年老いた母のためにと思って配慮したことに対して母は「そんなことはしなくていい」と怒ったような口調で断った。それに対して姉は怒ってしまい、母と絶交し、数年間母のところに会いにこない状態が続いた。母は「なぜあの子はあんなだろう?」と悲しく嘆いていたが、母は意識していなかったがその子の生後数年間のさみしかった思いがそのようなかたちで現れたのではないかと思っている。



 とてもよく解る気がします・・・
お姉様、どんなに切なく寂しい想いをされたことでしょうね・・・
そう想うだけで、こころが痛みます。 (2013.03.20 21:51:55)

今が生死

今が生死

2013.03.20
XML
カテゴリ: 生き方
s-FJ310124.jpg

庭の木蓮が満開になった。今日はお彼岸でお墓参りに行って午後2時からは今度山梨県の介護認定審査委員に就任したのでその勉強会に参加して午後5時に終了した。

木蓮は私が大学卒業後15年目で医学博士号を取得した記念に植えたものである。それから28年が経過した。毎年、春を最初に告げてくれてそれから桜が咲き始める。

お墓参りではこの頃自分もそれに近づきつつあるので亡くなった人達の年齢が否応なく目に入ってきた。私と同じくらい又は、それより2~3歳上で亡くなった人もいた。6つ上の姉も1昨年亡くなった。その姉の上に長女がいて7歳で亡くなった。その子は賢くて気立てがよく、自分たちの子供とはとても思えない子で母親はその子を尊敬し可愛くてたまらなかった。

ところが小学校に上がる直前、肺炎で亡くなってしまった。その悲しみは何にも例えようがなく、言葉にも言い表せない辛さだったとよく私たちにも話してくれた。その時妊娠中で3ヶ月後私のすぐ上の姉が生まれた。その姉は昨年脳梗塞を起こし入院中だが、様々なことで辛い人生だったろうなと思う。まだお腹の中にいた時、母親が例えようもない深い悲しみに襲われた。生まれてからも長女とその子を比べてしまい、その子をみても長女が生きていたらとの思いにかられることが多かったのではないかと思う。

そしてその子が2歳になった時、今度は私が生まれてしまった。当時は男の子願望が強く、女ばかりが生まれて5番目にしてやっと生まれた男の子で可愛くてたまらなかった。母親は世間で子供を差別して育てている話を聞くと自分は全く平等に育てたといつも言っていたが、実際意識的には差別心は全くなく平等の心で育てたと思う。しかし現実には潜在意識の中で亡くなった長女や、待ちに待って生まれた男の子の方に意識が行っていたと思う。姉は自分が疎外されているのではないかという思いに敏感に育った。反対に私は家でも学校でも贔屓されているように感じて育った。

後年その姉が、年老いた母のためにと思って配慮したことに対して母は「そんなことはしなくていい」と怒ったような口調で断った。それに対して姉は怒ってしまい、母と絶交し、数年間母のところに会いにこない状態が続いた。母は「なぜあの子はあんなだろう?」と悲しく嘆いていたが、母は意識していなかったがその子の生後数年間のさみしかった思いがそのようなかたちで現れたのではないかと思っている。

人の運命はわからない。生まれる前後の状況によってもその人の運命は違ってくる。姉がまだ2才の時、待ちに待たれていた自分が生まれてしまい、姉には申し訳なかったと思っている。その姉は今は脳梗塞も少しずつ良くなり、言葉や食事などのリハビリも進んでいる。母も、そしてその上の姉達も亡くなってしまった今、この姉にはうんと幸せになってもらいたいと願っている。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2013.03.20 21:39:47
コメント(3) | コメントを書く


■コメント

お名前
タイトル
メッセージ

利用規約 に同意してコメントを
※コメントに関するよくある質問は、 こちら をご確認ください。


Re:お彼岸の中日に思う(03/20)  

子供の頃の記憶はずっと続くのでしょうね  
楽天星no1  さん
すずらんのかほりさん
母は年老い、自分は今が盛の年代、力関係が全く違います。それなのに母の一言動にひどい態度をとり続けた姉、恐らく理性ではそんなことがいいとは絶対思っていなかったと思いますが、心のどこかに母に優しくしてもらえなかった思いが残っていたのだと思います。あの時せっかく自分が母のためにと思ってしてやろうとしたのに拒絶された。ずっと愛されて育ったという実感があったなら、それくらいではびくともしない親子関係だと思いますが、幼い頃の記憶がそのような言動を取らせてしまったのだと思っています。 (2013.03.20 23:23:06)

Re:子供の頃の記憶はずっと続くのでしょうね(03/20)  
楽天星no1さん
>すずらんのかほりさん
>母は年老い、自分は今が盛の年代、力関係が全く違います。それなのに母の一言動にひどい態度をとり続けた姉、恐らく理性ではそんなことがいいとは絶対思っていなかったと思いますが、心のどこかに母に優しくしてもらえなかった思いが残っていたのだと思います。あの時せっかく自分が母のためにと思ってしてやろうとしたのに拒絶された。ずっと愛されて育ったという実感があったなら、それくらいではびくともしない親子関係だと思いますが、幼い頃の記憶がそのような言動を取らせてしまったのだと思っています。
-----
ほんとうに おっしゃる通りだと思います。
人の心って、とっても微妙で繊細で傷つきやすく
自分自身でも わからないうちに 大きく傷を負い、
その後の人生に大きく 拘わっていることもあるように
思います。
 小さな頃の体験や 環境が その人の体質や性格にまで
影響するような気もしています。
病気にも・・。陰を落としている気がします。

理性ではそんなことがいいとは思っていなくとも・・・
どうしても そうなってしまう・・ということって
ありますね。
なんだか、今の私の日々の気づきとシンクロしていまして
駄文を長々書いてしまいました。
お許しくださいね。
でも、お医者様が、そんな 繊細な心の襞の傷にまで
思いを馳せて下さる、
そんなお医者様がいらして下さること
とても 嬉しく思いました。
(2013.03.21 22:11:07)

【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X
Create a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: