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曖昧化するロードマップ尾松 亮 福島第一に廃炉法を原発事故から12年が経過したが、前回述べたように、「中長期ロードマップ」(初版)に示された40年後の2051年までに福島第一原発で溶け落ちた核燃料(デブリ)をすべて取り出し、高度に汚染された原子炉解体を完了することは絶望的に思える。廃炉完了なんで「無理だ」「フィクションだ」と思うかもしれない。しかし、ロードマップにはそもそも福島原発の廃炉について、どんな状態を達成することを目指すのか、明確に示されていない。「中長期ロードマップ」が示す、デブリ取り出しや原子炉施設解体は東京電力と政府の「目標」にすぎない。目標未達のまま「ここまでで終了します」と言っても、法的責任は問われないのだ。「中長期ロードマップ」は、東電と政府のさじ加減でいかようにも改定が可能で、実際にこれまで初版が示した目標を骨抜きにする書き換えが繰り返し行われてきた。15年6月の第3回改訂版以降、「中長期ロードマップ」では、「25年後」という「デブリ取り出し完了」の記述は見られなくなる。その結果、最新版の「中長期ロードマップ」(現5回改訂版、19年12月)では「取り出し完了時期」が不明である。ロードマップ完了辞典(51年)までにデブリ取り出しが終了するかも曖昧になっている。少なくとも初版の「中長期ロードマップ」では、「40年後」までに4基の原子炉施設の解体終了を目指していた。「1~4号機の原子炉施設解体の終了機関としてステップ2完了から30~40年後を目標とする」という記述は、そのことを明かしている。しかし、最新版では「廃止措置終了まで(目標はスッテプ2完了から30~40年後)」という記述にとどまり、この「廃止措置終了」が「デブリ取り出し完了」や「原子炉解体終了」を含む状態であるかは示されていない。デブリは取り出せず、損傷して原子炉はそのまま放置されても「終了」はできるのだ。一方、政府は「廃炉を前にすすめるために処理水の海洋放出が必須」など、「廃炉を前にすすめる」というフレーズをよく使う。しかし福島第一原発では「廃炉」を前にすすめることはできない。なぜなら、同原発で行われている作業は、正しくは原子力施設の「廃炉(廃止措置)」とは言えないからだ。実は福島第一原発では、廃炉の前提となる「廃炉計画(廃止措置計画)」も提出されていない。(廃炉制度研究会代表) 【廃炉の時代‐課題と対策—58】聖教新聞2023.4.18
June 24, 2024
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放送法と安倍政権 政治の介入 徹底的に検証を中島岳志立憲民主党の小西洋之参院議員が、二〇一四年から一五年にかけて作成された放送法の政治的公平性を巡る内部文書を公開した。総務省はこれを「行政文書」と認め、同じ内容のものを公開した。 ここでは安倍政権下で総理補佐官を務めた礒崎陽輔が総務省に強い圧力をかけ、放送法の解釈を強引に変更させるプロセスが記されている。礒崎補佐官は「けしからん番組は取り締まるスタンスを示す必要があるだろう」と述べ、時に恫喝(どうかつ)するような言葉で解釈変更を迫った。政府は長らくの間、報道番組が公平かどうかを見る際、放送局の番組全体を対象として判断するとしてきたが、礒崎は一つの番組だけを見て判断する可能性を追求し、高市早苗総務大臣(当時)の解釈変更答弁につなげた。 この「行政文書」を読んでいて驚いたのは、総理秘書官を務めていた山田真貴子の発言である。彼女は総務省の役人で、当時の安倍政権で内閣官房に出向し、広報、女性政策、少子化対策などを担当していた。山田は、礒崎の言動に批判的で、「よかれと思って安保法制の議論をする前に民放にジャブを入れる趣旨なんだろうが」「視野の狭い話」と切って捨てている。そして、政府がこのようなことを進めれば「どこのメディアも萎縮するだろう。言論弾圧ではないか」と発言している。 これは正鵠(せいこく)を射ている。重要なのは、礒崎が安倍首相の意向を忖度(そんたく)し、「よかれと思って」暴走している点を見抜いていることにある。安倍政権の重要な特徴は、首相の直接的な指示以上に、首相の周囲が勝手に忖度をして、強権的な政治が展開していった点である。放送法のケースも、これに該当する。山田はこの構造を問題視し、結果的にメディアの萎縮が起きることに懸念を示しているのだ。 問題は、総理秘書官を務めていた山田が、高市総務大臣の解釈変更答弁に至る展開を止めることができなかったことにある。政権の忖度構造を的確に把握し、批判的な見解を持った内部の人間がいても、事態は好転しなかった。ここに安倍政権の構造的問題があったと言えよう。 ジャーナリストの青木理は、『AERA』のインタビュー(「総務省文書で名指しされた『サンモニ』出演の青木理氏 政権からの敵視は『番組にとって名誉』なこと」3月9日、AERA dot.)の中で、「政治的公平性」という言葉に着目する。青木は、この言葉が政権側からメディアに向けて発せられた時には注意が必要だという。それは「『政権批判をやめろ』という意味に等しい」からである。批判と同じ分量で政権の側の考えも伝えろという主張がまかり通ってしまうと、「物事はすべて相対化され、時の政権や各種権力を監視するメディアとジャーナリズムの使命は死」んでしまう。 テレビ番組の「政治的公平性」について、アメリカは「フェアネス・ドクトリン」(公平原則)と呼ばれる原則があったが、レーガン政権時に「言論の自由」を定めた憲法に基づいて廃止した。これについてアメリカ在住の映画評論家・町山智浩は、東京新聞の記事(「こちら特報部−インターネット放送の『番組』が隆盛の今、放送法4条の『政治的公平』を考える」3月8日、東京新聞TOKYO Web)の中で、アメリカのテレビメディアが「右と左にどんどん両極化」している現実を指摘している。 放送局は固定的な視聴者を獲得しようとして、政治的主張を極端な方向にシフトさせる。保守層をターゲットとしたテレビ局が出現すると、極端にリベラルな対抗局も誕生する。その連鎖の結果、国民の間に大きな溝が生じ、過激な社会の分断が米国社会を支配していると指摘する。 日本のテレビ局は、政権を批判的にチェックする役割を担いつつ、多様な意見を尊重する使命を有している。極端なスタンスをとることなく、権力に対しても一定の距離を保ちながら批評するには、高度なバランス感覚を必要とする。今回明らかになった「行政文書」を精査し、安倍政権下で起きた政治のメディア介入を徹底的に検証することこそ、放送局のこれからを考えるうえで必要不可欠である。 (なかじま・たけし=東京工業大教授) 【論題時評】東京新聞TOKYO Web 2023.4.1
June 23, 2024
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日本が学ぶべきことは何か尾松 亮海洋汚染の削減課す条約福島原発事故後、事故炉で発生する汚染水の流出防止や処理水の海洋放出を巡る対策に対し、国内外から疑問の声が上がっている。政府・東京電力は、海洋放出の影響は軽微とする評価を繰り返し訴えているが、関係者から理解が得られていないのが現状だ。国際的なルールを定め、汚染状況報告や汚染削減に取り組んできたOSPAR条約(北東大西洋の海洋環境の保護を目的としたオスロとパリ委員会での条約)の経験から私たちが学ぶべき教訓は多い。一つ目は、明確な健康影響が証明できなくても汚染削減策を推進する「予防原則」を基本として、影響を受ける関係国間で共通ルールをつくることだ。「予防原則に従えば、因果関係の決定的証明がない場合でさえ、懸念を持つだけの合理的な根拠があれば、予防措置を講じることが可能である。完全な科学的証明ができないことは、海洋環境保護の思索を遅らせる理由になってはならない」これが同条約の基本原則だ。セラフィールド再処理工場からの汚染を批判された英国企業は当初、健康影響は軽微であると主張したが、汚染原因をつくった企業が「影響は軽微」と主張しても、国際的な信頼を得ることはできない。「影響が証明できない」からこそ、汚染ゼロを目指し対策を講じ続けることの必要性をOSPAR条約の経験は示している。二つ目の、汚染状況評価や汚染削減対策について市民社会に開かれた議論をしてきたことだ。OSPAR条約の締約国会議や小委員会ではグリーンピースやKIMOインターナショナルなど、環境問題に取り組む国際NGOが参加し、市民社会や民間の専門家からの懸念や要望するルール作りに反映させてきた。一方、日本での海洋放出決定に至る議論では、市民の参画機会が極めて設定されている。海洋放出計画を評価するIAEA(国際原子力機関)のミッションには周辺国の専門家も参加しているのが、これだけで世界の市民社会に開かれた議論をしているとは言えない。予防原則に立ち、市民に開かれた議論を行ってきたからこそOSPAR締約国は海洋汚染を巡る外交対立や貿易戦争に陥らずにすんだといえる。学ぶべきは海洋汚染を比五起こしている事実を認めることだ。「処理水」と呼称を変え、基準を満たせば汚染が生じないわけではない。また、汚染水放出の影響を訴える人々を「加害者」扱いすることがあれば、国際的にますます孤立することになるだろう。(廃炉制度研究会代表) 【廃炉の時代‐課題と対策‐56】聖教新聞2023.3.21
June 3, 2024
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放出ゼロへ継続し戦略を採択尾松 亮 海洋汚染の削減課す条約OSPAR条約(1998年発効)は、放射性廃棄物の海洋放出のゼロを目指し、問題となる放射性物質の削減を締約国に義務付ける。締約国は定期的に放射性物質の海洋放出量を報告し、敬屋的に汚染削減技術の開発と導入に努める。しかし、98年に採択された「2020年までに放射性廃棄物の海洋放出を限りなくゼロにする」という目標(シントラ宣言)は、2023年現在でも達成できていない。今後締約国はなにに向けてどのような取り組みを行うのか。21年10月、ポルトガルで行われた会議において、締約国らは30年に向けた新戦略((北東大西洋環境戦略(NEAES)2030)を採択した。同戦略は、30年に向けた国連SDGs達成に向けた取り組みとして位置づけられ、生物多様性、海洋汚染、気候変動という三つの課題に同時に取り組む方針を示す。海洋関係における放射性物質蓄積をさらに減少するに際して障害となる問題を25年までに特定する、27年までに放射性物質流出を防ぐため追加対策を策定する、23年時点の報告結果を精査し28年までに海洋汚染の測定・評価法の問題を改善するなど、中間段階での目標も設定された。22年4月に開催された放射性物質小委員会では、上記の30年に向けた戦略の実現に向けた戦略の具体的な行動計画が審議されている。今後のさらなる汚染削減に向けて重要な課題の一つとなっているのが、分離処理の難しいとされるトリチウム汚染である。その前月に行われた小委員会会議では、スウェーデンと英国がトリチウム汚染削減のための利用可能な最良の技術」(BAT)の検討状況を報告した。それらの報告によれば、現時点で原発や再処理工場向けに商用利用可能なトリチウム除去技術は確立されていないが、トリチウムの発生それ自体を抑制する技術についての検討の必要性も提案された。また、同小委員会の議長を務めたノルウェー放射線・原子力安全庁のグウィン博士は「トリチウム削減に関わるBATや除去技術に関して最新情報を報告することを実行計画の中間目標に含める」ことを提案している。困難であっても締約国は「海洋放出ゼロ」という条約の理念を諦めてはいけない。(廃炉制度研究会代表) 【廃炉の時代―課題と対策―55】聖教新聞2023.3.7
May 23, 2024
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「利用可能な最良の技術」の追求尾松 亮 海洋汚染の削減課す条約OSPAR条約(1998年発効)は、放射性廃棄物の海洋放出のゼロを目指し、問題となる放射性物質の削減を締約国に義務付ける。特に英国はセラフィールド再処理工場による海洋汚染を問題視する他の締約国から、汚染削減の実効策を求められてきた。条約発効以前からOSPAR委員会は締約国に対して、「勧告」を発行し、継続的な放射性物質の海洋放出削減を求めてきた。たとえば93年に出された勧告では特に再処理工場を対象にして、海洋汚染低減のためにBAT(利用可能な最良の技術)を導入することを要求している。これらの勧告に応じて、締約国は定期的に汚染削減のためにどのように最新の技術を調査、開発、導入しているのかを報告しなければならない。例えば2009年に英国政府はOSPAR委員会に「液体放射性廃棄物放出に関する勧告履行」報告書を提出した。同報告書は、BATの適用によって多くの種類の放射性物質の放出削減が実現したと強調し、「セラフィールドにおいて、蒸発器を他の処理設備と組み合わせて使用することで、プルトニウムとさまざまな短寿命分裂生成物の放出を削減することができた」としている。OSPAR条約は再処理工場だけでなく、全ての核施設を対象にする。そのため、セラフィールド以外の原子力施設での放出削減についても報告が必要である。13年の報告書で英国政府は「サイズウェル原発において、(原子炉停止後の起動時に制御情報を取得するために使用される)2次中性子源の除去により、放出されるトリチウムを低減させる』という取り組みに言及している。トリチウムは水から分離除去することが難しい放射性物質として知られ、他の主要な放射性物質に比べて大規模な除去技術が確立されていないといわれる。だからといってトリチウムは大量放出は締約国に対して絶えざるBATの調査と改良を求め、トリチウムも含む放射性廃棄物の海洋放出ゼロを目指し続けている。(廃炉制度研究会代表) 【廃炉の時代―課題と対策―54】聖教新聞2023.2.21
May 13, 2024
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共通の測定ルール尾松 亮海洋汚染の削減課す条約OSPAR条約(北東大西洋の海洋環境の保護を目的としたオスロとパリ委員会での条約)は、放射性破棄物の海洋放出のゼロを目指し、問題となる放射性物質の削減を締約国に義務付ける条約である。しかし締約国(15カ国)の間で、判定方法がバラバラであれば、客観的に放出量を把握できず、汚染削減の効果を確認することもできない。測定法は条約の実効性に関わる重要問題だ。1998年の条約発効以前から、測定対象となる放射性物質のワーキングチーム会議では「原子力施設からの液体放射性物質のデータ収集のためのフォーマット」が重要課題となった。この時点でも、関係国による放出量の報告は行われていたが、施設ごとに測定対象の放射性物質の範囲が異なるなど、データ収集規則に統一性がないことが問題と指摘された。「それぞれの原子力施設から報告された特定の放射性物質放出量データの数に著しい差があった。66カ所の原子力施設では45種類放射性物質のデータが提出された一方で、30以上の施設で12種類の放射性物質の放出データしか提出されていない」と同ワーキングチームの議事録には示される。この問題に対処するため、同会議では指摘された問題点を踏まえて「原子力施設からの液体放射性物質放出データ収集のための報告フォーマット改定版」(案)をまとめている。その後、この96年版の改定報告フォーマットを基盤にして、締約国は制定対象核種や判定方法を統一してきた。同フォーマットに基づいて行った制定結果をまとめた「2000年における原子力施設からの液体放射性物質放出」報告書では、測定対象となる放射性核種「トリチウム」「セシウム」(134および137)「ストロンチウム」などが定められ、それぞれの原子力施設から放出量を記述するフォーマットが提示されている。福島第一原発からの処理水の海洋放出を巡り、近隣諸国から批判が強まる中、日本では「中国、韓国も汚染水を放出している」と正当化する向きも一部にあるようだ。しかしOSPAR条約締約国の取り組みからは、測定ルールやデータ収集の共通ルールなしに、汚染状況の評価や実効性のある防止策はできてないことが分かる。 【廃炉の時代―課題と対策―53】聖教新聞2023.2.7
May 2, 2024
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NGOなど通し市民の声を反映尾松 亮海洋汚染削減課す条約英国北西部セラフィールドでは、1994年に使用済み閣念力からプルトニウムとウランを分離するソープ再処理工場が運転を開始し、放射性物質による海洋汚染の深刻化を懸念する周辺国からの非難が高まった。海洋汚染低減に向けた法的効力のある合意を確立し、その実現に向けた国際ルールづくりを後押ししたのが98年に発効したCSPAR条約(「北東大西洋の海洋環境の保護を目的としたオスロとパリ委員会での条約」)である。この条件に基づく周辺国からの要求を受けて、英国ではセラフィールド起源の海洋汚染削減の取り組みを実施せざるを得なくなる。その結果、問題となっていたテクネチウム(Tc)99の放出量は急激に減少した。セラフィールド起源の放射性物質の放出削減を強く求めたのは、アイルランドやノルウェーなど海洋汚染の影響を受ける国の政府だけではない。締約公会議や放射性物質に関する作業グループ会議には、環境NGOなど市民社会の代表者らが出席し、実効性のある対策を要求した。Tc99汚染の問題については、条約が発効する98年の時点から、作業グループ会議で国際環境団体グリーンピースが厳しくこの問題を追及していた。この98年の作業部会でグリーンピースの代表らは報告書を提出し、「Tc99の汚染源と放出量削減の選択肢」{Tc99のさらなる発生を防止する策}「既存放射性廃棄物から生じるTc99放出量の削減」に関わる情報を提示した。この報告書に基づき、グリーンピースはセラフィールド再処理施設におけるTc99のさらなる発生を防ぐことか喫緊の課題であることを訴えた。このような公式の場でのNGOからの訴えも、英国政府に汚染削減策を実施させる圧力となった。2010年6月に行われた小委員会では、海洋環境保護団体KIMOインターナショナルが「英国再処理施設での放出量が増えることでOSPAR条約の目標達成が危ぶまれる」という懸念を表明した。その際に小委員会の議長は、英国政府とKIMOインターナショナルの間での協議を求めている。このようにOSPAR委員会は、非政府組織を巻き込むことで市民の声を議論に反映する取り組みを続けている。(廃炉制度研究会代表) 【廃炉の時代―課題と対策―52】聖教新聞2023.1.24
April 24, 2024
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創価学会はいまや選挙の互助会か 「選挙以外に学会員を熱狂させる機会がない」の声も旧統一教会問題で政治と宗教の関係に注目が集まっている。影響は創価学会と公明党にも波及しており、日本の宗教はターニングポイントを迎えている。評論家の宮崎哲弥氏、『宗教問題』編集長の小川寛大氏、ジャーナリストの鈴木エイト氏が話し合った。【全3回の第2回、第1回から読む】* * * 鈴木:統一教会の問題が創価学会にまで飛び火して、週刊誌などで学会の元会員などによる学会批判が飛び交いました。 小川:興味深いのは、従来は「名誉会長である池田大作が作った正しい学会に戻せ」という教義に真面目な意見が多かったけど、今回は「学会は根本的にどうしようもない」という批判が多いことです。池田氏が表舞台から去って十数年が経過し、池田氏のカリスマ性でまとめていた部分が消失してしまったのか、組織に金属疲労が見られる。 宮崎:創価学会は公称827万世帯が会員という桁外れに巨大な組織ですが、日本でこれ以上教勢を伸ばすことは難しい。この先、どう生き残るかが喫緊の課題でしょう。 鈴木:創価学会に限らず、新宗教はどこも弱体化しています。そんななかで、今年は4月に統一地方選がありますね。 小川:公明党は地方議会を主戦場にします。理由は地方に影響力を持ちたいということはもちろんですが、学会員を食わせる手段でもあるという事情がある。本来は「宗教法人創価学会」が雇う学会員を地方議員に当選させ、税金で生活させる手段として地方選挙があるということを聞いたことがありますが、地方ほどそうした傾向がうかがえます。公明党は選挙戦の勝利を至上命題にする政党で、これまで比例ブロックでは全国くまなく当選者を出してきました。しかし創価学会の弱体化に伴い、今後は東北や四国など地方のブロックで公明党が1人も当選させられない可能性が出てきた。もし本当にそれが起こったら、単に1議席を失う以上のインパクトがあり、何らかの体制変革が求められるはずです。 宮崎:選挙は創価学会の組織原理に組み込まれているのです。公明党が選挙において創価学会に依存しているんじゃなくて、その逆。だからこそ、全国津々浦々に候補者がいることに意味がある。それなのに櫛の歯が欠けるように落選者が出ると、学会全体の問題になってしまう。 小川:よくわかります。今実際に創価学会の会員を取材すると、日蓮や仏教の教えに関する話はほとんど聞きません。純粋な宗教運動なら日蓮の記念日に全員で題目を唱えることなどが活力となりますが、創価学会は純粋な宗教的パワーはほぼなくなっている。交わすのは選挙の話ばかりで、もはや宗教団体ではなく選挙の互助会のようです。 宮崎:彼らにとって、選挙は一種の「祭り」なんだよ。 小川:逆に言えば、選挙以外に学会員を動員して熱狂させる機会がない。 宮崎:学会自体が弱体化しつつあるなか、現在の体制や体質は見直さざるを得ないでしょうね。 他方、統一教会は来たる統一地方選において、「手のひらを返した」自民党が自分たちの協力なしでは沈んでしまうことを見せつけようとしていると思いますね。教会信者による助力の不在によって存在感を際立たせようというわけです。 鈴木:すでに教団側は地方議会や地方議員に「家庭連合は反社会的団体ではありません」という陳情書をどんどん送っている。ある種の脅しです。 小川:票目当てに、宗教団体とズブズブの関係になる政治家の節操のなさも問題です。ある保守系の地方議員は「僕はね、宗教5つ入っている」と言っていた。思想信条がないんですよ。 (第3回に続く) 【プロフィール】 宮崎哲弥(みやざき・てつや)/1962年生まれ、福岡県出身。評論家。慶應義塾大学文学部卒業。政治哲学、生命倫理、仏教論を主軸とした評論活動を行なう。著書に『仏教論争』(ちくま新書)、『教養としての上級語彙』(新潮社)など多数。 小川寛大(おがわ・かんだい)/1979年生まれ、熊本県出身。早稲田大学政治経済学部卒業。宗教業界紙「中外日報」記者を経て独立、『宗教問題』編集長に。著書に『神社本庁とは何か』(K&Kプレス)、『南北戦争』(中央公論新社)など。 鈴木エイト(すずき・えいと)/滋賀県出身。日本大学卒業。ジャーナリスト。ニュースサイト「やや日刊カルト新聞」で副代表、主筆を歴任。カルト宗教問題を扱う日本脱カルト協会に所属。著書に『自民党の統一教会汚染 追跡3000日』。 ※週刊ポスト2023年1月13・20日号
