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うちの塾の近くには私が認識しているだけで、●●塾と△△塾と□□塾(全て仮名)がある。●●塾は個人塾で、△△塾と□□塾はどちらも市内及び近辺に数教室もつ塾だ。一駅先には○○塾と××塾(全て仮名)がある。この2つは県内に数十教室を構えるような、いわゆる大手塾だ。あとはFCの個別塾が何件かあるが、うちは集団塾なのでスタンスが違ので置いておこう。うちの塾が対象としている中学生のほとんどが、この5つの塾のいずれかに通っている。現在の勢力図で言うと、トップ校を目指している生徒と、大手好きな生徒が大手の○○塾と××塾を選ぶ。そして、平均以下で大手嫌いな生徒が●●塾や△△塾、□□塾に散らばっているという感じだろうか。じゃあうちの塾はというと、現在はカオス状態にある。トップ校を目指す生徒もいれば真ん中くらいの生徒もいて、そうかと思えば平均以下の生徒もいる。開校1年目の新しい塾の宿命というべきか、生徒の学力層がまばらの状態だ。今年の3月からはうちの塾も2年目に入る。これから3年計画で、この界隈の学習塾の勢力図を塗り替えてやろうと目論んでいる。まず2年目にやることは、塾生の学力層とゴールとする高校のレベルを揃えることだ。来年は1年間手塩にかけて鍛え上げた今の中2生が受験生になる。授業も現在の塾生のレベルに合わせるので、かなりハイレベルになるはずだ。新中3生だけではなく、他の学年も全て現在在籍している塾生にレベルを合わせる。どんどんとうちの塾のレベルを底上げしていき、地域にもそれを認知してもらうことができれば、入塾してくる生徒の学力層と志望する高校のレベルがほぼ揃うことになるだろう。レッドオーシャンではなく、目指すところはブルーオーシャン。3年後に地域の方々に「ここら辺の少人数制の塾でレベルの高い高校に行くのなら慧真館よね♪」という認知をしてもらえるように、うちの塾を設計していくつもりでいる。というワケで、何が言いたいかというと、明日の広告作り頑張るぞということが言いたいのだ。
Jan 31, 2009
癌であることが疑わしい患者は、なるべく早期に医者に行った方が良い。昨今の日本の医療技術では癌はもはや不治の病ではなく、早期発見できればそれだけ完治する可能性も生存率も高くなる。しかし、いくら日本の医療技術が進んでいるとは言え、体中に癌細胞が転移してしまった末期症状の癌患者には、最新の医療技術を持っている医者でも、慰め程度の延命治療以外になす術は無い。「なぜこんな末期症状になるまで放っておいたんだ。もっと早くに病院に来てくれれば、確実に助かったのに。」医者は施しようのない患者を目の前に、そう思うのであろうか。子どもの勉強に対しても、これと全く同じことが言える。少しでも勉強につまずき始めた子どもは、なるべく早期に何らかの対策を打つべきだ。塾に入れても良い。家庭教師を付けても良い。親が直接教えるのでも良い。そのまま放っておいても、まず良いことは絶対に無い。勉強のつまずきも癌と同じだ。対処する時期が早ければ早いほど、それだけ『完治』できる可能性が高い。いや、勉強に至っては『完治』どころでなく、以前よりも健全で強い脳を作ることだってできる。毎年この仕事をしていて必ず思うことがある。きっと、思ってはいけないのだろうが、それでも思ってしまうことがある。「この子があと1年早く塾に来ていたら、もしくは小学生の時からこの子を教えていたら、あと数ランクは上の高校に行けただろうに…」塾屋もプロだ。もしも学力が崩壊している末期症状の生徒がやってきたとしても、全力でその症状をなんとか緩和しようとする。しかし、それには子どもにも講師にも通常の倍以上の苦痛を伴うことは避けて通れない。しかも入試には、タイムリミットという時間的制限も加わる。短期間での『治療』では、やはりそれなりの成果しか望めないのも事実だ。子どもの学力に少しでも危機感を覚えたら、末期症状になる前に、すぐに何らかの対処を取って欲しいと切に願う。対処する時期によって、子どもの進学先、しいてはその子の未来が大きく変わってしまうこともおおいにあり得るのだ。本当は学力崩壊が起こらないように、子どもが幼い時から『予防』していくのが一番なのだが。
Jan 30, 2009

英文法の掘り出し物発見。これは何というか英文法の『公文』学習のような感じ。63段階のスモールステップを全てクリアーした暁には3年間の文法ルール全てが身についていることだろう。さてこの教材、うちでどうしてくれようか。そこを悩み中…。まずは最近新入りしてきた英文法が破壊的な生徒に投入してみようか…。これを去年見つけていれば…!ごめんなさい、現中3生。
Jan 30, 2009

小学生の算数の授業は必ずテストから始まる。12月までは現学年の内容の計算テストをごりごりと実施し、ひたすら計算力を鍛える。12月から3月までは、現学年の計算・図形・文章題の内容を全て盛り込んだ復習テストを実施する(10問を8分で)。ちなみにテストは毎年全て自分で作成している秘伝のテストだ(テキスト付属の確認テストの類がキライ)。進級するまでに、現学年の算数の内容を全て完璧に定着させるのが目的だ。テストはこのように一枚一枚個別のファイルに保管し、やらせっぱなしにするのではなくテスト後に全問正解するまで自力でやり直しをさせる。うちの小学生の算数の教材はコアを使用している。コアは私自身も気に入っていて非常に良い教材だと思うが、これを全て一通りやり通したからといって完璧な力は身につかない。人間は忘れる動物なのだから。完璧な実力を付けるためにはやはり反復しかない。どんな良質なテキストも、どんな良質な授業も、膨大な反復量には絶対に勝てっこない。テストをすることで、4ヶ月間かけて現学年の内容を何度も何度も繰り返し反復する。たま~にテストをするのではなく毎回やる。きっとうちの塾の小学生は、どこの非受験型の塾の子にも負けないくらいの演習量を反復しているに違いない。
Jan 29, 2009
