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あっという間の1年でした。 本日がエルガルディさんの仕事納め。 お店の方は年末納品、昨日のうちに全て済まし 今日は日ごろのお掃除じゃ出来ないところをお掃除。 今やっと、店舗の外装をブラッシングかけて水で流し終わったトコで 一息ついている間に日記更新です。 2007年・・・いろんなことがあったけど、僕にとって 劇的だったのは、やっぱりフォースに登録して 出場させてもらい、尚且つ得点できたこと・・・ 岡山クラブとの試合で残り時間わずか、ここで1点ほしい ってとこの得点。 はっきり言ってこの一年何が印象的だったといわれると これしか思いつかないくらい僕の中では劇的でした。 お仕事の方はというと、30歳を超えて 接客に対する考え?姿勢?ってのかな、 チョット変わってきました。 我が社の社是”心” 。 これをどう接客に溶け込ませるのかが少し出来てきたような気がします。 お客さんに対して心遣いが出来るということは 公即私、私即公 となって嫁さんや家族に対する考え、 姿勢も変わったような気がします。 と、分かったようなことを言っていても 40代や50代、60代の先人たちに比べると まだまだ苦労の足りない、青々とした未熟者だけど 来年も一年、あ~、今年はここが成長することが出来たなぁと 見直せるような、確実に一歩一歩、大地に西野 人を刻んで生きていけると いいなと思っている私ことじんさんです。 それではこのようなしょうもない日記を読んで頂き 2007年、ありがとうございました。 おざなりな言葉ではなく 心より 来年も皆様にとって よい年でありますように。 恐々謹言
2007年12月30日
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昨日、ジョゼさんにオープンなターンについて いろいろと教えて頂き11/4の日記を見ていたのですが その中に”スペース”ってのがキーワードとして出てきました。 あれからず~っとそのことばかり考えていたのですが 文章にしてみようと思いちょっと書いてみます。 一口にスペースといっても僕の中身がうすっぺらい脳みそで 監督の今までの言葉を思い出して くさび(前線から中盤に顔を出したとき)に、3つのスペースがあるのをまとめてみました。 1.自分自身で作るスペース・・・ディフェンスを引き付けクイックでスペースを作る 2.見方が相手を引き付けて作るスペース・・・戦局が膠着(スペースのない状態)した時、見方の一人が大きな動き(斜めの)をとりディフェンスを引き付け第2第3の人間にスペースを提供する 3.敵側が誘い込んでいるスペース・・・敵側が故意にスペースを開けてそこへの攻撃を意図的に誘い込むスペース う~~~ん、他にもあるかな? 僕みたいに前線でプレーする人間は 中盤に顔を出すとき意識しておかないといけないんですね。 で これらのスペースに対してどういった使い分けをすればいいのか・・・ ちょっと考えてみようかな・・・ 1.の場合は中盤のパサーに対し選択肢を増やす、膠着した局面の打開。ってところかな? 2.の場合はこれも多分局面の打開なんだろうけど 1人では行えない連動したものなんで、前線に近い僕が第1の”大きいダイアゴナリーな動き”ってのをしないといけないのかな?・・・でもやっぱり第2第3の動き出しってのも重要だな。ようは監督の言う「無駄な動きを無駄に終わらせない意識」ってことか。そういや前に拓志君が「そこでじんさんがニアへ斜めに走りきることによって(ニアにボールが来なくても)、ファにいる人間が生きてくるんだ」って叱られたことがあるな・・・あれも同じことか?ふ~~む。 3.の場合は・・・この場合はスペースがあいてるように見えてもディフェンスが対応できる距離感を保っているって事だから、逆に言えば距離感が保たれたスペースはスペースにならない、サラニ逆を言うとそこへ走ると見せかけて相手をつり出し、違うスペースを作るって事も可能だよな。ふむふむ と、少し暇だったので書き綴ってみました。 なにか蛇足があればお願いします。
2007年12月29日
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空は~飛べない~け~ど~♪ つばさ~なら~あ~る~の~さ~♪やべぇっ!大晦日にどっぷり完成させようと計画していたのに・・・全部組みあがっちゃったよ(T^T)これで年末の楽しみが一つなくなってしまったァァァァァ後はシール・デカール張って完璧ロールアウトです。さあ・・・はやくマスターグレードでプロヴィデンスかレジェンド・・・もしくはジャスティス、インジャニあたり出ないかな・・・・お父さんは待ってるよ!レイ・ザ・バレルはマスクを付けるべきだった・・・
2007年12月29日
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昨日はお休みだったので、どっぷりガンプラ製作にひたりました。^^まずは足回りの装甲から。ウエストアーマーです。部品の分割も単純なわりに色分けが出来ているのでサクッと製作できました。リアビューです。後ろにビームライフルをマウントする機構がついていないから、あれれ??と思ってよくみると縦に穴が二つあいていてそこに差し込んでマウントするという簡単な構造になっています。びみょ~。胸周りの装甲を装着しました。腹筋部分を横にくねくね出来る機構が付いているので赤色のパーツが上手い具合に2パーツ構成されていて自然な感じて稼動できるようになっています。後姿です。フリーダムのときは付いていなかった背中の"のけぞり防止機構"が自然な感じで付いています。腕周りを完成させました。手首に付くビームシールド発生器の部品が左右非対称になっているのを知らずにつけてしまい、可動の基部になるABS樹脂製のパーツを無理やりはずそうとして痛めてしまいました。右手のビームシールドはプランプラン状態です。(涙)後は肩の装甲をつけると完成っすね。SEEDのジェットストリームアタックを受け入れられる?
2007年12月28日
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わたしの父さん、岩手県宮古市出身なんです。 で、この年末になると毎年、新巻シャケを↓ 数匹実家に送って頂いているのを分けてもらっているんですが これってさばくのがスゲェ大変で 僕の母さんがいつも一人でさばいてるんです。 まだ僕が結婚する前は一度だけ(汗)手伝ったことがあって かなり力仕事だったのを覚えています。 近年はうちの嫁さんが我が家の分だけでも、さばくのを手伝いに行ってて 昨日は僕がお休みだということで、私が底抜けにさばいてきました。 さばいた後に「あっ!これはネタになる!」と思い写真に撮ったのですが さばいた身はもう袋にしまっちゃったから これだけ~♪ う~~ん・・・バラバラっすね・・・これだけみると あまり美味しそうには・・・ でも今日は朝から岩手のシャケでした♪ 岩手のオジちゃんオバちゃん、毎年ありがとうございます。
2007年12月27日
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そして今晩も練習♪ 今日が年内の最後の練習になります。 昨日はちゃんと準備運動をしていなかったせいか 右足のフクラハギが肉離れみたく痛いっす。 オマケにヘディングしようとジャンプしたらゴールに ぶつかった左足太股も痛いし・・・ 今日は休もうかなとも思ったけど最終はちゃんと行っておこ。 しかし、昨日のじんさん、最悪の内容でした。 のっけから拓志君にボコボコに言われちゃって とは言っても、どんくさい私のプレーがまずいっちゃまずいんですがね。 もうちょっと優しく言ってくれないかな~・・・なんて思っておりんす。f^^; 僕みたいに気の小さい男はあんな言われ方すると さすがにカチンと来る反面、シュン↓ともしちゃうんですよね。 言ってることは間違っていないけど・・・彼が言っていることが全部出来たら 僕も達人だっつ~~の!(笑) っと、めずらしく愚痴ってしまいました。 昨日の練習後シュージ君にも言われましたが まわりに何か言われてもじんさんがその日に持ったテーマを きちんと出来ればそれが一番大事なんすよって。 だから昨日は最近テーマにしている ”オープンなターン” じぇんじぇん意識から飛んでたのをしっかり指摘されました!テーマモッテヤッテイナイゾッテ さて、今日は小さいコートのミニゲ、もしかしたら 大きく出来るかもってシュー君言っていたけど 今日はあまりまわりの声を気にしすぎず しっかりと自分のテーマをこなすようにしよう!
