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画像は、てんぱる様からお借りしました。「火宵の月」の二次創作小説です。作者様・出版社様・制作会社様とは一切関係ありません。色々と捏造設定ありです、苦手な方はご注意ください。「何だ、今のは!?」「一体何が起きたんだ!?」プライベートビーチ全体を突如襲った雷に、観光客達は戦々恐々としていた。「あれは・・」ジャングルの中で、シキはプライベートビーチを絶え間なく襲う雷を呆然と見ていた。「アリマサ、何とかあの方を救えないのか?」「無理だろう。もう彼は・・この島の神は魔物と化してしまっている。彼はこの島を破壊尽くすことしか考えていない。」有匡はそう言うと、海辺近くにある旧市街に居る火月のことが気にかかった。「きゃぁぁ!」旧市街に住むリンガルのアパートで、火月は激しい雷鳴に悲鳴を上げた。「大丈夫かい?」「どうして急に雷が?」「神がお怒りになられたのさ。あたし達が自然を破壊したから。」リンガルはそう言って、天を仰いだ。プライベートビーチ周辺のホテルでは火災が発生し、消防隊が出動して消火に当たったものの、炎の勢いが激しく、巨額を投じたホテルは次々と崩落した。「おい、お前達何とかしろ!」「そういわれましても・・」「何ということだ、わたしのホテルが!」目の前で崩落してゆくホテルを、レイモンドはなすすべもなく呆然と見つめていた。“やっと見つけたぞ。”彼の前に、紅い衣を纏った男が舞い降りてきた。「何だ、お前は!」レイモンドはそう叫んで男に発砲したが、銃弾は彼の周辺で留まるだけで、その身体を貫きはしなかった。「ひぃぃ、化け物!」“黙れ、愚かな人間よ!”男の白い指先がレイモンドの顔へと伸びたかと思うと、彼の血と脳漿が潰れた柘榴のように飛び散った。(神の“気”を近くに感じる・・旧市街の方か?)有匡がシキと旧市街へと向かっていると、鐘楼の方から悲鳴が聞こえた。「シキ!」「一体何が起きたんだ?」シキに駆け寄った女性が、恐怖に震えながらレイモンドの遺体を指した。それは顔を原型に留めぬほど潰された無残なものだった。「何てことだ・・」魔物と化した神の怒りを感じたシキは、思わず槍を地面に落としてしまった。その時、一筋の光が有匡の顔を掠めたかと思うと、神が彼の頭上に剣を振りかざしてくるところだった。“愚かな人間よ、また来たか。身の程知らずが。”そう言って口端を歪めて笑う姿は、魔物そのものだった。(このままでは彼が神に戻れなくなる。どうすれば・・)有匡が土産物店に飾っていた剣を掴んで応戦すると、神は間髪入れずに攻撃を仕掛けてきた。「有匡!」向こうから火月の叫び声が聞こえたかと思うと、彼女が自分達の方へとやってくるのが見えた。「来るな!」「あんた島の神様でしょう!お願いだから人間を傷つけないで!この人たちはあなたを蔑ろにした事を後悔しているの、だから許してあげて・・」“黙れ!”神はカッと目を見開くと、火月を睨みつけた。「神よ、どうかお気をお鎮めください!」シキは火月を守ろうと彼女の方へと駆け寄ろうとした、その時だった。突然島全体が、激しい揺れに襲われた。「何だ?」石畳には、あの祭壇に刻まれた文様が浮かびあがってきた。有匡は慌てて神の姿を探したが、彼は何処にも居なかった。「ありま・・」火月が有匡の方へと駆け寄ろうとすると、突然地面がひび割れた。漆黒の闇の中、三人は凄まじい勢いで落下していった。(一体何が起きた?)有匡は青龍を呼び出し、火月とシキを乗せた。「しっかりつかまっていろ!」青龍は上空へと向かって上昇していった。「おい、あれは・・」「あの青龍、まさか有匡のか?」一方、戦場では紅牙族と人間が死闘を繰り広げていた。その最中、琥龍が上空を泳ぐ青龍を目撃した。あれを操れるのは、二人しか居ない。有匡と、彼の妹である神官だけだ。だとすれば、有匡があの青龍に―「どうしたの、琥龍?」「禍蛇、有匡の龍が・・」琥龍がそう言って上空を指した時、敵兵の火矢が彼目掛けて飛んできた。「琥龍、危ない!」禍蛇が彼を守ろうと駆け出した途端、上空から何かが急降下してきた。「化け物だぁ~!」「全員退却!」青龍が敵を威嚇すると、彼らは一目散に逃げていった。「大丈夫か?」「やっぱりてめぇか、有匡。」危機一髪のところを有匡に救われ、琥龍は少しムッとした顔で彼を見た。「人間と和解できたんじゃなかったのか?」「ちょっと訳有りでな。それよりも・・火月、フェロモンボンバー!」青龍から降りてきた火月の姿を見るなり、彼はそう言って彼女に抱きついてきた。「何すんのよ、このスケベ!」戦場に、乾いたビンタの音が響いた。「有匡、何で火月が凶暴化してんだ?お前、何かしただろう?」「何もしていないぞ。今からお前に説明しようと思ってだな・・」「火月、俺と不倫してくれ~!」「ウザイ!」懲りずに火月に突進する琥龍に、彼女は彼の股間を蹴り上げた。「で?こいつは確かに火月だけど、俺達が知ってる火月じゃねぇってことか?」紅牙の村で琥龍はそう言うと、火月を見た。「まぁそういう事だ。顔も名も同じだが、わたしの火月とは全く似ていない。」「誰ぁれが、“わたしの火月”だと、この野郎!夫ぶってんじゃねぇよ、有匡!」琥龍は有匡を睨むと、彼は飄々とした様子で酒を飲んでいた。「全く、まだ火月(つま)を諦めておらんのか、サル。これじゃぁ禍蛇(よめ)に逃げられても文句言えんな。」「うるせぇ!大体なぁ、火月に先に惚れたのは俺だ!」「だから火月をものにするのは当たり前だとでも?馬鹿げてるな。女は男の所有物だと古臭い考えは捨てろ。」「んだとぉ、表に出ろ!」「全く、口論で負けたと思ったら今度は喧嘩か。これかだから単細胞は困る。」怒りで完全に逆上している琥龍を前に、有匡は冷静沈着な態度を崩さなかった。「ねぇ、あいついつもああなの?他人の奥さんにいつもセクハラかますわけ?」「まぁそりゃぁねぇ、琥龍は火月ちゃんにベタ惚れだったからねぇ。いつも日本に来ては殿(ありまささま)と火月ちゃんの仲を邪魔してたもんねぇ。」「そうそう。でもさぁ、結局火月ちゃんに振られちゃったからねぇ。」有匡の式神、種香と小里は、そう言いながら笑った。「全くあいつときたら、いつも他の女寝室に引き摺りこみやがって。嫁の俺には全然構ってくれねぇんだもんな。まぁその度に〆るけどさぁ。」「あたしは旦那が浮気したら金は渡さないわぁ。家計を握っている妻の権限よねぇ。」「言えてる~!」女性陣による“夫の浮気に対する制裁トーク”で盛りあがり、いつしか夜は更けていった。「あのう、何処で寝れば?」「う~ん、やっぱり一応殿と一緒に寝ないとねぇ。」「え~、それマジで嫌なんだけど。お姉さん達のところで寝かせてくださいよぉ~」「駄目よぉ、ねぇ?」「そうそう!じゃぁおやすみ~」種香と小里はそそくさと自分達の部屋へと入ってしまった。(どうしよう?)こんな極寒の中で野宿する訳にもいかないし、かといってあの琥龍(ケダモノ)の部屋で寝る訳にもいかないし・・結局火月は、有匡の部屋で寝ることにした。「何だ、来たのか。」「お姉さん達の所で寝ようとしたら、きっぱり断られちゃったもん。っていうか、あんたと一緒に寝たくないんだけど!」「それはこっちの台詞だ。」「何よそれ~!」また有匡と火月はいがみ合ってしまい、火月は床で寝ることになった。「あぁもう寒いったらありゃしない。ねぇ、ベッド譲って欲しいんだけど。」「お断りだ。何故お前なんぞに譲らねばならん。」「ケチ~!」有匡が本を読んでいる間に、床で火月はいつの間にか寝入ってしまった。(全く、どうしてこいつは妻と同じ顔と名前なんだ。)性格は全く似ていないというのに、顔が似ているというのが厄介だ。無防備で大口を開けて眠る火月を見ながら、有匡は溜息を吐いて彼女に毛布を掛けた。翌朝火月が起きると、ベッドでは有匡がすやすやと寝息を立てていた。ここのところ、心身ともに疲れている所為からなのか、彼女が揺すってもなかなか起きない。「カゲツ、俺だ。」扉の向こうから、シキの声が聞こえた。「なぁに?」「アリマサと話があるんだが・・」「あいつなら寝てるわよ。それにしても話ってなに?」火月がそう言ってシキを見ると、彼の顔が少し曇った。「さっき、男達が妖狐族の宮城に攻めに行くとか話していた。」「妖狐族の宮城に?それって確か、有匡の奥さんと子どもが捕えられている所だよね?」「そうなのか?」シキの蒼い瞳が驚きで大きく見開かれた。「いつ頃城攻めするって?」「さぁな。明朝発つとか言っていたな。」紅牙族の男達が話していた内容が確かなら、有匡の妻子はどうなるのだろうか。「シキ、それは本当なのか?」「アリマサ・・」いつの間にか起きて来た有匡が、そう言ってシキに詰め寄った。「アリマサ、何処へ行く!」「決まっている、妖狐族の宮城だ!」吹雪の中、有匡が妖狐族の住まう妖狐界へと次元通路を開こうとした時、シキが慌てて彼を止めようとしていた。「止せ、落ち着くんだ!」「そうだよ、有匡!少し冷静になってよ!」「煩い、わたしに構うな!」有匡は二人の制止を振り切り、次元通路を開いて異界へと行ってしまった。(行っちゃった・・)次元通路が閉じられた今、火月はシキと吹雪が吹き荒れる中、彼の無事を祈ることしかできなかった。次元通路を開き妖狐族がいる妖狐界へと向かった有匡は、一路宮城へと向かっていた。早くしなければ、火月と子ども達の身が危ない。有匡が宮城へと脇目も振らずに歩いていると、突然前方から何かがやって来るのが見えた。それと同時に、通行人達が慌てて脇へと寄り始めた。(何だ?)徐々に近づいてくるのは、妖狐族軍の行進だった。皆それぞれ真紅の髪を靡かせながら、槍の穂先を天に向けて馬に乗って進んでいた。(軍が行進しているとなると・・余り時間はないな。)有匡は軍を避けようと裏路地へと入ろうとしたが、馬上の者に目敏く見つけられてしまった。「貴様、何者?人間が何故妖狐界に居る?」「離せ、わたしは宮城に・・」「怪しい奴め、捕えよ!」有匡は軍に捕えられ、宮城へと連行された。「こやつが街中に居たとな?妖狐族の街に、人間が?」「はい、王(ハーン)。怪しい奴ゆえ、捕えました。」「顔を見せよ。」兵士の一人にいきなり俯いていた顔を上げさせられた有匡は、そこで妖狐族を統べる王を見た。「そなた、あの人間の・・」有匡と目が合った王が瞬時に顔を強張らせると、憎々しげに彼を睨みつけた。「誰か剣を。この者の首を刎ねて・・」「お待ちくださいませ、父上!」謁見の間に駆け込んできたのは、母・スウリヤだった。「スウリヤよ、邪魔立ては許さぬぞ!」「父上、わたくしの息子です。父上といえども手出しは許しません。」娘の言葉に王は怒りで顔を赤く染めたが、忌々しそうに有匡達にこう告げた。「さっさとその男を連れて行かぬか。目ざわりでならん。」母に命を救われた有匡だったが、火月達の事が気に掛かってしまい、礼も言えなかった。「そなたの妻と子ども達は無事だ、有匡。」「そうですか・・」有匡がそう言って所在なさげに周りを見渡していると、火月と子ども達が彼の方へと駆け寄ってきた。「先生!」「火月、会いたかった!」有匡は漸く妻・火月と再会し、二人は互い、一目も憚らず熱いキスをした。有匡が妖狐界に来て、妻子と再会して数日後、紅牙族と人間との争いが激化しているという知らせが彼の元に届いた。「先生、琥龍達は・・」「あいつらなら無事だ。それよりも火月、母上には良くして貰ったか?」「ええ。スウリヤ様は何かと僕達に気を配ってくださいましたし、雛(すう)が熱を出した時も看病をしてくださいました。」「雛が熱を?」妻の言葉を聞き、有匡の眦が上がった。「ええ。先生と突然地震で離ればなれになって、妖狐族の牢獄に囚われていた時になかなか熱が下がらなくて。」「雛は何処だ?」「あの子なら庭園で遊んでいます。」「そうか。熱が下がったのならいいが。」もしやまた双子に変幻が起きるのではないか―有匡はそんな事を思いながら、スウリヤの部屋へと向かった。「母上、失礼致します。」「有匡か。雛の事を聞きに来たのなら、あの子はもう大丈夫だ。」スウリヤはそう言うと、咥えた煙管に火をつけた。「そうですか。それよりも今回の地震といい、人間界での異変といい・・原因が全く判りませんね。」「近いうちに人間界と魔界が呼応する時が来よう。その時は有匡、火月達と逃げろ。」「しかし、母上・・」「わたしの事は自分で何とかするから、心配するでない。だからお前は、家族を守れ。」「母上・・」スウリヤのまっすぐな目から、有匡は視線を逸らす事が出来なかった。彼女は、夫と有匡を残し、単身妖狐界へと戻っていった。それは二人を捨てたのではなく、スウリヤと有仁が有匡を人間として育てることを決意したからの、行動であった。「親子としてわたしとお前は共に居られなかったが、お前は違う。あの双子を守れ。」「解りました。」スウリヤの部屋から辞した有匡は、雛が遊んでいる庭園へと向かった。「あ、蝶々!」蒼い羽根を持つ蝶を見た雛は、それを捕まえようと脇目も振らずに走り出した。あと少しで捕まえられると彼女が思った時、小石につまずいて転んでしまった。「痛ぁい・・」擦りむいた膝を擦りながら雛は蝶を探したが、蝶は何処にもなかった。「あ~あ、逃がしちゃった。綺麗だったのに。」「雛、大丈夫か?」向こうから父親が血相を変えて走って来た。「お父様!」数ヶ月の間離ればなれだった父親と再会し、雛は彼に抱きついた。「全く、すぐ目を離すとこれだから・・」お転婆盛りの娘を抱き上げながら、有匡は溜息を吐いた。「だって綺麗な蝶を見つけたから、捕まえようと思ったんだもの。」「綺麗な蝶?」「うん。蒼い大きな羽根だったよ。」「そうか。もうここは寒いから部屋に戻ろう。」「うん!」庭園を去る時、有匡は一瞬殺気を感じたが、それはすぐに消えた。「お父様?」「何でもない、行こうか。」(今誰かに見られたような・・)彼らが庭園を去った後、茂みが激しい音を立てて一人の男が出てきた。「なるほど、ここが妖狐族の宮城ですか。」帝の護持僧・文観はそう言うと笑った。「スウリヤ様、結界に侵入者が・・」「人間だな。放っておけ。わたしはもう休む。」スウリヤはそう言うと、寝台に横たわった。(また、見られているような・・)家族で朝食を囲んでいると、有匡は執拗な視線を感じた。「お父様、ストーカーに狙われてるの?」雛がそう言って有匡を見ると、彼は何かを考え込んでいた。「そなたがストーカーに遭うとはのう。もしや昨夜感じた“気”も、ストーカーかもしれぬな。」スウリヤがそう言った時、女官達が部屋に入ってきた。「スウリヤ様、大変です!」「どうした?」「人間の男が、宮城の敷地内に!」女官達の言葉を聞いた有匡が驚きで目を見開いた時、またあの視線を感じた。「お久しぶりですね、有匡殿。」凛とした声が背後から聞こえ、有匡が振り向くと、そこには文観が立っていた。「文観、貴様何故妖狐界に?」「さぁ、わたしも何故ここに来たのか判りません。寺には身重の妻を一人残しておりますし。」文観の言葉に、有匡の眦が上がった。彼の言う“身重の妻”とは、有匡の妹・神官(シャマン)のことだった。「有匡、そやつと知り合いか?」「あなたが、皇女スウリヤ様ですか?」文観の視線が、有匡からスウリヤへと移った。「そうだが。そなたは、艶夜の夫か?」「いかにも。お初にお目にかかります、スウリヤ様。」文観はそう言うと、スウリヤに頭を下げた。「艶夜が身重とは、どういう事だ?」「実はこの度、二人目の子を授かりましてね。しかし体調が芳しくなく、安定期を過ぎても悪化の一途をたどるばかりで、このまま無事に出産を迎えられるかどうか・・」「そうか。文観とやら、わたしを人間界へ連れて行け。」「皇女様、なりません!」「妖狐界から王の許可なしに出るとは、正気の沙汰とは思えませぬ!」女官達が抗議すると、スウリヤはキッと彼女達を睨んだ。「黙れ、子に会いたいという母親を止めるでない!」「わたし達も参りましょう、母上。」こうして有匡達は、文観とともに醍醐寺へと向かった。「こちらです。」彼に案内され、有匡は神官が寝ている部屋へと向かった。そっと御簾を上げた途端、凄まじい瘴気が有匡と文観を襲った。(これは、一体・・)「いつからこんな瘴気が?」「昨年の夏ごろから、悪阻にくわえて意識障害も出て来ておりまして。」有匡が御帳台の中で眠る神官を見ると、彼女の顔は何処か蒼褪めている。そっと彼が妹の下腹に触れると、微かに胎児の鼓動を感じた。だがそれとは別に、何かが蠢く気配がした。禍々しい、魔物の気配。「有匡殿?」「腹の子の他に、魔物の気配を感じた。魔界と現界が呼応する時が近づいているというのは・・」「艶夜の胎内に宿りし子が産まれし時じゃ。このままだと腹の子もろとも助からぬであろう。」スウリヤはそう言うと、娘の前に腰を下ろした。「何か手立てはありませんか?艶夜と腹の子、二人が助かる方法を。」「本人達の生命力に賭けるしかなかろう。」スウリヤと有匡、そして文観は、神官と腹の子を助ける方法が見つけられぬまま、残酷に時は過ぎていった。そして、神官は産み月を迎え、吹雪の夜に彼女は産気づいた。「もっと護摩を焚け!」「ですが僧正、これ以上焚いては・・」「煩い!」神官が産気づき、文観は彼女と子が無事にこの危機を乗り越えられるよう、加持祈祷を行っていた。護摩壇からは、天にまであと少し届くかのような紅蓮の炎が上がっていた。文観は独鈷杵(とっこしょ)を握り締め、祭文を唱えた。一方、白一色に染められた神官の寝室で、彼女は絶え間なく襲う陣痛に耐えていた。「ミツタダ・・」神官は夫の名を呼びながら、荒い呼吸を繰り返した後意識を失った。「火月ちゃん、殿を呼んできて!」「解った!」火月は産室から出て有匡が居る本堂へと向かうと、そこには文観と加持祈祷をしている彼の姿があった。「先生、大変です!神官が・・」「どうした、火月?」「突然意識を失って・・」有匡と火月、文観が産室へと向かうと、そこは魔物の瘴気に満ちていた。「火月、暫く外に出ておけ。お前まで巻き込まれる。」有匡はそう言って妻を背後に下がらせると、呪を唱えた。すると、産室全体が大きく揺れ始めたかと思うと、神官の身体から魔物が現れた。それは黒い衣を纏った女だった。「貴様か、神官に取り憑いていた魔物は?」「コノ身体ハワタサヌ。血肉ゴト食ライ尽クシテクレヨウゾ。」女がそう言って口端を歪めて笑うと、また産室が軋みを上げて大きく揺れた。有匡が呪を唱え始めると、女は苦しげに胸を掻きむしった。「オノレ、陰陽師メ・・」女はかっと目を見開き、恐ろしい形相で有匡を睨んだ。「その様子だと、効いているらしいな。」有匡はふっと笑うと、女に留めを刺すべく剣を取り出した。「オノレェ・・」女は苦しそうに床に蹲り、外に居た火月に目を向けた。「器ハ変ラレル・・」「妻には手を出すな。」有匡は間髪いれずに女の胸を刃で貫いた。女は凄まじい悲鳴を上げ、消えた。「先生、大丈夫ですか?」「ああ。魔物の気配はもうしないが、油断は出来ん。」有匡がそう言って火月を見た時、神官が意識を取り戻した。「後はお前に任せるぞ。」「はい、先生。」有匡と文観が産室を出た後、火月は神官の出産を介助した。やがて産室から元気な産声が聞こえた。産まれたのは女児だった。「そうか、産まれたのは姫君か。一時はどうなることかと思うたが、良かった。」スウリヤはそう言うと、盃を満たしていた酒を一口飲んだ。「これも有匡殿のお蔭です。」「ふん、礼を言うほどのことでは・・」「シスコンだもんね、先生は。」火月に図星をさされ、有匡がジロリと彼女を睨むと、彼女はスウリヤと談笑していた。「火月よ、次はそなた達の番だな。」「母上、それはまだ・・」「そなたらの様子を見ていると、三人目も遅くはないようだからの。」三人目を催促し、戸惑う息子夫婦を前にして、スウリヤはほくそ笑みながらまた酒を一口飲んだ。それから火月が三人目を授かるのは、そう時間が掛からなかった。妹・神官(シャマン)の出産が無事終わり、有匡は妻子を連れて鎌倉へと明日戻ろうとしていた。「もう少しこちらでゆっくりすればよいものを。」「用は済んだからな。それに幕府側の人間であるわたしが、いつまでも醍醐寺(ここ)に居てはお前の立場もないだろう?」「お優しいことをおっしゃるのですね、義兄上(あにうえ)。」宿敵に“兄”と呼ばれ、有匡はあからさまに不機嫌そうな顔をした。「それよりもあの魔物、消えたのはいいですが正体が判らないとは。一体なんだったのでしょう?」「さぁな。それよりも母上の言っていたことが気になる。」“近いうちに人間界と魔界が呼応する時が来よう。”妖狐界で母が自分に言った言葉の意味を、有匡は考えていた。人間界と魔界が呼応する時―いずれまた戦が起こるという意味だろうか。それとも―「僧正、帝からの使いが・・」「今は取り込み中だとお伝えしろ。」「いえ、それが・・土御門有匡殿に用があるとか。」弟子の言葉に、文観と有匡は一斉に彼を見た。(帝がわたしに用だと?)土御門家とは完全に絶縁したので、今更帝は自分に用はないと思っていたのだが。「わたしに用とは?」「実は、帝の東宮様が、あなたのお噂を耳にし、是非会いたいとおっしゃられて・・どうか、一度内裏へ参内してはいただけませぬか?」「大変光栄な申し出ではあるが、丁重にお断りさせていただく。わたしは明日、鎌倉へと発つ予定で・・」「東宮様は、貴殿の奥方にもお会いしたいとか。」帝の使いがそうはなった言葉に、有匡は驚きで目を見開いた。「東宮様が、わたしの妻にお会いしたいと?一体何の用件で?」「それは直接お会いになってからお聞きしたほうがよろしいかと。」向こうは有匡が東宮の誘いを断らないという想定内でそんな言葉をかけると、早々と醍醐寺から去っていった。「どうなさいます、有匡殿?」「どうもこうも、出発を早めて鎌倉へと戻る。火月の体調次第だが。」三人目を身籠っている火月の体調は少し芳しくなく、悪阻が重いようで一日中床に臥せっていた。「大事な時期ですので、余り無理をかけてはいけませんね。」「そうしたいのは山々だが・・」東宮が何故自分達に興味を持ったのか、有匡には理解できなかった。翌朝、有匡は妻子を連れて鎌倉へと発とうとしていた。その時、間の悪い事に文観が悪い知らせを彼に持ってきた。「今から、東宮様がこちらに来られると仰せです。」「東宮様が?今から鎌倉を発つというときに、厄介な。」有匡はそう言うと舌打ちした。「火月、お前は部屋に隠れていろ。」「はい・・」ほどなくして、東宮が醍醐寺に現れた。「文観よ、そちらが土御門有匡殿か?」まだ17の若さではあるもの、東宮の全身からは威厳に満ちたオーラが発せられていた。「はい、東宮様。土御門有匡と申します。今日はどういったご用件で?」有匡がそう東宮に尋ねると、彼は扇子で自分の傍に寄るよう有匡に指示した。「ほぉ、美しい顔だ。それでいて有能な陰陽師というだけある。そなたの妻は何処だ?」「生憎ですが、妻は悪阻が酷く床に臥せっておりまして。それにわたくしは鎌倉へと発つことになっており・・」「そなたを鎌倉へは行かせぬ。」御簾がするすると上がったかと思うと、東宮がそっと有匡の手を握ってきた。「そなたは我の元に仕えるのだ、有匡。」「何をおっしゃいますか、東宮様。有匡殿は幕府お抱えの陰陽師ですよ?そのような事は許されませぬ。」文観が東宮に抗議したものの、彼は聞く耳を持たなかった。「すぐに御所へ参れ、有匡。そなたの妻と子どももともにな。」有無を言わさぬ口調で東宮は有匡にそう告げると、彼は口端を歪ませて笑った。こうして半強制的に、有匡と火月達は東宮によって御所に連れていかれた。何が何だか訳が解らぬまま、火月は後宮へと入ることになってしまった。「先生、これからどうすれば・・」「心配するな、火月。どうせ東宮様の気紛れだろう。すぐに帰れるさ。」そう言って妻を励ました有匡であったが、いつ鎌倉に帰れるのか不安で堪らなかった。「東宮様、土御門有匡様が参りましてございます。」東宮が住まう部屋へと有匡が向かうと、彼はそれまで物憂げな表情を浮かべていたが、有匡の顔を見るなり一転晴れやかな表情を浮かべた。「有匡、ようきてくれたな。待ちくたびれておったぞ。」「東宮様、このようなことをなさったのは何故ですか?ご用件が分からねばこちらとしてしても・・」「そなたの妻を、我の妃といたせ。」「東宮様、戯言を。」「戯言ではないぞ。我はいつも本気だ。」東宮は有匡がどう反応するのかを、横目でチラチラと見ては嬉しそうに口元を歪めた。「と、東宮様・・それはできませぬ。」「何故じゃ?それほどにそなたは妻を愛しておるのか?」東宮はそう言って有匡の狼狽した顔を見て笑った。「東宮様、戯言を申されるのはお止めになされませ。有匡殿が困っておいでではありませぬか。」すかさず東宮の傍に控えていた男がそう彼を窘めたが、彼はブスっとして男を睨んだ。「お話しがお済みになりましたので、わたくしはこれで失礼致します。」「嫌じゃ、待て、有匡!」東宮は突然駄々を捏ね始め、有匡の手を掴んで離さなかった。「では、わたくしはこれにて。」有匡は東宮の手を振り払うと、東宮の寝所から辞した。(全く、何なんだ東宮様は。突然駄々を捏ね始めて、まるで子どものようではないか。)「もし、有匡殿。」廊下を歩いていると突然声を掛けられ、有匡が振り向くと、そこには東宮の傍に仕えていた男が立っていた。「何かわたしに用でしょうか?」「実は、東宮様の事で・・」「東宮様の?」「ええ。先程は驚かれたと思われますが、東宮様は時折あのような駄々をお捏ねになったりなさるのです。お母君を幼くしてお亡くしになられたので、他人の温もりといったものが欲しいのでしょう。」「確か東宮様は今年で17となられる筈。東宮の母君がお亡くなりになられたのは東宮様がおいくつの時ですか?」「そうですね、まだ東宮様が御袴着の儀を迎えられた後でしょうか。母君亡き後、帝は弘徽殿女御様を妃に迎えられ、女御様は男子(おのこ)をお産みあそばされて、東宮様はそれ故蔑ろにされたのです。」男から東宮の生い立ちを聞き、先程の行動は幼少期の愛情不足からくるものだったのかと有匡は思った。だとしても、他人の妻を自分の妃にするなど、理解し難い。東宮は何を心の底に抱えているのだろうか。宮中に参内するのは久しぶりだから、有匡はつい道に迷ってしまった。道を聞こうにも人気がなく、元来た道を戻ろうと彼が踵を返した時、向こうから人の話し声が聞こえた。「全く東宮様にも困ったものよの。あれでは弟君に廃嫡されるのも無理はない。」「ほんに。弘徽殿女御様は、何故あのような無能な者を東宮にするのだと、大変お怒りだそうな。」「まぁ、東宮様には誰も期待はしておるまい。いずれ土佐にでも流されよう。」公達達がヒソヒソと話しながら、遠ざかっていった。彼らの話を聞く限り、東宮は継母である弘徽殿女御から冷遇され、弟君と何かと比較されて育ったようだ。それ故に突飛な行動をして周囲を驚かせ、気を惹こうとしているのではないのだろうか―有匡はそう思いながら、鎌倉へと戻る日を待ちわびた。夜の帳が下りた後宮では、女達がすやすやと寝息を立てて眠っていた。そんな中火月は、悪阻に苦しんでいた。双子を妊娠した時は全くなかったのに、今回の妊娠に限って酷い。お腹の子はちゃんと育っているのだろうか。火月はそっと下腹に手を当て、この子が無事に産まれてくるように願った。(先生、今どうしているかな?)そう思いながら彼女が御簾越しに月を眺めていると、こちらへと向かってくる足音が聞こえた。「誰です、こんな時間に?」「・・そなたが火月か。」低い男の声が聞こえたかと思うと、東宮が部屋に入ってきた。「と、東宮様?」突然の東宮の来訪に、火月は戸惑った。「何故こんな時間に起きておる?」「少し体調が優れなくて・・東宮様は、何故こちらに?」火月がそう東宮に尋ねると、彼はいきなり火月を抱き締めた。「何をなさいます、東宮様。お離しくださいませ。」「嫌じゃ。」火月は東宮から離れようとしたが、彼は一向に火月を離そうとはしない。「そなたからは母上と同じ匂いがする。」東宮はそう言うと、火月の金髪を梳いた。「東宮様のお母君は、どんなお方だったのですか?」「余り良く憶えておらぬ。母上は我がまだ幼いときにお亡くなりになられたゆえ。」「まぁ、そうでしたか。僕・・わたしも幼い頃、両親を亡くしましたので、お気持ちは解ります。」「そうか。有匡は何故、そなたを妻としたのじゃ?」「さぁ・・互いに惹かれ合っておりましたので、自然と夫婦になりました。」「自然と夫婦に、か・・我もそうなりたい。」東宮はそう言うと、漸く火月から離れた。「東宮様、もうお戻りになられませんと。」「嫌じゃ。そちと朝までここに居る。」「東宮様・・」火月は東宮に戻るよう説得したが、彼は駄々を捏ねてしまい、結局火月の膝枕で眠ってしまった。「火月、どうしたんだ?」「先生・・」翌朝、有匡が火月の元に行くと、そこには彼女の膝で眠っている東宮の姿があった。「昨夜急に訪ねてこられて・・寝所にお戻りになられたらとおっしゃっても、なかなかお戻りになられなくて・・」「そうか。」「東宮様、幼いときにお母君を亡くされて、色々と心細い思いをなさったのでしょうね。」「まぁ東宮様のお気持ちは解らぬでもないが・・悪阻は辛くないか?」「最近は酷くなったり、なかったりと、波があって。無事生まれるかどうか。」有匡はそっと、火月の下腹を触った。すると、腹の中から楽しそうにはしゃいでいる胎児の声が聞こえた。「大丈夫だろう。余り気に病むな。魔物の気配もないしな。」「そうですか。」有匡の言葉に、火月は安堵の表情を浮かべた。「雛(すう)と仁(じん)はどうしている?」「二人なら良く遊んでいますよ。」「そうか。さてと、わたしは東宮様を寝所にお連れするとしよう。」有匡は東宮を揺り起こすと、彼は低く呻って目を開けた。「東宮様、お戻りになられませんと。」「嫌じゃ、火月とここに居るのじゃ。」「東宮様、どうか・・」駄々を捏ね始める東宮に溜息を吐いた有匡が彼を後宮から連れ出そうとすると、衣擦れの音が向こうからした。「あら、あれは・・」「東宮様の弟君ではないの。」「いつ見ても凛々しいお顔だこと。」東宮の弟君・雄仁が後宮に現れると、女達が急に色めき立った。有匡が御簾の向こうから外を見ると、そこには一人の公達が歩いてくるところだった。紅の直衣を纏い、烏帽子を被っている彼の姿は、堂々としていた。「さぁ東宮様、お戻りを。」「嫌じゃ。我はあやつに会いとうない!」雄仁の姿を見た瞬間、東宮はそう声をあげ、ガタガタと震え始めた。にほんブログ村
Mar 6, 2024
