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うたたねに恋しき人を見てしより 夢てふものは 頼み初めてき 小野小町杉たま訳:短いうたたねの間に、恋しいあなたの姿を見てからというものの、夢を見ることばかりを生きる頼りとするようになりました。昔は今と逆で、夢に誰かが出てくるのはその人が自分を想ってくれているからだと信じられていたようですが、そうでなくても夢にすがる気持ちというのは共感できます。今日から「死ぬまでうたたねブログ」の名の由来はこの歌だよ、と言うことにしようかと。あら不思議、なんだかとっても深いタイトルに思えてきますね。あれ?こない?◆◆小声で言っちまいな!!※自主規制発動中!!◆◆もう大変大変大変惚れっぽくって自分でも困ってます。大学院生ブログランキング
2005.12.17
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続きが遅くなってしまってすみまーせん。別にもう続きはいーよって感じでしたらもっとすみません。ゲンジーナの続きです。千代菊さん → 半玉さんで…ってとこからでしたね。半玉さんというのは、玉代(芸者さんを揚げるのにかかるお金のことです)が半分、つまり半人前の芸者さんのことです。祇園とはまた違うのかもしれませんが、私のいたところでは、「芸者」「舞妓」と聞いてすぐにイメージする白塗り・振袖の格好をするのは半玉さんだけでした。普通の芸者さんは落ち着いた色合いの着物で、普通のお化粧です。前は十代の子だけが半玉で「新人」の同意語のようなものだったみたいですが、今ではそうでもなくって、もう十年も半玉を続けている…というお姉さんも見ました。もちろん「半玉」とは名前ばかりでお給料が半人前ってことももうないみたいです。あ、もしかして「はんたま」って読んでる方いらっしゃいませんでしょうか。「はんぎょく」ですよ~、いいですか~。半玉さんから一人前になると「一本さん」です。さて…千代菊さん → この人ははじめは半玉ではなかったのですが、「華があるし、童顔だし、人気があるし…」ということで勧められて半玉になったみたいでした。半玉から一本になるときは名前が変わります。千代菊さんは一本の時の時の名前は「かなこさん」でした。フツーですね。姫菊さん → 今一番の売れっ子と言われてる人でしたが、私はあんま~り好きじゃありませんでした。意地悪だったから…。千代菊さんのが好きでしたね。どうでもいいけど。お客さんからは「姫ちゃん」と呼ばれて、本当にお人形さんみたいな顔をした人でした。ちなみに千代菊さんも姫菊さんも私より年下でした。年下でも花柳界に入ったのが先ならみんな「お姉さん」です。料亭の仲居さんたちは平均年齢がだい~ぶ高い(60くらい?)のですが、もちろんこちらも「お姉さん」。花柳界には女将さんとお姉さん以外いないのです。もっといろい~ろ書きたかったのですが、源氏名とは言えどこれって個人情報かもしれない…という懸念が。よくよく考えると、昨日と今日の日記は削除すべきかもしれんとです。
2005.11.08
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昨日めでたく誕生した姉のベイビー。実はもう名前決まってます。4月頃から決まっていておなかに呼びかけていたみたい。姉の旦那さんは「命名式をするまでみんなには内緒!」と言っているのですが、実は私と母はもう知ってます。ふふ。お姉ちゃんにこっそり聞いちゃった。生まれたのは女の子でしたが、もし男の子だったら「かんた」とつけるつもりだったみたいです。「かんた」って「北風かんた」しか思い浮かばないなあ。あっけらかんとした男の子になりそうだけど、あんまりもてそうではないなあ。名前にちなみまして、今日は芸者の源氏名についてちょっと。数年前に芸者をちょこっとやってみたことがありました。私は本名でやっていたのですが、ほとんどの女の子は源氏名をもらってました。検番という芸者の派遣登録所(簡単に言ったら)のようなところがあって、女の子はみんなそこに登録しないとお仕事ができません。源氏名で登録するので同じ町に同じ名前の芸者さんはいないんです。そんなわけで私の聞いた芸者さんの名前。涼子ちゃん → 同じ置屋で一番良く話した女の子でした。こないだ書いたブログに書いた時はR子ちゃんと書いたのだけど、まあいいか…。