2007年12月26日
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デスティニーの翼を製作しました。ミサイルみたいなとこの色が真っ赤ッカの成型色だったのでシルバーとゴールドで部分塗装してみました。で、これを広げると・・・一番大きな翼を広げるだけで中にある小さい翼は連動して動くようになっています。ストフリさんも同じような仕組みになっていましたが、ドラグーンの基部がない分、ストレスなくくみ上げられました。とは言いつつ2日がかりですけどね。^^;ZGMF-X42Sデスティニーらしくなってきました!この翼、バックパックに取り付けたら、縦の可動が全然出来んじゃないかと不安に思っていたのですが、こんな感じで基部を持ち出すことが出来、おかげさまで縦の角度を付けられるようになっています。複雑!さて、明日はお休みなので一気に装甲を付けていこうと思っていま~す。エターナルは色がイマイチ?
2007年12月26日
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刷りまくってます。 プリンタ出力かけながらいじっていると 時々PCがプチふりーずになるから 長い文章を日記に更新でけんのですよね。 また山岡荘八紹介したい・・・ 今作っているデスタネさんも更新したい・・・ 全部終わってからっすね。 きょうもこんだけ~~♪
2007年12月25日
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今晩は帰ったら家族でクリスマス会です。 嫁さんはご馳走作って子供はお父さんの帰りをまってます。 本日クリスマスイヴって事は あと一週間もすればお正月~♪ こーやって日記を書きながらお店の年賀状作ってます。 今年はいい事ばっかりあっなぁ・・・ また年末に日記で一年を振り返るとしよう。
2007年12月24日
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今朝いつもどおり店舗とは 少しはなれた月極めの駐車場へ車を置いて 出来上がりのスーツを持ちながら原尾島のお店へ向かっていると ウットコの店の前の駐車場(計3台分)に横付けで歩道にはみ出し ドカァッと置いた白いエルグランド系の車が止まってました。 おや?いまんとこヤクザ屋さんの年内納品はないし?だれかな? と思って近づくと、見たことの無いケバケバ系のオバちゃん(40代?)が 真っ黒なグラサンかけて携帯で話をしている模様。 「あー。走行中の電話を遠慮してここで話してんのかな?」 と、まあ仕方ないかなぁと見逃すことにしてどんどん接近していくと、 僕の目の前でそのオバちゃん窓からタバコに火がついたままポイッ #`皿´) ナニヤットンネンゴルァァーーーー! しかもよくよく地面を見てみると何本か同じ種類のタバコが落ちており 見るからにまだ中身が入っていそうな缶コーヒーが 中身をこぼした状態で捨ててありました。 全てを悟った私は、もしかしたらその人がウットコのお客さんかも?という 恐れを省みず窓を開けてくっちゃべっているオバちゃんに近づき がん見 (`-´メ) そして何も言わずそこらに落ちているタバコの吸殻を片付けて さらにがん見(`-´メ) そしたらそいつ何も言わずスルスルっと去っていきました・・・・ タバコを吸うなとはいいません。 マナーを守らんかい!!!凸(`⌒´メ)凸 缶コーヒーもじゃッ!ボケッ!!! 罪を憎んで人を憎まず 死して屍、拾うものなし!
2007年12月23日
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昨晩は雨だったので 僕のスーパー苦手な室内フットサルでした。 内容は、まあ、散々でしたが 昨日一番痛かったのがマナブッチー の膝蹴り。 まなぶさんと折り重なったトコで無理してシュート。 ちゃんとゴールに入ったんだけど、そのあと2人とも倒れこみ まなぶさんが僕をかわそうとして膝を上げたところへ僕の顔。 鼻の下、前歯へクリティカルヒット~~ その後はもう痛くて痛くて全然集中できませんでした↓ 今朝も歯磨きからして激痛との戦い まあ、折れても欠けてもないけど 痛くて飯が食えない(T^T) 学ぶさん、わざとじゃないけど 御恨み申し上げ候(ノ≧∇≦)ノ(ジョーダンだよん^^)
2007年12月23日
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今朝、いつも通りちりとてちんを見てから 会社へ出勤していると 野田の地下道くぐってトマト銀行の交差点で信号待ちしていたら どえらい煙がご近所さん一帯に充満しているじゃあないっすか! 「こりゃ、どっかで火事じゃないかぇ?」 と思いつつ我が社の本店へ向かっていると だんだんと煙が近く濃くなっていくじゃあ~りませんか。 「おいおい、まさかうちの建てもんじゃネェよな」 と、心配になるくらい煙はすごくなって本店に到着してみると うちじゃなかったっす。ホッ すぐ近所にうちと同じオーダースーツ屋のカミタイさんってあるんですが そこの思いっきり左隣の建物で煙がわんさと。 消防車4台くらいでヤンヤとやっていました。 そこら辺はお年寄りの住んでいそうなふるい木造の建物が 多そうでしたからね。ストーブかなんかでやっちゃったか?? 誰も死んでいませんように。(-人-;)合掌 で、 さっき、ちりとてちんの来週の内容を調べたら 若狭が草々と結婚するじゃねぇっすか!!(ヤフーの番組表より) って幾人この話題についてこれるかな???
2007年12月22日
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次はデスティニーの腕部フレームを作りました。写真は撮ってないけど、マニピュレーターが3種類あって通常の可動もの、パルマフィオキーナ付きの平手、アロンダイド持ち手用とあるみたいです。僕としては可動もので、パルマが放ててアロンダイドがしっかり持てるのがあればいいと思うのですが1/100では構造上限界があるのかな・・・背中のバックパックです。まだ翼は作ってませんが、アロンダイドとでっかい鉄砲を背中にマウントするためのコンテナが付いており尚且つ自由に可動するように出来ています。バーニアはグレイの縁に真っ赤なバーニアなんですが、説明書の色と少し違ったので縁はシルバーで中のバーニアをメタレッドに塗っています。装着するとこんな感じ。こーなると早く翼を付けたいという衝動にかられちゃいます・・・・・・が、しかし、まだ制作意欲のあるうちに背中にマウントする武器類を作りました。二つの武器を装着しました。でっかい鉄砲(まだ名前をインプットしてません^^;)の方はフリーダムさんのクスィフィアス見たく脇からびよ~んと伸びて背中に固定したまま片手で保持することが出来ます。この感じはF91のヴェスバーみたいっすね。りあびゅーです。でっかい武器に気を取られてガンダム定番のビームライフルとシールドを作るの忘れていました。バックパックとでっかい武器類も出来たのでボチボチスタンドに飾りたいと思ってスタンドを作りました。デスタネーさんはスタンドの接続方法が変わっており、いつもならケツの下で穴に突っ込む方式なのに、パックパックに上手くジョイントさせるようになっています。これはこれで安定していい考えなんですが・・・ちがうMSに使用できないところがバンダイの神算鬼謀といったところでしょうか・・・それはそれでいいけど^^ですたねーさん乗っけました。これは文字通り"乗っける"方式ですね。さて、お次は翼でも作りますか。クルーゼ隊長はカックイイ?
