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2016年05月29日
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テーマ: 読書(9988)
カテゴリ: 読書

一昨年に役職定年となり、年収がカットされてしまったこともあって、最近は本屋と言えばブックオフに行くことが多くなりました。

池袋の東口に大きなブックオフがあるのを見つけ、ふらりと立ち寄ってみたところ面白そうな本を見つけたので購入しました。

2016.04.02 八幡和郎 著  「47都道府県の関ヶ原」

この「47都道府県の関ヶ原」という本ですが、1600年の関ヶ原の戦いの前と後で大名たちの領地がどのように変遷したのかを都道府県ごとに示したものです。

ヒロくんは戦国時代が大好きななのですたが、そんな人間にはとても興味深いものです。

ご存じのように関ヶ原で勝ったのは徳川方ですから、関ヶ原後は徳川に味方した大名の領地が大幅に増加したわけです。

一方で、西軍すなわち石田三成に味方した大名たちは領地を没収されました。

なかでも興味深く思ったのは、信長の死後に行われた清須会議で秀吉が担ぎ上げた信長の孫である三法師のことです。

三法師は成人して、織田秀信と名のり、岐阜城を根拠として13万石の大名となっていたそうです。その秀信ですが、関ヶ原の時は西軍に属します。

西軍として関ヶ原の戦いの前に岐阜城から打って出て福島正則らの軍勢と衝突し、あえなく敗退してしまいます。

その織田信秀ですが、領地は没収されましたが命だけは助かり高野山に追放とされたそうです。

なお、この本ですが副題として「西軍が勝っていたら日本はどうなっていたか」と書かれていますが、著者の八幡和郎氏によると、豊臣政権は鎖国などせずにアジアに進出していただろうということです。

日本が、アジアで覇権を握ることも十分に可能性があったとされ、幕末に西欧列強の脅威におびえることもなかったのではないかとされています。

そう言われれば、本能寺の変で倒れた織田信長も中国大陸への進出を構想していたらしいということでしたから、もし織田信長が生きていたら、あるいは徳川家康が天下を取らなければ、今の日本とは違った日本になっていたかもしれません。






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最終更新日  2016年05月29日 18時47分48秒
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