フルマラソンの39km地点。ゴールまであと約3km。ゴールテープに向って全力で駆け抜ける。今までは自分の後ろを走っている他の選手に追い付かれないようにとか、自分の前を走っている選手に少しでも追いつくようにとか、いろんなことを考えながら走っていたけど、今はそれすらも考えられない。ギャラリーの声援が、かすかに聞こえる程度だ。周りの風景なんて何も目に入ってこない。ただ自分の目に映るのは、まだ見えているはずのない3km先のゴールテープのみだ。ただ、頭に浮かぶのはゴールテープを切る自分の姿のみだ。その他の余計なことは一切頭にない。もはや足も棒のようになり思うように地面を蹴ることができないし、感覚すら無くなっている。足だけじゃなくて全身だって、疲労感というよりも全身がバラバラになってしまいそうな激痛を至る所から感じる。もう、試合に勝つためのテクニックとか、タイムを1秒でも縮めるための走法とかすら無意味な状態だ。一歩ずつでも自分をゴールに導いてくれるものはただ一つ。何が何でも「ゴールしたい」という強い気持ちだ。例え足を引き摺ってでも、足がちぎれてしまったとしても、這いつくばってでも、どんなにカッコ悪くてもゴールしたいという執念が、動かない足を動かしてくれている。そんな気持ちでラストスパートを駆け抜けた人が、ちゃんとゴールできるのだと思う。受験まであと3週間。受験に向って全力で駆け抜ける。今までは自分より下のヤツに追い付かれないようにとか、自分より出来るヤツに少しでも追いつくようにとか、いろんなことを考えながら勉強していたけど、今はそれすらも考えられない。家族の声援が、かすかに聞こえる程度だ。周りの風景なんて何も目に入ってこない。ただ自分の目に映るのは、まだ見えているはずのない3週間先の合格通知のみだ。ただ、頭に浮かぶのは合格通知を受け取ってガッツポーズしている自分の姿のみだ。その他の余計なことは一切頭にない。もはや手も棒のようになり思うように鉛筆を握ることができないし、感覚すら無くなっている。手だけじゃなくて座り過ぎでケツだって痛いし睡眠不足続きで頭も痛いし、疲労感というよりも血でも吐きそうな感覚になっている。もう、試験に勝つためのテクニックとか、計算を1秒でも速く解くための手法とかすら無意味な状態だ。一歩ずつでも自分を合格に導いてくれるものはただ一つ。何が何でも「合格したい」という強い気持ちだ。例え涙と一緒に鼻水を垂らしながらでも、手がちぎれてしまったとしても、這いつくばってでも、どんなにカッコ悪くても合格したいという執念が、動かない手と頭を動かしてくれている。そんな気持ちでラストスパートを駆け抜けた人が、ちゃんと合格できるのだと思う。マラソンでも勉強でも、ラストスパートって気力戦なんだよ。
Jan 28, 2009

今日の教材展で掘り出し物を見つけてしまった!文理さんところの新刊で、実力練成テキストとWinPassのあいの子といった感じのテキスト。英語はWinPassの方が英作文や長文もついてるから良い気がするが、数学に関しては演習量・レベル共に私個人の意見ではこっちの方が好き。数学はオリテキとウィニングって決めてたのに、また迷ってしまうじゃないかっ。文理さんところの新刊と言えば、英語の『中学テーマ別英語長文演習』と『中学英文法作文演習』もなかなか魅力的。長文演習は来年の独自入試組(いるよね?独自受けるよね?)に9月から持たせるつもりでいる。英語の準拠じゃない方は、見本をどっさり送ってもらってからのお楽しみ。準拠に関しての『読解ワーク』もちょっと保留。必修テキストを3月にまとめ買いしてしまうって手もありかも(改訂版が出る前に)。教材展で、受付の方に「いつもブログ見てますよ」と声をかけられちょっとビックリした。その言葉に舞い上がってしまい、相手のお名前を伺うのを忘れてしまった…。スミマセン。
Jan 27, 2009
埼玉のごうまじまじ先生のこの記事。 ≪引用≫小学生で勉強の出来る子達は、自らの意思で勉強ができるようになっているのではない。本人は何の自覚もないまま、気が付いたら他の子よりも出来る、っていう状態になっている感じだ。なぜか。それは「親からの無理強い」があったからである。勉強は出来たほうがいい。絶対にいい。「勉強だけ出来てもね・・・」そんな言葉は勉強が出来るようになってから言えばいい。勉強における、親からの無理強い「無理強い」と聞くと言葉は悪いが、きっちりとした躾によって子どもが礼儀正しくなるのと同じレベルで無理強いによって子どもが賢くなることはもっと「正しい」と評価されていいのではないか。 激しく同意します。
Jan 27, 2009
前期を受験する生徒へ塾で練習したような感覚で、気負わず、リラックスして面接に臨んでおいで。君の最大の武器はその笑顔なんだから、その笑顔を絶対に絶やすことの無いように、面接を楽しむくらいの気持ちで受けること。きれいな言葉とか、カッコイイ言葉とかを無理して探さなくていいから、「絶対にこの学校に入りたいんです!」という、熱意を、精一杯の自分の言葉で伝えてくること。人は、きれいな言葉とか、ちゃんと暗記できているかとかには感動しない。どれくらいその人に熱意があるのかとか、どれくらい頑張って伝えようとしているのかとか、そこに魅かれるし、そこに感動する。もし前期でダメだったとしても後期があるんだから、失敗を恐れることなく、直球ストレートで自分の気持ちを伝えてこい!
Jan 26, 2009
今日は広告作りのために、一人で塾に籠った。あまり器用ではない私の場合、広告作りのような大変な作業を日常のルーティンの中に組み込むことは出来ない。しかも悪いことに、たった一人の空間でないと広告を考えることが出来ない。これまで何十回も広告を書いてきたのに、今もなお書くときに変に緊張してしまう。パソコンを打つ手がだんだん震えてくるし、無意味にソワソワしてくる。はー。なんて不器用な私
Jan 25, 2009
受験直前のこの時期に、公立のトップ校を受験するような生徒がやるべき勉強は、穴を探すことであると思う。公立のトップ校を受験するような生徒であれば、この時期にもなるとどの教科も大体の部分で仕上がってきている。過去問でも模試でもコンスタントに8割~9割くらい取れるようになっている筈である。しかし10割、つまり満点を取れないということは、どこかに小さな小さな知識の穴が開いているからである。自分で気が付いている穴なら、その分野なり単元を徹底的に潰すことで、穴を修繕することができる。しかし厄介なことに、この知識の穴は大抵の場合非常に小さくて細かいモノなので、本人ですらそこに穴が開いていることを気付いていない場合が多い。自分で気付いていない穴は修繕のしようが無い。しかし穴が開いたままにしておけば、その穴がたまたま入試本番で問われると確実に点を落としてしまう。トップ校受験者は高得点の戦いになる。とすると、その1点が命取りになる危険性がある。つまり、入試本番の直前までやらなければいけないことは、この無意識のうちに開いている穴探しだ。そのためには、できるだけ多くの総合的な問題をまるでモグラ叩きのように次々と解いていかなければいけない。その過程で出会う間違った問題や分からなかった問題は、無意識のうちに開いていた穴そのものである。それを見つけたときは、「ラッキーだ!またこれで穴が一つ塞がるぜ♪」と喜ぼう。そして一つ一つ丁寧に慎重に、穴を修繕していこう。高得点の戦いとなるトップ校受験は、受験本番までにどれだけこの無意識の穴を見つけ出し、修繕できるかが合格の鍵となる。穴を探し出すためにできるだけ多くの問題を解く。そして穴を丁寧に修繕する。受験までのこの繰り返しの作業で、自分の知識を穴やほころびの無い美しい完成形に仕上げていくのだ。