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画像は、てんぱる様からお借りしました。「火宵の月」の二次創作小説です。作者様・出版社様・制作会社様とは一切関係ありません。色々と捏造設定ありです、苦手な方はご注意ください。「彌、待って!」同級生が殺されたことを知り、激しく動揺して家を飛び出した従弟を慌てて追いかけた火月は、彼の手を掴んだ。「どうして有匡様は佐々木さんを助けてくれなかったの?登は助けてくれたのに、どうして?」彌はそう言ってTシャツの袖で涙を拭った。「あいつにはあいつの考えがあるのよ。それにね彌、佐々木さんを殺した犯人は、あんたの友達を操ってたやつなのよ。」「あの金髪の人が?」「まだ確証は掴めないけれど・・きっとあいつの仕業だって。あたしがあの金髪の奴をぶちのめすから、家に戻りましょう?」火月は従弟の頭を優しく撫でながら言った。「本当に、佐々木さんの仇を討ってくれる?」「当たり前でしょ。金髪野郎の顔にあたしの強烈な右フックをお見舞いしてやるわよ。」火月は拳を鳴らしながら彌に微笑んだ。二人が家に戻ると、風呂上がりの有匡がタオルで濡れた髪を拭きながらリビングに入ってくるところだった。「有匡様、さっきはごめんなさい。」彌は有匡にそう言って頭を下げた。「謝らなくてもいい。同級生が突然死んだのだから、動揺するのも無理はない。それよりも、お前の友人が襲われた時のことを少し話してくれるか?」「うん、わかった。」彌は椅子に腰を下ろし、数日前登が金髪の少女に操られた一部始終を有匡と火月に話した。「お前の友人の様子がおかしくなる前に、急に空が曇り始めたんだな?」「うん。あの日は雨なんか降らないって思ってたのに、急に曇り出したんだ。そのあと、登が変になって・・」彌はそう言うと言葉を詰まらせた。何者かに操られていたとはいえ、親友に刃を向けられた事件からほんの数日も経っていない。親友に刃を向けられた恐怖心はまだ幼い彌の心を深く傷つけ、その恐怖が彼の無垢な魂を穢そうとしている。「そこまで話してくれただけでいい。立て続けに辛い事が起きたんだ、お前が立ち直るまでわたしは何も聞かない。」有匡はそう言って彌に微笑み、そっと大きな手で彼の小さな頭を優しく撫でた。「うん・・」彌は再び堪えていた涙を流し始めた。「あんた、あたしには厳しいのに彌には優しいんだね。」火月は有匡と通学路を歩きながら、そう言って隣で歩いている彼を見た。「昔は子どもは苦手だったが、父親になってからは違った。」「父親!?あんた子どもいたんだ!?」「わたしと妻にそれぞれ似た双子の息子と娘がいた。丁度その息子とあいつの年が近いのでな。」「ねぇ、ひとつ聞いてもいい?あんた、家族に会いたくないの?」一瞬、二人の間に重苦しい沈黙が流れた。「会いたくないと言えば嘘になる。だがこちらから妻たちがいる所へ戻る術が見つからぬ限り、一生会えぬかもしれぬ。」有匡はそう言って目を伏せた。目の前の彼は、火月が今まで熱を上げていた伝説の陰陽師・土御門有匡とは違う姿を見せていた。夫であり、二児の父親である彼の姿が、そこにはあった。「多分、あたしが思うに、あたしとあんたが出逢ったのは、何か意味があるんじゃないかなぁ?少しオカルトっぽくなるけど、まるで誰かがあたし達を導いて引き合わせてくれたかのような。」火月の言葉を聞いてそれまで暗い表情を浮かべていた有匡は、ふっと笑いながらゆっくりと顔を上げた。「・・そうかもしれぬな。」やがて二人は、火月が通っている高校の校門へと着いた。「じゃぁ、あたしはここで。また放課後にね。」火月はそう言って有匡に手を振った。「ああ。」有匡は火月に手を振り返して背を向けて歩き出そうとした時、背後から怒声が響いた。「火月、俺っていう男がありながら浮気してんじゃねぇよ!」有匡が振り向くと、そこには一人の少年が怒気を孕んだ瞳で火月を睨んでいた。「あんたとは別れたじゃん、猛(たける)。これ以上あたしに付き纏わないでよ、迷惑なんだけど。」火月は自分の手を掴む少年のそれを邪険に振り払った。「このアマ、調子に乗ってんじゃねぇぞ!」いきり立った少年はポケットからバタフライナイフを取り出し、それを火月に向かって振りかざそうとした。その時、一匹の青龍が突然唸り声を上げながら少年に向かってきた。「な、なんだよ、こいつ!?」少年が悲鳴を上げながら地面に尻餅をついてバタフライナイフを落とした。「これは彼女のボディガードだ。」青龍の出現により弾みで青龍に乗ってしまい、それが消えた途端地面に落下しそうになった火月を、有匡は寸でのところで受けとめながら少年にそう言って睨みつけた。「てめぇ、何なんだよ!火月はなぁ、俺の女なんだよ!」「ほう?彼女はそうは思っていないようだが?痛い目に遭わされる前に、さっさと消え失せろ。それとも、こいつの牙と爪で八つ裂きにされたいのなら別だが。」「くそ、覚えてろよ!」少年は舌打ちして、校舎の中へと駆けて行った。「助けてくれて、ありがと。」火月は照れ臭そうに有匡に礼を言うと、校舎へと向かった。「聞いたよ火月、あんたイケメンにあの最低野郎から助けて貰ったんだってぇ?」教室に入ると、友人がそう言って火月の肩を叩いた。「あいつは今我が家で世話になってる居候。別に何の関係もないから。」「ふ~ん、怪しいもんだ。」「だから、違うって!」そう言い合う火月と友人を、教室の後ろで一人の女子生徒が睨みつけていた。有匡が火月の元彼・猛を撃退したことは、あっという間に校内に知れ渡り、その事で火月は行く先々で友人達から質問攻めにあった。「ねぇ、さっきのイケメン紹介してよ~!あと、彼に友達いたら合コンやろうよ!」「あのさぁ、あいつは単なる居候!それにあいつには友達いないから合コン無理なの!」「え~、つまんないなぁ。」昼休み、友人はそう言って口を尖らせながら唐揚げを口に放り込んだ。「それにしてもさぁ、猛ってまだあんたのこと諦めてなかったんだ。とっくに別れたのにさ。」「うん。向こうは未練たらたらで困っちゃうよ、全く。」あの時―猛に襲われそうになった時、式神が発動していなかったらどうなっただろうかと想像したら火月は鳥肌が立った。「そのピアス、何処で買ったの?」「ああ、これ?昨夜あいつから貰ったの。お守りだとか何だとか言って。」そう言って火月が友人を見ると、彼女はニヤつきながら火月を見た。「やっぱり、そういう仲なんじゃん。」「ち、違うって!このピアスは、あいつの奥さんのもんだったんだから!」「あのイケメン、妻子持ちなの!?じゃぁなに、禁じられた火遊び?」「だから、違うって!」火月が友人に向かってそう吼えていると、背後から強烈な視線を感じた。振り向くと、教室の後ろーロッカーの近くで自分を睨みつけている一人の女子生徒と目が合った。「あの子、誰?」「ああ、高橋?あの子さ、猛のこと好きだったんだよ。あんまり関わらない方がいいって。」火月はさっとその女子生徒から目を逸らすと、友人に向き直った。だが刺すような視線は、いつまでも感じた。「あなたが、猛さんの彼女かしら?」「そうだけど?」体育の時間、着替えを終えた火月が下足箱でスニーカーに履き替えていると、昼休み中に自分を睨みつけていた女子生徒―高橋がそう言って火月を呼び止めた。「あなたに少しお話があるのだけれど、よろしいかしら?」「うん、いいけど・・」高橋に連れられたのは、人気のない体育館裏だった。「話ってなに?」「あなた、猛さんにもう付き纏わないでくれる?」「はぁ?あたしと猛はもう終わったの。それにね、付き纏われて迷惑してんのはあたしの方。あんた猛の事好きなんだって?じゃぁ猛に言っといて、あたしはあんたのことなんか全然好きじゃないって。」一方的に火月は高橋にそう言い放つと、彼女に背を向けて歩き出した。「・・待ちなさいよ。」氷のような冷たい声が、火月の背中を刺した。「猛さんを傷つける者は許さない・・あの人の為なら、わたしは何だってやるわ。」そう言ってゆっくりと顔を上げた高橋の瞳は、血の色に染まっていた。「悪いけど、あなたにはここで死んでいただくわ。だってそれが、猛さんの為だもの。」彼女は鞄の中から肉切り包丁を取り出してそれを翳すと、火月に向かって突進した。(駄目だ、やられる!)火月が目を瞑ると、頬に何か生温かいものが飛んできた。「なに、これ・・」目の前には青龍の牙と爪で全身を切り裂かれ、血の池の中で息絶え絶えに足掻いている高橋の姿だった。「たすけて・・」火月は恐怖の叫び声を上げながらその場から逃げだした。「火月、どうし・・きゃぁぁ!」友人がそう言って高橋の姿を見て悲鳴を上げた。「誰か、救急車!」やがて、サイレンが春の風に乗って響いてきた。高橋が火月の耳飾りに仕込まれていた有匡の式神・青龍に襲われ、救急車で病院に搬送された。彼女が“襲われた”現場である体育館裏には数人の警察官や鑑識課署員らが現場検証や目撃者の聞き込みなどを行っていた。火月は、一人の刑事から事情聴取を受けていた。「本当に、君は何もしてないんだね?」「はい。突然彼女が肉切り包丁を取り出してわたしを襲ってきたんです。その後のことは余り覚えていません。」本当は青龍が彼女を襲ったところを少し見ていたが、火月は咄嗟に嘘を吐いた。「そうか。では彼女は君に殺意があり、何者かが君を殺害しようとした彼女に危害を加えたということだね?」「はい。高橋さんはわたしに恨みを持っていました。わたしが付き合っていた恋人に想いを寄せていて、彼と別れているのにわたしが彼に付き纏っていると勘違いして・・」「痴情の縺(もつ)れか・・」刑事はぼそりとそう呟くと、溜息を吐いて火月を見た。「色々とありがとう。もう君は行ってもいいよ。」「では、失礼します。」凄惨な現場から背を向け、火月はその場から走り出した。「火月、大丈夫?」高橋が式神に襲われた直後に駆けつけて来た友人の凛夏(りんか)がそう言って火月を心配そうな表情を浮かべて見た。「大丈夫。少し落ち着いた。ごめんね、みんなには迷惑かけちゃって・・」「気にしないでよ。それよりさぁ、高橋って結構カゲキな子だったんだねぇ。あんたを呼び出して殺そうとするなんてさぁ。でも返り討ちに遭っちゃったんだよね。」凛夏はそっと火月の手を握ると、少し声を潜めた。「高橋全身何かでメッタ刺しにされてたよね?あいつ肉切り包丁持ってたんでしょ?もしかしたら高橋が嫌いな奴に返り討ちにされちゃったりして・・」友人の言葉に、高橋の血塗れになった姿が脳裡に浮かび、火月は猛烈な吐き気を催して教室から飛び出して行った。女子トイレの個室に駆け込んで鍵を閉めると、火月は髪を掴んで胃の中の物を全て吐いた。数回それを繰り返して気分が落ち着いたところで彼女が個室から出ようと立ち上がろうとした時、女子トイレに数人の生徒が入って来る気配がした。「ねぇ聞いた?さっき体育館裏でさぁ・・」「あ~、聞いた。高橋って子が誰かに襲われたんでしょう?あの子性格悪いからねぇ。あいつに恨み持ってた奴多いし。」「何でも、猛の元カノに変な言いがかりつけたらしいよ。しかも、家から持ってきた肉切り包丁でその元カノ殺そうとしたって。」「うわぁ、怖い。でもさ、良い気味だよね。」「そうそう。身から出た錆ってやつ?」女子生徒達は口々に好き放題言い合うと、豪快な笑い声を上げながらトイレから出て行った。(あたしが、高橋を傷つけた・・)今朝青龍が自分を猛の刃から守ってくれたことに感謝した火月だったが、今は自分に対して危害に加える者に容赦なく牙を剥くその存在に彼女は恐怖を抱き始めていた。「ただいま。」疲労とともに帰宅した火月は、有匡がいる和室へと向かった。「今日は早かったな。」「ねぇ、聞きたいことがあるんだけど、いい?」「何だ?」「あんたの式神が今日、あたしのクラスメイトを襲ったの。あんた、言ったよね?何かあたしの身にあれば式神が動くって。あれってあたしに危害を加える者は全員あんたの式神に殺されるってこと?」「どうした、一体何が・・」有匡は火月の肩に触れようとしたが、その手を彼女に邪険に払い除けられた。「ねぇ、答えてよ!」そう叫んだ火月は泣きながら有匡を見た。「式神が動くというのは、そういう意味である事も事実だ。」「じゃぁ高橋は?あの鋭い牙で全身を切り裂かれたあの子は、どうなるの?」火月の問いに有匡は無言で首を横に振った。「これ、返すね。」火月は紅玉(ルビー)の耳飾りを左耳から外すと、それを有匡に渡して和室から出て行った。その背中を、有匡はただ黙ってじっと見つめていた。(式神が人を襲うとは、想定外だったな。)その夜、和琴を奏でながら有匡は溜息を吐いた。鎌倉時代にいた頃、妻・火月の耳飾りに施した式神(青龍)は、単なる張りぼてに過ぎず、相手を怯えさせるだけの道具としての役割だけであった。だが、今回の式神は違う。主である自分の命令で動いているのではなく、己の意志で動いている。通常、式神は個性や性格、己の意志すら持たないものだ。何故、今回の式神は己の意志を持ち、人を襲ったのか。和琴を弾くのを止め、有匡はそっと妻の耳飾りを掌に乗せた。祭文を唱え、式神を呼び出した。部屋に白い光が満ち、青龍が姿を現した。『お呼びでしょうか?』そう言った青龍の金色の瞳には穏やかな光を湛えていた。「お前に問う。何故人を襲った?」有匡は険しい表情を浮かべながら青龍を見ると、青龍は目を細めてこう答えた。『あの女には、邪悪なものが取り憑いて穢れていた。ああしなければ、火月様はあの女に殺されていた。』「邪悪なもの?まさかあの鬼族の仕業か?」『違う。誰の仕業でもない。あの穢れは女自身が作ったもの。浄化するには遅過ぎた。』そう言って青龍は再び耳飾りの中へと消えた。その頃、火月を襲った少女―高橋は口に酸素マスクを、全身に医療用チューブを付けられ、集中治療室のベッドに横たわっていた。巡回した看護師が集中治療室に入って来た。「可哀想に・・意識が回復する見込みはないのに・・」彼女がそう呟いて集中治療室を出ようとした時、高橋の背後で蠢く影があった。「な、なに・・」手に持っていた懐中電灯で照らされた怪しく蠢く影は、看護師を恐怖に陥れるには充分だった。「誰か来て!」集中治療室のドアを開けようとしたが、何故か開かない。看護師が必死にドアを開けようとすると、徐々に彼女の方へと影が迫って来た。「嫌・・誰か、助けて・・」彼女の叫びは、漆黒の闇へと消えた。影は暫くすると高橋の身体へと戻って行った。彼女の目がゆっくりと開かれた。同じ頃、都内某所にある高級ホテルのロビーに、美しく着飾ったあの金髪の少女が周囲を見渡していた。(ここには碌な人間しかおらぬ。)少女はバッグからコンパクトを取り出すと、左頬に残る火傷の痕を見て忌々しそうに舌打ちした。脳裡に、火傷を負わせたあの忌々しい陰陽師の姿が浮かんだ。(よくもこの美しい顔に傷をつけてくれたな。必ずやこの手で殺してやる。)コンパクトを乱暴に閉じた少女は、それをバッグに仕舞った。ソファからゆっくりと立ち上がり、エレベーターホールへと向かおうとした時、少女は初めて自分を見つめる男に気づいた。「おや、どなたかと思ったら、麗しい金髪の姫君様でしたか。」そう言って少女の前で跪いた男は炎のような真紅の髪を揺らしながら彼女の手の甲に接吻した。「いつ日本に来た?」「数時間前です。あなたのお顔を見に。」少女と共にエレベーターに乗り込んだ男は、そう言って少女を見た。「冗談も程々にしろ。余りふざけたことを言うと殺すぞ。」「おやおや、怖い方ですね。」男は笑いながら、少女の左頬をそっと撫でた。「その傷はどうしたのですか?もしかして陰陽師にやられたとか?」男の言葉を聞いた少女は、銃口を彼のこめかみに突き付けた。「・・どうやら図星のようですね。」両手を上げて降参のポーズを男が取ると、少女は拳銃をバッグに仕舞った。その時、エレベーターが宴会場のある階に止まった。「では、またお会いいたしましょう。」宴会場に少女が入る前、男はそう言って彼女のうなじにキスをして颯爽と立ち去って行った。「遅かったな、悠葉(ゆずは)。」宴会場に少女が入ると、そこにはあの黒髪の男がワイングラスを片手に持って立っていた。「途中で変な奴に絡まれた。銃で脅したから大丈夫だ。」「そうか、それは良かった。妖狐(ようこ)などに気を許すな。奴らと我らは敵同士なのだからな。」「判っている、兄者(あにじゃ)。」「可愛い弟よ、お前をこれ以上危険な目に遭わせる訳にはいかぬ。」黒髪の男は少女の手を優しく握ると、華やかなパーティーの中へと戻って行った。一方、少女にエレベーターの中で絡んだ真紅の髪の男はホテルを出て、愛車である場所へと向かっていた。信号待ちをしていると、上着の中で携帯が鳴り始めた。「もしもし?」『あの鬼族と会ったか?』通話口の向こうから聞こえるのは、渋い老人の声だった。「ええ、会いましたよ。随分と警戒してましてね、なかなか落とせませんでしたよ。それよりも、奴の左頬に火傷の痕がありました。」『火傷の痕だと?それは本当か?』「本当です。普通の火傷じゃありませんでした。陰陽師にやられたものじゃないかと。傷から相手の“気(オーラ)”を感じましたからね。」信号が青となり、男は携帯の通話をスピーカーフォンモードにした。『“気”だと?どんなものだ?』「そうですね。単純に言えば、刃物のようなギザギザとしたものでした。それに、その陰陽師とやらは俺らの血をひいているようなんすよ。」通話口の向こうで、唾を飲み込むような音が聞こえた。『妖狐の血をひく、陰陽師だと?』「ええ。ただ、半分だけですが。妖狐の血を半分ひく奴なんて一人しか思い浮かばないでしょう?」男はそう言って通話ボタンを押した。彼が運転した車は、火月達の家の前に停まった。「ここに奴が居る。結界張ってるのバレバレだぜ、陰陽師様。」男はふっと笑いながら、有匡の結界内に侵入した。その途端、火花が家の中で激しく散った。(結界内に侵入者。まさかあの鬼族か?)和室で寝ていた有匡は異常を感じて飛び起き、和室から飛び出した。すると廊下には、真紅の髪をなびかせた一人の男がニヒルな笑みを浮かべて立っていた。「あ~、俺の愛しいカノジョに怪我させたのはやっぱあんたか、土御門有匡様。」「お前は、あの時の・・」有匡の脳裡に、愛しい妻と子ども達を攫った憎い男の顔が浮かんだ。「思いだしてくれた?流石同胞だね。でもさぁ、カノジョの邪魔しないでくんないかなぁ?あいつ今大事なお仕事の真っ最中なんだよねぇ。あんたに邪魔されると困るんだよ。」「一つだけ問う、妻と子ども達は何処に居る?」「王(ハーン)の城にいる。けど、あんたは此処で死ぬから関係ねぇよな!」男はそう叫ぶと、掌に宿した炎の塊を有匡にぶつけた。有匡は素早く呪を唱え、印を結んだ。「へぇ、なかなかやるじゃん。そうでないと喧嘩のしようがねぇよ。」「表に出ろ。」有匡は懐に仕舞っていた筮竹を取り出しながら男を睨みつけた。「それじゃぁ久しぶりに暴れようかな?」同じ頃、高橋は静かに壁を伝いながら、病院の廊下を歩いていた。白いリノリウムの床は、彼女の犠牲者達の血で真紅に染まっていた。「おらおら、どうしたぁ?」男の攻撃に、有匡は印を結べずに、近くの公園に植えられている木陰にその身を隠した。(クソッ、何とかしなければ・・)有匡は舌打ちしながら、呪を唱えた。顔の横を蒼い炎が掠めた。(一か八か、やってみるしか・・)「見つけたぜ!」歓喜の表情を浮かべた男が有匡の前に姿を現した時、有匡は式神を彼の胸へと放った。有匡の反撃を予想していなかった男は驚愕で目を見開き、咄嗟に青龍の攻撃をかわしたが、鋭い爪で左肩を引き裂かれ、地面に崩れ落ちた。「お前には聞きたい事がまだある。」男の髪を掴んで無理矢理彼を立たせると、有匡は彼を睨んだ。「何故わたしの妻と子ども達を攫った?」「俺はただ王(ハーン)の手伝いをしただけだ。」「王は何を企んでいる?」「さぁな、それは俺も知らねぇよ。でも王はお前の事を気にいらねぇみたいだぜ?」男はニヤリと笑いながら、有匡を見た。「妖狐族の皇女でありながら、人間との混血児を産んだスウリヤ様のことも憎いが、その息子であるあんたが野猫族の女と子を為して高尚な一族の血を穢していることに王は耐えられないんだとさ。」「馬鹿らしい、血統に拘るなどまるで人間のようではないか。」有匡は男の言葉を鼻で笑った。「人間でも妖でも、自分達が属する一族の血は命そのものなんだよ。純血志向が強い輩は、あんたみたいな混血を迫害している。」男の話がもし本当だとしたら、妖狐族の王によって監禁されている妻と子ども達の命が危ない。「その話、詳しく聞かせろ。」吹雪によって舞い散る雪が、部屋の中にも入ってきて、有匡の妻・火月は寒さで身を震わせた。「母様、いつここから出られるの?」彼女の方へ、黒髪の少年―有匡の息子・仁(じん)が駆けてきた。「さぁ、わからないわ。それよりも雛(すう)は? まだ熱が下がらないの?」「うん・・あの人達が出したお薬が効かないみたい。」火月は部屋の隅に置かれている寝台に横たわっている娘の方へと向かった。自分と瓜二つの容姿を持った娘は、高熱に苦しみ、荒い息を吐いていた。「かぁさま・・」娘の小さな手が母の手を求め、空中で幾度も彷徨う。「母様は此処だからね。大丈夫、何処にも行かないからね。」火月は娘を安心させる為、娘の手を握り締めた。数ヶ月前、火月は子ども達とともにこの城に拉致・監禁された。あの日はいつものように多忙な夫が仕事から帰って来るのを子ども達と待っていたのに、突然結界を破り数人の男達が有無を言わさず魔界へと連れ去られてしまった。これから自分達がどうなるのか、夫は今どうしているのか・・火月は毎日不安を抱きながらも、子ども達と身を寄せ合い生きていた。(先生・・)火月はそっと、左耳に触れた。そこにはいつも身に付けている紅玉の耳飾りがない。あの耳飾りは夫と出逢った時にプレゼントしてくれた、大切なものだった。(先生、早く・・早く助けに来て・・)火月が病に臥せっている娘の手を握りながら窓の外を見ていると、不意に固く閉ざされていた扉が開いたかと思うと、美しい真紅の髪を持った女が入って来た。「お前が、火月だな?」女はそう言って、髪の色と同じ瞳で火月を見た。「ええ、そうですけど・・あなたは?」「わたしはスウリヤ。」突然の有匡の母親の出現に、火月は驚愕の表情を浮かべた。「スウリヤ・・様・・?」火月は突然現れた夫の母親―妖狐族の皇女・スウリヤを見た。(この人が、先生を産んだ母親・・)「子ども達は、どうしている?」スウリヤはそう言って、寝台に横たわっている雛を見た。「雛の熱が下がらなくて・・薬を飲ませたんですけども、全然効かなくて・・」火月の言葉を聞いたスウリヤは、そっと雛の元へと近づいた。「変幻は昔、防げた筈だな?」「え、ええ・・」雛と仁が一歳を迎えた頃、2人に流れる妖狐の血が濃過ぎて、変幻を招きそれを有匡が防いだことがあった。「恐らく、まだこの娘には妖狐の部分が残っているのかもしれぬ。」スウリヤは雛の金髪をそっと梳いた。「そんな・・」火月はまだ禍の種が娘の中に残っていることを知り、愕然とした。「有匡は今何処にいる?」「わかりません・・それよりも僕達はここからいつ出られるんですか?」「父はお前達をここから出すつもりはないだろう。」スウリヤは寝台の端に腰掛けると、じっと息子の嫁を見た。彼女の脳裡に、娘と出産後引き離された記憶が甦った。「いずれ父はわたしから神官を取りあげたように、お前から息子と娘を奪うつもりだ。これ以上、一族の血を汚さない為にも。」「そんな・・どうしてそんな酷い事を?」「父はわたしに期待していた。やがて自分の跡を継ぎ、妖狐族を統率する女帝として活躍してくれると。父はわたしの皇女という身分に見合う相手と結婚させようとしていたが、わたしは人間と恋に落ち、有匡と神官を産んだ。」有匡から幾度も聞いていた彼の境遇。彼は妖狐との混血児というだけで蔑まれ、利用されてきた。その所為で自分の血を濃く受け継ぐ子どもを望まなかったことも。だが息子と娘が産まれ、幼い頃母親に捨てられたと言う偽りの記憶に気づいた有匡は、自分達と新しい人生を歩み始めた。「先生から聞きました、スウリヤ様のことは。でも本当はスウリヤ様に捨てられたんじゃないって気づいて・・」「神官は・・わたしの艶夜は、どうしている?」「人間と結ばれて一児の母となっています。」「そうか・・わたしの子ども達はそれぞれ伴侶を得て満ち足りた生活を送っているのだな。わたしとは大違いだ。」スウリヤはそう言って言葉を切ると、自嘲めいた笑みを口元に浮かべた。「スウリヤ様・・」火月はスウリヤが慈愛に満ちた表情を浮かべながら娘の髪を撫でるのを、黙って見ていた。彼女は、有匡と神官を自分の手元で育てたかったに違いない。だが有匡は夫に託し、身籠っていた神官は父親に奪われ、滅多に会う事が出来なかった。自分が産んだ子ども達が幸せを掴んだことを彼女が喜ぶのは、当然なのかもしれない。「スウリヤ様、ひとつお聞きしたいんですが・・」「何だ?」「スウリヤ様は、先生・・有匡様のことを愛していらっしゃいましたか?」暫し、2人の間に気まずい沈黙が流れた。「あの子が産んだ日、わたしは有仁と結ばれて良かったと・・彼を選んで良かったと思った。お前はどうなのだ、火月? 有匡を選んで後悔していないか?」「いいえ。」火月はそっと目を閉じ、有匡と結ばれるまでの出来事を思い出していた。「一人ぼっちだった僕に、優しく手を差し伸べてくれて、怪我を治してくれたのも先生だけでした。僕は、昔から自分の居場所は先生の傍にしかないと思ってます。それは今も変わりません。」火月の言葉にスウリヤは満足気な笑みを浮かべた。「父には何とかお前達のことを考えなおして貰うよう、説得してみる。」彼女はそう言うと、さっと立ち上がると部屋から出た。スウリヤが出て行き暫く経つと、外からガチャガチャと金属が擦れ合う音が聞こえたかと思うと、牢に武装した兵士が入ってきた。「なんですか、あなた方は?」火月がそう言って兵士達を睨むと、その中の一人が彼女の腕を掴んだ。「貴様が、カゲツだな。我々とともに来て貰おう。」「嫌です、子ども達を置いてはゆけません!」熱に魘されている娘と、不安がる息子を見ながら、火月は兵士達の手から逃れようとしたが、いともたやすく捕まえられてしまった。「母様を放せ!」仁が兵士の向こう脛を蹴飛ばしたが、逆に頬を殴られた。「仁、雛を・・姉上を守るのですよ!」「母様~!」兵士達によって牢に出された火月は、一体彼らが何処に向かっているのかが解らなかった。もしこのまま処刑され、夫や子ども達の元に戻れなかったら・・そう思うと、恐怖と不安で彼女の胸は押し潰しされそうだった。「一体僕を何処へ連れて行くというのです?」「煩い、黙れ!」兵士の一人が苛立った様子で火月の華奢な身体を突き飛ばした。「きゃぁっ!」彼女は強かに地面に腰を打ち、その痛みで顔を顰めた。「そこで何をしておる!」「ス、スウリヤ様・・」鞭のように鋭い声が頭上でしたかと思うと、兵士達が慌てて地面にひれ伏した。「大事ないか?」そう言って皇女スウリヤは火月に手を差しだした。「ありがとうございます。僕は大丈夫です。ですが子ども達が・・」「これからこの者をわたくしの部屋へ連れて行く。お前達、この女の子どもをわたくしの元へ。」「ですがスウリヤ様、わたくしどもは王に命じられ、この女を・・」「黙れ!この者はわたくしの義理の娘ぞ、わたくしに逆らう気か!?」スウリヤの全身から漂う凄まじい妖気を感じた兵士達は、すごすごとその場から立ち去っていった。「助けてくださって、ありがとうございました。」「これからはわたくしがそなたの面倒を見る。無論、二人の孫達もな。」「スウリヤ様・・」火月の真紅の双眸から、大粒の涙が流れた。「泣くでない。そなたは母親ぞ、我が子の前で決して涙を見せるでない。」「はい・・」その後火月はスウリヤに連れられ、彼女の部屋へと向かった。「そなたは今日からわたくし付の侍女だ。父上はわたくしの侍女であるそなたに惨いことはしまい。安心いたせ。」「あの、スウリヤ様、子ども達は・・」火月が牢に残してしまった子ども達の事を心配していると、廊下の向こうからパタパタとせわしい足音が聞こえたかと思うと、部屋に子ども達が入ってきた。「母様~!」「ははうえ~!」火月の姿を見るなり、仁と雛は顔を涙でグシャグシャにして彼女に抱きついた。(子ども達を守れるのは、僕しかいない!)スウリヤという強力な味方を得た今、火月は母親として一層強く生きようとしていた。一方現界では、有匡が妖狐界へと連れ去られた妻子を救出するための策を考えていた。『王は・・必ずお前の女房と子供を処刑する・・何も出来ずに居る自分を悔やむんだな・・』死に間際にあの男が遺した言葉を何度も反芻しながら、有匡は部屋を右往左往しているばかりだった。「有匡さん?」「何だ。」火月が部屋に入ると、有匡は亡き祖母の和琴を弄りながら溜息を吐いていた。「どうしたの、何か悩み事・・」「放っておいてくれ。」「何よそれ!あたしはあんたの事を心配して・・」火月は有匡の言い草にムカッときて彼の腕を掴むと、彼は乱暴にそれを振り払った。「お前には解らぬだろう、家族の元に駆け寄りたくても出来ぬ歯痒さが!」「あたしにはもう、両親は居ないわよ!その重い現実を受け入れられずに施設に行った後、何度も前に住んでいた家に行ったわ!でもそこは灰と化して何もなかったわ。夢にだって出て来てはくれなかった両親を、あたしは何度も恨んだことか・・」両親を亡くした時期のことを思い出していたら、自然と涙が出てきた。涙なんて、とうに涸れてしまったものかと思っていたのに。「・・あんたはいいわよね、あんたの事を待ってくれる家族が居るんだから・・」しゃくり上げる火月を前に、有匡はそっと彼女を抱き締めた。「何も知らずに酷い事を言って済まなかった。少し苛々していた。」「いいのよ。」火月がそう言って有匡に微笑んでいると、部屋の襖が開いて聡子が部屋に入って来た。「火月ちゃん、ご飯よ。あら、お邪魔だったかしら?」「お、叔母さんこれは違うの・・」「お邪魔虫は消えるわねぇ~」その後、夕食は気まずい空気になり、火月と有匡は居たたまれなかった。「ねぇ、今度の日曜、鶴ヶ岡八幡宮に行ってみない?そこで何か解るかもしれないし。」「ああ、そうだな。」日曜、火月と有匡は鶴ヶ岡八幡宮に来ていた。そこには何の変哲もない所だった。「何も変わった所はないわねぇ。」「ああ。」有匡が溜息を吐いて石段から降りようとした時、何かを見つけた。それは、妻・火月に送った紅玉(ルビー)の耳飾りだった。(一体どういう事だ?何故耳飾りがここに?)「どうしたの?」火月が石段の下で座り込んでいる有匡に声を掛けると、彼は紅玉の耳飾りを持っていた。「それ、奥さんの?」「ああ。まさかこんな所にあるなんて・・」有匡がそう言った時、彼の手の中で耳飾りが突然光った。“先生?”遠くから声が聞こえたかと思うと、有匡の前に妻が現れた。「火月・・火月なのか?」“ええ。先生、安心して下さい。僕と子ども達はスウリヤ様に良くして貰ってますから。”「母上に?いじめられたりはしていないか?」“大丈夫です。先生、僕達待ってますから・・必ず僕達を迎えに来てくださいね。”「ああ、解った。待っていろ、必ず・・」有匡が俯き、泣いているように火月は見えた。歴史書の中では「冷血漢」「血も涙もない陰陽師」として彼を酷評する資料があったが、それは違うと火月は思った。彼は冷血漢だったかもしれないが、家族の事を想って泣く夫でもあり、子を恋しがる一人の父親でもある。偏った解釈によって有匡は世間から「冷酷非情な陰陽師」という誤解を受けたまま、その名を残している。それを、誰かに信じて貰えなくても、火月は変えたいと思った。「・・きて良かったね。」「ああ。」帰りの電車内、二人はそう言葉を交わしただけで終始無言だった。火月はチラリと、隣で寝ている有匡の横顔を見た。切れ長の黒い瞳に、薄い唇。絶世の美男子が自分の肩に頭を預けて眠っている光景が珍しいのか、観光客らしき数人の女性達がちらちらと自分達の方を見ていた。「ねぇ、起きてよ。ねぇったら!」有匡を揺さ振ったが、彼はなかなか起きようとしない。(んもぅ~!)次第に苛々してきた火月は、思い切り彼に頭突きをくらわした。「何をする、この馬鹿女!」「うるさいわねぇ、あんたがさっさと起きないからでしょうが!」「何だと~!」(全く・・こんな女に同情したのが馬鹿だった!)(やっぱりこいつ最低!)一度は歩み寄れたものの、すぐさま火月と有匡は結局いがみ合ってしまうのだった。瞬く間に季節が過ぎ、火月たちが通う高校は夏休みに入った。「あ~、暑い!」火月はクーラーの効いた室内で宿題をしていると、有匡が和室から出てきた。「何だ、こんなに部屋を冷やさんと勉強ができんのか貴様は?」そう言うなり、彼はクーラーのスイッチを切った。「ちょっと、何すんのよ!」彼の手からリモコンを奪い返そうとするも、有匡はそうさせまいと腕を高く上げた。「大体、こんなもので涼を取るなど、邪道だな。見ろこの部屋の室温を。23度だぞ?」「ちょうどいいじゃん、それくらい。」「よくない!」有匡と火月がリビングで言い争っていると、玄関のチャイムが鳴った。「お前、出ろ。」「なんであたしが?あんたが出ればいいでしょう!あたしは宿題やってんの!」火月はそう言って有匡に背を向けると、ダイニングテーブルへと戻った。有匡がインターホンの画面を覗き込むと、そこには火月と同じクラスの男子生徒が立っていた。『あの、高原さん居ます?』「誰だ貴様は?火月に一体何のようだ?」不機嫌な表情を隠しもせずに有匡が男子生徒にそう問うと、彼は突然聞こえた男の声にビビッていた。顔は見えないが、有匡の怒りが彼に伝わったのだろう。「なに、どうしたの?」「お前に用があるらしい。」火月がインターホン画面を覗き込むと、彼女は嫌そうな顔をした。「ゲッ」「こいつを知ってるのか?」「知ってるも何も、関わりたくない奴だよ!あんたちょっと行って追い払ってきて!」「おい、人をこき使うのもいい加減にしろ!」有匡はそう言ってブチギレた。「何よ、鎌倉への交通費、誰が出したと思ってんの!?それに食事代だってあたしが全部出したでしょうが!」「だからといってお前に下男扱いなどされる憶えはないぞ!全く、似ているのは顔と名前だけだな!」「なんですってぇ~!」二人がギャーギャー言い合っていると、今度は玄関のドアが叩かれた。「高原さぁ~ん、居るんでしょう?」「あたしは留守ってことにして、お願いね!」火月はそう言ってダイニングテーブルに広げた宿題を掻き集めると、二階へと上がっていった。「火月なら留守だが、彼女に何か用か?」有匡が玄関のドアを開けると、そこには髪を金メッシュに染めた少年が立っていた。「どうも、近衛秀介です。高原さんとお話がしたいんですが・・」「居ないと言っているだろう。」不機嫌な表情を有匡が浮かべると、少年―秀介は彼から一歩後ずさった。「そうですか。じゃぁあなたでもいいや。」「は?」有匡が怪訝な顔をして秀介を見ると、彼は突然有匡の腕を掴んで外へと連れ出した。「おい、何処へ連れて行くつもりだ?」「すぐに済みますんで。」ニコニコしながら秀介は有匡の腕を引っ張ったまま、近所のファミレスへと入った。「何頼みます?僕の奢りだから、何でもいいですよ。」「その前に貴様は一体何者だ?火月に何を話したいんだ?」「何って・・あなた火月さんとどういう関係なんですか?まさか親戚とかありきりたりな嘘、僕には通じませんから。」先ほどまでニコニコとしていた秀介の顔が突然真顔となり、有匡の顔が険しくなった。「そんなプライベートなことを、何故お前に教える必要がある?」「だって僕は火月さんの許嫁だもの。恋敵が現れたとなっちゃ、行動を起こすのは当然でしょう?」秀介はそう言うと、ドリンクバーで取ってきた水を一気に飲み干した。「お前が火月の許嫁だと?お前の誇大妄想に付き合ってる暇などない。」有匡がさっと椅子から立ち上がろうとしたが、秀介がそれを阻んだ。「まだ話は終わってないよ。こっちはまだまだ聞きたいことがあるんだから。」「火月からお前の話は一度も聞いたことがないが、それでも許嫁と言えるのか?」「だから、その事を食事しながらそこら辺の事情を話そうとしてるんじゃない。」有匡は渋々と席に戻ると、秀介を睨んだ。(一体こいつは何を考えてる?)「さてと、何頼む?」「和食なら何でもいい。」「あっそ。じゃぁ僕はボロネーゼでも頼むね。あとポテトも。」秀介はそう言うと、呼び出しボタンを押した。初めて見るそれに、有匡は少し驚いてしまった。そんな彼を、秀介は馬鹿にしたような目つきで見た。「それで?お前が言う、“そこら辺の事情”とは何だ?」「話せば長くなるかなぁ。」秀介が次の言葉を継ごうとしたとき、店員がポテトを運んできた。「うちの母親と、火事で亡くなった火月さんの母親は、従姉妹同士なんだよね。所謂血族結婚ってやつ?従姉妹同士の子どもを結婚させて、家を繁栄させる目的でするんだ。今じゃぁ珍しいけれどね。」淡々とポテトを頬張りながら話す秀介を、有匡は睨みつけていた。火月の母親と、秀介の母親・頼子は従姉妹同士で、更に近衛家と高原家は姻戚関係であった。家同士の結束を固めるため、両家の間では幾度となく血族結婚を繰り返してきた。その所為で、精神障害を抱えたりする者が多く生まれ、その者は座敷牢にて戦前は監禁されていたという。「要するに、血の歪(ひずみ)が顕著に現れてしまったってことだね。でも両家は血族結婚を止めようとはしなかった。ただ一人、火月さんの母親を除いては。」そう言葉を切った秀介は、コーラを一口飲んだ。「彼女は因習を忌み嫌い、家を出て東京である男性と交際した後、結婚した。それが火月さんの父親の、高階晃さん。」秀介は鞄の中から一枚の写真を取り出し、有匡に見せた。そこには、笑顔で火月の両親が映っていた。眼鏡を掛けた火月の父親は、人が良さそうな顔をしていた。「高階さんの実家は、明治から続く旧華族の家柄でね。彼に嫁いだ火月さんの母親―璃妃(りひ)さんは、親戚連中から陰湿ないじめを受けて、堪え切れず自殺未遂までしたそうだ。結局は晃さんが実家と絶縁したんだけれど、火月さんが生まれたことを知った高原家の連中が、彼らを家ごと焼き殺した。」秀介の言葉を聞き、有匡は胸がざわつくのを感じた。家の為に、殺人までいとわない連中が、この世には居るのだ。「それで?何故そんな話をわたしに?」「火月さんは、僕と共に京都に行くんだ。そこで夫婦の契りを交わす為にね。」「夫婦の契りだと!?」有匡は思わずグラスに入った水を秀介に掛けた。「そんなに興奮しないでよ。夫婦の契りといっても、形だけさ。火月さんに手を出すつもりはないから、安心して。」怒りをあらわにする有匡とは対照的に、秀介は飄々とした表情を浮かべながらそう言うと、彼の肩を叩いた。「火月は、知っているのか?自分の両親を、母親の親戚が殺したことを?」「知る訳ないじゃない。それに、彼女のお祖母さんが轢き逃げに遭ったことだって、怪しいもんだよ。」「何だと?」「彼女のお祖母さん・・朱鷺さんだっけ?彼女、火月さんの母親が抱えている事情を知っていてね、嫁と孫娘を守ろうと高原家にもう二人に手を出してくれるなと忠告したそうだ。その後、彼女は事故に遭った。」「まさか、彼女も。」「その可能性は高いね。あなたをここに呼んだのは、連中は火月さんを手に入れる為なら、どんな卑怯で悪辣なことなんて厭わないってこと。」「憶えておこう。」有匡はそう言って漸く和定食に箸を付けたが、それはすっかり冷めきってしまっていた。「ただいま。」「お帰り。ご飯は?」「もう食べてきた。それよりも火月、何か両親の事で聞いていないか?」「え、何突然?」二階から降りて来た火月は、そう言って有匡を見た。「いや、何でもない。少し部屋で休むから、静かにしていてくれ。」有匡はさっさと和室に入っていってしまった。「変な奴・・」火月は首を傾げながら、浴室へと入っていった。朱鷺の部屋に入った有匡は、和琴を弄りながら秀介からファミレスで聞いた話を整理してみた。火月を狙っているのが彼女の母親の実家であるとしたら、彼女を手に入れるまで連中は諦めないだろう。何とか彼女を守らなければ―そう思いながら有匡が和琴を爪弾いていると、彼の前に一人の青年が現れた。「お前・・青龍か?」「左様。主に伝言があり。」「伝言?」「火月様は妖狐族の宮城にて見合いをなさっておられるご様子。」「見合い?」有匡は、青龍(しきがみ)からの報告に驚きで目を見開いた。何故、こんなことになってしまったのだろう。「火月様、聞いておられますか?」「は、はい・・」鎌倉から遠く離れた妖狐族の宮城の一室で、火月は自分と向かい合わせに座っている男を見た。夫が自分達を迎えに来るその日を待って、姑・スウリヤの女官となった火月は慌ただしい毎日を過ごしていた。そんな中、彼女に突然縁談が舞い込んだ。相手は貿易都市を牛耳る名家の息子で、宮城に王家への献上品を納品した際、火月を見染めたという。勿論火月は断ったものの、スウリヤは一度会うだけでいいと言ったので、会ってみることにしたのだが―「火月様には、お子様がおられるとか。」「ええ、男女の双子がおります。」「そうですか。お恥ずかしいことですが、わたしには子どもが出来ない身でしてね。後継者が居ないとわたしの代で家が途絶えてしまう。でもそれを聞いて安心いたしました。」「あ、あの・・」完全に相手のペースに呑まれそうになっている火月の元に、スウリヤがやって来た。「もうその辺にしといてくださいませぬか、リィヤ殿。あなたがどんなに愛の言葉を囁こうと、彼女には届きませぬ故。」「それは、どういう意味です、スウリヤ様?」「彼女には愛する夫が居るのですよ。ですからこの縁談は白紙に・・」「そうですか。」リィヤは突然椅子から立ち上がると、火月の手を握った。「それを知ったら、俄然あなたを諦めきれなくなりましたよ。」「リィヤ様、放してください。」火月がそう言ってリィヤの手を振りほどくと、彼は不満そうな顔をした。「あなたの夫は、今何処で何をしておられるのです?こんなに美しいあなたを放ったらかしにして・・」「夫は・・先生は必ず僕達の元に戻ってきます!ですからあなたと結婚するつもりはありません!」「夫への操立てですか。いいでしょう、あなたがそのつもりならわたしは絶対にあなたを諦めません。」リィヤはそう言うと、火月の頬にキスして部屋から出て行った。「困ったことになったの、火月よ。あの者の事はわたしに任せるがよい。」「はい、お義母様。では仕事に戻ります。」火月はスウリヤに頭を下げて部屋から出ると、途中で華やかな衣装に身を包んだ少女達の一団と廊下ですれ違った。以前スウリヤが話していた西国の皇女・蓮華(れんげ)達だろうか。火月が脇に寄って少女達に頭を下げていると、彼女達の中で一番華やかな衣装を纏った少女がすいっと火月の前に出た。「あなたが、火月様?」「ええ、そうですけれど・・」「初めまして、わたくしは蓮華と申します。スウリヤ様の御親族だと聞いたのだけれど、少しあなたとお話がしたいの。宜しいかしら?」「構いませんが・・」「そう、ではこちらへ。」蓮華はそう言って火月を自分の部屋へと連れて行った。「土御門有匡様の北の方様が、まさかあなたなんて驚きましたわ。確かあなたは、紅牙族の出身ですわよね?」「ええ、それがどうかなさいましたか?」「実は近頃、紅牙族に不穏な動きがあるという噂があってね。あなたがそれについて何か知っているのではないのかと思って・・」唐土に住む紅牙族達の近況を知らない火月にとって、蓮華の話は寝耳に水だった。「さぁ、存じ上げません。」「そう、それならいいわ。」蓮華はそう言うと、優雅な仕草で茶器を持った。その夜、宮城では蓮華を歓迎する宴が開かれた。王(ハーン)は美女に囲まれながら目の前で美女の舞を眺めては酒を飲んでいた。それを横目で見ながらスウリヤは苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべており、彼女付の女官達も苦々しい顔をしていた。女達はほとんど半裸に近い状態の衣装を纏い、惜しげもなく乳房を王の前に晒していた。仮にも外国の賓客の、しかも皇女の前でそのような無作法な振る舞いをするとは常識に欠けている。「父上には困ったものだ。蓮華様が見ていらっしゃるというのに・・」「ええ、全くです。わたくしが王に一言申し上げて参りましょうか?」スウリヤの傍に控えていた護衛官・紫苑がそう言って動こうとすると、スウリヤはそれを制した。「止せ。父上の事は放っておくがよい。ここは蓮華様に任せよ。」「ですが・・」「見事な舞でしたわ。わたくしの為に国中の美女を集めてくださってありがとう。」宴も終わりかけようとしている頃、蓮華はそう言って美女たちの舞に拍手を送った。「蓮華様にそう言っていただけると嬉しいですな。誰か気に入った娘でもおりましたか?」王はそう言うと、美しい皇女の横顔をちらちらと見た。「いいえ。それよりも王、最近紅牙族の事で不穏な噂があるのはご存知?」「ええ。何でも長年対立していた人間と和解したとか。ですがそれを快く思わぬ連中が人間の里を襲ったとか・・」王の言葉に、火月は動揺して持っていた皿を割ってしまった。「あ、すいません!」「何をしておる、宴の最中に!」「申し訳ございません・・」火月を睨みつけた王は、立ち上がるなり彼女の腕を掴んで自分の前に引き摺りだした。「誰か剣を持ってまいれ、この者を討つ!」「お待ちくだされ、王!皿を割っただけにございます、どうか怒りをお収めに・・」紫苑が慌てて両者の間に割って入ったが、王は彼の頬を殴った。「黙れ!お前の事は前々から気に入らなかったのだ!」「どうかお願いです、お命だけはお助け下さい・・」恐怖で顔を引き攣(つ)らせながらも、火月は必死に命乞いをした。「お待ちください、王。わたくしはそのような些細な事で気分を害したりはいたしませんわ。その者をわたくしに免じてお許しくださいな。」蓮華の玲瓏とした声が広間に響き渡り、王は怒りで顔を一瞬歪めたが、火月を乱暴にスウリヤの方へと突き飛ばすと、再び玉座に腰を下ろした。「ありがとうございます、蓮華様。」「お礼を言っていただかなくても結構よ。それよりも紅牙族の事も心配だけれども、鬼族の事も気掛かりね。」「鬼族、ですか?」「ええ。何でもあなたの夫に鬼族の若君が火傷を負わされたとか。それで鬼族達は怒り狂っているそうよ。」「そんな事が・・」「だから用心をするに越したことはないわ。決して一人になっては駄目よ、解った?」「はい、解りました。」蓮華皇女から忠告を受け、火月は有匡の身に何かが起こるのではないのかという一抹の不安を抱きながら、眠れぬ夜を過ごした。一方人間界では、火月達の元に一通の招待状が届いた。「豪華客船のチケットじゃない、これ?」「確かこの前、マスコミで取り上げられていたやつ?でもどうしてこの船の招待状があたし達の所に?」火月がそう言って招待状の送り主を確かめようと封筒の裏を見ると、そこには秀介の名と住所が書かれていた。数日後、有匡と火月は、豪華客船・イリアス号に乗船した。6月に就航したばかりのイリアス号は、映画館やプール、ナイトクラブやエステなどが併設されているまさに“動くホテル”そのものだった。何故イリアス号のチケットをあの秀介が贈ってきたのか、火月は理解できなかった。「ねぇ、あんた秀介と何か話したんでしょう?何話したの?」「飯を奢って貰っただけだ。それよりも秀介って奴は信用できんな。」「でしょう?何だか腹の底で何考えてるのか解らないっていうか・・気味が悪いのよね。」火月がそう言いながら客室のカードキーを挿し込んで中に入ると、そこには噂の人物が居た。「やぁ、久しぶり、高原さん。」「何であんたがここに居るの!?」「僕が贈ったチケットの部屋番号、僕の部屋番号と同じだから。あぁ、心配しないで。僕はこの人と寝るから。」有匡の腕を掴んでそう言うと、秀介は火月に微笑んだ。「貴様、一体どういうつもりだ?」「別に。僕はただ彼女を守りたいだけ。そういえばあなた、独身?」「いいや。妻と双子の娘と息子が居る。」「妻子持ちかぁ、それはそれでいいかもね。障害がある恋愛の方が燃えるって言われてるもんねぇ。」「何故そんな方向に話を持って来るんだ、貴様は?」ディナーの為に選んだドレスをフィッティングルームで試着している火月を待ちながら、有匡と秀介は火花を散らしていた。「お待たせ~!」フィッティングルームから出てきた火月は、裾にレースがふんだんと使われている薔薇色のドレスを纏っていた。「似合うね、高原さん。僕の見立ては間違っていなかったよ。」「どう、少しは見直したでしょう?」火月はそう言って有匡を見た。「ふん、馬子にも衣装だな。見掛けだけは騙せても、普段の立ち居振る舞いで化けの皮が剥がれるぞ。」「何よムカつく~!」火月は怒りで顔を引き攣らせ、ドレスの裾を摘んで有匡に背を向けた。「女心が解っていませんね。まぁそんなあなたでも結婚出来たんだからいいですよね。」「ほう、僻んで居るのか?まぁ貴様のような自己中心的な男には誰にも相手にされんな。」「へぇ、そうですか。相手にされなくて結構です。僕は独りが好きなんですよ。」有匡と秀介が言い争いながら大広間へと向かっていると、突然奥の通路から女性の悲鳴が聞こえた。「どうかなさいましたか?」「ひ、人が死んでるのっ!」彼女がそう言って指した先には、血だまりの中で倒れている振袖姿の少女の姿があった。「嗚呼、お嬢様!何てお姿に!」部屋のドアが開き、朽葉色の着物を着た70代の老婆が出て来て、少女の方に駆け寄ってきた。「お嬢様、目を開けてくださいませ~!」突然豪華客船内で起きた殺人事件に、乗客達は騒然となった。「全く、冗談じゃありませんわ!優雅なヴァカンスを期待しておりましたのに、殺人事件だなんて・・」厚化粧をして両手の指全てに指輪を嵌めた紫のドレスを纏った太い女がヒステリックにそう叫ぶと、有匡を見た。「そこのあなた、警察でしょ?何とかなさいな!」「何を言っているんだ、この婆。わたしは警察でも何でもないぞ。」「んまぁ、目上の者に対して失礼な物言いね!わたくしが誰だか知らないの?わたくしは大野木京子、この船のオーナー夫人よ!この船で一番偉いのよ、お解り?」女がドヤ顔で自己紹介する脇を有匡はさっさと通り過ぎ、大広間へと向かった。「どうしたの、何かあった?」大広間で開かれているパーティーに有匡が遅れて入ってきたので、火月はそう言って彼を見た。「ああ。途中で変なのに絡まれてな。確か大野木とかいったか。」「大野木って、日本で五指に入る財閥じゃない?確かこの船のオーナーだったわね。」「そのオーナー夫人が妙に威張り散らしていてな。殺人事件が発生して折角の休暇が台無しだとか文句を垂れていてな。」「殺人事件?何でそれ早く言ってくれないのよ!」「言っても何もしないだろう。わたし達は警察ではないんだからな。こういった事はその道のプロに任せた方が良いとは思わないか?」「そうね。あ、何か食べる?」火月はそう言ってドレスの裾を摘むと、ビュッフェテーブルへと向かった。そこには、一流パティシエが作ったスイーツやシェフが腕を振るった料理などが並んでいた。「全く、色気よりも食い気だな。うわべだけ着飾っても、何の意味もない。」「何よぉ、あんたってムカつくわね!あんたの奥さんはどうして自己中心的で俺様なあんたの何処に惹かれたんだか・・」「青臭いガキのお前に、男女の恋愛について講釈しても仕方なかろう。まぁ、妻とは紆余曲折があってな、今の幸せを掴むために色々と辛い思いをした。」「そう・・」少し寂しげな有匡の顔を見て、火月は何も言えなかった。「それにしても、被害者の子って、誰か解る?」「さぁな。ただ、部屋から和服姿の女性がやって来て“お嬢様”と叫んでたな。」「ふぅん、どんな顔だった?」「知らん。婆を撒くのに必死だったからな。」有匡がそう言って日本酒を飲んでいると、大広間に太った女が入って来て彼の方へと近づいて来た。「まぁあなた、さっきは良くもわたくしを虚仮にしてくれたわね!」「何故こういう場には日本酒が少ないんだろうな?」「さぁね、余り好きじゃない人が多いからじゃない。」「ちょっと、聞いてるの!」女を完全に無視して、有匡は火月に秀介のことを話した。「あいつのお母さんと、亡くなったあたしのお母さんと従姉妹同士だなんて、初めて聞いた。お母さん、そんなの話してくれなかったから・・」「それはそうだろうな。お前が亡くなった祖母が、母親の実家からお前を守ろうとしていたようだし。余り高原家に関わらないに越したことはない。」有匡がそう言って言葉を切ったとき、大広間に少女の遺体に駆け寄った老女が入ってくるなり、有匡の方へと駆け寄ってきた。「お願いです、お嬢様を生き返らせてくださいませ!」「何を言っている。訳が解らんぞ?」「どうか、お願いです!お嬢様を、多喜子様を生き返らせてくださいませ!」額を地面に擦りつけんばかりに老女が有匡に土下座すると、周囲の目が彼らに向けられた。「詳しい事情を聞こうか。行くぞ。」「う、うん・・」先ほどから秀介の姿が見えないことに気づいた火月だったが、慌てて有匡の後を追った。「それで?何故わたしがあの少女を生き返らせなければならん?」老女に連れられて二人が入ったのは、ロココ調の華美な家具と内装に囲まれた部屋だった。「わたくしは一度、あなたが死んだ鷹の雛を生き返らせたのを見ました。」「ああ、その事か・・」鎌倉への帰り、途中で有匡は地面に転がっていた鷹の雛を呪術で生き返らせたことがあったが、それを老女が見ていたとは知らなかった。「どうかお願いいたします、多喜子お嬢様を生き返らせてください。報酬はいくらでも払いますから!」「馬鹿を言え。死者の反魂など、禁術だ。誰一人として反魂に成功した者はいない。諦めるのだな。」「そんな・・もう高原家の直系の娘は、多喜子お嬢様しか居られないというのに!」老女の言葉に、部屋を出て行こうとした有匡の足が止まった。「今、何と?」「申し遅れました。わたくしは高原清と申します。」老女はそう言って、有匡に取り縋った。「どうか、お嬢様を・・」「行くぞ。」「う、うん・・」有匡は老女を振り払い、部屋から出た。「あの人、どうしちゃったんだろ?」「さぁな。」大広間にある階段を上がった先には、ひとつの隠し扉があった。そこには、ある団体が会合を開いていた。「いらっしゃいませ。どうぞ。」「ありがとう。」秀介は受付の男から仮面を受け取り、隠し扉を開けた。そこは舞台と客席があり、舞台には1人の男が台に横たえられていた。「皆様、ようこそお越しいただきました。これより儀式を始めます。」舞台袖から白装束を纏った男が登場し、錫杖を鳴らしながら呪文を唱え始めた。すると台に横たえられていた男が悶え苦しみ、血を吐いて息絶えた。「さぁ皆さん、この太刀で聖なる血を浴びましょう!」仮面を付けた数十人の男女は、次々と男の遺体に刃を突き刺した。「これで皆さんは神からご加護を賜ったのです。さぁ、祝福の宴を開きましょう!」(とことん悪趣味だな・・高原家もここまで堕ちるとは・・)「旦那様、大変です!多喜子様が・・」「多喜子がどうかしたのか?」「先ほど身罷られました!」部下の言葉に、周囲の者達がざわめいた。「何ということだ・・多喜子が・・高原の血を継ぐ娘が、死んだ!」男はそう叫んで頭を抱えると、床に蹲った。「おのれ、誰が多喜子を殺したのだ!」「それが・・」部下が、男の耳元に何かを囁いた。「一体これはどういうことだ!?」「旦那様・・」男が愛娘・多喜子の部屋へと入ると、彼女は寝台に寝かされていた。一見眠っているようにも思えたが、彼女の顔からは血の気がひき、蝋のように白い。「多喜子、本当に死んでしまったのか・・」男はそう言うと、そっと娘の手を握った。その手は、氷のように冷たかった。「旦那様、お嬢様を・・」「清、お前がついておりながら、何故多喜子を守っていなかった!」「申し訳ありません!」老女はそう言って床に蹲り、泣き崩れた。「これで高原家直系の娘は途絶えた。これからどうすればよいのだ。」「その事ですが旦那様、わたくしに考えがございます。」「申してみよ。」清は俯いていた顔を上げ、主を見た。「実はこの船に、陰陽師が乗っております。彼に反魂を頼めば、きっとお嬢様は生き返りましょう。」「そうか。では、その陰陽師を呼んで参れ。」「かしこまりました。」老女はそう言って部屋から出て行った。「多喜子、待っているがよい。必ずそなたを生き返らせてみせよう。」男はそっと亡くなった娘の額を撫でた。(今夜は色々と疲れた・・)部屋へと戻った有匡は、そう思いながら溜息を吐くと、タキシードを脱いで夜着に着替えた。「あ、先に戻っていたんですか。」「随分と遅かったな。今まで何処に行っていた?」「ちょっと船内を散歩していただけですよ。それよりも火月さんは?」「あいつなら自分の部屋で休んでる。」有匡はそう言うと、ベッドに横たわった。変な物音に目覚めて彼が起きたのは、深夜2時半過ぎだった。ドアの外をカリカリと、誰かが爪でひっかくような音が聞こえた。(気の所為か・・)有匡がそう決め込んで無視していると、ドアが乱暴に蹴破られ、顔を白い布で覆った数人の男達が雪崩れ込んできた。「何だ、貴様ら!?」「申し訳ないが、我々と来て貰おう。」抵抗する間もなく、有匡は男達によって目隠しをされたままある部屋へと連れて行かれた。「旦那様、陰陽師めを連れて参りました。」「そうか。その者の目隠しを外せ。」そっと目隠しを外され、有匡は自分の前に白装束を纏った男が立っていることに気づいた。「誰だ、貴様は?」「わたしは高原正親(まさちか)、高原家19代目当主だ。貴殿が陰陽師であることを聞き、頼みがある。」「娘を蘇生させるのは無理だ。」「それでは高原の家が滅ぶのを、黙って見ていろと!?」「貴様の家が滅ぼうが滅びまいが、わたしには関係ない。夜中に人を叩き起こして無理難題を吹っ掛けるな!」低血圧の有匡は不機嫌さを隠さずにそう男に怒鳴りつけると、部屋から出ていった。「あの陰陽師、一筋縄ではいきませんね。どうなさいます、旦那様?」「焦るな。まだ策はある。」正親は、そう言うと多喜子の遺体を見た。(わたしは必ず、娘を生き返らせる!)一方、火月が部屋で寝ていると、誰かが入ってくる気配がした。「誰?」ランプをつけようと手を伸ばした火月は、その前に何者かに液体を染み込ませたハンカチを無理矢理嗅がされ、気絶した。「火月、居るのか?」翌朝、有匡が火月の部屋をノックしたが、中から返事がなかった。不審に思った彼がカードキーを挿し込んで中に入ると、そこには誰も居なかった。「火月?」浴室やトイレまで探したが、彼女の姿は何処にもなかった。(一体何が・・)「どうしたの?」「火月が居ない。船内の何処かに監禁されているのかもしれん。」「どうしてそう言いきれるの?まさか高原家の者に何かされそうになった?」「ああ。手分けして火月を探すぞ。」有匡と秀介が船内を捜索している間、火月はあの部屋の寝台に寝かされていた。「ん・・」「気が付かれましたか?」彼女が目を開けると、そこにはあの老女が立っていた。「あなた、昨夜の・・」「憶えてくださってくれたのですね。」火月は寝台からゆっくりと起き上がると、自分が振袖を纏っていることに初めて気づいた。真紅の布地に金色の蝶が飛んでいる図柄のそれは、何処かで見覚えがあった。「どうしてあたしはここに居る訳?」「それは、あなたが高原の血を受け継ぐ娘だからです。」「え・・」老女の言葉に、火月は驚きで目を見開いた。「ご存知なかったのですか、ご自分が神聖なる高原の血を継いでいらっしゃることを。ああ、あなたのお母様は高原家を嫌い、家を出ていきましたものね。知らないのは当然ですね。」老女はそっと火月の頬を撫でると、ほくそ笑んだ。「これで、家が滅ぶ心配はありません。なぜなら、あなたが居るのですから。」「あたしを、どうする気?」「それは旦那様がお決めになることです。それまで暫くここで大人しくしていてくださいね。」老女はそう言って部屋から出ると、ドアに結界を張った。「どうだった?」秀介の問いに、有匡は首を横に振った。「何処か彼女が行きそうな所って、ないかなぁ?」「さぁな・・」有匡が彼と通路を歩いていると、彼は突然火月の“気”を感じた。(あそこは、確か・・)「どうしたの?」「火月の居場所が解った。」有匡はそう言うなり、あの少女の部屋へと向かった。「ここだ。」「灯台下暗(もとくら)しってやつか。まどろっこしいのは嫌だから、さっさと入ろうか。」秀介がドアを開けようとドアノブに手を掛けようとした時、火花が飛び散った。「うわっ、何だよ!」「結界が張られている。外部からの侵入を防ぐためだな。」「それじゃ、破ってよ。」「馬鹿か。他人の結界を破るのは無謀だ。」そう言うと、有匡は数珠を取り出し、祭文を唱え始めた。「居たぞ、あいつだ!」「二人を生け捕りにしろ、逃がすな!」(チッ、邪魔が入ったか。)あと少しで火月を救出出来るところだった有匡は、後ろ髪を引かれる思いで部屋の前から去った。「全く、一体どうなってるんだか!」「それはこっちの台詞だ!」数人の男達に追われながら、有匡と秀介はデッキへと出た。「もう逃がすまいぞ!」「捕えろ!」男達が動き始めた時、上空から何かが光ったかと思うと、男達が血しぶきを上げて倒れた。「また会えたのう、陰陽師よ。」蒼いドレスの裾を翻しながら、金髪の少女―悠葉(ゆずは)がそう言って有匡と秀介の前に姿を現した。「貴様に構っている暇ではない。そこを退け。」「ふん、折角助けてやったというのに礼もなしか。」悠葉はそう言うと、鼻を鳴らした。「何の用だ?貴様と遊んでいる暇はないんだ。」「そうか。では、お前を殺すまでだ!」悠葉は床を蹴ると、有匡に向かって斬りかかってきた。有匡は彼の攻撃を避けながら、咄嗟にデッキに飾ってあった洋剣を掴んで応戦した。「ほう、なかなかやるな。」顔の前で刃を交えると、悠葉は余裕綽々とした表情を浮かべ、口端を歪めて笑った。その時、遠くから火月の声が聞こえたかと思うと、彼女がデッキに現れた。「火月、来るな!」「あり・・」「余所見をするでない!」悠葉は有匡の向こう脛を蹴ると、彼の手から洋剣を奪い、首の前で交差して床に彼を押し倒した。「下手に動くでないぞ。」「何してんのよ!」悠葉に向かって火月が怒鳴ると、彼はじろりと火月を睨んだ。「小娘、邪魔をするな。邪魔立てすると貴様も海の藻屑にしてやろう。」悠葉はさっと立ち上がると、火月の方へと突進した。だが、一発の銃弾が彼の胸を貫いた。「おのれ・・」「良かった、こんな時に銀の銃弾持ってて。」涼やかな声が背後から聞こえ、火月が振り向くと、そこには拳銃を構えた秀介の姿があった。「貴様、よくも!」「火月様、逃がしはいたしませんよ!」慌しい足音が聞こえたかと思うと、老女と白装束の男達がデッキに雪崩れ込んできた。「来ないで!来たらここから飛び降りてやるから!」火月は船尾へと向かうと、その裏側へと回った。「火月様、お気を確かに!さぁ、落ち着いてこちらへ!」「嫌よ、誰があんたらの言いなりになるかっての!」火月が老女達にそう怒鳴ったとき、突然突風がデッキを襲った。「火月!」有匡は首の前で交差する剣を二本とも抜くと、船尾で悲鳴を上げている火月の方へと駆け寄った。「掴まれ!」「きゃぁ~!」あと少しというところで火月が有匡の手を掴もうとしたとき、新たな突風にあおられ、海中へと落ちてしまった。有匡はためらいもせずに冷たい海の中へと飛び込んだ。激しい潮の流れの中、彼は火月の身体を抱き締めた。「火月様・・あぁ、なんてことでしょう!高原家の最後の希望が!」老女は二人が消えた海を見つめ、悲嘆に暮れた。「海の藻屑と化したか、陰陽師よ。哀れよの。」悠葉はそう言って笑うと、姿を消した。波音が聞こえ、海岸に打ち上げられた火月が目を開けると、そこには自分を抱き締めたまま気絶している有匡が居た。「ねぇ、起きてよ。」火月は有匡の頬を叩くと、彼は激しく咳き込んで海水を吐き出した。「さっさとどけ、重くてかなわん。」「さっきはいい奴だと思ってたけど・・やっぱりあんたって最低!」こんな非常時でも、二人はいがみ合ってしまうのだった。「一体ここ何処なのよ?まさか無人島だったりして。」豪華客船のデッキから海に転落し、何処かの海岸へと流れついた火月と有匡は海岸を離れ、人里を探しに森の中へと入っていった。「さぁな。船が今何処に居るのかは解らんが、わたし達が遭難していることは向こうに伝わっていると思うだろう。」「あんたねぇ、何でこんな時に冷静な訳?もう少し慌てたら?」「無駄なパニックは命取りだ。式神に情報収集させてあるし、奴らに聞けば住む事だ。」「あっそ。それよりもお腹空いたなぁ。何か持ってない?」「持ってる訳がないだろう、あんな状況で。それとも何か?今すぐ海に戻って魚でも獲って来いと?」「あたしにしろっていうの?か弱い乙女に裸になれって?」「何処かか弱いんだ?勝手な行動はするわ、向こう見ずだわ、煩く怒鳴るわ・・こういう所は変に妻に似るものだな。」「はいはい、悪かったわねぇ。それにしても暑いったらありゃしない。」水を吸った振袖は徐々に乾き始めてはいるものの、暑くて仕方がない。グタグダと火月が文句を垂れながら森の中を歩いていると、やがて目の前に道が開け、遥か遠くに村と思しきものが見えてきた。「無人島じゃなくて良かった!これで食べ物にありつけるよ!」火月が歓声を上げながら村へと駆けてゆくのを、有匡はあきれ顔で見ていた。(全く、馬鹿な女だな・・)妻と名前も顔も同じだが、性格は全く違う。一つ自分が嫌味を言えば、彼女はそれを十も返してくる。その所為で火月と顔を合わせるたびにいがみ合ってしまう。ただでさえ妖狐界に居る妻の身を案じてストレスを感じているのに、彼女との低次元の争いで無駄なエネルギーを使いたくない。かといって、彼女と歩み寄るつもりはないし、どうしたらよいのか・・「きゃぁ~!」遠くから火月の悲鳴が聞こえ、有匡が彼女の方へと駆け寄ると、そこには鍬(くわ)や鋤(すき)、槍で武装した村人達が彼女を取り囲んでいた。「一体何をした!?」「何もしてないって!村に入ってきたら突然囲まれたんだから!」有匡が火月の方へと一歩近づくと、村人達が彼の喉元に槍を突き付けた。「お前達、何者だ?」そう言ったのは、顔に鮮やかな刺青を彫った褐色の肌をした青年だった。「わたし達は怪しい者ではない。遭難し、ここに流れ着いてきた。」「解った、話を聞こう。」青年は槍を収めると、村人達に向かって何かを命令した。彼らは解らぬ言葉で口々に喚いていたが、青年が一喝すると一斉に黙り込んだ。どうやら青年は、村のリーダー的存在らしい。「村長がお前達を呼んでいる。」「解った。」恐怖で顔を引き攣らせている火月の手を握りながら、有匡は青年の後に黙ってついていった。するとそこには、周囲の茅葺屋根の家と比べて煉瓦の頑丈な造りの家が目の前に現れた。「村長、侵入者を連れて来ました。」「解った、入れ。」贅を尽くした大理石で作られた玄関ホールに三人が入ると、廊下の奥から若い男の声が聞こえてきた。青年とともに廊下のつきあたりにある部屋を入ると、そこはペルシャ絨毯がひかれ、優美なヴィクトリア様式のソファに横たわった一人の白人男性が居た。年の頃は30前後といったところだろうか、注文服(オートクチュール)の高級スーツを着こなしている姿からして、何処かの貴族だろう。「シキ、お前は下がっていろ。」「解りました。」シキと呼ばれた青年はそう言って白人男性に頭を下げると、部屋から出て行った。「初めまして。わたしはレイモンド、この村を統治する者だ。あなた方は?」彼はそう口を開くと、好奇心を剥き出しにした視線を有匡に送った。「遭難して、この島に流れ着いたものだ。」「そうですか、それは大変だったでしょう。確かこの前、ニュースでそんな事をやっていたな。」この村の“村長”・レイモンドはそう言うと、今朝の朝刊を有匡達に見せた。そこには、『豪華客船に暴風雨襲う、男女二人未だに不明』という一面記事が載っていた。「この記事に書かれているのは、あなた方のことかな?」「はい、そうです。」「ではわたしが連絡しておくから、暫く我が家でゆっくりと身体を休めてください。遠慮は要りませんよ。」「ありがとうございます。」レイモンドの言葉に多少ひっかかりを感じた有匡だったが、素直に彼の好意に甘えることにした。「シキ、彼らをお部屋へ案内しろ。」「かしこまりました、旦那様。」先程の青年がリビングに入ってきて、有匡と火月を寝室へと案内した。「ひとつだけ言っておく、奴の事は余り信用するな。痛い目をみるぞ。」「それは一体どういう・・」有匡がそう言って青年を問いただそうとした時、リビングのドアからレイモンドが顔を出した。「シキ、無駄口を叩いてないで早く行け!怠け者に金はやらないからな!」そんな言葉を投げつけられたシキは怒りで一瞬顔をどす黒くさせたが、レイモンドに向かって黙礼すると、二階へと向かっていった。「あいつが“村長”か?何処かいけ好かない奴だな。」「ああ。表面上あいつが村長だが、みんなはあいつに辟易しているんだ。金持ちの道楽でこの島を私物化して、俺達の生活を壊しているんだ。」シキはレイモンドへの嫌悪を滲ませた口調で言うと、豪華な絨毯に唾を吐いた。どうやら彼は、あの村人達に憎まれているようだ。「ここが、お前達の部屋だ。」シキに案内されたのは、まるで新婚夫婦が使うような部屋で、寝台にはハート形の花弁が飾られていた。「何か勘違いしているようだが、わたし達は新婚じゃないぞ。」「そうか、済まん。」シキはそう言うと、そそくさと花弁を片付けた。「この村はいつからレイモンドの支配下になった?ここは何処だ?」「ここはアバソロ島だ。丁度お前達が乗った船の航行ルートにある。農業と漁業が主な産業だが、数年前からあのレイモンドが観光業を始めた。その所為で余所者がこの島の生態系や伝統、文化を破壊した。今やあいつのような強欲な禿鷹野郎どもがこの島に跋扈(ばっこ)してやがる。」「シキと言ったな?顔の刺青にはどういった意味がある?」「これか?」シキはそっと顔の刺青を撫でた。「これは古くから俺達民族に伝わる神との契約だ。神はこの島に精霊を遣わせ、俺達の祖先とともにこの島の秩序と自然、伝統を守ってきた。」「それをあのレイモンドが壊したということか。それと同時に、神の怒りを買ってしまったのか?」「まぁ、そうなるな。実際、この島を通りかかる船や飛行機は必ず嵐に襲われる。」シキは淡々とした口調で有匡にアバソロ島の歴史を掻い摘んで説明してくれた。「お前達が乗った船は無事にフランスの港に着いた。いずれ助けが来るだろう。」「暫く世話になる、宜しく頼む。」有匡がそうシキに頭を下げると、彼は苦笑して彼に右手を差し出した。「こちらこそ宜しく頼む、アリマサ。」男達の間に友情が生まれた時、火月は村の女達が集まるある場所へと向かっていた。「ここは何処なの?」「ここは観光客への土産物を作る場所さ。今からあんたに仕事を教えるからね。」そう言って火月の前に一人の太った女がやってきた。「あのう、あなたは?」「あたしかい?あたしはここの責任者の、マテーシャさ。あんた、裁縫は出来るかい?」「え、ええ・・」「そうかい。じゃぁあっちで先輩達に仕事を教えて貰いな。」女は太った身体を揺すりながら、作業場から出て行った。(何なの、あの婆。カンジ悪っ!)火月はモヤモヤとした気持ちを抱えながら女達が集まっている場所へと向かうと、彼女達は刺青を彫った顔を一斉に自分に向けた。「初めまして、火月です・・」「どうも。あたしはリンガル。それでこっちはメイシャさ。じゃぁ早速仕事を始めるよ。誰かこの子に裁縫箱を持って来て!」背の高い女・リンガルがそう声を張り上げると、何処からともなく螺鈿細工が施された黒塗りの裁縫箱が火月の前に現れた。彼女が中を開けてみると、そこにはよく手入れされた裁ち鋏と糸切り鋏、待ち針などの裁縫道具が整然と仕舞われていた。「あんたにはこの図柄を刺繍して貰うよ。」そうリンガルが火月に渡したのは、不死鳥が描かれた紙だった。「何か難しそうですね。」「ちょっとしたコツがあるからね。」先程の偉そうにしているマテーシャとは違い、リンガルは懇切丁寧に刺繍の仕方を火月に教えてくれた。「あの、皆さんはいつもこんな事をなさっているんですか?」「生活の為さ。昔は魚が沢山獲れたけど、あの禿鷹野郎が来てからはさっぱりさ。男達は出稼ぎで留守にしているし、あたし達が家計を支えてんのさ。」女達は仕事の手を休めずに、生活が苦しい事などをそれぞれ愚痴っていた。「ここは“楽園の島”って呼ばれてるけど、ありゃ嘘っぱちさ。あいつが来てからあたし達はいつも食いっぱぐれてるのに。」火月は女達の話を聞きながら刺繍を施していると、それはいつの間にか完成していた。「今日はお疲れさん。」「あのう、あたしと一緒に居た男は?」「多分レイモンドの館だろうね。ここだけの話だけど・・」リンガルは突然声を落とすと、火月の耳元に何かを囁いた。「え、何か女癖悪そうな顔してたのに、そっちだったんですか?」「まぁ、人はみかけによらないからね。さてと、今夜はあたしの家に来ておくれ。」リンガルに手をひかれ、火月は作業場を出て彼女の家へと向かった。彼女家は、村を抜け、島一番の観光スポットとなっている旧市街に建ち並ぶアパートの一室だった。まるで中世ヨーロッパを思わせるかのような石畳の道を歩きながら、火月は風光明媚な街並みに見惚れていた。「ようこそ、我が家へ。」「お世話になります。」火月が頭を下げると、リンガルは彼女に優しく微笑んだ。一方、レイモンドの館にある客間に泊まることになった有匡は寝台で寝ていると、不意に胸の上に誰かがのしかかっている感覚がして目を開けた。「誰だ?」「君、良い身体をしているね。」レイモンドの声が闇の中から聞こえたかと思うと、レイモンドが有匡の顔をぬぅっと覗きこんだ。「貴様、何しに来た?」「何って、君を抱きに来たのさ。」レイモンドはそう言うと、有匡の引き締まった腹筋を見て舌なめずりした。「近寄るな!」「ふふ、そう怯えないで。痛みは一瞬だよ・・」夜着を脱がそうとしてきたレイモンドの顔を、有匡は裏拳で殴った。「そうか、君はこういうプレイが好きなんだね!」「何を言う!」どうやらレイモンドはMだったようで、さっきのは逆効果だった。「やめろ、近づくな!」「もっと僕をいじめてよ!」レイモンドが迫って来た時、不意に彼の後頭部を誰かが殴った。「大丈夫か?」気絶したレイモンドの顔を踏みつけているのは、シキだった。「礼を言う、もう少しでこいつに犯されるところだった・・」疲労困憊した有匡は荒い息を吐きながらシキを見ると、彼は腰に巻いていた荒縄でレイモンドの身体を縛った。「まぁこいつは男が好きでな。お前のような美男子を見つけると、自分の館に招き入れて色々と遊ぶんだ。犠牲にならずに済んだが。アリマサ、俺とともに来てほしい所がある。」「解った・・」有匡とシキが出て行った部屋の天井には、亀甲縛りで縛られたレイモンドが吊るされていた。彼と共に向かったのは、深い緑で覆われているジャングルの中だった。「こっちだ。」闇の中を難なく走り抜けるシキの後を、有匡は必死でついてゆくしかなかった。「何処へ向かってるんだ?」「神が祀られている祭壇だ。あと少しで着く。」神が祀られている祭壇は、ジャングルの中にひっそりとあった。石にはシキの刺青と同じ文様が彫られていた。「荒れているな。」「昔は俺達がこの祭壇に魚や木の実を捧げ、敬ってきた。だがあいつが来てから神は蔑ろにされたことを怒っている。」「そうか・・」有匡がそっと祭壇に手を置くと、石が脈打ったような気がした。「どうした?」「石が脈打ったような気がした。気のせいか。」「そうか。」シキがそう言った瞬間、祭壇が突如蒼い光に包まれた。「何だ!?」「一体何が・・」激しい揺れに襲われ、有匡とシキは身を屈めた。“わたしの家で何をしておる”玲瓏な声が直接頭の中に響いてきたので、二人が周囲を見渡すと、そこには真紅の衣と烏帽子を被った男が祭壇の前に立っていた。彼の全身から発せられる“気”を感じたとき、彼がこの島を守る神だと有匡は悟った。「あなたは、この島を守る神か?」“そうだ。わたしはこの島を古より守ってきた。だが、余所から来た男がこの島を滅茶苦茶にした。”「あなたの怒りは良く解る。しかし、罪なき人間の命を弄ぶのは神にあるまじき所業。どうか怒りを収めてくれぬか?」有匡の説得に、男は美しい眦を上げた。“それはできぬ。人間など信じられぬ。”そう言った彼の横顔が、酷く寂しいものに見えた。かつて人々に崇められ、尊敬された神は人間の欲により蔑ろにされ、魔物へと変貌しつつある。それほど、彼の怒りは凄まじいものなのだ。「どうか気をお鎮めください、神よ!わたくし達が愚かでした!」シキが男の前に身を投げ出し、そう言って彼に跪いた。“もう遅い・・”島を守っていた神は突風を吹かせると、有匡とシキの前から消えてしまった。「パパ、雨が降ってきたよ。」「何だ、せっかく来たのに・・これじゃぁ台無しだな。」観光客向けのプライベートビーチ上空に突如黒雲が覆い、バーベキューをしていた家族連れがそう言いながらゴミを海に捨ててホテルの中へと戻ろうとした。その時、激しい雷鳴が轟いた。“愚かな人間どもよ、思い知れ”稲光が一瞬光ったかと思うと、それはプライベートビーチ全体を襲い、全てを焼き尽くした。にほんブログ村
Mar 6, 2024
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画像は、てんぱる様からお借りしました。「火宵の月」の二次創作小説です。作者様・出版社様・制作会社様とは一切関係ありません。色々と捏造設定ありです、苦手な方はご注意ください。西暦1333年夏、唐土。鎌倉陰陽師・土御門有匡は、妻・火月と息子と娘を連れ、紅牙の村へとやって来た。「火月、久しぶり~!」有匡と火月が子どもたちの手を引きながら広い草原の中を歩いていると、遠くで火月の友人・禍蛇が手を振っていた。「禍蛇、久しぶり。ねぇ、もう動いて大丈夫なの?」そう言って火月は禍蛇の少し膨らんだ下腹を見た。禍蛇は一昨年長年の幼馴染であった琥龍と結婚し、三人の子宝に恵まれ、現在第四子を妊娠中だ。「大丈夫だよ。悪阻も少し治まったし。それよりも琥龍がさぁ、また女んとこ泊まってたんだよね。」禍蛇は深い溜息を吐きながら下腹を擦った。「禍蛇おばさん、こんにちは。」「こんにちは。」有匡と火月との間に産まれた雛(すう)と仁(じん)が、そう言って禍蛇に頭を下げた。「雛と仁、会わない内に大きくなったねぇ。雛、変な男に引っかかっちゃ駄目だぞ。」「はぁい。」雛は禍蛇の言葉の意味も判らずに無邪気に答えた。「余り娘に変なことを吹き込まないで貰おうか。」不機嫌な表情を浮かべながら、有匡はそう言って禍蛇を睨んだ。「はいはい、わかったよ。みんな待ってるから、もう行こう。」禍蛇は雛と仁の手を引きながら、村へと向かった。「どうやらあのサルは相変わらずのようだな。」有匡は溜息を吐きながら火月を見た。「そうみたいですね。」「まぁ、サルが何かしでかしたらあいつらが始末するだろう。」「もう、先生ったら・・」紅牙の村で、有匡達は楽しい休日を過ごした。「ねぇ、先生、もし生まれ変わっても僕と一緒にいたいと思います?」その夜、火月は自分を抱き締めている夫を見上げながらそう言って彼を見た。「愚問だな、それは。」有匡はそう言って妻の唇を塞いだ。窓の外に広がる漆黒の闇空に、流れ星が光った。「生まれ変わっても、ずっと僕は先生の傍にいますからね。」西暦2009年、春・鎌倉。「ここが、伝説の陰陽師・土御門有匡(つちみかどまさ)の邸跡かぁ。」鎌倉市内が見下ろせる小高い山の中で、一人の少女がそう言って溜息を吐いた。輝く金髪を春風になびかせ、真紅の瞳を煌めかせている彼女の姿は、まるで地上に舞い降りた天女のようだった。「火月、こんなところにいたの。もうすぐバスの時間だよ~!」背後から友人の声がして、少女は振り向いた。「ごめん、今行く~!」少女は友人に返事をして、そっと目の前に建てられている石碑にそっと触れると、山を下り始めた。「もう、一体何してたの?あんな山ん中で。」「へへっ、ちょっとね。伝説の陰陽師様の邸跡を見てきたの。」鶴岡八幡宮へと向かうバスの中で、少女はそう言って瞳を輝かせながら友人を見た。「歴女だねぇ、あんた。ここに来てまでそんなマイナーな所行くなんてさぁ。」友人が呆れたようにそう言うと少女を見て溜息を吐いた。「マイナーじゃないもん、あたしにとって土御門有匡様は憧れのスターなんだから。」少女はそう言って携帯を開いた。そこには先ほど訪れた土御門有匡邸跡に建てられていた石碑が写っていた。「あ~、有匡様が現代に生きてたらなぁ~。」「あんたはそればっかりだね。いい、あんたの大好きな有匡様は六百七十年前に死んだの!いい加減現実見て彼氏作りなって。」友人の言葉を聞いた少女は溜息を吐いて窓の外を見た。少女の名は、火月という。彼女が最近夢中になっているものは、鎌倉時代末期に活躍した稀代の陰陽師・土御門有匡だ。というのも、三年前に受験生だった彼女は書店で参考書を買おうとして、ある一冊の本に目が止まったのだ。その本は、土御門有匡を主人公とした小説『紅玉』シリーズだった。丁度受験勉強で疲れていた彼女はそのシリーズを買い漁り、たちまち主人公の土御門有匡に惚れ込んでしまった。高校に入学し、華の女子高生となった火月は土御門有匡についての資料などを読み漁り、瞬く間に「歴女」となった。そして高校に入って春の遠足の目的地が鎌倉だと知った彼女は狂喜乱舞し、土御門有匡が実際に住んでいた邸を訪れて先ほど一人興奮していたのである。「もうすぐ鶴岡八幡宮だよ。うわぁ~、桜が綺麗だねぇ。」友人は窓の外から見える若宮大路の桜並木を眺めながらそう言って溜息を吐いた。「ここ、小説で何度か出てるんだよね。本物の有匡様も、あの石段を上ったのかなぁ。」バスから降りながら火月はそう言って辺りを見渡した。「あんたはそれしかないねぇ・・」すっかりテンションが最高潮に達した火月の後を、友人があきれ顔でついていった。火月が石段を上ろうとした時、誰かに呼ばれたような気がした。「どうしたの?」「ううん、何でもない。」気の所為かーそう思いながら火月が本殿へと向かうと、また誰かに呼ばれた気がした。「ねぇ、今何か聞こえなかった?」「ううん、別に。どうかしたの?」「うん、ちょっと誰かに呼ばれた気がして・・」火月がそう言った時、背後に人の気配がした。ゆっくりと彼女がそちらを振り返ると、そこには直衣を纏い、烏帽子を被った男性がじっとこちらを見つめていた。「あの~、何かわたしの顔についてますか?」そう言って火月が男性に一歩近づくと、彼女を抱き締めてこう呟いた。「やっと見つけた。」「え?何言って・・」突然現れた男に抱き締められ、彼の腕の中にいる火月は状況が全く把握できずにパニックに陥った。男はそんな彼女の様子などお構いなしに、そっと彼女の金髪を一房掴んで自分の方に振り向かせると、桜色の唇を自分のそれで塞いだ。「んんっ」火月は男を押し退けようと彼の胸を押したが、女の力ではビクともしない。(一体何なの、こいつ?訳分かんない。)男の舌が生き物のように火月の口腔内を這いずり回った。本当は気持ちが悪いのに、何故か男の濃厚なキスは気持ちが良い。脳裡に、走馬灯のようにある光景が浮かんでは消えてゆく。金髪紅眼の少年と直衣姿の男が見つめ合う光景や、その男が自分に向かって優しく微笑む姿などが。「はぁっ」漸く男がそっと塞いでいた唇を離すと、火月は小さく喘いで彼を睨んだ。「感じたか?」自分のファーストキスを奪っておいて、澄ました顔でそう言った男の頬めがけて、火月は拳を振り上げた。「この変態!」春の青空に、鈍い音がこだました。「火月、大丈夫?」「大丈夫なんかじゃないって!ファーストキス奪われたんだよ、あの変態に!」男にパンチを喰らわせ、足音荒く鶴岡八幡宮から去って行った火月は、帰りのバスの中でそう叫んで友人を見た。「それにしても、あいつ変な格好してたよね。源氏物語に出て来そうなカンジの。コスプレか映画かなんかの撮影だったのかなぁ?」「知らないよ、そんなの!それよりもあたしのファーストキスを返せ~!」やがてファーストキスを謎の男に奪われ怒り狂う火月を乗せたバスは鎌倉を出て東京へと入り、彼女が通う高校に着いた時には青かった空が茜色に染まり始めていた。「火月、美味しいもの食べて機嫌直そうよ。奢るからさ。」「え、マジで!」先ほどまでの不機嫌さは何処へやら、友人の言葉を聞いた途端に火月の顔がぱぁっと明るくなった。二人はいつも放課後に立ち寄るファミレスに入った。時間帯が夕飯時で、しかも土日とあってか、店内は家族連れなどでごった返していた。「どうする、出直す?」「ううん、別にいいよ。二人だからすぐ空くでしょ。」火月はそう言った時、レジへと向かう男子高校生の姿が目に入った。そこには、彼女が最も会いたくない人物がいた。「久しぶりだなぁ、火月。」「猛(たける)・・」メッシュでライトブラウンに染めた髪に、腰パン姿の男子高校生の名は猛。火月の元彼。「なぁ火月、今度隣のカノジョと一緒に合コンやろうぜ。昔みたいに面白おかしくやろうや。」「さっさとあたしの前から消えて。」火月は猛に冷たくそう言い放つと、彼に背を向けて歩き始めた。「ちっ、可愛気のない奴。」猛が毒々しい言葉とともにあからさまに舌打ちすると、仲間と共にファミレスから出て行った。「大丈夫?」「うん、大丈夫。今夜は思いっ切りお腹いっぱい食べるから、よろしく!」「ええ~!」数分後、火月は友人とファミレスの前で別れ、満腹になった腹を擦りながら自宅へと歩き出した。自宅まで後少しというところで、火月が何かの気配を感じて振り向くと、公園の茂みから唸り声と共に一匹の野犬が躍り出て来た。「何、こいつ・・」突然現れた野犬を、火月はじっと睨んだ。野犬は彼女に怯むことなく、鋭い牙を剥き出して唸りながら徐々に彼女との距離を詰めてくる。火月はバッグの中からカッターナイフを取り出すと、その刃を野犬に向けた。「近寄ったらこいつで刺すわよ!」だが野犬は勢いよく火月に襲い掛かり、その弾みでカッターが彼女の手から離れた。「誰か、助けて~!」火月は必死に叫んだが、住宅街の中からその住民が出てくる気配が全くしなかった。(このまま、あたし死んじゃうのかな?)あの頃と同じような感覚に、火月は捉われた。両親と共に炎に包まれた家の中で頭から血を流して掠れた声で助けを呼んでいた頃に。―誰か、助けて・・こんな所で、死にたくない。「助けて!」涙を流して火月がそう叫んだ瞬間、眩い光が野犬と彼女を包んだ。すると野犬は火月から離れ、今度は光に向かって唸り始めた。「縛鬼伏邪(ばっきふくじゃ)、急々如律令(きゅうきゅうにょりつりょう)!」黒犬は光の中から出て来た何かによって倒された。火月は恐る恐る顔を上げて辺りを見ると、黒犬がいた辺りには一匹の青龍がいた。(これって、夢?)試しに頬を引っ張ると、痛みを感じた。やがて光が消え、その中心から人影が現れた。「大丈夫か?」その人影は、鶴岡八幡宮で自分のファーストキスを奪ったあの男だった。「あ、あんた、何でここに?」「お前の気を追ってここまで来たら、あの魔物がお前に襲いかかろうとしたので退治したまでだ。」「変態の上にストーカー!?うわ、超キモいんですけど!」火月はそう言って男から後ずさった。「命を助けてやったというのに、礼ひとつも言えないのか、小娘。」男がムッとしたような顔でそう言うと火月を睨んだ。「小娘って何よ!あたしにはね、火月っていう立派な名前があるんです!あんたって本当最低ね、オッサン!」「無礼なのは貴様の方だ。わたしはオッサンではない。土御門有匡(つちみかどありまさ)という名がある。」男は眉間に皺を寄せながら火月を睨んだ。「え、今なんて・・」「若いのに耳が悪いのか、お前は?わたしは土御門有匡だ。」(土御門有匡って、あたしが憧れている最強の陰陽師様がこいつなの!?)まさか六百年以上前に生きていた憧れの“有匡様”がこんな変態で最低で態度がデカイ男だったとは、信じたくはなかった。「信じないわ、クールで、セクシーで最強な有匡様が、こんな態度デカくて変態で最低な野郎なんて、わたしは絶対に信じないわ!」「おい。」「ああ、でも一説によると有匡様ってクソ意地悪い性格だったって言うし・・人間一つや二つは欠点くらいあるわよね・・」「何をブツブツ言ってるんだ、貴様?脳天に虫でも湧いたか?」謎の男―土御門有匡はそう言って怪訝そうな表情を浮かべながら火月を見た。(憧れの有匡様に折角会えたんだもの、この際変態だろうが態度デカかろうが、全部目を瞑ってやるわ!)「有匡様ぁ~、お会いしたかったですぅ~!」火月は両目を潤ませながら有匡に抱きついた。「ヌン!」有匡は火月の額に紙のようなものを貼った。「何これ?」「動きを封じる札だ。」「やっぱりあんたって最低~!」火月の絶叫が、都会の夜空にこだました。その頃、東京から遠く離れたハノイの路地裏で、一人の男が何かから必死に逃げていた。“こんなところにいたのか。”男がほっと安堵の溜息を吐き、壁にもたれて座っていると、頭上から氷のように冷たい声が降って来た。彼がゆっくりと声がした方を見上げると、そこには一人の少女が長い金髪をなびかせながら蒼い瞳で彼を睨んでいた。「お願いだ、見逃してくれ!」“そうはいかないな。お前は知り過ぎた。”少女はにぃっと口端を歪めて笑いながら、男の前に立った。獣のように鋭い犬歯が、少女が笑うたびにちらりと覗いた。「お、俺には家族が・・お願いだ、命だけは!」“笑止。”男の返り血で少女が纏っている純白のアオザイが真紅に彩られた。彼女は愛おしそうに顔に付いた男の血を舐めた。“やはり人間の血は美味い。”少女は男の遺体に近づいて跪くと、持っていた刀でそれを突き刺した。“こんなところでそんなものを食べるでない、身体を壊しても知らぬぞ。”少女が男の遺体から臓腑を引き摺りだそうとした時、背後で玲瓏とした音楽的な美しい声が少女の耳に響いた。そこに立っていたのは、熱帯夜だというのに長身を漆黒のスーツを纏い、じっと蒼い瞳で少女を愛おしそうに見つめる一人の男だった。“良いではありませぬか、兄者。こんなものでも、俺にとっては貴重な蛋白源なのですから。”“ならぬものはならぬ。兄の言う事が聞けぬと申すのか?”男の言葉を聞いた少女は舌打ちし、男の遺体から離れた。“お前にはもっといい獲物をやろうぞ、愛しい弟よ。”男は少女の頬を撫でながら、彼女の唇を塞いだ。二人の姿はやがて闇の中へと消えていった。「どうぞ、有匡様。狭い家ですけど上がってくださいな。」火月はそう言って、憧れの陰陽師・土御門有匡とともに我が家に入った。「・・随分と狭い家だな。わたしの邸(いえ)とは大違いだ。」「あらぁ、それは済みません。でもわたしにとってはお城のようなものですのよ~。」(何よこいつ、家が狭くて悪かったわね!あんたみたいにうちの叔父さんはセレブじゃないのよ!この家だって叔父さんがこつこつと貯めてやっと建てた夢のマイホームなんだから!)「まぁいい、邪魔するぞ。」有匡はそう言うと浅沓(くつ)を脱いでさっさと家に上がった。「ただいま~!」火月が彼と共にリビングに入ると、そこには叔父夫婦と従弟の小学三年生の彌(わたる)が夕食を囲んでいた。「火月姉ちゃん、お帰り。その人、誰?」「ああ、この人はね、姉ちゃんの命を助けてくれた恩人なのよ。」「へぇ~、変な格好だね!」「なんだ、このクソ餓鬼は。目上の者に対して無礼だろう。」彌の言葉に気分を害した有匡は、そう言ってじろりと彼を睨んだ。「この子は彌っていって、あたしの従弟よ。彌、この人は土御門有匡さんよ。」「え、土御門有匡って、あの有匡様?」はじめは不審そうに有匡の顔を見ていた彌の目がぱぁっと輝いた。「は、初めまして、有匡様!さっきは失礼な事を言ってごめんなさい!」(この女といい、餓鬼といい、何なんだ一体。絶対脳天に虫が湧いているな。)「火月ちゃん、夕食は食べてきたの?」叔母の聡子がそう言って姪を見た。「うん。ファミレスで食べてきた。」「そう。じゃぁそちらの方はまだなのね。」聡子はちらりと有匡の方を見ながら、テーブルに鶏の唐揚げが載った皿を置いた。「すいません、こんなものしかありませんけどどうぞ召し上がってください。」「肉は余り食べないが、まぁいい。丁度腹が減っていたところだから食べてやるとするか。」(お前、何様のつもりだよ・・。)箸で唐揚げを摘んでいる有匡を見ながら、火月は心の中で彼に悪態をついた。「ねぇ火月ちゃん、あの人随分と失礼な人ねぇ。イケメンだけど。」洗い物を手伝っていた火月に、聡子はそう言って彌とテレビゲームをしている有匡をちらりと見た。「ごめんなさい叔母さん、あいつ今までセレブだったからわたし達庶民と生活感覚が違うのよ、許してあげて。」「そう。それなら仕方がないけれど、ムカつくわぁ~。」聡子は笑顔を浮かべていたが、目は笑っていなかった。「有匡様、ゲーム上手いね。」「ふん、こんなもの魔物に比べれば大したことはない。それにしても、こんな所に泊まっていいのか?」「いいに決まってるよ。だって有匡様は火月姉ちゃんの恩人だもん!母さんは有匡様のこと、余り好きじゃないみたいだけれど。」「そう言うのならここで世話になってやってもいい。で、わたしは今夜何処に寝るんだ?」数分後、彌に案内されて有匡が入ったのは、六畳半の和室だった。「ここは?」「亡くなったお祖母ちゃんの部屋だよ。狭いけど我慢してね。」「御帳台は何処にある?」「お布団なら其処に敷いてあるよ。じゃぁまた明日ね。」自分の部屋とは勝手が違う和室の中で、有匡は布団に包まりながらゆっくりと目を閉じた。こうして鎌倉時代からやって来た俺様陰陽師と、ある一家の奇妙な同居生活が幕を開けた。どこからか綺麗な音がする。火月はゆっくりとベッドから起き上がって部屋から出ると、一階に下りた。音は、和室から聞こえて来た。そっと襖を開けると、そこには亡き祖母が生前愛用していた和琴を奏でる有匡の姿があった。「それ、お祖母ちゃんの・・」「起こしたか。」有匡は和琴を奏でる手を止めて、チラリと火月を見た。「さっきこの和琴の主が夢に出てきてな。大切な孫娘を守って欲しいと言われた。」「お祖母ちゃんが、あんたの夢に?」火月の祖母は五年前に帰宅途中、轢き逃げに遭って亡くなった。幼い頃両親を火事で亡くし、叔父夫婦の元に引き取られた火月にとって、祖母は母親代わりで、何でも相談できる存在だった。「ああ。お前を狙っている者が近々お前の傍に現れるから用心しろと。それと、自分を殺した犯人はお前の近くに潜んでいるとな。」そう言って有匡は火月を見た。「お祖母ちゃんね、五年前に轢き逃げに遭って死んだの。犯人はまだ捕まってないけど、黄緑色の車が現場付近で目撃されたって聞いたわ。」「そうか。お前の祖母の事故、少し調べてみた方が良さそうだ。」有匡は和琴を床の間に置くと、ゆっくりと立ち上がった。「何処行くの?」「風呂だ。身体を清めて神仏とコンタクトを取るのは陰陽師の基本中の基本だからな。」「朝風呂!?あのさぁ、ガス代うち今節約してんの。我がまま言わないでくれる?」「ちっ、まぁいい。」有匡は不機嫌そうな表情を浮かべながら和室から出てリビングに入った。「火月姉ちゃん、有匡様、おはよう。」トーストの香ばしい匂いが漂い、火月は自分の席へと座ってトーストを一枚頬張った。「朝はやっぱりトーストよね。」そう言って火月が隣の有匡を見ると、彼は朝食に手をつけていない。「どうしたの?何かアレルギーでもあんの?」「いや、わたしは和食派なんでな。」「有匡さん、郷に入っては郷に従えっていう言葉があるでしょう?うちにお世話になっている限りは、こちらのルールに従って貰うわよ、おわかり?」聡子は氷のような笑みを浮かべながらそう言って目玉焼きを皿に載せた。一瞬、リビングに季節はずれのブリザードが吹き荒れたような気がした。有匡は無言でトーストを一口齧った。「美味いな。」「母さん、僕もう行くね。」彌(わたる)はそう言ってランドセルを背負い、トーストを咥えてリビングから飛び出していった。「有匡さん、ちょっといいかしら?」火月と彌(わたる)、允(まこと)が次々と家を飛び出して行った後、食器を洗っていた聡子はそう言って有匡に手招きした。「何だ?」「彌(わたる)が手提げ袋忘れて行っちゃったの。学校まで届けてくださらない?」有匡はテーブルの下に置かれたオレンジ色の手提げ袋を見た。「わかった。何処まで届ければいい?」「東田小学校って聞けばすぐに着くわよ。じゃぁ、宜しくね。」(全く、何でわたしがこんなことをしなければならないんだ。)溜息を吐きながら、有匡は手提げ袋を肩からぶら下げながら歩き出した。「全く、ここに来てから碌なことがないな・・」居候先の子どもが忘れていった手提げ袋を肩から下げながら、鎌倉時代からやって来た最強の陰陽師・土御門有匡はそう言って溜息を吐いた。彼がこの時代に来てから半日。あの日、妻・火月とともに鶴岡八幡宮を訪れていた有匡はそこで激しい揺れに遭い、気づいたら違う時代にいた。時空の狭間に呑み込まれ、自分が生きていた時代とは違う時代(ところ)に飛ばされてしまったことは何故か理解できた。だが、此処から元の時代に戻る術が判らない。(死返珠(まかるがえしのたま)さえあれば元の時代に戻る事は簡単だが、問題はそれをわたしが持っていないということだ。)実父の形見で、土御門家当主の証である死返珠は、鎌倉で土御門家への縁切りとしてその使者に突き返したことを有匡は急に思い出した。(火月は今、どうしているかな。)脳裡に、金髪紅眼の美しい妻の笑顔が浮かんだ。この時代にも彼女と同じ名と容姿を持つ少女が居るが、彼女と妻とは全くの別人だ。この時代の「火月」とは、全く反りが合わない。生意気で口が悪い。何故あんな少女の名が、奇しくも愛しい妻と同じ名なのか、未だに信じられない。有匡は溜息を吐きながらふと空を見上げると、そこには分厚い鼠色の雲が太陽を覆い隠していた。雨が降る前に手提げ袋を届けなければー有匡は考え事を中断し、歩を速めた。「ねぇ、曇ってきたよ。」その頃、彌は窓から外を見ながら、親友の大谷登を見た。「じゃぁドッヂ出来ねぇな。つまんねぇの。」大谷君はそう言って舌打ちした。その時、彼の肩辺りに何か黒いものが取り巻いていることに彌は気づいた。「ねぇ、登。何か肩に黒いものが・・」彌がそう言って登の肩にそっと触れようとすると、彼はゆっくりと彌に振り向いた。「ああ、これ?俺の友達だよ。困った時に助けてくれるんだ、俺の事。」登は口端を歪めて彌に笑った。その笑顔は、いつもの溌剌とした本来の彼の笑顔とは程遠い、とてつもなく邪悪で昏いものだった。「ねぇ、どうしたの、登?今日何か変だよ?」「変?俺はいたって普通だよ。なぁ彌、俺の事好きだよな?」「う、うん好きだよ。それがどうしたの?」「じゃぁ俺と一緒に死んでくれる?」登はそう言ってポケットから何かを取り出した。それは工作の時に使うカッターナイフだった。「や、やめてよ。登の事好きだけど、僕はまだ生きたいよ。」「ふぅん、そう?じゃぁ仕方ないなぁ。」カッターナイフを握り締め、自分にゆっくりと迫って来る登の影に、何か変なものが映った。言葉では言い表せないほどの、恐ろしいもの。「ねぇ登、変だよ。気分でも悪いの?危ないからそれ、しまってよ。」彌はそう言ってゆっくりと登からあとずさったが、彼は何も言わずに恐ろしい笑みを浮かべながら自分に迫って来る。やがて遠くから雷鳴が聞こえ、稲光とともに影の正体が一瞬視えた。金髪をなびかせた、美しい少女。彼女が、登を操っているー彌は何故かそう思った。「彌、ごめんな。」登はカッターナイフの刃を彌めがけて振り下ろした。「縛鬼伏邪(ばっきふくじゃ)、急々如律令(きゅうきゅうにょりつりょう)!」教室の入り口から力強い声がして、一羽の鳳凰が登めがけて飛んできた。“おのれ・・”登を操っていた金髪の少女が鳳凰の攻撃を受けて低く呻いた。「そいつから離れて貰おうか。痛い目に遭いたくなければな。」教室の入り口で有匡はそう言って少女を睨むと、祭文を唱え始めた。すると登が急に頭を抱えて苦しみ始めた。“この・・人間風情が!”少女は有匡を睨みつけると、黒い瘴気を彼めがけて放った。「業火招来!」黒い瘴気は紅蓮の炎に焼かれて霧散した。その直後、少女が耳を劈(つんざ)くような悲鳴を上げた。「もう一度言う、そいつから離れろ。」少女はゆっくりと俯いていた顔を上げた。その美しい顔の左半分は、酷く焼け爛(ただ)れていた。“覚えておれ!”少女は黒い瘴気を纏いながら掻き消え、それまで少女に操られていた登は力なく床に倒れた。「登!しっかりしろよ!」彌(わたる)は親友に駆け寄り、彼の身体を激しく揺さ振った。「大丈夫、気絶しているだけだ。」有匡はそう言うと、登に向かって何かを呟くと彼から離れた。「有匡様、さっきの人は一体誰なの?」「さぁ、わからん。ただ邪悪な物であることは確かだ。いつこいつとお前に襲い掛かってくるかもしれぬから、こいつに護りを施しておいた。」そう言って有匡はチラリと登が首に提げている家の鍵を見た。「護り?」「ああ。こいつに何か危険な事があれば式神が動く。」「登を助けてくれてありがとう。」彌は有匡に抱きつきながらそう言って彼に微笑んだ。ふと有匡が教室を見渡すと、そこには唖然とした様子の児童達が彼を見ていた。「彌、そのおじさん誰?知ってる人?」それまで一部始終を遠巻きに見ていた女子児童の一人が、恐る恐るそう言って彌に声を掛けた。「佐々木さん、この人は土御門有匡様。最強の陰陽師なんだよ!」「おんみょうじって、さっき変なやつ倒したの、この人なの?」「そうだよ!」「ねぇ、その人占いできる?」佐々木というその児童は、そう言って有匡をじっと見た。「占いはできるが、無料(ただ)ではできんな。」有匡は冷たい口調で彼女に言った後、彌の方に向き直った。「これを届けに来た。」オレンジ色の手提げ袋を彌に手渡した後、有匡は彼に背を向けて教室から出て行こうとした。「有匡様、もう帰っちゃうの?」「ああ、用事は済ませたしな。」「もうちょっとゆっくりして行ってよ。」彌は天使のような笑顔を浮かべながら有匡の手を掴んだ。「授業はどうするんだ?もうそろそろ始まりそうだが。」有匡は壁に掛けられていた時計をちらりと見た。「大丈夫、先生はイケメン好きだから有匡様のこと気に入るよ。」そういう問題ではないと思うのだが・・。有匡は心の中で彌の発言に突っ込みを入れながら、溜息を吐いた。「少しだけなら遊んでやってもいい。」「やったぁ!」はしゃぐ彌の姿に、有匡は息子の姿を重ねた。彌(わたる)に忘れ物を届けて帰る筈が、何故か有匡は彼の担任教師を占う羽目になってしまった。「今年のあなたの運気は少し悪いです。特に恋愛・結婚運においては最悪です。」そう言って目の前に椅子に座っている女性を見ると、彼女は酷く落ち込んだ様子で溜息を吐いた。「どうしよう、わたしもうすぐ三十なのに・・このまま孤独死するのかしら?」彼女はそう言うと遠い目で窓の外を見つめた。「有匡様、もうちょっとオブラートに言えないの?」隣に立っている彌が有匡を睨みながら言った。「大丈夫だ、ちゃんとフォローするから。恋愛・結婚運は最悪ですが、今年の秋以降に運命の人と出逢うことでしょう。終わり。」意気消沈しまくった女性に素っ気ない口調でそう告げると、有匡はさっさと椅子から立ち上がって教室から出て行った。「待って!」廊下を歩いていると、先ほど占いを依頼してきた女子児童が追いかけて来た。「何だ、占いなら無料ではやらんぞ。」有匡はじろりと彼女を睨みながら言った。「これで、占って頂けるかしら?」彼女はそう言って有匡に一万円札を差し出した。小学生が一万円を持っているなど、一体どんな金銭感覚をしているんだー有匡はちらりと彼女を見ながら溜息を吐いた。「その金はどうした?」「お祖母様からいただいたのよ。あのね、占って頂きたいのはわたしではなくてお母様なの。」「そうか。ならばこの金は受け取る訳にはいかぬな。親戚から貰った金ではなく、お前が自分で稼いだ金でしかわたしは受け取らん。」有匡はそう言って彼女に一万円札を突き返すと、さっさと小学校から出て行った。甘ったれた金持ちの我がまま娘―有匡はあの少女にそんな第一印象を持った。恐らく物心ついた頃から両親や親族の愛情を注がれて育ち、今まで苦労や挫折などの経験が皆無なのだろう。それ故に、金にものを言わせて自分の母親の鑑定を頼んで来たに違いない。彼女と同じ年くらいの頃、自分は実父を亡くし京の土御門家で散々辛酸を舐めてきた。己の身体に流れる妖狐の血と、妖狐の力が自分をいつも苦しめて来た。だが皮肉にも妖狐の力が絶大な呪力を自分に与えた。だから鎌倉最強の陰陽師としての地位に君臨してきたのだ。これまで妖狐の自分を頑なに拒絶してきたが、その“存在”を完全に消し去るより受け容れることを選んだ。その所為で大事なものを失ったことがあったが。小学校を出て帰宅した有匡が家に入ると、和室の方から和琴を奏でる音がした。和琴は床の間に置いたままにしていたし、あそこには誰も居ない筈だ。和室の襖を開けると、そこには檜皮(ひわだ)色(いろ)の着物姿の老女が和琴を奏でていた。(もしかして、彼女が夢に出て来た火月の祖母か?)有匡がそう思いながら老女を見ていると、彼女はゆっくりと彼を見た。『初めまして、火月の祖母の朱鷺(とき)と申します。』老女は和琴を奏でる手を止め、そう言って有匡に頭を下げた。「あなたが、この和琴の主ですか。何故、今朝わたしの夢に?」『恐ろしい闇の力が、この国を滅ぼそうとしています。それを伝えに来ました。』火月の祖母・朱鷺はそっと有匡の手を握った。彼女の手は、まるで生身の人間のように温かった。『どうか、孫達を守ってやってください。』「わかりました。」有匡がそう答えると、朱鷺は笑顔を浮かべて消えた。彼女の姿が消えた後、暫く和室には暖かい空気が満ちていた。彼女と握った手をそっと開くと、そこには紅玉の耳飾りが掌に乗っていた。その耳飾りは、妻が持っていたものだ。朱鷺はこれで自分の孫娘を守って欲しいと伝えに来たのだろうか。妻と同じ名を持つ少女を。「あんた、今日彌の学校であいつの友達助けたんだって?」夕食の席で、火月はそう言って有匡を見た。「ああ。あの子どもを邪悪な何者かが操っていた。」有匡の脳裡に、長い金髪をなびかせた少女の姿が浮かんだ。少女の全身から発せられた黒い瘴気。そして凄まじいほどの妖気。彼女の正体は恐らく、鬼族(きぞく)だろう。古来この国を豊かにし、神と崇められ敬われていたが、人間との確執により“鬼”と呼ばれ、やがては恐れられる存在となった闇の眷属。その中で、平安の昔に鬼族の頭が霊力の強い巫女を攫い、子を為したという伝説をある書物の中で読んだ覚えがある。もしその伝説が本当だとしたら、彼女は・・「ねぇ、大丈夫?気分悪いの?」はっと有匡が我に返ると、怪訝そうな表情を浮かべながら自分を見つめている火月がいた。「いや、何でもない。少し考え事をしていただけだ。それよりも、お前に渡したいものがある。」「渡したいもの?」「ああ、後でわたしの部屋に来い。」火月は有匡の言葉に何故かドキッとしてしまった。(何でドキッとしてんのよ、あたし。あいつはちっともあたしのこと何にも想ってないのに。)ただ渡したいものがあるから部屋に来てほしいと彼は言っただけではないか。何故そんな言葉に心が揺れるのか、火月はわからなかった。「入るわよ?」夕食の後、火月がそう言って和室に入ると、そこには黒の着流しを素肌に纏った有匡が寛いだ様子で畳に座っていた。「ねぇ、あたしに渡したいものってなに?」「今朝お前の従弟に忘れ物を届けた後、お前の祖母に会ってこれを渡された。」有匡はそう言って火月の掌に紅玉の耳飾りを乗せた。火月はじっと紅玉(ルビー)の耳飾りを見た。「これ、どっかで見たことがあんのよね。確か、あんたと鶴岡八幡宮で会った時に一瞬あたしに似た女の人がこれ付けてたような・・」「それはわたしの妻、火月の首飾りだ。」「え・・」火月はそう言って耳飾りを見た。何故鎌倉時代に生きた有匡の妻のものが、現代にあるのだろうか。そしてそれを祖母が有匡に渡したのは、一体何の意味を持つのか。「それにしてもこれって、純度が高い紅玉だね。あたしが死んだ母さんも同じような紅玉の指輪を持っていたけど、こっちの方がなんだか上手く言えないけれど、見ているだけで心が鎮まるというか・・」「その紅玉は妻の涙から生まれたもの。それは不治の妙薬にもなる。」有匡はそう言って火月の左耳に耳飾りを付けた。「この耳飾りには護りを施してある。お前の身に何かあったら式神が動く。」「そう、ありがとう。」火月は照れ臭そうに有匡に礼を言って和室から出て行った。同じ頃、六本木にある高層マンションの一室で、一人の少女がベッドに横たわっていた。その隣にはハノイの路地裏にいたあの男が寄り添っていた。彼はそっと少女の左頬―有匡に火傷を負わされた箇所を優しく撫でた。そこにはうっすらと火傷の痕が残っていた。“愛しい弟よ、こんな姿になってしまって。許さぬぞ、あの忌々しい陰陽師め。”彼が少女の金髪を優しく梳いていると、彼女がゆっくりと蒼い瞳を開いた。“兄・・者・・?”“気がついたか、弟よ。安心するがいい、お前の傷の仇はこの兄が討ってやる。”男はそう言うと、少女の唇を塞いだ。外では、月のない闇夜の下、魔物達が跋扈(ばっこ)していた。有匡から彼の妻の紅玉(ルビー)の耳飾りを受け取った火月はベッドに寝転びながら、そっと左耳に付いているそれを触った。指先に温かい感触が伝わった。宝石が熱を持つ事など通常は有り得ないが、この紅玉は普通の宝石と何かが違うと火月は思った。伝説の陰陽師・土御門有匡について様々な歴史書や小説などが山のようにあるが、彼の家族についてのものや、晩年の彼についての記録や記述等は皆無に等しかった。有匡の家族や彼の晩年に関しては、未だに多くの謎に包まれていた。だから、彼の口から彼の妻の事を聞いた時、火月は驚きを隠せなかった。しかも、彼の妻の名が自分と同じ名であるということも、驚きだった。(あたしが、有匡様の奥様と同じ名前で、外見もそっくりなのは偶然なの?だって彼の奥さんは六百年以上前に生きてた人なのに。一体どうして・・)頭の中で様々な疑問が浮かんでは消えてゆく。色々と考えているうちに、火月は眠りに就いた。翌朝、火月が制服に着替えてリビングに入ると、そこには黒の着流しを着た有匡が新聞を読んでいた。「おはよう。何読んでんの?」火月がそう言って有匡が読んでいる新聞を覗き込むと、「殺人」という単語が目に飛び込んできた。「昨夜遅くに赤坂近くのマンションである一家が何者かによって殺されたらしい。これによると、被害者は彌(わたる)の同級生のようだ。」有匡は被害者の名前を指で指しながら言った。「ちょっと見せて。」彼から新聞を渡された火月は、その記事に目を通した。そこには、赤坂近くの15階建ての高級マンションの最上階に住むセレブ一家が、何者かによって惨殺されたことが書かれていた。被害者の写真の中に、見覚えがある顔があった。(この子、確か、彌と同じクラスの・・)まだあどけない少女の笑顔の横に、「佐々木栞(しおり)ちゃん(9)」と氏名が書かれてあった。数日前、有匡は栞に会った。「わたしのミスだ。数日前、その少女はわたしに母親を占ってくれるよう頼んだが、わたしは断った。数日後に彼女は家族とともに殺された。」「犯人は判ってんの?」「さぁ、見当もつかぬ。だが、数日前に彌の友人を操った金髪の少女がその事件の黒幕に違いない。」そう言った有匡は、険しい表情を浮かべながらコーヒーを飲んだ。「そいつ、一体何者なの?」「恐らく鬼族(きぞく)だろう。前に書物で読んだ事がある。霊力の強い巫女と鬼族の頭との間に生まれた混血児のことを。」「半分人で、半分鬼?そんな奴が現代に居るって訳?」火月は信じられないような表情を浮かべながら言った。「現界と魔界との間には常に遮断され、魔物が現界に入って来ることはほとんどない。だが、一つだけ例外がある。」「例外?」「それは陰の気が淀み、それが魔界と呼応する時だ。戦や災害の時などが魔物を呼びやすい。それと・・」有匡が一呼吸置いて言葉を継ごうとした時、キッチンで何かが割れる音がして彼と火月が振り向くと、そこには驚愕の表情を浮かべた彌が立っていた。「嘘だ、佐々木さんが死んだなんて。」「彌、わたしは・・」有匡がそう言って彌の方へと一歩近づこうとしたが、彌は有匡から後ずさった。「有匡様、どうして護ってくれなかったの?」彌は涙を流しながら有匡を見てそう言うと、彼に背を向けて裏口から外へと飛び出して行った。「彌、待って!」にほんブログ村
Mar 6, 2024
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素材表紙は湯弐さんからお借りしました。「火宵の月」二次小説です。作者様・出版者様とは関係ありません。二次創作・BLが嫌いな方は閲覧なさらないでください。「そうよ。原作者のH先生が、是非あなたに演って欲しいというオファーを受けたの。はい、これ。」 火月のマネージャー、種香はそう言うと、ドラマの原作漫画を手渡した。「長編だけど、面白いわよ。」「ありがとうございます!」 火月は早速、帰宅してすぐにドラマの原作漫画『火宵の月』文庫全巻を読破した。(あ~、そう来るかぁ、あのラスト!また読み返したくなる!)「火月ちゃん、おはよう。原作、もう読んだの?」「はい。何か僕、初めてのドラマで主演なんて、緊張しちゃうなぁ・・」「大丈夫よ、火月ちゃんなら出来るわよ。」 テレビ局内のメイクルームで、種香がそう言って火月を励ましていると、そこにいつも火月を目の敵にしているモデルが入って来た。「何で、あんたが主役なの?大した実力もない癖に!」「すいません、台本に集中したいので、出て行って貰えます?」「何よ、偉そうに!」 モデルはそう叫ぶと、近くにあったゴミ箱を蹴ってメイクルームから出て行った。「あんなの、気にする事ないわよ。」「う、うん・・」 火月はそう言いながら『火宵の月』の台本の一ページ目を見て、素っ頓狂な叫び声を上げた。「何、どうしたの!?」「おおおお姉さん、僕の相手役、土御門有匡様なんですか!?」「あら、今更気づいたの?」「僕、あの人の、奥さん役ぅ~!?」「もう、そんなに驚く事ないじゃない。」「プレッシャー、感じちゃうなぁ。」「大丈夫よぉ、火月ちゃんならやれるわよ。自分に自信を持って!」 メイクルームを種香と共に出た火月が向かったのは、都内某所にあるホテルで開かれたドラマ『火宵の月』の制作発表記者会見だった。 そこには、沢山のマス=メディアが集まり、壇上には名だたる名優達の姿があった。(ますます緊張しちゃうなぁ・・) 火月がそんな事を思いながら周りを見渡していると、そこへ有匡が記者会見の会場であるホテルの宴会場に入って来た。「有匡様だわ!」「いつ見ても素敵だわ~!」(圧倒的な気・・僕、この人の奥さん役、務まるのかなぁ・・) 火月が遠目でマスコミに囲まれている有匡を眺めていると、急に彼が火月を見た。(えっ!?こっちに来る?)「また、会えたな。」「え、僕の事を憶えて・・」「共演者の顔は全て憶えるようにしている。それに、お前のような娘に会ったのは初めてだからな。」 そう言って火月は、有匡に微笑んだ。(顔、近い・・)「まぁ殿、こちらにいらしたんですの?そろそろ会見が始まりますわよ。」「わかった。」 有匡はそう言うと、壇上へとあがっていった。「ほら、火月ちゃんも。」「え、あの、どうして僕の名前を知って・・」「あらぁ、忘れちゃったのぉ?あたしよぉ、小里。」「式神の、お姉さん!?」「後でね。」 小里はそう言って笑うと、火月の肩を叩いた。 ほどなくして、『火宵の月』制作発表記者会見が始まった。 司会のアナウンサーによるドラマの紹介と、原作者、脚本家の挨拶の後に、キャストの紹介と挨拶が行われた。「土御門有匡です。陰陽師役は初めてなので、精一杯務めさせて頂きます。」 有匡がそう言ってマイクを置くと、マスコミの方から盛大な拍手が彼に送られた。「土御門火月役を演じさせて頂きます、高原火月です!初めてのドラマ主演で何かと至らない所があると思いますが、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い致します!」 火月の声が大き過ぎ、マイクがハウリングを起こしてしまった。「す、すいません・・」「いやぁ~、元気が良くていいね!」「そ、そうですか?」 制作発表記者会見の後、火月達は竹本Pが予約した居酒屋で彼主催の飲み会に参加していた。「あの、土御門さんは・・」「殿なら、他のドラマの撮影があって遅れるって。結構、忙しいからねぇ、彼。」「そうなんですか・・」「あらヤダ、元気ない。“久しぶりに”会ったばかりなのに、もう会えないなんて寂しいわよねぇ~」「お、お姉さん・・」「火月ちゃん、飲んでる~?」 そう小里と火月の間に割って入って来たのは、泥酔した小林Dだった。 彼は、こういった場に顔を出しては、若い俳優やモデル、歌手などにしつこく絡む事で悪名高かった。 そして小林Dは案の定、火月に絡んで来た。「すいません、僕・・お酒、弱いんで・・」「え~、そんな事言わないで飲みなよ~」 彼はニヤニヤと笑いながら、火月の空のグラスに、ビールを注いだ。「一気に飲んでよ~!」「イッキ、イッキ~!」 泥酔した男達に半ば煽られるような形で、火月はビールが入ったグラスに口をつけようとした時、それを誰かが掴んだのを見た。「もう、小林さんったらうちの若い子を虐めないで下さいよ~」 そう言いながらビールを一気飲みしたのは、妖艶な黒髪の美女だった。「有子ママ、久し振り~!今日は忙しくて来てくれないのかと思ったよ~」「そんな事ないじゃないですか~、小林さんはうちのお得意様なんですから~」 そう言って笑う謎の美女と、火月は目が合った。 彼女の、碧みがかった切れ長の黒い瞳に気づいた瞬間、火月は叫びそうになったが、その前に美女が人差し指を彼女の唇に押し当てた。「うぇぇ~」「ほらほら小林さん、タクシー来ましたよ。」 美女との飲み比べに負けた小林Dを店の外まで送り出した美女―もとい有匡は、溜息を吐いて火月の方へと振り向いた。「全く、世話が焼ける男だ。」「すいません、ご迷惑をお掛けしてしまって・・」「謝るな。あいつの酒乱ぶりは今に始まった事ではない。それに、ああいう輩はさっさと酒で潰すに限る。」 有匡はそう言うと、長い黒髪を纏めていた簪を抜いた。 美しく波打つ彼の黒髪を見た火月は、その姿を“誰か”と重ねていた。「どうした?」「あの、その髪、地毛ですか?」「そうだが、それがどうし・・こら、髪を引っ張るな!」「あ、すいまへ~ん。」「きゃ~、火月ちゃ~ん!」 泥酔した火月はキス魔と化し、有匡に抱きついたまま離れようとしなかった。“火月”(誰、僕を呼ぶのは?)“こんな所で寝ていたら、風邪をひくぞ。” そう言って自分に優しく微笑んでいるのは、有匡と瓜二つの顔をした男だった。(え・・)「おい、起きろ。」「う・・」「水だ、飲め。」「は、はい・・」 有匡からペットボトルのミネラルウォーターを受け取った火月は、飲み口にストローをさしてその中身を少しだけ飲んだ。「あの、ここは?」「ここは、わたしの部屋だ。」「え、え~!」「叫ぶな。居酒屋で酔い潰れたお前をわたしがここまで連れて来た。あいつらは随分嬉しそうに騒いでいたがな。」「すいません、迷惑をお掛けしてしまって・・」「全く、世話が焼ける奴だ。ここで暫く休んでいろ。わたしはシャワーを浴びて来る。」 有匡はそう言って火月を寝室に残し、浴室に入った。(全く、調子が狂う・・) アルコールと煙草の臭いがしみついた髪を洗いながら、有匡は溜息を吐いた。 彼女―火月と初めて会った時、火月と“何処か”であったような気がしてならないのだ。 それに、火月と会ってから不思議な夢ばかり見る。 その夢には、いつも彼女と瓜二つの顔をした女性と、自分と彼女にそれぞれ似た双子が出て来る。“先生、もし生まれ変わっても、僕は・・” 夢の内容は。よく憶えていない。「あの~、すいません・・着替え、ここに置いておきますね。」「わかった。」 有匡がそう浴室の中から火月に向かって答えると、脱衣所の方から大きな物音と火月の悲鳴が聞こえた。「おい、大丈夫か!?」「すいません・・」 濡れた髪をそのままにして、有匡が浴室から出ると、脱衣所では何故か自分のシルクのパジャマを着ている火月が、転んで擦り剥いてしまった膝小僧を擦っていた。「何故、わたしのパジャマを着ている?」「他に、着る物がなかったので・・あ、今から脱ぎますね。」「脱ぐなっ!」 パジャマのボタンを外そうとする火月を、有匡は慌てて止めた。「ここで寝ろ。わたしは部屋で寝る。」「は、はい・・」 有匡が寝室へと消えてゆくのを見送った火月は、リビングのソファに横になると、そのまま眠った。“先生、泣かないで・・” また、あの夢だ。 骨まで凍えるような寒さの中、有匡は“誰か”の手を握っていた。“また、会えるから・・” 夢から覚めると、有匡は涙を流していた。(何故、涙など・・) 有匡が寝室から出てリビングへと向かうと、キッチンで火月がコーヒーを淹れていた。「あ、すいません、勝手にキッチン使っちゃって・・」 そう言った火月は、パジャマの裾から白く長い足を惜し気なく有匡の前に晒していた。「さっさと寝室で着替えて来い。」「あ、すいませ・・うわぁ!」「殿~、おはようございます・・キャァァ~!」 いつものように有匡を迎えに来た小里は、有匡の部屋の合鍵を使ってリビングに入った時、有匡が火月を押し倒している姿を見て、思わず悲鳴を上げてしまった。「殿、まぁぁ~」「誤解だっ!」 気まずい空気が二人の間に流れる中、『火宵の月』撮影初日を彼らは迎えた。にほんブログ村
Mar 5, 2024
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アニメは一期の途中でみて、二期は一話から観ているのですが話がわからないので、一巻・二巻をまとめ買いして、先ほど二巻を読みおえました。花城と太子殿下の出会い、そして仙楽国と永安国の戦い…ページをめくる手が止まりませんでしたし、気になると頃でおわってしまい、早く続きが読みたい!と思い、三巻を光の速さで予約しました。届くのが楽しみです。
Mar 4, 2024
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16世紀末イングランドを舞台にした、ヒストリカルロマンス。アイリス・ジョハンセンは現代ものもいいですが、ヒストリカルロマンスも面白いです。16世紀末イングランドが舞台の、松岡なつき先生の「FLESH&BLOOD」シリーズが好きなので、ページをめくる手が止まらない程夢中になりました。エリザベス女王も出ていて読みごたえがありました。
Mar 2, 2024
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素材表紙は湯弐さんからお借りしました。「火宵の月」夢小説です。作者様・出版社様とは一切関係ありません。二次創作・夢小説が嫌いな方はご注意ください。その日、石倉澪は、いつになくはしゃいでいた。というのも、彼女は高校生の頃から好きだった少女漫画の聖地・鎌倉の鶴岡八幡宮で筝曲部の奉納演奏に参加する事になったのだった。澪は奉納演奏前日に憧れの地である鶴岡八幡宮を堪能した後、ホテルへと戻ろうとした時、横断歩道でアクセルとブレーキを踏み間違えた車にはねられた。虚空を舞った彼女は、全身を襲う激痛で目を覚ました。「おい、目を覚ましたぞ!」「今のうちに捕まえろ!」彼女は辺りを見回すと、そこには時代劇、一昨年の大河に出て来た男達のような服を着ている者達に囲まれている事に気づいた。「おい、お前・・」「イヤッハァ~!」澪は彼らに捕まりたくないがために、急に奇声を上げて走り始めた。これを火事場の馬鹿力というのだろうか、澪は目を爛々と輝かせながら、鶴岡八幡宮の境内を走り回った。「ひぃぃ~!」「妖だ!」「魔物だ~!」突然現れた、奇声を上げながら走り回る謎の娘の姿に、周囲は騒然となった。折しもその日は退魔祈禱が鶴岡八幡宮で行われており、そこには陰陽師・土御門有匡が居た。「有匡、早くあれを何とかせいっ!」「はぁ・・」アドレナリンが過剰分泌され、気分が最高潮に達した澪は、祭壇の前に置かれている和琴の前に座り、こう叫んだ。「俺の演奏を聴け~!」彼女はドン引きしている聴衆を前に、好きなアニメソング七曲を和琴で弾いた。突然の闖入者の出現に、鎌倉にウジャウジャいた魔物もドン引きしていた。(何あれ?)(ヤバすぎん?)(無理だわ~)魔物達は一晩で居なくなった。そして我に返った澪を襲ったのは、全身の激痛と強い羞恥心だった。「うぉぁぁ~、俺を、殺ぜぇ~!」全て濁点がついた言葉を喚きながら、澪はキラキラ加工されたゲロをその場に吐き散らした。「おい、落ち着け!」「推しキャラ、フォ~!」澪は、自分の初恋を奪った有匡に見つめられ、発狂して気絶した。「先生、今日も遅いな~」同じ頃、土御門邸では有匡の妻・火月が二人の子供達、雛と仁、そして有匡の式神達と共に夫の帰りを待っていた。「まぁ仕方無いわよ~、まぁた色々と退魔祈禱だの何だのと忙しいからねぇ、殿。」「仕事中毒中には、何言っても無駄よぉ~。」有匡達の式神こと、式神シスターズの種香と小里はそう言いながら双子を寝かしつけていた。「ねぇ、火月ちゃん、“あれ”、どうなってんの?」「え?」「ほら~、“一年に一人ずつ計画”よぉ~」「ちょ、お姉さんっ!」「騒がしいぞ、お前達。」「あら殿、お帰りなさいませ!あら、その子は?」「知らん。執権に世話を押し付けられた。」「ヤァァ~!」有匡が式神シスターズに鶴岡八幡宮で起きた事を話そうとした時、彼が背負っていいた澪が意識を取り戻して暴れた。「落ち着け!」「うぁ、すいません・・」有匡に鳩尾を殴られ、澪は正気に戻った。「あの、わたしこれからどうすれば・・」「暫くここに居ろ。お前のような素性が知れん小娘を野放しにしたら碌な事がないからな。」「あ、ありがとうございます・・」こうして、澪は土御門家に居候する事になった。だが、ひとつ彼女には問題があった。それは、彼女は歴女でヲタクであったが、幕末と平安時代以外はノーマークであったという事だった。(今の執権って、誰?)「あの、ひとつお聞きしたい事が・・」「何だ?」「今の執権って・・北条泰時ですか?」「ハァッ!?」(俺、死んぢまうストーリー・・)にほんブログ村
Mar 1, 2024
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素材は、てんぱる様からお借りしました。「火宵の月」二次小説です。作者様・出版社様とは一切関係ありません。二次創作が苦手な方はご注意ください。 産業革命により、急速な発展を遂げた、アレンディア帝国。 だが、その恩恵を受けるのは、一部の階級に属する者だけだった。 帝国の大多数の国民は、明日の生活にも事欠く程、貧しい生活を送っていた。 子供達を育てられない親達は、泣く泣く子供達を手放した。 そんな彼らは、孤児院に預けられ、日々劣悪な環境の中で生きていた。 カーシャも、そんな子供達の一人だった。 彼女は日課の薬草を摘みに、森へと来ていた。 そこで彼女は、傷ついた金色の豹を見つけた。「どうしたの、怪我をしているの?」 カーシャがそう言って恐る恐る豹に話し掛けると、彼女の前に一匹の黒い狼が彼女と金色の豹との間に割って入り、彼女に向かって牙を剥いた。「あなたのお友達を助けたいの。」 カーシャがそう狼に話し掛けると、狼は唸った後に金色の豹の前から退いた。(酷い、怪我をしているわね・・右前足に矢が刺さっているわ。傷が化膿する前に早く手当てをしないと・・)「カーシャ、カーシャ!」 森の入口付近から声が聞こえたので、カーシャがそちらの方へと振り向くと、そこにはカーシャの友人である獣医師・アレクセイの姿があった。「アレクセイ、この子、足に矢が刺さっているの!」「こりゃ酷い・・早くうちで手当てしないと・・」 アレクセイがそう言って金色の豹の傷を見ようと屈んだ時、あの狼が再び牙を剥いて唸った。「この人は、あなたのお友達を助ける為に来たの。」「大丈夫だ、傷は浅い。この子を、わたしの診療所へ運ぼう。」「はい。」 アレクセイが金色の豹を抱き上げ、カーシャと共に自分の診療所へと向かうと、狼が彼らの後をついて来た。「これで大丈夫だ。」「ありがとう、アレクセイ!」「カーシャ、この子達はわたしが預かろう。君は早く孤児院に戻りなさい。」「わかった・・」 カーシャは金色の豹と狼の事が気がかりだったが、門限を破ってシスターから折檻されるのは嫌だったので、孤児院へと戻った。 その日の夜、アレクセイは診療所の方から人の話し声のようなものが聞こえて来るような気がして、拳銃片手に恐る恐る診療所の中へと入った。「痛い、痛いっ!」「後少しだ、頭が見えて来たぞ!」診療室のドアの隙間からアレクセイが見たのは、双つの命を今まさにこの世に産み出そうとしている金髪紅眼の女と、そんな彼女の手を握っている黒髪の男だった。暫くすると、二人分の赤子達の産声が聞こえて来た。「先生・・」「良く頑張ったな、火月。」 黒髪の男―有匡は、そう言うと双つの命をこの腕に抱き、火月に向かって優しく微笑んだ。(一体、どういう事なんだ?あの二人は、昼間見た・・)「先生、どうしました?」「火月、わたしは邪魔者を消してくる。」「邪魔者?」「あぁ・・」 有匡は診察室のドアの向こうに隠れているアレクセイを睨みつけると、唸った。「待ってくれ、殺さないでくれ!」「何故、銃を持っている?それでわたし達を撃つつもりだろう?」 有匡はそう言うと、アレクセイに向かって威嚇するかのように唸った。「違う、わたしは不審者が居ると勘違いしてしまっただけなんだ!」「そうか。部屋を汚してしまって済まない。わたしは有匡、そして彼女は妻の火月だ。」「アレクセイだ。あの、ひとつ聞いていいかな?」「何だ?」「君達は、森の中で会った金色の豹と黒い狼だよね?どうして、人間の姿になっているの?」「それは、話すと長くなる。アレクセイ、お前は魔女の呪いを信じるか?」「魔女の、呪い?」「あぁ。かつてこの国を支配していた魔女・テレサからかけられた呪いを解く為、わたし達はサーカスから逃げ出し、旅をしていた・・」 有匡は双子をあやしながら、この町に来るまでの経緯をアレクセイに話し始めた。 魔女・テレサは、かつて王宮お抱えの魔術師だったが、その地位を有匡に奪われてしまった事を恨み、有匡と火月に、ある呪いを掛けた。 それは、“夜の間にしか人間になれない”呪いだった。「その呪いを解く為に、北の海に棲む人魚の宝を探している旅をしている。だが、旅の途中でわたしと火月は、奴隷商人に捕まった。あいつらは、わたし達をサーカスへ売り飛ばした。そこのオーナーはサディストで、わたしは芸が出来ないと良く殴られた。この背中の傷は、あいつにやられたものだ。」有匡はそう言うと長い黒髪を掻き分け、アレクセイに背中の槍傷を見せた。「酷い・・」「わたしは、オーナーが留守にしている間、火月を連れて逃げ出した。獣の姿で逃亡生活をするのは辛かったが、宮廷に居た頃よりも火月と共に居られるから嬉しかった。」 だが、火月の妊娠が判明し、有匡はサーカスで仕込まれた芸で旅をしながら披露して日銭を稼いでは、火月の為にその金を貯めていた。 そんな生活を続けていたある日、火月が臨月を迎え、刻一刻と出産の日が近づいていた。 町に滞在するつもりだった有匡達だが、テレサが放った追手が二人を見つけた。 その追手から逃げる途中、火月は産気づいた。 右足に矢を受け、動けなくなっているところを、カーシャとアレクセイが通りかかったのだった。「そうか・・わたし達に、出来る事は無いかい?」「双子を頼む。」「わかった。カーシャなら、力になってくれるだろう。彼女は、大家族出身だから、赤子の世話には慣れている。」「あの子は、孤児じゃないのか?」「数年前、大飢饉が起きてね・・カーシャは、家族全員を亡くした。彼らの命を奪ったのは、はした金と食糧を盗みに来た賊だった。カーシャは、両親と幼い弟妹達が賊に殺され、その肉を食べられている姿を窓から見ていたのさ。あの時、わたしが賊を殺さなかったらどうなっていたか・・」 宮廷で暮らしていた頃、北部では相次ぐ水害が原因で、大飢饉が発生した事は知っていた有匡だったが、その実態を知る事はなかった。 いや―知る事すらなかったのだ。「カーシャは、わたしが引き取りたかったが、出来なかった。あの子には、高い魔力があったからね。」 高い魔力を持つ子供は、孤児院に入れられ、魔力を“矯正”される。「カーシャは、人間だろう?わたしや火月のように半妖ではないのに、何故?」「先祖返り、というものだよ。カーシャの先祖は、かつてこの国を創った古の魔女・カタリナらしい。」 カタリナ。 この国を創った、古の古き善き魔女。 かつてはその功績を称え、彼女を祀る聖堂があったのだが、それらは全てテレサにより“邪教”だと一方的に決めつけられ、破壊されてしまった。「そろそろ、夜が明ける。双子の事を、頼むぞ。」「わぁ、わかったよ。」 夜が明け、有匡と火月はそれぞれ動物の姿へと戻っていった。「わ~、同時に泣かないでくれ!」 双子の夜泣きに付き合い、アレクセイは慣れない育児に悪戦苦闘していた。 そこへ、サーシャがやって来た。「何をしているの、もう!この子達、おむつが汚れているじゃない!」 大きな溜息と共にカーシャはそう言いながら背負っていた籠の中から清潔なおむつを取り出すと、手際良くそれを双子の汚れた股間に宛がった。「アレクセイって、本当に育児では役立たずね!」「はは・・」 アレクセイは苦笑しながら、カーシャと共に双子をあやしていた。「ねぇ、この子達は、わたしが森で見つけた豹と狼の子供なの?」「どうして、そう思うんだい?」「だって、昔聞いたことがあるの。悪い魔女に呪いを掛けられた、魔術師とその奥さんの話。奥さんが金色の豹で、左耳に紅玉の耳飾りをつけていて、魔術師が黒い狼。この子達、あの二人にそっくりだもの。「勘が鋭いね、カーシャは。」 アレクセイはそう言うと、双子を己の尻尾でそれぞれあやす火月と有匡を見た。「二人の呪いを解くには、人魚の宝が必要なんでしょう?」「あぁ。」「そういえば、孤児院の図書室に、魔術の本があったから、今夜持って来るわね!」「ありがとう。」 カーシャとアレクセイがそんな話をしている頃、宮廷ではテレサが部下からある報告を受けていた。にほんブログ村
Feb 29, 2024
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ロシアのウクライナ侵攻により、普通の市民が「兵士」として戦場の前線へと発つ。戦場で死と隣り合わせの「日常」を送り、両足を失ったものや、PTSDを抱えたもの。PTSDを抱えた元ギタリストの言葉、「殺さなければ殺される」。人の心を蝕む戦争。日本でも約79年前に起きていた「日常」だったのかと思うと、胸が痛いし、平和というものがどんなに尊いのかがこの番組を観てわかりました。
Feb 29, 2024
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夫と息子を亡くし、困窮したサリーの前に現れたのは、海軍提督チャールズだった。サリーの夫が起こした事件の真相や、チャールズとの愛、そしてプリマスの街などが描かれていて、松岡なつき先生の「FLESH&BLOOD」シリーズが好きなわたしにとって夢中になれる作品でした。チャールズの、サリーを大切にする姿に胸キュンしました。一部の方々には「ハーレクイン=ポルノ」というとんでもない誤解を抱いているようですが、決してハーレクインはポルノではありません。そういった偏見を抱く前に、この作品でもいいので、一冊でも読んで欲しいものですね。
Feb 29, 2024
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奴隷の刺繍職人・ティーアは逃亡の末行き倒れになった所を、孤高の戦士・ウェアに救われる。ウェアは過酷な半生を送っており、その所為かティーアと惹かれ合っても、なかなか素直になれない。それよりも、ティーアの行動力が凄まじいですね。ヒストリカルロマンスとあってか、当時の時代背景を緻密に描いています。長編でしたが、ページをめくる手が止まりませんでした。アイリス・ジョハンセンのヒストリカル作品、機会があったらまた読んでみようと思います。
Feb 29, 2024
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このシリーズ、複雑に入り組んでいてわからないことがあるのですが、残酷描写があっても何故かページをめくる手が止まりません。人間の業がよく描かれていて、胸が痛むシーンがありますが、ラストシーンには少しホッとしました。
Feb 29, 2024
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柳橋の桜シリーズ、大団円で完結して良かったんですね。ハッピーエンドで終わって良かったです。
Feb 28, 2024
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最初から最後までノンストップな展開で、ページをめくる手が止まりませんでした。
Feb 25, 2024
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大団円で終わるのではなく、ほろ苦く人の業欲を描いた作品でしたね。薫が情けない男として描かれているのもリアルでしたね。いつの時代も、男は弱いものなのでしょうね。
Feb 25, 2024
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薫との恋に苦しむ浮舟。どうなってしまうのか。
Feb 25, 2024
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宇治を舞台に、薫と姫君達の物語の幕が上がる。残り二巻、これからどうなるのか気になりますね。
Feb 25, 2024
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修業を終えた空也。磐音様達と会う姿を想像しながら、空也にお疲れ様でしたと思いながら本を閉じました。
Feb 25, 2024
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京と和歌山での出会いと修業により、ますます強くなる空也。修業もクライマックスですね。
Feb 25, 2024
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自分を執拗におう彦次郎の追跡をかわしながら、修行の旅を続ける空也。彼の修業の終わりを、最後まで見届けたいですね。
Feb 25, 2024
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このシリーズ、六巻まで読んだ記憶があるのですが、七巻以降は全然読んでいませんでした。空也はまた、ひとつ成長したみたいですが、彼をつけ狙う者が・・続きが気になりますね。
Feb 25, 2024
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ひばりと瑠璃。2人が繰り広げる銀盤での戦い。正反対な性格でありながらも、切磋琢磨し合う彼女達の関係が気になり、一気読みしてしまうほど面白かったです。
Feb 25, 2024
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しっとりとして、キャラメルの風味が味わえて美味しかったです。
Feb 25, 2024
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「火宵の月」の二次小説の、新連載のお知らせです。夜の間だけ人間になれるという呪いをかけられた有匡様と火月ちゃんという設定の、異世界ファンタジーです。いつUPできるのか、完結できるのかわかりませんが、頑張ろうと思います。
Feb 24, 2024
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今回も緊迫とした展開が続き、一気読みしました。新刊が出るという事を知ったので、これからもこのシリーズを追い続けたいと思います。
Feb 24, 2024
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光源氏の晩年を描いた後に、新主人公登場。薫とライバル匂宮の関係が気になりますね。
Feb 23, 2024
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紫の上の最期と、朱雀院と光源氏の確執。物語の主人公は光源氏から、薫へ。
Feb 23, 2024
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光源氏の半生が最盛期を迎えましたね。彼の晩年はどうなるのでしょうか。
Feb 23, 2024
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玉鬘登場。光源氏と彼女の関係が気になりますね。
Feb 23, 2024
