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天気よお前は晴天なのが本当か雨のふるのが本当か曇天が本当か風の吹くのが本当か吹かないのが本当か。川よお前は清いのが本当か濁つてゐるのが本当か激してゐるのが本当か静かなのが本当か私は知らないよ。(「どちらが本当か」、武者小路実篤)自粛期間中に。購入してみました。考えてみると。昔から。詩を読むのが嫌いじゃなかったですね。ただ。このアンソロジーは。声に出して楽しむための詩集です。万葉集から現代詩まで。そういう基準で選ばれています。ただ。人前で急にやると。変な人と思われます・・どうぞ。ご注意ください。声でたのしむ 美しい日本の詩 (岩波文庫) [ 大岡 信 ]
2020年08月03日
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詩人と言われる人は。さすが・・と。初めて。思わせてくれたのが。現代抒情詩の第一人者・辻征夫(つじ ゆきお)。亡くなって早や20年。かの国民的詩人・谷川俊太郎をして。「魂から言葉を取り出す魔術師」と言わしめた人。 たとえば。きみのなかに残っているにちがいないちいさな無垢をわたくしは信ずるそれがたとえ蟻の涙ほどのちいささであってもそれがあるかぎりきみはあるときたちあがることができる世界はきみが荒れすさんでいるときもきみを信じているこんなのが。てらいもなくサラッと出てくる。いわゆる詩的な表現を好まず。自身の生き方の言葉で書いていたという。今少し長命であったならば。どんな言葉を。さらに紡ぎ出していただろう。意外かもしれませんが。こう見えても??おやぢは。割と詩が好きな人間です^^
2020年03月02日
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春こーろーの花のえーんー。はなはだ。時季を失しておりますが・・^^;小学生の頃。歌った歌を思いだしたのであります。今は習わないんでしょうけど・・文語体の格調高き詩は。当時。ほとんど意味がわかりませんでした・・本当は。こういう詩なのです。春高楼の花の宴めぐる盃影さして千代の松が枝わけ出でしむかしの光いまいづこ。(「荒城の月」、土井晩翠)春。高くそびえたつこの城で。花見の宴会が催されていたのだろう。そして酒をつぎ合っていた盃には。月の光が射していたことだろう。何千年と生きた松の枝をくぐって射してきたであろう月の光のような昔の栄光はどこに行ったのだろうか。今なら。少しわかるような気がします^^旅のお供に。あるいは。暖かくなったら。公園のベンチのお供に。一冊の詩集。いかがですか?^^あ。冬の公園だと。凍死しますんで^^;【岩波文庫】晩翠詩抄改版 [土井晩翠]
2014年01月10日
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ミラボー橋の下をセーヌ河が流れわれらの恋が流れるわたしは思い出す悩みのあとには楽しみが来ると日も暮れよ 鐘も鳴れ月日は流れ わたしは残るもちろん。上の橋はミラボー橋ではないし。川はセーヌ川ではありません^^確か。愛知県だったかなぁ?・・(笑)詩は。『ミラボー橋』の一節です。アポリネール・作、堀口大學・訳言葉にしてみると。なかなか素敵ですよ^^ちなみに。この詩の載っている ↑ 新潮文庫は絶版・・おやぢは持ってますけどね。詩人ですから・・(笑)ヘヘ
2013年08月26日
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寒さに震えるビワに・・やがて。春は巡ってくるだろうか?ま。前回のように。雪降らないでよかったよ・・^^振り向いてくれたけれども「がんばれ」は たぶん自分に言った言葉だ不思議な歌人です。だいぶ昔にも書きましたが。この短歌好きなんですよね^^誰かに「がんばれ」って思いは。自分にも言ってるんです・・【集英社文庫】淋しいのはお前だけじゃな [枡野浩一]・・タイトルがすごいですよね^^;
2013年01月22日