2007年12月21日
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昨日は嫁さんもお休みだったということで 一緒に倉敷のイオンまでくりだしました。 クリスマス前ということで 平日だというのに鬼のような人出 駐車場に車を置くだけでも大変でした。 で、いろいろ見てまわり必要なものを買って さっさと帰りたかったのですが そこは嫁さんも女ですね。 あれやこれや見てまわりたいらしく 約1時間30分ほど歩き回り ヘトヘトになっちゃったっす。 帰宅してからはただひたすらガンプラ製作して 夜からは今年最後の吉備中へ玉蹴りに行きました。 寒いと頭数集まんないのよね~と思いつつ 現地へ行ってみると 案の定、人数は6人しかいなく まもなく加わった2人合わせても8人。 まあ、8人いれば4-4できますからね。 昨日はカジ(僕と同い年、東岡工出身のギザ上手い人)さんも来てたから 4-4でも結構エキサイトな内容で楽しかった。 でも、水曜日練習せず休んだのに 思いっきり火曜日の疲れが残ってて きつかったァァ(T^T)マジヒロウガヌケネェ 今日も休んで ガンプラつくろ♪
2007年12月20日
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と、意味不明なタイトルですが、 昨晩は1週間ぶりの練習でした。 まあ、金曜日に蹴ってはいたのですが遊びみたいなものなんで まともな練習は1週間ぶり 只今、体が大変です。死にそーです。 監督のジョゼさんは左膝靭帯損傷で参加していなかったですが みよーに皆さん気合が入っていました。 いつもサボれないけど、昨日もさらにサボれなんだっす。 今日はちょっとお休みさせて頂いて 次は土曜日に行こうと思います。 そうそう、昨日の練習でタクシ君によく指摘されましたが パスの出し手に対して反応が遅いと。 ってか、君のパスの判断が早すぎて 反応するだけでは追いつきませんからっ!!(笑)あれに反応できたら俺もJFLだ! 帰りに車の中で考えてましたが 受け手の僕はパッサーがオンになる前からタイミングと弾道をイメージして 用意していないといけませんね。 確かに出し手がオンの状態になって反応していたら ディフェンスもそれに反応してラインの上げ下げしちゃうもんね。 ってことは大事になってくるのは、 ボールに対していかに良いポジショニングをオンになる前から するするっと入ることが出来るかってことになってくる。 う~~~ん・・・サボれないなぁ・・・・ と、サボることは考えちゃいけないけど(汗) お父さんの体力は無尽蔵じゃありませんからねぇ・・・ もっと自然(いやらしい)なエッジのとりかたを身につけよう。 練習って楽しいぞっと。 最近拓志君が同伴している水工生 備中2部のジャパンエナジー・・・もったいね! 誰か力ずくで入部させるんだ!
2007年12月19日
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次は顔を製作しました。おでこのところにZGMF-42S DUEと文字が浮かび上がっています。モールトにしてほしかったな・・・上手く墨入れが出来ませんでした。横顔です。デスティニーさんは角が1対ずつしかないのね。肩の上下運動、できました。(^^;このように少し前方にスイングさせると・・・出来るみたいです。ヨカッタ全部見る
2007年12月18日
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胴体のフレームです。今回のデステニーさんは、胴回りの可動がすばらしいことになってて、胸部と腹部の接続部分から横に・・・こんな感じで動かすことが出来ます。パーツの保持力は強そうなのでグズグズになることはないと思います。のけぞり可動もここから・・・ここまでのけぞることが出来、ストフリ同様ストッパーがついているので自然とのけぞる心配はナッシングです。ただ残念なのが、肩の可動が前後にスイングは出来るのですが、何ゆえか上下に稼動させることが出来なくなっています。なんでだろ???最初から見てみる
2007年12月17日
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たのしかった。 と・く・に、ばんない君!最高! あんなに爆笑したのは久しぶり。 ホントはもっと監督とじっくり話がしたかったけど・・・ まあ、またの機会の楽しみにしておこう。 昨日はもっと参加人数いるのかと思いきや 意外と少なかったな。 嫁さんもばんないワールドが楽しかったみたいで また来年も行きたいともらしておりました。 今年も練習があと残すところ5日間ほどとなりましたが 監督みたく怪我をせず今年を終えられますよ~に・・・( ̄∇+ ̄)vキラーン
2007年12月16日
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クリスマスも近づいて来やんしたね。 なんか30越えると月日が矢のように早く感じちゃって あらためてオッサンになってきたな感じる今日この頃の じんさんです♪ 10代のわけも分からず生きていた洟垂れ時代。 20代の世界の全ては自分のためにあり 他人の事を思いやるという気持ちは皆無な身勝手時代 。 月日を感じることなんてなく 40歳、50歳なんてまだまだ先 それは自分とはまったく関係ないもの・・・なんて 無造作に人生歩んできましたが、 ぼちぼち自分の人生を真剣に見つめなおす年になってきました。 と、まじめな話はここまでにして あ~。 Xmasはお父さんのお小遣いが 子供のプレゼントに化けていくつらい季節ですね。(T^T) でも、今年は先月売り上げ目標を無事達成し ”達成賞”なるもので幾分財布が潤って入るものの もう中身がスッカラカンになってしまいそうな勢いを感じています。 自分が小さい頃 貧乏でXmasにプレゼントなんてとても両親にお願いできなくて 周りの友達が無邪気にサンタさんの存在を信じているのが 横目に羨ましかったもんだ。 この間、愛ちゃんが「お父さん、サンタさんって何人おるかしっとる~?」 って、子供らしい質問を私に投げかけてきたけど 素~で「愛ちゃん。サンタさんなんて、この世に存在せんでぇ。絵本の世界だけの話よ。」 と、冷静に対処してしまう冷たいお父さんですから。^^; とはいいつつも小さい頃プレゼントを買ってもらえなかった思いがあるから 何とかわが子には楽しいXmasにしてほしくって 愛ちゃんのプレゼントを何にしてあげようか非常に悩んでおります。 ちなみに和志にはゲームのソフト。 愛ちゃんは人形になるかな~。
2007年12月15日
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ストライクフリーダムが完成して、さあ、次は何を作ろうか・・・12/19にプロヴィデンスがバンダイの工場を出撃するらしい情報を得ていたものの、あまりの手持ちが無沙汰さに、つい手が出てしまいました・・・こちらっすですたね~♪最初、"ですたねー"さんをお見かけしたとき、「こいつは射程圏外だね」と思っていたんですが、ただ今拝見中の、SEEDデスティニーが第4クールに入り、"レジェンド"さんとお揃いでこの"ですたねー"はっきりいってカックイイっす(T^T)暇つぶしのつもりでトイザラスさんへ出かけた私は定価から30%オフな"ですたねー"さんを衝動買い♪さっそく我が家のモルゲンレーテ倉敷市上東工場(3DK)において製作開始。いつもの如く、足から作っていきました。デスタネさんは通常ガンダムカラーで言う"白い悪魔"な白の部分が灰色なんですね。DVDもよく見るとレジェンド同様灰色。SEEDのラスボス、プロヴィデンスと同じでチョイワルイメージですね。で、今回もストフリ同様、左右で足のパーツ構成が微妙に違うんです。両足いっぺんに組み上げていく"ラクス派"の私(意味わかんねっすf^^;)は、左右間違えないように注意しないといけませんね。んでもって一気にここまで組み上げました。と、シリンダー部分をメッキシルバーで塗ろうと思ったらどうやらインクを使い果たした模様で、上手く色が乗らなくなってきました。また買ってくるまでシルバー系の塗装は一時保留ですね。リアビューです。肩膝立ちです。このデスタネーさん、プロポーションの巾を広げるために股関節部分が軸からハの字に開く機構がついているんですが、そのロック機構が甘いような気が・・・すぐ外れてしまいます。僕の作り方がまずいのか???ガンプラルームへ戻る