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須磨へと流された光源氏に新しい出逢いが。恋敵の子を育てる紫の上。「落窪物語」を読んだわたしとしては、彼女の姿が新鮮に見えました。
Feb 23, 2024
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太陽が楽天的過ぎて読んでいる内にイラっとしてしまう事が多かったです。まぁ、紗名子がちゃんと彼と話し合ったりして互いに妥協点を見つけていてよかったです。
Feb 23, 2024
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※BGMと共にお楽しみください。「火宵の月」オメガバースパラレルです。作者様・出版社様とは一切関係ありません。オメガバース・二次創作が苦手な方はご注意ください。「何だ、知らないの?あ、先生にとって君は・・」「うるさいんだよ、さっさと消えな。」火月にしつこく絡んで来た麗を、神官はそう言って撃退した。麗は舌打ちすると、図書館から出て行った。「助けてくれて、ありがとう。」「礼なんていいよ。神官はああいう奴が嫌いなだけ。それに、アリマサについて色々とイラついてんの。」神官はそう言うと、鬱陶しそうに前髪を搔き上げた。「有匡って、僕の・・」「その様子だと、まだ記憶が戻ってないみたいだね。」神官はそう言うと、一枚のメモを火月に手渡した。「これ、アリマサが泊まっているホテル。記憶が戻っていなくても、アリマサとちゃんと話し合いなよ。」「わかった・・」 放課後、火月は有匡が泊まっている高級ホテルへと向かった。「すいません、こちらに土御門有匡様という方は・・」「火月、お前どうしてここに?」ホテルのロビーで有匡が火月に声を掛けると、彼女は突然彼に抱きついて来た。「火月?」「ごめんなさい・・あなたに、会いたくて・・」「部屋へ行こう。」火月を泊まっている部屋まで連れて行った有匡は、彼女をベッドの上に押し倒した。「あ、あの・・」「わたしに会いに来たという事は、わたしに抱かれに来たのだろう?」「そ、そんなつもりは・・」「黙れ。」有匡は火月に向かって威嚇フェロモンを放つと、火月は苦しみ始めた。「お願い、やめて・・」「お前が、わたしの“何”なのか、今からその躰に教え込んでやる。」有匡はそう言うと、火月の上に覆い被さった。「痛い、やめてぇ・・」有匡は、ただ欲望の赴くがままに、火月を乱暴に抱いた。「わたしを忘れるなど許さない。お前はわたしのものだ、決して忘れるな。」嬉しい筈の、彼の言葉が、火月の耳朶に残酷に響いた。痛む躰を引き摺りながら、火月は有匡の部屋から出た。「お帰り。火月、どうしたの、有匡と何があったの?」「ごめん禍蛇、一人にして。」火月はそう言って部屋に入ると、浴室で頭から冷たいシャワーを浴びた。ここなら誰にも聞かれる事は無い―そう思った火月は、大声で泣いた。「火月ちゃん、どうしたの?」「ちょっと、風邪をひいたみたい。パーティーに出られなくてごめんねって。」「そう・・」シェアハウスを卒業した禍蛇は、仲間達と別れを惜しんだ後、琥龍と共に旅立った。「禍蛇、元気でね。」「うん。火月、本当に独りで大丈夫?」「大丈夫だよ。」「落ち着いたらメールするからね。」空港で琥龍と禍蛇を見送った後、火月は家族連れやカップルで賑わうクリスマスツリーの前を足早に通り過ぎた。有匡と、擦れ違っている事など気づかずに。「ただいま・・」「お帰りなさい、火月ちゃん。外、寒かったでしょう?」「うん・・」火月は、シェアハウスの仲間達と夕飯を取ろうとした時、炊き立てのご飯の匂いを嗅いだ途端激しい吐き気に襲われ、トイレに入って朝食を便器の中に吐いた。「大丈夫?」「うん、ただの胃腸風邪だから・・」「そう。」しかし、火月の体調は良くなるどころか、悪化していった。「これ、使ったら?もしかしたら、という事もあるかもしれないし・・」ある日、火月はシェアハウスの仲間から妊娠検査薬を渡された。(まさか、ね・・)火月は、早速妊娠検査薬をトイレで試した。すると、検査窓に「陽性」を示す二本線が出て来た。「シェアハウスから出て行く?どうして?」「だって・・妊娠しちゃったので・・皆さんに、ご迷惑をかけてしまうし・・」「馬鹿言わないで!あたし達、家族でしょう?これから、皆であなたの事を支えてあげるから!」「ありがとうございます・・」火月は高校を卒業し、安定期を迎えるまで生活の為に懸命に働いた。「お疲れ様~!」「火月ちゃん、体調は大丈夫なの?」「はい。つわりは治まったし、無理しない程度に運動した方がお腹の赤ちゃん達にもいいって、お医者様が。」「双子なの?だったらこれから大変ね。明日、買い物に付き合ってあげるわよ!」火月に何かと親切にしてくれるパート仲間の西田は、そう言って彼女の少し膨らんだ腹を見た。「初産で双子って、産むのも大変だけど、育てるのも大変よ。困った事があったら、何でも相談してね。」「ありがとうございます。」パート先であるパン屋の前で火月と別れた西田は、ある場所へと向かった。そこは都内の一等地にあるタワーマンションの最上階だった。「坊ちゃま、わたしです。」『入れ。』最上階の部屋の主―有匡はそう言うと、オートロックを解除した。「あの子は・・火月様は、間もなく臨月を迎えられます。初めての出産で、彼女は不安がっております。」「そうか。」「火月様には、お会いにならないのですか?」「彼女は、自分を乱暴した男の顔など見たくないだろう。それに、彼女はわたしと居たら不幸になる。」「坊ちゃま・・」「報告ご苦労、もうさがっていい。」「はい・・」翌日、火月は西田と共に、ベビー用品を買いに駅前にある大型商業施設へとやって来た。「沢山買っちゃったわねぇ~」「すいません、色々と・・」「いいのよ~、火月ちゃんを見ていると、娘を思い出しちゃってねぇ、放っておけないのよ。」「そ、そうなんですか・・」「お腹空いたでしょう、そろそろお昼にしましょうか?」「はい・・」西田と共に火月が入ったのは、お洒落なカフェだった。昼時とあってか、店内は混んでいた。「ここに座ってて。わたしが注文してくるから。」大きなお腹を抱えながら、火月がソファの上に腰を下ろした時、突然店内がざわつき始めた。―何あの人?―イケメン!―きゃぁ、こっちに来たわ!火月が周囲の声に気づいて俯いていた顔を上げると、そこには自分を見つめる有匡の顔があった。“火月。”「先生・・?」「火月、記憶が戻って・・」有匡がそう言って火月を見た時、火月は突然苦しそうに顔を歪ませた。「お腹、痛い・・」「火月、しっかりしろ!」病院に搬送された火月は、緊急帝王切開によって男女の双子を出産したが、意識不明の重体に陥った。「わたしの所為だ・・わたしが・・」「しっかりなさって下さい、坊っちゃん!あなたはもう、護るべきものがあるでしょう!」自責の念に駆られ、弱気になっている有匡を、西田は平手打ちした。「そうか、そうだな・・」 有匡はそう言うと、新生児室に居る双子を見た。“起きて・・”(誰?)“早く起きて。”(僕を呼ぶのは、誰?) 火月が目を開けると、そこには自分と瓜二つの顔をした女性が立っていた。(あなたは、誰?)“僕は、あなた。昔、あなたの先生と夫婦だった。” 女性は、そう言うと火月の手を握った。”早く起きて、先生達の元へ戻って。“(先生・・) 火月は、何処かで自分を呼ぶ声が聞こえ、その声が聞こえる方へと歩いて行くと、白い光に彼女は包まれ、意識を失った。「火月、よかった!」「先生?」「高原さん、良かった、意識が戻ったんですね!」 火月が病院を退院出来たのは、出産してから三ヶ月後の事だった。「先生、本当に、一緒に住んでもいいんですか?」「何を今更。お前は、わたしと暮らしたくないのか?」「そ、そんな事、思ってないですけど。」 退院後に有匡に連れられて彼の部屋に入った火月は、彼からそう尋ねられ、そう言った後頬を膨らませた。「そう拗ねるな、少し揶揄っただけだ。」「もうっ!」「お帰りなさいませ、坊ちゃま、奥様。」 二人が玄関先でそんなやり取りをしていると、奥から西田が出て来た。「え、西田さん、何でここに!?」「ごめんなさい、火月ちゃん。わたしは、坊ちゃま・・有匡様に頼まれて、あなたの事を陰ながらサポートしてきたの。」「え、えぇ~!」「余り騒ぐな、双子が起きるだろう。」 有匡がそう言った後、今まで寝ていた双子が急に泣き出した。「ほら、言わんこっちゃない。」「先生の所為じゃないですか~!」(はぁ、この先どうなるのやら・・) それから二人は西田に手伝って貰いながら、双子の育児に奮闘した。 双子の育児は、二人が想像していたよりもハードだった。 睡眠時間はまとめて三時間取れるのがいい方で、西田の助けがなかったら、二人は共倒れしていたかもしれない。「奥様、どうぞ。」「ありがとう、西田さん。こんなに良く寝たのは、久し振りだなぁ。」「一人でも大変なのに、双子だとその倍の大変さですからね。でも、こうして双子ちゃん達をお世話していると、娘の事を思い出してしまいました・・交通事故で亡くなった娘を。」「ごめんなさい、辛い事を思い出させちゃって・・」「いえ、いいんです。」 西田はそう言った後、涙を手の甲で拭った。 その時、チャイムが鳴った。「あら、こんな時間に誰かしら?」「先生は、まだお仕事の筈・・西田さん、警察を呼んで。」「は、はいっ!」 謎の訪問者が土御門家に来てから一週間後、火月が禍蛇達と西田と共に双子達の満一歳の誕生日パーティーの準備をしていた時、再びチャイムが鳴った。『宅配です。』「は~い。」 西田がそう言ってオートロックを解除しようとした時、その宅配業者の姿が見えなくなった。「火月、無事か!?」「先生、どうしたんです?宅配の人は?」「あいつは宅配業者じゃない、お前を拉致しようとした遠縁の従兄だ。まぁ、あいつは警察に連れて行かれたから、もう心配しなくていい。」「そうですか・・あれ、先生、お仕事だった筈じゃ・・」「嫌な予感がして、早退してきた。それに、今日という日を、家族でゆっくりと過ごしたいからな。」「え・・」「何を驚いている?」「あの、本当に先生ですか?」「殴られたいのか、お前?」「いえ・・」 その日の夜、土御門家の双子、雛と仁の満一歳を祝う誕生パーティーが華々しく開かれた。「この一年間は、怒濤の一年間だったな。」「ええ。」「火月、順序が逆になってしまったが、わたしと結婚してくれないか?」 有匡のプロポーズの言葉に、火月はこう返事した。「はい、喜んで。」「これからも、宜しく頼む。」「こちらこそ。」(良かった・・坊ちゃま、どうか火月さんとお幸せに。) 二人の様子をキッチンから見ていた西田は、そう思った後仕事に戻った。「え、結婚式!?」「うん。この一年、色々とあって、落ち着いたから結婚式を挙げようって、先生が・・」「ふ~ん、あいつにしては珍しいな。何処かで浮気でも・・」「お前は黙ってろ!」 琥龍は禍蛇に股間を蹴られ、呻いて床に転がった。 有匡と火月が転生し、運命的な再会を果たしてから、二年の歳月が経った。 六月、都内のホテルで、二人は結婚式を挙げた。「うわぁ、火月、綺麗だよ!」「ありがとう、禍蛇。」「フェロモンボンバー!有匡なんかと別れて、俺と一緒になってくれ~!」「しつけーんだよ、お前ぇは!」 禍蛇はそう言うと、琥龍にかかと落としを喰らわせた。 新婦控室にある鏡の前で、火月はうっとりとした様子で己の花嫁姿を見た。 この日の為に、有匡と相談して誂えたマーメイドラインのドレスには、襟と裾にはガーネットとルビーがそれぞれ縫い付けられていた。「お互いの誕生石をドレスにつけるなんて、エモいよね~!琥龍には真似できないな~」「何だか、嘘みたい・・Ωの僕が、幸せになれるなんて。」「もう、まだそんな事を言ってるの?これから有匡と幸せになるんだから、もっと自信を持ちなよ!」「う、うん・・」「新婦様、そろそろお時間です。」「はい、わかりました。」 火月はドレスの裾を摘むと、禍蛇と琥龍と共に新婦控室から出た。「有匡、おめでとう。火月さんと幸せにな。」「ありがとうございます、母上。」「馬子にも衣装ってやつだね。」「お前、火月を虐めたら承知せんぞ。」「そんなことする訳ないじゃん。ま、神官も近い内に結婚するからいいけどね。」「相手は誰だ?」「後で教えるよ。」 神官はそう言って笑うと、スウリヤと共に新婦控室から出た。「新郎様、お時間です。」 有匡は、颯爽とした様子で新郎控室から出た。 初夏の陽光を受け、七色に光るステンドグラスの下に立つ火月の姿は、とても美しかった。「それでは、誓いのキスを。」 有匡と火月が神の下で永遠の誓いを交わし、ホテル内のチャペルから出ると、外には美しい青空が広がっていた。 まるで、空が二人を祝福しているようだった。「おとうさん、おかあさん、おめでとう!」「おめでとう~!」 雛と仁は、そう言うと有匡と火月に抱きついた。「二人共、ありがとう。」「火月さん、不肖の息子をよろしく頼む。」「こちらこそ、よろしくお願い致します、お義母様。」 スウリヤは、火月と笑顔で握手を交わした。「母上、神官は?」「神官なら、彼と一緒に居たぞ。」「彼?」「やぁ、有匡殿。この度はご結婚おめでとうございます。」「文観、貴様何しに来た?」「そんなにカリカリしなくても良いじゃん、アリマサ。近い内に親戚になるんだし。」「親戚だと?」「もしかして、聞いていなかったのか?まぁそうだろう。」 有匡はこめかみに青筋を立てながら文観を睨みつけると、彼は笑いながら神官の肩を抱いた。「これから、よろしくお願いしますね、お義兄さん。」「わたしは認めん!」「先生、落ち着いて~!」「やはり、こうなるか。」~完~にほんブログ村
Feb 23, 2024
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素材はNEO HIMEISM 様からお借りしております。「火宵の月」オメガバースパラレルです。作者様・出版社様とは一切関係ありません。オメガバース・二次創作が苦手な方はご注意ください。「火月、花火大会、楽しんだみたいで良かったね。」「え?」「いやぁ、そんだけあからさまにマーキングされたら、わかんだろう。」 琥龍はそう言うと、火月に手鏡を手渡した。「うわぁ・・」 火月は、首筋に有匡がつけたキスマークがついている事に気づいて、顔を赤くした。「最近独占欲出し過ぎだよな、あいつ。俺がこの前、火月をシェアハウスまで送ろうとしたら、殺気を放って来たし。」「う~ん、最近先生、色々とナーバスになっているんだよねぇ。この前、お父様の法事に出席した時に、何かあったみたいで・・」「え、有匡もしかして、実家に火月の事を言っていないの?ちゃんとした嫁なのに?」「嫁って、僕は先生とは・・」「毎日Hしてりゃ、嫁と一緒じゃん。」 禍蛇の言葉を聞いた火月は、飲んでいたアイスコーヒーを噴き出してしまった。「そ、そんっ・・」「てかさぁ~、もう有匡の所に住めば?いくら近所とはいえ、通い妻はキツイよね。」「先生、色々と忙しいし、余り自分の縄張りというか、領域に他人を入れたくなさそうだし・・」「火月は、有匡にとって特別な相手って事だろ?」「う~ん、そうかな?」「まぁ、俺シェアハウスを近々出て行くし、一度有匡に話してみたら?」「わかった。」 火月がそう言いながら禍蛇とカフェから出た時、店の前に一台の高級車が停まっている事に気づいた。「あれ、有匡の?」「ううん、違うよ。」 火月がその高級車の前を通り過ぎようとした時、突然車の中から数本の腕が伸びて来て、あっという間に火月を車の中へと引き摺り込んだ。「火月が拉致された!?」「うん、今さっき!有匡、何か心当たりある?」「火月を拉致したのは、実家の者だ。あいつらは、火月をわたしから排除しようとしている。」「どういう事?」「義父は、わたしに、家に相応しいΩを宛がうつもりだ。だから、火月をわたしから引き離そうと・・」 有匡はそう言うと、唇を噛んだ。「引き離すって、一方的に番契約を解消させようとしているって事?」「あぁ。だが、番契約はαの方からしか解消できない。義父の狙いはこのわたしだ。必ず、わたしが必ず火月を取り戻してみせる。」 そう言った有匡の瞳には、決意の炎が宿っていた。「う・・」「目が覚めたか?」 火月が目を開けると、そこは暗く湿った蔵の中だった。 彼女の前には、数人の男達の姿があった。「あなた達は・・」「お前が、有匡の番か?」「先生を、知っているの?」「知っているも何も、あいつには散々、煮え湯を飲まされて来たからな。」 有匡の義兄達は、そう言うと火月の頬を平手打ちした。「お前には、消えて貰う。」「嫌、嫌!」(先生、助けて・・)「あの者は、どうであった?」「あの娘、中々強情で、頑として有匡との番契約を解消すると言いません。如何致しましょう、父上?」「あの娘をバース機関へ送り、一生繁殖用として向こうへ監禁すればいい。」 有匡の義父が息子達とそんな事を話していると、突然廊下の方が騒がしくなった。「火月は何処だ、火月を出せ!」「有匡、何を騒いでおる?」「義父上、火月を何処へやったのです?火月は、わたしの大切な・・」「あの娘は、お前の番には相応しくない。あの娘は、敵の血をひいている。」 有匡の義父は、そう言うと茶を一口飲んだ。「敵の血?」「あの娘の家は、魔物を神として祀る巫女の末裔だ。そのような忌まわしい者は、この家には相応しくない。」「火月が相応しいかどうかは、わたしが決めます。そこを退いて下さい。」「有匡、お前は有仁と同じ過ちを犯すつもりか?」「火月は何処に居る?」 有匡は苛立ち、傍にあった果物ナイフを義父に突きつけた。「あの娘は、離れに監禁しておる。案内しよう。」 有匡が義父と共に火月が監禁されている蔵の中に入ると、そこは甘い花の蜜のような匂いが漂っていた。(これは、Ωのフェロモン・・番が居るΩは、発情しない筈・・)「強制発情剤を打っておったが、こうもすぐに効くとはな。」「火月に、何をしたぁ!」 火月は、有匡の全身から発せられた威圧フェロモンに気絶してしまった。(先生、助けに、来てくれたんだ・・) 火月が有匡の方を見ると、彼は義父達に襲い掛かっていた。(駄目・・先生、お願い・・) 有匡に呼び掛けようとした火月は、突然額が疼くのを感じた。(何?)「火月、どうした!?」 火月が苦しみ出すのを見た有匡は我に返ると、火月の周りを囲んでいる注連縄を傍にあった太刀で切り、彼女を抱き締めた。「火月、わたしだ。わかるか?」「う・・先生、お願い、離れて・・」「火月?」 火月は、激しい頭痛に襲われ、その場に蹲った。「しっかりしろ、火月・・」―目覚めよ。 何処からか、自分を呼ぶ声がした。―我を・・(嫌だ・・)「この娘を早く殺せ!」―呼べ。(嫌だぁ~!) 突然、紅い稲光りが空に光り、雷鳴が轟いた。「火月?」 雷の直撃を免れた有匡は、火月の額にあるものが浮かんでいる事に気づいた。(あれは・・) それはかつて、自分が封じた筈の紅牙―邪悪な獣の証である、「第3の瞳」だった。(あの時、わたしは紅牙を封じた筈・・それなのに・・)「先生、助けて・・」 有匡は、苦しそうに息をする火月を抱き締めた。「大丈夫だ、わたしはここに居る。」「良かった・・」 火月は、そう言うと気を失った。「火月、しっかりしろ!」 遠くから、サイレンの音が聞こえた。「有匡、火月は?」「わからない。」「どういう事だよ、それ!?」「火月の額に、“第3の瞳”が現れた。あれは、わたしが昔、封じた筈・・」 有匡がそう言った時、手術室の“使用中”のランプが消え、ストレッチャーに乗せられ、酸素マスクをつけた火月が中から出て来た。「火月、しっかりしろ!」「あなたが、高原火月さんの番ですね?」「はい。火月は、大丈夫なんですか?」「脈拍、呼吸共に異常はありませんが、ひとつ問題があります。」「問題?」「はい。彼女の脳は重篤なダメージを受けており、いつ意識が回復するのかが定かではありません。下手すれば、一生植物人間になる可能性もあります。」「そうですか・・」 火月は集中治療室に入れられ、医師達の治療を受けていた。「わたしの所為だ、わたしが・・」「お前の所為じゃねぇって!そういや、土御門家のオッサン達はどうしてんだ?」「さぁな。今はあいつらの事よりも、火月の方を優先せねば。」有匡はそう言うと、コーヒーを一口飲み、病院へと向かった。―ねぇ、土御門先生、今日も休みなの?―うん、番の子が・・―え、番ってあの・・ 神官は時折聞こえて来る“事件”の噂話に耳を傾けながら、ある場所へと向かった。 そこは、文観が居るバース関連の研究所だった。「おや、久しいですね―艶夜。」「アリマサとカゲツに会わせて。」「これは異な事を。あの二人はここには居ませんよ。」「本当?神官を騙したら承知しないよ。」「おお、恐い。」 文観はそう言って笑いながら、神官を見た。「二人なら、病院に居ますよ。」「病院?アリマサ、怪我したの?」「いいえ、入院しているのは火月だけです。一月前に土御門家で起きた“事件”に、彼女が深く関わっているようなんですよ。」「どういう事?」 文観は神官に、ある週刊誌の記事を見せた。 そこには、黒焦げの遺体が転がる中で、火月を抱き締めている有匡の姿が写っていた。「土御門家を焼き、火月は意識不明の重体に陥っています。有匡は、毎日彼女に時間が許すまで付き添っているそうです。」「なんで?カゲツの中の紅牙は、アリマサが倒したんじゃないの?なのに、どうして・・」「それはわたしにもわかりません。しかし、彼女の家と深い関りがあるかと。」「アリマサに会う。」「今の彼は、手負いの獣同然。彼と同じαでも、あなたは会わない方が良い。」「わかった・・」」(もう、あれから二月も経つのか・・) 有匡は、何杯目かのコーヒーを飲みながら、集中治療室の中で眠っている火月を見た。「火月、起きてくれ・・」 有匡の声に応えるかのように、火月の瞳が静かに開いた。「火月!?」 駆け付けた医師によって、火月は生命の危機を脱したと告げられた時、有匡は安堵の溜息を吐いた。「先生、火月は・・妻は、いつ退院出来るんですか?」「それは、今のところわかりません。」「そうですか・・」 集中治療室から一般病棟へと移った火月を有匡が見舞いに行くと、彼女が居る個室の中から賑やかな笑い声が聞こえて来た。「良かった、元気そうで。」「ごめんね禍蛇、心配ばかりかけちゃって・・」「早く有匡に会ってあげなよ、あいつ心配してたんだから!」「火月。」 有匡が火月の病室に入ると、彼女の頬から笑みが消えた。「良かった、その様子だと大丈夫そうだな。」 有匡がそう言って火月の髪を梳こうとした時、彼女は怯えて有匡から後ずさりすると、彼に向かってこう言った。「あなた、誰?」「火月?」 火月が記憶の一部を喪失している事を有匡が彼女の主治医に話すと、彼は有匡にこう言った。「脳に重篤なダメージを受けた際、彼女の海馬―記憶を司る部分が少し損傷しているようです。それもありますが、やはり精神的なものが原因かと・・」「精神的なもの、ですか?」「ストレスが原因で、稀にそうなる方がいます。記憶が戻るのはいつになるのか、わかりませんが・・」「そうですか・・」 主治医の説明を受けた有匡は、火月を見舞おうとしたが、やめた。 今彼女にとって、自分は“見知らぬ男”でしかないのだから。「火月、有匡の事忘れたの?あんなに大好きな人だったのに。」「禍蛇、どうしてあの人は、僕の事を悲しそうな目で見ていたの?あの人に見られていると、胸がチクチクするんだ。」「火月、本当に有匡の事を忘れてしまったの?ずっと、想い続けて来たのに・・」 禍蛇はそう言うと、火月に紅玉の耳飾りを見せた。「これ、憶えている?昔、有匡が火月の涙で作った耳飾りだよ。」「う~ん・・」 火月が呻きながら禍蛇から紅玉の耳飾りを受け取った時、脳裏にある光景が浮かんで来た。『火月・・愛している・・』(誰?)『生まれ変わっても、ずっと・・』「火月、どうしたの?」「頭が痛い・・」「ゆっくり休みなよ。」「うん・・」 禍蛇が火月と病院でそんな話をしていると、そこへ一人の青年がやって来た。「あぁ、やはり炎様に似ておられる。」 青年はそう言うと、美しい切れ長の碧い瞳で火月を見つめた。「あなたは?」「わたしは、高原優斗。あなたの遠縁の、従兄にあたる者です。」「従・・兄・・?」「何も心配する事はありません。これからは、わたしがあなたを守ります。」「え・・」 青年の姿が、火月は“誰か”の姿と重なったような気がした。「貴様、何者だ!?」「また来ますね、炎様。」 青年―優斗は、そう言って火月の額に唇を落とした後、病室から去っていった。「火月、どうした?あいつに何かされたのか?」「触らないで!」 自分を抱き寄せようとした有匡の手を、火月は冷たく振り払った。「ごめんなさい、僕・・」「火月、わたし達は暫く距離を置いた方が良いだろう。」「え?」「達者でな。」 そう言って自分に背を向けて去ってゆく有匡の背中が、火月には“誰か”の背中に重なって見えた。「本当に、気が変わりませんか?」「はい。」「あなたのような有能な方が、我が校から居なくなるのは惜しいですが、仕方ありませんね。」 そう言った暁人は、嬉しそうに笑った。 厄介払い出来て嬉しいというように。「それでは、わたしはこれで失礼致します。」 有匡はそう言って暁人に辞表を出し、理事長室から出ると、国語科準備室で私物を整理していた。「これは、取っておくか・・」 そう言った有匡は、火月の耳飾りを絹の袋の中に、大切そうにしまった。 火月が退院し、復学すると、麗が図書館で彼女に突然話し掛けて来た。「高原さん、土御門先生は学校を辞めたよ。」「え?」にほんブログ村
Feb 22, 2024
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衝撃的なヒーローとヒロインの出逢い。裕福な白人の娘・エスリンと、白人と先住民との混血児・ルーカス。白人と先住民との経済格差、偏見、差別・・ロマンスでありながら、社会問題を深く掘り下げながら描くサンドラ・ブラウンは見事としか言いようがないですね。ロマンス小説は、ハッピーエンドで終わるのがいいところですね。読みごたえがあった、ロマンス小説でした。
Feb 22, 2024
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「窓ぎわのトットちゃん」は、トモエ学園の楽しい学校生活について描かれていましたが、続編では戦時下の食事や疎開生活などが細かく書かれており、戦争の記憶が風化しつつある現代に於いて、とても貴重な本だなぁと思いました。後書きで、戦争を経験した俳優さん達のお話を書かれていましたが、わたしの祖父母は父方・母方共に亡くなっており、彼らの戦争体験を知る術がなかったので、やはりこういった本は後世にわたって読み継いで欲しいですね。
Feb 22, 2024
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火月ちゃんと神官の関係について、わたしなりに考察したいと思います。一個人の勝手な考察なので、別に気にせずに軽く読んで下さればいいです。火月ちゃんと神官、この二人は正式は義理の姉妹となり、火月ちゃんが有匡様の妻なので兄嫁、神官は有匡様の妹なので義妹となります。長年生き別れていた神官は、有匡様の事を兄としてではなく「男」として見ています。しかし、有匡様は神官を「妹」としてしか見ていません。火月ちゃんという妻が居るし、肉親との縁がない有匡様にとって、神官は妹である、それ以上でもそれ以下でもない存在です。でもそれが、神官にとっては面白くない。だから、火月ちゃんへの嫉妬やライバル心があったりして、色々とトラブルを起こした。でもなぁ、女同士って複雑ですからね。火月ちゃんは、神官に対する有匡様の気持ちが解っているだけに、強く言えない。どろどろとした汚い嫉妬心を神官に見せつけていたシーンがありますが、やはり火月ちゃんは火月ちゃんなりに有匡様と神官の関係を何処か羨ましいと思っていたのではないかなぁ?有匡様は神官に、「妹と女は違う」と言いましたが、神官は有匡様を独占したい→火月ちゃんが邪魔、という考えしかないんじゃないか?と、わたしは思ってしまいました。色々と書きましたが、この二人が仲良くなれる事はないのかなぁ・・と思いつつも、二次小説では二人を仲良くさせてますけどね。「火宵の月」という作品は、ファンタジーでありながらも妖と人間との間に産まれた有匡様の葛藤や、家族の情愛について色々と描かれていて、読み返す度に奥が深い作品だなぁと勝手にいちファンとして思っています。
Feb 22, 2024
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最近、「火宵の月」文庫全巻を購入し、読み返していましたが、7・8巻はほぼ文観×神官で占められていましたね。この二人の共通点を先生が6巻の巻末ふろく漫画でまとめていましたが、似た者同士惹かれ合うところがあったのではないでしょうか?先生が挙げられた共通点の他に、わたしは二人の生い立ちが関係にしているのかなぁと思いました。・文観は孤児、神官は妖狐族の皇女の娘で、本来高い身分でありながら人間との混血児であるが故にその存在を無視されていた。これだけでも、二人の「居場所探し」というセリフが所々原作に出て来て、互いに似た者同士惹かれ合って結ばれたようですね。出逢うべくして出逢った二人でしょうか。神官は火月ちゃんへのライバル心が抑えきれず、文観に操られてしまって、家出して文観に拉致されて人質にされたという最悪な形から始まった共同生活でしたが、それでも落ち着く場所に落ち着いたというのがいいですね。ただ、有匡様の心が穏やかではないかもしれませんね(笑)
Feb 22, 2024
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六条の御息所の怨念、花散里との危険な情事。光源氏という、一人の男に翻弄される女達の物語、ますます目が離せません。
Feb 20, 2024
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高校生のころ、田辺聖子訳の源氏物語を一度読んだきりでして、今年の大河が平安時代なので、源氏物語を23年ぶりに読んでみましたが、面白いというか、それぞれの章を読むたびに場面がいかんできそうな場面描写は、まさに映画を観ているかのようでした。全10巻もあるので、これから楽しく読もうと思います。
Feb 20, 2024
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※BGMと共にお楽しみください。本作品は「地獄先生ぬ~べ~」のパラレル小説です。若干設定を変えていますので、パラレル小説が嫌いな方はお読みにならないでください。作者様・出版社様とは一切関係ありません。 1326年仲夏、鎌倉。「はぁ、はぁ・・」 家族と喧嘩し、家でした雪女の火月は、由比ヶ浜に来ていた。 外の世界は危険だと、家族から煩く言われていたのに、火月はどうしても海を見に行きたかった。 その理由は―「うわぁ、綺麗・・」 その日、空に紅い月が浮かんだ。 火月は、その月を見る為にわざわざ山から下りて来たのだった。月に感動していた火月は、いつの間にか眠ってしまった。そして、彼女は太陽が己の身体をじわじわと焼いている事に気づいた。(苦しい、動けないよ・・) 荒い息を吐きながら、火月は日陰へと移動しようとしたが、躰に力が入らず、浜辺で動けなくなってしまった。「おい、大丈夫か?」 意識が朦朧とする中、火月は自分の命の恩人の姿を見た。(綺麗な、瞳・・) それが、陰陽師・土御門有匡との出会いだった。「お世話になりました。」「今度は、危ない目に遭うなよ。」「はい。」(いつかきっと、あなたに恩を返します‥先生。) そして時を越え、火月は有匡と―彼の子孫と出逢った。「おい、大丈夫か?」「やっと会えた‥先生・・」 再会した火月と有匡は、いつしか同じ屋根の下で暮らし始めたのだった。「重い!」 土御門家の怒声は、有匡の怒声で始まる。「火月、胸の上で寝るな・・」「すいません・・」 有匡は、低血圧なので、朝はかなり不機嫌だ。「全く、お前はどうしてわたしの胸の上で寝るんだ?」「何だか、落ち着くんです。」「そうか。」 有匡はそう言って溜息を吐いた後、コーヒーを一口飲んだ。「美味いな。」「そのコーヒー、僕が淹れたんですよ!」「そうか。火月、スケートリンクの仕事はどうだ?」「皆さん優しいですし、仕事は順調ですよ。それよりも先生、那須に行ってから最近変ですよ?」「最近、夢を見る。鎌倉で、お前と浜辺で会う夢だ。」「もしかしたら、それは・・」「さてと、もうこんな時間だから、行って来る。」「行ってらっしゃいませ!」 有匡が出勤した後、火月は有匡の寝室に入って、彼の枕に顔を埋めた。「先生、早く帰って来ないかな~」 中学校に出勤した有匡が職員室でテストの採点をしていると、そこへ教頭の田中が彼の元にやって来た。「土御門先生、来週のお祭り楽しみですね。」「え、えぇ・・」 有匡は、田中が少し苦手だった。「そういえば、明後日先生のクラスに転校生が来るので、よろしくお願いしますね。」「はい。」 田中が去った後、有匡はテストの採点を再開したが、突然背後から強い視線を感じて振り向くと、そこには那須で会った九尾の狐の姿があった。「久しいな、有匡よ。」 人の姿をした九尾の狐は、そう言って蠱惑的な笑みを有匡に浮かべた。「貴方が何故、人間界に?」「人間界と魔界が近々呼応する日が来よう。」「それを伝えに、わざわざ?」「いや、人間の暮らしを送ってみたいと思うてな。何せ長い間、石に閉じ込められていたからのう。」 九尾の狐は、そう言うとコロコロと笑った。「では、また会おうぞ。」(不思議な方だ・・) 有匡が中学校で九尾の狐と再会した頃、火月は職場のスケートリンクで優雅に滑っていた。「あ~、やっぱり誰も居ないリンクで滑るのって楽しいなぁ~」 そう呟きながら火月がリンクから上がり、スケート靴にエッジカバーをつけていると、一人の青年が彼女の方に近づいて来た。「君、プロかい?さっきの滑り、良かったよ。」「あ、ありがとうございます・・」 青年は、じっと切れ長の翠の瞳で火月を見た。「あ、あの・・」『僕なら君を幸せに出来るよ・・あの男よりも、ずっとね。』「え?」「あなたに会えて、嬉しかったよ。」 男はそう言って火月の頬にキスすると、スケートリンクから去っていった。『坊ちゃま、“彼女”には会えましたか?』『あぁ。彼女は運命の人だ、相手が誰であれ、必ず手に入れる。』 そう言った男―フランシスは、口元を歪めて笑った。(今日も疲れたな・・) 有匡がそう思いながら中学校から出て帰路に着く途中で、彼は一人の少年が道端に倒れている事に気づいた。「おい、大丈夫か?」「主・・様・・」 少年はじっと有匡を紅の瞳で見つめると、彼の腕の中で気絶した。「おいっ、しっかりしろ!」にほんブログ村