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ふたたび初夏は廻ってきて僕ははじめて初夏に会う(「初夏」、谷川俊太郎)大詩人・谷川さん。最初の詩集の中の断片^^当時18才・・(゚o゚)・・深いー・・ま。どうでもいいけど。今は。秋だけどね・・↑だまらっしゃい^^;「二十億光年の孤独」、谷川俊太郎
2011年09月15日
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わたしはふしぎでたまらない、黒い雲からふる雨が、銀にひかっていることが。(「ふしぎ」、金子みすゞ)・・彼女の詩は・・何かが残る^^のんびり空ゆく雲も。大雨台風の雲も。雲に変わりがあるわけじゃない・・今の晴れは。今夜。雨に変わる予定です。急な雨にご注意ください。では。よい週末を!^^
2011年08月06日
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ねころんでいたらばうまのりになっていた桃子がそっとせなかへ人形をのせていってしまったうたをうたいながらあっちへいってしまったそのささやかな人形のおもみがうれしくてはらばいになったまま胸をふくらませてみたりつぼめたりしていた(『人形』、八木重吉)昔から。この詩が好きだったような気がする^^2年が過ぎて。最近。抱っこをせがまなくなった君。。遊んでくれよ・・^^;
2011年06月14日
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落ちて来たら今度はもっと高くもっともっと高く何度でも打ち上げよう美しい願いごとのように(『紙風船』、黒田三郎)地に落ちることのない風船が。ホントに必要ですね^^そっと咲く花のように。紡ぎ出された美しい言葉には。人を癒す力があると信じます。そして。詩人だから詩を書くのではなく。詩を書くから詩人なのだと。誰もが詩人なのだと^^See you!^^
2011年03月22日
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旅と酒の歌人・若山牧水。40才強のその人生。彼の詩の一節です。いつでも、ほほゑみを、眼に、こころに、やどしてゐたい。自分のうしろ姿が、いつでも見えてるやうに生き度い。・・若山牧水、「空想と願望」新編みなかみ紀行↑ この本に載ってます^^カッコいいですねぇ・・ま。読むなら・・酒飲みながらでも・・ ←無理ですって^^;冷たい雨の中。岩根絞ツバキはボトボトと落花^^;近くにいると。落ちる音が聞こえますって・・ホント(笑)boto・・
2010年04月16日
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「聞こえた」遠くから呼ぶ君の声が聞こえた不在から希望が生まれる別れたから出会いがある決意が扉を開けさせる(銀色夏生・詩集エイプリル)エイプリル(追伸)我が家の庭にも。バラが咲いた^^おやぢの声が聞こえたのか?(笑)
2009年10月21日
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ケヤキ 中島和子植木屋さんの店先で小さなケヤキに出会ったちゃんとケヤキの顔をしていっぱしの大木きどりだった550円これがきみの値段で15×20センチメートルこれがきみの大地のすべてなんておいでいっしょに帰ろう本当の大地にかえしてあげるちぢこまった足をメリメリのばして地球をがっしりだきしめてごらん 『青い地球と しゃぼんだま』 中島和子詩集 (1998年、銀の鈴社)幼い頃の夢をかなえた。生涯にたった一冊の詩集なのかもしれません。でも。幸せだと思いますよ・・(^^)・・柄にもないですね(苦笑)・・m(_ _)m【追記】5/23 5:30あ~・・おやぢの書き方が悪いんですね・・1.「ケヤキ」の詩は、おやぢのものではなくて、中島和子さんの作品です。2.写真の本は、確かに絵本に似てなくもないですね・・(汗) でも、「ケヤキ」の詩を含む中島和子さんの詩集なんです。
2009年05月21日
