、このもっさい部分、あ〜あるわ。私にも実はありました、はい✋」と認めると、景色が変わりますので。 受け入れなかったものを受け入れると、自分の幅が広がりますのでね。しかもその受け入れ難い人が何度もくるのは、上が見ろってわざわざ提示してくれているんですよ。 絶対に、いや!という気持ちわかるよ? 自分がそんな奴だなんて認めたくないというのも、人によって違うのです。 絶対に、あそこにいるハイセンスで憧れのあの人に、この部分を知られたくないし、この嫌な人と関連があるとさえ思われたくない、ということもあるでしょうよ笑 この辺は人によって違いますよね。自分の一部を否定して生きると、必ずそれが人格を持ってやってきます。どんなに逃げても、どんなにかわしても、あの手この手で追いかけてきて、本当にしつこいものですよ笑 ここは観念して、見つめましょう。なんで逃げるって、それを認めたくないからなんだから。 それって時間の無駄よ?もったいないよ?課題から逃げていると、雪だるま式になってやってくるので、対処は早めの方がいいと思うよ? 大抵が、意地悪、冷たい、だらしがない、しつこい、見栄っ張り、ヒステリック、気狂い、不安定、暴走、不潔、暗い、憎悪や怨念、マウント、恐怖、孤独、重い、抑圧、弱い、劣等感、狡さ・・・なんだから。 このワード、あなたの中にありますよ?って言われたら、抵抗するのが当然。でも、これらのワードが闇だとすると、 光のワードの、優しい、温かい、清潔感、さっぱり、平等、落ち着き、安定、にこやか、明るい、軽い、祈り、笑顔、勇気、強さ、解放、善、正直 これだけを自分だと思うのにも無理があるでしょ?優劣意識のように、振り子のようなものかもしれない。 だったら、マルッと認めたらいいと思うんですよね。 例えばさ、全部が善や光のワードの人がいたら、どうですか?実際にいたとすると、不自然な感じしませんか? そして、それが個人でも団体だとしても、妙な気持ち悪さや不自然さを感じませんかね?? 善だけ、光だけって不自然なんですよ。 なので、自分の中に、それある!あります!って認めたら、幅が広がると思いませんか? 波動が高くなる、もう1段階成長するって、この自分の中の闇の部分も受け入れることだと思うし、だからと言って闇の部分を表現して生きる必要はなくて、あるとしていけばいい。否定することなく。 闇の部分をガンガン出しているのは、ある意味不自然だし、光の部分だけを出しているのもある意味不自然。 完全な善だけを求めている人と、闇や悪から改心して前に向い人って、人間的幅が違うと思いませんか? 悪いことして反省している人に対し、「わかるよ、悪い気持ちになっちまうよなぁ〜!俺も経験あるよ🧑🦲」って言われたら、とても懐が深いと思うし、めっちゃかっこいい。 実は人は、善だけを求めていないんですよね。全てを受け入れるという懐の深さを求めているんですよ。要は、人は皆受け入れられたい。だとしたら、自分で自分を受け入れるという点で、自分の闇の部分も認めたらいいんですよ。 目の前にいる、みょうに攻撃的な人や、どうにも頭から離れない人は、悪人というよりも、(本人知らずして)教えてくれる人ですよ。 意味のないことは起こらないと言いますが、私たちが思う以上に、情報はそこらじゅうにあって、意味のないことはないんです。 たまに、意味はない、意味付けしているだけという話も聞きますが、私的には、そんなもんじゃないよ?そんな浅い浅いものじゃない。世の中は完璧で、一見すると普通の日常の中にシグナルがあるし、それは後になってわかるようになっているんですよ。 知ると、えええ、このシグナルって、何十年も前からあったんだ!だからあの人が来て、次にこの人が来たんだ!という深い深いレベルのものなんです。 よく、自分の人生のこの流れと出逢いとか、なんか意味あるはずと、一見根拠なく思っているとするでしょ?この、根拠なくと思っている部分が、実は何かが隠されているんですよ。 私は中学生の頃、よく自分の人生の年表を書いて、ここで誰と出会って、こんなことがあって・・とか書いてましたもん。絶対に何かあるって。 旅先で偶然出会った人も、その後お付き合いが始まったとしても、その人はとても意味がある人だったりとね、本当に人生は謎に満ちているし、謎解きなんですよ。 今、妙に気になる人はいませんか?そこにもいろんなヒントが隠されてますよ? 大嫌いな人は、自分と正反対だけど、その人もお知らせの人ですよ。根っこが同じで鏡になっている。 ・・・何が鏡なんでしょうね。 