2007年12月14日
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MOBILE SUIT ZGMF-X20ASTRIKE FREEDAM GUNDAMZ.A.F.T MOBILE SUIT ZGMF-X20Aザフト製新型モビルスーツ ZGMF-X20A「ストライクフリーダムガンダム」1/100スケール マスターグレードモデルZGMF-X20Aストライクフリーダムは、その型式番号と名称が示すように前大戦末期、ザフトが完成させたモビルスーツZGMF-X10Aフリーダムの直接の後継機である。しかし、本機は開発終了直前に秘密機関「ターミナル」の手によりザフトから奪取された。その後、ストライクフリーダムはエターナル側の主力モビルスーツとして連合・プラントの戦闘に介入し、両陣営を停戦に導くべく活躍した。C.E.73、地球連合・プラント間に二度目の全面戦争が勃発した。この戦いを終わらせ、ナチュラルとコーディネーターの争いに終止符を打つべく、両陣営からひそかに参集した人々は「ターミナル」と呼ばれる秘密機関を組織した。その母体は前大戦末期、プラント国内でシーゲル・クラインを中心に設立されたレジスタンス組織であると言われている。ターミナルは暗殺されたシーゲルの遺児、ラクス・クラインを中心に前対戦終了後も活動を続けてきた。ストライクフリーダムをザフトから奪いだしたターミナルは、二度目の戦争を終わらせるための切り札として、この機体をついに投入することに決定した。デブリ帯に隠された「ファクトリー」と呼ばれる秘匿工場で完成されたストライクフリーダムは、ラクス・クラインの手によってキラ・ヤマトに託された。キラ・ヤマトは、第一次大戦、第二次大戦を通じて人類圏トップエースと言ってもよいスコアを上げたスーパーコーディネーターである。ラクスの指示に従って、ターミナルはストライクフリーダムの機体スペックをこのキラ・ヤマトに合わせて極限までチューニングした。その結果、本機はC.E.戦史上最強といわれるモビルスーツと評価されることとなった。ストライクフリーダムには新たにドラグーンシステムが搭載され、一気に攻撃レンジの拡大が可能となった。なおこのシステムは、特別な適正を持たない通常のパイロットであっても操作が可能な新世代のドラグーンである。フリーダム同様、壮麗な光学効果を発揮する折りたたみ翼は、DSSD(深宇宙探査開発機構)が開発した惑星間航行用光パルス推進システム、ヴォワチュール・リュミエールを発展させた高推力スラスターだ。高機動戦闘における優れた判断力と熟練が要求されるため、キラ・ヤマト以外のパイロットが使いこなすことは困難である。ザフトはストライクフリーダムを大量に生産し、本機の大部隊によって戦線を形成しその圧倒的な火力で敵を殲滅することを運用思想の中核に据えていたと思われる。しかし、ターミナルは本機を量産するという発想を捨て、キラ・ヤマトの傑出した能力に合わせて機体をチューニングした。その結果、本機は中距離・短距離の軌道制圧・迎撃を単独で遂行する万能機へと変貌したのである。BODY & HEAD UNIT頭部にマウントされた複合センサーは、機能の強化と処理情報量を増大するため、多層マルチアレイ化されている。これは、大量に装備した火砲、特にドラグーンシステムの情報需要に対応するためだ。頭部左右側面には、MMI-GAU27D31ミリCIWSが装備されている。これはザフトが新たに正式化した機関砲弾口径で、自動制御により近接対空防御を担当する。PS装甲が普及し、ビーム兵器が主力となった現在でも、依然として実体弾兵器に対する信頼は強い。ストライクフリーダムでは設計段階で、弾倉のため大きな空間を必要とするCIWSを搭載しないことも検討されたが、最終的には残されることが決定した経緯がある。腹部の大型ビーム砲MGX-2235カリドゥス複相ビーム砲は、連合によって強奪されたモビルスーツ・アビスに採用されたものと同型のユニットを使用している。カリドゥスの短砲身はコクピット直下に配置されており、不測の事態からパイロットを保護するため超高精度の鏡面壁とエネルギー防壁によって厳重に遮蔽されている。機体腰部には、多数の火器を装備するための複雑なマウントシステムが搭載された。背面にはドラグーンシステムとヴォワチュールリュミエールの複合可動翼を搭載するため、強度の高い大型マウントが接合されている。マウント内部には、大容量のエネルギー流路を確保するための高品位パワーコンジットが組み込まれている。MMI-M15クスィフィアス3レール砲両腰に装備されているレール砲で、MMI-M15クスィフィアスの発展改良型。従来より小型化され、三つ折り構造から二つ折りに変更されているが、威力は逆に向上している。凍結部には回転式のビームサーベルラックが実装されている。しかし、両腰にビームライフルをマウントしている状態では、レール砲はジョイントごと後部にスライドされるため使用できないという欠点もある。LEG UNIT人間の形を模したMSであるが、その外部は硬い装甲材に覆われているため、人間とまったく同じ動きをすることが出来ない。各部パーツの装甲を細かく分割し、動きに合わせてスライドさせれば、より人間に近い動きをとることが可能となるが、装甲の隙間を生み、防御力の低下を招く。だが、キラ・ヤマトの運用を想定した本機では、最終設計段階で新たな試みが取り入れられることになった。それは、極限にまで運動性能を上げることにより、被弾率を0にまで下げるというものだ。言い換えれば、敵の攻撃に当たらなければ、装甲など必要ないという考え方だ。量子コンピューターによるシミュレージョンでは、被弾率0にはならなかったが、わずかに生まれる装甲の隙間によるデメリットより、運動性の向上によるメリットの方が大きいと判断された。また、開発を担当した技術者たちの間では、キラ・ヤマトに対する絶大な信頼があり、それが採用を後押しすることとなった。完成した本機の脚部は、ほぼ人間と同じ動きをすることが出来た。そして、その対価として、装甲と装甲との間に無防備な空間が生まれることになった。実戦では、パイロットであるキラ・ヤマトの卓越した操縦テクニックは、シミュレーションのデータを上回っており、戦場においてまったく被弾することが無かったという。それどころか、もしこのシステムを採用していなかった場合、キラの反応速度に機体がついてこれなかったであろうことが分かっている。また装甲の隙間は、間接部から機体内部に漏れ出た余剰パワー(発光現象)の排出にも役立っている。本機の成功により実戦でのデータが潤沢となり、エースパイロットの使用を前提として機体の一部(パイロットの能力に合わせてカスタム化される)に同様のシステムを採用する機体が作られ始めている。