Feb 20, 2024
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表紙素材は、装丁カフェからお借りしました。「火宵の月」の二次創作小説です。作者様・出版社様・制作会社様とは一切関係ありません。二次創作・BLが嫌いな方は閲覧なさらないでください。“ねぇ、大人になったら、結婚してくれる?“ それは、幼き頃に交わした、他愛のない約束。“あぁ、勿論さ。” あの頃は、幸せだった。 優しい両親と、わがままで可愛い妹。 そして、愛する幼馴染。 そんな幸せが、いつまでも続くと思っていた。“あの日”が、来るまでは。「お父さん、お母さん!」 炎によって焼かれた邸の中で、両親は息絶えていた。「こりゃ上玉だ、双子以上の価値があるぞ!」 誰か、助けて・・ 誰か・・ 幼子の願いは届かず、“彼”は闇の中へと消えた。「漸く会えたな、麗しの黒鳥。」 絶望、怒り、死に塗れた中に生きていた“彼”を見つけたのは、リッツォリ家当主・アルフレッドだった。 アルフレッドは、“彼”に己の全てを―処世術、社交術、そして裏社会の全てを叩き込んだ。「さぁ、お前の望みを言え。」「復讐したい・・僕の幸せを奪った奴らに、同じ苦しみを・・僕以上の苦しみを与えてやる!」「そうか。」 アルフレッドは、“彼”の艶やかな黒髪を優しく指で梳いた。「お前は美しい。その望み、わたしが叶えてやろう。だがその代わりに、わたしの為に全てを捧げよ。」「はい、ご主人様。」「今日からわたしの事は、お父様と呼べ。」「お父様。」 スペイン・セビリア。 フラメンコ=ギターの音色と共に、舞台で踊り子達がパーティーを盛り上げる中、一人の女がアントニオの前に現れた。『もう来ないのかと思ったよ。』『あら、わたしをお捨てになったのかと思いましたわ。』 女は、そう言うとアントニオにしなだれかかった。『どうした?』『あなたの事を想っただけで、躰が疼いてしまって・・』『可愛い奴め。おいで、ベッドでたっぷりと可愛がってやろう。』 アントニオの寝室に入った女は、寝台の上に彼を押し倒した。『ふふ、積極的だな。』 アントニオはそう言うと、起き上がって女を己の方へと抱き寄せた。 その直後、彼は女に首の骨を折られ、絶命した。 パーティーの喧騒の中、女は静かに闇の中へと消えていった。『奴は始末しました。』『そうか。』『それは?』『次の標的だ。アントニオと違って用心深いから、気をつけろよ。』『わかった。』 女は乱暴に吸っていた煙草の吸い殻をハイヒールで踏み消すと、愛車に乗り込んで姿を消した。「おい、あれが?ボスの・・」「あぁ、“死の黒鳥”ね。何でも、人身売買組織の闇オークションで落札して、ボス自ら育てたとか。」「アジア人にしては、色が白いし、不思議な色の瞳をしているよな?」「日本人と英国人との混血なんだと。まぁ、深く関わらない方が良いぜ?」「そうだな。」 オーストリア・ウィーン、オペラ座。 その日は、パリ・オペラ座のバレエ団の『白鳥の湖』の夜公演が行われていた。 女は、すぐさま標的を見つけた。 シンシャナ国第二王子・アブサム。 褐色の肌と亜麻色の髪、そして紫の瞳を持った彼の周りには、数人の護衛が付き従っていた。(ガードが堅そうだな。ここは、偶然を装って近づいた方が無難か。) そんな事を女が考えていると、一人の少女が舞台上に現れた。 白磁のような肌、輝く美しい金髪、そして血の如く美しい上質な紅玉を思わせるかのような真紅の瞳。(火月・・) 脳裏に、幼い頃“彼女”が自分に熱く夢を語ってくれた姿がよみがえった。『僕、大きくなったら、バレリーナになって世界中で活躍するんだ!』(夢を、叶えたんだな・・) もう少し彼女が舞う白鳥を見ていたかったが、自分には“仕事”がある。(忘れろ・・もう全ては過去、終わった事だ。) 女は俯いていた顔を上げると、蠱惑的な笑みを浮かべながら、ゆっくりとアブサムの方へと近づいていった。「火月!」「先生!」 火月が楽屋で化粧を落としていると、控え目なノックの音と共に彼女の婚約者・土御門有匡が入って来た。「夢を叶えたんだな、おめでとう!」「ありがとうございます、先生!」(ごめんなさい、先生・・あなたはずっと僕に優しくしてくれるけれど、僕はもう気づいてしまったんだ。貴方が、僕の大好きな“先生”じゃないことに。) 火月が大好きだった“先生”は、あの日、炎の中で死んだのだ。にほんブログ村
Feb 19, 2024
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※BGMと共にお楽しみください。「火宵の月」「鬼滅の刃」の二次創作小説です。作者様・出版社様・制作会社様とは一切関係ありません。二次創作・BLが嫌いな方は閲覧なさらないでください。「先生、行ってらっしゃい~!」「おとさま、行ってらっしゃい~!」 それは、いつむの、何気ない日常だった。 だが―「火月、何処に居る!」 出張から戻って来た有匡は、眼前に広がっている光景が信じられなかった。 邸の中は荒れ果て、雛と仁の遺体が血の海の中に倒れていた。(何故、こんな事に・・) 双子の遺体を胸に抱きながら、有匡は妻・火月の姿が無い事に気づいた。 一体、自分が留守にしている間に何があったのだろうか。「火月、居たら返事をしろ!」「ほぅ、其方があの陰陽師か。成程、凄まじい妖気だ。」 闇の中から声がしたかと思うと、黒髪に紅い瞳をした男が闇の中から現れた。「貴様、何者だ!?」「おや、下手に動くとそなたの妻の命はないぞ。」 謎の男は、そう言うと火月の首に鋭い爪を突きつけた。「お前の望みは何だ!?」「其方の血を、わたしに分け与えよ。そうすれば、其方の妻を解放してやってもいいぞ?」「罠だな。そんな嘘でわたしを騙せると思っているのか、鬼舞辻無惨。」「ほぉ?」 男―鬼舞辻無惨は、細い眦を上げ、有匡を睨んだ。「気が変わった。其方の妻を、わたしの妻として貰い受けるぞ。」「待て!」「先生、助け・・」 火月に向かって有匡は手を伸ばそうとしたが、その手が火月に届く前に、彼女は無惨と共にまるで煙のように掻き消えてしまった。(一体、あいつは何処に消えたんだ?) 有匡がそんな事を思いながら双子の遺体を埋葬していると、そこへ京に居る筈の妹・神官の姿があった。「神官、お前どうして・・」「アリマサ、助け・・」 神官はそう叫んだ後、有匡に牙を剥いて襲い掛かって来た。「やめろ、神官!」 神官の牙を持っていた太刀で何とか防いだ有匡は、神官が泣いている事に気づいた。(神官・・) 有匡は祭文を唱え、神官の額に、ある印を刻んだ。 それは、かつて雷獣・紅牙を封印した“第3の瞳”だった。「アリマサ・・」「わたしの血で、お前の中の、鬼の邪鬼を封じた。それよりも神官、何故京に居る筈のお前が、鎌倉に居る?」「あの変な男に連れて来られたんだよ。カゲツを人質に取ったのは、アリマサを苦しめる為だろうね。」「わたしを?」「ま、これ以上ここに居ても無駄だから、山から人里へ下りた方がいいかもね。」「あぁ・・」 こうして、有匡と神官は訳が分からぬまま邸を後にし、人里へと下りていった。 すると、そこには二人が知らない鎌倉の町が広がっていた。―何だ、あれ?―変な格好ねぇ・・「何か、ここ本当に鎌倉?」「あぁ・・」 有匡が少し混乱していたが、すぐに周りの状況を確認した。(ここは、わたし達が生きていた頃の鎌倉とは違う。では、ここは一体・・)「あ、すいません、お怪我はありませんでしたか?」 有匡が辺りを見渡していると、一人の少年が彼にぶつかって来た。 その少年は、耳に奇妙な耳飾りをつけていた。「あの、何かお困りのようですが、俺に出来る事があったら何でも言って下さい!あ、俺は竈門炭治郎といいます!」「わたしは土御門有匡だ。隣に居るのは妹の神官だ。」 こうして、有匡達と炭治郎達は奇妙な出逢いを果たしたのだった。にほんブログ村
Feb 19, 2024
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*注意事項*・この小説は、平井摩利先生の「火宵の月」ヴィク勇パラレルです。・原作と若干違う設定にしております。・オリジナルキャラ多めです。・勇利が両性具有設定です。作者様・出版社様・制作会社様とは一切関係ありません。注意事項を無視して読んで気分が悪くなった等の苦情は一切受け付けませんので、ご了承ください。その夜は、空に炎の様な紅い月が浮かんでいた。夜な夜な鎌倉の町に出現する人喰いの妖・野猫族調伏の為、京で暮らしていたヴィクトル=ニキフォロフは、宮中から追い出され、生まれ故郷の鎌倉へと戻って来た。邸の自室で星の動きを見ていたヴィクトルが邪悪な気を感じて鶴岡八幡宮へと向かうと、そこには野猫族に食い荒された男女の遺体が転がっていた。「・・遅かったか。」美しい顔を怒りで歪ませ、ヴィクトルがそう言って舌打ちした後、何かが茂みの中で動く気配がした。「何者だ!」ヴィクトルが筮竹を投げると、それは近くの木に当たった。「あ、すいません・・僕、驚かせるつもりじゃなかったんです。」茂みの中から現れたのは、黒髪紅眼の青年だった。白い着物に緋色の袴姿の青年は、じっと真紅の瞳でヴィクトルを見ていた。「あの、貴方がヴィクトル=ニキフォロフ様ですか?」「そうだけど、お前は?」「初めまして、僕は勝生勇利と申します。あの、早速なのですがヴィクトル様にお願いがありまして・・」「お願い?」「僕、貴方の子供を産みたいんです!」青年が頬を赤く染めながらそうヴィクトルに言い放った時、気まずい沈黙が二人の間に下りて来た。「・・俺は、男に子を授ける術は持っていないけど?」「あの、僕男でもないです。女でも、ないし・・僕の一族は、紅牙族といって、野猫族の一種で・・」「ふぅん、それじゃぁお前、妖の一種か。運が悪いね、俺は今機嫌が悪いんだ。」「え、あの・・」「行け、式神!」突如ヴィクトルの掌の中から現れた青龍に驚き、慌てて逃げようとした青年は、そのまま階段を踏み外し転落してしまった。(妖だというのに情けない奴だな・・)ヴィクトルがそう思いながら呆れ顔で青年の様子を見に行くと、そこには黒豹が転がっていた。このままここに青年を転がしておくわけにもいかず、ヴィクトルは彼を邸まで連れて帰る事にした。まだ幼さが残る顔に、華奢な身体、そして漆黒の髪。巷を最近騒がしている野猫族とは似ても似つかない容姿をしているが、奴らの仲間かもしれない。そう思いながらヴィクトルが青年を寝かせようと彼の身体を抱き上げると、その拍子に彼が右耳につけていた紅玉の耳飾りがシャラリと揺れた。それを見た瞬間、ヴィクトルの脳裏に幼い頃、可愛がっていた黒猫の姿が浮かんできた。“暴れるな、今手当てしてやろうとしているのに!”池で溺れていた黒猫を助けたヴィクトルは、逆にその黒猫に引っ掻かれた。全身に酷い傷を負っていた黒猫の手当てをしていたヴィクトルは、猫の目から美しい紅玉が零れ落ちるのを見た。“お前の瞳の色、綺麗だな。僕は赤が一番好きな色なんだ。そうだ、お前の名前は紅玉にしよう!”黒猫はヴィクトルの言葉を理解したのか、嬉しそうな声で鳴いた。孤独だった少年と黒猫は、出逢ってから互いの魂を温め合うように、いつも一緒に居た。だが、ヴィクトルは突然親戚筋の叔父によって京に連れて行かれ、あの黒猫と離れ離れになってしまった。青年の耳飾りにつけている紅玉は、幼い頃ヴィクトルがあの黒猫の首飾りにしたものと同じ紅玉だった。(まさか、な・・)「気が付いたか?」「あの・・僕・・ここは、何処ですか?」「俺の邸だよ。お前、名前は?」「勇利といいます。」青年の名を聞いたヴィクトルは、驚きのあまり顔が強張ってしまった。「どうかなさいましたか?」「いや・・その耳飾りは何処で手に入れた?」「ああ、これは昔、大切な人から贈られた物です。」青年―勇利はそう言うと、紅玉の耳飾りを指先で触れた。「大切な人?」「はい。昔僕が幼い頃、仲間からいじめられて谷底へと突き落とされた時、助けてくれた人から贈られたんです。」勇利の言葉を聞きながら、ヴィクトルは彼が昔飼っていた愛猫“紅玉”であると確信した。「その大切な人は、今どうしているの?」「知りません。随分昔に、生き別れになったから・・でも、もし生きているのなら、会いたいです。」勇利はそう言って両膝の間に顔を埋めた。「怪我が治ったら出て行け。」「はい・・」(少し、冷たくしてしまったかな・・)その日の夜、ヴィクトルがそう思いながら寝返りを打っていると、廊下から控えめな足音が聞こえて来た。誰だろうと思いながらヴィクトルが再び寝返りを打とうとすると、胸の上に温かい感触がした。(何だ?)ヴィクトルがゆっくりと目を開けると、そこには自分の上にのしかかっている勇利の姿があった。「お前、何をしているの?」「え、あの、それは・・夜這い・・です・・」勇利はか細い声でそう言うと、頬を羞恥で赤らめながら俯いた。「君、大人しそうな顔に似合わず大胆な事をするね。俺が誰なのか知っていて夜這いしに来たんだ?」「すいません・・」「謝らなくてもいい。」ヴィクトルはそう言うと、勇利を抱き寄せた。「え、あの・・」「どうした、俺を誘惑するんじゃないのか?」至近距離でヴィクトルから見つけられた勇利は、顔を赤く染めながら慌てて彼の傍から離れた。「すいません、忘れてください!」耳飾りをシャラシャラと言わせながら、勇利は慌ててヴィクトルの部屋から飛び出して自分の部屋へと戻ってしまった。(本当に、妖らしくないな・・まぁ、それが可愛いけれど。)ヴィクトルはクスクスと笑いながらそんな事を思った後、ゆっくりと目を閉じた。―・・めてまた、あの夢を見た。―やめて、お父さん、苦しいよ・・自分の細い首に絡みつく父の指。そして、耳元で囁かれる呪詛の言葉。“子供など、作らなければよかった。”昨夜は悪夢を見た所為で、一睡も出来ずにいた。「・・トル殿、ヴィクトル殿?」「何か?」誰かに呼ばれたことに気づいてヴィクトルが振り向くと、そこには意地の悪い笑みを浮かべた男が立っていた。「ここ最近、野猫族が大人しくしているようですなぁ。やはり雨の所為で奴らの動きが鈍ったのでしょうね。」「そのようですな。他に話がないのなら、俺はこれで失礼いたします。」ヴィクトルがそう言って男に背を向けた後、“愛想のない奴だ”と、先程の男が仲間に向かって陰口を叩いているのが微かに聞こえた。昔から“愛想がない”、“可愛げがない”などと言われるのはもう慣れている。他人と馴れ合うつもりも、親しくなるつもりもないのだから、いい加減放っておいて欲しいものだ―ヴィクトルがそんな事を思いながら帰宅すると、式神の和紗が何やら慌てた様子で自分の方へと駆け寄って来た。「ヴィクトル様、大変です!勇利様が・・」「ユウリが、どうかしたのか?」「先ほど、勇利様にお会いになりたいという客人が来て、断ったら急にその男が勇利様を連れて行かれてしまったのです!」「何だって・・」和紗の言葉を聞いたヴィクトルは、自分の顔から血の気がひくのがわかった。他人の結界内、敏腕陰陽師として名を馳せているヴィクトルの強固な結界を容易に破る者など居ない。もしそのような者が居るとしたら、ヴィクトルと同等の、またはそれ以上の呪力を持っている同業者―呪術師しか居ない。「ユウリを探せ、今すぐに!」(ユウリ、どうか無事でいてくれ!)何処かでカラスがヴィクトルを嘲笑うかのようにしわがれた声で鳴いていた。ピチョン、と水滴が落ちる音で、勇利は閉じていた両目をゆっくりと開いた。「ん・・」辺りを見回すと、今自分が居るのは何処かの洞窟のようだった。「目が覚めたか?」闇の中から突然ぬぅっと男の顔が現れたので、勇利は思わず悲鳴を上げてしまった。「驚かせてしまって済まない。お前がユウリだな?」「はい、そうですが・・貴方は?」「わたしはギオルギー。ヴィクトル無き今、わたしが宮中の権力を全て掌握していると言っていい。」そう言った男―ギオルギーは、欲望に滾った瞳で勇利を見た。「僕を、どうするつもりなのですか?」「ここでお前を殺し、わたしは不老不死の力を手に入れる!」ギオルギーは勇利を睨みつけてそう叫ぶと、彼の上に馬乗りになった。(助けて、ヴィクトル!)「そこまでだ、ギオルギー。」「ふふ、来たなヴィクトル。漸くお前と互角に戦える時が来た。」「俺と互角に戦えるだって?ふざけた事を言うね、ギオルギー。」ヴィクトルはそう言って口元に冷笑を浮かべると、ギオルギーを衝撃波で吹き飛ばして彼を気絶させ、勇利を優しく抱き上げた。「怪我はない、ユウリ?」「ごめんなさい、ヴィクトル、心配を掛けてしまって・・」「無事だったから、ユウリが俺に謝ることはないよ。」「ヴィクトル・・」「勇利、探したぜ。まさかお前がこの陰陽師様とデキていたとはなぁ?」二人の背後から嘲るような冷たい声が洞窟内に響いたかと思うと、数頭の黒豹が洞窟内へと入って来た。彼らは巷を騒がせている野猫族だと、ヴィクトルは勘で解った。「君達、俺に何か用?まさか、俺の呪力欲しさに俺を殺しに来たとか?」「へへ、まぁそんな所かな!」野猫族達はそう言うと、一斉にヴィクトルに飛びかかった。「ヴィクトル様、危ない!」ヴィクトルを庇った勇利は、胸を野猫族の爪に切り裂かれた。「しっかりしろ、ユウリ!」「やっと会えた・・ヴィクトル様・・」苦しそうに喘ぎながら、勇利はそう言うとヴィクトルの頬を撫でた。「けっ、ザマァねぇな。まぁ、これでこいつを殺す手間が省け・・」「お前達がユウリに手を出す前に、俺がお前達を殺す!」全身から怒りのオーラを発しながら、ヴィクトルは碧い瞳で野猫族達を睨みつけ、祭文を唱えた。「業火招来!」野猫族達の身体はあっという間に紅蓮の炎に包まれ、彼らは断末魔の悲鳴を上げながら息絶えた。「ユウリ、俺の元へ戻っておいで・・俺の愛しい紅玉。」ヴィクトルは祭文を唱えた後、自分の気を勇利に吹き込むため、彼の唇を塞いだ。「ヴィク・・トル様・・?」「さぁユウリ、俺と共に家に帰ろう。」「はい。」ヴィクトルに抱きかかえられながら、勇利は彼と共に洞窟を後にした。「ねぇユウリ、俺が一番好きな色が何か、知ってる?」「いいえ。」「俺は、紅が一番好きなんだ。お前の瞳の色の様な、綺麗な紅が。」「ヴィクトル様、もしかして僕の事を思い出してくれたんですか?」「俺がお前の事を忘れる訳がないだろう。」ヴィクトルはそう言って勇利に微笑むと、彼がつけている紅玉の耳飾りに触れた。「ヴィクトル様、ずっと貴方のお傍に居てもいいですか?」「勿論だ。」月が優しく、睦み合う恋人達の姿を照らしていた。(ヴィクトル様、今日も帰りが遅いなぁ・・)巷を騒がしている野猫族を退治したヴィクトルは、そのまま勇利とのんびりと休めると思っていたのだが、有能な陰陽師を逃がしたくない執権は、何かにつけてヴィクトルに仕事を依頼し、その結果彼は職場に連日泊まり込む位多忙な日々を送ることになってしまった。そして今夜も、勇利が待つ自宅に帰って来なかった。あの時―野猫族から身を挺してヴィクトルを勇利が庇い、生死の境に彷徨っていた時、ヴィクトルが自分の耳元で囁いた言葉が忘れられなかった。“ユウリ、俺の元へ戻っておいで・・俺の愛しい紅玉。”その言葉を聞いた時、ヴィクトルは自分を幼い頃に助けてくれたあの少年だと言う事を、勇利は思い出した。野猫族を退治した後、傍に居てもいいかとヴィクトルに勇利が尋ねると、彼はいいと言ってくれた。(僕は、ヴィクトル様のお傍に居てもいいんだろうか?)「あら勇利ちゃん、どうしたの?またそんな所で殿の帰りを待っているの?」「うん、そんなとこ・・ねぇお姉さん、僕はヴィクトル様に相応しいと思う?」「あら、どうしたのよ。そんな事をあたしに聞いてどうするの?」和紗はそう言って袖口で口元を隠しながら笑うと、勇利は深い溜息を吐いた。「ヴィクトル様は男の僕から見ても綺麗で、ヴィクトル様の隣に立つのは僕じゃなくて綺麗な女の人がふさわしいじゃないんかなぁって・・」「まぁ、殿はモテるからねぇ。独身で仕事が出来て、その上イケメンだと、出自なんて関係ないって思っちゃう女の方が多いわよね。」和紗は苦笑しながら、ヴィクトルが女性から恋文を毎日のように貰って来ていることを思い出した。「何だか僕、自信失くしちゃうなぁ。」自分がヴィクトルの“一番”だと思っていた幼い頃、勇利は彼と離れ離れになった時、悲しくて寂しくて辛い日々を送った。だからヴィクトルと再会した時、これから彼の傍にずっと居られるのだと、一人ではなくなるのだと勇利は嬉しく思った。だが、勇利の夢は、厳しい現実の前に儚く散った。大人になって美しく、そして凛々しく成長したヴィクトルは、“自分だけのもの”ではない事に勇利が気づいたのは、数日前の夜、ヴィクトルが久しぶりに職場から帰宅した時の事だった。「お帰りなさい、ヴィクトル様!」「ただいま。」いつものようにヴィクトルに抱きついた勇利は、彼の身体からいつも彼がつけている香とは違う香りがすることに気づいた。「ヴィクトル様、これ・・」カサリという音を立てて勇利の前に落ちた物は、女性からヴィクトルに宛てた恋文だった。「ああ、これか・・俺は結婚するつもりは全くないよ。もし結婚するとしても、ユウリを傍に置くつもりでいるから、安心して。」―そんな言葉なんて欲しくない。勇利はそうヴィクトルに向かって叫びたかったが、出来なかった。(僕は、ヴィクトル様の恋人に相応しいのかな?)そんな事を思いながら勇利が再び溜息を吐いていると、突然茂みの中から一人の青年が飛び出して来た。「会いたかったぞ、ユウリ!」青年は勇利の顔を見るなりそう叫ぶと、逞しい両腕で勇利の華奢な身体を抱き締めた。「JJ、どうしてここに?」「決まっているだろう、お前を俺の嫁として迎える為だ!」(すっかり遅くなってしまったな・・)執権の館で開かれた宴に渋々と顔を出したヴィクトルは挨拶だけして帰ろうとしたが、執権がなかなか彼を帰さず、ヴィクトルは執権を酔い潰して漸く執権の館から出たのは、空に月が浮かぶ頃だった。(ユウリ、今頃俺の事が恋しくて泣いているのかな・・)そんな事を思いながら馬から降りて自宅へとヴィクトルが向かっていると、勇利が見知らぬ男と抱き合っている姿を彼は見た。「やめて、離してよJJ!」「そんなに恥ずかしがることはないだろう、ユウリ!」「やめてよ!」JJの拘束から逃れようとした勇利だったが、体格差があるJJから勇利はなかなか逃げられなかった。「君、俺のユウリに何をしているの?」「ヴィクトル・・」勇利が背後を振り向くと、そこには冷たい碧い瞳で自分とJJを見つめるヴィクトルの姿があった。「ユウリ、こいつは誰だ?」「君こそ一体誰?そして俺のユウリに何故抱きついている?」ヴィクトルは全身から殺気を発しながら、JJにそう尋ねると、彼は舌打ちして勇利から離れた。「俺は、ユウリの許婚のJJだ!今夜ここに来たのは、ユウリを抱く為だ!」「抱く?君が、ユウリを?」JJの言葉を聞いたヴィクトルの周囲の空気が、突然冷えていくように勇利は感じた。「ああ。今ユウリは子を孕める大事な時期だからな!」「ユウリ、一体どういうことなのか、俺にもわかるように説明して?」その場から逃げ出そうとした勇利の肩を掴んだヴィクトルはそう言って彼に微笑んだが、目は全く笑っていなかった。「鶴岡八幡宮で、僕最初に説明したよね?僕は両性体で、伴侶と契りを交わした後、雄と雌、どちらにもなれるって。」「そんなの初耳だよ。酷いよユウリ~、何で俺に黙ってた?」「黙っていたも何も・・その説明を僕がしようとした時、ヴィクトルが勝手に襲って来たんじゃないか!」「そのことは今でも悪かったと思ってるよ!ねぇユウリ、あの男はユウリとは一体どういう関係なの?」「えっと、JJとは幼馴染みたいなもので、それ以上でもそれ以下でもないっていうか・・」「酷いなユウリ!子供の頃一緒に寝ていたじゃないか!それに水浴びだって・・」「一緒に寝た?水浴び?」「ヴィクトル、JJが言ったことは真に受けないで!JJ、用がないならもう唐土に帰ってよ!」「嫌だ、お前を俺の嫁にするまでは帰らないぞ!」「君、俺に殺されに来たの?」「ヴィクトル、落ち着いて~!」唐土に帰れと言う勇利と、彼を嫁にするまで唐土に帰らないと言い張るJJに困り果てたヴィクトルは、暫くJJが自宅に滞在することを許した。「ユウリ、まだ夜はこれからだぞ~!」「ひっつかないでよ、JJ!」「ユウリから離れろ、この変態!」JJがヴィクトル邸に滞在するようになってから数日が経ち、JJは隙あらば勇利を襲おうとしているので、ヴィクトルはJJに対して全身から凄まじい殺気を放ちながら彼を睨みつけていた。「ねぇ、あれいつまで続くのかしら?」「さぁね。」勇利を抱き締めたまま離そうとしないヴィクトルの姿を廊下から見ながら、彼の式神たちはそんな話をした後溜息を吐いた。にほんブログ村
Feb 17, 2024
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前から気になっていた中華BL小説。黒服の人が攻め、白服の人が受けだと解っているのですが、二人共名前が憶えにくい!イェン・スーが傲慢だけれどもチェンチャオの事をとっっても気に掛けているのがわかります。登場人物紹介欄に「自分色にチェンチャオを染め上げたいと思っている」と書かれていて・・うわぁ、こういうタイプの攻めキャラ、嫌いじゃないわ!と思いました。彼らの関係が気になるので、予約した2巻を今から読むのが楽しみです。
Feb 17, 2024
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バブルの狂乱に呑まれた二人の女。怒涛の展開の連続で、一気に読みおわってしまいました。
Feb 17, 2024
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本作品は「地獄先生ぬ~べ~」のパラレル小説です。若干設定を変えていますので、パラレル小説が嫌いな方はお読みにならないでください。作者様・出版社様とは一切関係ありません。―お父さん、お母さんは何処へ行ったの?―有匡、よくお聞き。お母さんはわたし達と暮らすのに疲れてしまったんだ。―お母さんは何処?お母さんに会いたい!(また、か・・)小鳥のさえずりが窓の外から聞こえ、それを目覚まし時計代わりにベッドから起き上がった土御門有匡は、鬱陶しげに前髪を掻き上げながら寝室から出て浴室に向かった。最近よく、幼少期の頃の事を夢に見る。母が突然失踪し、父子家庭となった日の夢。父は最期まで母が何故自分達の前から失踪した理由を自分には話してくれなかったが、自分の所為で母は家を出たのだと有匡は確信していた。なぜなら、自分は得体のしれない化け物だから。物心ついたころから、有匡は妖怪や幽霊といったものを見ることができた。何故自分にだけそんなものが見えるのかがわからずに有匡は怯えていたが、父は自分が白狐の血をひいた陰陽師の末裔であることを教えられた。『お前には、特別な血が流れているんだよ。その血は、お前が誇るべきものなんだ。』だが、その“特別な血”を誇らしいものであると思ったことを有匡は一度もなかった。人間は、自分達とは違う“異質な存在”に敏感であり、それを自分達の社会から排斥しようとする。その“異質な存在”こそが、霊能力者である有匡だった。“化け物”“お前なんて死んでしまえ!”“お前なんか、産まれてこなければよかったんだ!”小学校に上がった頃から、有匡は同級生たちからありとあらゆる罵詈雑言を毎日浴びせられ、暴行を受けた。自分が霊能力者だということだけで、何故こんなにも迫害されなければならないのか。(どうして僕はフツウじゃないの?こんな能力、要らない!)いつしか有匡は、自分に流れる“特別な血”を憎むようになってしまった。シャワーを浴びた有匡がドライヤーで髪を乾かしていると、ドアを誰かがノックしている音が聞こえた。こんな朝早くに誰だろうと思いながら彼が玄関に向かってドアスコープから外を覗き込むと、そこには金髪紅眼の少女が立っていた。「お前、わたしに何か用か?」「お久しぶりです、先生!」有匡がドアを開けるなり、少女はそう叫ぶと彼に抱きついた。「漸く会えましたね、先生!」「貴様、一体何者だ?」「僕のことをお忘れですか?僕は、あの時あなたに助けられた雪女の火月です!」「雪女・・だと?」「・・それで、お前は一体何者なんだ?」「先生、もしかしてあの時の事を覚えていらっしゃらないのですか?」「あの時の事?」突然自宅に押しかけて来た雪女の火月は、リビングのソファに座っているが、膝丈の着物で足が丸見えで、おまけに胸が少しはだけていて目のやり場に困った。「お前の話は聞いてやるが、その前にそのあられもない服よりまともな物に着替えてからにしろ。」「ええ、僕の恰好、変ですか?これは、雪女として普通の恰好なのですが・・」「ここは人間が住む街だ。胸も足も丸見えの服を着て歩いていたら、おかしな人間に何をされるのかわからんぞ?」「わかりました・・これで、いいですか?」火月はそう言ってソファから立ち上がると、くるりと一回転した。一瞬のうちに、彼女はあの刺激的な着物から翠の着物に紅袴という大正時代の女学生姿に変身していた。「まぁ、さっきの恰好よりはいいな。じゃぁ、お前の話を改めて聞こうか。」「僕と先生が初めて会ったのは9年前、僕は山で吹雪に遭って、猟師に撃ち殺されそうになったところを、先生に助けて貰ったんです。」「9年前・・」その時は確か大学時代のサークル仲間から誘われて、スキー旅行に行ったことを有匡は思い出した。その日、有匡は友人達が居るホテルへと戻ろうとしたのだが、激しい吹雪に遭って近くのロッジに避難しようとしたとき、遠くで銃声が聞こえたのだった。何だろうと思って銃声が聞こえた方へと向かうと、そこでは一人の少女が猟師に撃ち殺されようとしていた。「そうか、お前があの時の子供か。」「思い出してくださって嬉しいです、先生。」「それで?お前は何をしにここに来たんだ?」「決まっているじゃありませんか、僕は先生のお嫁さんになる為に来たんです!」「済まないが、わたしは妖と所帯を持つつもりはない。」有匡の言葉を聞いた火月は、今にも泣き出しそうな顔をしていた。「わたしは人間、お前は妖・・種族が違う者同士が夫婦になることなどあり得ん。さっさとわたしのことを諦めて山に帰るがいい。」「それは出来ません。僕は山の神に黙ってあなたの元へ来てしまったのです。もう山に戻ることは出来ません。ですから、僕をここに置いて頂けませんか?」「それは駄目だ。住む家は見つかったのか?」「いいえ。」「仕方ないな、住む家が見つかるまでここに置いておいてやる。」「本当ですか、有難うございます!」火月はそう言うと感激のあまり有匡に抱きついた。「退け、遅刻する。」「何処へ行かれるのですか?」「仕事だ。暇な妖と違って、人間は毎日休みなく働いているんだ。わたしの留守中に変な事をしたら、即ここから叩きだしてやるから、そのつもりでいろ。」「はい、わかりました!」はしゃぐ火月をマンションの部屋に残し、有匡は職場へと向かった。「土御門先生だわ!」「いつ見ても素敵ねぇ~」中学校の正門から学校の中に有匡が入ると、登校していた女子生徒たちが一斉に黄色い悲鳴を上げた。「土御門先生、おはようございます。」「これ朝早くに作ったんです、食べてください!」「わたしのも!」校門で女子生徒たちにもみくちゃにされた有匡は職員室に入るなり、溜息を吐きながら自分の机の上に菓子が入った袋を置いた。「おはようございます、土御門先生。」「おはようございます、山田先生。」「さっき校門で女子生徒たちからお菓子を貰っていましたね?」「ええ。わたしは甘い物は余り好きではないので、宜しかったらおひとつ差し上げましょうか?」「あら、いいんですか?」職員室で有匡が同僚の山田早苗とそんな話をしていると、一人の男が派手な音を立てながら職員室に入って来た。「あ~、寒い!」「いちいち煩いやつだな。」有匡がそう言って男を睨むと、男は鬱陶しげに前髪を掻き上げながら有匡の隣に座った。彼の名前は紅牙琥龍、有匡と同じ中学校で体育の教師をしている。金色の髪に紅い瞳という、日本人離れした容貌を持っているこの男は、余りモテないことや金がないことを嘆いてばかりいる。「こんな日は鍋でも食いてぇなぁ・・」「そんな金がどこにあるんだ?」「お前が奢ってくれたら食えるんだけどなぁ・・」琥龍はそう言うと、チラリと有匡を見たが、彼は無視を決め込んだ。「おい、もうそろそろ授業始まるぞ。」有匡は机に突っ伏している琥龍の肩を叩いたが、彼は大きないびきをかいて眠っていた。有匡はそれを放っておいて職員室から出て行った。彼が担任を受け持っている2年4組の教室に入ると、スマートフォンや携帯ゲーム機を片手に友人達と談笑している生徒達は有匡の顔を見るなり慌てて自分の席へと向かった。「出欠取るぞ。」有匡がそう言って教壇に立ち、出席簿を開いていると、後ろの席に座っている女子生徒達が何かを話していた。「おい、どうした?」「何でもありません。」有匡が彼女達の席に向かうと、一人の女子生徒が机の上に置いていたスマートフォンを取り上げた。その画面には、この学校の裏サイトが表示されていた。「授業中に時々スマートフォンで何をしているのかと思えば・・そういうことか。」「違うんです、先生!わたしは・・」「後で生活指導室に来い、いいな。」女子生徒のスマートフォンを没収した有匡は、そのまま朝のHRを始めた。「あら、それ生徒のですか?」「ええ。HRの前に裏サイトに何か書き込んでいたので、没収しました。」「今は小学生でもスマートフォンを持っていますからね。わたしのクラスでも、生徒のほとんどがスマートフォンを持っていて、授業中にラインをしていたりして注意しても、無視されてばかりで・・」「今やインターネットは生活の必需品ですからね。