こうやって考えていくと、ものすごく深い気づきがあるんです。これを謎解きと呼んでます。 誰だって、エロいし、アホだし、不潔な部分があって、意地悪だし、恥ずかしい過去があって、人に言えないことがわんさかある。 みんな素知らぬふりして、さわやかに見せているだけで、自分の毛穴まで見せられるような人は少ないですよ。 そんな自分を受け入れたら、楽だと思いませんか? 分離させているから、今が停滞しているということに気がついてもいいと思います。 人のサガをとことん見てきたので、今更何も驚かないですよ。私は。 ほら、こんなふうに書いたら、私のこと懐の大きな人に見えるでしょ笑 でも、私だって意地悪だし、好き嫌いあるし、だらしがないし、きちっとしていないよ。 安心感ってさ、自分の怖い部分とか嫌いな部分を受け入れられた時や受け入れた時に起こるんだと思う。そうなってやっと、エネルギーが腹の底から湧き上がると思うし、安定するんだと思う。 悪い部分を認めよう。 そして、自分に嘘をつくことをやめて、素直に行こう。 この辺は楽になっていいと思う。 https://peacock-blue-heaven.com/page/introduction/
2023.09.16

自分自身とかこれまでなど色々みて検証していくと、どうも、自分にコードをつないでくる人とか、色々自分にしてくる人って、自分の一部らしいです。やっぱり。 というのは、これまで何度もかいていると思うんですけど、自分はこうなりたくない、こんな自分は嫌、っていう部分あるでしょ? これね、「いやいや!こんな自分要らな〜い!!」って、自分が脱水機みたいに要らないものをブンブン外側に振り撒いていて、側にいる人にかかってしまうんですね。意図せず、嫌なものを押し付けているというか。 逆もまた然りで、自分が相手から押し付けられてきたものも結構あるんですけどね。「お前は**だ〜!!」って散々言われたけど、それってあなたのことじゃないの?ってこともよくあります。 そして、相手のいらないものを押し付けられた方は、その人に縋るということもありますね。押し付けられた方にしてみたら、たまったものじゃないから、相手に認められるまで頑張るとかするんですよ。 人間関係って、こんな感じでどちらかが悪いというよりも、互いにやり合っていたり、いい人になりたいって人は、周囲を悪人にしたり。色々あるので、お互い様なんですよね。 なので、事の大小はさておき、自分にもあるかも、って思ってもいいかと思いました。 そして、話はちょっとずれますが、最近気づいたことで。 私は昔(10代のころから)眉間から胸の辺りにかけて、この体の司令室、操縦席見たいのがあって、そこに「中の人」としてこの身体に入っているような感覚があったなぁと思い出しました。 肉体は自分でもあるんですけどね。昔からこの感覚があって、たとえば何か素敵なことが起こると、あの同じ場所に行けばまた同じときめくことが起こるかなぁ、と思って何度もそこに行っては、あれ?起こらない、を繰り返し、執着してしまったり、 新しい出会いが欲しいとか、新しいことが起こらないかなと思い、ぶらっと出るのですが、その時も中の人の感覚になって外を映像として見ていて、 「ああ、何も起こらない。やっぱりね。自分は変わりたいのに、何かいい出会いがあると思ったのにな」など。 出会いとは人でも仕事でも、楽しみでもなんでもなのですが。 そうやって、真新しいこと(出会い)を探して、今の自分から変わることを望み、擦り切れるほどに繰り返すと、この身体の中に入った中の人の感覚で、「あ〜またこの感覚。この匂い、この雰囲気。この人たち。一体自分はいつまでここにいるんだろ」と思い、 「いつかここを出よう、いつかここを出てデカくなって、ドカンと立派になったら、この人たちなんて言うかな」など、プチ復讐なんて考えたりして笑 そうやって何年も何年も同じルートを通り、過ごし、同じことを考えて毎日を過ごしていく。「いつまでこんなことしてるんだろ」と思いながら。 「あ、新しいカフェだ。ここに入ったら、素敵な友人とかできて、話が弾んで、ここから花開いて会話が発展して、出会いが出会いを生んで、自分の運命というものととばったりあって、めくるめく望んでいた楽しい最高な自分に・・・」 と妄想しながらそこに入っても何も起こらず、結局そこをいつもと変わらない自分が、いつもと変わらない感じで、めっちゃ期待したという痕跡を自分の心に残して情けない気持ちになって家路に着く。 そうやって、期待をし、期待をし、期待をし・・・を繰り返し、何もないとわかると、ガックリきてしまう。 