WING UNIT[EQFU-3Xスーパードラグーン機動兵装ユニット]ZGMF-X10Aフリーダムとの最大の相違点は、機体姿勢制御や放熱板としての機能を持っていた背部の大型ウイングを、スーパードラグーンのプラットホーム兼、高推力スラスターとしての機能を併せ持つ機動兵装ウイングに変更したことである。機動兵装ウイングは、ザフトの次期セカンドステージシリーズのデータや、DSSD(深宇宙探査開発機構)が開発した推進システム「ヴォワチュール・リュミエール」の技術を拠り所としている。機体に連動制御された8枚のウイングは、キラ・ヤマトの無駄のない操縦により、戦場に置いて兵器とは思えないほど美しい動きを見せる。スーパードラグーンと名づけられたドラグーンシステムは、ザフトによって開発された「使用者の空間認識能力に依存しない次世代システム」をベースとしながら、独自の改良が加えられている。開発段階からキラ・ヤマトを本機のパイロットとして想定し、設計した結果、マルチロックオンではフリーダム以上の同時攻撃機能と、遠隔操作によるオールレンジ攻撃の能力を獲得している。通常、これだけの情報量の処理は常人には到底不可能な領域であり、スーパーコーディネーターであるキラ・ヤマト以外には、この兵装を最大限に活用することは不可能である。さらに、機動兵装ウイングは高推力スラスターとしての機能を備えおり、これはDSSD(深宇宙探査開発機構)が開発したGSX401FWスターゲイザーに採用された惑星間航行用推進システム、ヴォワチュール・リュミエールを発展させた高推力スラスターである。スーパードラグーンの離脱後は、このスラスターを最大限に活用することができ、より驚異的な高速戦闘が可能となる。その際は青い光の翼を視覚することができる。しかし、その繊細な操作には優れた判断能力と熟練が要求される。またヴォワチュール・リュミエールの基本原理はザフトも共有しており、ZGMF-X42Sデスティニーにも近縁種といえる同様のシステムが搭載されている。WEAPONSMA-M21KF高エネルギービームライフルフリーダムのMA-M20ルプスビームライフルを、発展改良したストライクフリーダムの専用ライフル。2挺のライフルを直列で連結することにより、長射程のロングライフルとしても運用が可能となっている。遠距離、近距離、敵の数の多さなど、本機が、単機であらゆる状況に対応できるように考え作られた装備の一つ。使いこなすには、高い状況判断能力が必要とされる。MA-M02Gシュペールラケルタフリーダムが装備していたMA-M01ラケルタの改良強化版。シュペールとは、フランス語で「スーパー」を意味する。インフィニットジャスティスのビームサーベルと同一のものであり、柄部分を連結させて使用することも可能であるが、パイロットのキラが二刀流の高速戦闘を得意としていたため、利用することはほとんどなかったといわれている。MX2200ビームシールドユーラシア連邦の「アルテミスの傘」の改良版として、CAT-1X1/3ハイペリオンに搭載されていたモノフェーズ光波シールドに、更なる改良が加えられ完成した。通常のシールドが防御しようによるダメージの蓄積で、いずれは破壊されるのに対し、ビームシールドはダメージの蓄積がまったくない。使用には多くのパワーを消費するデメリットがあるが、原子炉から動力を得ることが出来る本機では、問題とされない。ガンプラルームへ戻る
2007年12月13日
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昨晩は恒例の勉強会だったのですが そいつが終わって帰宅したら 長男の和志が「父さん、顔が腫れてねえ?」って。 見てみると右の頬のしたがプックリと腫れてました。 なんでも近所の友達と遊んでいたら、壁に頭をぶつけて 倒れたところが溝になっていて、そこで右顔面と 両肘両膝痛めたらしい・・・ ちっちゃい頃はよく怪我したなぁ。 僕も小学生の頃ドッジボールか何かしてて 仰向けにおもっきりこけて、倒れたところにでっかい石があって そいつに後頭部を強打して脳震盪やったもんね。 今思い起こすと、よーあれで死ななんだな・・・ 和志の顔、昨晩は腫れてましたが 今日は大丈夫みたいで、 元気よく学校へ出かけました。 みなさんも怪我は気を付けましょう。 誰も見ていないなら前回り受身! 審判が見ていたら、大げさに海老ゾリゴケ! これで大丈夫。 あ、 でも、審判が上手なときはシュミレーションに気をつけてネ♪ とられるゼ
2007年12月12日
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さすがにこの時期雨が降ると サブイなあ。 今晩は恒例の”神田昌典的勉強会”。 いつもなら、練習日の雨は呪わしいけど 今日は、ど~で~もい~いで~すよ~♪ 明日はちゃんと練習にいきま~す。 そして土曜日は今期の納会。 フォースの納会は初めてなのでかなり楽しみ。 フォース応援団とみんな嫁さんやら彼女やらがきて かなりニギヤカしげな模様。 我が家は子供2人嫁さんの実家にお預けして 嫁さんと2人で参加予定っす。 早く土曜日来ないかな♪
2007年12月11日
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面白かった。(T^T) 相変わらずコンパクトなサッカーしてました。 ボールと関係ない人がよく動いてたし 非常にやりやすかったです。 僕はというとたくさん外しましたが 最近、少しテーマにしてる ”1タッチから少ない歩数で打つ”。 のために腹筋を強化していたのですが われながらいい感じになってます。 昨日はゲームの中でそーいった場面2度ほどしかなく 両方ともバーを越えちゃったけど 以前のイメージならもっと上にふわりと外れていたのが 明らかにミートしつつ弾道下がってきてるよ・・・ 10代の頃は毎日筋トレやってたけど 社会人になるとしなくなり もう10年はやってなかった僕のユルユル腹筋。 この間からはじめて最初30回しかいかなかったのに 最近は50回いくようになってきましたよ。 でも練習のあとにする場合10回減っちゃうんですがねf^^; ちなみに腹筋のトレーニング方法 仰向けになって膝を直角に立ててかかとをケツにつけ オモリなしで純粋に腹筋のみにて起き上がる ナカナカつらかとです。 来年の夏までにもっと強化してやろっと。
2007年12月10日
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嫁さんが、お姉ちゃんと食事に行きたいと言い出したので ちょうどボチボチ蹴鞠団に顔を出したいと思ってもいたから 昨日の練習はお休みにしました。 チョット前にも久しぶりに蹴鞠に行こうと思っていたら 突然嫁が友達とメシ食い行く言い出して 子供の面倒を見なきゃいけなくなり 参加中止にしたんだけど、 今度は行けそうだヨン。(^.^) 金曜日も庄小学校のナイターに行ってきたけど フォース以外のトコで蹴るとプレスが少ないから 好きなことが出来る~♪ カラダガゴイゴイウゴクヨン。 たまにゃこんなのもいいかなぁ♪ ということで今晩も好き勝手してこよ~~~。 あ、 来週は土曜日フォースの納会だから 火曜は勉強会の木曜が雨で・・・ う~ん・・・水曜日しかまともに蹴れそうにないから テーマもって気合入れていこうか。ヤッパリ
2007年12月09日