さゆりちゃん → 置屋のお母さんが好きな名前で(恐らくサユリストとお客さんに受けがいいからと思われますが)、女の子によくつけていました。よくつけていた、というのはなぜかさゆりちゃんと名づけられた女の子はみんなすぐに辞めてしまったから。私が見ただけでも3人のさゆりちゃんがいました。女々(めめ)ちゃん → この子も同じ置屋でまだ若い子でした。目がぱっちり大きいことと、女の子らし~い感じからつけたのだと思います。芸者さんの中でも結構目立っていた名前でした。いちごさん → 東北出身らしく真っ白な肌をしたお姉さんで、唇がぷっくりしているところが「いちご」って感じなのかなあ、と思っていました。五郎さん → 驚いてはいけません。すごくキレイなお姉さんでした。なんでもそこの置屋さんの中でも1番手2番手のお姉さんに受け継がれる名前だとか。千代菊さん → 半玉さんでした。半玉さんとは…バイトのお昼休みが終わってしまったので夜にまた書きます、すみません…
2005.11.07
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「平山あや」というタレントさんを見るたびに「イアアアアア」と、言いたくなる。ほらこの方、名前の最初の「ひ」以外は全て「ら」も「や」も「ま」も「あ」も「や」も母音がア。最初の「ひ」をとっかかりにして、それから一つあがって、あとはずっとフラット。そのフラットなぽか~んとした感じがどうにも憎めなくて、ね。そんなわけで、人の名前を聞くとたまに音便に置き換えてみたりします。「さやか」とか私の「たまか」もそうですけど、「アアア」って並ぶと何だか明るい感じ。「あつこ」とか「なつこ」って「アウオ」でいっこずつ飛ばしてぽんぽんぽんと着地する感じがキレイ。「ともこ」って「オオオ」でメールで打つのがめんどくさい。友達で、アからオまで全ての母音が名前の中に入っている子が1人だけいます。しかも、「ん」まで入っている。その上、母音の重複はなく全てキレイに一音ずつ。有名人ではないのでその名を書けないことが残念ですが、これはなかなか貴重ですね。今度は母音が「アイウエオ」の順に並んでいるお名前を見つけたいものです。「秋末ゴン」みたいな。「梶ムメ子」みたいな。ストレートフラッシュですよ。よく姓名判断って漢字の字画で行いますけど、音での占いもあってもいいのにな~と思います。
2005.08.31
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「蚊にさされた」と言うことが出来なかった、幼い頃。何度言っても「カニにさされた」姉にケラケラ笑われても、何が可笑しいのかわからず、憤然。
2005.08.22
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見れない食べれない来れない…確か昔「ら抜き言葉殺人事件」ていう小説があったような。今、パソコンで打つと上の三つの語は≪ら抜き言葉≫ってびしっとパソコンが注意してくれるのですが、なんだかもう最近ら抜き言葉は市民権を得たようですね。五年くらい前に歌手がテレビで歌っていて、その字幕に普通に確か「見れない」というら抜き言葉が使われていて、その時は随分びっくりした覚えがあります。あ、もう「ら抜き言葉はいけない!!」という風潮もなくなったんだと。国語の教師をしている母の影響で「ら抜き言葉は気持ち悪い」という観念を小さい頃からたたき込まれました。母はもう文法が大好きな人で、「見れる来れるは言えないが、作れるや行けるは正しい。作る行けるは五段活用、見る来るは上一段活用。れる・られるの可能動詞はられるが上一段・カ行変格サ行変格、れるが五段活用につくと決まっていて…」…なんてことは問わず語りにぺらぺらぺらと喋っています。得意技は品詞分解です。それではムスメの私はというと、もう全然わかんないですね。なにがわからんのかというと、「言葉の乱れ」を嘆く人たちがいる一方で「言葉が移り変わっていくのは自然の流れだから仕様がない」という人たちがいる。私は母の教育の賜物で「ら抜き言葉、気持ち悪い」と刷り込まれているのですが、どうも、声高に言葉遣いの乱れを糾弾するよりも「いいじゃあないの、人間だもの」というスタンスの方が、かっこよく見える、ように感じられる。「ら抜き言葉」はあんまり好きじゃ~あないのですが、後者の「しょ~~がないよ、昔っから変わってきてるぜ言葉」という立場でもいたい。教科書で習った文法を正しく使っているのになぜかややマイノリティーになりつつある現在。