するともう、自分の中には「中の人」の声がめっちゃ響いてる。 「ほ〜ら、どうせ何もないでしょ?期待したって何もないんだって!」と。 「うるさい、そんなこと言うな!もしかしたら素敵な出会いがあるかもしれないじゃないの!」ともう一人の自分。 こんなことを繰り返していると、「中の人」はどんどん声を荒げ、存在感が大きくなっていく。 この中の人って自分だけど、なんかね、エゴって感じするんですよ。 で、魂ってこんなんじゃないんですよね。魂の感覚って、エゴが自分を占領している時には出てこないの。 エゴって、左脳的考えなのかなって思うんだけど、エゴは変化を嫌い、安心安全をモットーとするんですよ。 なので、冒険を非常に嫌う。怖いことNGなワケ。 そんな感じで、中の人(エゴ)の声に振り回されて、何年も同じことを繰り返し、「私このままなのかな・・・でも今更冒険怖いし」を擦り切れるまで語り、新しい冒険、恐怖を伴うことは、最も恐怖なこととなり、どんどん諦めていくと言う感じでしょうか。 ここで、最近聞いた言葉。よく、ワクワクする方に行けって言葉あるじゃないですか。 これね、どうも、正確には「怖いけど、こっちに行ったら楽しそうな方に行け」ということのようです。 恐怖がつきまとうけど、ワクワクとか楽しそうな方。 で、怖いけど楽しそうなことをチョイスしていくと、どんどんいいことを引き寄せていくんですよね。 そして怖いのは、怖いけど楽しい方を選ばずに、安心安全でなんの変化のない方を選ぶと、自分自身が擦り切れていくんですって。わかりますこれ。期待しては裏切られ、自分が燻っていくんです。 私自身、結構怖い方をチョイスしてきたから、ここまできたんですよ。断言するけど。 私は人生も仕事も成功している方なんだけど、それはやっぱり、怖い方をチョイスしてきたから。めっちゃ怖い。でも、怖いけどこれをやらないと伸びない!というものを、今だ!というタイミングでやってきたんです。 ただね、無謀すぎるのも良くないから、ちゃんと考えるんだけど、いつも状況が背中を押してくれたんですよね。 これやらないと、「今出ないと本当にまずいかも」というタイミングで。 人によって違うかもしれないけど、私は決心をしてから「今だ!」というタイミングで飛び出すようにしてます。後になって後悔するのが嫌なので、ちゃんと日を見るし無謀はしないけど。 ということで、怖いけど楽しそうな方向に飛び出すべく、用意しつつ歩きながらも、タイミングと流れを見ています。 ここまで大袈裟じゃないにしてもね、こうやって怖い方を選ぶということをしたことがない人にとっては、今できる小さなことからでいいと思う。 たとえば、いつもは黙ってきたけど、言うべきだけど言えない、でも言ったらいいだろうな、スッキリしていい方に行きそうでいいな、ということなら、勇気を出すとか。 こんな感じで、いきなり高層階からのバンジーではなく、少しずつしていくことが、中の人のエゴの会話は少なくなっていくのではないかと思うんですよね。 自分の中に期待だけが大きくなっているなら、ちょっとチャレンジしてもいいかもです。チャレンジって、大小関わらず怖いものは付きまとうけど、でもそれをしないと変わらないんですよ。 だからずっと同じ道を同じ雰囲気と匂いの中歩いてきたんですよね。変わらなかったでしょ?小さな勇気と一歩があればできるのですよ。すると一気に自分の中に新しいものが流れ込む。 タイミングもあるよね。決心がつかないのに、チャンスは来ないよね。チャンスは、決心がついたら来るんだと思う。 これは私にも言い聞かせていますが、決断の連続ですよ。私も日々チャレンジしてます。まだ決断がつかないものもあります。 同じことを繰り返していると、必ず「あれ?ん?」ってことが起こり、無視していると、そこを指摘するモノや人で溢れてくる。 こうなったら、状況から読んで何をすべきかわかる。 何にしがみついているのか、何が怖いのか。本当はどうしたら一番の最善なのか。 それとも現状維持でいることで、今後どうなっていくのか。擦り切れて小さくなっていくだろうな、と諦めている人になっていいのか。 いつも上は、勇気を奮い立たせて立ち上がることを待っている。まずはこれ。 チャンスが来たら動こう、だと、間に合わないというか、チャンスすら見えない。 状況をちゃんと読めば、今何に向き合うことが大事で、周囲の人や攻撃してくる人を見れば、初めの部分に書いたように、自分が自分に何を隠していたのかがわかることもあります。 