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ふるさとには 中島和子 ふるさとには なんにも ない 山と 川と 空のほかには だけど 母さんが いる ふるさとには なんでも ある 夢と 友と 思い出がある だけど 母さんが いないあなたにあいたくて生まれてきた詩(追伸)あって、しかもないもの・・(^^;なんだろう?・・考えすぎはいけません。詩人の発想は奥深い、のですから。今のところ、雲の多い一日?いや、晴れだそうです(^^)
2009年01月24日
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庭の隅っこ。植えっぱなしで、時々、家人が料理用に刈り取る。そんなニラが花になっていた 笑おやぢはといえば。そんなこととは無関係に。昔読んだ本を出してみたりしている。 海よ、僕らの使ふ文字では、お前の中に母がいる。 そして母よ、仏蘭西人の言葉では、あなたの中に海がある。 (「郷愁」、三好達治)漢字の「海」の中に「母」がいることは分かりますよね? 笑フランス語では「母」のことをmère(メール)というそうです。また、「海」のことはmerと表記して同じ発音ですので、「母の中に海がある」というわけです。(追伸)すみません。久しぶりに詩集ネタです。三好達治詩集写真の2冊は同じ本(岩波文庫)です。左側が、約30年前、1979年4月13日(笑)に買ったものです。もの持ちがいいもんで 笑いや。もうボロボロです。いろんなところに持っていきましたっけ。(持っていっただけ・・ということも多かったですが・・苦笑)この本、しばらく品切れでした。この夏。久しぶりに復刊されましたので、新しく買ってみました(写真右側)。この本を持っていくような旅があるのか・・もうそんな年でもないか~(^^)
2008年09月19日
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「元気です」そう書いてみて 無理している自分がいやで つけくわえた「か?」こう見えても歌集とか読むのだ 笑枡野浩一 著 『淋しいのはお前だけじゃな』、集英社文庫。歌人である著者のいくつかの歌の成立事情を優しいストーリで描く一冊。冒頭のはその一首である。あの季節、あの時代、あの夢・・短い歌には短いストーリがよく似合う。ちょっと切なく、温かな余韻を残してくれる。歌集でもなければ、エッセイでもない。実に不思議な感じの本だ。もう一首。 振り向いてくれたけれども 「がんばれ」 たぶん自分に言った言葉だ
2008年05月08日
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鹿島茂 編 『あの頃、あの詩を』、文春新書。団塊の世代(昭和20年から昭和26年生まれ)が中学校時代の3年間に国語教科書で読んだ詩のアンソロジー。ナニゲに本屋で手にとったもの。消極的な詩好きのおやぢにとっても、これは見逃すことはできない。ふーむ。教科書ねぇ。先輩方。このような詩を読まれていたのですね。おやぢの知らない詩もたくさんあった。勉強になるなぁ。実際。 ・・ よく晴れた空だなあ どこにも雲一つない 自分が小さくなる そして 大きくなる! 限りなく ああ 大きな青空 ・・(城左門、『青空』)いや。いいもん、見つけた。
2008年01月25日
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入沢康夫編 『草野心平詩集』、岩波文庫。おやぢは、時々詩を読む。などど言うと、まあ、変な顔をされるのがオチだから、あまり人には言わない。もちろん、ずーっと読むわけではない。例えば、電車の中で読むということでもない。あー、読めなくはないかもしれないけど。あくまで、休日などの昼間、気のむいたときに、適当に読み散らかすのである。夜だと、ちょっとつらい。草野心平さん。ユニークです。たとえば、「冬眠」という詩。 ●一行というか、下の方に●がポツンと一つあるだけ。蛙の冬眠?好きな詩の一部。・・・・少女たちはうまごやしの花を摘んでは巧みな手さばきで花環をつくる。それをなはにして縄跳びをする。花環が円を描くとその中に富士がはひる。その度に富士は近づき。とほくに坐る。耳には行行子。頬にはひかり。・・・・行行子は、ぎょうぎょうしでもいいのかもしれないが、ぎょうぎょうしい。ルビは「よしきり」とある。新明解国語辞典によると、「葦切」は、「アシの中にすむ鳥。からだはウグイスの二倍以上で、夏のころ、やかましく鳴きたてる。」とある。それはどうでも。ちょっといい感じの光景だと思う。