このままでは頭が固いというレッテルも張られかねない。どうしよう、なんとかかっこよく「ら抜き言葉」をやんわりと戒めたい。ら抜き言葉を使う私ってカッコイイと思われたい…(そこまれ思ってませんが)そんなわけで母に振ってみました。かっこいい回答を求めて。「ら抜き言葉などが正しくない日本語だと言われる一方で、言葉は常に移り変わっていくものだという考え方があります。そのことについて、あなたはどうお考えですか??」パソコンに向かって、俳句仲間が出した句集の感想文を打っていた母、答えて曰く。「う~~ん、もう、ら抜き言葉はしょうがないね。おかあさんも匙を投げたよ。でもやらさせてもらいます、いかさせてもらいますっていうようなさ入れ言葉はねえ~。汚いよね。合理的でもないし」母はつるりと逃げました。さ入れ言葉も時間の問題だと思うぞ。バイト先でもさ入れ言葉問題になってましたちょこっと。営業マンの必要以上にへりくだる姿勢が「さ入れ」に現れたものとか。もし本当にそうだとするなら、使い出した営業マン達にとっては「文法上、問題のある表現だけど、敢えて使うことで誠意をくみ取ってもらいたい」ということだったのでは。でもそれが普及してしまうと「文法上、問題のある表現」という言葉だということは忘れ去られてしまう。いわゆる業界用語であるうちは良かったのだけれど…っていう話。さて、ら抜き言葉は一体何を持って発生したのでしょうか。たまに私も「好きくない」とか「違くて」とか舌っ足らずな表現を、会話の上でわざと使ってみたりすることがありますが、案外そういうのなのかしら。
2005.08.09
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あんまり政治の話は書きたくないのですが、まあ言葉つながりということで…【【<石原都知事>「フランス語は国際語失格」発言で提訴される】】 なんというか…もう幼稚園で「人の悪口は言ってはいけません」って習わなかったのかこの人は、っていうレベルなんですけれども。問題になって訴えられたりすることの煩わしさよりも、自分が言いたいことを優先するのか?それとも問題になることが予測できないほどおバカなのか??はたまたヤイヤイ言う人を見て楽しんでいるのか???どれにしたってフランス語を愛する人ごめんなさい。一都民として…こないだも「『文明がもたらしたもっとも悪(あ)しき有害なものはババア』っで訴えられてましたけど、こういう時、裁判費用とか負けた場合の損害賠償金とかはどっから出るんですか??まさか税金じゃないよね…?フランス語発言にしろババア発言にしろ聞きかじった知識で思いつきのこと言ってる感じがしてしまいます。あなたより頭良くてもの知ってても、謙虚にしてる人たちたくさんいるぞ!首都の知事で権威ある文学賞の選考委員が他の国の言語を小バカにしたってさ。もっと事を荒立ててくれ、フランス。
2005.07.13
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とことはにあはれあはれは尽すとも 心にかなふものか命は 和泉式部[永久に愛している愛しているとあなたは言いますが、有限の我身で無限の思いを思い尽すことなどできるでしょうか。この心の渇きは、限りある命の中で満たされることなどないのです。]大岡信著「名句歌ごよみ 恋」の受け売りです。これを読んでから和泉式部が好きになりました。こんなこと思ったこともねーですが、思ってみたいものだわいな。□夕飯はそーめん、納豆キムチ、ゴーヤチャンプルー□
2005.07.11
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JRが満を持して発行したICカード、Suica。これが発売された当初のこと。母子二人の夕食中(父は外食)、母が突然悩みだしました。母「う~ん、たぶんそうじゃないかな~、そうだと思うんだけど…」私「は?何が?」母「絶対そう!気になる!」急に椅子を立って、鞄の中から電子辞書を取り出す母。電子辞書をポチポチ押して、それからにんまり。母「そう、誰何ってやっぱりこういう意味よね。ほら、これじゃない?Suicaの由来」母の指さす先には。すい-か【誰何】 「誰か」と声をかけて名を問いただすこと。呼びとがめること。「入り口でーーされる」と、ありました。ほ~、なるほどね。確かに改札ってチェックするところだものね、私ったら「スイスイカード」の略とばっかり思ってた。母、天晴れ。