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***********************************************No.10服部半蔵が引き立てられていくと、伊井万千代もそっと小姓たちをうながして退っていった。家康をしばらく一人でおいてやろうという労りらしい。家康はそれを止めようとはせずに、じっと庭の雨脚を見つめていった。築山御前も死んだ.....三郎信康も死んだ.....八歳から十九歳まで、駿府で過ごした長い半生の形見は、これで泡沫(うたかた)のように消え去ってしまったのだ。築山御前の瀬名姫を家康にめあわせた今川義元が一番先にこの世を去り、義元にぜひわが家の婿にと熱心に懇望した御前の父の関口刑部親永(せきぐちぎょうぶちかなが)は、義元の子の氏真のために詰め腹を切らせられた。その氏真は今どこで何をしているのか?噂によれば、父を討たれた信長のために、京で、蹴まりを催(もよお)して見せたという.....家康をいじめつづけた信玄もすでになく、世は一変して織田方のために爛漫(らんまん)と春を移した。(そして、その余風をうけて信康も.....)と、考えると、全身の力が抜けて、何をする気も失せそうだった。「三郎.....」と、家康は口の中でつぶやいた。「この父が泣いて取らそう。ふびんな奴め」しかし涙はすぐには出て来なかった。どこかで、これでよいのか?と鋭く自分を責めつづける声が聞こえる。(妻も子も殺されて、そのまま織田の下風に立ってゆくのか.....)一つの坂で難渋して、それより先へ登ろうとしなかったら、車はやがて坂下へ狂ったように落ちだすに違いない。いつか家康はしっかりと脇息をつかんで息をこらしていた。(この坂を見事に越えて見せねばならぬ.....)それだけが信康の死を生かすたった一つの道であった。「三郎!」と、また家康はつぶやいた。「そなたの死は、この父に、一番足りないものが、何であったかを知らせてくれたぞ」そう言うと眼の前に、豪雨の中を大浜から忍んで来たときの悄然とした信康の姿が見えてきた。「わしは武だけを重んじすぎた.....この家康の肚を読み、諸将と巧みに駆け引きできる家臣を身近に持たなんだ。今後はこれに懲りようぞ」そういえば確かに家康の旗下(きか)は武辺者(ぶへんもの)ぞろいであった。朴訥(ぼくとつ)で生一本(きいっぽん)で、それだけに怒りやすく、乗じられやすかった。こんどの事なども、酒井忠次と大久保忠世にいま少し手腕があったら、これほど悲惨なことにはならなかったように思える。「.....信康を罰するなどもってのほか、それでは東をおさえる力が半減いたしまする」そう言い切ったら、信長も是非にとは言い得なかったかもしれない。いつかあたりは雨のうちに暮れかけていた。家康は依然として脇息をつかんだまま動かない。遠くで燭台の用意にかかった人の動きがかすかに聞こえるほかは、城全体が肩を落として息をつめている感じであった。***********************************************No.11参考 山岡荘八・徳川家康第七巻/後の月より全部読む*この書き込みは営利目的としておりません。個人的に一人でも多くの方に購読していただきたく参考・ご紹介させていただきました。m(__)mペコリ
2007年12月08日
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***********************************************No.9一座はシーンと静まり返った。本多平八郎忠勝は、ぐっと右肩をあげるようにして半蔵と家康を等分に眺めていたし、榊原小平太康政は、半蔵から眼をそらさなかった。「それがしに切腹仰せ付け下さるよう」半蔵はまた同じことをくり返した。「どうやら大殿の心が汲めず、大しくじりをやってのけた様子、切腹のお許しがのうては口が動かぬ」「半蔵!」と、家康の声はとがった。「取り乱してはならぬ。訊ねることに答えるのじゃ。その方が参ったとき、三郎は何としていたぞ」「すでに切腹のご決心、われらの力では動かしがとうござりました」「忠世は何も申さなんだか」「はい。忠隣どのへのお言葉によれば、万一敵の手に落ちることがあっては、わが身の潔白、後の者に示しようのないことと.....」家康はふっと顔をそらして、大きく一つうなずいた。はげしい気性の信康だった。信康の眼を据えて考え詰めて行く様子がまじまじと見える気がした。「そうか。後の世人に潔白を.....」「最後に仰せられたは、われら、天地神明に誓って一点のやましさもないこと、大殿にくれぐれも申し上げるよう.....と、仰せかけて、いや、それにも及ばぬと、前言を打ち消されました」「それにも及ばぬとは.....?」「お父上は、われらの心をよく知ってござるゆえ、そうだ、ただ三郎は静かに腹切ったと、それだけ告げればよい.....そう仰せ直されました。そのとき、われらはすぐにご生害とは気がつかず、いささか油断しあるうちに、いきなり左下腹から右へ一文字に刀を引いて.....」半蔵は大きく口をゆがめて、必死で嗚咽(おえつ)をこらえていった。「すでに.....すでに.....万事は終わった。この上苦しめてはと、それがし心を鬼にして.....ご介錯もうしてござりまする」家康はまた顔をそむけたままうなずいた。「して、遺骸は、何としたぞ」「大久保どの父子と相談のうえ、城外のたつみに葬り、ひそかにご供養申し上げてござりまする。殿!たとえいかなる事情があるにせよ、主君の嫡子に刃をあてたこの半蔵、何とぞこれにて切腹を」「ならぬ!」「と、言うはなぜであろう、天方山城はすでに高野山に遁世(とんせい)してござる。これではこの半蔵の一分が立ちませぬ」「ならぬ」と、また家康は叱りつけた。「その方も親吉と同じような事を申す。よいか、三郎一人を失うだけで、この家康の傷は深いと知るがよい。そのうえ、山城を失い、またそちを失うてどうなると思うのじゃ。そちに切腹を許したら、親吉にも許さねば相ならぬ。よいか、重ねて申すな。そうじゃ、平八、小平太、半蔵を連れて行ってしばらく見張っておれ。こやつ少々とりのぼせているようじゃ」「大殿!この半蔵が.....」半蔵が、また何かわめこうとしたときに、本多忠勝がつかつかと近づいて、「立て、立て」と、眉をしかめて右腕をつかんでいった。***********************************************No.10参考 山岡荘八・徳川家康第七巻/後の月より全部読む*この書き込みは営利目的としておりません。個人的に一人でも多くの方に購読していただきたく参考・ご紹介させていただきました。m(__)mペコリ
2007年12月07日
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って、知らない人がこの題名読んでも通じんだろうな・・・ 今週も火・水曜日と練習に行ったのですが 体がボロボロです。(T.T) 筋肉痛にはならないけど、筋疲労が残っているのがよくわかる はぁ~~。オイラも練習後サプリメント摂らないといけないかな?? 水曜から2日経過したのに まだ体がだるい。 今週土曜日は練習に行けそうにないから 今晩無理して蹴っとこうかな。 あと、日曜日、蹴鞠に参加しよう。
2007年12月06日
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なんか毎年この次期になると買っちゃってますね・・・ ゆーべのジャージ。 今年はこんなのゲットしました。 去年買った黒のユーべジャージ 最近のハードな練習で膝の部分がボロボロになってきたから 今度は気分を変えて白にしました。 昨日フォースの練習後 かい君が「フォースの試合用の長袖がSAILしてるんで買わないっすか?」 ってお誘い受けたんですが じんさんこれ買っちゃったのよねん^^; あとは今月、子供にクリスマスプレゼント買わないといけないから 財政キビシィィィィーーーーーッ!!!