April 14, 2024
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予防原則に基づき規制する尾松 亮 海洋汚染の削減課す条約英国北西部セラフィールドでは、1994年に使用済核燃料からプルトニウムとウランを分離するソープ再処理工場が運転を開始し、放射性物質による海洋汚染の深刻化を懸念する国周辺からの非難が高まった。海洋汚染低減に向けた法的効力のある合意を確立し、その表現に向けた国際ルールづくりを後押ししたOSPAR条約(「北東大西洋の海岸環境の保護を目的としたオスロとパリ委員会での条約」)である。条件に基づく周辺国からの圧力により、英国はセラフィールド起源の放射性テクネチウム(Tc)99の放出量を目に見える形で削減する必要に迫られた。その結果、95年時点で年間180テラベクレル(テラは10ン012条=兆)以上放出されていたセラフィールド起源のTc99が、2007年には5テラベクレルまで減少するという成果につながっている。当初セラフィールドの運営企業は、放射性物質の海洋放出による周辺国住民の被ばく量は軽微である、として根本的な対策を取ることに消極的であった、汚染企業と汚染削減を求める周辺国の間で、主張は平行線をたどり、水掛け論になってもおかしくない状況である。それでもOSPAR条約が法的論拠となって、英国政府に放射性物質の放出量削減を求めることができたのはなぜか。それは同条約は、いわゆる「予防原則」に基づき、人体への影響だけではなく、海洋汚染への影響それ自体を規制するルールとして機能しているからだ。OSPAR委員会はこの予防原則を、同条約の「指導原則」と位置付け、次のように説明する。「予防原則に従えば、因果関係の決定的証明がない場合でさえ、人間の活動が、健康への被害をもたらし、生物資源や海洋生態系に害を与え、快適な活動環境に被害を及ぼし、あるいは他の合法的な海洋環境利用を妨害することについて懸念を持つだけの合理的な根拠があれば、予防措置を講じることが可能である。完全な科学的証明ができないことは、海洋環境保護の思索を遅らせる理由になってはならない。予防原則は、予防策を遅らせることが長期的に見て、社会と自然にとっての負担を増やし、将来世代の利益を損ねるということを前提認識とする」汚染企業や一締約国の政府が「人体への影響は軽微」と主張しても、汚染削減策が免除されることにはならない。「海洋汚染への影響」それ自体が問題であり、否定的影響が懸念されるなら、予防策が求められるのだ。(廃炉制度研究会代表) 【廃炉の時代―課題と対策―51】聖教新聞2022.12.20
March 31, 2024
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議論を通し目に見える効果が尾松 亮海洋汚染の削減課す条約英国北西部セラフィールドでは、1994年にソープ再処理工場が運転を開始し、海洋汚染の深刻化を懸念する周辺国からの非難が高まった。海洋汚染低減に向けた法的効力のある合意を確立し、その実現に向けた国際ルールづくりを後押ししたのがOPSAR条約(北東大西洋環境保護を目的としたオスロとパリ委員会での条約)である。同年の同条約締約国会議では、15カ国の締約国のうち12カ国がそもそもの汚染源である核燃料再処理事業の停止を求める決議を支持した。このOSPAR委員会決議は「対象国の規制機関が優先的事項として再処理施設からの放射性物質放出に関わる現行の基準を見直すとともに、使用済み核燃料を再処理しない選択肢(例えば乾式保管)を検討するよう」求めている。このような法的枠組みを通じた周辺国からの圧力により、英国はセラフィールド起源のTc99の放出量を目に見える形で削減する必要に迫られた。04年にはセラフィールドの運営事業者が、最新の処理設備を導入することでTc99no放出量を90%削減する計画を発表した。「何年にも及ぶアイルランドとノルウェーの漁業者らによる要求により、運営事業者は1200万㌦を費やしてTc99を除去する化学処理システムを導入することになった」と英・ガーディアン戦は報じている。その後、セラフィールド起源のTc99の放出量は著しく減少する。08年自低位でのOSPAR委員会の報告書はこの削減効果を次のように評価している。「2002年~2006年の期間にセラフィールド起源のベータ線各種全体の方シュル量が減少しているのは、ガラス化処理によりTc99の放出量が著しく減少した結果である」1995年時点で年間180テラベクレル(テラは10の12乗=1兆)以上放出されていたTc99が、2007年には5テラベクレルまで減少した。周辺国は条約を通じた議論で、目に見える削減効果を勝ち取ったのだ。(廃炉制度研究会代表) 【廃炉の時代―課題と対策―㊿】聖教新聞2022.12.6
March 21, 2024
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締約国会議で強まる圧力尾松 亮 海洋汚染の削減課す条約英国北西部セラフィールドでは、1994年にソープ再生処理工場が運転を開始し、海洋汚染の深刻化を懸念する周辺国からの非難が高まった。海洋汚染低減に向けた法的効力ある合意を確立し、その実現に向けた国際ルールづくりを後押ししたのが98年に発効したOSPAR条約(「北東大西洋の海洋環境の保護を目的としたオスロとパリ会での条約」)である。98年の同条約締約国会議では「2020年までに放射性廃棄物の海洋放出を限りなくゼロにする」という目標が採択された(シントラ宣言)。以後、この条約に基づいて、アイルランドや北欧諸国は英国に対し、セラフィールド起源の海洋汚染削減の具体策を求める要求を強めていく。特に喫緊の課題となったのが、再処理工場の運転開始以降に増加した放射性物質テクネチウム(Tc)99の海洋汚染対策である。99年1月にはOSPAR条約に基づく、放射性物質放出対策ワーキンググループがダブリン(アイルランド)で開催された。「(放射性物質放出対策ワーキンググループの技術専門家による会議で)もっとも強い要求をするのはアイルランドと北洋諸国であろう。これらの国々の主な懸念は、欧州最大の再処理施設であるソープ工場から放出されるTc99によりアイリッシュ海、北欧沿岸海域に汚染が蓄積されていることが明らかになっていることだ」と当時のアイルランドの新聞は報じている。これに対し、「英国政府はテクネチウム放出を削減するためのフィルター技術を導入する意向であると主張」していたが、いつまでにどれだけ削減するのか明確な約束はなされなかった。2000年6月にコペンハーゲンで行われた同条約大役国会議では、15カ国の大役国の内12カ国がそもそも汚染源である核燃料再処理事業の停止を求める決議を支持した。OSPARの枠組みを通じた周辺国からの圧力は、再処理工場閉鎖を強制することはできずとも、再処理を行う英国やフランス政府を国際的に孤立させていった。英仏政府の立場について当時、環境団体グリーンピースのポウラー氏は次のように指摘している。「英国とフランスは自らが支持しない決議には縛られないと主張するだろうが、周辺諸国政府やその住民の意向に反して海洋汚染を続けるなら、実際には政治的、社会的に孤立することになる」(廃炉制度研究会代表) 【廃炉の時代‐課題と対策‐㊾】聖教新聞2022.11.22
March 13, 2024
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放出ゼロを目指す宣言が採択尾松 亮 海洋汚染の削減課す条約英国北西部セラフィールドで1994年に使用済核燃料からプルトニウムとウランを分離するソープ再距離工場が運転を開始して以降、放射性物質による海洋汚染の拡大が深刻な国際問題となった。隣国アイルランドだけでなく、北欧諸国からも再処理を停止するよう求める声が高まった。この問題を受けて、97年には北東大西洋沿岸諸国15カ国の閣僚会議が行われた。この会議で、英国のミーチャー環境大臣(当時)は「英国は核廃棄物と化学物質の海洋放出をできる限り早く終了する」と述べたが、「できる限り早く」とはいつまでなのか確実な約束はなかった。このなか、「海洋汚染低減に向けた法的効力ある合意を確立し、その実現に向けた国際ルール作りを後押ししたのが98年に発効したOSPAR条約(北東大西洋の海洋環境の保護を目的としたオスロとパリ委員会での条約)である。オスロ条約(欧州投機規制条約1972)とパリ条約(陸上棋院海洋防止条約1974)に基づき、74年に設置されたオスパール委員会の活動がOSPAR条約の基礎となっている。同条約加盟国は再処理工場を抱えるフランスや英国、セラフィールドの停止を求めるアイルランドやノルウェーなど、北東大西洋洗顔諸国15カ国とEUである。97年にフランスが同条約を批准して以来、英国は海洋放出削減への姿勢を明確にすることをより強く求められるようになった。「欧州では英国以外で唯一再処理施設を持つフランスが技術的に可能な範囲でゼロ放出を目指す目標を受け入れる政治決定を行って以降、英国に対する圧力は強まっていた」と当時の新聞は指摘する。98年7が血22・23日而ポルトガル・シントラ市で行われた締約会議では、15カ国の代表者らが集まり、海洋汚染を削減するための法的拘束力のある戦略を議論した。その結果、「2020年まで放射性廃棄物の海洋放出を限りなくゼロにする」との目標が採択された(シントラ宣言)。それまでの英国の放射性廃棄物を巡る方針は「海水と混ぜて拡散すればよい」というものだった。この方針は根本的に見直され、放出の全体量を減らすことが求められた。「混ぜて拡散する」という方針は、日本政府の福島第一原発の廃炉に伴う処理水処分に関する方針と重なる。欧州では24年前に否定された政策である。(廃炉制度研究会代表) 【廃炉の時代―課題と対策―㊽】聖教新聞2022.11.8
March 1, 2024
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欧州では運転停止求める声が尾松 亮海洋汚染の削減課す条約英国西北部のセラフィールドでは、1994年に使用済核燃料からプルトニウムとウランを分離するソープ再処理工場が運転を開始し、海洋汚染の深刻化を懸念する周辺国からの非難が高まった。セラフィールドには64年に運転開始したマグノックス再処理工場もあり、以前から再処理過程で生じる液体放射性廃棄物による海洋汚染は問題であった。94年ソープ再処理工場の運転開始以降、特に放射性物質テクネチウム(Tc)99の海洋汚染が増加し、アイルランドを中心とした沿岸諸国の反対を引き起こした。当時のアイルランド政府のプログラムは、明確に「セラフィールド核施設はアイルランド住民の健康と安全にとって深刻かつ継続的な脅威である」と指摘している。しかし当時のアイルランド政府や環境団体からの批判に対して、英国側は真剣に取り合う姿勢を見せていない。当時存在する国際条約では、英国に海洋汚染削減を義務付けるための効力は不十分であった。「アイルランド政府は海洋汚染防止に関するパリ委員会(PARCOM)を通して繰り返しセラフィールドにおける再処理に関して、特にソープ再処理工場による放射性廃棄物の海洋放出増加についての懸念を訴えてきた。しかし英国政府は、パリ委員会による韓国は法的効力を持たないと主張している」と当時の新聞は伝えている(「IRISH TIMES」95年1月18日付)。その後、セラフィールド起源の海洋汚染は北欧諸国にも広がっていることが発覚する。97年12月20日付英紙ガーディアンの記事によれば、セラフィールドから薬500㍄離れたノルウェー沿岸で、選出される放射性物質の量が8倍に増加した。貝類などの水産資源のTc99による汚染が懸念され、北欧諸国からもセラフィールドにおける再処理を停止するよう求める声が高まった。これに対しても、セラフィールドの運営企業BNFLは積極的な対策を講じる必要性を認めなかった。「セラフィールド付近に住み、大量に水産物を消費する人々への影響は最大でも40㍃シーベルトで、8時間のフライトで受ける被ばくと同じ程度にすぎない」と同社は述べている。しかし汚染源である企業が「汚染による健康影響は小さい」といくら発言したところで、それは国際的な理解を得るには到底及ぶものではなかった。(廃炉制度研究会代表) 【廃炉の時代―課題と対策―㊼】聖教新聞2022.10.25
February 23, 2024
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国際的法枠組みOPARIN尾松 亮 海洋汚染の削減課す条約今年7月、英国北西部セラフィールドのマクノックス再処理工場が使用済燃料の再処理活動を終了した。政府の原子力廃止措置危難(NDA)のリリースによれば、7月17日に行われた使用済核燃料の再処理を最後にして、「同工場および付属施設は今後助セント廃炉フェーズに入る」という。これに先立ち、2018年にはセラフィールドにあるもう一つの再処理工場ソープが24年の稼働を終えて閉鎖されており、英国における使用済み核燃料再処理の歴史は幕を閉じた。敷地に残る放射性廃棄物の処分や汚染された施設の解体には長い年月を要する。しかしこれら再処理工場が閉鎖されたことで、周辺環境、特に海洋環境の汚染が減少することが期待されている。英国政府の資料によれば、2010年代後半にはこれら再処理施設から放射性トリチウムが年間約1000テラベクレル(寺は10の12乗=兆)以上放出されていた。これが30年に年間約10テラベクレルまで減少する見込みである。今回閉鎖された再処理工場は、マクノックス炉から出る使用済核燃料からプルトニウムとウランを分離する施設である。NDAによれば、これまで5万5000トンの使用済燃料が同工場で再処理された。その過程で発生する液体放射性廃棄物による海洋汚染は、周辺諸国から厳しく批判されてきた。特に隣接するアイリッシュ海の海洋汚染を受けて、隣国アイルランドは再処理工場の停止を強く求めてきた。この海洋汚染に反対する動きは、デンマーク、ノルウェーなどの北欧諸国を巻き込み、セラフィールドの運営企業と英国政府に対する強い圧力となった。これら周辺国の政府、環境NGOなどによる要求を受けて英国側はさまざまな汚染低減策を講じることを余儀なくされた。その結果、トリチウム以外の放射性核種についてはこれまでに大幅な出量削減が見られる。英国に対し海洋放出削減策を求める国際的な交渉において、重要な法的枠組みとなったのが「北東大西洋の海洋環境の保護を目的としたオスロとパリ委員会での条約」(OSPAR、1998年発効)である。福島第一原発の廃炉に伴う処理水海洋放出計画を巡り、日本は周辺国から批判を受けている。国際的な協議を通じ海洋汚染削減を目指す北東大西洋沿岸諸国の取り組みから、何を学ぶことができるのか、考えてみたい。(廃炉制度研究会代表) 【廃炉の時代―課題と対策―㊻】聖教新聞2022.10.4
February 10, 2024
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侵攻後も作業再開へ意欲示す尾松 亮チェルノブイリ法の約束ウクライナは「チェルノブイリ廃炉法」(1998年12月成立)でチェルノブイリ原発4号機に設置された「新シェルター」を、「原子炉解体・デブリ取り出し」用施設として建設・運用することを義務付けた。同法1条の設定に基づき、シェルター内部では「デブリ取り出し」に向けたクレーンの取り付け、運転試験などが続いている。2009年成立の「国家廃炉プログラム法」で100年以上の廃炉工程が法制化され、政府と国営企業には「原子炉解体」「デブリ取り出し」「敷地の環境基準に沿ったクリーンアップ」などの要件達成が義務付けられている。この将来的な廃炉完了に向けたプロセスを暴力によって中断させたのが、2月24日以降のロシア軍によるチェルノブイリ原発制圧であった。その後、原発敷地からロシア軍は撤退したが、この軍事侵攻によりチェルノブイリ原発の廃炉に向けたプロセスはどうなってしまったのだろうか。ウクライナの国家的危機において、「自己の起きた原発の廃炉」などという超長期的な課題は凍結されても仕方がないのではないか。しかし実は、ロシア軍の撤退後、チェルノブイリ原発では廃炉に向けた作業再開のため環境整備が続けられている。5月2日にはチェルノブイリ原発の現場において、同原発の廃炉に取り組む従業者の個別被ばく量管理の取り組みが全面的に再会された。国営チェルノブイリ原発社によれば「制圧者の撤退により、従業員のローテーション勤務が可能になれば被ばく管理機関専門家の勤務最下位が可能になった」という。5月1日から2日にかけては、新シェルター運用担当部局によってシェルター施設とその周辺エリアでのダスト飛散防止対策が再開された。9日には、使用済核燃料の冷却水の科学性質チェックシステムも全面的に復旧した。軍事侵攻を受けてウクライナ国家原子力規制局は、使用済燃料貯蔵施設の運用や廃炉に関わるチェルノブイリ原発社のライセンスを一時停止している。しかし、チェルノブイリ原発社は作業再開への意欲を示す。「これらライセンス停止が必要になるような基準違反はないということを示す論拠を規制機関に示せば、作業は再開できるものと確信しています」と同社のライセンス担当部長ホミャク氏は語っている。法が定めた約束に基づき、チェルノブイリ原発の廃炉は続いているのだ。(廃炉制度研究会代表) 【廃炉の時代―課題と対策―㊺】聖教新聞2022.9.20
February 1, 2024
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日本でも進むシェルターモデル尾松 亮チェルノブイリ法の約束ウクライナは「チェルノブイリ廃炉法」(1998年12月成立)で、チェルノブイリ原発4号機に設置された「新シェルター」を「原子炉解体・デブリ取り出し」用施設として建設・運用することを義務付けた。同法に基づき、シェルター内部では「デブリ取り出し」に向けたクレーンの取り付け、運転試験が続いている。しかし、実は日本政府も福島第一原発で、ある種の「シェルターモデル」を検討している。この事実はあまり知られていない。国の原子力損害賠償・廃炉等支援機構が策定した「廃炉のための技術戦略プラン2021」では、原子炉建屋全体を覆うことで放射性物質の環境放出を防ぐための遮蔽施設の設置を検討課題として次のように示している。「既存の原子炉建屋に建屋カバーまたはコンテナを設置し、原子炉建屋を微負圧に管理して放射性物質を回収処理する二次閉じ込め機能の必要性検討が進められている」すでに「建屋カバー」と呼ばれる、このシェルター設置計画は進められている。事故で損傷した原子炉全体を包み込むカバーを設置し、外部への汚染拡大を防ぎながら、その内部でデブリ取り出しを目指す。この考え方は本質的にチェルノブイリのシェルタープロジェクトと同様である。しかし、大きな違いは、福島第一原発で検討されているシェルターモデル(原子炉カバーモデル)には、法的裏付けがないことだ。建屋カバーをデブリ取り出しのための施設と位置付ける規定も、耐用年数や内部で実施する作業要件も法的に認められていない。「あと29年」というロードマップのスケジュールに合わせて、カバーと呼ばれるシェルターの耐用年数や耐震性などスペック(使用)が、私たちの知らないところで決められている。結果として建屋カバーは設置されたままのデブリは取り出せず、カバーは老朽化する事態も想定できる。老朽化したカバー付きの原子炉が放置されたとしても、政府も東電も法的責任を問われることはない。「デブリ善良取り出しは困難」という現状の中、内部にだブリの残る原子炉を両機関利するには、どのような遮蔽施設が必要になり、その長期運用管理の責任をどう保障するのか。「廃炉」を目指す道筋の中に「安全貯蔵段階」を制度として組み込み、その制度の目的に沿った遮蔽設備の設計を求めるのが、本来の順序であるはずだ。(廃炉制度研究会代表) 【廃炉の時代―課題と対策―44】聖教新聞2022.9.6
January 26, 2024
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日本でもデブリの定義付けを尾松 亮チェルノブイリ法の約束ウクライナは「チェルノブイリ廃炉法」(1998年12月成立)で、チェルノブイリ原発4号機に設置された「新シェルター」を、「原子炉解体・デブリ取り出し」用施設として建設・運用することを義務付けた。さらに2009年に設立した「国家廃炉プログラム法」では、100年を要する廃炉工程を定めた。シェルター内部の石棺解体、デブリ取り出し、敷地のクリーンアップという完了要件を定め、政府による最終的な関与を約束しているこうしたチェルノブイリ廃炉法が定める工程と比較するとき、福島第一原発では、その廃炉工程を巡る制度的な不備が浮き彫りになる。福島第一原発では事故から11年以上が経過した。政府と東京電力のロードマップでは2011年12月から最長40年で廃炉を終了させる目標が示され、今年22年末まで溶け落ちた燃料デブリの取り出しを開始する計画である(なお今月、東電は23年度後半に延期すると発表)。しかし、廃炉に残るデブリをすべて取り出し終える見通しはない。また取りだしたデブリの最終処分についても決まっていない。この燃料デブリはだれの責任でいつまで補完し、最終的にどこで処分するのか。日本では燃料デブリを「放射性廃棄物」として位置付ける規則がなく、そのために政府と東電に場当たり的な対応を許すことにつながっている。そもそも政府や東電の資料で「燃料デブリ」というとき、その用語の定義も曖昧だ。「燃料デブリ」は、「燃料と被覆管等が溶融し再固化したもの」と説明されている。しかし「被覆管」以外の物質と溶融している場合はどうなのか。「燃料デブリ」の今後の定義によっては、一定量の溶融燃料などを含むがれきが通常の廃棄物として選別される可能性もある。対照的にウクライナでは、「国家廃炉プログラム法」で、「燃料デブリ(燃料含有物)」を明確に「高レベル放射性廃棄物」と位置付け、「放射性廃棄物」である燃料デブリが管理不能な状態で事故炉内部に残っている現状は、違法・規則違反常態としている。ウクライナ政府が、今なお「デブリ取り出し・安全貯蔵」を目指し続け目指し続けているのは、「デブリ=放置してはいけない放射性廃棄物」と法律で決まっているからだ。日本でも、燃料デブリを高レベル放射性廃棄物として最終処分まで義務付ける法整備を急ぐ必要があるだろう。(廃炉制度研究会代表) 【廃炉の時代―課題と対策―㊸】聖教新聞2022.8.30
January 18, 2024