なんかちょっとお堅い感じがするけどだから「Suica」って横文字にしてるのかもね。↑なんて思ってました。ここ数年。今ね、JRのHPを調べてみましたら 【“Suica”とは「Super Urban Intelligent CArd」の頭文字をとって名づけられました。さらに、“スイスイ行けるICカード”の意味も込められています。】ですってさ。うがちすぎたね、母さん。確かに考えてみれば、誰何するのはカードじゃなくて改札機の方だものね。それにお客さんに対していちいち「呼びとがめる」っていうのも剣呑ですし。はっ!もしかして、キセルなどの不正乗車に業を煮やしたJRが、ちらりと乗客への嫌味を含ませたとか??そんなわきゃなにゃーですけど、母のように勘違いしている年輩の方多いかもしんまいですよ。そういえばSuicaカードのマークが「西瓜」を表していることに最近気付きました。なんか地球っぽい…と思っていた。と、いうかそんな大胆なダジャレを元国鉄が使うと思わねかったのです。【Suicaの意味】1.「Super Urban Intelligent CArd」2.「スイスイ行けるICカード」3.みんな大好き夏の風物「西瓜」4.こっそり「誰何」ちょっと「Suica」を見直したな。日本語って本当に、面白いですね。
2005.07.10
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二年ほど前に東京の下町の方でバイトをしていたことがあります。めんどくさいので詳しくは書きませんが「向島」という地域で。江戸時代、江戸の中心の日本橋あたりから見ると向島は隅田川を挟んでほんとに「向こうの島」であって、その「向こうの島」に男の人たちは愛人を住まわせたんだそうでございます。そんなこんなの向島。私は東京生まれ東京育ちと言っても、父は和歌山、母は静岡出身なので、到底「江戸っ子」とは言えません。別に江戸っ子に対する憧れがあったわけではないのですが、この向島で「ひ」と「し」が上手く使えない年輩の方を見た時は、「おお、これが!!」と思いました。噂には聞いたことがあるけど実際には目にすることがなかなかできない、例えば白い猿を見た時のような気分。他には本当にバナナの皮で滑る人とか。「ひこうき」は「しこうき」「おひつ」は「おしつ」「ひばし」は「しばし」こんな言葉が普通に交わされて、しかも「しこうきじゃなくてひこうきだよ」とつっこむ人なんていない所。私にとっては軽くパラレルワールドであったわけですが、更に驚くべき事実が。それは「ひ」が「し」になるばかりではなくて「し」も「ひ」になってしまうこと。「しちみ」は「ひちみ」「しっぴつ」は「ひっぴつ」「シート」は「ヒート」江戸っ子は「ひ」が言えないわけではない。これは私にとって大きな発見でした。今までこの発見を人に話す機会に恵まれなかった私ですが、今日、ブログのネタにふと詰まって、このことを思い出しました。私は声高にみなさんに訴えたい。本当に「ひ」を「し」と言う地域(人ではなくて)があります。そしてそこではまた、「し」も「ひ」なのです。「私は、お布団とピアノがひけます」という、昔何かのアニメで見たギャグも江戸っ子の「ひ」と「し」の倒錯が生み出した他では有り難い賜物と言うべきなのでありましょう。余談ですが、高校の時に渋谷で酔っぱらった帰りに友達と屋台のラーメンを食べに行き、屋台のおじさんに「おっちゃん、美味しいです」と言ったところ、「おっちゃんなんて言葉を使うんじゃない。それは関西の人が使う言葉だ」と言われたことがあります。反省しきり。若気の至り。□夕飯は近所に新しくできた蕎麦屋BAR。母に「麺を食べている時に葱を入れるのは邪道なんだよ。蕎麦湯を飲む時に始めて葱を入れるんだよ」と、こないだ聞いたばかりの知識を教えてあげました□いつも十時には就寝する母が、今日はパソコンから見える位置で楽しそうに読書をしていて、なんとなく好ましい。
2005.06.30
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「恋に恋する」走りに走る、などと同じで強調の表現だと思っていた。実際は恋愛ってものに過大な夢を抱いているティーンのガールズに対する形容ですね。高校の頃とか間違えて「○○ちゃん、最近恋に恋してるね~」とか言ってたような・・。イヤな奴じゃん。○ブラインドの間(あい)の太陽書庫の夏○~ブラインドの あいのたいよう しょこのなつ~☆夕飯は冷やし中華のようなもの☆