それらを頑なに見ずに、何もせずに期待していると、擦り切れてエゴの大きな自分になっていて、苦しくて仕方なくなる。自分のこと好きになれないし。 この状況もまた、サイン。そのままそこに居たいの?と問いかけられているんじゃないかな。 札幌のハロ今日は天気が良くて、空を見上げるとハロがあって写真を撮りました。娘に送ると、娘からも東京のハロの写真。(下の写真) びっくり、札幌も東京も同じ時間にハロが出てたみたい。 サービス紹介|peacockメンタルヘルス コンサルタントの弘恵です。「腑に落ちる」「根本解決」を目指したリーディングセッションで現実に落とし込んで徹底解読して言語化し、心の重荷を解放しています。https://peacock-blue-heaven.com/page/introduction/
2023.09.10

みんな、自分の「何か」を出したいんだ。何かとは、自分のエネルギーとか、光とか、才能とかかな。わたしの知ってる一人一人を出して感じてみたら、その人の出したいものを水の出るホースに例えると、みんな独特の形で水の出口を抑えてる。本当は抑えたくないんだよ。そのままの勢いでパーっと出したい。でも、育ちとか、世間体とか、言われたことを守ってたり、トラウマだったり、そんなもので、自分のエネルギーの出口を抑えてるんだよね。ある人は、叩かれた悲しみの経験で。ある人は、親のコンプレックスから決めつけられて、型にはめられてしまって、自分を出そうとすると恥ずかしいとか、未熟とか思い込まされて、いざ出そうとすると怖くてやっぱり抑え込んでしまったり。私はというと、やり方を徹底的に否定されたというトラウマから、胸の奥がぎゅっとなって、騙し騙し出していることに気づいた。このホースの水?、エネルギーの出し方は人それぞれで、罪悪感を伴いながらの人もいれば、怖くて出さなくて、でも出したくて、を繰り返しては何十年と経ち、周りをジャッチしまくった結果、それが自分の首を絞める形で、自分を出せなくなってる人もいる。なぜなら、ジャッチすることで自分の行動も狭めているから。この、ホースの先っちょをグッと抑える手をなんとかしたいんだよ。みんな、それぞれの個性があって、自分のそれを出したいんだけど、アゲってエネルギーが人一倍大きいからちょっとでも出そうとすると目立つんだよね。思い切り出したい。ばーーーって出したらどんなに気持ちいいか。周りは驚くだろうな。怒られるかなー、めっちゃお金かかるのかなー反対されるだろうなーなんで思われるんだろうお前はちがーう!って言われるのかなー何やってるの?!と批判されるのかなーこんなこと思うと、出せないんだよね。エネルギーがでるホースの先っちょ、つい抑えてしまう。そんな今も全部を抑えきれなくて、チョロチョロと出てる。周囲はそれが気になるわけで。本当はみんな、なんの躊躇いもなく出したいの。大きくて綺麗な噴水みたいに、思い切り出したいのよ。これがアゲの願いだと思う。世間、サゲ常識にとらわれると、どうしても出せない。損得に囚われると、お金に囚われると人目に囚われると世間に囚われると、常識に囚われると、出せないんだよなー、個性、エネルギー。でもさ、絶対にこれをやりにここに来てるんだよ。出そうとすると、胸につかえるものがあるじゃない?それがストッパーなんだよね。自分で抑えてるやつ。このストッパーがなんなのか。よーく感じてみたらいいかもね。私も感じてみる。今回のは、分かる人には分かる内容かも。これが必要な人がいるんだろうな。急に思い立ったから書いてみました。急に来たこのタイミングよ笑ニセコ久々にニセコに行ってきました。やっぱりここにくると上がるわー!うちのハイビスカスが、数年ぶりに咲いた!ずーっと葉っぱと木ばかりが成長して、花が何年も咲かなかったんだけど、4.5年ぶりに咲いた花は、コーラルピンクだった。いつもは赤なのに。あまりにも木が大きくなってしまったので、植木鉢と土を替えて、即効性ではない、ゆっくりと溶ける肥料を与えたから、咲いてくれた🌺うちに来る観葉植物はどれもすごく大きくなるわーhttps://peacock-blue-heaven.com/page/introduction/サービス紹介|peacockメンタルヘルス コンサルタントの弘恵です。「腑に落ちる」「根本解決」を目指したリーディングセッションで現実に落とし込んで徹底解読して言語化し、心の重荷を解放しています。
2023.09.04
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