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【緊急対談・鈴木エイト氏×相澤冬樹氏】安倍元首相問題の本質とは?「安倍さんはお友達に利益を与えて敵とみなした相手と徹底的に戦った」 なぜいつもこの人だけは追及を免れるのか──森友学園問題、旧統一教会問題で安倍晋三・元首相を追い詰めた鈴木エイト氏と相澤冬樹氏の2人が、問題の本質を語り合った。相澤:安倍派の裏金事件をエイトさんはどう見ていますか。エイト:単純に安倍さんが亡くなったことで“重し”が取れて、これまで隠されていた暗部がやっと現われてきた印象です。僕がずっと追及してきた統一教会問題も、安倍さんが権力者のままだったら表沙汰になっていなかったかもしれません。相澤:たしかに安倍さんが健在だったら、統一教会や裏金の問題が明るみに出たのか疑わしいですね。でも、そう思ってしまうこと自体が実は不健全なんです。時の権力者による隠蔽工作や検察の不作為を“さもありなん”と捉えてしまっているわけですから。 エイト:安倍さんに近いジャーナリストの岩田明子氏によると、安倍派会長時代にパーティー収入のキックバックが収支報告書に記載されていない実態を知った安倍さんは激怒して、「このような方法は問題だ。直ちに直せ」と会計責任者を叱責したそうです。 でも過去の安倍さんの言動から見て、「バレたら大変だから揉み消さないと」というニュアンスだった可能性もあり得ると思います。相澤:そうかもしれません。ただ一方で安倍さんは言動が軽いんですよね。私はNHKの初任地で山口放送局にいましたが、地元の人は安倍さんを「いい人だけど中身は空っぽ」と評していました。安倍さんはサービス精神旺盛で友達思いだけど、自分の言動がどういう影響を及ぼすか考慮しない。裏金問題についても、思い付きでそう言っていた可能性はあります。 私が追いかけた森友学園問題でもあまり深く考えず、国会の場で「私や妻が関係していたら職を辞する」と勢いのまま発言して、その後に昭恵さんの関与が明らかになった。でもその後始末を本人が行なうことはない。周囲が忖度したことで財務省による公文書の改竄につながりました。エイト:統一教会へのビデオメッセージもその重大さを認識していたとは思えません。安倍さんは教団に特別な思い入れはなく、「選挙で票をくれる便利な人たち」程度に思っていたはずです。教団の被害者に思いを寄せることもなく、関係が明らかになっても世間は騒がないと高を括っていた。おそらく「モリカケ桜」の問題についても「大したことじゃない」と認識していたのでしょう。相澤:安倍さんは地盤が盤石で資金も豊富だから、選挙の心配はいりません。裏金も票もいらないから、“施す人”として加計学園や桜を見る会で自分と親しいお友達をすごく大切にした。 統一教会でも安倍派の仲間に票を差配しました。半面、自分に都合の悪いことが起こると、「俺は関係ない」と言い張って人のせいにする。森友学園事件がまさにそんな展開でした。エイト:仰る通りで、安倍さんは空っぽの人なのでいろいろな人が入りやすかったのでしょう。しかも「お仲間利権意識」が強く、身内が得をすることばかり行なう一方で、自分に従わない有権者を「あんな人たち」と呼び、国民を分断しました。相澤:本来なら一国の首相は国民全体を守るべきですが、安倍さんは味方と敵をはっきりと分けるところがある。お友達に利益を与えて敵とみなした相手と徹底的に戦った。それも安倍政治の大きな特徴でした。「共依存」のような関係相澤:私が問題だと思うのは、安倍さんが総理になって何がやりたいのか最後までわからなかったことです。ほとんど前に進まなかった憲法改正はどこまで本気だったのか疑わしく、韓国を拠点とし反日的な教義を持つ統一教会に接近するのは右派として信条に反している。 安倍さんには確固たる思想信条があるのではなく、その場その場で支持勢力に受ける右派的な主張をして、拍手喝采されていただけではないか。世間に流れるイメージと実態が乖離し、主張がちぐはぐで首尾一貫せず、政治的な軸があったとは思えません。エイト:中身ががらんどうだったとしても、周囲から持て囃された稀有な政治家でした。相澤:彼が憲政史上最長の政権を築くことができたのは、周りの議員や取り巻きが安倍さんを神輿として担ぎ上げたからです。お友達にサービス満点の安倍さんは、自民党にとって非常に収まりがよかったのでしょう。 お互いが持ちつ持たれつで「共依存」のような関係だったから、安倍さんの死後に様々な問題が噴出しても、議員は自分たちが担いだ神輿を悪く言えません。エイト:安倍さんは過ちを犯さなかったとすることが自分たちの保身のために最も大事なことなので、自民党の議員は統一教会問題に正面から向き合わず、右派論客も、“実は統一教会はそんなに悪い団体ではなかった”と無理筋な主張で安倍さんの言動を正当化しています。どんどんおかしな方向に向かっています。相澤:ただし、安倍さんに続く突出したリーダーが自民党内に見当たらないのも事実です。岸田さんはいかにも担ぎやすかったけど、神輿としてはあまりにも空虚です。エイト:安倍さんが亡くなって1年半経っても派閥の後継者が決まらない間隙を縫って、検察の怒涛の捜査が始まったわけですね。相澤:この際、これまで見過ごされた問題についても振り返ってほしい。安倍政権下でうやむやにされた森友学園問題は告発された財務省幹部ら38人が全員不起訴になった。信じられない事態で、再捜査に期待します。エイト:今回の捜査は、かつて安倍政権が検事総長人事に横やりを入れたことへの意趣返しとも言われますが、検察は本来やるべき仕事をやっているだけです。三権分立が機能するのは好ましいことですが、長期政権を監視するのはメディアの役割でもあるので、僕も相澤さんを見習って、統一教会問題をさらに追及していきたいですね。【プロフィール】鈴木エイト(すずき・えいと)/滋賀県生まれ。ニュースサイト「やや日刊カルト新聞」で副代表、主筆を歴任。カルト宗教問題を扱う日本脱カルト協会に所属し、長きにわたり旧統一教会問題を取材。著書に『自民党の統一教会汚染 追跡3000日』など。相澤冬樹(あいざわ・ふゆき)/1962年、宮崎県生まれ。1987年NHK入局。2018年に森友事件の取材の最中に記者職を解かれ退局。財務省の決裁文書改ざん問題で自殺した近畿財務局の元職員、赤木俊夫さんの手記を遺族から託されスクープした。主な著書に『メディアの闇──「安倍官邸 VS. NHK」森友取材全真相──』など。 ※週刊ポスト2024年1月26日号
January 17, 2024
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完了要件を定めない日本尾松 亮チェルノブイリ法の約束ウクライナは「チェルノブイリ廃炉法」(1998年12月成立)で、チェルノブイリ原発4号機に設置された「核シェルター」を、「原子炉解体・デブリ取り出し」用施設として埋設・運用することを義務付けた。さらに2009年に成立した「国家廃炉プログラム法」では、100年を要する廃炉工程を定めた。シェルター内部の石棺解体、デブリ取り出し、敷地のクリーンアップという完了要件を定め、政府による長期間の関与を約束している。一方、福島第一原発では事故から11年以上が経過した。今年1月、燃料デブリの取り出しに使われるロボットアームが福島県楢葉町の施設に搬入された。このロボットアームで、まず2号機から微量のデブリを取り出し、その後、徐々に取り出し規模を拡大する方針である。政府と東京電力のロードマップでは、2011年12月から最長40年で廃炉を完了されているが、ロードマップ終了までに地元住民が願う「廃炉完了」が達成される保証はない。原子力規制委員会の更田委員長は廃炉までの数年間を確定させるのは「技術的に不可能だ」と話し、残り「29年」は単なる「意気込み」とも指摘している。福島第一原発で進められる廃炉工程は、チェルノブイリ廃炉法等が定めた工程と比較するとき、その「完了要件」の曖昧さは明らかである。そもそも日本の法制度には事故の起きた原発に「施設解体」「使用済燃料搬出」など、廃炉完了要件を課すルールはない。また、自己原発の後始末では技術的不確定要素が多い。「どこまでに何ができるのか」、確約するのは難しいのだろう。しかし、「どこまでやる義務があるのか」というルールが無ければ、経営上・技術上の制約を理由に加害企業や政府が「できるところまでやったので終了する」という無責任な撤退を認めることにもつながる。チェルノブイリでも「法に定めた完了要件」に向けた技術的な見通しが確実になっているわけではない。それでも日本と同じ議会制民主主義のウクライナでは「完了要件を定めない企業の意気込みにまかせる』という無責任な態度はとっていない。「自己原発の後始末をだれの責任でどこまでやらせるのか」、それは法律で定めることができる。その完了状態の達成に向けたスケジュールや計画は状況に応じ見直せばよい。これがチェルノブイリの示すアプローチである。(廃炉制度研究会代表) 【廃炉の時代―課題と対策―㊷】聖教新聞2022.8.16
January 8, 2024
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77回目の終戦記念日 大衆民主主義の課題 日本総合研究所 寺島 実郎会長 きょう15日、77回目の終戦記念日を迎えました。戦後、日本の民主主義は、どのように政治・社会を特徴づけてきたのか。長年、日本と国際社会の動向を見続けてきた一般財団法人・日本総合研究所の寺島実郎会長に、大衆民主主義の現状や課題を併せて語ってもらいました。(聞き手=光澤昭義記者) 「与えられた」国家体制――1945年8月15日を境にして、日本は全く異なる国になりました。戦前の軍国主義体制が否定されるとともに、「米国型の民主主義」が導入されました。それから77年を経て、「戦後の民主主義」には、どのような特徴があると考えられますか。寺島実郎会長●戦後民主主義を考える時、最も重要な点として、突然に「与えられた民主主義」であることが挙げられます。欧米各国には、民主主義を手に入れるために、自らの血を流し、勝ち取ってきた歴史があります。しかし、日本では敗戦の状況下、戦勝国から急にもたらされたという特異な民主化の歴史を歩んだわけです。戦後の民主主義を巡る議論では、「与えられた」という限界はあるにせよ、民主化の前進を重視すべきだという意見がある一方、戦後の占領期に押し付けられた憲法や民主主義を屈辱に感じる人々もいます。中には、戦前の日本に回帰しようとする勢力もある。日本に「民主主義が定着し、根付いているのか」という課題は今も言われ続けているのです。――明治時代の自由民権運動や大小デモクラシーのように、戦前の日本にも民主化の動きがあったという議論もあります。寺島●近代以降の日本の歴史を見れば、国会が開設された後の1890年、初めて衆議院議員総選挙が実施された当時、選挙人は25歳以上の男子で15円以上の直接国税を納めているものに限られていました。総務省の統計局の資料によると、全人口に占める有権者の割合は、わずか1.1%、1982年2月の衆院選では、納税額の制限が撤廃され、25歳以上のすべての男子に選挙権が与えられましたが、それでも人口の約2割に過ぎなかった。敗戦の翌年(46年)の衆院選では、20歳以上の男女に選挙権が認められ、その割合が約5割に、現在、18歳以上の男女に拡大され、2016年の参院選では83.7%が選挙権をもつに至りました。有権者の推移を見ると、戦前から一転して、大衆民主主義が到来したことがよく分かります。――ご自身の人生は、戦後の民主主義とほぼ重なっています。寺島●はい。私は1947年(昭和22年)生まれです。その年から49年までの間に生まれた「団塊の世代(第一次ベビーブーム)は、日本人として初めて、小学校から戦後民主教育を受け、平等主義が徹底される教育環境で育ちました。米国とソ連の東西冷戦期、資本主義と社会主義の対立が激化する中、私たちが大学に入る頃には、左翼思想に傾いた学生が多数に及び、大学改革を求める学生運動の嵐がキャンパス内に吹き荒れました。計算も展望もない、未熟な運動は短期間のうちに収束し、その後、日本は一気に高度成長の時代に突入します。経済は右肩上がり。社会人となった私たちの世代は、〝都市新中間層〟として日本経済を支え、「一億総中流」化の時代を迎えましたが、それまでの労働者意識・階級意識がどんどん薄れ、大々的な社会革命や民主主義の定着にもはや関心がなくなっていきます。そして、二日の生活だけを重視する「イマ・ココ・ワタシ」の価値観が蔓延していきました。未来に目を向けない風潮は今も、日本社会を覆っているといえます。 新たな危機招くSNS――現代の民主主義は近年、欧米各国を中心に、ポピュリズム(大衆迎合主義)に席巻されています。最も大きな事例としては、2016年、英国の国民投票でEU(欧州連合)離脱が決定したことと、米国におけるドナルド・トランプ大統領の誕生が挙げられます。寺島●ポピュリズムは、世界各国の民主主義が直面している問題の一つです。デモクラシーとは「民衆による支配」を意味します。民衆による意思決定とポピュリズムの危うさは表裏一体であり、それは、古代アテネの民主政の頃から指摘されてきました。それに加えて、世界中で民主主義には新たな課題が生じていると考えます。トランプ大統領が誕生した選挙では、SNS上の情報が本当かウソか、議論になりましたが。デジタル革命によって、私たちを取り囲む情報環境は一般したのです。――参議院議員選挙・投開票日(7月10日)の2日前、安倍晋三元首相が応援演説中に銃撃され、死亡するという事件が起きました。今回の事件についても「ネット社会が深く関係している」と寺島会長は指摘しています。寺島●そうです。事件の直後、メディアでは「民主主義への挑戦」といった反応が目立ちました。過去の政治家へのテロを例に挙げつつ「戦前の日本に戻してはならない」と語る識者もいますが、それでは問題の本質を見誤ってしまうでしょう。そもそも、犯人の動機は政治信条やイデオロギーを巡るものではなく、特定の宗教団体に家庭を壊されたという個人的な事情だと報じられています。そこには、現代特有の社会的背景があると考えます。――どのような危険を抱えているのでしょうか。寺島●SNSの発達によって、今では誰もが発信者になり、情報の入手も容易になった一方、SNSや検索エンジンのアルゴリズム(計算手順)の世界では、誰もが自分の見たいものや知りたい情報だけを提示され続け、特定の関心事ばかりに詳しくなっていきます。アルゴリズムの世界に閉じ込められているのです。今回の事件で言えば、ネット環境を通じ、凶器や火薬入手の情報を得て、憎む相手の行動予定を特定していきました。自分で情報を選択しているつもりが、いつの間にか、特定の意見や思想に傾倒する自分になってしまう。これを「エコーチェンバー(共鳴室)効果」と呼びます。「自分が自分で亡くなる情報環境」に陥り、AI(人工知能)やそれを使う人々に考えることを任せてしまう「思考の外部化」が進行しているのです。人びとの判断はゆがめられ、社会には分断が生まれる。新しいタイプの「民主主義の危機」といえます。 根付かせる意志と不断の努力が必要 政治への期待を高める――近年、日本の国政選挙の投票率はたいてい50%台です。民主主義の根幹が揺らいでいるように映ります。寺島●政治に対する期待が低下すると、政治はますますポピュリズムに傾いていきます。消費税減税を始め、お得感のある政策を訴え、国民の関心を引こうとする。また、若者の政治参加について、よく議論されていますが、それと同時に、高齢者層に対し、民主政治への期待を高めることも重要です。2050年ごろ、日本の人口は1億人を切るという試算があり、その時には65歳以上の人口が約4割に上るといいます。その予想の数字ですが、高齢者人口が圧倒的に多くなることは間違いありません。「シルバー・デモクラシー」が今後、政治の焦点の一つになるでしょう。――世界中で民主主義の退潮傾向が危惧される中、日本はどのような枠割りを果たせるのでしょうか。寺島●国際社会の潮流は大きく変化しています。21世紀に入り、中国をはじめ新興国の台頭が著しく、米国の国力・威信は相対的に低下しています。また、ウクライナ危機によって、ロシアの弱体化は進むでしょう。いわば、新たなパラダイム(枠組み)が動き始めている。右肩下がりの経済が続く日本は今や埋没しかねない状況です。重要なのは、世界を広く知り、立体的・多面的な視点から物事の本質を捉える「全体知」に立つこと。「自立自尊」の基熟を打ち立て、世界の基熟を打ち立て、世界の秩序、外交などを巡り新たな構想を描く、アジアを代表する成熟した民主国家を目指すべきでしょう。――日本国民に何が求められますか。寺島●戦後民主主義が試練の時を迎える中、私たち一人一人が民主主義を根付かせようとする主体的な意思を満ち続け、社会の意思決定に参加することが大切です。「民主主義への不断の努力」と問われていると考えます。 【オピニオン】聖教新聞2022.8.15
January 7, 2024
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なぜこの国はこんなに人を粗末に扱うのだろうか?山崎雅弘氏×内田樹氏が対談コロナ・パンデミックで日本政府の後手後手の対応に怒りを覚えた人は多いだろう。失政により多数の死亡者を出しても、為政者が責任を取ることもなく、政策の見直しを迫られることもない。コロナに限らず、長時間労働に長引く低賃金、外国人技能実習生への冷酷な仕打ちなど、この国では、人の命があまりにも軽んじられていないか──? そうした思いから、戦史・紛争史研究家の山崎雅弘氏が『未完の敗戦』(集英社新書)を上梓。思想家の内田樹氏と対談を行った。 ■ここまでおかしな国は他にない!? 山崎 日本の組織は、支配層や上層部の利益が全体の利益になると思わせて、都合のいいように人々を従わせていると思います。例えばSNSでも、職場環境や雇用の問題に関心が集まった時、自分は会社に雇われている側の一人なのに、なぜか経営者の目線で思考し語る人が少なくない。支配層の利益に沿うことが自分の利益にもなるんだと思い込まされている感じがするんですね。 原発にしても、エネルギー資源の乏しい日本で脱原発は無理などと言われますが、福島第一原発よりさらにひどい最悪の事故が起きれば、国民の生活そのものが成立しなくなる。また、外国からミサイルが飛んできた時、原子炉そのものは衝撃に耐えたとしても、外部電源が破壊されれば原発は爆発するという事実を、我々は福島の事故で学んだはずです。なのに、この国の支配層は原発が攻撃される可能性から目を背け、外国との戦争に備えて敵基地攻撃能力が必要だなどと言う。彼らの言うことを聞いていたら、我々はまた何回でも犠牲になっていくでしょう。 内田 自分にとって利益よりも損害の多い政策を支持するという、どう考えても不合理なふるまいをしている人が日本人の過半になっています。大阪はコロナで多数の死者を出しました。行政の不適切な感染症対策のせいで、死ななくてもいい人が死んだ。雇用環境も劣化している。教育に至っては日本最低レベルまで下がった。現に深刻な実害を被っているはずの大阪の市民たちが、にもかかわらず自分たちにリアルな損害を与え続けている当の政治勢力に圧倒的な支持を与えている。このタイプの倒錯が全国的な規模でも起きていると思います。 なぜ、このような不条理なことが起きるのか? それは、「自分にとって本当にたいせつなことは何なのか? 自分の心と体が本当に求めているものは何なのか?」を問うてはならないと日本人が子どもの頃からずっと教え込まれているからだと思います。「自分は何をしたいのか?」よりも「自分が何をすればほめてもらえるのか」の方を優先的に考えるように仕込まれている。自分の中から湧き上がる内発的な感情や思念を抑圧して、外部評価で高いスコアをつけられるように感じ、行動することが「正しい生き方だ」と教え込まれている。 学校では先生がまず問題を出して、子どもたちが答えを書いて、それに対して先生が採点をして、その評点に基づいて資源の傾斜配分が行われます。それがすべての教育活動で行われている。ですから、子どもたちは「問いに答えてよい点をもらうことが唯一の自己実現の方法だ」と信じている。武道ではそういう構えのことを「後手に回る」と言います。「後手に回る」と必ず敗ける。それは禁忌なんです。ですから、武道ではいかにして「後手に回らないか」を教える。僕が道場で教えているのは、学校で骨身にしみこむまで教わった「査定されて高いスコアを取る」ことをめざすマインドを解除することなんです。相手が問題を出して、自分がそれに答えて、採点されるのを待つというのは、典型的に権力的な関係です。ですから、相手に対していきなり優位に立とうと思う人間は、必ず相手に質問します。どんな質問でも構わない。相手が正解を知らないような問いであれば、何でもいい。「あなた、...を知ってますか?」と切り出して、いきなり「試験官と受験生」の関係に持ち込む。これにうっかり応じた瞬間に、そこには権力的に非対称な関係が出来上がる。だって、何を答えようと、相手が採点者で、自分はその採点を待つだけという非対称的な関係がもう出来上がっているから。どうして「私が出題し、お前が答える。その答を私が採点する」というような圧倒的に不平等な関係を無抵抗に受け入れてしまうのか。そういう関係を子どもの頃から刷り込まれているからですね。「後手に回る」ことに習熟しているから、あっさり「先手を取られて」しまう。 出題されて、答えて、採点されて、評点が高ければほめられ、低ければ罰される。それが社会的なフェアネスだと信じ切っている。「後手に回る」というのは「支配される」ということです。日本の学校教育は「支配される」マインドを子どもたちに刷り込んでいる。でも、生きる上で、最も大事なことは、他人に査定されて、点数をつけられることではなく、自分自身の生きる知恵と力を高めてゆくことなんです。言葉にしてみると簡単なことなんですけれども、これが現代日本では常識になっていない。 ■なぜ日本の組織は「非効率」で「非倫理的」なのか? 山崎 本当にその通りだと思います。学校教育がその要因になっているという面もありますが、それはやはり社会の価値観の反映だと思います。外国に行くと、みんな本当にしたたかで、図太く自由に生きているなと感じます。自分の自由や権利が政府や雇用主に侵害されたと感じたら「自分の権利をちゃんと保障しろ」という主張を、誰もがやっている。それは、「わがまま」ではない。人間として、正当な主張なんです。それによって議論が生じることもありますが、それは相手と自分は対等であるという考えに基づくものです。 お店に行っても、客と店員、みんな対等です。でも日本では、なぜか上下の序列が作られる。客は自分が店員より偉いと思い込み、店員に横柄な態度を取る。上下関係があると、お互い尊重し合うという関係が生まれない。上の者は下の者をないがしろにしても許されると思ってしまう。こうした身近なところから少しずつ変えていかないと、人を大事にするという意識改革はできないのかなという気がします。 内田 この前、感染症内科が専門の岩田健太郎先生とお話ししたときに、似たような話を伺いました。日本社会においては、どこでも「どっちが上か」ということがまず配慮される、と。岩田先生はエボラ出血熱のとき、シエラレオネで医療チームのメンバーとして参加されたのですが、そこには「国境なき医師団」とかWHOとか、世界中からさまざまな組織が来ていて、その混成チームが指定された場所に集まって、さあ今から治療を始めるというとき、まず問われるのが「おまえは何できるんだ?」ということだそうです。自分は隔離病室を作れる、自分は発電機を操作できる、自分は自動車を直せる、自分は感染症の手順を知っている...、そういう自己申告に従ってジョブ型の集団を作って、治療が始まる。 ところが、日本で被災地や感染症の発生現場に行くと、最初に聞かれるのが「おまえは何者だ」ということなんだそうです。