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人類と病
託摩 佳代 著
国際政治から見る健康課題
日本国際保健医療学会理事長、東京大学教授 神馬 征峰評
「混乱の時代に、真の意思決定するのは難しい」。 WHO が誇る天然痘撲滅に尽力した蟻田功博士の言葉である。科学的根拠が乏しい中、命を守る意思決定が必要な時、政治的判断は重要な役割を果たす。新型コロナウイルス感染症が世界を震撼させているこの時、本書は、「国際政治」というレンズで過去から現在にわたる地球規模の健康課題をとりあげている。
国際政治の混乱期にあって、保健協力が成功した事例が最もよく描かれているのは第 2 章「感染症の根絶」である。とりわけ、「天然痘撲滅」のイニシアチブをとったソ連が、冷戦下でいかに米国からの協力を得てそのイニシアチブを成功に導くことができたか。また、米ソのはざまで撲滅対策のディレクターとなったアメリカ人ドナルド・ヘンダーソン博士が、いかにソ連をなだめたか。そのあたりの展開が実に面白く描かれている。
WHO が国際政治に振り回されるのは今に始まったことではない。第 5 章にもあるように WHO が政治的に中立でいることは難しい。国際政治の影響を受けざるを得ない。そんな中、 WHO は「政治的な影響力を、人類の健康を確保するために利用すればよい……そこが国際機関の腕のみせどころ」と筆者は主張する。
ではいかに? 蟻田功博士の言葉を再度紹介したい。「私たちは意思決定に困った時、いつも申し合わせていたことがあります。それは『この意思決定医が本当に根絶のためになるのか』ということです。例えば、『天然痘患者の出た政府相手に不都合なことをいうと、 WHO はその政府から協力を得られなくなるのではないか、だからこれは黙っておこう』、といった『言わざるの意思決定』はしない、そういうことをしっかりやったので、 10 年間で天然痘患者がゼロになりました。理念が非常に大切なのです……」(『公衆衛生』 68 巻 2 号)。
健康格差の是正という国際保健の使命を果たすべく、強い理念を以て、混乱の時代にあっても意思決定ができる WHO であってほしいと思う。
◇
たくま・かよ 1981 年広島県生まれ。東京都立大学法学政治学研究科教授。
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