Jan 24, 2009
毎年この時期になってくると、何かと中3生にばかり意識が傾きがちになる。しかし中1生と中2生の来月に迫った学年末テストにも意識を向けて、いろいろと仕掛けを施していかなければいけない。家庭教師時代も大手塾時代も、この時期になると「俺が2人いればいいのになぁ」と思っていたが、独立してからは「俺が3人いればいいのになぁ」と思ってしまう。さて、中2生の水曜日の数学の授業から学年末テストに向けての復習テストを開始した。11月に扱った角度を求める問題を出題したが、ほとんどできていない。証明に入ってからというもの、数学特有の計算して何かを求める問題から離れていた時期が長かったせいだろうか。それか単に忘れ去ってしまったのだろうか。テストを採点し終え散々たる結果を見たとき、授業内容を変更して角度を復習したい衝動に駆られたが、そこをぐっと我慢して生徒を突き放した。氷のような視線ビームを送りながら「復習して来い」と生徒に一言だけ伝えて。それから2日経った今日の数学の授業で、復習テストの内容をまた角度にしてやった。意地悪な私は、前回のテストよりあえて難しい内容の問題を選び出題した。すると、満点合格とまではいかなかったものの、1問や2問落としただけでしっかり得点することができた。中2生たちの答案用紙を見て、あのときの選択が間違っていなかったと確信した。さすがうちの塾で鍛えられているだけある。同じ間違いをすることなく、自分でやるべきことをしっかりとやってくる学年だ。問題が解けない生徒を目の前にすると、どうしても教えたくなるのが教師の性分ってやつだ。復習を生徒に任せておくより、自分でもう一度教えた方が確実だしそれの方がてっとり早い。しかしそれでは勉強の要である生徒の自主性を育てることはできない。一度丁寧に教えた単元だ。ノートにもそのときの記録が残っているし、テキストを見れば自分が解いた痕跡もしっかりと残っている。自分で復習しようと思えばいくらでもできるのだから、わざわざもう一度教えたりしない。生徒に主体的に復習させる。過度な甘やかしなど必要ない。塾のブロガ-の方々がよく『教え過ぎは良くない』という旨の記事を書かれている。私の場合、初めて習う新しい単元については丁寧に丁寧に教える。教え過ぎだと思われるようなところまで教えるし、批判されるかもしれないが楽に解ける奥の手だって惜しみもなく教える。そこは教え過ぎても構わないとさえ思う。できるだけ分かりやすい授業、点が取れる授業を提供しているつもりだ。しかし2度目はない。授業中ボーっとしていて聞いてなかったとか、復習していなくて時間が経ったら忘れてしまったからという理由で、もう一度教えたりは絶対しない。私の中での『教え過ぎ』とは、生徒が自分でできることをわざわざこちらがやってあげることである。
Jan 23, 2009
今朝、神奈川県の公立前期試験の倍率が発表された。 神奈川新聞ニュースより 県教育委員会は22日、2009年度の県内公立高校入試の前期選抜志願者数を発表した。全日制は百五十七校の募集人員18698人に対し、41335人が志願。平均競争率は2.21倍で、前年度より0.03ポイント低かった。 定時制は27校の1431人の募集に1942人が志願し、平均競争率は1.36倍(前年度1.28倍)。通信制は二校の760人の募集に625人が志願し、平均競争率は0.82倍(前年度1.1倍)だった。 全日制で競争率が最も高かったのは、新設の横浜市立横浜サイエンスフロンティア高校で5.24倍。次いで県立白山高校美術コースの4.74倍、県立新磯高校の4.14倍だった。 前期選抜は1月27日、28日の両日行われ、合格発表は2月3日。学校別志願者状況はこちら(リンク先のページの下部にあります) 神奈川県の前期試験は全国でも稀に見る奇怪な制度を取っている。一部のトップ校では『自己表現活動』と称し、作文や集団討論・スピーチ等を課す場合もあるが、ほとんどの高校の前期試験は面接と内申書によって合否が決定する。面接と内申書で合否が決定する入試制度。事前に自己PR書なるものを書いて受験校側に提出し、面接では志望動機や自分の長所短所、中学生活で頑張ってきたことなどを問われる。何かに似ていないだろうか。そう、社会人の就職時に似ている。しかも正社員としての入社試験ではなく、アルバイトやパートの面接だ。神奈川県の前期試験は、履歴書を提出し、短い時間で形式的な面接で通り一遍のことを答えるアルバイトやパートの面接にそっくりだ。ちなみに新卒の入社試験では、筆記試験を課される場合が多いし、度重なる面接をクリアしないといけないという点においては、神奈川県の前期試験より大変だ。アルバイトの面接のような試験をクリアし、合格証を手に入れ「受験に合格したぞ~!やった~!」と天に向けてガッツポーズをしている中学生を見るたび、なんだかなぁ~(←阿藤快のように。小田原だけにね)と思ってしまう。しかも悪いことに、神奈川県の入試は前期後期とも全国的に最も早い時期に行われる。前期で合格した場合、2月3日には受験が終了する。全国の同じ15歳が受験に向けて1日に何時間も勉強漬けになっているとき、神奈川県の前期合格者は遊び呆けている。神奈川県公立高校の大学受験合格実績が、他の都道府県の公立高校と比べてレベルが数段落ちる現実も、現行の高校入試制度から考えると当然だと思う。親の立場になって考えると、前期試験で合格し、早々に4月からの我が子の行き先が決まってくれた方が精神的に随分楽なのであろう。しかし私は、バイトの面接のような何の苦労もない受験に合格して遊び呆けるような子どもより、最後の最後まで勉強に励み、自分の能力を伸ばし続け、苦労して苦労して合格するような子どもを育てたいと思う。
Jan 23, 2009