まず医師か看護師か薬剤師かという職能を聞かれ、次に出身大学を訊かれ、医局を訊かれ、卒後年数を訊かれる。何のためにそんなことを訊くのかというと、誰に対しては敬語を使い、誰に対してはため口をきき、誰に対しては偉そうにしてよいのか、その上下関係をまず確認するために(笑)。 岩田先生が、コロナウイルスによるクラスター感染が発生した「ダイヤモンド・プリンセス号」に入ったときも、誰も「あなたは何ができるのか」を問わなかった。何よりも優先されたのは「ここでは誰が一番偉いのか」ということで、それは橋本岳という当時の厚生労働副大臣だった。でも、この人は政治家ですから、感染症のことは何も知らない。でも、その人が感染爆発の現場で決定権を握っている。感染症の専門家として岩田先生は「これじゃ駄目。やり方が間違っているから、やり直しなさい」と当然アドバイスするわけです。でも、日本ではこのふるまいは「専門家が非専門家に指示を出す」ふるまいではなく、「下の人間が上の人間に指示を出す」ふるまいと解釈される。これは日本では絶対の禁忌ですから、ただちに「出て行け」と言われる。 感染症の現場なんですから、感染症の専門家の指示が最優先的に聞かれるべきであることは明らかですけれども、日本の場合は「上位者の指示に従えないやつは出て行け」ということになる。これが日本の組織を徹底的に非効率で非倫理的なものにしていると思います。 ■結果よりも「頑張っている」という印象が大事 山崎 そうですね。日本の組織では序列の上下のほかに、精神論も重視されます。先の戦時中の日本軍がまさにそうで、戦争初期のうちは、軍事的な合理性もある程度考慮して戦っていましたが、1942年6月にミッドウェー海戦が起き、日本海軍は主力空母4隻を失って、アメリカに勝てる望みを事実上失った。そして、同年の後半以降、どんどん戦況が悪化していきました。 そうした中で日本軍は、どうやってアメリカに勝つかということよりも、「いかに頑張っている姿勢を示すか」という精神論に判断基準がシフトしてった。その考え方が行き着いた究極の姿が「特攻」です。もう戦争でアメリカに勝てないとわかった時から、勝つために頑張って命まで捧げる姿勢をアピールすることが目的化した。 なぜそのような思考法が出てきたかというと、人の命を大事だと思わない精神文化に思考を支配されていたからだと思います。日本の場合、天皇という特別な存在があるので、国民の命の価値も、天皇と比べてどうかという話になってしまう。そのバランスが極端におかしくなったのが昭和の大日本帝国時代です。当時、国民は「臣民」と呼ばれていました。つまり「天皇のために尽くして奉仕するための存在」だと。天皇のために何をするかという基準でしか存在価値が評価されない。そういうエキセントリックな思考になってしまった。 明治時代や大正時代は、まだそこまで極端ではなかったんです。特に大正時代は、軍人であっても自分の権利は認められるはずだという認識はあった。それが昭和に入って全くなくなり、本当に人の命が使い捨てのように扱われた。 恐ろしいのは、悪意があってそんな精神文化になったというよりも、当時の価値観の中で、みんなお国のために役立つ、いいことをしているつもりだった。おかしいと思っていた人もいたはずですが、それを口に出しては言えない。言うと、「おまえは国や社会よりも自分のほうが大事なのか!」と罵られてしまうので、それが怖いから言えなかった。その同調圧力が極端に高かったのが昭和の大日本帝国時代で、敗戦を経て、それが無くなったと思っていました。でも、気がつくとこの10年ぐらいでそれが社会に戻ってきた感じがします。 内田 どうして日本人がこんなふうなゆがんだ人権意識を持つようになったのか、それについてはやはり歴史的経緯を見てゆく必要があると思います。幕末から明治初年にかけて、それまで存在した幕藩体制が解体されて、300の藩がなくなり、建前上は「一人の天皇が全国民を統治する」というかたちになりましたね。この「一君万民」という思想はそれまで300人の殿様がいて、武士や役人たちに人間扱いされてこなかった民衆にとっては衝撃的なものだった。少し前まで「殿様」として雲の上にいた藩主も、威張り散らしていた武士も、百姓と同格の「万民」の一人だとされたわけですから。 「一君万民」の思想というのは、幕末から明治初年にかけての時期においては、それなりにデモクラティックな思想だったわけです。天皇をはるか高みに祭り上げることによって、それ以外のすべての日本人が同格のものになる。そういうやり方で幕末まで無権利状態に置かれた人々が、幻想的なしかたではあれ、人権を回復する道筋が示された。世界史を見ればわかるように、民衆の政治的なエネルギーが爆発的に高揚するのは、国家意思と民衆の個別意思が中間的で媒介機構抜きで直接に繋がるという「幻想」が活性化したときです。日本の場合は、天皇が国家意思を人格的に表象しています。ですから、「中間的な媒介物である統治機構を抜かして民衆の個別意思と天皇の国家意思が無媒介に繋がる」という「幻想」がリアリティをもつと日本人は政治的にはげしく高揚する。 明治以降、大衆の政治的エネルギーを功利的に利用しようとした人たちが例外なく「天皇と国民個人が統治機構の媒介抜きで直接繋がる政体」という政治的幻想をレバレッジに用いたのはそのせいです。統帥権というのは、帝国の軍隊を統御しているのは政府ではなく、天皇であるという特異なものです。「上御一人」が単身で全軍を支配している。そういう話にまずはしておいて、その上で、帷幄上奏権(いあくじょうそうけん:君主制国家において軍部が軍事に関する事を君主に対して上奏する権利)を持つ陸海軍大臣、参謀総長、軍令部総長、教育総監らが「天皇の国家意思」なるものを代弁して、彼らの集団的な欲望を実現する。「軍部の暴走」なる事態が可能になったのは、天皇が軍のすべてを統帥しているという日本国民の可憐な夢想がそれを支えたからです。 「日本軍国主義」と言われますけれど、あれは語の本来の意味での「ミリタリズム」ではありません。「ミリタリズム」というのは「軍事優先」ということですから本来は徹底的に計量的で非情緒的な思考を要求するはずです。でも、日本の「軍国主義」はそういうものではなかった。それは「軍隊にあるものはすべて天皇の所有物であり、兵士たちは全員天皇から直接雇用されている」という妄想のことだった。 ■人の命が軽んじられるきっかけとなった昭和の事件 山崎 以前、『「天皇機関説」事件』という本を書いたのですが、これは昭和の大日本帝国時代、日中戦争が始まる2年前の1935年に起きた事件です。「天皇機関説」というのは、天皇は一応、神の子孫ということにはなっているけれども、少なくとも近代国家としての大日本帝国の中では、憲法を超越する存在ではないよ、と。当時の憲法学者は、あくまで天皇は一つの国家の最高の機関、一機関として、憲法の枠内でのみいろいろな権能を行使できるという憲法解釈をしていたんですね。それが主流でした。 ところが、軍人や右翼団体が、「天皇は絶対的に崇高な存在なんだから、国の一つの機関などと言うのは不敬だ」と言って弾圧した。帝国議会まで巻き込む形の大騒動になって、最終的には当時の岡田啓介首相が、「天皇機関説」は認めないという声明(国体明徴声明)を出してしまった。それ以降、本当にたがが外れたかのように、天皇を神格化する政治運動や主張がどんどん高まっていきましたが、それで何が起きたかというと、一般国民の命の価値が下がっていったんです。天皇という存在が天に昇れば昇るほど、一般市民の命の値打ちは下がり、虫とか砂粒とか、そんなものでしかないという形になってしまった。そんな冷酷な認識に至る出発点が、僕はあの事件だったと思うんです。 今の日本で、天皇の名前を居丈高に持ち出す人間とはどんな人間かと見れば、例えば「あいちトリエンナーレ」のとき、展示物に乱暴な言いがかりをつけた名古屋市長の河村たかし氏や整形外科医の高須克弥氏などがいます。彼らは、慰安婦問題や南京虐殺などの大日本帝国時代の負の歴史を否認し、当時の日本軍の行いを肯定的に捉えている。つまり大日本帝国時代の精神を今も継承しているわけです。一方で、戦後の民主主義にはほとんど関心を示さない。 今の社会にある人権軽視の状況を一つ一つ見ていくと、結局、根っこはあの時代の精神に行き着くのではないかと思います。厳密には、もっと昔の封建時代にも遡りますが、少なくとも今の日本社会における人を粗末にする考え方の直接の出発点は、昭和の大日本帝国時代に形成された世界観だと思います。 ■天皇制と立憲デモクラシーをいかに両立させるか 内田 そういうことが可能になるだけ天皇制には力があるということだと思います。天皇制という太古的な制度と立憲デモクラシーという近代的な制度が並立しているというような奇妙な国は世界で日本しかありません。だから、他国の民主制の成功事例を日本に適用しようとしてもどうしても無理がある。スウェーデンではこうやっている、デンマークではこうやっている、アメリカではこうだ、だから、日本でも...という議論は無理なんです。それらの国々には天皇制がないんですから。天皇制というアクターが政治的幻想のすみずみにまで入り込んでいて、その機能を熟知していないと政治過程を適切にコントロールできないなんていう国は日本にしかない。そうである以上、日本の政治をどうやって統御するかという仕事は僕たち日本人が自分の頭で考えて、自分の手で実行するしかない。誰も僕たちに代わって考えてくれないんですから。 僕は上皇陛下や天皇陛下に対しては個人的には非常に親しみを持っています。日本の国家としての道徳的なインテグリティー(誠実さ)を守っているのはこの方たちではないかとも思っています。僕のこの「尊皇」感情はかなり自然発生的なものです。僕のように久しく欧米の哲学思想に親しんできた人間になぜこのような不合理な感情が生まれてくるのか。そこからもう一回掘り下げて考える必要がある。 天皇制と立憲デモクラシーを両立させることはもちろん原理的には不可能です。でも、原理的には折り合いのつかないものを、実践的には折り合いをつかせるということはできる。なにしろ僕たちの手持ちの政治資源としてはこれしかないんですから。これをなんとか折り合わせて、権力が適切に制約され、市民の人権が十分に守られる仕組みをどうやって作り上げたらいいのか。誰もあらかじめ正解を知っているわけじゃない。自力で考えるしかない。 山崎 そこで重要なのは、自分たちには一人一人に独立した価値があるという事実をみんなが認識することだと思います。学校教育はもちろん、社会全体でそういう認識を持つ必要があります。国や省庁、企業、チームなどの集団に属して、そこに何かで貢献したから自分には価値があるのだ、ということでなく、自分たちはありのままで政府や集団から大事にされるべき存在なんだ、と。それが本物の「民主主義」です。 大日本帝国時代の精神を肯定する人間がよく主張するのが、「子どもが自己肯定感を持てる歴史教育の必要性」です。こういう大義名分で、南京虐殺や慰安婦問題を学校で教えることを禁じようとする。でも、これは完全に欺瞞です。何が欺瞞かというと、「おまえはこんな立派な日本という国の一人なんだ」という形で自尊心や自己肯定感を持たせようとしているところ。 一見もっともらしいですが、個人としてではなく、日本という国につながる者として自尊心を持たせようとしている。そして、国に奉仕や貢献をしない人間は存在を軽んじて、自尊心や自己肯定感を持てないようにする。この詐術にうっかりだまされてしまうと、行き着く先は昭和の大日本帝国時代のような、国や集団への献身奉仕という美談的な大義名分で人を極限まで粗末にした精神文化です。 こうした「情緒的な美談」にだまされないようにしないといけない。なんとなく「仕方ない」と思って我慢している自分の境遇が、実は「人権侵害の不当な扱い」ではないか、自分は「私たちを粗末に扱うな」と、国の支配層にもっと怒ってもいいのではないか、と気付くことが大事だと思います。 ●山崎雅弘(やまざき・まさひろ)1967年、大阪府生まれ。戦史・紛争史研究家。主な著書に、『日本会議 戦前回帰への情念』『「天皇機関説」事件』『歴史戦と思想戦 歴史問題の読み解き方』(以上、集英社新書)、『中国共産党と人民解放軍』『第二次世界大戦秘史 独ソ英仏の知られざる暗闘』(以上、朝日新書)、『[増補版]戦前回帰』(朝日文庫)ほか多数。 ●内田樹(うちだ・たつる)1950年、東京生れ。神戸女学院大学名誉教授、芸術文化観光専門職大学客員教授、凱風館館長。専門はフランス現代思想、武道論、教育論など。『私家版・ユダヤ文化論』(文春新書)で小林秀雄賞、『日本辺境論』(新潮新書)で新書大賞、著作活動全般に対して伊丹十三賞受賞。近著に『レヴィナスの時間論』、『撤退論』、『武道論』など。共著に『新世界秩序と日本の未来 米中の狭間でどう生きるか』(集英社新書)など。 ヤフーニュース8/6(土) 6:00配信
December 26, 2023
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100年を要す国家計画も尾松 亮チェルノブイリ法の約束ウクライナは「チェルノブイリ廃炉法」(1998年12月成立)で、チェルノブイリ原発4号機に設置された「新シェルター」を、「原子炉解体・デブリ取り出し」用施設として建設・運用することを義務付けた。同法1条の規定に基づき、シェルター内部では「デブリ取り出し」に向けたクレーンの取り付け、運転試験が続いている。しかし、「廃炉法」成立から20年以上経過した現在でも、4号基内部のデブリ取り出しができる技術的根拠はない。実際にどれだけの時間をかけ、どのような手順でこれらの作業を実施する計画なのだろうか。「廃炉法」は行うべき作業要件を定めたが、それを達成する手順や機関に言及してやまない。その方向性を定めたのが、2009年に成立した「国家廃炉プログラム法」である。ウクライナ議会はこの法律でチェルノブイリ原発の廃炉の大まかな工程スケジュールを示している。そして、同法の前文でこの工程が約100年を要するものであることを認め、次のように述べる。「チェルノブイリ原子力発電所の廃止措置及び石棺施設の環境上安全なシステムへの変容にかかわる取り組みの完了には100年を要する」そして、この「約100年』という工程の中で、行うべき作業内容が示されており、事故の起きた4号機に対する工程(石棺施設の環境上安全なシステムへの変容)では以下の作業を実施しなければならないとしている。・追加遮蔽施設(新安全シェルター)の建設・石棺施設からの燃料含有物(デブリ)及び長寿命・光放射線廃棄物の取り出し・汚染物質を安全な中間保管状態に移すこと政府はコレラの廃炉の必須工程実施のための予算措置を講じ続ける責任を負っている。また、国営事業者「チェルノブイリ原発」社は、この「国家廃炉プログラム」の規定に従って計画を立てることが求められる。例えば同法では直近30~50年刊を「デブリ取り出しに向けた準備期間」と位置付けている。このため同法成立時点から最近30年の間は石棺の倒壊防止、解体・デブリ取り出しに向けた条件整備や試験に注力することになる。仮に早期デブリ取り出しを開始してコスト削減を図りたいという意図があっても、事業者の判断でデブリ取り出し時期を前倒しできない。それをするには議会を通じた法改正が必要である。(廃炉制度研究会代表) 【廃炉の時代―課題と対策―㊶】聖教新聞2022.8.2
December 21, 2023
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解体用設備の設置規定を設ける尾松 亮チェルノブイリ法の約束ウクライナは「チェルノブイリ廃炉法」(1998年12月成立)で、チェルノブイリ原発4号機に設置された「新シェルター」を、「原子炉解体・デブリ取り出し」用施設として建設・運用することを義務付けた。同法1条の規定に基づき、シェルター内部では「デブリ取り出し」に向けたクレーンの取り付け、運転試験が続いている。「新シェルター」はG7やEUの支援国による財政支援により建設されたが、支援国側は短期的に「環境汚染の拡大を防ぐ」ことしか関心がなかった。シェルター内部で石棺の解体やデブリ取り出しをする複雑な施設を建設する意図はなかった。従って時間的・予算的制約から「新シェルターを建設して終わり」となることも予想できた。しかし、廃炉法が結果として「新シェルター」を「単なる被せもの」にすることを阻んだ。それは擬態的にどう進んだのだろうか。2004年から新安全シェルター建設事業者の選定が行われ、07年9月、ウクライナ国営「チェルノブイリ原発」社(ウクライナ側の発注者)と仏コンソーシアムNOVARKAが「新安全シェルター」の設計・建設に係る契約を締結した。その際、NOVARKAには「廃炉法」が規定する条件を守ることが求められた。例えば、設計者は、新シェルターはその内部で「石棺解体・デブリ取り出し」が実施できる解体用設備の設置に適した設計をしなければならない。従って遮蔽施設としてのシェルター「防護用建設物」(第1複合施設)とともに、「石棺」施設の不安定な構造物の解体用設備(第2複合施設)を建設することが前提とされている。11年に締結された「新安全シェルター建設に関する趣意書」では、建設対象施設(シェルター)の機能について次の規定が設けられている。〈「石棺」施設の不安定構造物の補強及び解体、燃料含有物質(デブリ)の取り出し及び放射性廃棄物の取り扱いを含む、「石棺」施設の環境学上安全なシステムへの変容に係る活動を実施するための条件の保証〉この趣意書における石棺解体・デブリ取り出しよう設備としての「新安全シェルター」使用は「廃炉法」1条の規定を反映したものである。これに従い、受注者であるNOVARKAは「デブリ取り出し」を目指す施設であることを考慮して新安全シェルターの設計・建設を行うことを求められたのだ。(廃炉制度研究会代表) 【廃炉の時代―課題と対策―㊵】聖教新聞2022.7.19
December 11, 2023
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米国で28年ぶりに銃規制法が成立慶応義塾大学 渡辺 靖 教授国論を二分する状況は変わらず中間選挙にらむ与野党——今年6月、米国東部ニューヨーク州バッファローのスーパーマーケットや南部テキサス州ユバルディの小学校で、銃乱射事件が起きました。とりわけ児童10人と教員2人が犠牲になった小学校の事件は衝撃的でした。こうした中、銃規制法が制定されたことについて、米国社会では、どう受け止められていますか。 渡辺靖教授●5月にテキサスの事件が起きた時、私は西部カルフォルニア州のロサンゼルスに滞在していました。ホテルの部屋でテレビを見ていると、銃乱射事件のニュースで持ち切りでした。米国民にとって、現在、記録的なインフレ(物価高)が最大の関心事ですが、それに匹敵する注目の高さであり、ウクライナ危機の報道に比べても、はるかに多い放送時間を費やしていました。リベラル寄りのメディアであるCNNでは、評論家たちが「いつまで、こんなことを繰り返すのか」と批判し、銃規制を強化すべきだと主張していた一方、保守系のFOXテレビでは「人を殺すのは人であり、銃ではない」という従来の論理が展開されていました。 ——法律には、21歳未満の銃の購入者への審査を厳格化することや、著しく危険と見なされた人物から銃を押収できるように州政府の税制を支援することなどが盛り込まれましたが、そのすぐ後、7月4日の独立記念日に、中部イリノイ州シカゴ近郊で乱射事件が発生しました。 渡辺●バイデン大統領がこれまで求めてきた殺傷能力の高いアサルトウェポン(攻撃型銃器)の販売禁止や購入可能な年齢の引き上げといった抜本的な規制強化策は法律に盛り込まれませんでした。「アルサトウェポン禁止法」は1994年に成立しましたが、時限立法であり、2004年に執行。再度禁止する動きはほとんど出ていません。銃規制が不十分であることは、大統領も明言しています。テキサスの事件の社会的衝撃は極めて大きく、国内世論には「このままではいけない」という意見が支配的になっていました。11月には連邦議会の上下両院の中間選挙が実施されることから、銃規制には慎重な保守の共和党も、何の対策も講じないまま、選挙戦に臨めば不利になると判断したのでしょう。共和党から一部議員の協力があり、今回の制定につながりました。それに対し、与党の民主党としては、小さな一歩かもしれないが、何もまとまらないよりは、とにかく法律を成立させることを優先したといえます。共和・民主両党がなんと妥協したという印象ですが、それでも久しぶりに銃規制法ができたことの意義は大きいでしょう。 ——今後の課題については、どう考えますか。 渡辺●銃規制の強化を巡り、共和・民主両党の間では当面、政治的に激しく対立することはないと想定されます。銃規制強化法をもとに、これから各州がどう動くかが注目されます。リベラル色の強い州では、銃規制を一層厳しくしようとする。例えば、銃を自宅外で持ち歩くことを制限するニューヨーク州の州法ついて、米連邦最高裁は6月末、違憲判決を下しましたが、同州は法改正し、繁華街タイムススクエアなどを銃持ち込み禁止地域に指定しました。一方、共和党の牙城であるテキサス州では、銃を隠さずに持ち歩くオープンキャリーが近年、容認されるようになりました。銃規制に厳しい舅ゆるい州との違いが一層鮮明になることが予想されます。 憲法が保障する保有権——なぜ、米国では銃規制の強化が進まないのでしょうか。 渡辺●そもそも米国民の約6割が銃所持の権利を認めているので、銃の保有事態を禁止する議論にはなりにくい状況です。政治的には「全米ライフル協会」というロビイスト(利益団体)の影響が大きい。約500万人の銃製造・販売業者、銃愛好家が所属し、資金力も豊富な団体であり、主に共和党議員に寄付を行っています。 ——独立後まもなく、1791年に制定された合衆国憲法修正第2条には「規律ある民兵は自由な国家の安全にとって重要であるから、人民が武器を所有しまたは携帯する権利は侵してはならない」とあり、この条項が現在も銃規制反対の根拠になっています。 渡辺●歴史的には、米国が18世紀に英国の抑圧から独立を勝ち取った建国の経緯と強く関係しています。政府の権限が拡大すれば、いずれ自分たちを圧迫・弾圧するかもしれない。だから、いざというとき、権力を不当に行使する政府に対抗するのです。国民の連邦政府に対する懐疑の念は長く続いています。銃が政府の横暴に対する最後の手段であるというのは、日本人には理解しがたい点でしょう。 ——銃を厳しく制限するには、憲法改正が必要ですが…… 渡辺●銃を巡る国論が二分する中で、それは事実上不可能でしょう。バイデン大統領も、修正第二条については指示しています。銃の問題でも、米国社会の分断は一層深まっていくことが考えられます。保守系のメディアや全米礼古協会の意見では、銃を保有することは「愛国心」の表れだと言います。建国の理念を守るために「規律ある民兵」は銃を保有すべきだということです。民兵の解釈を巡り、今の時代に合わないという意見はありますが、市民には「武器保有の権利」があるという考えは根強いのです。 コロナ禍の影響も——米国民が銃を所持する理由として、他には何がありますか。 渡辺●例えば、都会で緊急通報をすれば、警察がすぐに駆け付けてくれますが、広大な国土を有する米国の農村地域などでは、そうはいきません。警察を呼んでも、いつ来てくれるか分からないとなれば、犯罪から身を守るための銃を持とうとする。小さな国土に住む日本人の感覚とは異なります。米港には警察や司法など社会制度に対する不信が強いことも、銃保有の理由の一つです。 ——全米の銃犯罪に関するデータベースによると、今年上半期の銃の販売件数はおよそ880万丁。その一方、銃器が原因で死亡した米国人の数(自殺を除く)は約1万人に上ります。 渡辺●調査機関「スモール・アームズ・サーベイ」によれば、米国内の銃の数は3億9000千万丁以上。これは米国の総人口(約3億3000万人)よりも多い。自分も所持しなければ危ないとの恐れが高まり、「不信が不信を生む」という負のサイクルがあると考えられます。また、銃乱射事件が起こす犯人の特徴として、妄想にとりつかれたような社会・他者認識があることが挙げられます。独自の歪んだ世界観をもち、社会への不満や恨みを募らせていく。インターネットが普及し、さまざまな情報に触れられることも影響しているのでしょう。その中から過激化する人が出てくる。ヘイトクライム(憎悪犯罪)や銃乱射事件の温床になっているといえます。 ——社会環境の影響ということでしょうか。 渡辺●そうです。ここ数年、新型コロナウイルスの感染拡大によって自宅に〝巣ごもり〟し、ネット空間で過ごす時間が増える半面、他人とコミュニケーションをとる機会は減っています。人生の計画が頓挫したと嘆く人もいる。そうした不遇な状況を他人や社会のせいにしようとする風潮は強まっているようです。コロナ禍の中で、治安悪化の不安が広がり、銃購入件数は増えたといいます。そうした社会的要因に目を向け、銃の犯罪を巡る議論を深めることも重要だと考えます。 【オピニオン】聖教新聞2022.7.18