2007年12月05日
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***********************************************No.8信康の自刃は、ふたたび家中へ、大きな動揺をもたらした。噂は噂を生んで、岡崎では、酒井忠次と大久保忠世を罵る者がふえていった。「.....若殿を殺したのは、酒井どのと大久保どのじゃ。あの両人が若殿を信長に悪しざまに讒言して殺したのじゃ」「.....いや、そればかりではない。その前非を悔いて、必ず大久保どのが、若殿のお生命を助けるに相違ない.....そう信じて大殿は二俣城へお預けなされたのだ」「.....そうじゃとも、ご親子の上はそうあるべきところ。ところが、それを助けもせいで、みすみす殺してしまうとは、このうえない大不忠者じゃ」「.....それでご遺骸はどうなされたのであろうの」「.....二俣城外の、何の変哲もない場所に埋められたのでな、岡崎から首を盗みに行った者があるそうじゃ。あのような、立派な大将はもう出るものではない。それゆえ若宮八幡の近くに首塚を作り、やがてそれを神に祀る魂胆と聞いている」そういえば、遺骸を葬った二俣城外(後に家康、清滝寺を建立)のほかに、岡崎にも首塚らしきものが建ち、さらに、徳姫のもとへ遺髪が届けられたという噂までが立っていた。徳姫はひそかに榊原七郎右衛門の妹を二俣城へつかわして、遺髪を取り寄せたといわれ、そのせいか、榊原七郎右衛門清政は、これも家禄を捨てて一族の康政の屋敷に蟄居していった。いずれもみな信康を惜しむあまりの風聞だったが、その風聞の広がるにつれて、築山御前の幽霊を、城下のあちこちに見たという者までが現れた。天方山城は、信康の遺骸の始末を終わると、そのまま高野山にかくれて、再び浜松へ戻ることを聞き入れなかったので、事の報告は、服部半蔵が一人で家康に報告しなければならない羽目になった。家康は半蔵が戻ってくる前に、すでに信康の自刃を知っていたが、「服部半蔵どの只今立ち帰られました」伊井万千代にそう告げられると、「よし、これへ通せ。これへ通せ。これへ通して、みなしばらく遠慮せよ」と言ったが、思い直したように、「よいよい、みなもいてよい」大きくうなずき返して半蔵を待った。庭先へ細い時雨(しぐれ)が降りしきって、木犀(もくせい)の黄色い花がしめった地面いっぱいに散っていた。服部半蔵は、げっそりとやつれていた。鬼半蔵の異名をとり、ぎろりと大きく眼をむくと、思わず人に視線を伏せさせるほどの男が、まばらに頬ひげを伸ばして、眼のまわりに黒いくまを作っている。「半蔵か、ご苦労だった」家康が声をかけると、半蔵は持て余していたものを投げ出すように襖ぎわに坐った。「大殿!ご苦労ではござりませぬ。この半蔵に切腹を」家康は、わざとそれは聞かぬふりをして、「信康の切腹ぶりは、どうであった。取り乱しはせなんだか」感情をおさえた声で、そっと脇息(きょうそく)を前におき直した。***********************************************No.9参考 山岡荘八・徳川家康第七巻/後の月より全部読む*この書き込みは営利目的としておりません。個人的に一人でも多くの方に購読していただきたく参考・ご紹介させていただきました。m(__)mペコリ
2007年12月05日
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***********************************************No.7屍骸に先に手を触れたのは天方山城だった。彼は一礼して信康の首を胴から斬りはなつと、いそいで小袖でつつんでいった。遺骸には忠世がこれも小納戸から小袖をもって来てかけていく.....すべてが終わったような虚脱に近い感情と、これがきっかけで、凄まじい強風が吹き出しそうな不安とが、三人の心をひとしく支配しだとていた。忠世のこの、忠隣が駆けつけたのは、三人がまた呆然と考えこんでからであった。忠隣は、畳にこぼれ、襖にしぶいた血潮を見ると、「しまった」呻(うめ)くように言って誰にともなく喰ってかかった。「これでよいのか.....これで.....世間では老臣(おとな)どものうち、誰がいったい若殿に生命がけで諫言したかと噂している。その非を知って諫言せなんだら"へつらい者"であろう。そのへつらい物が若殿の首を討ってそれでよいのか.....」「忠隣、控えよ」忠世はたしなめはしたが、その声は弱かった。酒井忠次と二人、信長の誘いに乗り、安土で洩らした軽率な言葉が、いよいよ鮮やかに彼を苦しめだして来ているのだ。「誰が介錯したのだ。なぜ、もう一度翻意をうながそうとしなかったのだ」「忠隣どの、許してくれ。長く苦しめてはと、介錯したのはこの半蔵だ」半蔵が坐りなおして忠隣の前へ両手をつくと、天方山城はあわててそれをさえぎった。「いや、服部どのではない。服部どのが討てずに泣いてござるゆえ、この天方山城道綱が介錯した。忠隣どの、この道綱、ふっつり武士が嫌になった。この償(つぐな)いに家も禄も捨ててお詫び仕る」「なに家も禄も捨てて詫びすると.....」「いかにも、この使者を引き受けたときから高野山へ出家と覚悟して浜松を発ってきた.....大久保どの、服部どの、若殿の菩提(ぼだい)をのう.....」山城がそこまで言ったとき、忠隣は何を耳にしたのか、つと立ち上がって次の間の襖をひらいた。「おう、そちは於初ではないか。方々(かたがた)、小姓の吉良の於初が追い腹してござる」忠隣の切迫した声にみんなは思わず立っていった。忠隣はそっと燭台の丁子(ちょうじ)をとって、「そうか。そちは追い腹切ったか.....」少年だけに、この出来事は、於初の神経では耐えられなかったのに違いない。そう思うと、初めて信康の死までが、一度に悲惨な波になって忠隣に襲いかかった。「そうか.....そちは.....」いつか、あとの三人もまた襖ぎわに坐ってしまっている。於初のために合掌してよいのかどうか?それすらわからぬ面持ちだった。「於初!苦しいか。介錯して取らそう」忠隣はそう言ったあとで、「おぬしは仕合せ者じゃ.....大好きな若殿のおそばへ一筋に駆けて行ける」しみじみそうつぶやいて、そっと太刀を取り直した。***********************************************No.8参考 山岡荘八・徳川家康第七巻/後の月より最初から読んでみる*この書き込みは営利目的としておりません。個人的に一人でも多くの方に購読していただきたく参考・ご紹介させていただきました。m(__)mペコリ
2007年12月04日
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***********************************************No.6冷たく光った焼刃の肌に、燭台の灯の赤い映りが温かかった。首の座をと言われた忠世をはじめ、半蔵も、山城も息をひそめて動かない。何か取り返しのつかない大きな失策の輪が、いまや、抗(あらが)いかねる力にぎりぎりと絞られてゆきつつある.....そんな不安に、誰も彼も射すくめられていた。信康はそうした静寂の底で、もう一度こおろぎの音をたしかめた。既に他界しているという母を思い、妻と子と父の顔を、点検するように描き直した。「よし、改めて用意もいるまい」「.....」「半蔵」「は、はいッ」「お父上にな、これだけもう一度申し上げておいて貰おうかの」「は.....」「この信康、天地神明に誓って、一点のやましさもないと」「若殿!」「いや.....それも今さら言うには当たらぬことかも知れぬ.....お父上はこの信康の潔白をよく知っておられるはずじゃ。そうじゃ。それは言うな半蔵、ただのう、信康は、潔(いさぎよ)く腹切ったと、それだけでよい。恨みも残さず、涙も見せず、平静に死んでいったと、それだけでよい」「若殿!」「では頼んだぞ」信康はそれだけ言うと、脇差の切っ尖(さき)四、五寸のところに小袖の袖をまいてつかんだ。「二十一年の生涯だった。あれを苦しめ、これを苦しめた。しかし、その悔いも今はない。月はますます明るいようじゃ。忠世、世話になったの。忠隣によろしく伝えてくれ。