便利な世の中になった反面、子供が犯罪に巻き込まれる可能性も高くなったということです。プラスの面があれば、マイナスの面がありますね。」「そうですよね。そういったものって、わたし達教師や保護者の方々の目が届かないところで起きているから、対処のしようがないですよね。」「ええ、まったくです。」有匡はそう言って溜息を吐くと、スマートフォンの画面を覗き込んだ。そこには先ほど映っていた裏サイトの画面ではなく、一枚の写真が映っていた。スマートフォンの画面に映っていたものは、首吊り死体の写真だった。「どうかなさったのですか、土御門先生?」「いえ、何でもありません。」(気のせいか?)有匡がそう思いながらスマートフォンの画面を覗き込むと、首吊り死体の写真は既に消えていた。(一体あれは何だったんだ・・)「先生、次は何処を読めばいいですか?」「もういい、座れ。」スマートフォンの画面に一瞬映っていた首吊り死体の写真の事ばかり考えていた有匡は我に返ると、黒板の前に立った。「今からこの問題を誰か訳してくれ。」「先生、わたしがやります!」「いいえ、わたしが!」「狡いわよ、二人とも!」「三人で訳してくれ。」有匡がふと窓の方を見ると、校庭では体育の授業が行われていた。「シュート!」「琥龍先生、すげぇ!」「こんなもの、俺にとっちゃぁ朝飯前だぜ!」琥龍がそんなことを言いながら生徒達と話していると、彼は強烈な霊気を感じた。(何だ、今のは?)「先生、どうしたんだよ?」「何でもねぇよ。それじゃぁ、二組にグループになって試合するぞ!」「そうこなくっちゃ!」琥龍が再び霊気を感じた草むらを見ると、そこには何もなかった。(気のせいか・・)昼休み、琥龍がコンビニのおにぎりを食べていると、突然凄まじい霊気を校庭から感じた。彼が校庭に向かうと、サッカー場の近くにある木に何かが垂れ下がっているのが見えた。「どうした、何があった?」「あそこに、何か垂れ下がっている。」「そうか・・」有匡と琥龍がゆっくりとその木に近づくと、そこには一人の少女の遺体がぶら下がっていた。「これは・・」(あの時のスマートフォンの画面に映っていた写真の生徒だ。)「この子を知っているのか?」「ああ。朝に生徒から没収したスマートフォンの画面に一瞬この子の死体が映っていた。琥龍、お前も感じたのか?」「さっき体育の時間で、生徒達とサッカーをしていた時に感じた。この凄まじい霊気・・この子はこの世の者じゃねぇな。」「そうだな。」二人がそう言って少女の遺体を睨むと、突然晴れていた空が曇ってきた。有匡は突然胸が苦しくなって胸を押さえた。「どうした?」「何でもない。」禍々しい霊気が、学校中を包み込んだ。『殺してやる、わたしを死においやった者すべて、呪い殺してやる!』絶命した筈の少女の目が開き、彼女は地の底から響くような声で呪詛の言葉を吐いた。「あいつは一体何者なんだ?」「あの子は、この学校で虐められて自殺した生徒が怨霊となったものだ。」有匡はそう言うと、祭文を唱えた。「一体何をするつもりだ?」「怨霊は調伏するしかない。このままあいつを放っておくと、他の生徒達に害を及ぼすことがある。その前に・・」「調伏って・・あいつを殺すってことか?」「もう死んでいるのだから、殺すも何もないだろう?」有匡が少し呆れたような顔をしながら琥龍を見ると、彼は数珠と経文を取り出した。「何をするつもりだ、貴様?」「あいつを成仏させる。」琥龍はそう言うと、間髪入れずに経文を少女の怨霊めがけて投げつけた。経文は怨霊の身体を縛りつけて動きを封じた。『憎い・・恨めしい・・』少女の怨霊は、呪詛の言葉を吐きながら涙を流していた。「苦しかっただろう・・誰も味方が居なくて、理由もなく虐められて・・」琥龍は少女の怨霊に向かって話しかけた。『どうして、わたしだけがこんな目に・・』「お前は、自分を虐めた奴らが憎くて、ここに留まっていたんだな?でももう、そいつらを憎むのは止めろ。このままだと、お前の魂は一生救われない。」『黙れ、お前に何がわかる!』少女の怨霊がそう吼えると、彼女の身体を縛めていた経文が引き裂かれた。『わたしの邪魔をするものは許さん!』少女の怨霊が放った念の塊が琥龍に襲い掛かった。「ぐう・・」咄嗟に結界を張った琥龍だったが、念の塊の勢いは衰えるどころか、ますます大きくなっていった。(このままだと、やられる・・)琥龍は、そっと黒手袋で包まれた左手を右手で押さえた。この力だけは、使いたくなかったが、仕方がない。「宇宙天地(うちゅうてんち) 與我力量(よがりきりょう) 降伏群魔(こうふくぐんま) 迎来曙光(こうらいしょこう)・・我が左手に封じられし鬼よ、今こそその力を示せ!」突然琥龍の左手がまばゆい光を放ったかと思うと、手袋の中から鬼の手が現れた。『おのれ、小癪な!』「鬼の手よ、少女の魂を救い給え!」琥龍が鬼の手を少女の前に翳すと、彼女の顔から禍々しい霊気が消えた。それと同時に、学校中を包んでいた禍々しい霊気も消えてゆく。(こいつは一体、何者なんだ?)柔らかな光が少女の周りを包み込むのと同時に、彼女の顔が徐々に険しい表情から穏やかなものへと変わってゆく。「もう、成仏しろ。そしてまた人間に生まれ変わって、楽しい人生を送れ。」琥龍はそう言うと、少女の頭を鬼の手で撫でた。『有難う、さようなら。』少女は琥龍に笑顔を浮かべると、淡い光を放ちながら天へと昇っていった。「お前、一体何者だ?」「俺は、ただの教師さ。まぁ、ちょいと特別な力がある教師だがな。あんたと同じで。」「その左手はどうしたんだ?」「昔、ちょっとあってな・・そのことは、後で話してもいいか?」「ああ、構わない。それよりも今は、生徒達が混乱しないよう上手く口裏を合わせた方がいいな。」有匡は窓から身を乗り出して校庭の様子を見ている生徒達の姿を見ながら言った。「ねぇ、さっきの何だったの?」「知らない。」「後で琥龍先生に聞いてみよう!」有匡と琥龍が職員室に戻ると、早苗が二人の方に駆け寄って来た。「紅牙先生、さっきは一体何が起きたんですか?」「それは・・ちょっとしたアクシデントですよ。」「まるでCGを見ているようでした。」「はは、そうですか・・」琥龍はそう言って早苗に愛想笑いを浮かべながら、頭を掻いた。「先生、さようなら。」「さようなら~。」「お前ら、寄り道せずにまっすぐに家に帰るんだぞ!」放課後、琥龍が教室で帰り支度をしている生徒一人一人に声を掛けると、有匡が教室に入って来た。「今、いいか?」「ああ。今から俺も帰るところだからな。」「そうか。それで、お前の左手・・あれは一体どういうことなんだ?」「昔俺が赴任していた中学校で、生徒に取り憑いた鬼を祓う為に、その鬼を左手に封じたんだ。」「あの少女の怨霊の存在にお前も気づいたのは、お前も霊力があるからか?」「まぁな。ガキの頃から幽霊やら妖怪が見えた。その所為で結構虐められたぜ。」「わたしと似ているな・・」「幸い俺には理解者が居たから、あの子みたいに怨霊にはなりはしなかった。あんたは確か、あの有名な陰陽師の子孫なんだろう?」「ああ。」有匡の眉間に皺が寄ったことに気づいた琥龍は、慌てて教壇から降りた。「さてと、俺達も帰るとするか?」「ああ。」学校から出た有匡が琥龍を連れて自宅のマンションの部屋に入ると、そこは南極のように寒かった。「先生、お帰りなさい!」白い靄の中で有匡に向かって手を振っているのは、あの刺激的な着物の上にエプロンを掛けた、火月だった。「お前、これは何だ?」「先生の為に料理を作ろうと思って・・」「おい、この子お前の彼女か?」「違う、そんなもんじゃない。」「そうですよ、僕は先生の彼女じゃありません、婚約者です!」「え、そうなの?」「だから、違うと言っているだろう。」有匡はそう言うと、火月と琥龍を睨んだ。「火月、お前はまだわたしのことを諦めていないのか?」「ええ。あ、ご飯作ったんですよ、食べますか?」「ああ・・」火月は冷蔵庫の中から、氷漬けの鍋を取り出してきた。「これは、何だ?」「少し寒くなって来たでしょう?僕お鍋作ってみたんです。」「気持ちはありがたいが・・これでは食べられんな。」「そうですか。」「まぁ、そんなに落ち込むなって!なぁ、今夜飯、奢ってくれねぇか?」「何故わたしが貴様などに・・」「まぁまぁ、知り合った誼(よしみ)でさ。それに、あんたとは色々とお互いの事について話をしてみたいしね。」「ふん・・」有匡は火月と琥龍を連れ、近くのとんかつ屋へと向かった。彼は余り脂っこい料理は極力避け、無農薬野菜や食品添加物が入っていない食品を選んで食べている。外食は、専ら麺類や少々値が張るオーガニック食材を使ったレストランに行くだけだった。なので、彼はとんかつを美味そうに頬張る琥龍と火月を見て驚きの表情を隠せなかった。「お前達、よくそんな脂っこいものを美味そうに食べられるな?」「そりゃぁ、滅多に食えないものだからなぁ。俺はいつもカップラーメンばっかり食ってて、外食なんか一度もしたことねぇからなぁ・・」「そうか。」「先生、美味しいですねこのとんかつ!これなら毎日食べに行きたいくらいです。」「お前、雪女の癖にとんかつは食べられるのか?」「はい。それよりも先生、僕仕事が決まったんです。」「そうか。」「駅前のスケートリンクで、子供達にスケートを教えることになりました。」「それは良かったな。」雪女にスケートリンクは最適だろうな―有匡はそう思いながら、茶を一口飲んだ。「あの、あなた誰ですか?」「ああ、俺は紅牙琥龍。それにしても火月ちゃん、だっけ?土御門先生の何処に惹かれた訳?」「それは、いっぱいありすぎてわかりません!」「いいねぇ~、愛する男を純粋に想う雪女!」「お前、もう帰れ。」有匡が少し苛立ったような顔をして琥龍を睨むと、彼は二杯目のビールを美味そうに飲んだ。「言っておくが、わたしは人間で、お前は雪女。妖怪と人間との恋は結ばれることはない。早くわたしを諦めて、山に帰ることだな。」「そんな・・」有匡の言葉を聞いた火月の目から、大粒の涙が流れた。「おいおい、女の子を泣かせるなよ!」「うるさい、わたしは本当の事を言っているだけだ。」「ったく、女心がわからねぇ野郎だなぁ。そんなのでよくモテるもんだよ。」「酷い先生、僕というものがありながら浮気なんてぇ~!」「おい落ち着け、火月!お前が変な事を言うから火月が混乱しているだろうが!」「だって本当のことだろうが!」とんかつ屋から出た火月は、涙を流しながら有匡を睨んでいた。「酷いです先生、僕という婚約者が居ながら浮気だなんて・・」「だから、違うと言っているだろうが!」「あ~あ、こんなに可愛い子を泣かせるなんていけないんだ。」「お前の所為だろうが!」有匡が琥龍と店の前で口論していると、向こうの路地から強烈な妖気を感じた。「なぁ、今の感じたか?」「ああ。行ってみようぜ。」「火月、お前はここに居ろ。」「待ってください、先生!」二人が妖気を感じた路地へと向かうと、そこには一匹の野良猫がゴミ箱の中の残飯を漁っていた。「何だ、気のせいか。」「そのようだな。」「帰ろうぜ。」「ああ。」二人が路地を後にしようとしたとき、何かが電柱の陰で動く気配がした。「なぁ、さっきの・・」有匡は祭文を唱え、素早く結界を張った。「一体なんだ?」「わからん。だがこの妖気、ただものではないぞ!」琥龍と有匡の周囲に、狐火のようなものが突然現れた。やがてそれは狐となり、二人に襲い掛かって来た。「何だ、こいつら!?」「妖狐の端くれだな。」「ったく、こいつら俺らに一体何の恨みがあるっていうんだ!?」琥龍は経文を唱え、鬼の手で狐達を一匹ずつあしらっていたが、その数は減るどころか増えるばかりで、きりがなかった。「くそ、一体どうすれば・・」「わたしに考えがある。」有匡は、そう言うと自分達を攻撃している狐達に向かって声を張り上げた。「お前達、一体何が目的なのだ?何故わたし達を狙う?」すると、狐達は突然攻撃を止め、人間へと姿を変えた。「あなたが、土御門有匡様ですか?」「ああ、そうだが・・」「先ほど、あなたの事を試してしまうような行為をしてしまい、申し訳ありませんでした。」一匹の狐―黒髪の少年はそう言うと、有匡と琥龍の前に跪いた。「漸く、あなた様のことを探しました、有匡様。」「お前達は、妖狐なのか?」「はい、わたくしは百合丸と申します。」「お前達はわたし達に何の用だ?」「九尾の狐様が、あなた様の事をお呼びです。」「九尾の狐が、わたしに何の用だ?」「先生、大丈夫ですか?」有匡の様子が心配になってやってきた火月が路地に向かうと、そこには狐達と有匡と琥龍が何かを話しているようだった。「この狐達は、一体・・」「安心しろ火月、こいつらは味方だ。」「有匡様、その雪女は・・」「ああ、こいつは昔の知り合いだ。」有匡はそう言うと、百合丸を見た。「有匡様、どうかわたし達とともに那須へ来てください。」「すいません、急に休みを取ることになってしまって・・」「いいえ、色々と事情がおありなんでしょう。」翌日、有匡は校長に休暇届を出すと、そのまま学校を出た。「先生、僕も行きます!」「お前はついて来なくていい。九尾の狐様は、わたしだけに会いたいと・・」「それでも、心配なのでついていきます!」「人の話を聞け。」有匡はそう言って火月を睨んだが、彼女は有匡の言葉を聞いていない。「九尾の狐様って、偉いのですか?」「まぁな。中国の古書では、幸福を齎(もたら)す象徴とされてはいるが、人に害悪を及ぼす妖怪だともいわれている。どちらにせよ、神に近い存在であることは確かだ。」「どうして、そんな偉い方が先生をお呼びなのでしょうか?」「わたしに妖狐の血が流れているからだろうな。まぁ、わたしよりもわたしと同じ名の先祖の方がその血が濃かったようだが。」「それって、あの有名な陰陽師の方のことですか?」「お前も知っているのか?」「ええ。昔一度会ったことがありました。」火月はそう言うと、有匡の先祖である陰陽師・土御門有匡に会った時のことを話した。「あの方と会ったのは、僕が怪我をして浜辺で動けなくなったところを助けてくれた時でした。あの方は、不愛想でしたが、僕に優しくしてくれました。」「そうか。」「あの方の奥様も僕と瓜二つの顔をしていて・・とても優しかったです。」火月の話を聞きながら、有匡は自分と同じ名を持つ先祖のことを想った。「火月、わたしについていくというのなら早く支度を済ませろ。」「はい!」二人が荷造りを終えてマンションの部屋から出ようとしたとき、エントランスのチャイムが鳴った。「よぉ。」「貴様、何故ここにいる?まだ授業中の筈だぞ?」「俺も休みをさっき取ってきたところなんだ。俺も那須についていくぜ。」「貴様は呼んでいない、さっさと帰れ。」「冷たいこと言うなよ。一緒に怨霊と戦った仲じゃねぇか。」「わたしは貴様と戦った記憶などない。」「まぁまぁ二人とも、落ち着いて。」こうして有匡、火月、そして琥龍は、九尾の狐に会いに行く為、那須へと向かった。「有匡様、ようこそいらっしゃいました。」那須に到着した三人を駅で迎えた百合丸は、人間の姿に化けていた。「九尾の狐は、何処にいる?」「馬鹿か、九尾の狐は殺生石として封じられていることも知らんのか!」「そんなこと知るかよ!」「ねぇ百合丸君、どうして九尾の狐様は先生に会いたいなんて言って来たの?」「それは直接九尾の狐様にお聞きください。」百合丸とともに殺生石を訪れた三人は、石の上に痩せこけた狐が寝ていることに気づいた。「もしかしてあの狐が、九尾の狐様?」「ああ、そうらしい・・」「お前が、土御門有匡か?」「ああ、そうだ。」有匡はそう言うと、九尾の狐を見た。「ほう、そなたがあの陰陽師の子孫か。陰陽師によく似ておるな。」「わたしをここに呼んだのは何故だ?」「少し興味があってな。あの陰陽師に似た人間のそなたに、会ってみたいと思うたのじゃ。」「それだけの理由で、若狐達をわたし達に襲わせたと?」「あやつらは少し血の気が多い連中じゃ。わたしの名に免じて許してやれ。」「それでは、わたし達はもう失礼する。」「まだ話は終わっておらんぞ、人間。」殺生石の洞穴から有匡が出ようとしたとき、出入口を狐が塞いだ。「そなたの力量、ここで試させてもらおうぞ。」「ふん、わたしが怖いのか?」「おのれ、人間の癖に生意気な!」怒りに滾った目で九尾の狐はそう言って有匡を睨むと、彼に向かって高温の炎を放った。「先生、危ない!」有匡と九尾の狐の間に割って入った火月は、氷の壁で有匡を守った。「火月、やめろ!」「小癪な雪女め!」高温の炎が、徐々に火月が作った氷の壁を壊してゆく。「先生、今のうちに逃げてください!」「止めろ、それ以上やったらお前が・・」「先生が助かるのなら、僕はいつ死んでもいいです!」「火月・・」「僕は、先生に会えて幸せでした。」そう言った火月は、一度だけ有匡の方を振り返ると、彼に優しく微笑んだ。「止めろ、止めてくれ!」「漸くそなたは大事なものがわかったようじゃな、人間よ。」九尾の狐は攻撃を止めると、有匡の前に立った。「そなたを試してみたのだ。わが身を呈してそなたの命を守った雪女をそなたが見捨てるのかどうかを。じゃが、そなたはこの雪女を見捨てはしなかった。」「何故、そのような事を・・」「そなたを妖狐族の一員として認める為じゃ。そなた、妖狐の谷で暮らすつもりはないか?」「そのつもりはない。」「そうか。ではその雪女と達者に暮らすがよい。」有匡は気絶した火月を抱きかかえると、洞穴を後にした。「おい、どうだったんだ?」「九尾の狐様は、わたしを眷属だと認めてくれた。」「そうか、良かったな!」「まぁ、まだ休暇は残っているから、お前の昔話でも聞こうか?」「そうこなくっちゃ!」有匡は琥龍とともに、殺生石から去った。「宜しいのですか、九尾の狐様?あの者を人間の世界に返して・・」「あの者は人間じゃ。我が眷属の血をひいておっても、それは変えられん。」「ですが・・」「我らが口出しをしなくとも、あの者は雪女と夫婦となって暮らすであろう。」九尾の狐は鏡に映った己の美しい顔をひとしきり眺めると、そっと手鏡を裏返しにした。彼らに再び会える日は、そう遠くないと感じながら。(終)にほんブログ村
Feb 16, 2024
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※BGMと共にお楽しみください。「火宵の月」の二次創作小説です。作者様・出版社様・制作会社様とは一切関係ありません。二次創作・BLが嫌いな方は閲覧なさらないでください。 一九二三年一月十三日、東京。「火月、何処に居るのっ!」「すいません、奥様・・」高原伯爵家の庶子・火月は、そう言って父の正妻である綾子に向かって頭を下げた。「全く、愚図なんだから!早く来ないと、置いて行ってしまうわよ!」 綾子は今にも泣き出しそうな顔をしている火月に背を向けると、さっさと車に乗り込んでしまった。 火月は何とか車に乗り遅れずに済んだが、綾子とその娘・香世子から目的地に着くまで嫌味を言われ続けた。「ねぇ、お母様、この子をどうしても連れて行かなければならないの?」「仕方無いでしょう、お父様の言いつけなのだから。」 香世子は、粗末な紬姿の火月をジロリと睨むと、彼女にこう言った。「わたくしに恥をかかせないで頂戴ね、お姉様。」 彼らが向かっていたのは、土御門公爵邸だった。 この日、土御門家嫡子・有匡の十歳の誕生日を祝う宴が開かれていた。「本日はお招き頂き、ありがとうございます。」「どうぞ、楽しんでいって下さい。」 土御門公爵家当主・有仁は、そう言うと火月達に微笑んだ。「うわぁ、美味しそうなお菓子が沢山あるわ!」「香世子、お行儀が悪いわよ!」 甘い物が大好きな香世子は、ダイニングテーブルに所狭しと並べられている西洋菓子を見て歓声を上げた。 華やかなパーティー会場のダイニングルームから離れ、火月は雪で彩られた中庭を歩いた。ここには、自分を傷つける者は居ない。(家には帰りたくない、あの人達に虐められるもの。) そんな事を火月が思っていると、彼女は雪に埋もれて凍った池に気づかず、溺れてしまった。 火月は、泳げなかった。(誰か、助けて・・) 火月がそんな事を思いながら池の底へと沈んでいった時、誰かが自分を池から引き上げてくれた。「大丈夫か?」火月がゆっくりと目を開けると、そこには自分を見つめる少年の姿があった。「申し訳ありません、有仁様、有匡様!うちの娘がご迷惑を・・」 般若のような形相を浮かべた綾子を見た時、火月は恐怖の余り、有仁の背後に隠れた。「どうやらお嬢さんはショックを受けておられるご様子。わたくし達が一晩、お嬢さんをお預かり致しましょう。」「まぁ、有仁様がそうおっしゃるのなら、火月の事を宜しくお願い致しますね。」 有仁にそう言って愛想笑いを浮かべた後、火月の手の甲を抓った。「有仁様に迷惑をかけないようにね、わかった?」「はい・・」 池に落ちた火月と有匡は、居間にある暖炉で身体を暖めていた。「どうして、あんな所に居たんだ?」「だって・・」「何も言いたくないのなら、言わなくていいよ。ねぇ、君名前は?僕は有匡。」「火月・・炎の月という意味で、火月。」「君の瞳、紅くて綺麗だね・・僕、紅が一等好きな色なんだ。」「本当?」 今まで火月は、血のような真紅の瞳の所為で、化猫だの魔物だの、鬼の子だのと罵られて虐められて来たが、綺麗だと言われたのは初めてだった。「あぁ、勿論さ!ねぇ、僕と友達になってくれる?」「うん!」 これが、有匡と火月の、運命の出逢いだった。 家族から虐げられていた火月は、土御門家で暮らす事になった。 年が近いからか、二人はすぐに仲良くなった。 だが、そんな二人を見て面白くないのが、有匡の七歳下の妹・神官だった。「アリマサは、神官のなの!」「違うよ、僕のだもん!」「こらこら、二人共喧嘩しない!」 有匡と神官、有仁と過ごす日々は、火月にとって幸せなものだった。 一九二三年九月一日。 その日は、朝から蒸し暑かった。「あぁ、暑くて嫌になる。」「そう言うな、有匡。かき氷でも食べて元気を出せ。」「ありがとう、お父さん!」 この日は、いつものように、穏やかな一日であると思っていた。 だが― 十一時五十八分、最大震度七度の地震が東京を襲った。「坊ちゃん、お嬢様方、旦那様、ご無事ですか!?」 土御門公爵家家令・石田は、激しい揺れが治まった後、瓦礫と化した今から有匡と神官、火月を救い出した。「あぁ良かった、皆さんご無事で!」「お父さんは?お父さんは何処?」 有仁は、瓦礫の下敷きになっていた。「お父さん、今助けるからね!」「有匡、火月と神官を連れて逃げなさい!」「嫌だ、お父さんも一緒に・・」「お父さんはもう駄目だ。」 有仁は、そう言うと有匡に優しく微笑んだ。「火月さんと、幸せになりなさい。」「火事だ!」「石田、有匡達を頼む!」「嫌だ、お父さ~ん!」 有匡と神官を抱きかかえた石田は、火月と共に炎が迫る土御門公爵邸から脱出した。「嫌だ、やめろ・・」 紅蓮の炎が、有仁ごと土御門邸を呑み込んでいった。「やめてくれ~!」 この日、炎は三日にわたって東京の町を焼き尽くした。 この地震は、後にこう呼ばれた。「関東大震災」と。にほんブログ村
Feb 16, 2024
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海洋ロマンティック・サスペンス。手に汗握る展開が続き、ラストまで一気読みしてしまいました。
Feb 16, 2024
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素材は、このはな様からお借りしました。「火宵の月」の二次創作小説です。作者様・出版社様とは一切関係ありません。二次創作・BLが嫌いな方は閲覧なさらないでください。1333年、鎌倉。「火月、しっかりしろ!」「先生・・」陰陽師・土御門有匡が出張から帰ると、妻・火月が苦しそうに血を吐いていた。「ごめんなさい、先生・・子供達の事を、頼みますね。」「まだわたしを置いて逝くな。お前が居なくなったら、わたしは・・」「大丈夫・・いつかきっと、会えますから。」有匡は、火月が床に臥せるようになると、出張の回数を減らし、家族と過ごす事を優先させた。「もっと、早くこうしておけば良かった。わたしは、今までお前に甘えていたんだな。」「今からでも間に合いますよ、先生。あなたと家族になれてよかった。」火月の病状は一進一退で、体調が良い時は双子達と遊んだり、和琴を弾いたりしていた。「父上。」「どうした、仁?」ある日の夜、有匡が星の観察をしていると、そこへ仁がやって来た。「昔、父上が僕の妖力を封じたというのは、本当ですか?」「あぁ。」「もし、妖力を封じていなかったら、僕は母上を助けられるのかな・・」「仁、妖力があってもなくても、命あるものは必ず終わりを迎える。それは、何人たりとも変えてはいけない自然の理なのだ。」今にも泣き出しそうになっている仁の頭を撫でた有匡は、空に浮かぶ紅い月に願った。願わくば、火月と会えるようにと。空に朧月が浮かんだ夜、火月は夫と子供達に看取られ、息を引き取った。「父上、本当にいいのですか?」「ああ。お前には天賦の才能がある。それに、子を巣立たせるのは親であるわたしの役目だ。」京へと旅立つ仁に、有匡はある物を手渡した。それは、火月が生前愛用していた紅玉の耳飾りだった。「いいの?こんなに大切な物を、僕が受け取っても。」「これは、血の繋がり、わたし達家族の証だ。必ず、この紅玉はわたし達を導いてくれる。」双子達を見送った後、有匡は己の寿命が尽き、転生し火月と再会する日を待っていた。しかし、その日は来なかった。(何故、わたしは・・)「久しいな、有匡。」火月の懐剣―かつては母の物であった懐剣を有匡が握り締めていた時、妖狐界から突然母・スウリヤがやって来た。「久しいですね、母上。何故、わたしに会いに?」「有匡、お前を迎えに来たのは、眷族となったお前を迎えに来たからだ。」「今、何と・・わたしは、半妖の筈・・」「お前は、“あの時”、火月と共に別次元へと飛び、時を歪ませた。そして、双子の変幻を防いだ。故に、お前の中の“妖狐”の血が、“人間”としての血を相殺した。」「わたしは妖狐として、独りで生きよと?わたしは・・」「そう嘆くな。火月の魂が輪廻を繰り返し、再びお前と会えるまで、待つのだ。」「酷な事をなさる。わたしはもう、火月なしでは生きられないというのに・・」「有匡、これからは人間の為に生きよ。」そう言って自分に向かって差し伸べて来た母の手を、有匡はそっと握った。こうして有匡は人間として生きる事をやめ、妖狐として生きる事になった。―あれは・・―スウリヤ様が人間との間に産んだ・・―何と禍々しい黒髪・・妖狐族の王宮に入った有匡は、そこで同族の者達からの好奇の目に晒された。人間界では、“狐の子”として蔑まれ、その能力をアテにされたされた時と何ら変わりがない。(これも、宿運か。)有匡はそんな事を思いながら、火月を待ち続けた。「有匡、王がお呼びだ。」「王が?」スウリヤと共に、有匡は初めて王―母方の祖父と会った。「そなたが、有匡か。良く顔を見せよ。」「はい・・」王は、じっと有匡の顔を見た後、こう呟いた。「今まで人間界で辛い目に遭ってきただろう。そなたと神官―艶夜には悪い事をしたな。」「いいえ。」「そなたの話は、スウリヤから聞いておる。そなた、火月の魂を待っているようだな。」王は、そう言うと有匡が肌身離さず持ち歩いている懐剣を見た。「愛する者を救う為、人間として生きる事をやめたのは、辛かろう。だが、そなたが火月と再会する日は近い。」「そうですか・・」「そなたと火月は比翼連理、唯一無二の存在。そなたが望めば、火月もそなたに応えてくれるであろう。」「ありがとうございます、王。」「有匡、そなたと会えて良かった。」それが、有匡と王が交わした、最初で最後の会話だった。王は病に倒れ、一度も意識を回復することなく、黄泉へと旅立っていった。長年善政を敷き、人間界と良好な関係を築いてきた王の死によって、妖狐界は混乱を極めた。―次の王は、アルハン様では?―あの方ならば、王に引けを取らぬ程の能力・・―黒髪の“奴”とは違う。王の直系の血族である、スウリヤの異母弟・アルハンは、才能があり、何者にも分け隔てなく接する王に相応しい男であったが、妖力が弱かった。この世は、人間も妖も、力が全て。「やはり、そなたが王に相応しいのではないか、有匡?」「わたしは、王にはなりたくありません。」有匡は、王の後継者争いには加わらず、一介の妖狐として生きようとした。だが―「戦だ!」「戦が始まったぞ!」時の流れと、運命は残酷なもので、人間界と妖狐界との間に陰の気が満ち、戦によりそれは爆発した。まるで、有匡が火月の中に眠る紅牙を制した時のように。「有匡、そなたはどうする?」「・・呼んでいる。」「有匡?」―先生・・火月の魂が、自分を呼んでいる。「母上、わたしは・・」「行け。止めぬ。」スウリヤは、人間界へと降り立った有匡を静かに見送った。(地獄絵図だな・・時代が変わっても、争いはなくならぬ。)有匡が約五百三十五年振りに人間界へと降り立ったのは、会津の戦場だった。町全体が死と静寂に包まれ、あるのは底の無い絶望だけだった。そんな中で、有匡は微かに命の灯火を感じた。「そこに誰か居るのか?」「う、うぅ・・」線香の匂いが立ち込める仏間で、有匡は産気づいた女を見つけた。「しっかりせよ。」「どうか、殺して・・」「ならぬ。」火月の魂の欠片が、自分を呼んでいる。程なくして、女は子を産み落としたのと同時に、息を引き取った。有匡は産声を上げる男児を抱き上げ、そのへその緒を懐剣の刃で斬ると、そこへ官軍がやって来た。「何じゃ、貴様!?」「この赤子を、そなたの子として育てよ。」有匡はそう言って大将と思しき男に赤子を託すと、妖狐界へと戻っていった。「火月とは、再会えたのか?」「いいえ。」「そう気を落とすな。」戦が終わり、太平の世となり、“明治”と名を変えた時代の終わりに、有匡はあの赤子であった男と会った。「あの時、わたしを助けて下さりありがとうございます。」そう言った男は、薄い翠の瞳で有匡を見た。「そなた、わたしが見えるのか?」「はい。あなたの事を、わたしはいつも感じておりました。」男は苦しそうに咳込むと、有匡に抱きついた。「どうか、わたしを助けて下さい。わたしはもう永くはありません。」「それは出来ぬ。だが、そなたの望みは聞いてやろう。」「では・・」男は有匡に、一枚の写真を見せた。そこには、金髪紅眼の振袖姿の少女―火月が写っていた。「わたしの娘です。まだ四つになったばかりの子を、残して逝くのは辛い。どうか、わたしの代わりに娘を守ってくださいませんか?」「わかった。」「ありがとう・・ございます・・」男は、有匡の腕の中で静かに息絶えた。「安らかに眠れ、人の子よ。」1915年、東京。―あの子でしょう・・―不吉な瞳をしているわね。―呪われているわ・・長く肺を患っていた母が亡くなり、火月は父方の親族の元へと引き取られた。そこには、自分に対して好奇と畏怖の視線を向ける親族と、使用人達が待っていた。そして、火月を何かと敵視する本妻の娘・香世が居た。「ねぇ、あなたは何処から来たの?」火月は、いつもお気に入りの場所で会う猫を撫でながらそう猫に話し掛けていると、香世がそこへやって来た。「気味が悪いわ!」「香世・・」「“お嬢様”と呼びなさい。あなたみたいな気味が悪い子を、“姉”と呼びたくないわ。」火月は、父の妾の子だった。父は火月が四歳の時に亡くなり、母は懸命に火月を育ててくれたが、病には勝てなかった。(父様、母様、会いたいよ・・)父の本妻は、火月を女中として扱った。暗く狭い部屋を宛がわれ、食事すら与えられず、火月はいつも飢えていた。そんな中、彼女は香世達と花見をしに、鎌倉へと向かった。火月はまるで何かに惹き寄せられるかのように、鶴岡八幡宮へと向かった。初めて来る場所だというのに、火月は何処か懐かしいような気がしてならなかった。「あっ!」「何しているの、この愚図!」小石につまずいて転んだ火月を助け起こそうともせずに、香世達はそのまま石段を下りていってしまった。「うっ、うっ・・」痛みと寂しさで火月が泣いていると、そこへ一人の男が現れた。「どうした?何故泣いている?」「父様、母様、会いたいよ・・」有匡は、そっと火月の頭を優しく撫でた。その時、火月はその優しい感触が、何処か懐かしいような気がした。「また会おう、火月。」「どうして、僕の名前を知っているの?」「そなたが産まれる前から、そなたの事を知っている。」 1924年、東京。女学校を卒業間近という時に、火月は自分の父親よりも年上の男と結婚する事になった。その結婚は、没落寸前の家を救う為のものであった。「ねぇお母様、本当にこれで良かったの?」「良いに決まっているでしょう。これで厄介払いが出来て、せいせいするわ。」 香世の妹・綾乃は、火月の部屋へと向かった。するとそこには、少ない私物を風呂敷にまとめている異母姉の姿があった。「姉様、どうかお幸せに。」「ありがとう。」―おい、あれ・・―高原家の・・―可哀想にねぇ、人身御供に出されるなんて・・白無垢姿の火月が、“夫”の待つ鶴岡八幡宮へと向かっていると、突然雨が降り始めた。「さぁ、つきましたよ。」一段ずつ石段を火月が上った先に待っていたのは、幼き日に鶴岡八幡宮で会った男だった。「待っていたぞ、火月。」「あなたは・・」―先生・・「もう何も心配は要らぬ。これからは、わたしがお前を守ってやる。」―僕、あなたの子供が産みたいんです。「さぁ、わたしの手を・・」「はい。」有匡は漸く、六百年振りに火月と再会した。「なんですって、あの子が消えた!?」「どういう事ですの、お母様!?」「さっき大宮様からお電話があって、火月がそちらに来てないと・・」「何処へ消えてしまったのかしら?」「さぁね。全く最後まで役立たずなんだから。」火月が消えた日の夜、香世とその母親は何者かに惨殺された。「祟りじゃ、稲荷様の祟りじゃ~!」すぐさま惨殺事件を警察が捜査し始めたが、目撃者も居らず、迷宮入りしてしまった。この事件は、天気雨が降っていた事から、“狐の嫁入り事件”と呼ばれた。にほんブログ村
Feb 15, 2024
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母が買ってきたチョコレートです。どちらも甘くて美味しかったです。
Feb 14, 2024
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