December 10, 2023
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解体、取り出しまで位置付ける尾松 亮チェルノブイリ法の約束ウクライナは「チェルノブイリ廃炉法」(1998年12月成立)で、チェルノブイリ原発4号機に設置された新シェルターを、「原子炉解体・デブリ取り出し」用施設として建設・運用することを義務付けた。同法第1条の規定に基づき、シェルター内部では「デブリ取り出し」に向けたクレーンの取り付け、運転試験などが続いている。なぜ、この「廃炉法」が必要になったのか。そのプロセスを探ってみたい。事故直後の突貫工事で建設された「石棺」は老朽化し、やがて倒壊することも危ぶまれるようになった。欧州諸国ではチェルノブイリ原発事故の結果、放射能汚染を受けた地域もあり、「石棺」の安定化と事故再発の防止は国際的な課題となった。しかし「チェルノブイリ廃炉工程」を巡り、国際社会とウクライナ政府の目的意識は、必ずしも一致したわけではない。分かりやすく単純化するなら、支援国側としては短期的に「環境汚染の拡大を防ぐ」ことにしか関心がなかった。EUやG7の資金拠出国は、長期間を要する「石棺解体」や「デブリ取り出し」までは踏み込まない方針をとった。97年にG7が決定した故s区西院支援プロジェクト(SIP)においても、「デブリ取り出し」や「石棺施設解体」はあくまで「将来の検討事項」という位置付けにとどめられた。その結果、国際社会による支援は、石棺施設の補強や、「新シェルター」の建設に限定されていくことになる。それに対してウクライナ政府・議会は、「石棺解体と内部のデブリ取り出し」まで含む一連の計画として「廃炉戦略」をつくるこことにこだわり続けた。当初、SIPの実施予定期間は2007年までとされており、時間的・予算的制約から「新シェルターを建設して終了」となることは予想できた。ウクライナ側から見れば単なる「被せもの」の新シェルターが建設され、将来的な廃炉への路は断たれることになる。この状況を受け、翌年98年にウクライナ議会が成立させたのが「チェルノブイリ廃炉法」である。同法は新たに建設されるシェルターを「崩壊した4号機から核燃料を含む物質(デブリ)を取り出すための設備」(第1条)と位置付ける。これが新シェルターを「単なる被せもの」にすることを阻んだ。ウクライナ国内法である「廃炉法」と矛盾し、法的な適合阿性を問われることになる。(廃炉制度研究会代表) 【廃炉の時代―課題と対策―39】聖教新聞2022.7.5
November 21, 2023
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シェルターは解体用施設尾松 亮チェルノブイリ法の約束1986年4月に事故が生きたチェルノブイリ原発4号機には、コンクリートシェルター「石棺」が被せられた。2016年にはその上からさらにアーチ型新シェルターが設置されている。シェルターという呼び名からは、汚染拡大を防ぐための「被せもの」がイメージされる。しかし、この「真シェルター施設」は原子炉解体用設備、つまり廃炉のための設備である。シェルター内部にはクレーンが取り付けられ、遠隔操作で席漢語と原子炉を解体する準備が進められている。このシェルターの位置づけを定めたのが、通称「チェルノブイリ廃炉法」である。チェルノブイリ4号機(石棺)に対する対策と、事故を免れた1~3号機の廃炉に向けた基本原則を定めた法律である。この法律は全13条構成で、労働者保護に対する国の責任や、廃炉の財政確保など重要なルールが定められている。同法第1条は「シェルター施設」を次のように規定している。「チェルノブイリ原子力発電所の崩壊した4号機から核燃料を含む物質を取り出すための設備、および道原子炉を環境上安全な複合体に変容させる活動を実施し、住民と周辺環境の安全を保証するためのシステムを備えた複合設備を含む防護施設」このように同法は、新シェルターに、その内部で「石棺解体」「溶融核燃料(デブリ)取り出し」を行う機能を付与している。「原子炉を環境上安全な複合体に変容させる活動」という言葉は分かりにくいかもしれないが、これは事故の起きた原子炉の廃炉作業だと思ってもらえてよい。事故炉を解体撤去するなどし、環境基準を満たす状態を達成することを目指す作業である。この「廃炉法」の規定があるため、「新シェルターを被せて作業完了」とすることはできない。政府と国営事業者には新シェルターを「デブリを取り出し」「敷地の安全な状態を達成」するための施設として運用する義務がある。だから2016年に新シェルターが設置された後も、同法第1条の規定に基づき、シェルター内部で「デブリ取り出し」に向けたクレーンの取り付け、運転試験などが続いているのだ。チェルノブイリは「石棺を被せて放置した」「廃炉は断念した」かのような理解は、事実とまったく異なる。そのような「廃炉断念」は、法的に認められないのだ。(廃炉制度研究会代表) 【廃炉の時代―課題と対策―38】聖教新聞2022.6.21
November 4, 2023
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石棺モデルという誤解が今も尾松 亮チェルノブイリ法の約束今年2月24日、チェルノブイリ原発(ウクライナ・キーウ〈キエフ〉州)はウクライナに侵攻するロシア軍によって制圧された。これによって、チェルノブイリで進められてきたどんな工程が断ち切られたのか、それを知っておきたい。日本ではいまだに「チェルノブイリ=石棺」という誤解が根強い。特に問題なのは、東京電力や原子力規制委員会の責任者が「チェルノブイリは石棺モデル」として切り捨て、ウクライナの構築してきた自己原発の廃炉に向けた法制度から学んでこなかったことだ。例えば東電の廃炉推進カンパニーの増田尚宏CDO(2016年当時)は、福島第一原発の工程について「チェルノブイリのように石棺にすることは違うと思っています」と述べている。原子力規制委員会の更田豊志委員長は、19年2月20日の会議で「チェルノブイリに対しては取り出したという選択ではなくて、いわゆる『石棺』という、その場で固めて防御する、守るという方策がとられた」と述べている。実際にチェルノブイリ原発の廃炉工程では、「原子炉を覆う『石棺』を解体し、内部のデブリを取り出し、敷地を安全な状態にする」ことを目指す。このような最終目標を定め、「石棺のまま放置」することを禁じたのが通称「チェルノブイリ廃炉法」(1998年成立)である。この「チェルノブイリ廃炉法」はどのように定められ、この法律があることで「何が保証されているのか」考えてみたい。事故直後に原子炉を封じ込めるため建設された「石棺」(86年11月完成)は、やがて老朽化、倒壊が懸念されるようになる。国際社会からは「石棺の安定化」を求める声が強まった。チェルノブイリ原発の立地するウクライナは、当初「即時解体」や「完全埋没」など、さまざまな選択肢を検討し、EUなどの支援国を交えた協議を行った。最終的に97年のG7会議で、石棺の上に新シェルターを建設するプロジェクトが採択された。しかしこのプロジェクトで約束されているのは新シェルターの建設までであり、内部の石棺解体やデブリ撤去までは含まれていなかった。これを受け、翌98年にウクライナ議会が成立させたのが上述の「廃炉法」である。この法律では、新たに建設されるシェルターは「崩壊した4号炉から核燃料を含む物質(デブリ)を取り出すための設備」として位置付けられている。(廃炉制度研究委員会) 【廃炉の時代㊲―課題と対策―】聖教新聞2022.6.7
October 23, 2023
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侵攻のなか中断された工程尾松 亮チェノブイリ法の約束今年2月24日、チェノブイリ原発ウ〈クライナ・キーウ(キエフ)州〉はウクライナに侵攻するロシア軍によって制圧された。ロシア軍の制圧下で送電線が機能不全に陥り、一時外部からの電力供給も絶たれた。同原発の従業員らは、4週間以上の間拘束され、危険状況下で働き続けることを余儀なくされた。不測の事態が起こり、1986年の原子炉爆発事故に匹敵する悲劇が再発するのではないかとの懸念が世界中に広まった。3月31日、ウクライナ国営「エネルゴアトム」社はロシア軍が同原発から撤退したことを発表した。チェノブイリ制圧の真の動機は明らかになっていない。ゼレンスキー大統領が「核武装」の可能性に言及したことで、「使用済み核燃料を軍事転用されることを恐れた」との説もある。しかし本当に核燃料への転用を恐れたのなら、撤退する理由が不明であり、もともとウクライナの核兵器製造能力を疑問視する専門家の指摘もある。チェノブイリ原発制圧の真の動機は今後解明されなければならない。もう一つ、私たちが知らなければならないことがある。ロシア軍による制圧によって、チェノブイリ原発では何が「中断された」のか。制圧下で拘束された200人以上の原発従業員らは、何を目指す作業を行っていたのか。そのことは日本の報道機関が全く報じていない。1986年に事故を起こした4号機には、コンクリートシェルター「石棺」がかぶせられ、2016年にはその上からさらにアーチ型新シェルターが設置されている。こうしたことからチェノブイリでは廃炉の見通しはなく、石棺に永久凍結しているというイメージを持つ人も多い。しかし、この認識は正しくない。事故から35年以上経過した今年2月23日時点でも、チェノブイリ原発では「廃炉」に向けた工程が進められていたのだ。それはどんな「廃炉工程」で、どれだけの期間をかけ、どんな最終ゴールを描いていたのか。それが2月24日に始まる軍事侵攻で、いかに乱暴に断ち切られたのか。それを私たちは知る必要がある。チェノブイリが30年以上かけて構築してきた廃炉に向けた法制度は、福島第一原発のリスクと向き合い続けざるを得ない日本にとって、貴重な参照点である。(廃炉研究会代表) 【廃炉の時代―課題と対策―㊱】聖教新聞2022.5.17
September 23, 2023
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「考えない」悪の凡庸さ 伊藤洋典氏政府の統計不正 国の行政情報や統計の不適切な扱いが近年、相次いで露見している。南スーダン国連平和維持活動(PKO)や森友・加計(かけ)学園に絡む文書の隠蔽(いんぺい)、改ざんをはじめ、働き方改革や入管難民法改正での論議の基礎データ、障害者雇用率、毎月勤労統計と続く。官僚組織の宿痾(しゅくあ)か、政権への忖度(そんたく)か、政治的な介入か。全体主義の過ちを追究したドイツ出身の政治哲学者、ハンナ・アーレント(1906~75)の問題提起と関連づけて、考えてみた。 ユダヤ人を強制収容所に移送する実務を担ったナチスドイツの役人、アイヒマンの裁判記録「エルサレムのアイヒマン」で、アーレントは「悪の凡庸さ」を語った。アイヒマンは狂信的反ユダヤ主義者ではない。妻子や父母らへの態度は模範的だった。出世欲がある役人で、ヒトラーの命令を法として最善を尽くした。ユダヤ人大量虐殺の一翼を担ったのは「怪物」でもなく、極悪人でもなく、普通の人間だった。その悪の何と凡庸なことか、と。 アーレントはナチスのユダヤ人虐殺を、ある意味で行政機構が正常に作動した『行政的殺戮(さつりく)』と呼んだ。彼女が問題にしたのはアイヒマンの想像力の欠如だ。自分の仕事が結果として何をもたらすか、考えない。深い意図から大きな悪が生まれるのではなく、普通の業務として遂行して、大きな悪を引き起こしてしまう。この点は今の時代にも言えるのではないか。 水俣病は、熊本大が有機水銀説を出した後もチッソは工場廃水を流し続け、国や熊本県は規制を怠り、被害を拡大させた。彼らは水俣市民に悪意があったわけではないだろうが、被害抑止より高度成長を選び、いまだ解決できない大きな問題を残した。地域開発でも、生活保護でも、被災者支援でもいったん目標・方針が決まると、市民への影響を考えずに所定の事務を粛々と遂行してしまう、というところがないだろうか。 国の文書・情報の隠蔽、改ざん、統計の不適切な扱いも、同様の姿がのぞいている。厚生労働省の毎月勤労統計の不正集計は2004年から行われ、国民への不利益は考慮されず、延べ約2015万人が雇用保険、労災保険などで減額給付されていたという。賃金上昇率が正確に把握できず、経済政策や景気判断にも影響するという事態になった。昨年はひそかにデータ補正し、本来より過大な賃金上昇率を発表する、という顛末(てんまつ)もあった。 行政情報や統計が遮断されたり、ゆがめられたり、書き換えられたりするということは、国民が正確な情報を共有し、公共的な問題を議論して答えを見いだすという民主主義の大前提、大原則が壊される、ということを意味する。さかのぼれば、成立した安保法制と集団的自衛権の行使容認も、国民が必要な情報を共有して十分議論されたとは言えない。南スーダンPKOの陸自の活動もきちんと文書に残され、国民が検証できるようにしておかないと、議論が成り立たない。 安倍政権はかつてなく官僚支配を強化し、メディアに介入する。メディアは政権への忖度が目につく。国民は今、日本で何が起き、どんな状況なのか、政権が何をやっているのか、きちんと見えない状態に置かれていないだろうか。その中で、多くの国民が政治への関心をどんどん失っているとすると、非常に危うい。国民の目が届かず、強権的な政治を許す土壌が広がっていくからだ。「政治とは言論を交わす公共空間をつくり出すことだ」というアーレントの思想からみると危機的な状況かと思う。 ◇ ◇ 伊藤 洋典(いとう・ひろのり)熊本大教授(政治思想) 1960年生まれ。九州大で法学博士号取得。2001年から熊本大教授。専門は政治思想。著書に「ハンナ・アレントと国民国家の世紀」など。 =2019/02/03付 西日本新聞朝刊=
September 16, 2023
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事故から43年後の現在地尾松 亮 検証TMIと福島1979ねn3月にスリーマイル島(TMI)原発2号機の事故が起きて、今年3月で43年が経過した。しかしTMI原発の廃炉はまだ始まってすらいない。「廃炉」とは通常「燃料抜き出し」後の施設解体や除染プロセスをさす。この意味で「廃炉未着手」なのである。TMI原発ではデブリを取り出した後、「原子炉解体」に着手せず、93年から無期限の「監視貯蔵」を続けてきた。「放射能の自然減衰を待ち、より進歩した廃炉技術を活用することで作業員被ばくを低減する」という先延ばし戦略だ。TMI原発では、事故から41年後の2002年にようやく廃炉計画の議論が始まった。同年12月に米国原子力規制委員会(NRC)が廃炉専門の事業者に同原発のライセンス移譲を始めた。同事業者は17年で廃炉を完了させる計画を描く。廃炉完了には国が定める年間0.25㍉シーベルト未満への除染基準などを満たす必要があり、計画通りに進む保証はない。今年3月の時点で、廃炉事業の担当者は、まだごく初期の計画段階であることを認めている。昨年秋に行われる予定だった冷却塔の解体は延期され、この実施時期は見通せない。長年、TMI原発2号機の安全性のチェックを実施してきた市民団体の代表者は、廃炉事業者の計画の甘さを指摘する。市民団体TMIアラートのエプシュティン代表は、事業者が想定する以上に原子炉内部は汚染されていると考えている。昨年、冷却塔解体が去れたおり、同氏は次のように懸念を述べている。「われわれが懸念するのは、事故から42年が経過した今、この原発が最終的にクリーンアップされるのかの確証だ。TMI原発2号機の廃炉担当事業者が、原発敷地をクリーンアップできるだけの技術、経験、資源を持っているとは信じていません」東京電力は今年デブリの取り出しを開始し、2051年末までに福島第一原発の廃炉を終えるという。「原発を完全にクリーンアップ」するために、どんな計画を見直すのか。国民が意見していかなければ、その確証は得られない。(廃炉制度研究会代表) 【廃炉の時代―課題と対策―㉟】聖教新聞2022.5.3
September 8, 2023
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燃料デブリに対する政府の責任尾松 亮検証 TMIと福島福島第一原発では今年中に「事故で溶け落ちた燃料デブリ」取り出し開始を目指している。そしてこの「取り出し開始」に向けたプロセスを「迅速に進めるため」として、2021年4月に政府はタンク所蔵中の処理水の海洋放出を決定した。しかし、そもそもこの「燃料デブリ」とはどの範囲までを指すのか。「燃料デブリ」を放射性廃棄物として扱うのか。日本では法的な位置づけが定まっていない。スリーマイル島(TMI)原発事故が起きた時(1979年3月)の米国でも、当初は「燃料デブリ」の法的位置付けを定めると同時に、この特殊物質の扱いに関する政府の法的な責任を明確にしている。TMI原発では、事故後11年かけて、デブリを取り出し地域外へ搬出した。この際に、「燃料デブリ」を「政府の研究機関が管理すべき物質」と位置付け、研究目的という理由付けでエネルギー省(DOE)が引き取る形を取った。しかし、TMI原発事故当時、「燃料デブリ」を放射性廃棄物として分類する規定がなく、取り出し後の燃料デブリの貯蔵や管理については何も決まっていなかった。当初TMI原発の運転事業者は「敷地内での一時保管」方針を示し、米国原子力規制委員会(NRC)も了承していたが、立地地域(ペンシルベニア州)の住民からの激しい反対により「敷地外搬出」方針に切り替わる。81年にはNRCとDOEが覚書を締結し、TMI原発2号機から取り出した燃料施設で引き取るとして。覚書では燃料デブリを含む民間処分場での処分ができない廃棄物について、DOEの責任を次のように定めている。 DOEが、TMI原発2号機の事故で発生した固形廃棄物について一般的に有益な検査、開発、試験を行うことが可能と判断する場合、その目的に適したDOEの施設においてDOEがその活動を実施する。民間低レベル放射性廃棄物処分施設での処分ができカニ他の廃棄物も、ライセンス事業者がDOEに対して費用清算をする限りにおいて、DOEは搬出、貯蔵、処分の責任を負うことがありうる。 燃料デブリをはじめ、原発事故では、それまでの制度では想定していなかった形態の汚染物質が発生する。この覚書は、それまでの制度では想定していなかった形態の汚染物質が発生する。この覚書は、未知の形態の「放射性廃棄物」に対する政府の責任を定め、燃料デブリの地域外搬出を可能とする前提条件をつくったといえる。(廃炉制度研究会代表) 【廃炉の時代―課題と対策―㉝】聖教新聞2022.4.5
July 31, 2023
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国は法的な完了要件を尾松 亮検証TMIと福島政府は「廃炉の前に進めるため」というフレーズで処理後の汚染水の海洋放出を正当化してきた。そして福島第一原発では2020年ちゅうの「(事故で溶け落ちた)燃料デブリ取り出し開始」を目指している。しかし政府や東電が「福島第一原発の廃炉」と呼ぶ工程の先に「デブリ取り出し完了」や「原子炉解体」が約束されているわけではない。東京電力福島第一廃炉推進カンパニーの小野明代表は「『廃炉の最終的な姿』はわれわれ一事業者が決められるものではない」と述べている。そして政府と東電流ロードマップでは「廃炉の最終的な姿」に関する記述は、時を追うごとに、改定を重ねるごとに曖昧さを増しているのだ。少なくとも諸藩「中長期ロードマップ(19年12月)では「廃止措置終了まで(目標はステップ30~40年後)」との記述にとどまり、この「廃止措置完了」が「デブリ取り出し終了」を含む状態であるのかは示されていない。スリーマイル島原発事故(TMI—2、1979年3月発生)の先例では、自己から41年後にようやく廃炉計画の議論が始まった。2020年12月には米国原子力規制位階(NRC)が廃炉専門企業に同原発のライセンス移譲を認めた。TMIでは、すでに燃料デブリの取り出し・敷地外搬出は完了している(1990年)。今後は原子炉解体や敷地除染などを含む「廃炉作業」が実施される計画だ。TMIの廃炉計画では、他の通常原発の廃炉と同様の廃炉完了要件が課せられる。連邦規則集の規定に従って、原子炉解体や敷地の基準値(年間0.25㍉シーベルト)未満への除染が義務付けられている。「廃炉の最終的な姿」も国の規制によって数値基準とともに定められている。事業者が「原子炉解体」も「敷地更地化」も明確に約束せず、「最終的な姿はわれわれには決められない」などといえる余地はない。TMIの例からも、国が廃炉完了要件を法的に決めることがまず必要であると分かる。(廃炉制度研究会代表) 【廃炉の時代―課題と対策―㉜】聖教新聞2022.3.15
July 4, 2023