最初はダメダメからのスタートだったうちの中3生。思い返してみればほとんどの生徒の数学の入試模試は1ケタからのスタートだった。「あれ、この入試模試って何点満点だっけ?」と思わず確認したくなるような点数だった。今トップ校を目指して華麗に空間図形の問題を解いているような生徒でも、最初は20点前半しか取れていなかった。スタートが20点代の生徒は、最近の入試模試で48点を叩き出すまでになり、志望校である公立トップ校も射程圏内に入るようになった。正負の計算問題すら得点できず、1ケタ代の得点からスタートした子は、神奈川県の過去問で33点を取るまでに成長した。この子の志望校を考えたら、数学で33点は取り過ぎの域に達してしまう。8月の模試で1ケタからスタートし、12月の時点でまだ10点代しか取れなかった生徒は、冬期講習と冬合宿を終えてから驚くほど成長し、ここにきて模試の点数が30点代に届くようになってきた。数学に対する苦手意識が強く、頭をかきむしりながら関数の問題と格闘していた生徒も、最初の模試と比べて偏差値が12も上昇し、普通に30点代を取れるようになったし、他の科目では偏差値が60を超えている。慧真館の記念すべき一期生である今年の中3生。7名いた中3生も、この塾の厳しい指導方針に途中で挫折したり、またこちらから退塾を言い渡され、3人が辞めていった。今残っている4人についても、それぞれ決して楽な道のりではなかった。再試を何十枚も溜めこんでしまったり、勉強漬けの日々に怖じ気づいたり、いつまでも本気になって勉強せずに面談でこっ酷く叱られたり…。正直に告白すると、私自身も中3生を見るたびに神経が苛立っていた時期もある。胃がやられそうになったことだってある。しかしこの厳しい塾に耐え抜きここまで来たこの4人は、精神的にも学力的にも驚くほど成長してくれた。その成長ぶりは私の当初の想像を、はるかに越えている。今、この4人は非常にいい顔をして授業を受けている。勉強を無理矢理やらされていた時のような歪んだ表情ではなく、自ら進んで学ぼうと覇気のある表情をしている。何でも吸収しようとしているから、吸収スピードは当初より数倍上がっている。あと28日。この4人はまだまだ伸びるよ。まだまだまだまだ伸びるよ。ここまで伸びたんだ。ここまでやってきたんだ。まだまだ伸びるから。慧真館一期生のことを、今では心底誇りに思っている。
Jan 22, 2009
私の塾の授業中はどの学年も一切私語が無い。私がベラベラと話しているのと、生徒が私の質問に答えている以外は、水を打ったようにシーンと静まり返っている。また授業中に居眠りするような生徒もいない。ダラ~っとした態度で受ける生徒も皆無だ。理由は単純だ。私語をしている生徒や、居眠りをしている生徒、態度がだらけている生徒の前でも笑顔で授業を進めていけるような寛大な心を、短気な私は持ち合わせていないからである。生徒たちも私の短気さを十分すぎるほど心得ている。きっと私の親兄弟や恋人よりも生徒たちの方が私の怒りだすポイントを押さえているだろう。少しでもだらけているようなら、冷たい視線を送る。大抵の子はそれで気付く。しかし入塾してすぐのKY(←死語)な生徒は、私に氷のような冷たい視線を送られても、相変わらずニコニコしている。周りの生徒はまるで自分が怒られるかのような「やばい…」という顔をする。案の定、雷が落ちる。その儀式が終わると、その子は無事、空気が読める生徒側の方にまわることができるのだ。塾屋たるもの、授業には物凄くこだわる。教務にこだわることはもちろん、授業中の空気や雰囲気、生徒の態度にも教務と同等にこだわる。だから、一部のやる気のない生徒によって授業中の空気が乱されることは、授業にこだわる私の中では絶対に許されることではない。どこかの安っぽい標語のように「授業の主役は生徒みんなです」なんぞこれっぽっちも思っていない。授業の主役が生徒であってたまるか。授業の主役は私そのものだ。私がペース配分を考え、私が生徒を誘導し、私が作り上げた空気の中で、私が生徒をコントロールするのだ。だから授業を受ける生徒の態度も、勉強のやり方も、モチベーションも全て私がコントロールする。それが塾屋が家庭に提供する最大のサービスだと思っている。学校の授業参観に行った時や他塾に見学に行った時、生徒が私語をしていても、居眠りをしている生徒がいても、肘をついた生意気な態度で授業を聞いていても、嫌な顔一つせず、大声上げて怒鳴りつけることもなく、平気な顔で淡々と授業を進めている先生がいる。私にはその先生達が仏様かマリア様のように思えてならない。私の心臓だったら、そんな光景一秒たりとも我慢ならないだろう。
Jan 21, 2009
これまで何百人という中学生を教えてきたが、特別に印象に残っている生徒が2人いる。YちゃんとAちゃんだ。今日はこの2人のことを書いてみたい。Yちゃんは私が学生時の家庭教師時代の教え子だ。中1生の冬から私の母校である畝●高校に無事合格するまで勉強を見た。一方Aちゃんは去年の大手塾で教えていた子だ。中2生の冬から見事東京学●大付に合格するまで数学と理科を教えた。どちらの生徒も最終的に難関校と呼ばれる高校に合格していった。しかし、この子たちはどちらとも最初から難関校にすんなり合格できるくらい頭が良いわけではなかった。Aちゃんと出会った時はもう中2生の終わりの頃だったから、だんだん頭角を現してはいたが、それでも東京学●に合格できるほどのレベルじゃなかったし、Yちゃんの最初の頃は、畝●高校を目指していますと言ったらきっと周囲から笑われるほどのレベルだった。普通よりちょっとできるくらいのレベルだったこの2人は、その後目を見張るほどのスピードでメキメキと力が伸びていった。今改めて思い返せば、この2人にはいくつか共通するところがあった。その一つは将来の夢の選択の仕方が、最初から子ども目線ではなくて大人目線でしっかり設計されていたということだ。Yちゃんは、出会ったころから全国紙の社会面を扱う新聞記者になりたいと言っていた。新聞社に入るのは難しいから、京大か阪大レベルの大学に行きたいとも言っていた。Aちゃんは、中3生になった頃から文科省で働くか教職を目指したいと言っていた。そのために東大に行きたいとハッキリ断言していた。また、2人とも驚くほどストイックに学んだ。Yちゃんは定期テストの得点に物凄くこだわっていた。そのこだわり方が半端じゃなかった。自分の新聞記者になるという夢に近づくために、社会と国語は100点でないと気が済まないと言うのだ。社会に関しては見事有言実行した。中2から中3の2学期までの定期テストで、Yちゃんが100点以外を取ったのを見たことが無い。定期テスト2週間前から、100点を目指して勉強しているYちゃんの机の上や筆箱の中、しまいには家のトイレの中まで、いろんなメモ書きがぺたぺた貼ってあった。もう覚えてしまったモノに関しては、赤ペンで2重線が引かれていた。社会の教科書を全てコピーし、緑ラインと赤シートを活用して教科書に書かれている文章をそのまま全て暗記していた。Aちゃんは定期テストの得点はもちろん、1位という数字にものすごく拘っていた。自分のなかで、東大を目指しているのなら1位でないと許されなかったのだ。どんな小テストでも模試でも1位を取らないと気が済まなかった。だから勉強量もダントツ1位だった。2位や3位だと物凄く悔しがった。普通の子なら天狗になるだろうに、Aちゃんは全く天狗になることなく、1位になれない自分を責めた。そして1位になるために、1位の努力をした。他にもこの2人の共通点を挙げればキリが無い。将来の夢を具体的に設計し、その夢の延長線上に勉強に対するストイックさがあった。自分の夢に対しても、自分自身に対しても妥協するようなことは一度もなかった。将来の夢と、それに対するストイックさと。この2つが、普通の子をとんでもない逸材に変えていった。