2008年01月10日
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井伏鱒二作 『井伏鱒二全詩集』、岩波文庫。50年以上の詩作人生で全部で70篇。これは、ホントに「全」詩集。200ページ位の本である。何か、「全」だと、ウレシイ感じで、得した気がする。この方も、どうしても飲まずにおれないということなのかもしれない。中でも、中国詩の訳詩がよく知られている。 勧酒 勧君金屈巵 満酌不須辞 花発多風雨 人生足別離 コノサカヅキヲ受ケテクレ ドウゾナミナミツガシテオクレ ハナニアラシノタトヘモアルゾ 「サヨナラ」ダケガ人生ダ「さよなら」だけが人生だ。必ずしも同意はしないが、飲んで酔っぱらってりゃ、そういう心境になっても不思議はないなぁ。もう一つ。 田家春望 出門何所見 春色満平蕪 可歎無知己 高陽一酒徒 ウチヲデテミリヤアテドモナイガ 正月キブンガドコニモミエタ トコロガ会ヒタイヒトモナク アサガヤアタリデ大ザケノンダなぜ正月から、あてどなくウロウロする?もう、飲んでるのか?果ては、一人で大酒するか?まあ、ツッコミ所はある。ただ、言葉の流れは何となくわかる。
2007年12月12日
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この間、本屋に行って、何げに買ってしまった。金子光晴という人は詩人である。なんだか、ちょっとおもしろく感じられた。・・あかせない秘密が 君にあっっても 僕に、ふるい むかしがあっても、 シャボンでながせば さらりとなって、 君も、僕も 新品同やう。・・この詩人の人生には、いくつかの局面があって、時間が流れていたわけである。その間、ずーっと詩人であり続けたわけだ。詩人だから詩を書くのではない。詩を書くから詩人なのだ。だから、あなたも詩人。おやぢも詩人。ちょっと変かなぁ。(注)おやぢには詩はかけませんでした。 だから、おやぢはまだ詩人ではないのかも。清岡卓行編 『金子光晴詩集』、岩波文庫
2007年11月26日
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俵万智著 『百人一酒』、文春文庫。歌人である著者は、実はお酒好き。痛快痛飲エッセイ集。越乃寒梅の社長さんに、大吟醸の水割りを飲みたい、とお願いしたり、海外の友に八海山の一升瓶を届けようと奮闘したり。ホントにチャレンジ精神旺盛な飲みっぷりの日々で、好感が持てるなぁ。「飲もう酔うもの」という回文づくり。本人の一番の自信作は、 今酌んで今うまい「天狗舞」だそうである。うーん。ただ、ちりばめられた歌はやはりさすが。・・四国路の旅の終わりの松山の夜の「梅錦」ひやでくださいらしい、感じ。
2007年11月19日
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若山牧水著『新編みなかみ紀行』、岩波文庫。酒を愛し旅を愛した歌人・若山牧水の紀行文集。旅の詩2篇併収。牧水に酒はつきもので、別の本ではあるが、とても有名な歌もある。 白玉の歯にしみとほる秋の夜の酒はしづかに飲むべかりけれこの本は、画像とかおもしろい格好の写真が載っていて、好きな人は好きだと思うが、何だー、と思う人は歯牙にもかけないだろう。だから、万人にお勧めできるものではない。その牧水が、晩年まで愛誦した詩は、永井荷風訳ボードレールの「旅」の一節であったという。行かむがために行く者こそまことの旅人なれ心は気球の如くに軽く身は悪運の手より逃れ得ず何の故とも知らずしてただ行かむかな行かむかなと叫ぶふーむ、ただ行かむかな、行かむかな、である。そこに山があるから登る、そこに酒があるから飲む、みたいなものなのだな、とおやぢは解釈したりするのである。彼が生きていた時代(1885-1928)の酒がどのようなものであったかは知らない。ただ、彼が現在の酒を飲んだら、どう思うかは聞いてみたかった気はする。
2007年10月06日
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