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前提条件さえ見通せない現状尾松 亮検証TMIと福島福島第一原発では2022年ちゅうの「(事故で溶け落ちた)燃料デブリ取り出し開始」を目指している。しかし取り出しを開始しても、「取り出し終える」という検証はない。政府と東電の「中長期ロードマップ」では改定を経る記述が曖昧になっている。ひょはん「中長期ロードマップ」(11年12月)では、全機の「デブリ取り出し」を想定していた。この書板ロードマップは、「全号機の取り出し終了時期については(中略)20~25年後と想定(取り出し器官10~15年間)している」と「取り出し終了機関」を示している。しかし、第3回改訂版(15年6月)以降、「ロードマップ」から「取り出し終了目標時期」の記述は見られなくなる。最新版ロードマップ(19年12月)でも「取り出し終了時期」は示されていない。そもそも「ロードマップ終了時点(51年)」までにデブリ取り出しを終了するのかさえも曖昧である。政府は「廃炉を前に進めるため」というフレーズで処理後の汚染水の海洋放出を正当化してきた。しかし政府や東電が「福島第一原発の廃炉」と呼ぶ工程の先に「デブリ取り出し完了」や「原子炉解体」が約束されているわけではない。このような「どこまでに何をするのか」が曖昧な計画を「廃炉」と呼ぶことが適切だろうか。スリーマイル島原発事故(TM-2、1979年八世)では、自己から6年後の85年から約5年かけて、デブリを取り出し地域外へ搬出した。その五「原子炉解体」に着手せず、93年末から無期限の「監視貯蔵」を続けてきた。TMIの工程では、「デブリ取り出し完了」「十分な安全貯蔵期間を設けた後」を前提条件として、今後ようやく「原子炉解体」等の「廃炉計画」が始まることになる。TMIに先例に照らし合わせるなら、福島第一原発では「廃炉」を始めるための前提条件「デブリ取り出し・搬出」すら見通せないのが現状だ。「取り出し終了」の確証もなく「取り出し開始」を急いでほしいのか。処理水の海洋放出を容認してまで「取り出し開始機関」にこだわる必要があるのか。国民一人一人の意志が問われている。(廃炉制度研究会代表) 【廃炉の時代―課題と対策―㉛】聖教新聞2022.3.1
June 14, 2023
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デブリの搬出先示せない日本尾松 亮検証TMIと福島福島第一原発では2022年中に「自己で溶け落ちた燃料デブリ」取り出し開始を目指している。そしてこの取り出し開始に向けてプロセスを迅速に進めるため、21年4月に政府はタンク貯蔵中の処理水の海洋放出を決定した。ここで一つの疑問が生じる。仮に取り出しに成功したとして、その「デブリ」はどこで誰が引き受けるのか。福島第一原発での工程を定めた「中長期ロードマップ」の初版(11年12月)では、「取り出し後の燃料デブリの安定保管」について「当面の間、適切な貯蔵設備において安定貯蔵される」とし、どこにデブリ貯蔵施設をつくるのかは曖昧にした。しかしその後の「中長期ロードマップ」海底で「デブリの行方」を巡る記述が変わっていく。最新版ロードマップ(第5回改訂、19年12月9では「取りだした燃料デブリは、容器に収納の上、福島第一原子力発電所内に整備する保管施設に移送し、乾式にて保管を行う」とする。つまりは、福島第一原発敷地内に「無期限の燃料デブリ貯蔵施設」をつくるのが、今の計画なのだ。政府も東電も「搬出先」を示さないまま、原発敷地の〝デブリ貯蔵施設か〟が既定路線となっている。デブリ取り出しに成功したスリーマイル島原発2号機(TMI-2、1979年3月事故発生)の先例では、取り出したデブリは立地州(ペンシルベニア州)から遠く離れたエネルギー省の研究施設(アイダホ州)に移送された。デブリ取り出し作業開始以前から、エネルギー省施設での受け入れは決まっており、鉄道輸送用の特殊容器(きゃすく)の開発や、輸送ルー地上の自治体との交渉など「地域外搬出計画」が入念に準備された。TMIでも当初、米国原子力規制委員会(NRC)がデブリ取り出し後、敷地内での一時保管を提案していた。しかし住民や自治体から「スリーマイル島が処分場にされる」と批判が集まり、この「敷地内保管」の方針は撤回された。事故から2年4カ月後の81年7月にNRCとエネルギー省は「スリーマイル島原子力発電所サイトを放射性廃棄物長期保管施設にしないこと」を定めた覚書を締結し、同省施設でのデブリ受け入れが決まる。福島第一原発では〝搬出先の約束〟もないままデブリ貯槽施設建設を認めるのか、民意を問うべき問題である。(廃炉制度研究会代表) 【廃炉の時代―柄井と対策―㉚】聖教新聞2022.2.15
June 1, 2023
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変わる前提と変えない期間尾松 亮検証TMIと福島福島第一原発では二〇二二年の「デブリ取り出し開始」を目指している。当初の「10年後取り出し開始」の目標は、スリーマイル島原発(MTI-2)事故対応を参考に設定された。TMI-2では自己から6年半後に「取り出し開始」したので、それより「少し長め」の期間をとったのだ。「取り出し」の前提条件についても、TMI-2同様の「圧力容器でのメルトダウン」という認識があった。そしてTMI-2と同様に、燃料でぶりを完遂させた状態で取り出す方法(冠水広報)を想定していた。しかし東京電力と政府の「中長期ロードマップ」の改定を通じて、「TMI-2同様」としていた「デブリ取り出し」の前提条件は大きく変わっている。諸藩「中長期ロードマップ」(11年12月)では、デブリの位置について単に「一部は原子炉圧力容器から原子炉格納容器内に流れ出ているものと推定される」とだけ述べられていたが、第5回改訂版(19年12月)では「原子炉格納容器底部及び原子炉圧力ように内部の両方に燃料デブリが存在すると分析されている」と記述が変わっている。10年近い作業の中で「圧力容器外にデブリが流出している」との状況認識がより確定的になっている。デブリ取り出しの工法も大きく変わった。初版ロードマップでは「放射線遮へいに勝れた水中で燃料デブリを取り出すことが最も確実」とし、「冠水工法」が前提であった。しかしこれも「より実現性の高い気中工法に軸足を置いて今後の取組を求めることとする」(19年版)と変わった。格納容器全体を水張りして水中で取り出しを行う「冠水工法は技術的難度が高い」と分かったためだ。水による遮へい効果がない分、気中工法はより放射性物質拡散リスクが高いとされる。つまり、デブリの状態も工法も「TMI-2同様」ではないことが分かったのだ。本来なら、この状況認識や工法の変化が工程全体のスケジュール景況を与えてもおかしくない。それにも関わらす、最新版ロードマップ(19年12月9でも「30~40年後の廃止措置終了」というスケジュールは維持されている。デブリ取り出し開始時期についても、「目標はステップ2完了から10年以内」という記述が維持されてきた。東電はコロナの影響を理由に「取り出し開始」を22年に延期したが、スケジュールの根本的な見直しはない。東電が中長期ロードマップについて、「継続的に検証を加えながら見直していく」と言うだけに、このように「目的期間だけ見直さない」のは奇妙である。(廃炉制度研究会代表) 【廃炉の時代―課題と対策―㉙】聖教新聞2022.2.1
May 22, 2023
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放送法と安倍政権 政治の介入 徹底的に検証を中島岳志立憲民主党の小西洋之参院議員が、二〇一四年から一五年にかけて作成された放送法の政治的公平性を巡る内部文書を公開した。総務省はこれを「行政文書」と認め、同じ内容のものを公開した。 ここでは安倍政権下で総理補佐官を務めた礒崎陽輔が総務省に強い圧力をかけ、放送法の解釈を強引に変更させるプロセスが記されている。礒崎補佐官は「けしからん番組は取り締まるスタンスを示す必要があるだろう」と述べ、時に恫喝(どうかつ)するような言葉で解釈変更を迫った。政府は長らくの間、報道番組が公平かどうかを見る際、放送局の番組全体を対象として判断するとしてきたが、礒崎は一つの番組だけを見て判断する可能性を追求し、高市早苗総務大臣(当時)の解釈変更答弁につなげた。 この「行政文書」を読んでいて驚いたのは、総理秘書官を務めていた山田真貴子の発言である。彼女は総務省の役人で、当時の安倍政権で内閣官房に出向し、広報、女性政策、少子化対策などを担当していた。山田は、礒崎の言動に批判的で、「よかれと思って安保法制の議論をする前に民放にジャブを入れる趣旨なんだろうが」「視野の狭い話」と切って捨てている。そして、政府がこのようなことを進めれば「どこのメディアも萎縮するだろう。言論弾圧ではないか」と発言している。 これは正鵠(せいこく)を射ている。重要なのは、礒崎が安倍首相の意向を忖度(そんたく)し、「よかれと思って」暴走している点を見抜いていることにある。安倍政権の重要な特徴は、首相の直接的な指示以上に、首相の周囲が勝手に忖度をして、強権的な政治が展開していった点である。放送法のケースも、これに該当する。山田はこの構造を問題視し、結果的にメディアの萎縮が起きることに懸念を示しているのだ。 問題は、総理秘書官を務めていた山田が、高市総務大臣の解釈変更答弁に至る展開を止めることができなかったことにある。政権の忖度構造を的確に把握し、批判的な見解を持った内部の人間がいても、事態は好転しなかった。ここに安倍政権の構造的問題があったと言えよう。 ジャーナリストの青木理は、『AERA』のインタビュー(「総務省文書で名指しされた『サンモニ』出演の青木理氏 政権からの敵視は『番組にとって名誉』なこと」3月9日、AERA dot.)の中で、「政治的公平性」という言葉に着目する。青木は、この言葉が政権側からメディアに向けて発せられた時には注意が必要だという。それは「『政権批判をやめろ』という意味に等しい」からである。批判と同じ分量で政権の側の考えも伝えろという主張がまかり通ってしまうと、「物事はすべて相対化され、時の政権や各種権力を監視するメディアとジャーナリズムの使命は死」んでしまう。 テレビ番組の「政治的公平性」について、アメリカは「フェアネス・ドクトリン」(公平原則)と呼ばれる原則があったが、レーガン政権時に「言論の自由」を定めた憲法に基づいて廃止した。これについてアメリカ在住の映画評論家・町山智浩は、東京新聞の記事(「こちら特報部−インターネット放送の『番組』が隆盛の今、放送法4条の『政治的公平』を考える」3月8日、東京新聞TOKYO Web)の中で、アメリカのテレビメディアが「右と左にどんどん両極化」している現実を指摘している。 放送局は固定的な視聴者を獲得しようとして、政治的主張を極端な方向にシフトさせる。保守層をターゲットとしたテレビ局が出現すると、極端にリベラルな対抗局も誕生する。その連鎖の結果、国民の間に大きな溝が生じ、過激な社会の分断が米国社会を支配していると指摘する。 日本のテレビ局は、政権を批判的にチェックする役割を担いつつ、多様な意見を尊重する使命を有している。極端なスタンスをとることなく、権力に対しても一定の距離を保ちながら批評するには、高度なバランス感覚を必要とする。今回明らかになった「行政文書」を精査し、安倍政権下で起きた政治のメディア介入を徹底的に検証することこそ、放送局のこれからを考えるうえで必要不可欠である。 (なかじま・たけし=東京工業大教授) 【論題時評】東京新聞TOKYO Web 2023.4.1
April 14, 2023
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日本も全国展開できる戦略に尾松 亮 政府、地域協働の経済再生近年、米国連王政府は「廃炉時代」を迎える立地地域の経済再生を支援するプログラムに力を入れている。米商務省経済開発局(EDA)の資料によれば、2020会計年度(21年9月まで)には「原発閉鎖の影響を受けるコミュニティー」支援のために1500万㌦が割り当てられた。21年5月にEDAは廃炉が進むビルグリム原発が立地するマサチューセッツ州プリマス市に対して、雇用創出・経済多角化支援のために380万㌦の補助金拠出を決定している。21年9月にも、EDAはミシガン州南西部における「先端研究・支援パーク」計画に対して、600万㌦の補助金を支給することを決定した。これは22年に迫るパリセード原発閉鎖を見越して、周辺地域での新規雇用抄出、経済多角化を推進するための計画である。この「技術パーク」は248人の雇用を生み出し、追加で1400万㌦分の民間投資を得呼び込む効果が期待されている。米国では原発閉鎖後、多くの立地地域が短期間のうちに税収の減少、原発完全雇用の喪失などの社会・経済的影響を受けてきた。廃炉事業だけでは、これら否定的影響を十分に緩和できないことも多くの立地地域の経験が示している。日本よりも先に廃炉時代を迎えた米国では、連邦政府が地域再生に資金を投じ、各地で生み出されるベストプラクティス(最善の事例)を全国展開する戦略を描く。21年11月現在、日本でも24基の商用原発廃炉が決定している。廃炉決定原子炉数で日本は世界第4位に当たり、すでに大量廃炉時代を迎えたといってよい。しかし、米国のように「廃炉時代」の地域再生策を中央政府が支援し、廃炉時代の経済モデルを全国に展開しようという政策はまだない。21年3月には、「原子力発電施設等立地地域振興特別措置法(原発特措法)」の期限が10年間再延長された。同法は原発立地地域の振興策として道路や港湾などインフラ建設を国が負担するものであり、この振興策では廃炉中原発も対象に含まれる。しかしこの政策には「廃炉時代」を見据えた立地地域のための産業育成という視点が欠けている。稼働中原発と同様の振興策をただ延長するのではなく、廃炉を決めた原発立地地域が生まれ変わるための支援こそが必要である。(廃炉制度研究会代表) 【廃炉の時代‐課題と対策‐㉖】聖教新聞2021.12.7
March 27, 2023
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成功事例の水平展開目指す尾松 亮政府、地域協働の経済再生近年、米国連邦政府は「廃炉時代」を迎える立地地域の経済再生を支援するプログラムに力を入れている。米商務省経済開発局(EDA)の資料によれば、2020会計年度は(21年9月まで)には「原発閉鎖の影響を受けるコミュニティー」支援のために1500万㌦が割り当てられた。21年5月にEDAは廃炉が進むピルグリム原発が立地するマサチューセッツ州プリマス市に対して、雇用創出・経済多角化支援のために380万㌦の補助金を決定している。21年9月にも、EDAはミシガン州南西部における「先端研究・技術パーク」計画に対して6000万㌦の補助金を支給することを決定した。これは22年に迫るパリセード原発閉鎖を見越して、周辺地域での新規雇用創出、経済多角化を推進するための計画である。この「技術パーク」は248人分の雇用を生み出し、追加で1400万㌦分の民間投資を呼び込む効果が期待されている。「バイデン大統領は原発閉鎖の影響を受ける地域において新たなチャンス、雇用を生み出すためのコミュニティーによる取り組みを支援することを約束しています」とジーナ・レモンド米商務官は語っている。このEDAのプログラムは、原発閉鎖の影響を受けるコミュニティーを個別に支援することにとどまらない。EDAは、この支援プログラムを通して各地に作り出される「廃炉時代」の地域再生モデルを、他の原発閉鎖地域にも水平展開することを目指す。補助金支給の対象となるプロジェクトでは、以下のような活動を実施することが求められている。・経験共有、研修、情報の普及のために原発閉鎖の影響を受けるコミュニティーの全国的ネットワークを作る仕組み・原発閉鎖コミュニティーの間で共有できるよう、ベストプラクティス(最善の事例)の抽出、成功事例の紹介と共有、定期ニュースレターの発行・支援を必要とするコミュニティーを関与させるための社会・メディア・広報戦略の計画「(補助金獲得のために)提案される活動計画は、原発閉鎖に伴う経済シフトに関連にてベストプラティクスを抄出・改善することともに、地理的に離れた原発閉鎖のコミュニティーが連携して課題に取り組めるよう支援するものでなければならない」とEDAのリリースは述べている。(廃炉制度研究会代表) 【廃炉の時代㉕―課題と対策―】聖教新聞2021.11.30
March 15, 2023
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米大統領が計画の支援を約束尾松 亮政府、地域共同の経済再生2021年9月に米商務省経済開発局(EDA)は、ミシガン州南西部における「先端研究・技術パーク」計画に対する600万㌦の補助金支給を決定した。この「具述パーク」は248人の雇用を生み出し、追加で1400万㌦の民間投資を呼び込む効果が期待されている。ミシガン州南西部では、22年にパリセータ原発(同州ヴァンピューレン郡)の閉鎖が予定されている。同原発の閉鎖により、周辺地域は雇用機会の減少をはじめ、直接・間接的な経済影響を受けることが懸念されている。「この補助金はミシガン州を新たな繁栄の時代に導くもので、地域コミュニティーに長く肯定的な影響をもたらすでしょう」とホイットマー・ミシガン州知事は歓迎する。米国では、原発閉鎖後、多くの立地地域が短期間のうちに税収の減少、原発関連雇用の喪失など社会・経済的影響を受けてきた。廃炉事業だけでは、これら否定的影響を十分に緩和できないことも多くの立地地域の経験が示している。近年、連邦政府は「廃炉時代」を迎える立地地域の経済再生を支援するプログラムに力を入れている。EDAの資料によれば、20年会計年度(21年9月まで)には「原発閉鎖の影響を受けるコミュニティー」支援のために1500万㌦が割り当てられた。21年5月にEDAは廃炉が進むピ罹グリム原発が立地するマサチューセッツ州プリマス市に対しても、雇用創出金拠出を決定している。「売電大統領は原発閉鎖の影響を受ける地域において新たなチャンス、雇用を生み出すコミュニティーによる取り組みを支援することを約束しています。この補助金は立地地域のインフラ整備を通じて、地域の産業誘致を助け地域経済の多角化を実現するものです」とジーナ・レモンド米商務長官は語っている。このEDAのプログラムでは「コミュニティーによる取り組みを支援する」という姿勢が強調される。上述の南西ミシガン「技術パーク」プロジェクトでは、補助金600万㌦に加えて州予算・民間投資合わせて、さらに600万㌦を投じる計画である。プリマス市の計画は地域から追加で130万㌦を投じることで、450人分の雇用を生み出すことを目指している。(廃炉制度研究会代表) 【廃炉時代―課題と対策―24】聖教新聞2021.11.16
March 1, 2023
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原発閉鎖に備え産業多角化へ尾松 亮政府・地域協働の経済再生2021年9月30日、米商務省経済開発局(EDA)はミシガン州南西部における「先端研究・技術パーク」計画に対して600万㌦の補助金支給を決定した。これは来年(22年)に迫るパリセード原発(同州ヴァンビューレン郡)閉鎖を見越して、周辺地域での新規雇用創出、産業多角化を推進するための計画である。同州キャソポリス村を拠点とする非営利団体「南西エネルギー協同組合」が計画実施者として補助金を受ける。補助金は「先端研究・技術パーク」のための道路や上下水道インフラの整備に活用される。この「技術パーク」は248人分の雇用を生み出し、追加で1400万㌦分の民間投資を指こむ効果が期待される。キャソポリス村を含むミシガン州南西部は、これまでパリセード原発に経済的に依存してきた。運転事業者Entergy社によれば、パリセード原発は地球住民6000人を雇用するとともに、燃料交換やメンテナンスで約800人分の仕事を地域には注してきた(20年時点、同社リリース)。しかし、同原発閉鎖により、周辺地域は雇用機会の減少をはじめ、直接・間接的な影響を受けることが懸念されてきた。EDAの補助金を活用した「先端研究・技術パーク」計画は、先手を打って原発閉鎖影響を緩和するプロジェクトとして、地域の代表者らに歓迎されている。「パリセード原発閉鎖から目の前に迫っている状況で、この新たな技術パーク建設は給与の高い雇用を生み出し、民間投資を呼び込み、キャソポリス村住民の定着を助けることでしょう」とミシガン州製移出のフレッド・アプトン下院議員は語っている。パリセード原発「廃炉時代」を見据え、連邦政府が支援する地域経済多角化プロジェクトは、この「技術パーク」だけではない。21年6月には南西ミシガン地域の機材回復・産業多角化戦略を策定するプロジェクトに、EDAが約100万㌦の補助金拠出を決定している。米国では原発閉鎖により廃炉時代を迎えた立地地域で、連邦予算を活用しつつ、地域コミュニティーが主体的に経済再生策を作る動きが始まっている。廃炉減の好立地地域の経済・社会再生に向けた中央政府と地域コミュニティーによる協働の可能性を探る。(廃炉制度研究会代表) 【廃炉の時代—課題と対策—㉓】聖教新聞2021.11.2
February 5, 2023
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住民が主導権有する仕組みを尾松 亮地域の再生と国の責任廃炉事業それ自体は立地地域にとっての長期・安定的な新産業になりえない。原発閉鎖の影響を受ける立地地域が自力で「廃炉以外の新産業」を創出することも困難だ。海外では廃炉地域の経済・社会再生に、政府を関与させる制度作りや取り組みが積み重ねてきた。ドイツでは、1990年に閉鎖した旧東ドイツ・グライフスヴァルト原発周辺地域の経済再生のため連邦政府が30億ユーロ以上の支援を行った。廃炉時代を迎えた立地地域では、国営事業者EWNが地元自治体と協力して新事業団地の形成、廃炉以外の新事業誘致に成功している。英国では2005年、政府が原子力廃止措置期間(NDA)を設立した。NDAは全国17の原子力施設廃炉を担当する政府機関で、それらの廃炉事業で約1万6000人が雇用されている(20年時点)。立地地域の社会・経済再生に取り組むこともNDAの役割である。NDAは「廃炉事業に依存しない地域経済創出」を掲げ、立地地域でのインフラ整備や事業創出を支援している。日本でも、立地自治体の「自力再生」を惟一の選択肢とせず、地域再生に国を関与させる仕組みが必要になるだろう。ここで立地地域の経済再生に「国が関与する」というとき、二つの点に注意しなければならない。一つ目は、住民の移行や地域そのものまでの歴史を無視した中央からのお仕着せプロジェクトとなってはいけない、ということだ。グライフスヴァルト原発立地地域で工業団地をつくる「と誓いはt計画」の策定には、国営EWN社とともにルプミン村などの地元自治体が取り組む英国政府機関NDAは、支援する経済往路ジェクトの選定に当たって地元議会を含む地域のステークホルダー(利害関係者)との意見交換を欠かさず行っている。国に財政上の責任を持たせつつも、地域住民が新産業創出計画で主導権を握れるような仕組みが鍵となる。二つ目の周囲点は、国が予算を投じるに当たって「原子力以外」の産業を支援対象とする必要がある、ということだ。これまで原発関連の税収で優遇されてきた立地地域の再生を廃炉決定後も国の予算を投じて支援をすることについて、反発もありうる。「廃炉決定した地域で原発以外の地域産業をつくる」事業と位置付けなければ、国の予算を投じることに広く納税者から理解を得られないだろう。(廃炉制度研究会代表) 【廃炉の時代㉒—課題と対策—】聖教新聞2021.10.19