Jan 20, 2009
全てが自分の思い通りになるような絶頂期の中にいるときには、人は成長することができない。懸命に努力しているのになかなか思うような結果が現れないときこそ、大きく成長できる機会なのだと思う。挫折を経験したことのある人は、順風満帆に生きてきた人に比べて断然強いという。まるで闇の中を彷徨っているかのような、この苦しみがどこまで続くのかすら検討がつかないような絶望感の中を、それでも立ち止まることなく、腐ってしまうことなく、その先にあるはずの光輝くものを求めて歩き続けていく。苦しみを耐え忍び、そこから這い上がっていけるスキルこそ、こんな混沌とした時代を生きていくための一番必要なスキルなのではないだろうか。15歳が初めて迎える受験という試練。生まれて初めて不合格を突き付けられ、挫折を味わい、そこから這い上がって一段と強くなり大学受験で逆転する例をたくさん見てきた。しかし、目の前にいるのはかわいいかわいい自分の生徒だ。『第一志望不合格』という酷過ぎる挫折を、できることなら味わわせたくない。いくら、挫折を経験しそこから這い上がった人間が強くなるということを熟知していても、だ。だから、高校に合格するまでの過程で、たくさん挫折を経験させておきたい。受験生に付きものであるスランプという時期も、しっかり味わっておいて欲しい。そしてそこから自力で這い上がるということも。順風満帆な受験などいらないから、何度も挫折して、何度もスランプに陥って、苦労して苦労してやっとの想いで合格して欲しい。それが、不合格という印籠を突き付けられる最大の挫折の代わりになるならば。
Jan 19, 2009
尊敬するブロガ-の方々が教材について書かれていらっしゃるので、私も便乗して2009年度にうちの塾で使用する教材について(決定しているモノ)書いてみよう。小学生算数は全学年コアで統一。コアの特徴は何と言っても重要単元のしつこさ。小5の面積のしつこい演習が特に素晴らしい。欲を言えば、割合も重要単元の仲間入りをさせてやって欲しいという気持ちもあるが、そこは自作のプリントでいくらでもカバーできる(割合の問題は図形と違ってワードでサクサク作れるし)。浮気は考えられません。小学生国語は読解は全学年新小問、漢字は読む書く漢字で統一。理由は相棒がそれが良いと言ったから。以上。相棒が自分の教科に対して決定することには一切口出ししない主義です。小6生英語は新中問中1??←まだ検討中。中学生理科は今年度同様、オリジナルテキストと実戦問題集で決定。ただし、新中3生に関しては実戦問題集の中1版を夏期講習から渡す予定。今年はトップ校を受験する生徒のみ実戦問題集の3年分を仕上げたが、来年度はトップ校云々を問わず全員必携の教材にする予定。中学生社会は今年度同様、オリジナルテキストと栄光のワークで決定。理由は相棒がそれが良いとごねたから。以上。相棒がごねたことに対しては一切口出ししない主義です。中学生数学は今年度使用したオリジナルテキストにプラスして、ウィニング数学も投入することに決定。個人的にはウィニングより実力完成問題集の方を愛しているのだが、神奈川県の公立レベルだと、翠嵐高校を受験する場合を除いて実力完成問題集で特訓する必要は無いと判断。中学生国語は未決定。理由は相棒がまだ決めてないと言ったから。中学生英語は教科書準拠の方が栄光の読解ワークで決定。準拠以外のテキストについては、来週再来週で教材展に行くので、そこで掘り出し物を発掘する楽しみを取っておくためにまだ検討中ということにしている。今から教材展が楽しみ♪
Jan 17, 2009
その日まであと34日。生きていくことに必要な時間以外を全て勉強に費やしながら戦っている受験生がいる。生きていくことに必要な時間すらを削って勉強している受験生がいる。表現しようの無い不安と闘いながら、不安に押しつぶされそうになりながら、それでも机に向かい続けることをやめない受験生がいる。志望校に向けて勉強しているという表現は、もう適切でないのかも知れない。この子たちは、志望校に向けて勉強しているのではない。今の自分の時間全てを、自分の気持ち全てを、自分の能力の全てを、自分のできること全てを、志望校に『捧げている』のだ。「受験とは恋愛に似ている」と、私が尊敬してやまないブロガ-の先生が仰っていた言葉を思い出す。人は恋愛している時、相手のことを思えば思うほど不思議と涙が出てくる。自分の持てる全てを、相手の人に対して捧げようとする。相手のことを思えば、何だってできるような気がする。受験生が志望校を想う気持ちも、まさしくそれと同じだろう。志望校のことを思えば思うほど、涙がこぼれてくる。自分の持てる全てを、志望校に捧げようとする。志望校に合格することを思えば、何だって出来るような気がする。志望校にむかって『勉強する』のではなく、志望校に対して全てを『捧げる』気持ちになったとき、15歳の少年少女は本当の受験生になることができるのだ。あと34日。志望校に自分の34日間を捧げることができた者が、合格する。恋愛と同じように、全てを捧げるほどの強い思いは必ず相手に届く。必ず相手に響く。奇跡だって起こせる。全てを捧げよ。
Jan 16, 2009
私事で申し訳ないのだが、今年の6月にいよいよ私もオジサンになることになった。別に年齢の話を言っているのではない。姉夫妻に赤ちゃんができたのだ。私はというと、この歳になってもまだ気楽な独り身を貫いているのだが、やはり身内に家族が増えるということは自分のことのように嬉しい限りだ。年末年始に帰省し、久し振りに姉夫妻に会った時に、大きなお世話ではあるが子育てについてこの仕事を通じていろいろと私が思うことを助言しておいた。ちなみに姉夫妻はどちらも小学校の教員である。普通の職に就いている人より子育てには精通しているとは思うが、学校という枠組みから出たことがない分だけ少々考え方に甘っちょろい部分があるのが気になっていた(←全く大きなお世話ではあるが)。私が姉夫妻にした提言はこれ。1つ目。『幼い頃からテレビゲーム類を与えるべからず。』大人でも十分楽しいのだから、子どもにとってゲームほど楽しいものは無い。子どもの頃からあんな楽しいモノで遊ぶ味を覚えてしまえば、他の遊びに対して退屈に感じてしまい、面白さを見出すことができなくなってしまう。また、ゲームが知的能力を引き出してくれるとはとてもじゃないが思えない。ゲームを買い与えるのは、早くても小学校高学年になってからで良い。子どもがある程度大きくなれば、他の子がゲームで楽しそうに遊んでいるのを見て、「ボクにもゲーム買ってよ!