2005.06.19
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突然ですが、私の青春は「ボキャブラ天国」を抜きにしては語れません。みなさん覚えてらっしゃいますでしょうか。タモリが司会でフジでやってたやつです。投稿ネタではなくて、芸人がボキャブラのネタを競うやつ、あれを私は毎週欠かさず見てました。欠かさず見てたというか、ビデオを録りながらリアルタイムで見て、見終わるとすぐにビデオを巻き戻して二三回繰り返して見て、その都度爆笑。本当に本当に好きでした。こよなく愛してました。めくるめくギャグの数々、満開に光る点数ボタン、舞う黄金の座布団・・。何もかも懐かしい・・。高校の修学旅行の夜の自由行動時間でも、みんなお菓子を買いに行ったりして街に繰り出している中、一人「私はボキャブラ見るから」と部屋に残るわたし。家ではちゃんと予約録画してあるのに。友達思いの子が一人、「じゃあ、私も残るよ・・」と言って一緒に見てくれたっけ。いい思い出です。(え、反省しろって?) 思いが通じてか、その頃ボキャブラに出てくる芸人さんをしょっちゅう街中で発見しました。でもここで書いても誰も知らないようなもう消えていってしまった人たちばかり。というか、私も名前忘れてしまいましたン。覚えているのは「アリとキリギリス」の小さい方の人だけ。ほんとに5,6人見たんですよ。好きっていうのは通じるもんだなあ。爆笑問題もネプチューンもくりーむしちゅー(海砂利水魚)もアンタッチャブルもみんなボキャブラから巣立った人たち。今のお笑いブームの基礎はボキャブラにある。たぶん。一番印象に残っているネタは「俺の前から消えろ!いいから消えろ!」を「俺のマイカー黄色!英語でイエロー!!」ああ、字で書いたって面白さが伝わらない・・。(これは「坂道コロコロ」のネタ、後に坂道コロンブスに改名、去年あたりに一人がわいせつ罪で捕まったってニュースで見ました)松本ハウスとかデンジャラスとかパイレーツとか金谷ひろゆきとか今どこで何をしているのだろう。ネタの前にそれぞれの芸人さんたちの決まった文句が出るんですよね。海砂利水魚なら「邪悪なお兄さん」とか。あれも大好きだったんだけどあんまり覚えてない。ああ、もう一度見たいなあ。是非見たいものだなあ。ああ。夕飯はあじの刺身、など。□メロン掬ふメールが返ってこなくって□
2005.05.18
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新聞で見つけた新刊本の広告。「珠玉の才能が生んだ、ありえない感動!」おいおい!「ありえない感動」って・・・なんですか?私の持っている辞書には「ありえない」という語は「有り得る」という動詞の否定形としてしか存在せず、「有り得る」は「あって差し支えない」「そうなる可能性がある」とありますが。「あって差し支えある感動」?「そうなる可能性のない感動」?ほー、随分難しそうな感動を生み出したものだ。「ありえない」って最近の若い人の使う「ありえな~い」を思い出させる。あれはどちらかというと形容詞として使われてるのかな。私も使うけど。あれだってあまりプラスイメージを持った使われ方じゃないのでは?「なんか彼氏が浮気してさ~」「ありえな~い」、「昨日ホリエモンに会社乗っ取られちゃってさ」「ありえなくねえ?」みたいな。まあ、「びっくりするようなどんでん返しの結末による感動」「今までの常識からは考えられないようなタイプの感動」とかそんなようなことを言いたかったんだろうケドー。そういう意味で話し言葉では使うこともあるかもしれないけれど、文章で、キャッチで、しかも文芸書、ましてや吉川英治新人賞受賞の作家の本にこういうキャッチつけるって、どういう言葉のセンスを持った方なのかしらネ。ケロケロ。あ、気持ちの悪い日本語の使い方を好む人に読んで欲しい本なのかな?あんま日本語の使い方を知らない人にこそ、この本がおすすめってこと?ンナワキャネー。責任者出てこい。私にキャッチ書かせろコラ。◇夕飯はたこ焼きとうどん◇
2005.05.13
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「夜這い」という説あり。なんで夜這いがやばいの?日本は夜這い文化で人口を増やした国でしょ。ねえねえねえねえ。
2005.05.12
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