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cozycoach @ Re:徳川忠長 兄家光の苦悩、将軍家の悲劇(感想)(11/20) いつも興味深い書物のまとめ・ご意見など…
2013.09.03
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カテゴリ: カテゴリ未分類
 東寺は京都市南区九条町にある仏教寺院で、教王護国寺と呼ばれ、山号は八幡山、本尊は薬師

如来、真言宗の根本道場であり、東寺真言宗の総本山です。

 ”古寺巡礼京都1 東寺”(2006年10月 淡交社刊 梅原 猛/砂原秀遍著)を読みま

した。

 東寺の宝物、建築などの文化財をカラー写真で紹介しています。

 砂原秀遍さんは、1925年島根県生まれ、1947年国分寺住職、1957年東寺入寺、2004年11月18日

長者就任、東寺第256世長者、東寺真言宗第2世管長です。

 梅原猛さんは、1925年宮城県生まれ、1945年4月京都帝国大学文学部哲学科に入学するも、直後に徴兵され、9月復学し、1948年卒業、大学院では山内得立、田中美知太郎に師事しました。
 1999年、文化勲章受章、立命館大学教授、京都市立芸術大学学長、国際日本文化研究センター初代所長などを経て、現在、同センター顧問で、日本ペンクラブ会長も務めました。

 桓武天皇は、奈良の都に代わる新しい都を山城の地に設け、都の正門というべき羅城門を挟んで東と西に巨大な国家鎮護の寺院を建てようと建立されました。

 そして、桓武天皇の皇子である嵯峨天皇の御代に、日本真言密教の祖師空海に下賜されました。

 それによって東寺は、それ以前に空海に与えられていた高野山金剛峯寺とともに真言宗の本山となりました。

 すでに顕教の寺院として設計計画が出来ていた東寺を、空海はすっかり真言密教の寺に変えました。

 空海は既成仏教を敵とせず、既成仏教の体内に入り、その既成仏教をいつのまにか自己の仏教に変えてしまいました。

 空海は真言密教の本拠地を三つ持ちました。

 一つは、都からはるか離れた紀州の山の中にある高野山です。

 都から遠く離れた人気のない高野山だけが本山であったならば、真言密教の発展はおぼつきません。

 二つは、東寺を賜わることを嵯峨天皇に願い下賜されたことです。

 そして、最後は、宮中に真言院を設けることを許されたことです。

 この三つの寺院によって、真言密教の千年にわたる発展の基礎を空海一代で築きました。

 神仏習合思想は日本の山岳信仰を仏教と結びつけようとした役行者に始まりますが、思想の流れを決定的にしたのが空海の真言密教です。

 東寺の建造において空海がもっとも力を注いだのは、講堂だと思われます。

 金堂はすでに薬師如来を本尊として完成していました。

 空海の言言密教の大きな功績は、神仏習合思想を完成させたことです。


 中世以降はお大師様の寺として庶民の信仰を集めるようになり、今日も京都の代表的な名所として存続しています。

 そして、1934年に国の史跡に指定され、1994年に古都京都の文化財として世界遺産に登録されました。

 本書は、各寺院の管長・住職が混迷する現代へのメッセージを発信し、作家、評論家らが古寺を訪ね、その魅力をエッセイで紹介しています。

巻頭エッセイ
 立体曼荼羅の寺;
口絵カラー;
現代へのメッセージ
「お大師さんのみこころ」で生かされる日々;
 京都の歴史の生き証人ー東寺;
 明暗をわけた東寺と西寺;
 東寺文学散歩;
 観智院と宮本武蔵;
 東寺の「にわ」;
 東寺の教学と文化財






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Last updated  2013.09.03 08:50:30
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