みんなゲームを持っているんだから!」と言い出すに決まっている。しかし、そこで屈してはいけない。「みんなって誰?本当にみんななの?ほら、○○クンは持っていないじゃない!うちはうちのルールがあるのよ!」と、徹底的に対抗すべきである。子どもの『みんな持っている』という殺し文句に、決して親が負けて筋を曲げてしまってはいけない。2つ目。『満足を与えるのではなく、我慢を与えよう。』親が子どもに一番与えなければいけないものは、『満足感』ではない。『我慢すること』だ。子どもの精神的な成長に欠かせないのは、『飢餓感』なり『我慢』だと思う。そこからハングリー精神が培われ、雑草のように強く生きていけると思う。うちの塾の保護者の方が以前私にこう仰った。「うちの子たちは、キレイなお花じゃないの。雑草なの。キレイなお花は誰かが水をやらなければすぐ枯れてしまう。だけどうちの子は雑草だから、水が欲しけりゃ雨が降るまで自分で待たなければいけない。だけどその分、雑草は踏まれてもなかなかへこたれない。キレイなお花より、強くしっかり地面に根を張って生きていけるの。」他にもいろいろある。子育てについて語り始めると、誰も聞いちゃいないのにマシンガンのように話し続けてしまうのが私の悪い癖だ。子育てについて考えていると、自分も子どもを育ててみたくなってきた。誰か生まれたての赤ちゃんを私に譲ってくれないかしらん。賢い子にして返してあげるから。
Jan 15, 2009
うちの中3生のエース君。9月の入塾時より入試模試の点数は飛躍的に伸びては来ているが、満点の域に達していない。ある程度の能力を持ち合わせた子なら、ある程度勉強すればどの科目も9割は取れるが、9割以上となると『ある程度』の勉強では全く歯が立たなくなる。入試で9割以上を取るためには、当たり前だがどの科目も完璧に仕上げることが必要となってくる。『完璧』に、だ。教科書のどのページを開いても、テキストのどの問題を解いても、知らないことや解けない問題は何もないような状態にしなければいけない。とは言え、神奈川県後期選抜まであと36日。今から新品の教材を購入し、それを解いていくのはナンセンスだ。もしも教材選びに失敗してしまったら貴重な残りの時間を無駄に使ってしまうことになる。入試間近であるこの時期の、上位層に最も適している教材は、何と言っても入試模試や過去問だ。しかし、ただ模試や過去問にある問題を順番に解き、間違い直しをしてミスノートに書き留めるだけで終わってしまっては、折角の素晴らしい教材をフル活用出来ない。模試や過去問は、単に問題を解くだけで終わってしまっては勿体なさすぎるほどの良問揃いだ。一通り解いて間違いを訂正した後は、その模試や過去問を教材にしてより深く勉強していくのが、この時期の一番の学習方法だと思う(英・理・社に関して)。模試や過去問を教材にして勉強するとはどういうことか。問題に書いてある一つ一つの語句や、選択肢にある語句や文を一つ一つ拾って知識を整理するのである。非常に説明しづらいので具体例を書こう。例えば社会の模試。(問題)勘合貿易が行われていた時代に応仁の乱がおこっている。応仁の乱以後100年間の説明として正しいのはどれか。(選択肢)1.武家諸法度や参勤交代の制度が定められた。2.諸国の武士が南朝側と北朝側に分かれて戦った。3.各地に戦国大名があらわれ、下剋上の風潮が広まった。4.朝廷を監視するために六波羅探題がおかれた。答えは選択肢の3である。答えが3であることなんて、言ってしまえばどうだっていい。答えは5でも6でも何だっていいのだ。必要なことは、たった1問のこの問題に書かれていること全てを教材にし、学習することだ。勘合貿易という言葉を拾う。そこに下線を引き、勘合貿易について知っていることをありったけ余白に書きなぐる。いつの時代、どこの国と行われていた貿易なのか。勘合とは何か。さらには同じ時代の世界史は何が起こっていたか。全て書きなぐり、知識があやふやなら調べ、覚え直す。応仁の乱と書かれている。またその言葉を拾う。そこに下線を引き、同様のことをする。選択肢に対してもだ。答えは3だが、1や2や4の誤った選択肢も教材にしてしまう。出てくる言葉全てに反応し、下線部を引きまくり自分の持っている知識を羅列する。あやふやなら調べて覚える。うちのエース君はこの勉強法を『書き込み勉強』と勝手に名付けていたが、こうやってどんどん書き込んでいくと、全て終わった後の模試や過去問は、もはや原形を留めてはいない。そこら中に線が引いてあり、そこら中に自分のメモ書きが飛び交っている状態になる。それで良いのだ。大切なのは、その模試からどれだけのことを学ぶかだ。同じ問題に二度と出会うことなど無い。だったら、模試を解く過程より模試を教材にして学ぶ過程の方が重要となる。もし、模試や過去問を後でもう一度解きたいならコピーを取っておけばよい。模試や過去問は解いただけで満足してはならない。模試や過去問ほど優良な教材は無いのだから、1つ1つをボロボロになるまで活用するのである。
Jan 14, 2009
塾の合宿は\夏休み中に行われるところが多い。私が以前勤めていた大手塾も、8月中旬に3泊4日の勉強合宿が行われていたし、中学生の時に通っていた塾の合宿もまた夏休み中だったと記憶している。しかし私は慧真館の合宿のスケジュールを組む時に、あえて夏にすることを避けた。理由は3つある。1つ目:うちの塾のメインとなっている中学校のほとんどの部活の引退が9月以降であること。その為全員が参加できる合宿日程を夏休み中に組み込むことが難しい。2つ目:夏休み中はどの宿泊施設も値段が倍近く跳ね上がってしまうこと。合宿で利益を取ることは一切考えていないので、値段もできるだけ低価格で抑えたかった。3つ目:夏休み中の中3生の意識が、まだまだ『受験生』と呼べるような境地に達していないこと。その為、塾の合宿と言ってもどこかイベント感覚が拭いきれず、生徒も講師も緊迫感がそれほど感じられない。特に考慮したのが3つ目だ。保護者抜きで、友達と一緒に遠くの旅館に泊まりに行く。子どもからしてみれば、例えそれが塾の合宿であれど非日常的でワクワクするものであろう。受験に対する緊迫感に欠ける夏だと、『この合宿で頑張って勉強するぞ』という意識より『なんか楽しそう♪』という意識の方が勝るのは目に見えている。保護者の命より大事な子どもを数日間拉致して、命の次に大事なお金を頂いて行う合宿である。ただのイベント感覚で行ってはならない。受験に直結する実り多きものでなければいけない。そういうことを考えた上で、受験間近の冬で旅館の正月料金を避けたこの連休に合宿を行うことに決めた。冬に合宿を行うこと自体初めての経験だったが、結果的にこの時期にして大正解だった。生徒から浮かれたイベント感覚の気分は微塵も感じられなかったし、たった3日ではあるが、生徒の学力も格段に増していると感じた。ただ1点、寒過ぎて体調を崩しやすいことが冬合宿の難点ではあるが。塾の経営者の方々には、是非冬合宿をお勧めしたい。来年以降も慧真館の合宿はこの時期に実施しようと思う。合江戸時代の寺子屋みたいな感じで、畳の上で座卓で勉強するスタイルも非常に気に入った。同じ時期に同じ宿泊施設で、同じような強行スケジュールを毎年行うことを、慧真館の伝統にしていきたい。