January 22, 2023
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各国で政府が産業創出を支援尾松 亮地域の再生と国の責任廃炉事業それ自体は、雇用や税収面で立地地域にとって長期・安定的な新産業にはなりえない。原発閉鎖の影響を受ける立地地域が自力で「廃炉以外の新産業」を創出することも困難だ。海外では廃炉地域の経済・社会聖性に、政府を関与させる制度作りや取り組みが積み重ねられてきた。ドイツでは、1990年に閉鎖した旧東ドイツ・グライフスヴァルト原発周辺地域の経済再生のために連邦政府が30億ユーロ以上の支援を行った。廃炉時代を迎えた立地地域では、国営事業者EWNが地元自治体と協力して新工業団地の形成、廃炉以外の新事業誘致に成功している。英国では2005年、政府が原子力廃止措置期間(NDA)を設立した。NDAは全国17の原子力施設廃炉を担当する政府機関で約1万6000人が雇用されている(20年時点)。立地地域の社会・経済再生に取り組むこともNDAは「廃炉事業に依存しない地域経済創出」を掲げ、立地地域でインフラ整備や事業創出を支援している。米国では廃炉中・廃炉後の立地地域に対して、保管を続ける「使用済み燃料」の量に応じて連邦予算から経済影響緩和基金を初出する新法案が議論されている(座礁原発法案、本連載第2~4回)。この法案はエネルギー省が立地地域のための経済再生タスクフォース(特定任務に当たるチーム)を設立することを求めており、これも「廃炉時代の地域再生」に国を関与させる方針を示している。制度の違いはあれ、廃炉先進国では「地域再生に国を関与させる」仕組み作りがひとつのスタンダードになりつつある。民営原発であっても、その廃炉と地域再生に国(あるいは国営企業)が関与する制度設計である。日本では廃炉決定した原発の立地地域で「廃炉によって地元経済を維持する」という方針が語られることもある。しかしながら「廃炉頼りの自力再生」が行き詰ることは、海外の廃炉先行地域の経験が示している。立地自治体の「自力再生」を唯一の選択肢とせず、地域再生に国を関与させる仕組みを求める必要がある。(廃炉制度研究会発表会代表) 【廃炉の時代―課題と対策―21】聖教新聞2021.10.5
January 3, 2023
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格差是正へ再分配強化を中間層回復は社会安定のカギ駒村康平慶応義塾大学教授に聞く20年間続く「下流層」拡大労働・産業政策 見直す時雇用安定、独占禁止など重要課題 ——格差拡大の現状は。 駒村康平教授 日本では、国民を所得順に並べて男中に来る人の所得額(中位等価化処分所得)が20年間、ずっと低下している。この所得額の半分が貧困ラインであり、貧困ラインが低下しているのに、このラインに満たない人の割合(貧困率)は現役世代も全体も緩やかな上昇傾向にある。つまり、国民全体が貧しくなっている中で、もっと貧しい下流層が増えている。富が富裕層から低所得層に徐々に滴り落ちるとする理論「トリクルダウン」の発想は、賃金上昇に貢献しなかっただけでなく、貧困・格差を拡大したといえる。 そこにコロナ禍が襲ってきたのが今の状況だ。ただ、諸外国のように閉塞感が社会・政治の混乱につながっていない。このため、貧困・格差の悪影響が十分に認識されにくくなっている。この背景には、貧困・格差は自己責任、自助の不足だという認識があるのかもしてない。 ——格差が社会にもたらす悪影響について。 駒村 婚姻件数や出生数の急激な低下、ひきこもり、精神疾患、児童虐待、DV(配偶者などからの暴力)、自殺の増加といった形で、「社会の持続性」を奪っている。 格差を是正しないと、資本主義的製剤自体の持続可能性がなくなる恐れがある。米国でも、買電政権の政策を見ると格差是正の方向にかじを切ったのではないか。1970年代後半以降の、いわゆる小さな政府や、自由競争・格差拡大を放置する政策から潮目が変わってきている。 米国は中間層が崩壊状態にあり、これが社会の不安定要因となってトランプ政権末期の混乱を生んだ。困窮層が多く失業率が高い地域でトランプ氏が支持されたが、社会に対する不満の受け皿を政治が担った時に、ポピュリズム(大衆迎合主義)の方向へ動き、社会の不安定化につながった。社会の持続性を高めるには、生活的にも安定している中間層をいかに分厚くするかがポイントだ。 ——中間層の回復に必要な取り組みは。 駒村 コロナ終息後に元の小さい政府や規制緩和路線に戻るのではなく、累進課税や社会保障給付の充実など意図的に細分パン政策を強化するべきだ。また、経済成長のためには規制緩和や競争政策よりも、労働者を守るセーフティーネット(安全網)や再チャレンジの仕組みが大事だと考えている。社会保障のみならず、雇用の安定や不利な労働条件の改善、独占禁止などの労働・産業分野も含めた新たな社会政策を今こそ求めたい。 コロナ禍で「貧困の連鎖」深刻低所得の家庭に影響直撃教育・保育の質向上などで親を支える体制が不可欠——親の経済格差が子どもに引き継がれる「貧困の連鎖」も大きな問題だ。駒村 コロナ禍で深刻度が増す恐れがあり、もっと公明党に頑張ってほしいと思っている課題だ。〝親が子どもを育てるのが一番〟という発想があるが、低所得世帯では親の教育力や生活力が落ちている傾向があり、貧困の連鎖の重大な要因になっている。例えば、子どもの学力格差は長期休暇中に生じるという研究結果がある。裕福な家の子どもは休暇中に学習塾に通ったり旅行に行ったりできるが、生活にゆとりのない家の子どもはそうした経験ができず、むしろ家にいることで日常生活の影響を直接受ける。親元にいれば安心だという話ではない。コロナ禍による「ステイホーム」が長引き、家にいる時間が多くなることで、子どもたちの格差が広がるとの指摘もある。ストレスなど子どもの精神の影響も深刻だ。加えて、近年は児童虐待の件数が増え続けている。親が無職の家の子どもの死亡率も上昇傾向にある。どの子家の子に生まれたかという運次第で人生が左右されることを意味する「親ガチャ」という言葉が話題だが、そのような貧困の連鎖は絶対に断ち切らなければならない。——連鎖を断ち切るには。駒村 家計支援の充実も必要だが、是非とも親を支える仕組みの構築に重点を置いてほしい。教育・保育の充実や保育人材の処遇改善。いつでも親が子どもについて相談できる体制など、公共サービスの質向上に、より予算を投入すべきだ。子どもがいる家庭や子どもをほしいと思う家庭が安心して暮らせる政策を実行することが、少子化対策となり、貧困の連鎖を断ち切ることにつながる。 弱肉強食から「助け合い」に公明の発信で潮目変えよ新政権の方向示す役割に期待——格差是正に向けて日本が目指すべき社会像は。駒村 私の理想は、競争を重視する新自由主義から転換した「助け合う社会」の実現だ。この重要になるのが、従来の弱肉強食・自己責任という社会の〝空気感〟を変える強力なメッセージを政府が発信することだ。空気感の重要性について、「囚人のジレンマ」というゲーム理論を巡る一つの実験を紹介したい。この理論は、2人のプレイヤーがお互い協力するか、相手が裏切るかによって、得られる利益が異なるゲームにおいて、自分だけ得をしようとすることで、お互い協力するよりもかえって悪い結果を招くというものだ。実権では、このゲームをはじめる前に、あるグループには、弱肉強食で相手を裏切って自分の利益のみ追及する社会を思わせる「ウォール街ゲーム」を行うと宣言し、もう一方には、他者の利益も考慮することを想像させる「コミュニティーゲーム」を始めると伝えた。ゲームのルールは変更せず、〝呼び名〟だけ変えたというわけだ。結果はどうか、ウォール街ゲームの参加者は多くが相手を裏切ったが、コミュニティーゲームでは多くが互いに協力した。呼び名が異なるだけで相手への認知や期待が変化し、結果が変わることになった。現実の人間は100パーセント利己的でも利他的でもない。実際の行動は、お互いに相手を信頼できるかどうかという点で決まる。その認知に影響を与えるのは、ゲーム(社会)の空気(雰囲気)ということだ。——公明党に求められる役割は。駒村 公明党はウォール街ゲームを勧める政党ではなく、コミュニティーゲーム、則ち格差縮小や中間層の回復を制作に掲げる党だと認識している。新政権が発足する今こそ、公明党が「お互い助け合って皆が豊かになる社会にしよう」と発信し、社会の潮目を変えて、政権がそうした方向に進むよう取り組むべきだ。格差拡大によって社会に閉そく感が漂い、日本全体が精神的に鬱屈している。その空気感を変え、新型コロナで傷ついた人々を癒し、信頼と助け合いの社会をぜひとも築いてほしい。 こまむら・こうへい 1964年、千葉県生まれ。慶応弘熟大学大学院博士課程単位取得退学。経済学博士。国立社会保障・人口問題研究所、駿河台大学助教授、東洋大学教授などを経て現職。著書に『中間層消滅』(角川新書)、『社会のしんがり』(新泉社)など。 【土曜特集】公明新聞2021.10.2
January 1, 2023
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雇用、税収減から負の連鎖が尾松 亮地域の再生と国の責任メインヤンキー原発(米メイン州)が閉鎖決定したのは1997年。同原発では設備故障やトラブルが続いており、早期廃炉を求めてきた住民たちはこの閉鎖決定を歓迎した。しかし原発閉鎖直後から、ウィスカセット町は税収や雇用が減少を通じて大きな社会・経済的影響を受けた。数字として示すことのできるもっとも直接的な影響は、メインヤンキー原発から税収の現象である。稼働中の96年にウィスカセット町がメインヤンキー原発から得た税収が1280万㌦だったのに対し、廃炉決定翌年(98年)で従業員数は166人まで減っている。このような原発閉鎖による税収・雇用の減少は、米国内の他の廃炉原発立地地域もほぼ例外なく経験している。例えば、イリノイ州のザイオン原発では閉鎖決定事典(98年)で、約800人が雇用されていた。閉鎖決定後の2年間は完全閉鎖に向けた「移行期間」とされ、その「移行期間」に原発に残る従業員数は200人以下であった。短期間で600人以上が原発での仕事を失ったことになる。2010年に廃炉事業がスタートした後も、廃炉事業で雇用される従業員数は平均して年間200人にとどまる。ザイオン市では、原発閉鎖前に1951万㌦(1997年時)だった原発からの固定資産税が、2001年には814万㌦まで減少している。そしてこれらの立地地域では原発閉鎖により仕事を失った住民の移出、税収減を補うための増税、税負担増による投資減少といった負の連鎖が生じている。日本では廃炉決定した原発の立地地域で「廃炉によって地元経済を維持する」という方針が語られることもある。しかし、紹介した海外の先行事例から、原発閉鎖による税収・雇用減少の影響を「廃炉事業」で相殺することは難しいことが分かる。原発閉鎖の影響を受ける立地地域が自力で「廃炉以外」の新産業を創出することも困難である。海外の廃炉先行地域では、新産業育成や。地域再生に国を関与させる制度作りが進められている。(廃炉制度研究会代表) 【廃炉の時代—課題と対策—⓴】聖教新聞2021.9.2
December 12, 2022
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原発事故からの「ふるさと再生」除本 理史被害の狭い捉え方に問題が生業と暮らしの相対的再建こそ復興政策に欠落するもの3・11から10年以上が過ぎ、コロナ禍の中で「復興五輪」も閉幕した。しかし、福島原発事故災害からの復興には、なお長期の政策的対応を必要とする。残された課題は、福島泥一原発の廃炉・汚染水対策、除染廃棄物の中間貯蔵と最終処分、広大な山林の汚染、生業と暮らしの復興、避難指示が続く帰還困難区域への対策、長期避難者の生活再建など、数多い。2017年には避難指示の介助が大きく進んだが、それから4年半が経過し、何が復興政策に欠落しているのかが、あらためて明らかになってきた。確かに住民は季刊できるようになった。しかし、暮らしの回復は進んでいない。商業施設などもできて生活基盤が整ってきたように見えるが、住民同士のつながり(コミュニティー)など、目に見えにくい部分で回復が遅れている。こうした問題が生じるのは、原発事故被害の捉え方が狭いからである。東京電力の賠償もそうだが、生活再建といっても、住居など一部の条件に目が向けられがちである。山菜・キノコ採りなどの「マイナー・サブシステンス」(副次的産業)は、住民の暮らしに根付いた大事な活動であり、山林は生活圏だった。しかしそのことは十四されず、山林の除染はほぼ手付かずのままだ。 賠償では償いきれない価値原発事故の被災地は、自然が豊かで農業的色彩が強い。住民は行政区などのコミュニティーに所属することにより、そこから各種の「地域生活利益」を得ていた。こうしたライフスタイルには、都市部の生活とは異なり、ただちに貨幣的価値として現れない暮らしの豊かさがある。原発事故による環境汚染と大規模な住民避難は、こうした地域のありようを破壊した。人と人との結びつき、人と自然との関係性が解体され、人々は非難元の生業と暮らしを支えていた諸条件を奪われたのである。この被害の意味について、弓避難指示区域で味噌製造販売を営んでいた男性のケースをもとに考えてみたい。彼は自分の生業や暮らしを「農的生活」と表現している。これは、周囲の自然環境を生かして、季節ごとの自然の恵みや景観的価値を家業と結び付けていたことを指す。周囲の自然の恵みは、旬の野菜だけでなく、フキノトウ、ミョウガ、ヨモギ、タケノコ、ウメ、イチジク、カリン、ブルーベリー、カキ、クリなど多様であり、彼はそれらを商品に添えていた。これはあまり経費を要しないが、顧客には喜ばれていた。また、店舗周辺にハーブ園、庭園、竹林などを整備し、訪問客が散策できるようにしていた。自然環境を巧みに利用することで、顧客満足を高めていたのである。彼の家業は代々継承されてきたものであり、自身が地域の諸活動に積極的に参加することで、住民の依頼を得ていた。そうした信用が商売にも役立ってきた。つまり、地域のコミュニティーが商圏であり、それが代々の信用に裏打ちされていたのである。加えて、家族の成員がそれぞれ役割をもち、努力して家業に勤しんでいたのも幸せなことだった。このように多様な要素が複合した生業は、失われた利益や資産の賠償で償い切れるものではない。また、避難先で同じ営みを再開することは不可能であろう。こうした「ふるさとの喪失」被害は、現在の原子力損害賠償では政党に評価されていない。2012年12月以降、原発事故被害者による集団訴訟が全国各地で起こされている。約30件以上に上る訴訟で、原告数は1万2000人を超えた。そこでの焦点の一つが「ふるさとの喪失」に対する賠償である。17年3月に最初の地裁判決が出され、20年3月~21年2月には六つの高裁判決が言い渡されている。これらの判決の中で、「ふるさとの喪失」に対する慰謝料が少しずつ認められつつある。 人災であり公害事件と認識を原発被災地における「ふるさと再生」は重要な課題である。住民の器官が進まないもとでは、農地の集積・集約、新しい技術の導入なども必要だろう。しかし同時に、もともと被災地に根付いていた農的営みを継承することもまた不可欠である。産業としての農業だけではなく、人々の生業と暮らしのトータルな再建が求められる。そのために制作をどう改善すべきか。政府は、自然災害において家屋など個人財産の保証は行われるべきではなく、自己責任が原則だという立場に立つ。しかし、原発事故は単なる自然災害ではなく人災であり、公害事件である。にもかかわらず政府は、原子力政策に関する「社会的責任」を認めるにとどまり、電力会社に対して規制権限を適切に行使しなかったことによる法的責任(国家賠償責任)は認めていない。そのため、福島復興政策でもこれまでの災害と同様に、除染や産業基盤整備などの公共土木事業が優先される傾向がある。そこでは、生業と暮らしのトータルな再建という視点は後景に退いてしまう。この点の見直しが不可欠だ。被災者一人一人の生活再建と復興に向けて、きめ細かな支援政策を講じていくことが強く求められている。(大阪市立大学教授) よけもと・まさふみ 1971年、神奈川県生まれ。博士(経済学、一橋大学)。専門は環境政策論、環境経済学。著書に「原発賠償を問う」『公害から福島を考える』、『原発災害はなぜ不均等な復興をもたらすのか?』(共著)などがある。 【社会・文化】聖教新聞2021.9.7
November 22, 2022
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重大な岐路に立つ米国の自由民主主義関西大学 会田 弘継客員教授9.11同時多発テロから20年国際社会での威信失う——アルカイダによる9.11テロは、ニューヨークの世界貿易センタービル、ワシントンの防衛総省などを標的としました。ハイジャックされた旅客機が高層ビルに激突する映像はリアルタイムで放送され、世界中の人々に衝撃を与えました。会田教授は当時、共同通信の現役記者でしたが、どんなことを思い出されますか。会田弘継客員教授 20年前の事件の夜(米時間の朝)は東京本社で勤務中でした。その後、米国はアフガニスタン、イラクとの戦争に突入します。1991年の湾岸戦争報道を経験していた私は事件後、ワシントン支局長赴任を命じられ、米国側の動きや情報を一元的に集約し、報道する指揮をとることに。米国の推進する「テロとの戦い」、激動する国際情勢を、米政府・メディアの中心部で追い続ける日々となりました。 ——事件が起きと当時は、米国一極体制の状況への激しい反発・反感が広がっていました。会田 1990年代の米港における新保守主義(ネオコン)の興隆が大きな要因だったといえます。そこには、89年の冷戦終結後、米国で出版され、世界的ベストセラーとなった思想書が深く関係しています。一つは、人類の政治思想は自由と民主主義に収斂していくと論じた政治学者フランシス・フクヤマ氏の著作『歴史の終わり』。もう一つは、フクヤマ氏の師であるサミュエル・ハンチントン氏(故人)が著した『文明の衝突』です。冷戦後には文明間の衝突が主な対立軸になるという主張でした。ネオコンの知識人たちが冷戦後の世界を解釈する上で、二人の主張・議論は重要な役割を果たしたといえます。2001年に誕生するジョージ・W・ブッシュ政権を支えた、ディック・チェイニー副大統領やドラルド・ラムズフェルド国防長官など強硬派ナショナリスト(国家主義者)は、イラクをはじめ中東での民主化推進の理論的根拠にしました。実際には、その内容を期独・呉介していましたが、二つの思想的解釈は米外交に強く影響したと考えます。 ——米国はイラクとの回線(03年)に際し、国際協調路線を拝し、武力外交も辞さない単独行動主義に向かいました。会田 冷戦に勝利したという成功体験が米国の政策方針を歪めたのです。米国には〝勝者の奢り〟があったといえます。ブッシュ大統領は03年5月、空母エイブラハム・リンカーンの艦上でイラク戦争の終結を宣言しましたが、イラクの情勢はむしろ悪化し、米国の外交的威信は低下していきます。また国内では、テロとの戦いが長期化し、米国の関与する中、国民の間には、膨大な犠牲や戦費拡大への不満と政府への不信が次第に高まっていきました。 反グローバル化の拡大——アフガニスタンではテロも起き、再び混乱が生まれています。8月末までに米軍が撤収を進める中、武装組織タリバンが各地を制圧しています。アフガンからの米軍撤収について、どう評価されますか。会田 現在、米国を含む各国が自国民や協力者の退避を進めており、その模様は46年前のベトナムの首都サイゴン(現ホーチミン)が陥落しました。現在のアフガン撤退は残念ながら同じ失敗を繰り返していると考えられます。その理由は、簡単に言うと、民主化の強盛では非民主国家のレジーム・てぇんじ(体制転換)を実現できないということ。その国の文化や生活、思考様式に対する理解が乏しかったといえます。米国の対外的な印象も悪化しており、現時点では大きな痛手となっています。 ——9.11テロの要因として、米国主導によるグローバル化への反発もありましたが、世界経済の変化については、どう考察されますか。会田 グローバリゼーションも1990年代に遡ると、その流れを理解しやすいでしょう。95年のWTO(世界貿易機関)発足に象徴されるように、冷戦終結後、西側の自由貿易体制が世界規模で展開していきます。ワシントン・コンセサス、すなわち米政府やIMF(国際通貨基金)、世界銀行がもつ経済政策の共通認識によって世界経済の一体化が進む一方、格差拡大などを生み、「米国主導の資本主義」に抗議する機運が世界的に高まっていました。99年末、西海岸のシアトルで開催されたWHO総会では、数万人が抗議デモに参加し、警察隊との衝突も生じました。また97年から98年にかけて、アジア各国で通貨危機が勃発した時、IMFが介入して難局を乗り切ろうとしましたが、それもワシントン・コンセサスの強要だとの批判が強まりました。9.11テロが起きた時、私は反グローバル化のうねりを直感的に想起しましたが、世界中の多くの識者・ジャーナリストも同様だったのではないでしょうか。 政治を動かす思想の力——グローバリゼーションは米国の社会も変容させました。会田 そもそもグローバリゼーションは、競争と効率性を重視する新自由主義が広がった帰結です。これは、共和党のロナルド・レーガン政権が80年代、小さな政府・規制緩和・自由貿易を中心とする経済政策に移行したことに始まります。本来ならば、米民主党が政策的な対抗軸を打ち出すべきでしたが、次のビル・クリントン政権は同じ路線をとります。民主党を支えていた労働組合の勢力が衰えてきたこともあり、大きな政府・福祉政策の路線から転換し、グローバル化の流れの中で繁栄している新産業のIT業界、金融資本と結び付いていく。グローバリゼーションは米国経済を底上げしましたが、格差問題も深刻化させました。一方、9.11が起きた2001年、中国がWHOに加盟します。これも米国内の格差拡大の重大な契機となりました。端的に言えば、1970年代以降、米国の産業構造が変化し、製造業は衰退していきました。中国が世界貿易体制に参加したことで、それが加速化したのです。 ——職を失った白人中間層は不満を募らせ、ドナルド・トランプ大統領の誕生を後押ししました。会田 そうです。反格差運動はそれ以前、2008年のリーマン・ショック(米投資銀行リーマン・ブラザーズの経営破綻と世界金融危機)を機に、わき上がっていきました。この危機は、9.11テロと同様、世界に衝撃をもたらし、米政府は公的資金を用いて銀行を救済する一方で庶民は放置されました。格差は一層広がり、国民は深い失望に陥ったのです。この20年で顕在化した課題は極めて重いといえます。米国では今、台頭する中国との対立があります。中国は権威主義のもと、〝独自の資本金〟を築きつつある。米中両国は、どちらの体制が優位化を競い合うことになりますが、状況は冷戦期より厳しい。東西両陣営に経済圏が分かれていた時と違い、米国は中国経済に依存し、経済力は相対的に低下しています。何より、米国の強みである国内問題を解決する力が衰えている。米国の自由と民主主義は輝きを失ったとの見方がある一方、米国の識者の間ではリベラリズム(自由主義)を問い直す動きが見られます。建国以来、国家形成の基盤となった「財産(権)の追求、自由を基調とする個人主義」についても、個人主義を重視しすぎたことが政治や社会を行き詰らせた要因だという指摘があります。「思想こそが世界を動かす力だ(Ideas Have Consequenoes)」との言葉がありますが、共産主義と福祉政策を両立させた画期的なアイデアのように、格差問題をはじめ諸課題を解決する上で、米国の回復力を発揮させる新たな発想が求められます。 【オピニオン】聖教新聞2021.8.30