さらばじゃ」ぐっと左腹へ切っ尖を突き立てる気配を耳にして、「若殿!」(すべては終わった!)半蔵は血走った眼をあげた。と同時に、この薄幸な若い主君を、長く苦しめまいとする武人の本能がとっさに太刀をとらせて、うしろへ廻らせていた。「若殿!服部半蔵正成、仰せによってご介錯、ごめん!」「う.....」さっと血潮が襖にしぶいて、わずかに咽喉の薄皮を残し、だらりと首は前へ垂れ、そらに胴体がその上に折り重なって倒れていった。障子に映った月の光が、だんだん黒を多くしてゆき、下段に一線、かっきりと白く残っている。座敷の中は、血の香にくすんだ暗さに見えた。半蔵は血刀を下げたまま痴呆のように立っていたし、天方山城は、両膝に手をおいて真四角に坐ったまま化石してしまっている。忠世はと見ると、これはいぜんこっちに背を向けて、はげしく肩を震わせていた。服部半蔵が、とつぜん奇声をあげて、燭台を一本斬り放ったのは、それからしばらくしてからだった。彼は、斬り飛んだろうそくの火を狂ったように踏みにじり、その場へ刀を投げ出して大声あげて泣きだした。***********************************************No.7参考 山岡荘八・徳川家康第七巻/後の月より全部読んでみる*この書き込みは営利目的としておりません。個人的に一人でも多くの方に購読していただきたく参考・ご紹介させていただきました。m(__)mペコリ
2007年12月03日
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***********************************************No.5半蔵はぎくりと肩を波打たして天方山城と眼を見合った。彼が命じられて来ているのは、信康の想像どおり介錯の役であった。家康はそれを半蔵に命じるとき、床払いをした居間で、机に寄って、何か認(したた)めていた。「.....半蔵、ほかでもないがの、その方二俣へ参って、三郎が介錯をしてやってくれ。また安土から催促(さいそく)が参ったわ」一度移した視線をちらりと窓外へそらしながら、淡々とした口調で言った。「.....織田どのも、一度言いよこしたことゆえ、後の始末が何かと気にかかってならぬと見える」半蔵は、気が動?(どうてん)していて、「.....大殿、その儀は.....」「.....半蔵」「.....はいっ」「.....実はの、この役、渋川四郎右衛門(しぶかわしろうえもん)に申しつけたるところ、四郎右衛め、三代相恩の主君にあてる刃は持たぬ.....そう言って昨夜逃亡してしもうた。律儀(りちぎ)な、しかし気の小さいやつでの。よいか、それゆえ、そのほうは二俣に赴き、忠世とよく相談を遂げたうえでの、手抜かりないよう、十分に覚悟して取り計らって来るように」そう言ってから、またちらりと半蔵を見やって、「.....検視には天方山城をつけてやろう」それでも半蔵は、誰かほかにお命じ下さるようにと辞退した。すると家康はいささかムッとしたように、「.....それほどこの使いがいやか」と、押してくる。やむなく引き受けて来たものの、こうして、信康の方から先に解釈せよと出られると、顔も上げ得ぬ始末だった。「どうだ。介錯してくれるであろうの」「は.....はいっ、しかし.....」「しかし、どうかしたと申すのか」「く.....く.....口惜しゅう存じまする。このような仕儀になって」信康はそれには答えず、「忠世、もはや信康が心は動かぬ。首の座の用意あるよう」忠世はいぜんとして背を向けたまま、低い声で、「はっ」と答えたが動かなかった。(これは、切腹させては、ならぬのではあるまいか?)家康は、彼が信康の首を斬り得ないと知り、わざと渋川四郎右衛門の逃亡を話して聞かせたような気もする。(.....三代相恩の主君の首に当てる刃は.....)「若殿!」と叫んで、半蔵は急に忠世に向き直った。「若殿に.....若殿に.....この場.....ほかに何ぞおすすめすることが、あるのでは.....」「ない!」と、信康はきびしく言い、もう静かに諸肌ぬぎかけている。心の決まったときに.....と、考えて、下着はすでに白かったが、それは死装束(しにしょうぞく)にふさわしい純白ではなかった。「さ、よいのう、あまりおれを苦しめずに、よいか。天方山城は検視してゆけ」信康はそう言うと、なんのためらいもなく脇差を抜いて、そっとそれを燭台の火にかざした。***********************************************No.6参考 山岡荘八・徳川家康第七巻/後の月より最初から読む*この書き込みは営利目的としておりません。個人的に一人でも多くの方に購読していただきたく参考・ご紹介させていただきました。m(__)mペコリ
2007年12月02日
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***********************************************No.4月の冴えと共に、いよいよ心にしみるこおろぎの声のたかまりだった。信康はしずかに袷(あわせ)の胸をくつろげ、ふと松の枝にくびれて死んでいったあやめの顔を思いだしていた。あやめの顔は幼い二人の姫に変わり、さらに妻の徳姫に変わった。「お父上.....」と、信康の唇は小さく動いた。「二人の使者は、この信康に会うを恐れているに違いござりませぬ。三郎が最後のいたわり、彼らを苦しめずに逝(い)きましょう。笑っております。この三郎は.....」そう言ったとき、廊下を遠く渡ってくる足音が耳に入った。夕べの膳が来たのか、それとも浜松からの使者が意を決してやって来るのか?(足音は三人.....)と、感じると、信康は急いで襟もとを合わせていった。意を決してやって来たとなれば、父からの使者に会うべきだった。会って述ぶべきことを述べ、その上で従容(しょうよう)と切腹するのが、自分の生命への礼儀でもあろう。「申し上げまする」足音が次の間にとまると、大久保忠世の声であった。「浜松より、服部半蔵、天方山城の両人が見えましたれば、ご案内つかまつってござりまする」「そうか。よく来た。入るがよい」がたりと音を立てて襖が開き、「さ、両人、入られよ」二人を通すと忠世は小姓たちに手を振った。「その方たちはお台所へ参って食事をいたせ」服部半蔵と天方山城は、燭台の灯の向こうに信康の平静な顔をみとめ、あわてて一度平伏した。「服部半蔵にござりまする」「天方山城、主命によって参上いたしました」「おお、よく来られた。お父上は病臥中とうけたまわったが、その後の様子は」「はいッ、もはや、お床払いをなされ、一昨日の朝からまたいつものように冷水を浴びだしてござりまする。ところで、このたび、われら両人が参りましたは.....」服部半蔵が急き込んで、一気に何か言おうとするのを信康は軽くおさえた。「急ぐな半蔵、まだ尋ねたい事がある」「はッ」天方山城は、半蔵のわきでじっと畳に両手をついていたし、大久保忠世は、一人背をむけ次の間の敷居際に黙然と腕を組んで坐っている。その忠世の姿が、信康には気になった。見方によれば近づく者を警戒しているようでもあり、また、いちめんでは、これからこの座敷で何事が起こるかを知っていて、それに備えているようにも取れた。服部半蔵は鬼半蔵の異名で聞こえた男、天方山城は、これも豪胆で鳴っていた。(あるいは半蔵、山城の両人、信康が万一切腹を聞き入れないときには、一刀のもとに斬るように命じられて来ているのではあるまいか)そう思うと信康は、自分でも不思議なほどに肚の底から落ち着けた。「母上も去る二十九日にご自害とうけたまわったが、事実であろうの」「はい、仰せのとうりにござりまする」「そうか。ではのう半蔵、この信康も切腹するゆえ、来合わせたついでにその方に介錯を頼むとしようか」***********************************************No.5参考 山岡荘八・徳川家康第七巻/後の月より最初から読む*この書き込みは営利目的としておりません。個人的に一人でも多くの方に購読していただきたく参考・ご紹介させていただきました。m(__)mペコリ
2007年12月01日
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