Jan 13, 2009
全てのスケジュールが先程終わり、生徒達は皆疲れた顔をしてそれぞれの家路についた。受験前の最後の3連休を利用して実施した慧真館初の2泊3日の合宿。月並みの言葉だが、終わってみれば本当にあっという間だった。特に2日目は強行スケジュールだった。朝5時45分に起床し、6時から合宿所に併設されている寺で座禅を組む。合宿所はあの石川さゆりの『天城越え』で有名な天城山のふもとに位置する。寺の中の朝の冷え込みは、予想以上に厳しかった。寒さに震えながら住職さんについてお経を唱えたあと座禅が始まる。姿勢の悪い者や動いている者は、住職さんから警策(木の棒で肩を叩かれる)を受けるのだが、うちの生徒はみな1度はパシンとやられていた(ひどい子は2回叩かれていた)。終わった後、生徒たちは口々に痛かっただの何だのブーブー文句を言っていたが、何気に楽しそうだったし、良い経験になったのではないかと思う。その後予定していた散歩はあまりの寒さから断念し、その代わり冷え切った体を温めるため朝風呂に入り、温まった後に朝食を頂いた。朝食のあと8時より勉強開始。朝の8時から12時までろくに休憩も取らずに勉強した。12時から昼食を兼ねた休憩を1時間挟み、13時から19時までぶっ通しで勉強。その後、夕食を挟んで20時から22時まで勉強した。この合宿中は、講義型の受け身の授業はほとんど行わない。どの科目もひたすら入試問題の演習を続けるのだ。講義型の授業だと、例えボーっとしていたとしても授業は進んでいくが、この合宿のように演習型の場合、自分の手と頭で問題を1問1問解いていかないといつまでたっても終わらない。つまり、勉強時間中は常に頭をフル回転させなければいけない。眠気で自然に閉じようとする目を擦りながらも、座り過ぎで腰を痛くしながらも、生徒たちはみな必死で鉛筆を動かし続けた。頭を働かせ続けた。講師も生徒も、余計な私語は一切せず、黙々とテキストやテストと格闘し続けた。1日目の夜は興奮で寝付けなかった生徒も、2日目の夜はさすがに皆爆睡したらしい。そして本日の最終日。生徒たちの体調と、朝の冷え込みを考え、さすがに3日目の座禅会は中止した(湯山はこっそり一人で参加していた!)。今日も8時から帰りのバスが来る15時まで昼食と小休憩以外は、ぶっ通しで勉強した。最終日、肉体的にも精神的にもかなりの疲労を感じているはずだが、誰一人だらける者はいない。脱走する者もいない。ぼーっとしている者もいない。皆相変わらず淡々と、耽々と、鉛筆と頭を最後の1分1秒まで動かし続けた。そんな生徒たちの随分と成長した姿を見ながら、「この仕事をやってて良かった」と心底感じた。この合宿では、開会式や閉会式などといったありがちな儀式は一切行わなかった。イベント感を出したくなかったからだ。この合宿はイベントでも何でもなく、受験勉強の日常そのものだと捉えて欲しいのだ。特別なことをやったのではなく、受験生なら普通の3日間を過ごしたのだ。だから、最初から勉強から始まり、最後も勉強で終わった。生徒たちも私たち講師も、とにかく一生懸命だった3日間だった。とにかく濃い3日間だった。しかしまだ受験は終わらない。満足感に浸るのは時期尚早だ。この合宿でかけることのできた最高のラストスパートを、受験日まで維持しなければいけない。女将さんも言ってくれたように、最高の春を迎えるために。
Jan 12, 2009
合宿の間、生徒と寝食を供にすることで初めて気付く事が多い。 例えば食事をするときでも、普段の塾内での様子だけでは分からない生徒の一面を垣間見ることができる。 食事の礼儀作法はきちんと徹底されているか、好き嫌いが多いか少ないか、出されたものを完食するのか平気で残すのか。 生徒達の食事の様子を見ていて、あまりにも好き嫌いが激しい事に正直驚いた。また、食事を残すことに対しての罪悪感が非常に乏しいことにも驚きを隠せない。 『最近の子』という一言で片付けられる問題ではないと思う。 飽食日本の象徴なのだろうか。 食事は生きる基本である。食べたものがそのまま体を作り、脳を作る。 また、子どもに対する躾の大部分が反映されるのも食事である。 『嫌なものは無理して食べなくてもいい』と教えられてきた子どもがどうして嫌な勉強を我慢強く出来る子に育つだろうか。 子どもの学力低下の影には、もしかすると食に関するモラルの低下が潜んでいるのかもしれない。 食事に関しては文句の付け所が満載だったうちの生徒だが、合宿2日目を無事に皆乗り切ることができた。 「これまでの人生で一番勉強した日だった。」と、ある生徒が言った。 そりゃそうだ。しめて13時間30分勉強したんだから。 これが頑張って勉強するってことなんだと、身に染みて分かっただろう。 これが受験生の姿だ。自分の将来を懸ける日が数週間後に迫った、受験生の本当の姿だ。
Jan 11, 2009
心配していた雪も降らず、また前日まで風邪をこじらせていた生徒の体調も万全とはいかないまでも回復し、予定通り無事に合宿初日を迎えることができた。 海を眺める絶景の旅路を楽しむ余裕も与えず、集合時に配った歴史の暗記プリントと格闘しながらの電車での往路。 旅館に着くと一息つく暇もなく電車で覚えた確認テスト。 テスト後に昼食と休憩を1時間弱とり、その後は夕飯の7時までぶっ通しでひたすら勉強。 夕食と休憩を1時間挟み、夜の10時まで2時間の勉強を終え、今日のプログラムは終了した。 今、生徒達は疲れた体を温泉に浸かりながら癒しているところだろう。 かなりの強行スケジュールにも関わらず、愚痴を言う者、だらける者は誰ひとりとしておらず、皆が終始集中して取り組んでいた。 よくここまで学力的にも精神的にも成長してくれたものだ。 しかしまだまだ合宿は始まったばかり。明日は5時45分起床で、座禅と散歩後は1日勉強漬けの日になる。 明日が本当の「戦い」になるだろう。 点数との「戦い」。 疲労との「戦い」。 志望校への「戦い」。 そして、最大は自分自身との「戦い」。 それらすべてに勝つために、戦うんだ。
Jan 10, 2009