November 9, 2022
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国境の曖昧な要件を法的に規定尾松 亮地域のルールで縛る2020年6月16日、マサチューセッツ州政府は同州に立地するビルグリム原子力発電所の廃炉に関して事業者Holtec社と協定を締結した。この協定は、マサチューセッツ州がHoltec社〈及びその子会社〉による廃炉実施を認める代わりに、廃炉計画に対しての追加の要件、ルールを設定したものだ。この協定により、廃炉完了後の跡地再利用に向けた汚染提言は連邦政府の定める0.25㍉シーベルトよりも厳しい、州基準の年間0.1㍉シーベルトが適用される。廃炉完了までに敷地内の使用済み燃料貯蔵施設を撤去する義務も定められた。マサチューセッツ州の協定は、地域主導で「廃炉完了」の姿を定め、廃炉事業を地域のルールで縛る試みである。このように廃炉の要件を立地州が規定する取り組みは、マサチューセッツ州が初めてではない。例えば18年3月2日付でバーモント州政府は廃炉事業者Northstar社と覚書(MOU)を締結している。14年末に閉鎖したバーモントヤンキー原発(同州ウィンダム郡)の廃炉に関して、同州政府がNorthStar社に追加の要件を義務付けたものだ。このMOUは、汚染除去実施のために財源確保義務や、バーモント州独自の放射線防護基準(年間0.15㍉シーベルト)に従うことなど、追加要件を定めている。同MOUは、廃炉に際して徹底した汚染除去を遂行させるため、サイト回復信用基金を設け、総額2億5000万ドル以上の財源を確保することを事業者に義務付けた。さらにNorthStar社は予期せぬ追加の汚染が発見された場合を想定して3000万ドル分の保険に加入する義務を負う。そして同社は廃炉事業における予算執行状況を毎月バーモント州政府に報告しなければならない。バーモント州のMOUは「全ての汚染された地下構造物の撤去」「地下4㌳までの深さに位置する全ての構造物の撤去」など、解体撤去に係る詳細ルールも定めている。政府の規制委員会が定める「廃炉要件」では「どこまで除染するのか」「どこまで施設・設備を撤去するのか」など曖昧な点も多い。国の要件が曖昧な部分は、立地地域が先手を打って「廃炉のルール」「廃炉完了の姿」を法的に規定しなければならない。上述の州政府による協定やMOU締結の取り組みは、そのことを物語っている。(廃炉制度研究会代表) 【廃炉の時代―課題と対策―⑭】聖教新聞2021.6.29
August 4, 2022
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「安倍元首相は自らが生み出した『長期腐敗体制』の犠牲者です」 思想史家・白井聡が語る銃撃事件連続在職日数2822日、憲政史上最長の政権を築いた安倍晋三元首相は、アベノミクスや集団的自衛権の行使など、賛否両論の政策を推し進めた。またスキャンダルにまみれたモリカケ問題では、国民を二分する激しい対立を引き起こしもした。 2012年12月に成立した第2次安倍政権とは何だったのか。安倍氏が殺害されるひと月前、奇しくもその実態を論考した『長期腐敗体制』(角川新書)を上梓していたのが、思想史家であり政治学者の白井聡・京都精華大学准教授だった。 ベストセラー『永続敗戦論』をはじめ、戦後日本政治史の核心をつく著作を発表し続ける白井氏に、第2次安倍政権以降の「体制」について、その真相を語ってもらった。 (取材・文 小林空)「自公政権はきわめて歪な『体制』と化している」 ――安倍晋三元総理が凶弾に倒れました。 まずは哀悼の意を表したいと思います。あまりに衝撃的で言葉もありません。 事件の解明はまだこれからですが、歴史にその真相を正しく刻むべき事件となることは間違いない。 近年、暴力の激発が増大しています。秋葉原の無差別殺傷事件、相模原の障害者無差別殺傷事件もしかり。また在日コリアンへのヘイトスクラムであると指摘される京都宇治のウトロ地区への放火事件も記憶に新しく、暴力はエスカレートしてきたわけですが、ついに体制側への暴力が発生してしまった。今後、暴力の連鎖が生じかねないという危機感が募ります。 ――安倍氏を殺害したのは、母が深く信仰し、その財産を収奪的に献金した統一教会に深い怨恨をもっていた山上徹也容疑者でした。 彼は団塊ジュニア世代でもあり、一時、自衛隊に所属しますが、その後は非正規として職を転々としていたようです。バブル期に育ち、「失われた30年」に主に非正規社員として社会人生活を送っていた。典型定なロスジェネの貧困不安定層ですね。 安倍氏が統一教会と関わりがあったことが今回の事件の発端と考えられますが、同時に安倍氏は「失われた30年」の期間に憲政史上最長の政権を築いた総理でもありました。山上容疑者は特異な家庭に育ち、苦しんだ挙句にこの凶行に至りましたが、本来は大学に進学できる十分な学力があったはずでしょう。彼のような不利な環境で育った人に対する公助が不足している現実が、図らずも露呈することとなりました。 ――政治史的な観点から、今回の事件をどのように解釈しますか? 私は2012年以降発足した安倍政権から現在の岸田文雄に至る自公政権は、きわめて歪な「体制」と化していると考えています。それを私は長期腐敗体制と呼んでいるわけですが、その間に露呈した数々の無能、不正、腐敗にブレーキが掛けられなかったことで、その恩恵にあずかる一部の既得権者を押し上げる一方で、多くの国民の生活は疲弊していきました。そういう意味で、今回の衝撃的で傷ましい事件で、安倍氏自身も長期腐敗体制の犠牲者となったと言うべきではないか。いまはそんな感想を抱くことを禁じ得ません。「2012年体制」の深層 ――本書では2012年からの第2次安倍政権以降を「2012年体制」と定義づけられていますが、タイトル『長期腐敗体制』にも体制という言葉が使われています。これは、どういう意味なのでしょうか。 2012年体制とは政治学者の中野晃一さんが「55年体制」を意識し、提唱したものです。自民党を万年与党、社会党などを万年野党とした55年体制は、30年以上続いたのち、93年の細川政権の誕生により終焉しました。 その後、実現されるべきポスト55年体制とは、政権交代が可能な「二大政党制」、また官僚主導から脱却する「政治主導」であると定義されました。紆余曲折を経て、2009年の民主党政権成立により模索されてきたポスト55年体制は出来上がったかに見えました。 しかし、2012年に民主党が下野し、第2次安倍政権が誕生して以降、政権交代の可能性は実質的に消滅しました。この状態が2012年体制と呼ばれるものです。それが今日もなお続いているわけです。 では体制とは何か、長期政権と何が違うのでしょうか。政権とは人物によって語られるもので、たとえば、佐藤栄作の首相在任期は長かったけれど、佐藤政権としか呼ばれないし、小泉純一郎氏の政権も同様です。 一方体制は、固有名が消えて、固定化された権力の構造を意味します。江戸時代の「幕藩体制」や旧ソ連や中国のような「共産主義体制」といったように、つまりはトップが入れ替わっても変化が生じないほどに権力構造が強固に定まっている状況が体制なのです。 実際に第2次安倍政権が長期化する中で、我々は徐々に「安倍一強体制」という言葉を使うようになっていきました。無意識のうちにこれは単なる長期政権ではないと気づいたのです。ゆえに、菅政権、岸田政権に変わってもその権力構造は基本的に変わらない。だから体制なのです。 そして2012年体制を、私は長期腐敗体制とも呼んでいます。これは安倍氏が死去し、政治の中枢からいなくなったこれからも継続する可能性の高い権力構造なのです。こんなどうしようもない体制が事実上のポスト55年体制になってしまったのです。「腐敗」「不正」「無能」の三拍子 ――55年体制の崩壊とともに二大政党制や政治主導を目指した結果、民主党政権の失敗を経て、長期腐敗体制が築かれてしまった。主に政治主導の失敗が招いた体制とも言えそうです。 09年に民主党政権が成立した際、前面に打ち出したのが政治主導でしたが、やり方があまりに拙劣で狡猾な官僚の餌食となってしまいました。その後、民主党が下野して誕生した安倍政権でも政治主導の理念は生き続けます。 2014年には内閣人事局を作り官僚の人事権を握ることで制度的には政治主導を完成させました。人事権を握ることで官僚への強力な権力の源泉を安倍政権は掌握し政治主導を制度としては確立したのです。 ところが権力掌握に成功したものの、政治家の側に官僚を主導する能力や見識はありませんでした。そのため実態としては政権中枢に取り入るのが上手な一部の官僚たちが専制的に支配する体制が出来上がってしまいました。本来目指された政治主導とはかけ離れたものです。1980年代から官僚機構は批判を受け、それが政権交代の原動力にもなったのですが、いまやこうして官僚機構は権力をガッチリと再掌握したのです。 ――そのため本書では、2012年体制は、「腐敗」「不正」「無能」の三拍子がそろっていると指摘されています。 長期腐敗体制の中でどのように劣化が進み、どんな失敗があり、かつ、どう隠蔽されてきたのか。モリカケ問題や桜を見る会など不正や腐敗もありましたが、特に無能さを露呈したのがアベノミクスでした。安倍氏は「株価が上がり、有効求人倍率は上がり、雇用創出に成功した」と主張しましたが、首をかしげざるを得ません。すべてはマヤカシだったのではないか。まさに今そのツケが回ってきています。 アベノミクスの柱は日本銀行を「政治主導」して行われた異次元の金融緩和でした。これのせいで、いま日本の経済政策はにっちもさっちもいかなくなっている。アメリカをはじめ諸外国がインフレに苦しみ金融引き締めを急ぐ中で、日米の金利差が拡大し、終わりのない円安にあえぐ結果になっている。年末には対ドルで150円という水準の円安に向かうとの観測も流れています。 そもそも異次元金融緩和はカンフル剤のようなもので、注射することで日本経済が活性化するきっかけをつくるという政策だったはずです。しかし、そもそも資金需要のない日本経済に、異次元緩和で大量のマネーを供給し続けただけでした。そのお金は日銀の当座預金に積みあがるばかりで、市中に流れ出ることはなく、新規産業も生まれなければ、労働者の待遇も改善しなかった。 雇用は非正規ばかりが増える一方で、給料も上がらない。こんな状態で、個人消費が喚起されるはずもない。さらには社会保障費は右肩上がり。そこへもってきて、いまはまた円安やエネルギー価格高騰の悪いインフレで、家計は圧迫されています。2012年体制の下で日本がどれほど貧しくなったか、目を覆うばかりです。日本人の経済生活は破綻に向かっています。 設備投資の観点からみても、エネルギー問題から見ても、深刻なのは再生可能エネルギーへの投資がまったく不足していたことです。世界的にもカーボンニュートラルが追求目標となっている中、自然エネルギーへの転換において、日本はヨーロッパ諸国から大きく水をあけられる状況になっている。 10年前、20年前には、京セラや三洋電機(現パナソニック)が世界でトップを走っていた太陽光発電の電池パネルの生産は、中国のメーカーに抜かれて見る影もありません。そして今、電力不足で苦しむという新興国と変わらない状態になっている。「縁故を優先する考え方」が蔓延る ――異次元の金融緩和は日本の経済界を突き動かすこともできなかったということですね。そして、景気は上向くことはなく、いまも金融緩和をやめられない。これが円安を招いている実態と言えそうです。 アベノミクスの失敗は、政治家だけでなく経済界にも大きな責任があると思います。コロナ禍でムリヤリ開催されたオリンピックが典型ですが、国策にはどんなに馬鹿らしいことでも「万歳! 万歳!」と言って一枚かませてもらおうと必死になるが、本来、やるべき政策が民間からボトムアップされることはありません。 そして、労賃カットと円安誘導という最も安易な手段で収益確保です。経営者として本来あるべき展望を欠き、2012年体制を支えることで、利権にぶら下がる商売を続けてしまった。 日本の今の在り方はネポディズム(ものごとの正しさよりも縁故を優先する考え方)資本主義と呼んでもいいでしょう。他方、政治的には権威主義国家となり下がってしまった。 ――鯛は頭から腐ると言いますが、まさに「無能」さを露呈した頭(トップ)から日本経済の衰退は進んでいる。それなのに、それをくつがえす民間の活力が湧き上がらない。 その通りです。だから長いものに巻かれることしか考えない人間が増えている。文化面で見るべきものがあればまだ救いがあります。歴史的に見ても国の衰退期には、退廃的で美しい文化が生まれることもありますが、それも感じることはできません。政治、経済、文化、どの面をとっても閉塞と停滞しかありません。精神的に死に絶えつつある気すらします。ロシア交渉も成果なし ――安倍政権で比較的評価の高い外交・安全保障についても、白井さんは「目も当てられない」と指摘しています。 それは長期的な視点やそのための主体性、自主性が感じられないからです。これは2012年体制の外交に首尾一貫しているのですが、「国際社会で日本が生きていく道はこうなのだ」という確たるビジョンがない。 安倍政権は、前半期には中国を抑え込むために対米追従・従属を深める外交でした。そのためにTPPに参加したし、また、集団的自衛権の行使容認というほとんど改憲に等しいことまでやりました。ところが後半になると徐々に対米従属一本足打法を修正し始めます。 顕著なのが中国への接近です。そもそも日本経済が中国との関係なしに成り立たないことは、分かりきったことでした。その現実に促される形で、関係改善を余儀なくされたというのが真相でしょう。 実際、2020年には中国の習近平国家主席を国賓として招くはずでした。これはコロナ禍で中止となってしまいましたが。しかしながら、総理を退任してからの安倍氏は、台湾有事をことさら宣伝するようになり、対中緊張を煽りました。 要するに、何がやりたいのかさっぱりわからないのです。こうしたビジョンのなさは外交では致命的に作用します。それがロシア交渉で露呈しました。 2014年ロシアがクリミア併合を行いアメリカとの緊張が高まっている最中、安倍氏は北方領土問題の解決と平和条約締結を目標としてプーチン大統領と27回首脳会談を行いました。 米露緊張の中でのロシア交渉に、プーチン大統領は「アメリカの機嫌を損ねるのはわかっているよな、覚悟しているのか」と様々な形で問いかけます。ところが、日本からの回答はなく、ここでも安倍氏の外交姿勢は曖昧なままに進められた。当然、プーチン大統領の日本への不信を払しょくできるはずもなく、ロシア交渉は何の成果も得られませんでした。 コロナ対応に追われた菅政権での外交はほとんどなく、岸田政権になってからは再び対米従属一辺倒へと戻りつつあります。 ――ウクライナ情勢を見ても、米中対立を見ても、これから地政学的に大きな変化は避けられそうにありません。 ロシアの侵攻に対してウクライナは健闘していますが、ロシアが地力で勝るという現実が徐々に明らかになってきました。さらにアメリカ主導で対露経済制裁が行われているわけですが、参加しているのは先進国だけ。制裁を掛ければロシアは立ちいかなくなるだろうという見込みで始めたわけですが、あまり効いていない。現実問題として先進国に世界をコントロールする力などないことが証明されつつあります。 そういう混沌とした世界情勢の中で、現状分析もあやふやでビジョンを明確に示さない2012年体制が対応できるのか。難しいだろうと言わざるを得ません。 ――ビジョンのない長期腐敗体制は、なぜ生まれてしまったのでしょうか。 無能と不正、腐敗の体制がなぜできたのかを問うべきでしょう。今回の参議院選挙でも自民党が大勝したわけですが、それは国民がこの体制を支持し続けているからにほかなりません。 本来、民主主義国家では、国民の不満が高まれば為政者にノーが突き付けられる。イギリスでは7月7日にジョンソン首相も辞任に追い込まれたわけですが、きっかけはコロナ禍の行動制限に違反してパーティを開いていたことでした。こうした権力者の不正を罰する国民の姿勢は、少なくとも2012年体制ができてから、日本では影を潜めています。 批判に値することが続けばトップのクビが挿げ替えられる。この当たり前の民主主義のメカニズムが、日本では働かなくなっている。もはや日本では選挙が機能していないのではないかと、選挙をやる意味すら問われる状況になってきてしまっています。 その意味で、冒頭に語ったように安倍氏は2012年体制の犠牲者と言えるのではないでしょうか。本来であれば、無能と不正、腐敗が明らかとなれば、どこかでブレーキがかかるはずだったのですからね。国葬に反対する理由 私自身はもう、一つ一つの選挙の結果に一喜一憂しなくなりました。結局は今のような政治状況を作っている社会の質、社会を構成している国民の質が問題の本質なのです。 経済的に苦しくなっているのに、投票率は上がらない。明らかに統治パフォーマンスの低い「長期腐敗体制」を支持してしまう。危機を回避する本能が、日本からどんどん失われているのではないか。日本人は生命力を失いつつある。そんな危機的な状況に陥っているのだと思います。 最後に、安倍元首相の国葬に私は反対です。最大の理由は、国家・国民に対する貢献がないからです。岸田首相は、民主主義への挑戦には屈しない意思を示すというようなことを言っていますが、そもそも山上容疑者による犯行は民主主義への攻撃ではない。家庭と彼個人の人生を台無しにされたことによる恨みが動機です。 選挙期間中の犯行となったのは、やりやすかったからにすぎない。ですから、国葬の岸田政権による政治利用は明らかであって、それは2012年体制を維持するのだという意思表明にほかなりません。岸田氏も、国葬を支持する人たちも、自分の権力の維持や自分の自意識のかさ上げのために、安倍氏を亡くなってまで利用するのはいい加減にしろ、と言いたいです。ヤフーニュース2022.7.27
July 27, 2022
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除染や財源確保に独自基準尾松 亮地域のルールで縛る2020年6月16日、マサチューセッツ州政府は同州に立地するビルグリム原子力発電所の廃炉に関して事業者Holtec社協定を締結した。ビルグリム原発が完全停止したのは19年5月。同8月に米国原子力規制員会NRCは、同原発を運転事業者からHoltec社に移譲して廃炉を進めることを認めた。上述の協定は、マサチューセッツ州がHoltec社(およびその子会社)による廃炉実施を認める代わりに、廃炉計画に対して追加の要件を設定したものだ。「この協定は連邦政府の基準より厳しい基準の順守を義務付け、重要な防護策を保証するものです」と同州のヒーリー司法長官は評価する(20年6月17日付同州政府リリース)。この協定が定めたルールとはどのようなものか。第1にこの協定は、廃炉の各段階で作業の質を保証するために十分な財源確保を義務付けている。敷地の除染や環境回復作業の完了のために1億9330万㌦、使用済燃料の州外への搬出のために3840万ドルなど、具体的な財源確保義務が定められた。そしてHoltec社は州政府に対し、廃炉作業の進捗状況と共に財源確保状況の報告も義務付けられている。これらの規定により、廃炉事業者による恣意的なコストカットや、財源不足を理由にした作業の質低下を防ぐことができる。第2にこの協定は、汚染除去作業に際して、事業者が州政府の定める基準やガイドラインに従うことを義務付けている。例えば、廃炉完了後の跡地再利用に向けた汚染低減基準は、連邦政府が定める年間0・1ミリシーベルトよりも厳しい、州基準の難関0・1ミリシーベルトが適用されている。そしてHoltec社は州政府の規定に従って汚染除去活動の報告を求められる。この協定でもう一つ重要なのは、廃炉完了(規制員会による廃炉事業のライセンス修了認定)までに使用済燃料の地域外搬出を義務付けたことだった。同協定は「廃炉終了までに独立使用済燃料貯蔵施設とその付属施設を含むビルグリム原子力発電所敷地に残る全ての構造物を撤去する」と想定した。使用済燃料の排出先がないまま、廃炉完了後も燃料貯蔵施設が残る事態は米国各地で問題となっている。そのような実態をあらかじめ阻止する規定を設けたのだ。マサチューセッツ州の協定は、地域主導で「廃炉完了」の姿を定め、廃炉事業を地域のルールで縛る試みとして注目に値する。(廃炉制度研究会代表) 【廃炉の時代⓭—課題と対策—】聖教新聞2021.6.15
July 17, 2022
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▼憲法を現状に合わせる必要はない改憲議論のなかには、憲法に実質的な価値がなければならない、とする意見があります。例えば、憲法の前文には国の伝統とか文化、愛国心などがないから、それらを書き込むべきだという議論がありますが、そもそも、憲法には、個別的具体的な価値の実体に口を挟む義務などないのです。あくまでも、人民から権力を受託した側が、それを恣意的に行使できないように制約を課するものであった、その考えのもとに立憲主義は成立しているのです。諸個人の基本的権利——すなわち基本的人権を、どのように保障し、守るのか。それを規定するのが、憲法の基本的な在り方なのです。どのような政治的状況が現出しても、基本的人権にまつわる領域に国家権力の介入が行われないために、近代憲法が生み出されました。しかし、現在の改憲論議のなかには、憲法の本来的な在り方とは、まったく逆さまな意見が存在しています。それは、愛国心の症例や靖国参拝にみられるような、政教分離の垣根を取り払おうとする議論など、国家による個別具体的な価値への介入を認め、それを憲法に謳おうという考えです。それを突き詰めていくと、極論すれば、祭政一致型の国家にならないとも限りません。それにもかかわらず、この点に関する議論がほとんどなされないことに、大きな違和感をおぼえずにはいられません。 【姜尚中の政治学入門】姜尚中著/集英社新書
June 19, 2022
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