明日から受験前最後の3連休を利用しての合宿。今日は授業が休みだったのだが、合宿の準備をしていたら結局こんな時間になってしまった。朝5時45分に起床して朝の坐禅と散歩(生徒からだいぶ不評ではあるが…)が終わってから、夜23時に就寝するまで、3度の飯と風呂を除いて殆ど勉強に費やす。この合宿の目的は、受験に向けてここからラストスパートをかけることである。昨日のブログではないが、合格したいという『信念』を極限まで向上させて、勉強に対する『勢い』を付け、点数や運を引きこむことができるように、勉強エネルギーを満タンにすることが目的だ。ラストスパートは精神戦だ。最後の勢いが勝る者が勝利する。信念が少しでも高い者が勝利する。箱根マラソンで言えば、いよいよ10区のスタートだ。本当の精神戦が、ここから始まる。
Jan 9, 2009
2008年、私は多くの人に出会った。そのほとんどが成功を収めておられるブログ界でも著名な塾の先生方なのだが、ほぼ全ての先生方に共通して感じたことがある。それはエネルギーだ。尋常ではないほどの凄まじいエネルギーを、お会いした瞬間から感じた。なかにはそのエネルギーが凄すぎて、こちらが終始圧倒されてしまう先生もいらっしゃった。何事においても成功するために必要な一番の要因は、人が放つエネルギーなのだと思う。人が外界に向けてエネルギーを放てば放つほど、逆にそのエネルギーに引き付けられるかのようにあらゆるものがその人に集まってくる。それは人であったり、カネであったり、運であったり。その人の持つエネルギーの引力によって、成功するために必要な要素がどんどん吸い寄せられていく。それゆえ、エネルギーが漲っている人は、偶然ではなく必然的に成功しているのだと思う。人が持つエネルギーは『勢い』と『信念』から生じる。物体が持つ運動エネルギーは速さの2乗に比例して大きくなるように、人が持つエネルギーも人の『勢い』の2乗に比例して大きくなるような気がしてならない。止まっているものからはエネルギーは生まれない。勢いよく生きている人には、どんな大きなモノだって、運命だって動かすことができるエネルギーを持つのである。また、物体の持つ位置エネルギーは高さに比例して大きくなるように、人が持つエネルギーもその人の『信念』の高さに比例して大きくなるような気がする。下に落ちようとする重力にさからって、自分の信念を上へ上へと持ち上げる力が、そのままその人の持つエネルギーに変換させるのであろう。このエネルギーの引力が当てはまるのは、何も仕事だけではなく、受験に対してもしっかりと当てはまる。『信念』を高く持てば持つほど、『勢い』を付けて勉強すればするほど、受験生は大きなエネルギーをもつようになる。受験生が持つそのエネルギーの引力によって、その人に点数や運がどんどん吸い寄せらるように集まってくるのだ。これまでの教え子のなかでも、土壇場で大逆転勝利を収めた生徒や、偏差値が一気に上がった生徒からは例外なくエネルギーを感じた。勉強や生き方に勢いがあり、信念はどこまでも高かった。成功したかったら、合格したかったら、点数を伸ばしたかったら、『勢い』を加速させていくことだ。『信念』をもっともっと上に持っていくことだ。そうやって自分自身に蓄えた大きなエネルギーは、点数だって、時には運だって引き寄せ、無理だと思われていた大きなモノだって動かせる力になることだろう。
Jan 7, 2009
うちの塾の授業の半分は、何らかのテストをしている時間になる。「子どもはテストが嫌い」と思っている人が多いだろうが、子どもが嫌いなのはテストそのものではない。定期テスト前の勉強準備が面倒臭かったり、テスト後の点数で親に叱られるのが怖かったり、自分に自信がなくなるのが嫌だったり…。そんなテスト前後の事情で「テスト嫌い」なっているのであって、テストそのものを嫌っているわけではない。テスト前後の事情を取っ払うと、本来人はテストが大好きなのだ。学力や実力というのは、目に見えない不確かなものである。その不確かなものを、確かなものにする機会を人は欲しているのだと思う。だから、テレビのクイズ番組で「全国一斉学力テスト」みたいなものが放送されると、毎回高視聴率になるのであろう。テストがない勉強ほどつまらなく退屈なものはない。自分の力を測る機会がない環境で、どうして勉強するモチベーションを保てるであろうか。テストは自分の学力の変化や成長に気付くことができる刺激になる。子どもは刺激の中で成長する。刺激の中で自分の変化や成長に気付き、勉強意欲が湧く。塾でも学校でも刺激なき授業は悪である。教室にはマンネリと惰性の空気が満ち溢れ、先生も授業をやっている「フリ」をし、生徒も勉強している「フリ」をする。皆が「フリ」をして、そこに熱い心など無く、惰性的に淡々と日常が送られ続ける。まるで国会の本会議みたいに。そんな「フリ」は要らない。一生懸命勉強をしている「フリ」も、授業を熱心にやっている「フリ」も、子どものことをこれだけ考えてます的な塾講師にありがちな「フリ」も要らない。だからうちの塾は毎回「お帰りテスト」や「満点合格確認テスト」、「小テスト」などのいろんなテストをする。惰性とマンネリの代わりに、刺激を与えるために。いろんな「フリ」を根絶させるために。
Jan 6, 2009
今年最初の授業が先ほど終了した。しかし年が明けてもどうも「気持ちを新たに」という気分になれない。やはりこの仕事の区切りというのは、中3生の受験が終わり、それぞれの学年が進級する3月になるのだろう。正月と言ってもただの通過点にしか過ぎない。それでも新年の挨拶だけはしっかりしておこうと思い、今日生徒たちがやってきたときに満面の笑みで「おめでとう!」と挨拶すると、ある中3生が戸惑った表情をした。それもそうだ。まだ合格したわけでもないのに「おめでとう!」はないか。『2008年の総括』や、『今年の目標』などをブログに書こうとしたが辞めた。中3生の受験が終わり、皆の進路先が無事決定したときに改めて書くことにする。あと受験まで45日となった。つまり、中3生と一緒に勉強できる時間もあと45日だ。中3生に怒ってばっかりだった私でも、もう彼らに怒ることはないだろう。いや、怒る必要もない。あれだけ勉強しろといってもしなかった中3生が今は黙っていても勉強をしている。こちらが「今日はちゃんと寝なさい」と言ってもそんな忠告を無視して夜遅くまで勉強している。あれだけ「わからな~い」とブーブー文句をいっていた中3生が、今は入試数学をスラスラ解いている。分からなくても自分の頭を振り絞って考えている。皆受験を通してこれだけ成長したんだ。受験というものに真剣に立ち向かった時、子どもは驚くほど成長する。この子たちは、まだまだ成長するだろう。しっかりその成長を見届けたい。そして笑顔で送りだしてやりたい。あと45日。本当に「おめでとう!」と言える日まで、この子たちと燃え尽きよう。
Jan 5, 2009
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